「…………と、ゆーワケで、しばらくこの二人を居座らせることにした」
陽も沈み、家人達が戻った柾木家――妹のあずさや、仲間でありこの家に下宿しているジーナやファイ、その相棒であるプラネル達にジュンイチはシャナ達のことを紹介した。
「えっと……よろしくお願いします」
「………………ふんっ」
申し訳なさそうに一礼する悠二とそっぽを向くシャナ、二人の反応はそれぞれ“らしい”ものだったが、
『キャアァァァァァッ♪』
あずさ達の反応はそんな二人の予想をはるかに超えていた。黄色い歓声と共にシャナ達を取り囲む。
「本物!? 本物のシャナちゃん!?」
「まさかホントに会えるなんて♪」
「え? え??」
大はしゃぎのジーナやあずさのテンションに、当のシャナは困惑するしかない。
そんな状況に説明を求める視線を向ける悠二に――ジュンイチは簡潔すぎる答えを返した。
「うちの家人は全員読者だ」
すでに“布教”は完了していた。
第4話
「ひとまずの休息」
「さて、フリアグネに帰ってもらったところで、今後の方針を話し合わないとな」
ジーナ達による熱烈すぎる歓迎も終わり、ジュンイチは改めてそう告げて場の空気を引き締めた。
「すでに多数の宝具を看破されはしたけど、フリアグネにはまだ切り札がある。
それがある限り、こっちが有利とは決して言えない」
「切り札……?」
ジュンイチの言葉に眉をひそめるシャナだが――そのとなりでつぶやいたのはジーナだった。
「……“都喰らい”、ですね?」
「何………………!?」
その言葉に驚愕の声を上げたのはアラストールだった。
「まさか、フリアグネは“都喰らい”を起こそうとしているのか!?」
「あぁ」
尋ねるアラストールに、ジュンイチはあっさりと答える。
「街ひとつを丸ごと高純度の“存在の力”に変換してしまう自在法“都喰らい”――そのための起爆剤として、ヤツはお前らの元いた御崎市に大量のトーチを配置していたんだ」
「その過程で、こいつも“喰われた”ってことね」
ジュンイチの説明に納得し、シャナは悠二へと視線を向ける。
「そしてそのトーチも“こっち”に来てる以上、“都喰らい”発動の条件は未だ整っていると思っていい」
告げるジュンイチの言葉に、一同の表情が引き締まる――ジュンイチの言葉が真実なら、フリアグネはいつでもこの街を吹き飛ばせることを意味しているのだ。
「なるほど……貴様が戦いを長引かせようとせず、且つフリアグネを追い詰めることを良しとしなかった理由はこれか」
「あぁ。
元々ヤツはマリアンヌを一個の存在とするための自在法――その起動に必要なエネルギー源として“都喰らい”をあてにしていた。
だが――もうそのマリアンヌはいない。ヤツは“都喰らい”を攻撃の手段として使うことができる」
「ち、ちょっと待って!」
アラストールに答えるジュンイチに待ったをかけたのはあずさだ。
「けど……だとしたらフリアグネさんはどうして“都喰らい”を発動させないの?
もう本来の目的に使う必要なんかないんだから、さっさと発動させちゃえばこの街もろともあたし達を排除できるのに」
「どうせ、巻き込まれるのが怖いんでしょ」
あずさにそう答えるシャナだったが――
「違う」
答えたのはジュンイチ――ではなく、アラストールだった。
「ヤツの真名がそれを阻んでいるのだ」
「“狩人”……ですか?」
「うむ」
聞き返すファイに言葉だけでうなずき、アラストールは続けた。
「ヤツは宝具を狩り集める“狩人”フリアグネ……故に、今のヤツはこの街を“都喰らい”で破壊できない」
「そうか……“ミステス”の悠二くんがいるから……」
ジーナのつぶやきに、全員の視線が悠二に集まる。
「宝具を目の前にしていながら、手に入れることなく街ごと消し飛ばす――それは“狩人”として決して選べぬ選択。自身の存在意義の否定にもつながる重要な問題だ。
だから――少なくとも坂井悠二が健在である限り、ヤツは“都喰らい”を発動させられない」
「なるほど、つまり……」
「そういうことだ」
アラストールの言葉に納得し、もらしたシャナのつぶやきに、ジュンイチはうなずき、告げる。
「これからの戦いは、オレ達とフリアグネ一派による、坂井悠二争奪戦になる」
「……“都喰らい”を発動させれば、ヤツらを始末するのはたやすい……」
自らの潜む隠れ家で、フリアグネは静かにつぶやいた。
「だが……それではあの“ミステス”をも巻き込んでしまう……
私が“狩人”である限り、それは決して選べない……」
ジュンイチの読みは正しかった――やはりフリアグネは“ミステス”である悠二を手に入れるまで、“都喰らい”を使うつもりはないようだ。
「それに……この“都喰らい”は今となってはまったく違う意味を持った……」
決意と共に、フリアグネはそこから見渡せる府中の夜景を見渡した。
「待っていておくれ、マリアンヌ……
“都喰らい”で、必ずよみがえらせてあげるからね……」
「……とまぁ、今後の見通しが立ったところで……次は当面の問題だな」
自分のせいで場の空気が重くなったことなどまったく気にせず、ジュンイチは改めて口を開いた。
「当面の問題?」
「そ、当面の問題」
聞き返す悠二に答え、ジュンイチは告げた。
「お前さんはともかく、学生だった悠二は“オレ達の世界”に来た際に、やっぱり“存在の力”の関係で修正がかかってた――
調べたところ、悠二はウチの学校の生徒――しかもご丁寧にオレ達のクラスに名前を確認した」
「好都合ね。
それならコイツを守りやすいじゃない」
「そーゆーこと。
だから……」
シャナに答え、ジュンイチは彼女の肩をポンと叩き――告げた。
開けて翌日――
「にしても、ウチが私服通学OKで助かったな」
「それにしたって、この格好のままでもOKってのは、ちょっと引っかかるんだけど」
街を歩きながら告げるジュンイチの言葉に、シャナは愛用の黒衣“夜笠”をひるがえして困惑の声を上げる。
そしてその後に悠二が続き、さらにジーナやファイ、あずさ――そして合流してきたライカ達も付いてきている。
彼らは現在学校への通学中。その一行になぜシャナと悠二が加わっているのか――その答えを知るには、夕べのやり取りまで話を戻す必要がある――
「そーゆーこと。
だから……」
シャナに答え、ジュンイチは彼女の肩をポンと叩き――告げた。
「お前もウチのクラスに転入させるよう手はずを整えておいた。
書類は用意してあるから、後で必要事項を記入するように♪」次の瞬間、シャナは“贄殿遮那”でジュンイチをブッ飛ばしていた。
「何でそうなるのよ!?」
完璧なまでのクリティカルヒット――天井に激突し、床に転がるジュンイチの胸倉をつかみ、シャナは激昂して声を上げる。
そして悠二を指さし、さらに言い放つ。
「悠二は学校にいる間は貴方といるんだから、私は外から調べれば……」
「この街の地理、わかるのか?」
その一言に、シャナの動きが停止した。
「まぁ、それはしばらく街を見回れば解決するだろうが……この街の人間、濃いヤツが多いんだ」
「キミが平然と暮らしていられるくらいだからね」
余計な茶々を入れた悠二はジュンイチの投げつけたコップの直撃を受けて沈黙した。
「そんなワケで、お前にそういうヤツらとトラブられても困るんだ。
だからお前には学校に通いつつ、この街に慣れてもらう――何かあった時にオレ達からフォローするためにもね」
ジュンイチの言葉に、シャナは思わず沈黙する。
しばし黙考。自分に関わってくる利害を天秤にかけ――
「………………わかったわ」
渋々ながら、ジュンイチの提案に同意した。
「えー、夏休み前のハイングラムに続き、またもや転入生が来ることになった」
朝のホームルームが始まるなり、クラス担任の鷹清水はそう切り出した。
頬杖をつき、アクビまじりにその言葉を聞きながら、ジュンイチはチラリと悠二へと視線を向けた。
すでに悠二は“修正”によってクラスの一員となっている――ジーナのとなりの席(元空席)で鷹清水の話を聞いている。
そんな中、鷹清水は廊下に向けて声をかけた。
「そういうワケだ。
入っていいぞ」
その言葉と同時――悲鳴にも聞こえる歓声が上がった。
言うまでもなく、シャナの容姿に反応した面々によるものだ。
そのまま無言で黒板のチョークを手に取ると、スラスラと名前を書いた。
そういえば、封筒ごと渡した転入の書類は封までされた状態で返され、結局彼女がこの学校でどう名乗るつもりなのかは聞けずじまいだ。興味を抱き、ジュンイチもまた黒板に視線を向け、彼女の書いた名を見て――
止まった。
彼女がこの街が暮らすために得た仮初の名、それは――
「柾木紗奈です。
よろしく」
シャナがそう告げるのとほぼ同時――事情を知る面々と事前にその名を聞いていたらしい鷹清水を除く全員の視線が、呆然と硬直するジュンイチに集まった。
「………………はい?」
一同の注目を浴び、ジュンイチは思わず間の抜けた声を上げ――そんなジュンイチを前に、シャナはまるでイタズラを成功された子供のごとき笑みを浮かべていた。
「ちょっと来い!」
直後に訪れたHR〜1時限目間の休み時間は級友達からの質問(尋問とも言う)でツブされた――幸いにも教科担任不在で自習となった1時限目(やはりここでも尋問された)が終わるなり、ジュンイチは後ろの席に座るシャナの手をつかみ、彼女を連れて教室を飛び出した。
教室内では「逢い引きだ!」「駆け落ちよ!」などと黄色い歓声が飛び交っているが、相手にしている時間も惜しいからこの際シカトさせてもらう。迷わず屋上へと直行し、ジュンイチはシャナを問い詰めた。
「どういうつもりだ、あんな名前名乗りやがって!
一応下宿することになった従姉妹ってことでごまかしといたけど!」
「あら、奇遇ね。
私も同じようにごまかしておいたわ」
「そーゆー問題じゃないっ!」
絶対に確信犯だ――力いっぱい言い返し、ジュンイチはなおもシャナに詰め寄る。
「何よ、『シャナ』って名づけたのは貴方じゃない」
「いや、それは悠二であって――」
「『物語』の上での話でしょう?」
あっさりとシャナは返してくる。
「現実には貴方が名付け親なのよ。私にとっては。
それに、貴方のところに下宿するんだから、貴方の姓を名乗っておくのが一番当たり障りがないでしょ? 親族ってことなら余計なウワサも立ちにくいだろうし」
「む………………」
言われて見れば確かにそうだ――シャナの言葉に思わずジュンイチは反論に詰まる。
だが、『余計なウワサ』云々については、対策としてまるで機能していない気もする――というか実際機能していない。
「とにかく、もう書類も提出済みだし、皆にも名乗ってしまった以上どうしようもない。
今から撤回するのはかえって怪しい――もはやこれで通すしかあるまい」
「いらん既成事実を作りやがって……」
シャナの胸元から告げるアラストールの言葉にうめき――改めて視線を向けた時には、すでにジュンイチは立ち直っていた。
「仕方ない。お前さんの用意した設定でいくぞ」
「切り替え早いわね」
「それがもっともリスクが少ないのは確かだからな。
無条件に人の意見を採用するのは危険だが――それが理に適っていれば話は別だ」
シャナの言葉に答え――ジュンイチは付け加えた。
「あぁ、それからもうひとつ」
「何?」
「授業はおとなしく受けろよ」
『物語』の中で、シャナはもぐり込んだ悠二の学校の教師達を次々に論破し、凹ませた“前科”がある。
まぁ、龍雷学園の教師陣は良くも悪くも優秀だ。入試のハードルが低いにも関わらず優秀な人材を数多く輩出しているのはダテではない――その教え方がシャナの怒りに触れることはあるまいが、釘を刺しておくに越したことはない。
だが、シャナの答えは――
「相手によるわね」
あっさりと返ってきたその答えに――ジュンイチは確信した。
ダメだこりゃ。
そして、懸念は的中した。
「……オレは、『おとなしく』と言ったはずだが」
「それはムリってものよ」
憮然とした顔で告げるジュンイチに、シャナはあっさりと答えて弁当(ジュンイチ作)を取り出した。
龍雷学園の教師達は、今日もいつもの通り要領を得た授業を展開した。これならばシャナが口をはさむことはあるまいと、ジュンイチは正直安堵していたのだが、シャナは――
こともあろうに、対抗意識を燃やしてくれたのだ。
元々が負けん気の強いシャナのこと。要領を得、その上博識な龍雷学園の教師達に対し、自身の知識を持って敢然と立ち向かったのだ。
向上心があるのは良いことだと思うが――だからと言って、高等部の授業で相対性理論やフェルマーの最終定理、魔女狩りの歴史的背景について熱く真剣に語り合わなくてもいいではないか。おかげでライカは頭からシュ〜ッ、と煙を上げ、未だに再起動の気配すらない。
彼女の辞書に『穏便』という言葉はないらしい――わかってはいたが改めて実感し、ジュンイチは天井を仰いでため息をつき――
「………………む」
突然シャナが動きを止めた。
見ると、彼女は箸を軽くくわえたままその動きを止めている。
「……どうした?」
「これ……貴方が作ったのよね?」
「あぁ」
尋ねるシャナに、ジュンイチは平然とそう答える。
今さら確認するまでもあるまい――今朝早く起床してきたシャナはジュンイチがいつものように弁当のおかずを作っているところを目撃しているのだから。
一体何が言いたいのだろう――眉をひそめるジュンイチだったが、シャナはそんな彼に告げた。
「…………おいしい」
「そりゃどーも」
それがどうして停止する理由になるのだろうか――ますますワケがわからないジュンイチだったが、シャナはもう一度つぶやいた。
「……甘くないのに」
「…………なるほどね」
重度の甘党であり、『美味=甘い』という前提を持つシャナにとって、『甘くないのに美味い』というのは慣れない感覚なのだろう。
そんなシャナの困惑ぶりに苦笑し、ジュンイチは肩をすくめて告げた。
「デザートは、お前好みの甘味系だぞ」
そんなこんなで昼休み――そして午後の授業は何事もなく終わった。
ただし、『シャナと教師陣の対決を除き』という前提条件付ではあったが。
ちなみに、シャナの本日の戦績は――勝利2、辛勝1、時間切れによる引き分け2である。
「え………………?
じゃあ……」
「そ。フリアグネは探さない」
学校からの帰り道、聞き返すジーナにジュンイチが答える。
「向こうとしては、こっちが躍起になって自分達を追ってくると思ってるはずだ。フレイムヘイズは直情系が多いからな。
となれば、それに応じた体勢を取っているはずだ――わざわざそこに飛び込んでやる理由もない。
どうせ連中は悠二を狙ってくる――こっちから追うよりも体勢を整えて迎撃するのが正解だ」
「けど……そう簡単にフリアグネは動くの?」
ジュンイチの言葉にシャナが聞き返すと、
「動く」
そう断言したのはジュンイチではなかった。
「シャナ――キミ達フレイムヘイズは、“紅世の徒”が人を喰うことで発生する歪みを探知して目標を探すんだろう?
いくらトーチで緩和してるからって、これだけ数がそろえばそれなりの規模で歪みが出るはずだ――つまり、この街は今フレイムヘイズに見つかりやすい状況にある。
次から次にフレイムヘイズが現れかねない状況で、フリアグネが黙って見てるとは思えない」
そう告げる悠二に、一同は思わずあ然とした表情で注目する。
ジュンイチにしても、この悠二の慧眼は予想外だった。『物語』の中とは違い、今回悠二は事態の中心からややズレたところにいる――言い方は悪いが、切迫感に欠けた状態と言える。
その悠二がここまで状況を見切るとは――
(どうやら、悠二の視点の鋭さは天性のものらしいな)
胸中で苦笑し、ジュンイチは告げた。
「その通りだ。
遠からずフリアグネは必ず動く――それは間違いない。
だから、そこを叩くんだ」
「けど……私達としてもあまり時間はかけたくないのが本音なんだけど」
「確かに、な。
時間をかければかけるだけ、敵に襲撃のための戦力増強を許すことになる」
異を唱えるシャナに答え――ジュンイチは笑みを浮かべ、告げた。
「だから――いぶり出すことにする」
「ヤツの切り札にちょっかいを出して、ね♪」
(初版:2006/10/17)