2003年12月1日 第一階層・はじまりの街――
「………………ふーん」
視界がクリアになり、身体が自由を取り戻す――と言っても、“現実の身体”ではないが。
意識を肉体から切り離し、データでできた仮の身体をまとって、今まさに“はじまりの街”へと降り立ったのだ。
「……こいつが、この世界でのオレの身体か……」
つぶやき、両の手を握り、開いてみる――その感触を十分にかみしめ、ジュンイチは軽くため息をついた。
「夢にまで見た“普通の身体”……これが目当てで、ナーヴギアとSAOを買ったんだよな。
状況が状況じゃなかったら、もっと素直に喜べたんだけど……」
すでにリアルの身体が完全に人間を辞めているジュンイチにとっては、バーチャルとはいえ何の特殊性も持たない身体というのは久しぶりだ。
本当なら存分に楽しみたいところだが――状況はそれを許してくれそうにない。
何しろ、今彼がいるのは命を賭けたデスゲームが繰り広げられている電脳世界のスタート地点。こうしている間にも、誰かが戦闘によってその命を散らしているかもしれないのだ。
そして自分は、そのデスゲームを終わらせるために自らこの世界に赴いたのだが――ゲーム攻略に関する具体的なところは何も考えていない、事実上のノープランだ。さて、これからどうしようかとしばし考える。
(まずは……生存率を上げるのが第一だよな。やっぱり。
となると、セオリーから言えば、当面はレベル上げ、ってところだけど……)
慣れない手つきでステータス画面を開き、そこに表示された自分の状態を確認する。
表示されたアバターネームは“Junichi”。アバターネームを名乗らず本名で参加する、俗に言う“本名プレイ”である。
それよりも問題はパラメータの方だ。当然ながらゲームを始めたばかりなのでレベルは1。経験値も一切入っていない状態である。
これを最前線のプレイヤー達と同等のところまで追いつかせるのは並大抵のことではない。そうやって手をこまねいている間に、どれだけ状況が進むことになるか。そして……何人死亡することになるか。
(とりあえず……最前線の様子が知りたいな。
ちょっと強行軍になるけど、一番先の街まで一気に進むか)
レベル上げは話を聞いて回った後でもできる。まずは最新の情報だ――そう結論を出して、ジュンイチはこの世界に降り立って最初の一歩を踏み出した。
Quest.1
第一階層攻略作戦
結論から言うと、最前線の街までは拍子抜けするほどあっさりとたどり着いた。
理由は簡単。
最前線の街までの旅路が、思いの外安全だったからだ。
攻略は早々に困難を極めているらしく、先達のプレイヤー達は未だ第一階層を突破できず、同階層の最終ダンジョンである迷宮区を攻めあぐねていた。
現在の最前線の街は、第一階層の迷宮区の手前――そしてそこまでの道中には、攻略のためにレベル上げに勤しむプレイヤー達が常に誰かしらうろついていた。
出現するモンスター達はそういったプレイヤー達によってたちまち狩り尽くされ、戦闘を目的とせずただ移動だけに集中していたジュンイチがモンスターに襲われることもなく――
結果、なんと一度の戦闘も経験することなく、ジュンイチはわずか一日と言う短時間で無事当面の目的地、迷宮区手前の街、トールパーナへとたどり着くことができたのだった。
◇
2003年12月2日 第一階層・トールパーナ――
「ふーん……
じゃあ、まだこの階層のボスの部屋の場所もわかってないのか?」
「あぁ。
とはいえ、迷宮区のマッピングはほぼ終わってるらしいからな。
今日か明日中には、ボスの居場所もわかるだろ」
バーチャルだろうがオンラインだろうが、結局はファンタジー世界が舞台のRPG。情報を集めるにはここしかないだろう――そんな独断と偏見で訪れた酒場で、マスターはジュンイチにそう答えると彼の注文したホットココアを差し出した。
ちなみにこのマスター、れっきとしたプレイヤーだ。戦闘によるクリアへの貢献は早々にあきらめ、そういったプレイヤー達のサポートに回ることを選んだひとりであり、こうして情報交換の場として酒場を開いたのだと言う。
なお、まったくの余談だが、店自体はNPCが大家をしているテナントなんだとかで、早く自分の店がほしいと愚痴られもしたが――それはともかく、今は攻略の話だ。
「近々、誰かが仕切る形で討伐パーティーが組まれるんじゃないかな?」
「ふーん……」
マスターの言葉に、ジュンイチは相槌を打ちながらココアをすすり――止まった。
「……どうした?」
「…………できたてなのに、熱くない……っ!」
マスターに答えて、ジュンイチはぐっと拳を握りしめて天井を仰いだ。
「リアルじゃ作った後いつも冷まさなきゃ飲めなくて、こんなあったかいココアなんて飲めなかったのに……っ!
まさか……まさか、“できたての熱々ココア”を楽しめる日が来るなんて……っ!」
目頭さえも熱くなる。だが泣くことだけは自制した。
「これだけで……これだけで、このゲームを始めた価値はあった……っ!」
「……あー……アンタ、リアルじゃ猫舌だったのか」
明らかに大げさに過ぎるのだが、ここまで感動されるとツッコミの言葉が浮かばない。苦笑まじりにマスターがつぶやくと、
「今の話……少し情報が古いぜ」
そんな言葉が、となりの客から飛び出した。
「え? 猫舌の話?」
「いや、そうじゃなくて……攻略の方。昨日、ダンジョンのマッピングが完了したらしい。
で、今日この後、ボス攻略の会議が開かれるんだとよ」
「おい、そりゃ本当かい?
どうするよ、兄ちゃん」
「うーん……
攻略に参加したいところだけど、オレ自身はまだレベル上げしてないしなぁ……」
聞き返し、話を振ってくるマスターに答えると、ジュンイチは自分の右手へと視線を落とした。
右手を握り、開き――実感する。
(……まだ、少し違和感がある。
この身体に感覚が馴染んでない。少しくらいはモンスター狩っておけばよかったか……でもエンカウントしなかったもんなぁ……)
レベルも低いままだし、身体の扱いも満足な状態ではない。こんな状態でボス攻略など夢のまた夢だ。どうしたものかとしばし考えて……決めた。
「……うん、少しでも情報が欲しいところだし、とりあえず顔出すだけ出して、話だけでも聞いてみることにするよ。
情報ありがと。感謝するぜ」
言って、ジュンイチはマスターに初期所有金の中から勘定を払い、席を立った。
◇
「はーい、それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいまーす」
会議の場になったのは、ファンタジーや神話でよく登場する、劇場跡地を思わせる公園のステージだった。
ジュンイチ以外にも多数のプレイヤーが観客席に腰を下ろしている中、中央の舞台の上に立ったひとりのプレイヤーが手を叩き、声を上げた。
「今日は、オレの呼びかけに応じてくれて、ありがとう。
オレはディアベル。職業は……気持ち的に、ナイトやってます!」
「ハハハ、ジョブシステムなんかねぇぞーっ!」
あいさつがてらの軽いジョークに、観客席からツッコミの声が飛び、笑い声が上がる――その光景に、ジュンイチは内心で感嘆した。
(へぇ……けっこう仕切り方うまいじゃん)
初めての階層攻略だ。それなりに緊張しているプレイヤーも多いだろうに、それをたった一発のジョークでごく自然に和ませたディアベルというプレイヤーは、もしかしたら根っからのリーダー気質なのかもしれない。
だが――和やかな空気はそこまでだった。表情を引き締め、ディアベルは本題に入る。
「昨日、オレ達のパーティーが、ダンジョンの最上階でボスの部屋を発見した」
最上階? 普通ダンジョンは地下にもぐるものじゃ――と内心引っかかりを覚えるが、すぐにこのゲームの世界観を思い出して納得する。
自分達がいるこのゲームの“世界”の名は、浮遊都市アインクラッド。
全百層からなる階層都市で、スタート地点であるはじまりの街を含めた、自分達のいる第一階層はその“最下層”に位置する。
すなわち、このゲームは“上に向かって”攻略していくのだ。当然、ダンジョンも従来のRPGのように地下に潜っていくのではなく、上の階層につながっている塔を上っていくことになる。
「オレ達はボスを倒して、第二層に到達して、このデスゲームもいつかきっとクリアできるってことを、始まりの街で待っているみんなに伝えなくちゃならない。
それが、この場に集まったオレ達の義務なんだ! そうだろ、みんな!」
この話にもすぐに納得する――ジュンイチがこの世界に降り立った時点でも、はじまりの街には多くのプレイヤー達が留まっていた。
おそらく、このデスゲームに積極的に参加して命を散らすことを恐れ、外部からの救助を待つことにした連中だろう。外部からの救出が不可能だということを教えてやることもできたが、そんなことをしても余計な恐慌を招くだけだと判断し、そのまま放置してきたのだが――
「それじゃあ、これから攻略会議を始めたいと思う。
まずは……」
「六人のパーティーを組んでみてくれ」
(……って、え?)
そこで、初めてジュンイチの目がテンになった。
「フロアボスは、単なるパーティーじゃ対抗できない。
パーティーを束ねた、レイドを作るんだ」
(え、ちょっ、ちょっと待ったのしばし待ていっ!
もうこのメンツで攻略するって前提!? オレ、ただ話聞きに来ただけなんだけど!?)
自分はまだレベル上げをまったくしていない状態だ。こんな状態でボス攻略パーティーへの参加など冗談じゃない。
今すぐその旨を伝え、パーティー編成から外してもらおうと腰を浮かせて――
「な、なぁ……」
「……って、え?」
突然声をかけられ、振り向く――そこには、ひとりの少年プレイヤーの姿があった。
背中の剣から剣士スタイルのプレイヤーであることは一目でわかる。年の頃は自分より少し下ぐらいか――通常、この手のゲームは自分の好きにデザインしたアバターでプレイするため、見た目で年や性別を判別するのは不可能に近いが、このゲームにおいてはその限りではない。
茅場晶彦によって配布された初期アイテム“手鏡”によって、プレイヤー達は皆ナーヴギアがスキャンした現実の顔や初期設定によって読み取った現実の体格をフィードバックされているためだ。
実際、ジュンイチもリアルの自分の姿をそのままデジタル化した姿のアバターとなっている。同じように、目の前にいる少年はリアルでも見た通りの性別、見た通りの体格、見た通りの年頃のはずで――結果、ジュンイチは彼が見た目通りの、年下の少年と結論づけていた。
「アンタらも、あぶれたのか……?」
「え? いや、その……」
少年の問いに答えに窮して――ふと気づいた。
(アンタ“ら”……?)
言われて、初めて気づいた――声をかけられたのは自分だけではない。
少年から見て、自分をはさんだ向こう側――そこにひとりで座っている、もうひとりのプレイヤーに対しても彼は声をかけていたのだ。
ただ、こちらのプレイヤーは、見た目で素性を判断するのは少しばかり難しそうだ。なぜなら、頭までフードですっぽりと覆い、自分の容姿を隠しているからだ。
「……あぶれてない」
そんな、もうひとりのプレイヤーは、ジュンイチの答えを待つことなく、少年の問いにそう返した。
「周りがみんな、お仲間同士だったみたいだから遠慮しただけ」
「ソロプレイヤーか……
そっちのアンタもそうなのか?」
「あ、あぁ……」
こちらは否定する理由もないのでうなずいておく――が、話の流れ的にイヤな予感しかしない。早くこの場を離れたいところだが……
「なら、二人ともオレと組まないか?」
(そら来たぁーっ!)
イヤな予感、的中。
「『ボスはひとりじゃ攻略できない』って言ってただろ?
今回だけの、暫定だ」
「いや、だから……」
自分はボス攻略に参加するつもりはない。ここには話を聞きに来ただけ――そう断ろうとしたジュンイチだったが、
(って、コイツ……)
気づいた――気づいてしまった。
少年の、どこか必死なその様子に。
その必死さは、今回の攻略に向けられたものとは違う。どちらかと言えば、すぐ目の前の状況に対して勇気を振り絞っている感じで――
(この緊張具合……
オレ達に声かけるだけで、そんだけの勇気を要したってか……)
おそらく、自発的にソロをやっている類のプレイヤーではない。コミュニケーションに難があるが故ソロプレイヤーにならざるを得なかった、そういう部類の人間だろう。今までジュンイチがプレイしてきたオンラインゲームの中でも、同じようなプレイヤーに何度か出会ったことがあるからなんとなくわかる。
そして――だからこそ、彼がどれほどの覚悟をもって声をかけてきたのかまで、なんとなくわかってしまう。
結果、
「…………わかった」
うなずくしかなかった――自分達に声をかけるのに要した少年の勇気を理解できてしまったがために、その勇気を無為に突き放すことができなかった。仲間内には傍若無人で知られているジュンイチだが、こういうところは人並み以上に甘かったりするのだ。
だが――あまり期待されても困る現状なのも事実だ。伝えるべき情報は伝えておく。
「とはいえ、こちとらまだロクにレベル上げもできてないんでな、ここには話を聞きに来ただけのつもりだったんだ――今回の攻略でそれなりに上がるとは思うけど、それまでは後衛、アイテム係中心で頼む」
「わかった。こっちもサポート要員がいてくれるだけでだいぶ助かる。
……そっちのアンタは、どうする?」
「……かまわない」
フード姿のプレイヤーもうなずき、少年はメニューを開くとこちらにメッセージを送信してくる。
パーティー結成申請のメッセージだ――引き受けると決めた以上はこの段階で迷う必要はない。表示されたメッセージの「OK」のボタンをタッチしてパーティー申請を受諾する。
となりのフードのプレイヤーも受諾のメッセージを返し――自分の目に見えるステータス表示に変化が現れた。
自分の命を示すHPゲージのすぐ下に、新たに二本のHPゲージが出現したのだ。
おそらく、パーティーを組んだ二人のものだろう。ゲージの長さ、すなわちHP量だけでも二人との絶対的なレベル差を感じて泣けてくるが、それよりも――
(……“Kirito”に、“Asuna”……)
これが二人の名前か。さて、どちらがどちらか……そんなことを考えていると、ディアベルの声が聞こえた。
「よぅし、そろそろ組み終わったかな?
それじゃあ――」
「ちょう待ってんか!」
しかし、ディアベルの声はより大きな、野太い声の関西弁にかき消された。
見ると、いがぐり頭のプレイヤーが観客席の一角で仁王立ちしていた。わざわざ観客席を一段ずつ飛び降りて、舞台に立つディアベルのとなりまで進み出て、
「ワイはキバオウってもんや!
ボスと戦う前に、言わせてもらいたいことがある!」
そう言うと、キバオウと名乗ったプレイヤーは一同を見回し、
「こん中に、今まで死んでいった2000人に、詫び入れなあかんヤツがおるはずや!」
(え…………?)
キバオウの言葉ににわかに場がざわつきだす――が、ジュンイチには何のことだかわからなかった。何しろ、自分はつい昨日この世界に降り立ったばかりなのだから。
「……キバオウさん。
キミの言う“ヤツら”とはつまり……“元ベータテスター”の人達のこと、かな?」
「決まってるやないか!」
だから、ディアベルに答えるキバオウがどうしてそこまで怒っているのか理解できないワケで……
「……あー、ちょっといいか?」
手を挙げ、口をはさむのは、ある意味当然の流れと言えた。
「オレには事情が今ひとつ理解できないんだけど……なんで、元ベータテスターの連中が詫び入れなくちゃいけないんだ?
オレには、“自分達だけデスゲームじゃないこの世界を楽しんじゃってゴメンナサイ”くらいの理由しか思いつかないんだけど」
「はぁ!?
お前、何寝ぼけたことぬかしてんねんっ!」
「いや、寝ぼけてないし、マヂわかんないから聞いてんだけど……」
「……まぁ、えぇわ。
文句言うついでに説明したるわ」
本気で首をかしげるジュンイチの姿に、キバオウはウソはないと判断したらしい。ため息をつくとにらみつけるように周囲を見回し、
「ベータ上がりどもは、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった!
ヤツらはうまい狩り場やら、ボロいクエストを独り占めして、自分達だけポンポン強なって、その後もずっと知らんぷりや。
こん中にもおるはずやで、ベータ上がりのヤツらが! そいつらに土下座させて、貯め込んだアイテムやら金を吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれんっ!」
キバオウの言葉に、場はシンと静まり返り――
「だったら帰れば?」
そんな中で、ジュンイチはキッパリと言い切った。
「あん? 何やと?
今度は何ボケかますつもりや?」
「ほざくな。
ボケかましてんのはてめぇの方だろうが。
『命を預ける気もなければ預かるつもりもない』――つまりはパーティー組む気ないってことだろ? だったらどうぞご自由に。勝手にボスのところに突撃しやがれ。ひとりでな」
ギロリとにらみつけてくるキバオウだが、ジュンイチにとってその程度のメンチなど何の意味もない。むしろ堂々とキバオウをにらみ返して言い返す。もちろん、最後の「ひとりでな」を強調することも忘れない。
「とはいえ……“途中までの”言い分は、まぁ理解できるよ。
今の話の通りなら、元ベータテスターの連中は生き残る術を元からある程度は知っていたワケだしな――ある程度は、ビギナー達を守って戦っていくこともできたはずだ。
コイツぁゲームじゃなく、命をかけた戦いだ。助け合うのは生き残る上で必須と言える」
「あぁ、その通りや。
せやから――」
「その後の言い分が納得いかねぇっつってんだ」
言いかけたキバオウの言葉に、ジュンイチは容赦なく自分の言葉を重ねた。
「いくら事前に情報握ってようが、死んだら終わりのデスゲームなのは元ベータテスターだって同じだろうが。
スタートダッシュで差をつけた結果だとしても、元ベータテスター達の持ってるアイテムや金はそいつらが命がけで戦って稼いで、集めてきたものだ。
それを、『ズルして集めた金やアイテムだから自分達によこせ』だぁ? 別に不正も何もしてねぇだろうが。そのいがぐり頭、中身こぼれおちてんじゃねぇか?」
「な、何やと!?」
「ベータテスターだろうがビギナーだろうが関係ねぇ。命がけで手に入れたものを横取りしようとか、盗っ人の発想だって言ってんだよ。
あ〜あ、よかった。オレお前とパーティー組まなくて。お前みたいに“ビギナー”なんて肩書きに甘えてる甘ちゃんが仲間じゃ、命がいくらあっても足りねぇし、お前の命にだって責任なんぞ取りたかねぇや。
『命は預けられんし、預かれへん』――さっきのお前の言葉、そっくり返すぞ」
「い、言いたい放題言いよってからに……っ!」
ジュンイチの言葉に、キバオウの額に血管が浮き上がるのが見えた。こんなところまでリアルなんだなぁ、とジュンイチがどうでもいいことで感心していると、
「そこまでだ」
言って、色黒で長身の男がキバオウの前に進み出てきた。
「オレは、エギルって者だ。
キバオウさん、アンタの言っていることは、ベータテスター達が面倒を見なかったから、ビギナーがたくさん死んだ。その責任をとって、謝罪、賠償しろ……そういうことだな?」
「そ、そうや……」
エギルの体格はキバオウと比べて頭二つ分ほど上回っていた。その威容に圧されたか、キバオウの怒気が萎縮していくのがわかった。
そんなキバオウに対し、エギルはため息をつきながら懐から一冊の手帳のようなものを取り出した。
「このガイドブック……あんたももらっただろ?
道具屋で無料配布しているからな」
「あ、あぁ……もろたで。
けど、それが何や!?」
「これを配布していたのは……元ベータテスター達だ」
エギルの告白に、にわかに場がざわつき始めた。
「彼らは自分達の情報を独占などしていなかった。そしてその情報は誰にでも手に入れられた。
にもかかわらず、2000人ものプレイヤーが死んだ――その失敗を踏まえ、オレ達はどうボスに挑むべきなのか。今日はそういった議論が交わされるんだと思ってここに来たんだがな」
「…………フンッ」
エギルの言葉にバツが悪くなってきたのか、キバオウは不機嫌そうに鼻を鳴らして観客席に戻っていく――続いて、エギルはジュンイチへと向き直り、
「キミも言いすぎだ。
言っていることは確かに正論だが、言い方が悪い。仲間割れでも起こしたいのか。
それに、あんな言いようではキミ自身が元ベータテスターだと思われても文句は言えないぞ」
「残念ながら、こちとらベータテストの抽選にもれてな。さっきオレが語った“心当たり”を罪状に元ベータテスターをぶん殴りたいくらいさ。
ウソだと思うなら、オレのステータス画面を見せてやるから……」
言って、ジュンイチはメニューを立ち上げて……止まった。となりに視線を向け、
「あ、あのさぁ、キリト……
メニュー画面のオープン表示ってどうやるんだったっけ?」
「はぁ? 今さらそこにつまずくのか?」
意外そうに声を上げ、黒髪の少年の方が方法を教えてくれる――同時に、「なるほど、こっちがキリトか」と納得する。
ともあれ、キリトの助けで一同に向けてジュンイチのステータス画面が表示され――その場がにわかにざわついた。
ムリもない。何しろジュンイチのステータスは――
「レベル1……入手経験値、ゼロだと……!?」
「武器も初期装備じゃないか……」
「一度も戦闘をしないで、ここまでたどり着いたって言うのか!?」
まさに「始めたばかりの素人」としか思えないステータスに一同がとまどい――たまったものじゃないのが、そんなジュンイチとパーティーを組むことになったキリトだ。
「お、おい、どういうことだよ!?
そんな低いレベルだなんて聞いてないぞ!?」
「いやいや、言ったでしょ。『ロクにレベル上げしてないから、今回はただボス攻略に絡んだ話を聞きに来ただけだった』って」
小声で耳打ちしてくるキリトに対し、ジュンイチも小声で答える。
「まぁ、心配すんな。
足手まといにはならないからさ」
言って、ジュンイチはキバオウへと視線を向け、
「あのモヤッとボール頭の態度が腹に据えかねたからなぁ。
レベルが低かろうが戦いようでどうにでもなる。そしてこのゲームはそれができるゲームだってことを、今回の攻略で証明してやらぁ」
「で、でもなぁ……」
ジュンイチの言葉にキリトがうめき――ジュンイチのステータス画面の一角、決定的な事実に気がついた者が声を上げた。
「み、見ろ! プレイ時間!
24時間と少しだと!?」
「えぇっ!?
……まさか、お前、昨日ログインしてきたばかりだっていうのか!?」
「そういうこと。
諸事情あって、自分からこのデスゲームに首を突っ込んでね――道中、他のプレイヤー達がレベル上げのためにモンスターを狩り尽くしてくれていたおかげで、一戦も戦うことなくこの街まで難なく到着。
プレイ時間24時間と、ほぼ初期状態のステータスの理由はそんなところだ。Do you understand?」
再びキリトに答える形でジュンイチが説明して――ますます場がざわめく中、ディアベルが口を開いた。
「つまりキミは、リアルの様子を知っているんだな?
教えてくれ。外はどうなっている? ゲームオーバーになったプレイヤー達は本当に死んだのか?
周りの人達は、オレ達を助けようとしてくれているのか?」
「とりあえず……それについては悪いニュースしかないんだが、それでも知りたいか?」
あっさりと返したジュンイチの言葉に、それまでざわついていた場がシンと静まり返る。
誰もが、ジュンイチの一挙手一投足に注目している――知ることは怖い。だが知りたい。誰もがそんな顔をしている。
となりのキリトもそうだし、アスナも、かろうじてフードの下に見える口がゴクリとつばを飲み込んだのがわかった。
「……わかった。
まず、ゲームオーバー組だけど……お前らの不安通り、実際に死亡している。
茅場晶彦が宣言した通り、このゲームは、本物の命を賭けたデスゲームだってことだ」
場の空気がさらに重くなる――だが、ここまで語ったからには最後まで語っても同じことだ。そのまま続ける。
「さらに、外部からの救出は……みんながんばってくれてはいるんだが、事実上不可能だとわかった」
「ふ、不可能って、どういうことだよ……?」
「ゲームの運営サーバーに、デストラップが仕掛けられている。
もし、ゲーム内からのアクセス以外の方法でゲームシステムへの干渉が行われた場合……」
「生存者全員が、ゲームオーバー扱いでデスペナルティを受ける」
『………………っ!』
キリトに答えたジュンイチの言葉に、場の全員が声にならない悲鳴を上げた気がした。
「ファイヤーウォールへの接触とか、そんな条件じゃない。コマンドの実行も含めた、データへの干渉自体がアウト……となれば、外部から手を出すことは事実上不可能だ。
そのことがわかって、今はみんなのリアルの肉体の生命維持と、ナーヴギアによる装着者殺害から装着者を守る方法を見つけることに全力が注がれている――つまり、ログアウトという形でこの場のみんなが救出されることは、今後ないと思っていいだろう」
「な、なら、オレ達が脱出するには……」
「あぁ……ゲームクリア。それしかない」
どこからか上がった声にそう答える。
「ゲームクリアのフラグに、プレイヤー全員の強制ログアウト・プログラムが連動しているのが確認されてる。
間違いなく、ゲームクリアによって、オレ達は現実の世界に帰還できる。
オレはそのことをゲーム内のみんなに伝えるため、自らこのデスゲームに志願して、ログイン早々最前線のこの街までやってきた……そういうことだ」
自分がクリアして、みんなを解放してやるために来た……とは言わない。今の、レベル1のステータスでは誰も信じるはずがないとわかっているからだ。
「もう一度言う。生きてクリアすればここから出られるんだ。
けど、逆に言えばクリアできなければ脱出はできない……そのための第一歩として、オレ達はなんとしてもこの第一階層を突破しなければならない。
そうだろ? ディアベルさんよ」
「あ、あぁ、そうだな……
そうだ。クリアすれば出られる……彼のおかげで、信じられるかどうかもわからなかった希望が現実となった。
オレ達は、この希望をなんとしてもこの手につかむ! そのために、この第一階層、絶対に突破するぞ!」
『オォォォォォッ!』
ディアベルの音頭に、場のプレイヤー達からの歓声が応える――そんな中、言いたいことを言い終えたジュンイチは改めてその場に腰を下ろした。
と、そんなジュンイチに、キリトが恐る恐る聞いてくる。
「ほ、本当なのか……?
クリアすれば出られる、っていうのは……」
「あぁ。
外の状況も、クリアすれば出られるってことも……お前らに言ったことも、本当のことだ」
「私達に……?」
聞き返すアスナに、ジュンイチはうなずいた。
「『まだレベル1のオレだけど、絶対にお前らの足手まといにはならない』……そう言ったろ?」
「けど、レベル1じゃさすがに……」
「こうも、言ったよな?」
まだ納得できないのか、うめくキリトにジュンイチは付け加えた。
「『レベル1でも、戦いようだ』ってな」
「よし、じゃあ、本題に戻ろう」
盛り上がるその場を、そう言って収める……場を仕切り直し、ディアベルはエギルの話に出てきたガイドブックを取り出した。
「実は先ほど、例のガイドブックの最新版が配布された。
更新内容は一点。ボスの情報だ――それによると、ボスの名前は“イルファング・ザ・コボルトロード”。それと、“ルインコボルト・センチネル”という取り巻きがいる。
ボスの武器は、斧と盾。四段ある、HPバーの最後の一段がレッドゾーンに入ると、曲刀カテゴリのタルワールに武器を持ち替え、攻撃パターンも変わる、ということだ」
ディアベルの言葉に、場の一同がざわつき始める。それぞれ今組んだパーティーの中でどう挑むべきかを話し合う声がそこかしこから聞こえてくる。
「盾持ちか……連携攻撃はタイミングが重要になってくるな。
早すぎたらガードの解けない内に叩き込んでさらにガードを固められちまうし、遅すぎたら相手の反撃までに離脱できるか怪しいもんだ」
「あぁ。
だが、怖いのは攻撃の失敗よりも相手の攻撃を受けてしまうことだ――この際、ガードの上から叩き込んでしまう可能性についてはあきらめて、早めの連携攻撃を心がけるべきだとオレは考えている。
それに、取り巻きの援護をなんとかすることも必要だ」
公開された情報から自分の意見を述べるジュンイチに、ディアベルが答える――そんな二人のやり取りを皮切りに、あちこちからボス攻略に対する提案がされ、議論が交わされる。
そして――
「……よし。作戦はこんなところでいいだろう。
とにかく生存が第一だ。長丁場になるだろうが、みんな、がんばってくれ」
ディアベルの草案を基本にある程度作戦も固まり、改めてディアベルは一同を見回してそう念を押した。
「なら、攻略会議は以上だ。
あと、アイテム分配についてだが……金は全員で自動均等割り。経験値は、モンスターを倒したパーティーのもの。アイテムは、ゲットした人のものとする。
異存はないかな?」
確認するディアベルだが、特に反対する声は上がらなかった。
「……よし。
じゃあ、明日は朝十時に出発する。では解散!」
最後にそう締めくくるディアベルの言葉に、一同は腰を上げ、それぞれ思い思いに散っていく。
「さて……それじゃあオレもいくよ。
ジュンイチ……だったか。アンタはどうするんだ? まぁ、今のうち少しレベル上げに行っておくのが一番妥当なところだけど……」
「んー、正直、オレもそうしておきたいと思ってたんだけどね……」
キリトに答えると、ジュンイチは“そちら”に視線を向けた。
「そっちについてはあきらめる。ダンジョンでがんばってレベルを上げることにするよ。
それより……確かめておきたいことができたから」
そう告げる彼が見つめるのは、先のやり取りの遺恨からか、ギロリをこちらをにらみつけてから去っていくキバオウ――ではなく、
場に残った他のプレイヤーと話している、ディアベルだった。
◇
その晩――ボス攻略に参加することになったプレイヤー達は、明日の景気づけのつもりか、自然と町の広場にそれぞれのパーティー単位で集まり、親睦を深めていた。
そんな中にあって、ジュンイチは特に誰ともつるむこともなく、ベンチに腰かけてNPCの食料品店で買った乾いたパンをかじっていた。
確かめたかったことは確かめたし、後はどうしようか。宿をとって寝ようか、それとも今からでもレベル上げに出向こうか……そんなことを考えていると、
「…………ん?」
ふと、視界のすみに昼間知り合った人物の姿を見つけた。腰を上げ、そちらに向かうと声をかける。
「よっ。
お前もそれ食べてんのか?」
「………………」
パーティーの仲間となったフードのプレイヤー、アスナだ。ジュンイチに対し、これが答えだとでも言わんばかりに、ジュンイチが食べているのと同じパンにかじりつく。
と――
「けっこううまいよな、それ」
さらにもうひとりが登場。キリトが現れ、二人に声をかける。
「……本気でおいしいと思ってる?」
「パサパサしてるし味薄いし……ここがリアルだったなら、オレでももうちょっとうまく作れる自信あるぞ?
もう一味工夫するならともかく、これ単体じゃな……」
「この街に来てから、一日一回は食べてるよ。
まぁ……ご指摘の通り、工夫はするけど」
アスナやジュンイチに答えると、キリトは自分のメニューを操作。ひとつのアイテムを取り出すと二人の前に差し出した。
「そのパンに使ってみろよ」
促され、手を伸ばす――データの塊が自分の手に移ったのを感じ、手にしたパンに添えてみる。
と、データが実体化。パンの上に塗られたのは――
「クリーム……?」
つぶやき、アスナがクリームの塗られたパンにかじりつき――そのまま残りを一気に平らげてしまった。
そんなアスナの行動が示すものは明白だ。ジュンイチも自分のパンにかじりつく。
……確かに、美味かった。クリームを塗る前とは雲泥の差だ。
「一コ前の村で受けられる、“逆襲の牝牛”ってクエストの報酬だよ」
「牧場がもたん時が来ているんだ、キリト!」
「エゴだよ、それは!」
突然立ち上がり、芝居がかった動きで叫ぶジュンイチにキリトが返す。
いきなりの超展開にアスナが固まっている中、二人は視線を交わし――
『………………っ』
無言で、強く握手を交わした。
ノータイムでボケたジュンイチに瞬時に合わせたキリト。両者の共通意識の成せる技であった。
「…………何なの?」
「あー、元ネタがわからないならいいよ、別に合わせなくて。
それより……どうする? やるなら、コツ教えるよ」
「ありがたい申し出だけど……もらえるクエストを教えてもらえただけで良しとしておくよ。
やっぱ、こういうのは自分で攻略しないとな」
アスナに答えたキリトの申し出にジュンイチが答え、二人が笑みを交わすが――
「……いい」
対するアスナのリアクションは淡白なものだった。
「おいしいものを食べるために、私はこの街に来たワケじゃない」
「じゃあ……何のため?」
「私が、私でいるため」
聞き返すキリトに対し、アスナはそう答えた。
「最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。
たとえ怪物に負けて死んでも、このゲーム……この世界には負けたくない。どうしても……」
「……パーティーメンバーには死なれたくないな。
せめて明日はやめてくれ」
自然と、キリトの口調も重くなる。彼とアスナ、二人の間に沈黙が落ちて――
「それはないから安心しろ」
あっさりと答えたのはジュンイチだった。
「どっちも明日は死なないよ。
何しろ、オレがいるからな」
「あなたに何ができるの? レベル1のあなたが」
「昼間言ったこと、もう忘れた?
『レベル1でもやりようだ』っつったろ――絶望的な戦力差をひっくり返すのには慣れてんだ。経験者の言葉を信じなさい♪」
アスナに答えて、ジュンイチは自分の胸をドンと叩いて――それでも向けられた半信半疑の視線にちょっぴり泣きたくなったのは秘密である。
◇
2003年12月3日 第一階層・森のフィールド――
「確認しておくぞ。
あぶれ組のオレ達の役目は、“ルインコボルト・センチネル”っていう、ボスの取り巻きだ」
翌日。ダンジョンに向かう一行の中、キリトはすぐそばを歩くジュンイチとアスナにそう切り出した。
「んー……基本的には、オレがアイテムでお前らの支援、お前ら二人で戦闘……でいいよな?」
「だな。
オレがヤツらのポールアックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチして飛び込んでくれ」
ジュンイチの言葉にうなずき、キリトはアスナに提案するが、
「……スイッチ、って?」
『………………は?』
帰ってきた答えに、二人は自分達の耳を疑った。
「……あー、ちょっと待ったのしばし待て」
「まさか、パーティー組むの、これが初めてなのか?」
「うん……」
小さく、コクリとアスナはうなずいた――が、キリトとジュンイチにしてみれば、そんなアスナの答えは信じがたいものだった。
(おいおい……マジかよ……)
(スイッチも知らないド素人が、今までソロプレイで生き残ってきたってのか……!?
ひょっとしてコイツ、ムチャクチャ強いんじゃ……)
「………………?」
二人がどうして驚愕しているのかわからず、アスナは首をかしげる――自分の実力がわかっていないらしいその姿に、ジュンイチとキリトは顔を見合わせ、同時にため息をつくのだった。
◇
「……この扉の向こうが、ボスの部屋だ」
第二階層へと続くダンジョンに突入。モンスターを蹴散らしながら進むことしばし――行く手をふさいだ巨大な扉を前に、ディアベルは静かに告げた。
その一方で――
「……大丈夫か?」
「あぁ、おかげさんでな……」
小声で尋ねるキリトに、ジュンイチは両の拳を握り、開きを繰り返しながら答える。
まだ少し息が切れている――今までのダンジョン内での戦闘でそれなりに苦労してきた証拠だ。パラメータ的にはアイテムで全快しているが、体感的な疲労までは回復というワケにはいかなかった。
だが、それでも苦労しただけの収穫はあって――
「お前らがザコを倒して、経験値を分けてくれたおかげでレベルも少し上がったし、感謝してるぜ」
「でもまだレベル3だけどな」
「頼むからそれは言うな」
肩を落とすジュンイチに、キリトがクスリと笑みをもらす――その一方で、みんなを鼓舞するディアベルの言葉は続く。
「オレから言うことはたったひとつだ。
……勝とうぜ!」
『おぅっ!』
「よし、いくぞ!」
改めて気合を入れ、ディアベルはゆっくりと扉に手をかけ――押し開いた。
扉の向こうは明かりひとつない暗闇。だが、ディアベルを先頭に一同が足を踏み入れると、にわかに明かりが灯され、室内が照らし出された。
この手のボス戦の場のお約束として、この人数で大立ち回りしても十分すぎるほどの規模の大広間――その奥に、そいつはいた。
巨大な玉座に悠然と座る、人と豚が混じりあったかのような人型モンスターだ。
その頭上に名前が表示される――《Illfang the Kobold
Lord》。モンスター名に定冠詞がつくのはボスモンスターだけということだから、ヤツがこの階層のボスで間違いなさそうだ。
「どこがコボルトだよ……!
コボルトどころか、むしろオークだろうが、あんなの……っ!」
立ち上がり、武器をかまえて咆哮するボスモンスター、イルファングの威容に、ジュンイチが思わずうめく――他の面々も緊張から強く武器を握りしめる中、イルファングの周囲に取り巻きのモンスターが姿を現す。
対し、ディアベルは抜き放った剣をイルファングに向け、高らかに告げた。
「攻撃――開始!」
戦いは、まさに一進一退だった。
「A隊、C隊、スイッチ!
来るぞ! B隊、ブロック!
C隊、ガードしつつスイッチの準備!――今だ! 後退しつつ、側面を突く用意!」
ディアベルの指揮のもと、プレイヤー達はヒット・アンド・アウェイを駆使してイルファングの攻撃をさばき、かわし、返しの一撃を着実に叩き込んでいく。
「D、E、F隊! センチネルを近づけさせるな!」
「了解!」
そして、取り巻きのセンチネルに対しても担当のパーティーが進軍を阻む――ディアベルに答え、キリトが自らのソードスキルで目の前のセンチネルのポールアックスを跳ね上げ、
「スイッチ!」
キリトの合図でアスナが飛び込む――ソードスキル発動後の硬直時間の間に後衛が前に出て、前衛と交代することでスキをなくすパーティープレイの必須テクニック、スイッチだ。
「三匹目!」
そして、飛び込んだアスナがセンチネルの腹にソードで一撃――HPを一撃で全損させられ、目の前のセンチネルはポリゴンの塊となり、四散した。
その動きはまさに神速。正直、センチネル程度なら単独でも相手にならないんじゃないかと思えてくる。
(思った通り、パーティープレイは素人だけど、アイツ自身はすごい手練れだ。
速すぎて剣先が見えない……ステ振りは敏捷性重視か……!?)
頼もしいにもほどがあるアスナの動きに、内心で賛辞の声を上げるキリトだったが、
「ちぃっ!」
「――――っ!?」
上がった声に振り向くと、新たに出現したセンチネルがジュンイチに襲いかかっている。
繰り出されるポールアックスの攻撃を、ジュンイチもなんとかかわしていく――そう、“なんとか”。
(くそっ、動きが遅すぎる……っ!
見え見えの、なんてことない攻撃なのに、この身体がついてこれてない……っ!)
レベルの、パラメータの低さゆえか、反応が遅れがちなのだ。ジュンイチ自身は冷静に相手の攻撃を見切っているのに、身体の方がついてこれないでいる。
そんなジュンイチに、センチネルが再度襲いかかり――
「させないっ!」
アスナが割って入った。ポールアックスを思い切り振りかぶり、スキを見せたセンチネルを一撃で斬り倒す。
「大丈夫!?」
「助かった!
死なないだけなら自信あるけど、倒せと言われるとちょっとムリだからな、攻撃力的な意味で!
それよりもーちっと寄れ! 攻撃力のブースト効果、そろそろ切れる頃だぞ!」
アスナに答え、ジュンイチは近寄ってきたアスナに攻撃力補助のアイテムを使用する。
と――その時だった。
「グァオォォォォォッ!」
広間全体を震撼させるかのような咆哮が響く――見ると、本隊が相手をしていたイルファングのHPゲージがほぼ失われ、最後の一本がレッドゾーンに入ったところだった。
そして、イルファングがその手に握っていた盾と斧を放り出す――情報にあった、武器と攻撃パターンの変更だろう。
「情報通りみたいやな!
ほんなら……」
声を上げたのは前日の会議でジュンイチともめたキバオウだ。あと少しだと気合を入れ直して――
「下がれ! オレが出る!」
そんな彼に告げ、前に出たのはディアベルだった。
「アイツ、なんで……!?」
だが、それはジュンイチの目から見ても異常な行動だった。
(アイツの役目は全体の指揮。そのために、今までずっと直接の攻撃行動に出ずに的確な指示を飛ばし続けてきた……
それが今になって前線に出てくるだと!? なんでここに来て指揮を放り出した!?)
(ここはパーティー全員で包囲するのがセオリーのはず……)
ジュンイチだけではない。キリトもまた疑問を抱く――そんな彼らにかまわず、前に出たディアベルはソードスキル発動のかまえに入る。
そして、イルファングが新たな得物を抜き放ち――それを見た瞬間、ジュンイチの背筋が凍りついた。
(タルワールじゃない――直刀!?
情報と違う! “やっぱりそうか”!)
「ディアベル! 退がr
「ダメだぁっ!」
警告しようとするジュンイチだったが、それよりも早く叫んだ者がいた。
「全力で、後ろに跳べぇっ!」
キリトだ――しかし、すでにディアベルはイルファングに向けてソードスキルを発動した後だった。システムに導かれるまま、イルファングに向けて突撃する。
そんなディアベルの突撃を、イルファングはジャンプして回避。その巨体からは想像もできないような身軽な動きで頭上の柱を跳び回り――強襲。ディアベルに痛恨の一撃を叩き込む!
まともにくらい、宙に浮くディアベルに、イルファングが追撃を打ち込むべく直刀をかまえ――
「危ねぇっ!」
ジュンイチが、その太刀筋の前に飛び出していた。
かまえた剣でイルファングの斬撃を受け止めている――が、次の瞬間、何かがひしゃげるイヤな音と共に、ジュンイチは背後のディアベルもろとも吹っ飛ばされていた。
大地を転がるジュンイチとディアベルに向けて、イルファングが突っ込んでくるが、
「野郎っ!」
ジュンイチが、地面を転がりながらもディアベルの手からこぼれた盾を手に取り、投げつけた。眉間に命中し、思わぬ不意打ちを受けたイルファングがたたらを踏み、
「ディアベルはんを守れ!」
ようやく他のプレイヤー達のカバーが入った。キバオウの指示で、イルファングに対し包囲陣形を敷く。
「ディアベル、ジュンイチ!」
「お、オレは大丈夫だ……っ!」
一方、アスナと共にあわてて駆けてくるキリトに答え、ジュンイチはその場に身を起こした。
見れば、ジュンイチの手にした剣が真っ二つに叩き折られ、刃が中ほどからなくなってしまっている。
これがさっきのイヤな音の正体――今のイルファングの一撃に、ジュンイチの剣が耐えられなかったのだ。
武器破壊判定が下っているのは素人目にも明らかだ――次の瞬間、剣はジュンイチの手の中で光となって霧散する。
「それより、ディアベルだ!
キリト、お前の回復アイテム使うけど、かまわねぇよな!?」
「あぁ!」
だが、初期装備の剣の末路など今はどうでもいい。今はまともに一撃をくらったディアベルだ――キリトの同意を取りつけた上で、ジュンイチはディアベルに回復のポーションを使おうとするが、
「……いや」
そんなジュンイチの手を、ディアベルは押し留めた。
「オーバーキルで、HPは全損した……もう、手遅れだ……」
「そんな……っ!
なんで、こんなムチャを……!」
「ハハハ……最後の最後で、欲張ったのがマズかったな……」
「………………っ!」
ジュンイチに答えるディアベルの言葉に、キリトは彼の狙いに気づいた。
「ラストアタックボーナスによる、レアアイテム狙い……」
だが、ディアベルはそれ以上そのことに触れようとはしなかった。助け起こしたジュンイチの腕の中で、健在のパーティーメンバーに包囲されているイルファングへと視線を向けた。
「頼む……ボスを、ボスを……倒してくれ……っ!
みんなの……ために……っ!」
「ディアベル……あんた……っ!」
うめくジュンイチに対し、ディアベルは小さく笑い、
「……キミも……ムリしなくて、いいんだぞ……」
「…………え……?」
「レベルの低さを……工夫で、補おうとする……それは、間違って……ない……
けど……システムに合わせて、動こうとしなく……ても、いいんだ……
このゲームは……自分の身体のように、アバターを動かせる……それが、売りなんだからな……」
ジュンイチに答えて、ディアベルはもう力の入らない手でジュンイチの肩を叩き、
「自分の動きたいように、動けばいい……
そうすれば……レベルの低さを飛び越えて、身体は応えて……くれ……る……」
それが……彼の最期の言葉だった。
力を失い、肩に乗せられた手が落ちる――わずかな時間差の後、ディアベルの身体はポリゴンの塊となり、四散した。
「………………っ」
唇をかみ、ジュンイチは無言で立ち上がる――背中越しに、キリトに向けて静かに告げた。
「……武器の違いに気づいただけのオレと違って、お前は対処法まで含めてディアベルに警告した……
キリト……お前、ベータテスターだったんだな……」
「……あぁ……」
ジュンイチに答えて、キリトはイルファングを見つめた。
「……オレは……このデスゲームが始まった瞬間から、自分が生き残ることしか考えていなかった……
でも……彼は、他のプレイヤー達を見捨てなかった……
みんなを率いて、見事に戦った……オレにできなかったことを、あの人はやろうとした……っ!」
拳を握り締め、一歩を踏み出す――が、
「待てよ」
それを、ジュンイチが制した。
「オレが……行く」
「ジュンイチ!?
ムチャだ! そんなレベルで、武器破壊だってもらってるのに!」
「あなた……死ぬつもり?」
「大丈夫」
キリトや、合流してきたアスナが止めようとするが、そんな二人にジュンイチはキッパリと答えた。
「安心しろ。くたばるつもりなんかない。
お前らを、無事にリアルに連れ帰る――そのために、オレはこの世界に来たんだから」
「え………………?」
「昨日の会議で初めて会ってからのお前らへの一連の言葉……あの中で、たったひとつだけウソついてた。
オレは、リアルの様子をお前らに伝えるためにこの世界に来たんじゃない。
この手で、このクソッタレなデスゲームを終わらせる……そのためにここに来た。
これから全階層制覇していこうっていうのに、たかだかレベル差なんかに嘆いてられるか」
自分の言葉に動きを止めたアスナに答えると、ジュンイチはゆっくりと一歩を踏み出す。
(ディアベルが、教えてくれた……)
そんなジュンイチに気づき、イルファングが周りのプレイヤー達を押しのけながら突っ込んでくる。
(システムを意識するな。ムリに合わせようとするな。
いつも通りだ。自分の感じるままに、自然に動けばいい)
手にした巨大な刀を、ジュンイチに向けて振り下ろし――
(ディアベルの教えを、ムダにするな……)
(助けられなかった男の……最期の教えを!)
イルファングの斬撃が、ジュンイチに叩きつけられた。
「ジュンイチ!」
イルファングの攻撃は床をも砕き、猛烈な土煙が巻き起こる。その土煙に隠れてその姿を確認できないが――おそらく、ヤツの攻撃はジュンイチを直撃したはずだ。
名を呼んでも返事が返ってこない。キリトは絶望的な予感を抱きながら、土煙の中を凝視して――
「…………なるほどな」
淡々としたつぶやきが、その土煙の中から聞こえてきた。
「ようやくわかってきたぜ……この身体の扱い方が」
晴れていく土煙の中、その姿が少しずつ見えてくる――自分のすぐ目の前の床に叩きつけられた刀の峰を踏みつけ、ジュンイチはイルファングをにらみつけていた。
「外した、のか……?」
「かわしたんだよ」
思わずつぶやくキリトに告げ――ジュンイチはイルファングへと向き直る。
右の人さし指でイルファングを指さす――親指も立て、右手を銃に見立ててイルファングを指しながら、告げる。
「反撃……開始っ」
NEXT QUEST......
現実世界での実戦経験を活かしてボスを翻弄するジュンイチ。
オレ――キリトやアスナ、そして他のプレイヤー達とも協力して、ついにボスを倒すことに成功する。
だが……それで終わったワケじゃなかった。
窮地に追い込まれて、オレは決断を迫られる。
次回、ソードアート・ブレイカー、
「ふたりはビーター」
(初版:2012/08/30)