2004年3月10日 第25階層・迷宮区――
「二体目、やと……!?」
この階層のボスモンスターとして立ちはだかったゴーレムを撃破。なんとか片づいたかと気を抜きかけたところに現れた“二体目のボス”――その威容を前に、キバオウが呆然としながら言葉をしぼり出す。
「ジュンイチ……っ!」
「やるしかないでしょ。
だって、アレを倒さないことには撤退だってできないんだし」
キリトに答えて、ジュンイチはゴーレムに向けてかまえる。
そう。二体目のゴーレムが現れたのは、彼らのいるボス部屋の唯一の出入り口の前――退路を絶たれてはもはや戦うしかあるまい。
同意したキリトやアスナもそれぞれの得物をかまえて――
「――――GO!」
ジュンイチの言葉を合図に、三人は同時に地を蹴った。
Quest.8
同じ思い、別々の道
一気に薙ぎ払われないよう散開し、それぞれに迫るジュンイチ達を前に、ためらったのは一瞬だけ――すぐに狙いを定め、ゴーレムはアスナに向けて大剣を振り上げた。
スピードを稼ぐためにもっとも軽装であるアスナを見て、彼女がもっとも墜としやすいと踏んだのだろう――が、それは逆に言えば“もっとも軽装になってまでスピードを引き上げた”ということでもある。アスナはその自慢の速度をもってあっさりとゴーレムの剣をかいくぐり、愛用の細剣で突きを見舞う。
だが、相手はとんでもない硬さの外殻でこちらの攻撃を弾き返したゴーレムの同類だ。当然のように、この個体もその強度をもってアスナの攻撃を受け止め、アスナの手首が反動でしびれる。
痛覚をカットしていなければしびれだけでは済まなかったに違いない。どれだけの痛みが伴っていたことかと内心冷や汗を流す――が、そんなことを考えながらも身体は動く。素早くスイッチし、後退するアスナに代わって前に出たキリトが渾身のソードスキルを叩き込むが、やはりこれも大したダメージは与えられない。
それどころか、明らかに一体目の時よりも与えるダメージが小さい。そこはやはり一体目よりも頑丈な個体が出てきたかと、内心で舌打ちしながら後退。反撃にゴーレムが振り下ろした大剣を回避する。
とはいえ、二人はあくまでゴーレムの注意を集中させないための“オトリ”。“本命”は最後に控えるこの男――キリトへの攻撃をゴーレムが外したスキをつき、ジュンイチがその懐へと一足飛びに飛び込む。
繰り出すのは一体目に対して有効だった、体術系・振動伝播型のソードスキル。狙い通り一撃はゴーレムの腹を捉え、有効打を叩き込まれたゴーレムはたまらず後退する。
「よし、いける!」
「コイツも弱点は同じか!」
明らかに今までとは違うリアクションを見せたゴーレムの姿に、周りの攻略組のプレイヤー達から声が上がる――が、
(同じ……か……っ!)
それは、当のジュンイチにとってはあまりうれしい情報ではなかったようだ。反撃を警戒し、後退したその表情はお世辞にも明るいものとは言えなかった。
(単に一体目よりパラメータが高めなだけの二体目……本当にそうなのか?
もしそうなら、“いやらしさが中途半端すぎる”……これじゃHPが倍の、発狂モード付きの個体を相手にしてるのとほとんど変わらない)
内心で疑念が渦巻く――が、それに囚われることなく、冷静にゴーレムの攻撃を見極め、頭上から振り下ろされた斬撃を回避する。
(何かあるはずだ……
“あえてボスを二体に分けた”、その理由が……っ!)
疑惑は尽きないが、現時点では今まで通りの攻略法が通じるのもまた事実。攻撃を空振りしたゴーレムに肉迫し、ソードスキルの掌底を叩き込む。
さらに、ひるんだところにキリトやアスナ、さらには攻略組、《ALF》双方からの攻撃が降り注ぐ――未だ可能性の捨てきれない“今までにない反撃”を警戒しながらの戦いのため、いささかスピード感に欠けるものではあったが、ゴーレムのHPは少しずつ、確実に減っていく。
「――――っ、らぁっ!」
そして、キバオウの振り下ろした両手剣がゴーレムを捉え――ついにゴーレムの身体が轟音と共に砕け散り、無数の岩の破片となって周囲にばらまかれた。
「やった……やったぞ!」
「ざまぁみろ! オレ達の勝ちだ!」
砕け散ったゴーレムの破片が降り注ぐ中、プレイヤー達、取り分けボスの撃墜経験の少ない《ALF》のプレイヤー達から歓声が上がる――が、
(おいおい……ちょっと待ったのしばし待てい……っ!)
目の前の光景に、ジュンイチは自分が先ほどから抱えていた“疑念”がハッキリと“イヤな予感”へと変わっていくのを感じていた。
なぜなら――
(“ゴーレムどもの破片が、消えてない”じゃねぇか……!)
そう。この世界ではプレイヤーもモンスターも、NPCでさえも死ねば等しくただのポリゴンの集合体となり、砕け散る――そのはずなのだ。
なのに、ゴーレムの破片は消滅することなくその存在を保っている。
それだけではない――破片が消えないことに気づいた瞬間、もうひとつ気づいたことがあった。
“一体目のゴーレムの破片も消えていないのだ”。
(消えない残骸。
相手モンスターが“岩のかたまり”であるということ。
そして――二体目も倒したってのに、それでも戦闘終了のメッセージが流れていないということ。
導き出される結論は……っ!)
最悪の“結論”に到達し、危機感に表情を険しくするジュンイチの姿に、キリトもまた周囲を警戒しながら声をかけてきた。
「…………なぁ、ジュンイチ……
オレは今、すごく恐ろしい想像をしている……っ!」
「あぁ……オレもだ……っ!」
おそらく、キリトも自分と同じ結論に達したのだろう――そうジュンイチが確信した、その時だった。
「な、何だ!?」
プレイヤーの誰かから声が上がる――周囲に散らばっていたゴーレムの破片が一斉に宙に浮き上がったからだ。
「き、キリトくん、ジュンイチくん!?
これって……!?」
警戒しながら、アスナが自分達に合流してくる――対し、キリトが彼女に説明する。
「“ボス級モンスターの名前には定冠詞がつく”――それが、アインクラッドのモンスターの名前のパターンのひとつだ。
だからオレ達は、最初の一体目のゴーレムがこの階層のボスだと信じて疑わなかったし、二体目が出ても、名前との絡みで二体一対だと認識を改めただけで、“ヤツらがこの階層のボスだと思い込んだままだった”……っ!」
「……思い……込んだ……!?」
キリトの言葉に、アスナがうめく――対し、今度はジュンイチが告げる。
「けど……けど、もしも……だ……」
「“今まで倒したのが、ボスモンスターの本来の姿じゃなかったとしたら”?」
「な…………っ!?」
そのジュンイチの指摘に、アスナは驚愕し、目を見開いた。
「油断してた……っ!
今まではフィールドひとつにつきボス戦一回が基本だったから……それが大前提だったから……“形態変化してのボス戦連発”という可能性に頭が回らなかった……っ!」
「オレもだ。
だからさっきも、二体目のボスゴーレムが出た時点で『双子だ』『もう次はない』と決めてかかってた……っ!
思えば、SAO以外のゲームじゃボスがパワーアップ復活なんてよくある話じゃねぇか……かのモンハンにだって、形態変化するモンスターとかいるんだ。このSAOにはそれがないとか、どういう勝手な思い込みだよ……っ!」
うめくキリトやジュンイチの――彼を含むその場のすべてのプレイヤーの頭上で、ゴーレムの残骸の渦は次第に収束、一ヶ所に集まっていく。
「来るぞ……
三体目……いや……っ!」
「真の姿の、お出ましだ!」
ジュンイチの言葉と同時――ひとつとなった岩塊が、彼らのいるボス部屋の中央に落下した。
いや――岩塊ではない。
それがゆっくりと“立ち上がる”――二対四本の腕と、二つの頭を持つ、より巨大なゴーレムが。
頭上に名前が表示される――《Abel The Gemined Golem》。
「ウソ、だろ……!?」
「まだ続くのかよ……!?」
現れた三体目のゴーレムの、今までとは明らかに格の違う迫力に圧され、プレイヤーの何人かが口々にうめいて――
「……そ、それがどうした!」
そんなプレッシャーをはねのけるかのように、《ALF》のメンバーのひとりが声を上げた。
「一体目も、二体目も倒せたんだ……こいつだってなんとかなる!
オレがそれを、証明してやる!」
「――――っ、よせ!
さっきまでとは違う! うかつに突っ込むな!」
ゴーレムのその威容に今までとは違うものを感じ取ったのだろう、攻略組偵察隊のリーダーが警告の声を上げる――が、彼はかまわずゴーレムへと突っ込み、手にした両手剣で斬りつける。
ゴーレムはガードもせずにまともにくらい――HPバーが削られた。
前の二体のゴーレムよりもHPの最大値が大きいのか、バーの減り具合は微々たるものでしかなかった。しかし、両手剣使いのウィンドウに表示された与ダメージ値は、明らかにさっきの二体との戦闘時よりも大きなものだった。このゴーレムの防御力が、先の二体よりも低いということか――
「な、なんだ……こいつ、さっきの二体よりももろいじゃねぇか!」
これならいけるかもしれない――両手剣使いがそんな希望を持った、その瞬間、
ゴーレムの振り下ろした一撃が直撃し、彼はボス部屋の床に叩きつけられていた。
『な…………っ!?』
その光景に、一同は思わず言葉を失った。
まず、攻撃力が今までの比じゃない――さすがに一撃死とまではいかなかったが、満タンだったはずの両手剣使いのHPが、今の一撃、たった一撃で半分以下、イエローゾーンにまで落ち込んでしまっている。
そして、それ以上に脅威と言えるのが――
「おい、今アイツ……“攻撃をものともしないで反撃しなかったか”……?」
「あぁ……
ダメージリアクションが、ない……!?」
気づいたジュンイチの指摘に、キリトがうなずく――そう。今の両手剣使いの攻撃を受けても、ゴーレムはHPこそ減ったものの、痛がるそぶりどころか、衝撃でのけぞることすらしなかった。
ただ攻撃を受ける前の姿勢のまま、無造作に剣を振り上げ――振り下ろした。
つまり――
「要するに、今までみたいな手数で圧倒する手は使えないってことか……っ!」
うめくジュンイチの言葉に、キリトだけではない、アスナや、他のプレイヤー達も内心で同意する。
今までボスに対して人海戦術が有効だったのは、ひとえに攻撃に対するリアクションがあったからと言っていい――攻撃に対し痛がり、怒り、威嚇する。それ以外にもダメージ判定によるシステムエフェクト的な硬直。それらの反応によるスキがあったからこそ、動きが止まっている間に追撃ができる。だからこそ、人海戦術により手数で圧倒する戦術が通じていたのだ。
だが、今回のボスにはそういった反応が一切ない。モンスターの生物的な反応はもちろん、攻撃をくらいながらかまわず反撃してきたことから見てシステムエフェクト的な硬直すらないと考えていい。
これでは一斉にかかっていってもただ的を増やすだけだ。こちらの攻撃をものともしないで、ソードスキルの一撃でまとめて薙ぎ払われるのが関の山だ。
と――
「それがどうした!」
そう声を上げたのは、《ALF》のアタッカーと思われる槍使いだった。
「だったら、入れ替わり立ち代り、ヒット・アンド・アウェイで狙いをしぼらせなきゃいいだけだろ!
攻撃は今まで以上に通るんだ! やりようはある!」
言うなり、ボスに向けて突撃する。ソードスキルをもって、一直線にゴーレムの巨体、その胸の中央に手にした槍を突き込んで――
“虚空を貫いた”。
「………………え?」
その意外な結果に、思わず呆けてしまう――確かに捉えていた、かわせるはずがないと思っていた一撃を外し、槍使いの思考が一瞬停止する。
その思考が再び動き出すと共に、視界のすみに現れた“それ”を見て――何が起きたのかを理解する。
(コイツ……“左右に分離しやがった”!?)
そう――元々が二体のゴーレムの集合体だからだろうか、ゴーレムには身体を左右に分割する機構が備わっていた。それをもって、槍使いの突撃を左右に分離することで回避したのだ。
標的が二体に分かれたことでターゲットを指定できなくなったのか、ソードスキルの自動追尾が解除されたようだ。失速した槍使いが、ちょうど二つに分かれたゴーレムの身体の間に飛び込んで――気づき、ジュンイチが叫んだ。
「ダメだ――“そこから離れろ”!」
しかし、その警告は遅かった。左右に分かれたゴーレムの身体、そのそれぞれの頭部が光を放ち――
槍使いの身体を“圧砕した”。
勢いよく戻ってきたゴーレムの左右の身体が、槍使いをはさみ込むように合体。はさまれた槍使いの身体が一瞬にして押しつぶされ、砕け散ったのだ。
「一撃で……死んだだと!?」
「なんて威力だ!?」
その光景に驚きの声が上がる――だが、ジュンイチの見解は違った。
「違う……威力の問題じゃない……」
「ジュンイチくん……?」
「単に攻撃の威力によってHPが0になったのなら、それはあくまで戦闘による死亡、オーバーキルにすぎない――当然、演出は通常の死亡と同じ扱いだ。
一撃全損だとしても、HPバーが真っ赤になり、次いで減少。バーの全損をもって死亡判定となり、身体が消滅する……そういう手順が踏まれることになる。
つまり……“一撃で全損したとしても、瞬時にアバターが砕け散ることはあり得ない”」
話についてこれないでいるアスナにそう説明してやる。
「けど、今の一撃はその演出の手順を全部すっ飛ばした……はさまれた瞬間、問答無用でアバターが粉砕された。
単なる攻撃じゃない。特殊効果による、HP残量を問わない一撃死……いわゆる“即死攻撃”ってヤツだ……!」
「そ、即死、って……!?
じゃあ、私達がアレを受けても……」
「あぁ……死ぬ。
どれだけレベルで上回っていようが、たとえHPがカンストしてようが関係ねぇ。アレはくらうこと自体がアウト……そういう攻撃なんだよ」
うめくアスナに答える――が、それがかえってマズかった。
「そ、即死攻撃だと……!?」
「普通の攻撃だけでもそうそう受けてられない威力なのに、その上即死攻撃とかマジかよ!?」
彼らのやり取りは、他のプレイヤー達にも聞こえていたようだ。動揺や不安を伴いながら、“被弾=即死”という最悪の情報は周囲のプレイヤー達の間に広まっていく。
そんな彼らに、ゴーレムは次なる狙いを定めてきたようだ。ゆっくりと向き直り、手にした剣をかまえて突っ込んでくる。
「くっ…………!」
「野郎……っ!」
対し、迎撃すべくアスナやジュンイチが剣をかまえ――
「……ぅわぁぁぁぁぁぁっ!?」
『――――――っ!?』
そんな二人の後ろで悲鳴が上がる――振り向けば、突っ込んでくるゴーレムに恐れをなして、《ALF》のプレイヤーのひとりがきびすを返したところだった。
「た、助けてくれぇっ!」
「逃げろ! 殺されるぞ!」
「即死攻撃なんて相手にしてられるか!」
恐怖という感情は簡単に周囲に伝播する。ひとりが逃げ出してしまえばあとは雪崩式――パニックは瞬く間に広がり、怖気づいた《ALF》メンバーは我先にと逃げ出してしまう。
しかし――
「――――――っ!
背を向けちゃダメだ! 相手に集中しろ!」
今回の敵は、恐怖に駆られて逃げ出したからといって素直に逃がしてくれるような甘い相手ではなかった。キリトの警告の声と同時、大きく跳躍、彼の、そしてプレイヤー達の頭上を跳び越えたゴーレムが、あっさりと逃げ出したプレイヤー達の行く手に立ちふさがる。
いとも簡単に逃げ道を絶たれ、再びプレイヤーの誰かの悲鳴が上がる――だが、ゴーレムはかまうことなくその大剣の一振りを振り下ろした。あっけなく数名のプレイヤーが宙を舞い、全損したらしいひとりが地面を転がり、数秒の後ポリゴンをまき散らして四散する。
今また新たな犠牲者が出て、恐怖がさらに拡大する――が、ゴーレムはプレイヤー達がさらなる恐怖に震え上がるだけの時間すら与えはしなかった。四本の腕それぞれに握る大剣を連続して振るい、次々に《ALF》のプレイヤー達を血祭りに上げていく。
中には恐怖に突き動かされたか、それとも一か八か血路を切り拓こうとしたのか、ゴーレムに対し反撃を試みる者もいたが、そんな彼らも身体を分割、挟み込んでくる例の即死攻撃の餌食になるか、攻撃が入ったところをかまわず振り下ろされた大剣で叩き斬られるだけの結果に終わる。
部屋から逃げ出せないのならと転移結晶で脱出しようとする者もいるが、ゴーレムはそういったプレイヤーを目ざとく見つけ、真っ先に急襲、叩きつぶす――逃げ出すことも、せめて一矢報いることもできないまま、逃げ出したプレイヤー達はどんどんその数を減らしていく。
そして今また、プレイヤーのひとりに向けてゴーレムの大剣が振り下ろされて――
「調子に――」
「乗んなぁっ!」
その一撃が止められた。
フォローに飛び込んだジュンイチとキバオウが、ソードスキルでゴーレムの一撃をブレイクしたのだ。
が――
「がはぁっ!?」
「どわぁっ!?」
ゴーレムの剣は止めた一本ずつだけではない。残る二本の剣によってそれぞれに一撃をくらい、二人が弾き飛ばされ、ボス部屋の床を転がる。
「ジュンイチ!」
「大丈夫!?」
「あぁ、なんとかな……
キバオウ!」
「お前なんかに心配される筋合いないわっ!」
どうやらキバオウも無事らしい。キリトやアスナに助け起こされ、声をかけたジュンイチに言い返すとポーションでHPを回復させながら立ち上がる。
「くそっ、鬼のような強化個体な上に即死攻撃付き。その上逃がす気ゼロとかどんな鬼畜仕様だよ……っ!
茅場晶彦のヤツ、攻略の節目だからって気合入れすぎだろ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!
このままじゃ、被害はどんどん広がる一方だ!」
言い返してくるキリトの言いたいことはわかる。何か打開策を講じなければ、《ALF》どころか自分達までもが逃げることもできないまま壊滅させられることになる。
「とはいえ、糸口も何もないままじゃ、打開策もクソもねぇ。
キリト、アスナ……お前ら二人、とりあえず攻撃は当面あきらめろ。今は他のプレイヤーのフォローに徹して、これ以上の犠牲を抑えるんだ。
オレは今まで通り積極的に仕掛けてみる――倒せないまでも、リアクションから何かしらのヒントはつかめるはずだ」
「待つんだ、ジュンイチ」
キリトやアスナに指示を出すジュンイチだったが、そんな彼に待ったをかけたのは偵察隊のリーダーだった。
「お前の装備じゃ、万一攻撃をくらった時に取り返しがつかないだろ。
ここは、防御力重視の装備で来ているオレ達に任せてくれ――ボスの情報収集ならオレ達偵察隊の仕事だしな」
「あの即死攻撃から生還する自信があるなら任せるけど?」
あっさりとジュンイチはそう返した。
「アレは防御力完全無視、くらったら即アウトなんだ。防御力もクソもねぇ。
となればここで重要なのは耐えられる防御力じゃねぇ。くらうことなく回避できる機動力だろ?
つまり、ヤツに限っては情報収集に適任なのは偵察隊のアンタらじゃなくてオレってことになる――Do you understand?」
痛いところを突かれて、偵察隊リーダーが黙り込む――そんな彼に対して主張を締めくくり、ジュンイチは改めてゴーレムへと向き直った。
対し、システムがジュンイチの注目を検知したのか、ゴーレムもゆっくりとジュンイチへと向き直る――みんなの輪の中から一歩を踏み出し、ジュンイチは剣をかまえ、
「――――ッ!」
瞬間的に加速、一気にゴーレムへと飛び込む――と見せかけ、ゴーレムの目前で地を蹴り、真横に、ほぼ直角の軌道で側面へ跳ぶ。
ゴーレムに動きは――ない。視線はこちらの動きを追っているようだが、反撃の様子も、飛び込んでいったジュンイチに対し即死攻撃を狙っていたような様子もない。
(フェイントに反応なし……単に突っ込んでいったら即死攻撃をかましてくるってワケじゃねぇのか……)
「それなら!」
できるだけ相手の様々な反応を引き出したい。試しに回り込んだ側面からそのまま突っ込み、ゴーレムの巨体の側面にソードスキルを打ち込む。
……まともに通った。ゴーレムのHPが減少する。
(即死攻撃なし……分離できるのは左右だけか。
前後や上下はなし――正面や背後からの攻撃にしか、即死攻撃はできねぇと見た!)
攻撃が通ったことで、ジュンイチがそう確信して――
「――ぐぁっ!?」
ゴーレムの反撃が来た。自分の一撃もものともしないで振り抜かれた大剣の一振りはソードスキル後の硬直で動けないジュンイチを直撃。まともにくらったジュンイチが床を勢いよく転がる。
「ジュンイチ!」
「問題ねぇ! まだ動くな!」
思わず声を上げ、飛び出しかけたキリトに告げる――すかさずポーションを飲んでHPを回復。追撃を狙って突っ込んできたゴーレムの剣を横っ飛びにかわす。
(即死攻撃がないからってサイドから仕掛けても、あの大剣が待ってるってワケか……厄介だな。
さっきの飛び込み(偽)に反応しなかったのも気になるし……もっかい正面からフェイントいってみるか)
そう判断するとすぐさま行動に移す――床に打ち込んだ剣を引き、再び四刀流でかまえるゴーレムへと突撃する。
拳を握り、殴りつけるべく半身を引いたまま距離を詰めて――
そのまま、顔面からゴーレムに激突した。
「っ、てぇぇぇぇぇっ!」
「当たり前よ! あの硬いゴーレムに顔面から、あんな全速力で突っ込んだら!」
まともに痛打した鼻っ柱を押さえ、痛がりながら後退するジュンイチに、後方で待機しているアスナがツッコミを入れる。
「いったい何がしたかったんだよ、お前は!」
「いや、攻撃すると見せかけて突っ込んだら、即死攻撃狙いで分離するかなー、と。
分離したら、そのまま間を駆け抜けるつもりでいたんだけど……」
結局ゴーレムが分離せず、顔面から激突するハメになった――そうキリトに説明しながら、ジュンイチは改めてゴーレムをにらみつけた。
(二度とも攻撃の意思のない突撃には反応しなかった……あんにゃろ、こっちの“殺る気”に正確に反応してやがる……)
だんだんと情報が集まってきて、ジュンイチの中である仮説が浮かび上がってくる。
「試してみるか……っ!」
決断し、行動に移す――地を蹴り、再び突撃。ゴーレムの迎撃の刃をことごとく回避し、その懐に飛び込む。
そこから繰り出されるのはソードスキルではなく、通常の打撃。今までのようなフェイクではなく、本当に当てるつもりでゴーレムを狙い――ゴーレムは先の突撃の時と同様、分離することなくその拳を受け止める。
そこへ反撃の大剣が振り下ろされる――が、ジュンイチもそれを読んでいた。真上から振り下ろされたそれをサイドステップでかわすと、横薙ぎに振るわれた追撃をバックダッシュしながら受け、弾かれる勢いを活かして後退する。
(やっぱり分離しねぇか……っ!
それなら!)
しかし、ジュンイチはすかさず反撃に出た――再び突撃し、今度は右の拳がエフェクト光に包まれる。
「ソードスキル!?」
「バカ! 即死攻撃にやられるぞ!」
気づいた周りのプレイヤー達から声が上がるが、ジュンイチはかまわず突っ込んでいく。
対し、ゴーレムは今度こそ分離。攻撃を外したジュンイチがその間に飛び込んで――
“そのまま駆け抜けた”。
『――――――っ!?』
それはまったく予想外の光景だった。何が起きたのかわからず、驚きから一瞬思考が停止するキリト達の前で、ゴーレムは分離していた身体を勢いよく合体させる――獲物であったジュンイチを挟み込むことなく。
今まで、ゴーレムを狙ってソードスキルを放ったプレイヤーはことごとくあの分離によってソードスキルを無効化され、直後の即死攻撃の餌食になっていたというのに――しかし、ジュンイチは失速することなく駆け抜けて、結果ゴーレムの即死攻撃を回避した。いったい彼は何をしたのだろうかと全員の脳裏を共通の疑問が駆け巡る。
一方、ジュンイチはなおも減速することはなく、“その先の柱を思い切り殴りつける”――それを見て、キリトはようやく何が起きたのかを理解した。
「そうか……
ジュンイチは、最初からあの柱を狙っていたんだ!」
ボス部屋に限らず、迷宮区の柱は原則として破壊可能オブジェクトに指定されている――倒して相手にぶつけるなど、使い方次第で敵モンスターに対するダメージソースになる、また、ボスモンスター自身が柱を武器にすることもあるためだ。
当然、破壊する手段としてソードスキルの標的として指定もできる。そして、ジュンイチはまさにそれを利用したのだ。
自分と標的の柱、両者を結ぶライン上にゴーレムが配置された状態で、“柱を狙って”ソードスキルを放つ――こうすることで、“ゴーレムに向けてソードスキル発動状態で突撃していく”という構図が生まれる。
後はシンプルだ。ゴーレムが分離しなければそのままゴーレムにソードスキルを“誤爆”。分離してかわされても、狙いはあくまでその背後にある柱だから標的を失って自動追尾が解除されることもなく、そのまま即死攻撃の発動前に駆け抜けることができる、というワケだ。
予想もしなかった意外な方法でゴーレムの即死攻撃を回避したジュンイチの機転に、キリト同様一連のカラクリに気づいたプレイヤー達の間から感嘆の声がもれる――が、
「…………やっぱりな」
ジュンイチにとって、外野の感心などどうでもよかった。自分の推理が正しかったことを確信して、その視線が数段鋭さを増す。
(通常攻撃の際は一切分離せず、こちらがソードスキルを放った時だけ分離した……
ヤツの分離攻撃は、“自分の前後からソードスキルを撃たれた時にしか使ってこない”!)
だが――それがわかったとはいえ、状況は好転したとは言えなかった。
(即死攻撃の発動条件はわかったけど……相変わらず攻めどころが見つからねぇ……っ!
前後からの攻撃はソードスキルが使えない。通常攻撃だけじゃ与えられるダメージなんてタカが知れてる……
サイドアタックならソードスキルは使えるけど……いや、そもそも前後からの攻撃だろうがサイドアタックだろうが、くらってもアイツはかまわず反撃してくるんだ。“攻撃を当てても反撃もらってサヨウナラ”じゃ話にならねぇ。
何かないか? 効果的なダメージソースか、あの反撃をどうにかする方法……っ!)
「……とにかく、まだまだいろいろ試させてもらうしかねぇか!」
どうやら、攻略のためにはまだまだ情報を集める必要がありそうだ。思考の片手間に開いたメニュー画面で回復ポーションの残数を確認し、ジュンイチはゴーレムに向けて地を蹴った。
◇
「ジュンイチくん……!」
「ったく、ハラハラさせてくれるな……っ!」
少しでもゴーレムの手の内を引き出そうと、ジュンイチはたったひとりでギリギリの戦いを続けている――その様子を、アスナやキリトは何度も背筋が凍る思いをしながら見守っていた。
手助けに走りたい気持ちは無論ある――だが、ジュンイチは自分達に他のプレイヤーの守りを任せていったのだ。
それに、ジュンイチは今ゴーレムの反応のパターンを少しでも多く見極めるため、手を変え品を変え、バリエーション重視で戦っている。ヘタな介入は、そんな彼の段取りを崩し、かえって彼の足を引っぱりかねない。
なら、自分達に何ができるのか――そう考え、二人が出した結論は“見ること”だった。
ジュンイチだけではない。自分達もゴーレムの反応を観察し、少しでも多くの情報を収集する。中には、直接対峙しているジュンイチには気づけない、第三者の視点だからこそ見える“何か”があるかもしれない。
そうした“何か”を見つけ、ジュンイチに伝える――そのために、二人ははやる心を抑えてジュンイチの戦いを見守り続ける。
その一方で――
(………………っ)
同じく戦いを見守るしかなくなっているキバオウもまた、ジュンイチの戦いぶりを強いまなざしでにらみつけていた。
◇
「………………っ、とぉっ!?」
思い切り蹴りを叩き込んだものの、すぐに大剣が襲いかかってくる――こちらの攻撃をものともせず、一撃必殺の斬撃を繰り返すゴーレムの刃から逃れ、ジュンイチはバックステップで距離を取る。
「くっそぉ……タフなヤツだぜ。
もうけっこうなダメージを与えてるはずなのに……」
チラリと確認したゴーレムのHPバーは、未だ一本目すら減りきっていない――先に倒した二体のゴーレムよりも与えるダメージ値は大きいはずなのに、だ。
つまり、HPの最大値が膨大すぎるのだ。まだまだ先は長いようだ――が、
(それとも……あるのか?
コイツを弱体化させられる……何かのイベントのようなものが……)
連戦の末の本命。ダメージ硬直なし。即死攻撃持ち。あげく膨大なHP――
確かに、先のゴーレムとの戦い、攻略の節目にしてはむしろぬるすぎるとは思っていた。最初に厳しい戦いになると読んでいたあの覚悟が間違っていたのかと疑いもした――それを思うと、この状況は自分の読みが正しかった、覚悟を決めてきて正解だったと言えないこともない。
しかし、これはこれで、今度は逆に“凶悪すぎる”のだ。
前座との二連戦に比べると、難易度の跳ね上がりぶり、その落差があまりにも異常すぎる。これでは《ALF》の連中が逃げ出したくなる気持ちもわからないでもない。
だが――忘れてはならない。『命を懸けて行われる』という要素に隠れがちだが、SAOは“あくまでもゲーム”なのだ。
その点を考慮に入れると、ゲームの進行上“絶対に倒せないほどに絶望的な相手”が出てくるとも思えない。
つまり、この凶悪が過ぎる相手にも何らかの突破口、いわゆる“レベルを上げて物理で殴る”などという単純な方法とは別の、工夫によってゴーレムを打ち破る手段が隠されているのかもしれないということ――
弱点らしい弱点が見られないこと、連戦というある程度イベント的な流れで戦いが進んでいることから、ジュンイチが弱体化イベントの可能性を考えるのはある意味で当然の推理と言えた。
とはいえ、その“イベント”が何なのか、そしてその発生条件がわからないのでは意味がない。気長にやるしかないか、などとチラリと考えて――
「オォォォォォッ!」
「――――――っ!?」
そんな彼の脇を駆け抜けた者がいた。驚くジュンイチにかまわず、ゴーレムに斬りつけたのは――
「キバオウ!?」
そう。キリト達と共に後ろに下がっていたはずのキバオウだった。反撃の大剣を振り下ろしてきたゴーレムの攻撃をかわし、再度攻撃に移るが、
「――っ! バカ! よせ!」
こともあろうに、正面から、しかもゴーレム自身を狙ってソードスキルを放ちにかかった。あれでは即死攻撃の餌食になるだけだ――ジュンイチが制止の声を上げるが、キバオウはかまうことなく一撃を放つ。
しかし、現実は残酷だ。何人ものプレイヤーが犠牲になったのとまったく同じ流れで、ゴーレムはキバオウの一撃を左右に分離してかわす。
ソードスキルが不発に終わり、失速したキバオウを左右の半身が今まさに押しつぶそうと動き出し――
「何やってんだ――バカたれが!」
ゴーレムの半身の片方、左半身をジュンイチが蹴り飛ばした。
身体が半分に分かれ、その分重量の設定値も半減していたのだろう。合体時にはジュンイチの蹴りを受けてもビクともしなかったゴーレムの半身がブッ飛ばされる――そして、その左半身と引き合っていた右半身もその軌道を変えた。キバオウを跳ね飛ばし、吹っ飛んだ左半身のもとに向かうと元通り一体のゴーレムへと合体する。
「ったく、いきなり飛び出してきて、何しやがるかと思ったら……っ!
即死攻撃の待ってる正面から仕掛けるとか、何考えてやがる! 死にたいのか!?」
「やかましい! ワイに指図すんな!」
どうやら半身の一方に跳ね飛ばされただけなら――“挟まれなければ”即死効果は発動しないらしい。未だ健在のキバオウを助け起こし、苦言を呈するジュンイチだったが、対してキバオウも負けじと言い返してくる。
「ひとりで危険を引き受けて……“ビーター”の分際でヒーロー気取りか!?
言ったはずや――『アインクラッドはワイらが攻略する』ってな!
命懸けでこの場にいるのが、自分だけやと思ったら大間違いやぞ!」
キバオウが言い放ち、ジュンイチとにらみ合い――そんな彼らを視界にとらえ、ゴーレムがゆっくりと身を起こしてくる。
「……あー、くそっ、しぶといヤツだな、まったく……
あと何回ブッ飛ばせばいいのか、あんまり考えたくねぇなぁ……」
「戦うんヤになったんなら帰ってえぇんやぞ。
代わりにワイがブッ飛ばしたる」
「冗談じゃねぇ。
お前に任せたらそれこそみんな全滅すらぁ。このままオレが戦うに決まってんだろ」
そんなゴーレムの姿に、ジュンイチとキバオウはにらみ合いをやめた。互いに交戦権を主張しながらゴーレムをにらみつけ――
「………………あ」
そんな彼らの後方で――キリトが気づいた。
身を起こしたゴーレムに異変はない。異変があるのはゴーレムのHPバー。
“一本目を全損し、二本目も目に見えて削られている”――
(ひょっとして……)
「ジュンイチ!」
「………………?」
声をかけたキリトの声に、ジュンイチが不思議そうに振り向いてくる――そんな彼に、キリトは告げた。
「ソードスキル! アイツに思い切り叩き込め!」
「はぁ!?」
「いいから! オレを信じろ!」
「了解っ!」
再度ソードスキルによる攻撃を促すキリトの言葉に――『自分を信じろ』というその言葉に、ジュンイチはすぐさま意識を切り替え、ゴーレムに向けてかまえた。
「お、おい!?
まさか、本気で撃つ気か!?」
キリトの言葉に従い、ゴーレムに向けてソードスキルを叩き込むつもりだ――ジュンイチの行動の意味を悟り、キバオウは思わず声を上げた。
「正気か!? 何考えとるんか知らんけど、アイツの読みが外れとったらお前、即死攻撃の餌食やぞ!?
せやのに、何の確証もないまま賭けに出るんか!? ワイに説教垂れたこと思い出せやっ!」
「確証ならあるさ」
しかし、ジュンイチはキバオウの言葉に迷うことなくそう答えた。
「キリトが……オレの仲間が、『信じろ』って言ったんだ。
だったらオレは……それをただ、信じるだけだ」
一切の疑念なく、キッパリと言い切ったジュンイチの言葉にキバオウが絶句する――そんなキバオウにそれ以上かまうことなく、ジュンイチはこちらの攻撃の意思に気づいたらしいゴーレムへと地を蹴った。
カウンターを狙った相手の斬撃をかわし、ソードスキルを放つ。対し、ゴーレムは左右に分離。ジュンイチの一撃を回避する。
先ほどのキバオウや、今まで餌食になった者達と同じだ。目標を見失ってソードスキルの自動追尾が解除。失速したジュンイチが左右に分かれたゴーレムの身体の間に着地する。
そんなジュンイチを押しつぶすべく、左右のゴーレムの身体が動k
「それを――!」
「待ってたのよ!」
瞬間――閃光が閃いた。
ソードスキルのエフェクト光だ――次の瞬間、轟音と共にゴーレムの二つに分かれた半身、その両方が吹っ飛ばされた。
まったく同時に飛び込んだ、キリトとアスナのソードスキルをまともにくらって。
「き、効いた……!?」
「……かどうかは、ダメージ確認してからだな」
つぶやくアスナにキリトが答えると、ジュンイチも後退し、合流してくる――そんな彼らの目の前で、元通り一体に合体したゴーレムが立ち上がり――
「…………やっぱり」
自分の仮説が正しかったことを確認し、キリトがつぶやく――そう。立ち上がったゴーレムのHPは、今までにない減少ぶりを見せていた。
次いでキリトとアスナの手元のウィンドウに表示された今の一撃のダメージ値も、今までの一撃に比べ明らかに大きなものだった――その差、実に三倍弱。
「あの即死攻撃のために分離している間は、防御力が極端に落ちる上に、ダメージリアクションまで復活するのか……
けど、キリト……よく気づいたな」
「あぁ……キバオウのおかげさ」
感心し、つぶやくジュンイチにキリトが答える――突然名前が挙がり、キバオウが不思議そうに振り向いてくるが、かまわず続ける。
「アイツが即死攻撃をくらいそうになった時、ジュンイチ、飛び込んでアイツに一撃叩き込んだだろう?
その時のダメージが、それまでの攻撃のダメージよりも明らかに大きかったんだ」
「なるほど、それで……」
「それに、分離状態の間は攻撃で吹っ飛ばすこともできる――ジュンイチがキバオウを助けたみたいにな。
だったら、アイツが即死攻撃のモーションに入ったところをノックバック効果の高いソードスキルでブッ飛ばせば……」
「オトリになったジュンイチくんも助けられるし、アイツへも効果的なダメージを与えられる……っていうワケね」
「って、お前もわかってなかったのかよ!?」
キリトの言葉にジュンイチが納得する――が、そのとなりではアスナも今になって納得していた。うんうんとうなずく彼女に、ジュンイチが思わずツッコミの声を上げる。
「お前、何もわかってないままキリトの案に乗ったのかよ……」
「あら、ジュンイチくんがそれを言う?」
かつての慎重さはいったいどこに消えたのか……呆れてうめくジュンイチだったが、アスナはあっさりとそう答えてくる。
「キリトくんが『信じろ』って言った……だから私も信じたのよ。ジュンイチくんと同じようにね」
「むぅ……」
アスナの言葉には完全に反論を封じられ、ジュンイチはうめくしかない――確かに、自分と同じ根拠で同じことをしていたのであれば、反論の余地などあろうはずもない。
と――
「さて……そうなると、もう攻略のパターンはつかめたかな?」
合流してきてつぶやくのは、攻略組偵察隊のリーダーだ。
「誰かがオトリになってアイツの即死攻撃を誘い、その出だしを叩く……」
「私が行くわ。
役目の内容的に、どう考えても最速の私でしょう?」
「いや、オレとジュンイチもだ」
偵察隊リーダーの言葉に立候補するアスナだったが、そこにキリトもまた、ジュンイチを巻き込んで名乗りを上げる。
「糸口が見えたといっても、相手のHPが膨大なのは変わらないんだ――このままだと間違いなく長期戦になる。
微妙なタイミングでの連携だ。ミスアタックの可能性を減らす意味でも、集中力が切れない内の短期決戦を狙いたい」
「オレ達三人で、狙えるチャンスを一発でも多く増やす――オレ達三人の誰でもいい。チャンスと見たらガンガン狙っていくぞ」
キリトの、そしてジュンイチの言葉に、アスナも無言でうなずいた。剣を握り、一瞬だけ視線を交わして三人が散開、ゴーレムを包囲する。
対し、ゴーレムはジュンイチ達の誰を狙おうか、最適な相手を探しているようだが、ジュンイチ達も目まぐるしくゴーレムの周りを駆け回って、狙いを絞らせない。
それでも、ジュンイチと他二人の距離が開いた一瞬を見逃さなかったのはさすがAIと言うべきか。ジュンイチめがけて剣の一撃を振りかぶり――しかし、AIであるがゆえに、ゴーレムは気づくことができなかった。
ジュンイチが二人から離れたのが“誘い”であったことに――ジュンイチへの一撃の体勢に入ったその瞬間、背後に回り込んだアスナがソードスキルを発動。自動で反応したゴーレムの、ジュンイチを狙った攻撃がキャンセルされ、代わりにアスナのソードスキルに対するカウンター、すなわち分離しての即死攻撃へと移行する。
だがむしろ、そちらの方こそがジュンイチ達の“出してほしかった”攻撃なのだ――今まさにアスナを押しつぶさんとしたゴーレムの半身をキリトがソードスキルで弾き飛ばし、もう一方の半身は偵察隊のひとり、メイス使いが思い切り殴り飛ばす。
「よっしゃ、今だ! フクロにしちまえ!」
そこへ、オトリだったせいで反撃の流れに乗り遅れていたジュンイチを先頭に他のプレイヤーが殺到。ゴーレムの半身それぞれにソードスキルの雨を降らせる。
やがてゴーレムの半身それぞれが引き合い、元通りに合体するが、今度はキリトがソードスキルを放ち、またしても即死攻撃を誘われ……そんな流れを、オトリ役を臨機応変に入れ替えながら繰り返すこと数度、ついに、ゴーレムの半身。その一方が砕け散った。
「よし、半分倒した!」
「あと少しだ!」
「はいソコ、だからって気ィ抜かないっ!」
その声に歓声が上がるが、ジュンイチの叱責の声が飛ぶ。
「この戦いでさんざん思い知らされたろうが! 戦闘終了のメッセージが出るまで、戦いは終わってねぇと思え!
……そら、言ってるそばから悪あがきを始めやがった!」
そのジュンイチの指摘を証明するかように、残るゴーレムの半身が形を変える――身体を構成する岩を組み替え、合体前の姿に戻って戦い続けるかまえを見せる。
が――
「全員が全員――」
「油断してたワケじゃないのよ!」
いざ戦わんとしたゴーレムの身体が深々と、『×』の字に斬り裂かれる――キリトとアスナのソードスキル同時攻撃だ。
「オラァッ!」
そこへさらにキバオウのソードスキルが追撃。大上段からの唐竹割りがゴーレムを捉える――先のキリト達の同時攻撃のダメージエフェクトに加え、ちょうど『×』が『*』に書き直された形だ。
そして――
「ジュンイチ!」
「任せろ!」
ちょうどうまい具合に、ジュンイチとゴーレムとの間に道が開けた。キリトの叫びを合図に、ジュンイチはその道を駆け抜け、一気にゴーレムとの距離を詰める。
対し、ゴーレムもただ黙ってやられるワケがない。迎撃するべく両手の剣を振り上げた。ジュンイチに向け、同時に振り下ろし――
「――なんちゃって♪」
届かなかった。
ジュンイチはその攻撃を読んでいた。真正面から突撃したのは意図的に反撃を誘うため――直前で急制動、突撃を強引に中断する。
結果、標的との距離を見誤る形となったゴーレムの剣はジュンイチを捉えることなく、ジュンイチの目の前の床に叩きつけられる。
「今の、ソードスキルだったらちゃんとオレを追尾して当てられたのにな」
舞い散る床の破片の中、ジュンイチが改めて距離を詰める。振り下ろされた両腕の間をすり抜け、ゴーレムの腹に手を触れ、
「それが、てめぇのAIの限界だ」
ソードスキルの擬似浸透勁を叩き込んだ。衝撃が内部を突き抜け、ゴーレムの身体が内側から爆ぜる。
「今のタイミング、“そう”動けたであろうプレイヤーはキリト達も含めてごく少数。可能性にすれば1%にも満たなかっただろう。
だが、お前は人格非搭載・単純思考型AIであるがゆえに、その1%未満の可能性すら見過ごすことができなかった――ほぼなかったであろう他のプレイヤーからの追撃を馬鹿正直に警戒して、オレへの迎撃にはスキが少ない代わりに追尾の利かない通常攻撃を選ばざるを得なかった。それがお前のミスさ」
大ダメージによる演出でヒザをつくゴーレムに言い放ち、ジュンイチは目の前まで位置の下がったその顔面に掌底を押し当て、
「……殺されたヤツらの無念だ」
打ち抜いた。
浸透勁によって残っていたHPが全損。ゴーレムが動きを止める――数秒の沈黙を経て、その巨体は無数のポリゴン片へと解かれ、消滅していった。
◇
「……やった、のか……?」
最初、誰もがその勝利を信じられなかった。
だが、それもムリはない。この戦い、倒したと思ったら新手が、それも倒したら今度は合体して復活――と、こちらの期待を再三に渡って裏切ってくれたのだから。
しかし、目の前には確かに表示された戦闘終了のメッセージ――
『……ぃやっ、たぁぁぁぁぁっ!』
勝った――その事実を改めて認識した一同の間から歓声が上がる。誰もが生還を喜ぶ中、ジュンイチは息をついてその場にへたり込んだ。
「お疲れさま、ジュンイチ」
「まったくだ。
こんなイレギュラーなボス戦、二度とごめんだぜ」
労うキリトに答え、ジュンイチは彼に助け起こしてもらい、
「……っつーワケだ。
悪いな。またラストアタックボーナスもらっちまった」
「く…………っ」
ジュンイチの言葉に、キバオウは悔しげに唇をかんだ。
「……キバオウ」
「なぐさめの言葉なんかいらんわ」
そんなキバオウに声をかけようとするキリトだったが、当のキバオウに一蹴され――
「ならオブラートなしでハッキリ言ってやるよ」
そこへ割り込んできて、ジュンイチが告げた。
「お前ら……もう攻略に出てくんな」
「ちょっと、ジュンイチくん……」
さすがに、今回の戦いを手伝ってくれた相手に言いすぎなんじゃないか――思わず口をはさもうとするアスナだったが、ジュンイチの右手に制される。
「今回のことで、お前も思い知ったはずだ。
ビビって逃げ出したお前の部下達と、踏みとどまった攻略組のみんな……明らかに、お前らは攻略組に及んでいない。
レベルとか、パラメータとか、装備とかの問題じゃない――もっと根本的なところで、お前らは攻略組に届いちゃいないんだ」
「根本的なところ……やと……!?」
「あぁ、そうだ」
にらむようにこちらを見返し、聞き返してくるキバオウにジュンイチはあっさりとうなずいた。
「けどそりゃ当然だ。
お前らはあの第二十層から、攻略に参加した時から、ずっとオレ達攻略組におんぶに抱っこだったんだからな」
「なんやと!?
ンなワケあるかい! ワイらはずっとお前らと攻略を張り合って――」
「そう、ずっとオレ達と張り合ってきた」
反論しかけたキバオウの言葉を皆まで言わせず、ジュンイチはそう言葉を重ねて――
「だから……」
「“自分達だけでボス戦に臨んだ経験がない”」
放たれた指摘に、キバオウの動きが止まった。
「ボス戦の手柄の取り合いは現状、オレ達攻略組の全勝状態――お前も言っていたことだ。
お前らはオレ達に出し抜かれて攻略に参加しそびれるか、オレ達がボスと戦ってるところに乱入してきて、それでいて仕留めきれずに結局オレ達に持っていかれる、そんなことばかりを繰り返してきた。
それは見方を変えれば、お前らは今まで一度も、《ALF》単独でボスと戦ったことがない、という事実を示している」
そんなキバオウに対し、ジュンイチはあくまで淡々と、冷静に続ける。
「攻略開始直後から厳しい戦いを続けて、精神面でもそれなりのものを築き上げてきたオレ達攻略組とは違う――20層代に入ってからようやく首を突っ込み始めて、“常に攻略組がいる状態で”戦ってきた《ALF》には、ボスの脅威に対する危機感が決定的に欠落していた。
ボスの攻撃に危機に陥っても、それを自力で乗り越えたことがない――結果、逆境の中でも踏みとどまれるだけの根性が身についていなかった。今回のことは、そんな攻略経験の差がここにきて、最悪の形で露呈した結果だ。
もう一度、ハッキリ言ってやる――お前らは、自分の力でアインクラッドを戦い抜いてきたワケじゃない。
ずっと、オレ達攻略組に頼って戦ってきたんだよ」
その言葉に、キバオウは何も言い返せない。その場に崩れ落ちる彼の横を、ジュンイチは一瞥すらすることなく通り抜け、次の階層の扉へと向かう。
ボスを倒したことで解放可能となった扉を押し開き、その先の、暗闇へと続く通路が姿を現して――
「ジュンイチぃっ!」
そんなジュンイチの背に、キバオウの声が投げかけられた。
「ワイらは……ワイらは絶対にお前らには負けん!
お前らみたいな、寄せ集めの攻略組なんかに!」
チラリと肩越しに見やれば、キバオウはその場に立ち上がり、こちらをキッとにらみつけている。
「絶対に、ワイらは戻ってくる……っ! この、攻略の最前線に!
そん時こそが、ワイら《ALF》が攻略組に取って代わる時や! 首洗って待っとれや!」
その言葉に、ジュンイチは答えなかった。視線を前方に戻し、扉の向こうへと消えていく――キリトやアスナがあわててその後を追っていくのを、キバオウは追いかけることなく、ずっとにらみ続けていた。
◇
「……アレでよかったのか?」
「さぁな」
追いついてきて、尋ねるキリトの問いに、ジュンイチは次の階層に続く通路を歩きながらそう答えた。
「アイツらが気づいていなかった、アイツらが気づかなきゃいけなかったことは教えてやったんだ。
それをどう料理するかは、アイツら次第だ――それでおとなしく後方に引っ込むなり自分達の強化に専念するなり、どうしようがアイツらの勝手だ。オレ達にそれをどうこう言う権利はねぇ。
もちろん、このまま攻略に参加し続けるっつーのも選択肢としてはアリだけど……今回こんな目にあっておいてそれでも性懲りもなく出てくるんなら、それこそもう面倒見きれるか。
そん時はもー知らん。勝手に突っ込んで全滅するがいいさ」
突き放すような物言いのジュンイチだったが――後ろを歩くアスナは気づいていた。
ジュンイチは、絶対に最後の可能性はないと確信して言っている、と。
キバオウは、今までの言動に見られるように自分の、自分達のギルドを物事の中心に据えてしかモノを言わない利己的な男だ。
しかし、だからと言って決して無能なワケではない。今回の攻略で《ALF》のメンバーが恐怖によって瓦解した、その中でも立派に戦力として機能していたことでもそれは証明されている。攻略組を離れて《ALF》に加わり、攻略部隊の指揮を任されるまでに上り詰めた実力は伊達ではないのだ。
そして同時に、利己的だからこその打算にも長けている――だからこそ、彼は現状、ジュンイチに指摘されたことを解決させることがもっとも後の利益につながるであろうことを理解したはずだ。少なくとも今後しばらくは今回のダメージの回復と《ALF》のさらなる強化に専念し、攻略に出てくることはないだろう。
しかし――
(“その後”は……いったいどうなるんだろう……?)
今までのことがあるだけに、《ALF》が体勢を立て直したその後、彼らが攻略に復帰してきた時のことを思わずにはいられない。
その時彼らは、そして自分達は、また今までのように攻略の実績を争い、対立することになるのだろうか。
それとも、今回のことを教訓に、今度こそ手を取り合って攻略に挑むことができるのだろうか。
“アインクラッドを攻略して、すべてのプレイヤーをこのデスゲームから解放する”――思いは同じはずなのに、どうして進む道を違えてしまうのか。世の中、本当にままならないことばかりだとアスナは軽くため息をつき――
「……アスナ?」
「何でもないわよ」
そのため息に気づいたキリトに答えて、アスナはらしくもなく難しいことを考えていた自分に内心で苦笑する。
そう。らしくないし、そんなに難しく考えるようなことでもない。
確かに、同じ目的を持ちながら別々の道を歩む攻略組と《ALF》のことを考えると頭が痛い。
だが――
(逆を言えば……“別々の道を選んでいても、思いは同じなんだから”……
“アインクラッドの解放”……《ALF》がそうしているのと同じだ。私達も私達で、そのためにできることをする。
そう……ただ、それだけなんだ……)
なんとなく、天井を――天井に阻まれて見えない、その遥か先にあるはずの第百層を見上げる。
(絶対に、このデスゲームをクリアするんだ……
クリアして、私達は現実に帰るんだ。絶対に……)
(でないと、私は……っ!)
NEXT QUEST......
ジュンイチが偶然助けた小さなギルド、《月夜の黒猫団》。
攻略組を目指す彼らとオレ達は、ひょんなことから行動を共にすることになる。
その選択は、アスナに自分の中の“弱さ”と向き合う機会をもたらす――
次回、ソードアート・ブレイカー、
「月夜の黒猫団」
(初版:2014/08/06)