……さて、休みから帰ってきた僕とアルトは、さっそく訓練だったりします。





 だけど……











「いーじゃん♪ いーじゃん♪ すげーじゃんー♪」

「い〜じゃん♪ い〜じゃん♪ すげ〜じゃん〜♪」

「……あのさ」

「なーに? ツンデレ」

「な〜に? ツンデレさん」

「誰がツンデレよっ!? つかっ! ヴィヴィオもこの変なお兄ちゃんのマネしなくていいからっ!」



 ティアナ、何げに失礼なこと言わないでほしいよ。心が痛いじゃないのさ。ね、ヴィヴィオ。



「うん♪」

「……ヴィヴィオ、ずいぶんなぎさんと仲良くなったね」

「だって、恭文とアルトアイゼン、おもしろいもん」

「おもしろいって……それ、年上の評価としてどうなのかな?」



 ……いいよ、そこはもうさ。慣れてるから。



「あ、でもでも。おもしろいだけじゃなくて、すごく強くて、かっこよくて、ノリノリなのっ! 特に今日……は、残念だったね」

「ヴィヴィオ、その言い方やめてっ! ……まぁ、確かにね」



 そう言って、僕は思い出す……今日の、フェイトを相手取っての模擬戦闘。結果は、負け。それはもう見事に。



「映像で見せてもらったのと違ったね」

《……マスターの感覚、やっぱり不安定みたいですね》

「それって、あれだよね。どういう斬り方をすれば、物が斬れるかわかるっていうの」

《そういう言い方をするとまるで某魔眼のように聞こえるからやめてください。
 要するに、一瞬の裂帛の気合と踏み込みです……あの時のマスターは、それができていたのに》

「フェイトママのザンバ―斬ろうとして、カウンター喰らっちゃったもんね……」

「やはり、あの時と同じ条件で……ゴッドオン下でなかったのが影響しているのかもな。
 ゴッドオンしているかしていないかで、ゴッドマスターの周囲への知覚能力も変動するワケだしな」

「かもね……」



 あぁ、そうだったね。くそ、これじゃあダメだ。

 あの時、炎の渦を斬った時の感触。あれが……先生の言う境地。想いを込めた、今を覆す僕だけの切り札。



 でも……



 さて、一応補足です。

 今日の訓練終わり。ティアナ達とジェットガンナー達、マスターコンボイと、見学していたヴィヴィオと一緒に、お昼に戻る途中。

 だけど、僕はあれこれ反省中です……やっぱり、一流への道は遠いってことか。入り口が近づいてるように感じた分、キツイなぁ。





「でも、焦ってもしかたないと思うな。そういうのは、一朝一夕には物にできないって、シグナム副隊長も言ってたし」

《まぁ、じっくり行くしかないでしょ。それに何より、グランド・マスターだって、こんな簡単に境地についたりはしませんよ。道は長いんです》

「……そうだね」





 じっくり行くしかないか……うん、がんばろう。

 でも、やっぱり剣術の修行はもうちょっとしたいな。もっと言うと、技術的な部分の再確認的な意味での。

 魔法戦闘はなのはにフェイトや師匠とかがいるし、スバル達とやり合ってもいい感じになる。

 だけど、この手の修行となると……どうしても、シグナムさん頼みな部分が大きいしなぁ。



 だけど、シグナムさんは、何回か言っているけど参加の頻度がそれほど多いワケじゃない。

 シャマルさんに頼んで、ブレードさんを呼んでもらうか……いや、ダメだ。あの人は本能だけで剣を振ってるタイプだ。模擬戦ならともかく、今望んでる、技術を磨くための訓練の相手としては致命的なまでに向いてない。

 そうすると……うーん……



 やっぱり、二人に頼むしかないのかな。先生の弟子だし、剣術も含めた武術関係は相当。相談するなら、一番いい。

 でも、今は六課にいるから、あまり勝手もできないし……





「……ね、恭文」





 僕が、あれこれ考えながらも、日常をギャグ的色に染めていたいななどと思っている所に、いきなりシリアス色を持ってきたKYな女がいた。

 そう、最近この話のおかげで、一部でおバカなKYキャラを確立し始めているスバルである。(独断と偏見です)

 当然、スバルもさっきからいた。いや、文字媒体だからわからなかっただろうけど、そうなのよ?





「何?」

「恭文のクレイモアって……“見せ技”としての部分も大きいんだよね?
 ハッタリって言うか、相手に『こういうのもあるんだぞ』って、警戒させるための……」

「うん」



 そう。僕がクレイモアを手札に加えているのにはそういう意味合いもある。

 保持している。そして、人に撃つのをためらわない部分も見せる。これって、相手方からすると結構なプレッシャーらしいのよ。

 大量の魔力の散弾は、非殺傷設定だと、直撃すれば容赦なく相手方の魔力を削る。なんにしても、一撃必殺の攻撃だ。だからこそ、そういう手札を持っていること、そしてそのことが知られていること。それ自体が相手に対するハッタリになるのだ。



「それがどうかしたの?」

「うん……
 あたしも、そういうの持ってた方がいいのかな、って……」

「クレイモアを?」

「いや、そうじゃなくて……恭文にとってクレイモアがあるように、あたしにもそういう、相手を警戒させるための見せ技、みたいなものを持っておいた方がいいのかな、って」

「ひょっとして……今日の模擬戦のこと言ってる?」

「うん」



 今日の訓練、スバルはジュンイチさんと模擬戦をした。

 で……大方のみなさんは予想がついてると思うけど、結果はスバルの負け。しかも惨敗。

 ジュンイチさんの炎に接近を阻まれて、得意の打撃戦に持ち込むことすらできずに撃墜と相成ったのだ。



 本来、スバルや僕の務めるフロントアタッカーは突撃して、道を切り拓くのがお仕事。多少の攻撃なんかものともせず、僕のようにかわすなりスバルのように防ぐなりして懐に飛び込まなければならない。

 けど……そんなのあの人が許すはずがない。スバル版ディバインバスターを始め、スバルの魔法の届かない距離から、回避もできないほど広く、防御も意味を成さないほどの火力を叩き込まれては、スバルに成す術はなかった……というか、あんなのやられたら僕も、そして多分師匠も撃墜必至だ。



「けど、お兄ちゃんがあぁいう戦法を取れた一番の理由は、あたしに遠距離で強力な手札がないって知ってたから……
 もちろん、フロントアタッカーのあたしに強力な砲撃は本来ならいらないけど……」

「単独戦闘では、そうも言っていられない……だよね?
 実際、今日の模擬戦でジュンイチさんに墜とされたのがそれだし」

「うん。
 だから、必殺の一撃、とまで磨き上げなくてもいいから、『あたしは砲撃も持ってるんだぞ。うかつに離れたらズドンといくぞ』って相手に思わせるようなのがあったらなー、って」



 んー、なるほど。言いたいことはなんとなくわかるかな。

 見せ技に限らず、持ち技が多ければそれだけ戦い方のバリエーションも増える。そうすれば、今日の模擬戦でも、勝てないまでももう少しくらいは抵抗できたかもしれない。







 さて……読者のみなさんの中には、この会話に不吉な予感を抱いた人もいるかもしれない。



 だって、以前ティアナが自分の成長に行き詰まって先走った挙句、なのは達と大いにもめた、あの一件と似たような流れだから。







 けど、幸いと言うべきか、今回はあの時みたいなことは多分ない。

 あの一件はなのは達にも非があったこと、そしてその辺りはすでにお説教済みなこともあるけど、何より……



「スバル、なのはにはもう相談してみたのか?
 もしくはヴィータ・ハラオウンか」

「なのはさん達に?」

「実はさ、なのはも、今日のスバルの模擬戦を見て頭抱えてたんだよ」

「そうね。
 突破力はアンタの一番の持ち味だけど、逆に言えばそれが封じられたら何もできなくなる……それが図らずも証明されちゃったワケだしね」



 そう。なのはと師匠、ホントに頭抱えてた。

 だって、二人がスバルに叩き込んできた防御のいろはも回避機動も、ジュンイチさんにまとめて吹き飛ばされたようなものだから。



 多分にジュンイチさんの力押しだった感がある今回の模擬戦だけど、ジュンイチさんの場合、与えられた火力を最大限に活かすから凶悪な威力を発揮するだけで、実際の火力は意外なことになのは以下だったりする。つまり、他の人間に同じことができないとは言い切れないのだ。



 そして、そんな相手が次元犯罪者として今のスバルの前に立ちふさがったら……今日の模擬戦の結果がスバルの生死に直結することになるのは言うまでもない。



「だから……二人も何か、打開策を考えてると思う。
 一度二人に相談してみたら? 二人にしても、当事者の意見はすごく貴重だと思うし」

「うーん……そうしてみる」

「まぁ、ホントに新しく砲撃魔法組むことになったら、手伝ってあげるわよ。
 あたしもコイツも、なのはさんみたいな魔力量任せの砲撃は撃てないからね……省エネでやりくりするプログラムの組み方なら、けっこう自信あるわよ?」

「うん! ありがとう、ティア!」



 うんうん、ティアナが補足してくれるのは非常に助かる。最近……というか、ティアナと囮デートをしてから、どうも話しやすい感が増えてる。

 実際、二人で訓練やらについて、あーでもないこーでもないと議論したりするし。プライベートな事もちょこちょこ話すようになった。



 きっと、これが平和な時間なのだろう……あぁ、なんかいいなぁ。このまま何事もなく時間が過ぎてほしい。

 

 


 

第22話

平和な時間の中にいては、
平和のありがたみはあまりわからない

 


 

 

 みんなで、朝の訓練についてあーでもないこーでもないと反省会をしつつご飯を食べていると……いきなり呼び出された。

 呼ばれたのは僕……あと、どうにもついでっぽい感じでスバルとマスターコンボイも。



「……よし、シチュー食べてから行こうか」

「何言ってるのよこのバカっ! ほら、すぐに行って来るっ!」

「だって、シチュー冷めちゃうじゃないのさっ!」

「アンタ、シチューと呼び出しとどっちが大事だと思ってるのっ!?」

「シチュー」



 僕が即答すると、みんなが呆れるような顔をした。



 ……だってそうでしょ? 人間は少し待たせても問題ないけど、シチューは待たせたら冷めるんだよっ!?



「そうだね。
 じゃ、あたしも食べてから……」

「スバルもコイツに乗っからないのっ!」

「恭文、何か重要な用件かもしれないから……早く行ってきた方がいいと思うよ?」

「そうだよ。ね、フリード」

「きゅくきゅくっ!」

「シチューはあたしが食べといてあげるから。ほら、行った行ったっ!」

「くそぉ……ティアナを恨んでやる」

「どうしてよっ!?」

「ティアナなんて、僕らの分まで食べて、体重計の上で絶望に打ちひしがれればいいんだっ!」

「かなり生々しいから言わないでくれる!?」





 そんな会話をしてから、ホワイトシチューに別れを告げて応接室へと向かった。



 とりあえず……くだらない用件だったら八つ当たりすると誓いながら。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そうして1時間後。僕らは……マックスフリゲートにいた。なんでっ!?





















「ごめんね、恭文くん。他にいなくて……」

「いえいえ。
 クイントさんは悪くないですから……もちろんギンガさんやマグナさんも」



 ……呼び出されて、言われるままに通信をつなげると、クイントさんが画面の中にいた。

 で、頼まれたのだ。更正プログラムの一環で、料理を作ることになったのだけど、自分やクイントさんだけでは手が足らないので手伝ってほしいと。



 なお、スバルとマスターコンボイはホントにオマケでした。スバルは「たまには家族で仲良く料理とかしてきい」というはやての暖かくも余計な気遣いで。そしてマスターコンボイは「恭文とスバルが行くんなら当然マスターコンボイもやろ」ということでした。

 うん、マスターコンボイ、完全に僕やスバルとセット扱いになってるよ?



「そうだな。
 今度、あのタヌキをしばいておくことにする」



 それがいいよ。あのタヌキ、実際に痛い目見せなきゃ反省しないし。





 それはともかく……



「ちなみにマグナさん、今日の品目は?」

「ショートケーキよ」



 待てマテっ! いきなりショートケーキってどういうことっ!?



「普通、粉吹き芋とか、チャーハンとか、そういうとこから始めない?」

「みんなのリクエストを取ったら、こうなったの」

「ウーノさん、どーして止めないのさ?
 そこにいるスカがあてにならない以上、あなたがみんなの舵を取ってくれなきゃさ」

「………………ごめんなさい。私も賛成したの」

「ちなみに私もだ。最近食べてないからね」



 って、スカもかい。



 ……あー、そういやみんな受刑者(お付き合い含む)だったなぁ。甘いもの、飢えてるのかな?



「うー、飢えてるっス〜。ぎぶみぃしょぉとけぇきっス〜」

「とりあえず、その表現は、いろんな意味でヤバイ気がするからやめようか」



 あー、とりあえずウェンディはアレだ。受刑者としての自覚がない。



「そんなことないっスよ。あたしはいつだってマジメっスっ!」

「あー、そうだね。うんうん、ウェンディはマジメで偉いね〜」

「……なんか手抜きっスね」

「うん、だって手抜いてるんだもん♪」



 なんかにらんでるのは置いておく。



「っていうか、そもそも誰なのさ? 最初にショートケーキなんて言い出したの」

「はーいっ! わたしだよーっ!」



 ………………うん。わかったからさ、自分でハードル上げたって自覚は持とうね、ホクトさんや。



 とにかく……まずは用意されたものの確認。



 えっと、材料はそろってるし、器具もOK。これなら……



「うん、私達で教えながらなら、すぐ作れると思うの」

「だね。
 よし、だったらささっと始めようか」

「……ギンガ」



 もう何を言ってもアレなので、気合を入れようとすると、ルーテシアが話しかけてきた。

 なーんか、真剣。うん、表情に変化がないように見えるけど、真剣な感じがする。



「どうしたの、ルーテシア?」

「……まだ来ない」

「あぁ、そういえばそうね」

「もうすぐのはずなんだけど……どうしたのかしら?」

「ギンガさん、クイントさん。来ないって誰? 他に増援呼んでるってこと?」

「ううん、そうじゃなくてね。えっと……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 あー、すっかり遅くなっちゃったー!



 ルーテシアやみんな、待ってるわよね? もう、先生がもたもた検査してるからー!



 今日の調理実習、私も参加させてもらうことにした。親と子のコミュニケーションも兼ねてね。あと、あの子達とも。





 まぁ……複雑よ? いろいろあったし。腹が立たないと言えばウソになる。あの子達は、私の昔いた部隊の子達の仇でもあるワケだしね。





 でも、少なくともルーテシアは、そういうのも含めてもあの子達を嫌ってはいない。むしろ、いろいろ教えてもらって、お世話にもなったと言っている。

 だったら、母親である私が器量の狭いところを見せちゃ、あの子の情操教育の妨げになるだけ。

 時間をかけて、あの子達のことを知っていくことにしたのだ。わだかまりも、その中で消していくことにした。





 あ、これは私の恩師でもあり友達でもあるヒロちゃんの助言ね?

 いやぁ、久々に話したら泣かれたし。ヒロちゃんの荒っぽいけど涙もろいところは相変わらずだったなぁ。

 で、いろいろ相談して、今みたいな結論に達した。明日は明日の風が吹くってことで、いいでしょ。うん。





 とにかく、もう到着はしてるし、急いで向かわないと……





 私は、急いで車椅子を走らせる。もう、どこかのイタズラ小僧かと言わんばかりに。





 まさか、子供の頃にイタズラで車椅子レースなんていうのを友達とやっていたのが、ここで役に立つとは思わなかったわ。

 あ、みんなはもちろんマネしちゃだめよ? うん、絶対に。車椅子はオモチャじゃないんですからねっ!





 自分はどうかと言われてしまえばそれまでだけど、こっちには大義名分がある。問題はないわっ!





 そうして見えてくる。受付が。私は、そこに向かって全速力で……





















 飛んだ。





















 多分、段差か何かがあったのだろう。私の身体は宙を舞い、見事に飛んだのだ。





 あぁ……やっぱり車椅子で敷地内で20キロとか出すものじゃないのね。ごめん、ルーテシア。





 お母さん……飛ぶわ。

 羽ばたいた鳥の歌を歌うわ。

 きっと将来は武道館よ。





 私が、落下の痛みを覚悟して目を閉じると……え?





 痛みはなかった。車椅子が落ちたガシャンという音は聞こえたけど。私は……誰かに抱きとめられた。











「あの、大丈夫ですか?」





 耳元から、くすぐるような声がする。柔らか味のある優しい声。でも、私の思考は別のところにあった。



 だって、この人……私の胸、触ってるんだもん。それも、思いっきり鷲づかみ。



 あぁ、どうしよう! なんでこんなベタなことになっているの? あ、でもこの感じはけっこうひさび……いやいやいやっ!

 で、でも……これも運命の出会いよ。旦那はとうの昔にいなくなったし、私はシングルマザーだし、ジュンイチくんと違って手を出してもギンガちゃんが怖くなることもないだろうし、問題はないはずっ!



 あぁ、自由恋愛バンザイよっ!



 さぁ、目を開けて、勇気を出して……!



 そうして私が目を開けると、そこにいたのは……栗色の髪と黒い瞳をした……え?





「女……の子?」

「……男の子です」





 あぁ、それなら安心だわ。さすがに百合の気はないし。

 ……ちっちゃっ! え、本当に男の子っ!?

 だって、よく考えたら声とか顔立ちとか女の子で通るし、身長だって、今はうずくまって抱きとめられているけど私より下よっ!?



 ……あれ? この子、もしかして。





「……なんか元気そうで安心しました。というか、思考が顔に出てますよ? というか、聞こえました」

「あ、ごめんなさいね。ところで……」

「はい?」

「ひょっとしてあなた、蒼凪恭文くん?」

「え、えぇ……」



 やっぱり。ルーテシアや、ヒロちゃんから聞いてた特徴と同じだったもの。



「あ、私はメガーヌ・アルピーノ。よろしくね……あの、ヒロちゃんから聞いてないかな?」

「えっと、メガーヌさんですよね。ヒロさんと友達だって言うのは本人から……」

「そうだよ」





 ヒロちゃんの一回り下の友達で、魔導師。なかなかに見所のあるおもしろい性悪な子ってほめてたわね……最後のもほめ言葉だそうよ?

 ルーテシアやジュンイチくんからも聞いていたし、あのヒロちゃんが共通の趣味があるとは言え、仲のいい友達と言ってたから、どんな子と思って期待してた。



 まぁ、それは置いといて。お姉さんはキミに言いたいことがあるわ。別にこのままでも……いいけど。でも……





「意外と大胆なのね。でもだめよ? いきなり初対面の女の子の胸を触るなんて……めっ!」





 そう言うと、その子は手元を確認した。私の胸を鷲づかみにしている自分の手に、そこでようやく気づく。





 すぐに顔を真っ赤にして、私の前でひたすらに土下座を繰り返して謝り倒した。





 あぁ、気づいてなかったのね……私、そこそこある方だと思うんだけどなぁ。ひょっとして、慌ててたのかな?





 だとしたら……うん、可愛い♪







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………」

「どしたの? ジュンイチ」

「いや、恭文がどっかでフラグを立てたような気がして」

「何ソレ?」



 いや、オレにもよーわからん。

 首をかしげるブイリュウに対し、オレも首をかしげてみせる……うん、深く考えないでおこうか。





 さて、オレとブイリュウは、現在クラナガンの路地裏にいたりします。



 理由は、先日に引き続いての瘴魔退治……うん。まだ発生が続いていたりするのだ。

 今日も、さっき1体片づけたところ……またミールの下級瘴魔タイプだった。

 スカリエッティと相談した結果、この事態に何者かが関与してるのは間違いない、って結論に達してるワケだけど……ソイツ、クモに何か思い入れでもあるのか?



 ちなみに本日はやてがつけてくれたサポートは……





「なんかさー、オレ達、ついて来ただけで役に立ってねぇことないか?」

「だなだな」

「まぁ、ジュンイチさんが一緒ではな……」





 そう。おなじみガスケットやアームバレットの暴走コンビ、そして信号機からトランスフォームするシグナルランサー。市街地への出動時、一般市民の避難誘導を行なうことを役目とする、交通機動班の3名だ。

 …………本来の目的どおりに働いたこと、一度もないらしいけど。



「言わないでくれ。
 オレは任務を果たしたいんだ。けど、あの二人がちっとも仕事をしてくれないんだ」



 だろーねー。



 ガスケットは“JS事件”でオレのところに転がり込んでた時もけっこうなやんちゃ坊主だったし、その相方ってことはアームバレットも似たようなものだろう。

 そんな二人が、一般ピープルの避難誘導なんて地味な仕事、するワケがない。

 はやて……ぶっちゃけ、この二人を交通機動班に配置したのはミスジャッジだと思うぞ? 確かにこなせるだけの能力はある……んだけど、性格的に向いてなさすぎるぞ。



「はやて嬢も、そのことは早々に後悔していたぞ」

「そっか……って、『はやて“嬢”』?」

「あぁ、知らなかったのか?
 オレは見ての通り信号機からトランスフォームするんだが……10年前、地球に避難したばかりの頃、海鳴の住宅街に潜伏していたんだ。
 そこでずっと、人々の交通を見守り続けてきた……当然、彼女のことも幼い頃からな」

「なるほど、だから『嬢』なワケか。プライベートでも知り合いで、お前の方が年上だから」



 ……って、待て待て。話が脱線してる。



「とりあえず、お前らだって役に立てないワケじゃないぜ。
 ガスケットとアームバレットには機動性があるし、シグナルランサーには精度の高い広域サーチがある。瘴魔の探索能力は、決してオレに劣るものじゃない」



 そう……こいつらにだって、オレに勝るところはある。

 こういう機動性が命の広域活動は、移動速度に関してはそれほど速くないオレはどうしても動きが出遅れる。それを補えるコイツらの存在は、オレにとってもけっこうな助けになるのだ。



「それに……戦えば多分、お前らだって通用すると思うぜ。
 少なくとも、瘴魔獣クラスまでなら、お前らの火力でも十分力場は抜けるはずだ」

「それ、ホントなんだな?」

「戦いに関しちゃウソは言わねぇよ。
 ガスケットは、オレのそういうところ、知ってるだろ?」

「まーな。
 お前んトコに世話になってた時、言ってたっけな。『ヘタにフォローしていらん自信と共にムチャされないように、戦闘能力の評価は厳格でなければならない』……だっけか」



 まぁ……そういうことだ。

 自分の実力を正しく理解することは戦場において生死に直結する重要な要素となる。だからこそ、中途半端ななぐさめや励ましはしちゃいけないのだ。

 そんなワケで……お前らでも瘴魔に通用する、っていう評価は掛け値なしにマジモノだから、安心していいぞ、アームバレット。



「そうなんだな。
 おかげでやる気が出てきたぞぉっ!」



 オレの言葉に俄然やる気になったアームバレット……さて、それじゃあそろそろ動きますか。



「そんなワケだから、このまま引き続き頼りにさせてもらうぞ。
 オレとシグナルランサーはサーチで、ガスケットとアームバレットは機動性で瘴魔を探す。
 どこのどいつが瘴魔を大量生産してるかはわからねぇが、路地裏から表に出られる前にケリをつけるぞ!」

「おぅっ!」

「だなぁっ!」

「了解っ!」



 そして、オレ達は散開して瘴魔の探索を再開……





















『地上本部より各移動。地上本部より各移動』





















 ………………って、何だよ、これからって時に。





『多額窃盗事件発生。
 犯人は宝石店から宝石多数を窃盗、現在市街中心部を逃走中……』



「『窃盗』……?
 こんな真っ昼間に、強盗じゃなくて?」

「…………確かに。
 窃盗目的で忍び込んだにしても、こんな昼間じゃよっぽどうまくやらないと……」



 シグナルランサーの疑問はごもっとも。オレも同意して首をかしげるワケだけど……答えはすぐに出た。



『なお、犯人は高速移動魔法を使用。攻撃魔法の使用は現在のところ確認されず。繰り返す……』



 なるほどね。

 スピードにモノを言わせて、警備をかいくぐって宝石をかっさらったワケか。



 高速魔法は戦闘職の魔導師の間では補助系としての認識が強い。理由は言うまでもなく、戦闘職である以上、攻撃や防御のような主要な戦闘行動に主力の魔力を振り分ける必要があるからだ。

 だけど……戦闘に使うことを想定しない場合。つまり、戦闘行動に意識を向けず、加速だけに全ソースを振り分けた場合、その加速力はトンデモナイことになる。



 具体的に例を挙げるなら……フェイトのソニックムーブだ。アレをフェイトが戦闘を念頭におかず、加速だけに全力を注ぎ込んだとしたら、“200メートルトラックの周回走”で、“ライドインパルスを使ったクソスピードスター”を3周以内に周回遅れにできるだろうね。





 たぶん、今逃走してる窃盗犯ってのはまさにそれをしているんだろう。だったら高速魔法ばっかりで攻撃してこないのも納得だ。攻撃魔法に使う分の魔力まで加速に注ぎ込んでるんだろうから。





「けど、オレ達の出先の付近で事件を起こしたのが運の尽きだな。
 こっちには、六課地上戦力のスピードスターが二人もいるんだからさ」

「へっ、そうこなくっちゃな」

「え? え? どうしたんだな?」



 オレの発言の意図を読み取り、早くも期待に胸を膨らませるガスケットに対して、アームバレットはあまりわかってないか……ま、そもそも考えるのを放棄してるだけだろうけど。



「要するに、お前らがその自慢のスピードでその窃盗犯ってヤツをとっ捕まえてやれってことさ」

「ってことは、暴れてもいいんだな?」

「もちろんだ」

「よっしゃ、待ってたんだな!
 アームバレット、トランスフォーム!」

「そんじゃオレもっ!
 ガスケット、トランスフォーム!」



 オレから出動を許可されて、アームバレットは喜び勇んでロボットモードにトランスフォーム。勢いよく走り出していく――っとと、言っとくことが残ってた。



「あー、こちらジュンイチ。
 すでに走り去った二人、応答しろーい」

『どしたい?』

『何だな?』

「攻撃するなら犯人視認してからにしろよー。
 犯人追跡しながらなら、被害が出ても『犯人逮捕のため』でかばってやれるけど、無差別攻撃で壊した分までかばってやれないからなー」

『了解なんだなっ!』

『合点承知っ!』



 すんなり納得してくれて、先行する二人は通信を終える。



 さーて、オレ達も……って、どーした? シグナルランサー。



「…………犯人見えたら、攻撃してもいいのか?」

「犯人退治のためなら、多少の犠牲は仕方ないのだよ♪」

「…………マスターギガトロンを倒すために旧地上本部ビルを丸ごと倒壊させたキミが言うと、その『多少』がかなり怪しく聞こえるのだが」

「気のせいだ」



 即答したらなぜかため息をつかれた……まったく失礼な話だね。



 さて、それはともかく……さっさとオレ達も追跡、行きますかね。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……ほら、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ?」

「いや、でも……」

「むしろ、助けてくれたのがキミでよかったくらいだもの。
 あれがジュンイチくんだったら、空中で私を捕まえて、そのままキン肉バスターよ?」

「いや、いくらあの人でもさすがに……やりかねないか」





 僕が、ルーテシアの母親であるこの人、メガ―ヌ・アルビーノさんを迎えに行くと、いい感じで鳥人間になりかけているところに遭遇した。



 いや、まさか……あんなベタなことするとは。だって、慌てて気づかなかったんだもん。シャマルさんと、初めて会った時のことを思い出してしまったよ。

 ……気づいたとたんに感触が襲ってきたのですが、張りがありつつも柔らかったです。

 Eカップだという余分な情報までいただきました。つか、アルトがさっきから黙っているのが非常に辛い。





《大丈夫ですマスター、すべてのことには話すべき時というものがあります。それが来るまでは……内緒にしておきましょう》

「お願いだから一生内緒にしててくれないかなっ!?」

「そうね、それはお願いしたいかな? 私だって、女ですもの。殿方に身体を預けたことを広めてほしくはないわ」

「変な言い方しないでくださいよっ! そんないかがわしいことはしてないでしょうがっ!」



 いや、胸を触るのは充分にいかがわしいんだけど。



《……そういうことなら仕方ありませんね。まぁ、結婚式の話のタネにでも取っておきましょう》

「うん、おねがいね。スピーチは期待してるから。あ、それまでヒロちゃんには内緒にしてるね」



 一体何のお願いっ!? そして誰の結婚式っ! つーか、なんでそんなに意気投合してるっ!



「こう、アルトアイゼンちゃんとは、気が合うの。ね〜♪」

《ね〜♪》

「そうか、そりゃなっと……できるかぼけぇぇぇぇぇっ!
 お前らおかしいよっ! つーか、なんで一瞬で2対1の図式が出来上がってるのっ!?」





 まぁ、そこはいいさ。よくはないけどいいさ。ただ、気になることがある。

 ……あの、お母さん。お願いだから上目で僕を見るのはやめてください。仕方ないんですけどね。でも、瞳が妙に艶っぽく感じるんです。





「お母さんなんて呼ばないで。メガ―ヌって……呼んでほしいな」

「だから、上目遣いはやめてください。いや、仕方ないですけど」





 メガ―ヌさんがまた暴走などしないように、僕がしっかりと後ろから車椅子を押している。

 なので、当然のようにメガ―ヌさんより僕の方が視点は上なので、そうなるのだ。



 ちなみに、車椅子の方はなんともなかった。傷がいくつかついただけである……丈夫なの使ってるなぁ。ひょっとしてあぁいう展開想定してた?

 しかし、この人は本当にあの物静かなお子様の親ですか? 行動と発言がぶっ飛びすぎでしょ。





「あ、ひょっとしてルーテシアとそういう関係なの? もう、それならそうと言ってくれればいいのに。
 大丈夫よ。私、そういうのには理解がある方だから。前の旦那がちょっとアブノーマルで、いろいろと大変だったのよ……」

「どうしてそうなるんですかっ! というかその話は知りたくないので、黙ってくれませんかメガ―ヌさんっ!?」

「あ、別にさん付けにしなくていいわよ? むしろ、呼び捨てにしてほしいかな」





 ダメだ。本能が告げている。この人には勝てない。絶対に、勝てない。



 多分リンディさんやレティ提督とかと同じタイプだ。いや、下にオープンな分、二人より凶悪かもしれない。強いて言うなら……霞澄さん寄り?

 下手な発言をすれば、僕の尊厳とか立場とか命が危ない。





「……そう。そうなんだね」

「へ?」

「こんなおばさんと話すのがイヤなのね。いいわ、それなら仕方ないわ。
 みんなに……というか、ヒロちゃんに、さっき私がされた辱めを伝えるから。あなたが……出会い頭に私の胸を……乳房を……っ!」



 やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇぇっ! ヒロさんにだけは言わないでっ! 正真正銘殺されちゃうからっ!

 あの人敵に回すなら、フェイトやジュンイチさんとガチにケンカする方が楽なんだよっ!



「……呼び捨てはいろいろと危険な気がするので、さん付けでガマンしていただけるとありがたいです。
 お願いします。それで手を打ってください。それ以上はムリなんです……」

「仕方ないなぁ。じゃあ、二人っきりの時は呼び捨てにしてね?」

「どこの恋人ですかそれはっ!?」





 何やら、秘密の関係というのも楽しそうとかどーとか言ってるけど、気にしないことにする。





「……あ、なぎくんおかえり」

「お母さんっ!」

「あー、ルーテシアごめんね〜」



 やっと……到着した。ち、ちかれた……



「ずいぶんとお疲れのようだな」

「あ、ありがとうございます」



 チンクさんが、コップに水を入れて持ってきてくれたので、それを飲み干す。あぁ、火照った身体に染み渡るわー。



「何かあったのか? 少し帰りが遅かったようだが」

「いえ、ちょっと話し込んじゃいまして……」

《ベタな出会い方をしたのでいろいろと大変だったのです。しかも、意外とオープンな方でしたし……》



 ツッコんでやりたい。だけど、ツッコんだら絶対にバレる。なので……ここは流すっ!

 でも、オープンというのは同意見。あんまりにもおっぴろげ過ぎて、対応に困ったもの。



 チンクさんが不思議そうな顔してるけど、とりあえずはOKである。でも……



「ルーテシア、やっぱり表情が明るいですよね」

「そうだな。母君と話している時は、いつもあぁだ」





 大人びていて、どこか達観してる印象を受けるんだけど、メガ―ヌさんと話しているルーテシアは、年相応の子供だ。

 エリオやキャロも、フェイトに対してあれくらいしてもいいのに……



 そこで気づく。チンクさんが、どこか辛そうで、すまなそうな顔をルーテシアとメガ―ヌさん、そしてクイントさんとギンガさんや豆芝に向けているのを。

 いや……チンクさんだけじゃない。トーレさんもだ。



 ……よし。





「チンクさん、エプロンずれてますよ?」

「え?」



 チンクさんの返事を待たずに、エプロンを直す。まぁ、ほとんどずれてないんだけどね。


「トーレさんは……うん、大丈夫かな」

「む…………?」

「それじゃあ、そろそろケーキ作り始めましょうか。さー、美味しいの作って、いっぱい食べるぞ〜♪ おー!」

「恭文……すまないな」

「何がですか? チンクさん」

「いや、なんでもない。
 そうだな、美味しいケーキを作るとするか」

「はいっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 追跡開始から15分。ガスケットから犯人発見の報せが入ってから10分……状況はどうなってる?



『ダメだーっ! あんにゃろ、チマチマ小回り利かせやがって、こっちの脇をガンガンすり抜けていきやがるっ!』



 うーん、思ったよりも手間取ってやがるな。

 ガスケット達のスピードならさほど苦労はしないと思ったけど、ちょっと甘かったか。



「ガスケット、アームバレット、一応、追跡自体はできてるんだな?」

『あぁ、それについちゃ余裕余裕……って、アイツ!』

「どうした!?」

『ビルの間に逃げ込んじゃったんだなっ!』

『くそっ、アームバレットどころか、オレでも入っていけねぇっ!』



 そういうことか。

 敵さんもなかなかやってくれるね。自分の武器をよくわかってらっしゃる。





 こうなったら……



「どうした? ジュンイチ。
 いきなり足を止めて……追跡するんじゃないのか?」

「追いかけますよー。
 ただ……“足で”っつーワケじゃないってこと」



 シグナルランサーに答えて、オレはブイリュウを背中に負ぶったまま周囲を見回して……お、あったあった。



 オレが見つけたのは、道端に備えられた公衆端末。立ち上げると液晶画面に手を触れて……











「――――接続アクセス











 ホントは言葉にしなくてもいいんだけど、そこはまぁ、気分、ノリということで……ともかく、宣言と同時、オレの意識が一瞬だけ断ち切られる。

 それに伴い、オレの脳裏に大量の情報が流れ込んでくる――マルチタスクをフル回転。それらの情報をいるもの、いらないもので取捨選択、整理していく。



 オレの持つ能力のひとつ、“情報体侵入能力データ・インベイション”。触れたものの情報にアクセスし、ものによっては書き換えたり、操ったりもできる力だ。



 その能力を活かして、オレは街頭端末から街のセキュリティネットワークにアクセス。狙うは……



「………………よし、捕獲完了。
 街の防犯カメラの監視ネットワークのコントロールをいただいた。
 コイツで、犯人の位置を割り出せれば……」

「一応ツッコんでおくが……犯罪だぞ?」

「何を今さら」



 シグナルランサーのツッコミは一蹴。まずは犯人を捕捉して……ん?



「どうしたの?」

「いや……
 オレ以外にも、誰かが監視ネットワークにアクセスしてやがる」



 そう。オレがアクセスした監視システムの中に、誰かがアクセスしている様子がある。

 ただ……正規のルートじゃない。オレと同じく、ハッキングで入ってきてる。

 けど、何のために……?



『こちら、犯人の位置を捕捉した。
 誘導するので、追跡中の各移動は協力されたし。繰り返す……』



 この通信……ハッキングしてきてるヤツからのだ。

 ってことは……



「なるほど……奴さんのハッキングの目的はコレか」

「………………キミのやろうとしたこと、思いついたのはキミだけではなかったようだな。
 珍しく先を越されたようだな」



 やかましいわ棒立ち野郎が。



「それはオレが信号機だからかな!?」

「だと思うよ。うん」



 まぁ、それはともかくとして……もう先客がいるんなら、オレがアクセスする必要はないかな?









 …………けど……





 この誘導の声、どっかで聞いた覚えがあるんだよなぁ……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 くそっ、何だってんだ……!



 さっきまで、オレ様のスピードで簡単に振り回せていた管理局のヤツら、急にオレの行く先々に回り込んでくるようになった。


 このままじゃ、捕まってブタ箱行きだ。せっかく宝石を盗み出したってのに、こんなところで捕まってたまるかよっ!



 行く手に緊急車両のサイレンが聞こえてきた。すぐさま路地裏に逃げ込むけど……後ろからしつこく追いかけてきているトランスフォーマーの二人組にはバッチリ見られたはずだ。すぐに人間の局員が乗り込んでくるはずだ。



 くそっ、これからどうする……!?











『ニノ・セクストンだな?』











 ………………っ!? 誰だ!?



『オレが誰か……そんなことはどうでもいい。
 すまないが、貴様の前に姿を現すワケにはいかなくてな……局員を誘導して、貴様にここに逃げ込んでもらったワケだ』

「おいおい、じゃあこのヤバイ状況はお前のせいかよ!?」

『気にするな。
 すぐに問題にならなくなる』



 その言葉と同時、オレのすぐそば……ゴミの山の中からガスの抜ける音が。

 見ると、そこにはゴミの山の下に隠されたアタッシュケース……これ、お前が?



『そういうことだ。
 それがあれば……貴様は誰にも負けない』



 はっ、言ってくれるね。

 こっちは、まだてめぇが信用できるかどうかもわからねぇってのに。



『安心しろ。貴様にも選択肢はある。
 オレが信用できる可能性に賭けて、それを使って逃げ切るか……使わずこのまま捕まるかだ」



 それ……選択の余地はないって言わないか?



『気にするな。
 どちらにしても、選ぶのは貴様だ』



 ………………くそっ、わかったよ。



 上等だ……やってやろうじゃねぇかっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 というワケで……ケーキ作りは始まった。



 僕とギンガさん、クイントさん、そしてマグナさんを先生として、あーだこーだ言いながら作っていく……うん。豆芝が生徒側なのは予想してた。



「恭文ひどいっ! あたしだってーっ!」



 うっさい。以前僕の家で見せたあの腕前じゃ先生役なんて務まるワケないでしょうが。

 マスターコンボイ共々、つくづく家事スキル0のコンビだなぁ、ホント。



「…………面目ない」







 …………さて。



 お菓子作りの基本は何か? そう、材料計算だ。



 お菓子は普通の料理と違って、材料の分量が少し違うだけでも、味わいや食感がかなり変わってくる。



 なので、そこから……きちんと計らなきゃいけないって言ってるのに何をやってんだそこのアホコンビっ!





「えー、だってめんどくさいじゃんそんなの」

「そうっスよ。というか、恭文は細かいこと気にしすぎっス。こういうのは勢いっスよ勢いっ!」

「お、おのれら……!
 ……はぁ、まぁいいや。とりあえず、僕の失敗談をひとつ話してやろう」

「なんっスか?」



 そう、アレは昔のこと。ものは試しと、今のアホコンビみたいなことをやったことがある。

 感性と計算、どっちが正しいのか試したくなったのだ。その結果……



「岩石よりもかたいクッキーができた。全部僕が食べたけどね。当然、翌日は顎が疲れてしゃべれなかったさ」

『う゛っ……』

「ちなみに、感覚器官が全部超高感度の生体センサーに置き換わってるジュンイチさんですら同じ失敗をやらかした」

『え゛……』

「で、そこを踏まえた上でひとつ質問。例えば、ケーキが恐ろしい出来になっても……二人は当然食べきれるんだろうね?」

「さ、計量しようかウェンディ」

「そうっスね。計量って大事っスよ。うんうんっ!」



 いやぁ、誠意ある説得っていうのはするもんだね。素直でいいことだよ。







 まぁ、その点スカリエッティが仕切る姉妹年長組はさすがにきっちり測ってるみたいだけど……







「ボール」

「はい」



「小麦粉」

「はい」



「よし、卵黄、摘出!」

「はい」







 ………………うん。







「待てやコラぁぁぁぁぁっ!」

「ん? どうしたんだい? 恭文くん」

「私達の調理に何か問題でも?」

「手順は間違いないはずだが」

「そうよね?」

「ドクターのやることに間違いなんかあるはずないじゃないの」

「うん。ちゃんとしてるし問題はないね!
 けどなんでここだけ空気違うのっ!? ここキッチンだよねっ!? 料理してるんだよねっ!?
 つかウーノさんもトーレさんも、ドゥーエさんも止めてよっ! クアットロはスカに対してイエスマンだから期待してないけどっ!」

「私だけ扱いひどくないっ!?」



 うっさい。まともに相手してもらえるだけでもありがたいと思ってよね、この駄メガネが。

 もっとも、やりとりがおかしい一番の原因はあんたらの家長さんなんだけど。アレですか? 食材を手術中だとでも言うつもりですか?



「とりあえずさすが年長組っつーか、調理の手際に問題はないから、指示だけ何とかしようか、うん」

「こちらの方がしっくりくるんだが……」

「聞いてる周りがしっくりこないからやめてくれって言ってるんだよっ!
 料理にまでマッド臭を持ち込まないでくれるかなっ!?」

「やれやれ。仕方ない。
 ここは講師役であるキミの顔を立てることにしようか」



 僕の顔でもクイントさんの顔でもいいから、さっさと立てておとなしくしててね、うん。



「まぁ……ウーノさんがいるから大丈夫だとは思うけど、何かあったら声をかけてくれればいいから。
 他のみんなも、なんか困ったことがあったらすぐに言ってね。助けるから」





 そう言って、周りを見る。



 セインとウェンディは、さっきの僕とのやり取りで様子を見に来たクイントさんに教えてもらいながら、あーでもないこーでもないと言いながら計量カップや計りと格闘している……あ、いつの間にかセッテが加わってる。



 ディエチはオットーやディードと一緒に、マグナさんの仕切りで別のスポンジ作りに苦戦中だ。

 なんか、ディエチは生地を混ぜるのが楽しいのか、妙にうっとりした表情を浮かべている……そういう属性持ちだったんだね。



 ノーヴェはスバルやマスターコンボイ、ホクトと一緒に、ギンガさんに教えてもらいながら奮闘中……何気にナカジマ四姉妹集結か。クイントさんかマグナさんが仕組んだかな?



 ルーテシアとアギトは……うん、チンクさんと、メガ―ヌさんと楽しそうに一連の作業をこなしながら、オーブンの調整なんてしてる。

 つか、あの人料理スキル高いのか。この中で一番進んでるでしょ。

 それに、チンクさんが、なんかいつもと違う。すごい柔らかい感じになってる。すごい人だ……



 ……なんかこっちみてニッコリと笑った。とりあえず、僕も返す。多分すっごく不自然な笑いになっていただろう。



 それにしても……こうして見ていると実感する。



 ……この子達は、本当に戦うこと以外のことを教えてもらっていないんだな。

 なんでジュンイチさんが“JS事件”中から彼女達のことを救おうとしていたのか、そしてクイントさんやギンガさんがどうして力になりたいと思ったのか、少しわかった気がする。

 きっと、こういうほんのちょっとのことの大切さを、教えたかったんだ。



 それが積み重なって、きっと日常は生まれるんだから。まぁ、僕だって戦うのは好きだし、楽しい。だけど、そればっかりなんてイヤかな?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おい、どうした?
 何がどうなってる?」

「わかんねぇよ。
 今、局員が路地裏に入ってアイツを探してるけど……」



 追いつき、尋ねるオレの問いに、その体格のせいで路地裏に入っていけず、待機しているガスケットが答える……はい。現在まだまだ窃盗犯の追跡中です。



「まぁ、あっちこっちから局員が入っていってるから、逮捕も時間の問題だと思うんだな」

「そうすんなりいけばいいけどな……」



 アームバレットの言葉にシグナルランサーがつぶやくけど……とりあえず。



「あー、シグナルランサー。
 そういう発言は慎もうか」

「何でだ?」

「こういう時のお約束として、そういう発言はホントに“すんなりいかない”事態を招き寄せるからさ……」



 うん。そういうのがお約束だ。

 そしてきっとそれは世の真理。だからこそ……





















『な、何だ貴様!?』

『止まれ! 止まらないと……!?』

『ぅわぁっ!?』



 ……などと不吉な通信が聞こえてきたりするんだよ。





















『………………』



 で、それを聞いたオレ達の視線が集まる先は一ヶ所しかない。すなわち……



「お、オレが悪いワケじやないよな、コレ!?」



 いや、シグナルランサーが悪い。そういうことにしておこうか、うん。



 まぁ、とにかく……



「あーあー、こちら路地の外の待機組。
 突入した人達。何があったの? 誰かやられた?」

『い、いや……
 こちらの被害は……0だ』



 はぁ? じゃあ今の悲鳴は何さ?



『ヤツが、何らかの強化服のようなものを!
 ……ダメだ、素早すぎて追いきれないっ!』

「強化服……?」

「そんなの持ってる風には見えなかったぜ」



 無線から帰ってきた答えに、アームバレットやガスケットが首をかしげる――ヤツをずっと追跡していた、ヤツをずっと視界に捉えていた二人が言うんだから、そこは間違いないだろう。



 だとすると、どこでそんなものを……いや、そこはいい。

 今問題なのは、その強化服とやらがどんなものなのか、だ。



 少なくとも攻撃能力はないだろう。そんなものがあったら今まで逃げ回っていた者の心理として、まず反撃に転じているはずだ。

 となると、強化の趣旨は補助系の能力の強化……さっきの無線からすると、スピードの強化と見て間違いはないだろう。





 ……くそっ、それって、まぢでマズくないかっ!?

 元々ガスケット達を振り回せるほどのスピードだったヤツが、その上さらにスピードアップしたってことなんだから。

 まさにスピードの王者……そうだな、スピードキングとでも名前を贈ろうか。

 少なくとも、突入していった連中じゃそんなヤツを捕捉するのはムリ……





『くっ、当たれ、当たれぇっ!』

『ダメだ! 速すぎる!
 目標は通常の3倍のスピード!』

『ヤツだ……ヤツがくる!
 赤い彗星だっ!』



『そんな!? オレが遅いっ!? オレがスロウリィ!?』



『速いっ!?』

『違うな、貴様が遅いだけだ』



『質量のある、残像だというのか!?』





 ……のはずなんだけど、地上部隊、何気に余裕ないか? ネタ発言飛び交ってんだけど。



 くそっ、オレのいないところでネタ祭りなんぞしやがって! オレも今すぐ行くから……



「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうがっ!
 ほら、追いかけないと!」



 ………………シグナルランサー、空気読もうよ。ここはボケるところだよ?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………様子はどうだ? ブルーバッカス」



 おや、ブラックシャドー。結局見に来たんだ。



「今いいところだぜ。
 ニノ・セクストンが例のスーツで逃走を再開した」

「ヤツは?」

「いる。
 六課のトランスフォーマーどもと一緒に、追跡に加わっている」

「まぁ、そうでなければ困るがな」



 そう。ヤツがいなければこんなお膳立てをした意味はない。

 すべては、ヤツの今の実力を測るために用意したシナリオなのだから。



「ヤツの能力の中で最も怖いのは、余りにも高い戦闘能力よりもそれを最大限に発揮する頭脳だ。
 ヤツの知恵があるからこそ、蒼凪恭文や他の仲間達も最大限に活きてくる」

「だからこそ、まずはそれを測る、か……」

「あぁ。今のニノ・セクストンのスピードは、あのフェイト・T・ハラオウンの最大速力すら上回る。
 それを、スピードで劣るあの男がどう捉えるか……」



 さぁ……柾木ジュンイチ。

 貴様がどうしのぐか……知恵で乗り切るかさらなる手札で真っ向から打ち破るか……貴様の手の内、しっかりと見せてもらおうか。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 さて、なんだかんだで焼成作業に突入である。



 みんなであれこれやりながらようやく生地は完成。オーブンは完全に暖まっていたので、その中に生地を注ぎ込んだ型を入れて焼く。



 大体、50分前後かな?





「長いっスよね〜。
 こう、アギトさんの炎熱魔法とかでぱーっとできないっスか?」

「あほかっ! 生地がダメになるでしょうがっ!
 ウェンディ、いいことを教えてあげる。空腹と待つことは、人を幸せにするのよ?
 こうやって待つことで、ケーキを食べた時の美味しさがまた倍増するんだから」

「そうよウェンディ。なぎくんは喫茶店でいろいろ手伝ってたんだから、説得力はあるよ?」

「ほう、恭文は飲食店勤務の経験があるのか。
 なるほど、道理で手つきにムダがないと思った」



 いや、それほどでも……最初はぶきっちょでしたよ?



「ということは、お菓子作りだけじゃなくて料理とかもできるの?
 例えば、喫茶店で出すような、パスタとかピザとか」

「軽食だけじゃなくて、和洋中の大体の料理はOKです。練習して、作れるようになったんです」





 ……まぁ、フェイトに食べてもらって『美味しい』って言ってくれるのがうれしかったからなんだけどね。

 みんなに涙ぐましい努力だと言われたのは、時の彼方に置いていこうと思う。



 そしてメガーヌさん、なんでそんなにニコニコしてるんですか。



「いえね、これはさらにいい感じだと思って〜」

「お母さん、なんかうれしそう」

「ねぇ恭文、ルーお嬢様のお母さんと何かあったの?」

「そうだぞ。お前、なんでルールー差し置いて仲良さそうなんだよ。なんか作業しながらやたらと笑いかけてたりしてたしよ」



 あー、みんなの視線が厳しい。いや、あったというかなかったというか……うん、こう、意気投合したのですよ。



「そうなの。運命的なものを感じるくらいに意気投合しちゃったのよ。ね?
 あと、私の昔からの友達が、恭文くんとも友達なの。そのおかげかな」

「そ、そうですね……」

「一応納得はできるっスけど……なんか気になるっスね」

「恭文、吐くなら今のうちだよ? あたしらだって鬼じゃないんだからさ。
 じゃないと、恭文の心にディープダイバーして、潜入しちゃうぞ〜?」

「誰が上手い事を言えといったっ!?」

《そうですよ。ただ、マスターの手が胸へと当たっただけです》





 その瞬間、世界が凍った。そして、僕は駆け出した。



 そう。僕の安全という名の自由を求めてっ!



 でも……外へは逃げられなかった。





 カンッ!





 横から飛んできたのだ。そう、フォークが何本も。僕の頬をかすめて、壁へと突き刺さる。



 後ろから、鬼の気配がする。いくつも……いくつも……





「……アルトアイゼン、こっちへ来てくれるか?
 被害を及ばないようにするのには少しばかり姉は怒りすぎた」

《了解しました》



 そう言って、アルトは後ろへ飛んでいく。って、おい逃げるなっ!





 こうなったら……マスターコンボイ!



「…………その話が事実だとしたら、討たれて当然と思うオレはおかしいのか?」



 裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!





『……少し、頭冷やそうか?』





 その瞬間、僕の未来は……決定した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ガスケット! アームバレット!
 ヤツはどうした!?」

『くそっ、ダメだ、追いつくことすらできねぇ!
 視界に捉え続けるだけで精一杯!』

『アイツ、速すぎるんだな!』



 ダメか……ガスケット達でも追いつけないなんて、シャレになってないぞ。最高速度だけで言えばフェイトよりも足速いんだぞ、あの二人。



「ジュンイチ、どうするの!?
 あの二人で追いつけないんじゃ、捕まえられるほど速い人なんて六課にはいないよ!」

「さっきの誘導の通信もだんまりだ。
 このままでは……」



 わかってるよ。今考えてる!

 とはいえ、ブイリュウやシグナルランサーの言うとおり、手を打とうにも切れる手札がほとんどない。



 少なくとも、さっきやろうとした“監視カメラで動きを追って、局員達に回り込んでもらう”というのはナシだ。

 あのスピードでは回り込む前にすり抜けられるだろうし、そもそも速すぎて監視カメラの処理能力では、映像として捉えられるかどうかも疑問だ。



 フェイトを呼んで追いかけてもらうという案もあるけど……たぶん呼んでも状況は変わらない。

 さっきも言ったとおり、トップスピードはガスケット達の方が上回るのだ。小回りを活かして逃げ回ってるならフェイトにも勝ち目はあるだろうけど、単純なスピード勝負でガスケット達をぶっちぎるようなヤツが相手じゃ、さすがのフェイトもどうしようもない。



 アイツにスピードで比肩できそうなのは……エクシゲイザーかニトロコンボイくらいか。けど二人ともミッドには不在。いないヤツらをあてにしてもしょうがない。







 …………となると……





「ジュンイチ……?」

「何か思いついたのか?」



 思いついた、っつーか、切る手札を決めた……ってところかな。





 こうなったら、しょうがないや。



 疲れるから、あまりやりたくなかったんだけど……











 オレのフォームチェンジで、ぶっちぎるしかないっしょ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……なるほど、そういうことか」

「はい、そういうことです」



 なぜか正座なんてして、僕は先ほどのことを話した。ちなみに、触った時の感想まで吐かされました。



「ギンガ、この場合はどうすればいいのだろう?」

「とりあえず通報よね。あぁ、あと六課の方にも連絡を……」

「お願いだからそれは勘弁してぇぇぇぇっ! お願いっ! フェイトにはっ! フェイトには知られたくないのっ!」

「よし、フェイトお嬢さんに連絡だね。いや、よかったよかった」

「よくないわっ!」



 ヤバイ、この状況は敵しかいない。どうすりゃいいんだっ!?



《まぁ、自業自得ですよね》

「アルトのせいだよねっ!?」

「あー、みんな。私は大丈夫だから、気にしないでほしいな」

「ですけど、なぎくんがご迷惑をおかけしてるワケですし……」



 そんな、角の生えたギンガさんに怯えつつ、メガ―ヌさんがバツの悪そうな顔で、言葉を続けた。



「いや、私も車椅子で暴走したのが悪かったんだしね。恭文くんは、それを助けようとしてくれただけだもの。事故よ事故。
 それに……」

「それに?」

「他の男の人ならともかく、私は恭文くんにだったら、胸、触られても平気よ?」





 そのある意味核弾頭級の発言が場に飛び出した。

 その瞬間、ギンガさんとチンクさん、ディエチにノーヴェにセインにウェンディ、それに豆芝やアギトも顔を真っ赤にした。



 で、当然僕も真っ赤です。





 ……こらそこの年長者組。具体的にはクイントさんにマグナさんにウーノさん、ドゥーエさん……でもってスカと駄メガネ。あなた達だよ。

 何ですか、その何か言いたそうなニヤニヤ顔は。こっちはイヤな予感しかしないんだけど。





「ルーお嬢様のお母さん、もしかして恭文のこと……」



 ディエチのしぼり出すような問いかけに、メガーヌさんは顔をなんでか赤らめて、照れたように笑って……言い切った。



「うん、気に入っちゃった……♪ だって、今までを見るに、すごくいい子なのは確定なんですもの」



 い、いい子っ!?



「あぁ、運命の出会いってあるものなのねっ! 生きていてよかったわ。自由恋愛バンザイよっ!
 そういうワケだから恭文くん、シングルマザーだけど……いいわよね?」

「何がっ!? ……いや、そんな艶っぽい瞳で僕を見ないでっ!」





 な、なんだろう。あの人の後ろに美由希さんの影が見える……!





「あ……そうなんだ。ふふ、それならそうだって言ってくれればよかったのに。
 大丈夫、私がいろいろ、お・し・え・て・あ・げ・る・か・ら♪」

「何を察したっ!? あんた一体何を察したっ!
 そして何を教えるつもりだ何をっ! つーか子供の前でそんな発言するなぁぁぁぁっ!」



 これはよい子でも読める小説なんだよっ! あーる18的な要素は極力排除していくんだよっ! お願いだからエロを持ち込むなぁぁぁぁっ!



「………………?
 おい、メガーヌ・アルピーノ。恭文に何を教えるつもりだ?」

「あら、わからない?
 それはね……」

「具体的なコメントを求めるんじゃないよ、マスターコンボイっ!
 メガーヌさんも答えようとしないでっ!」

「恭文……お父さん?」

「違うからっ! つか、ルーテシアもノらないでっ! 僕にはフェイトがいるんだからっ!」

《あぁ、誤解のないように言っておきますが、片想いです。それはもう完全無欠に》

「ほっとけっ! ……って、あれ?」





 ……え? なんでそんな目で僕を見るの?





「……へぇ、アレっスか。恭文はフェイトお嬢さんのことが……へぇ」

「なるほどな。それでさっき、あの人に知られたくないって騒いでたってワケか。そりゃ、知られるとマズいよな」





 ……ウェンディとノーヴェが、何やら鬼の首を取ったようなニヤニヤ顔で僕を見る。

 つか、ノーヴェ。そんな顔できたのね。ビックリだよ。あれかな、近代ベルカ式とかじゃないよね?





「そ、そうだよ……なんか悪い?」

「悪くなんてないっスよ。まぁ、どういう経緯でそう思ったのかは聞かせてほしいっスけどねぇ。ね、みんな?」





 そうして、みんながニコニコとうなずく……えっと、しゃべらないとダメ?





「そうだな、是非聞かせてくれ。姉としても、興味があるしな」

「興味あるんですかっ!?」

「……なぜ驚く。姉は少し傷ついたぞ。確かに姉はこういう体型だが、需要はあるんだ」

「その発言はやめてくださいっ! 危ないですからっ!
 というか、ごめんなさい……その、チンクさんはこういう話に、いの一番に首突っ込むイメージがなくて」

「謝ることはない……ネタばらしをするとだ。最近、そう言った情緒関係を勉強しているんだ。
 ギンガやクイント殿やマグナ殿、カルタス殿やナカジマ部隊長達を筆頭に、いろいろ聞き回っているというワケだ」

「あー、なるほd」

「その実、柾木ジュンイチのハートをキャッチするためのお勉強だったりするんだけどねー♪」











 間。











「余計なことは言わないでもらおうか、クアットロ」

「な、殴ったわね!?
 非格闘型のクセして、ノーヴェちゃんやトーレ姉様ばりの腕力でっ!」



 ………………とりあえず、チンクさんをジュンイチさんとの関係でからかうのはやめた方がいいというのはわかった。



 でないと……今のクアットロみたいになるから。





「と、いうワケで聞かせてもらおうか、恭文」



 あー、それはいいですけど、駄メガネのバカ発言で上がったテンション下げてもらえます? 近寄りがたいんですけど。



 さて、あとは周りの方々か。どうして僕を取り囲むのさ?



「あー、ごめんね恭文。実は私も……」

「あたしにも教えてほしいな〜。いろいろと気になるし」

「ディエチ、そんなに申し訳なさそうにしなくていいから。で、セイン。少しはディエチを見習って。なんで僕にマイク代わりにお玉向けてるのよ?
 ……とりあえず、正座を止めていいですか? それなら話しますよ」

「ルーテシア、ごめんね。お父さんゲットできなくなっちゃった」

「大丈夫だよお母さん。『男と女はラブゲーム。チャンスが有れば奪ってよし』って、ドクターが……」

「子供に何を教えてるのさそこのオレンジ畑っ!?」

「うーん、軽いジョークだったんだが」

「その前にそういうジョークが言えたことにビックリだよこっちはっ!
 つか、この年頃の子はジョークで言ったことでも素直に受け入れちゃうんだから、余計なこと言うなよぼけっ!」





















 とりあえず、正座だけはやめさせてもらった。それで、みんなの視線が集まる中、話した。





 まぁ……その……過去の話とかもからんでくるので、その辺りも含めて、どうしてフェイトに惹かれたかという話を。

 ここで終われば、にこやかな笑みに囲まれた素晴らしい時間で終わったのだろう。





 だけど、そうはならなかった。アルトが過去にどういうスルーのされかたをしたのかをバラしたもんだから……大変なことになった。





















「……すまん、恭文。ハンカチを……ハンカチをくれ。姉は……涙が止まらん。恋とは……悲しいものなのだな」

「ハンカチは渡しますけど、泣くのはやめてください。悲しくなってくるじゃないですか。
 あと、これだけ悲しいのは僕だけです。いえ、それがまた悲しいですけど」

「これ、アレっスよね? 感動巨編ってヤツっスよ。もう、涙が……」

「あたしもだよ。
 恭文……何ならあたしが付き合おうか? ほら、あたしは特に嫌いとかじゃないし」

「なんの告白っ!? つーか泣くなポジティブコンビっ!
 あと、そういう言い方すると、まるで僕がフェイトに嫌われてるみたいじゃないのさっ!」





 他のメンバーも同様である。



 ギンガさんとマスターコンボイは僕と目を合わせてくれない。ディエチはひたすらに『ごめんなさい……』を繰り返し、テーブルに突っ伏し、声を殺し泣く。

 双子コンビやセッテ……ホクトも、今ひとつ理解できない様子だけど、話の重みは伝わったらしく表情が重い。



 アギトとノーヴェは……なんか横で僕の肩を叩きながら『女なんて、星の数ほどいるさっ!』って、泣きながら励ましてるし。



 ルーテシアもなんかかわいそうなものを見る目で、僕を見る。



 トーレさんとドゥーエさん、ウーノさんも僕に背を向けたまま……けど、プルプルと震える肩と時折鼻をすすっているその仕草がどういう状態なのかを明確に教えてくれる。





 つか……豆芝、スカ、駄メガネのKYトリオですら申し訳なさそうに顔をしかめてる時点で、アルトの話がみんなをどれだけ凹ませたか、察してくれると助かります、うん。





「……それなら、お母さんと付き合おうよ。お父さん」

「お父さんは決定っ!? いや、だから……そのね、フェイトが……好きだし……」

「でも、お父さんのこと見てくれないよ?
 それに、フェイトさんはいい人だと思うけど、お母さんだって負けていないと思う。フェイトさんと同じで胸も大きいし」



 お父さんはやめてくれないかなっ!? そして胸の話はしてやるなぁぁぁぁぁっ!



「……フェイトお嬢様はいくつなのかしら」

《サイズはわかりませんが、体型はギンガさんと同レベルですね》

「……うん、前に会った時も思ったけど、いい勝負してるわよ」



 はい、ウーノさんもアルトもクイントさんも、微妙な会話しないでください。ギンガさんの顔が赤いから。真っ赤だから。



「……恭文、マジメに聞いていいかな。やっぱり巨乳じゃなきゃダメなの?」



 セインがムチャクチャ真剣な顔で聞いて来た……うん、そうだよね。そう見えるよね。仕方ないと思う。でもね、そうじゃないからっ!



「いや、だから以前言った通りだって……
 セインは、充分可愛いし魅力的だよ。話してると楽しいし、気負わなくて済むし、一緒にバカもやれる感じだし。
 胸が大きかろうが小さかろうが、そこは変わんない。いや、マジメな話だよ? お願いです。信じてください。本当に違うんです……」

「あぁ、そんなに落ち込まなくていいよ。ごめん、ちょっと意地悪しちゃったね……ありがと。それ聞いて安心した」

「……というか、こんな答え方で大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」





 少し照れたように笑うセインの表情とは違って、僕の心は、少しだけ暗い気持ちだった。

 ルーテシアの言葉が心に突き刺さっていたから。その……通りだ。



 結構がんばってるのになぁ。ダメ……なんだよね。

 フェイトは、僕のこと弟としてしか見てくれなくて、正直どうしたらいいのかって、手詰まり感を覚えてる。

 いや、じっくりいくしかないんだけどさ。そりゃあ、前にゲンヤさんの言ってたことはわかる。でも……





「……まぁ、あれよ」



 メガーヌさんが、僕の傍まで来て、うつむいていた僕の頭に手をポンっと乗せてきた。

 柔らかくて、優しい暖かさが、頭と、心を支配する。



「とにかく、そろそろケーキも焼ける頃合だし、みんなで美味しく食べましょ?」

「……はい」

「あ、ごめんなさい。隊舎に連絡する時間なので、ちょっと出てきます。なぎくん、あとお願いできるかな?」

「うん、りょーかい」

「ごめんね、すぐに戻ってくるから」





 そう言ってギンガさんは調理室の外へと飛び出した。





“大丈夫よ”

“ふぇっ!?”



 思念通話っ!? あ、そっか。この人も現役時代はルーテシアに負けないくらいに優秀な召喚師だったっけ。できて当然か。



“今日会ったばかりの私が気に入るくらいなんだもん。保証できる。
 キミなら絶対に、その子のこと振り向かせることができるよ。大丈夫”

“……はい、ありがとうございます”

“そういうワケだから、あとでメールアドレス教えてね♪ まずはメル友って感じでっ!”

“はいっ!?”



 こ、この人もしかして……話を聞いてなかったっ!?



“もちろん聞いてたわよ? でもね……愛に障害は付き物なの。そして障害が有れば有るほど、愛は燃え上がるのっ!
 私、こう見えてもけっこうしつこいんだよ?”





 ……ダメだ。この人にはやっぱり勝てない。とりあえず、メールアドレスはちゃんと教えよう。じゃないと六課まで来そうだし。





“それに……”

“それに?”

“私、さっきも言ったけど、仮死状態も含めて、いろいろ経験はあるからさ。相談してくれるかな?
 話を聞くに彼女、相当な難物みたいだし”

“あの……でも……”

“いいから……キミ、本気でどうしたらいいのか、悩んでるんでしょ? そういう時くらいは人を頼りなさい”



 ほえ? あれ、なんか違う。さっきまでのぶっとびキャラと違う。こう、落ち着いた感じが……



“キミ、けっこう突撃タイプだってね。
 ジュンイチくんと一緒。ひとりで突っ込んだりとか、格上相手とやりあうことが多いとか”

“……そう、ですね”

“ま、ヒロちゃんからいろいろと聞いててね。その上で言わせてもらうけど、キミ……危ないね”



 メガーヌさんは、言い切った。僕が、危ないと。チンクさんや、ルーテシアといろいろと楽しく話しながらも、思念の声は、鋭く、真剣だった。



“一直線で、一途で、まっすぐで……だけど、それゆえに危ない。
 そういうところもジュンイチくんと同じ……とことん似た者同士ね、キミ達”

“……そんなことはないですよ? よく汚いと言われますし、痛いのも苦しいのも嫌いですし”

“それは一部だよ。本当のキミは、きっとすごく強い。痛くても苦しくても、迷ったり、止まったりしないで戦える。
 だけど……ううん、だからこそ、同じくらいにすごく危ないよ。死にそうなくらい傷ついてても、平気な顔して剣を振るう。大丈夫って顔して、戦おうとする”



 ……そうかも。戦いで迷ったりするの、嫌いだし。



“そう、見えます?”

“見える。ジュンイチくんっていう“前例”があるだけに、余計にね。
 だからね、相談してほしいな。人生の先輩として、いろいろと力になるよ。だから、覚えなさい。私が教えてあげる。
 苦しい時に、困った時に、誰かに甘えたり、頼ったりするのってね。恥ずかしいことでも、なんでもないんだよ?
 私はキミより年上だもの。年上のお姉さんの前では、甘えてもいいんだから”

“……ありがとうございます”





 この人、もしかしたらすごい人なのかも。会って数時間しか経ってないのに、ここまで……





“それに、一回練習はしておいた方がいいと思うんだよね。じゃないと、やっぱり緊張して上手くいかないだろうし”

“なんの練習っ!?”

“……もう、そんなことを女の口から言わせるつもり?”

“うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!”










 ダメだっ! この人やっぱり強すぎるっ! オーバーSとガチにやりあう方がまだ勝率あるよこれっ!?



 マスターコンボイも何とか言ってよっ! 色事に淡白なマスターコンボイならきっとこの人止められるからさっ!











 ………………って、どうしたの? マスターコンボイ。

 なんか、黙り込んじゃって、空中をじっと見つめて……まるで電波な人みたいに。





「最後の一言は余計じゃないか!?
 ……別に、大したことじゃない。
 柾木ジュンイチが……街のド真ん中で“力”を高め始めた」

「え………………?
 ……ホントだ。なんかお兄ちゃん、マヂっぽい」

「パパ、どうしちゃったんだろ……」



 え? マスターコンボイだけじゃなくてスバルやホクトまで?

 ギンガさん、この三人、いつの間にこんなに電波になっちゃったの?



「なぎくん、とりあえず電波から離れようか。
 スバル達なら大丈夫よ。ジュンイチさんほどの精度はないけど、ジュンイチさんみたいにみんなの“力”を知覚する技を身につけてるだけだから」



 うん。それが電波だと思うんだ。





 けど……マスターコンボイ達の知覚がホントなら、ジュンイチさんが何やら本気モードってことで……何かあったのかな?

 でも、あの人がマヂになるような事態なら、僕達に報せが来ないってのもおかしいし……





 …………うん。ホントに何してるの? ジュンイチさん。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 よーし、精霊力も十分高まったし、そろそろいくかっ!



 現在、オレはビークルモードでスピードキングを追跡しているアームバレットの車上で、精霊力を高め終えたところ。





 その目的は単純至極。



 そう……スピードキング撃破のためだ。





 ちなみに“装重甲メタル・ブレスト”も着装。爆天剣も用意して戦闘準備万端。その上で何をするかというと……





「フォースチップ、“スピーディア”!」





 その呼びかけに答えて、飛来するのはスピーディアのフォースチップ。オレの目の前に、一定の距離を保って舞い降りてくる。

 そう……フォースチップだ。マスターコンボイ達トランスフォーマーや、恭文達のようにプラネットフォースのある星に生まれ、その“力”の加護を受けながら育った者しか扱えないはずのそれだ。



 本来なら、プラネットフォースの加護を受けていないオレには扱えないはずのシロモノなんだけど……みんなが使ってるのを見て、どう呼び出してるのか、その際に“力”をどう行使しているのかを読み取って……そんな感じで、独学で呼び出し方を覚えたのだ。





 もちろん、オレにはチップスロットはないし、覚えた当時はデバイスだって持ってなかった。おかげで最初は大技を使う際のエネルギー源、くらいにしか使えなかった。

 なので、もっと効率的に使えないものかといろいろ試行錯誤を繰り返して……編み出したのがコレだ。





「イグニッションッ!」





 宣言と同時、オレは手にした爆天剣を思い切りフォースチップに突き刺した。それに伴って、フォースチップは元のエネルギーの塊に戻り、爆天剣を伝ってオレの周りにまとわりついていく。



 エネルギーは“装重甲メタル・ブレスト”に取り込まれ、その形状を変化させていく――そうして出来上がるのは、オレの“装重甲メタル・ブレスト”、ウィング・オブ・ゴッドの新たな姿。

 その名も――









「ウィング・オブ・ゴッド――モーメントフォーム!」









 この姿だ。



 余剰エネルギーを排出するマフラー、タイヤを模したエネルギー加速器……カーレースの星、スピーディアのフォースチップを使ってのフォームチェンジに相応しいデザインに仕上がった、オレの戦闘フォームのひとつ。



 その姿でどうするかっていうと――単純明快。



「待ち、やがれぇぇぇぇぇっ!」



 そう。追いかけるのだ、スピードキングを。

 左の腰に新設された鞘に爆天剣を納め、オレはアームバレットの上から飛び降ると前方を走るスピードキングの後ろ姿をにらみつけながら地面に着地――直後、オレの姿はすでに着地点にはなかった。





 だって――すでにスピードキングの真後ろに張りついてるから。



 これが、モーメントフォームの能力――“moment”、すなわち“一瞬”。その名に相応しく、火力もパワーも犠牲にして、ひたすらにスピードを追求した、スピード“だけ”の形態なのだ。





 それは、ちょうど目の前のスピードキングと同じ条件――オレに追いつかれたのに気づいて、あわてて逃げようとするけど、残念だったね。

 同じ条件だったら――





「基礎的なところでスペック勝ちしてるオレの方が……速く走れるに決まってるでしょうが!」





 そういうことだ。あっさりと追い抜いて、カウンターとばかりにそのお腹に回し蹴りを叩き込む!



 パワーに欠けるフォームで、しかもムリヤリ感タップリな姿勢からの蹴りだ。大した威力はないけれど……このスピードの中ではその程度の蹴りでも十分だ。バランスを崩して転倒……チッ、持ち直しやがった。



 けど、こっちだってフォースチップのバカデカいエネルギーをムリヤリ制御してる……要するにムチャクチャ疲れる状態で全力疾走してるんだ。長々と続けるつもりは毛頭ないんだよっ!



「フォースチップ――フルバースト!」



 だから、一気に決めに行く――フォースチップのエネルギーを全解放。最大速力でスピードキングを抜き去って、その前方に回り込む。



 腰の鞘に納めた爆天剣に手をかけ、何とかは急に止まれない状態で突っ込んできたスピードキングと――交錯っ!





「閃け、刃――」







「瞬刃殺」





 スピードキングがオレの脇を駆け抜けた時には、すでにオレは納刀のかまえに入っていた。振り抜いた爆天剣を静かに鞘に納める。



 納刀し、キンッ、と爆天剣の鍔飾りが音を立て――











「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」











 スーツがバラバラに斬り刻まれて、加速の術を失ったスピードキングは、マッパな姿で思い切り引っくりコケるのだった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 さて、そんなこんなで……ケーキが焼き上がった……って、ギンガさん来ないし。



「……うん、いい焼き上がりよ。ギンガちゃんが来るまでに、私達だけで盛りつけしちゃおうか」

『おー!』



 焼き上がったそれぞれのスポンジケーキに、みんなが作った生クリームを塗っていく。



「できるだけ均等になるように塗るの。こんな感じで……」

「ほぇー、上手いもんっスねぇ〜」

「なのはさんの実家で働くと、こういうの作れるようになるのかな……」

「なのはの実家にこだわらなくても、これから実習とかで作っていけば、ディエチひとりでもきっと作れるようになるよ。
 まぁ、僕も多分また呼ばれるだろうし、その時にもいろいろ教えるよ」

「そっか。恭文、ありがと」



 クリームをきれいに塗ったら、次は盛りつけ。

 白い土台に、赤いイチゴを盛りつける。そうして、ケーキの上の隅に、クリームをしぼり出す。



「あー、これおもしろいなぁ」

「力入れすぎると一気に飛び出すよ?」

「うん、だいじょお……ぶはっ!」



 言った傍から……セインの顔がこう……絵的に表現できない状態になった。強いて言うなら、R18です。



 でも、とうのセインは、その顔に付着した生クリームを舐めて……



「うん、美味しいっ!」

「そりゃよかった……って、そのまま全部舐め取る気かいっ! いいから、早く顔洗ってきなよ」

《絵的にいろいろマズイですよソレ》

「えー、いいよ別に」

「……砂糖やらなんやら付着した状態でいるつもり? 舐めとっても、それは変わらないよ」

「そりゃマズイね……」



 あと、絵的にね。うん、いろいろと。



「でも、どうせならこう……悦に浸ったような表情で、息を荒めにして言わないとだめよ。そういうので男の子はクラっとくるんだから」

「ちょっとそこのお母さん? 変なアドバイスをしないでくださいっ!」

「お、おいしーよー?」

「セインもやらなくていいから……」



 さて、そんなこんなでやっているうちに……



「かんせーいっ!」

『おー!』




 ちょっとだけ歪だったり、盛りつけが下手なところがあるけど、これがハンドメイドのケーキの味なのだ。



 お店の完成されたケーキも確かにいい。だけど、こういうのは……とてもいい。



 さて……まだ来ないな。ちょっと呼びに言った方がいいかもしんないなコレ。





「ごめんね、遅くなっちゃって……って、もう出来上がってるのっ!?」

「とっくにだよ。みんなで盛りつけもしちゃったんだから」



 ウワサをすれば影ありとはよく言ったものだ。ギンガさんがようやく来た。



「ごめんなさい。つい……」

「何がついなのかを詳しく聞きたいよ。さ、早く食べよ? 暖かいものは、暖かいうちが美味しいってね〜」



 さて、ケーキを切り分け……うん、ディードに頼もうかな?



「わ、私ですか?」

「うん、半分お願い……あ、気合入れてやった方がいいよ? そこの欠食児童達が大きさにこだわるから」



 そう言って、僕はその“欠食児童達”を見る。

 スバルにノーヴェ、ホクトにポジティブコンビだ……はいはいそこ、ムダにこちらにプレッシャーをかけない。ちゃんと均等に分けるんだから。



『はーい(っス)』



 ケーキを均等に1ホール八等分に分ける。まぁ、人数分だと、2、3個とかだけど、それでも自分達が苦労して作ったもの。食べる瞬間はひとしおである。



 さて、出来はどうかな……ぱく!










『美味しい〜♪』










 うんうん、これはいけるわっ!



「ホントっスね。こう……心に染み渡る甘さっスよ」

「私達、受刑者だよね? こんな事してていいのかなっ!?」

「……なんか、いいよな。こういうの、アタシ達でもできるんだな」



 あー、つい疑問に思ってしまうけど、今日はいいじゃないのさ。じゃないと、僕が食べられないんだし。



「……美味しい」

「本当に。普通に食べるよりも……こう、美味しさが違います。上手くいえないんですけど」



 ケーキを一口食べる度に、幸せそうな顔をする双子コンビを見て、ちょっとうれしくなる。



「そうね。うん、なんか違うわ」

「……こういうことなのだろうな。きっと」



 ドゥーエさんやチンクさん……見れば、他の年長組も、あのスカや駄メガネでさえも幸せを実感している……っと、そうだった。



「はいみんな。紅茶も淹れたから、ケーキと一緒にどうぞ」



 そう、紅茶の準備をしていた。で、全員分淹れ終わったので、みんなに配る。



「アギトには……はい。アギトサイズのティーカップ」

「お、悪いな……うん、このお茶美味ぇなっ!」

「ほんとに? いやぁ、よかったよ」



 うむぅ、やっぱりおいしいって言ってもらえると、理屈を抜きでうれしい。うん、こういうのいいな。



「……うん、確かにこの紅茶はレベルが高い。これも、高町一等空尉の実家仕込みなのか?」

「そうです。あと……聖王教会のカリムさんにも教わりました。あの人も紅茶うるさいんですよ」

「あぁ……ほんとうにいい子なのね。自由恋愛バンザイよっ!」

「お母さん、やっぱりお父さんは捕まえないといけないね」

「そうね、お母さんがんばるわっ!」



 がんばらないでください。いや、心からそう思う。そして、お父さんはもう決定稿なんだね。うん、わかってたよ。

 でも、本当に美味しくできてよかった〜。食べてて幸せになるんだもん。



 美味しい料理は、人の心まで幸せにする。悲しい事があってもお腹は空く。

 そんな時に、美味しい物を食べると……問題が解決していなくても、なんとかなったような気がする。

 刃物を握る手で、人を幸せにできるのは、料理人だけだって言うしね。あ、これは天道さんの受け売りね。





 …………そういうの、ちやんとみんなに伝わったかな? うん。きっと伝わったはず。



 だって……みんな、すごく幸せそうに食べてるんだもの。





 少しだけ、役に立てたのかな……これだけでも、ここに来てアレコレした甲斐はあったかな。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「とりあえず、一件落着、っと……」

「だなだな」

「無事解決して何よりだな」



 スピードキング改め窃盗犯ニノ・セクストンは無事局員に連行されていった……ガスケットの言うとおり一件落着、といったところだ。



 …………まぁ、窃盗罪に加えてわいせつ物陳列罪まで加わったのは……事故だったってことにしておいてくれるかな? オレだってしたくてマッパにしたワケじゃないんだ。





 つか……今はその辺の追及を受ける余裕も、それに返す余裕もない。





「…………大丈夫? ジュンイチ」

「しこたま疲れた……」





 ブイリュウの問いに、オレはそう答えるしかない……いや、ホントにそのくらいの余力しか残ってないのよ。





 今回使ったモーメントフォームを始めとした、フォースチップを使ってのフォームチェンジ、通称“イグニッションフォーム”の代償がこれだ。

 本来使えるはずのないフォースチップをムリヤリ呼び出した上、そのエネルギーをフルに取り込んで制御するのだ。その負担はハンパじゃない。



 その結果……使った後は今のオレのようになる。制御のために体力を使い切ってしまうワケだ。



 なお、そんな負担のデカイ形態だから、変身にも限界時間は当然ある。必殺技で残りエネルギーを使い切るとかしなければ、“JS事件”当時でだいたい1分前後。今で……だいたい1分15秒程度だ。ウルトラマンより制限シビアなのよ。





「まぁ……もう解決したから、いくらでもダレてくれていいんだけどね」



 やかましい……って、通信?





『あー、ジュンイチさん?』




 恭文……? どしたい?



『いや、マスターコンボイ達が、ジュンイチさんがマヂモードだとか電波なこと言い出したから、気になってさ』



 あー、そうなんだ。フォームチェンジの時のパワーの上昇、アイツらに感づかれてたか。



 まぁ、確かにちょっとがんばったけど、もう解決したから、アイツらにはもう大丈夫だって伝えてくれるかな?



『ならいいんだけど』

「それより、そっちはどうだったんだ?
 確か、マックスフリゲートでお菓子作りだったんだろ?」

『あぁ、そっちは問題なく……
 ………………問題はなかったってことにしてください』

「…………要するに何かあったワケな。
 その様子から見るに……またフラグ立てたな?」

『エスパーですかあんたわっ!』



 ………………図星かい。



『と、とりあえず……お土産に、残った食材で蒸しケーキでも作っておきますから』

「お、ジャストタイミング! ちょうど甘いものがほしかったんだ。
 じゃ、先帰って楽しみに待たせてもらうわ」

『はいはーい。
 それじゃ、また隊舎で』



 そんなこんなで、恭文との通信は終了。

 さて、お土産が待ってるし、犯人引き渡しも終わって用事の片づいたオレ達はさっさと退散しようかね。









 ………………けど。

 あのコソドロに強化スーツを渡してスピードキングに変えちまったのは一体誰だ……?

 そして……ヤツをスピードキングにして、何をさせるつもりだったんだ……?











 ヒントも何もない状況じゃ判断のしようもないんだけど……どうにもイヤな予感がする。一応、警戒はしておくべきだろうね。







 ただの気のせいであってほしい。何も起きないでほしいと思うけど……きっと何か起きるんだろうなー。なんてあっさり思えてしまう自分にちょっぴりため息。







 まぁ……何だ。気合入れて、これから起きる“何か”にしっかり対応していくしかないか。



 そうしなきゃ……守りたいもの、きっと守れないからさ。







 うん。しっかりやっていこう。今までどおり……これからも。







(第23話へ続く)


次回予告っ!

恭文 「うぅ……またフラグが立った……
 僕はフェイト一筋だってのに、どうしてこうなるのさ?」
ジュンイチ 「だよなー。
 まぁ、オレはフェイトとの仲を応援してやるからがんばれよ」
恭文 「自分の本命もきっちり定まってない人に応援されてもなー」
ジュンイチ 「ムリ言うなよ。
 本命も何も、オレにはそんな相手はいないんだからさ」
恭文 「………………ジュンイチさんのその発言で、向こうで何人か号泣してるんですけど」

第23話「人の善し悪しとセンスの良し悪しは無関係」


あとがき

マスターコンボイ 「日常的なドタバタが繰り広げられたオレ達と現場で暴れた柾木ジュンイチ。二つの視点から描かれた第22話は以上だ」
オメガ 《 別な言い方をするなら、平和な時間の中にいた私達と平和じゃない時間の中にいたミスタ・ジュンイチとの対比が描かれた話ですね……どちらが幸運でどちらが不幸だったかは別問題として》
マスターコンボイ 「まぁ、恭文はまた新たに何やら抱え込んでしまったようだしな……」
オメガ 《ミス・メガーヌですね。
 本編中のぶっ飛び具合は本家『とまと』からの踏襲なのですが……えぇ、本家のころからあの暴走ぶりです。あまりの暴走にうちの作者もうかつにイベントを描き足せなかったとか》
マスターコンボイ 「柾木霞澄と同じで、話す内容が規制ギリギリだからなぁ……」
オメガ 《二人がそろったらすごいことになりますよ、絶対》
マスターコンボイ 「周りの人間関係を見た限り、間違いなくすでに面識があるだろうしな。
 恭文め、その場に居合わせたらそのままメガーヌ・アルピーノとゴールインさせられるんじゃないか?」
オメガ 《まぁ、さすがにそこまではいかないでしょうけど……かなり危険な展開になるのは間違いないですね。主に成人指定的な意味で》
マスターコンボイ 「戦闘に参加しないのに存在が危険すぎるぞ、あの二人……」
オメガ 《今後も取扱い注意、ですね。作者、血迷わなきゃいいんですけど》
マスターコンボイ 「ギャグ話では暴走癖があるだけに不安だ……
 ……と、そろそろお開きのタイミングか」
オメガ 《そのようですね。
 では、みなさん。また来週もよろしくお願いいたします》

(おわり)


 

(初版:2010/11/27)