真紅に染まった公園の中央で、彼らは静かに対峙していた。

 片やフレイムヘイズと“炎”のブレイカー。

 片や“狩人”の異名を持つ“紅世ぐぜの王”。

 激突の時は、すぐ目の前に迫っていた。

 

 


 

第3話
「“狩人”襲来」

 


 

 

「キミ達か……
 ボクのマリアンヌを殺してくれたのは」
「悪いね、さっさとっちゃった。
 こっちの世界でまで、『物語』通りに動かせてやるつもりはねぇんだよ」
 静かに、だが圧倒的な迫力と共に告げるフリアグネに、ジュンイチはあっさりとそう答える。
「ってなワケで、とっとと“紅世ぐぜ”に帰ってくれるとありがたいんだが」
「そう言われて、素直に帰ると思っているのかい?」
「思ってないけどさ」
 淡々と言葉を交わす二人――だが、その間にはとてつもないプレッシャーが満ちている。
「ならば、することはひとつのはずだ」
「だよね。
 そんじゃ……」
 フリアグネに答え、ジュンイチは息をつき――

 次の瞬間、背後に現れたぬいぐるみ型の“燐子りんね”を、ジュンイチとシャナは瞬時に斬り捨てていた。

「――次っ!」
 その一瞬の攻防が開戦の合図になった。ぬいぐるみ、プラモデル、フィギュア――あちこちから一斉に姿を現した“燐子りんね”に対し、ジュンイチは間髪入れずに跳躍、一気に間合いを詰めると手近にいた1体を叩っ斬る。
 一方でシャナもジュンイチとは反対方向へ跳び、別の“燐子りんね”を両断する。
 そして、ジュンイチは次の1体を斬り捨てると右手を振りかぶり、
「総員――伏せ!」
 告げると同時、とっさに伏せたシャナや悠二の頭上を炎が荒れ狂う。
 炎は周囲の“燐子りんね”を薙ぎ払い、一直線にフリアグネへと迫り――消えた。
 フリアグネに届くかと思われたその瞬間、まるでかき消されるかのように炎が消失したのだ。
 だが、ジュンイチは自分の攻撃が防がれても動揺はなかった。あっさりとフリアグネに告げる。
「……火除けの指輪“アズュール”か」
「おや、知っていたのかい?」
「まぁね。
 フレイムヘイズの炎を防ぐのは知ってたけど――まさかそれとは別の“力”で燃えるオレの炎まで止められるとは思わなかったよ」
 フリアグネに答え、ジュンイチは爆天剣を構え直し、
「となれば――直接てめぇをぶった斬るしかないワケだ」
「できるのかい?」
「とりあえず試してみるとしよう」
 フリアグネに答えると、ジュンイチは身を沈め――
「――――――っ!」
 フリアグネは気づいていた。素早く背後に飛び込んだシャナの“贄殿遮那にえとののしゃな”――その刃を、周囲にたなびく純白の長衣で絡め取って受け流すとそのままシャナをジュンイチのとなりに投げ飛ばす。
 身を起こすシャナの姿をフリアグネは悠然と見下ろし――ジュンイチはシャナに告げた。
「……不意打ちヘタだなー、お前」
「うるさい!」
「仕方ないよ。フレイムヘイズはその性質上直情傾向が強いんだからね」
「あー、気配隠し切れないのか」
「納得するな!」
 ジュンイチに言い返すとシャナは立ち上がると“贄殿遮那にえとののしゃな”をかまえる。
 フリアグネの挙動に注意を払いつつ、ジュンイチに尋ねる。
「……で? どうするの?」
「お前さんがしくじってくれたおかげで「うるさい!」あの羽衣っぽい布が刃を止められるのはわかったし……」
 抗議の声を上げるシャナにかまわず、ジュンイチはしばし思考をめぐらせ、
「……とりあえず攻めるか」
「『とりあえず』?」
「試してみたいことがあるってことさ♪」
 シャナにそう答え――ジュンイチは今度こそ地を蹴った。
 瞬間的にトップスピードに到達。一気にフリアグネの眼前へと飛び込み――消える。
 フリアグネの目の前で真横に跳躍、そのまま身をひるがえして背後に回り込んだのだ。
 間髪入れずに爆天剣を振るい――フリアグネの“羽衣”がその刃を受け止める。
 だが――ジュンイチは笑みを浮かべて告げた。
「燃えとけ♪」
 その瞬間――羽衣が爆天剣に絡みついたところから燃え上がり、一瞬にして灰となって散っていく。
「やっぱ、“アズュール”で防げるのはお前自身だけか」
 納得しながら、ジュンイチはフリアグネから距離を取り、
「となれば――お前の“燐子りんね”どもや武器は遠慮なく燃やせるワケだ。
 なら、後はお前の手駒を片っ端から蹴散らしていけば、守るもののなくなったお前を遠慮なくぶった斬れるってワケだ」
「やれるものなら――やってみるといい」
 フリアグネが答えると同時――“燐子りんね”達は一斉にジュンイチ達へと襲いかかった。

「――そこっ!」
 “燐子りんね”の動きなど取るに足らない――シャナは素早く間合いを詰めると一瞬にして左右の“燐子りんね”を斬り捨て、その場を駆け抜けていく。
 一方でジュンイチもまた間合いに入る“燐子りんね”を次々に斬り捨て――フリアグネへと視線を向けた瞬間、それに気づいた。
 フリアグネが取り出し、シャナに向けた拳銃、それは――
(ヤ)
 その瞬間には、すでに身体が動いていた。
(バ)
 渾身の力で跳躍し、身を躍らせる。
(い)
 シャナとフリアグネを結ぶ直線、その中間に割り込み――
(!)
 かざしたその手で、フリアグネの拳銃から撃ち出された“力”の弾丸を受け止めていた。
「何――――――っ!?」
 効かない――予想外の事実に眉をひそめるフリアグネに、ジュンイチは告げた。
「“トリガーハッピー”――フレイムヘイズの体内に眠る“紅世ぐぜの王”の休眠を強制的に解除し顕現させ、フレイムヘイズを爆死させる宝具……
 だが、残念だったな――オレはフレイムヘイズじゃない。いくらそれで撃たれようと、叩き起こされる“紅世ぐぜの王”がいない以上、効果を受けることはない」
 告げるうちに、“銃弾”によって傷つけられた手が治癒していく。
「“アズュール”は炎をロクに使えないシャナには意味がない。
 “トリガーハッピー”はオレが防げばいい。
 お前さんの自慢の逸品、いきなり二つも封じられたな」
「確かに……やってくれるね」
 ジュンイチの言葉に、フリアグネは答えながら間合いを取り、
「だが――それで優位に立ったとは思わない方がいいね。
 宝具の必殺性に頼るのではなく、宝具を使いこなすことで必殺につなぐ――私はそれ故の“狩人”なのだからね」
 言って、フリアグネは1枚のトランプを取り出し――突如、それらが無限に増殖する!
 あれは――
(“レギュラーシャープ”か!)
 ジュンイチがその正体を看破した次の瞬間、それらは一斉にシャナやジュンイチへと襲いかかり――
あめぇっ!」
 ジュンイチはすでに反応していた。素早く生成、解き放ったフェザーファンネルの一斉射撃でそれらをまとめて薙ぎ払う。
 巻き起こる爆発で一瞬視界が奪われ――
「――――――そこだぁっ!」
 気配による探知精度が桁違いに優れているジュンイチにとっては、その一瞬で十分だった。振るった右手から放たれた炎は一直線にフリアグネへと襲いかかる。
 当然“アズュール”の力によって炎はかき消されるが――ダメージなど最初から期待していない。放った炎を更なる目くらましにして、ジュンイチはフリアグネの死角へと回り込む。
 その動きから流れるように斬撃に移行するが、フリアグネもそれをかわし、懐からそれを取り出す。
 まるでコインのようなものが繋がった、鎖のような――
(――――“バブルルート”!)
 狙いはすぐにわかった。すぐに刃を引き、飛翔してきたその金貨の鎖を空いている左手に絡みつかせる。
 すぐに左手を引き、鎖で繋がったフリアグネを引き寄せようとするが、相手もこちらと力比べをするつもりはなかった。あっさりと手放し、二人は再び距離を取って対峙する。
「……どうした? もう切り札は品切れか?」
 フリアグネの手から離れたことで“力”を失い、力なく左手に巻きついた“バブルルート”を外しながら、ジュンイチはフリアグネに問いかける。
 だが――内心では若干の焦りを抱いてもいた。
 幸いというか、これまでフリアグネが使ってきた宝具は、すべて『物語』の中に登場したものだった。だからこそ対応できたのだが――以降もそうだとは限らない。
 いや、むしろ自分の知らない宝具が飛び出してくる可能性の方がはるかに大きい。何しろ『物語』中に姿を見せたフリアグネの宝具は、ほぼすべて出そろっているのだから。
 自分が知り、且つフリアグネがまだこの場で使用していない宝具が残っていないワケではないが――
(この状況じゃ、使えないな……)
 すでに自分とフリアグネがやり合っている間に、シャナの手によって“燐子りんね”はほぼ全滅、というレベルにまでその数を減らしていた。“あの”宝具を使うには条件が悪い。
 確実に効果を及ぼせる状況を作り出さないことには、あの宝具は使えない――ジュンイチはすぐに気配をさぐり、“燐子りんね”やシャナ、悠二の位置を確かめる。
 “燐子りんね”は残っている数体シャナにかかりきり、悠二は巻き添えを避けてやや後方――特に問題は見えない。
 これなら大丈夫か――そう判断しかけたジュンイチだったが、
(――――――っ!?)
 気づいた。
 気配――というか、シャナの周囲に複数の空間の揺らぎ。これは――
「シャナ! そこから離れろ!」
「何でよ!?」
「いいから!」
 反論するシャナに言い返すジュンイチだが――その口論のタイムラグが命取りとなった。空間の揺らぎの中から現れた多数の“燐子りんね”が一斉にシャナへと飛びかかり、彼女の小さな身体にしがみつく!
 だが――
「シャナ、頭下げて!」
「――――――っ!?」
 突然声を上げた悠二の言葉に、シャナはとっさに頭を“燐子りんね”の影に引っ込め――
「ナイス悠二!」
 そんな彼女の頭のすぐ上を刃が駆け抜け――ジュンイチが“燐子りんね”数体の首をはね飛ばす!
 そのスキにシャナはなんとか脱出し、ジュンイチもまた次の獲物を狙い――フリアグネは告げた。

「かかったね」

 その瞬間、新たに現れた“燐子りんね”達がジュンイチにしがみつく!
(二段構え――!?)
 それはフリアグネのワナだった。ジュンイチはフリアグネと対峙していながらもシャナ達の動きを常に意識していた。“トリガーハッピー”にすぐに対応できたのもそのためであり、“レギュラーシャープ”の攻撃の際もシャナ達を狙った分まで迎撃している。
 そんなジュンイチがシャナが捕まって助けに動かないはずがない――フリアグネはそう読み、シャナを狙うフリをして最初からジュンイチを狙っていたのだ。
「くそっ、放せっつーの!」
 うめき、“燐子りんね”をふりほどこうとするジュンイチだったが、
「それは困るね」
 言って、フリアグネが懐から取り出したのはハンドベル。
 それは――
「――“ダンスパーティ”!」
 思わずジュンイチが声を上げ――それを聞いたフリアグネの口元に笑みが浮かんだ。
「やはり知っていたか」
「――――――っ!」
 思わず息を呑むジュンイチだが、そんな彼にフリアグネは悠々と告げる。
「さっきから気になっていたが――キミは私の宝具に対し、明らかに先読みではなく取り出した宝具を確認した上でリアクションを起こしている。
 つまり――キミは私の宝具を知っているということだ。だから、キミは私の攻撃に対応できる。
 それなら、確実に効果を活かせる状況を作り出し、その上で使えばいい」
 告げて、フリアグネはハンドベルを鳴らす。ただ一度。

 その瞬間――ジュンイチを捕らえていた“燐子りんね”達が一斉に爆発した。

「く………………っ!」
 強烈な爆風を受け、シャナは太刀を大地に突き立てて耐えしのぐ。
「ジュンイチさん!」
 比較的離れたところで、悠二も声を上げる。
「さすがにこれは耐えられまい」
 一方で勝ち誇り、フリアグネは改めて“トリガーハッピー”をシャナに向ける。
 これが効かない――もっとも有効な盾を務めていたジュンイチはもういない。これさえ当てればこちらの勝ちは確定だ。
 勝利の確信と共に、フリアグネは引き金に指をかけ――

 

「させるか、バーカ」

 

「――――――っ!?」
 気づくと同時に身体が動いた。フリアグネはとっさに身を沈め、背後から放たれた多数の閃光をかわす。
 それでも、なんとか体勢を立て直すと共にシャナへと狙いを定め直し、引き金を引き――だが、弾道からシャナの姿が消えた。
 そして、
「――セーフ♪」
 スライディングするようにブレーキをかけ、シャナを抱えたジュンイチは悠二のすぐとなりで停止した。
「貴様――――――っ!」
「はい、そこまで。
 本性表しかけてるよ、“狩人”さん♪」
 うめくフリアグネに告げ、ジュンイチはフェザーファンネルからビームを放ち、彼の足を止める。
 先程フリアグネを狙った閃光は、フェザーファンネルによるものだったのだ。
「まさか、今のをしのぐとはね……」
「いろいろと、やりようはあるってことさ。
 で――どうする? まだやるっていうなら相手になるけど」
 答え、逆に尋ねるジュンイチの言葉に、フリアグネはしばし考え、
「……こちらがやるなら相手になる――それはつまり、退くなら見逃す、と受け取ってもいいのかな?」
「判断はご自由に」
「ならば退かせてもらうよ」
 ジュンイチに答えると、フリアグネは上空へと舞い上がり、
「どうやら、こちらの手の内を知られているようだからね――ここは一度、退くのが吉だ。
 また、改めておじゃまさせてもらうよ」
「茶でも用意しておくよ」
 答えるジュンイチの言葉に、フリアグネは笑みを浮かべながら周囲の景色に溶け込み、消えていった。

「………………ふぅっ」
 フリアグネの気配が完全に消えたのを確認し、ジュンイチは息をついた。
 すでに“燐子りんね”は1体も残っていなかった。とはいえこちらのダメージもバカになるものではなく、何より『あまり長引かせたくない理由』もあった。だからこそ退いてくれないかカマをかけてみたのだが――うまくいったようだ。
 と――
「下ろしてくれると、助かるんだけど」
「おっと」
 どう対応すればいいのかわからない、といった複雑な表情で頬をふくらませ、告げるシャナの言葉に、ジュンイチはようやく自分がどういう体勢なのかを思い出した。
 右手はシャナの肩を抱き、左手で彼女の両足を抱え――いわゆる『お姫様抱っこ』というヤツだ。
「悪い。完全に忘れてた」
「忘れるな!」
 シャナの抗議もあっさりと聞き流し、ジュンイチは彼女を下ろしてやる。
「なぜヤツを見逃したのだ?」
「あまり、ヤツを追い込むワケにはいかない理由があってね」
 アラストールの問いに、ジュンイチは悠二を助け起こしてやりながらそう答え、
「とりあえず今日はここまで。
 家に帰って休むとしようか」
 そうジュンイチが提案すると、今度はシャナが尋ねた。
「けどお前、あの爆発でどうして……!?」
「『無事だったのか』――って?」
 尋ねるジュンイチに、シャナは無言でうなずく。
 そんなシャナに、ジュンイチはあっさりと答えた。
「耐えた♪」

「……向こうも、なかなかやるようだね……」
 薄暗いその空間の中で、フリアグネはひとりつぶやいた。
「それに、こちらの見通しも甘かった。
 私としたことが、つい感情的になって敵の戦力を見誤るとは――」
 告げ、彼は眼下のそれを見下ろした。
「だが――切り札はこちらにある」
 その言葉に宿るのは絶対の自信。
「彼らがマリアンヌを殺してくれた――その恨みは忘れはしない。
 だが……今は彼女を蘇らせることが先決だ」

 

「……“都喰らい”を使って、ね……」


 

(初版:2006/06/18)