《ALF》……正式名称《アインクラッド解放軍》。
このデスゲームが開始されて間もなく、有志のプレイヤー達によって結成されたある種の自警組織が元となり、《軍》という単純な呼び名を経て誕生した、単独としては現時点で最大規模を誇る攻略ギルドである。
「自分達こそがアインクラッドを攻略してプレイヤー達を解放する」という理想を掲げ、20層前後から攻略に介入してきた彼らは、それまでの階層を懸命に突破してきた攻略組への合流を拒んだどころか、「むしろ自分達に従え」とばかりに高圧的な態度を見せ、幾度となく衝突を繰り返してきた。
規律に従って一組織として成立したALFは攻略組を『烏合の衆』と笑い、ギルドの壁を越えて力を結集させることでこれまでのフロアを攻略してきた攻略組はそんな彼らに『独りよがり』と反発する。
ダンジョンで、ボス攻略でかち合う度、衝突は繰り返され――両者の関係は悪化の一途をたどっていた。
◇
2004年3月10日 第25階層・キュラドロス――
「――なんだと!?」
唐突にされた要求――否、“命令”に、攻略組のプレイヤーのひとりが怒りの声を上げた。
だが、そんな彼ににらまれようと、“命令”の主は平然としたものだ。彼の怒りをフンと鼻で笑い飛ばし、改めて告げる。
「今言うた通りや。
ボス部屋前の座標を設定した回廊結晶を、ワイらに引き渡せ」
関西なまりにいがぐり頭――かつてキリトやジュンイチが“ビーター”を名乗るきっかけを作った男、キバオウである。
しばらくフロア攻略に顔を出さなくなっていた彼は、《ALF》の前線隊長となって再び攻略組の前にその姿を現した。そして今日も、部下を引き連れて攻略組の作戦会議の場に現れ、ボス部屋の前まで転移できるよう設定した回廊結晶の引き渡しを要求してきたのだ。
回廊結晶というのは、転移結晶の上位版とも言える転移アイテムだ。原則的に街の転移門への、個人単位での転移しかできない転移結晶と違い、街中だろうがダンジョンの奥深くだろうが、実際にその場に行って座標を登録しておけばそこが転移およびクリスタル系アイテムの無効化エリアでない限り転移が可能。しかも転移方法がゲートを展開してそこを通っていく方式であるため、ギルド単位の人数でも一度に転移させられるという利点がある。
もちろん便利な分高価で、そうそう使えるアイテムではないのだが――第16階層以降の“第二エリア”においては存分にその存在価値を示していた。
というのも、第二エリアのエリアテーマが“冒険”であるためだ ――迷宮区はもちろん、ダンジョンや、果ては通常のフィールドまでもがスーパーマリオやインディジョーンズもびっくりというアスレチックや仕掛けの嵐。その上モンスターまで出没するのだから、ただ抜けていくだけでもかなりの疲労を伴ってしまう。
そのため、第二エリアに入ってからは先遣隊がボスの情報を集めると同時にボス部屋の前で回廊結晶に座標を登録。本命の攻略の際はそれを使い、途中の仕掛けをショートカットして一気に攻め込むという流れが迷宮区攻略の基本パターンとなっていた。
そして――キバオウ達は、そうやって苦労して座標を登録してきた回廊結晶を、自分達によこせと言ってきたワケだ。
「お前……先遣隊が座標を登録してくるのにどけれだけ苦労してると思ってる!?」
「そんなん知るかい」
別のプレイヤーがくってかかるが、キバオウは「だからどうした」とばかりにその言葉を跳ね除けた。
「アインクラッドはワイらが攻略する。お前らの出る幕はない。
出る幕のないヤツらが持っていてもしゃあないやろ。せやから、ワイらが有効に活用したるって言っとるんや」
「てめぇ……っ!」
平然と自分達を無用の長物扱いしてくるキバオウの言葉に、攻略組の面々から怒りの声が上がり――
「一方的によこせ、っつーのは、ちょいとフェアじゃないんでないの?」
そんな両者の間に割って入り、キバオウに告げたのはジュンイチだった。
“ビーター”であるジュンイチの登場に、攻略組、《ALF》双方がざわつく――が、その内の何人かからは共通のつぶやきがもれていた。
すなわち――
『また始まったよ……』
それは、この展開が今回が初めてでないことの証――実際、過去の両陣営のいさかいにおいても、キバオウの挑発に対しジュンイチがやり返し、この二人のにらみ合いに発展したことが何度もあったのだ。
「そうさな……ボス撃破の経験値と資金はくれてやる。代わりにボスのドロップとラストアタックボーナスはオレ達に提供してもらおうか。回廊結晶はそれらの品と交換ってことで」
「ふざけんな。
ボス撃破はワイらに任せて、自分らは苦労せずにレアアイテムだけかっさらおうって魂胆かい」
「まさか。
正当な対価だよ――オレ達は危険を冒してボス部屋まで跳べる回廊結晶を用意した。そしてお前達はそれを使ってより危険なボス攻略に挑み、これを果たす。
より危険を冒すお前らには“獲得資金”と“経験値”の二つを得て、オレ達は“アイテム”だけ――ほら、妥当な取引じゃないか」
言い返してくるキバオウだが、ジュンイチは平然とそう返す。
「まぁ、別に“アイテム”の代わりに“獲得資金”でもいいんだぜ?
けどさ、“アイテム”を選んだはお前らのためでもあるんだぜ――だって、ほら、ヘタに強力なレアアイテムなんてドロップしてみろ。誰が手にするかでモメて内紛勃発ものだぜ?
その点、資金ならみんなで分け合えるから公平だ――内輪もめの種をこっちで引き受けてやるんだ。品物の価値プラスアルファのメリットがあるとは思わないかい?」
「もっともらしいこと言うても、その手には乗らんで。
うまいことメリットを並べ立てて『どっちを渡すか』な話に持っていこうとしとるんやろうけど、そうはいかん。アイテムも経験値も資金も、全部ワイら《ALF》がもらう」
「おや、それは残念。
なら回廊結晶の提供の話もなしだな」
「それは関係ない。よこせ」
「だから、今提示した条件を呑むならくれてやるって」
最初のシンプルなやり取りに戻り、両者の間に火花が散る――やがて、フンと鼻を鳴らし、キバオウの方が身を引いた。
「もうえぇ、頼まんわ。
お前らみたいな自分達だけがよければいい、なんて連中なんぞあてにしたワイらがバカやったわ」
「だったらもう二度と顔を見せんな。うっとうしい」
「そうしたいなら方法は簡単や。
お前らこそ、二度と攻略に出てくんな――アインクラッドは、ワイらが攻略する」
改めてジュンイチに、攻略組の一同に告げて、キバオウは部下を連れて去っていった。
彼らが去り、場がひとまずの静寂に包まれる――クルリと振り向き、ジュンイチは攻略組の一同に向けて告げた。
「あんまりうっとうしいから、ちょっといぢめちゃったZE☆
ま、アイツらに再三狩場占領されてるせいでこっちの面々のレベリングにも支障をきたしてるワケだし、このくらいのイヂワルは許されるよねー♪」
そんなジュンイチの言葉に、一同はしばし顔を見合わせて――
『Good Job.』
「Thanks.」
全員きれいにそろってのサムズアップに、ジュンイチも同様にサムズアップで返すのだった。
Quest.7
クォーターポイント
「……ってことがあったらしいね、キー坊」
「誰から情報を仕入れたかは知らないけど、相変わらず耳が早いことで……」
攻略会議の後、街のNPCカフェで休んでいたところに偶然出会い、軽く話してみたらつい先ほど繰り広げられたばかりの《ALF》との諍いの話――ため息をつき、キリトは目の前の相手が来る前から飲んでいたジュースを改めてすすった。
「はっはっはっ、何言ってるのサ。
この程度、情報屋としては当然のたしなみダヨ」
対し、正面の席でどこか独特のイントネーションで話す、マンガで描かれるネズミのヒゲを思わせる三本ラインを頬に描いている少女の名はアルゴ――そのペイントから“鼠
のアルゴ”の二つ名で知られている情報屋だ。
デスゲーム開始直後に出回っていた例の“ベータテスター印のガイドブック”の著者が彼女であることは、すでに暗黙の了解として多くのプレイヤーが知るところ――すなわち、彼女もまたベータテスターのひとりだ。もっとも、ベータテストで行き着けなかった現在の攻略状況においても情報屋業界No.1の地位を守り続けている辺り、その腕前は本物だったと言うべきなのかもしれないが。
そして――こうして普通に話しているところからもわかる通り、キリト、そしてアスナやジュンイチとも顔なじみ。情報屋とプレイヤーという関係からも、アルゴにとって上得意のひとりだったりする。
「けどね……キー坊、ひとついいかな?」
「何だよ?」
「こうも毎回同じようなオチだと、情報の商品価値が薄れるんだヨね。
次はもっと趣向を凝らした撃退の仕方をするようにジュンイチに言っといてくれヨ」
「……かんべんしてくれ。
アイツにそんなこと言おうものなら、悪ノリしてそれこそ何をしでかすかわかったものじゃない」
アルゴの言葉に「こんな話でも需要があるのか……」と半ば戦慄しながらそう答えておく。
「にしても……キー坊がひとりでこんなところでヒマしてるなんて珍しいネ。
ジュン坊やアーちゃんはどーしたのサ?」
「アスナは消耗品系アイテムの買い出し。ジュンイチは同じく買い出し。ただしこっちは偵察隊への差し入れ用」
「差し入れ?」
「今まさにアンタが語った話のせいで《軍》の連中を怒らせちゃったからな。
『また攻略の出し抜き合いになりかねないから、偵察隊の人達にはがんばってもらわないと』だってさ」
「あ、ちゃんと怒らせたって自覚はあるのカ」
「むしろ意図的に怒らせてるんだよ、アイツは」
「だからこそ余計にタチが悪い」と付け加え、キリトは肩をすくめる。
「ただ……今回はちょっと気になること言ってたけど」
「『気になること』?」
興味をそそられたか、アルゴが身を乗り出してくる――「この話も情報として売るつもりか」と考えるが、
(いや……むしろこれは拡散してもらった方がいいか)
そう判断を改め、キリトはアルゴに向けて口を開いた。
「『今回の層の攻略も、15層の時みたいに何かあるのかもしれない。その分気合入れて偵察してもらわなきゃ』……って」
「『今回も』……?
けど、エリアの区切りは15層ごとって話ダロ? 次のエリア最終層の30層まではまだ5層あるのに、何でそんなこと言い出したんダ?」
「“エリアの区切りが15層ごとだから”だよ」
首をかしげるアルゴに対し、キリトは息をついてそう答えた。
「オレ自身も、少しおかしいとは思ってたんだ。
アインクラッドは全部で100層。対して、エリアは15層ごとに区切られてると考えられてる……数が半端なんだ。
この計算だと、第六エリアの最終層が第90層――つまり最後の第七エリアが残りの10層。他のエリアに比べて5層少なくなる」
「最後だからより高難度にして、その分少なくした……とかじゃないのカ?」
「オレもその仮説で一度は納得したんだけどな……」
アルゴの言葉に、キリトは先ほどよりもさらに深く、重いため息をついた。
「ジュンイチは、さらにその先まで考えてた」
「さらに、先……?」
「あぁ。
エリアの区切りの帳尻合わせは今のオレ達の仮説でたぶん正解。だけど……人間の心理的に、やっぱりきれいに等分できる方がスッキリするだろ?
だから……“他にも、全100層をきれいに等分できる、別の区切りがあるんじゃないか”って……」
「それで、この25層……?
アインクラッド全100層の、ピッタリ四分の一だから……」
「五分の一のポイントになる20層の時も、同じ発想で気をもんでたらしいけど……特に警戒しなければならないようなものはなかった。
ここを逃すと、次のキリのいいところは真ん中の50層だけど、ターニングポイントが中間の一回だけっていうのは、SAOのような長期攻略のゲームでは少なすぎる。普通はプレイヤーの気を引き締める上でもっとこまめに節目を用意しておくもんだ。
だから……消去法で、節目が来るとしたらこの25層だって、ジュンイチは考えてる」
「ふむふむ、なるほどネー」
「ただ……ハッキリ『そうだ』って決まったワケじゃないからな。
警戒を促す意味じゃこの情報を広めてもらった方がいいけど、あくまで未確定情報ってところは強調して情報を流してくれよ」
「わかってるヨ。
私も情報屋として誤報を流すワケにはいかないからネ。『こういうウワサがあるから気をつけろ』って感じに広めとくヨ」
「頼む」
キリトの言葉にうなずくと、アルゴが自分のメニューを操作――同時、キリトの目の前にトレードウィンドウが展開された。
ただし、アイテムの取引のためではない。キリト側のウィンドウの金銭取引画面に、アルゴの操作で金額が入力されて――
「……未確認情報の取引にしては、こっちの実入りが多くないか? コレ」
「攻略プレイヤーの命に関わりそうな情報だからネ。
未確認情報でも警戒することに意味はあるんダ。このくらいは支払うのが妥当だヨ」
あっさりとアルゴは答えてくる……とりあえず「納得の上で払ってくれるならいいか」と納得して、キリトはトレードウィンドウの了承ボタンをタッチ、情報量を受け取った。
素直に情報量を受け取ったキリトに対し、アルゴは満足げにうなずいて――不意に苦笑し、話題を切り替えてきた。
「しっかし、思った以上に攻略組と《軍》はケンカしてるんだネ」
「まぁ、な……」
《ALF》と攻略組の諍いはともかく、キバオウと個人的にもめている手前、キリトはバツが悪そうにアルゴに同意した。
だが、確かにアルゴの指摘の通り、《ALF》と攻略組との仲は最悪に近い――そしてその主たる原因は両者の、その成り立ちの違いにあると言っていいだろう。
アインクラッド攻略に取り組むプレイヤー達が協力し合う内、いつしかそう呼ばれるようになった攻略組と違い、《ALF》
はデスゲームの始まりによって恐慌状態になりかけたプレイヤー達の有様を憂慮した一部の有志が治安維持目的で組織した自警団が元になっている。
当然、複数のギルドやプレイヤーがフロア攻略の間だけ結託している、ある種の寄り合い所帯である攻略組よりも組織としてまとまっているし、何より「他の一般プレイヤーのために活動してきた」という自負がある。
故に彼らは他のプレイヤー達を省みず、アインクラッドの攻略にのみ邁進してきた攻略組を「自分達のことしか考えていない烏合の衆」と蔑み、自分達よりも下に置いている。そして、下に置いているからこそ、自分達に従うのが当然と見下してくる。
対し、攻略組は攻略組で、「自分達がここまで攻略してきた」という実績を誇っている。治安維持を優先していたとはいえ、攻略が五分の一を過ぎた頃から我が物顔で乱入してきた《ALF》に大きな顔をされて黙っていられるはずもない。
互いに相容れる余地を見出せないまま、お互いの対抗意識ばかりが高まっていく――いつ爆発するかわからない緊張感の中、きわめて危うい均衡状態を保っているというのが、現在の攻略組と《ALF》の関係であった。
◇
第一階層・はじまりの街――
「………………」
キリトがアルゴと話していた、ちょうど同じ頃――ジュンイチの姿は、デスゲーム始まりの地、第一階層のはじまりの街にあった。
正真正銘のゲームのスタート地点、街の中央の《黒鉄宮》――最初にログインした時にはその中庭に降り立つことになり、建物の中にはベータテスト時代、すなわち“ただのゲーム”であった頃のSAOではフィールドで死亡、蘇生したプレイヤーがリスタートしていたホールがある。
SAOがデスゲームと化し、用済みとなったかに思われた蘇生ホールだったが、そこには現在、このデスゲームに参加することになった全員の名前が記された漆黒の石碑が置かれている。
石碑に刻まれた、1万近い名前の羅列――その一部の名前には、二重線で消されているものがある。このデスゲームの中で死亡、アインクラッドからも現実からも“退場”した者達の名前だ。
アインクラッドの中で死亡すると、この石碑の名前に自動で二重線が引かれ、さらに詳しく“調べて”みると、死亡日時や死因までもが確認できるようになっている。
非常に悪趣味な機能と言えるが、見方を変えれば離れて行動する、連絡の取れなくなったプレイヤーの安否確認のためにも利用できる、ということでもある。そのため、《黒鉄宮》が《ALF》の本拠地として占拠された後もこのホールだけは一般に開放され、自由に出入りができるようになっていて――ジュンイチは、そんな知り合いの安否確認に訪れるプレイヤー達の人波の中、じっと石碑を見つめていた。
ふぅと息をつき――背後に向けて声をかける。
「ここも一応《圏内》だ。
攻撃しても弾かれるだけなんだからさ、とりあえず、その得物にかけた手を下ろせよ。
周りの客が怖がってるぜ――キバオウ」
「ぬかせ、ビーターが」
重く、冷たい声が返ってくる――振り向きもしないで声をかけてくるジュンイチに、キバオウはそんな彼の背中をにらみつけながらそう答えた。
「何しに来よった。
ここはお前なんかがおってえぇ場所やないで」
「おや、ここは今でも公共の場所のはずだよな?」
「お前には、ここに来る用事なんかないやろ。
手前勝手のビーターが、いったい誰の安否を気にするっちゅうんや」
「まぁ、確かにね。
けど……安否を気にする相手はいなくても、その死を悼む相手ならいる」
返すジュンイチの言葉に、背後の気配が大きくなる――相手の感情がふくれ上がっているのに気づきながらも、ジュンイチはかまうことなく続けた。
「オレがログインしてくるまでに死んだ二千人。
オレの目の前で、目の届かないところで死んだ、オレの手で守れなかったヤツら。
そして――ディアb
「黙れやっ!」
ジュンイチがその名を最後まで告げるよりも早く、キバオウは彼の言葉をさえぎった。
「お前が、あの人の名前を口にするな……っ!」
「へぇ……意外だな。
あれだけベータテスターを嫌っていたお前が、ベータテスターだったディアベルを擁護するのか?」
「よぅ言うわ。
お前かてあのクソガキと二人してビーターを名乗って、悪役んなってあの人の名誉を守ったやろが」
ニヤニヤと笑いながら――やはり振り向きはしない――告げるジュンイチに対し、キバオウは多分に怒気を含んだ声でそう答える。
「あの人は、自分のことしか考えてへん他のベータテスターどもとは違った……あの人は、ワイが知る限り唯一、本気でベータテスターやないワイらのことを考えて動いとった人や。
あの人は、ほんまもんのリーダーの資質を持ってる人やったんや……あの人がおったら、ベータテスターと非ベータテスターが対立することも、攻略ギルドが《軍》と攻略組に分かれてまうこともなかったはずなんや。
そのディアベルはんをみすみす死なせて、死んでから取ってつけたように名誉だけ守って、後は知らんとばかりにヘラヘラ悪役演じながら攻略を楽しんでるようなヤツに、あの人を語る資格なんかないわっ!」
キバオウがジュンイチに向けて言い放ち――その時、《ALF》のメンバーと思われるプレイヤーがキバオウの名を呼びながら駆けてきた。
そのプレイヤーから小声で二、三耳打ちされると、キバオウは彼に向けてうなずいた。剣から手を放すとジュンイチに対して背を向け、
「今回は見逃したる。
その代わり、二度とここには姿見せんな。ディアベルはんの死を悼みたかったらよそでやれ。
それと……もう一度言う。アインクラッドはワイらが攻略する。攻略組の貴様らは手ぇ出すな」
それだけ告げて、キバオウはその場を後にした――彼の気配が完全にその場から消えたのを察し、ジュンイチは軽くため息をついた。
「……『あの人がいたら』……か。
お互いとことん気に食わないクセして、そーゆーところだけは意見が一致してんのな」
言って――改めて石碑の、二重線で引かれたディアベルの名に視線を向ける。
そして、振り向き、キバオウの出て行ったホールの入り口を見つめながら、つぶやく。
「だけどな、キバオウ……お前だって、オレ達の苦労をわかってねぇよ……」
「ヘラヘラ笑って悪役演じるのって……単に悪の道を突っ走るよりも、ずっと大変なんだぜ」
◇
第25階層・迷宮区――
「…………え? 来てない?」
「あぁ」
思わず聞き返すキリトに対して、偵察隊としてここに来ていたタンクのひとりが答える。
アルゴと別れ、買い出しを済ませたアスナと合流。今日の残りの時間はレベリングのために迷宮区にもぐることにして、「それなら、陣中見舞いに向かったはずのジュンイチとも合流しよう」ということでボス部屋前までアスレチックとモンスターの群れを突破してきたのだが……ボス部屋前からひとつ手前の安全地帯で休憩を取っていた偵察隊のメンバーの話では、そのジュンイチが未だ姿を見せていないというのだ。
「ジュンイチのヤツ……どこ行ってるんだ?」
「陣中見舞いも忘れて、モンスター追いかけ回してたりして……」
キリトのつぶやきに答えるアスナの仮説は信憑性がありすぎた。キリトだけではない。偵察隊の内話を聞いていた面々が一様に苦笑して――
「……あれ? キリト、アスナも……」
そこに、ちょうど問題の人物が姿を見せた。自分達も渡ってきたリフト式の足場から、自分達のいる安全地帯の足場へと飛び降りてくる。
「ジュンイチ……
遅かったじゃないか。どこで寄り道してたんだ?」
「悪い悪い。
三つ下のフロアでちょっと道間違えてさ。元の道に戻るのに手間取ってた」
キリトの問いにサラリと答える――はじまりの街に行っていたことは教えるつもりはないようだ。
「それで……はい、みんなに差し入れ」
気を取り直して、ジュンイチはアイテムストレージに入れていた“差し入れ”を実体化させる――補充のポーションと、嗜好品のフルーツ風ドリンクだ。
「当然のように人数分買ってきたけど……よもや、脱落者なんて出てないだろうね?」
「当たり前だ。
オレ達タンクは、お前らアタッカーとは生存率が違うんだよ」
軽口を叩くジュンイチに偵察隊のリーダーが笑いながら答える――未だ“ビーター”としての悪評から初対面のプレイヤーからはいい目で見られないこともあるジュンイチだが、前線で戦う攻略組の間ではそうした扱いはほとんどなくなってきている。
《軍》との諍いの矢面に立ち、連中のイヤミを一身に引き受けてくれていることもあるのだろうが、やはり何よりも先頭に立ち、攻略組の仲間達を守って戦うその姿をみんなが認め始めているということなのだろう。時折悪ぶって悪役を継続しようとしているようだが、それ以上にみんなから認められているジュンイチの姿に、キリトは内心で苦笑するが、
「……けど、まぁ……やっぱ攻撃力はお前らアタッカーに負けてんだよなぁ……」
「ダメージ、与えられてないんですか?」
「そうなんだよ。
今度のボスは、今までにない硬さだ。一応パワーファイターだっているのに、HPバーを一本減らすだけでも一苦労だ」
肝心のボス攻略、その偵察の方は芳しくないようだ。ジュンイチとのやり取りに口をはさんでくるアスナに、偵察隊リーダーがため息まじりにそう答える。
「あー、オレ達が削ってみようか?
有効打にならなくても、ガチのダメージディーラーの攻撃でどこまで削れるか、くらいの参考にはなると思うし」
「いいのか?」
「元々陣中見舞いに来たワケだし、協力できることがあるなら……」
そこまで言って――不意にジュンイチが口をつぐんだ。
見れば、キリトも同様に視線を鋭くして自分達の来た方向をにらんでいる――どうしたのかと尋ねかけたアスナだったが、すぐにその理由を理解した。
彼らの視線の先から、防具の統一されたプレイヤーの一団が現れたのだ。日頃から索敵スキルを伸ばしている二人はいち早く彼らの接近に気づいていたのだ。
そして、問題の新たに現れたプレイヤーの集団というのが――
「…………《軍》か」
ジュンイチやキリトに遅れてその正体に気づいた偵察隊の誰かがつぶやく。そんな彼らの前までやってきて、《軍》、すなわち《ALF》の面々は足を止めた。
偵察隊ということでタンク中心の攻略組と違い、標準的な戦闘態勢だ。レベル上げのためにここまで迷宮を突破してきたのか、それとも――いや、それよりも、
「……またお前かい」
「やれやれ。最近ホントよく会うねぇ」
お互い顔を合わせるなりさっそく火花を散らす――集団の先頭に立っていたキバオウの姿に、ジュンイチは先ほど会った時に《ALF》メンバーが彼を呼びに来た理由は“コレ”の指揮を執るためかと納得していた。
「何しに来やがった、お前ら」
「ハッ、そんなん、この階層を突破するために決まってるやないか」
偵察隊の中から上がった声に、キバオウが嫌悪感もあらわにそう答えて――
「『突破』ねぇ……」
対し、ジュンイチはつまらなさそうにそう返した。
「ずいぶんとまぁ、力押しじゃないか。
先に通りかかったオレ達ですら、まだまだ情報が足りずに偵察を繰り返してるっていうのに」
「お前らとは格が違うっちゅうことや。
《軍》の実力なら、ボスモンスターだろうが相手にならんっちゅうことを証明したるわ」
ジュンイチの言葉にキバオウが返し、二人は真正面からにらみ合う。
「……マジメに忠告だ。
今回は退け。そんな並みのモンスター相手と同じぐらいにしか考えてない装備で、ボスを撃破しようだなんて甘すぎる」
「フンッ、今までのボスの殺り合いで全勝しとるからって、調子に乗るんやないで。
ワイらの戦力ならこれで十分やと言うたろうが」
警告するジュンイチに、キバオウも負けじと言い返す。そんな二人に、キリト達もまた気を取られて――ゆえに、気がつかなかった。
自分達のいる安全地帯からすぐの、この階層の迷宮区の最奥地点――ボスの部屋へと続く扉が、開き、閉じられたことに。
◇
それは、ほんの小さな偶然の積み重ねであった。
偶然、彼らのパーティーは攻略組とは別のルートからボス部屋の前へとたどり着いた。
攻略組にも《ALF》にも加わらず、ただレベルを上位に保つためだけに最前線にいただけの彼らは、当然ボスと対峙したことなど一度もなかった。そんな彼らが今回に限って攻略前にボス部屋の前にたどりついてしまったのも偶然なら、そのタイミングでボスモンスターというのがどういう相手なのか、興味を持ってしまったのもまた偶然――
そして――攻略組も《ALF》の面々も、偶然にもそのタイミングでジュンイチとキバオウの対峙に気を取られていたために、そんな彼らがボス部屋へと入っていくのに気がつかなかった。
かくして、いくつもの偶然の積み重なりによって彼らはボス部屋の中へと踏み入れて――
後に“最悪”と評されることになるボスモンスターが、彼らの前に出現した。
◇
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
『――――――っ!?』
響いた悲鳴はボス部屋の中から――それを聞き、ジュンイチ以下攻略組とキバオウ以下《ALF》の面々は一様に動きを止めた。
「今のは……ボス部屋の中から!?」
「キバオウ、お前まさか!?」
「別働隊を他の道から向かわせた、とでも言うつもりかい!?
冗談やない! そんな卑怯なマネしそうなのは、ビーターのお前らの方やないか!」
予想だにしなかった突然の悲鳴に、キリトが声を上げる――キバオウを問いただすジュンイチだったが、キバオウも事実無根だと言い返してくる。
「それって……まさか、私達以外のパーティーがボス部屋に!?」
「ムチャだ! 入っていったのが上層プレイヤーだとしても、パーティーひとつ程度の戦力でどうにかなる相手じゃないぞ!」
そんな彼らのやり取りに、アスナや偵察隊リーダーの顔が青ざめる――もはや攻略組も《ALF》もなく、彼らはボス部屋の入り口に急ぐ。
扉を開け放ち、中へと飛び込んで――
「た、助けてくれぇっ!」
巨大な人型ゴーレム――この階層のボスモンスターを相手に必死に逃げ惑うプレイヤー達の姿がそこにあった。
ゴーレムを視認した瞬間、名前が確認できる――《Saga The Gemini Golem》。
だが、相手の名前など今はどうでもいいことだ。迷うことなくジュンイチは地を蹴り、ゴーレムに襲われるプレイヤーのもとへと向かう。
タックル気味にプレイヤーに飛びつき、その場から吹っ飛ばす――直後、ゴーレムの振り下ろした大剣がフロアの床を叩いた。
「キリト! アスナ!」
とっさに顔を上げ、確認する――頼れる仲間達もまた、すでに他のプレイヤーのところへフォローに向かっている。偵察隊の面々もだ。
後は、こちらを完全にターゲットに見定めているボスモンスターだが……
「……やるしかねぇか……っ!
おい、キバオウ! それに《軍》の連中も手伝え! ボスの注意を引きつけるんだ!」
「はぁっ!?
なんでワイらがお前らのボス退治を手伝わんと――」
「誰が『ボスを倒すの手伝え』っつった!?
今は襲われた連中を逃がすのが最優先だろうが! 人命優先の状況で縄張り争いなんぞ考えるなっ!」
「――――――っ!
そ、そんなん言われんでもわかっとるわっ!」
ジュンイチに鋭く言い放たれ、キバオウは言い返しながらも動いてくれた。部下に指示を下し、ボスモンスターの周囲に展開する。
「大丈夫か、ジュンイチ!?」
「オレよりもコイツを頼む!」
駆けつけてきた、偵察隊のタンクのひとりに自分が助けたプレイヤーを預け、ジュンイチもまたボスモンスターを包囲する《ALF》の輪の中に加わる――キリトやアスナもだ。
そんな彼らに向け、ゴーレムが大剣を掲げ、振り下ろす――とっさに散開する一同の目の前で、衝撃と共に剣が床に叩きつけられる。
「このぉっ!」
一撃を外したゴーレム、その大剣を握る手にキリトが斬りかかる――渾身の力で剣を叩きつけるが、
(――――――っ!?
硬い……っ!)
その手には予想外に強烈な反動が返ってきた――両手にしびれすら覚え、キリトは内心で舌打ちする。
そんなキリトに向け、ゴーレムが今度は横薙ぎに剣を振るう。とっさにその場に伏せてキリトがかわし――
「調子に乗んなよ、てめぇ」
淡々とした一言がゴーレムに告げられる――同時、振り抜かれたゴーレムの大剣の上に、ジュンイチがヒラリと舞い降りた。
間髪入れずに踏み込み、距離を詰めるとゴーレムの顔面をサッカーのシュートの要領で思い切り蹴り飛ば――
「――――っ、てぇっ!?」
――せなかった。逆に蹴った足に痛みを覚えて後退する。
「な、なんつー硬さだ……!?」
「まったくだ。
一応、ダメージは通ってるみたいだけど……」
足の痛みに顔をしかめるジュンイチにキリトが同意する――見れば、HPバーは今の二人の一撃で確かに減少しているのがわかる。キリトの言う通り、反動が大きいだけで、ダメージはちゃんと通っているようだ。
もっとも、防御力の高さのなせる業か、その減少量はジュンイチが思わず『この程度しか減ってないのか』とムッとなる程度のものでしかなかったが。
だが――不満げな顔をしていたのはわずか一瞬だけ。ジュンイチはすぐにその口元に笑みを浮かべた。
「まぁ、いいや。
効くのはわかった。硬いのもわかった――そんだけわかりゃ、やりようなんていくらでもある」
「ジュンイチ……?」
「キリト、下がってろ。
オレの思いついた打開策、剣じゃできないからさ……ひとまず下がって、アイツの攻撃をブレイクするのを第一に援護してくれ」
「あ、あぁ……」
キリトの同意にうなずいて――ジュンイチはかまえた。ゴーレムがこちらの戦闘態勢に気づくが、こちらへと向き直るのを待たず、一足飛びに間合いを詰める。
ゴーレムの反撃行動は間に合わない。あっさりと懐に飛び込むとその腹に手を添えて――
「せー……のっ!」
瞬間――轟音と共にゴーレムがたじろいだ。
衝撃音と共に、ゴーレムの身体、“ジュンイチが触れた反対側”が“内側から”弾け飛ぶ。まるで体内から何かに殴られたかのように、ゴーレムはたまらずたたらを踏む。
見れば、HPバーも今までにない激減ぶりだ。先ほどのキリトとジュンイチの一撃の合計値よりも今のダメージの方が大きいくらいだ。
「な、何や!?
アイツ……今、何しよったんや!?」
「お、オレにも何が何だか……」
驚き、敵対関係も忘れて問いかけてくるキバオウだが、キリトにもジュンイチがゴーレムに何をしたのかは理解できなくて――
「衝撃を内部に伝播させるタイプの、体術系ソードスキル……リアルで言うところの、浸透勁ってヤツさ」
反撃とばかりに振り下ろされたゴーレムの剣をかわし、後退してきたジュンイチが自ら説明してくれた。
「本来、亀みたいな硬い殻を持ってるヤツとか、虫のように外骨格系の生き物をモチーフにした連中用のソードスキルなんだけどな……通用してくれたようで、何よりだよ」
「そんなの、いつの間に覚えてたのよ……?」
「けっこう前だよ。
体術のスキルレベル上げてた以外に特に覚えそうなことやってないから、基本習得技のひとつだと思うんだけどな……試す機会もなかったから、スキル欄の肥やしになってた」
アスナに答えて、ジュンイチは苦笑まじりに肩をすくめてみせる。
「にしても、茅場晶彦もそうとう“こういうの”好きだねぇ。浸透勁とか、リアルの格闘の試合じゃめったにお目にかかれない、むしろフィクションの方でこそメジャーな中二技だってのに」
もっとも、リアルで使われないのは技術の難易度よりも安全性的な意味で、なんだけどな――内心でそんなムダ知識を付け加え、ジュンイチが再びかまえる――その意図を察し、キリトやアスナもまたそれぞれの剣をかまえる。
一拍の間をおいて、キリトとアスナが先行して地を蹴る――アスナを狙い、大剣を振り下ろすゴーレムだったが、アスナはあっさりとその一撃を回避する。
そのスキに一気に飛び込むのはキリトだ。渾身のソードスキルをゴーレムの胸に叩き込む――再び両手を襲う衝撃に顔をしかめるが、それでもゴーレムをたじろがせることには成功する。
「ジュンイチ!」
チャンスだ――合図とばかりに名を呼ぶが、それを聞くまでもなく、ジュンイチは二人の仲間が作ってくれたチャンスを最大限に活かすべく地を蹴っていた。
後退するキリトやアスナとスイッチ、ゴーレムの懐に飛び込むと掌底をゴーレムの腹に叩き込む。
先ほどと同じ浸透勁だ――しかも打ち込んだ場所まで先ほどと同じだった。外殻それ自体が部位として独立していたのか、同じ場所に二度も強烈な衝撃をお見舞いされ、ゴーレムの腹の外殻が部位破壊によって砕け散る。
追撃に移ることもできただろうが、ここはあえて後退――理由は簡単。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「たぁぁぁぁぁっ!」
追撃はキリト達に任せた方がダメージを期待できるからだ――後ろに跳ぶジュンイチとスイッチする形で飛び込んだ二人が、外殻が砕けて露出したゴーレムの土くれの腹部に同時にソードスキルを叩き込む。
再度スイッチして、ジュンイチもまたソードスキルで一撃。相手に反撃のスキを許さず、そのまま同様のコンビネーションを繰り返し、ループ状態にハメる――防御を崩されたところに立て続けの強打を打ち込まれ、ゴーレムのHPも今や最後の一段がレッドゾーンに突入している。
そして今もまた、ジュンイチのソードスキルがヒット。ゴーレムの巨体がのけぞって――
「これで――」
「終わりよっ!」
そのセリフを現実のものとするべく、キリトとアスナがソードスキルを同時に叩き込む!
二人の一撃によって、ついにゴーレムのHPが全損――地響きと共にヒザをつき、ゴーレムの身体が崩壊。無数の岩の山と化して沈黙した。
「……やっ、やった! 勝った!」
「アイツら、ボスを倒しやがった!」
それを見て、周囲から歓声が上がり始める。そんな中、アスナは息をつき、剣をサヤに収め――
(………………?
ジュンイチ……?)
一方で、キリトはジュンイチがまだ浮かない顔をしているのに気づいた。どうしたのかと声をかけ――
「やってくれたやないか、ビーターども」
――ようとしたところで、余計なジャマ者が現れた。
「ワイらが襲われとったプレイヤーを助けとる間に、一気にボスを撃破してまうとはな。
『人命救助』とか言って、うまいことワイらをボスから遠ざけて、その間にボスを通して金もアイテムも経験値も自分達で独り占めっちゅう魂胆か――すがはビーター。相変わらずこすっからいの」
「なんですって!?」
相変わらずこちらを卑怯者呼ばわりしてくるキバオウにアスナが怒り、それをキリトがなだめて――
(…………何だ……?)
その一方で、ジュンイチは何か、言い知れぬ違和感を感じていた。
(確かにデタラメな防御力だったけど……それ以外の部分で、あまりにも手応えが“なさすぎる”……
自慢の防御を崩されてから先は一方的だった……これじゃ、ひとつ前のボス戦の方がまだ手強かったぐらいだ)
相手の手強さが前の階層とほど変わらなかったのなら、「“攻略の節目に強力なボスモンスターが出てくる”という自分達の心配は単なる杞憂だった」と済ますこともできただろう。
だが――実際には同程度どころか前のフロアのボスよりも弱く感じられた。
そして何よりおかしいのが――未だに戦闘終了のアナウンスがないということだ。
それはつまり、現在もまだ戦闘状態は継続中ということで――
(どういうことだ……?
オレ達が倒したのが、実はボスじゃなかった……ってことはないはずだ。
《Saga The Gemini Golem》――名前に定冠詞がついてた以上、アイツは間違いなくボスモンスターのはずで……)
(………………“Gemini”!?)
その名が示すものに気がついて、ジュンイチは顔どころではなく、全身から血の気が引いた。
「ヤバイ……っ!
全員、気を抜くな!」
「ジュンイチくん……?」
「まだ終わってないぞ……っ!」
「“次が来る”!」
アスナに答えたその言葉の意味を誰もが一瞬測りかね――“それ”は現れた。
頭上から突如降ってきた“それ”が、ボス部屋の出入り口のすぐ手前に落下する――幸い巻き込まれた者はいなかったようだが、部屋を出るための唯一の出入り口をつぶされた形だ。
「な、何や!?」
「だから言ったろうが。
“次”が来たんだ」
巻き起こる土煙の中、うめくキバオウにジュンイチが答える。
「ヤツの名前を聞いた時点で、気づくべきだったんだ……っ!
《Saga The Gemini Golem》……その《Gemini》の部分で、気づくべきだった……っ!」
ボスモンスターの名、その一部を強調したジュンイチの言葉に、その意味を理解したキリトやアスナの顔からも血の気が引く。
そんな彼らの目の前で、土煙は少しずつ晴れていき――
「つまり、ヤツは……」
「二体一対、《双子》のボスだったんだ……っ!」
《Kanon The Gemini Golem》が、その巨体をもって一同の前に立ちはだかった。
NEXT QUEST......
現れた2体目のボスによって退路を断たれたオレ達。
生き残るために全力を持って立ち向かうが、そんなオレ達をあざ笑うかのようにボスはさらなる絶望を突きつけてくる。
追い詰められ、絶体絶命の危機に立たされるオレ達に、生き残る術は――
次回、ソードアート・ブレイカー、
「同じ思い、別々の道」
(初版:2013/01/01)