「………………ふぅ」



 一通りの準備を終え、電子音と共に目の前のウィンドウが消滅する。

 深く……本当に深く息をつき――



「………………終わったぁぁぁぁぁっ!」



 オレ、柾木ジュンイチの咆哮が、アジトにしているクラナガン市街の雑居ビルの一室に響き渡った。

 いや、叫びたくもなるワケよ。“JS事件”の後始末とも言える、買い占めていた大量の株の処分がようやく片づいたんだから。



 「一気に売っちゃえばいいじゃん」とか思ったそこのキミ。さては株をやったことがないな?

 株式市場っていうのは敏感なもの。ちょっとでも大量の売り注文が出たりすると、すぐにそれが不安材料になって株価は大きく下がる。最悪の場合はそれが周りの同業他社にまで広がって、市場全体が冷え込んでしまったりもする。

 そんなワケで一気に売るワケにはいかない。株価を下げることなく大量の売りをさばこうと思ったら、微妙な変化の兆しを見極めながら、他の銘柄の売買とかもからめて市場の動きを維持しつつ、少しずつ売買しなくちゃならないのだ。



 そのまま持っている、というのも論外だ。地上本部の動きを経済面から押さえ込むため、スポンサー企業各社の支配権を根こそぎ奪い取るほどに株を買い占めまくったからな。今のオレは、間違いなくミッドチルダ一の株長者だ。

 そのオレが株を手放さなければ、市場に出回る株の量が減り、やはり市場を冷え込ませる原因になる。

 何よりも根本的に、それだけ大量の株を保有した状態だと、株価がほんの少し下がっただけでも大損だ。別に金もうけがしたくて株を買い占めたワケじゃないし、その辺りのリスクを冒してまで持ち続ける理由がそもそもない。どう考えてもリスクが大きすぎる。というかリスクしかない。



 そんなワケで手放し始めた大量の株。売っても売っても片づかないエンドレス地獄を潜り抜け、ついに今、最後の売りが成立したワケだ。

 これで、作業に専念するためにこのアジトに詰めていた日々ともさよなら。ようやく六課の方に戻ることができる。



 けど……



 結局、恭文の着任には間に合わなかったな。いや、まだ当日だけど。



 アイツ、妙に運が悪いところがあるからなぁ……

 何か、朝礼でやらかしてなきゃいいんだけど。

 

 


 

第2話

何事も最初が肝心
……その“最初”でつまずいたんですけど

 


 

 

 現在、僕は部隊長室に移動して、そこで待ちかまえていた八神部隊長――はやてと対面中。

 だけど……正直帰りたい。



 だって、しょっぱながアレなんてありえませんぜ旦那? いや、やったの僕だけど。



 あぁ、そうか。これはきっと全部夢なんだ。

 きっとまだ出向前に見ている夢で、起きればいつもの布団の中。

 ははははっ、イヤだなぁ僕は。なーんで出向前にこんな縁起の悪い夢見ちゃったんだろ?





 それに気づけばもう大丈夫だ。

 こうやって目をつぶれば、きっと自宅の布団の中でよだれたらしながら寝てるに決まってるんだ。そうだそうに違いない。



















「でも、それはただの現実逃避や」

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 容赦なく希望は粉砕され、僕の悲痛な叫びが部隊長室に響いた。

 そうだよね。わかってたよ、わかってたさ。

 でもいいじゃないかよっ! 現実逃避くらいさせてくれてもいいじゃないかっ! もう現実逃避くらいしかすることがないんだよっ!

 それだけのことがあったんだよっ! 僕のライフポイントはとっくにゼロよっ!?

 いや、ネタとかじゃなくてマジ話で。ここに来るまでどんだけ書類地獄と格闘してたと思ってるのさっ!?

 そうやって体力すり減らしていたところにアレだよっ!? 精神的にもライフはゼロさっ!

 なので――





「すみません部隊長。今日はこのまま帰って自宅警備員のバイトに勤しみたいんですがよろしいでしょうか?」

「あかんで♪」

「大丈夫ですよ。ほんの半年程行ってくるだけですから。
 マグロ漁船よりは短期間ですよ。うぅっ……」

「あぁもう。別に泣くことないやろ? 私はおもしろかったし。
 大丈夫や。あれで自分は愛すべきキャラとして認識されたはずや」

「……そう思うなら、お願い。僕と目を合わせて。
 なんで微妙に合わないの? 僕の髪とか耳とか見てるよね」



 つーか、そもそもおのれがおもしろくても僕がおもしろくなきゃ意味ないんだよっ!



「相変わらずわがままやなぁ。そんなんやと彼女できへんで?」



 いや、別にほしくないし。



「ウソつき。フェイトちゃんにゾッコンLOVEやんか」

「待て待て19歳っ! 絶対年齢詐称してるでしょっ!? いつの時代の言い回しだよそれっ!
 なんで平成じゃなくて昭和の匂いがするのっ!? おかしいでしょうがっ!」

「そないなこと気にしたらあかんよ。つか、それを抜いても前に私が遊びに行った時に、あんなところにあんな本が……」





 ………………うん。




「マッテ。その話は止めにしませんか?」

「えぇやんか。恭文かて男の子なワケやし、私は別に軽蔑したりとかはせぇへんよ?
 というか、アリシアちゃんも含めて一緒にその手の同人本読みあさった仲やんか。何を今さら……」

「……聞こえなかったかな?
 その話は、止めに、しようって、言ってるんだけど」

「……なぁ。久しぶりに会ったんやから、そんな怖い目で睨むのはやめてな。私、これでもか弱い女の子よ?」

「やかましい。僕の中でお前は女性の欄には入ってないのよ。
 っつーかたった今含める理由がなくなった」

「自分ひどいなっ!」

「ひどくないわっ! 事ある毎にチクチクからかいやがってっ!
 さっきのことで僕がどんだけヒドイ目に遭ったと思ってるんだよっ!?」





 フェイトのあの時の目を思い出して、僕がどれだけ枕を露でぬらしたとっ!?

 二次性長に理解を示してくれていたはずなのに、なんで……いや、今はそこはいいっ!





「そんなことするヒマがあったら、あのワーカーホリックな砲撃魔導師を見習って仕事しろ仕事っ! 仕事に溺れろっ!
 もちろん倒れない程度にっ! 倒れられたら僕が困るからっ!
 つか、そんな余計なこと考えるからチビタヌキなんて言われるんだよっ!」



 具体的にはゲンヤさんと僕とジュンイチさんに。



「そこまでにしてやってくれるか?」



 と――そんなはやてに対し、出さなくてもいい助け舟が出された。

 出してきたのははやてのパートナートランスフォーマー、ビッグコンボイ。

 元々はセイバートロン星のコンボイを務めたこともあるくらい凄腕のトランスフォーマーなんだけど、はやてと組んだのが運の尽き。“JS事件”でも出番減少の憂き目にあうことになった苦労人だ。

 それが一番顕著に現れたのが、この間の復活したユニクロンとの戦い。みんなが次々にリンクアップ、つまりパワーアップ合体していく中でひとりだけ取り残されて……



「うるさいよっ!
 気にしてるんだから、そのことに触れるなっ!」



 あ、気にしてたんだ。



「まぁ、とにかく。
 そのくらいも何も、先にこっちの心の傷を抉ってきたのははやてだよ? はやてがかよわい女の子なら、そのはやてにもてあそばれた僕はどーなるのさ?」

「ふーん……そういう事言う?
 出向祝いにフェイトちゃんのドキドキスクリーンショットをプレゼントしようかと思ってたんやけど」

「イヤだなぁ。ほんの出会い頭の小粋なジョークじゃないですか八神部隊長。私はあなたほど素敵な女性と出会った覚えがありませんよ。タヌキなんてとんでもないっ! 誰ですかそんな事言ったの? 信じられませんよそいつの神経を疑いますね〜。まさにあなたは現代のジャンヌ・ダルクっ! ミロのヴィーナスっ! 小野小町か楊貴妃か、さてはクレオパトラかっ! もう、こうしてあなたの前で立っているだけで胸の鼓動は切なく高鳴っているんですよ?」



 はやての手を握り一息にまくし立てる。ハッキリ言えば口からデマカセUSO八百。

 だけど、これも全てはドキドキスクリーンショットのため。若干アレだと思うがそこはガマンだ。



「……自分、プライドないな」

「プライドでドキドキスクリーンショットは手に入らないでしょ?」



 フッ、甘く見たな、八神はやてっ!

 この蒼凪恭文、フェイトのドキドキスクリーンショットのためなら鬼にも修羅にも太鼓持ちにもなってやろうぞっ!



「まぁ、ちょっとだけえぇ気分になれたから許したるわ」



 あんなのでなれるんかい。なんちゅう安上がりないい子ですかあなた。



「お望み通り、選りすぐりのをメールで送付しとくわ。楽しみにしとき?」

「……恩に着るよ」

「まーそれはそれとして、冗談抜きで自宅警備員はホントにやめた方がえぇと思うで? フェイトちゃんやなのはちゃん、アリシアちゃんが悲しむよ。
 3人とも今日はおらへんけど、恭文が六課に出向してくるって聞いて、やっぱりうれしそうやったもん」

「そなの?」



 そうなんだ、3人がそんなことを。あぁ、なのはは別にいいけど、フェイトとアリシアが……



「……相変わらずなのはちゃんに対する扱いがひどいな」

「だって、なのはをからかうの楽しいし」

「…………せやったね。
 あんたの中では、なのはちゃんの立ち位置ってそんなんやったよね」



 僕の言葉に、はやてはなぜかため息ひとつ。



「まぁ、あれやで。あんまやりすぎたらあかんよ?
 それでなくても最近ジュンイチさんに対してツッコみまくりでツッコみ疲れがたまっとるし」



 何さ、その“ツッコみ疲れ”って。っつーかあの人はそんなになのはで遊んでるのか。

 正直やめてほしいかも。だってなのはをいぢるのは数少ない楽しみのひとつなんだから。なのはのリアクションのキレが鈍るとつまらないんだよね。



「それと……多分、なのはちゃんは大事な友達と会えるのがうれしいんやと思うし」



 あー、そうだよね。あの横馬は予想してた。



「アリシアちゃんは、同好の士が増えて……ってな感じやな。
 後、本を書くための人手とか」



 こっちでも本書いてんのか、あいつは。



「こっちでもシャッター前常連になりつつあるよ。
 私も行けへん時は委託頼んでるし」



 そしてお前もか。



 まぁ、そっち関係について、アリシアははやての師匠みたいなもんだし、シャッター前くらいの地位は簡単に築くでしょ。

 で、フェイトは……



「フェイトちゃんは……弟分が来るのが楽しみ、っちゅー感じかな?
 つか、覚悟しといた方がえぇよ?」

「なんで?」

「『いい機会だから、部隊の仕事を覚えて、局に入る気になってくれればいいな』……とか言うてたし」



 ……マジですか。

 まだあきらめてないのか……僕はそんな気ないのに。



「マジや。
 ま、海鳴でお世話になっとった頃から“お姉ちゃん”しとったからな。やっぱ根無し草のままやと心配なんよ。
 恭文の気持ちはわかるけど、少しは理解したり?」



「……だね。あー、またゴタゴタするのかな」



 よし、覚悟はしておこう。覚悟だけは。



「まぁ、それはヴィータやシグナム達もそうやし、私もうれしかったよ。
 ……来てくれてありがとな」



 そう言って、いきなり頭を下げる八神部隊長。

 ……うん。そういう殊勝なマネは似合わないのでやめてほしいのですが。

 というか……一回断ろうとした手前、ちょっと辛い。



「まぁ、そこは気にせんでえぇで? 休みの要求は当然の権利やし。
 あと、もう私の事はいつもどおり『はやて』でかまわんよ。恭文に『八神部隊長』なんて言われたら、なにか気持ち悪くてかなわんわ」

「失礼な。
 どういう意味だよ」

「そういう意味や。
 まぁ、これからよろしくな恭文」



 あいさつと共に手が差し出された。だから、こう返事をする。



「こちらこそ、よろしく。はやて」



 そう言って、僕も同じように手を差し出し、硬く握手する。

 この瞬間から、僕の機動六課での生活は始まる。

 次元世界を救った女神や英雄達との、忘れられない日々が――




















 数週間後、自宅警備員の方がよかったかなと思う事が起きたけど、それはまた別の話とする。





















「違うですっ! ナニ失礼なナレーションつけてるですかっ!?」

「そうよっ! みんなあなたが来るのを楽しみにしてたのにっ!」

「蒼凪、相変わらずだな」

「……いきなり前フリもなく出てきて、そろいもそろって地の文にツッコまないでください」



 間髪入れずにツッコんできたのは、ちっこい妖精サイズの少女にショートカットの金髪美女、それに青い犬。



「狼だ」



 ええ、わかってますからその鋭い視線を向けないでくださいよ。怖いじゃないですか。



「恭文さんがいけないんですよっ!
 せっかく久しぶりに会ったのにいきなりこれですかっ!? ひどいですっ!」

「頼むからそんな恨めしい目で見ないでよ。僕が悪かったから」

「反省してますか?」

「もちろん、マリアナ海溝よりも深く」



 はやてもビッグコンボイも、「実は反省してないだろ」って目で見るのはやめてよ。

 心当たりがないワケじゃないだけに心が痛いじゃないのさ。



「なら、許してあげるです。
 ではでは、気を取り直して……恭文さん、久しぶりです〜♪」



 そういって、少女は僕の胸に飛び込み、抱きつく。



「うん、久しぶりだね。リイン」



 僕はそんな彼女を優しく抱きしめる。



「シャマルさん、ザフィーラさんも久しぶりです」

「お久しぶり、恭文くん」

「元気そうで安心したぞ」





 今、僕の腕の中にいる子の名前はリインフォースU。通称リイン。

 部隊長であるはやての家の末っ子で、僕にとっては妹みたいな存在で一番の友達。

 そして――僕が魔導師になったきっかけの、一番大きな部分を占めている大切な女の子。



 で、僕とリインがハグハグしているのを楽しそうに見ているお姉さんは――



「シャマルさんもお久しぶりです。
 聞きましたよ。料理でみんな撃墜して、部隊機能マヒさせたそうですね? 腕を上げましたか?」



 シャマルさん。はやて……八神家の一員で、局に所属を置く医務官。

 そして誰もが認める殺人料理の使い手で、六課でも被害を出したとか何とか……



「違うもんっ! シャマル先生悪くないもんっ!
 私だって被害者なんだからっ!」



 え? そうなの?

 みんなが料理が原因で倒れたって聞いたから、てっきりシャマルさんの仕業かと……



「違うわよ! 料理関係のネタを全部私に直結させないで!
 今回の犯人はあずさちゃんなんだから!」



 あ、あの人かぁぁぁぁぁっ!

 そういえばあの人も六課にいたんだったっけか。最初は身分を隠してたらしくって、途中までぜんぜん気づかなかったらしいけど。

 けど……そうか。犯人はあの人か。

 シャマルさんなら、まぁ、仕方ないかとも思ってたけど、あの人となれば話は別だ。

 それがなのはとかだけだったならいいけど、フェイトや師匠まで巻き込まれたとなると……



「…………よし、後でしばくか」

「やめておいてやってくれ、蒼凪。
 すでに十分罰は受けている」



 そして、ため息まじりに僕を止める青い“狼”は、同じくはやての家族で、ザフィーラさん。

 今の狼の姿の他に人間の姿にもなれる、シャマルさんと同じく古代ベルカ式の使い手。

 防御の魔法を得意としている盾の守護獣で、さらに人の姿になれば格闘戦も強い。



 二人とも、昔から色々とお世話になっている人達だ。





「……というかザフィーラさん」

「なんだ?」



 ついバカをやってしまったけど、ツッコミたいところがある。



「『元気そう』ってのはこっちのセリフですよ。
 リンディさんからみんなズタボロだって聞いてたんで」



 だからこそ、出向もOKしたくらいなのに。



「日常生活には問題ないレベルには、みんな回復してるわ。ただ……」

「ヴィータや高町など一部の人間は戦闘となると、まだ本調子で行けないのが現状でな。
 テスタロッサも捜査方面で出歩くことが多く、シグナムやアリシアにしわ寄せが集まっている状態だ」

「ジュンイチさんも事件の後始末のために今は六課を離れてますですし、ライカさん達“Bネット”組も、報告のために向こうに戻ってていないんです」

「……そうですか」



 シャマルさん、ザフィーラさん、そしてリインから聞いた現状は、僕の想像以上にひどいものだった。

 そっか……そこまでだったのか。

 ま、しゃあないか。その場にいなかったし、僕があーだこーだ言うのは間違いでしょ。



「……せやな。
 リンディさんから聞いとるとは思うけど、今の六課主要メンバーの……いうよりは、隊長陣の大半はこんな感じや」



 とはいえ……口は出せなくても、やっぱり先行き不安な状態なのは変わらない。答えるはやての言葉も、さっきまでのおふざけモードは消え去ってマジメなものだ。



「万が一に備えて、恭文には休み返上で来てもらっとるワケやし……残り半年近く、何がなんでも何とかしていかないとあかん」

「はいですっ!」



 はやての言葉に気合いを入れるリインだけど……僕はそれでも正直不安だった。

 だって、六課の運用期間は残り半年。仮に何か起きるとしたら、十分すぎる期間だもの。



 ううん、十分すぎる、どころじゃない。

 何しろ、“JS事件”だって、本格的に動き出してから解決するまでがその“半年”の間に収まったのだ。それ以上の事件が起きたってぜんぜん不思議じゃない。“JS事件”のようにもうすでに火種が……なんて仮定したらなおさらだ。



「恭文くん、あなたにはそういう事情で来てもらっているワケだけど、もちろんあなたひとりにすべてを押しつけるような事はしないわ」

「もし何か起こった時、我らにお前の力を貸してほしい。頼みたい事はそれだけだ」

「別にかまいませんよ。そのためにここに来たワケですしね。そこで頼られなかったらウソでしょ。
 ……ただしっ! なんにも起こんなかったら、定期的に休みはきちんともらいますからねっ!?」

「こだわるところはそこなんですね」

「本当に変わっていないな……」



 人さし指をピンと上に向けて宣言する。僕以外の全員が呆れてるけど、なんと言われようとここだけは譲れない。

 その一点だけ約束してくれれば、僕としては協力することには何の問題もない。

 それに、みんなにはたくさん助けてもらってるしね。その恩を返すいい機会と考えればむしろ望むところだ。



 何より、ドキドキスクリーンショットもいただく約束を取りつけた以上、口ではどう言ってもホントに逃げるワケにはいかない。

 といいますか、いい加減休まないと体外的にも僕の身体的にも色々とですね。結局、あのムチャぶり提督のおかげで、この二週間もほぼ休み無しだし。

 リゲ○ン飲んでないのに24時間戦えましたよ。えぇ。



「それはもちろんや。
 リンディさんからもストライキとか起こされたくなかったら、そこはちゃんとするようにと言われてるしな」



 あの人は僕を何だと思っていますか?



「可愛い問題児ってところかしら?」

「蒼凪なら実際ありえるしな」

「です……」



 あなた達も何だと思っていますか?



「まぁ……ストライキ起こせるなら起こしたかったけどさ」

『えっ!?』

「……『さらば電○』、見に行けなかった」



 途中で、必死に書類をさばいて、一日休みを確保出来たのに……あのバカ提督が追加で書類作成を命じてこなければ……見れたのに。



 昨日? 転送ポートの使用許可がとれなかった。おかげでグチもひどかったさ。

 ……ちくしょお、僕が何したっていうのさ。



「……あぁ、自分ら好きやったな」

「ね、提督つぶしても罪にならないよね? ジャスティスだよね?」

「お願いやからそれはやめてーなっ! 間違いなく罪になるからなっ!? ジャスティスちゃうからっ!」

「嘘だっ!」

「嘘ちゃうからっ! なんでいきなりひぐら○っ!? そしてちょっと涙目はやめてくれんかなっ!
 ……とにかく、休みは善処していくし、『さらば○王』もディスク発売されたらプレゼントするから、元気出してくれへんかな?」



 ……僕はその言葉に頷いた。あの提督には、きっちり仕返しをすることを決意した上で。

 ジュンイチさんに言いつけてもいいけど、ここは僕の手でキッチリとしておく。でなきゃ、今回はさすがに僕の気がすまない。



 それはそうと……


「3人とも、そもそも何しに部隊長室に?」

「はいですっ! フフフっ!」



 僕の問いになぜかいきなりニヤニヤと笑い出す祝福の風。あの、用件を早く言ってもらえませんか? 怖いから。



「恭文さん! あなたを生まれ変わった機動六課隊舎見学ツアーにご招待に来たです〜♪」

『……はい?』



 はやてとついハモってしまった。



「はいですっ! 私、祝福の風・リインフォースUが責任持ってガイドするですよっ!」

「あぁ、つまるところオリエンテーション言うワケやな?」

「ですです♪」



 待てまてマテっ! 見学ツアーって、みんなが仕事してる中を跳梁闊歩するワケですか? それはないって……

 といいますか、僕は小学生ですかっ!?



「見た目はそうだろう?」



「うるさいよっ!」



 余計な口をはさんできたのはビッグコンボイ。後で覚えてろよちくしょうめ。



「恭文くん、そう言わないであげて。
 リインちゃんったら、恭文くんに早く六課に慣れてもらうんだって言って、昨日までアレコレ考えてたのよ?」

「そうなん? 私は全然知らんかったんやけど」

「申し訳ありません主。
 リインに当日まで秘密にしておくようにと頼まれましたので」



 なるほど、そういうことですか。

 でも、はやてだって僕がらみで予定を立てていただろうし、いきなりそんな話をされて「はいそうですか」と納得するワケが――



「まぁ、そういうワケなら仕方ないなぁ。恭文、部隊長命令や。見学ツアー行っとき」

「ありがとうですっ!」

「納得したっ!? つーか即決だねおいっ!
 部隊長、一応確認……仕事はいいの?」



 みんなから白い目で見られるのとか、イヤだよ? いや、真面目な話よ。



「別に今日一日くらいやったらかまわんやろ。
 どっちにしてもオリエンテーションは必要やしな」



 さいですか。素晴らしい英断に感謝します。

 でも、ニヤニヤするのはやめて。なんかムカつくじゃないのさ。



「というワケでリイン。
 見学ツアーそのものはかまわへんけど、恭文を連れて改めて主要メンバーにあいさつさせてな。
 さっきはアレやったし、何事も最初が肝心や」

「はいですっ!」

「あの、二人して少しばかり子ども扱いなのが気になるんですけど」

「あきらめろ。蒼凪」

「そうそう、あなたは女の子の尻にしかれるタイプなんですもの」

「それでなくても、はやてもリインも仲間内では妹分扱いの立ち位置だ。たまには姉貴風を吹かせてやってくれ」



 ちくしょう、来て早々なのにまた泣きたくなってきたぞ。でも、こうなったら腹をくくろう。



「わかったよ。
 リイン、ガイドよろしくね」

「はいです♪」



 ……そういや、リインと一緒に来たってことはシャマルとザフィーラさんもツアー参加者?



「いいえ、私達は違うわよ」

「別の用件だ」

「別の?」

「恭文さんへのあいさつですよ」



 リインがそこまで言うと、シャマルさんとザフィーラさんが僕の方を向いて、柔らかい表情でこう切り出した。



「恭文くん、機動六課へようこそ。あなたを新しい仲間として歓迎します。
 そして……来てくれてありがとう」

「まさか休みを返上してまで来てくれるとは思わなかったぞ。
 フォートレスやアトラスも、ここには来れなかったが本当に感謝していた。
 これから色々とあるとは思うが……何かあればいつでも言ってくれ。必ずや我らが力になる」

「……こちらこそ、また面倒かけるとは思いますがよろしくお願いします」



 そうして、まず最初のあいさつを無事にすませた僕は、はやて達に見送られリイン先導のもと、機動六課隊舎見学+あいさつ参りツアーへと向かった。





















 ……あのさ、リイン。










「何ですか?」

「これからよろしくね。で、もし何かあったら……がんばろ」

「……もちろんです。
 リイン達が力を合わせれば、どんな理不尽も、きっと覆していけるですよ」

「うん」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「えへへ〜♪」

「何よ、なんかニヤニヤして」



 あたし、エリオ、キャロ、あずささん、そしてコイツ――元祖六課フォワード陣5人、そろって隊舎の廊下を歩きながら、あたし、ティアナ・ランスターはとなりでニヤニヤしているスバルにそう尋ねた。

 ……いや、尋ねたくもなるわよ。朝礼が終わってからずっとこの調子だもの。ここが天下の往来のド真ん中だったら、他人のフリをしたくなるくらいに。



「なんかさー、うれしいな〜、と思って」

「うれしい……?」

「だって、隊舎も復活したし、こうしてみんな無事に帰ってこれたし、新しい人も来てくれたし、いいこと尽くめじゃない?」



 両手を大きく広げて、そう口にするスバルは本当に楽しそうだ。純粋に今の状況がうれしいのが見ているだけでよくわかる。

 まぁ、確かにあたしだってうれしいわよ。ただ、ねぇ……



「隊舎とみんなの無事は解るけど、最後のは正直微妙よ。
 だって、アレはないわよ、アレは」



 言いながら思い出すのは今日の朝礼での紹介。

 今日から六課で仕事をする事になったひとりの男。

 身長はスバルと同じくらいで細身の体系……って、ちっちゃいわね。まぁ、マスターコンボイの方が小さいけど。

 あと、女の子っぽい顔立ちで、栗色の髪と、黒い瞳をしたアイツ。

 年は私達と同じくらいよね? 正直そうは見えない。



「あれは、きっと私達を和ませようとしてくれてたんだよっ!」

「いや、絶対違うから」



 うん。それだけは断言出来る。

 あれは間違いなく素だ。てーかホントにそれでアレなら、色々と読み間違えてるから。



「蒼凪恭文の話か?」



 と、そんなあたし達に声がかけられた――振り向くと、いつの間に追いついていたのか、ヒューマンフォームのマスターコンボイがそこにいた。









 …………うん、やっぱりカワイイ。



 本人は未だに納得していないみたいだけど、マスターコンボイのヒューマンフォーム、実のところ、あたしはけっこう悪くないと思っていたりする。

 デザインしたっていう八神部隊長やリイン曹長は実にイイ仕事をしてくれたわ。

 ……別に、マスターコンボイ自身が好きだってワケじゃないからね。そこは念を押しておく。

 で……



「マスターコンボイはどう思ってるの? 今朝のアイツのこと」



「評価待ちだ」



 あっさり返された。

 まぁ、「対面してから評価する」って言ってたし、コイツがアイツのことを評価するのはこの先ってことだわね。



 となると、あとアイツについて語れそうなのは……



「ライトニングの二人はどうよ。
 アイツについて知ってることある?」



 アイツは、八神部隊長やなのはさん、フェイトさんの友達らしいから、二人はあたし達より詳しいかもしれない。



「すみません、ボク達も会った事があるワケじゃないんです」

「そうなの?」

「はい。一応フェイトさんから、一緒に暮らしている弟みたいな男の子がいるとは聞いていたんですけど……」



 ……へ? 一緒にっ!?

 つまり……それは……



「あ、そういう意味ではなくてですね。なんでも海鳴の家の方に居候……のようなことをしていたらしいんです」

「リンディ提督が保護責任者だったらしいんですけど、そのリンディ提督がお仕事で帰れない時とかを考えると、フェイトさん達と暮らした方がいいだろう、って……」

「あぁ、なるほどね」





 この二人の保護者で、六課の隊長陣のひとりでもあるフェイト・テスタロッサ・高町という人がいる。

 その人は、4年前まで、地球の海鳴という街で暮らしていた。その時に同居してたってことか。





「フェイトさんからは『前にも言ったけど、ちょっと変わっているけど、真っ直ぐでいい子だから、仲良くしてあげてね』とは言われてるんですけど……」

「確かに、変わってはいるかもね」





 あの男については、あたし達は事前になのはさん達から説明を受けている。

 なのはさんの友達で、あっちこっちの現場を渡り歩いている優秀なフリーの魔導師だと。

 名前は蒼凪恭文。年はあたしよりひとつ上。



 とは言うものの、魔導師としての腕前は実際には見てないが正直微妙な感じがする。だって、アレだしね……





「そんなことないよっ! すっごく強いんだからっ!」

「……あんた、なんでそんなこと言い切れるのよ。つか、知り合いってワケじゃないんでしょ?」



 あたしのあきらめも混じった発言は、胸を張って自身満々なうちの相方にあっさり否定された。

 ……ちくしょうっ、負けたっ! あたしなんてまだまだなのに!

 …………とりあえず、何が負けたのかは女のプライドにかけて黙秘させてもらうわ。



「だって、あの人は空戦魔導師のA+ランクなんだよ?」

「……空戦Aのプラスッ!?」

「そうだよ。私達より1.5ランク上」





 ここで、ちょっと補足説明。

 ……魔導師には、能力を示すランクというものがある。

 陸戦・空戦・総合の三つの分類に、上から『SSS→SS→S→AAA→AA→A→B→C→D』と言った風に分けられる。

 あとは、0.5ランクを意味する『+』とか『−』がついたり。



 で……トランスフォーマーの場合も、この人間の魔導師ランクを元にして設定されている。

 たとえばAランクだったら「あなたは人間のAランク魔導師と同等の能力がありますからAランクで」っていう感じ。



 まぁ、あくまでも目安みたいなものなんだけどね。ちなみに、私とスバル、エリオが陸戦B。キャロがCになる。で、あずささんが総合のB。

 マスターコンボイは……って、そーいえばマスターコンボイってランク認定試験受けたことないのよね。

 技だけならウチの隊長格にも匹敵するんだけど……マスターコンボイ、単独だとボディスペックの半分も出せないしなぁ……



 で、新入りに話を戻すけど、アイツの空戦A+というのは、ウチの隊長格とまでいかなくても、なかなかに優秀な方になる。

 特に空戦、つまり飛行技能を持つ魔導師は、先天的なものか、訓練による後天的なものかを問わず、ある一定以上の適正がないとなれないものだから。



 っていうか――



「つかスバル、あんたなんでそれを知ってるワケ?」

「あのね、その人について、お兄ちゃんに聞いてみたんだ」

「柾木ジュンイチに?」



 ランクの話に続いてここでも捕捉。

 スバルが「お兄ちゃん」と呼んでいるのはあずささんの兄。そしてスバルやスバルの姉、ギンガさんにとっても兄妹同然に暮らしていた兄貴分である柾木ジュンイチさん。

 魔導師ってワケじゃなくて、別系統の特殊能力者。でも、とんでもなく強い。

 能力的にはウチの隊長格より下なんだけど、工夫でその差を簡単にひっくり返してしまう。簡単に言えば知略とテクニカル方面に極端に特化しているのだ。

 過去に何度も八神部隊長達を蹴散らしているらしいし、今回の“JS事件”でもなのはさん達とぶつかった際、たったひとりでうちの隊長格を圧倒した……って言えば、その実力はわかってもらえると思う。



 ……と、それはともかく。



「うん。
 もしかしたら知ってるかも、って思って……
 そしたら知ってた。というか、知り合いだった」

「……たまに、あの男の人脈を根こそぎ調べ上げたくなることがあるんだが」

「…………うん。あたしも、たまに……」



 それはあたしも同感。

 あの人、ムダに顔が広い……というか、あの人の周りの縁ってムダにからみ合ってるからなぁ……

 あたし達も、それぞれあの人とソロで縁があったクチだし。



 …………あれ?

 ジュンイチさんがアイツのことを知ってるってことは、その妹の……



「ひょっとして……あずささんも知り合いなんですか?」

「うん。まぁね。
 ……というか、ようやく話振ってもらえたよ。忘れられたかと思って、ちょっと寂しかったんだから」



 尋ねるキャロに対し、あずささんは肩を落としてそう答えた。

 軽くすねた様子で口を尖らせるあずささんの様子に、キャロはあわててなぐさめにかかる――寮が相部屋なだけあって、まるで本当の姉妹みたいに仲がいいのよね、この二人って。



 それはともかく、今はアイツの話よ。



「それで……ジュンイチさんは何て?」

「うん…………」

「えっと……」



 しかし、あたしの問いにスバルも、そしてあずささんも何やら考え込むように視線を伏せた。

 …………あれ? 何か変なこと聞いた? とか思っていたら、やがてスバルはポツリ、とつぶやいた。



「『友達だ』って……」

『は………………?』



 スバルのその言葉に、あたし達は思わず動きを止めた。

 だって、あのジュンイチさんが……「友達」よ?

 他の人達なら、何てことのない友達紹介だけど……ジュンイチさんの場合、少しばかり毛色が違ってくる。

 何しろ――



「『友達』……か?
 あの、自分の身内は“家族”か“仲間”の2種類でしか区分けしないあの男が、『友達』だと?」

「う、うん……」



 マスターコンボイの言ったとおり、あの人は身内の分類がすごく極端なんだ。

 家族かそれに近しい人は“家族”、それ以外は“仲間”、それを全部ひっくるめて“身内”、って具合に区切りがハッキリしてる。

 だから――あの人が“家族”でも“仲間”でもなく、“友達”と言い切った相手がいるなんて、あたしは正直知らない。知らなかった。



 けど、それは裏を返せばあのジュンイチさんにとっても特別な認識の相手、ってことで……実力なり何なり、認めるだけの何かしらがあるってことか。まぁ、そこは見てからよね。うん。



「でもね、お兄ちゃん……『会って仲良くなってからのお楽しみ』って言って、あんまり細かい事は教えてくれなかったの。
 あー、でも楽しみだな〜。お兄ちゃんの話を聞いてたら、どんな感じか戦ってみたくなってさ。なのはさん達に頼んで模擬戦組んでもらわないとっ!」

「……アイツの意思は確認しときなさいよ? 強引に話決めたら迷惑でしょうから」

「うん、もちろんっ!」



 この分じゃ、アイツも来た早々大変なことになりそうね。スバルが押し切る光景が目に浮かぶわ。

 まぁ、なのはさんやヴィータ副隊長達がそんなにすぐ許可をくれるとは思わないけど。仕事の都合だってあるし。



「……貴様に聞けばすぐに解決するということに気づいてないな、スバルのヤツ」

「うん。
 でもおもしろいからほっとこう」

「了解だ」




 後ろでそんなことを話しているマスターコンボイとあずささんはとりあえず無視しておく。教えたら教えたでスバルがうるさそうだし。



 それはそれとして、今、あたし達がどこへ向かっているかというと、デバイスルームだ。

 一応、訓練の再開前に私達のデバイスや相棒の子達の調整と整備をしっかりとしておきたいと言われ、一週間程前にシャーリーさんにパートナー達を預けていた。

 そのメンテナンスも今日で終わり。今から相棒を受け取りに行くところなのだ。



 そして、部屋の前に到着した。



「マッハキャリバーもクロくん達も元気かなぁ〜。
 なんかドキドキしてきちゃった」

「あんた、いくら何でも大げさよ」



 などとスバルと話しながら中に入る。



「失礼しまーす」

「失礼するなら帰ってくださ〜い」

「す、すみません! 失礼しました!」



 間髪入れずに返され、あたし達は全員失礼しないようにデバイスルームから退出し――



「ちょっとジャマするわよ!」



 我に返ったあたしは再びデバイスルームに突撃。

 そしていた。小さい男の子と、さらに小さい“小鬼”が。



「……リイン、どうしてそんな怖い顔でにらんでるのかな?
 ほら、かわいい顔が台無しだよ?」

「何言ってるですかっ!? 怒っててもリインはかわいいんですっ!」

「また自意識過剰に磨きがかかってるね、をいっ!?」

「というかっ! どこの世界にあんなこと言って追い出す人がいますかっ!?」

「え、吉○新喜劇でやってたよ?
 というか休みの日にいっしょに見たじゃないのさ」

「……お仕置きだべぇ〜〜っ! です〜〜っ!」

「いや、だって、てっきりシャーリーかと思って、本当にお客様とは思わな……って、痛い痛いっ! 髪の毛引っ張るなぁぁぁぁっ!」



 ……よし。



“……何これ?”

“さぁ……?”

“お仕置き……ですよね。でも”

“あんなリインさん、初めて見ました”

“リインちゃん、滝○順平さんのモノマネうまいなぁ〜”




 念話で尋ねるあたしにそう答えるのはスバルやエリオ、キャロの3人。あずささんのズレたコメントは全力でスルーする。

 ……とにかく、リイン曹長が新入りの髪の毛をぐいぐい引っ張ってお仕置きしてる。

 てか、アイツがなんでここにいるの?



「あ、みんなどうしたの〜」

「あ、シャーリーさん」

「えっと、マッハキャリバー達を受け取りにきたんですけど」

「あのありさまで……」

「なんであの方がここにいるんですか……?」



 やってきたのはシャーリーさん。とりあえずあたし、スバル、エリオとキャロの順番で口々に答える。

 で、シャーリーさんは、部屋の様子を見て納得したような顔になった。



「……あぁ、気にしなくていいよ」

「いや、ムリですよ」



 思わずあたしが即答する。



「どうせ、なぎくんが何かしたんでしょ?
 すぐに終わると思うから、入って入って」

「いや待て。お前はどうしてそう冷静なんだ?
 まさかこれは普通の光景だったりするのか? 蒼凪恭文にとって」

「普通の光景だったりするんだよねぇ……残念ながら」



 シャーリーさんに尋ねるマスターコンボイに答えたのはあずささんだ。



「けどさ、シャーリーちゃん。
 どーして恭文くんがここに?」

「あぁ、ロングアーチにあいさつに来てて……なぎくんのデバイスもちょっと見たかったし、ここに連れてきたんですよ。
 それより、みんな。そんなところに立ってないで、ほら、入って」



 あずささんに答えるシャーリーさんに促されて、あたし達はようやくデバイスルームに入室することができた。



 ……というか、アイツのいる部屋に入るだけでこれって……



 ……これから……不安だわ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 リインによる“お仕置き”が終了した後、二人してぜーぜー言いながら、六課のフォワード陣と対面していた。

 リインがあれやこれやとしている間に、フォワード陣のデバイスの受け渡しは終わっていたらしくて、現在はシャーリー先導である場所に移動していた。その間に、簡単な自己紹介をするのも忘れない。



 その場所の名は……食堂。



 おそらく、これから先一番お世話になるであろう施設だ。食は大事だからねぇ。





 さて。

 そんなボク達だけど、実はさりげなく人数が増えていたりする。

 ボク達の後からついてきている、4人のトランスフォーマー達だ。

 ……いや、正確には彼らは生粋のトランスフォーマーじゃない。

 トランスフォーマーを模倣した可変ボディを持ち、人格型AIによって自律稼動するデバイス――そう、デバイスなのだ。トランスデバイスというらしいけど。



 ジェット機にトランスフォームする、クールなジェットガンナー。

 レースカーにトランスフォームするロードナックル。
 実は二重人格で、元気なやんちゃ坊主タイプのクロとお子様なシロの二人。今表に出ているのはクロの方だね。

 サメ型のビーストロボットにトランスフォームする、「ござる」口調の侍キャラ、シャープエッジ。

 小型クレーン車からトランスフォームする、彼らの中では唯一のマイクロン――つまり人間サイズのトランスフォーマーね。面倒くさがり屋のアイゼンアンカー。



 同系統の開発系譜に連なる、いわば兄弟な彼らはフォワード陣のパートナートランスフォーマーなんだそうだ。彼らも、スバル達のデバイスと同じくメンテナンスのためにシャーリーのご厄介になっていたとか。



「そういえば、あずささんはもう聞きましたけど、シャーリーさんやリイン曹長とも知り合いなんですか?
 なんか、親しいみたいですけど」

「うん。リインは魔導師になりたての頃からの友達だし、シャーリーはフェイト経由でね。
 デバイスの事とかで相談に乗ってもらってるのよ。あと、オタク仲間」

「なるほど、納得しました」



 あー、なんかやりづらい。

 特にチビッ子二人だよ。本気で何話していいかわからない。



「うーん、みんなかたいなぁ……」

「でも、初めて同士ですから」

「そうですね、これから遠慮がなくなっていきますか。
 というか、なぎくん相手にそんなことしてたら身が持たないですし」

「です」



 こら、リインとシャーリー。そういう話なら聞こえないところでやってもらえませんかね? まぁいいけど。

 一応、互いにあいさつは滞りなく終了している……うん。きっと滞りなく。

 もうすぐ食事時ということもあって、少し早いけど一緒にご飯を食べながら話す事にしたんだけど――







 …………うん。現在進行形で混乱しています。



 目の前には、僕の出身世界……地球でいうところの、ビックバン盛りとか流星盛りとか言われるようなサイズの山盛りパスタにサラダ。

 それが見る見るうちに消えていく。その光景に僕は驚きを隠せなかった。



「あんまり気にしない方がいいですよ?」

「スバルもエリオもマスターコンボイさんも、いつもこれくらい食べるから」

「この量をいつも完食?」



 ポカーンとした表情を浮かべる僕に、補足を入れてくれたリインやシャーリーにひとつ聞いてみる。これを完食しているのかと。

 答えは違う所から帰ってきた。



「当たり前じゃないですかっ!」

「ご飯は残すのはいけないことだって、フェイトさんから教わりましたからっ!」

「盛られた以上は食う。それだけだ」



 ……あぁ、なるほど。それはそれは素晴らしいことで……って、んなワケあるかぁぁぁぁっ!



「まて待てっ!
 マスターコンボイはわかるよ。そんなナリでもトランスフォーマーなんだし!
 けどそっちの二人っ! あなた方はあれかっ! 戦うたびに強くなる野菜の名前の宇宙人っ!?
 リアルでこんなに食う人、久々に見たわっ!」



 あの戦闘民族ならこれくらいの量は充分ありえるけど、普通の人間にこのバカ盛りをいつも完食って!

 てゆーかフェイトっ! 腹八分目って文化も教えなさいよっ! 食べ過ぎは身体に毒だってわかってるっ!?



「蒼凪……だっけ?
 気持ちはわかるけど、気にしたら負けよ」

「大丈夫です。時が経てば、あなたにもこの光景が普通のものに見えてくるはずですから」

「なんか、あなた方悟ってるね」



 心底疲れたような表情でそう口にするティアナ・ランスターさんとキャロ・ル・ルシエちゃん。あなた達も苦労しているんだね。

 こんな話をしている間にも、どんどん皿の上のパスタ&サラダは質量を減らしていく。



 あーうん、アレだよアレ。もう気にするのやめよう。気にしたら、食欲がなくなる。

 しかし、ジュンイチさん達以外でこんなバカげた食いっぷりを見ることになるとは……



 そう思い、ご飯を食べながら別の話をして、気を紛らわせることにした。



「そういえばリイン。
 このメンバーの教導担当って、なのはと師匠って聞いてるんだけど」

「そうですよ〜。
 スバル達は、なのはさん達が鍛えて育てている子達なんですよ♪」



 気持ちを切り替え、話題にするのはみんなとうちの幼馴染達との関係。



「ということは……ウワサになってる機動六課のゴッドマスターってこの子達かな?」

「うん、スバル達だよ」

「なるほど、それで納得できたよ。
 うわさは色々と聞いてるよ〜。なのはと師匠が手塩にかけて育てている未来のストライカー達が、今話題のゴッドマスターだって」



 これはホントの話で、奇跡の部隊である機動六課の事を話す時に必ず出てくる事だ。



 ゴッドマスターというのは、“トランステクター”と呼ばれる特殊なビークルと融合レベルで一体化することで、自分自身がトランスフォーマーになれる適格者のこと。

 そのトランステクターっていうのが、“JS事件”で重要な鍵となった“古代遺物ロストロギア”、“レリック”と関係していたことから、今回の事件にも深く関係していたのだ。

 で……目の前にいるフォワード陣の内、あずささんを除く4人がそのゴッドマスター。

 そして、マスターコンボイやトランスデバイス達のボディがそのトランステクター。

 つまり、スバル達はトランスデバイスの4人やマスターコンボイと一体化できる、というワケだ。



 ちなみに、ゴッドマスターはスバル達だけじゃない。

 ジェイル・スカリエッティ側の実戦メンバーだった戦闘機人達はみんなゴッドマスターだったそうだし、機動六課とは別に事件に巻き込まれ、関わっていた民間協力者の子達の中にも、ゴッドマスターがいたそうだ。

 それに、僕の知り合いにもいたりするしね、ゴッドマスター。



 とにかく僕は、リインからのメールでだいたいの話は知っていた。

 だけど実際に会ってみて、またビックリしてる。

 みんな成長期まだ終わってないよね? 今からそれで、この先どこまで伸びるのやら……



「いえ、そんな」

「わたし達なんてまだまだで」



 そう口にするのは、一組の男の子と女の子。

 桃色のセミロングになりかけな髪の女の子は、さっきのキャロ・ル・ルシエ。

 で、赤髪で堅苦しい印象の男の子の方は、エリオ・モンディアル。

 年の頃は10歳前後か。確か、フェイトが保護責任者を務める子達。



 ……しかし、こんなチビっ子まで戦ってたとは。知ってはいたけどお兄さんは驚きだ。



 それもガジェットやら戦闘機人やらディセプティコンやら瘴魔やら、果てはユニクロンを相手に一歩も退かない戦いを見せたって話だし。

 なのはと師匠、どんだけシゴいてるんだ?



「何言ってるですか。恭文さんだって同じくらいの時には魔導師やってたですよ?」



 あー、そうだね。人の事は言えないや。



「なかなかにおもしろい子が入ってきたって、当時のリンディ提督やレティ提督は喜んでたって、フェイトさんから聞いたけど?」

『そうなんですかっ!?』



 食いついてきたなチビッ子コンビ……というか、あなたがたは兄妹とか双子とかですか?

 すっごいハモリ方しますね。あいさつもアレでしたけど。



「えっと、年は18って言ってたわよね。そうすると、魔導師歴7、8年……あたし達よりずっと先輩じゃない」

「あー、でも、経験だけあるってだけの話で、なのは達やジュンイチさんみたいにすごいワケでもなんでもないから」



 つぶやくティアナに手を振りながら、そう言ってみる。

 謙遜とかじゃなくて心からそう思うし。あやつらは色んな意味で別格ですよ。

 ……ただ、その別格は実力だけにして欲しいと思う。ムチャまで別格じゃあフォローのしようがないって。



「そんなことないと思うけどね〜。
 だって、色々ウワサ立ってるじゃない」

「ウワサ……?」



 ……あるの? いや、覚えはあるんだけど。



「そう、あるのっ!
 ある人曰く……“なのマ○”っ! あ、なのはさんも寝ているなぎくんは起こさないようにまたいで通るくらいに強いって意味ね」

『えぇぇぇぇっ!?』

「……シャーリー」

「何?」



 振り向いたシャーリーの眼前に、にゅっ、っていう感じで手を突き出す。

 伸びようとする中指の先端を親指が押さえつける形で固定する、俗に言うデコピンの形だ。

 そして――気づいたシャーリーが逃げるよりも速く中指を解放。跳ね上がった中指が、シャーリーのおでこを勢いよく弾く。



「うん、フカシこくのやめようか。あんまり過ぎるとデコピンするよ?」

「い、今したよね? 相変わらず容赦ないなぁ……」

「当たり前じゃぼけっ!
 アレが僕をまたいで通るって、どれだけ僕をバケモノにしたいのさっ!?」



 なんですか“なの○タ”ってっ!? そこまでなんかやらかした覚えがないよっ!



「そりゃ、なぎくんは寝てたもん。気づいてなくても当然だよ。
 本当に見たんだよ? なのはさんがアースラのレクルームで寝ているなぎくんを見つけて、起こさないように忍び足で通り過ぎていくのを」

「それ、普通に寝てる僕に気を遣っただけだよね? ひょっとしなくてもそうだよねっ!?」



 心から思う。この眼鏡マイスターはぶっ飛び過ぎだと。



「まぁでも、優秀なのは間違いないから。私も色々見てたし。
 ……ちょっと変わり者だけどね」



 シャーリー、失礼な事を言うな。僕は世界のスタンダードだよ。というか僕が変わり者ならジュンイチさんはどうなる。

 一方、あずささん以外のフォワード組は……呆気に取られてる。まぁ、初対面だしね。

 うん、これから慣れていこうか。僕とシャーリーとかはいつもこんな感じよ?



「……あの、蒼凪さん」



 そんな僕の心境などどこ吹く風。いきなりナカジマさんが何やら神妙な顔で話しかけてきた。



「はい、何ですか? ナカジマさん」

「あ、あたしの事はスバルでいいです。敬語じゃなくても大丈夫ですから」

「そうなの?
 なら、僕のことも恭文って呼び捨てでいいよ。敬語もなし」

「いいんですか?」

「いいよいいよ。というか、そうしなかったら返事しないよ♪」



 僕は別に、人から敬語使われたり「さん」付けで呼ばれるほど立派な人間じゃないし。



「で、話は何?」

「うんと……恭文って、あたしのこと知らない?」

「……はい?」



 スバルの言葉に、僕は顔を上げた。

 となりに座るリインと顔を見合わせ、スバルへと視線を戻す。

 あー、ひょっとしてアレかな? 『前世で恋人同士だった』とかいう電波的な話になるのだろうか。

 ……いや、一概に電波とも言えないか。僕らの身近にその“実例”な人達、いたりするし。



「ほらリイン、だから僕の言った通りでしょ? 自宅警備員の方がいいかもしれないと思うことになるって……」

「スバル……一目ぼれってヤツですか?」

「違いますからっ!
 いや、だから、あたしのこと……お兄ちゃんから聞いてない? もしくはあずささんからとか」

「聞いてるよ」



 自分の分のスパゲッティを口に運びながらそう言うと、スバルは目を丸くした。

 うん。驚いてる驚いてる。



「えぇっ!?
 だ、だって、さっきまで普通だったしっ!」

「当然だよ。
 スバルと会うのは初めてなんだから、距離感測ってたの。
 みんながみんな、ジュンイチさんみたいにオールタイム距離感ゼロな付き合い方するワケじゃないんだから」



 そう簡単に相手を信用しないクセに、その反動なのか一度“身内”のカテゴリに含んだ相手には無条件で踏み込んでいくからなぁ、あの人は。



「それに、ギンガさんからも聞いてるし」



 ギンガさんというのは、ギンガ・ナカジマ。僕と同じ魔導師で、3年来の大事な友達である。

 そして、スバルと同じジュンイチさんの妹分……本人的にはもっと進んだ関係になりたいらしいけど。

 ともかく、その人からもスバルのことは頼まれていたのだ。妹がいるから、出向したら仲良くしてあげてね的な感じで。



「でも、ジュンイチさんやギンガさんの妹か……色々と納得した」

「大食いなとことか?」

「あと、妙に距離感が近いというか、強引というか、独自路線というか……そんな感じがひしひしと」



 ティアナ・ランスターさんの言葉に同意する僕……そしてもうひとつ納得した。

 あなたもそれに振り回される人なのね? 仲良くできそうだよ。



 ……なお、『振り回しているのはなぎくんだよねっ!?』なんて電波を拾ったけど、気にしないことにする。



「それでね、ひとつ質問があるんだけど……」

「何?」



 あー、そんなに目をキラキラさせて何が聞きたいんですかアナタは?

 とりあえず、身を乗り出さないでほしい。行儀悪いし。



「うんとね、恭文は魔法はどんなの使ってるの? 具体的な戦闘スタイルは? デバイスは?」



 そう身を乗り出して聞くスバル。だから、顔近いからっ! 離して離してっ! あと、ぜんぜんひとつじゃないよね、聞きたいことっ!



「あ、ボクもソレ聞きたい!」



 そしてロードナックルの……えっと、シロくんの方っ! 人格交代してまで便乗してくるなっ!



 というか……ジュンイチさんから聞いてないの?



「お兄ちゃん、細かいことは教えてくれなかったの。フロントアタッカーってことだけしか……
 ギン姉は、恭文と知り合いって知らなかったから聞いてない」

「なるほど」



 ならよかった。初対面で手札知られたくないし。

 ……とはいえ、そこまで期待されたら答えはひとつしかない。



 そう――あれだっ!





「秘密」



 左手の人さし指を唇に縦に当て、そう言い切って――あれ、全員がズッコケた。なんで?



「えー、なんで?
 いいじゃん教えてよ〜」

「と言われましても、そんなに一度に聞かれても答えられません」

「じゃあじゃあ、ひとつずつでいいからさ。ね?」



 むむ、なら仕方ないなぁ。



「……上から75」

「へ?」

「55」

「え?」

「76だよ」



 あ、なんか表情おもしろい。コロコロ変わって、退屈しないね。



「それスリーサイズだよね!? 誰もそんなこと聞いてないしっ! というか、私より細っ!」

「そなの? ちなみにスバルはいくつかな」

「えっと、上からはちじゅ……って、何言わせるのっ!」

「だって、僕が答えたんだからスバルだって答えなくちゃ不公平でしょ?」



 ハガレン読みなさい? 等価交換って大事だから。

 ……まぁ、あの名作を挙げるまでもなく、求めることに対する対価を用意するのは交渉における基本だよ。



「あ、なるほど……って、なんでそうなるのー! てか、なんでそんなに細いのっ!?」

「知りたい?」

「うんっ!」



 頭をブンブン振り、うなずくスバル。

 大食いだったり男に対しても距離感近かったりしても、細さに食いつく辺りはそこはやっぱり女の子だね。むしろその食べっぷりと強引さに男らしさすら感じていたから、ちょっと安心した。

 なので……





「ヒミツ」

「どうしてっ!?」

「男は秘密というヴェールをまとうことで素敵になるのですよスバルさん。
 ……というか、そこは察して。いや、本当にお願いしますから」

「……あ……うん、その……ごめん」



 よかった。察してくれたらしい。

 うん。気にしてるのよ、すっごく。自ら言葉にするのもはばかられるくらいに。

 まぁ、からかうのはこれくらいにしといて、こっからは真面目に答えていきましょ。

 ……あー、けど、その前に、僕もひとつ疑問が出来た。



「スバル、なんでそこまで僕の戦い方に興味があるのよ?」

「だって……お兄ちゃんがもったいつけるから、気になっちゃって。
 それに、恭文フロントアタッカーなんだよね? 私もそうだし」

「……スバル、フロントアタッカーなの?」



 僕がそう言うとうなずくスバル。

 あぁ、それで納得したわ。同じポジションの人の戦い方を見るのは勉強にもなるし、何より楽しいんだよね。



「でしょ? だから、どんな風なのかなって思ってたんだけど……」



「うん、それなら納得だわ。
 とは言っても……実際のところ、そんなおもしろいとこはないよ?
 使ってる魔法も近代ベルカ式の比較的単純な物だし……そういや、スバルも近代ベルカだよね」

「そうだよ、シューティングアーツ」

「ギンガさんとジュンイチさんから教わってたんだよね」

「うんっ!」

 僕の問いに、元気にうなずくスバル――よほど二人の教えを誇りに思っているんだろう。その笑顔はとても輝いて見える。

「……で、戦闘スタイルも剣術ベースの近接戦だけど、シグナムさんみたいに使えるワケじゃないし。
 あ、そういうワケだからパートナーデバイスも剣だね」

「でも、さっきのシャーリーさんの話だと……」

「そんなの大半はホラだから。つか、みんなの方が凄いでしょ。
 だって、ナンバーズやらガジェットやらディセプティコンやらとやりあって、なんだかんだで勝ってるんだし。“なの○タ”なんて比喩とは違うでしょ」



 とか話しながらパスタを一口パクリ……うん、おいひい〜♪



「あの、剣術ということは、蒼凪さんは騎士なんですか?」



 スバルの次に食いついてきたのはモンディアルくん。



「エリオで大丈夫ですよ?」



 もとい、エリオくん。にこやかな笑みなど浮かべておられますが、目が笑っていません。

 というかなんか燃えております。一体何が彼をそうさせているのよ……?



「いや、僕はベルカ式使うけど、師匠達と違って騎士の称号は取ってないのよ」



 ベルカ式を使っている人間は、一般的に“騎士”と呼ばれているのだ。ま、個人の自由だけどね。



「騎士ではない……となると、侍でござるか?」

「こらそこ、刀持ってるからって自分の同類にカテゴライズしない」



 さらに乱入してきたのは侍キャラのシャープエッジ。すかさず釘を刺し、ウィンナーを口に運ぶ。



「なんというか……騎士とか侍とか、ガラじゃないしね。
 どっちの考え方も、まぁわからないでもないんだけど、それよりもどっちかっていうと魔法使い――魔導師の方が僕の好みだから。
 何より、騎士なら師匠達がいるからね。ぶっちゃけ間に合ってるかな、と」

「はぁ……」



 僕の言葉にエリオくんが戸惑いがちにうなずいていると、



「あのさ……恭文」



 そんな僕に向け、不意に口をはさんできたのはスバル。

 だけど、その声色はなんていうか……さっきまでの力がない。

 まるで、親に言い出しにくいお願いをする時の子どものような……



「ひとつ、お願いなんだけど……
 私、恭文と模擬戦やりたいんだけど……いいかな?」

「スバルと? いいよ〜」



 サラダをパクリと食べながらそう答える。

 お、サラダも美味しい。野菜はシャキシャキで新鮮。いい食材を使ってるよ。

 それにかかっているドレッシングも実に野菜の味を上手く引き立てている。六課のご飯はレベルが高いな。



「……って、いいの?」

「待って、なぜ確認するの?」

「だって、なんか急に素直に答えたし。さっきは『秘密』ってはぐらかしたのに」

「……あぁ、そっか。いやだなぁスバル。いじめてほしかったならそうだって言ってくれないt」

「怒るよ?」



 ……ごめんなさい。ちょっと調子乗りすぎました。

 なのでその拳と単色の目は引っ込めてもらえるとありがたいです、はい。

 特に拳が痛そうだし。シューティングアーツの使い手ってことは一撃必殺屋さんなんだよね?



「恭文くんが普通に相手すれば、スバルだってそんな事しないよ?」

「あず姉の言うとおりだよ〜。
 ……で、なんで急に素直になったの?」

「別に〜。僕も腕がなまるのはイヤだから、定期的な模擬戦はむしろ歓迎、ってだけ」



 退屈なのはイヤなのだ。どーせなら、楽しくいきたいのよ。



「ホントに?」

「ホントだよ」

「…………ホントに?」

「やめてもいいけど?」



 ものすごい勢いで首を左右に振ってくれました。



「まぁ……そんなワケで、僕としては模擬戦は望むところだよ?」

「そっか。恭文、ありがとっ!」



 ……なんかスバルがすっごくうれしそうだな。尻尾があったらブンブン振ってそうな勢いだ。

 というか、さっきからやたらと僕の魔導師としてのスキルに興味を持ってくるなぁ。いや、エリオもだけど。



「まぁ……あれよ。あきらめなさい。
 スバルに興味持たれた時点でこうなるのは決定事項だから」



 あきらめろと言わんばかりの表情を浮かべているのは、ティアナ・ランスターさん……リゲイン飲む?



「飲まないわよ。
 ……あと、私もティアナでいいわよ」

「思考を読むのはやめない?」

「あ、私もキャロで大丈夫ですから」

「うん、そんなに僕の考えてることはわかりやすいのかな?
 ……いや、答えなくていい。もうわかったから」



 とにかく、模擬戦の話ですよ。……さっきも言ったけど、同じポジションの人間の戦い方を見るのは楽しい。実際にやってみるのもこれまたおもしろい。

 しかし……スバルもジュンイチさんやシグナムさんと同じ人種だったのか。うん、仲良く出来そう。



「どういうこと?」

「だから、戦うのが大好きなバトルマニア」

「ち、違うよ! あたしは、戦うこと自体は好きでもなんでもないよっ?!」

「嘘だッ!
 そういうことを本気で思ってる人間はね、初対面の人間と模擬戦やることになったってそこまでうれしそうな顔はしないんだよっ!」



 だって、明らかに違うテンションだったよ? 遠足前日の子どもみたいなウキウキ具合だったよ?

 そのまま知恵熱出すんじゃないかって心配になるくらいに。



「別に……そういうワケじゃないんだけどなぁ」

「じゃあ、どういうワケなの?」

「うんとね、さっきも言ったけど、お兄ちゃん、ちっとも恭文に関して教えてくれなかったから、どんな感じがすっごく気になって、それで……」



 あぁ、それで納得できた。

 つまり、ジュンイチさんがわざと焦らすような物言いで、さんざんっぱらスバルをあおってくれたワケだ。

 それも、自称notバトルマニアなスバルのエンジンがかかるくらいに。



 よし。あの人が六課に来たらオシオキしてやる……平気で応戦してくる人だけど。



「ね、それでいつする? あたしは今日この後すぐでも大丈夫っ!」

「待てまて、身を乗り出すなっ!
 ……いくらなんでも教導官の許可無しでいきなりやるワケにはいかないでしょ」



 お兄さんは来て早々、問題を起こしたくないのよ……いや、ある意味もう遅いけど。



「まずは教導担当のなのはなり、ヴィータ師匠なりの許可をちゃんと取ってくる事。
 許可さえあれば、教導官権限で仕事の方は何とかなると思うし、僕は身体さえ温めれば今日でも動けるから」

「うん、わかった。
 じゃあ、絶対に許可取ってくるから、そうしたら必ず相手してね」

「いいよ〜。
 約束するからいつでも来なさい。むしろ待ってるから。
 あと、許可をくれないような雰囲気だったら、僕に話してくれるかな?
 僕からもスバルと模擬戦やってみたいって言えば、多少は何か変わるかもしれないから」

「……いいの?」

「……まぁ、やると言った以上は少しは協力しないとね」



 コホンと咳払いしつつ、スバルにそう言った。



 それを聞いたスバルは、一瞬キョトンとした表情を浮かべるが、意味がわかるとすぐに笑顔になった。

 それはもう、まぶしくて……僕がフェイト一筋じゃなかったら恋に落ちてたんじゃないかというくらいの、素晴らしい笑顔に。



「うん、ありがと恭文っ!
 ……秘密とか言わずに、いつもそういう風に優しくしてればいいと思うよ」

「気にしないで」



 そうして、僕とスバルはお互いに笑顔で模擬戦の約束をしっかりと交わしたのだった。

 ……うーん、こうして話してると、やっぱりスバルってやっぱり犬っぽいんだよなぁ。笑ってるとことか見ると、尻尾や犬耳が連想出来るのよ。



「あたしは犬じゃないよっ!」





 ……まぁ、そんなすぐに許可が出るとは思えないけど。

 向こうの育成メニューや僕が仕事を手伝うロングアーチの都合だってあるワケだしさ。

 僕は、うれしそうな女の子を見つつ、のんきにパスタを食べながらそんな風に考えていた。





 その後は、みんなでワイワイ言いながら食事を終了。

 後片づけをしてから、オフィスでデスクワークに入るという4人とシャーリーを見送り、再び隊舎見学+あいさつ回りツアーを再開した。

 けど――



 僕はここでもっと深く考えておくべきだったんだ。





 彼女が……スバルが、誰と誰の妹なのかという事を……



















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 時刻はすでに夕方。

 ミッドの湾岸部に設営されている六課隊舎は、当然海に近い。ここ、六課所有の陸戦演習スペースに関して言えば、海上に設置されているくらい。



 海沿いから見る夕焼けは実に官能的で、見ているだけで胸が切なくなるような美しさを放ちながら、ゆっくりと地平線へと沈んでいこうとしている。

 もうあと十数分もしないうちに、空は漆黒の闇へと色を変えて、人々を眠りに誘うことだろう。





 ………………で。

 なぜ僕がそんな詩人っぽいことを考えながら、そんな時間にここにいるかというと、別に夕日を見るためでもない。そして、見学ツアーのコースというワケでもない。







 ……原因は目の前の少女だ。





「恭文、約束通り許可を取り付けたよっ!
 あたしは全力で行くから、恭文も全力で来てっ!」



 白のシャツに厚手のズボン。訓練用の服装だ。そんな格好をして気合充分なスバルを見て、僕は頭を抱えていた。

 まぁ、僕も同じ格好なんだけど。



 あの後、リインに六課の駐機場に案内された。

 ちょうどそこに居たシグナムさんとヘリパイロットのヴァイスさん、それにロングアーチスタッフのアルトさんや整備員の方達にあいさつ。



 ……と、ここまでは平和だった。

 だけど、突然ヴィータ師匠からのここへの呼び出しがかかった。これが悪夢の始まりだった。

 なお、師匠は、病院の定期検診に行っていたそうだ……どうりで姿を見かけないと思ったよ。



 で、行ってみるとすでに着替えてそこに居たスバルから自分の予備のトレーニング服を渡された。

 サイズは同じだったけど、胸がブカブカだった点は追求しないことにする……うん。いろいろわかってしまうから。

 その場で着替えて(むしろ着替えさせられました)スバルに促されて、一緒に軽くウォーミングアップ。



 で、それが完了すると、海上の無機質な六角形のパネルが敷き詰められた平面状のスペースが、一瞬で廃墟の市街地へと姿を変えた。

 そして、ここで模擬戦を始めると言われたのだ。

 そう……模擬戦を、今、これから。



 ……何だよこれっ!? 改めて考えるとワケわかんないしっ!

 てーか状況に流されまくってるよ僕っ!





「……悪いスバル。ちょぉぉぉぉっと待ってもらえるかな?」

「なんで?」 

「いや、これナニ?」

「え? 模擬戦」


 うわ、さも当然って言わんばかりの顔で言ってきたよ、この豆柴。

 っていうか、これは、肝心な所が伝わってないなぁ……



「……なんでいきなり模擬戦?」

「だって、恭文は『教導官の許可さえ得られればいつでも相手になる』って約束したよね。
 ……ウソだったの?」



 あぁ、もう。頼むからそんな泣きそうな顔はやめてー。罪悪感がわいてくるからっ!

 そして、そんな顔をジュンイチさんが見たら僕が泣かせたと思うだろうから。人間関係ややこしくなるのはごめんなのよ、こっちはっ!



「違う違うそうじゃないよっ!
 ……そうだね、約束したよね。
 ただ……こんなにすぐにやることになるとは思わなかったけどね」

「でしょ? だから、やろうよ模擬戦っ!」



 ……機嫌は直ったけど、ますます後に引けなくなった。



「うん……もうこうなったら、やること自体はかまわないんだけどさ」



 何かが色々と間違っているような気がしないでもないけど……よし、スバルの発言に関しては気にしない方向で行こう。気にしたらきっと負けだ。



「さっきから気になってたんだけど……アレはなに?」



 そう言って、僕は指を指す。方角は隊舎の方。

 そこには、人数にすると数十人というギャラリーがひしめいている。

 フォワードの残りに、はやてにリイン、グリフィスさんにルキノさん、ついでにシャーリー。

 さっきまで一緒にいたアルトさんとヴァイスさん、ライトニング分隊副隊長のシグナムさんにシャマルさんとザフィーラさん。

 トランスフォーマー組もビッグコンボイはもちろん、シグナムさん達のパートナーであるスターセイバー、フォートレス、アトラス……ヴァイスさんのパートナーのスプラングに、ガスケット達のチームメイトのシグナルランサーと勢ぞろい。

 あとは……バックヤードスタッフの人達に、駐機場に居た整備員の人達かあれは? 仕事はどーしたアンタらっ!?



 とにかく、結構な人数がこの演習スペースに視線を集めている。というか、ここからでも楽々視認出来るくらいの大型モニター立ち上げてるし。



「みんな、恭文と戦うって言ったら、応援してくれるってっ!」

「あぁ、“応援”……ですか」



 どことなく、宴会というかお祭り騒ぎなノリが感じられるのは気のせいではないと思う。

 ガスケットやその相方のアームバレットなんか、日の丸ハチマキと日の丸センスで盛り上げモード全開だし。



 ……もしかしなくても、あいつら……楽しんでやがるっ!?

 頼むから仕事してよエリート部隊っ! なんで復活初日にこんなお祭り騒ぎを傍観してるんだよっ!?



 つーか止めてよっ! 具体的に言うとシグナム副隊長にグリフィス部隊長補佐っ! そうだよあなた方だよっ!

 部隊長がアテにならないのはわかってるから、あなた方しかいないのよっ!












 ……視線そらされたぁぁぁぁぁっ!?





『うし、それじゃあそろそろ始めるぞ。二人とも準備しろ』

「はいっ!」

「師匠……」



 いきなり発動した空間モニターに映る顔は、僕の魔法戦闘の先生であり、機動六課スターズ分隊の副隊長。ヴィータ師匠だ。

 そして――この模擬戦の許可を出した人物でもある。



 お願い師匠。もう師匠しか居ないんです。

 色々と手遅れな気がするんだけど、なんでもいいから助けて。ケガのこと黙ってたのはもう何も言わないからー!



『バカ弟子、いきなりで悪いがあきらめろ。つーかお前が悪い』



 師匠まで毒されてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!



「つか、なんで僕が悪いってことにっ!?
 か弱い子羊いじめて、なにが楽しいんですかっ!」

『うっせぇバカタレっ! つか、お前らはか弱くもなければ子羊でもねーだろっ!』

「ジュンイチさんより弱いです」

『アイツを比較基準に持ってくんなっ! 規格外もいいトコなんだからっ!』

 まぁ、それはそうなんですけど。

『ってか、どーしてもこうなる理由が分からないなら、教えてやるよ。
 ……スバルに、アタシやなのはの許可さえあれば、別に今日でもかまわないって言ったそうだな?』



 えぇ、言いましたがそれが何か?



『アイツ、普段はちっとばかし気が弱いクセして、こうと決めたら異常に押しが強いんだよ。
 アタシが何言っても今すぐやりたいって聞きやしなかったぞ?』

「……本当ですか?」



 副隊長……というか、直属の上司である師匠の話を一切合財押し切って、ここにまで持ち込んだっていうの?

 待って待ってっ! どんだけ押しが強いんだよスバルっ!?

 いや、あのジュンイチさんやギンガさんの妹なんだから、ひょっとして当然だったりする?



『しかも、厄介な味方まで引き入れやがって……』



 は? 味方?



「オレだ」



 僕の疑問に答え、すぐ目の前、スバルのとなりに進み出てきたのは、僕よりも背が低くて、どこか偉そうな男の子――



「マスターコンボイ……?」

『そういうこった。
 ソイツも、あたしらの入院中は教官代行しててな。六課内限定ではやてから教導官権限を認められてんだよ。
 その権限フル活用して、こっちを押し切りやがった』



 マジですか。



『おぅ、マジだ。
 ……ったく、こっちは検査帰りだってのに、ソイツらの相手に模擬戦の準備でメチャクチャ疲れたぞ』



 すみません。知らなかったとはいえ苦労かけしました。

 で、スバルの方を見ると、笑顔でマスターコンボイとハイタッチなどかましてるし。

 だぁぁぁぁっ! くそっ、余計なこと言わなきゃよかったぁぁぁぁっ!

 てか、シャーリーもリインも、知ってたはずなんだからそういうことは早く言ってよっ!



 ……と言いますか。



「師匠。この話聞かされた時から気になってたんですけど」

『なんだ?』

「……どうしてそんな『してやったり』って言わんばかりの悪い顔してるんですか」

『気のせいだ』

「いや、気のせいじゃないでしょっ!? 今、頬が明らかに緩んだしっ!」

『……ま、正直に言うとだ。アタシとしてもお前とスバル達をやらせたかったからな』



 あぁ、そういうことですか。

 で、スバル達からいい感じで話が来たからここでやっちゃおうと。

 うん、僕の都合とか完全無視なのがアレだけどもう慣れた。本当に慣れたから。



 とにかく、こうなったらやるしかないか。約束はしてるワケだし、それはちゃんと守らないと。





『そういうこった。
 それに、お前だってこないだまでガシガシやってたろ。ヴェートルじゃジュンイチともつるんでたって話じゃねぇか。
 師匠としてはそういうの抜きにしても、その中でどれだけ腕上げたか気になるんだよ。
 つーワケだから見せてくれよ。期待してるからな?』

「……まぁ、師匠の期待に応えられるかどうかは分かりませんけど、スバルとは約束しましたから。それはきっちりとやらせてもらいます。
 あ、それとひとつ確認です」

『なんだ?』



 ……一応ね。敵ってワケじゃないから確認。



「いつものノリでいいんですよね?」

『かまわねーぞ。ま、簡単にはいかねーとは思うがな』



 また楽しそうに笑う師匠を見て、僕は気を引き締めることにした。

 ……相当自信ありげってどういうことだろ。何にしても、油断は禁物かな。



「それだけ聞ければ充分です。
 んじゃま……行って来ます師匠」

『おう、キバっていけよ』





 そして、空間モニターが消える。

 残るのは、夕暮れ時の独特な空気……あんま待たせてもアレだよな。うん。



 そして、僕はスバルの方に向きながら気持ちを切り替える。



 そう、戦うための気持ちに。今日出会ったばかりだけど、なかなかにおもしろい友達候補との約束を守るために。

 全く……こっちは休みなしだというのに。まぁ仕方ないか。





「もう、大丈夫かな?」



 自分の方に向き直った僕を見ながら、彼女は笑顔でそう言葉をかける。



「いや、ごめんね待たせちゃって。昔っからエンジンかかるの遅いのよ」



 僕もそれに笑顔で応える。というか、苦笑い?



「だめだよ、こんな可愛い女の子を待たせるなんて」

「自分で自分のことを『可愛い女の子』なんて言うな」



 それより……



「なんでマスターコンボイもそこにいるワケ?」



 そう。先ほど会話に乱入しながら現れて、マスターコンボイはスバルのとなりに並び立ったままだ。

 これからするのは僕とスバルの模擬戦なんだけど……



「わかっている。
 だからオレもここにいる」



 いやいやいやいや。話がつながってないんだけど!?

 なんでスバルと僕の模擬戦にマスターコンボイがからんでくるのさっ!?



「察しが悪いな。
 昼間、ゴッドマスターについて話を振ってきたのは貴様だろうに」



 ………………あ。



 理解……できてしまった。

 どうして……というか、何のためにマスターコンボイがここにいるのか。



「そういうことだ」

《Human Form, Mode release》



 そして、そんな僕の目の前で、マスターコンボイが姿を変える――ヒューマンフォームの彼の身体が光に包まれると、その光がみるみるうちに大きくなっていく。

 やがて光が消え――そこに立っていたのは僕よりも小さな男の子ではない。身長6mは超えていそうな、グレーの装甲を身にまとった重量級トランスフォーマーだ。

 あれがマスターコンボイの本当の姿。トランスフォーマーとしてのロボットモードってワケだ。

 と、さらにマスターコンボイが動く――腰のツールボックスから取り出したのは一枚の金属製のカード。

 そしてスバルも懐から、青空を思わせるような色合いの六角形のクリスタルを取り出した。

 なるほど。あれがスバルとマスターコンボイの相棒ってワケか。



「そうだよ。あたしの大事な相棒。……でもそれは、恭文だって同じでしょ?」

「まぁね」



 大事な相棒っていうか……なんていうか……ねぇ?



 僕もそれに釣られるように、首からかけていた相棒を取り出す。

 丸い、球体状の宝石。形状はなのはのレイジングハートとほぼ同じ。色はスバルのパートナーと同じ青色。



 でも、この子の色はスバルのパートナーよりも深い青色になっている。青空というよりも、深い海の色を思わせる青さだ。



「お先にどうぞ」

「いいの?」

「ウワサのゴッドマスター、じっくり見せてもらおうかな、って」

「ありがと」



 僕の答えにクスリと笑うと、スバルはマスターコンボイと視線を交わす。

 そして二人が叫び、二人の相棒を解き放つ。



「マッハキャリバー!」

「オメガ!」

『Set up!』




 その叫びと同時、スバルの身体にバリアジャケットが装着されていく。


 首から胸元を包み込む紺のインナーの上には、どこかで見たようなデザインの白い長袖のジャケット。

 下は短パン。腰元に白いフード……でいいのかな? 根元に白い装甲をかぶせたそれを装着する。



 というか……ヘソ出し。誰の趣味ですか、アレ。

 そして武装は、ローラーブーツに……右のリボルバーナックル。そういえば右手用はスバルが使ってるってジュンイチさんやギンガさんが言ってたっけ。



 一方、マスターコンボイはすでにロボットモードに変身していた分だけシンプルだ。

 行なわれるのは武装としてのデバイスの顕現、ただそれだけ――頭上に集まった光が両刃の大剣に姿を変え、落下してきたそれをマスターコンボイがキャッチする。



 一見するとこれで二人の戦闘準備は完了――けど、僕は知識だけとはいえ知っている。

 これがまだ、彼らにとっては戦闘準備の途中でしかないことを。



「やるぞ、スバル」

「うん!」



 そう。本番はここから――マスターコンボイの言葉にスバルがうなずき、二人は同時に叫ぶ。





『ゴッド、オン!』





 その叫びと同時、スバルの身体全体が光に包まれた。

 それはさっきのマスターコンボイの変身みたいに大きく広がって、そのままマスターコンボイを包み込むと、まるで染み込んでいくかのようにマスターコンボイの中に消えていく。



《Wind form》



 電子的なナビゲート音声、それに伴い、マスターコンボイの装甲がその色を変えた。グレーだった部分が、まるで内側から塗料を流し込んでいくみたいに空色へと変化していく。どこのPS装甲ですかソレは。

 と、マスターコンボイの右手の大剣が彼の手を離れ、変形――真ん中の峰を境に二振りの片刃剣に分離すると、それぞれがマスターコンボイの両腕に峰を添わせるように合体する。

 変身に伴って一時輝きを失っていたカメラアイに光がよみがえる――意識を取り戻し、スバルと一体化したマスターコンボイは改めて僕と対峙する。



 そう。これがゴッドオン。

 ゴッドマスターが、トランステクターと一体化すること――今、スバルはマスターコンボイのボディとして使われているトランステクターに一体化しているのだ。

 つまり、今の二人はスバルでありマスターコンボイ。二人でひとりのコンボイってワケだ。



「待たせたね、恭文」

《これで一応は一対一だ。
 本当はさらに上位の形態があるんだが……その制御に必要なサポートビークルがオーバーホール中でな。
 つまり、これが今のオレ達がなれる、最高位の戦闘形態――先のスバルの宣言どおり、全力でいかせてもらうぞ》



 そう告げるスバルとマスターコンボイ――マスターコンボイの声がどこか電子的な感じ。今はスバルが主導権を握ってる感じかな?



《それとも、まさか相手がトランスフォーマーじゃ勝ち目はない……とかほざくつもりではあるまいな?》

「まさか。
 そんなぜいたく言ってたら生き残れないのよ、こちとら」

《うむ。上等》



 さて、スバル達の準備もすんだし、今度は僕の番だね。

 気を取り直して、僕の“相棒”を目の前にかざす。


 そして叫ぶ。この戦いの始まりを。







「アルトアイゼンッ!」











「セットアップッ!」





 ……こうして、僕とスバル、そしてマスターコンボイの戦いは始まった。





 結果がどうなるかなんてわかんない。



 ただ、どっちが勝ったとしても、この戦いが楽しくなりそうな予感はしていた。





 …………いや、“楽しくなりそう”じゃない。







 せっかくなんだし、思い切り楽しむよっ!







(第3話に続く)


次回予告っ!

恭文 「マスターコンボイって、スバルとゴッドオンするとボディの色が変わるんだね」
マスターコンボイ 「その通りだ。
 スバル以外のヤツとのゴッドオンでも、基本的に相手の魔力光の色に変化する」
恭文 「魔力光の色に……
 じゃあ、もし仮に、なのはとゴッドオンできていたら、マスターコンボイのボディの色って……ピンク色?」
マスターコンボイ 「………………キャロ・ル・ルシエが同色だ……!」
恭文 「………………ご愁傷様」
キャロ 「どういう意味ですかっ!?」
なのは 「二人がひどいよーっ!」

第3話「本気と全力は似ているようで違う
 ……あなたのご注文は、どっち!?」


あとがき

マスターコンボイ 「……さて、蒼凪恭文がいよいよ六課にからみ始めた第2話だ。
 あとがきの司会は前回に引き続きこのオレ、マスターコンボイだ」
オメガ 《どうも、ミスO改めオメガです。
 やっと本編に出られましたので、今後は本名でいかせてもらいます》
マスターコンボイ 「貴様のセリフはなかったがな」
オメガ 《まぁ、現時点では今までの無口キャラ設定が健在ですからね。
 しかしこれからですよ。ミスタ・恭文の相方である“彼女”との出会いが私を変えるのです!
 見ていてください、ボス! 今こそこの私がミス・フェイトに下剋上をしかけ、この作品のメインヒロインにのし上がる時です!》
マスターコンボイ 「待て! それはいろいろと待て!
 貴様はそういう立ち位置じゃないだろう!」
オメガ 《では、あなたに対して下剋上を》
マスターコンボイ 「ますますやめろぉっ!
 それより、今回の話だろうが!」
オメガ 《ですね。
 今回のお話も、本家『とまと』第2話に準拠した形ですね》
マスターコンボイ 「モリビト、また書き上がった後で頭抱えていたぞ。
 『また違いが出せなかったぁーっ!』とかわめいてな」
オメガ 《まぁ、ちゃんと原稿書いてるみたいだし、そこは良しとしておきましょう。
 で……本家に準拠した結果の流れとして……》
マスターコンボイ 「蒼凪恭文と八神家メンバー、そしてフォワード陣との対面。
 そして、蒼凪恭文の失言によってスバルとの模擬戦に……か。
 まぁ、本番は戦いは次回に持ち越しだが……フンッ、スバルの付き添いとはいえ、腕が鳴る」
オメガ 《私達もいますしね、思い切り盛り上げてやりましょう!
 それに、次回はいよいよ私の敬愛する大先輩が大暴れです! 対戦相手とはいえ楽しみにさせていただきますっ!》
マスターコンボイ 「ヤツが本格登場する前だというのに、すでに今から影響受けまくりだな、、貴様……
 まぁ、彼女の紹介は次回やるとして、今回はここらでお開きだ。
 とりあえず……次回も読め」
オメガ 《まったく、頼み方のなってないマスターですね、ウチのボスは。
 ではでは、次回もこうご期待! 楽しみにお待ちくださいませ!》

(おわり)


 

(初版:2010/07/10)