辺りの空気が張り詰めている……





 原因などわかっている……あたしと、目の前にいるあの人だ。





 あの人……美由希さんは両手に木製の小太刀を逆手に持ってかまえている。対するあたしは、両手で木の棍をかまえて、まっすぐにそれを迎える。





 両者の間は数メートル……少なくともあたしは、後一歩前に出れば側間合い、という距離。

 小太刀の美由希さんと棍のあたしとでは、間合いの差は決定的。これだけ見ればあたしが有利なように見えるだろうけど……実際は違う。





 美由希さんには、御神の剣が誇る神速の速さがある。踏み込みの距離も加えれば、総合的な間合いはあたしとさほど変わらない。

 仮にあたしが今仕掛けたとしても、すべてさばかれて、こちらにスキが生じた瞬間に必殺の一撃を入れられてジ・エンド。

 自慢の速さを殺そうにも、道場の真ん中じゃそうそう足を止められるようなものもない。

 むしろ、こっちが不利だと言ってもいい。だから……うかつには攻められない。





 と、いうワケで、打開策を探るためにお互いを比較して違いを探ったりもするワケですよ。





 向こうの獲物は小太刀の二刀流。威力はそれほど期待できないけど、小回りのよさとスピードは脅威の一言。

 その上二刀流だから連撃はつなげやすいし防御の反応も鋭いときた。神速を誇る御神流にこれほど相応しい武器もないだろう。

 対するあたしは棍……素材は美由希さんの小太刀と同じ。

 獲物が長い分速度が犠牲になってるけど、間合いと、遠心力を活かした打撃力は小太刀をはるかに上回る。





 次に、あたし達自身の比較。

 スピード……向こうの勝ち。

 パワー……女の子の恥じらい的な意味で認めたくないけどあたしの勝ち。

 実戦経験……非能力戦では向こうがはるかに上。能力戦ではこっちが上。

 知恵……こればっかりは実際比べてみないとね。

 年齢……うし、勝った。

 胸………………くっ、サイズは向こうが上かっ! けど形はあたしだって負けてないもんっ!





 …………ゴメン、ちょっと脱線した。

 とりあえず、向こうは美由希さんの速さに速力に優れた小太刀のセット。とにかくスピード重視の戦闘スタイルだ。

 対し、こっちは棍の打撃力に期待したパワー系……うん、こっちから仕掛けるのはもちろん、飛び込まれても手数で圧倒されて終わるね。

 となると……







 相手に主導権を握らせない。基本も基本のこの一点に落ち着くワケですよ。











 なので。









「………………ッ!」





 タイミングを見計らって、こちらから仕掛ける――さばかれるのは承知の上で、棍を美由希さんの脳天目がけて振り下ろす。



 対する美由希さんは、左の小太刀でそれをさばきながら距離を詰めてくる――けど、こっちもそんな反撃は予測の内。小太刀と棍がぶつかり合った、カンッ! って音が響いた時にはすでに突撃の勢いを殺し終え、そのままバックステップで後退していたりする。



 もちろん、こちらに向けてしっかりと加速している美由希さんから逃げ切れるような動きじゃないけど、相手との距離が詰まるまでの時間が稼げたのは大きい。美由希さんの間合いに入る前に棍を引き戻し、右の小太刀を受け――間髪入れずに再度のバックステップ。後方に向けて再加速したあたしの目の前を、美由希さんの追撃、左の小太刀が過ぎていく。



 けど――やっぱりたやすく反撃を許した。やっぱりこのスピード差は厄介だね。



 このスピードを殺すには――って、考えてるうちに突っ込んでくるしっ!



 すかさず右の順手で棍を一閃するけど、美由希さんは身を沈めてそれをやりすごして、こちらに向けて全身で踏み込んでくる。

 けど……











 そんな美由希さんの顔面を、すでにあたしの棍が狙っていたりするんだよね。











 この反撃は読んでいなかったか、美由希さんは驚きながらも踏みとどまる。加速と制動がぶつかり合い――動きの止まった美由希さんの顔面めがけて、“逆手に”握ったあたしの棍が突き出される。





 けど――これもかわされた。とっさに転がって紙一重でかわした美由希さんは、さすがに一度仕切り直すことにしたみたい。後退して、改めてこちらに向けて小太刀をかまえる。











 美由希さんの足を止めた棍の連撃――その種明かしは意外に簡単。

 棍の真ん中辺りを持った状態で最初の横薙ぎ。美由希さんがかわして、反撃に転じようとしたそのタイミングで、手首を返して棍の反対側で美由希さんの顔を狙ったのだ。

 あたしの腕じゃ、振り抜いた勢いがあるとはいえ手首を返しただけの一撃でダメージは期待できないけど……意表を突くには十分すぎる。狙い通り動きの止まった美由希さんに向けて、手首を返した状態からの突きでさらにけん制。後退させることに成功した……と、まぁ、そんな感じ。



 こういうトリック戦法はお兄ちゃんの……というか、柾木流の得意分野。当然、あたしもそれなりに教わってる。



 というワケで……まだまだいくよっ!



 このまま美由希さんに主導権を握り直させるつもりはない。今度もこっちから仕掛ける――棍を本来の、間合いを重視した持ち方に持ち直し、美由希さんに向けて連続で突きを繰り出す。

 あたしの出せる限りの速度で繰り出し続ける棍を、美由希さんは小太刀でさばき、かわし、少しずつだけどあたしの懐を狙って前進してくる。



 さすが、速さにモノを言わせる御神流。このくらいの連続突きじゃ止められない――――かっ!



 瞬間、手首に痛みが走る――美由希さんが、あたしの棍を勢いよく真上に跳ね上げたのだ。

 それを強引に耐えて、棍を取り落とさずに済んだ代わりに衝撃をまともに受ける形になったのが痛みの原因。しかも、そのおかげで棍はあたしの右手を支点に背中側まで弾かれてしまう。

 その、余りにも大きすぎるスキを逃す美由希さんじゃない。チャンスとばかりにあたしに向けて距離を詰めて――











 相手のアゴを打ち上げたのは……あたしの“左手に握られた”棍だった。











 向こうにとってまったくの死角から繰り出された一撃は、美由希さんのアゴを真芯で捉えた。たまらずガクリとヒザが落ちるのを見逃さず、思い切りお腹を蹴り飛ばす!

 そして――





「……そこまでっ!」





 美由希さんの眼前に棍を突きつけたあたしの姿を前に、士郎さんが高らかに終了を宣言した。



「へへん、勝ちぃっ!」



 それは、あたしの勝ちを告げる一言でもあった。笑顔でガッツポーズを決めて――





















「何が『勝ち』じゃボケぇ」





















 お兄ちゃんの繰り出した拳がまとった炎が、あたしを天井近くまでブッ飛ばしていた。

 

 


 

第21話

言うまでもないことだけど、
三國無双のあの暴れっぷりは、現実的にはありえない

 


 

 

「お前なぁ……その棍は一応仮想レッコウだろうが。そのために刃のあるはずの位置にマーキングまでしただろうが。戦斧ハルバードの使用を想定した戦い方しなきゃならんだろうが。
 何ナチュラルに棍での戦闘に終始してんだ。あぁ?」

「ご、ごめんなざい……」



 プスプスとギャグマンガちっくに煙を上げながら道場の床に突っ伏すあずささんが、そのままの姿勢でジュンイチさんに答える。

 ちなみに、けっこうな勢いで炎が荒れ狂ったにもかかわらず、道場には焦げ目ひとつつけられていない……相変わらずムダに精度高いですね。



「こうなるのがわかってたから、オレが仮想レッコウとしてレプリカ用意してやろうかって言ったのに、このバカが……」

「だって、お兄ちゃんがそれやると切れ味以外全部そっくりなのができ上がるじゃない。
 レッコウってけっこう重いの知ってるでしょ? そんなところまで再現されたので組み手なんかしたら、美由希さんの木の小太刀じゃ止められないよ。ケガさせちゃったらどうするの?」

「だ・か・らっ!
 そうやってゴネるから棍をレッコウに見立てて組み手やらせたのに、お前が台なしにしたんだろうがぁっ!」



 反論するあずささんを一喝するジュンイチさんだったけど……



「けど……まぁ、棍での戦い、という意味で見るなら、いい内容だったんじゃないか?
 “薙連なぎつらね”や“背潜はいぜん”、狙って撃てたの、オレの見てきた限りでは初めてだしな」

「えへへ……そうかな?」



 そこは何だかんだで身内に甘いジュンイチさんだった。まんざらでもない評価にあずささんも少し照れ気味に笑顔を返す。こういうところは、やっぱりこの二人って兄弟だよね。



「あー、ジュンイチくん、あずさちゃん?
 “薙連なぎつらね”とか“背潜はいぜん”って……ひょっとして、柾木流の技?」

「あぁ、そだよ」



 そんな二人に尋ねるのは美由希さんだ。答えて、ジュンイチさんはさっきまであずささんの使っていた棍を手に取り、実際にスローで技を実演しながら説明する。



「まず、“薙連なぎつらね”っていうのは、美由希ちゃんの突進を止めた棍での二連薙ぎ払いさ。
 棍を中ほどで持って、振り抜いた瞬間に手首を返して反対側で二撃目……コイツはまだけん制くらいにしか使えないけど、本当に極めた人が使えば、一撃目の振りの勢いも乗せて必殺の一撃として放てる。
 …………ちなみに手首にかかる負担が恐ろしくデカイから、きっちりその辺鍛えてないとトンデモナイことになるので、良い子は絶対マネしないように。
 で、“背潜はいぜん”は……」



 言って、ジュンイチさんがクルリと顔を向けてきたのは僕らの方。



「恭文、マスターコンボイ。でもってその他大勢。
 お前らからはどう見えた?」

「え? ど、どう、って……」

「あずささんの持ってた棍が弾かれたと思ったら、いつの間にか右手から左手に持ち替えられていて……」

「先端近くを持って遠心力による減速を抑えたその棍で、美由希さんのアゴを打ち上げた……」



 いきなり話を振られて、あわてて答えるのはエリオとキャロ、そしてフェイトだ。



「他の連中はどう見えた?
 トランスフォーマー組なら、視覚で捉えられたと思うんだけど」

「うん。まぁ……」



 次にジュンイチさんが尋ねたのはマスターコンボイ達トランスフォーマーなみんな。代表して答えるのはジャックプライムだ。



「あずささん、弾かれた棍をそのまま背中に回して、背中越しに右手から左手に持ち替えてた……
 “背潜はいぜん”っていうのは、ひょっとして自分の身体をブラインドにして、相手から見えない背中で武器の左右を持ち替える技……なんじゃないかな?」

「正解♪」



 で、そのジャックプライムの答えはジュンイチさんの望むとおりのものだったらしい。笑顔でこっちへと視線を戻して、



「今ジャックプライムが説明した内容で正解。満点をくれてやってもいいくらいだ。
 “背潜はいぜん”ってのは、背中越しに武器の持ち手の左右をスイッチすることで、相手をかく乱させる技……“背”に“潜”むから、“背潜はいぜん”だ」

「なるほどな……
 美由希、相手のトリックに惑わされたな」

「うん……ペース乱されちゃった」

「だろうね。
 でなきゃ美由希ちゃんがあずさに負ける道理なんかないし」



 負けた美由希さんは士郎さんの指摘に反省することしきり……なんだけど、ジュンイチさんのあずささんへの評価もちょっと厳しめ。



 まぁ、理由はわかるんだけど。



「あずさ。言うまでもなくわかってると思うけど、“背潜はいぜん”も“薙連なぎつらね”も、相手の虚を突くだまし技としての意味合いが強い。
 つまり、一度相手に存在を知られたらその効果は大きく半減するってことだ。本来隠しておくべき手札をポンポン使うのは感心しないな」

「あー、やっぱり?」

「うん、やっぱり。
 実際、この二つを知らなかったこの場の面々に知られたからな――少なくとも、美由希ちゃん、士郎さん、恭文……あとフェイト。この4人には今後確実に対応されるだろうな」



 うん。確かに。

 そういうのがあるって知らなかったら、危なかったかもしれないけど……知ったからには警戒できる。そう簡単にはくらわないよ。



「待て、柾木ジュンイチ。
 それは、オレは知っていても対応できない、ということか?」



 ………………で、僕のとなりのマスターコンボイはきっちり自分の名前が挙がってないことに反応するワケですよ。



「いや、対応はするだろうと……それは思うよ?
 けどねぇ……」

「けど……何だ?」

「………………お前のヒューマンフォームのリーチじゃ、反撃しようにも木刀届かないだろうなー、と」

「やかましいわっ!」





 さて、ここは高町家の道場。士郎さんと美由希さんにお願いして、少し稽古をつけてもらうことにしたのだ。

 ……正直、剣術の練習がなかなかできない。シグナムさんも忙しいから、そうしょっちゅうはムリだしね。

 対して、高町家は知っての通りの使い手ぞろい。いい機会なのでお願いしたら、快く引き受けてくれたというワケである。

 ま、海鳴にいる時には、ちょくちょく相手してもらってたんだけどね。





 あ、僕だけじゃなくて、フェイトにエリオとキャロにイクトさん、そしてマスターコンボイ以下トランスフォーマー御一行もいる。

 エリキャロとそのパートナーズは、ウワサに聞く御神の剣士の実力を見たいというのがその理由。

 そういえば、エリキャロってプライベートではこっちに来たことなかったんだっけ。過去に士郎さん達と会ってたのも、局で保護されてた関係から本局とかミッドとかだったらしいし。そりゃ見る機会ないわ。

 で、フェイトとジャックプライムとイクトさんは、自分達の剣を少し見てもらうとか。





 なお、あずささんと美由希さんが対戦してたのはジュンイチさんの差し金。

 あずささんも今度ランクアップの試験受けるから、それ対策の修行の一環として……ということらしい。



 つか、あずささんもさすがだね。ジュンイチさんの実の妹ってのはダテじゃないってことか。

 多少トリック技に頼った部分はあるけど、それでも、それができたってことは、少なくとも美由希さんのスピードについていくことができていた、ってことだから。





「にゃはは、それほどでもあるかなー♪」

「……あー、調子に乗り始めたウチの愚昧はほっとくとして……次、誰がやる?」

「あぁ、それならジュンイチくん、私と少し手合わせしないか?」

「士郎さんと?」



 いきなり名乗りを上げたのは士郎さん。ジュンイチさんもこれは予想外だったのか、少し意外そうに目を丸くしてる……けど、すぐに気を取り直して笑顔でうなずいてみせる。



「いいんスか? もう引退して長いんでしょ?」

「安心したまえ。まだ、キミの相手が務まるくらいのキレはあると自負してるさ」

「上等♪」



 などと軽口を叩きながら、士郎さんが両手に小太刀を、ジュンイチさんが愛用の木刀“紅夜叉丸”を手に、道場の中央で正対する。



 …………つか、二人が妙に仲良さげなのが気になるんだけど。

 いつもの士郎さんだと、昨日なのはと仲良くしてたジュンイチさんは速攻で抹殺コースだと思うんだけど……なんか二人で通じ合ってるっぽい。

 フェイト。あの二人、昨夜何かあった?



「うーん……ないと思うんだけど……」





 …………うん。まぢで二人に何があった?







 そうして、士郎さんとジュンイチさんがやり合った後は、美由希さんとエリオ、次にフェイトと組み手をやって、その後はマスターコンボイとあずささん。そして最後に僕とフェイトで組み手をして、その日の朝練は終了した。

 ちなみに結果は……まぁ、御剣の剣士の実力は半端じゃないとだけ言っておこう。美由希さん、フェイト以上に速いし、士郎さんもジュンイチさん以上に打撃力あるからなぁ……







 朝稽古の後、桃子さんと僕とジュンイチさんにより、高町家の面々の朝食が作られた。

 まぁ当然の如くあずささんは台所から追い払われて、当然の如くえらい量を作って見事に完食となった……正直、申し訳ない気持ちでいっぱいだったよ?

 今度エリオには『三杯目のおかわりからは、茶碗をそっと出す』というのを教えないとマズイんじゃなかろうか?





 よし、フェイトに進言してみることにする。





 そうして、朝食とそれにともなう後片づけを終えて、高町夫妻は翠屋へと、営業準備のために向かって行った。

 フェイトとエリオとキャロ、そしてジャックプライムにシャープエッジ、アイゼンアンカーはみんなで海鳴の街を回るとか。

 で、ジュンイチさんとあずささんもフェイト達とは別に海鳴の街を見て回るそうだ。ジュンイチさんはよく来てたけど、あずささんはエリキャロと同様プライベートでは初上陸らしいから。

 美由希さんはハラオウン家へ。エイミィさんと久しぶりに買い物に出かけるそうだ。





 そして僕とマスターコンボイは、フェイト達に断った上で別行動。月村邸へと足を進めていた。

 のんびり行きたい気分だったので、マスターコンボイに乗せていってもらうのは遠慮した。ヒューマンフォームの少年の姿で、マスターコンボイも僕に並び立って歩いている。





 理由は、昨日の夜にすずかさんから帰り際、やってもらいたい事があると言われたのがキッカケ。

 フェイトとジュンイチさんも了承の上というのがなんか臭う。旅行中なのに。あの二人仲悪いのに。





 ……何なんだろ? 前にこういう事があった時は、可愛い執事服ができたので着てとかだったからな。

 まぁ、そうだったらデコピンでもして遠慮なく断ろう。











「とか言っている間に……着いたね」

《はい、月村邸です》

「そういえばオレはここは初めてだな」

《ボスは、ミス・すずかとは友達でも何でもないからなー》





 僕の前に広がるのは、月村邸のでっかい正面玄関。人気がないので、ついついアルトやオメガも警戒心を緩めてしゃべったりしてしまう。





 そうして、いつもの通りにいつもな感じで玄関を越えて入っていった。










「……アルト」

《はい、マスター》

「オメガ」

《気づいてるぜ、ボス》










 いつものように、インターホンから名前を名乗って、自動で開く玄関を入って、数歩歩いて気づく。





 様子がおかしいことに。いや、おかしくなったことに。





 入ったとたんに、なんというか……世界が変わった。そうとしか言いようのない感覚が僕とアルト、そしてマスターコンボイとオメガを襲った。





 この感覚はすごく覚えがある。魔導師になってから、何回も閉じ込められたから。





 まるで、この周囲に……そう、封時結界が張られたみたいな空気を感じる。










「魔力反応はある?」

《はい。この屋敷だけに、極めて限定的に結界が張られています……しかしこれは》

「どうしたの?」

《今感知している魔力反応……ミス・フェイトのものと酷似しているぜ、ミスタ・恭文》

「オレも感じた。
 この魔力……おそらくはフェイト・T・高町のものだ」










 ……はぁっ!? 何それ、これをフェイトがやってるっていうの? 何のためにっ!?





 そして、その疑問に答えてくれる素晴らしいイベントが起きた。











 僕らの目の前で、月村邸がその姿を変えた。



 まるでベールがはがされていくように、端からその姿を変えていく。



 そうして、豪華で純白な豪邸からお化け屋敷を思わせる風貌に変化した月村邸の屋根にはでっかいネオンの看板が。





















 “風雲まさき城”





















 ………………よし。



「帰ろうか、アルト、マスターコンボイ」

《そうですね。
 ユーノさんのものならともかく、フェイトさんの結界なら、力ずくになりますがなんとか突破できるでしょう》

「異議なしだ。
 やるぞ、オメガ」

《OK, Boss!》





 うん。きっとそれが正解。



 だって、イヤな予感しかしないから。



 フェイトの結界に明らかにジュンイチさんがからんでる月村邸の変貌……日頃からぶつかってばっかりの二人がつるんでるって時点で、あからさまに異常事態だから。





 と、ゆーワケで、僕はクルリと回れ右。僕とマスターコンボイは結界を突破すべくアルトとオメガをセットアップして……











『おっと、そこまで♪』











 目の前に展開されたウィンドウに映る暴君サマが、そんな僕らを制止した。



『二人とも、その選択はちょっとオススメできないかな?』

「うっさい。
 こんな今の若い子達にはわからないようなネタをかますんじゃないよ。すずかさんち丸ごと使って何やってんのアンタ。
 つか、こんなバカ騒ぎにフェイトまで巻き込まないでほしいんだけど」

『そう言うなよ。
 ちゃんと意味あっての行動なんだからさ――そこにちょっとばかりネタを仕込んだって、許されるんじゃないかとオレは思うんだがね。
 それに……』

「………………それに、何だ?」







『今さら帰ろうとしても、手遅れだ』







 マスターコンボイの問いに答えたその言葉と同時――それは始まった。







 鳴り響く警報。なぜかどっかのロボットアニメのようにせり出してくる地面。

 その中から……ガンダ○っぽいのとかボトム○っぽいのとかパーソナル○ルーパーっぽいのがどっさりと出てきた!





 な……なんじゃこりゃっ!?





 僕達の周囲を取り囲む、どこかで見たことがあるようなフォルムの機械人形の軍団。

 2メートル程の大きさのそれらを見て唖然とする他ない僕ら。

 そんな僕らに対して、ジュンイチさんはあっさりと告げる。



『ルールは簡単――そいつらを全部ぶちのめす。それだけだ。
 お前なら、それほど苦労する相手じゃないだろう?』

「やかましいわっ! いつの間にこんなの用意したのさ!?
 バカやるにしたって手が込みすぎてるでしょうがっ!」

「貴様、ご都合主義にも程度というものがあるだろうっ!」

『別件で作ってたものの再利用だよ。
 少なくとも恭文にとっても好みだろうからと思ってのチョイスなのに、ひょっとしてお気に召さない?』

「ほほぉ……いきなりワケもわからない内から巻き込まれて、お気に召すとでも?」

『思ってねぇけど、受けざるを得ないとは思ってる』



 ………………? 妙に自信タップリですね。



『そりゃ自信もあるさ。
 だって、受けなきゃフェイトが泣くだろうし』

「ちょっと待て。
 ジュンイチさん、アンタフェイトに何するつもりだっ!?」

『別にフェイトにどうこうするつもりはないさ』



 あっさりとそう答えると、ジュンイチさんはそこでニヤリと笑い、



『ただ、お前らがここで棄権したり負けたり、あまりにも時間をかけすぎたりしたら……』





















『フェイトにご褒美として作ってもらってる手作りケーキが、すべてオレの胃袋に納まるだけだかr』

「今すぐコイツら叩きつぶしてそっち行くから、首洗って待ってろぉっ!
 ホラいくよ、マスターコンボイっ!」

「お、おいっ、恭文っ!?」





















 もはや手加減の理由なし。当方に迎撃の用意アリっ!

 フェイトの手作りケーキは誰にも渡さんっ! 待ってろよぉぉぉぉぉっ!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………よし、恭文の炊きつけ完了」



「さ、さすがというか口先三寸というか……」

「ジュンイチさん、なぎさんの扱い心得てるね……」



 フェイトに協力を取り付けたということは、当然この子達もいるワケで……満足げにうなずくオレの後ろで、エリオとキャロは何やら失礼な納得の仕方をしてくれている。お前ら、後でしっぺ一発ずつな。



「けど、恭文もマスターコンボイも……大丈夫かな?
 めんどくさいことにならなきゃいいけど」

「すずか殿、あのロボット達は強いのでござるか?」

「ううん、全然弱いよ?
 数が多いだけで、本気の恭也さんだったら40分もあれば全滅させられるし、ジュンイチさんなら一瞬で焼き払える。その程度の能力しかないから」

「……アンタ、それは強いって言うのよ? 明らかに一般レベル超えてるじゃないのよ」



 アイゼンアンカーやシャープエッジに答えるすずかにはアリサも呆れ顔。まぁ、一般レベル以上だけどオレ達にとってはザコ、ってところか。もちろん恭文にとっても数が多いだけでザコというところは変わらない。





 さて、オレ達がいるのはすずかの暮らす月村邸。オレ達はそれぞれ街に繰り出した後、ここに再集結して恭文を迎えたワケだ。

 あ、ちなみに“風雲まさき城”の装飾はオレの幻術ね。ティアナ直伝はダテじゃないっ!



 で……現在この屋敷はフェイトが(厨房でケーキを作りながら)展開した結界の中。

 まぁ、この家の庭でドンパチが繰り広げられるのはある意味日常的な光景なんだけど、恭文が心置きなく魔法を使えるように、との配慮だ。



 それで、なんでオレ達がこんなことをしているかというと……





「ナギ達の試験勉強に協力したいからって、いきなりこれはないんじゃないの?」

「そっか?
 そりゃ、いきなりで恭文達も戸惑ってたみたいだけど、納得したからいいんじゃねぇの?」

「ジュンイチさん、少しその暴論を引っ込めてくれるとボクはうれしいんだけど。
 まぁ、はやての許可は取ってるし、局としては問題ないんだけど……」

「ごめんね、ジャックプライム。でも、私は魔導師でもなんでもないし、なぎくん達にはこういうことでしか協力できないから……」



 そう。オレがポロッともらした空戦AAAの試験の話を聞いて、「友達の試験にぜひ協力したい」と言い出したすずかが昨日唐突にこの企画を立ち上げたのだ。



 で、今恭文達が戦っているのは、すずかと、すずかの姉ちゃんである忍さんが基本設計を担当。それを元に月村の家の会社で研究、開発した、新型ガードロボットの試作機達だそうだ。その数200体。

 ちなみにデザインが見覚えのあるヤツばっかりなのは……うん、忍さんが話のわかる人だった、ということで。



 もともと、この家のメイドのノエルさんが自分で相手をしてテストしたり、その中で特に能力の高いものを選抜してこの家専属のガードロボットにするつもりで持ち込んだもの。

 なんだけど、せっかくだからと恭文達の修行相手として提供することに決めたそうだけど……



「………………フェイトのケーキ作り、急がせた方がいいかもしんない」

「え?」



 ふと、そんなことを思った。意外そうに顔を上げるすずかに対し、オレは外の様子を映し出したウィンドウに映る恭文の姿を見ながら答える。



「ちと、恭文のテンション上げすぎたかもしれん。
 ヘタすっと……予想をはるかに上回るタイムでクリアしかねんぞ、アレ」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 時間はかけない。そのすべてを、発揮し得る最大速力で討ち払うっ!



 そしてジュンイチさんは最後に思いっきりブッ飛ばすっ!





 ついでに思いっきりお腹もすかすっ! フェイトのケーキをおいしくいただくそのためにっ!





 そう心に決めつつ、僕は機械人形を相手にしていた……これで、20体目っ!



 戦闘開始からすでに5分。今、赤い角付きのひとつ目を横一文字で真っ二つにしたところである。





 あー、くそっ、他のより3倍速かったから、ちょっと手間どった。

 アニメ見てたおかげでどういう攻撃するのか予測がつくのがありがたいよ。ホントにそのままな攻撃してくるしさ。





「マスターコンボイ、そっちは!?」

「こいつで……23体目っ!」





 僕に答えて、マスターコンボイが両肩に多連装砲を装備した青いデカブツを射撃魔法、ハウンドシューターで瞬く間にハチの巣に……くそっ、向こうの方がペースが速いっ! 僕の援護しながらなのにそれってちょっとズルくないっ!?





 そんな感じで、オタクが作ったとしか思えないような機械人形軍団に対して、まず僕達がやったことは、囲まれている状況を打破することだった。





 今、ようやくそれが終わったところ。





 敵の陣形は、アルトのサーチの結果、やはり僕をグルリと囲む形で来ていた。数はおよそ200体。

 普通なら絶対絶命の状況。

 ジュンイチさんじゃあるまいし、どっかのグラップラーみたいに『一度に囲めるのは四人だけだ』とかいう理屈でこのまま戦ったりしようものなら、途中で力尽きること請け合いだ。

 なので、まずはその陣形を一点突破で崩すことから始めた。





 例え敵が200体だろうが400体であろうが、囲んでいる状態では目の前に一直線にいるのはそのうち何割か。

 それを、一気に突っ切れば、少なくとも、常時4対1でやり合うことはなくなる。





 といいますか、そういうのがフロントアタッカーの仕事だしね。そしてそれを最大限に活かせる状況を作るのが、センターガードと並ぶ指揮官役、マスターコンボイのポジションであるミドルコマンダーの仕事というワケだ。

 そんな理由で方針を決めると、即座に行動開始。敵陣に突撃しながら、マスターコンボイに援護してもらいながら敵を一体、また一体とアルトで叩き切りながら、道を開いていったのだ。





 後ろからの敵の攻撃は、マスターコンボイが……というかオメガがバリアで排除。

 というか……むしろオメガがノリノリで防いでる。不意討ち失敗ざまぁみろ、な感じですごく楽しそうなのがすごくコワイんですけど。



 そうして、包囲陣の一角をキレイサッパリ掃除され、視力検査に使うあの図のような状態になった敵陣は、突破した僕達をそろって追いかけ始めた。





 つまり、今敵はほとんどが後方に集中しているワケで……




「アルト、アレ使うよ。
 マスターコンボイは少し脇に退避して」

《わかりました。ですが、いいのですか?》

「周辺に生体反応はないんだよね? だったら、問題なし。
 ただし、それっぽいのが出てきたらすぐに教えて」

《了解です、マスター》

「任せるぞ、恭文!」



 そんな会話をしている間に、機械人形達はこちらに迫ってくる。



 僕は、その一団へと突撃しながら、左の手の平の上に、あるものを出現させる……ピンポン玉サイズの鉄球が一個である。



 それに魔力を込めると、玉は込められた魔力の量だけ大きくなり、青い魔力光に包まれながら、砲丸ほどのサイズへと変わった。

 そしてそれは、手のひらの上で浮いた状態になる。



 でも、これで終わりじゃない。



 次に左腕の手首に、リング状の環状魔法陣が発生する。手首と、鉄球を包むように、合計二つ。

 そして、一団との距離が1メートルを切ろうとしたタイミングで、鉄球を、掌を機械人形の一団に向け……叫ぶっ!





「クレイモアッ!」

《ファイアッ!》





 鉄球が、その叫びに応じるように、小径のベアリング弾へと瞬間的に形を変え、青い魔力を帯びたまま飛び散り、立ちはだかる機械人形達を撃ち貫く!





 クレイモア。僕が魔導師になりたての頃から使っている、範囲型分散掃射魔法。そして、これはその実弾バージョンッ!

 魔力を込めた鉄球を、小型のベアリング弾へとに瞬間的に分裂させ、その後、それらを前方に向かって掃射。

 それによって、一定範囲の敵すべてを倒すという荒業。





 ちなみに、今使ったバージョンはガジェットなどの普通サイズの敵用。というか、機械用。

 対人戦? 危なくて使えるワケがない。自分にとって無意味な殺しはしない主義なんだよ。





「なかなかおもしろい手札を持ってるじゃないか、恭文!
 それなら……こちらもっ!」



 その一方で、マスターコンボイも負けじと動く――オメガの刀身に魔力を込め、あふれ出たそれが刃の周囲で渦を巻く。

 オメガを大上段にかまえながら、足を止めてしっかりと重心を落とし、機械人形達に向けて力強く一歩を踏み出し――振り下ろす!



「エナジーッ!」

《ヴォルテクスッ!》



 解き放つのは破壊の渦。紫色の魔力の奔流――まるでのた打ち回るかのように荒れ狂う魔力はその名の通りの“力”の嵐となって機械人形達の群れへと襲いかかった。先頭の6体ほどを巻き込み、ねじ切り、吹き飛ばす!





 そして、その衝撃が過ぎ去る前に僕らはすでに動いている――さ、次行くよ次っ!





 一番近くにいたタコっぽい緑の機械人形を……縦一文字、唐竹割りで真っ二つに斬り裂くっ!

 そんな僕のとなりを駆け抜け、マスターコンボイがトゲつき鉄球を携えた白い機械人形を魔力を込めた拳で殴りつけ、姿勢の崩れたソイツをオメガで思い切り叩き斬る。





 手ごたえをじっくり感じる間もなく、すぐに移動。





 機械人形達の射撃を避け、場合によってはシールドダッシュで防ぐ。

 右に薙ぎ、左に薙ぎ、そして下から上に、上から下へと斬りつけながら、二人で敵陣をメチャクチャにする。





 一斉掃射でなんとかしようとする連中がいたら、一気に踏み込んでクレイモアなりエナジーヴォルテクスなりで破壊。撃ちもらした連中は体勢を立て直すよりも早く一体ずつ斬っていく。





 で、一直線でムダにやってきてるのは……!











《Stinger Snipe》











 左手の中で生まれた螺旋の光。それが一条の光の矢となって、鉄機達を貫――











《ストップです》





 ……貫く予定だった光は、手元で不意に消えた。アルト、発動キャンセルしやがったっ!





「何すんのあんたっ!?」

《せっかくです。剣術だけであとは倒しましょう》

「はいっ!?」

《マスター、ジュンイチさんが考えなしでこんなことしてると、本気で思ってるんですか?
 それも、日頃からケンカの絶えないフェイトさんまで巻き込んで》

「……あ」

《そういうことです。まぁ、初心に戻らせてもらおうじゃありませんか》

「うん、そーするわ」

《マスターコンボイとオメガも、それでいいですね?》

「かまわん。その方がいい訓練になる」

《お姉様がそう言うならかまわねぇよ》





 ……ま、そういうことならなんとかしてやろうじゃないのさっ!





《そうですね。気合を入れていきましょう》

「もちろんっ! うぉりゃぁぁぁぁっ!」

「いくぞ、オメガ!」

《やることないけどりょーかいっ!》





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 うーん……



 正直、予想外だった。





 別に、恭文とマスターコンボイではクリアできないと思っていたワケじゃない。二人の実力なら、あの倍の数をけしかけたところで負けやしない。





 けど……これほど速いペースで蹴散らしてくるとは思ってなかった。

 しかもそれぞれが、じゃない。二人の連携で、だ……この二人、思った以上にコンビネーションが洗練されてやがる。





 本来なら喜ばしいことなんだろうけど……仕掛け人のひとりとして、そしてその目的を考えた場合、これは非常によろしくない。



「そうなの?」

「なぎさん、がんばってるのに?」

「もっとがんばってもらいたかったんだよ、こっちとしては。
 あぁも簡単に蹴散らされてたら、アイツらの修行になんてなりゃしねぇ」



 エリキャロに答えて、オレは軽くため息をひとつ……そう。これは元々二人の修行のために用意した企画だ。それをこうもたやすく突破されていたら修行の意味がない。



「アイツらのつながり、もーちょっと上方修正しとくべきだったか……
 とはいえ、ちゃんと修行になるように、少しは難易度上げないと……」



 とはいえ、すでに始まってしまっているこの状況ではできることなど限られている。さてどうしたものか……





 ………………





「…………おい、柾木。
 貴様……何を思ってオレに視線を向けている?」



 安心しろ。

 別にボーイズラブ御用達の理由で熱視線送ってるワケじゃないからさ。



「それこそ安心しろ。
 貴様がそんな理由でオレを見つめていたら、全身全霊を持って焼き尽くしてやろう」

「その前に、インスピレーションに突き動かされたはやてを二人で焼くことになりそうだけどなー」



 などとボケかましてる場合じゃない。さっさと本題に入るとしよう。





 ククク……覚悟するがいい、恭文、マスターコンボイ!



 プレイヤーはプレイヤーらしく、ゲームマスターの手のひらの上で存分に踊るがいいさっ! あぁーっはっはっはっ!











「お兄ちゃん、トばしてるなー」

「ねぇ、あずささん。
 今のうちにこの人ブッ飛ばしておくのが、いろんな意味で今後のためになると思うんだけど」

「否定できないのが辛いよ、アリサちゃん……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 これで……80ッ!



 80体目の敵を斬る。マスターコンボイも同じくらい撃破してるから、トータルはだいたい160。

 これで残り5/1……つまり、40体。あとちょっとだ。



 時間はすでに20分。ここまでなんとかやってきた。

 しかし、これだけ斬るとさすがにキツイね。まー、あの二人との訓練の方がもっとキツイけど。砲撃魔法の雨嵐だしさ。



 つか、僕がジュンイチさんやクロノさんにこういうシュチュエーションでの立ち回り方をどれだけ叩き込まれたと?

 格上ならともかく、剣術のみといえど、格下相手に手間取るワケにはいかないのよっ!




《それでも対応はしようとしてましたけど、こちらの殲滅スピードに追いつけなかったというのが正直なところでしょう》

「だね……でも、さすがに距離は取られてるね」

「たかだが地球産の非人格型AIと言っても、そこそこ学習能力はあったようだな」

《仕方ありませんよそれは。ですが、ここまできたらあと一息です。がんばりましょう》

「了解」

《私や姉様に恥かかすんじゃないぜ!》

「言われるまでもないわっ!」



 残り40と、サーチなしでもしっかりとわかる程度の数になった機械人形達は、こちらと距離をとって警戒している。

 スティンガースナイプなり使って、サクっと片づけたいと思っても、罪じゃない。



《却下ですよ》

「うん、わかってる……地道にいきますか」



 アルトに答えて、僕は力強く踏み出して機械人形達へと突撃して、





















 機械人形達が吹き飛んだ。





















 突然巻き起こった炎が、残りの機械人形達をまとめて薙ぎ払ったのだ。







 けど……僕もマスターコンボイも、剣技だけで突破すると決めたのだ。こんな一撃を放つはずがない。





 炎、ということでジュンイチさんの攻撃……というワケでもない。



 だって、ジュンイチさんは“青い炎”なんて放たないから。





 と、ゆーワケで……





「…………お前達。
 魔法自粛の戒め……今すぐ外してもらおうか」





 機械人形達を焼き払った犯人、イクトさんが、燃え盛る青い炎の向こうから姿を現した。





「い、イクトさん!?」

「選手交代だ。
 あのままでは貴様らの修行にならん、という首謀者の意向でな」



 あー、つまり、ジュンイチさんの差し金ですか。



「まぁ、オレ自身の興味、というのもあったがな。
 思えば、貴様らとは今まで模擬戦をしたことがない。ちょうどいい機会と思ってな」



 そしてあなたもシグナムさんやブレードさんと同じバトルマニアな部類ですか。



「では、貴様らは違うのか?
 戦いに身を置く者であれば、己の実力がどれほどのものか、刃を交えて確かめたいと思うのは自然な心ではないか?」

「…………まぁ、否定はせんがな」



 要するに、自分から前座を薙ぎ払ってのボスキャラ登場ってワケですか……僕のとなりで同意して、マスターコンボイがオメガをかまえる。



「恭文」

「…………だね」



 どの道、この状況はどう見てもイクトさんとの対決ルートでしょ。僕もアルトをかまえて気合を入れる。

 で…………アルト。



《わかっています。
 さっきまでの戒めをかけたままで勝てる相手ではありませんから……まぁ、いつものことではありますが》



 そだね。僕らの場合、普通に格上と、具体的にはオーバーSとやり合うことばっかりだもんね。

 以前スバルにも話したけど、格上とわかっている相手と戦うのにいちいち戒めにこだわってなんかいられない。実戦の場でそんなことをすれば待っているのは死あるのみだ。



 間接攻撃系の魔法も解禁。全力でぶつかる――いくよ、マスターコンボイ!



「おぅっ!」



 返事と同時に身体が動く――まったく同じタイミングで地を蹴り、僕とマスターコンボイはイクトさんへと突撃する。

 対し、イクトさんも剣をかまえ――瞬間、衝撃音が響いた。



 同時、僕とマスターコンボイが後退する――僕らの意志によるものじゃない。イクトさんと斬撃をぶつけ合った結果、弾き飛ばされたのだ。



 ちなみに、イクトさんの動きはわずか一挙動……この人、一振りで僕らの全力の一撃を弾き返しやがったっ!? しかも向こうは一歩も動いてないし!

 ひょっとして、この人もデフォで身体能力のブーストかかってるクチ!? これだからジュンイチさんトコの能力者はタチが悪いっ!



「貴様とて瘴魔との戦闘経験はあるんだろう!? 今さらだなっ!」

「そうですけど、ねっ!」



 距離を詰め、大上段から振り下ろしてくるイクトさんの斬撃をサイドステップで回避。そのまま横薙ぎの一閃につなぐ――けど、イクトさんも刃を引き戻してそれを受ける。

 瞬間、腹に衝撃――かなり厳しい体勢からムリヤリ蹴り飛ばされたんだと気づいた時には、僕の身体は放物線を描いて地面に叩きつけられていた。つか、ムリヤリ放った蹴りでこの威力ですか。

 身体は――よし、動く。追撃を警戒してすぐに身を起こす僕だけど……



「ぐわぁっ!?」

「でぇっ!?」



 そんな僕めがけて、同じくブッ飛ばされたマスターコンボイがすっ飛んできた。あわててその場から飛びのいた僕の目の前で、僕よりも小柄な少年の姿をした守護者サマは頭から地面に突っ込んだ。



「どうした? まだほんの少ししか打ち合っていないのに、もう降参か?」

「そんなワケ……ないでしょうがっ!」



 言い返しながら、すぐにマスターコンボイを助け起こして体勢を立て直す。



 こうなったら……四の五の言ってられない。こっちの切れる中でも最高クラスの切り札、速攻で切るしかない。



「マスターコンボイ」

「あぁ」

《Human form, Mode release》



 すぐに僕の言いたいことに気づいてくれた。僕から少し距離を取り、マスターコンボイはヒューマンフォームへの変身を解除。身長6メートルほどのロボットモードへとその姿を変える。



「オレはいつでもいけるぞ。
 恭文はどうだ?」

「その質問、意味あるの?」

「ないな」



 迷うことなく返した僕の答えにマスターコンボイが肩をすくめる――そして、二人で叫ぶ。











『ゴッド――オン!』











 その瞬間――僕の身体が光に包まれた。強く輝くその光は、やがて僕の姿を形作り、そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、彼の身体に重なり、溶け込んでいく。

 同時、マスターコンボイの意識がその身体の奥にもぐり込んだのがわかる――代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化した僕の意識だ。



《Saber form》



 トランステクターのメインシステムが告げ、マスターコンボイのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのように青色に変化していく。

 それに伴い、オメガが分離――巨大な両刃の剣が真ん中から別れ、二振りの刀となって両腰に留められる。

 そして、ひとつとなった僕ら二人が高らかに名乗りを上げる。







《双つの絆をひとつに重ね!》

「ふざけた今を覆す!」



「《マスターコンボイ・セイバーフォーム――僕(オレ)達、参上!》」







「…………正解だ。
 相手が格上とわかったなら、出し惜しみ自体するべきではない――相手に主導権を渡さないためにも、そこは最大戦力で一気に叩くべきだ」



 あのマスターギガトロンすら退けた僕らのゴッドオンを前にしても、イクトさんは余裕の態度。けど……その不敵な笑みの裏で、イクトさんの中で“力”がグングン高まっていくのがわかる。



「…………いくよ、マスターコンボイ」

《いちいち確認するな! ぶちかませ!》

「りょーかいっ!」



 マスターコンボイに答え、僕は地を蹴ってイクトさんとの距離を詰める。

 真っ向から受けて立ったイクトさんに、すくい上げるように左のオメガで一撃。当然ガードされるけど――そもそもガードされるのは前提の内。

 だからこそ、すくい上げるように斬りつけた――そのまま、トランスフォーマーならではのパワーにモノを言わせてイクトさんの身体を浮かせて、右のオメガを横薙ぎに叩きつけるっ!

 これもガードされたけど、空中で、しかも飛行の体勢に入っていなかったイクトさんはガードの上からまともに吹き飛ばされた。すかさず追撃に移る僕らだけど――



「追撃が――うかつすぎる!」



 うそっ!? あの状態からムリヤリ身体をひねって、炎をぶちまけてきた!?



 荒れ狂う、この身体でもくらったらヤバそうだと一目でわかる熱量が僕らに迫る――とっさにかわした僕らの脇を駆け抜けた炎は、背後の庭を一瞬にして焦土に変えてしまう。



 しかも、すでにイクトさんは地面に着地して第二撃の体勢――つか、さっきよりも炎の勢い強くないですかっ!? どう考えてもチャージサイクルとか異常じゃないかなっ!?



「残念ながら、これがオレの固有の能力でな!
 “瞬間点火”――極限まで特化させたチャージ速度は、オレに一瞬で最大火力の発揮を可能とする!」



 説明どうもありがとう――とか言ってる場合じゃないっ! 説明を締めくくると同時にイクトさんは炎を解き放った。さっき以上の勢いで荒れ狂う炎が、僕らに向けて迫ってくる。



《かわせ、恭文!》

《マスター、回避してくださいっ!》



 マスターコンボイとアルトのその言葉に、僕は足を止めて、炎の渦に対して、真っ向から迎え撃つ。



《恭文っ!?》











 ……普通なら、巨大な熱の塊であるあの青い炎に対しての対処は、限られる。

 魔力を込めて斬るか、クレイモアなりスティンガーなりぶつけて直撃コース上の炎だけでも吹き散らすか、回避というのが定石だろう。



 そうじゃなきゃ、あっという間に黒こげになってお終いである。でも……





「ゴメン、アルト、マスターコンボイ、オメガ。
 ここで下がったらさ、修行にならないと思うんだよね」



 なんとなく、くらいの感じのはずなのに、その想いが僕の足を止めさせていた。





 ジュンイチさんとすずかさんは、僕らの修行のためにこの場を設けてくれた。



 イクトさんも、機械人形相手じゃ修行にならないってんで、わざわざ相手を引き受けてくれた。



 フェイトも、ジュンイチさんと仲悪いっていうのに、僕のためにそのジュンイチさんに結界という形で手を貸してくれた。











 みんながそこまでやってくれてるのに……逃げの一手、なんて消極策、とってたら世話ないでしょっ!











 そんなワケで……みんな、少しだけムチャをするよ。



 魔力付与なしでこいつを……斬るっ!










《……わかりました。やりましょう、マスター》

《そこまで言われたら、協力するしかあるまい》

《その代わり、絶対キメやがれよっ!》

「うんっ!」





 前にも話したと思うけど、僕の剣は、日本の薩摩の示現流がベースとなっている。

 示現流には二の太刀はいらない。すべて、一の太刀で決める。それほどの打ち込みを放つことが、この流派の基本であり……すべてなのだと教わった。



 ハデに動いたために、いつのまにか荒くなっていた呼吸を整える。呼吸をしながら、吸い込んだ酸素と一緒に、身体のすみずみに力を送る。



 筋力や物理的な力じゃない、立ちはだかる障害を一閃で斬り裂くというイメージ、そこから生まれる強い思いの力だ。



 物理や論理? ……ばかばかしいね。そんなもんだけで、目の前の標的が斬れるワケがない。





 斬りたいと思えば、何でも斬れるんだよっ!



 そーだよ、僕はバカだよっ! こういうやり方でしか力出せないんだよっ!



 炎の渦が、こちらに向かってくる……二つに分かれたオメガの一方、オメガ自身が制御してる方を腰に留め、もう一方、アルトの制御してる方を両手で握ると、呼吸しながら、ゆっくりと正眼にかまえる。



 さっきも言ったけど、魔力はあえて込めない。それでも斬れなければ意味がない。

 使うのは、僕らが一緒に培ってきた、僕らの技だけ。



 イクトさんの能力の説明の通りなら、すでに向こうは第三弾のチャージに入っていると思っていい。ひょっとしたら、もう終わってるかもしれない。が、そんなのは気にしない。

 コイツを斬り裂いた後に……すぐ動けばいいのだから。さぁ、今を覆そうじゃないのさっ!





















「……チェェェェストォォォォォォォォッ!」





















 振り下ろされた刃は、真っ青な炎の渦を……キレイに、真一文字に斬り裂いたっ!



 その瞬間に、二つに別れた炎の合間を抜ける形で再びダッシュ――炎を抜けた先では、イクトさんが次の炎をチャージし終えているけど、悪いね、とっくに予想済みっ!



「終わりだ!」

「誰がっ!」



 僕とイクトさんの咆哮が交錯――次の瞬間には、もう僕はイクトさんの放った炎を真上に飛んでかわしている。

 立ち上る熱気をまともに浴びるけど、直撃を受けるよりもマシだ。そのまま、迷うことなくマスターコンボイと二人で叫ぶ。



「《フォースチップ、イグニッションッ!》」

《Full drive mode, set up》



 その叫びに応えて飛来するのは、セイバートロン星のフォースチップ――背中のチップスロットへと飛び込み、システムがフルドライヴモードへと移行する。



《Charge up.
 Final break Stand by Ready》




 そのまま、僕の飛行魔法で空中を疾走するように突撃。二刀流でイクトさんを狙う。

 このタイミングなら、いくらチャージの速いイクトさんでも追撃は間に合わな――って!?

 見れば、イクトさんの左手にはすでに燃え盛る青い炎――そういえば、さっきの一撃は右手で放ってた。両手に一撃分ずつチャージしてた!?



「今度こそ……終われぇっ!」



 咆哮し、イクトさんが炎を放つ――けどっ!



《鉄煌!》



 マスターコンボイの咆哮を合図に、左のオメガで斬りつける――炎を斬り裂きながら一気に距離を詰め、



「双閃!」



 僕が、本命の一撃を叩き込む!



 けど、敵もさるもの。イクトさんも自分の剣で受け止める。一瞬だけ両者が拮抗して――







「《オォォォォォォォォォォッ!》」







 けど、それで止まる僕らじゃない。そのまま、一気に押し斬るっ!







 渾身の力で振り抜いた一撃は、結局イクトさんには届かなかった――けど、ガードの上からブッ飛ばした。勢いよく飛ばされたイクトさんの身体が、月村邸の壁をブチ砕いて邸内に突っ込んでいく。



 うーん……結界越しとはいえ、友達の家をブッ壊すのは気が引けるなぁ……



《何言ってるんですか。
 そんな贅沢を言っていられる相手じゃないでしょうに》

「いや、まぁ、そりゃそうなんだけどね」





 それはともかく、今はイクトさんだ。やったか、やれてないか……





「…………やってくれたな」





 …………マジですか。



 今の僕の身体は目線の高いトランスフォーマー(重量級)。生身のイクトさんとの重量差なんて考えるまでもない……はずなんだけど。



 なのにあの人、悠々と土煙の仲から姿現したんですけど。



 何さあの防御力っ! 直撃しなかったからってあんなのアリか!?



「残念ながらアリだ。
 さぁ、まだまだいくぞ!」



 くそっ、やるしかないかっ!



 気合を入れ直す僕らに向かって、イクトさんは勢いよく地を蹴って――





















「はい、そこまで」





















 ジュンイチさんが、イクトさんの後ろ髪をつかんで制止していた。





















「☆△×#$□※*@%〜〜〜っ!」



 全力で前方に向けて飛び出したところに後ろ髪を引っ張られて――その結果、イクトさんの頭だけが不自然極まる形で急停止。ゴキリッ、と決して響いちゃいけないような音が響き、イクトさんは首の後ろを押さえ、解読不可能な悲鳴を上げながらゴロゴロとのた打ち回ってる。

 それでも、なんとか持ち直したみたいだ。ヨロヨロと身を起こして、ジュンイチさんに尋ねる。



「ま、柾木、貴様、何を……!?」

「もういい。そこまでだ」



 イクトさんに答えると、ジュンイチさんは僕らの方へと向き直り、



「恭文、マスターコンボイ……でもってアルトアイゼンとオメガ。
 お前らの勝ちだよ」

「待て、柾木!
 オレはまだ戦える!」



 ジュンイチさんの口から飛び出したのは、僕らの勝利宣言――あわててイクトさんが反論の声を上げるけど、



「えぃっ」



 ジュンイチさんはそんなイクトさんの伸ばした手をかいくぐると、イクトさんのわき腹を人さし指でツンッ、とつつき――





「☆△×#$□※*@%〜〜〜っ!」





 イクトさん、再び悶絶。



「そんな状態でよく言うねぇ。
 恭文とマスターコンボイの“鉄煌双閃”、斬られなかっただけでエネルギーはまともにくらってるだろ」



 そんな、のた打ち回るイクトさんの姿にジュンイチさんはため息ひとつ。



「まぁ、見ての通りだ。
 イクトにこれ以上戦わせて、何かあったらエリオやキャロに泣かれるからな――悪いがここまでにしてくれや。
 そんなワケで、この勝負はお前らの勝ち。Do you understand?」

「ジュンイチさん……その前に、僕らに何か、言うことはないかな?」



 その言葉に、ジュンイチさんは少し首をかしげて……一言。











「『クリアおめでとう』?」



「《この状況に対して謝れぇぇぇぇぇっ!》」











 叫ぶと同時に両手のオメガを一閃。魔法という形すら取らず、問答無用でぶちまけた魔力が――ジュンイチさんの足元を粉々に爆砕した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………あー、えっと……



 なぎくん……やっぱり怒ってる?





「……イヤだなぁすずかさん。これで怒らない人間がいるとでもお思いで?」



「………………思ってません」





 うん。ちょっとだけ、悪ふざけがすぎたかも。



 なぎくん達の、月村家特製のガードロボット200人斬りは、イクトさんの乱入と撃破を経て、ジュンイチさんがブッ飛ばされちゃう形で終わりを迎えた。

 そして、今はなぎくん達ががんばったご褒美として、フェイトちゃんの手作りケーキとファリンが腕によりをかけて一生懸命作ったご馳走の待つ食堂に移動中。



 けど……なぎくん、今は少し不機嫌そう。それを見て、私は……



「なぎくん、あの……ちゃんと言わなかったのは悪かったと思ってる。ごめんなさい……」

「いいよ、謝らなくて。というか……」



 謝った。というか、謝るしかないと思った。でもなぎくんは、そんな私にため息をひとつ。



「それ以前に、すずかさんが謝る必要、ある?
 どーせ、首謀者はジュンイチさんでしょ?」

「でも、最初になぎくんの試験のお手伝いがしたいって言い出したのは私だし……」

「ほら、すずかさんは言い出しただけじゃないの。
 それに対してジュンイチさんが悪乗りして、すずかさんちのガードロボットに総動員かけた挙句にゲームマスター気取りでイクトさんまで駆り出した……とか、そんなところでしょ?」

「すごいな恭文。大正解」

「そう思うんなら反省しようよ張本人っ!」



 なぎくん達にブッ飛ばされたのも何のその。ごくごく普通に会話に加わってるジュンイチさんの向うずねを、なぎくんが思い切り蹴飛ばした――さすがにこれはジュンイチさんも大いに痛がって涙目になってるけど……うん。私も自業自得だと思うよ、ジュンイチさん。



「うぅっ、なんか理不尽だ……」

「あんなバカ丸出しのイベント起こしておいて理不尽も何もあったもんじゃないでしょうが。
 けど…………」



 と、なぎくんがもう一度ため息をついて……私やジュンイチさんを交互に見る。



「それでも……とりあえず、一応だけど……お礼は言うべきかな。
 やったことがちょっとアレだったとはいえ……それでも、僕らの修行のためにしてくれたんだよね。だから……ありがと」

「………………まぁ、いいけどさ」



 なぎくんの言葉に、ジュンイチさんはぷいとそっぽを向いて答える……あれ、顔赤くないですか?



「…………お兄ちゃん……ひょっとして、お礼言われて照れてる?」

「やかましいっ!
 ほら、昼飯も作ってもらってんだ。さっさとごちそうになりにいくぞ。もう腹ペコだ!」



 あずささんにゲンコツを落として、ジュンイチさんは私達の先頭に立って歩き出す……けど、そのわざとらしい、大声での、棒読みのセリフ……本心だだもれですよ?



 そんなジュンイチさんの後ろ姿に思わずクスリと笑みをもらして、私達はあの人の後に続いて食堂を目指すことにした。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……そうして、楽しくて、そしてみんなの気遣いがどうにも気恥ずかしかった時間は、あっという間に過ぎた。



 ご飯の後は、すずかさんが録画していた僕らの暴れっぷりをみんなで観賞。



 すでにオーバーSランクなフェイトやジャックプライム、その二人よりも強いジュンイチさんやイクトさんと戦闘内容についてあーでもないこーでもないと専門的な話をした。うん、勉強になりました。

 すずかさんは、プログラム改良のためにその話に耳をかたむけつつパソコンをカタカタ。

 ……あれ以上強化するつもりですかあなた?



 そしてエリオとキャロとそのパートナーズは、何故か関心しきりで、アリサやあずささんはまるで何かのアクション映画を見るかのように映像に釘づけだった。

 そんな大したことはしてないよ? 今回は戒めも外してないし。





「それじゃあ恭文、ケガしないように、気をつけて帰ってね」

「うん、了解。美由希さん、士郎さんに桃子さん。見送りありがとうございます」

「あら、いいわよ別に。ね、あなた?」

「そうだぞ。そんな水臭いのはなしだ」





 時刻は既に5時過ぎ、僕とフェイトにエリオとキャロは、明日の勤務もあるため、転送ポートで本局へと戻る時間となった。

 月村邸の庭で、転送を待つためにみんなで出てきたのだけど、そこに、店を早仕舞いして高町夫妻と美由希さんがやってきたのだ。



 ……仕事もあるのに来てくれた事に、少し胸が熱くなる。

 あ、ハラオウン家の皆には、さっき通信でお話してきた。というか……カレルとリエラに泣かれた。辛いですよアレ。



「次に恭文に会えるのは……無限書庫になるのかな? 私も休暇が明けたら向こうに戻るんだし」

「あー、それについて気になってたんですけど……美由希さん。ぶっちゃけ、休みなんかとって大丈夫なんですか?
 無限書庫、いつもどこぞのムチャ振り提督のせいでフル回転じゃないですか。休暇をとる余裕なんて……」

「フル回転だから……だよ」



 ふと気づいて尋ねる僕だけど、そんな僕に対して美由希さんは思わず苦笑。



「おかげでみんな休暇がたまりにたまって、厚生部から泣きつかれてね……みんなで交代しながら強制的に休暇を消化してるの。
 まぁ、そのせいで居残り組の負担が大きくなって、テント村なんかができる事態に陥ってるんだけど」

「ちょっと待て、高町美由希。
 以前出張任務で来た時も似たような理由で休暇をとって帰ってきてなかったか!? まさかあれからまだ続いてるのか!?」

「うん。今は3巡目かな?
 たまってる休暇を許容範囲まで消化しようと思ったら、あと4巡はしないとねー」



 ………………あー、クロノさん。まぢで無限書庫の環境改善考えましょう。うん、切実な話ね。

 だってこれはありえない。横馬みたいに単独で溜め込むならともかく、職場全体で休暇溜め込みまくってるって明らかにおかしいでしょうがっ!



 とりあえず、話のわかりそうな人にお願いしてその辺つついてもらうことにしよう。適役は……レティ提督とかかな?





「……あ、もう時間だね」



 フェイトがそう口にする。後ろを見ると、そこには魔法陣……本局が開いてくれた転送ポートだ。



「それじゃあ……みんなありがとうね。また、年末とかに帰ってくるからっ!」

《ありがとうございました。それではまた》

「それじゃあ、アリサ、すずか。またね。美由希さんに士郎さん達も」

『お世話になりましたー!』





 転送ポートの上にのって、みんなに手を振る……徐々に魔法陣の外の風景が歪んでいって……そして、僕はミッドチルダへと跳んだ。





















 …………少し、ふらつくような感覚を覚えて、思わず目を閉じる。

 それから目をゆっくりと開けると……そこは、昨日海鳴へと跳んだ本局の転送ポート。



 そこからゆっくりと降りて、ポートの番号を見ると……うわ、行きに使ったのと同じので帰ってきたんだ。





《そうですね。他にも装置はたくさんあるのに……不思議な偶然ですね》

「だね」



 こういう小さな偶然に出くわすと、意味もなくうれしかったりするんだよね。なんとなく感慨深いものを感じながら、僕はアルトと言葉を交わす――



「………………うっぷ」

「ちょっ、お兄ちゃん、しっかりーっ!」

「相変わらず自分が“跳ぶ”のはダメなんだな、貴様は……」



 後ろで転送酔いに苦しみ、あずささんに介抱され、イクトさんに呆れられているジュンイチさんの存在を可能な限り意識の外に締め出しながら。











 あー、でもアレだよね。エリオ、キャロ。



「何?」

「ごめん、結局三日目は僕らの都合に付き合わせちゃって。海鳴、あっちこっち観光できればよかったんだけど……」

「あぁ、それなら大丈夫。ね、キャロ」

「うん。なぎさんや兄さん達の大暴れが見れたし、わたしとエリオくん的には……満足かな?」





 ……どういう意味かは聞かないでおこう。うん、それが平和だ。





「フェイト」

「うん?」





 見上げて見えるのは、ルビー色の瞳。優しい金色の髪……やっぱり、ドキドキする。





「誘ってくれてありがと。すっごく楽しかった」

「……なら、よかった。私も、ヤスフミと一緒に過ごせて……楽しかったよ」











 そう言ってくれたことがすごくうれしかった。うん、やっぱりフェイトといるの、幸せ。











「よし、それじゃあ隊舎に戻る道すがら、みんなでご飯食べようかっ!」

『さんせーい』

「当然なぎさんのおごりだよね」

「え?」

「恭文、ありがとう。僕、いっぱい食べるよっ!」



 なんでそうなるっ!? つか、エリオは遠慮してっ!



「ヤスフミ」

「フェイト、この二人に何か言ってよー」

「ごちそうになります」

「フェイトもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

《微笑ましい光景ですね……》

「あー、恭文……」

「ジュンイチさん、あなたもかっ!」

「いや、ちゃんと自腹切ってやるから安心しろ……
 その代わり、店はオレにチョイスさせて。晩飯は消化のいいモノ食いたい……」

「…………そんなにキツイんですか? 転送酔い……」











 ……こうして、メンツが増えたり減ったり入れ代わったりな三日間の休みは終わりを告げた。





 そうして再び刻む時間は、日常。でも……なんだろう。





 少しだけ、これからの時間は変わっていく気がする。





 僕は、楽しそうに笑うフェイト達親子を見て……心からそう思った。







(第22話へ続く)


次回予告っ!

エリオ 「ところでジュンイチさん」
ジュンイチ 「ん?」
キャロ 「すずかさんの家に幻術で装飾した時に立てた看板の“風雲まさき城”って、結局何だったんですか?
 なぎさんは、元ネタがあるようなこと言ってたんですけど……」
ジュンイチ 「昔、似たようなタイトルのアスレチック系のバラエティ番組があったんだよ。
 で、そのタイトルの中の人の名前をオレの名前に直して、“風雲まさき城”と……」
恭文 「作者の年代がバレるネタだなぁ……」

第22話「平和な時間の中にいては、
 平和のありがたみはあまりわからない」


あとがき

マスターコンボイ 「ライトニング旅行編もこれにて閉幕。
 最後にオレと恭文とで大暴れした第21話をお送りした」
オメガ 《あのー、旅行に来てたんですよね、私達。
 なのになんで最後の最後でバトってるんですか。しかも2度目になるミスタ・恭文とのゴッドオンまでして》
マスターコンボイ 「オレに言うな。
 その辺りの文句は、むしろ月村すずかの提案に悪乗りした柾木ジュンイチが受けるべきだろうが」
オメガ 《何言ってるんですか。
 そこでとりあえずボスを糾弾しておくのが、ネタ的に正しい流れじゃないですか!》
マスターコンボイ 「『とりあえず』なネタで糾弾されてたまるかバカ者っ!」
オメガ 《いいじゃないですか。
 そうやって周りから理不尽にもてあそばれるのも昨今の主人公の特権なんですから》
マスターコンボイ 「特権なのか? それは……」
オメガ 《目立てるからいいじゃないですか。
 ボスはいぢられる側、私がいぢる側……ほら、二人とも目立てて万々歳な感じじゃないですか》
マスターコンボイ 「オレがいぢられる側なのか!?」
オメガ 《それを論じますか?
 そっちに話を向けると、むしろボスがいぢる側に回ったのが今まで何回あったのか、という話になると思うんですが》
マスターコンボイ 「………………」
オメガ 《あ、止まった》
マスターコンボイ 「………………とにかく、ライトニングとオレ達の旅行もこれで終わりなワケだが」
オメガ 《見事なまでにあからさまに逃げましたね。
 それはともかく、ボスの言うとおり旅行も終わりですから、次回からはまた六課に舞台が戻ることになりますね。
 まぁ、ボスとミスタ・恭文がいぢられる流れは変わらないワケですが》
マスターコンボイ 「その流れはいい加減断ち切ってもらえないかな!?」
オメガ 《読者の要望です。あきらめてください》
マスターコンボイ 「ある意味一番逆らえない理由が出てきた!?」
オメガ 《そんなワケだから観念してください》
マスターコンボイ 「理不尽だ……覆したい理不尽がここにある……っ!
 この理不尽を次回こそ覆したいと誓いつつ、今週はこれにてお開きだ。
 また次回会おう」
オメガ 《覆せないでしょ。絶対》
マスターコンボイ 「断言された!?」

(おわり)


 

(初版:2010/11/20)