「おい、ジュンイチ……
それじゃあ、この人……“オレンジプレイヤー”の集団に、身包みはがされたっていうのか……!?」
「十中八九、な……」
フィールドに出ての修行中、悲鳴を聞いて駆けつけた先に倒れていた職人プレイヤー。彼が他のプレイヤーに襲われた形跡を見つけ、うめくキリトにジュンイチが答える。
「人数は、そうだな……少なくとも10人は下らないな、こりゃ。
付け加えるなら、この人を襲っている間、周辺を警戒するメンバーだっていたはずだ。ここに最低10人。さらに周りに見張り役……
それだけのオレンジプレイヤーが徒党を組んでたってことになると、もうパーティーなんて規模じゃない。ここまでくると立派なギルド、“オレンジギルド”だ」
「今までもオレンジプレイヤーのパーティーの話は何度か聞いたけど、とうとうギルド規模の連中まで出てきたか……」
ジュンイチの言葉にキリトがうめき――
「…………ねぇ」
真剣な表情で、アスナが口を挟んできた。
「ひとつ聞きたいんだけど……」
「……オレンジプレイヤーって、何?」
「お前マジでマニュアル一切読まずにログインしてるだろっ!?」
ジュンイチが全力でツッコんだ。
Quest.4
神への挑戦状
「情報視認状態だと、オレ達の頭の上にカーソルが見えるだろ?」
とりあえず男を連れて街に戻る――宿をとり、確保した部屋に保護した男を放り込むと一階の食堂でプチ会議。その場で、キリトがアスナに説明する。
「オレ達一般プレイヤーは緑色だけど、障害、強盗に代表される、いわゆる犯罪行為に走ったプレイヤーは、このカーソルがオレンジ色に変わる。
その色になぞらえて、犯罪者プレイヤーのことをオレンジプレイヤーっていうんだけど……」
「その中でも、殺人行為に走ったプレイヤーは、さらにレッドプレイヤーと呼ばれる――カーソルはオレンジのままだけどな」
「殺じ……っ!?」
「もっとも、今回のヤツらの中にそこまでのヤツがいたかどうかは、断言しかねるけどな――いたらあのプレイヤーだって命はないだろうし」
キリトのそれに付け加えたジュンイチの言葉に、アスナが思わず絶句する――対し、話題を振った張本人は平然とそんなことを言ってのける。
「けど、殺人、って……
このゲームじゃ、殺された人は……」
「あぁ……死ぬ。それは、ジュンイチの証言からも間違いない」
アスナの言葉にキリトがうなずく――その表情は真剣そのもの。この事態の深刻さを正しく理解している証拠だ。
「けど……それでも、そういうヤツらは、この先絶対に現れる。
このアインクラッドで早々に食い詰めて、他のプレイヤーを襲うことで食い扶持を確保し始めたオレンジプレイヤー達……その行動がエスカレートして、とうとう殺しまでやり始めるプレイヤーが。
今はまだレッドプレイヤーが現れたって話は聞かないけど……これから先、確実に現れて、そしてどんどん増えていくと思う。
とはいえ、食い扶持を稼ぐために殺るならまだ理解もできる……けど、MMORPGにおける殺人行為っていうのは、その枠に留まらないものなんだ。
オレがプレイした他のMMORPGでは、殺しそのものを楽しむレッドプレイヤーだっていた。この先、そういうプレイヤーだってきっと現れる」
「お前らみたいに、最初からデスゲームに取り込まれていた連中にとっては、ゲームの中から現実の様子を知る術はないワケだしな。
攻略会議の時の、オレの話を聞いたみんなの反応、見ただろ? 状況を知った上で参戦してきたオレと違って、こっちでの死が現実の死に直結していることを実感しているヤツらはほとんどいない――頭ン中で、理屈としての理解はしてるんだろうけど、やっぱり現実味がないんだよ。こっちで死んだらリアルでも死ぬっていう、現実味が。
だから、殺すことに対する抵抗が、現実に比べて格段に少ない――ぶっちゃけた言い方をすれば、ゲーム気分が抜けきってない。
殺しに対する、精神的なハードルが低すぎるんだよ、この世界は」
キリトとジュンイチの説明に、アスナは渋い顔で黙り込む。
「まぁ、殺し云々についての話はまた今度にしようか。今回はそこまでの話じゃなさそうだし」
「えぇ、そうね……
あの人を襲った……オレンジギルドの方が問題よね」
「そうだな……」
話題転換を提案するジュンイチと応じるアスナ、二人に答える形で、キリトが可視状態でマップを表示する。
「ヤツらが潜伏していると思われるのは、第1層から上がってきてすぐの始めの森……
第2層最初のフィールドだけあってモンスターのレベルも第1層の迷宮区の連中に毛が生えた程度。ボスの部屋までたどり着けるだけのレベルがあればそうそうやられはしない。ギルド規模となればなおさらだ」
「加えて、新たな階層が開拓されたことで、ここからしばらくの間は次々にプレイヤー達が上がってくる時期だ――そして、その中にはアクティベートされた転移門を使わず、ダンジョンでレベル上げしながら上がってくるようなヤツらもゼロじゃない。
そんなプレイヤー達が必ず通るフィールドが、始めの森……つまり、アイテムの金をたんまり稼いだ“獲物”が、わざわざ誘わなくても次々に通るってワケだ。
なるほど、この時期に“狩り”にいそしむには、もってこいの場所ってワケだ」
問題のエリアを拡大するキリトにジュンイチが答えると、アスナが眉をひそめて口を開いた。
「けど……そういう、犯罪に走る連中がたむろし始めるには、まだ早すぎるとは思わない?
だって、私達がフロアボスを倒して、この階層に上がってきたのはほんの数時間前なのよ?」
「いや、そうでもないんじゃないかな?」
だが、ジュンイチはアスナの懸念をあっさりと否定した。
「その手のヤツらなら、こういうチャンスを逃しはしないものさ。
少なくとも、オレが連中の立場なら、こんな“稼ぎ時”を見逃したくはないね」
「とは言うけど、こんな攻略されてすぐなんて……」
「たぶんそいつら、オレ達ダンジョン攻略組の後をつけてきたんだ。
オレ達がイルファングに敗退すればそのまま引き返して次のチャンスを待てばよし。勝って先に進んだなら、その後に続いて、オレ達に次いでこの階層に上がればよし……ってな。
そのタイミングなら、攻略に燃えるプレイヤーの大半はさっさと上に上がっちまった後だ。上がってきて“狩り場”を開いた後、高レベルプレイヤーに鉢合わせする危険性も最小限に抑えられる」
「少なくともバカじゃないな……もちろん、悪知恵が働く、って意味でだけど」
「ボス攻略の際には大々的にプレイヤーが募集される――連中にも、攻略のスケジュールは筒抜けだろうしな。そのくらいのことは思いつくさ」
アスナに、そしてキリトに答えて、ジュンイチは自分のドリンクをすする。
「じゃあ……どうする?
トールパーナに戻って、後続のプレイヤー達に注意を促す?」
「けど、それだとまだ第1層にいるプレイヤー達が上がってこれない――始めの森を避けて転移門で上がってきたとしても、オレンジプレイヤーを警戒しながらじゃフィールドにも満足に出られず、街の中で動きを封じられる」
具体的な対策を考えようと提案したアスナの意見はキリトによって却下された。
「特に職人系のプレイヤーだ。彼らが封じ込められるのは地味に痛い」
「どういうこと?」
「その手のプレイヤーの存在って、けっこう重要なんだよ……彼らのバックアップがあってこそ、オレ達前線のプレイヤーが思い切り戦える。NPC職人のサポートだけじゃ、どうしても限界がある。
だから、早めにレベルアップしてもらうためにも、彼らには存分に活動に励んでもらいたいんだけど、このままの状態じゃ仕事に使う素材集めにも出られない」
「そっか……やっぱり、みんなが安全に上がってこれるような状況にするしかないってことだよね……
じゃあ、はじまりの街まで戻る? あそこを拠点にしてる大きな攻略グループ……今回の攻略に出てこなかったみたいだけど、逆に言えば彼らはまだ第1層にいるってことになるわ。彼らにオレンジギルドの排除を頼めば……」
「んー、どうだろう」
またしても、キリトがアスナに対して異を唱えた。
「オレンジプレイヤーを攻撃してもこっちがオレンジになる心配はない。そういう意味では、力に訴えることに遠慮する理由がないのは確かだけど……アイツら、拠点にするために公共の場だった《黒鉄宮》を占拠するようなジャイアン系だからなぁ。引っ張り出すとろくなことにならなさそうな気がするんだけど」
「ろくなことに……って?」
「最初から平和的な解決方法を放棄しかねない、ってこと。
いきなり問答無用で攻撃、なんてこともしそうな連中だ。そんなヤツらを頼ったりしたら……ヘタをすれば、SAO初のギルド同士の殺し合いをオレ達の手で引き起こすことにもなりかねない。
それでも……連中を呼ぶか?」
「う゛っ…………」
キリトの言葉にその光景をイメージしてしまったのか、アスナの表情がくもる。
「じ、じゃあ、どうするっていうの?
このまま放置するワケにもいかないでしょう?」
「まぁ、それはそうなんだけど……
ジュンイチはどう思う?」
アスナの言葉にため息をつき、キリトはさっきから沈黙しているジュンイチに話を振って――
「……って、ジュンイチ?」
ジュンイチは、沈黙していたワケではなかった。
それ以前に――二人が気づかない内に、その場から姿を消していたのだから。残された、空になったグラスだけが、彼が確かにその場にいたことを物語っている。
「どこ行ったのかしら……?」
「途中まで積極的に話に加わってたんだ。この件に無関心ってワケじゃないとは思うけど……」
首をかしげるアスナにキリトが答え――二人は同時に表情を強張らせた。
そう。ジュンイチは、この件について決して無関心ではなかった。
そして、対策を話し合い始めたとたんに姿を消した。
ということは――
『…………まさか!?』
「ジュンイチの位置は!?」
「もう街を出たわ!
一直線に始めの森に向かってる!」
当初行動を共にすることを渋っていたキリトはジュンイチとフレンド登録していなかった。したがってフレンド追跡が使えず、後を追うのはそうとう難しい――と思われたが、幸いアスナがすでにフレンド登録を済ませていた。フレンド追跡でジュンイチの動きを捕捉しているアスナが、となりを走るキリトにそう答える。
ジュンイチの移動経路が意味するところは明白だ。あの男はこの強盗騒ぎに対し、一番シンプルな解決策を選んだのだ。
すなわち――“さっさと自分で排除する”という解決策を。
「ったく、ボス戦の時といい、なんてムチャを……!」
しかし――シンプルではあるが、同時に無謀でもあった。
確かにジュンイチはこれまで何度もレベルの低さを感じさせない強さを見せつけた。第1層のボス、イルファングを叩き伏せてみせただけでなく、このデスゲームのスタートダッシュに成功し、他と一線を画すレベルを誇るキリトすらデュエルで負かしている。
だが、そのどちらにも共通しているのは“相手がひとりだけだった”ということだ――10人以上は確実にいるオレンジギルドを相手にたったひとりで挑むなど、無茶無謀にもほどがある。
「『パーティーメンバーには死なれたくない』って言っただろ……っ!
それは、お前にだって言えるんだぞ……っ!」
小声で、うめくようにつぶやく――そんなキリトの声を自らの耳が拾い、アスナは苦笑すると気を取り直してキリトに告げた。
「とにかく急ごう!
彼のAGIパラメータはそれほど高くない――ダッシュ力ならともかく移動速度なら私達が上! きっと追いつける!」
「あぁ!」
アスナに答え、キリトは走る速度を上げる――そのまま街を出て、ジュンイチが向かっている始めの森の方角へと走り続ける。
そんな二人の目の前で、モンスターのポップを示す青い光があふれ――
『ジャマだぁ(よ)っ!』
哀れなモンスター二匹は、ポップ後0.1秒でソードスキルの餌食となっていた。
◇
「見張りからの連絡は?」
「ないな……
さっき身包みはいでやった商人からこっち、なかなか上がってこないみたいだ」
始めの森の一角――周りの茂みが高くて身を潜めるにはもってこいな、しかも多人数が十分に潜めるだけの広さのあるそのスペースで、何人もの男達がそんなことを話していた。
「迷宮区が攻略されたばっかりだからな、さっきのヤツがむしろ早すぎたくらいだろ。
まぁ、もう少し待っていれば、今回の攻略参加を見送ったソロプレイヤーやら小規模パーティーやらがわんさとやって来るさ」
「そいつらの稼ぎ、根こそぎ奪い取ってやろうぜ」
「女のプレイヤーとかいてくれれば、もっとありがたいんだがな」
口々に好き勝手言いながら、男達はゲラゲラと笑って――
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫と共に――“人が降ってきた”。
いや、より正確には――ブッ飛ばされてきた。
見れば、それは見張りのために森の中の道沿いに隠れさせていた仲間だ――だが、その姿は無残なものだ。防具は根こそぎ破壊判定によって消滅しており、HPバーもレッドゾーンに突入している。
「な、なんだ!?」
「どうした!? 何があった!?」
「モンスターでも出たのか!?」
突然さんざんな姿で飛んできた見張りの登場に、男達は驚いて立ち上がり――
「10点満点〜♪」
そんな声と共に――今度こそ、人が降ってきた。
突然の事態に戸惑っていた男達のひとり、偶然頭上を見上げたその男の顔面に“着地”。そのまま地面に踏み倒したのは――
「ひのふのみぃの……ざっと、30人か」
余裕の態度でオレンジギルドの人数を数える、ジュンイチであった。
「しまった! もう飛び出してる!」
「ウソ、追いつけなかった……!?」
キリトとアスナが追いついてきたのは、まさにジュンイチがオレンジギルドの集団のド真ん中に降り立った、その直後のことだった。思わず声を上げ――あわててオレンジギルドの連中の目から逃れ、木の陰に隠れる。
幸い今の声は聞かれなかったようだ。ホッと安堵するが、すぐに安心できる状況ではないと思い直す。
何しろ、ジュンイチがあの犯罪者集団の真っ只中にいるのだ。助けるには突入するしかないが、この戦力差では真正面から飛び込むワケにはいかない。
静かに、慎重に突入の機会を伺う二人だったが――
「………………ん?
あ、キリト、アスナ! お前らも来たのか!」
『………………っ!?』
『バカぁぁぁぁぁっ!』
ジュンイチがあっさりこちらを発見してくれた。彼の言葉にオレンジギルドの連中の注目を一身に浴びてしまい、キリトとアスナが非難の声を上げる。
「何あっさりバラしてる!?
お前、状況わかってるのか!?」
「あなた、バカなの!?
この人数を相手に、私達にどうしろっていうのよ!?」
ジュンイチに抗議する二人だが、すでにオレンジギルドは彼ら二人もターゲットにしてしまったらしい。値踏みするような視線を二人に、とりわけ女性プレイヤーであるアスナに向けてくる。
「へっ、なんだ、上玉の女プレイヤーがいるじゃねぇか」
「安心しなよ、嬢ちゃん。
オレ達がかわいがってあげるからよぉ。ひゃははははっ!」
「………………っ」
下卑た笑い声を上げる男達に、アスナは嫌悪感から思わず身をすくませる――とっさに彼女を守るようにキリトが前に出るが、いくらビーターと言えど、現時点のレベルで30人ものオレンジプレイヤーを相手にできる自信は正直なかった。
「よーし、野郎ども!
この三人、身ぐるみ全部はがしてやれ!」
『おぉぉぉぉぉっ!』
そして、リーダー格の男の言葉に欲にまみれた雄たけびが響き――
「……ところでさぁ」
そんな空気とはまったく無縁な、のん気な声が上がった。
「キリト……ひとつ聞きたいんだけど」
「何だよ、こんな時に!」
ジュンイチだ。自分のせいでこんなことになっているというのに、何をそんなに落ち着いているのかと、強い口調でキリトが聞き返して――ジュンイチは尋ねた。
「こいつら全員ぶちのめしたら……」
「経験値、どのくらい入る?」
『………………は?』
この発言には、キリトのみならずアスナやオレンジギルドの面々も呆気に取られた。思わず、同時に間の抜けた声を上げてしまう。
「あ、あー、えっと……ジュンイチ?
プレイヤー同士の交戦の場合、経験値、入らないんだけど……」
「え、マヂ!?
まいったなー、ちょうどいい稼ぎどころだと思って突撃したのに、とんだムダ足じゃねぇか」
呆気に取られたまま、ほぼ反射的に答えるキリトの言葉に、ジュンイチは残念そうに声を上げる。
「な、なんだ、てめぇ……!?」
「オレ達を、経験値の足しにしようと思ってたのかよ!?」
「ずいぶんとなめてくれるじゃねぇか!」
一方、二人のやり取りからジュンイチの思惑に気づいたオレンジプレイヤー達はとたんにヒートアップ。バカにされたと怒りに燃えて、一斉にジュンイチを取り囲む。
「ジュンイチ!」
どう見てもジュンイチの、それも絶体絶命の危機だ。思わずキリトが声を上げ――気づいた。
自分の上げた声に対し、ジュンイチがこちらに向け、軽く「しっしっ」と手を振ってみせたのだ。
「下がっていろ」というつもりか。今のふざけた言動は、彼らの注意を自分に向けるための挑発だったというのか。
だが、30人ものオレンジプレイヤーを相手に――とキリトが素直に従いかねているが、ジュンイチはそれ以上キリト達にかまうつもりはなかった。前髪を軽くかき上げ、周りのオレンジプレイヤー達に言い放つ。
「……しょうがない。
あてが外れちまった以上、さっさとよそのフィールドに移ってレベル上げしなきゃなんねぇ。経験値の足しにもならねぇヤツらを相手にしてられるほどヒマしてねぇんだ。
かかって来な――」
「3分で片づけてやる」
「さ、3分だぁ!?」
「てめぇ、周りが見えてねぇのか!?」
「こっちは30人だぞ、30人!」
ジュンイチの宣言に、オレンジプレイヤー達はますますヒートアップしていく――もはや、キリト達のことなど眼中にない勢いだ。
そして――
「やっちまえぇぇぇぇぇっ!」
誰が上げた声だろうか――号令と共に、オレンジプレイヤー達が一斉にジュンイチに向けて襲いかかる!
「ジュンイチ!」
「危ない!」
思わず助けに飛び出そうと、キリトとアスナが剣に手をかけながら一歩を踏み出し――
「…………遅ぇな♪」
その一言と同時――ジュンイチの姿が消えた。
殺到するオレンジプレイヤー達に飲み込まれたのではない。本当に唐突に、キリト達から見える範囲から姿が消えた。
直後――
「ぎゃあっ!?」
「ぅおっ!?」
悲鳴を上げたのは、オレンジプレイヤー達、その中でも真っ先にジュンイチへと襲いかかった者達だった。
「バカ野郎! 何しやがる!」
「もっとよく狙えよ! 味方を攻撃してどうすんだ!」
飛び交う怒号からして、ジュンイチにやられた、というワケではないらしい。どうやら周りから一斉にジュンイチに攻撃、その攻撃を外した結果、味方同士で傷つけ合ってしまったらしい。
なら、ジュンイチはどこへ――そんな疑問がキリトの脳裏をよぎった、次の瞬間、
「どわぁっ!?」
「がはぁっ!?」
悲鳴と同時に打撃音。そして吹っ飛ぶ男達――今度こそ、ジュンイチの仕業だ。
ヒョコッと元の場所に“立ち上がった”ジュンイチが、目の前の二人をブッ飛ばしたのだ。
「あー、もう、トロすぎるぜ、お前ら!」
間髪入れずに走り出し――通りすがりの3名、そのアゴに拳を叩き込み、頭を揺さぶる。
身体のすべてがデータでできているこの世界には脳震盪という概念はない――が、それでも頭を、視界を揺さぶられればその揺れに“酔う”ことになる。たたらを踏む3名、一番手近なひとりを残り二人に投げつけて、まとめて大地に転がしてみせる。
「野郎っ!」
そんなジュンイチに、槍使いが襲いかかる。繰り出した突きがジュンイチを狙うが、半歩横に身をずらしただけでかわし、逆にカウンターの拳を顔面に叩き込む。
「お前らのスピードに合わせてたら……」
カウンターをもらい、崩れ落ちる槍使いの顔面に追撃のかかと落とし。さらにその蹴り足を支えに槍使いの“上”に飛び乗って――
「とても3分じゃ、終われねぇや!」
そこからさらに跳躍、行く手の二人の顔面を、左右の足で同時に蹴り飛ばす!
「何やってんだ! 取り囲んでブッつぶせ!」
「バカ! それでさっき同士討ちしたのを忘れたのかよ!?」
「くそっ、どこ行きやがった!?」
「捉えられねぇ!?」
もはやオレンジプレイヤー達はパニック状態だ。より上の立場にいると思われる者達の怒号が飛び交い、
「バーカ!
てめぇらが!
カメすぎるんだ!
よ!」
そんな声は、ジュンイチにしてみれば獲物を見定める格好の目印でしかなかった。指示を出しているまとめ役を真っ先に狙い撃ちし、叩き伏せていく。
当然、そんな風に中核ばかりを優先して叩いていけば、後に残るのは有象無象のザコばかりになる。結果――
「だ、ダメだ! 手に負えねぇ!」
「とんでもねぇヤツを相手にしちまった!」
「に、逃げろぉっ!」
「こ、こら! 逃げるな!」
あっけなく、オレンジギルド達の体制は瓦解した。口々に悲鳴を上げ、逃げ出す下っ端達に、ジュンイチに張り倒されたまとめ役のひとりが声を上げるが、
「ほほぉ……」
「………………っ」
「つまり、お前さんはまだまだやる気満々、と」
かけられた声に、ビクリと肩をすくませる。恐る恐る振り向いて――
「もう一発叩き込めば反省するかな?」
その顔面を、ジュンイチが改めて打ち上げた。至近距離から放たれたアッパーカットがオレンジプレイヤーをブッ飛ばし、逃げ出していた下っ端達の上に落下させる。
「一応、人殺しになるつもりはないからな――HPレッドゾーン突入程度で留めてやったぞ。オレって奥ゆかしいよなぁ」
「や、やっぱりダメだぁっ!」
「逃げろぉぉぉぉぉっ!」
あっさりと、なんでもないかのように言うジュンイチの言葉に、オレンジギルド達の恐慌はますます拍車がかかった。倒れた仲間にかまうことなく、我先にと逃げ出していく。
「ジュンイチ、逃げるぞ!」
「あー、いいよいいよ。ほっとけ」
真っ先に叩きつぶしに来たのに、逃がすつもりなのか――思わず声を上げるキリトだったが、ジュンイチは平然とそう答えた。
「逃げ出してくれるならこっちとしても楽だし、あれで反省してくれれば……――っ!」
告げかけたジュンイチの表情が強張る――それまでの余裕が一瞬にして吹き飛び、ジュンイチはあわてて声を上げた。
「ダメだ、お前ら!
“そっちに逃げるな”!」
だが――その警告は遅かった。
『ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?』
悲鳴と共に、逃げ出していたオレンジギルドの一団が撥ね飛ばされた。
猛烈なスピードで飛び込んできた――巨大なフレンジーボアによって。
その頭上には名前が表示されている――《The Gigant Boa》。
「ち、ちょっと待ったのしばし待ていっ!
名前に定冠詞がつくのってボスだけだろ!?」
ボスモンスターがこんなところに現れるはずがない――思わず声を上げるジュンイチだったが、
「間違ってない!
そいつもボスだ――“このフィールドの”!」
「――――――っ!
フィールドボスってヤツか……っ!」
キリトの言葉に、ログイン前に目を通したマニュアルの一節を思い出した。
ボスにはイルファングのようなフロアボスとは別に、各フィールドの主とも言えるフィールドボスと呼ばれる者達もいる。
入門編とも言える第1層を除く、第2層以上の各階層内、未踏破の迷宮区を除く各フィールド(踏破済みの迷宮区にもフロアボスの代わりに出現するようになる)において低確率で遭遇する、いわゆる中ボスのようなもので、各フィールドごとに一種ずつ、同時に複数個体が出現することはないという特徴がある。
各フィールドごとに別々の種が出現、しかもダブリなしという徹底した希少仕様のため、遭遇するだけでも自慢話になるというレアモンスターだ。ベータテスト時には全種遭遇を目的としていたプレイヤーもいたくらいだ。
そこらのモンスターと同じく倒せばリポップする分、フロアボスに比べて戦闘能力では数段劣るが、それでも並のプレイヤーではパーティー単位で挑まなければ手に負えないほどの強さを誇っているという。
目の前のフィールドボスの名前はギガントボア――見ての通り、フレンジーボアの上位種にあたるモンスターだ。第1層の雑魚モンスターの上位種というあたり、いかにも最初のフィールドボスっぽいが、その体躯はイルファングに匹敵するほどの巨体だ。決して油断できる相手ではないだろう。
そんな巨体が、イノシシ自慢の猛スピードで突っ込んできたのだ。突っ込まれた側はたまったものではない――逃げ出したところをまともに轢かれ、オレンジプレイヤー達は一瞬のうちに蹴散らされていた。
難を逃れた者達が逃げ惑う中、ギガントボアの周りでいくつものポリゴンが砕け散る――今の突進でHPを全損した者達の成れの果てだ。
そして、ギガントボアはゆっくりと次の獲物、別のオレンジプレイヤーへと向き直る。
「ひ――――――っ」
自分が狙われていると気づき、問題のオレンジプレイヤーが息を呑む。恐怖に身をすくませる彼に向けて、ギガントボアは迷うことなく突進し――
「何してくれてんだ――てめぇっ!」
その言葉と同時――倒れてきた一本の木がギガントボアの行く手をふさいだ。かまわず突っ込んだギガントボアだが、倒木の破壊には至らず、突進を止められてしまう。
そして――
「何やってんだ!
戦う気がないならさっさと逃げろ!」
ギガントボアの突っ込んだ倒木の上に飛び乗り、ジュンイチが狙われたオレンジプレイヤーに言い放つ。
そう。この倒木は彼の仕業――剣で破壊可能オブジェクトの木、その根元に斬りつけ、バランスを欠いたところをギガントボアの行く手を阻むように蹴り倒したのだ。
「てめぇもてめぇだ。
逃げようとしてたヤツに無慈悲に襲いかかりやがって――そうプログラムされてるんだろうが、見てて少々ムカついたぞ」
我に返り、逃げ出していくオレンジプレイヤーには目もくれず、今度はギガントボアに告げる――そんなジュンイチを、ギガントボアは次の獲物に見定めたようだ。
と――
「……まったく。しばき倒したり助けたり……」
「“死なせるつもりはない”って意志は一貫してるクセに、そのためにとってる行動がまるで正反対なのはどういうことかしらね」
ギガントボアの左右の後ろ、ジュンイチと合わせて包囲するように出てくるのはキリトとアスナだ。
「キリト、アスナ……」
「『手を出すな』とか、言わないよな?」
「経験値の独り占めは、許さないからね」
名をつぶやくジュンイチに答えて、二人が剣をかまえる――そんな二人に対し、ギガントボアは威嚇するようにうなり声を上げる。
「……しゃあねぇな。
オレがヤツの足を止めるから、HP削るのは任せるぞ」
キリトとアスナ、二人の参戦を認め、ジュンイチが倒木の上からギガントボアの目の前へと飛び降りる――正面に立ちはだかるジュンイチを獲物と定め、ギガントボアが地を蹴った。
あっという間にその速度はトップスピードへ。一直線にジュンイチへと突っ込んで――
「あらよっと」
ジュンイチは軽くステップを踏んで回避。ついでに、すれ違いざまにギガントボアの右目に拳を叩き込む。
それも一瞬にして複数弾。パパパァンッ!と小気味よい音と共に右目の視界を奪われ、完全に獲物を見失ったギガントボアは再び倒木に激突する。
倒木全体に破壊判定が下り、砕け散り、消滅する――停止し、改めてジュンイチへと向き直ると、ギガントボアは再び地を蹴り、ジュンイチへと襲いかかる。
「大したスピードだ。さすがはイノシシ。
しかも、その図体でターンも速いときた」
対し、ジュンイチは感心しながら腰をわずかに落とし、
「けどな――オレと戦うには、機動力が足りねぇぜ!」
断言しつつ、身を沈めながら突進をかわし――
すぐ目の前に迫った、ギガントボアの右前足を足払いで払った。
普通に考えれば、生身の人間の蹴り程度で人の背丈の倍はあるような巨大イノシシの突進を止められるはずはない――だが、足一本払うだけでいいなら話は別だ。大地を踏みしめようとしていた右前足をまさにその寸前で払われ、ギガントボアはバランスを崩して転倒。その巨体でゴロゴロと転がった挙句、行く手の木に激突して停止した。
足払いの威力は知れたものだし、木への激突も攻撃ではないためギガントボアのHPが減ることはない。だが――
「そら、動きが止まったぞ!
削り組、やっちまえぇっ!」
「なんつーか、すっごく間抜けな光景に見えるのは気のせいか!?」
「まぁ、チャンスなのは認めるけどっ!」
キリトやアスナの攻撃に関しては話は別だ。ジュンイチの合図で、同時にしかけた二人のソードスキルがギガントボアの腹に突き刺さる。
腹全体が急所指定されていたのか、二人のソードスキルの威力にさらに急所攻撃のダメージボーナスがついた。一気にHPを削られ、ギガントボアのHPバーがあっという間に赤く染まる。
「ボァアァァァァァッ!?」
イルファングが急所攻撃の際に見せたリアクションといい、どうやらモンスター側は痛覚保護がかかっていないのがデフォルトらしい。腹を痛打されたギガントボアの、悲鳴に近い咆哮が上がる――だが、すぐにギガントボアは身を起こし、キリトやアスナを怒りで血走った真っ赤な目でにらみつける。
「ボァアァァァッ!」
改めて咆哮し、ギガントボアが二人に向けて突撃して――
「この鳴き声、『ボア』とかけたシャレのつもり?」
あっさりと告げた一言と同時――ギガントボアの二本の牙、その一方が宙を舞った。
進路上に飛び出してきたジュンイチの剣によるカウンターだ。ジュンイチの斬撃とギガントボアの突進の勢い、二つのベクトルの激突で威力を増した一撃が、強靭な牙をいともたやすく斬り飛ばしてみせる。
「ボァアァァァァァッ!?」
「おー、痛いか痛いか。
気持ちはわかるぞー。何しろ、麻酔なしに歯科治療ガンガンかまされてるようなもんだろうしな」
再び悲鳴を上げてのた打ち回るギガントボアに、ジュンイチが笑いながら告げる――ジュンイチの例えをイメージしてしまったのか、背後でキリトとアスナが自らの頬を押さえて冷や汗を流しているが、とりあえずそこはどうでもいい。
「悪いな。
貴重なモンスターらしいから、じっくりぶちのめして後々の語り草にしたいところだけど……お前一匹の経験値で補いきれるほど、チャチい出遅れ方してねぇんだ」
持ち直し、再び突っ込んでくるギガントボアのもう一本の牙を、ジュンイチはやはり冷静に斬り飛ばす――またしてものた打ち回るその姿を見下ろしながら、淡々と告げる。
「そういうワケで、さっさと片づけたいからさ――」
言って、起き上がろうとするギガントボアに向けて地を蹴って――
「とっとと果ててくれ」
手にした剣が、ギガントボアののど笛を斬り裂いた。悲鳴を上げることも、もはやのた打ち回ることすらできず、ギガントボアが大地に頭から突っ伏す。
「っしゃ、とどめだ!」
ギガントボアの残りHPは、せいぜい大威力のソードスキル一発分、といったところ――“決めどころ”と判断し、ジュンイチは剣を最上段にかまえた。
上段両手斬りのソードスキル発動モーションだ。それも、現レベルで使える同カテゴリのソードスキルの中ではもっとも威力が高い部類の。
「アスナ――さっき言ったよな? 『オレのソードスキルはとどめがメインになりそうだ』って。
つまり、こういうことさ」
そう告げるジュンイチの剣が、ソードスキル独特のエフェクト光に包まれ、
「ぶちのめして、動けなくして……確実に当てる!
《バーチカル・ディヴァイド》!」
振り下ろした一撃が、ギガントボアの巨体を一刀両断。真っ二つに叩き斬る!
決定的な一撃を受け、HPは完全にゼロへ。ジュンイチはその場でクルリときびすを返し、そろえた右の人さし指と中指で天を指し、
「Finish――completed.」
告げて、天を指した指を地面に向けて振り下ろす――同時、ギガントボアの巨体は砕け散り、無数の青い輝きと化して散っていった。
◇
「………………ふぅっ」
息をつき、ジュンイチはようやく緊張を解いた。軽く振るった上で、剣を腰の鞘へと収める。
視界の隅で加算経験値や獲得アイテムが表示される――またレベルが上がったが、まだまだキリト達のレベルとは雲泥の開きがあるのは間違いない。
「お疲れさん」
そんなジュンイチに声をかけるのはキリトだ。次いでアスナも、彼の後に続いてこちらに寄ってくる。
「またおいしいところを持っていかれたな。
先輩でレベルも上だっていうのに、まるで立場がないよ、こっちは」
「SAOについてはそっちが先輩でも、“実戦”についてはオレの方が先輩だからな。
ま、気にするな。週に一戦ペースで一年も化け物相手に斬った張ったやってれば、素人だってこのくらいの芸当は身につくさ」
「化け物相手……?」
「一年……?
それって、まさか……」
ジュンイチの言葉に、キリトとアスナは思わず顔を見合わせた。
彼の言い回しに、思い当たるところがあったからだ。
一年前、突如として人類の――それも現実の――前に現れ、猛威を振るった人外の存在。
そして――その存在を相手に一歩も退くことなく戦い抜いた、特殊な力を持つ戦士達の存在。
ジュンイチの話は、その戦いのありように符合していた。つまり――
「ジュンイチ……ひょっとして、お前……」
「……まぁ、それはそれとして、だ」
確認しようとしたキリトだったが、すでにジュンイチの興味は別のところに移っていた。つぶやき、視線を向けたのは実体化したままそこら中に転がる装備品やアイテムの数々。
ギガントボアの攻撃で死亡したオレンジプレイヤー達の所持品だ。モンスター相手の戦闘でプレイヤーが死亡した場合、パーティーやギルドの共有ストレージに入れられていない、個別に所有していたアイテムはドロップアイテムとして放り出されることになる。モンスタードロップと違い所有権が誰かに移るワケではないので、こうして実体化したままフィールド上に放置されるのだ。
「……オレにぶちのめされた直後でなきゃ、一撃全損は避けられただろうにな……
タイミングが悪かった、自業自得……死なせちまったのを納得させる言い訳はいろいろ思いつくけど……」
つぶやき、ため息をつく――元々「“全員を”無事助け出す」ことを目標にログインしてきた彼にとって、オレンジプレイヤーやレッドプレイヤーであることはあまり関係ない。
立場上対立はやむを得なくても、感情的に相容れる可能性は皆無でも――それでも、彼らもキリト達と同じ“救出対象”なのだ。それをむざむざ目の前で死なせてしまったことに、ジュンイチの中の傭兵としてのプロ意識が強い非難の念を訴えてくる。
「どうするの、あれ……?」
「うーん……
相手の素性はどうあれ、プレイヤードロップを持って帰るのは、死体をあさるみたいでいい気分しないんだけど……」
そんなジュンイチをよそに、アスナに意見を求められたキリトが考え込むが、
「いや、持って帰ろう」
そこについては、ジュンイチの答えに迷いはなかった。
「あのアイテムの何割かは、たぶんオレ達が助けた職人さんから巻き上げた戦利品の分け前だろうからな。
確認してもらって、返して……残りについては、マネーロンダリング、なんて言い方するとアレだけど、とにかく金に換えてオレ達の戦力強化に使わせてもらおう」
言って、ジュンイチは足元に転がっていた回復ポーションを手に取って、
「それより……気にならないか?」
「気になる……って、何が?」
「オレンジギルドの出現が、だよ」
聞き返すアスナに、ジュンイチはそう答えた。
「ゲーム開始から一ヶ月……まだ最初の層を突破したばかり。そんな早い段階で、もうギルド規模のオレンジプレイヤー集団が現れた。
オレンジプレイヤーの増加ペースが速すぎる……そうは思わないか?」
「誰かが唆してる……っていうのか?」
「そこは問題じゃない……いや、問題なのは間違いないけど、オレが今気にしてるのはそこじゃない。
犯罪者の増加が止まらない、すなわち治安の悪化に歯止めがかかってない……いくら街の中ではプレイヤーの犯罪行為にプロテクトがかかってるからって、悪意の広まりまで止められるワケじゃない。
こんなの放置してたら、だましだまされ、裏切り裏切られが蔓延するのは時間の問題だ――遠からず、アインクラッドは崩壊するぞ。社会秩序的な意味でな」
『………………っ』
ジュンイチの言葉は、イメージするにはあまりにも重すぎた。思わず息を呑むキリトとアスナだったが、
「……と、そこまで前置きしたところで、“気になること”の本題だ」
ジュンイチが話題にしたかったのはそこではなかったようだ。ポンと手を叩き、そんなことを言い出した。
「そんな問題が出てきたところで……疑問がひとつ。
“あの男”は、果たしてこの問題を放置しておくつもりなのかねぇ?」
「………………っ!
茅場、晶彦……っ!」
ジュンイチの言葉は抽象的なものだったが、キリトはジュンイチの言う『あの男』が誰のことを指しているのか、一瞬にして看破していた。
「自らの作り出したこの世界が荒廃して、滅びていく……そんな展開が、茅場晶彦の望むところだと思うか? 少なくとも、オレはそうは思わない。
オレみたいな“壊す側”ならともかく……“創り出す側”である茅場晶彦が“滅美”なんかに魅力を見出すとは、とてもじゃないけど思えない」
「茅場晶彦は、この現状をよく思ってはいない……
つまり、手を出してくる……と?」
「まず間違いなく、ね」
聞き返すアスナに対し、ジュンイチは迷うことなく即答した。
「けどそうなるとさらに疑問がわいてくる。
けどその前に確認――オレはそもそも、どうしてこのデスゲームに参戦してくることになったんだっけ?」
「え…………?
確か、外からの救出が不可能だってわかったから、ゲームをクリアしてみんなを解放することにした、って……自分でそう言ってたじゃない」
確認するジュンイチに対し、アスナがそう返す。ジュンイチもそんな彼女の言葉にうなずいてみせるが、
「その辺の話をした時、蛇足と判断して話さなかったことがひとつ。
第1層の攻略会議の時、外部からのアクセスは一切できないようになってた、って話、したよな――それはその言葉通りの意味だった。
つまり――“正規のアクセス手段すら一切存在しなかった”んだよ」
「え………………?」
ジュンイチのその言葉に、キリトはジュンイチの言いたいことに気づいた。
「それって……おかしくないか?
正規にアクセスする手段すらなかった、って……じゃあ、“どうやってゲーム内を管理するんだ”?」
「あ………………」
「そう。オレもそこが気になった。
パスワード認証システムは一切存在せず、外部から手を出せば即侵入扱いでデスペナルティ。
茅場だけが使えるような極秘回線でもあるんじゃないかと思って調べてみたけど、そっちも空振り。そんな回線は物理的にもシステム的にも存在しなかった。
徹底的に外部からのアクセスを拒んだ超鎖国仕様。だからオレがゲームクリアという手段を選ぶことになった――いや、“そんな方法しか選ばせてもらえなかった”と言うべきかな」
少しだけ声色に悔しさがにじむ――それをごまかすように、キリトへと手にしていたポーションを投げ渡す。
「けど、そこまでガチガチに外部からの道を閉ざしてしまうと、茅場晶彦にだって都合が悪い。何しろアイツがアクセスできるルートすら、外部には存在していないことになる。
となれば、方法はひとつ――ある意味、オレと同じ発想だよ」
「ジュンイチくんと、同じ……?
………………あ」
ここに至って、ようやくアスナもジュンイチの言いたいことに気づいた。
「そうか……ジュンイチくんはゲームをクリアすることでみんなを解放しようと……つまり、“ゲーム内から”みんなを助ける方法をとった。
それと同じ発想……つまり、“ゲーム内から”管理する!」
「そう。
間違いなく、茅場晶彦はこのSAOの中に……このアインクラッドのどこかにいる。
GM権限を引っさげて、プレイヤーとしてログイン。内部からシステムにアクセスし、管理する……
しかもこの方法なら、ゲームの一プレイヤーとしての側面も抱えているから、別にGM権限で何かしなくても、他のプレイヤーにオレンジ退治を促すような行動も取れる。“GM・茅場晶彦”としての活動も最小限に抑えられるメリットがある。
おそらく、最初からそうするつもりだったんだろう――だから、徹底して外部からの干渉をカットしたシステム仕様にすることができた……」
「茅場晶彦が、このアインクラッドに……
けど、それがわかったところで、オレ達にはどうすることも……」
「できるさ。
今すぐはムリでも……“それ”を目指して行動することはできる」
キリトに答えて、ジュンイチは大きく息を吸い込み――
「そういうことだ!
見てんだろ――聞いてんだろ、茅場晶彦!」
天に向け、全力の大声で言い放った。
「悪いが勝手にルール変更させてもらうぜ! クリア条件にひとつ追加だ!
お望み通り、アインクラッド全100層、突破を目指してやるよ――けどな、同時にオレはお前のことも探し出す!
お前をふん捕まえて、日のあたるところに引きずり出して、お前にみんなをログアウトさせてやる!
神様気取りで高みの見物――そんな余裕は一切与えねぇ! オレにぶん殴られる恐怖にこの先延々と怯えてやがれ!
忘れるな、茅場晶彦! お前はオレが、この手で叩きつぶす!」
ビッ!と天を指さし、宣言する――当然ながら、返事などあるはずがない。
だが――ジュンイチはもちろん、キリトやアスナにもある種の確信めいた思いがあった。
おそらく、このメッセージは茅場晶彦に届いたであろう、と。
そして、彼ならばそんなジュンイチの挑戦を、真っ向から受けて立つことだろう、と。
一介のプレイヤーによる、GMへの宣戦布告。普通に考えれば絶対に勝ち目のない戦い――そんな戦いを一切の迷いなく選択したジュンイチの豪胆さに、キリトもアスナも正直驚愕を禁じえない。
だが――同時に、二人の中には共通するある感情が芽生えていた。
それは“興味”――すなわち、この男は一体どこまでいけるのだろうかという、純粋な疑問。
普通に考えれば絶望的なはずのレベルの差を戦闘技能だけでひっくり返し、茅場晶彦の計画の一部を見抜いてみせたこの男は、このアインクラッドでどれほどの高みまで至ることができるのか。
だから、だろうか。
「………………?」
不意に、ジュンイチの目の前にウィンドウが展開されていた。
パーティー参加の申請メッセージだ。発信者は――
「アスナ……?」
「……まったく、GMにケンカを売るとか、どこまでムチャすれば気が済むのよ?
ホント、誰かが見てないとどこまでも突っ走ってくんだから」
意外な申し出に目がテンになるジュンイチに、アスナは両手を腰に当ててそう答え、
「ほら、キリトくんも」
「お、オレもか!?」
「当然でしょ。
私ひとりにこの人を抑えろって言うの?」
当たり前のようにキリトにもパーティー参加を促した。キリト本人の反論も意に介さずに答え、彼の耳元に顔を寄せ、
「素直にパーティー組まないと、さっきのくさいセリフ、この場でバラしちゃうよ?」
「く、くさいセリフ……って……?」
「さっき、ここに来る途中に言ってたわよね?
『「パーティーメンバーには死なれたくない」って言ったのは、ジュンイチくんにも言えること』ってアレ」
「き、聞こえてたのか!?」
「しっかりとねー。
『もうパーティーは解散した』とか言って、しっかり気にしてたんじゃない」
「あ……う……」
小声で繰り広げられる応酬は圧倒的にアスナの方に分があった。無意識の内にこぼした本音を聞かれていたと知り、キリトの顔が真っ赤になる。
「ほらほら、どうするの?
あーあー、ジュンイチくんに言いたくなってきたなー」
「……わ、わかったよ……オレも乗っかればいいんだろ、乗っかれば」
改めて選択を迫られ、ついにキリトも折れた。ため息をつき、ジュンイチへとパーティー申請のメッセージを飛ばす。
「……っていうことだから。
ちなみに、イヤだって言っても、さっきあなたがキリトくんを追いかけ回したみたいに、どこまでもついていきますからね」
「……追いかけ回したのはお前もだろうが……」
アスナの言葉に、ジュンイチは軽くため息をついて――
「けど……まぁ、そういうことなら、よろしく頼まぁ」
苦笑して――二つのウィンドウ、それぞれのOKボタンをタッチした。
…………と。
ここで今回の話が終わることができれば、どれだけきれいな終わり方だっただろうか。
「………………あれ?」
しかし――アスナは気づいてしまった。ジュンイチのパーティー申請受諾を満足げに見つめていたのが一転、間の抜けた声を上げる。
「どうした? アスナ」
「いや、えっと……」
彼女の異変に気づき、尋ねるキリトへの答えを濁すと、アスナはジュンイチへと視線を向け、
「ジュンイチくん……言ってたわよね?
『茅場晶彦はプレイヤーに扮してる。だから他のプレイヤーがオレンジ退治に動くよう誘導することもできる』って」
「あぁ……言ったぜ?
それがどうし……あぁっ!?」
聞き返しかけて――ジュンイチも彼女の言いたいことに気づいたようだ。ひとりワケがわからずにいるキリトへと視線を向け、一言。
「オレ達……」
「“何がきっかけでここに来ることになったんだっけ?”」
「………………あぁっ!?」
◇
バンッ!とドアを開け、踏み込む――しかし、そこに人の姿はない。
自分達は確かに、助けた職人プレイヤーをここに預けていったのに。
気がついて、出て行った――というワケではあるまい。確かに意識のないままこの部屋に放り込みはしたが、状況的に自分が助けられたということはわかったはずだ。安全な場所だとわかる状況で、襲われた直後の人間がさっさとその場を離れたりするだろうか。
だが――もし。
もし、“それでもここを離れなければならない”理由があるとしたら。
もし、“戻ってくる自分達と顔を合わせるワケにはいかない”理由があるとしたら。
もし――
自分達が、彼の正体に気づいたことを悟られていたとしたら。
「…………ビンゴ、だったみたいだな」
「あぁ……」
キリトに答えるジュンイチの顔は真っ赤だ。それは出し抜かれた怒りによるものか、はたまた、キリト達に醜態をさらした羞恥によるものか。
「……宣戦布告早々、出し抜かれたみたいね」
「どちくしょぉぉぉぉぉっ!
マヂ覚えてやがれよ、茅場晶彦ぉぉぉぉぉっ!」
アスナの一言が決定打となり――ジュンイチは、頭を抱えて絶叫するのだった。
NEXT QUEST......
攻略が進み、たどり着いた第15階層で、オレ達は新たな攻略パターンに遭遇する。
現れないボスモンスター。発生するクエスト。
ボスを戦場に引きずり出すための条件を満たすため、オレ達はそのクエストに挑戦することにする。
次回、ソードアート・ブレイカー、
「エリアクエスト」
(初版:2012/10/13)