『こんにちはーっ!』
「なのじゃーっ!」
……あのさ、キミ達。
いい加減、自分達が六課に敵対姿勢をとってる組織の人間だって自覚を持った方がいいと思うんだ。アバンタイトル早々に遊びに来やがって。
「組織の主義主張と個人の交友関係は別物であろう?」
あっさり言い切ってくれるし。
……と、そんなワケで今日も今日とて、バカ姫どもが来たワケだけど、今日はいったい何の騒ぎ?
「ごあいさつだの。
せっかく、先日騒がせたお詫びにホーネットが作ったワサビ漬けを持ってきてやったというのに」
ワサビ漬けとは、またえらく所帯じみたお詫びの品だことで。
でも、見た感じそんなの持ってる気配ないよね、キミ達。
「ここは人数が多いからの。大量に持ってきたのじゃ。
リアカーに積んで駐車場に停めてあるんじゃが、どこに持っていったらいいかの?」
「それなら、直接厨房に持っていった方がいいだろ。
オレが持ってってやるよ――チビイマジンズのどっちか、リアカーまで案内しろやコラ」
「じゃあボクが行くーっ!」
名乗りを上げたジュンイチさんに子犬イマジンが応えて、二人が退場――さて、バカ姫や。
「どうしたのじゃ、恭文?
……ハッ!? まさか、ついにわらわにプロポーズを!? こんな人目のあるところではさすがに恥ずかしいのじゃが……」
「それは一生涯ないから。未来永劫ないから。ないから身体クネクネくねらせるのやめろ。
そうじゃなくて……あの子犬イマジン、結局名前は決まったの?」
「それがまだなのじゃ。
まったく、困ったものじゃな」
「それはココアちゃんが『絶対パトラッシュがいい!』って言って譲らないせいだと思う……」
傍らからメープルがツッコんでくる……まだあきらめてないんかい。
「ネコイマジンもあれから姿を見せぬし……あやつの名前も考えてあげなくてはならんのに……」
「うん、それは絶対嫌がると思うな」
ネコイマジン本人としては、あくまで万蟲姫の“敵”であろうとしてるワケだしね……まったく、暗殺に失敗したってのに、マジメなことで。
「へっ、そん時ゃブッ飛ばしてやりゃあいいじゃねぇか。
ブッ飛ばして、ふんじばって、逃げられなくしてからゆっくり名づけてやんな」
「ざまぁみやがれ」とばかりに笑いながらそんなことを言い出すのはモモタロスさん……なんだけど、あの……
「ん? どうしたよ、青坊主?」
「いや、そんなのんびりしてていいのかなー、と。
だって……」
「ただいまーっ!」
「……って具合に、ジュンイチさんの案内を終えた子犬イマジンが戻ってくる頃合だったので」
「でぇぇぇぇぇっ!?」
僕の指摘と時を同じくして戻ってきた子犬イマジンに、犬が苦手なモモタロスさんは大あわて。ものすごい勢いで後退して……あ、コケた。
「……ボク、嫌われてるの?」
「大丈夫だよ! モモタロスさん、犬が苦手なだけだから!
ちゃんとお話すれば、きっと仲良くなれるから!」
耳と尻尾をシュンと垂れさせて凹んでる子犬イマジンにフォローを入れるのは、同じような感じでモモタロスさんに引かれていた経験を持つスバル。
つか、仲いいよね。やっぱり子犬キャラ同士気が合うのかな?
「恭文ひどいよ! あたし犬じゃないもんっ!
イマジンくんとは……うん、そう! ただ精神年齢が近いから気が合うだけでっ!」
「いや、それはそれで問題だと思いなさいよ、アンタは……」
「あ、あれー?」
ティアナにツッコまれて、スバルがしきりに首をかしげてる。まったく、コイツは……
にしても、モモタロスさんの犬嫌いがまたしてもクローズアップされるとは。
スバルみたいに始終顔を合わせてるワケじゃないけれど、万蟲姫達もネガショッカーとケンカしてる以上、現場でハチ合わせする可能性はゼロじゃない。そんな時にコレが出たら、スバルの時みたいにまた戦いの足を引っ張ることにもなりかねない。
良太郎さん、なんとかなりませんかね?
「……って、アレ?」
探してみて――気づく。
そもそもこちらの話題に加わってすらいなかった良太郎さんは、僕らに気づくことなく、向こうの席でケータロスをいじってる……指の運びからして、たぶんメール。
でも、普通の携帯電話じゃなくてわざわざケータロスでメールしてるし、なんだか楽しそう。
相手はお姉さんの愛理さんかな? それとも……別の誰かとか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……よし、と」
何度もチェックして、誤字脱字がないのを確認。メールを送信する。
ケータロスを閉じてポケットにしまって――
「誰とメールしてたの?」
「ぅわぁっ!?」
び、ビックリしたーっ!? いきなり声をかけてくるんだもの。
「もう、失礼しちゃうなー。
そんなに驚かなくてもいいじゃないのさ。それとも、『小さくて見えなかった』とか言わないよね?」
「ご、ごめん、こなたちゃん……」
「……ウチもおるんやけど」
「…………ごめん」
ぷぅと頬をふくらませるこなたちゃんといぶきちゃんに思わず謝る。
「まぁ、それだけメールに夢中やったってことにしといたるわ。
で? そんな夢中になるようなメールを、誰に送ったん? 愛理さんとか?」
「え、えっと……姉さんじゃなくて、その……と、友達にね」
『え゛…………?』
答えるボクの言葉に、どうしてなのか二人が固まった。
「良さんって……」
「良太郎くんって……」
『友達いたの(いたん)!?』
あれ!? 今ボク、何かいろいろと否定された!?
「い、いやー……ホラ、私達、テレビの中の良太郎さん達しか見てなかったワケだし……」
「侑さんと、ウルフイマジンの回に出てきた女の子と……後は三浦さんと尾崎さん?
そのくらいしか、良さんの交友関係って描かれへんかったし……」
「あぁ、そうなんだ……」
うん、そういうことなら、しょうがないよね。
でも、今のメールの相手は今挙がった中の誰でもない。もちろん、実は最初に否定した姉さんだった……ってこともない。
えっと、なんて説明したらいいか……
「良太郎の“彼女”だよ――今のメールの相手」
『えぇぇぇぇぇっ!?』
「ちょっ、ウラタロス!?」
いきなりなんてこと言い出すの!?
「あれ? 違った?
あんなに仲いいんだし、てっきりもう“そういう関係”だと思ってたんだけど?」
「違うから!
そりゃ、いろいろお世話になったし、お店にもよく来てくれてたし……」
「確かに、香港での初対面以来、お世話になりっぱなしだよね」
……うん。ホント、お世話になりっぱなし。
ボクの方が年上で、しっかりしなくちゃいけないのに、むしろ助けてもらってばっかりだ。
何か恩返ししなきゃいけないとは思ってるんだけど、なかなか……ね。
「え、ちょっ、ホントに誰の話!?」
「ウチらにはさっぱりわからんのですけど!?」
「だから、良太郎の彼じ」
「違うってばーっ!」
「……じゃあ、彼女“候補”ってことで」
「そういうことでもないからっ!」
「そう?
脈アリだと思うんだけどなー。ライダー大戦の時、時空の歪みのせいで縮んだ良太郎を見てもまんざらでもない感じだったし」
いや……ウラタロス。そこはちょっと方向性が違うと思う。
「と、に、か、く。
女の子の心を釣り上げることに関しては、ボクの方が専門なんだからさ。
そのボクが『脈アリ』って言ってるんだから、今回のことが片づいて帰ったら、思い切ってデートにでも誘ってみたら?」
でっ!? ででで、デート!?
いや、でも、そんな……
「おー、良さん、顔真っ赤や」
「案外、良太郎さんの方が脈アリ?」
「い、いぶきちゃん! こなたちゃん!」
からかってくる二人を軽く叱る――うん、ホントにそういう関係じゃないからーっ!
――時の列車、デンライナー。次の停車駅は、過去か未来か――
第21話
ばっく・とぅ・ざ・りべんじゃあ
……ってな感じで朝から平和(?)な六課だったけど、事件は突然起きるもの。
と、いうワケで、主要メンバーがいきなり呼び出されてミーティングルームに集合。
なぜか万蟲姫もいたりするけど……「イマジンの意見も聞きたい」って呼ばれたのはメープルと子犬イマジンだけでしょうに。
「二人の主たるわらわがいなくてどーするのじゃっ!?」
……さいですか。
「みんな、いきなりの呼び出し、かんにんな」
と、そこへ現れたのは、我らが六課の部隊長、八神たぬk……もとい、八神はやて。
「恭文がなんて呼びかけたかはまた後で追求するとして……まぁ、呼び出された時点で察しがついとるやろうけど、事件発生や」
「それも、イマジンがらみの……か」
言って、イクトさんが見るのは、もちろんメープル達“蝿蜘苑”のイマジンズ。ま、名指しで呼ばれてるワケだしね。
「で? コイツらに聞きたいことというのは何なんだ?」
「ん。それなんやけどな……
まずは、これを見てほしい……今朝発見された、今回の事件の被害者写真や」
マスターコンボイの問いに答えて、はやてがミーティングルームのメインモニターに映し出したのは、二人の人間の写真。
写真じゃ生死は今ひとつわからないけど、全身を何発も撃たれてる。
「二人とも意識不明の重態で、ICUで治療中や」
とりあえず死んではいないらしいので、そこだけは安心しておく。
「――――っ」
「ひどい……」
とはいえ、ひどい有様であることは変わらない。こういうのに耐性のないっぽいつかさや高良さんが渋い顔してるけど……あのさ、はやて。
「何や、恭文?」
「これ……イマジンの仕業なのかな?」
「ヤスフミ……?」
はやてに尋ねる僕の言葉にフェイトが不思議そうな顔をしてるけど……うん。だっておかしいもの。
これがイマジンの起こした事件の被害者……イマジンにやられた人の写真だとしたら、“決定的におかしなところがある”んだから。
「……これ、イマジンの攻撃による傷じゃないんだよ」
と、僕に代わってジュンイチさんが答える……やっはりこの人は気づいたか。
「ごくごく普通の銃創だ……この写真だけじゃハッキリとは判別できないけど、たぶん9ミリか10ミリ口径。
イマジンの生体銃器による傷じゃない……そこら辺で普通に裏取引されてる、一般的な拳銃による傷だ」
質量兵器として拳銃の流通を禁止しているミッドチルダだけど、決して完全にその存在をシャットアウトできているワケじゃない。
魔導師としての資質を持たない人間にとっては、貴重な“力”だ。どうしても需要は生まれるし……そこに付け込んで、裏ルートで流して金もうけをしようと考えるバカはやっぱり出てくる。
この人達を撃ったのも、そうして裏取引された拳銃のひとつである可能性はきわめて高いけど……
「ってことは……この人達がイマジンにやられたんだとしたら、イマジンはわざわざ人間用の拳銃を使って襲ったことになるよね。
それっておかしくない? そんな回りくどいことしなくても、人ひとりくらい簡単に殺せる連中なのに」
「せやなー。イマジンのこと知っとったら、普通はそう考えるよな。
私もそこが引っかかって……それで、モモタロスさん達だけやなくてメープル達にも話が聞きたくて、来てもらったんよ。
契約内容にもよるんやろうけど……わざわざそんなめんどくさいマネ、イマジンがやったりするかなぁ?」
「んー……少なくとも、わたしはやらないよ」
「だよねー。
人間用の銃なんて、どこで買えばいいかなんてわかんないし」
「うんうん。
そんなの使うくらいなら自分の使うよねー♪」
メープルや子犬イマジンにリュウタが答える……けど、こんなところで自分の銃振り回さないでくれるかな?
「しかし、主はやて。そうなると、撃ったのがイマジンだという線が消えることになる――この者達を撃ったのは、イマジンではなく人間、ということになりませんか?」
「私もシグナムに同感です。
メープル達の言う通り、イマジンがわざわざ人間用の銃で人間を襲う理由はない……そもそも、何を根拠に人間用の拳銃で撃たれたこの者達を、イマジン事件の被害者と判断したのですか?
二人とも、意識は戻っていないのでしょう?」
「ん。それなんやけどな……」
シグナムさんやスターセイバーの問いに、はやては息をついて、
「実はな。聞き込みの結果、この人達、撃たれた状態で発見される前……一昨日と三日前に白昼堂々、公衆の面前で相次いで連れ去られてることがわかったんよ。
その、連れ去った犯人っちゅうのが……」
イマジン、か……
《どういうことでしょうか?
拳銃の件もそうですけど、わざわざ連れ去って、その先で撃っているというのは……》
「うん……確かにおかしいよね」
身体があったら絶対に首をひねってるだろうアルトの疑問に同意する。
仮に、撃った理由が殺害目的だとして……でも、ただあの二人を殺すのなら、その場で殴り倒せば事足りる。
それをわざわざ連れ去った上、人間用の拳銃で撃ってる……?
「モモタロスさん達はどう思います?
今まで戦ったイマジン達に、こんなことするヤツ、いましたか?」
「いや、いねぇって、そんなめんどくせぇヤツ」
「だよねぇ。
たいていのイマジンって、先輩以上にバカだからね。こんなムダだらけなマネなんかしないよ」
話を振るはやてだけど、モモタロスさんはもちろん、ウラタロスさんも不思議そうに首をかしげてる。
けどムリもない。本気でワケがわからないもの。
「そうそう……って、どういう意味だ、カメ公!
それだと『オレもバカだが、イマジンどもはそれ以上にバカ』って言ってるように聞こえるんだがなぁ!?」
「あ、わかった?
おっかしいなぁ、先輩なら気づかずスルーすると思ったんだけど、バカだから」
「てんめぇっ!」
いつものようにケンカを始めるモモタロスさんとウラタロスさんを尻目に考える。
こんなことをする意味があるのか? わざわざ連れ去る意味。わざわざ人間用の拳銃で銃撃する意味……
…………“人間用”?
待てよ。そうだとしたら、一応のつじつまは合うけど……
「ヤスフミ……何か気づいたの?」
「ん。気づいた」
フェイトに答えて、顔を上げる。
「ねぇ……やっぱり、その人達を撃ったのって、人間じゃないかな?」
「え?
でも、連れ去ったのはイマジンだって……」
「だからって、“撃ったのもイマジンだとは限らない”」
首をかしげる豆芝にそう答える。
「その人達を連れ去ったのはイマジン。だから撃ったのもイマジンに違いない――そう考えるからややこしくなるんだよ。
けど、連れ去ったのと撃ったのとが別人だとしたら、話は変わってくる。そう考えると、わざわざイマジンが被害者を連れ去ったことも納得できる」
「そうか……
イマジンが被害者を連れ去ったのは、拳銃の持ち主のところへ連れていくため……
拳銃の持ち主が契約者だとしたら……」
「何発も撃ってるところから考えて、動機は怨恨、か……
そう仮定すると、契約内容はたぶん“ソイツらをこの手でブッ殺したいから、オレのところまで連れてこい”ってところじゃねぇかな……?
はやて。この被害者二人に、共通点は? 同じ犯人に狙われたんだとすると、何かあると思うんだけど」
「あー、一応、わかっとるんやけど……」
イクトさんに乗っかる形で話を振ってくるジュンイチさんに、はやてはなぜか渋い顔。いったい何だってのさ?
「その“共通点”なんやけどな、この二人……」
「強盗殺人事件の、犯人なんよ」
「強盗……」
「殺人……!?」
はやてのその言葉に、僕らの間にざわめきが走る――エリオやキャロのかすれた声が、一番みんなの心情を表してると思う。
「今から12年前、クラナガン市内の銀行に武装した三人組が侵入し、現金を強奪。
そして……その時に、女子行員がひとり、犠牲になっとる……
犯人はすぐに逮捕。三人の犯人の内、今回撃たれた二人は6年前に出所。共犯者で女子行員を射殺したロッド・グラントも、2年前に出所しとる」
「ってことは、その殺された女子行員の家族による復讐って線が濃厚だな。
女子行員の身元は?」
「えっと……あぁ、これやな」
ビクトリーレオに答えて、はやてがメインモニターに問題の女子行員のデータを表示する。
……って、これ……!?
「メイ・ビッグファースト。
当時、18歳やったそうや……」
「18って……!?」
きっと僕と同じことを考えたんだろう。フェイトの声も強張ってる。
「…………?
何だ? 18歳がどうかしたのか?」
「桜井侑斗……お前達も知っての通り、このミッドチルダは就労年齢が全体的に低く、能力さえあれば、エリオやキャロくらいの年頃の子供でも社会に出て働くことが可能だ」
首をかしげる侑斗さんにはイクトさんが説明してくれる。
「だが……それはあくまで“全体的に”という話だ。
専門的な知識や技術、能力を必要とする職業の場合、それらを学ぶ時間が必要とされるため、就労年齢はどうしても平均よりも高くなる。
銀行員もそのひとつだ。専門的な会計知識を得てから就職してもらうため、就職にはハイスクールの卒業資格が必要とされ、最低就労年齢も組合規則によって定められている。
その年齢というのが……18歳だ」
「じゃあ、この子……」
「学校を出て、働き始めたばかりだったのね……」
イクトさんの説明に、こなたやかがみも渋い顔。
「ご家族は?」
「父親の、エグゼ・ビッグファーストさん、おひとりだけや」
「父ひとり子ひとりってヤツだったのか……」
なのはに答えるはやての言葉に息をつくのはジュンイチさん……あ、もしかして……
「なぁ、はやて……」
「わかってます。行きたいんですよね。
エグゼ・ビッグファーストのところ、行ってもえぇですよ……どうせ、止めたって行くでしょうし」
ジュンイチさんに答えると、はやては僕らを見回して、
「フェイトちゃんと恭文、イクトさんとジャックプライムはジュンイチさんと一緒にエグゼ・ビッグファーストから話を聞いてきてな。
で……この一件がホントに12年前の事件の復讐やとしたら、残りのひとり、ロッド・グラントも当然狙われるはずや。犯人がエグゼ・ビッグファーストか否かに関わらず、な。
なのはちゃん、フォワード陣と良太郎さん達連れて、ロッド・グラントと接触してきて。
カイザーズのみんなはヴィータの指揮下に入って、拳銃の出所を追跡。
クレアちゃんはライラやメイルと一緒に病院に行って、撃たれた被害者の警護を頼めるかな? 生きてると知ったらまた狙ってくるかもしれへんし。移動にはガスケットとアームバレットを使ってえぇから。
いぶきやなずな、残りのみんなはシグナムの指揮下で交代要員、兼他にネガショッカーや野良イマジンが事件を起こした時に備えて待機や」
「わらわは!? わらわ達の仕事は!?」
「あるワケねーだろ」
手を挙げるバカ姫に師匠がツッコむ――うん、あるワケないよね。一応部外者だし。
「お前らは、はやてが話を聞きたいからって呼んだだけじゃんか。
あー、でも、その“話”でも大して役立つこと言ってないよなー」
「むきーっ!」
師匠のイヤミにバカ姫がますますヒートアップ……あの、師匠。ひょっとして、前にホーネットにブッ飛ばされたの、根に持ってません?
「はいはい、バカやってないで、さっさと働けー」
「ほーい」
「待つのじゃーっ! 話はまだ終わってないのじゃーっ!」
パンパンと手を叩いて促すジュンイチさんに師匠がうなずいて、みんなが動き出す――バカ姫は当然無視する方向で、
けど…………うん。
また、ややこしい事件になりそうな予感がするんだけど……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……気に入らないのじゃ」
うん……気に入らない。
「『意見を聞きたい』と言うから会議に顔を出してやったというのに、用が済んだら即放置か。
最近、恭文のわらわへの扱いに愛を感じないのじゃ」
「うんうん! そうだよね、ひどいよね!」
おぉっ! メープル、お前はわかってくれるか!
「やはり、ここは一発、恭文がわらわのことを見直すような大きな手柄を立てて見せるべき……そうは思わぬかえ?」
「そうだね。
恭文くんの役に立てば、きっとココアちゃんのこと見直してくれるよ!」
「よし、そうと決まれば『膳は急げ』じゃ!
今回の事件、恭文達よりも先にわらわ達の手で解決させてやるのじゃ!」
「おーっ!」
「……それはいいんだけどさぁ……」
ん? 何じゃ、パトラッシュ(仮)?
「早く食べないと……『会議に出てくれたお礼に』ってはやてちゃんが作ってくれたホットケーキが冷めちゃうよ?」
おっと、いかんいかん。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「時空管理局、機動六課――フェイト・T・高町です」
「柾木ジュンイチです」
「……エグゼ・ビッグファーストです」
ジュンイチさんと二人で名乗る私に応える、落ち着いた様子のこの人が、エグゼ・ビッグファーストさん。
大学病院の教授で、今いるのも彼のオフィス……ヤスフミとイクトさん、それからジャックプライムには、この病院や大学の方で彼についての評判とかを聞き込みに行ってもらってる。
「……あの事件の犯人が二人も撃たれたとニュースで聞いて、いらっしゃるだろうと思ってました」
「なるほど。
いきなり押しかけたってのに、妙に落ち着いてるのはそれが原因ですか」
そうか……人の目に触れる形で事件が発覚している手前、事件そのものは(イマジンのことは伏せる形で)報道されてる。それで私達が話を聞きに来るって予感してたんだ……
「私のことを、疑ってらっしゃるんでしょう?」
「そ、そんなことは……」
「あぁ、そうスね」
「って、ジュンイチさん!」
「かまいませんよ。
事件が事件だ。私に疑いがかかるのは、当然のことです」
ストレートな物言いのジュンイチさんだけど、エグゼさんはもう疑われるのは覚悟していたみたいで、むしろ笑顔すら見せている。
「じゃあ、ド直球に聞かせてもらいますね。
犯人達のこと……恨んでますよね?」
「……妻に先立たれて、私の家族は娘だけでした。
その娘を殺されて……恨まないはず、ありませんよ。
この手で殺してやりたいとも、何度も思った……しかしできなかった。
私が自分のために人生を棒に振ることなど、娘が喜びはしないだろうからね……」
ジュンイチさんに応えると、エグゼさんは不意に自分の脇腹に手をあてて……ん?
「どこか……お悪いんですか?」
「あぁ、胃をやられていてね……
痛みはないんだが、時折気になって、つい、ね……」
そう、ですか……
「話、戻すぞー。
エグゼさん――事件のあった晩、どこで、何してましたか?」
「言ったでしょう?
妻に先立たれて、娘も失った……『一昨日も、三日前も夜は家にいた』。そう言うのは簡単ですが、そんなアリバイを、独りぼっちの私がどうやって証明しろと言うんですか?」
「そうですか……
では、失礼ですけど、少し調べさせていただくことになりますが……
確か、お住まいの方は西地区から北地区のニュータウンに移られたんですよね?」
「えぇ。
元の家には、娘との思い出が多すぎてね……」
私に答えて、エグゼさんは窓の外を見る。
きっと、亡くなった娘さんのことを思い出してるんだろう。遠い空の果てを見つめるその横顔に、私は声をかけられなくて――
「……エグゼさん、これ」
って、ジュンイチさん……?
エグゼさんに、いきなり一枚のメモ用紙を手渡して……それは?
「オレの携帯のアドレス。
アンタの気持ち……わかるつもりだからさ。話し相手くらいには、なれると思う」
「ありがとうございます……」
お礼を言うエグゼさんとジュンイチさんが握手を交わして――私達は彼のオフィスを後にした。
「あぁ、フェイト、ジュンイチさん」
病院棟を出て、併設されている医科大学のキャンパスを歩いていく――私達を待っていたんだろう、ヤスフミがイクトさんやジャックプライムと一緒にやってきた。
「奴さんの評判は悪くないね。
『人のいい立派なお医者さん』って意見ばっかり。悪く言う人なんてひとりもいなかった」
「そっちはどうだった?」
「うん……
“時の砂”がもれてる様子は、見た限りでは確認できなかった……イマジンがついてるかどうか、ちょっと判断つかないね……
モモタロスさんかリュウタロスさん、どっちかについてきてもらえばよかったよ……」
ヤスフミやジャックプライムにそう答えて――
「んにゃ、たぶんヤツだよ」
ジュンイチさん……?
「あの人、言ってたからな。
『「一昨日も、三日前も夜は家にいた」。そう言うのは簡単……』ってな。
けど……ニュースでは二人が意識不明の重態で発見されたことしか報道されていないはずだ。連れ去られた件についてはイマジンのことに話が及ぶから、記者発表でも伏せられたはずだ。
けど、あの人は二人が連れ去られた日……たぶん、二人が撃たれたであろう日をピタリと言い当てた……」
「なるほど……
今のところ、銃撃の推定タイミングが一昨日と三日前っていうのは、捜査関係者と犯人しか知らないはずだから……」
「つまり……やはりヤツが娘の復讐のため、かつての事件の犯人をイマジンに拉致させ、殺害を目論んだというのか?
だが……」
ジャックプライムのとなりでイクトさんが眉をひそめる気持ちはわかる。
だって……ジュンイチさんの推理の通り彼が犯人だとしても、ひとつわからないところがあるから。
「待ってよ、ジュンイチさん。
エグゼ・ビッグファーストが犯人だとして……“どうして今なのさ”?」
「そうですよ。
すでに襲われた二人は6年も前に、残るひとりのロッド・グラントだって、2年も前に出所してるんですよ。
復讐するつもりだったなら、普通は出所した時点で狙うんじゃないですか?」
「だな。
オレも、その辺が引っかかってたんだけど……」
ヤスフミや私の問いに、ジュンイチさんはそう答えて息をついて、
「でも……だ。
もし、ヤツが復讐を決意したのが、つい最近のことだとしたら?」
『え…………?』
「言ってたんだよ。『自分のために人生を棒に振ることなど、娘が喜びはしないだろうから』って……
そうやって、自分の中で抑え込んでいた復讐心。そのタガが外れる……そんな出来事が、つい最近あったとしたら?」
「つまり……イマジンにつかれ、契約という形で復讐を果たせる力を得たことで、復讐を決意した……ということか?」
「それも考えられない話じゃないけど……オレが考えてる“きっかけ”はもっと別」
イクトさんに答えて、ジュンイチさんはジャックプライムへと向き直って、
「ほら、ボサッとすんな。トランスフォーム」
「え……?」
「移動するから足になれって言ってんの。
さっさとしろ。病院行くぞ」
「え? 病院って……」
「ここ、病院……」
「エグゼは胃をやられてるそうだ。
たぶん、身内びいきを避けるためにこことは別の病院で受診してるはずだ。そこに行く」
話についていけないヤスフミ達に、ジュンイチさんはあっさりとそう答える。
でも……エグゼさんの病気、そんなに深刻そうな様子には見えなかったんだけど……?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ありがとうございましたー」
店員に見送られて、コンビニを出る。
少し歩きながらタイミングを見計らい、人目につかないよう路地裏にすべり込む――そこで、オレは“身体を脱ぎ捨てた”。
ついていた人間から出て、実体化――人間の身体を通じて持っていたビニール袋を手に奥に進む。
腰を下ろせそうな手頃なスペースを見つけると、そこに座って買ってきたフライドチキンを取り出して――
「……ここにいたか、ネコイマジン」
おやおや、レオの旦那かい。
「まったく、探したぞ。
いつもいつも、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと……」
「悪いな。ネコってのは気まぐれな生き物なんだよ」
旦那に答えて、オレは改めてフライドチキンにかぶりつく。
「……やはり、任務を果たすまでは戻るつもりはないか」
「狙った獲物は逃さない主義でね」
「つい今しがた『気まぐれ』と自らを評した者のセリフには聞こえないな」
あーあー、聞こえない聞こえなーい。
「……まぁいい。そこまで言うなら好きにするがいい。
だが……戻らないというのなら、身の周りには十分気をつけておくことだ」
「あん…………?」
「非常に危険な野良イマジンがうろついている。
我らネガショッカーに引き入れようと使者に出したモールイマジンの三人チームが、すでに三チームつぶされている」
おいおい、そいつぁおだやかじゃねぇな。
「好戦的……ってことか?」
「違う。
契約遂行に忠実すぎる……我らの誘いも“契約遂行の障害”としか見ていない。だからつぶしにかかる。
任務を果たすまでは戻らないと駄々をこねている誰かさんが、さらに凶暴になったものと思えばいい」
サラリとイヤミを混ぜてくれやがるな。
「出くわしたとしても関わらないことを勧めるぞ。
じゃあな、確かに伝えたぞ」
「おぅ」
オレが適当に答えると、レオの旦那は光球化してどっかに飛んでっちまった……
………………あ。
「気をつけようにも……何がモチーフのイマジンか聞いてねぇじゃねぇか」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……甘かった。
エグゼ・ビッグファーストの主治医の先生から話を聞いて、本気でそう思った。
「……末期の、胃ガンです。
余命は……もって、あと半年……」
そう僕らに語る先生の表情は真剣そのもの――その表情が、言っていることが紛れもない事実であると教えてくれる。
「エグゼさんは、そのことを……?」
「それは――」
「知ってるさ」
フェイトに答えたのは先生じゃなくてジュンイチさん……って、
「ジュンイチさん、気づいて……あ」
そうだ……そもそもここに来ようって言い出したのはジュンイチさんだ。気づいていたからこその提案だったってことか……
〈でも、どうして気づいたの?〉
「エグゼのオッサン、言ってたろ。『胃をやられてる』『痛みはない』って」
今度は、待機している駐車場から通信で参加しているジャックプライムの質問に答える。
「腹を下すとか、そんなレベルの話じゃねぇんだ。胃をやられて、痛みがないなんてありえねぇ。
そこがちょっと引っかかってな……さっきオレのアドレスを渡した後の握手で、オッサンの手のツボを押してみたんだ。思いっきりな」
「って、ジュンイチさんの握力でそんなことしたら……あれ?」
その場に立ち会っていたはずのフェイトがツッコみかけてふと止まる……え、どうしたの?
僕らはその時一緒にいなかったから、ちょっとわからないんだけど。
「うん……
エグゼさん……その握手の時、ちっとも痛がってるふうじゃなかった……」
はいっ!?
ジュンイチさん、ガチでスイカを握力だけでえぐり抜ける人なんだよ!? その握力で握られた上にツボまで押されて、痛がらないなんて……
そんな僕の考えは正解だったらしい。うなずいて、ジュンイチさんは続ける。
「痛みに気づいていなかったんだよ。
胃の話だけじゃない。手も……たぶん、全身の痛みを感じないはずだ」
〈それと胃ガンと、どう結びつくのさ?〉
と、そんなジャックプライムの質問に、ジュンイチさんは先生に尋ねる。
「先生。
エグゼのオッサンに……“コールドトミー”、施したろ?」
「…………はい」
「ちょっと待て。コールドトミーだと?」
ジュンイチさんと先生のやり取りに、イクトさんも何か気づいたっぽい……んだけど、
「あの、コールドトミーって……何?」
「簡単に言うと、痛覚を“破壊する”手術だ」
「痛覚を……破壊?」
僕の質問に対する答えに今度はフェイトが聞き返して、それに答える形でイクトさんが続ける。
「痛覚神経を電気刺激によって破壊する術式……成功すれば、他の身体機能を一切損なうことなく、痛覚だけを取り除くことが可能になる」
「けど……だ。
痛みってのは身体の異常を知らせる重要なサインだ。それを生涯除去しちまうコールドトミーは、痛い思いをせずにすむっていうメリットに対し、デメリットがあまりにも大きすぎる」
「だからオレの身体もちゃんと痛覚が残ってるんだしな」と付け加えて、ジュンイチさんが説明役を交代する。
「だから、コールドトミーは基本的に禁止医療。“あるひとつの目的”のために施術される場合に限ってのみ、許可されている」
“あるひとつの目的”……今までの話から推測することは簡単だった。
〈末期ガン患者の、最期の苦痛を取り除いてあげるため……〉
つぶやくように告げるジャックプライムに、ジュンイチさんがうなずく。
なるほど、痛みを感じないエグゼさんの身体と『胃をやられている』って発言……この二つからジュンイチさんはコールドトミーと胃ガンのことを見抜いたのか……
でも……これで、エグゼさんが犯人だってジュンイチさんが断言した理由はわかった。
もう余命が残りわずかだと知らされて……覚悟が決まったんだ。
どうせ死ぬなら、娘の命を奪ったヤツらも道連れにしてやる……そんな、覚悟が。
自分が死ぬのに、娘を殺した連中は今ものうのうと生きている。そんなの認められるか、って……腹が決まってしまったんだ。
一味全員の出所から2年も経った今になって復讐に走ったことも、これで説明がつく。
そして……そんなエグゼさんの心の闇に、イマジンが付け込んだ、か……
「とにかく、大学に戻ってエグゼ・ビッグファーストに張りつくぞ。
ヤツが犯人なら、いずれイマジンも現れる」
「はい」
病院を出て、ビークルモードにトランスフォームしたジャックプライムに乗り込んだイクトさんにフェイトが答える。
続いて僕も乗り込んで……って、ジュンイチさん? 乗らないんですか?
「あー、オレはちょいと野暮用済ませていくから、先行っててくれ」
「野暮用……?」
聞き返して……気づいた。
そういえば、この辺ってジュンイチさんの今の家(当人曰く『アジトのひとつ』)の近くだっけ。
「家の方に何か用事?」
「あぁ。
ここからなら、アジトから六課を経由して病院に戻れるからな――ヴィヴィオのために、メディアディスクを持ってってやらんと」
ヴィヴィオのため……?
「ほら、良太郎達が来て、ヴィヴィオのヤツ、大はしゃぎだろ?
で、他のライダー達の話も見てみたいって言い出して……手始めに『カブト』を見せてやろうと思ってな」
『カブト』って……また(いい意味で)“濃い”のから入ったね。
「単に『電王』から一作さかのぼっただけだよ。
平成ライダーの一発目ってことで『クウガ』にしてもよかったんだけど、『クウガは』平成ライダーの入門編にするには見る人間選ぶしな――具体的にはグロンギの残虐ファイトとか」
…………確かに。
「とにかく、オレはヴィヴィオにディスク届けてから行くから、先行っててくれ。じゃあな♪」
言って、ジュンイチさんは手を振りながら歩いていく……うん。
「かまってないように見えて、ちゃんとヴィヴィオの相手してあげてるんだよねー、あの人」
「何だかんだ言っても、ちゃんと“パパ”、やってるんだ……」
僕の言葉にジャックプライムが同意して――
「それだけに、今回の事件については複雑な心境だろうな」
…………あ。
イクトさんのつぶやき――その意味するところはすぐにわかった。
「そうか……ジュンイチさんも、エグゼさんと同じ“親”なんですよね……
私も、エリオやキャロが誰かに殺されたらと思うと……」
フェイトの言ってることもそうだけど……それだけじゃない。
ジュンイチさんは、フェイトの言う通りヴィヴィオの、そしてホクトの“親”だけど……同時に元“復讐者”でもある。
娘を殺されて、“親”として“復讐者”となったエグゼさん……その心に一番共感しているのは、間違いなくジュンイチさんだ。
「守りたい者のいる者には、たまらん事件だな、今回は……」
そんなイクトさんの言葉は……今の僕らの空気の中では、少しばかり重すぎた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……ここだね」
なのはさんが見上げたのは、首都の郊外、住宅街の近くにあるコンビニ。
ここで働いてるのは、今回の事件のターゲットと思われている中で唯一まだ銃撃されていないロッド・グラントさん……の、奥さん。
ロッドさん本人の今の勤め先が記録に残ってなかったものだから、奥さんから話を聞こうと思ってここに来たんだけど……
「コンビニか……
なんか、お腹すいてきちゃったなぁ……」
「なんだ、犬っ子、お前もか?
オレも腹ペコだぜ……おい、プリン買ってきてくれよ。オレ達着ぐるみ姿だからサイフ出せねぇしよ」
「あのねぇ……
スバル、あたし達は仕事で来てんのよ……バカ鬼、あんたもよ」
「まぁまぁ、ティア。
買い物もいいけど、まずは用事を済ませてからね」
「モモタロスも、買い物するならボクの身体使っていいから」
やった! さすがなのはさんに良太郎さん! やっさしー!
ともかく、あまり大勢で押しかけるのもアレなので、なのはさんとあたしとティア。それからヒューマンフォームのマスターコンボイさんにイマジンが出てきた時用(とプリンを買うため)に良太郎さんについたモモタロスさん。この面々で店内に入る。
「あの、すみません。
時空管理局の者ですけど、グラントさんというのは……」
「あぁ、少々お待ちください。
グラントさーん」
なのはさんに声をかけられて、店長さんがグラントさんを呼びに行ってくれて……やってきたのは少し気が弱そうな女の人。
「えっと……ジェシカ・グラントさんですね?
ご主人……ロッド・グラントさんにお会いしたいんですけど、どちらへ行けば……?」
……あれ?
なんか、なのはさんが話を切り出したとたんに顔色が曇ったような……?
「あ、あの人……今仕事で、地方へ長期出張中なんです……」
「じゃあ、クラナガンにはいないんですね?」
「よかった……なら、すぐにでも襲われるってことはなさそうですね」
ジェシカさんの答えに、なのはさんとティアが胸をなで下ろして……あれ?
今、お店の外を通っていった人……
少し、お店の中をのぞき込んで、ジェシカさんに手を振っていたあの人……まさか!?
「いたぁぁぁぁぁっ!」
「スバル!?」
「い、いいい、いました!
ロッド・グラントさん! 今、お店の前を通り過ぎて!」
「何だと!?」
「ウソじゃねぇか!」
なのはさんに答えたあたしの言葉に、マスターコンボイさんやモモタロスさんが駆け出して――
「待ってください!」
って、ジェシカさん!?
「あの人に会わないで!
あの人……あの人、昔のあの人じゃないんです!」
「何をバカなことを――」
「記憶がないんです!」
………………え?
ジェシカさんの言葉に、あたし達が思わず止まる。
えっと、それって……
「あの人……過去を一切忘れてるんです……何も覚えてないんです!」
……えぇぇぇぇぇっ!?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「記憶喪失!?」
「ロッド・グラントが!?」
〈う、うん……〉
思わずビッグコンボイと二人で声を上げる――対して、ウィンドウに映るなのはちゃんは鎮痛な面持ちでうなずいた。
〈『せっかく忘れてる辛い過去を思い出せないでくれ』って奥さんが言うもんだから、まだ本人には会ってないんだけど……〉
「わかった。
なら、本人への直接の接触はちょう待ってもらうとして……今の職場は聞いてるんよね?」
〈うん。
小さな工場で……今その前にいる。本人の姿も確認したよ〉
「うん。そのまま監視を続けとって。これからのことは追って指示するから」
なのはちゃんがうなずいて、通信を切る――記憶喪失、か……
「道理で、彼のパーソナルデータに、現在の勤め先が登録されていなかったはずだ」
「うん……登録しようと照会すれば、前歴で強盗事件のことがわかってまう……
記憶が戻らんようにするためにも、届出をするワケにはいかんかったんやね……」
ビッグコンボイにうなずいて……ん? 今度はフェイトちゃんから通信?
〈はやて、ごめん!
エグゼ・ビッグファーストが姿を消した!〉
何やて!?
〈一手先を行かれた……張りつこうとしたとたんにこれだよ!
私達はこのまま足取りを追ってみる!〉
「わかった!
すぐになのはちゃん達に報せる――」
「待て、はやて。
先に緊急配備だ」
ビッグコンボイ……?
「姿を消してからさほど経っていないはずだ。オレ達に感づかれたことで行動を急いだとしても、まだ移動中である可能性が高い。
上手くすれば、潜伏前に押さえられるかもしれない」
「よっしゃ、了解や!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ジェシカさん」
グラント夫妻の住んでるアパート――帰宅したジェシカさんがまた外に出てきたのを見計らって声をかける。
「昼間の……
ここへは来ないでって言ったじゃ――」
「聞いてください。状況が変わりました。
……エグゼ・ビッグファーストさんが姿を消したんです」
「えぇっ!?」
なのはさんの言葉に、ジェシカさんの顔色が変わる――とりあえずアパートの裏に回って、待っていたみんなで説得開始。
「お願いです、ジェシカさん」
「ご主人に会わせてはもらえないだろうか」
「イヤです」
ティアとジェットガンナーがさっそく一蹴された。
「でも、今こうしている間にも、ロッドさんはエグゼさんに……エグゼさんに協力しているらしい怪物にも狙われているんです。
そばにいて、守ってあげなくちゃ……」
「お願いです。主人には会わないでください」
良太郎さんが説得するけど、やっぱりダメで――
「お願いですから……」
「私達の幸せを、壊さないで……!」
…………え?
あたし達が……幸せを……!?
「幸せを……壊す……!?」
あたしと同じように動揺している良太郎さんに、ジェシカさんがうなずいた。
「あんな事件こそ起こしてしまいましたけど、あの人、根は本当にマジメな人なんです。
だから私、あの人が刑期を終えて出てくまでの10年間、ずっと信じて待ってました。
出てきてからあの人、言ってくれたんです。『また一からやり直そう』って……
それからすぐ、記憶を失って……でも私、よかったと思った……」
よ、よかったって……
「だって、事件のことを覚えていなければ、本当にまた一からやり直せる……」
「それ……本当に『やり直してる』って言えるんですか?」
良太郎さん……?
「忘れちゃったのをいいことに、『何もなかった』ってウソついて……
それで幸せになったって、そんなの、ウソの幸せなんじゃ……」
「ウソでもいいじゃないですか! 幸せなら!」
良太郎さんの説得に、ジェシカさんが声を上げる。
その目に……涙を浮かべて。
「裕福じゃなくてもいい。どこにでもある、普通の暮らし……それが昔からの私の夢だったんです。
その夢を……今の私達の暮らしを……どうか、壊さないでください。
お願いです。壊さないでください。お願いです……」
「で、でも……」
「壊さないでください。お願いです。壊さないでください……」
なのはさんが声をかけようとしても、ジェシカさんは何度も何度も、泣きながら頭を下げるばかりで……
結局、あたし達はそれ以上何も言えなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「記憶喪失……ロッド・グラントが!?」
はやてから話を聞いて、思わずそう聞き返す――
結局、今日のところはエグゼ・ビッグファーストは見つけられず。シグナムさん指揮下の交代部隊に後は任せて、とりあえず六課に戻ってきて――そこで、僕らはようやく事態がかなりややこしくなってることを知らされた。
「それで、奥さん、ガードは頼むけど、せっかく忘れてる過去を思い出させないでくれ、って……」
「何を勝手なことを……」
説明するなのはに、イクトさんは渋い顔……まぁ、気持ちはわかるけど。
「いくら記憶をなくしていても、ヤツがビッグファーストの娘の命を奪ったことには変わりがないだろうに」
「でも、10年間の服役で罪を償ってるのも事実だよ?」
「この事件の裁判記録を見ていないのか?
ヤツは懲役10年という判決が軽すぎるとして、最高裁まで控訴し続けているんだぞ」
答えるジャックプライムにも、イクトさんはすかさずそう返す。
「罪を償ったからと言って、それで解決する話ばかりではないということだ。
たとえ判決を受け、刑によって罪を償ったとしても、それが本当に溜飲の下がるものでなければ、当然そこに不満は残る。
実際、納得できなかったからこそ、ビッグファーストはこの12年間、胃に穴が開くほどの苦しみにずっと耐えなければならなかったんだろう?」
イクトさんの言葉に、ジャックプライムが黙り込む――けど、とりあえず状況はわかった。
「にしても、『思い出させないでくれ』ね……
なるほど、それで良太郎さん、渋い顔して考え込んでるんだ」
「う、うん……
ボクは、やっぱり思い出した方がいいと思うんだけど……」
「『忘れたままでいいはずない』……か。
愛理さんが桜井さんのことを忘れてた頃に、良太郎さん自身が言ってたことですもんね」
「うん……
その思いは……今も変わらないんだけどね……」
「グラント夫妻を見て、揺らいじゃいましたか?」
泣いて、何度も頭を下げられたらしいしね。
「人の記憶こそが時間、なんだよ……
その記憶を、それまでの時間をなくしたまま、それで幸せになったって……」
「それでOK、って話じゃねぇ――そういうことだろ」
ジュンイチさん……?
「ジュンイチさんは……忘れたままでいいと思うんですか?」
「思ってねぇさ。
どんなに辛い記憶でも……それが今の自分を作ってるのなら、忘れるべきじゃないと思う。
その辛い記憶も全部受け入れて、その上で新しい自分を始めるべきだ」
僕に答えると、ジュンイチさんは良太郎さんの方を見て、
「でもな、良太郎……それは“オレ達の考え”であって、“あの夫婦の考え”じゃない。
あの夫婦が、以前の記憶より今の記憶を選んでいる以上、オレ達の勝手で思い出させるべきじゃないし、思い出すリスクを冒すべきでもない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「とりあえずは説得継続だろ。
オレが明日会いに行ってみる。それで考え変えてくれるなら良し。ムリなら……ご要望通り、直接接触することなく守るしかないだろうな」
はやてに答えて、ジュンイチさんがため息……確かに、良太郎さんですら説得できなかったんだ。“ジュンイチ節”でもどうにもならなかったら、そうするしかないよね……
でも、“接触せずに守る”か……
要するに、本人に気づかれないように、隠れてガードする、ってことなんだろうけど……またハードな話になりそうだなぁ……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「オラオラ! 待ちやがれぇっ!」
人ごみの中を駆け抜けながら、少し先を逃げるチンピラを追いかける。
「待ってくださぁい!」
となりを走ってんのはカイザーズの高良。スバル達と違って本格的な訓練なんてそんなにやってねぇのに、よくついて来やがる。
……走ってくる間中、身体の特定部分がブルンブルン揺れてやがる件については気にしねぇ。気にしねぇったらしねぇんだ。別にうらやましくなんかねぇんだからな!
それよりも今は逃げていくチンピラの方だ。そろそろだと思うんだが……
「そこまでよ!」
「逃がすもんか!」
っしゃ! こなたとかがみの先回り成功! これではさみ撃ちだ!
「くそっ!」
あ、向こうもしぶとい。路地に逃げ込みやがったか。
……“あたしらの予想通りに”。
「ぶべっ!?」
あ、終わったみたいだな。
チンピラのつぶれた悲鳴が聞こえたことからそう判断して、あたしは改めて路地をのぞき込んで、
「おつかれさん――つかさ」
致命的にスタミナがないので待ち伏せ担当。自分の結界に激突して目を回したチンピラを前にオロオロしてやがるつかさに声をかける。
さて、と……
気を取り直して、目を回しているチンピラの懐を探って……
「……あった」
拳銃、みーっけ。
〈ほな、やっぱりビッグファーストが?〉
「あぁ。
拳銃一丁と、弾丸一箱を買っていったそうだぜ」
チンピラ改め、拳銃の売人を締め上げて、得られた情報をはやてに報告。
〈なら、次はビッグファーストの追跡に合流してもらうことになるけど……その前に一旦戻ってき。少し休んでえぇから〉
「いや、休憩ならこのままどっかでメシ食いながらするよ。
先に追跡組に合流してるビクトリーレオとも早く合流してぇし」
〈そっか。
じゃあ、頼むな〉
はやてにうなずいて、通信終了――で、もれるため息。
あー、やっぱりエグゼ・ビッグファーストが犯人で確定か……
「まぁ、姿消した上に拳銃まで買っていったとなるとねぇ……」
「だよなぁ……」
同意してくるこなたの言葉に、またため息。
とりあえず、あたしらはビッグファーストを追うとして……問題は、狙われてるロッド・グラントの方。
カミさんが何かややこしい注文つけてるらしいけど……ジュンイチのヤツ、ちゃんと説得できるんだろうな……?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁ……今の暮らしを壊されたくないって気持ちはわからなくもないけど、ビッグファーストの気持ちも考えてやってくれよ。
あの人にこれ以上罪を重ねてほしくねぇんだ。アンタの旦那さんを撃たせるワケにはいかねぇんだ。
だからさぁ、会わせてくれよ、旦那さんに」
「その話は、お断りしたはずです」
ジェシカさんのコンビニでの仕事が終わるのを待って、近所の公園に来てもらって説得してみる。
けど……こりゃ難敵だわ。良太郎が退けられただけのことはあるわな。
ちなみに、ついてきてるのはその良太郎と恭文、それからマスターコンボイ――オレが実力行使に出ようとしたら止めるように、フェイトから言われたらしい。
まったく、アイツはオレを何だと思ってるんだ。そんなことしないっての……なのはじゃあるまいし。
「あんただって、昨日来た連中から聞いてるだろ。ビッグファーストは、復讐のためにイマジンってヤツとも契約してるんだ。
幸い先に襲われた二人も死んじゃいないけど、あちらさんはガチで殺しに来てるんだぞ」
「ビッグファーストさんには、本当に申し訳ないことをしたと思っています……」
いや、そんな言葉で済む状況じゃなくなってるって話をだね……
「だからあの人服役中に心からのお詫びの手紙を書いたって……」
――――――え?
ちょっと待ったのしばし待てい。初耳だぞ、そんなの。
ビッグファーストはそんなこと一言も……姿を消した後、ヤツの自宅やオフィスには一通り家宅捜査かましたけど、そんな手紙が見つかったって話も聞いてねぇし……
「届かなかったんです。
何度出しても、転居先不明で戻ってきたって……」
あ…………
そっか……事件の後、ビッグファースト、引っ越したから……
「だからあの人、刑期を終えて出てきてから、ビッグファーストさんの転居先を探し始めました。
そうこうしている内に、北地区で事故にあって、記憶をなくして……」
――ちょっと待ったのしばし待ていっ! りたーんずっ!
北地区だって!? それって――まさか!?
「北地区って……
ジェシカさん。旦那さんが事故にあったのって、北地区なの!?」
「恭文くん……?」
「エグゼ・ビッグファーストの転居先は……北地区のニュータウンだ」
後ろで同行人ズが情報のやり取りをしてるけど……今は三人の相手よりも確認だ。
「ジェシカさん。今地図を見せられて、旦那さんが事故にあった正確な場所ってわかりますか!?」
「あ、は、はい……」
ウィンドウに北地区の地図を表示。ジェシカさんに事故のあった場所を教えてもらう。
…………やっぱり。
「あんたらの家から、ビッグファーストの今の家に向かう、通り道……」
「ビッグファーストの住居を探している過程……ではないな。
北地区の役所からも離れている――自分の足に物を言わせて探し歩くようなバカをしていたワケでもあるまいし、エグゼ・ビッグファーストの転居先を探す上でこの地点を歩く理由がない」
マスターコンボイの推理がダメ押し――それは、とんでもない運命の皮肉を示していた。
「……ビッグファーストさんに、謝りに行く途中だったんだ……」
「あぁ……
良太郎や恭文の日頃の不幸がかわいく思えてくるぐらいの、とびきりタチの悪い不運だぜ……っ!」
良太郎に答える声は、自分でもわかるくらい震えていた。
「何だよ、これ……何なんだよ……っ!
手紙さえ届いていれば……無事謝りにいけていれば……っ!
ビッグファーストに謝罪の言葉が届いていれば、少なくともヤツが復讐なんて考えることはなかったかもしれないのに……っ!」
ホント、何なんだよ、これ……っ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「今日一日、こっそり影から見守っていたけど……やっぱり、こんな守り方じゃ限界があるよ」
結局、ジュンイチさんの説得も失敗……で、ロッド・グラントの護衛の方も芳しくないらしい。僕らより少し遅れて報告に戻ってきたあずささんの感想がそれだった。
「私もそう思う。
やっぱり、そばにぴったり張りついて守らないと、いざ襲われても対応しきれない」
「そうだよ、はやて。
イマジンとの関係はまだハッキリしてないにしても、エグゼ・ビッグファーストがクロだってのはハッキリしたんだ。捜査方針、変えるべきだって」
フェイトや師匠の言いたいこともわかる。わかるけど……
「ボクは……今のままでいくべきだと思う」
「良太郎さん!?」
意外な人の意外な意見が飛び出した。
あの……昨日、思い出した方がいいって言ってませんでしたっけ?
「うん……
忘れたままでいいはずがない……その考えを変えるつもりはないよ。
フェイトちゃんやヴィータちゃん、あずさちゃんの言う通り、そばにピッタリくっついて守ってあげた方がいいっていうのも……わかる。
でも、だからって、あの二人の幸せな暮らしをかき回していい理由にはならない――ジュンイチくん、昨日言いたかったのは、そういうことでしょう?」
「良太郎さん、だけどですね……」
「撃たせねぇ」
……あー、やっぱりこの人はこう動くか。
なのはの言葉をさえぎって、立ち上がるジュンイチさん――こういう時のこの人って、たいてい腹を括っちゃった後なんだよね。
「絶対、ビッグファーストに撃たせねぇし、イマジンにも手は出させねぇ」
「どこから狙ってくるかもわからないんですよ!?」
「狙ってくる前に見つけてとっ捕まえればすむ話だろうが!」
反論したフェイトが一蹴された。
「でもジュンイチくん、イマジンは……?」
「そのイマジンが未だに出てこないの、引っかからないか?」
…………え?
良太郎さんに答えたジュンイチさんの言葉にふと気づく。そういえば……
「彼は、イマジンと契約していない……?」
「いや、違うと思う。たぶん……契約はしてる……
たぶん、それどころじゃなくなってるんだ――そんな理由があるとすれば、おそらくそれはビッグファーストの病状の悪化……コールドトミーで痛みは消せても、身体機能への影響はどうしようもないからな」
「つまり、ビッグファーストは身動きもままならない状況にある……と?」
「たぶんな」
フェイトに、そしてビッグコンボイにジュンイチさんが答える。
「契約完了前にビッグファーストに死なれたら、イマジンも一緒にお陀仏だからな。
そうならないためにも、ビッグファーストが落ち着くまではイマジンも動くに動けないんだろう。
要するに、今ビッグファーストを発見できればイマジンも一緒にいる可能性が高い。うまくすれば両方とも一度に押さえられる」
言って、ジュンイチさんは師匠へと向き直って、
「ヴィータ、お前の捕まえた売人、どこでビッグファーストに銃を売ったって?」
「え…………?」
「銃の密売なんてやったんだ。人気のないところでやったに決まってるだろ。
ひょっとしたら、そのままそこを潜伏場所にしてるかもしれないだろうが。
で、どこだ?」
「え、えっと……」
「……もういい。自分で聞き出す」
答えに困ってる師匠を放り出して、ジュンイチさんが出て行く……
……って、やばっ!?
「なのは、ついてって!
今のジュンイチさんの勢いじゃ、聞き出すために拷問だってやりかねないよ!」
「う、うん!」
あわててなのはがジュンイチさんを追いかける……とりあえずあっちはこれでよし、と。
「……『撃たれる前に捕まえる』か……
グラントを撃たせたくない……その思いは同じはずなのに、どうしてこうも食い違っちゃうんだろ……」
「どちらの考えも間違ってはいない。ただ、どこに重きを置いているかの違い……
だからこそ、難しいんだ」
ため息をつくフェイトに答えるビッグコンボイに全面的に同意。
フェイトは王道、ジュンイチさんは邪道……違いなんてそのくらい。フェイト自身が感じてる通り、ビッグファーストにグラントを撃たせたくないってところは二人とも同じなんだ、
……にしても……
《マスター?》
「いや……おかしいと思わない?
ジュンイチさんも言ってたでしょ……『契約完了前に契約者が死んだらイマジンも一緒にお陀仏だ』って。
そんな先行き不安な契約者を、どうしてそのイマジンは選んだのかな……?」
《そういえば……変ですね。
願いがハッキリしているから、叶えやすいと言えば叶えやすいですが……それ以上にリスキーすぎますね》
「だよね……」
あー、もうっ。ホントにややこしい事件だよ、今回はさ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……どうじゃ?」
「クンクン……こっちの方だと思うんだけど……」
わらわの問いに答えるのは、鼻をクンクンと鳴らしているパトラッシュ(仮)。
はやて殿に捜査会議に呼ばれてから早二日。埒の明かないイマジン探しに、ようやく光明が見えてきたところじゃ。
「でも、いくら犬のイマジンだからって、そう簡単に他のイマジンの臭いなんか追えないと思ってたけど、案外わかるもんなんだねー」
「ボクもビックリだよ。
モモ兄ちゃんみたいなことがボクにもできるなんて……」
何言ってるのじゃ。活動していないイマジンの臭いも追いかけられる分、あの赤鬼よりも上じゃろうて。
フッフッフッ……これで恭文にばっかりいい格好はさせないのじゃ!
「…………ん?」
「どうしたのじゃ? パトラッシュ(仮)」
「その『(仮)』っていちいちつけるのやめてくれない!?」
「だってまだ正式決定ではあるまい」
「いや、その通りなんだけどね!?
って、そうじゃなくて……何か、他のイマジンの臭いも……」
パトラッシュ(仮)が答えた、その時じゃった。
『………………あ』
茂みから出てきたモールイマジン三人組のバッタリ出くわしたのは。
………………って!?
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
「げげっ!? お前ら、瘴魔の!?」
「なんでここに!?」
わらわ達を知ってる……ということは、ネガショッカー!?
まさか、今回のイマジン事件はネガショッカーが犯人をそそのかした、とか!?
「そんなの、後でいいでしょ!」
メープル!?
「変身するよ、ココアちゃん!」
「うぬ!」
わらわがうなずくと、メープルが光球となってわらわの胸に飛び込んできて――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……よしっ!
「いくよっ!」
ココアちゃんについて準備万端。ライダーパスを取り出して、腰にベルトを巻く。
「変身っ!」
《Sting Form》
ベルトにパスをセタッチ。仮面ライダースティングにへ〜んしんっ!
「さぁ、貫くよ!」
決めゼリフをビシッと決めて、モールイマジンへと突撃。レイピアモードのデンガッシャーでグサグサグサグサ突きまくる。
「一気に決めるよ!」
《Full Charge》
なんか弱っちいし、さっさと終わらせちゃっても問題なさそう。ベルトにパスをセタッチしてフルチャージ。
「いくよっ!
名づけて……ペネトレイト、スティンガー!」
叫んで、踏み込んで――モールイマジンのひとり、そのお腹にデンガッシャーのオーラソードを突き立てる!
「はぁぁぁぁぁっ! はぁっ!」
気合を入れて、オーラソードを撃ち出す。目の前のモールイマジンの身体を貫いたオーラソードは、そのまま次のモールイマジンの身体もめった刺しにする。
クルリと背を向けて、かまえたデンガッシャーにオーラソードが戻ってきて――倒れたモールイマジン二人が爆発。よし、勝った。
〔……さて、と。
メープル〕
「うん、わかってる。
それじゃあ、キミにはいろいろ聞かせてもらおうかな?」
「ぐ…………っ!」
残ったひとりのモールイマジンにデンガッシャーの切っ先を向ける。
コイツにはどうしてこんなところにいたのかを教えてもらわないと。もし、今回の事件に関わってるなら……
「メープル! ココアちゃん!」
「〔――――っ!?〕」
イヌイマジン(ココアちゃん曰く「パトラッシュ(仮)」)の言葉にとっさに跳んで――
「ぐわっ!?」
後ろから突っ込んできたヤツの拳は、モールイマジンを一撃でやっつけていた。
「狙いはわたしだった……まだ敵がいた!?」
着地したわたしの目の前で、新しい敵はゆっくりとこっちに向き直る。
見るからにイマジンじゃないっぽい。モチーフは虫っぽいけど……
〔とりあえず……やっつけておくかの〕
「言葉通じなさそうだし……ねっ!」
ココアちゃんに答えながら、突っ込んできた誰かさんの拳をかわす。
「まったく……次から次にっ!
おかげでさっきのモグラさんから話聞けなかったじゃない!」
すぐに相手に近づいて、オーラソードを突き立てて――
《Full Charge》
「さっさと……やっつけちゃうんだから!」
ペネトレイトスティンガー、本日二発目。撃ち込んで――誰かさんの身体を貫くっ!
オーラソードを回収。誰かさんの身体は仰向けに倒れて――
――むくり。
…………へ?
〔た、立ち上がった!?〕
そう……立ち上がった。
ペネトレイトスティンガーは確かに貫いたはずなのに……それでも、ぜんぜん平気そうに。
「そ、それなら、もう一回っ!」
《Full Charge》
もう一回フルチャージして、誰かさんにデンガッシャーを突き刺して、
「ペネトレイト、スティンガー!」
改めて誰かさんを貫いた。今度こそ、誰かさんは倒れて――
――むくり。
「また!?」
イヌイマジンが驚いてる――二ヶ所も身体に穴開けられて、それでも立つなんて!?
「あー、もうっ!
こうなったらとことんやってやるーっ!」
《Full Charge》
「ペネトレイト、スティンガー!」
――むくり。
《Full Charge》
「ペネトレイト、スティンガー!」
――むくり。
《Full Charge》
「ペネトレイト、スティンガー!」
――むくり。
《Full Charge》
「ペネトレイト、スティンガー!」
――むくり。
《Full Charge》
「ペネトレイト、スティンガー!」
――むくり。
あぁ〜、もうっ!
〔何なのじゃ、こやつは……!?〕
「倒しても倒しても……どうなってるの!?」
ワケがわからないわたし達に、誰かさんが突っ込んできて――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…………ここか……」
拳銃の売人を締め上げて、聞き出した密売現場に到着。
港湾部の外れ……個人所有船舶の停泊所だ。確かにここなら夜間は人通りもないし、裏取引には最適か。
「ここで、ビッグファーストに銃を……」
「近くにいてくれればいいけど……」
言って、ジュンイチさんや良太郎さんもビークルモードのマスターコンボイから降りてくる。で、マスターコンボイもロボットモードに。
「とにかく探すぞ。
病気で弱っているような人間の気配など、弱くて柾木ジュンイチの気配察知にも引っかかるまい」
「結局、最後に物を言うのは自分の足ってことか……」
《えぇ、そうですよ。
この中でマスターのが一番短い、その足ですよ》
「うっさいよっ!」
アルトとバカをやりながら探索開始。本人、とまではいかなくても、手がかりとか見つかればいいんだけど……
――ちゃっちゃかちゃかちゃか、ちゃっちゃっ、ぴっ♪――
ん? この『笑点』のテーマの着メロは……
「あぁ、オレだよ。
もしもし?」
ジュンイチさんの携帯だった。取り出して応答するけど……あれ? 黙り込んじゃって、どうしたんですか?
“いや……なんか無言でさ”
応答中の本人からは念話で答えが返ってきた。
「無言電話ってヤツ? こんな時に?」
《まぁ、ほうぼうから恨み買ってますからね。その手の嫌がらせも普通にあるでしょう》
“やかましい。大きなお世話だ。
それに……たぶんそうじゃねぇ。コイツぁ……”
「……エグゼさんだな?」
――――っ!?
ジュンイチさんの言葉に、思い出す――そういえばこの人、ビッグファーストにアドレス教えたって言ってたっけ。
一方、ジュンイチさんは携帯をスピーカーモードに切り替えたらしい。僕らにも聞こえる音量で反応があった。
〈……キミは、私の気持ちがわかると言ったな。
ウソだ――わかるなら、どうして復讐のジャマをする? “私を探す”?〉
え…………?
僕らが自分を探しに来たことを把握してる……? まさか!?
同じく気づいたらしい。良太郎さんやジュンイチさん、マスターコンボイも周囲を見回して――いたっ!
少し離れた、海沿いの道――こっちを見ながら携帯を使ってるコートの男!
「気持ちがわかるから、止めるんだよ。
オレも復讐に狂ったことがある――そのためにこの手を血に染めもした。だからわかるんだ。
復讐を果たしたって、何もスッキリなんかしやしない。自分の心の、それまで復讐心が占めてた部分にポッカリ穴が開いて、虚しくなるだけだ。
アンタがそうなることなんか、誰も望んじゃいないんだよ――『こんなことしたって、娘は喜びはしない』ってアンタ言ってただろ!」
〈今となっては、もうどうでもいいことだ……〉
「待て! 切るな! 電話切るなよ!」
ジュンイチさんが説得しようとするけど、ビッグファーストには通じていないっぽい。
くそっ、どうする……!?
ジュンイチさんが説得している間に突っ込むか――ダメだ。向こうからは僕ら全員丸見えだ。ヘタに動けばその時点で逃げられる。
念話でフェイトに知らせて、この周辺に緊急配備を――
「黙って聞いていれば、グチグチと……」
って、マスターコンボイ!?
「意味のない復讐などになぜこだわる?
復讐は、相手に自分のしたことを後悔させるからこそ意味があるのだろうが――“自分のしたことも覚えていない人間に復讐しても意味はなかろう”」
バ――ッ!?
〈覚えていない……?〉
「あ、あぁ! そうだよ!
ロッド・グラントは以前の記憶がない――事故にあって、記憶喪失になっちゃってるんだよ!」
余計なことを言ってくれたマスターコンボイに文句のひとつも言いたいところだけど、今はそれどころじゃない。ジュンイチさんの手の携帯電話に向けてあわててフォローを入れる。
「そのせいで、事件のことも覚えてないんだ!
そんなヤツのことを撃ってもしょうがないでしょうが! だから――」
〈……娘を殺したことも忘れて、あの男はこの先ものうのうと生きていくということか……〉
ぎゃーっ! やっぱり恨みが暴走してるーっ!
〈これっぽっちの後悔も引きずらず、あの男は……っ!〉
「そうじゃない! 違うんだ!
グラントは、記憶を失う前――」
〈そんなことさせるか!〉
ブッ。
大事なことを伝えようとしたジュンイチさんの声は届かない――届く前に電話が切られた。
……マスターコンボイ!
「な、何だ……?
オレはただ、今ロッド・グラントを撃ったところで意味はないと……」
「言ってる場合か! 追いかけるぞ!」
僕らに言って、ジュンイチさんが走り出す――そうだ。今はマスターコンボイを怒ってる場合じゃない。
こちらに背を向けて逃げ出したビッグファーストを止めないと――
「待て! 止まれ、青坊主!」
――――え?
突然、良太郎さんに手を引かれて――目の前を何かが駆け抜けた。
――って、何、今の!?
「イマジンだよ!」
そう答えた良太郎さんは――あ、モモタロスさんがついてる。デンライナーから直接ついたのか。
そんな僕らの前で、飛び出してきた影――イマジンが立ち上がる。
…………って!?
「おいおい、マヂですか」
《女性型……ですね》
そう。スマートでメリハリの利いた体格は明らかに女性型。
なめらかな体表、黒と白のカラーリング、ロングヘアーみたいに後ろに流した、尾びれっぽい装飾――たぶん、モチーフはシャチ。
……なぜだろう。女性型でシャチ。これだけで何か妙な親近感がわくのは。
「悪いけど、私の契約者に手出しはさせないわよ」
……なぜだろう。ゆかなさんボイスじゃなかったことに落胆を禁じえないのは。
そんなことを考えながら――気を引きしめる。
理由は簡単。見ただけでわかるから――ガチで強いって。
「…………恭文」
ジュンイチさん……?
「ビッグファーストを追え。
こん中で一番足が速いのはお前だ」
「了解」
「させないって――言ってるでしょ!」
言って、シャチイマジンが突っ込んできて――って、速っ!?
「こっちのセリフじゃボケぇっ!」
けど、ジュンイチさんが対応。真っ向からシャチイマジンの拳を受け止める。
「行け、恭文!」
「うん!」
じゃ、後よろしくっ!
“恭文”
ん? 念話……マスターコンボイ?
“すまん、オレのミスの後始末を押しつけることになった”
“後で何かおごってよ”
“了解”
そんじゃ――いきますか!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「じゃ、オレ達はイマジン退治といきますか!」
「おぅ」
「ケッ、女相手かよ。やり辛ぇな」
恭文を送り出して、残り三人でイマジンの前に立ちはだかる――若干一名、不満そうな赤鬼さんがいるけど。
「あらあら、女ひとりを相手に三人がかり?
ずいぶんと大人気ないのね」
「ンな『頭からガップリ食っちゃうぞ』的なオーラをガンガン放っておいて、よく言うぜ」
オレ達を相手にしてもあくまで余裕のシャチイマジンにそう返す。
「悪いが、こっちも容赦はしねぇぜ。
相手が女だろうが、戦うからには全開でいかせてもらうぞ――よく言うだろ? “主婦は1パック98円・おひとり様限定の玉子を手に入れるために死力を尽くす”って」
「……微妙に論点が違う気がする上にムダに長いな」
気のせいだよ、マスターコンボイ。
「ただ……始める前にひとつ、聞かせてもらえないかな?」
「何?
契約者の隠れ処と私の体重や3サイズは教えられないわよ?」
「契約者の命運をかけた情報とお前さんの個人情報が同列扱いな点については大いにツッコみたいところだけど、そうじゃないから安心しろ。
お前……」
「なんでビッグファーストと契約した?」
ピクリ――と、シャチイマジンが反応したのがわかった。
「あの人はもう半年の命――この一連のムチャで、さらに余命は削られてるはずだ。たぶん、もういつ倒れてもおかしくないくらいに。
お前らは、契約完了までは契約者と一蓮托生。契約者が死ねばお前らも一緒に死んじまう。
そんなリスクを取ってまで、どうしてあの人と契約した? それも……復讐なんて、お前らイマジンにしてみればくっだらねぇことこの上ない願いのために」
「……確かに、復讐なんてくだらないわね。そこはそこは否定しないわ。
でもね……」
意外とすんなり答えは返ってきた。
「人がひとり、自らの命まで懸けて願ったことよ。
その願い、善悪やリスクを超えて叶える価値がある――そう考えたまでよ」
「……了解だ。
OK。聞きたいことはそれだけだ」
「あら、そう?
本当に体重や3サイズは聞きたくないの?」
「……なぜそこに食い下がる……」
むしろ言いたいのか? 自慢したいのか?
「まぁいいや。
そんじゃ、いよいよ開戦といきますか」
言って、オレはシャチイマジンへとかまえ、
「いくぜ、マスターコンボイ、モモタロス!
ブレイク、アァップ!」
「オメガ!」
《Yes, My Boss》
「変身!」
《SWORD FORM》
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――見つけた!」
前方に逃げるビッグファーストの姿を確認。このまま捕まえる!
走る速度を上げる。グングン前との距離が縮まって――
《――マスター!》
「――――――っ!?」
アルトの警告と同時に跳んでかわす――
――“水でできた弾丸を”。
「ほぅ……よくかわしましたね」
誰だ――って!?
目の前に突然水の渦が発生。それが内側から弾けて、そいつは姿を現した。
「――っ、コイツ……!?」
面識はない――けど、見覚えはあった。
「おや……? まるで私のことを知っているような反応ですね。
あなたとは初対面のはずですし、こうしてマントで素顔も隠しているというのに」
そのマント姿に覚えがあるんだよ。
コイツ、過去で良太郎さんと出くわした――
万蟲姫の両親を殺した、あのマント男!
(第22話に続く)
次回、とコ電っ!
「説得は、ムリだったか……」 |
「復讐、大いにけっこうじゃないですか。 実に私好みの展開ですよ」 |
「あの人達のジャマしちゃ……ダメぇっ!」 |
「お前の想いも、あの者の想いも……わらわが全部背負ってやる!」 |
第22話「ターゲット、ロックオン!」
「お前……本当は止めてほしかったのであろう?」 |
あとがき
マスターコンボイ | 「他の連載やら同人誌やらでずいぶんと間が空いた第21話だ」 |
オメガ | 《久しぶりだっていうのに、また重い話をやってくれますね……》 |
マスターコンボイ | 「まぁ、そこは元々予定されていた話だし、仕方のない話だろう」 |
オメガ | 《それもそうですけどね。 さて、内容に目を向けると……これもまた一言では説明できない混乱模様ですね》 |
マスターコンボイ | 「単なる復讐事件と言うにはややこしすぎることになっているからな。ガンやら記憶喪失やら……」 |
オメガ | 《そこにさらに万蟲姫達やら野良イマジンまで参加してゴチャゴチャしたことに……》 |
マスターコンボイ | 「他にも、前回現れたマント男や、万蟲姫達の前に現れた不死身の敵……おい、後者、どうにかなるのか?」 |
オメガ | 《あぁ、なんとかなりますよ。 対処できる人間が限られますが、どうにかならない相手ではありませんので》 |
マスターコンボイ | 「そうなのか? まぁ、その“対処できる人間”が誰か、という疑問は残るが……とりあえず万蟲姫達の生存は確定ということで安心しておくか。 |
……と、そんなことを話しているうちに、今回もお開きの時間だ。 では、次回も楽しみにしているがいい」 |
|
オメガ | 《次回もよろしくお願いいたします》 |
(おわり)
(初版:2012/05/18)