2004年1月25日 第15階層・カセンガンド――



『………………いない?』
「ん」
 場所は滞在する宿の食堂兼レストラン――声をそろえて聞き返すキリトとアスナに、ジュンイチはそううなずいてみせた。
「昨日、どっかのパーティーが、この階層のフロアボスの部屋らしい部屋を見つけたそうだ」
「ボスの部屋……“らしい部屋”?」
「広さは今までのボス部屋と同等……ただ、天井が今までの部屋とは比較にならないほど高かったらしいけどな。
 そして、奥には今までどの階層のボス部屋にもあった、次のフロアへの扉。
 何より、迷宮区全体のマッピングを済ませた末に見つけた部屋だから、もうそこ以外には考えられないだろう、って……」
 アスナの問いにジュンイチが補足する――その説明に、キリトも腕組みして考え込み、
「確かに……それは見た目だけ考えれば、間違いなくボス部屋だよな?」
「だろう?
 ただ、ボスの姿がどこにもない……誰かに先を越されたにしては、扉もボス未撃破時特有のフラグ未成立状態。
 ボスが隠れて自分達を狙ってるんじゃないかって、警戒しながら待ってもみたけど、交代でボス部屋の外で休みながら一晩夜明かしまでしたのに影ひとつ見えやしない。
 で、仕方ないからとりあえず帰ってきたらしい……それが今朝の話だとさ」
「ボス部屋なのに、ボスがいない……?」
「先にその部屋を見つけたプレイヤーを襲って、部屋の外まで追いかけていった……とか?」
「まさか。フィールドボスと違って、フロアボスはボス部屋からは絶対に出てこない。
 それに、仮にこの階層のボスがそうしてボス部屋から出られるボスだったとしても、一晩中戻ってこない、なんてことがあるか……?」
 アスナの仮説を否定して、キリトはジュンイチへと視線を戻し、
「ジュンイチ……その話、アルゴから聞いたんだよな?
 他に情報買ってないのか?」
「買ってないよー。というか、アルゴにとってもそれが最新情報。それ以上のことは何も知らないらしい。
 売れる情報なら何だろうが売買する反面、情報屋としてのモラルはしっかりした娘さんだからなー、そんなアイツが、みんなの解放のかかった攻略に関する情報の売り惜しみをするとは思えない。情報がない、ってのは、信用していいと思う」
 答えて、ジュンイチは手を軽くパタパタと振ってみせる。
「ただ……とりあえず、今わかってることから二つほど仮説を組み立ててみた」
「その仮説、って……?」
「ひとつ。その部屋はダミーで、他にボス部屋がある場合……ただ、迷宮区全体のマッピングが済んでるって話だから、その場合は隠し部屋だろう。そうとう探さなきゃならないだろうな」
 尋ねるアスナに、ジュンイチは右の人さし指をピッ、と立ててそう答える。
「それに……見つけた部屋にあった次の階層への扉にちゃんと攻略フラグが設定されていた点も気にかかる。
 ダミーに信憑性を持たせるための偽装か、ボスさえ倒せばあの部屋からでも出入りできるのか、ボスを倒した後はそこから出入りしろってことなのか……その点についてはいろいろ可能性はあるから、何とも言えないな」
 続けて中指を立て、Vサイン――カウントの「2」を示す。
「そしてもうひとつ……」



「部屋を見つけただけじゃなくて……他にも、ボス戦に移行するための何らかの条件が必要とされている場合、だ」

 

 


 

Quest.5

エリアクエスト

 


 

 

「……とりあえず、このまま手をこまねいているワケにもいかない。
 そのジュンイチの仮説を検証してみるか」
 ジュンイチの挙げた二つの仮説――そのどちらも、決して否定できるものではなかった。うなずき、キリトがアスナとジュンイチ、二人に提案する。
「まず、状況を整理してみよう。
 とりあえず、アルゴからの情報は、もうこれ以上のものはないと思っていいよな、ジュンイチ?」
「オレが帰った後に改めて情報が持ち込まれたりしていなければ……ね」
「そこを気にしだしたらキリがないさ。
 とにかく、アルゴが情報を持っていない以上、オレ達が自分で情報を集めるしかないワケだ」
「迷宮区を調べに行くの?」
「んー、そっちはそれなりに準備を整えてからにしたいな。
 だから今日は、その“準備を整える”ついでに街のNPCに片っ端から話を聞いてみよう」
「だな」
 アスナに答えるキリトに同意して、ジュンイチは自分の分のサンドイッチを口の中に放り込んだ。



   ◇



 とある町人の証言――

「聞いたか? また行商のキャラバンがモンスターに襲われたってよ。
 本当に、物騒な世の中になっちまったもんだ……」



 とある子供の証言――

「モンスターがよく出るから、街の外で遊んじゃダメなんだってさ。
 僕がもっと大きかったら、モンスターなんてやっつけてやるのに……」



「まったく、最近街の外はモンスターが多くて……
 これじゃ怖くて街の外に出られないわ。誰かなんとかしてくれないかしら……」
「あー、はいはい。
 わかりました。私達の方で退治しておきますから」
 今回も空振りか――自分達の求めるものとはまるで方向性の違う話に適当な答えを返し、アスナは主婦風のNPCを見送った。
「…………ま、そう簡単に情報を持ってるNPCが見つかったら苦労はないわね」
 手分けして聞き込みを始めて一時間。今のところ成果はなし――まぁ、『情報を持っているNPCがいる“かもしれない”』という程度の話で動いているワケだし、あまり期待するのもどうかとは思うのだが。
「そっちは今のところ空振り続きみたいだな」
 と、そこへジュンイチがやってきた――キリトも一緒だ。
「じゃあ、そっちは何か実のある話が聞けたの?」
「あぁ」
 期待を込めて尋ねるアスナに、ジュンイチは自信タップリに胸を張り、
「料理スキルの効率のいい熟練度の上げ方が聞けたよ」
「いきなり聞き込みの方向性見失ってるじゃないの。
後で詳しく聞かせなさい」

 大ボケをかますジュンイチに、アスナは思わず本音をもらしながらツッコんで――
「ま、冗談はさておき、だ」
 今のボケは単なる前振りでしかなかった。気を取り直して、ジュンイチはアスナに告げた。
「お前もあちこちで話聞いて回っただろうけど……その中で、気になる共通点がなかったか?」
「え…………?」
 ジュンイチの言葉に、アスナは今まで聞き込みをして回った中で聞いた話を思い返した。

『また行商のキャラバンがモンスターに襲われたってよ』

『モンスターがよく出るから、街の外で遊んじゃダメなんだってさ』

『最近街の外はモンスターが多くて……
 これじゃ怖くて街の外に出られないわ』

「そういえば……なんだかやたらと『モンスターが出た』って話が多かったわね」
「やっぱりそうか」
 アスナの答えは彼の望むところだったようだ。満足げにうなずくジュンイチの横で、キリトが続ける。
「オレも、ジュンイチも似たようなものだったんだ。
 これだけあちこちで同じような話題が出てくるってことは……」
「……うーん……」
 キリトの言葉に、アスナは腕組みして考え込み、
「………………どういうことだろ?」
「うん、RPGどころかゲーム自体このSAOが初のド素人に的確な意見はハナから期待してないから」
 真顔で聞き返してきたアスナに、ジュンイチはため息まじりにそうツッコんだ。もう一度、彼と交代する形でキリトが説明する。
「あのな、アスナ……こんなにもNPCの間でこの話題が持ちきりになってるってことは、プレイヤーにこの話題に絡ませたがってる……フラグってほどのものじゃないけど、イベントへと誘導してるんだよ。
 そして、たいていのRPGの場合、そういうイベントはゲームの本筋に関わる……攻略に不可欠なイベントであることが多い」
「つまり、それ関係の話題を追っていけばいい……?」
「そういうこと」
 改めてキリトがうなずいて――

「もしもし、お前さん達」

 突然声がかけられた。
 振り向くと、そこには杖をついた老婆の姿があった。
 どう見てもプレイヤーではない、NPCだ。だがNPCが自発的に話しかけてくるとは――
「最近街の外に出没するモンスターについて聞いて回っているというのは、お主達かの?
 ひょっとして、モンスターを退治してくれるのかの?」
「これって……」
「イベントが、進行してる……?」
 老婆の言葉につぶやくアスナとキリトの背後で、ジュンイチはため息をつき、つぶやいた。
「どうやら、聞き込み件数が次のイベントに進む条件だったらしいね……」
 話の内容ではなく、聞き込んだ件数を条件に持ってくるとは――茅場晶彦の変化球ぶりに、改めて文句を言いたい心境であった。



   ◇



「実はこの階層の迷宮区には、ある仕掛けがあってねぇ」
 イベント進行に従って老婆についていくと、なぜか老婆の家へと通された。お茶まで出され、困惑するキリトとアスナ、そして気にすることなくお茶を飲み干し、茶菓子にまで手を伸ばすジュンイチの三人に対し、老婆はそう切り出した。
「最上階には《安らぎの笛》を奉納する祭壇があって、そこから響く笛の音が、この“第一エリア”のモンスター達の気を鎮め、おとなしくさせていたのじゃ」
「《安らぎの笛》……?」
「このクエストのキーアイテムか……?」
 アスナやキリトがつぶやくが、決められたプログラムに従って行動するNPCがそれに応えてくれるはずもなく、そのまま話を続ける。
「しかし、その祭壇の部屋に強力なモンスターが巣くってしまっての。
 しかもそのモンスターが暴れた拍子に、《安らぎの笛》が祭壇から外れ、どこかに消えてしまったらしいのじゃ」
「あー、だいたい話は見えてきたな。
 要するに、その笛を見つけて、元通り祭壇に戻せばいい、と」
「そういうことじゃ」
 直接クエストに関係する話題だったためだろうか、確認するジュンイチの言葉に、老婆は今度はちゃんと反応してきた。
「……頼めるかの?」
 改めて老婆がそう尋ねると、三人の前にクエストウィンドウがポップした。

〔クエスト【安らぎの笛】が依頼されました。受諾しますか?〕

「どうする? キリトくん……
 もう少し情報を集めてからでも……」
「いや……もうだいたいの事情はわかってるし……少なくとも、これがこの階層のクリアに関わるクエストである点だけは間違いない。
 もう受けてしまっても、問題はないはずだ」
 慎重なアスナの意見にそう答え、キリトはウィンドウのOKボタンをタッチして――
「すまないねぇ。
 《安らぎの笛》は、祭壇から外れた後どこぞのモンスターが持ち去ってしまったらしいから、がんばって探しておくれよ」
『早く言えぇぇぇぇぇっ!』
 受諾後に肝心なことを付け加えた老婆に、ジュンイチとキリトのツッコミの声が唱和した。



   ◇



「《安らぎの笛》、ねぇ……
 それがなくなってモンスターが活発化していた――オレがフィールドでの戦闘に加わったのは第2層からだったけど、他のMMORPGに比べてやたらモンスターとのエンカウント率が高い気はしてたんだ」
「オレ達も、これがSAO独自の設定だと思ってたんだけど、まさか15層まで上がってきてその伏線の回収があるとは思わなかったよ」
 老婆の家を後にして、市街へ――老婆の話を反芻し、つぶやくジュンイチにキリトが同意する。
「ってことは……このイベントをクリアすれば、今までの15層も、モンスターとのエンカウント率が下がる……?」
「正確には、『一般的なMMORPGのそれ並に下がる』ってところだろうけどな。
 ったく、そのエンカウント率の高さのせいで2000人以上も死んでるんだぞ。今さら伏線回収とか……」
 キリトに答えて、ジュンイチは不機嫌そうに顔をしかめて頭をかく――その“不機嫌”の理由を察して、キリトは内心苦笑する。
「というか……オレは話にあった“第一エリア”っていうが気になったんだけど」
「第一……最初のエリア……
 今までの15層が、その第一エリアだったっていうこと?」
「そして、その最終層ではボス攻略と同時にエリア解放のクエストが待っている……まさにRPG、な展開ではあるけど、いざ実際にやらされると面倒くさいことこの上ないな」
 今度はキリトのつぶやきにアスナが聞き返し、そのやり取りにジュンイチがため息をつく。
「今までの15層が第一エリア、ってことは……アインクラッドが全100層だから……単純計算で15層ごとに六つ、端数の10層でひとつとして、アインクラッド全体が全部で七つのエリアに分けられているってことか……」
「そしてその第一エリアではモンスターエンカウント率が高めに設定されていた……
 ひょっとしたらこの先の、残る六つのエリアも何かしらの共通点というか、特性があるのかもな……」
「第一エリアでこれだぜ? まだ六つもあるとか、あんまり考えたくねぇんだけどな……」
 返してくるキリトの言葉はこの先の展開を不安視させるのに十分すぎた。ゲンナリした様子で、ジュンイチは思わず肩を落とす。
「でも……今回のクエスト、どうするのよ?
 どこぞのモンスターが持っていっちゃった……なんて笛、どうやって探せっていうのよ?」
「うーん……
 さすがに、この階層から持ち出された、ってことはないと思うんだけどなぁ……」
 だが、問題はそこではない――問題点を指摘するアスナに、キリトは思わず頭を抱えた。
「たったこれだけの情報じゃ、どこに《安らぎの笛》があるのかわかりゃしない。
 やっぱり、さっきアスナが言ったみたいにもう少し情報を集めるしかないか?……ひょっとしたら、あのおばあさんの話を聞いたことで次の話のフラグが立ったNPCがいるかもしれないし」
 これからの行動を検討し、キリトがつぶやくが、
「いーや、それには及ばねぇよ」
 言って、ジュンイチは二人を先導するように歩き出した。
「って、ジュンイチ……?」
「どこに笛があるか、わかったの……?」
「仮説でもいいなら、ね。
 少なくとも、次の聞き込みはその可能性が外れとわかった後でもいいだろ」
 尋ねるキリトとアスナに、ジュンイチは笑ってそう答える。
「ここまで攻略してきてわかったろうけど、このSAOのモンスターってのは、だいたいモデルになった動物の生態を忠実になぞってるだろう?
 それも、実際の生態じゃなく、誤解、迷信も含めた“俗説的な部分の生態”を優先して」
「あ、あぁ……」
「そこは否定しないけど……それがどうかしたの?」
「この階層に、いたはずだぞー。
 現実世界でもとにかく何かを拾って巣に持ち帰る、そんな迷惑なヤツが……ね」
 ジュンイチの言葉に、キリトとアスナは顔を見合わせて――
『………………あぁっ!』
 同時に気づいた。



   ◇



第15階層・黒威こくいの森――



「…………いた」
 第15層の一角、森林系のフィールド――その奥底にそれを見つけ、ジュンイチは満足げにうなずいた。
 彼らの周りでは、真っ黒な影が無数に飛び回っている――カラス型モンスター、レイダークロウ。この階層から姿を見せた、アインクラッド初の飛行型モンスターである。それが群れをなして上空を埋め尽くしているのだ。
 初登場の階層で強調されているのか、他のフィールドでもたまに見かけるモンスターだが、ここは特に多く見られる。そのため、この森は早くからレイダークロウの巣であろうと目されていた。
「確かに、カラスだったら笛とか持ち去っていてもおかしくないけどさ……
 その上コイツら、“略奪者レイダー”なんて名前までつけられてるし」
「けど、問題はその《安らぎの笛》がどこにあるか、よ。
 まさかこの森をしらみつぶしに探せって言うの?」
「さすがにそれはねぇだろ、それは」
 キリトと共にうめくアスナだが、ジュンイチはそんなアスナの言葉を否定した。
「クエストとしてイベントが指定されている以上、フィールドのどこかに落ちてる、とかじゃなくて、もっとハッキリした入手法があるはずだ。
 たとえば……特定モンスターのドロップアイテム、とかさ」
「まさか……ジュンイチ、ここのフィールドボスが、その《安らぎの笛》をドロップすると思ってるのか?
 もっと言うと、今回のクエストのフラグを立てたことで、フィールドボスのドロップアイテムに《安らぎの笛》が設定された……と?」
「可能性は高いと思うぜ」
 尋ねるキリトに、ジュンイチはあっさりと肯定を示した。
「ここが本当にレイダークロウの巣なら、ここのフィールドボスはその親玉と考えるのが自然だ。
 つまりはより上位のカラス型モンスター。いかにも《安らぎの笛》を持ち去って、ドロップアイテムとして所持していそうなヤツじゃないか」
「けど、どうやってそのフィールドボスを探し出すのよ?
 どのフィールドでも、ボスの出現率はかなり低いのよ? 何日も根気よくここでボスが出るのを待つっていうの?」
「まさか。
 ちゃんと対策考えて、十分な備えはしてきたよ」
 苦言を呈するアスナだったが、ジュンイチにとってはそれも予想の内だったのか、あっさりとそう答えた。
 そして、アイテムウィンドウを操作し、あるアイテムを実体化させる。
 掌大の小箱だ。それを手にアスナへと向き直り、
「アスナ……これを」
「これって……?」
 とりあえず受け取り、アスナは箱を開いてみて――
「………………え?」
 固まった。
 なぜなら、そこに入っていたのは――



「…………指輪?」



 そう。箱に収められていたのは、きれいな宝石をあしらった指輪であった。
「――って、じ、ジュンイチくん!?」
「じ、じじじ、じじじじ、ジュンイチ!?」
「んー、まぁ、“そういうこと”だよ」
 いきなり異性からそんなものを渡されて、動揺しないはずがない――思考が一気に沸騰したアスナや、ジュンイチの突然の行動に驚くキリトに対して、ジュンイチはぷいと視線をそらした。
「そ、そんなこと言われても、こんな急じゃ心の準備ってものが……
 それに、何もこんな時に――」
 これが現実なら、今頃自分の心臓は弾け飛びそうなほどに激しく脈打っていたことだろう。指輪を手に、アスナは頬を染めてつぶやいて――
「…………『こんな時に』?」
 自らのつぶやきで、気づいた。
 そうだ。そもそもどうしてジュンイチはこんな時にこんなものを渡した?
 自分達は、ここに何をしに来た?
 自分達は、何を相手にしようとしていた?
 そして――ジュンイチが視線をそらしたのが決して照れなどではなく、“罪悪感からきた行動だったとしたら?”
 火照った思考はあっという間にイヤな予感へと変じた。顔を上げるアスナに対し、ジュンイチは視線をそらしたまま、
「いや、ほら……お前なら服装白系だからさ。
 その上宝石でも持たせれば……ねぇ?」
「それって、まさか……」
 ジュンイチの言葉は自分の“予感”を“確信”に変えた。恐る恐る視線を頭上に向けて――



 真っ黒な集団が急降下してきていた。



「っきゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 間違いない。あれはレイダークロウの群れで――ジュンイチが指輪、より正確には宝石なんかを用意したのは、光物を集める習性を持つと言われるカラス、それをモチーフにしたレイダークロウを引きつけるためで。
 そして宝石を自分に持たせたのも、白系統の服装の自分に宝石という組み合わせがこの上なくカラス達の目を引くだろうと判断したためで。
 まぁ、要するに――自分はオトリにされたのだ。あわててきびすを返して、アスナは怒涛の勢いで迫り来るカラスの群れから逃げ出す。
「ち、ちょっと、ジュンイチくんーっ!?」
「あー、そのまま引きつけろー。オレとキリトで露払いはやってやるからー」
「いつまでよーっ!?」
「そんなの、作戦が次の段階に進むまでに決まってるだろー。
 はいはい、無駄口叩いてないで、れっつだーっしゅ」
「バカぁぁぁぁぁっ!」
 ジュンイチに言い返し、それでもアスナは全力で走る――別にジュンイチに従ったからではない。そうでもしないと、本当に追いつかれそうだからだ。
「いやー、さすがはAGI極振りのアスナだな。カラスの群れから走りで逃げ切ってやがる」
「って、感心してる場合じゃないだろ!」
 のん気に笑うジュンイチに言いながら、キリトは剣を抜いて彼女の援護に向かう。
「アスナ!」
 アスナを追うレイダークロウの群れの先頭、その目前を横切る――その瞬間に一撃を見舞い、先頭の数羽をまとめて叩き落とす。
 元々レイダークロウ自体それほどHPの高いモンスターではない。攻撃力もこの階層のモンスターとしては低めで、脅威と言えるのは自分達の手の届かない空を主戦場としていることぐらい。ビーターとして効率よくレベリングを繰り返し、十分すぎるほどの安全マージンを維持しているキリトなら、間合いに捉えることさえできれば一撃で撃破できる相手だが、いかんせん数が多すぎる。
 さすがに100は超えていないだろうが、それでもこの群れを倒しきるのは骨だと、アスナを守ってその後ろを走りながら内心冷や汗を流すが、
「言ったろ――『十分な備えはしてきた』って」
 そんな言葉と同時――キリト達とレイダークロウの群れとの間に“それ”が広がった。
 “それ”はこちらに向けて突っ込んできたレイダークロウの群れに対し、包み込むようにその突進を受け止めた。しかも、“それ”のアイテムとしての効果なのか、たった一投げで一羽残らず――と、そこでようやく、キリト達は“それ”の正体に気がついた。
「…………網?」
「これ、ひょっとしてカセンガンドのプレイヤーショップで売られてたヤツ……?」
 そう、投網だ。キリトが、アスナがつぶやき、思い出す――新しい装備がラインナップされていないかと立ち寄ったあの街のプレイヤーショップで、雑貨カテゴリの商品リストにあったものだ。
 あの時は用途がわからず「なんでこんなものが」と軽く話題になっただけで終わった。その後特に必要となる場面もなかったからそのまま二人の頭からは忘れられていたのだが――まさかこのためだったというのか。
「いやぁ、愉快アイテムも、とりあえず買っておくもんだね。
 おかげで、突発的に必要な局面にぶつかっても容易に対処できる」
 そして、その投網を使ったのはもちろんこの男――キュッ、と投網の口を閉め、レイダークロウの群れを文字通り一網打尽にしてしまったジュンイチは満足げにうんうんとうなずいてみせた。
「何より、アイテムストレージのおかげで持ち歩いてもかさばる心配ないし。
 ビバ、SAO! アリガトウ茅場晶彦ーっ!」
「こっちが大変な思いをしてるそばで、この男は……っ!」
「まぁまぁ」
 どこか方向性のおかしいテンションと共に叫ぶジュンイチに、無事逃げ切ったとはいえさんざんな目にあわされたアスナの全身から怒りのオーラが立ち上る。
 そんなアスナをなだめるキリトも慣れたものだ――まぁ、しょっちゅう繰り広げられている流れだから、対応に慣れてしまうのも仕方のない話だが。
「まったく……こんなのいつまで続ければいいのよ……」
 とはいえ、根はマジメなアスナには「さっさと指輪を放り出してオトリ役を放棄する」という発想はないらしい。あきらめ半分にそうボヤいて――
「あぁ、もういいよ。お疲れさん」
 あっさりとした答えはジュンイチから返ってきた。
「『作戦が次の段階に進むまで』――そう言ったでしょ?
 だからもうお役御免。仕込みの第二段階は終わったし、後はオレとキリトで十分だから、ゆっくり休んでていいよ」
 そう答えると、アスナに液体入りのビンを手渡す――ダメージを受けたワケではないので当然回復ポーションではない。嗜好品としての、ジュースの入った普通のドリンクボトルである。
「『仕込みの第二段階』って……まさか、その大量に捕獲したレイダークロウか?」
「あぁ。
 カラスって、けっこう仲間意識強いからなー。それがボスともなればなおさらだ。光物ちらつかせるより、こっちの方がよほどエサになる」
 キリトに答えると、ジュンイチはふと気づいてアスナに告げる。
「あー、アスナ。
 その指輪、くれてやるからさっさとアイテムストレージに放り込んどいた方がいいぞ」
「え…………?」
「いくら同族ってエサを用意したからって、まだ光物に惹かれない可能性はゼロじゃない。
 着けっぱなしにしててまた襲われても、今度は責任持たないからな」
「わ、わかったわよ……」
 ジュンイチに言われて、アスナは指輪に手をかけて――



 ジュンイチの視界からその姿が消えた。



「………………え?」
 当のアスナも、一瞬何が起きたかわからなかった――が、すぐに気づく。
 足の裏から地面を踏みしめる感覚が消え、同時に自分の両肩が強い力でつかまれていたからだ。それだけで、何が起きたのか明確に理解できた。
 恐る恐る頭上を見上げて――そこに予想通りの存在を確認。その顔から血の気が引いた。
 自分の両肩をつかんで上空にかっさらう、そんなことができるほどに巨大な一羽のカラスだ――当然のようにその頭上には《The Bundit Crow》との名が表示されている。
「……あ、そっちに行ったか」
「って、何のん気なこと言ってんのよ!?」
 一方、地上に取り残されたジュンイチからは、ようやく気づいたかのように、今さらそんなコメントがもれていた。バンディットクロウにつかまったまま、アスナがツッコミの声上げる。
「早くなんとかしてよ!
 私は両腕つかまれててどうしようもないんだから!」
「いやー、そんなこと言われてもなー」
 頭上のアスナの言葉に、ジュンイチは困ったように頬をかき、
「なんつーの? 手を出せないっつーか、出さないっつーか……“出すまでもない”っつーか」
「え………………?」
「だってさ……」







「お前の頼れる“騎士ナイト様”が、とっくに騎乗済みだから」







 ジュンイチがそう告げた瞬間――アスナの頭上で何かを叩き斬る音がした。
 同時、バンディットクロウが悲鳴を上げ、姿勢を崩した。完全にバランスを失い、地面に向けてきりもみ状に回転しながら落下。その拍子にアスナが空中に放り出される。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
 ワケがわからないまま地面に落下、アスナが悲鳴を上げ――



「アスナ!」



 自分を呼ぶ声と共に、その右手をつかむ者がいた。
「キリトくん!?」
「捕まれ!」
 そう、アスナがさらわれた瞬間バンディットクロウの背中に飛び乗り、その背中に一撃を見舞ったキリトだ――アスナの身体を引き寄せ、自分の身体をクッションにしようとしっかりと抱きかかえる。
 一方、キリトの一撃でバランスを失い、墜落するかに見えたバンディットクロウだが、すぐに体勢を立て直し、落下するキリト達の後を追う。
 その両足でキリトの身体を引き裂こうと狙う――が、直前で気づき、身を翻して自らを狙った刃をかわす。
「くそっ、すばしっこいヤツだなぁ、おい!」
 ジュンイチだ。近くの木の上から跳躍し、バンディットクロウを狙ったのだ。回避し、バンディットクロウが距離を取る中、キリトとアスナは木々の間に落下していく。
「キリト、アスナ!」
「わ、私は大丈夫!」
「オレもだ!
 けど、木の枝が引っかかって……っ!」
「りょーかい!
 だったらしばらくそこで休んでろ!」
 二人の無事を確認すると、ジュンイチはバンディットクロウをにらみつけ、
「ここまで二人に働かせちまったからな……ここからは、オレが引き受けてやらぁっ!」
「ジュンイチくん!」
 アスナが声を上げるが、ジュンイチはかまわずバンディットクロウにピックを投擲。その攻撃に反応したバンディットクロウがジュンイチへと狙いを定める。
「ったく、あのバカ……またひとりで!」
 自分達を放り出してひとりでバンディットクロウに挑むジュンイチにキリトが声を上げるが、
「よく見とけ!」
 そんなキリトを制し、ジュンイチはバンディットクロウの上空からの突撃を回避する。
「お前らにとっちゃ、この階層まで対空戦経験ゼロだったろうが!
 ここでちゃんと……さばき方、見て覚えろ!」
 再度の突撃をかわし、刃を振るう――が、かわされる。
 タイミングが合わずに空を斬るのをスキと見たか、バンディットクロウが空中で素早く反転して――
「今の空振りが誘いだと気づけ……ってのは酷な話か」
 反転してこちらに腹を向けたその瞬間――その翼の付け根、人間で言うところのわきの下にジュンイチの投げつけたピックが突き刺さっていた。



   ◇



「ジュンイチ……」
 ピックを当てられ、バンディットクロウに設定された戦闘意欲値が増した――要するに、頭にきたようだ。上空からの突撃の頻度を増すが、ジュンイチはそれを冷静にさばいていく。
 もちろんピックでの反撃も忘れない――それどころか、剣でのカウンター狙いも少しずつタイミングが合い始めている。この分なら、確実に当てられるようになるのも時間の問題だ。
 そして――その様子を、キリトは一挙手一投足見逃すまいと見つめていた。
 ジュンイチに言われた通り、彼が空から襲いくるバンディットクロウを相手にどう立ち回るのか、その戦いからひとつでも多くのことを学ぶために。
(……やっぱり、手馴れてる。
 ジュンイチは……あんな戦いを、このデスゲームが始まる前からずっと続けてきたのか……!?)
 その一方で考えるのは、ジュンイチの“これまで”のこと――“自分達の出会う前の”、SAOにログインする前の、リアルでの足跡。
 突如として世界の表舞台に姿を現し、その力で猛威を振るった異形の存在、“瘴魔”――そしてその瘴魔が表に出てきてからの一年間に渡る戦い、“瘴魔大戦”を戦い抜いた特殊能力者“ブレイカー”。
 ジュンイチがそのひとりであることは、以前本人が軽くもらしたことがある。そして、異質な相手との戦いにあまりにも精通“しすぎている”彼の戦いぶりは、それが“成りすまし”でもなんでもない、事実であることを証明してきた。リアルのことを詮索するのはマナー違反だとわかってはいたが、彼がブレイカーのひとりだったという事実に疑う余地はなかった。 
 自分達の知らないところで、ジュンイチはずっと戦い続けてきたのだ――そして今も、自分達のためにこのアインクラッドで戦っている。
 自分と大して歳は違わないはずだというのに、ジュンイチはその肩にどれだけのものを背負っているのか、キリトには想像もつかないが――
(だからって……ジュンイチにばっかり頼ってられない……っ!)
 それを理由に、ジュンイチにすべてを委ねるなど、キリトにはとうていガマンならなかった。
 自分だって、これまでの15層をジュンイチやアスナと共に戦い抜いてきた。元々人との深い付き合いを好まないキリトだが、出会ってから今日この日まで一度だってパーティーを離れた日はなかった。
 それだけの仲間意識を、今の仲間に対して抱いているのだ。ジュンイチひとりに負担を押しつけて、いい気分なワケがない。
 ジュンイチと自分達との間に、レベルの差はもうほとんどない。両者の間に差があるとすれば、それは経験であり――ジュンイチはその経験を、自分達に伝えようとしてくれている。
 自分達が、これからもジュンイチと共に戦っていけるように。ならば――
(学んでやるよ……お前の戦い方!
 そして追いついてやる……いつまでも、前を走っていられると思うなよ、ジュンイチ!)
 絶対に、彼と肩を並べてやる。共に戦う“仲間”として――いつか共に並び立つ日のため、キリトは決意も新たにジュンイチの戦いぶりをしっかりと見つめる。
「そらよ、っと!」
 前々回より前回、前回より今回――キリトの視線の先で、ジュンイチの手ごたえは着実にしっかりしたものになってきている。
 もう何度目になるかわからない攻防を経て、またしてもジュンイチの振るった剣がバンディットクロウの身体をかすめる。
(なかなか当てられない……相手も粘るな……)
 しかし、相手もよくしのいでいる。モンスターのAIに感情など望むべくもないが、一度でももらえばそこから一気に崩されることは容易にシミュレートできているのだろう。
 だが、それでも合わせていけるのがジュンイチだ。数度の交錯を経て、ついに突っ込んでくるバンディットクロウに対し完璧なタイミングでカウンターの斬撃を繰り出す。
(よし! タイミングドンピシャ!)
 これは当たる――バンディットクロウの攻撃を見切り、見事なカウンターを繰り出したジュンイチの姿に、キリトが直撃を確信し――



 空を薙いだ。



「な…………っ!?」
 完全に捉えたと思われたジュンイチの一撃が、かわされたのだ――直前で身体を浮かし、バンディットクロウはジュンイチの斬撃をまさに紙一重でかわしていた。
 そして――その瞬間、キリトは気づいていた。
 バンディットクロウが、ジュンイチの動きををしっかりと視認していたことを。つまり――
(偶然じゃない……ジュンイチの剣を、正確に見切ってかわしたのか!?)
 動きを見切ろうとしていたのはジュンイチだけではなかった。バンディットクロウの側も、何度も繰り返した交錯の中でジュンイチの斬撃を観測、集めたデータをそのAIが分析し、ジュンイチのとり得る攻撃を予測してみせたのだ。
 試行の繰り返しと分析、形は違えど経験則によってどちらも相手の動きを読み合い――その結果、バンディットクロウの方が読み勝った。ジュンイチもここでかわされたのは予想外だったのか、その顔に驚きの色を浮かべている。
 そんな彼に、反転し、再度の強襲をしかけたバンディットクロウが体当たり。防御が間に合い、ガードしたジュンイチだが、衝撃に負けて吹っ飛ばされる。
 地面を転がりながらもなんとか受け身を取って立ち上がるジュンイチだが、そんな彼の身体を引き裂くべく、バンディットクロウがすかさず両足で襲いかかり――
「なめん、なっ!」
 とっさに身をひねり、かろうじて直撃を避けるが、左足の爪が肩をかすめ、衝撃でジュンイチの身体が跳ね飛ばされ、再び地面を転がる。
「ジュンイチ!」
「危ない!」
 キリトやアスナが声を上げる中、バンディットクロウが立ち上がりかけたジュンイチへと襲いかかる。
 今まで見せたバンディットクロウの攻撃の中でもっとも威力の高いと思われる攻撃、全身を弾丸と化しての体当たりだ。ジュンイチとの距離があっという間に詰まっていき――



「そいつを待ってた」



 その言葉と共に――ジュンイチの口元に笑みが浮かんだ。
 ふらついていたように見えたその身体が、突如その動きを止める。迫る漆黒の巨体に向け、いつの間にか逆手に持ち替えていた剣をかまえる。
 そして両者が交錯、衝撃音が響き――吹っ飛ばされたジュンイチが大地を転がる。
「ジュンイチ!」
「っ、てて……大丈夫だ。ちょっち勢いに負けただけ」
 名を呼ぶキリトに答えて、ジュンイチはぶつけた腰をさすりながら身を起こし、
「それより……詰んだぜ」
 言って、ジュンイチが視線を後方に向けた、ちょうどその時、バンディットクロウの巨体が地面に墜落した。
 次いで、何か黒く平たい何かが地に落ちる――それがポリゴンの塊となり、砕け散るのを見て、ようやくそれが“斬り落とされたバンディットクロウの右の翼”だと気づく。
「陸から空戦系の相手に対抗する手段は、結局のところ一点に集約される。
 すなわち『地面に叩き落とせ』だ――もちろん、相手によってその方法はいろいろ考える必要があるけどな」
 そうキリトとアスナに答え、ジュンイチは順手に持ち直した剣の腹で自らの肩をトントンと叩く。
「たとえば、今の流れで言えば、オレはわざとコイツの誘いに乗った。
 知恵が回ることで有名なカラスがモチーフなんだ。こっちの斬撃を学習してかわしてくるぐらいのことは予想してた――もっとも、オレの予想よりもだいぶ早く仕掛けてきたのは、さすがに驚いたけどな」
 なるほど、剣をかわされた時の驚きの表情はそういうことか、と話を聞いたキリトが納得する。
「だけど、所詮は獣ベースのAI。知恵は回っても駆け引きは甘い。
 攻めどころを見せてやればたちまちそこをついてくると思ったぞ――案の定、攻撃をかわされて崩れたオレに対して一気に仕掛けてきた。ならそのままもっと大きなスキを“演出”して、トドメの大技を誘ってそのスキをつけばいい」
 言って、ジュンイチがバンディットクロウへと向き直り――
「ガァァァァァッ!」
 バンディットクロウがしゃがれた声で一鳴き。残された左の翼で羽ばたき――そこから多数の羽が、付け根のとがった部分をジュンイチに向けて放たれる!
 が――
「羽手裏剣とか――お約束の攻撃をありがとさんっ!」
 ジュンイチには読まれていた。衝撃波を伴う水平斬り系ソードスキル《ホリゾンタル・ストーム》で羽手裏剣の第一波を迎撃。巻き起こった土煙に乗じて移動し、後続の第二波も回避する。
「ここにきて使うってことは、飛んでる間は使えないのか、余裕ぶっこいて使わずにいたか――どっちにしても、片翼分だけじゃ弾幕薄いよ! 何やってんの!」
 なおも羽手裏剣を放つバンディットクロウだが、ジュンイチはそのことごとくをかわしてバンディットクロウに肉迫し、
「ガァァァァァッ!」
あめぇっ!」
 こうなったら接近戦だとばかりにくちばしで突いてきたバンディットクロウにカウンターの蹴り上げ。くちばしを粉砕すると、左の翼も斬り落とす。
「中途半端な追い込みで勝負を焦ったのが、お前の敗因だよ!」
 さらに地面スレスレの水平斬りで両足も断ち切る。支えを失い、倒れるバンディットクロウから距離を取り、
「“トドメの一撃”ってぇのはな……こうやって撃つんだよ!」



「《バーチカル・ディバイド》!」



 必殺技として好んで使用している、ソードスキルによる唐竹割りが、倒れるバンディットクロウに叩きつけられる!
 四肢にくちばし、武器に使えるすべてを失い、瀕死だったバンディットクロウのHPバーが全損する――ジュンイチはその場でクルリときびすを返し、そろえた右の人さし指と中指で天を指し、
「Finish――completed.」
 告げて、天を指した指を地面に向けて振り下ろす――同時、バンディットクロウの巨体は砕け散り、無数の青い輝きと化して散っていった。



   ◇



「………………ふぅっ」
 息をつき、ジュンイチは剣を軽く振るい、腰の鞘へと収める。
「さて、と……」
 だが、今回はボスを倒して終わり、というワケではない。すぐに傍らに表示された獲得ボーナスの確認画面へと視線を向け――
「………………あった」
 経験値、資金のさらに下の段、ドロップアイテムの獲得通知欄にはハッキリと目的の品――《安らぎの笛》の名が記されていた。
 試しに実体化してみる――手の中に現れたのは、木でできた横笛だ。
「ジュンイチのカン、大当たりだったみたいだな」
「まぁな」
 合流してくるキリトに答え、ジュンイチは横笛をアイテムストレージに戻し、ウィンドウを閉じる。
「これで、このフロアのボス戦に入ることができる……
 なら、さっそく攻略に……」
「待てよ、アスナ。
 『さっそく』って、オレ達だけでボスを相手にしろっていうのか?」
 ボス攻略の準備が整ったとはやるアスナだったが、そんな彼女をキリトがたしなめる。
「まずはいつも通りボス攻略パーティーの結成を待とう。
 ボス部屋が空っぽだって話はもう広まってるだろうけど、攻略のフラグが立ったって情報が流れればすぐにでも呼びかけが始まるはずだ」
「だな。
 とりあえず、アルゴのヤツに情報を売りつけておこうぜ。アイツに知らせておけば、すぐにでも話は拡散するだろうよ」
 キリトにうなずくと、ジュンイチは頭上を見上げた。立ち込める雲の上にかすかに見える天井――第16層の基盤を見つめ、考える。
(とはいえ……こんな手間をかけさせられるフロア攻略なんて初めてだ。いくら第一エリアの最終戦だからって……
 他にも何かある……そう思っておくのが、妥当だろうな……)



 そんなジュンイチの予感が当たるか否か。

 その答えが出るフロア攻略まで、あと数日――


NEXT QUEST......

 

 ついに始まる第15層攻略。

 それはこれまでの15層を総括する《第一エリア》の最終決戦。そんな戦いにふさわしい、強大なボスがオレ達の前に立ちふさがる。

 鍵を握るのは《安らぎの笛》。そして――

 

次回、ソードアート・ブレイカー、
「響け、安らぎの笛」


 

(初版:2012/10/21)