「〔さぁ……お前の罪を数えろ!〕」
ライダースーツのようにスッキリしたスーツにフルフェイスの仮面、そしてそれらは正中線で二分割され、右半身が緑色に、左半身が真っ黒に染め抜かれている。
フィリップの意識を宿し、そんな姿へと変身した翔太郎は、マグマ・ドーパントを真っ向から指さし、言い放つ。
「あの姿は、一体……!?」
一方、状況を把握できていないのが美琴だ。変身した翔太郎の姿を前に呆然とつぶやき――
「……ケホッ、ケホッ……」
「あ、黒子……」
先のマグマ・ドーパントの攻撃で巻き起こった爆煙の向こうから、自らの後輩が姿を現した。彼女もまた変身した翔太郎に気づき、
「あぁっ! あの方は!?」
「黒子、アレのこと知ってるの!?」
「えぇ、よーくご存知ですわよ……
何しろ、ドーパントが事件を起こすといつの間にか現れてドーパントを退治して去っていくんですから」
「って、え……?」
尋ねる美琴だったが、対して返ってきた答えは意外なものだった。
なぜなら、あの仮面の戦士は翔太郎が変身したものなのだから。『いつの間にか』も何も、今回の騒動に最初から首を突っ込んでいるのだから。
だが、黒子はそんなことをまるで把握せずに話しているようだ。これではまるで……
(黒子って……ひょっとして、アレが翔太郎だって知らないんじゃ……?)
「いくぜ!」
だが、そんな美琴と黒子のやり取りは翔太郎にとってどうでもいい。今の彼にとって重要なのはドーパントをなんとかすることだ。宣言と共に突撃、マグマ・ドーパントを思い切り殴りつける。
その強靭なスーツはマグマ・ドーパントが発する高熱にもしっかりと耐えている……が、相手もたかが数回殴られた程度でどうにかなるような相手ではない。すぐに立て直し、火炎弾を放つ。
「くっ……!」
ヘタにかわせば街に被害が及ぶ。流れ弾はあきらめるにしても、せめて直撃弾くらいはと防御する翔太郎だったが、そのために完全に足を止められてしまう。
「くそっ、調子に乗りやがって……っ!」
〔そういう時は〕
うめく翔太郎に彼の“中”のフィリップが告げ――フィリップの意志で左手が動いた。金色にも見える、金属的な黄色のガイアメモリを取り出すと、ベルトに差してある“CYCLONE”のメモリと交換する。
【“LUNA”! “JOKER”!】
ベルトにメモリを読み込ませ――スーツの配色が変化した。緑一色だった右半身が、今度はガイアメモリと同じ光沢のある黄色に染まる。
と――突然、その右腕が“伸びた”。まるでムチのようにしなるそれが、マグマ・ドーパントの火炎弾を薙ぎ払う。
「色が変わった!?」
「そしたら伸びた!?」
その光景に美琴が、佐天が声を上げ――さらにコメントがもうひとりから。
「おい、フィリップ!
勝手にメモリ変えんなよ!」
翔太郎だ――自身の右半身に文句を言うと、気を取り直して跳躍。右手のみならず右足も自在に伸縮させ、ムチのように振るってマグマ・ドーパントを打ち据える。
さらに、伸ばした右手でマグマ・ドーパントの顔をつかむと、その手を縮める勢いで一気に距離を詰め、両足での連続蹴りで吹っ飛ばす!
〔さて……どうするの、翔太郎?〕
「もちろん、メモリブレイクだ」
フィリップに答えると、翔太郎はベルトから“LUNA”のメモリを抜き、また“CYCLONE”のメモリを差し込む。
【“CYCLONE”! “JOKER”!】
再び、右半身が緑色に染まる――さらに“JOKER”のメモリをベルトから引き抜くと、それをベルトの右側面に備えられた別のメモリスリットに差し込む。
【“JOKER”!
MAXIMUM DRIVE!】
メモリの“力”が解放されて、彼らの周囲で渦を巻く――その渦に乗り、宙に浮き上がった翔太郎が、ドロップキックの体勢でマグマ・ドーパントへと飛ばされ、突っ込んでいく。
とその身体が、左右の色を分けている正中線のラインを境に二つに“割れて”――
「〔ジョーカーエクストリーム!〕」
時間差で、マグマ・ドーパントに連続蹴りを叩き込む!
割れた身体が元通りくっつき、着地する翔太郎の前で、マグマ・ドーパントがその場に倒れ込み――
「ぐわぁぁぁぁぁっ!」
その身体が爆発、炎の中に飲み込まれた。
ドーパントから人間の姿に戻り、マグマ・ドーパントだった強盗犯が元の姿を現し――その身体から、体内に侵入していた“MAGMA”のメモリが排出された。地面に転がると、ひとりでに砕け散る。
〔後は警備員の仕事だね〕
「あぁ」
フィリップの言葉に翔太郎が答えるのを、美琴は少し離れたところから見つめていた。
「何なのよ、アイツら……」
能力の相性が悪かったとはいえ、自分が手こずった相手をいともたやすく――生来の負けず嫌いからなんとなくおもしろくないものを感じながら、美琴はそれ以上にわき上がる自らの好奇心をハッキリと自覚していた。
第2話
Wとの遭遇/学園都市を泣かせるもの
「と、ゆーワケで。
詳しく説明してもらいましょうか」
「……何が『と、ゆーワケで』なんだよ……」
陽は沈み、舞台は再び鳴海探偵事務所――それが当然とばかりに言い放つ美琴に、そこに至るまでの説明をごっそり省かれた翔太郎はため息をついた。
その場には佐天や、先の強盗事件に巻き込まれた彼女のアフターケアという名目で佐天への付き添いを命じられた初春もいる。
「あの“半分こ”は何なのよ?
ガイアメモリは使うわ、伸びるわ割れるわ……」
「『伸びる』『割れる』はともかく、『半分こ』はねぇだろ。
ありゃ……“W”だ」
「じゃあ、そのWについて説明してもらいましょうか?」
あっさりと返してくる美琴の態度に、翔太郎のこめかみがピクピクと引きつる――が、先にドーパントの説明を渋った結果さんざん食い下がられたことを思い出した。あきらめて、机の上に変身に使ったベルトと三本のガイアメモリを並べた。
「このメモリは、一般に出回っているメモリに比べて、より純度の高い純正型メモリだ。
そこらのドーパントと違って精神汚染の心配はないしパワーもデカイが、その分扱いが難しい。肉体的な反動もバカにならないしな。
そういった問題を解決してくれる制御ドライバが、このベルト――ダブルドライバーだ。
フィリップとドライバーを共有して、アイツの精神をメモリとドライバーを経由してオレの身体に落とし込む――そうすることで、二人がかりでこの力を制御してんだ」
「あぁ、だから変身してる間、フィリップの意識がなくなって、アンタからフィリップの声がしたのね」
美琴が納得し、会話に加わらず読書にいそしんでいるフィリップを見る。
と、佐天が翔太郎のガイアメモリを手に取り、
「あの、そもそもこのガイアメモリって何なんですか?
さっきのドーパントの“MAGMA”やフィリップくんの“CYCLONE”はわかるんですけど、この“JOKER”とか“TRIGER”とか……」
「詳しい技術はオレも専門外だけど……“地球の記憶”とやらをキーワードごとに落とし込んだもの、らしい。
たとえば、“MAGMA”のメモリならマグマに関する記憶がな。
そしてそのキーワードは、何も物質に限った話じゃない。概念的なものも含まれる」
「あぁ、だから“切り札”……」
「他にはこんなものもある……前に押収されたメモリの写真だ」
美琴に答え、翔太郎は数枚の写真を取り出し、彼女達に見せた。
「えっと……“MONEY”……お金?」
「“VIORENCE”……暴力?
こっちは“ZONE”……領域、ですか? どんなドーパントになるか、ちょっと想像つかないんですけど」
「それに関してはまったくもって同感だ」
つぶやく美琴の脇から写真をのぞき込んだ佐天に、翔太郎はため息まじりに同意する。
「オレ達が持っているメモリは六種類。
オレが使って、Wの左半身を司る、“切り札の記憶”を持つ“JOKER”、“闘士の記憶”を持つ“METAL”。そして“銃撃手の記憶”を持つ“TRIGGER”。
フィリップの持つ、ダブルの右半身を司るメモリが、“風の記憶”の“CYCLONE”、“熱き記憶”の“HEAT”、“幻想の記憶”の“LUNA”だ」
「左右三種類ずつ、それを組み合わせて戦う……
都合九種類の形態にWは変わることができる……と、そういうワケね」
翔太郎の説明に、美琴はWの形態数をさっと暗算して納得する。
「これ、あたし達にも使えるんですか?」
「あー、やめとけやめとけ」
佐天の問いに、翔太郎はあっさりとそう答えた。
「理屈の上では、ドライバーさえあれば変身自体は可能ではあるんだけどな……メモリのパワーに身体がついてこなかったらむしろ危険だし、耐えられたとしても、各メモリの能力を使えこなす技量が求められる。こればっかりはドライバーでもフォローできないからな。
特に、能力持ちは厳しいだろうな。耐えられる、耐えられないはともかく、使いこなせるかどうか怪しいもんだ」
「はぁ? 能力者の方がダメだって、それどういうことよ?
むしろ、能力の制御訓練を受けてる分その手の力の扱いはお手の物だと思うんだけど」
「“だから”ダメだってんだよ」
眉をひそめる美琴に翔太郎が答え――
「……あの、なんとなくわかりました」
おずおずと手を挙げ、それまで傍観していた初春が口を開いた。
「えっと……まず、メモリの効果と、能力者の能力との相性が問題になりますよね?
それともうひとつ……私達の受けている訓練は、“単一の能力を使いこなすことしか想定していない”……」
「正解」
あっさりと翔太郎はうなずいた。
「初春の言う通りだ。
まず、能力とメモリの相性だ――さっきのマグマ・ドーパントを例に挙げようか。
あの時変身した“MAGMA”のメモリの持ち主が、もし低温系の能力を持った能力者だったら、どうなってたと思う?」
「あー……低温とマグマ……能力、相殺しちゃいますね……」
「そういうことだ」
佐天に答えると、翔太郎は美琴を見て、
「御坂の能力とオレのメモリで言うなら……“METAL”が悪い組み合わせの代表例だな。
“METAL”は身体の鋼質化効果を持つメモリだ。金属質に変わった身体が、御坂の電撃を必要以上に流して、散らしちまうんだよ。そうして流れた電気で金属部分が電磁石になっちまう不便さもあるしな。
逆に、“TRIGER”なんかは相性がいいんじゃねぇか? お前の“超電磁砲”と組み合わせたらすごいことになりそうだ」
「なるほど……」
納得する美琴にうなずくと、翔太郎は息をつき、
「初春の言ってたもうひとつの理由も正解だ。
基本、能力者の能力はひとりにつきひとつ――御坂はいろいろできるが、それだって“電気を操る”って能力をいろいろな形に応用してるだけだ。
つまり、この学園都市で行われている能力者の訓練は“ひとつの能力でいろいろな使い方をする”ってのが前提だ。そういう訓練を受けて、ひとつの能力“しか使わない”ことに慣れきった能力者が、まったく違う能力を、しかも二種一組、九通りのパターンで使い分けるWのシステムをポンと渡されて、使いこなせると思うか?」
「……少なくとも、再訓練なしじゃムリね。
悔しいけど、私も今いきなり『使いこなしてみろ』って言われて、使いこなせる自信ないわ」
『あくまで“今いきなり”はムリってことだけど』と念を押す――いずれは使いこなしてみせると言わんばかりの美琴の負けず嫌いぶりに思わず苦笑する。
だが――最も根本的に、彼女達には使えない理由がある。息をつき、その“理由”を告げる。
「ま、もっとも……使えたとしても貸す気はないけどな。
お前らみたいな女の子に、ドーパントの相手なんかさせられるかよ」
「バカにしないでよ。
私だって、ドーパントの相手くらい……」
「さっき、マグマ・ドーパントに手も足も出なかったろ?」
「あ、あれは、私の能力とアイツの能力との相性が悪かったから……」
「また相性の悪いドーパントを前にした時にも、同じことを言うつもりか?」
反論する美琴に、翔太郎がさらに言い聞かせる。
「お前らに戦いの場なんて似合わねぇよ。
わかったらおとなしく――」
言いかけ――翔太郎はふと止まった。口元に人さし指をあてて美琴達に『静かに』と伝えると、壁際に置かれたラジオのもとへと向かう。
見た目は古いこのラジオも中身はれっきとした学園都市製。一見放送を流しっぱなしにしているように見えても、その実は随時配信されている音楽、音声ファイルを自動再生しているにすぎない――現在放送されているニュースの再生を止め、最初から再生する。
〈本日未明、第七学区の各所で学生やOBが複数人、ケガをして倒れているのが発見されました。
現場に能力を行使して争った形跡があること、被害者が全員何らかの能力者であることから、警備員は能力者による他の能力者への襲撃、障害事件と見ていますが、証言の中には『怪物に襲われた』というものもあり、捜査は難航が予想されています……〉
「翔太郎」
「あぁ」
気づけば、読書をしていたはずのフィリップがとなりにいた――声をかけられ、翔太郎がうなずく。
「能力だけならともかく、“怪物”ときちゃな……
この事件の犯人……ドーパントかもしれない」
「ドーパント!?
じゃあ、調べるんですか?」
相手がドーパントと聞いて、思わず顔を上げる佐天だったが、
「いーや、行かねぇよ」
対する翔太郎はあっさりと答えると、自分のデスクにどっかりと腰を下ろした。
「この件に関する依頼が舞い込んできたワケでもなければ、昨日みたいに固法から頼まれたワケでもないんだ。
風紀委員なり警備員なり、他にまだ動いてるヤツらがいる内は、オレ達の出番はねぇよ」
「で、でも、ドーパントを放っておくワケには……
「あぁ、いかねぇな」
予想外に乗り気ではない反応に困惑する佐天だったが、翔太郎はそんな彼女にも同意してみせる。
「けどな……頼まれてもいないのに首を突っ込んで、その間に本当に困ってる依頼人が助けを求めてきたら、どうするんだ?
この街で起きてる事件は、ドーパントがらみの事件だけじゃねぇんだぞ」
「そ、それは……」
切り返され、反論できずに口ごもる――そんな佐天に対し、翔太郎は息をつき、
「オレは……この街の誰にも泣いててほしかねぇんだ。
だから、できれば全部助けてやりたい……けど、実際にそれをやるには、オレ達だけじゃ手が足りない。ある程度は、風紀委員や警備員を頼るしかない。それが現実だ。
それに……風紀委員も警備員も、正規の職務としてやってんだ。ヘタな介入は、アイツらの顔をつぶすことになる――そこは、気を遣ってやらないとな」
言って、翔太郎はコーヒーをすすり――
「あのー……」
「ん? どしたの? 初春」
「えっと……
……御坂さん、もう飛び出していっちゃった後なんですけど……」
「ぶ――――っ!?」
初春の言葉に、思い切りそのコーヒーを吹き出した。
◇
「ったく、翔太郎のヤツ、人のことを足手まといみたいに……」
翔太郎の『犯人はドーパントかもしれない』という話を聞くなり、さっそく事務所を飛び出した――まではよかったが、とりあえずどこに行けばいいものか、皆目見当がつかない。夜の闇に包まれた路地裏をあてもなく犯人を捜しながら、美琴は唇をとがらせた。
「『私達に戦いは似合わない』とか、カッコつけちゃってさ。
能力が通じなくたって、やれることはあるわよ。レベル5をなめんじゃないわよ」
誰が聞いているワケでもないが、言わずにはいられない。ブツブツと愚痴をこぼして――
「…………レベル5か」
「――――っ!?」
突然、路地の奥の暗がりから声がかけられた。
「おもしれぇ……レベル3程度じゃ相手にならなくて退屈してたんだ。
オレとケンカしようぜ、レベル5のお嬢ちゃんよぉ!」
その言葉と共に、“それ”はゆっくりと姿を現し――その姿に美琴は思わず目を見張った。
なぜなら――
「で、でかい……!?」
そう。挑戦者(?)の背丈はゆうらに5メートルはあった。
そもそも人としての姿も留めていない。二足歩行で前傾姿勢、後ろにまっすぐ伸びた尾、爬虫類そのものの頭部――ボロ布を被っているため詳細はわからないが、さながら恐竜のような体型をしている。
ガイアメモリはこんな怪物も作り出すのかと驚愕する美琴だったが――わかったことがひとつ。
「メモリは“DINOSAURSE”か“T-REX”ってところね……」
「へぇ、ガイアメモリのことを知ってんのか。
さてはお前もメモリユーザーか? まさかレベル5ってのもメモリの力のおかげかよ?」
「冗談。
メモリなんか持ってないし、レベル5も混じりっけなしの努力の結晶よ」
答えて、美琴はドーパントに向けて身がまえた。対するドーパントも、腰を低くして力をため、
「とりあえず、答えだけは教えといてやる。
オレのメモリは……“T-REX”だ!」
「それはそれは……ごていねいにどうもっ!」
言うと同時、ドーパントが突っ込んでくる――その突進を横っ飛びにかわし、美琴は礼を言いながら電撃を放ち――
「それがどうしたぁっ!」
直撃を受け――それでもかまわず、ティーレックス・ドーパントが美琴へと襲いかかる!
「ウソ!?」
T-REX――恐竜ともなれば、別に電撃と相性が悪いような属性ではないはずだ。にもかかわらずあっさりと電撃をしのがれ、美琴は驚き、思わず動きを止めてしまう。
そんな美琴に、ティーレックス・ドーパントが牙をむいて襲いかかり――
「――って、え?」
気づけば、美琴はティーレックス・ドーパントの真上、ビルの屋上にいた。
そして――
「危ないところでしたわね、お姉様。
これにこりて、夜の独り歩きはほどほどにしていただけるとうれしいのですけど」
言って、美琴のとなりに立つのは黒子であった。
「まったく……“MAGMA”の次は“T-REX”ですの?
最近、ガイアメモリによる犯罪が急増しているとは聞いてましたけど……」
ため息まじりにつぶやくと、黒子は鉄矢を手に一歩踏み出し、
「とにかく、お姉様はそこで見ていてくださいな。
あんなドーパントの一体や二体、わたくしひとりで十分ですわよ」
「って、黒子!?」
言うなり、空中に身を躍らせる黒子に、美琴が思わず声を上げる。
「気をつけなさい!
アイツ――何かおかしい!」
「ご心配は、ご無用ですわよ!」
美琴に答えて――黒子が瞬間移動、自分を狙って振るわれたティーレックス・ドーパントの尾をかわして地面に降り立つ。
「ドーパント相手に、手加減は無用ですわね!
体内に直接、打ち込ませていただきますわ!」
言って、黒子が鉄矢を瞬間移動させて――
「それが……どうかしたのかよ!?」
「な…………っ!?」
ティーレックス・ドーパントはかまわず黒子へと襲いかかった。ダメージを確認できず、驚く黒子だったが、とっさに瞬間移動してティーレックス・ドーパントの体当たりをかわす。
巨体から繰り出された体当たりが、ビルの外壁を打ち崩す――その背後に降り立ち、再び鉄矢を放つ黒子だが、やはりダメージを与えられた様子はない。
(でも、このせまい路地にあの巨体では、あちらもこちらへは振り向けない。すぐには攻撃は来ない――)
「――って、えぇっ!?」
攻撃が通用しない状況だが、相手も攻撃がままならない状況だ。ゆっくりと対策を立てさせてもらおう――そうタカをくくっていた黒子だったが、その目論見はもろくも崩れ去った。
その巨体、その重量をものともしない勢いでティーレックス・ドーパントが大ジャンプ。バック宙返りの要領で黒子の頭上を跳び越えると、再び彼女を視界に捉える位置取りで着地したのだ。
「なんてデタラメな動き……っ!
いくらドーパントでも、あんな巨体であんなジャンプをすれば、普通ヒザがイカレますわよ!?」
「おあいにくさま!
残念ながら、そうはならないんだな、これが!」
黒子に答え、ティーレックス・ドーパントが再び突撃。先ほどと同じように瞬間移動でかわそうとタイミングを測る黒子だったが――そこからが先ほどと違った。
突然、ティーレックス・ドーパントの頭が落ちた。地面に顔を突っ込み、その身体が突っ込んだ頭を軸にはね上がる。
(転んだ――!?
チャンスですわ!)
そんなティーレックス・ドーパントの動きをスキと見て、黒子は鉄矢をかまえ――
頭を軸に縦に一回転。“振り下ろされた”尻尾が真上から黒子に叩きつけられた。
「黒子ォ――――ッ!」
ティーレックス・ドーパントは転倒したワケではなかった。そう見せかけ、前転しての尻尾による一撃。それこそが狙いだっのだ――頭上でその光景を目の当たりにして、美琴が思わず声を上げる。
彼女の位置からは黒子がかわせたのかどうかはハッキリとは見えなかった。果たして彼女は無事なのか――
「――がはっ!?」
――いた。ティーレックス・ドーパントの前方、空中に出現し、しかし着地に失敗して地面を転がる。
完全に攻撃をかわしきれなかったのか、その頭からは流血――尻尾が頭に当たり、そこから地面に押しつぶされるまでの一瞬の刹那、まさにギリギリの回避だったのだろう。
「はっ、しぶといヤツだな。
けど、さすがにこれ以上はムリっぽいな」
ダメージが大きく、立ち上がることのできないでいる黒子に、ティーレックス・ドーパントは余裕のつぶやきをもらし――と、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
「……チッ、警備員のお出ましかよ。
まぁいい。お楽しみは後にとっておこうか」
言って、ティーレックス・ドーパントは頭上――ビルの屋上の美琴を見上げた。
「そういうことでな――今日のところはここまでだ。
早くそのおチビちゃんを病院にでも連れてってやんな」
「え――――?」
「オレはこの力で、強いヤツとケンカしてぇだけだ。
殺すつもりなんかねぇ――死なれたら、またケンカできなくなっちまうじゃねぇか」
意外な申し出に戸惑う美琴に答えると、ティーレックス・ドーパントは路地裏の闇の中へと消えていった。
◇
「……『強いヤツとケンカしたいだけ』……そう言ったんだな?」
「うん……」
尋ねる翔太郎に、美琴は静かにそううなずいた。
場所は、黒子が担ぎ込まれた病院――美琴から知らせを受け、翔太郎のみならず初春や佐天も駆けつけてきている。
「フィリップ、どう思う?」
〈そういうことなら納得だ〉
尋ねる翔太郎には、電話の向こうの、事務所に残っているフィリップがそう答えた。
〈彼がメモリの力に呑まれているのは間違いない。
メモリに宿るT-REXの闘争本能に引きずられて、強い能力者との戦いに飢えてるんだ〉
「狙いは、高レベルの能力者、ってワケか……」
〈そして、この学園都市で高レベルの能力者はそう多くはない。
だから白井黒子を殺さず、むしろ助けるように促した……彼の言う通り、殺してしまったら数少ない獲物をさらに減らしてしまうことになるからね。
メモリの力に呑まれてなお人道的判断を下したワケじゃない……逆に、メモリに呑まれているからこその判断が、結果的に人道的な結果をもたらしたに過ぎないんだ〉
「なんつーバトルジャンキーだよ……またタチの悪い……」
うめいて、翔太郎は黒子の“眠っている”病室のドアへと視線を向けた。
幸い、黒子のケガは命にかかわるようなものではなかったが、頭に一撃を受けていたことから、念のため検査入院が言い渡されていた。
ところが黒子はそれに反発。「もう大丈夫」「あのドーパントを追う」と抵抗したため、鎮静剤を打たれてムリヤリ眠らされ、現在に至る……というワケだ。
「とにかく事務所に戻るぞ。
これからどうするかを話し合うにも、こんなところじゃ……な」
「え…………?」
告げて、フィリップと話していた携帯電話を閉じる翔太郎の言葉に、佐天は思わず首をかしげた。
「あの……翔太郎さん?
この一件に首突っ込むつもりはなかったんじゃ……?」
「あぁ……“なかった”な」
尋ねる佐天にあっさりと答える。
「けど……な」
そして、息をつき、翔太郎が続けた。
「白井がやられたんだ。
もう……この一件はオレ達の問題だ」
◇
「フィリップ。早速で悪いが、“地球の本棚”に入ってくれ」
「わかった」
事務所に戻るなり、翔太郎はフィリップのもとへ。彼の言葉に、フィリップはガレージの中央で直立。意識を集中する。
「あの……翔太郎さん。
ずっと気になってたんですけど……“地球の本棚”っていうのは……?」
「フィリップの頭の中には、この地球のすべてと言ってもいいくらいの知識が詰まってるんだ」
フィリップの邪魔をしないよう、小声で尋ねる佐天に翔太郎が答える。
「で、フィリップはそれを図書館の、本棚のようなイメージで捉えてる。だから“地球の本棚”」
「ふーん……
でも、けっこう基本的なこと知らなかったりするわよね?」
「知識が“詰まってるだけ”だからな。
フィリップ自身、その知識のすべてを閲覧し終えたワケじゃないのさ」
口をはさんでくる美琴に翔太郎が答える間に、フィリップが準備を終えたようだ。
「さぁ、検索を始めよう」
「あぁ。
ドーパントの次の出現先、もしくは出現のタイミングを知りたい。
キーワードは……“T-REX”」
翔太郎の言葉に、フィリップはわずかに顔をしかめた。頭の中で情報をしぼり込んでいるのだろう。
「次に……“闘争欲求”」
続いて次のキーワードを伝え、フィリップにさらにしぼり込んでもらう。
「そして最後に……」
しかし、最後のキーワードを伝えようとしたところで突然言葉に詰まった。美琴達がどうかしたのかと首をかしげる中、言いにくそうな様子で告げる。
「最後に……“無能力者”」
「………………っ」
翔太郎が言いよどんだ理由に思い至り、佐天が思わず身をすくませる――と、検索が終わったのか、フィリップが目を開いた。
「どうだ? フィリップ」
「残念ながら、場所の特定は難しいね。
ドーパントは適当に街をぶらつき、見つけた高レベル能力者に手当たり次第に戦いを挑んでいるようだ。現状でしぼり込むには、キーワードがまだ足りない。
けど……動き出すタイミングはつかめた――直近は、明日の昼過ぎ」
「なるほど……明日は日曜でどこの学校も休みだ。学生達が遊びに出かける昼頃から動き出すつもりか」
フィリップの言葉に翔太郎が考え込み――
「……私が行く」
そう口を開いたのは美琴だった。
「御坂さん!?」
「アイツは、高レベルの能力者を狙ってるんでしょ?
それに、そうでなくても私はアイツに一度狙われてる……」
「なるほど。
みこちゃんが街を歩いていれば、ティーレックス・ドーパントがそれに釣られる可能性は高い……
確かに、オトリ役として、彼女はまさに適任だ」
佐天に答える美琴の言葉にフィリップが納得し――
「ダメだ」
それを、翔太郎はキッパリと否定した。
「要するに、御坂をオトリにしようってことじゃねぇか。
そんな作戦、認められるか。危険すぎる」
「でも、有効な方法だ」
対し、フィリップも迷うことなく即答する。
「ここで彼女を使わなければ、ティーレックス・ドーパントはまた無作為に高レベル能力者を襲うだろう。
本気で被害を止めたいならやるべきだ」
「だけどなぁ……」
なおも渋る翔太郎に対し、フィリップはため息をつき、
「おかしいな?
いかなる時にも心揺らさず、冷静に対処する……それがキミの大好きな“ハードボイルド”じゃなかったかい?
しかし、今のキミはみこちゃんの身を案じるあまり冷静な判断ができていない」
「………………」
「やはりキミはハードボイルドになりきれない。
中途半端な半熟卵……ハーフボイルドでしかないのかな?」
「ふ、フィリップさん!」
あわてて初春が声を上げるが、もう遅い――次の瞬間には、鈍い音と共にフィリップは床に殴り倒されていた。
そんな彼を一瞥すると、翔太郎は傍らのテーブルに自らのガイアメモリとダブルドライバーを叩きつけ、
「……この一件、お前の力は借りない」
言い捨てて、翔太郎は乱暴な足取りでガレージを出ていってしまった。
「あぁ、やっちゃった……」
「え、え……?
初春。翔太郎さん、どうしちゃったの?」
「左さんに“ハーフボイルド”は禁句なんですよ……自分自身、気にしてるから……」
突然の翔太郎の怒りように目を白黒させる佐天に、初春はため息をつく。
翔太郎の残していったダブルドライバーとメモリ三本に視線を向け、
「でも……いくら翔太郎さんでも、Wに変身しないままじゃドーパントの相手は……」
◇
明けて翌日――
「それでよぉ……」
「ハハハ、マジかよ、それ」
どれだけ技術が進歩した街であろうと、“こういう”輩は絶滅しないらしい――いかにも「オレ達は不良です」と言わんばかりの風体の若者達が路上に座り込み、世間話に興じていると、
「おい、お前ら」
「あぁん? 何だ……って……」
声をかけられ、顔を上げた不良のひとりの、その表情が固まった。
他の不良達も同様だ。一斉に直立し、ピシッと気をつけの姿勢から一礼し、
「こ、こいつぁ左さん。おはようございます!」
『おはようございます!』
「……もう昼だぞ。あと、その舎弟モードはやめろ。
オレは別にお前らの親分になったつもりはねぇ」
そんな不良達のかしこまった態度に、翔太郎はこまったように頭をかき、
「それはともかく、だ……お前らに聞きたいことがある」
言って、翔太郎は不良達に二、三質問。返ってきた答えをメモし、
「わかった。すまなかったな。
じゃあな――そんなところでダベってないで、世間話なら喫茶店なりファミレスなりに行ってやれよ」
『はいっ! お疲れさまっしたっ!』
「だから、やめろっつってんだろ……」
他者から一目置かれるのは決して悪い気分ではないが、“こういう置かれ方”は正直反応に困る。ため息混じりに答え、翔太郎は彼らと別れる。
その後も別のグループを相手に同様のやり取りを数回繰り返し、翔太郎は路地裏に入っていき――
「やるじゃないか。
あれだけたくさんの不良を従えるなんてな」
「別に従えてるワケじゃねぇよ。
今までのいろんな事件でぶちのめしたり助けてやったり……そしたらいつの間にか“あぁ”なっちまったんだよ」
暗闇からかけられた声に、翔太郎は息をついてそう答える。
「けど、まぁ……役には立ったな。
お前の獲物の選別基準はレベルじゃなくて“強いか弱いか”だ――あぁやって一目置かれてるところを見せつければ、別にレベルが高くなくても食いついてくると思ってたぜ」
行って、翔太郎が振り向いたその先にいたのは、高校生くらいの少年だった。
そして――その手にはガイアメモリが握られている。
「そいつを捨てろ。
無能力者のお前にとっちゃ、簡単に力をくれるそいつはたいそう魅力的なんだろうけどな……そいつぁ、お前が思っているよりもはるかに危険なものなんだ」
「イヤだね」
説得を試みる翔太郎だったが、少年はキッパリと拒絶した。
「無能力者だったオレがようやく手にしたこの力……
この力で、もっともっと楽しむんだよ、オレは!」
【“T-REX”!】
言って、少年がガイアメモリを起動。首筋に見える生体コネクタを介して体内に取り込む。
と、少年の姿が変化。T-REの頭部に手足が生えたような怪人の姿へと変貌する。
「オォォォォォッ!」
身体全体で構成するT-REXの頭部、その大きな口を開けて襲い来るティーレックス・ドーパントの突進を、翔太郎は地面を転がってかわす。
そして取り出したのは、度々使用しているデジカメだ。さらにガイアメモリのようなスティック型メモリを取り出し、
【“BAT”!】
デジカメにセットすると、“デジカメが翼を広げた”。ガイアメモリを元に作られた擬似ガイアメモリ、ギジメモリによって起動するサポートメカ“メモリガジェット”のひとつ、バットショットだ。
バットショットはティーレックス・ドーパントの周囲を飛び回り、デジカメのフラッシュをたいてかく乱する――その間に、今度は愛用の携帯電話にもギジメモリをセットする。
【“STAG”!】
と、こちらはクワガタムシへと変形。ライブモードとなったスタッグフォンがティーレックス・ドーパントに突撃。その鋭いアゴで攻撃を見舞う。
だが――
「そんなもんでぇっ!」
ティーレックス・ドーパント相手には、かく乱以上の効果は見込めなかった。再び翔太郎へと突進。翔太郎もそれをかわし――そのまま、勢い余って周囲の壁を破壊しながら表通りへと飛び出してしまう。
突然現れた異形の怪物に、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う――その後を追い、翔太郎が表通りへと出てくると、
「翔太郎!」
「御坂!?」
駆けつけてきたのは美琴だ。やはり翔太郎の制止を無視し、彼女もティーレックス・ドーパントを探しに出てきていたのだろう。
「ったく……来るなって言っただろうが!」
「そんなワケにはいかないわよ!
アイツには黒子がやられてんのよ!?」
なおも彼女の参加を渋る翔太郎に美琴が反論すると、
「やれやれ……
ドーパントのことといい、みこちゃんのことといい、実に予想通りの展開だね」
言って、姿を現したのはフィリップだった。
昨夜怒りに任せて殴ってしまった手前、気まずい翔太郎だったが――そんな彼にフィリップは続けた。
「けど、これだけはいくら考えてもわからなかった……
翔太郎。ボクはなぜ殴られたんだい?」
「………………」
思わず天を仰ぐ――昨夜の悶着もコイツにとってはこの程度の問題だったのかとため息をもらす。
だが――
「…………へっ」
改めて実感する――そんなフィリップだからこそ、感情に流されやすい自分を補ってくれる“相棒”たり得るのだと。
「……半分力貸せよ、相棒」
「もちろんさ。
ボクらはふたりでひとりの探偵、だろう?」
言って、フィリップが翔太郎にダブルドライバーとガイアメモリを渡す。翔太郎がそれを身につけると、フィリップの腰にもダブルドライバーが出現する。
そして――
『変身!』
【“CYCLONE”!】
宣言と共にフィリップが“CYCLONE”のメモリを自らのダブルドライバーへとセット。翔太郎のそれへと転送し、
【“JOKER”!】
翔太郎が“JOKER”のメモリをセット。二つのメモリスロットを開き、
【“CYCLONE”! “JOKER”!】
ダブルドライバーの宣言と共に、翔太郎の姿がWへと変わり、となりでフィリップが意識を失い、崩れ落ちる。
〔みこちゃん、ボクの身体、よろしくね〕
「え!? ちょっ、またそんな役!?」
フィリップの言葉に美琴が声を上げるが、彼の宿る翔太郎はかまうことなくティーレックス・ドーパントへと向かっていく。
「……あぁっ、もうっ!」
文句を言う相手にいなくなられて、美琴は思わず地団太を踏んで――
「御坂さん!」
「大丈夫ですか!?」
「佐天さん!? 初春さん!?」
そこへ新たに駆けつけてきたのは佐天と初春だ。
「……そうだ!
二人とも、フィリップの身体お願い!」
「え!?」
「み、御坂さん!?」
いきなりの頼みに戸惑う二人だったが、美琴はすでにティーレックス・ドーパントに向けて駆け出した後であった。
「くらえ!」
まずはあいさつ代わり。美琴は軽く電撃を放ち、翔太郎に襲いかかろうとしていたティーレックス・ドーパントの周囲の地面を叩いた。
「御坂!?
お前、どうして……フィリップの身体は!?」
「あの二人!」
驚く翔太郎に対し、美琴が指さす――二人でえっちらおっちらとフィリップの身体を運んでいる初春と佐天を。
「あの二人まで……!
おい、早く逃げろ!」
ため息をつきそうになるのをこらえ、佐天達に避難を促す翔太郎だったが、
「レベル5の嬢ちゃんまで来たか……
こいつは、おもしろくなってきたぜぇっ!」
ティーレックス・ドーパントが咆哮し――突如、彼の大暴れのせいで周囲に散乱していたガレキが吸い寄せられていく!
◇
「こ、この中なら、ひとまず大丈夫だよね……?」
この騒ぎで持ち主が逃げてしまったらしい、路上に放置された乗用車――フィリップをその中に運び込み、彼の頭側を支えていたために車内に入る形になっていた佐天がつぶやく。
そして、彼女が反対側のドアから車外に出ようとした、その時だった。
「――って、え!?」
突如、車がひとりでに動き始めた。
ティーレックス・ドーパントに引き寄せられて、集まっていくガレキ。その中に混じっていたワイヤーが偶然車体に巻きついてしまい、車をティーレックス・ドーパントへと引っぱっているのだ。
一方、ガレキそのものはティーレックス・ドーパントの身体にまとわりつき、ちょっとした大きさの小山を形成し――
「グオォォォォォッ!」
ティーレックス・ドーパントが咆哮し――ガレキのコンクリート部分が弾け飛んだ。
その中から姿を現したのは、ガレキの金属部分で身体を作り、まさに金属製のT-REXと化したドーパント。先日美琴や黒子を襲ったのは、この形態がボロ布をまとい、金属部分を覆い隠した姿だったのだ。
「私の電撃や黒子の鉄矢が効かないはずだわ……
電撃はあの金属部分に流されて本体に届かないし、仮の身体に針を突き刺したって効くワケない。
その上、仮の身体だからヒザが壊れる心配もなく、思う存分アクロバットができるってワケか……」
美琴がうめき――ティーレックス・ドーパントが動いた。翔太郎に襲いかかると、その身体にかみつき、振り回し、投げ飛ばす!
「ぅわぁっ!?
くっそ、調子ン乗りやがって……っ!」
放り投げられながらも、何とか受身を取って着地。すぐに身を起こして翔太郎がうめくと、
〔ボクの側、変えよう〕
「あぁ……お熱いのを一発、かましてやるか!」
フィリップが提案し、翔太郎の同意のもと右半身を操り、ダブルドライバーに差している“CYCLONE”のメモリを交換する。
そして使ったメモリは――
【“HEAT”! “JOKER”!】
赤色のメモリ――“HEAT”だ。再びダブルドライバーを開くと、それに伴いWの右半身が緑から赤に染まる。
と、その右手に炎が宿り――その炎と共に翔太郎が殴りかかった。ティーレックス・ドーパントに炎の拳を何度もお見舞いする。
「くっ、こいつぁたまらんっ!」
これにはさすがのティーレックス・ドーパントもひるまずにはいられなかった。状況は不利と判断したのか、きびすを返して逃げ出した。
「逃がすもんですか!」
それに対して動いたのが美琴だ。ポケットからコインを取り出し、超電磁砲のかまえに入る。
「おい、御坂!」
「わかってるわよ!
あの鉄くずの身体だけを吹っ飛ばせばいいんでしょ!? 」
翔太郎の声に答え、美琴が狙いを定めて――
「――って!?」
気づいた。
ティーレックス・ドーパントの身体に取り込まれたワイヤーにからめ取られ、引っぱられている一台の乗用車――その中に、佐天とフィリップの姿があることに。
「あ、あの二人!?」
「何で乗ってるんだよ!?」
驚き、二人はその場に残された初春へと視線を向けるが、その初春もこの事態にあわてふためき、オロオロするばかりだ。
「あぁっ、くそっ!」
舌打ちし、翔太郎はスタッグフォンを取り出すと何やらコードを打ち込み、
「来い、リボルギャリー!」
◇
翔太郎の発信したコードを受け、動きを見せたのは鳴海探偵事務所のガレージだった。
中二階ほどの高さに張られた、翔太郎や美琴達が歩き回っていた金網状の足場が壁際へと起き上がり、中央に残された、床から一段高くなっている足場に壁の中から姿を現した“車輪が”装着される。
左右の車輪ユニットに併設されていた、左右に分割差され、外側に倒されていたボディが起き上がり、中央で左右が合体。マイクロバスよりも大きな、Wの顔をディフォルメしたような車体が完成する。
その車体よりも大きな、壁に埋め込まれていたドラム状のコンテナが車体後方に合体。ハッチが開き、中に収められていた何かのパーツが姿を見せる。
接合したすべてのパーツの起動が完了し、エンジン始動。前方のハッチが開き、通路が姿を現すのを待って発進し、翔太郎が“リボルギャリー”と呼んだ大型ビークルは、猛スピードで翔太郎達のもとへと向かうのだった。
◇
「アイツ……どこまで逃げるつもりよ!?」
「オレ達のいないところまでだろ!?」
背後の美琴に答え、翔太郎はバイクを走らせる――二人は現在、翔太郎のバイク“ハードボイルダー”でティーレックス・ドーパントを追っていた。
このハードボイルダーも、メモリガジェットやリボルギャリーと同じくWの装備のひとつ。サイクロンジョーカーのカラーを意識したのか、前方を黒、後方を緑に塗り分けられている。
そんなハードボイルダーの後ろに美琴を乗せ、翔太郎はティーレックス・ドーパントを追跡。途中、ティーレックス・ドーパントが蹴散らしていく標識の残骸を、巧みなライディングテクニックでかわし、距離を詰めていく。
と言っても、今のところその狙いはティーレックス・ドーパントそのものではない。
彼に引きずられている乗用車、その中に取り残されたフィリップ(の身体)と 佐天の救出が最優先だ。
と、そこに事務所から出動してきたリボルギャリーが合流。翔太郎達が運転席側でリボルギャリーが助手席側、それぞれ乗用車を挟み込むように左右につく。
「左さん! 御坂さん!」
「佐天! 向こうのデカイのに飛び移れ!」
「ムチャ言うなぁっ!」
美琴にツッコまれた。
「ったく、しょうがねぇ!」
仕方なく、翔太郎は助手席側に回り込み直し、乗用車のドアを力ずくで引きちぎった。助手席側に寝かされたフィリップの身体のエリをつかみ、運転席のハッチを開けたリボルギャリーの中に投げ込んだ。
〔翔太郎! ボクの身体!〕
「ぜいたく言うな、この状況でっ!
それより佐天! 次はお前だ、手ェ伸ばせ!」
「は、はいっ!」
次は佐天を助ける番だ。フィリップをいさめた翔太郎の言葉に、佐天が彼に向けて手を伸ばす。
翔太郎も手を伸ばし、二人の手が重な――ろうとした瞬間、再び引き離された。
地上を走っていては逃げ切れないと判断したのか、ティーレックス・ドーパントが進路を変更。立体駐車場の壁を駆け上がり始めたのだ。
「アイツ……もう何でもアリね……
どうするの?」
「追いかけるに決まってるだろ!」
美琴に答え、翔太郎は再びスタッグフォンにコードを打ち込む。
と、リボルギャリーの車体が展開された。ボディが左右に展開され、前方にはスロープが垂らされる。
「御坂、ちょっと降りてろ」
そのスロープからリボルギャリーの上へと上がり、翔太郎はそう言って美琴を降ろすとハードボイルダーを反転。後ろのコンテナの空きスペースに車体の後ろ半分を差し込んだ。
と、ハードボイルダーが前後に、黒い部分と緑色の部分に分割された。車体後方を切り離すとドラム状のコンテナが回転。コンテナにあらかじめ収められていた赤色のパーツが翔太郎の後方に配置され、バイクの前方部分に連結される。
そして出来上がったのは、黒と赤に塗り分けられたホバーマシン。翔太郎の操作で浮き上がったそれは一気に上昇、ティーレックス・ドーパントを追い――
「――あぁっ! 置いてかれた!」
美琴が地上に残された。そのことに気づき、美琴が声を上げると、
「お姉様!」
その言葉と同時、瞬間移動で現れたのは黒子だ。
「黒子!?
アンタ、ケガは!?」
「のん気に寝ている状況ではありませんもの。
それより、今は佐天さんを」
「えぇ。アイツをブッ飛ばして、佐天さんを助けるわよ!」
◇
「おっと!」
立体駐車場の屋上に飛び出すなり尻尾での一撃――待ちかまえていたティーレックス・ドーパントの攻撃をかわすと、翔太郎はハードボイルダーのバリエーション、ハードタービュラーの機銃で反撃する。
しかし、ティーレックス・ドーパントも負けてはいない。自身の巨大ボディを構築しているガレキを打ち出して反撃してくる。
一方、佐天の残された車は、ティーレックス・ドーパントが屋上に上がってすぐのところから動いていないため、宙吊りになっている。このままでは佐天が車ごと落下してしまうかもしれないが、助けに行こうにもティーレックス・ドーパントの攻撃が激しく、それもままならない。
これでは佐天を助けるどころではない。残された方法は――
〔翔太郎、もうメモリブレイクしかない!〕
「わかってる!」
先にティーレックス・ドーパントを倒し――支えを失い、落下するであろう車から、地面に激突する前に佐天を救出する。それしかない。
同じ結論に達し、翔太郎はフィリップに答えて自分のメモリを取り出した。
ダブルドライバーから“JOKER”のメモリを抜き、代わりにそのメモリをセットし――
【“HEAT”! “METAL”!】
真紅の右半身はそのままに、左半身が鋼色に変化。さらに背中にはロッド状の武器、“メタルシャフト”が出現する。
メタルシャフトを手に取り、その本体を伸ばして携行モードから戦闘モードへと移行させると、ダブルドライバーから“METAL”のメモリを引き抜き、それを今度はメタルシャフトに備えられたメモリスロットへと差し込む。
【“METAL”!
MAXIMUM DRIVE!】
メモリの“力”が解放され、メタルシャフトの一方の先端から噴射される――それをかまえ、翔太郎は一気にティーレックス・ドーパントへと突っ込んでいく。
対し、反撃しようとするティーレックス・ドーパントであったが、
「――――グッ!?」
いきなりその動きが鈍った。突然の重圧――否、“引力”によって立体駐車場の床に引きつけられる。
「フンッ、ざまぁないわね!
身体が金属でできてるとわかればこっちのものよ!」
黒子に抱えられ、瞬間移動で屋上に出現。電撃を放射している美琴の仕業だ。電撃でティーレックス・ドーパントの身体の金属部分と立体駐車場の鉄骨を磁化させ、引き合わせたのだ。
さらに、その効果は“METAL”のメモリの効果で身体が金属質に変化している翔太郎にも及んだ。彼自身が、メタルシャフトが、ハードタービュラーがまとめて磁化され、突撃の速度がさらに増す。
「いっけぇっ!」
「おぅよ!」
美琴の言葉に翔太郎が答え――
「〔メタルブランディング!〕」
渾身の必殺技を、ティーレックス・ドーパントに叩きつける!
打ち込まれた力が炸裂、鉄くずで作られたティーレックス・ドーパントの身体が四散。予想通り支えを失い、宙吊りになっていた佐天の乗る乗用車が空中に投げ出され――
「おっと!」
すでに、翔太郎は救出に動いていた。落下する乗用車に追いつくとその中から佐天を引っぱり出す。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
乗用車が地面に激突、そのすぐ脇に降り立ったハードタービュラーの車上で、翔太郎に抱きかかえられた佐天がうなずいて――そんな彼らの目の前に、ドーパントの身体から排出された“T-REX”のメモリが落下、粉々に砕け散った。
◇
[事件は解決したが、またひとり、ガイアメモリによって人生を狂わされた人間が現れたことに変わりはない……それが、今のこの街の現実だ。
園咲琉兵衛だって、この街をこんな ふうにしたくてガイアメモリを作り出したワケじゃなかったはずだ。道を誤ったとはいえ、彼は本当にこの街を愛していたのだから。
だが、いつか変えてみせる。この街を、オレが――]
「翔太郎。
そこは『オレ“達”が』とか、複数形であるべきだよね」
「……はいよ」
口を挟んでくるフィリップに苦笑交じりにうなずくと、翔太郎は一件クラシックに見えても最新機器だらけなこの事務所で唯一の正真正銘の骨董品、昔懐かしのタイプライターで打っていた報告書を訂正する。
『オレが』の部分に訂正線を入れ、『オレ達が』と打ち直し――
『こんにちはーっ!』
「って、あ――っ!?」
いきなりの声に驚き、その拍子に複数のキーを同時に叩いてしまった。おかげで同時にはね上がったタイプスタンプがタイプ部に詰まってしまう。
骨董品なだけに、こうなると直すのは手間なのだ。元凶たる連中をにらみつけてもきっと罪ではない――と、いうワケで、翔太郎は現れた“少女達”に恨みのこもった視線を向けた。
そう――美琴、佐天、初春の三人である。
「お、ま、え、ら……っ!
一体何しに来やがった!? もうお前らのからんだ事件は解決しただろうがっ!」
「そんなの、これから先もここに出入りするつもりだからに決まってるじゃない」
「はぁ!?」
「だって、そうすればガイアメモリやドーパントがらみの事件が起きてもすぐ対応できるじゃない?」
「って、これからも首突っ込むつもりかよ!?
つか、ここをたまり場にするつもりか、お前らっ!?」
「すごい……超計算外」
声を上げる翔太郎のとなりで、さすがのフィリップも意外そうにつぶやくしかない……が、美琴の方はかまう様子はない。苦笑する佐天や初春を尻目に、すでに私物の置き場所を検討し始めている。
「だっ、だったら、ここよりも風紀委員の事務所に行けよ! どう考えてもあっちの方が情報早いだろ!」
この事務所を女子中学生のたまり場にされてたまるものか。「よそへ行け」と言外に告げる翔太郎だったが、
「あぁ、それなら大丈夫。
初春さんだっているし――」
あっさりと美琴が答えた、その直後――
「お姉様! どうしてこんなところにいらしてるんですの!?
こんな薄汚い事務所はお姉様にはふさわしくありませんわ! さぁさぁ、わたくしと一緒に参りましょう!」
「はい、伝令確保」
「だまし討ち同然に後輩をメッセンジャーに仕立ててんじゃねぇよ。
あと白井。人の事務所を捕まえて『薄汚い』とか言うな」
瞬間移動してきた黒子と彼女を指さして告げる美琴に、翔太郎はゲンナリしながらもツッコミを入れる。
「さぁ、これからも私達で、あらゆる事件をハーフボイルドに解決するわよ!」
『お――っ!』
だが、音頭を取る美琴の言葉は聞き捨てならなかった。最後の力を振りしぼり、翔太郎は大声でツッコミを入れた。
曰く――
「ハーフボイルドじゃねぇっ!
ハードボイルドだ! ハードボイルドぉーっ!」
次回予告
「……どう?」 「正面玄関付近に人影なし!ですの」 |
(わたくしほどお姉様のお役に立てる者などいませんの!) |
「このままじゃ、私達の約束はどうなるんですか!?」 |
「……この事務所は……元々おやっさんのものなんだ……」 |
第3話「去りし日のP/炎天下の作業には水分補給が必須ですのよ」
「黒子ォ――――ッ!?」 |
(初版:2012/04/25)