六課の前線メンバー……というか、管理局に所属する武装局員の朝というのは、大抵早い。

 たとえば、ここ機動六課の場合、大体6時前後には動けるようにしておいて、それから早朝訓練に入る。

 とはいうものの、今日は違う。



 なぜなら、教導の主担当であるスターズ01の高町なのは教導官とスターズ02、ヴィータ師匠。

 そして、六課前線メンバーの片割れ。スターズ03と04、スバル・ナカジマとティアナ・ランスター。この4人にそれぞれのパートナー、マスターコンボイを加えた8人が、これから3日間の休養に入るからだ。



 一応、ライトニング分隊はフル出勤だけど、休んでいる面々の分の仕事もあったりするため……というか僕の仕事もあるため、訓練はなし。



 そう、僕もスターズ分隊の休暇に合わせて、休みを取る事になったのだ……僕には何の説明もなかったんですけど。

 なのはに聞いたら、はやてが伝えるって言ってたと返事が返ってきたし。

 つまり、忘れてたんだ。あのチビタヌキは。おかげで何の予定も立てられないときたもんだ。



 とにかく、その辺りの報復はしっかりすませたから良しとするとして、問題は休みの過ごし方。

 まぁ、今日は決まっているので、残りは寝てすごす気満々である。あとは、ゲームしたりアニメ見たりとかね。





 そんなワケで、普段は早起きなエリオやキャロも、この3日間だけは基本の出勤時間までは能天気に寝ていられる……はずもなかった。







「……エリオ、キャロ、あんま飛ばすと仕事がきついよ〜」

「大丈夫ですー!」

「いつも、鍛えてますから!」



 なんつうか、元気なお子様二人だよホント。



《まったくです。
 ですが、マスターもあんな感じでしたよ? すっかりおっさんくさくなりましたが》



 アルト、朝のさわやかな空気を台無しにするような事は言わないでくれるかな?

 胸元にかけている相棒にツッコみながらも、僕とエリオとキャロは、練習着姿で朝日を浴びながら一定のペースを保って走る。とにかく走る。



「きゅくるー♪」



 あぁ、うん、キミもいたねチビ竜。忘れてないから僕の頭を噛もうとするのはやめてほしいな。痛そうでしょ?


 休みの前日であった昨日のことだ。またもや僕は隊舎に泊まらせてもらった。

 その理由はなのはとの約束。待ち合わせの時間に間に合わせようとした場合、家から来ていたのでは間に合わないと判断したからだ。



 それで、早くに目が覚めた僕は、朝食の時間まで軽く身体を動かそうと思い、ジョギングに出ようとしたんだけど……それがいけなかった。



 運悪く、目が覚めてしまったからと顔を洗いに出てきていたエリオに見つかって、二人で行こうとしていたら今度はキャロとフリードに見つかって……結局、準備運動の後、3人+一匹で行くことになったのだ。



 隊舎をグルグルと回る感じに走っているのだが、これはこれで楽しい。

 以前も話したと思うが、ここ、六課隊舎は海に面した作りになっている。街中とは違って、ミッド海上の景色が一望できるのだ。



 なので、今くらいの時間だと丁度水平線から朝日が昇り始めていて、それを見ながら走るのはとても気分がいい。

 まぁ、チビッ子二人はそういうこと関係なく楽しそうだけどさ。



 その上隊舎の敷地は結構広いので、かなり走り応えのあるコースとなっている。

 で、それが終わった後は、全員で中庭に移動。再度、軽めのストレッチをして、僕とエリオで組み手をやる事になった。

 あ、キャロとフリードは見学ね。





 さすがにデバイスを出してはできない。と言いますか、許可なくそんな事をしたら間違いなく怒られる。



 …………ジュンイチさんは容赦なくやるけど。そしてフェイトを怒らせるけど。



 とにかく、そんなワケなので、自分のパートナー達と同じような物を持ってくる。





 エリオは槍……と言っても、自身のアームドデバイス・ストラーダと同サイズの木の棒。



 で、僕は木刀を持って、それらを打ち合わせていく。打ち合わせて……打ち合わせ……





 …………だぁぁぁっ! こいつ加減なしかいっ!



 軽くやるつもりだったのに、いつのまにかお互い……というか、エリオが熱くなって、木の槍と刀が『カンカンカンカンっ!』と打ち合わされて出る音が激しくなる。



 気を抜いたら終わる。つーか気を抜けない!



 エリオが突いてくるのを、的確にさばき、懐に入って一閃打ち込もうとするが、まだまだちっちゃい身体を駆使してすばしっこく、的確に回避してくる。

 あー、そういやエリオはガードウィングだっけ? そりゃ回避が得意なはずだわ。でも……まだまだかなっと!





 エリオが突いてきた一撃を見切って身体をひねり、身体の正面が木の棒……いや、槍の方を向くようにしながらも二、三歩下がって回避。



 そして、その突きでエリオの身体が伸びきって、槍を引くか引かないかの瞬間。そこが狙いどころ。

 その一瞬を狙って、下がった分だけ踏み込んで、槍の真ん中向かってに上段から木刀を振り下ろすっ!



 ……僕の剣は、以前も話したけど日本に伝わる薩摩の示現流という剣術をベースにしている。

 示現流……というより、僕と先生が使う剣術の真髄は、一撃必殺の一閃にあると教わった。

 相手が甲冑を着てようが防御していようが、かまわずに真っ二つにするだけの一撃を出すこと。





 つまり……





 ばきっ!





 こういうことだ。瞬間的な一閃は、相手そのものや防具のみならず、武器の破壊も当然可能とする。というか、武器破壊は僕の得意技である。

 獲物をへし折られて、その様子と、手から伝わったであろう衝撃に、呆気に取られているエリオの顔面に向かって、振り下ろした木刀を返し、横薙ぎで一閃!





 ……まぁ、寸止めですけどね。さすがに顔面に木刀は入れないよ。





 ちなみに、この手は先生やジュンイチさんと組み手をやった時に、つい熱くなってしまった僕がやられたことだ。

 僕の場合は腹に先生の本気の一閃入れられましたよ? えぇ、思いっきり吹っ飛びましたさ。アバラにヒビが入りましたさ。

 その後、先生がフェイトやシャマルさんからやりすぎだと、お説教的な意味での一閃入れられてたけど。



 ちなみに、ジュンイチさんにやられた時は……







 うん、「こんがり焼けた」とだけ言っとく。





「そこまで!
 ……うん、エリオくんすごくいい感じだったよ! 恭文さんもすごいです!」

「きゅくるー!」



 キャロの声に、木刀をエリオの眼前から離すと、息を吐く……それと一緒に気も抜いて、その場でへたり込む。それはチビッ子騎士も同様。

 ……ちかれた〜。というかもうこれは組み手じゃないよ。いや、高町家の魔神どもとやりあうとノリはこんな感じだけどさ。でもこれは違うって。



「ありがと、エリオ〜。いい感じで身体暖まったわ」

「いえ、こちらこそ……ありがとうございました……」



 二人して、芝生に座り込んで礼を言い合う……待って、どんな青春ドラマですかこれ?

 そんなことをしていると、キャロがエリオにタオルを持ってくる。お、こっちはフリードか、ありがとうね〜。てーか器用だねキミ。

 フリードが口に咥えて持ってきたタオルを受け取り、動きを止めた途端に噴き出してきた汗を拭きながら感想を口にする……いやもう、すごいですよ六課フォワード陣。



 エリオの動きが的確で速いし、何よりこちらを倒そうって言う気概にあふれてる。うん、みんなに鍛えられてるのがわかったよ。

 惜しむらくは……魔法戦じゃないってことだよなぁ。そうしたら、もっと手ごわいだろうな。



 訓練を見た限りだと、エリオは高い機動性と電気の魔力変換資質を的確に用いた突破戦と殲滅戦がお仕事って感じかな。

 あと、機動系や範囲攻撃はフェイトの魔法を使ってるみたい。ソニックムーブとかしてたし。

 それから……今の立ち合いで、ステップにジュンイチさんのクセがちょっと見えた。さては教えてもらったな?



 まぁ、ケガさせないようにすると、禁じ手は出てくるけど、僕とアルトの攻撃なら一撃で墜とせるね。

 能力どうこうじゃなくて、装甲的な問題で。過剰火力には自信があるのさ。



「いやぁ、エリオ強いわ〜。
 魔法抜きで剣だけだったらムチャしないと勝てないわ」

「いえ、そんなことないです……って、すみません! つい熱くなってしまってっ!」



 いきなり立ち上がってこちらに対して頭を下げるエリオ……あぁ、大丈夫大丈夫。僕と組み手やらすると大体みんなそうなるから。

 どういうワケか、なんかに感化されて加減きかなくなるのよ。

 まぁ、一部加減どうこうを通り越してビートタイムに突入する方々もいらっしゃいますが。

 主にシグナムさんや高町一族のお兄さんとかブレードさんとか。



「あの、でも、その……」

「エリオくん、恭文さんも大丈夫って言ってくれてるんだし……」

「あーそうだ。
 エリオ、キャロもそうだけど、ひとつ言っていいかな?」

『あ、はい……』



 何を言い出すのかと思ったのか、二人とも急に緊張した顔になる

 それに苦笑しつつ、ずっと思ってたことを口にした。



 多分、六課に来た時から思ってたこと。



「あのさ、僕はさん付けにされたり、敬語を使われたりするほど立派な人間ってワケじゃないしさ。
 だから、呼び捨てでもかまわないよ? タメ口でもいいし」

『えぇっ!?』



 ……やっぱあなた方は双子とかそういうのですよね? 息が合いすぎですよ。



「で、でも、恭文さんは年上なワケですし」

「それに魔導師としても先輩なワケですから、タメ口で呼び捨てというのはちょっと……」

「はぁ〜。あのねぇ二人とも」



 立ち上がって、二人の頭をクシクシと、思いっきりなでてやる。『ふわぁぁぁっ!?』とか言ってるけど気にしない。



「僕がいいって言ってるんだからいいのっ! ……わかった?」

《マスターの言葉が足りないので、少し補足しますね。
 マスターはお二人と今より仲良くなりたいので、そうしてほしいとお願いしているワケです……そうですよね?》

「うーん、そんな感じかな?」



 まぁ、このちびっ子達はフェイトの被保護者だしね。

 今までは……その……ねぇ。僕の中での複雑怪奇な感情……えぇ、ヤキモチです。ちょっとジェラシー感じてました。

 とにかく、そんなワケで今ひとつ会う気がしなかったけど、こうやって同じ部隊で仕事ができるようになったワケだし、そのままじゃいけない。なんとかして仲良くなりたいのだ。



 まぁ、フェイトの……子供? あぁ、子供でも弟でも妹でもいいや。とにかく、そうするとゆくゆくは僕とも家族になるんだし、少しくらいは親しみ持ってほしいのさ。口には出さないけど。




「とりあえず、もっとフランクでいいよ。年上とか先輩とか気にしないでさ」

『……いいんですか?』

「ん〜? 違うなぁ。そういう時は『恭文、いいの?』とか言えばいいんだよ。
 そうしないと……こうだぁぁっ!」



 さらに二人の頭をクシクシにしてやる。なんか叫んでるけど気にしない〜♪



《マスター、いじめっ子はカッコ悪いですよ?》



 気にしちゃダメよアルト。



 結果、エリオは『恭文』。キャロは『なぎさん』と呼ぶことに決定した。

 敬語に関しては……おいおいでいいでしょ。いきなりはムリだって。この二人の性格を考えたら。





 ただし……仕事中については、呼び方以外の接し方は今まで通り節度を持って、と釘を刺しておいた。いや、けじめって大事でしょ。

 六課ってほぼ身内で編成された部隊だから、人付き合いに関するアレコレは割と緩みがちになっちゃうところがあるけど、すべての部隊がそうじゃない。

 六課を出た時にそうしたことで困らないためにも、日頃から公私のけじめはちゃんとつけておかないといけないワケですよ。



 ただ……今のままじゃ、二人がそれを通すのは難しいかも。

 だって……先輩にあたる豆芝がその辺そうとう緩々だもの。こっちが節度を守って距離を取ろうとしても、向こうが詰めてきて台無し、なんてオチが容易に想像できる。

 よし、今度ティアナやあずささんに話してなんとかしてもらおう。あの二人ならきっとなんとかしてくれる……と思う。





 そうして、その後はみんなで朝風呂に入り(もちろん男女別々にですよ?)、さっぱりしたところで、仕事のあるエリオとキャロとは別れて、隊舎入り口へと向かっていった。



 ちょっと時間かかっちゃったな。なのはにヴィヴィオ、あとジュンイチさん達、もう待ってるかな……?

 

 


 

第8話

とある魔導師と暴君の休日・一日目

 


 

 

 サンクト・ビルデ魔法学校。

 僕とアルト。それに高町親子とジュンイチさんとブイリュウがやってきた場所である。



 ここは、古代ベルカの英雄と称される、聖王を信仰するする巨大宗教組織・聖王教会系列のミッションスクールである。(多少、乱暴な説明です)

 初等教育を行う5年制の初等部、中等教育をおこなう2年制の中等部の二つで構成されている学校だ。



 さらに上位の教育も、本人の希望があれば2年おきに進学が可能。最終的には学士資格まで取得可能という、ミッドでも有数の大型学院がここである。



 ……まさか、ここにヴィヴィオを入学させようとするとは、なのはも思い切ったな。ムチャクチャ名門校じゃない。





「まだ、正式ってワケじゃないけどね――まずは今日ここを見てみてからってことで。
 さ、行こっかヴィヴィオ」

「うん」





 僕が急いで隊舎の玄関まで行くと、すでに二人の女神様はお待ちでした。

 二人して『女の子を待たせるなんて最低〜♪』などとおかんむりでした。

 なので、下僕の私めとしてはただただひたすらに平謝りいたしまして、ようやく許しを得られて向かう事になった次第であります。はい。





 …………僕よりさらに遅れてきたジュンイチさんはまったく謝らなかったけど。となりのブイリュウは平謝りだったっていうのに。





 ちなみに、今の僕の格好はジーンズ生地の上着にパンツ、黒のインナーという格好である。さすがに陸士服で休日過ごしたくないって……





《それよりもマスター、あなたはヴィヴィオさんよりも下の位置にいるのですね》



 それを言わないで。なんか悲しくなってくるから。



「恭文、アルトアイゼン、何してるの〜?」

「早く来ないと置いていっちゃうよー」

「って、待って。置いてかないでー!」



 とりあえず、僕の上下関係については置いておいて、なのはとヴィヴィオを先頭にテクテクと歩いていく一行を追いかけて、駆け出すのであった。







「ようこそいらっしゃいました。なのはさん、ヴィヴィオ」

「こんにちはシャッハさん。今日はお世話になります」

「シスター、お世話になります」



 なのは親子が、今日一日学校を案内してくれるというシスターにあいさつをしている。お辞儀したので、僕らもそれに習いお辞儀。



「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。
 それはいいのですが、なんであなた達がいるんですか?」

「しゃーねーだろ。
 一応ヴィヴィオにとっては“父親”なんだから」

「……久しぶりに会ったのに、いきなりなあいさつですねシャッハさん」



 清楚なシスター服に身を包む、ショートカットで長身なこの女性はシャッハ・ヌエラさん。

 聖王教会に所属するシスターなのだけど、教会のトップの補佐役兼秘書としても働く才女。



 でも、それだけが彼女の姿ではない。

 陸戦魔導師ランクAAAを保持する、近代ベルカ式魔法の使い手。聖王教会では“教会騎士”と呼ばれている猛者。

 それが、この女性のもうひとつの姿である。

 その腕前は、あのシグナムさんに「模擬戦をやって楽しい相手」と言わしめるほど。まー、多少暴力的なところがあるのが玉にきずだったりするんだけど。





 で、なぜそんな女性と僕が知り合いかと言うと……





「以前、クロノ提督経由で、騎士カリムの護衛要員として仕事を依頼したことがあるんです」

「で、その時に知り合ってね。それ以来、聖王教会がらみの仕事の時はお世話になってるの」

「オレとも一緒に教会の仕事を受けたこともあるしな」



 ジュンイチさんも加えた3人で、僕とシャッハさんが知り合いだという事に驚いているなのはに、簡単に事情説明……つーか知らなかったのね。



「そうだったんですか……って、恭文くん、そうならそうでなんで教えてくれなかったの?」

「いや待て、なのは。
 恭文は仕事で顔を合わせたんだぞ。依頼人に無断で、他のヤツに仕事の話なんかできるワケねーでしょうが。
 フリーだろうが組織所属だろうが、そこは絶対の鉄則だろ」

「そういうこと。
 ジュンイチさんの言う通り、一応守秘義務とかが発生するような案件になっちゃったから、誰と会ったとか何がどうなったとかは簡単に話せなかったのよ。
 というか、なのは。カリムさんと僕が知り合いだって知ってるでしょ?」



 シャッハさんは、カリムさんの身の回りのことも請け負っているというのに。なぜにそこで気づかないのさ。



「あぁ、そうだったね。
 なんか、こう……驚いちゃって」

「それはそれとして、なんであなた達がここにいるんですか?
 ……いや、ジュンイチさんの方の理由は理解しましたが」

「いやだなぁ、僕は付き添いですよ付き添い。
 むしろそれ以外に何の用があると?」



 なーんかシャッハさんが僕をにらんでるけどとりあえず気にしない。

 さ、学校見学のスタートだー♪



「さ、ヴィヴィオ。学校見て回ろうか〜。友達できるといいねぇ」

「うん♪」

「って、あなた方どこへ行くんですかっ!? そっちは違います逆方向です!」

「恭文くん止まってー! 勝手にヴィヴィオを連れて行かないでー!」

「のっけから騒がしいなぁ、ホント……」

《マスターにそれを言う資格はないかと》

「蜃気楼……お前も言うようになったな」

《恐縮です》





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 さて、こんな感じで学校見学はスタートした。



 途中、学園の子供達に連れられて、ヴィヴィオはその子達の案内で学校を見て回ることになった。

 僕となのは、それからジュンイチさんは、シャッハさんと大人のお話である。



 学校のこととか、制度などについてシャッハさんから説明を受けた。当然、疑問があればツッコむ。

 特にジュンイチさんだよ。学費の話ひとつとっても支払い方法から利用できる金融機関、果ては一括支払いと分割払いの利子による金額差、分割の場合繰上げ支払いが可能かどうかまで、けっこう突っ込んで聞いている。

 こういうところはさすがだね。局の福利厚生におんぶに抱っこのなのはが見落としてるような穴をきっちりフォローしてくる。

 …………いや、入学の際に試験があることすら失念していたあの横馬がおバカなだけか。

 で、シャッハさんがそれに答えて……ということを繰り返していると、突然通信が飛んできた。





『なのはさん、ごきげんよう』

「騎士カリムっ!」

「あ、カリムさん。どうも」

『恭文くん、あなたも来ていたのね』



 はい。お久しぶりです。



「恭文さん、あなたまた……」

「お願いだから、もうちょっとちゃんとあいさつしてよ。
 私、この間すっごくビックリしたし、恥ずかしかったんだから」



 いや、僕とカリムさんはこれくらいの関係性だって。色々付き合いもあるし。



《まぁ、いつものことですよね。カリムさん、お久しぶりです》

「オッス、カリム」

「えぇ、アルトアイゼンもお久しぶり。
 けい様もお変わりないようで」



 突然の通信をかけてきたのは、金色のウェーブのかかったロングヘアーがまぶしいひとりの女性。



 この学校を作った組織でもある、聖王教会の理事を務めるカリム・グラシアさんだ。



 カリムさんとは、先ほど話した護衛任務の時に知り合い、紅茶やらお菓子の話で意気投合。それ以来、教会の方で何かあった時には呼んでもらっている。

 そしてジュンイチさんとも親交があって、さっきみたいに“兄様”と呼んで尊敬している。



 ……“にい様”じゃなくて“けい様”ね。同僚に対する尊敬を示す、すっかり死語な敬称ですよ。紛らわしいよね。





 ……ちなみに、僕の二人いる、紅茶の淹れ方の先生の一人である。(かなりのスパルタ)





『恭文くん、六課に出向になったとはクロノ提督から聞いてたんだけど、その関係で?』

「はい……そこの横馬から拒否権なしで誘われまして」

「横馬ってひどいよっ!」

『あらあら。女性には優しくしないとだめよ?』

「大丈夫です。なのはとはノンセクシャルな付き合い方をしていますから」



 ……なのは、なんでそんな不満そうな顔するのさ。



「恭文くん、優しくない」

「いやだなぁ。なのはに回す優しさがあるなら、僕はためらいなくヴィヴィオとフェイトに回すよ」

「ひどいよそれっ!」

『なんというか、本当に仲がいいのね』



 いえ、犬猿の中です。



「あなた……なのはさん相手にそこまでするんですか」

《むしろ、高町教導官だからこそ、これですね》



 ま、落ち込むなのはは置いとくとして……



「カリムさんは、またどうして通信を?」

『ちょうど手が空いてね。今は学校見学の途中だと思ってかけてみたの』



 あぁ、側近のシャッハさんが案内役だしな。カリムさんがスケジュールを把握してるのは当然か。



『でも、安心したわ。あなたも変わりないようですし』

「さすがに一ヶ月やそこらで変わったりはしないですって」

《そうですね。特に重大イベントが起きたワケでもありませんし》

「私としては、少しは変わってほしいんですけど……」

「なのは、変わることはいいことだよ?
 でも……変わっちゃいけないものだってあるんじゃないかな」

「そんなマジメな顔して話しても、恭文くんの意地悪は治すべきだっていうのは変わらないよっ!」



 失礼な。僕は優しいというのに。そうですよね、カリムさん。



『そうね、恭文君は優しいと思うわ。
 ただ、好きな子にはちょっとだけ素直になれないのよね?』

「いえ、僕はすっごく素直ですけど。フェイトとかリインとか」

《なかなかに強いですね。私はうれしいですよ》



 というか、別になのはは友達ですから。好きとかそういう関係じゃないです。



「むしろ、なのはに対するそういうのはジュンイチさんかユーノ先生の領分でしょうが」

「それは違うよ。
 ジュンイチさんは一緒にヴィヴィオを守ってくれる仲間だし、ユーノくんはお友達なんだから」

「だよなー。
 オレなんかと恋人扱いされちゃ、それこそなのはに迷惑……あ、だから恋人扱いするのか。なのはいぢりのネタ的な意味で」



 その言葉に、シャッハさんとカリムさんが微妙な視線を僕に向けてくる……ので、うなずいて肯定を示す。



 うん。この二人のコレにはもうツッコまない。ツッコんでも天然的な意味でスルーされるだけだから。





「でも、ここはいいとこみたいですね」



 唐突に話を変えてみる。いや、この話題でこれ以上いじっても、おもしろいリアクションは期待できないし。



 なのはやジュンイチさん共々細かい説明は受けたし、ここに見学に行くというのを聞いてからも自分で調べたりした。

 なのである程度は知っていたのだけど、実際見てみて、また違う感想を抱いている。



 さっきヴィヴィオと話していた子供達はのびのびと笑顔で過ごしていたし、そんな空気だからなのか、ヴィヴィオも人見知りなんてせずに、すぐに溶け込んでいた。

 こういうところなら、本当に……うん、真っ直ぐに育ってくれるんじゃないかと思う。



『そう言ってくれるとうれしいわ。
 私やシャッハ、それにロッサも、時期は違うけどここの卒業生だから、環境の良さは保証できます』

「あー、なるほど」

「じゃぁ、シャッハの暴力シスターぶりやヴェロッサのサボり癖は」

『できればそこはツッコまないでもらえると……特にロッサについては』



 あー、そういえば説明してなかったね。

 カリムさんはヴェロッサさんの義姉なんだよね。ファーストネームが違うからわかりにくいんだけど。

 で、シャッハさんはサボりがちなヴェロッサさんのお目付け役をしていたから、必然的にこの学校にも通っていた、と……



「まぁ、あの二人については置いとくとして……なのはやジュンイチさん的にも、安心出来るでしょ?」

「あぁ」

「そうだね。あとはヴィヴィオ次第だけど」

「まぁ、それもあの様子なら大丈夫じゃないの?」

《子ども達と楽しそうにしていましたしね。
 六課には同い年の子供はいないですから、そのせいもあるのでしょうが》

「だね……」

「エリオやキャロは……あかん。アイツらヴィヴィオに気ぃ遣いまくってるし。
 溺愛してたディードはナカジマ家に居候&更生プログラムに参加中だし、マックスフリゲートで仲良くしてたホクトも、今はナカジマ家だしなー」





 しかし……遅いな。



 ヴィヴィオとは、校門のところで合流という話をしていた。なのに……来ない。



 僕達はこんな話をしながらも歩いていたので、もう到着してるんだけど……よし。





「なのは、ちょっとヴィヴィオ探してくるわ」

「あ、それなら私も行くよ」

「ダメ」



 ヴィヴィオと行き違いになるかもしれないし、何よりあんたら、少なくともどちらかはここで待ってなきゃだめでしょ。いなきゃヴィヴィオが不安になる。

 となると、二人のうちどちらが探しに行くことになるか……当然、機動力で上回るジュンイチさんだ。それにこういうのは男親の仕事だと思うしね。

 まー、僕もアルトがいるし、なんとかなる。うん。



「そんなワケだから、ブイリュウ、お前もここに残ってろ」

「はーい」

「わかった。それじゃあ悪いんだけど、お願いね」

「りょーかい……それじゃあカりムさん、失礼します」

『はい、またね。
 あ、ヒマな時にはいつでも来てくれてかまわないから。また、紅茶を飲みつつ色々とお話しましょうね』

「はい」





 そうして……僕とジュンイチさんはヴィヴィオを探しに校舎へと入っていく。

 そこで二手に分かれることにして、それぞれ別方向に歩き出す。



 曲がり角の向こうにジュンイチさんが消えていき――やっぱりか。



「思いっきり走って行っちゃったみたいだね。気配、一瞬で消えたわ」

《間違いなく、あの人の全速力ですね。
 よっぽど心配してたんですね。素直にさっさと探しに出ればいいものを》



 だよね。

 なのはの手前意地張っちゃって、落ち着いたフリしてさ。





 まったく……手間のかかる友達だよ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「どこ行きやがった、あんにゃろ……」



 なのは達を残し、恭文やアルトアイゼンの視界から消えて――冷静でいられたのはそこまでだった。すぐに思い切り床を蹴り、オレは今発揮できる最大速力でヴィヴィオの姿を探し回っていた。

 ヴィヴィオはまだ幼くて気配も小さい。増してやここは同年代の子供だらけで気配で探すのは難しい――自分の足で探すしかないのがもどかしい。





 けど……ホントにどこ行きやがった、ヴィヴィオ……!



 こうして探し回って、頭をよぎるのは外部犯による誘拐――ヴィヴィオの出自が出自だし、どうしてもそういう物騒な方向に思考が行ってしまう。

 そんなこと、絶対にあってほしくないのに……!





 アイツは、“JS事件”で自分の出自と向き合った。

 古代ベルカの“王”のひとり……この学校の母体、聖王教会の崇拝する聖王、その御本人の体細胞クローン。それが……ヴィヴィオ。

 そんなアイツの存在が、古代ベルカ諸王時代の遺産、“聖王のゆりかご”を浮上させた。

 管理局の……





 なのは達の、敵として。





 そのことを気に病んで、アイツは一度はオレ達との絆を否定するところまで追い込まれた。マスターコンボイが立ち直らせてくれなかったら、今頃アイツは……



 そんな哀しい事件を、やっと乗り越えられるかもしれないってところまで来たのに、コレかよ!

 冗談じゃねぇ……もうやめてやれよ!

 なんでアイツが……!



《落ち着いてください、マスター!》



 そんな、堂々巡りに陥りかけたオレの思考を現実に引き戻したのは、胸元に下げた相棒の声だった。



《まだそうと決まったワケではありません。
 マスターは経歴が経歴ですから、そんなふうに考えてしまうのもムリはないかもしれませんが、少しは落ち着いて周りを見てください》

「オレは十分落ち着いて――」

《――いないから言っているんです。
 その証拠に、聞こえてきた“手がかり”に気づいていない》









 ………………え?





 蜃気楼の言葉に、オレは思わず足を止めた。相棒の言葉を頼りに、耳をすませると――











 ………………聞こえた。







「あっちか!」



 手がかりになりそうなその“音”を頼りに、オレはすぐさま走り出し――って、角から人!?



「っとぉっ!?」

「ひゃあっ!?」



 あわや激突、といっところで、オレはなんとか身をひるがえして回避――けど、それがいけなかった。

 かわしきれず、ぶつかるとでも思っていたのだろう。身体を強張らせたその女の子はものの見事に肩透かしを喰らう形となり――ヤベ、コケる!?

 彼女を支えようと、オレはとっさに手を伸ばし――







 ………………え?







 オレの手は女の子の手に届き、女の子はなんとか転倒をまぬがれた。彼女の持っていたノートや教科書は足元にぶちまけられてしまったけど。

 ってゆーか、今、この子……



「……す、すいませんっ!」

「あ、こっちこそ悪かったな。
 ちょっと、人を探しててさ、他に注意が向いてなかった」



 我に返った女の子があわてて謝ってきたので、オレも謝りながら彼女のノートや教科書を拾い集めてあげる。



「改めて、すまなかったな」

「あ、いえ……」



 拾ったノート類を女の子に渡し、彼女は何度も頭を下げながら、廊下の向こうへと歩き去っていった。



《…………どうしました? マスター》



 で、オレはそれをじっと見送る――蜃気楼が疑問の声を上げるので、答える。



「あの子……わざとかわさなかったぞ」

《え………………?》

「オレの伸ばした手……あの子に届いた時には、もうあの子は重心を立て直していた。
 たぶん、オレが手を伸ばさなくても、あと一歩踏み出せば普通に踏みとどまれていたはず……あの状況下で反応が間に合っていた証拠だ。
 そんな子が、そもそも最初の段階でオレをかわすことができなかったとでも思うか?」

《偶然、または天性のバランス感覚、という可能性は?》

「ねぇな」



 キッパリとオレは断言する。



「あの時、あの子はオレを見ていた。ハッキリと、自らの意思をもって……オレだけを。
 普通、あの状況が不意討ちだったとすれば、まずは本能的に何が起きたか把握しようとするもんだ。周囲に意識が散って、一点を注視するなんて反応はまずしない。
 つまり……あの時、あの子が驚いていたのは、ぶつかりそうになったのが不意討ちだったからじゃない。
 オレと出くわしたのにちゃんと気づいて、その上でかわさずにぶつかることを選んで……けど、オレはぶつからずに回避成功。さらに転びそうになった(ように見えた)自分に手まで差しのべた。そっちの方に驚いてたんだよ」

《つまり、それだけの使い手、ということですか? 見たところ小学生くらいでしたが……?
 というか……そもそもなぜかわそうとしなかったんですか?》

「そこまでは知らねぇよ。
 何か、実力を隠しておきたい理由でもあったんじゃねーの?
 それよりも今はヴィヴィオだ。行くぜ」



 蜃気楼に答え、オレは再び先を急ぐ――また誰かにぶつかりそうになるのもイヤなので、今度は歩きで。

 けど……さっきのあの子が頭の片隅に引っかかっているのも確かだ。ノートや教科書を拾い集めた時に見た、彼女の名前を思い出す。









 …………ストラトス……アインハルト・ストラトス、か……





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「迷った……」

《まぁ、当然ですよね》





 あー、偉そうなこと言った手前、連絡取りづらいなぁ。だけど、取らないと帰れないし。



 なんて僕が悩んでいると、何やらざわざわとした声が聞こえてきた。子供の声のようだけど、なんだろ?



 その声に導かれるように、足を進めると、向こうからジュンイチさんが姿を見せた。どうやら僕同様にこの騒ぎを聞きつけたらしい。



 で、二人して騒ぎの発生源をのぞき込む……と、そこには子供の人だかり。なんじゃありゃ。



《マスター、あの子達は、先ほどヴィヴィオさんを案内してくれてた子供達です》





 ……まさか!





 ヴィヴィオに何かあったのかと思って、駆け出してその人だかりのへ向かう。するとそこには……





 ポーン! ベーン! ドォーン!





 イスにチョコンと座って、ピアノに向かっているヴィヴィオがいた。

 うん、さっきの音はヴィヴィオの仕業か……酷い音だったなぁ。

 あー、えーっと……よしっ!



「ヴィヴィオ、何してるの?」

「あ、パパ! 恭文ー!」



 イスを降りて、テクテクと僕らの方へ歩いてくる。それを見てさぁーっと間を空けてヴィヴィオ専用の道を作る人だかりの原因の子供達。

 ……モーゼの十戒ですかこれは?



「こんなとこにいたのか。
 ダメだぞ? なのはもそうだし、オレだってしこたま心配したんだからな」

「ごめんなさい……」

「大丈夫だよ。後で、一緒に謝ってあげるから。
 で……どうしたのこれ? なんでそんなに涙目なの」

「ピアノ……」



 ピアノ? あぁ、さっきまで弾いてたこれか。これがどうしたんだろ?

 僕がそう思っていると、人だかりの中からひとりの女の子がひょこっと出てきた。



「わたしがピアノ弾いてあげたんだけど、ヴィヴィオちゃんもやりたいって言って」

「なるほど、それでやってみたんだけど、この子みたいに上手く出来なかったワケだ」

「うん……」



 うーん、そうかぁ。さて、ここで上手く対処しないと、偉いことになるかもしれないな。お母さんに似てこの娘さんは強情そうだし。



「えっと……キミはピアノ始めてどれくらい経つ?」

「うんと……一年くらい」

「そっか。ね、ヴィヴィオ、この子の演奏上手だった?」



 僕のその言葉にうなずくヴィヴィオ。ふむふむ、そうか。なら……



「この子だって、一年続けてたから、ヴィヴィオが聞いたみたいな上手な演奏が出来たんだよ?
 ヴィヴィオは、ピアノ触ったの初めて……かな?」

「うん」

「なら、この子と同じように弾くのはちょっと無理だよ。
 もしこの子と同じようになりたいなら、同じように一年がんばらないとね」

「うん、わかった。練習するっ!」

《マスター、これは後々大変なことになるのでは……?》



 あー、うん。そう思ったけど、他に言いようないしさ。

 うむぅ、失敗したなぁ……仕方ない、少しだけフォロー入れるか。これで誤魔化せればOKなワケだし。



「そうだヴィヴィオ、僕が少しだけ教えてあげるよ」

「……え?」

「ピアノだよピアノ。弾けるようになりたいんでしょ?」





 その瞬間――場の空気が静止したように感じたのは、きっと気のせいじゃないと思う。





「えー、お兄ちゃん弾けるのー?」

「ピアノってすっげぇ難しいんだぜー?」

「あの、ムリならムリで早めに申告したほうがいいと思うのですが……」

「そうだよー。大人が子供の期待を裏切っちゃいけないんだよー?」

「え? このお兄ちゃん大人なの? わたし、てっきり初等部に転校してくる人かと思ってた」

「あ、それわたしも思ってた」

「だって、背が低いし、声が女の子みたいだし、大人に見えないよねー」










 アルト、ジュンイチさん。

 怒っていいかな? いいよねっ! 答えは聞いてないっ!



《ダメです。というか事実じゃないですか》

「そうだぜ。何を今さら」



 おのれらもかぁぁぁぁぁぁっ!


 ええい、もうお前らには頼まん。僕が直接天誅を……!



《やっぱり止めた方がいいんですよね、これ。
 ……あー、あなた達も、そんなことを言わないであげてください》

「安心しろ。
 信じられないだろうけど、恭文のヤツ、ちゃんとピアノ弾けるから。しかもすんげー上手い」

「パパ、アルトアイゼン、ホント?」

《えぇ、ホントですよ。それはもうすごい演奏ですから。
 なら、マスターのピアノを聴かせてあげましょう。
 ほらほら、みなさんもちゃんと座って期待して聴いてください。
 ……ヴィヴィオさん、お願いします》

「うん……恭文、恭文のピアノ、聴かせてほしいな♪」



 怒りに染まる僕の心を止めてくれたのは、友達と相棒のやる気のないフォローと、ひとりの少女の真っ直ぐな瞳と柔らかな声。

 ……うーん、仕方ないなぁ。子供と友達とフェイトと相棒と美味しい食事とトマトに勝てるものなしってね。



「……勝てないもの多いな、お前」



 ジュンイチさん、そこで茶々入れないでください。いろいろと台無しだから。っていうかアンタ、アルト以上にフォローする気ないでしょ。



「まぁ、アルト達にヴィヴィオがそこまで言うならしかたないかぁ……
 よし、とくと聞きなさい。今日は特別サービスだ、弾き語りで歌もつけてあげようっ!」

『おぉぉぉぉぉぉぉっ!』

《マスターが単純でよかった……》

「よかったねぇ〜」

「計 画 通 り」

「そこの3人、何か言った?」

《いえいえ、しかしまたハードル上げましたね》

「まぁ、お前なら大丈夫だろうけどな」

「恭文、がんばって!」





 ふっ、任せてくれ。ここまで言われてはいそうですかで引き下がれるかっ!
 大人の底力、見せてやろうじゃないのっ!





「そういうワケだから、みんな座って座ってー。
 ……うんと、今から弾くのは、僕の生まれた世界での曲で、知らない人も多いとは思いますが、そんなことはまぁ気にせず聞いてくださいっ!」

《まぁ、多少乱暴な説明ですが、そんな感じなので、みんな心して聞くように》

『はーーーい!』



 うむ、素直でよろしい。それじゃあ……いきますか!

 ヴィヴィオとチビッ子達がその場にペタンと座るのを確認してから、僕は10本の指を鍵盤に当てて……弾き出した。










 〜膝を抱えて、部屋の……〜










 ……あれ? そういやなんか忘れてるような……















 ま、いいかっ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 恭文くんもジュンイチさんもヴィヴィオも、誰も戻ってこないので、シスター・シャッハと一緒にサンクト・ヒルデ魔法学校の中を探し回る。うーん、みんなどこ行っちゃったの〜?

 なんか念話も、通じないし。通信もダメだし……うーっ!





「まったく……あの人達はホントに子供みたいな人ですね」

「すみません、シスター・シャッハ。ご迷惑おかけします」

「あ、いえいえ。
 それにしてもどこに行ったんでしょう? あらかたの場所は捜したのですけれど」



 確かに……そうなんだよね。



 まずは、男子トイレ。そこに向かうまでのルートや教室を探した。ダメだったけど

 不審者、もしくは学校の生徒に間違われたのも考えて警備員の人や、初等部の先生にも話を聞いたりしたけど、それもダメだった。

 ホントにどこに行っちゃったの?



「ん?」

「っと、どうしました? シスター・シャッハ」



 前を歩いていたシスター・シャッハが足を止めた……なんだろう、何か気配のようなものを探っている感じがする。



「あの、シスター・シャッハ?」

「わかりました。おそらくあそこです」



 そう言って指を指すのは、ひとつの部屋……音楽室?



「今日のこの時間は、確か音楽室は使われていないはずなんです。つまり」

「なるほど」



 確かに、中から音がする。これは……ピアノかな? つまり、誰かがいる。

 それがひょっとしたら恭文くんかもしれないってことか。



 私達はその部屋の前まで行き、ドアに手をかけて……開ける!
















『始まりはいつも突然っ! 運命を……』



 ……え?



 そこに映るのは、楽しく歌っている子供達とピアノを弾いている男の子。そしてそれを暖かく見守る男の人。

 あ、ヴィヴィオいた。

 普通に見れば、音楽の授業か何かに見えるだろう。だけど……違う。だって、ピアノを弾いている男の子は、教師でもなんでもないんだから。





 ポロ〜ン〜♪





『うわーーー! すごいーー!』





 え? えぇぇぇっ!?





「いやー、さすがにこれはちかれた……」

「恭文、おつかれさま〜♪」

「またハッスルしたなー、お前」

《おつかれさまでしたマスター……しかし、なぜこの曲を?》

「うーん、強いて言うなら……ノリ?」

《そうですよね、あなたはそういう人でしたよね……》



 え、えっと……



「お兄ちゃんすごいよー!」

「うんうん、すっごく上手だった」

「なんというか、人は見かけによらないというのはこのことですね」

「あの、初等部の人とかいってごめんなさい……」

「お兄ちゃんはちっちゃくてもすごいよ!」

「そうだよ。さっきのゆっくりした曲も上手だったし、この曲弾けるなんて……」

「うんうん、この曲すっごく好きだから、楽しかった♪」

「あー、いやいや。喜んでもらえたみたいでうれしいよ。にゃはははは〜!」










 ……なんだろうこれ?

 えーと、恭文くんがピアノ弾いてて……というか弾けたんだね。

 で、弾きながら歌っていて、しかも上手だし。いや、歌が上手なのは知ってたんだけど。



 みんな、ドアを開けた私達に気づかないくらいに夢中で、一緒に歌ってて。

 で、なんでかそれにヴィヴィオも加わっていて……というか、あの子達ってヴィヴィオを案内してくれるって言ってくれた子供達だよね?



 もう一度考えてみる……何だろうこれ?





「…………あなた達」





 その声に恭文もヴィヴィオも子供達も、そして私も反応する。そして、その声のした方を見る。まぁ、そこには当然のごとくシスター・シャッハがいた。

 でも、いつものシスターじゃない。なんというか、覇気が見える、というか怖いよー!





「一体……何をしているんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」





 シスターの叫びが、音楽室のみならず校内に響き渡ったのは言うまでもないと思う……でも恭文くん達もヴィヴィオも一体何してたの?









「和んでましたが何か?」




 そしてジュンイチさん、そのリアクションはダメーっ! 今のシスター・シャッハには火に油だよーっ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 いやぁ、ついついやりすぎてしまった。


 一曲ゆったりめなのを披露したら、子供達が食いついてきて大変大変。

 あれ弾いてこれ弾いてとリクエストを受けて、その中で知っていてみんながノリやすくてヴィヴィオにもわかりやすくて、なおかつ僕が好きな曲を選んだらアレになった。



 でも……知ってはいたけどさ、次元世界でも大人気なんだね。電王って。

 大分前に、シャーリーとカラオケ行った時にも曲入ってたし、レンタルショップのWARAYAに行った時もお勧め作品になってたしなぁ。



 やっぱ電王は名作だよ。うんうん。



 きっといつまでも、時の中で、僕達の心の中で、みんなは騒ぎ続けるんだよね。あぁ、ごめん。なんか涙が……





「お兄ちゃん、どうしたの?」

「あぁ、ごめんね。なんか、思い出したら涙が……また会えるのに、おかしいよね」

「ううん、おかしくないよ。なんだか、私も……モモー!」

『ウラキンリュウー! 良太郎ー!』

「あなた達っ! ここは校内なんですから静かに……」



 その瞬間、僕と子供達は全員シスター・シャッハを凝視した。その瞳に、ある種の怒りが存在していたのは、言うまでもないだろう。

 そう、全員が瞳で語りかける。『少しは空気を読め』と。そんなんだから原作の13話みたいなことになるんだと。

 

 なお、八つ当たりだという意見はスルーします。



「すみません。私が悪かったと思うので、その空気を読んでいない人間を見るような目で私を見ないで下さい」

「いや、シャッハさんは空気読めない人じゃないですか」

「というか実際に今読まなかっただろうが」

『そうだよっ!』

「あ、あなた達……」

《まぁ、仕方ありませんよ》



 まぁ、それはそれとして、僕が今どこにいるかといいますと、学校内の中庭。つまりは元いた場所だ。

 シスター・シャッハに全員そろってお説教を喰らった後に、結局みんなそろって校門に戻る。



 その間に僕とヴィヴィオはこの子達とすっかり仲良くなったりして、おしゃべりデバイスことアルトアイゼンさんは子供達に大人気。

 そう、先ほどのように、僕達は熱い友情によって繋がれたのだ。いや、彼らは偉大だよ。



 そんな事をしているうちに、そろそろ帰る時間になったのでここへ戻ってきたのだ。





「……それじゃあ、みんなごきげんよう」

「うん、ごきげんようヴィヴィオちゃん」

「また、一緒に遊ぼうね」

「春になって、一緒にお勉強するの待ってるからね〜」

「お兄ちゃんもありがとうねー! アルトアイゼンもありがとう。楽しかったよ!」

「またピアノ聴かせてね!」

「あ、お兄ちゃんもここに通いなよ。そしたら、毎日遊んであげるよ!」

「あぁ、それはいいアイディアですね」



 ……うん、前半はいい。でも後半はなんですかチビッ子どもよ。

 僕はこんなナリだし、声も女の子みたいだけれど、れっきとした大人ですから、さすがに初等部や中等部に入るワケには……



「あぁ、それは本当にいいアイディアだね。
 どうでしょうかシスター・シャッハ、ご迷惑はかけると思いますが、学校中が楽しくなると思いますよ?」

「……そうですね、いいかもしれません。
 私としても彼を更正させることが出来るいい機会かもしれませんから」

「いやいやいやいや、そこの大人二人同意しないでっ!
 僕には仕事だってあるんだからっ! というか、更正ってなにさっ!?」

『……お兄ちゃん、私達(僕達)と一緒なの……嫌なの?』



 あぁぁぁぁっ! イヤじゃない! イヤじゃないけれど……でもそれはダメなのよ。頼むからそんな顔しないでー!



 僕が頭を抱えて慌てると、その様子を見ながらみんな笑う。

 ……からかわれているのはムカつくけど、これはこれでいいのかもしれない。



 そんな事を思いながらも別れの時間は来た。そうして、シスター・シャッハとヴィヴィオの友達に別れを告げて、僕達は帰路に着いたのだった……





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……なのは達、そろそろ見学から帰ってる頃かな」

「そうですね」

「ヴィヴィオ、学校気に入ってくれればいいんですけど……」

「ヤスフミもついているし、大丈夫だと思うよ。そういえば、二人はヤスフミとは仲良く出来てるかな?」

「あ、はい。や、恭文とは今朝組み手をしました」

「そうなん……え?」

「あ、あとな……なぎさんと一緒に早朝ランニングしました」

「えっと、二人とも。どうしたのかな? ちょっと不自然……ていうかぎこちないよ」

「え、えっと……なぎさんが『自分のことは呼び捨てで、敬語もできればやめてほしい』と言ったので」

「それで……こんな感じに」

「最初はダメですって言ったんですけど、そうしたら頭をクシクシにされてしまって。
 それにアルトアイゼンが、なぎさんがそう言うのはわたし達ともっと仲良くなりたいと思っているからだと言われてしまって……」

「……なるほど、それで、エリオとキャロはまだ慣れてないんだね」

「はい」

「なにしろ、今朝のことだったので」

「まぁ、そこは少しずつ慣れていけばいいよ。あと、ヤスフミは二人より年上だけど、そういうのを気にするのもされるのも嫌いだから、そんな風に言ったんだと思う。
 だから、そこは気にしないで、友達として、仕事仲間として接してあげてほしいな」

『はい、わかりました!』

「うん、二人ともお願いね」



「……お待たせしましたー! チーズオムライスがお二つに」

「うんしょ……デラックスジャンボギガ盛りチキンオムライスが……おひとつですね。よいしょっと!」



 どーん!



「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、それでは何かございましたらお呼びください」

「伝票はこちらに置いておきますので。それではごゆっくり〜♪」



「あの、フェイトさん。こんなところで食事してて大丈夫なんでしょうか?
 一応警備部との打ち合わせで出てきてはいますけど……」

「うん、時間の方は大丈夫だよ。それに、エリオとキャロとこうして食事したかったし」

『フェイトさん……』

「でも、ホントはいけないから、内緒ね?」

『はいっ!』

「それじゃあ、冷めないうちに食べようか。せーの」



『いただきまーす!』





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……今日はありがとう。付き合ってくれて助かっちゃったよ」

「うん、恭文ありがとうね! パパもアルトアイゼンもありがと〜♪」

「おぅ」

「いやいや、あんま役に立てなかったかもしれないけど、そう言ってくれるとうれしいよ」

《マスターと同じくです。お役に立てれば幸いです》



 僕とアルト、それになのはにジュンイチさん、ヴィヴィオは、あの後軽くご飯を食べて、学院近くのターミナルへと来たところだった。



 時刻は15時。もう少し経てば夕方になろうとしている時間……いやぁなんというか時間が経つのは早いね。

 チビッ子達やシャッハさんのおかげで楽しく見学出来たし、ヴィヴィオもあそこに通いたいって思ってるみたいだし、いい事づくめかな?



「これから二人は……小旅行だっけ?」

「うん! なのはママと一緒に、いっぱい遊ぶの〜」

「せっかくだし、ちょっと足を伸ばしてもいいかなって思っててね」

「そっか、楽しんできなよヴィヴィオ」





“なのは”

“ん? 何かな”





 しゃがんでヴィヴィオとニコニコ話をしながら、なのはに念話を送る……いやぁ、我ながら器用だわ。



“前にも言ったけど、僕もアルトも力になる。でも、それだけじゃない。
 パパであるジュンイチさんはもちろん、フェイトにはやてに師匠達。それに、スバルにティアナ、エリオとキャロにシャーリー達だって力になってくれてる……だから”

“うん”

“なのはには信じてほしいの、絶対にヴィヴィオとの約束を守れるって……ヴィヴィオのホントのママになれるって。
 例え他の人達が何て言おうと、なのはだけは、それを全力全開で信じなきゃだめだよ?”



 ……一応ね、こういうのも必要かと。



“そのなのはを信じて、みんな力を貸してくれようとしてるワケだからさ。
 まぁ、エース・オブ・エースな高町教導官には、釈迦に説法だと思うけど”

“ううん、そんなことない……ありがと”

“別に礼なんていらない。大事な友達が泣く所を見たくないだけだし。
 まぁ、言った以上はやれるだけの事はやらせてもらうから、大船に乗った気でいてくれたまへ”

“大船って……タイタニック?”

“……なぁぁぁぁのぉぉぉぉはぁぁぁぁぁっ!”



 ニコニコしながら立ち上がって、とりあえずそばで見ていたなのはに飛びかかってヘッドロックっ!



「うにゃぁぁっ!? 痛い、痛いよ恭文君ー!」

“やかましいっ! 人がせっかくいい事言って締めくくろうとしていた時にボケかましおってからにっ!
 ……天誅ーっ!”



 まったくこの横馬は……どうしてこうも空気を読まないというかなんというかっ!



「あー、ヴィヴィオは気にしなくていいからね。
 これはなのはママと僕が仲良しだっていう証拠みたいなものなんだから」

「そうなの? なのはママ」



 ヴィヴィオがきょとんとした顔でこちらを見ていたので、一応フォロー。

 まぁ、いくらこの横馬がKYだって言っても、自業自得な発言してるワケだし、そんな下手なことは……



「ヴィヴィオ……恭文くんがいじめるの。助けてー」



 はぁっ!? 何言ってるっ!? そんな事を言うなっ! とことんKYかお前はぁぁぁっ!

 ……あぁ、ヴィヴィオの表情が段々と怒ったような感じに、と言いますか何か神々しいものが見えるんですけどっ!?



「……やーすーふーみぃーっ!」



 ヴィヴィオが、僕の足元までテクテクと歩いてくる。こう……オーラを滲ませながら……ゲシっ!



 いーたーいーっ!



 そして、弁慶の泣き所に全力全開の蹴りをかました!

 痛みでなのはを離して、そのまま転げ回る僕。それを見て、なのはとヴィヴィオが一言。



「なのはママをいじめちゃだめなのーっ!」

「ヴィヴィオ、ありがと。ママ助かっちゃった……
 さぁ、いじめっ子なわるーい恭文君に、なのはママと一緒にお仕置きしようか?」

「うんっ!」



 ……って、何するの? いや、二人してそんなニヤニヤした顔で近づかないで、やーめーてーーーっ!

 ってかジュンイチさん、さりげなく距離とってないで助けてぇーっ!





 その後、なのはにヘッドロック。ヴィヴィオには髪の毛をさんざん引っ張られたりクシャクシャにされたりした。



 つか、なのはが悪いのにこんな目にあうなんて……理不尽だぁぁぁっ!



 ちなみに、この騒ぎは、自分達が駅員やらレールウェイの乗客の人やらの注目を集めていることになのはが気づくまで、延々続いたことを付け加えておく……





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……ここは、六課隊舎の出入口。本来であれば、僕はここにいなくてもいい。なのは達と別れて、そのまま家に帰るつもりだったのだから。

 でも、そうはならなかった。



 きっかけは、レールウェイ乗り場で散々騒いだ後、なのはとヴィヴィオを見送って、僕も戻ろうとした直後に届いたリアルタイム通信だ。










『蒼凪、アルトアイゼン、突然すまない。今大丈夫か?』

「シグナムさん? ……はい、大丈夫ですけど」

『そうか。なのはとヴィヴィオとの学校見学はどうだった?』

《大成功です。
 ヴィヴィオさんもサンクト・ヒルデ魔法学院に通いたいと思ってくれたようです》

「そこの子供達とも仲良くできましたし、環境もいいですから、なのはもヴィヴィオも安心して通えると思います」

『そうか、それはよかったな』

「はい……あの、ひょっとしてそれを心配して僕に通信を?」

『いや、そうではない。
 実は、お前にひとつ頼みがあってな?』

「頼み?」

『あぁ』



 シグナムさんがわざわざ通信を飛ばしての僕へのお願いというのは、なんてことはない。明日、とある場所に、とある物をとある人に届けてほしいとの事だった。



『正直、休み中であるお前に頼むのは心苦しいが……少し大事な物なのでな。宅配便で送るのも不安なんだ。
 私や他の者も仕事があって動けなくてな。もし良ければでかまわないのだが、頼めるか?』



 まぁ、普段お世話になっているシグナムさんにここまでお願いされたら引き受けるしかないワケでして、僕とアルトは了解の旨を伝えてすぐに六課隊舎へと向かう。



 隊舎へ着くと、既に袋詰されていた、

 それを今日の内に預かって、明日、自宅からその場所へ向かう事にしたのだ。



《なんというか、全く休みになりませんねマスター。
 シャマル先生に怒られますよ?》



 ……それは言わないで。



「それでは蒼凪、すまないがよろしく頼む」

「はい、しっかりきっちりお届けしてきますね」

《任せてください。シグナムさん》

「ふっ、頼もしいな。それでは私は安心しておくとしよう」

「はい、そうしててください……あー、先方には話を通しておいてもらえますか? すぐに渡せるように」

「そこは問題ない。
 今は使用目的が目的だが、本質的にはあの男の私有の艦だからな。あの男のことだから、お前のIDもセキュリティに登録済みのはずだ」

「あー、それもそうですね。
 それじゃあシグナムさん、僕達は帰りますんで、また休み明けに」

《届け終わったら、また報告のメールをマスターに書かせますので、吉報を待っていてください》

「あぁ、よろしく頼む。
 二人とも気をつけて帰れよ? ケガでもしたら、シャマルに角が生えるからな」



 ヒヤリと汗がにじみ出る……そうなんだよなぁ。休み明けにまた検診するって言われてるし、ホントに気をつけておかないと。







 そんな会話をしながらも時間は過ぎ、そろそろ帰ることとなった。

 ここまで見送ってくれたシグナムさんに手を振りながら、僕とアルトは預かり物を抱えて、自宅へと歩きだした……





 僕の自宅は、実を言うと機動六課に近い所にある。

 レールウェイや車などの移動手段を使うと、だいたい30分。歩きだと、一時間ちょいで着くような場所だ。



 湾岸部と中央の境目にあるようなその家は、位置の割に首都や東西南北に分かれているミッドの各部への交通の便もいいので、2年ほど前からそこに居座っている。



 そんな自宅を目指し、今日はゆっくりと歩いていく。今の時刻は夕方。沈み行く夕日に照らされて、なんとなくセンチな気分で歩道を歩く。

 レールウェイなどを使えば早く着くのだが、何というか……気分だ。今日は歩いていたい気分なのである。



《そう言って、今日までの半分以上を歩いて隊舎に向かっているじゃないですか》



 ……まぁね。だって、何かに乗って移動するの、あんま好きじゃないんだもの。



《しかし、明日はそうは行きませんよ?》

「でも、アレを使うし、多少は楽でしょ」

《そうですね。でも、シグナムさんも大変そうですね。
 “JS事件”でも直接先方とからんでないはずですよね? なのにこんな役まで引き受けて……》

「けど、あの人はシグナムさんの前の職場にいた……ある意味、シグナムさんの先輩みたいなものだしね。
 だから……仕方ないといえば仕方ない。シグナムさんの性格だと、やっぱどうしても身がまえちゃうでしょ、そーゆーの。
 とにかく、パッと行ってパッと届けて、それから休みを満喫するとしましょ」

《そうですね。マスター、行き先はちゃんと覚えていますか?》

「もちもち」



 そう、僕がシグナムさんから預かった荷物をどこに持っていくかというと……



「ミッド湾内――今はスカリエッティ一味専用の海上隔離施設として使われているジュンイチさんの私有艦、マックスフリゲートにこれを持っていく。
 明日になったらさくっと片づけるよ、アルト」

《了解です。マスター》









(第9話へと続く)


次回予告っ!

ヴィヴィオ 「すごかったね、恭文のピアノ!」
なのは 「うん。恭文くん、いっぱい練習してたから。
 ジュンイチさんはどうですか?」
ジュンイチ 「え? オレ?」
なのは 「ジュンイチさんは何か弾けるんですか?」
ジュンイチ 「バイオリン」
なのは 「………………え?」
ジュンイチ 「いや、だからバイオリン」
なのは 「えぇぇぇぇぇっ!?」
ジュンイチ 「……そう驚かれると、さすがのオレも傷つくんだけど」

第9話「とある魔導師と守護者の休日・二日目」


あとがき

マスターコンボイ 「……と、いうワケで、またしてもオレ達の出番のなかった第8話だ」
オメガ 《もう『とまコン』じゃないですよ、コレ。だってボスが出てないんですから。
 『とある魔導師と暴君と〜』で『とま暴』。これでいいじゃないですか》
マスターコンボイ 「相棒からいらないヤツ宣言!?」
オメガ 《出番を与えてくれない持ち主に何の価値があると?》
マスターコンボイ 「…………お前って、本当に出番のことになると厳しいよな……」
オメガ 《文字媒体は目立ってナンボですから。
 さて、そんなこんなで今回は高町親子の学校見学にミスタ・恭文とミスタ・ジュンイチが同行する話ですね》
マスターコンボイ 「柾木ジュンイチは“父親”だからよしとして……本気で蒼凪恭文が同行する理由がないな」
オメガ 《そうでもないですよ。
 ほら、第5話で、ミスタ・恭文はミス・なのはに「大変な時は力を貸すから」と約束しています。 今回の話は、それをミス・なのはが持ち出してきた形ですね。
 なお、「『大変な時』じゃないじゃん」という反論は却下します。ホラ、拡大解釈ってヤツですよ》
マスターコンボイ 「それで納得していいのか……?」
オメガ 《いいんですよ。
 そして、注目なのはやはり、先行投稿版のこのあとがきでも触れた彼女!》
マスターコンボイ 「原作では『ViVid』に登場した“アイツ”か……」
オメガ 《はい。
 時期的に、初等部ならば在籍していてもまったくおかしくない、ということでご登場願った次第です》
マスターコンボイ 「だがなぁ……ここでヤツを登場させる意味があるか?
 『ViVid』編を書く時のための伏線、という解釈なら……ムリか」
オメガ 《ムリですねぇ。
 伏線にしようにも『ViVid』編の前に描くべき事件が多すぎますし》
マスターコンボイ 「まったく、相変わらず無計画な男だ」
オメガ 《まぁ、それがうちの作者ですし。
 では、今回はこのくらいで締めとさせていただきましょうか》
マスターコンボイ 「そうだな。
 では読者諸君。また次回、“オレ達の出ている”本編で会おう」
オメガ 《……ボスだって出番のこと気にしてるじゃないですか》
マスターコンボイ 「………………言うな」

(おわり)


 

(初版:2010/08/21)