「ど、どういうことなのよ、それは!?」
ジュンイチの言葉に、少女は思わず驚きの声を上げた。
「オレだって知らんよ。ンなことは。
できることは仮説をズラズラ並べることくらいだよ」
だが――現状ではジュンイチにだって分からないことが多すぎる。仮説ならまだしも、正しい解答など用意できるはずもない。肩をすくめてそう答える。
「では、今すべきことは――」
「あぁ……」
未だ動揺の収まらない少女に代わり、告げるアラストールの言葉にうなずくと、ジュンイチは呆けている悠二を小突いて我に返らせつつ、
「情報収集、だな。
今の現状を、もっといろいろ調べてみよう」
言って立ち上がり――ふと思い出した。少女に告げる。
「あ、そうそう。
とりあえず現時点じゃお前さん自身の呼び名はないよな?
そこでとりあえず、お前のことは“話”の展開に倣って『シャナ』と呼ばせてもらう――名前がないと不便だからな」
「シャナ……?」
「そ、シャナ。
お前さんの刀“贄殿遮那”からのネーミングだ」
反復する『少女』改めシャナに、ジュンイチはうなずき――付け加えた。
「センスの良し悪しについては悠二にクレームを向けるように。“話”の中でそう名付けたのはコイツだ」
第2話
「見えない未来」
「っつーワケで、お前らはこれを頼む」
言って、ジュンイチがシャナ達の前に積んだのは、山の様な古新聞の束だった。
「ごく最近――1ヶ月分のものだ。
これを調べて、お前らの視点から“徒”絡みの事件がないかチェックしてみてくれ。悠二はその手伝いだ」
「私が……?」
「文句はなしの方向で。
こればっかりは、フレイムヘイズとしてのお前さんの目しかあてにできない。適材適所だと思え」
そう告げると、ジュンイチは立ち上がり、
「オレはオレで、オレのできるやり方で調べてみる。
ちょっと地下にこもるけど、フラフラ出歩くなよ。こっちの地理には明るくないだろう」
言って、ジュンイチはリビングを後にして――シャナは不満げにつぶやいた。
「何よ、子ども扱いしちゃって」
ブツブツ言いながらも新聞をのぞき込むシャナを見て、悠二はつぶやいた。
「……されても文句言える見た目じゃないと思うけど……」
ジュンイチが戻ってきたのは意外と早かった。どんな結果が出たのやら、頭をかきながらリビングへと戻り――
「……どうした?」
「なんでもない」
悠二を殴り倒して昏倒させたシャナは、尋ねるジュンイチの問いにあっさりとそう答えた。
「さて、そっちは結局収穫なし……ってことでいいのか?」
「まぁね。
動いてるとしても水面下――ってところかしら」
とりあえず悠二を復活させ、尋ねるジュンイチにシャナはそう答える。
「そっちはどうなの?
……って、その浮かない顔を見れば収穫の有無はわかるか」
しかし、ジュンイチの答えはそのシャナの読みを覆すものだった。
「収穫はあったよ」
「え………………?」
「ただし、悪い方向にね」
シャナに答えると、ジュンイチは息をつき、話し始めた。
「オレがしたのはネット検索だよ。パソコンでのね」
「そんなので、何がわかるんだ?」
「ま、普通にググってもわかるもんなんてないだろうけど……」
聞き返す悠二に答え、ジュンイチはあっさりと告げた。
「“そういうのでのぞけない場所”を探るなら、その限りじゃない」
「って、ハッキングじゃないか!」
「その通り」
あっさりと答える。
「こーゆー超常の事件だぞ。人間様のジョーシキ超えた状況下で、いちいち人間様のルール守ってなんかいられっか」
頭を抱える悠二に告げると、ジュンイチは彼の頭をポンと叩き、
「だが、重要なのはそこじゃない」
「どういうこと?」
「『いるヤツ』と『いないヤツ』がハッキリ区別できた」
シャナに答えると、ジュンイチは彼女やアラストール、そして悠二を順に見回し、告げた。
「まず確認。悠二もシャナもアラストールも、おそらくこの世界の住人じゃない。
お前らはこっちの世界じゃフィクションの存在、小説の中の登場人物に過ぎない――はずだったのがなぜかオレの目の前にこうして存在している。これがまず現在の状況。
で――お前さん達の描かれていた小説、その中に登場する人物の中で、今現在この世界に出現が確認されているのは――」
シャナに視線を戻し、
「フレイムヘイズ」
その胸元のアラストールへと視線を移し、
「“紅世の徒”や“燐子”」
最後に悠二で視線を止め、
「でもって――トーチとミステスだ」
「――と、間をはしょってもわかんねぇよな。順を追って説明してやるよ」
案の定、周囲に疑問符をまき散らすシャナと悠二を前に、ジュンイチはそう前置きして説明を始めた。
「まず、オレが考えた可能性は、『二つの世界が重なった』ってこと――つまり“オレ達のこの世界”と、“この世界じゃ物語の中の存在でしかないお前らが実在の人物として存在している世界”、二つの次元世界が何らかの原因によって重なった。その結果、お前らがこうしてこの街に現れたんじゃないか、ってな。
だから、まずはそれを確かめるために、役所関係のデータベースをまとめて広域ハッキング、“話”の登場人物の名前をかたっぱしから検索してみた」
「で、結果は?」
尋ねる悠二に、ジュンイチは言いにくそうに答えた。
「普通の人間は、誰ひとりとしてこっちには現れていない。
お前のお袋さんも、クラスメートも――トーチにもミステスにもされていないヤツは誰も、だ。
逆に、お前やトーチで名前の判明していたヤツらは、こっちに現れている――本人だけが存在する形で、この府中を物語の舞台・御崎市と重ねる形で住民票が登録されていた」
そう告げると、ジュンイチはシャナへと向き直り、
「でもって、さっきの“燐子”達――ヤツらがいたということは、当然その親玉もこっちに来てるはずだ」
「だから“紅世の徒”と“燐子”、ね……」
「そ。
で、お前らがいることでフレイムヘイズがそこに加わる」
シャナに答え、ジュンイチは息をつき、アラストールに尋ねた。
「で――オレの仮説を裏付けるためにアラストールに聞きたいことがある」
「私に答えられることならば」
「簡単な話さ。
お前らが“存在の力”を使って行う、“自在式”についてだ」
アラストールに答え、ジュンイチは本題に入った。
「あれは、お前らが“存在の力”を使うことで、あり得ない現象を現実にするものだ、と作中じゃ語られていたが……
具体的には、どれだけのことができる? たとえば、できること、できないことの制約、みたいな……」
「理論上はあらゆることが可能だ。
ただし、この世に元々から存在しないもの、消滅などの形で完全に失われたものは作り出すことも再生することもできない――死んだ者を蘇らせることができぬのもそのためだ」
「つまり、それ以外ならどんな不条理でも条理とすることができる……ってことか?」
「相応の自在式と“存在の力”があればな。
もっとも、質の悪い自在式でも、“存在の力”の消費効率が落ちるだけで、その自在式を起動・維持するのに十分な量の“存在の力”さえあれば、あらゆることが可能となる」
その言葉に、ジュンイチはしばし考え込む。
「どう? 仮説は覆った?」
「んにゃ。的中したよ」
尋ねるシャナに、ジュンイチはあっさりとそう答える。
しかし、先ほどからの彼の態度からして、それが決して的中して欲しくなかった仮説であることは明白だ――シャナが表情を引き締める中、ジュンイチは再び口を開いた。
「まず、さっき話した『二つの世界が重なった可能性』が、仮説として成り立たなくなった。
これはさっきの結果が出た時点でわかってる――二つの世界が重なったんだとすれば、物語に登場する人物が全員、もしくはランダムにこっちに現れていなければおかしい。今の現状みたいに、人間だけがきれいサッパリこっちに来てない、っていうのは不自然だ。
特定の条件下の者達だけが存在している現状。そして“存在の力”の必要量さえ満たせばほぼたいていのワガママが通っちまう自在法――以上二つの条件から、オレが考えた新たな仮説は――」
そこで一度間をおき――告げた。
「元いた世界から、お前らだけがこっちの世界に“意図的に”飛ばされた、ってことさ」
「つまり、“徒”達が“紅世”から渡ってくるのと同じように、特殊な自在法で私達フレイムヘイズや“徒”達、そしてトーチやミステスを、こっちの世界に飛ばした、っていうの?」
「そうだ」
確認するシャナに、ジュンイチはそう答えた。
「では、どのくらいの範囲の者達が飛ばされたのだ?」
と、今度はアラストール――その問いに、ジュンイチは答えた。
「たぶん――いや、この仮説が通るとすれば、ほぼ確実に、お前らの世界の地球全域に効果が及んでいるはずだ」
「どういうこと?」
「そうする動機、そうする意味を考えた場合、そういう結論になるってことさ」
シャナに答え、ジュンイチは説明を続ける。
「お前らフレイムヘイズやトーチはともかく、“紅世の徒”をこっちに飛ばす――そこにどんな意味があると思う?」
「もちろん……“徒”を追い払うため、よね?」
「正解。
と言っても、追い払うだけじゃ根本的な解決にはならん。またよその地域から“徒”が流れ着いてきたら元のもくあみだ。
けど――」
そこで一度言葉を切り、ジュンイチはため息をつき、
「もし、全世界の“徒”をこっちに送り込むことができたとしたら?」
『――――――っ!』
ジュンイチの言葉に、シャナとアラストールは思わず息を呑んだ。
彼の言いたいことに気づいたから――同時に、それがどれだけとんでもないことなのか、そのことに気づいたからだ。
と――彼も気づいたらしい。悠二が横から口を挟む。
「つまりこの事態は、誰かが“徒”やその配下の“燐子”、“徒”の王を宿すフレイムヘイズ達を、ひとり残らずこっちの世界に追放した――っていうことなのか?」
「だと思っていい。
そうなるとお前らトーチやミステスも対象になってもおかしくない――何しろ“徒”達の存在した明らかな痕跡なんだからな」
悠二に答え、ジュンイチは続ける。
「と言っても、さっき言った通りまた“紅世”から“徒”達が来たら元通りだ――だから、同時にお前らの世界へは“徒”の侵入を防ぐ防壁が作られたと思う――もちろん自在式でな」
「つまり、この事態の元凶は我らをこちらの世界へと飛ばすと同時、新たに“徒”達が流入することのないよう、あの世界を隔離した、と……」
「オレの仮説の通りならね」
「け、けど……!」
アラストールに答えるジュンイチに、今度はシャナが尋ねた。
「そんなことしたら、元の世界が大変なことになるじゃない!
トーチやミステスはもちろん、私達フレイムヘイズに宿る“紅世の王”も“徒”達も、“存在の力”を得ることであの世界に存在していたのよ。
そんな連中をまとめてよその世界に飛ばしたりしたら、その分の“存在の力”が削られて世界に歪みが生じることになる――」
「そうだな」
あっさりとジュンイチはうなずくが――告げた。
「けど……それ以上歪むことはない」
「――――――っ!」
「そいつがやったのは、そういうことさ。
一度世界を大きく歪ませてでも、歪みを作る元凶どもを排除し、二度と入っていけないようにフタをする――
向こうの世界を守るために、問題を全部こっちに丸投げした――要するに、こっちの世界を捨て駒にしやがったワケだ。犯人殿はあの世界さえ守れれば、他の世界がどうなろうと知ったことじゃないらしい。
とはいえ――荒っぽいが確実な手段であることも確かだ。言ってみればバイオ研究用のクリーンルームみたいなもんか」
「私達は雑菌、ってワケ……!?」
ジュンイチの言葉にうめくシャナだが、そんな彼女にジュンイチは静かに告げた。
「もちろん、この仮説が外れてる可能性だってある――現状得られた情報から考えた場合、もっとも可能性として考えられる話だ、っていうだけの話さ。
それより――」
言いながら、ジュンイチはため息をつき、
「当面の問題は、ンな仮説よりも敵の撃退だな」
「そういえば、お前は“話”を読んでたんだから、敵が何者か知ってるのよね?
となると――その目的や手段も」
「まぁ、な……」
シャナに答えると、ジュンイチは敵についての説明を始めた。
「当面の敵は、御崎市に拠点を構えていた“紅世の王”、“狩人”フリアグネだ」
「なんと……あのフレイム殺しの“狩人”か」
「本人にはその意味で呼んでやるなよ。怒るから。
アイツが“狩人”を名乗るのは、あくまで宝具を狩り集めるからなんだからさ」
驚きの声を上げるアラストールに答え、ジュンイチは続ける。
「アイツの目的は、もっとも大切な“燐子”を“燐子”ではない一個の存在とすること――そしてそのために、莫大な“存在の力”を確保することだ」
「なら、その目的を逆手に取れば、そいつを討滅することも……」
「あー、それなんだが……」
言いかけたシャナに、ジュンイチは幾分言いにくそうに告げ、
「そりゃムリだ」
「どういうことだ?」
「状況はとうに、“話”の外に飛び出しちまってるんだよ」
アラストールの問いにはあっさりと答えを返す。
「さっきも言ったろ。アイツの目的。
『もっとも大切な“燐子”を“燐子”ではない一個の存在とすること』――ってな」
「言ったわね。
で?」
「その問題の“燐子”なんだが……」
シャナに答えると、ジュンイチは告げた。
「さっきの戦いで、オレが斬っちまった」
「つまり、登場人物は欠員があるもののそこそこ揃っているが……」
「あぁ。
展開はすでに、元々の流れから外れたところに向かおうとしてる、ってことさ」
シャナ達に街を案内するために外出した道中――公園で一休みしながらジュンイチはアラストールの問いにそう答える。
「特に序盤のキーパーソンをぶった斬っちまったのが痛い。そいつの関わっていた部分から、どんどん展開が脱線していくことになる――」
「どうなるっていうんだ?」
「知るか」
尋ねる悠二にジュンイチは即答。ポケットを探って小銭を確認すると目の前の屋台に向かい目的のものを買う。
「とっくにタガは外れちまってんだ。
この先どうなるか、なんて、オレにだって予測できるかよ」
「タガを外した張本人が言うセリフ?」
「言うな。決意が鈍る」
シャナの言葉に、ジュンイチはため息をつき、
「あの時だって十分迷ったんだ――『展開』を重んじて後に対応しやすくするなら、斬るべきじゃないんじゃないか――ってな。
けど、あのままほっといて犠牲者を出させるワケにはいかなかったんだ。仕方ないだろ」
そう告げ、ジュンイチは買ったもの――たい焼きをひとつ彼女に手渡す。
「あまり、彼女に甘いものは……」
「心配するな。コイツが無類の甘党だってことは知ってる」
シャナの保護者的存在であるアラストールが言うが、ジュンイチは悠二にもたい焼きを渡しつつあっさりとそう答え、
「だから――ちゃんと“それなりのもの”を用意させてもらった」
「………………?」
おそらく人間の姿であったなら眉をひそめていたであろう――アラストールが沈黙した、その時、
「………………う」
シャナが動きを止めた。
満面の笑みでたい焼きにかぶりついたそのままで。
「………………?
どうした? シャナ」
悠二の問いに、シャナは静かに答えた。
「………………甘くない」
「へ?」
「当然だ。お前のだけ中身はあんこじゃない」
思わず目を丸くする悠二のとなりで、ジュンイチは答えて自分のたい焼きにかぶりつき、
「お前のはここの名物、ワサビクリームバージョンだ」
「なんてもの食べさせるのよ!」
「何を!? ドッキリメニューとして密かに大人気なんだぞ!」
「『ドッキリ』って時点で味を度外視してるでしょ!」
反論するジュンイチにシャナが言い返し――
――瞬間、世界が紅に染まった。
「これは……“封絶”!?」
「ったく、ようやく来やがったか……」
うめくシャナのとなりでジュンイチがため息まじりにつぶやき――その言葉をアラストールは聞き逃さなかった。
「『ようやく』……?
まさか貴様、こうなることを見越して……?」
「でなきゃ公園なんか素通りで終わってたし、わざわざシャナの怒りのボルテージを上げたりしないよ。
部下の“燐子”からマリアンヌ戦死の報告を受ければ、そろそろ怒り来るって出てくるだろうと思ってたからな。
で――悠二は下がれ。巻き込まれても責任は持たんぞ」
アラストールに答え、悠二に告げ――ジュンイチは頭上を見上げ、告げた。
「シャナ。
その怒り――アイツめがけて思う存分八つ当たってやるがいい」
そのジュンイチの視線の先、公園の上空には彼が静かに佇んでいた。
水面下に怒りの炎をみなぎらせた、純白のスーツに身を包んだ“紅世の王”――“狩人”フリアグネが。
(初版:2006/04/23)