「…………さて、と」

 午前中にクロスフォーマーの二人と、昼からメルトダウンとゴチャゴチャやり合ったあの慌しかった一日から早数日が経過……とりあえず、その数日は平穏な感じで過ぎていた。

 うん、ホントに平穏な感じ。特に事件が起きるでもなく、おかげで恭文ものんびりできてる。相変わらずフェイトとオレは何かにつけてモメてるけど。



 ともかく、そんな感じなものだから、オレもこうしてみんなの訓練の相手もしてやるような余裕があったりするワケで……



「……ま、今日はこのくらいかな?」



『…………あ、ありがとうございましたぁ……』



 告げるオレの目の前に転がってるのは、こんがりとイイ感じに焼き上がったトランスデバイス一同だ。

 相棒達がそれぞれなのは達にしごかれてる間、コイツらだけでのコンビネーションも練習させた方がいいだろうということで相手をして――その結果がコレである。



 まぁ……コンビネーション自体は悪くない。むしろいい。

 互いが互いの得意な分野をしっかりと押さえて、仲間の不得意な分野をきっちりカバーしてる……なのはのヤツ、ホントいい仕事してやがる。

 これでムチャだの魔王化だの、人格面での問題点がなければ、アイツは文句の付け所のない最高の教官なんだけどねー……





 ……どこかから「お前には言われたくない」とか電波が飛んできたけど、いいんだよ。オレは好きで問題児やってんだから。





「ま、お前ら、昼からはシャーリーのトコでメンテだろ?
 オレも昼からはちょっと出るから、今のダメージもガッツリ診てもらえ」

「あれ、ジュンイチ、出かけるの?」

「あぁ。
 イクトの話じゃ、どーも最近、下級瘴魔がクラナガンを多数うろついてるらしくってさ。かるーく調べに行ってくる」



 アイゼンアンカーにそう答えて、オレは軽くため息をつく――











 瘴魔というのは、オレ達の地元の世界で相手にしていた……まぁ、魔物とかそんな類のもの。

 簡単に言うと、人間の怒りとか恐怖とか、“負”の感情をエネルギー源にしている連中で、そういった感情が積もり積もったものが、近くにいた動物やら、捨てられていた何かしらに込められた残留思念やらを取り込むことでモンスター化したのが“瘴魔獣”や、瘴魔獣になりきれなかった“下級瘴魔”。

 あとは、それを統率する者として、イクトのように人間が瘴魔の力に適応した統率者的な存在、“瘴魔神将”……と、これが瘴魔の大体の分類だね。



 で、コイツら……さっき「オレ達の地元の世界で」と言った通り、本来ならクラナガンで、というかミッドチルダで自然発生するような存在じゃない。

 あの“JS事件”の中、最高評議会のヤツらが瘴魔の力に目をつけて、昔オレ達が倒した瘴魔神将のひとりを蘇生、自分達の部下として利用しようとしたために、瘴魔という存在がこのミッドチルダに持ち込まれてしまったのだ。

 おかげで連中を倒した後も、こうして瘴魔の自然発生、なんて事態が起きてしまっているワケで。こーゆーのも外来種汚染って言うのかね?



 ともかく、その瘴魔の中でも下っ端中の下っ端、下級瘴魔と思われる目撃情報が、最近増えてきているらしい。

 そこで、方向音痴で外回りの調査ではまるで役に立たないイクトに代わって、オレが調査に出ることになったワケだ。











「……ってなワケで、今日の昼から、数日かけて実態調査だ。
 一応、はやてが隊長格の誰かを補佐でつけてくれるらしいんだけど……」

「へー……」



 オレの説明に、ロードナックル(シロ)が絶対よくわかってなさそうな感じで返事して――その時だった。



「ジュンイチさん」

「あん………………?」



 聞こえてきたのはよく知っている――けど、今は六課にいないはずの相手の声だ。不思議に思いながら振り向いて、尋ねる。



「どーしたよ、ギンガ?
 お前が六課まで顔出してくるなんて」

「えっと……実は、ジュンイチさんにお願いがあって……」



 そう。やってきたのはマックスフリゲートでナンバーズの更生プログラムに携わっているはずのギンガだ。

 オレに反応してもらえたのがうれしかったのか、笑顔で駆け寄ってくる……うん、子犬だったら絶対尻尾とか振ってるね。



「振ってませんっ!」



 まぁいいや。で? 何の用さ?



「いや、だからお願いが……」

「その内容を聞いてるんだよ。
 仕事の依頼か? 悪いけど、昼から予定が入ってるから……」

「あぁ、それまでにはなんとかなりますから」



 そう答えると、ギンガは真剣な表情で告げた。



「ジュンイチさん……」























「なぎくんに、仕事を引き受けさせてほしいんです」























 ………………はい?











 ギンガの言葉に思わず首をかしげて――今回のお話の本番は、それから数日経ってから始まるのです、まる。

 

 


 

第17話

話してわかることがある。
一日一緒にいても、見てるだけじゃわからないこともある

 


 

 

 ……帰りたい。





 正直に言おう。帰りたいです。ていうか、もう引きこもりたいです。自宅警備員になりたいです。





 僕の今の気分は最悪。天気予報で言うなら、こないだのジュンイチさんとフェイトの如く大嵐だ。あー、ドタキャンしたい。





 さて、そんな気持ちを抱えつつ僕は、首都クラナガンにある、待ち合わせでよく使われる広場にいた。





 時刻は、もうすぐ午後6時になろうかという時間。さすがに日が沈みかけて、少し辺りが薄暗い。

 だけど、街の街頭とイルミネーションが辺りを彩り、明るくさせている。ここだけ昼みたいなノリだ。



 ……ここには、ひとつの逸話がある。それは、新暦が始まって間もなく、首都の治安が今のようによくなかった頃の話。

 はぐれた主人をこの場所で、一途にずっと待ち続けていた一匹のフェレットがいたそうだ。



 ここまで言えばもうおわかりかと思うけど、そのフェレットと、主人が待ち合わせ場所として決めていた場所がここになる。



 だからね、あるのよ。広場のど真ん中に、実寸の何倍の大きさだって言いたくなるようなフェレットの石像が。



 なお、この話は、ミッドでは絵本やら映画やらアニメやらにもなっているほど有名な話で、ここに住む人間ならば知らない人はいないくらいだ。

 なんでも、ユーノ先生が変身魔法でフェレットに変化しようと思ったのは、子供の頃にこの話が好きだったからだとか……人に歴史ありだね。





 そういうワケで、この場所は首都ではかなり有名な合流スポットとなっている。で、僕が何のためにここにいるかというと……










「ごめん、待たせちゃったわね」










 ……どうやら、待ち人が来たようである。



 僕を呼ぶのは、オレンジ色の髪をしたひとりの女性。今日は……いつもツインテールな髪をストレートに下ろしている。





 そう、ティアナだ。僕はティアナと待ち合わせしていたのだ。





 ……なぜ、僕とティアナが、こんな場所で待ち合わせをすることになったのか。疑問に思う方々もいるだろう。

 それは……冒頭、ジュンイチさんがギンガさんの珍妙な依頼に首をかしげていた、あのシーンの少し後まで時間を巻き戻さなければならない。



 と、ゆーワケで回想シーン、いってみよーっ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………えっと……」



 うん。目の前の状況がわからない。ほんっとーにわからない。



 わからないので……事情を知ってそうな人に聞いてみる。



「あの……ジュンイチさん。
 どうしてギンガさんがほどよく焦げてるワケ? 具体的にはジュンイチさんの“ギガフレア三連”のツッコミバージョンを喰らった後みたいな感じで」

「自分でやりゃいいものを、オレに押しつけようとしたからだ」



 …………うん。やっぱりわからない。

 まぁ、気にしないでおこう。きっとそれが、みんな幸せでいられる一番の方法だと思うから。



 この場には、僕とジュンイチさんとギンガさん。そしてフェイトやティアナもいる。

 なんでも、僕に頼みたいことがあるとかで……フェイトやティアナはなんでいるんだろ?



「なんでも、ギンガが声をかけたらしいけど……
 で? 肝心の、恭文への依頼ってのは何なんだよ?」

「あぁ、はい」



 えっと……つまり、ギンガさんがここにいるのは、僕に依頼があって来た、ってこと?

 で、どういうワケか直接僕のところに来なくて、ジュンイチさんを間に置こうとした、ってことか……



 ……仲介頼もうとした時点で、イヤな予感がバリバリするんですけど。

 まぁ、そこは依頼の内容を聞いてからだね。





「実は首都でね、カップルを中心に狙っている強盗が出没しているんだけど……なかなか捕まえられなくて。
 見回りも強化してるんだけど、効果がないの」





 ……それならいーよ。





「ダメっ! というか、なぎくん。なんで私の方を見てくれな……え?」

「いや、だから、そういうことならいいよって答えたんだけど。
 つか、真っ直ぐに目を見据えて話してるじゃないのさ」

「ヤスフミ……どうしたのっ!? あの、ひょっとして具合悪いのかな? ……ティアっ! すぐにシャマル先生呼んで来てっ!」

「わ、わかりましたっ! アンタ、気をしっかりもちなさい? 大丈夫、すぐによくなるからっ!」

「………………………………………………………………クレイモア撃っていいかな?」

《まぁ、当然ですよね》

「元々お前がゴネること前提だったっぽいしなー……」





 さて、この後皆が落ち着くのに、数分かかった。

 つーか、どうしてみんなそうなるのさ。やっぱり僕がゴネるとか思ってたワケですか。





「あ、あのね……なぎくん、お願いだから、ちゃんと話を聞いてくれないかな」

「いや、聞いてるじゃないのさ。それでいいって言ってるんだけど」

「ヤスフミ、ちゃんとした話なんだから、最後まで聞いて。というか、ギンガがどうしてほしいのか、ヤスフミわかってるの?」

「え、わかってて言ってるんだけど」

「えぇっ!?」



 なんで驚くのさ……とにかく、話はわかったのである。



「よーするに、その犯人を僕が捕まえろってことでしょ。
 そういうことならいいよ、やってやろうじゃないのさ。つか、もっとややこしい依頼かもと思って身がまえた自分がバカみたいじゃないの。
 フフフ……あの魔法とかこの魔法とかの実験体にしてやる」



 そうして、僕は席を立ち上がって外に出ようとした。だって、引き受けるって決めたから……なぜだかギンガさんに手をつかまれたけど。



「お願い、話は最後まで聞いてくれないかなっ!?」

「いや、聞いたでしょっ!? なんの問題があるとっ!」

《というか、何が信じられないんですか何が》

「うんとね、なんていうか、不埒な発言するし……そこはいいよ。
 とにかく、詳しい状況を最後まで説明するからちゃんと聞いてっ!」



 ……ということらしいので、聞くことにしたワケですよ。



「とにかく、さっき話したような感じで、パトロール強化をしても、根本的な解決にはならない。
 だから、なぎくんが女の子と私服で夜の街をうろついていれば、強盗の方から来ると思うの」



 そこを一網打尽。ようするに囮捜査というワケですか。うん、まったく予想通りだよね。なので……



「その程度でいいなら引き受けましょ。
 まぁ、実験体はいいとしようじゃないのさ。さーて、がんばるかな〜」



 いやぁ、これでようやくって……フェイト、お願いだから手をそんなに強く握らないで。どんな愛情表現なのさ。



「ヤスフミ、お願い……お願いだから、ちゃんと私達の話を聞いて」

「いや、聞いたじゃないのさ。そしてOKって言ったのに、どうしてこうなるのっ!?」

「必要あるよっ! あの、ヤスフミ……どうしちゃったの? あの、私達が何かしたなら謝るからっ!」

「……あの、僕をなんだと思ってますかあなた方。
 だってこれ、部隊の命令なんでしょ? 仮にも所属してる僕が従わないでどうするのさ」



 ……あれ、なんでみんなそんなに苦い顔するのさ。ジュンイチさんまで。

 イヤだなぁ、僕なんか間違ったこと言ってる? お願いだからそんな残念そうな目で僕を見ないでよ。まるで僕が悪いみたいじゃないのさ。



「確かに……そう言われると、間違ってはないと思うんだけど……」

「あの、私もフェイトさんも、そんなに素直に引き受けてくれるとは思わなくて……」

「何が不満なのさ一体……」

「常日頃からオレと一緒に局関係のアレコレぶっちぎってるからだろ。
 つか、今の依頼の内容じゃ、お前が断ると思ってもムリないわ。どうりでオレを間に立てようとするはずだ」



 まったく……一応はやてやみんなの力になると言ってここにいる以上、引き受けないワケにはいかないって話なのに。

 ……まぁ、不満はありますよ? 結構イラってくるのが。

 でもまぁ、これも仕事……というか、もっと上のレベルで仕事できるようになるための勉強と思えば、まぁいいのではないかと。



「あ でもね。はやての許可をもらって、嘱託としての正式な依頼で処理するから、報酬なんかもできうる限りのこともさせてもらうし……」

「いいよそんなの。ただでさえここの部隊は、いろいろ言われる材料あるのに、そんなことして足引っ張りたくないし。
 …………あぁ、ひとつだけ報酬ほしいな」

「何かな?」



 僕は、指を一本立てて、フェイトとギンガさんに宣言した。



「美味しいケーキ、おごってね。それでいいよ」

「……なぎくん、本当にいいの?」

「イヤな思いさせるから、ちゃんと報酬で見返りを出すようにしていくよ? 準備もしっかりしてるし……」

「そうだな。こればっかりはオレもフェイトに同感だ。
 お前、これについてはもっとワガママ言う権利あるぞ?」

「……あの、フェイトさん。いや、ギンガさんもなんですけど、どうしてそこまでコイツに気を使ってるんですか?
 しかもジュンイチさんまで一緒になって……」

「……なぎくん、絶対に引き受けてくれないと思ってたの。なぎくんは、自分の体型にコンプレックスがあるから」



 あー、一応説明しておくと、僕は自分の身体というのが……好きじゃない。ぶっちゃけると嫌いだ。

 身長も低い。顔立ちや体型は女性的。声だって、言うなれば少年……というか、女の子と言ってもいい。エリオよりも高いしね。



 その僕が女の子と歩けば……どうなるだろうか?

 まぁ、この場合は、担当捜査官のギンガさんなり、六課の捜査担当であるフェイトだろうけどさ。とにかく、強盗から見れば絶好のカモと見えるだろう。

 はっきり言って、鍛えに鍛えていて、ガタイのいい人達の多い108部隊の男どもの誰かといるよりは、狙われやすいと思う。

 ギンガさんが僕に頼もうとしたのも、それが大きいだろう。ただ、やっぱり好きになれない。





 普通にしている分には、弱そうに見えるし、まったく男としては見られない。

 そんな自分の身体があまり好きではないから。昔のケガの代価と言えなくもない成長しない身体はけっこう、辛い。

 それに……もし身長があれば、目の前にいる人も、僕を弟としてではなく、男として見てくれるのかなと、考えたりするのだ。





 とはいえ……だよなぁ……







「ギンガさん」

「あ、うん」

「そこまで僕が素直に引き受けるのが信じられないって言うなら、ひとつだけゴネてやろうじゃないのさ。
 ……確認させて。どーして僕に依頼しようとしたの?
 適任と言っても、他の人員が、全部ダメなワケじゃないでしょ。僕が小さくて狙われやすい……言っちゃえば、確率論の話になるだけなんだから」

「どうして……か。そんなの、理由はひとつだけだよ」

「というと?」

「……友達として、一緒に仕事して……なぎくんの仕事ぶりは知ってる。なぎくんだったら、なんとかしてくれるかなって、そう思ったの」



 真っ直ぐに僕を見て、そう口にするのはギンガさん。瞳に、嘘偽りの色はない。本当にそう思ってくれているのが、伝わった。

 まぁ、このおねーさんウソつけるタイプじゃないしね。



「……なるほど。つまり、ギンガさんとしては、僕に頼みたいのは局員としてじゃない?」

「そうだね。友達として、頼りたいっていうのがあった。というか、今まで依頼したのだって、全部そうだったよ?
 なぎくんがいると、安心できるもの……暴走するのはやめてほしいけどね」



 微笑みながらギンガさんがそう言ってきた。最後だけ余計だね。うん。

 ふむ、なるほどね。そうすると……やっぱりか。

 まぁ、本心を言えば、僕は今回の一件はできうることなら引き受けたくない。体型のこと持ち出されたのはやっぱりイヤだから。





「でも、3年来の友達が、僕を信頼してくれた上での頼みじゃ……引き受けないワケにもいかないでしょ」

《ま、それもそうですね。というかマスター、完全に局員権限で押しつけようとしたら、断ってたでしょ?》

「そんなの当たり前じゃん。でも、そういうワケじゃなさそうだしね」

「あの、なぎくん。それってつまり……」

「だーかーらっ! 何回言わせるっ!? 引き受けるって言ってるのっ!
 ……ただし、礼はしてもらうから。報酬はさっき言った通り。OK?」

《さすがマスターです。素晴らしいドSツンデレですね》



 ……アルト、それ違わない? つか、ドSツンデレってどんだけピンポイントなのさ。







「…………つかさ、ギンガ」







 ………………あれ? ジュンイチさん、なんか空気重くなってない?







「ん? どうしたんですか? ジュンイチさん」

「お前の今の話からすると……オレの、仕事は、信用できないと?」

「そ、そんなこと言ってませんよぉっ!」



 ぐわしっ! と頭をつかまれ、万力もかくやというバカ力で締め上げられる――ジュンイチさんにジト目で詰め寄られて、ギンガさんは涙目で弁明する。

 けど……まぁ、仕方ないよね。ジュンイチさんにとっては、目の前で僕に仕事をかっさらわれてるワケだし。



「ただ、今回はなぎくんの方が適任じゃないですか。
 ジュンイチさんだって、そこはそう思うでしょう?」

「………………まぁ、恭文がイヤがるってことを除けば、適任だとは思うけどさぁ……」



 ジュンイチさん、よーくわかってるじゃないですか。こう、鉄輝一閃からクレイモアにつなげたくなるくらいに。





 ……まぁ、いいか。とりあえず依頼は受ける方向で。

 あぁ、楽しいなぁ〜。久々の実戦だし、暴れないと損だよね……よし、アレとかコレとかの実験台になってもらおう。





「アンタ何するつもりっ!? つか結局実験にいきついてるしっ!」

「あの、ヤスフミ。さすがにそれは困るよ。お願いだからもっとちゃんと……」

「冗談だって。はやてに迷惑かけるようなマネはしたくないし……ただし、相手の出方によるよ?
 こっちの攻撃行動まで制限するつもりなら、僕は絶対に引き受けないから」



 これだけは譲れない。

 ……鉄火場で、手段を制限されて、なんにもできずに傷つくなど、僕はイヤなのだ。痛いの、嫌いだし。



「そこはオレも同感だ。
 相手が手を出してきても、それが思った以上の強敵だったとしても、それでも手段を選べっつーのはナシだろ。フツーに考えてさ」

「でしょ? ジュンイチさんもそう思うよね?
 と、ゆーワケだから……二人とも、それでいい?」



 僕の言葉に、フェイトもギンガさんも、どこか安心したような顔で……うなずいた。



「とにかく……ありがとうなぎくん。それにティアも、すごく助かる」

「別に。報酬が目当てだ……え?」

「あの、ギンガさん、待ってください。今……なんていいました?」



 えっと、すっごく気になる発言が聞こえたんだけど……いや、気のせいじゃないよね。これ。



「実は……あのね、囮捜査はなぎくんとティアにしてもらおうと思って」

『はぁぁぁぁぁぁっ!?』










 とりあえず……話を聞いてみるとこういうことだった。

 さっきギンガさんが言ってた「パトロールしても意味がない」というセリフ……あれは、実際にパトロールしてみて、それでもダメだったから出てきたセリフだったと。

 つまり、相手はこっちのパトロールを察して上手くやり過ごして犯行を重ねていた……となると、パトロールに参加していたギンガさんは、相手に顔が割れている可能性がある。

 そして、それは管理局の若手エースとして名を馳せているフェイトも同様……僕に依頼が来たのは、そういう側面もあったらしい。

 で、僕に協力してもらうのは決定として、自分達以外に僕の相手役にちょうどいい相手がいるかと考えて……ティアナならいいのではないかと思ったそうだ。いや、どうしてっ!?





「ティアなら、背丈とかも考えると、丁度いいと思うし。ほら、キスとかしてもヤスフミが背伸びしなくていいし……」

「お付き合いでも両思いな関係でもないのにするかボケっ! そして背伸びするのは僕かっ!?」

「でも、あのね。よく考えたら、私くらいだと、なぎくんとは身長差で恋人っていうよりは姉弟って感じになっちゃうんだよ……
 ジュンイチさんに頼めれば私が恋人役でも身長的にちょうどいいんだけど、さっきも言ったように私は顔を知られてるかもしれないし……
 もしジュンイチさんとできれば、それが最上だったんだけど。キスしようとして、背伸びしてこう……はぁ〜」

「ギンガさん、そこで凹まないでくださいっ! というか、あたしとコイツはそんなことしませんからっ!」

「そうだよっ! お願いだからキスすることを前提で話を進めるなっ! つか、頼まれても絶対やらないからねそんなのっ!
 理由はさっき言った通りっ!
 あー、引き受けなきゃよかった。やっぱ帰っていい? つか、キャンセルで」

「それはないだろ、恭文。依頼を受けたからにはきっちりやらなきゃ。
 どーせ、フェイトかギンガが相手をするとでも思ってたんだろ? 事前にその辺きっちり確認しなかったお前が悪いぞ」

「アンタさっきからどっちの味方だっ!?」

「オレの味方に決まってるだろっ!」

「あぁ、そう言うだろうと思ってたさっ!」

「ダメだよヤスフミっ! あの、大丈夫だよ? ティアとなら、お似合いだと思うよ。というか、恋人に見えるよっ!
 並んでると、すごくお似合いで、応援したくな……あれ? ヤスフミなんで泣くのっ! あの、私、変な事言ったかなっ!?」

「もう、イヤだ……今日はやっぱり厄日だ。殊勝な心がけなんかしなければよかったぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「……何なのよ、これ」










 ……とにかく、そこから話は実に早く進んでいった。

 実行日時とパトロールコースなどを打ち合わせしてから、迎えの車に乗って帰って行ったギンガさんを見送って、その日は僕も帰路についた。

 こうして、僕とティアナのデートを模した強盗ホイホイな囮捜査は、決行されることになったのだ。











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………はい、回想終わり。





 ティアナがこちらへ走ってきた。で、それをなんともいえない心地で見ている。そんな状況。



「ティアナ、別に走ってこなくてもいいのに……待ち合わせの時間までまだ余裕あるよ?」



 具体的には15分くらいね。

 ちなみに僕は、今からさらに15分ほど前に来て、人の動きを見ながらぼーっとしていた。

 あのね、すごく気分が重かったの。さっきも言ったけど、帰りたいくらいに。

 ……フェイトとやりたいって提案したけど、断られたし。



 身長差なんて……身長差なんて。変身魔法使えばいいじゃないかよこのバカっ!(マテ)



 とにかく、覚悟を決めるために少しだけ、街の空気を吸いながらひとりでいたかったのだ。



 そうしていたら……決まる前にこの人来ました。



「アンタがもう来てるとは思わなかったのよ」

「リンディさんに『男の子は、待たせるんじゃなくて待つもの』って教わったし、これくらいは当然だよ」

「へぇ、意外とレディに気を使う教育受けてるのね。関心関心。
 ……あの、お願いだからもう少し楽しそうな顔してほしいんだけど」

「なるほど……整形しろってこと?」

「違うわよこのバカっ! ……そんなに気分ノらないの?」

「そういうワケじゃないよ。
 気分をノせようとしてたら、ノる前にティアナが来ちゃった、ってこと」

「わざわざノろうとしなきゃなんないワケ……?」



 気にしないでほしい。どーにもね、気が進まないのよ。

 あー、帰りたい。だけど……ねぇ、これも問題か。

 仕事どうこうって考えるからあれなんだ。うん、シャーリーの言うとおりに、普通に遊びに来たって考えれば……いいのかもしれない。

 いや、狙われる事前提な時点でおかしいけどさ。



「まぁ、素敵な彼女の前でこれってのもアウトだしね。こっからは勢い上げていきますか」

「そうしてくれると助かるかな。つまんなそうな顔されると、私も気分悪いし」





 さて、そんなことを言っているティアナを見ながら、今回の突発的なミッションの内容を反芻する。

 ギンガさんの話だと、強盗がよく出没する時間帯は、今くらいの時間帯から深夜11時にかけて。

 狙われているカップルも、それほど大人ではない。大体僕達と同い年くらいだ。

 要するに、終電はあきらめて、そのままご宿泊・ご休憩な所に入ってお泊りな関係ではない。



 健全な付き合い方をしている感じで、少し弱そうでちょっと脅せば簡単に言うことを聞いてくれるような組み合わせを狙っているということだ。

 ……なんていうかさ、三下の小物のやり口だね。



 こういう事件だと、胸糞の悪い話だけど女性が二次被害に遭う事も多い。

 今回の強盗事件では金品だけで、その手の事が起きてないのが救いだけど……だからってこのまま起きないとは限らない。

 ……しかたない。面倒事になって、胸糞悪くなる前に絶対に解決しよう。

 とにかくそんなワケで、僕も今回はちょぴっと弱そうな服装で来ている。とーぜん狙われるために。



 ちなみに、コーディネイトは、ギンガさんから話を聞いて今回のミッションについて知っている、はやてとシャーリーの二人にお願いした。

 ただ……いろいろゴタゴタしたのは、言うまでもないだろう。つか、あいつら、楽しんでやがったし。

 まぁ、それでも辛い僕の心情をフォローしてくれたのはありがたかった。



 とにかく、僕は黒のインナーに、薄手の白いパーカーを羽織り、ジーンズ生地のパンツ。スニーカーを履いている。

 そして……これははやての入れ知恵なんだけど、伊達で、フレームの細い眼鏡をかけている。(シャーリー印の特別品)

 なんていうか、弱そうっていうより秋○にいるオタクっぽい格好なんじゃないかとちょっと思う。

 ……あ、でも最近はそんなこともないのか。みんなかっこいい格好してたし。



 そして、今回の恋人役であるティアナの格好はというと……

 白のワンピースに、紺色の長袖で薄手な上着を羽織っている。髪型は、さっきも言ったけどストレートのロングヘアー。

 ……たぶんギンガさんだろうけど、いい仕事してるよ。いつもみたいなアクティブな服装じゃないのに、ぜんぜん違和感を感じない。それでいて普通に「カワイイ」と思えるくらいにティアナの魅力を引き出してる。





「それじゃあとっとと行きましょ」





 ギュッ!





「へっ! あの……ティアナっ!?」



 ティアナが、いきなり僕の左手をギュッと握ってきた。でも、ただ握るんじゃない。

 こう……五本の指と指をからめて簡単には離せないようにして……いわゆる、恋人つなぎっていうヤツで握っている。



「こうして手をつないで、一緒に街を歩いていれば、恋人同士に見えるわよ」

「いや、それはそうかもしれないけど……」

「どうしたの? 顔、真っ赤だけど」

「な、なんでもないっ! なんでもないからっ!」



 うん、なんでもないからっ! ……まさか、ティアナにこんなアプローチされてドキドキしてるなんて……言えないし。

 内心、動揺しまくっている僕を、ティアナはキョトンとした顔でこちらを見ている。

 動揺してないのかな? まぁ、こういうことする相手がいたとしても不思議はないか。

 ……なんか、ちょっとムカつく。先を越されたみたいな気がするから。



「それで、これからどうするの?」

「……アンタ、デートプランの構築は、男の子の役目よ?」

「まー、それもそうか……とりあえずは打ち合わせどおり、ウィンドウショッピングをしている感じで、繁華街の方を回りましょ」

「了解」



 そうして、僕達は広場から、首都の繁華街へと歩き始めた……当然、手は恋人つなぎで。







 …………うん、やっぱりドキドキする。



 いや、ホント、ティアナはこの状況平気なワケ!?





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……なんでよ。なんであたし、こんなにドキドキしてるの?



 表面上は平気な顔を装っているけど、身体の中がすごく熱い。いつ、コイツに悟られるんじゃないかってビクビクしてる。



 で、でも……八神部隊長とシャーリーさんから……これくらいしないとダメって言われたし。

 あたしも、実際そう思うし……ここでやめるワケにはいかないわよね。てか、成功って本当に何?





 コイツは……どうなのかな? 顔真っ赤にしてたし、やっぱり恥ずかしいのかな?

 あたしは……恥ずかしい。別に、コイツとこうしているのがイヤっていう意味じゃない。なんていうか、少し不思議な感じ。

 やっぱり、初めて……だからかな? こんな風に、男の子と……その……恋人みたいな手のつなぎ方するのは。



 …………そう、なんだ。そういえば、初めてなんだよね。



 マスターコンボイと一緒にいる時も、こういうつなぎ方、したことないし。







 ……………………何だろう。今、ものすごく何かが引っかかった気がするんだけど。











 ……うん。気のせいだ。そういうことにしておこう。





 …………気のせいったら気のせいなのよっ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「でやぁぁぁぁぁっ!」



 力強い咆哮と同時、振り下ろされるのは白銀の鉄槌――ヴィータのグラーフアイゼンの一撃を受けて、巨大なクモの化け物はあっけなく粉砕される。

 その身体を構成していた“力”が結合をほどかれ、霧散していく……このまま放置するとまた“力”を蓄えて強化復活しかねないので、オレが精霊力を放射して相殺していく。



「…………よし、終わり」

「悪いな、ジュンイチ。
 あたしの魔力量じゃ、ブッ倒すだけで浄化までできないからさ」

「そこはしょうがないさ。
 はやて達はもちろん、コイツらと同じ瘴魔力を使うイクトにも、この役目は任せられないからな」



 ヴィータに答えて、オレは軽く肩をすくめる……っと、ビクトリーレオから通信か。



『こちらビクトリーレオ。
 上空から確認した限り、発見された下級瘴魔はソイツで最後だ』

「そっか。
 じゃあ、ビクトリーレオもこっちに合流しろよ。一休みしようぜ」

『あぁ』



 ヴィータに答えて、ビクトリーレオが通信を終える……仲がいいことで何よりだ。



「まぁ、少なくともお前とフェイトよりは仲いいわな」

「それはそれは耳が痛い」

「ウソつけ」



 即答された。



「ったく……前々から思ってたけどさぁ、なんでお前、そんなに不器用なんだよ。
 あのシグナムを最初に口説き落とした男の生まれ変わりとは思えねぇぞ」

「るせー。アイツはアイツ、オレはオレだ」



 そう……アイツはオレじゃないし、オレもアイツじゃない。一緒にされても困るんだ。

 そして、それはシグナムやお前にも同じことが言える。あの頃のお前らは、まだ守護騎士でもなんでもなかったんだから。



「そのことは、お前ならよくわかってると思うんだがね」

「あたしだけかよ。シグナムは?」

「いや、わかってないだろ、アイツ。
 わかってないから、オレ達の“因縁”がわかった時、恭也さんや知佳さんとの仲が微妙になったんでしょうが」

「…………フォローのしようがねぇな、うちの将サマは……」

「だろ?」



 まぁ、そこはいい。

 今気にするべきはオレ達の前世じゃない。今この時の、この状況についてだ。



「………………?
 何かあるのか?」

「ヴィータ、お前……この数日オレにくっついて下級瘴魔を狩って回って、何も気づかなかったか?」

「何か……?
 ンなの、いきなり言われたってわかんねぇよ。
 とりあえず、数が多いなー、とは思ってたけど……」

「そこだ」



 そう。恭文がティアナとの擬装デートをすることになり、準備に追われていた数日間、オレは市街に発生していた下級瘴魔の調査とその“処理”を行なっていた。ヴィータとビクトリーレオはその補佐だ。もっとも、ヴィータはケガのリハビリという意味合いもあるんだけど。



 で……今ヴィータが叩いたので、今回の件でつぶした下級瘴魔はちょうど20体目だ。



「いくら何でも、数が多すぎる。
 自然発生にしては異常なくらいにな……」

「偶然とかなんじゃねぇのか?」

「何とも言えないな。
 こんだけたくさん生まれてるのに、質が落ちてるふうでもないし……」



 それに、気になっていることはまだある。



「それに、今まで叩いてきた下級瘴魔、みんなクモがベースだろ。
 他にもベースになる虫なんていくらでもいるはずなのに、それでもクモばっかり……」

「そういえば……」

「どっか、クモの多いところに“負”の思念の吹き溜まりができてる……とかなら、わからないでもないんだけどさ。
 とにかく、ビクトリーレオが戻ってきて、一息入れたら改めて調べてみようぜ」

「おぅよ」



 さて……この状況、果たしてどう転ぶかね……





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……手が熱い。心臓もバクバクいってる。ティアナには……伝わってるよね。手もつないでるワケだし。

 すずかさんや美由希さん。あと……フェイトと手をつないだりはしたことあるけど。でもですも……ドキドキしている。

 というか、傍から見て恋人同士に見えるように振る舞うってことは……それっぽい行動をしていくってことだよね?





 今さらだけど、ちょっとだけ後悔。いや、別にイヤってワケじゃなくて、なんというかその……恥ずかしい。





 そんな僕の心境は置いとくとして、僕達は首都クラナガンの繁華街の方へとやってきた。





 ギンガさんとの事前打ち合わせの中で、被害者の証言を見せてもらったのだけど、事件が発生する状況はまったく同じ。





 繁華街を歩いている時に、20代前半くらいの男連中5、6人にいきなり囲まれて、ナイフを突きつけられる。

 その後に裏路地へと連れ込まれて、男の方に殴る蹴るの暴行。

 そして、怯えきって抵抗の意思をなくしたカップルから金目の物を強奪して、バカにしたような笑いと共に立ち去る……という腐ったやり口である。



 そいつらだけでやってるってワケじゃなくて、8○3な方々とか、繁華街ではた迷惑な規模で吊るんで息巻いてる連中などがバックにいる可能性もある。



 だけど、それはシバキあげればすぐに吐くでしょ。というか、吐かせるし。

 そんなワケで、僕達はウィンドウショッピングなどをしながら、繁華街を歩いている。





 ちなみに、僕達が狙われなくても、他の人達が狙われる可能性もあるので、囮捜査と同時に、私服パトロールでもあったりするのだ。



「……真剣に見てるけど、欲しい服でもあるの?」



 ミッドではそこそこ有名な服のブランドのお店の前のショーウィンドウを見ているティアナにツッコむ。

 食い入るように見てたなぁ。僕は、それを横目で見つつ、それらしいヤツがいないかどうかをチェックしていた。



「そういうワケじゃないんだけど……いいなぁって思って」

「……あの服?」



 その言葉にティアナがうなずく。

 ティアナが見ていたのは、フリルの付いた、青いワンピース。

 これがはやて辺りだったら『相手いないでしょうが』とか言うとこなんだけど、今日は一応デートの振り。ちょっとは気遣っていかなきゃダメでしょ。



「ティアナなら似合うんじゃないの?」

「……そう思う?」

「うん。こう、今みたいに髪を下ろして、上に何か羽織ったりすれば十分」

「そっか、ありがとね」

「別に礼を言われるようなこと、言ってないけどなぁ……でも、ちょっと意外だった」

「何が?」

「いや、ティアナが、そういう可愛らしい感じの服が好みだったんだなって」



 えー、こういう不用意な会話だけはみなさん絶対にしてはいけません。

 なぜって? 両手を頬に添えられて……思いっきり引っ張られるからですよ。

 あー、頬が痛い。加減しないんだもの。つか、普段の服装ガチでアクティブ系でしょうが! あのイメージから言っただけなのに、なんでこれっ!?



「アンタが悪いからでしょ? 女の子はね、みんな可愛いのが好きなのよ。あたしとの今後のために、覚えておきなさい。いいわね?」

「……はい」

「なら、よろしい。ほら、次行くわよ。この際だから、いろいろ見ておかなきゃ」



 そうして、また手をつないで歩き出す。なんというか、ちょこっと大丈夫になってきた。



「……でも、残念だね」

「何がよ?」

「ほら、都合が合えば、お店の中に入って試着とかできたのに」



 店の中にいたら襲われないしなぁ……いや、こういうこと言う時点でいろいろおかしいけどさ。



「ま、仕方ないでしょ。今度の休みにでも来るわよ」

「なら、僕もまた付き合おうかな。というか、プレゼントするよ」

「……いいわよ別に。まぁ、誕生日にでもおねだりさせてもらおうかな。それまで、貯金してなさいよ? 奮発してもらうから」

「りょーかい。お手柔らかにね」

「さーて、それはどうかしらね?」



 まぁ、恋人同士という設定なので。そして、そんな話をしながら、また繁華街を歩き出した。

 すると、クレープ屋を見つけたので、僕の提案で食べる事にした。

 だって、ずっと繁華街歩きっぱなしなんて行動を誰かに注目されたら、私服パトロールだって気づかれる可能性があるし。

 店の中には入れないけど、多少は緩急つけとかないとダメでしょ。



 ちょうど、その店の周りに椅子が置いてあったので、そこに腰を落ち着けて、周囲の様子に気を配りつつ、間食タイムとなった。



「……おいひー♪」

「ホントね。これは……レベル高いわ」



 クレープの味に、僕もティアナもご満悦だった。

 僕は、イチゴと生クリームたっぷりのものを。ティアナは、季節限定の栗とマロンクリームたっぷりのものを。

 いや、このクレープ屋さんは当たりだよ。仕事じゃなければ全メニュー制覇したい気分だ。



 生地はもっちりとしてて噛む度に心地のいい感触が口の中に広がる。

 イチゴや、生クリームも同様に素晴らしい。仕事の疲れも吹き飛ぶ甘さが素晴らしい。でも、しつこかったりはしない本当に程よい甘さ。

 それを、一緒に売っていたお茶と一緒にいただく。少しだけ冷たくなった風が肌寒い。だけど……なんだか心は温かい。



「……口元にクリームついてるわよ?」



 そう言われて、指でクリームを拭こうとする。でも、それはムリだった。



「これで取れたわよ」



 ティアナに、机に置いてあったティッシュで拭いてもらったからだ……ありがと。



「はい、どういたしまして」

「うむぅ……ティアナはこういうのないよね」

「何が?」

「口元に何かついてるーとかさ」



 見た記憶がない。そういうスキというか、ドジなところというか……なにげにシャーリーと同じで完璧超人?



「そんな、完璧超人なんかじゃないわよ? 普通にドジだってするし、スキだってあると思うけど」

「いや、見てるとそんなにないから」



 パートナーのスバルはスキだらけなんだよなぁ。というか、ツッコむ要素満載? 主に思考なんだけど、どうしてこうも違うのか……



「どうしたのよ?」

「ん? いや、ティアナのスキがないかなと観察してたの」

「もう、そんな簡単には出さないわよ」

「……ほら、出さないようにしてるんじゃないのよ。そういうのを完璧超人って言うんだよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」



 二人でクレープを食べながら、そんな会話をしてると……なんでだろ? 後ろから気配が……



 試しに、なんの脈絡もなく、気配のする方をバッと見てみる……何もない。



「どうしたの?」

「あ、なんでもないない。ちょっと視線を感じたんだけど、気のせいだったみたい」



 真剣な顔で聞いてきたので、手を振りながら答える。

 もう一度気配を探ってみるけど……やっぱり感じない。



 犯人に目をつけられたのかな? それならそれでOKだけど、別口って可能性もある。一応、警戒だけはしとくか。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 うわ、危なかったー! 恭文、いきなり振り向いてくるんだもん。ビックリしちゃったよ。

 でも……あのクレープおいしそうだなぁ。マスターコンボイさん、後で食べに行こうか?



「知るか。
 というか……オレは今、この状況に対する説明を求めたい気持ちでいっぱいだよ。もちろんお前に、だが」



 えー? だって気になるもん。マスターコンボイさんだってそうでしょ?



 そう、あたしは、恭文とティアのデートを尾行中だった。だって、ティアがやたらめかし込んで出て行ったのが気になったんだもの。

 ちなみに……服装は、尾行していますーっていうそれっぽい服装になっている。ほら、コートにサングラスと帽子、っていうような感じの。

 で、一緒に来た、というかあたしが連れてきたマスターコンボイさんもヒューマンフォームで同じような感じ。



 でも、恭文とティア。お忍びデートって感じの格好だね。



 恭文は眼鏡かけてるし、ティアは髪を下ろして……おぉ、ストレートヘアーだね。『いつもと違う私を見て?』ってことなのかな?



 まぁ……ティアにそういう相手ができたのは、訓練校時代からの公認カップルとしてはちょっと寂しいけど。というか、二人ともひどいよっ!

 そういう関係なのに、あたしに内緒にしてるなんてさ。なんか疎外感感じちゃうなー。



「間違いなく、お前に知られたら話がややこしくなると考えたからだろうな」

「そんなことないよ。ちゃんと二人のことを祝福するのに」

「間違いなく、その“祝福”とやらが行き過ぎるから問題なんだろうが、貴様の場合……」



 もう、失礼しちゃうな。そんなことしないのに。



 とにかく、あたしは、ゆっくりと二人の跡を追跡した。

 ……本当に気をつけよう。恭文、妙にカンがいい時あるし、アルトアイゼンもいるし、気を抜いたらすぐに気づかれそうだよ。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………まったく、この相棒にも困ったものだ。



 スバルに引きずられる形で街まで来て、そのまま恭文とティアナ・ランスターの尾行に付き合わされているワケだが……うん。本当に困ったものだ。



 オレはオレで予定があったんだが……部屋で株の動向をチェックするという大事な予定が。



 しかし、それを言ったところで目の前の相棒が言うことを聞いてくれるとは思わない。ため息をつき、オレは先ほどコンビニで仕入れてきたあんパンをひとつ、ビニールの買い物袋の中から取り出すと包装を破いてかじりつく。





 しかし……あの二人、本当にそういう関係だったのか……?



 オレには、イマイチその辺りがよくわからないのだが。



「きっとそうだよ!
 マスターコンボイさんはわかってないなー」



 そう言うスバルも、わかっているようには見えないんだが。





 まぁ……スバルの「オレがわかってない」という指摘があながち的外れではないという自覚も、一応あるにはある。



 なにせ、オレには恋愛とやらの経験がまったくないからな……戦場育ちで、そういうことに意識を向ける余裕すらない生活だったせいでもあるんだが。



 おかげで、恭文がティアナ・ランスターと“そういう間柄”だと言われても……























 ………………得体の知れない不快感を感じるだけなんだが。























「へぇ……そうなんだ」



 おい、スバル。何だそのニヤニヤ笑いは。

 こっちは自分でもなんで不愉快なのかわからんのだ。ツッコみようがないだろうが。











 ………………ん?











「マスターコンボイさん?」

「スバル……近くに局員はいるか? もしくは詰め所」

「うん……となりのブロックに入ってすぐのところに派出所が」



「呼んでこい」



 端的にスバルに告げて、オレは意識をそちらに戻した。



 恭文とティアナ・ランスターではなく――











 すぐそばをうろついている、不愉快な気配の持ち主達へと。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 とりあえず、妙な追跡者の気配は感じない……やっぱ気のせいだったのかな?

 クレープを美味しく食べた後は、また手をつないで、くだらないことを話しながら繁華街をぶらぶらウィンドウショッピング。

 と言っても、僕達が管理局の人間だと気づかれそうな話題は避けている。

 事前にそういう取り決めをしていたからだけど、犯人達の耳に入って、気づかれる可能性もあるし。



 さっきから、またもやアルトが黙っているのが気になっている方もいると思うけど、それが理由である。

 ……管理局所属どうかはともかく、魔導師ってバレたら絶対に警戒されるし。まぁ、ちょっと楽しくなってきたね。

 そりゃあ僕だってお年頃。女の子と二人で出かけるっていうシュチュエーションは……今までもあった。











 すずかさんに休日にムリやリひっぱり出されて、ジャンクショップ回りに付き合ったり。

 ……10数キロって荷物を持たされて長時間歩いた時は、本気で暴れたくなったなぁ。いや、途中から肉体強化の魔法使ったけど。



 美由希さんの服の買い物に付き合わされたり。

 ……下着売り場に手を引かれて突撃させられそうになったのは、本気で抵抗したなぁ。ムダだったけど。

 しかも店員に女の子と間違われて、あやうく試着させられそうになったし。



 はやての……やめよう。あれは思い出すと頭が痛くなる。

 大晦日なのに、熱気ムンムンで人がゴミゴミしてて辛かったし。

 というか、12歳の男の子にあんな物買わせるなよ。そりゃあ八神家の自宅に帰りついた後に、はやての部屋で回し読みしたけど。











 でも。今ティアナといる時間は……それらとはちょっと違う。

 本格的にデートっぽい感じだからだろうなぁ。なのは達と出かけると、どうしてもギャグ臭が……

 あ、フェイトと出かける時とちょっと近いのかも知れない。こう、本当にデートしてる感じ。



 そう思った次の瞬間。それはやってきた。











 背中に、冷たい刃の感触。僕らを取り囲む、害意を持った気配……お客さんか。











“来たわよ”

“わかってる……こうも簡単に釣られてくれるとはね。間抜けを釣るのに餌はいらないってヤツ?”



 僕達二人を取り囲む六人の男。

 服装だけを見るなら、ちょっと素行の悪い若者といった感じのラフでパンクな若者だ。

 冷たい切っ先の感触が、少しだけ強くなる……恐らく、ティアナも同じ。



「死にたくなかったら、来い」



 耳元で聞こえた、不愉快な音程のしゃがれた声。

 明らかにこの状況を楽しんでいる。恐らく、僕に抵抗をされて、黙らせるために刺すことになったとしても、その心境は変わらないだろう。



 ……ヌルイね。ま、この場は抑えててあげるけど。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………ふむ。



 懸念はズバリ的中。恭文とティアナ・ランスターは、いかにも不良、といったいでたちの怪しい連中に連行されるかのように、路地裏へと消えていった。

 スバルを他所にやっておいて正解だな。アレを見たら真っ向から突撃しかねないからな、あの暴走特急娘は。



 しかし……恭文達はなぜ抵抗しない……?

 アイツらなら、あの程度、制圧するのはワケないはずなのに……何か事情でもあるのか?





 まぁ、そこはいい。

 どの道、見てしまった以上は首を突っ込まないワケにはいかないだろう。オレの“友達”がからんでいる以上は、な。





 しかし……もし恭文とティアナ・ランスターの外出がスバルの読み通りだとすれば、オレがこのまま出ていっても気まずいだけか……

 やはり、正体は隠しておくのが無難というものか。





 何かないか? 何か、正体を隠せるものは……

 とりあえず周囲を見回して――オレは気づいた。



 自分が手にしていた、ロー○ンの買い物袋の存在に。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 僕らが連れ込まれたのは、行き止まりになっている路地裏。と言っても、道幅は結構広い。車一台分くらいなら入れそうだ。

 普通なら、数も多いし、相手は凶器持ち。絶体絶命な状況。もちろん、普通なら……



「ずいぶん楽しそうじゃねぇか坊主。こんなキレイな彼女を連れて歩いてよ?」



 僕達……というより、ティアナを品定めするような目でこちらを見ている悪党その1。

 顔だけ振り向きながらその様子を見ていると、他の連中も下種な笑いを浮かべている。

 いや、よかったねティアナ。キレイだそうだよ?



「つーワケで、お前にはもったいないからよ」



 どういう意味だ。



「このねーちゃんはオレ達で遊んでやるよ」

「だなっ! 姉ちゃん、オレ達と楽しいこと、しようぜ〜?」

「大丈夫大丈夫、オレ達、すっげー優しいからっ! ひゃははははっ!」



 ……要するに、ティアナで『自分達だけが楽しいこと』をしようとしているワケだ。ちょうどいいタイミングだったのかな?

 強盗だけで終わらせるのに飽きて、行動内容のエスカレート。よくある話だわ。まったく、不覚にも関わってよかったとか思ったじゃないのさ。



 そんなことを思って、悪党その2・3・4の話に耳をかたむける。



「おいおい、そんなことしちゃったら、オレ達犯罪者だぜ?」

「いいじゃねぇか、どっちみち、強盗したりしてるし……犯罪者なんだしさっ!」



 僕達に対して、ナイフを突きつけてきている悪党その5・6が、耳障りな言葉を並べると、その他のヤツらも、それに乗るように楽しそうに笑う。



「ひょっとして、カップルばかり狙っている強盗って……い、イヤだ……助けて……」



 少し、怯え気味な色をつけくわえて、僕はそう聞いてみる。確認は大事ですよ。間違ってたらアウトだし。

 そしてティアナ、ちょっと笑いそうになるなっ!



 とにかく、返事は後ろにいる悪党その5、その6から返ってきた。



「そうだよ……くくく、楽しいぜぇ、幸せそうにしている、お前らみたいな連中をこういうとこに引きづりこんで、じっくりといたぶるんだよ」

「そうすると、女の方とかが、涙目で『もうやめてください!』とかいいやがるんだよっ! 
 それが楽しくて楽しくて……やめられねぇよなぁっ!」



 …………うん。報告にあった通りのバカで助かるよ。



 おかげでこっちとしても遠慮なくぶちのめせる。と、ゆーワケで……





















「話は、聞かせてもらったぞ」





















 ………………へ?





 突然の声は僕らのものでも悪党どものものでもない。しかもビルの谷間に反響して出所もわからない。僕らだけじゃなくて、悪党どもも突然の乱入者の姿を探して辺りをしきりに見回している。



 けど……この声、なんか聞き覚えのある声なんだけど。



 そんな僕らの元に、再び声が響く――





「理もなき力におぼれ、力なき者をいたぶるその所業。
 この目でしかと、見届けさせてもらったぞ!」





「おい、あそこだ!」



 最初に気づいたのは悪党その3。ヤツの指さした先に、ソイツはいた。











 ………………あのー、その右手に握る大剣に、ものすごく見覚えがあるんだけど。











 けど……それ以上に度肝を抜いたのは、ソイツの顔を覆う、覆面と思われる……











「たとえ法の目を逃れようとも――」











「この仮面ライダーロ○ソンが逃がしはしない!」











 目のある辺りに穴を開けた、ローソ○の買い物袋。





 ………………何してんの、マスターコンボイぃぃぃぃぃっ!?







「てめぇ、何者だっ!?」



「今名乗っただろう! 仮面ライダー○ーソンと!」



 …………まぁ、何も知らない悪党どもにはインパクト大か。問いただす悪党その4に、仮面ライダーロー○ンことマスターコンボイは堂々とそう答える。

 つか……ノリノリだね。正体バレてないと思って開き直ってる?



「貴様らの悪行もここまでだっ!
 とうっ!」



 しかし、僕達のそんな困惑をよそに、マスターコンボイは跳躍。こちらに向けて跳び下り――ようとした瞬間、





「…………む?」





 マスターコンボイは現在ヒューマンフォーム。つまり人間の姿だ。

 当然、僕らと同じように服を着ている――具体的には下はジーンズ、上は半そでのシャツに袖なしのジャケットという、この時期に着るにはちょっと寒そうな格好。



 で……そのシャツの袖口が、すぐ脇を走っていたパイプの留め金、そのボルト部分に引っかかった。





「………………あ?」





 予定外の力が加わり、マスターコンボイの身体は空中でおかしな方向にかたむいて――





「…………ぶぎゃっ!?」





 左右の壁にあちこち、とりわけ頭を再三ぶつけまくりながら落下。しまいにはつぶれたカエルのような悲鳴と共に頭から地面に落下――いや、“墜落”した。











 ………………

 …………

 ……











 くっ、空気が……空気が痛いっ!



 地面に叩きつけられたマスターコンボイはピクリとも動かない……一転して気まずい雰囲気となったその場で、誰も、何も言えないし、何もできないでいる。





 だから……





「えいっ」





 そのスキを逃がさずに動く――僕は懐から一枚のカードを右手で取り出す。金属製の、さく○カードサイズの薄いカード。





 それを、片手で空へ放り投げるっ!





 これらの行動は、すべて一瞬の事。まるで、銃の早抜きのようなスピードで懐から取り出されたカードが、宙を舞う。





 次の瞬間、男達と僕とティアナ、あと目を回しているマスターコンボイがいた空間を、金色の雷撃が埋め尽くした。



















 ……その雷撃は一瞬だった。

 その場にいたすべての人間を打ち貫き、蹂躙し、踏みつける。そして、男達は倒れる。





 ま、復活されると厄介だしね。これくらいはさせてもらう。










 マスターコンボイが巻き込まれたけど………………うん、気つけ薬ということにしておこう。










「……で、ティアナ。大丈夫?」

「当然よ。つか、合図なしってどういうことよ?」

《私がクロスミラージュには合図を送っておきました。問題はありません》



 そう、僕達はあの雷撃の中、平然と立っていた。

 もちろん、ナイフを突きつけられていたので、その辺りの安全を、フィールド系魔法を使用して確保した上で。

 なぜこうなるのか? 簡単である。だって、事前に打ち合わせしてたし。



 ティアナとクロスミラージュには、今の電撃を完全に無効化できる、魔力フィールドの構築データを事前に渡してある。

 それを発動させれば……ノーダメというワケだ。当然、僕とアルトもね。

 いや、フェイトには感謝だよ。それができるように、あえて小さな穴を作る形で、魔法組んでくれたんだから。





「あぁ、一応言っておくね」





 僕はニッコリと笑い、ピクリとも動かない男達に言い放った。





「お前らじゃ、僕らから追いはぎなんか絶対ムリだから♪」

「……倒しておいてなに言ってるのよアンタ」

「気にしないで」



 軽く肩をすくめて答えると、僕はクルリと振り向いて、



「で、そっちは大丈夫ー?」



「も、問題ない……っ!」



 僕のかけた声に、気がついたマスターコンボイがムクリと起き上がる……すでに買い物袋は吹っ飛んでいて素顔はむき出しだ。



 そう。むき出しなんだけど……



「…………もう、危険はないようだな。
 私の出る幕がなかったのは何よりだ。では、さらばだ」





 ………………あのさ、マスターコンボイ。





「な、何のことかな?
 私は正義と平和を愛する戦士、仮面ライダー○ーソン――」



「すでに頭から吹っ飛んでるビニール袋のことを思い出せぇぇぇぇぇっ!」



 どうやらこの期に及んでまだ正体がバレてないと思っていたらしい。猫を被り続けるマスターコンボイの頭を、僕は素早く駆け寄って張り倒す。



「ば、バカな……オレの完璧な変装が見破られるなど!?」

「アレのどこが完璧な変装なのよ……」



 ティアナの言うことはまったくもって同感だ。顔を買い物袋で隠しただけだし、何よりオメガなんかセットアップしてたらバレバレだよ。



「そうか、しまった!」

「気づいてなかったんかいっ!」

《あーあ、ようやく気づいたのか、ボス?》

「オメガ、貴様まさか気づいていたのか!?
 ならばなぜ教えなかった!?」

《何言ってんのさ。
 バレバレの変装でバレてないと思っていい気になってるボスを見るのが楽しいのに、なんでその楽しみを捨てなくちゃならないのさ?》

「やかましいわっ、貴様っ!」

《さすがですね、オメガ。
 素晴らしいデバイスに育っているようで私は先輩として鼻が高いですよ》

「アルトは何を喜んでるのさっ!?」



 あー、なんかもーグダグダだよ。

 もうさっさとアイツらしょっぴいて帰らない?



「そうね。
 ………………って!?」

『《………………っ!?》』



 ティアナの上げた驚きの声で事態に気づいた――倒した悪党のひとりが、身を起こしてヨタヨタと逃げていく。

 おいおい、あの電撃くらってもう復活したっての?



 まぁ、あんなフラフラじゃ、捕まえるのは苦労はないけど――











「ぎゃあっ!?」











 それは一瞬のことだった。



 逃げようとしていた悪党の首に白い何かが巻きついた。勢いよく引き寄せられたそいつはビルの壁に叩きつけられ、悲鳴と共に血ヘドを吐く。





 って、何さ、アレ!?



「あそこっ!」



 気づいたティアナが一点を指さし、僕やマスターコンボイもそちらに視線を向けて――見つけた。



 人の姿をしてるけど人じゃない――クモの特徴をその身に現した“怪人”の姿を。

 ソイツが、いつの間にかビルの間にクモの巣を張って、その中央に上下逆にぶら下がっている――そこから放った糸が、悪党の男を捕まえ、ブッ飛ばしたのだ。



「…………お友達?」

「そんなワケないでしょ」

「同じくだ。
 だが……オレもティアナ・ランスターも、アレが何なのか知っている」



 だろうね。六課のみんなは、“JS事件”中にコイツの同類とやり合ってるって聞いてるし。











 まったく……チンピラ強盗を捕まえに来て、どーして瘴魔獣に出くわしてるのさ、僕ら!?





「詮索は後だ!
 どの道放置するワケにはいかない相手だ!」





 っと、それもそうだね。

 マスターコンボイの言葉にうなずき、僕は気合を入れ直す。そしてそれはティアナも同じ。











「………………散れっ!」











 声を上げたのはマスターコンボイ。その声を合図に僕らは散開して――クモ瘴魔獣の放った糸が、僕らが一瞬前までいた場所の地面にピタリと張りつく。



「アルト!」

《わかっています。
 今まで出番がなかった分、クライマックスでブッ飛ばしますよっ!》



 相手が次の糸の狙いを定めるけど――遅い。僕はアルトをセットアップして、一気にクモ瘴魔獣へと斬りかかる。



 けど――届かない。まるで大きなゴムボールをバットで叩いたみたいに、弾力のある不可視の何かがアルトの刃を受け止め、押し返してしまう。



「ったく、相変わらず厄介なフィールドだね!」



 アルトを止めた不可視の何か、その正体はあのクモ瘴魔獣の持つ力、“瘴魔力”という生体エネルギーでできたフィールドだ。ジュンイチさん達は“力場”って呼んでるけど。

 僕らの魔法でも破れないことはないけど……僕の魔力量じゃ、ちょっと気合入れないと難しい。



「アンタ、瘴魔獣とやり合ったことあるの!?」

「ジュンイチさんと“友達”なんだよ、僕はっ!」

「なるほどねっ!」



 それだけの説明で理解してくれるのはありがたい。突っ込む僕をティアナが援護。放たれる糸がオレンジ色の魔力弾に蹴散らされる中、さっき以上に刀身に宿る魔力を研ぎ澄ませたアルトを瘴魔獣に叩き込む!



 一撃はあちらさんのフィールドを斬り裂き、届く――けど、浅かった。瘴魔獣の腹を薄く斬り裂いただけで、致命傷に至らなかった瘴魔獣は間一髪で後退。僕から距離を取る。





「逃亡先の――選定が甘いっ!」





 ところがどっこい。そっちにはすでにマスターコンボイが回り込んでいる――オメガの一撃が思い切り瘴魔獣をブッ飛ばす!



 けど――







「むぅっ!?」







 瘴魔獣も負けてはいない。ブッ飛ばされながらも口から糸を吐き出し、それがマスターコンボイにからみついて縛り上げてしまう。



 って、何やってるのさ!? マスターコンボイ!?



 アルトで糸を斬りに行ってもいいけど、そんなことしてる間に向こうだって仕掛けてくる。悪いけど、ミノムシ状態で地面に転がるマスターコンボイはリタイアと思わせてもらう。



「ティアナ! 援護お願い!」



「わかってる!」



 僕の声を待たずしてティアナが僕の周囲に発砲、僕の周囲を駆け抜けた魔力弾が瘴魔獣に襲いかかり――その直前がすべて爆発、四散してしまう。



 よく見ると、瘴魔獣の周囲に細い糸が幾重にも張り巡らされている。アレがティアナの射撃を防いだってことかな?

 もちろん、普通ならあんな細糸でティアナの魔力弾をどうこうできるとは思えない。何かしらの細工が伴ってると思っていいでしょ。



「そうみたいよ……見て」



 僕に告げて、ティアナが一発だけ発砲。放たれた魔力弾が糸の一本に向かい――炸裂した。

 といっても、魔力弾の爆発じゃない。魔力弾に触れるなり、糸そのものが爆発を起こして魔力弾を吹き飛ばしたのだ。



 おいおい……あの糸そのものが爆薬ってワケ?

 威力はそれほどでもなさそうだけど、魔力弾程度ならあっさり吹っ飛ばすくらいの威力があるのは見ての通り。少なくとも……あの中には突っ込みたくないね。



 けど……これじゃ向こうだってこっちに向けて攻められないはず。仮に同じ糸でこっちを攻撃しようにも、自分の身を守るために張り巡らせた糸のトラップがそれを阻むんだから。



 相手の出方が読めない。警戒を強めることぐらいしかすることのない僕らの前で、瘴魔獣はクルリと背を向けて――











「って、逃げたぁぁぁぁぁっ!?」











 あー、くそっ、読み違ったっ!

 よく考えればすぐわかるじゃないのさ。アイツにしてみれば、通行人を襲って怖がらせるだけでエネルギー源である“負”の思念を回収できるんだ。

 何か企んでるワケでも、僕らに恨みがあるワケでもないんだし、アイツに僕らに勝たなきゃならない理由なんかカケラもないんだ。厄介だと思ったなら逃げたって何の問題もないんじゃないか!



「ティアナ! この糸蹴散らせる!?」

「とーぜんっ!」



 僕に答えて、ティアナがクロスミラージュをかまえる。

 構築されていくのは砲撃魔法の術式――ティアナ、砲撃も手持ちにあったんだ。



「まぁね!
 それより、ハデに蹴散らすから、巻き込まれないでよ!
 ファントム、ブレイz











 けど、ティアナの砲撃が放たれることはなかった。











 例のクモ瘴魔獣が戻ってきたからだ。







 と言っても、自分の足で戻ってきたワケじゃない。こちらに背を向けたまま、豪快に宙を舞って……要するにブッ飛ばされてきたのだ。

 そのまま、自分の張り巡らせた爆薬な糸の中に突っ込む――まるで爆竹が鳴り響くみたいに爆発の嵐が巻き起こり、瘴魔獣の全身を打ち据える。





 そして……





「………………あれ、お前ら……?」





 現れたのは師匠だった。





「ヴィータ、どうし……って、恭文、ティアナ!?」





 しかもジュンイチさんまで!?



「なんでお前ら……って、そうか、例のデート、今日だったっけか」



 こっちに質問しておいて勝手に納得しているジュンイチさん……その後ろで、瘴魔獣がゆっくりと身を起こすけど、



「おっと、逃がさないぜ」



 上空からビクトリーレオが舞い降りてきてその逃げ道をふさぐ――ロボットモードで路地裏なんかに下りてくるからちょっとせまそうだ。ヒューマンフォーム持ってるんだから、変身したら?





「なんか、巻き込んじまったみたいでごめんなー。
 オレ達、こーゆー瘴魔を狩って回ってたんだけどさ」



 あー、そういえばここ数日、そんな用向きで師匠と一緒に出歩いてましたね。



「まさか、また巻き込まれてるなんてな。
 相変わらず間が悪いのか運が悪いのか……」

《両方だと思いますよ》



 はいっ、アルトは黙るっ!



「なるほどね」



 そしてジュンイチさんも納得しないっ!



「ま、それはそれとして……乱入、よろしいかな?」



 それよりも今は瘴魔獣だ。気を取り直して尋ねるジュンイチさんだけど……むしろこっちからお願いしたいところですよ。早く終わらせたいし。



「そだね。
 ヴィータはそこで簀巻きになってるバカコンボイのサルベージ。ビクトリーレオはそのまま壁な」

「こらっ! 誰がバカコンボイだっ!」



 マスターコンボイから抗議の声が上がるけどとりあえず無視。ジュンイチさんは左手を――その手首に着けた腕時計型のツールを見せつけるように頭上にかざす。

 そして――告げる。



「ブレイク――アップ!」



 その瞬間、ジュンイチさんの全身が真紅の光に包まれた。

 ジュンイチさんの力、精霊力がジュンイチさんの周囲を覆ったんだ。炎となって燃焼を始めるそれを振り払った後には、ジュンイチさんの身体には炎に映える青色の部分鎧タイプのプロテクターが装着されている。

 そして何より目を引くのが、背中の一対の翼――液体金属製のそれは、飛行ユニットであると同時にジュンイチさんの意思によって自在に形を変える武器でもある、その名もゴッドウィング。



 腰に差してあった愛用の木刀“紅夜叉丸”はすでにジュンイチさんの右手の中――ジュンイチさんの“力”によって分解・再構築され、もうひとつの姿“爆天剣”へと変化する。





「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
 蒼き龍神、ウィング・オブ・ゴッド!」




 気合を入れるように演舞を決め、ジュンイチさんが名乗る――いや、どこのヒーローですか、あなたは。



「るせぇよ。
 それより、さっさと叩くぞ」

「りょーかいっ!」



 まぁ、僕もここからはノッていきますかね。ジュンイチさんと共に、僕は勢いよく地を蹴って瘴魔獣へと突撃する。

 当然、瘴魔獣も糸を吐いて対抗してくるけど――



「オレを止めたいなら――その10倍は吐き出せやボケぇっ!」



 “炎”属性のブレイカーであるジュンイチさんにはまったくの無意味だ。力任せにジュンイチさんが放った炎が、瘴魔獣の糸を一本残さず焼き払う。

 そして、その炎の中を突っ切るように僕が突貫。瘴魔獣をアルトの一撃でブッ飛ばす!

 狭い路地の中、瘴魔獣の身体は壁にぶつかって吹っ飛ぶ勢いが弱まって――今度はジュンイチさんだ。僕を追い抜いて瘴魔獣を捕まえると、僕に向けて投げ飛ばしてくる。

 なので――



「どっ、せぇいっ!」



 僕はそれを、アルトで豪快に打ち返すワケですよ。

 さすがに、僕じゃジュンイチさんみたく飛距離は稼げない。瘴魔獣の身体は無様に地面を転がって――



「サッカー好きなら……一度は打ちたいドライヴシュートぉっ!」



 そんな軽口と共に、距離を詰めてきたジュンイチさんが蹴り飛ばす。宙を舞う瘴魔獣の身体を、上空に回り込んだ僕がアルトで地面に叩き落とす!



「ま、ノーマル瘴魔獣じゃこの程度か」

「でしょうね」



 軽く肩をすくめるジュンイチさんの言葉に、僕がすぐとなりに着地して答える――そんな僕らの前で、身を起こした瘴魔獣は状況不利として逃げ出すけど、



「逃がすもんかよ、このヤロウっ!」



 そっちには師匠がいた。グラーフアイゼンの一撃で、瘴魔獣を僕らの目の前に叩き返してくれる。



「ナイスフォローだ、ヴィータ!
 決めるぞ、恭文!」

「とーぜんっ!」



 こんなの相手にダラダラと続けるつもりがないのは僕もジュンイチさんも同じ――僕はアルトのカートリッジを使用、刀身に通う魔力の量を一気に引き上げる。

 そしてジュンイチさんもフィニッシュ体勢だ。手にした爆天剣の刀身に“力”を流し込んで、刃が炎に包まれる。



 そのまま一気に加速。僕らは最高速度で瘴魔獣の懐へと飛び込んで――







おう――」



 ジュンイチさんの爆天剣の一撃が、すれ違いざまに瘴魔獣に打ち込まれた。そのままジュンイチさんは足を止めて――



「鉄――」



 次は僕だ。ジュンイチさんが駆け抜けたのとは反対側から、アルトを水平に打ち込む。



 そして僕も足を止める。となりのジュンイチさんと同時に振り向いて――







『連閃ッ!』







 二人同時に、大上段から振り下ろした一撃で瘴魔獣をブッ飛ばす!





 宙を舞い、瘴魔獣の身体が大地に叩きつけられて――





『Finish Completed.』





 僕らの宣告と同時、瘴魔獣は特撮の怪人の伝統よろしく爆発、四散した。





 うし、快勝っ!



「そうだな。
 相変わらず、お前と組むとやりやすいぜ」



 あー、そうですね。僕もジュンイチさんと一緒に戦うのは楽しいですし。

 そんな感じで僕らがハイタッチを決めて――何、アレ。



 なぜだろう、明りがこちらに迫ってきて……って、管理局員っ!?



 そう、この辺りに駐在していると思われる地上部隊の制服を来た局員が数名、こちらへと走ってきたのだ。



「さすがティアナ、連絡早いね」

「あたしは連絡してないけど……アンタじゃないの?」

「いや、僕じゃないし……アルト?」

《残念ながら私も違います……というか、今回は私の出番少なすぎです》



 だってしかたないじゃないのよ。いつもの調子で喋ってたら、魔導師だってバレちゃうんだし。



「じゃあ……」

「オレやヴィータ達も違うぜ」

「あぁ。
 マスターコンボイは……するワケないか、コイツの性格的に」

「どういう意味だっ!?」



 じゃあ、クロスミラージュ? いや、それならティアナが気づかないはずないし……じゃあ、誰?



「恭文ー! ティアー! 大丈夫ー!?
 って、どーしてお兄ちゃんとヴィータ副隊長がっ!?」



 ……何してんのこの人。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……うん、わかった。こっちのことは心配せえへんでもえぇから。ほな、おつかれさま」



 そこまで話して、私は通信モニターを落とす……いやぁ、無事に解決したみたいでよかったわぁ。



「蒼凪ですか?」



 そう聞いてきたのは、シグナム。当然、今回の囮捜査についても知っとる。で、この場にはもう二人。



「はやて、どうだった?」

「ラブラブですか?」

「シャーリー、それは違うよ。囮捜査なんだから」



 いや、私も思ったけどな……そう、フェイトちゃんとシャーリーもいる。まぁ、関係者やしな。



「まー、ラブラブはしてないけど、ブラブラしとったら、思ったよりもはよう獲物が引っかかったらしくてな。スピード解決や。
 その後で、ちょっとゴタゴタしたみたいやけど……そっちも無事片づいたみたいやしな」



 さすがに、その“ゴタゴタ”にジュンイチさんがからんでたんは黙っとくべきやろうな。またフェイトちゃんが暴走しても困るし。



 しかし……いやぁ、さすが恭文やわ。いい感じで即効カードを引き当てとるし。私はやってくれると信じてたで。

 捕まえるためにまた一回とか使ってもめんどいやん?



「よかった……あ、ヤスフミやティアは大丈夫かな。ケガとか、してない?」

「それも大丈夫や。つか、恭文おるのに、そないなことになると思うか?」

「ならないでしょうね」



 うん、それは私も思うてたわ。魔法が必要やと思ったら、非魔法能力者相手でも使うしな。



「というか、使ったんだよね。アレ……」

「使ったらしいで? まぁ、フェイトちゃんがしっかり威力設定してるおかげで、特に大ケガっちゅうワケやないけどな」





 ……恭文が犯人をぶっ飛ばすのに使ったのは、簡易型のカード型デバイス。アイツが常に複数枚常備しとる魔法装備や。

 カードに込めている魔法を、思念によるスイッチひとつで、一瞬で発動させる事のできる、文字通りの手札。



 そして今回は、フェイトちゃんの広範囲型の電撃魔法を入れたものを作成して、持っていったいうワケや。



 ただ、弱点がひとつ。一枚につきひとつの魔法を、一回しか使えん。再入力は可能やけど、現場やったらそないなヒマない。基本的には使い捨てや。

 ただ、即効性は大きいし、使用分の魔力もカードに一緒に入れとる。せやから、発動時に魔力を消費したりもせぇへん。

 今回やったみたいに、他の魔導師の協力があれば、自分が使えん魔法も使えるしな。その利点が気に入って、アイツも常備しとるっちゅうワケや。





「テスタロッサ、仕方あるまい。アイツは、お前とギンガとの約束を守るためにそうしたのだからな」

「……そうですね。ヤスフミの手持ちの魔法だと、広範囲攻撃は少し被害が大きくなりますし」

「あいつ、魔法に関してはハデ好きやからなぁ」





 まぁ、仕方ないんやけどな。きっちり決めるということができんと、アイツはSクラスやストライカー級には勝てんし。

 ただ、私としてはちょっと意外やった。ティアの前でクレイモアとかぶっ放すとか思うてたら、フェイトちゃんに頼み込んで、即時鎮圧用にカード作成やし。

 ……なんやかんや言うて、気を使ったのかもしれんな。あんま暴力的なことするのもアレとか考えて。





「……それと、どうも今回のことをホンマのデートとカン違いして、スバルが後つけてたらしいんよ。
 しかもマスターコンボイまで巻き込んで」

「スバルがっ!? そういえば、エリオとキャロが姿を見ないって言ってたけど……」

「まぁ、みんなには内緒にしてましたしね。確かにあのティアを見れば、そう思っちゃうかも」

「しかし、あいつは一体何をしているんだ。仕事もあるだろうに……」

「とにかく、恭文とティア……あと、巻き込まれついでにちょう首突っ込んだマスターコンボイは向こうで作らなあかん書類があるから、今日と明日は向こうでお世話になる。
 そいで、明後日から通常勤務に入るいうことになったから、よろしくな」

「了解しました」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……見事なカン違いで、僕達を尾行していたスバルに、みんなで軽く説教をかまして、ジュンイチさんと師匠が六課隊舎へと連行……もとい、連れて帰ったその後。

 僕とティアナ、マスターコンボイ、犯人確保の知らせを聞いて駆けつけてきたギンガさんは、現場での処置をあらかた終えて、108部隊の迎えの車に乗っていた。



 そして、その中で、ある人に通信をつなぐ。もちろん、事件の概要を報告するために。





『……わかった。犯人の尋問は、管轄の部隊に任せることになったから、お前らは明日中に報告書まとめて出しといてくれ。
 それで、うちの仕事は一応終わりだ』

「わかりました」

「了解です」

「まぁ……首を突っ込んでしまったからな」



 僕達が通信している空間モニターに映るのは、108部隊の隊舎の中にある部隊長室。

 そこの机に座って、僕達の報告を聞いていたのは、その第108部隊の部隊長である、ゲンヤ・ナカジマさん。

 言わずと知れたギンガさんとスバルの父親である。



『しかし、お前さんは相変わらずだな。魔法使って速攻でつぶすって……』

「まぁ、攻撃行動の制限は受けないって宣言してましたから」



 ……あ、その辺は報告書にもきちんと書いておきますから。普通の局員的にはNGなことくらいはわかってる。こうやって「事前に許可は受けてました」ってことを示しておくのは必要なことなんだ。



『おう、頼むぜ。
 しかし、久しぶりだな。八神やギンガ、それにスバルからもメールで聞いてはいたが、元気そうで安心したぞ』

「えぇ……なんとか元気です。いろいろあって泣いちゃうこともあるけど、僕は元気です」

『……話は聞いている。まぁあれだ、お前さんが悪いのは間違いないって……ことにしておこうぜ?
 お前らの言い分もわからなくはねぇが、あいつらのアレは筋金入りだからな』

「そうしてます……でも、ゲンヤさんも変わりないみたいで安心しました」

『おう、おかげさまでな。アルトアイゼンも元気そうだな。六課の連中に馴染みまくってるって聞いてるぞ?』

《おかげさまで、マスター共々六課のみなさんには良くしてもらっています。
 本当に、特にあなたの次女の方には少しばかりお礼をしてやりたいくらいに……
 まぁ、今回の出番が少なかったことに比べれば些細な問題ですが》





 まだ言うかアルト。そして、なにげに不埒な発言をしない。

 あ、それとゲンヤさんは、当然アルトがおしゃべりなデバイスかというのは知っている。

 というか……





『まぁそう言うなって。アイツのアレも筋金入りだからよ……そうだ。お前、明日恭文の書類作成が終わったらちょっと付き合え。気晴らしさせてやる』

《……わかりました。レベルはいくつにしますか?》

『最高レベルに決まってるだろうが。今度は負けねぇからな?』



 むちゃくちゃ仲がいいのだ。ゲンヤさんの将棋で、いい対局相手になっている。



「それで、父さん。なぎくんとティア、それからマスターコンボイには、今日は家に来てもらおうと思ってるんですけど」

『そうだな。俺も仕事が一段落したら帰るから、先に向かっててくれ』

「あの、さっきも思ったんですけど、話が勝手に決まっているのが非常に気になります」

《マスター、いつものことではありませんか。何を今さら》



 うん、わかってる。でもさ、一応抵抗するって大事だよ?

 そうして、ゲンヤさんとの通信を終えて、僕達は108部隊の人に、ナカジマ家へと送ってもらった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……長かったなぁ」



 そう言ってあたしは、布団の中でひとりつぶやく。ここは、ナカジマ家のスバルの部屋。

 アイツとギンガさんと一緒にここに来てから、遅れて帰ってきたナカジマ部隊長と一緒にご飯を食べた。



 それから、交代でお風呂に入る。

 ギンガさんとナカジマ部隊長は、アイツにお休みを言って自分の部屋に入って、アイツはリビングのソファーで、マスターコンボイは寝袋を使って床で寝ることになった。



 まぁ、部屋がないそうだしね。

 というか、アイツが『ソファーで寝るというお泊りモードなことをしたい』などと言い出したからだけど……いや、アイツは本当に何なの?





 なんというか、ついていけない時がある。

 普通の、日常の中にいるアイツと、模擬戦なんかで戦っている時、今日みたいな実戦の場に立っている時のアイツとじゃあ、あんまりにも差がありすぎる。

 戦闘に入ると、一本線が切れるというか、過激で容赦がなくなるというか……あんなもん使ってまでどうにかするとは、最初は思ってなかった。



 もちろん、だからって、悪いヤツだなんて思ってない。

 まぁ、アレよ。一日デートして、アレコレ話してみて、その印象は強くなったかな。

 でも、アイツはなのはさんやフェイトさん達とは違う。もっと言えば、あたし達とも違う。たまに、なんで友達なのかが気になる時があるくらいに。

 だけど、それでもいいヤツだとは思う。別に、同じである必要なんて、ないしね。



 そんなことを思いながらあたしは、暗い部屋の中で布団に入ると、自分の右手を見る。

 今日、アイツとずっとつないでいたその手を。





 今日は楽しかったかな。男の子とデートするなんて、初めての経験だったし。

 アイツも、なんだかんだいいながらも、始まったら意外とちゃんとリードするのよね。自分は道路側歩いたりとか。話しやすい話題振ったりとかさ。





 でも、アイツは……どうだったんだろ? あたしと一緒にいて、楽しかったのかな。

 あたし、あんま楽しそうな顔とかしてなかったかもしれないし、つまんなかったかな?





 ……って、あたしは何考えんのよっ! とにかく、今日の任務は無事に終了。明日は、報告書作成か。しっかりやっていきましょ。





 そう思い立つと、あたしは布団を被って、瞳を閉じた。そしてすぐに眠りについた……一応、これだけは言っておくわ。










 おやすみ。あと、今日はありがとうね。

 ま、楽しかったわよ。ほんの少しだけね。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………むぅ。



 ソファで眠る恭文はすでに寝息を立てている――なんとなく眠れず、俺は寝袋の中で何度目かの寝返りを打った。



 別に、寝苦しいワケではない。



 気になることがあったからだ。





 あの戦い……クモの瘴魔獣を圧倒した、恭文と柾木ジュンイチのコンビネーション……見事なほどに呼吸が合っていた。

 互いの動きが相手の動きに連動し、ひとつの動きとして機能する――オレが恭文と組んだところで、あそこまでの連携はとてもではないがムリだ。



 あれが……二人が“友達”として積み重ねてきた時間の賜物、ということか……



「オレに…………そこまでのものを積み上げることができるのか……?」





 つぶやくようにもらしたオレの声には――当然のことながら、誰からも返事は返ってこなかった。





(第18話へ続く)


次回予告っ!

恭文 「と、ゆーワケでっ!
 『とまコン』内での僕が初めて戦った瘴魔獣はクモ型でした! やっほうっ!」
Mコンボイ 「や、恭文……?
 なんだか、テンションがおかしなことになっていないか……?」
恭文 「これがテンション上がらずにどうするのさっ!?
 最初に戦うのがクモ怪人っ! これは古来から伝わる仮面ライダーの王道だよっ!」
Mコンボイ 「貴様のご執心の『電王』では1話で戦ったワケではなかったんじゃ……」
恭文 「気にしちゃダメだよ、マスターコンボイ」
Mコンボイ 「ダメなのか……?」
恭文 「ダメなの」

第18話「結局、男はいくつになってもガキ大将」


あとがき

マスターコンボイ 「さて、本家『とまと』の視点だと2話ほど飛ばした形となった第17話だ」
オメガ 《ミスタ・恭文とミス・ティアナのフラグが立ったような立たなかったような……なお話ですね》
マスターコンボイ 「まぁ……偽装とはいえ、曲がりなりにもデートをしたワケだからな――」
オメガ 《あとは、ボスの見事な仮面ライダーっぷりとか》
マスターコンボイ 「言うなぁぁぁぁぁっ!
 今になって自分のバカっぷりがよくわかって辛いんだぁぁぁぁぁっ!」
オメガ 《確かに、見事な道化っぷりでしたからね》
マスターコンボイ 「がはぁっ!?」
オメガ 《さて、これ以上はボスにトドメを刺してしまいそうですし、次の話題に行きましょう。
 今回の話は、本家『とまと』の偽装デート話に加え、瘴魔が久々に登場するお話だったワケですが……》
マスターコンボイ 「(復活)こちらについては、本職の柾木ジュンイチがヴィータ・ハラオウンと共に動いていて、それにオレ達が巻き込まれた形だな」
オメガ 《えぇ。
 作者的に、「ミスタ・恭文らしい関わり方を」と考えた結果、本編の通りの“巻き込まれ系”に落ち着いたんだそうです》
マスターコンボイ 「運の悪さは、半ばアイツのキャラクター性のようなものだからなぁ……」
オメガ 《ですよねー。
 まぁ、今後はボスもそれにガッツリ巻き込まれていく形になるんですが》
マスターコンボイ 「オレもか!?」
オメガ 《当然ですよ。
 だってボスは、ミスタ・恭文の“友達”なんでしょう?》
マスターコンボイ 「………………なるほど。それなら仕方ないな」
オメガ 《それで納得できてしまうんですか……
 そんな理解者ぶりを見せて、ミス・はやてに本のネタにされても知りませんよ》
マスターコンボイ 「安心しろ。
 その時はエナジーヴォルテクスで部隊長室ごと消滅させてくれるわ」
オメガ 《それであの人が懲りればいいんですけどねぇ……
 とまぁ、そんなこんなで、今後部隊長室で(ギャグ的な意味で)嵐が吹き荒れそうな予感をにおわせつつ、今週はお開きです》
マスターコンボイ 「次回もよろしく頼む」

(おわり)


 

(初版:2010/10/23)