「ったく……いい気分じゃないんだから、あまりこういう形で本気を出させないでほしいんだよね」



 周りで渦巻く“力”――精霊力は、もう今の段階からものすごい熱量を発している。近づくのもヤんなるくらいに。

 そんな、荒れ狂う“力”の渦の中、ジュンイチさんは淡々と、感情のこもっていない声でホーネットにそう告げた。





 …………うん、本気で怒ってるね、この人。



 シグナムさんがやられて、さらにそのシグナムさんの魔力を、アイツの分身作りの材料に使われて、完全に頭にきてる。





 元々身内にはとことん甘い人だったし、その身内が傷つけられてブチキレることは今までもあったけど……キレる時はここまでキレますか、この人。





「まぁ……相手がシグナム、というのもあるだろうがな、この場合……」





 …………はい?

 スターセイバー、それってどういう……







「ジュンイチ!」







 そんな、スターセイバーへの僕の問いかけを無視して声を上げたのは……師匠?



「ジュンイチ、あたしにもやらせろ!
 シグナムは、あたしを守ってやられたんだ! あたしだって……」

「そーだな。
 再三オレに同じ手ェ使われてその度に説教までされてんのにこの期に及んで挑発にあっさり引っかかった挙句足引っ張ったせいで助けに入ったシグナムがやられたんだもんな」





 …………情け容赦なくノンブレスで黙らせますか、ジュンイチさん。





「…………まぁ、その分を取り返したいって気持ちもわかるが、それでも引っ込め。
 コイツは、シグナムの魔力を使って分身を作ってる……シグナムの“力”を、お前らに向けさせるワケにはいかねぇよ」

「お前は向けられてもいいのかよ?」

「いいんだよ」



 師匠に即答して、ジュンイチさんが懐から取り出したのは……本局での初対面以降、ちっとも出番のなかったジュンイチさんのデバイス――“蜃気楼”だ。

 そして――告げる。











「揺らめけ――“蜃気楼”」











 どこぞの死神の刀剣解放のようなキーワードと共に、その“力”が解放される。ジュンイチさんの精霊力の光、師匠の魔力光と同色だけど、より輝きの強い真紅の光がジュンイチさんの姿を覆い隠して――





















 …………………………あれ、見た目変化なし?











 話の流れから考えて、さっきのキーワードは、蜃気楼のセットアップの掛け声だったはず……なのに、光が消えた後のジュンイチさんの姿はまったく変わってない……ブレイカーとしての戦闘服、“装重甲メタル・ブレスト”をまとったままだ。



 魔導師としての戦闘服、バリアジャケットにあたるものは一切なし……あの、ジュンイチさん、もしかしてバリアジャケット、設定してない?





「そーでもないぞ。
 一応バリアジャケットも用意してあるんだけど、“装重甲メタル・ブレスト”を着装してるから使ってない……ってことで、今回はコイツだけだ」



 言って、ジュンイチさんが見せた右腕……そこだけが変化していた。装着されていた“装重甲メタル・ブレスト”の腕アーマーがなくなって、代わりにガントレット型の端末ツールが装着されてる……某プレデターさんの左腕に端末ついてたでしょ? あんな感じのヤツ。



 ひょっとしてそれが……蜃気楼?



《その通りです。
 この姿では初対面ですね》

「あー、そっか。
 そういえば、お前の前では使ったことなかったもんな」



 言って、ジュンイチさんが続けて僕に見せたのは、腰のケースから取り出した一枚のカード。

 右腕の蜃気楼から引き出したトレイにそのカードをセット、トレイを押し込んで――











《レヴァンティン》











 次の瞬間、ジュンイチさんのかざした右手に“ナニカ”が集まって――ウソ、アレ、レヴァンティン!?



 そう。ジュンイチさんの手に現れたのはレヴァンティン。シグナムさんの手の中にあるはずの。





 …………あ、でも、色が違う。真っ黒なレヴァンティン……まさか、レプリカ!?



「あぁ。
 周辺にナノマシンを散布、そのナノマシンと事前に収集しておいたデータを用いて、AI以外はまったく同一のコピーデバイスを作り出す……
 それが蜃気楼、ファーストモードの能力だ」



 言って、ジュンイチさんはコピーしたレヴァンティンの切っ先をホーネットに向ける。



 そんなジュンイチさんに、ホーネットが、そしてその周囲の分身達が次々にかまえる――ひとりで戦うつもりのジュンイチさんにしてみればまさに多勢に無勢。





 でも――







「勝算……あると思っていいんですよね?」



「言ったでしょ? 『本気出す』って」



 尋ねる僕にあっさり答えて、ジュンイチさんはホーネット達へと視線を戻す。





「くだらん強がりだな。
 今さら本気を出す余裕があるなら、どうして最初から本気にならなかった?」

「いや、ホラ、アレだよ。
 『チカラ隠して、オレってカッコイー♪』ってヤツ?」



 緊張が高まる中、さっそくホーネットからの挑発。ジュンイチさんも軽口で答えて――って、ジュンイチさん、後ろ!



 軽口の応酬の中、分身体の1体がジュンイチさんの後ろに回り込み――











「気のそらし方が真っ当すぎ」











 そう評価を下しながら、ジュンイチさんは一歩右へ。分身体の攻撃をあっさりとかわして――コピーしたレヴァンティンを一閃っ!



 防御すら間に合わず、袈裟斬りに叩き斬られた分身体が霧散し、消滅する――続けて、別の分身体がジュンイチさんに向けて突っ込んでいくけど、



「ずぁりゃあっ!」



 不意討ちですらあっけなく返り討ちにあったのだ。真っ向勝負でどうにかなるワケがない――ジュンイチさんは新たに飛び込んできた分身体に向けて炎を叩き込む!





 ただし……炎の勢いが明らかにおかしい。巻き起こった真紅の炎は分身体を魔力粒子ひとつ残さず消し飛ばし――さらにその周囲の地面を爆砕。

 飛び散るアスファルトの破片が降り注ぐ中、新たな一体がジュンイチさんを狙い――







「遅ぇっ!」







 ジュンイチさんがその顔面を蹴り上げた。そのまま跳び上がり、続けて放った蹴りで分身体をブッ飛ばす。





 一直線にブッ飛ばされ、分身体がその先の廃ビルに分身体が叩きつけられて――次の瞬間には、追ってきていたジュンイチさんがその眼前にいた。

 顔を上げた分身体の目の前に右手をかざし――炎が荒れ狂った。一瞬にして分身体が消し飛ばされ、さらに背後のコンクリート壁も爆砕。根元を消し飛ばされ、運悪く巻き込まれた廃ビルは轟音と共に崩壊していく。





 明らかに、あの程度のレベルの相手に叩き込む攻撃の限度を越えてる――どう考えてもオーバーキル。



《完全に手加減を忘れてますね。
 もしくは意図的に手加減しないでいるか……いずれにせよ、宣言どおりのフルパワーですね、間違いなく》

「だろうね。
 この辺り一帯、焦土と化すんじゃないかなー?」











 ………………言ってて思わず頭を抱えた。だって、ホントにそうなりそうな気がしてしょうがないから。





 けど、そんな僕らの苦悩もまったく意に介さないのが今のジュンイチさん。「ふむ」とうなずいて、コピーしたレヴァンティンを肩に担ぐ。



「どうやら、分身にはオリジナルほどのスペックはないみたいだね。
 思ってたよりも、楽な戦いになりそうで良かったよ」

「何………………?」



 あーあ、挑発した人が挑発され返してるよ。ジュンイチさんにあっさり言われて、ホーネットの声色に微妙に怒りの色が混じったのがわかる。





 けど……頭に来ているのはジュンイチさんも一緒。そんなホーネットを前にしても、今さら動じるはずもないワケで……





「オレとシグナム、どっちにとっても前世の話だし、できることならその記憶に引きずられたくねぇんだけどさ……しょーがないじゃないよね。ムカついちゃったんだからさ」



 言葉と全身から放つ威圧感、ミスマッチにも程がある……







「………………あ」







 ――って、ジュンイチさん? いきなりその威圧感が消えたんですけど、怒り引っ込めてどうしたの?



「いや……ふと思い出してさ。
 なのはの“全力全壊”って、“全”ての“力”で“全”てを“壊”す、だったよな?」



 あー、そんな感じですけど……それがどうかしたんですか?





「だったらさ……」





















「“全”ての“力”で“全”てを“潰”す。
 それがオレの、“全力全潰”だ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………あかん。

 ジュンイチさん、完全にマヂモード入っとるわ。



 ここは六課の指令室――現場の様子の中継映像を前にして、私は思わず頭を抱えた。





 理由は、映像の中のジュンイチさん。



 パッと見では、いつものおふざけモードがちょっとおとなしくなったかなー? といった程度の違いしかわからんやろうけど……今までの経験からわかる。アレは、シリアスなシチュエーションでめっちゃ怒った時のジュンイチさんや。



 実際、ロングアーチの観測でもジュンイチさんの精霊力の観測値が恐ろしいことになっとるし……さっそくオーバーキルを目の前で見せてくれた。完全に本気モードやないの。



「ジュンイチさん……!」

「あちゃー。完全に本気じゃないの、ジュンイチさん」



 そんなジュンイチさんの様子に不安げなのがなのはちゃん。明らかにマズそうな顔しとるのがアリシアちゃん……やっぱ、アリシアちゃんもマズイと思う?



「そりゃ思うよ。
 だって、ジュンイチさんが本気で戦ったりしたら、周りの被害がトンデモナイことになるし。
 何でもアリのオールラウンダーなジュンイチさんだけど……それはあくまで“戦闘者”として。“能力者”としてのあの人の戦闘スタイルは、基本的に大火力での一撃滅殺なんだから」

「『滅殺』……瞬獄殺?」

「はい、そこのゲーマーは黙る」



 すかさず反応したなのはちゃんにはキレのいいアリシアちゃんのツッコミが入る……そういう発想がまず真っ先に来る辺り、なのはちゃんも何気にジュンイチさんに染まっとるなー。



「どうする? はやて。
 “あぁ”なったジュンイチさんは、周りがどうなろうが関係なく暴れ回るよ」



 いやな、アリシアちゃん。

 それはわたしかてわかっとる。 わかっとるけど……





「今のあの人を、一体誰が止められると思う?」



「………………ムリだよね」



 せやろ?

 やられたのがシグナムっちゅうんが一番デカいわ。あの人にとって、シグナムは大きな存在やし……











「………………そうなの?」











 せやでー、なのはちゃん。

 なんたって、ジュンイチさんとシグ……ナ、ム……は……





















「どうしたのかな? はやてちゃん。
 その先が聞きたいなー?」





















 にこやかにそう答えるなのはちゃんやけど……











 こっ、怖いっ!



 にこやかな笑顔の裏に隠れたプレッシャーが重いっ!







「あー、なのはちゃん」



「何かな?」



「どーしてそんなに機嫌が悪いんでしょーか……?」



「え?
 そんなことないと思うけどなー」





 いえいえ、今のあなた、ムチャクチャ怖いですから。





「そう…………かなぁ?」



 そうやって。



 いきなり怖くなったやないの。具体的にはジュンイチさんとシグナムの話をしだした辺りから……





















 ……………………………………………………ん?







 ………………うーん…………





 あー、なのはちゃん、ひょっとして……





















 シグナムに妬いてる?





















「やっ………………!?
 そ、そんなことないよっ! はやてちゃん、何言ってるの!?」











 ほほぉ……そーですかそーですか。



 「ヘタしたら一生このままかもしれんなー」と思っとった超鈍感カップルも、実は水面下できっちり進展しとったんか。





 となると……











 ここは私の腕の魅せどころやなっ!







 ここで二人を一気に進展させるっ! そうすれば、ギンガやらチンクやら、他にジュンイチさんにホの字な子達も必ずや動き出すはず! 一気におもしろくなるのは間違いないっ!



 このメークドラマー八神はやての実力……見せたろうやないのっ!







「仕事してください部隊長」







 ………………いや、せやかてなー、グリフィスくん。





 あのジュンイチさんが本気になった以上……





















 獲物を奪われて、しかも止められるだけの力もない私達に、何かやることが残っとると思う?

 

 


 

第24話

とある暴君のお久しぶりの全力全潰

 


 

 

 ジュンイチさん、またひとりで突っ走って……!



「ちょっ、フェイト、どこ行くのさ!?」

「決まってる! あの人を止めないと……!」



 そう……あの人を止めないと。







 シグナムを傷つけられて頭にくるのはわかる。私だって怒ってる。

 それに……シグナムの魔力をみんなに向けさせたくないという、その気持ちも。







 けど……だからってあんな勝手を許していいワケがない。それに、あの人は放っておくとすぐに暴走するし。



 すぐにでもあの人を連れ戻して、みんなで……











「待て、テスタロッサ」











 イクトさん!? どうして止めるんですか!?



「“あぁ”なった柾木に手出しは無用だ。
 心配せずとも、あのホーネットとかいう男に勝機はない」

「そういう問題じゃありません!
 いくら勝機があるからって、あんな勝手……!」

「確かに、普通なら許されんがな……」







 ――――――――っ!?







 同時に気づき、私とイクトさんは左右に跳ぶ――直後、頭上から飛び込んできたバッドホップのカカト落としが、私達のいた辺りの地面を粉々に粉砕する。



 さらに、周囲にワラワラと集まってくる大きな影……さっきの攻防では身を隠していたクモ型の下級瘴魔達だ。



「どちらにせよ……先にコイツらをなんとかしない限り、柾木のもとへは向かえそうにない」

「……ですね。
 ジャックプライム」

「僕はいつでもいけるよ!」



 私の呼びかけに、すぐに答えが返ってくる……さっきは置いて飛び出そうとしてゴメンね、ジャックプライム。



「ヴィータ、バッドホップは貴様とビクトリーレオにくれてやる」

「いいのかよ?」

「あぁ。
 貴様もこのままでは引っ込みがつくまい。存分に八つ当たりしてやれ」

「ありがとよっ!
 いくぜ、ビクトリーレオ!」

「おぅっ!」

「スターセイバーはシグナムを頼む。
 テスタロッサ、ジャックプライム。オレ達は周りの下級瘴魔を叩く」

「ちょっと過剰戦力じゃないですか?」

「ヴィータに花を持たせてやるためだ、そう言うな」



 ……それもそうですね。



 ヴィータ自身、自分のせいでシグナムが傷ついたことを気にしてる。挽回の機会は早い方がいいですよね。







 ………………でも……







 下級瘴魔に対する警戒を解かないまま、私はホーネット達と対峙するジュンイチさんへと視線を向けた。





 ………………やっぱり、ものすごいパワーだ……



 元の魔力量はそれほどでもないって話なのに、気と霊力を加え、精霊力に変えることでその容量は大きく向上する……その上、さらに体内でブーストをかけることでパワーはさらに増す。



 そしてそのパワーから生み出される破壊力は今ここで実証された。ほぼ溜めなしの炎ですら、一流の砲撃魔導師のフルパワーに匹敵する威力を叩き出す。私でも……ううん、なのはでも同じ条件、つまり溜めなしでこの威力を出せと言われても、たぶんムリ。





















 …………だからこそ、納得いかない。





















 あれだけの力を局の中で振るえば、もっとたくさんの人が救えるはずなのに……!



 力っていうのは、みんなを守るためのものなのに……!







 それなのに……あの人は……っ!







 あんな人がいるから、ヤスフミは……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「たぁぁぁぁぁっ!」



 全力で突撃し、場を拓く……この先どう修行していくにしても、今のあたしはそれが役目だ。シロくん達に下級瘴魔の群れを任せて、あたしは思い切り飛び込み、目の前のシザーテイルに向けて拳を叩き込む。



 けど……やっぱりその目前で力場に止められる。だから……こうする。





「オォォォォォッ!」





 そのまま押し込むように拳をめり込ませて……バリア、ブレイクっ!



 あたしの干渉を受けて、シザーテイルの力場が粉々に砕け散る……やった、できたっ!





 元々魔法のバリアを砕くための魔法。瘴魔獣の力場でも通用するかどうかわからなかったけど、なんとか――





「バカ!
 スバル、避けなさいっ!」



「え――――ぅひゃあっ!?」





 あ、あっぶなーっ!?



 ティアの声に我に返ったあたしの目の前に迫っていたのは、シザーテイルの背中から伸び、襲いかかってくるサソリの尻尾。



 なんとかかわせたけど……ダメだな。油断してた。



 気を取り直すと、相手がさらに繰り出してきた両手のハサミもかわして、マッハキャリバーのタイヤをうならせながらその左サイドにもぐり込んで――





「せー、のっ!」





 この辺りは師匠でもあるお兄ちゃん直伝。全身のバネを総動員して、力場による守りを失ったシザーテイルのわき腹に渾身のレバーブロー。



 同時、固いものが壊れる音と確かな手ごたえ――あたしの拳が、シザーテイルのわき腹の甲羅を打ち砕いたんだ。







「たぁぁぁぁぁっ!」







 さらにそこへエリオも――キャロのブーストで斬れ味の増したストラーダで、シザーテイルの尻尾を斬り落として、





《Element-Install!
 “CLASH”!》


「あーちゃん、ボンバーっ!」



 属性付加効果を持った特殊カートリッジ、エレメントカートリッジで打撃力を強化したあず姉が、レッコウのフルスイングでシザーテイルをブッ飛ばす!



 あたし達の連携攻撃で、甲羅のあちこちを砕かれたり斬られたり。散々な様子のシザーテイルが宙を舞って――





「ティア!」

「わかってるわよ!
 あんまり、待たせんじゃ――ないわよ!」



 ティアにお願いしてトドメの一発――ティアが準備していた魔力弾の群れが、まとめてシザーテイルに降り注いだ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ふむ…………この辺りか?



《来るぜ、ボス!》

「おっと」



 試しに足をわずかに前にずらしたとたん、“力”の塊がこちらに向けて放たれる――オメガの警告に従い、オレは左に跳んで回避する。



「なーる……アレ以上踏み込むと、撃ってくるワケだ」

「そのようだな」



 そのまま後退、恭文と合流……さて、これでだいたい相手の間合いは把握できたか?





 今、オレ達が対峙しているのはこの瘴魔の一団のボス、万蟲姫まむしひめだ。





 だが……その様子は明らかにおかしい。



 さっきまでは小娘らしくギャーギャー騒いでいたのに、今の彼女は掛け声ひとつ発しない。

 そればかりか瞳に意志の輝きがなく、動きもどこか機械的でぎこちない。



 何より、自分からはまったく攻めてこないクセに、ある一定の距離より近づくと思いっきり砲撃してくる。まるで自動迎撃システムの砲台だ。





 さて……恭文、この状態、お前はどう見る?



「うーん……やっぱり……催眠術か何かじゃないかな?
 彼女の身に何かがあると、あの状態になって危険を排除する、みたいな……」



 なるほどな。







 となると、取りうる手段も限られてくるか……







 ひとつは、もちろんこのままブッ飛ばす。



 二つ。なんとか取り押さえて催眠状態が解けるのを待つ。



 三つ。先に何かしらの手段で彼女の催眠状態を解き、戦闘力がガタ落ちになった彼女を取り押さえる。





 とりあえず、一番楽なのはひとつめだが……なのはやスバルが後でうるさそうなのでボツ。二つ目と三つめの案に絞られるワケだ。



 まぁ、先に取り押さえるにせよ後から取り押さえるにせよ、催眠状態さえ解けてしまえばやりようなどいくらでもある……





















 最悪、恭文に落としてもらえばいいのだから。



 ………………何を落とすのかはとりあえず聞くな。





















「いや、ぜひとも聞かせてもらいたいんだけどねぇ? マスターコンボイ」

「気にするな。
 お前の特性を有効利用した的確な策だ」

「どこがだよ!? 要するに意図的にフラグ立てろってことでしょ!?
 再三言ってるけど、僕はフェイトが本命なのっ! これ以上人間関係ややこしくなるようなこと考えるなぁっ!」



 いい案だと思ったんだがなぁ……まぁいい。





 いずれにせよあのチビにはブッ飛ばされたお礼もしたいところだしな……とりあえず、最初は真っ向からの正面突破を試みようかっ!



「はいはい。
 そんじゃ……いこうかっ!」



 恭文の答えと同時――オレ達は同時に地を蹴った。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 自分を狙って、高速で突っ込んでくるホーネットの分身体――ホーネットの姿形を真似た、シグナムの魔力の塊。



 けど――遅いんだよっ!



「ずぁりゃあっ!」



 繰り出された右拳の一撃を難なくさばき、そのわき腹にヒジ打ちの一撃。ひるんだ分身体の眼前に右手をかざして――解き放った炎が、分身体の上半身を消し飛ばした。



 標的を吹き飛ばし、そのまま駆け抜けた炎がその先に停められていた建機を爆砕するけど、そんなことはどーでもいい。

 すぐに振り返り、回り込んできていた別の分身体をさらなる炎で焼き払い――その先の廃ビルを爆砕する。



 こちらの足を止めようとでもしたのか、低い姿勢でオレの足を狙ってきた別の一体の攻撃を回避。その顔面に蹴りを叩き込む――本物の人間だったら間違いなく顔面の複雑骨折どころではすまない勢いで叩き込んだ一撃が、分身体の顔面を粉砕する。

 頭部を失った分身体が廃ビルに突っ込み――爆発。身体を構成していた魔力が炸裂したみたいだ。



 着地と同時にオリジナルのホーネットや分身達へと向き直る――頭上にかざした右手に炎が収束。それをホーネットに向けて解き放った。盾になった分身体がまとめて数体、粉みじんに爆砕される。





 巻き起こる粉塵の中、新たに一体飛び込んでくるけど――残念。オレはもうそこにはいないよ。





 じゃあ、オレがどこにいるかというと――







《ピアッシングネイル》







 蜃気楼の声と同時、飛び込んできた分身体の胸に腕が生える――スカリエッティんトコのクソスパイドゥーエの固有武装を左手に装備したオレが、背後からその身体をぶち抜いたからだ。


 そのまま、手のひらからではなく腕全体から炎を放出、分身体を内部から爆砕する――分身体の身体を構成していた魔力が散っていく中、コピーしたピアッシングネイルをナノマシンの群れに還しながらオリジナルのホーネットへと向き直る。





「ちぃ…………っ!
 まとめてかかれ!」





 ホーネットの指示で、複数の分身体が同時攻撃を仕掛けてくる――その数、4体。



 左右と真後ろ、そして真上からの同時攻撃――なるほど。防御して動きが止まるなり、かわして前方に飛び出すなりすれば、オリジナルさんの本命の一撃が待ってるってワケか。



 だったら――





「薙ぎ払えばすむまでっ!」



《Schlange form》





 “炎”属性のオレとレヴァンティンの相性は、本家マスターのシグナムにだって負けてない――シュランゲフォルムに切り換え、オレの炎を込めて解き放った。荒れ狂った炎と刃の嵐が、分身体をまとめて薙ぎ払う。











 ……つか、このまま分身体の相手を続けるのも、いい加減うんざりしてきたんだけど。



 別にコイツらをぶちのめすのが面倒くさくなってきたワケじゃない。コイツらが元々シグナムの魔力からできてるから、っていうのが大きい……なんか、アイツを相手にしてるようでいい気分じゃないのだ。







 ………………結論。もうさっさと焼き払おう。





「ブイリュウ! ちょっちカマンっ!」



「はいはーいっ!」





 決意と同時にさっそく行動。足元に術式陣、魔導師で言うところの魔法陣を展開――で、呼び出したのは離れたところで観戦していた我がパートナープラネル……うん。連れてきてたんだよ。



「状況はわかってるな?」

「とーぜんっ!
 いつでもいけるよ!」



 ブイリュウの準備はOK。そんじゃ……やりますか!



 相棒のスタンバイを確認し、オレが取り出したのは今朝方オレの手元に戻ってきたばかりのブレインストーラーだ。



 端末を開いて、上下に並んだ二つのボタン、その下側のボタンを迷わず押し込む。



《Mode-Summon.
 Standing by.》




 モードが切り替わり、こっちの準備も完了。いくぜっ!







召喚サモン――炎帝鬼、フレイム・オブ・オーガ!」





 宣言と共に“力”を解放。ブレインストーラーからあふれ出した炎の渦はオレ――ではなくブイリュウへと流れていく。



 炎はブイリュウの身体に取り込まれていき――変化が始まった。まるで風船に空気が吹き込まれていくかのように、ブイリュウの身体が肥大化していく。





 筋肉が盛り上がり、翼がその中に埋もれていき、体表が燃え上がる――小さな子竜から強大なる鬼神へと変わり、地響きと共に大地に降り立つ。





 もう、そこにいるのはブイリュウじゃない。









 ブイリュウの身体を借りてこの世に顕現した、“炎”の精霊獣、フレイム・オブ・オーガだ。









《フッ、主の下に戻って早々、いきなり出番が回ってくるとはな》

「気にするな。お約束ってヤツだ。
 それより……」





 苦笑する我が相方に答えると、オレはゆっくりと右手を上げ――指さしたのはもちろんホーネットとその分身達。





「標的はアレだ。
 遠慮はいらねぇ――消し飛ばせ」



《心得た》





 うなずいて、オーガが両手を胸の前でそろえる……その間に生まれた炎の渦が、みるみる内にその勢いを増していく。



 オーガの大きな両手の間からすらあふれ出しそうなまでに肥大化した炎の塊を、オーガは力強い動きで頭上に振りかぶり――







《消え去れ!
 カタストロフ――テンペスト!》







 解き放った。巻き起こった炎の渦は、戦場を一直線に駆け抜け、ホーネット達に迫る。



 さすがのホーネットも、これを真っ向から相手をするつもりはないらしい。離脱して射線から逃れる――けど、別にアイツを狙ったワケじゃない、オーガの炎はシグナムの魔力で作られたホーネットの分身体の生き残りをまとめて消し飛ばす!







 これで分身どもは片づいた――後は、ホーネット本体のみ!







「オーガ、ここはもういい。
 ブレインストーラーの中に戻れ」



《主…………?》



「悪いな。たかが一撃のためだけに呼んだみたいな形になっちまってさ。
 けど……アイツ自身はオレがやりたいんでね」



《………………そうか。
 では、必要になったらまた呼べ》





 さすが、オレと一緒に戦ってきただけのことはある。オレの言いたいことを察したのか、オーガは納得してその姿を消していく――その身体を形作っていた“力”が霧散し、後に残されたのはブイリュウだ。



 とりあえず下がってろ、ブイリュウ。巻き込まれるぞー。



「ほーい」



 うなずいて、ブイリュウが背中の翼をパタパタと羽ばたかせて後退していく――さて、これで一対一だぜ、ホーネット!







「シグナムの“力”を好き勝手使いやがって……
 オレの目の前で、少しばかり“おいた”がすぎたみたいだな」


「ぬかせっ!」







 オレの言葉に言い返し――次の瞬間にはホーネットはオレの眼前に飛び込んでいた。繰り出された右の手甲のニードルがオレの顔面を狙う。



 とっさにかわすけど――くそっ、またラッシュかよっ!





「あー、くそっ、うざったいっ!」





 舌打ちまじりに炎を放つ――分身体を難なく捉え、吹き飛ばしていた炎だけど、さすがにオリジナルとなると素直に当たってはくれない。あっさりと射線から逃げられ、狙いを外した炎が地面を爆砕する中、飛び込んできたホーネットの蹴りがオレの顔面を捉え、蹴り飛ばす!



 強烈な衝撃に、一瞬意識がブラックアウトしかける――なんとか持ちこたえ、空中で体勢を立て直そうとするけど、





「逃がさんっ!」



 ちょっ、追撃速っ!



 防御――間に合わないっ!?





 次の瞬間、衝撃――胸に拳を叩き込まれたんだと気づいた時には、すでにオレの身体はすさまじい勢いで吹っ飛ばされていた。





 しかも、その次の瞬間にはさらなる追撃。別の方向にブッ飛ばされ――続けて一発、さらにもう一発。気づいた時には、オレの身体は大地に叩きつけられていた。





 くそっ………………! 今、何をされた……!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 おいおい……冗談でしょ?





 対峙する万蟲姫に対する警戒は怠らない――けど、それでもその攻防には意識を向けずにはいられなかった。目の前で繰り広げられた光景に、僕は思わず自分の目を疑っていた。





 だって……ジュンイチさんがここまで簡単にラッシュを許したところなんて、見たことないから。



 そのくらい、ホーネットが見せた連続攻撃は素早く、容赦のないものだった。









 上空に跳ね上げられ、体勢を立て直そうとしたジュンイチさんにさらに一撃。



 すかさず、まっすぐブッ飛ばされたジュンイチさんに追いつき、真下の地面に向けて叩き落とす――さらに、もう一度ジュンイチさんの叩き落とされた先、つまり地上に回り込んで、落下してきたジュンイチさんを迎え撃つ形でヒザ蹴り。

 まともに腹に直撃をもらい、身体を「く」の字どころか「U」の字に曲げたジュンイチさんを改めて大地に叩きつけた。



 もちろん、この連続攻撃には1秒もかかってない――自分のブッ飛ばした先に回り込む、なんてスピードでラッシュをかければ、ある意味当然なんだけど。





「バカな……っ!?
 あの柾木ジュンイチがこうまで一方的に……!?」



 となりのマスターコンボイも、信じられない、といった表情で言葉をしぼり出す――うん、気持ちはよくわか……って!?





 うつ伏せに倒れるジュンイチさんの頭を、ホーネットが踏みつける――まさかまだ追い討ち!?



 その予感はまさに大当たり。踏みつけたジュンイチさんに向けて、ホーネットが右手をかざして――手のひらに“力”を集め、解き放つっ!





 さっきまでのジュンイチさんの炎とは比較にならない規模の“力”が荒れ狂い、地面を吹き飛ばす――衝撃の収まった後、ホーネットの足元には巨大なクレーターだけが残されていた。







 ジュンイチさんの姿はない。いったいどこに――――――いたっ!



 ホーネットの後方。距離にして10メートル前後――しっかりと両の足で立って、ホーネットをにらみつけている。



 けど……今のホーネットのラッシュで、ジュンイチさんの“装重甲メタル・ブレスト”はヒビだらけ。口の中を切ったのか、口元からは血が一筋流れてる。

 ある程度は“装重甲メタル・ブレスト”が軽減してくれたみたいだけど、それでもけっこうなダメージをもらったみたいだ。





「…………よく、今の砲撃をしのいだな」

「あれが、物理的な砲撃だったらあれでジ・エンドだったさ。
 エネルギー系の砲撃だったから耐えられた……オレの力場は、エネルギー系攻撃に対しては絶対無敵だからな」



 ホーネットに答えて、かまえるジュンイチさんだけど――次の瞬間、ホーネットが動いた。遠目で見ている僕らの目でも追うのがやっとというほどのスピードでジュンイチさんの後ろに回り込み、その背中を蹴り飛ばす。





 マズイ……ジュンイチさん、アイツの動きについていけてない!



「待て、恭文!」



 思わず飛び出そうとした僕だけど、それを止めたのはマスターコンボイだった。



「忘れるな。
 オレ達の相手は万蟲姫だ――ヤツが催眠状態にあると予測したのは貴様だろう。
 そのおかげでヤツが積極的に攻めてこず、こうしてヤツらの戦いを傍観していられるが……あの催眠状態がホーネットの手によるものだとすれば、ここでオレ達が加勢しようとすれば……」

「ホーネットの操作で、万蟲姫は僕らを狙って攻撃してくるだろうね……」





 答える僕の脳裏に、さっき万蟲姫を取り押さえようとして吹っ飛ばされたマスターコンボイの姿がよみがえる。



 あの時の一撃を、たぶん万蟲姫はいつでも放てる状態にある――ホーネットによるコントロールが可能だとしたら、マスターコンボイの予測どおりの事態は十分に予想できる。



 となると、万蟲姫がおとなしくしてるからってうかつに飛び出すのは危険か……





《大丈夫ですよ、マスター》



 アルト……?



《ジュンイチさんは、確かに本気の状態であの瘴魔神将に苦戦を強いられています。
 しかし……まだ彼は“切り札”をすべて切ったワケではありません》





 ………………あ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「砲撃から効かないなら砲撃以外の攻撃だ。
 死ぬまで殴り、蹴り飛ばしてやろう」



 オレを背後から蹴り飛ばし、ホーネットが好き勝手なことをほざいてやがる……くそっ、こっちがスピードについていけないからっていい気になりやがって。



「ったく……図に乗ってんじゃねぇぞ」

「ほざけ。
 いかに貴様が闘志を保とうと、反撃もままならないのではどうしようもあるまい」



 その場に立ち上がるオレにホーネットが答える――ほほぉ、言ってくれるじゃねぇか。











《実際にボコボコにされた後ではそれも致し方ないかと》







 はい、蜃気楼。お前は黙れ。





《しかし事実でしょう?
 ですから……そういうセリフは、これから彼に対して存分に逆襲して、その後で言うべきかと》

「言われなくてもそのつもりだよ」



 答えて、オレが取り出したのは、さっきも使ったブレインストーラー。



 開いて、上下に並んだボタン、その上側のボタンを押し込む。



《Mode-Install.
 Standing by.》




 再びブレインストーラーのモードが切り替わり――今度はこの段階でオーガの“力”が解放された。オレの周囲に集まり、渦を巻く。



 それに伴い、オレの“装重甲メタル・ブレスト”が少しだけ変化する――腰のベルトのバックル部分が形状変化を起こし、ブレインストーラーをセットするための接続部が作り出される。







 そして――





















「“精霊獣融合インストール”!」



《Install of OGRE!》





















 ベルトのくぼみにブレインストーラーをセットし、咆哮――その瞬間、オレの周囲で渦巻いていたオーガの“力”が燃焼。炎となってオレの姿を覆い隠す。



 それは言ってみれば“炎の繭”――その中で、オーガの“力”を取り込んだオレの“装重甲メタル・ブレスト”が変化していく。







 白地に青色を基調としていたカラーリングが真紅に染まり、より巨大に、そしてより禍々しく変形していく。



 爆天剣もだ。柄尻側にもまっすぐな刃が生まれ、メインの刃が直刀から湾刀へと変化。オレの身の丈ほどもあるツインソードへと姿を変える。







 変化――いや、“進化”が終わり、オレは炎の繭を新たな爆天剣で一刀両断。その場の全員の前にその姿を現す。











 そして――名乗る。











「真紅の鬼龍“ウィング・オブ・ゴッド”オーグリッシュフォーム。
 with――」





















皇牙オーガ爆天剣・“鬼刃きば”!」





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 あ、あれは……!?



 バッドホップとの交戦中、再び巻き起こる“力”の嵐――見れば、ジュンイチさんの装備がより大きく、生物的に変化。さっきまでとは比べ物にならないほどのエネルギーを発している。







 というか、あのエネルギー……さっきの、ジュンイチさんの精霊獣の!?







「“精霊獣融合インストール”だ」



 そう私に答えたのはイクトさん……でも、“精霊獣融合インストール”……!?



「精霊獣を、何の媒介を介さずに直接顕現させることはマスター・ランクほどの精霊力を持つブレイカーであっても大きな負担になる。
 故に、通常はパートナープラネルを媒介に顕現させる――プラネルはブレイカービーストから供給される精霊力でその身体を構築しているからな、精霊力の負担軽減を目的とした場合、これ以上の媒介はない」



 さっき、ブイリュウを媒介に顕現させたみたいに――ですね?



「そうだ。
 だが、ヤツはその“媒介”に“装重甲メタル・ブレスト”を使うことを思いついた――自らの装備に顕現させることで装備の大幅な強化を実現。負担も、プラネルを介してブレイカービースト、ヤツの場合はゴッドドラゴンから精霊力を供給してもらうことで、プラネルを用いた顕現と同様に軽減することができる。
 そうして編み出したのが“精霊獣融合インストール”。そして――あの姿だ」





 言いながら、イクトさんはジュンイチさんに視線を向ける――なるほど、それならあのパワーも納得できる。



 魔力と気と霊力が合わさって精霊力になっただけでも、単純出力は大きく跳ね上がる。同じようにジュンイチさんの精霊力と精霊獣の精霊力が合わされば……





「あぁなったら、もう柾木は止められない――さっきは危なかったようだが、もう意識を向けておく必要はあるまい」





 言って、イクトさんは振り向いて――そのままの動きで炎を放った。クモ型瘴魔を消し飛ばし、告げる。





「だから、こっちも早く終わらせるぞ」



「はいっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………オーグリッシュ……“鬼神の如く”か」



「そゆコト。
 お前をぶちのめすには、過ぎた力だけどな」





 フォームチェンジに伴って変化した爆天剣だけど……アイツは直接拳でぶん殴りたいのでしばらくは出番ナシ。背負うように背中に留めて、ホーネットのつぶやきに答える。



「じゃ、戦闘再開と――参ろうか!」



 そう告げた瞬間には――オレはすでにホーネットの目の前。驚くホーネット目がけて拳の一発――チッ、かわされた。

 当然、すぐに反撃が来る。ホーネットが右拳を繰り出すけど――今回は見えてる。逆にこちらからも拳を繰り出した。ホーネットの拳にぶち当てて一撃を止める。



 さらに繰り出される左拳も同様に止める。次の攻撃も――たて続けに繰り出される連続攻撃を、オレはまるで鏡に映った虚像のように左右対称の攻撃を繰り出し、弾いていく。





「バカな……っ!?
 装備を強化しただけで、こんな……!?」



「あいにくだったな。
 “精霊獣融合インストール”でパワーアップするのは、オレ自身も同じなんだよ!」





 そう。これはイグニッションフォームにも言えることだけど、オーグリッシュフォームへの変身中、オーガの精霊力は“装重甲メタル・ブレスト”を通じてオレの身体にも流れ込み、その力を強化してくれている。



 それはパワーだけの話じゃない。スピードはもちろん、各種の感覚もいつもより数段鋭敏になる。



 だから、ホーネットの高速の機動に視覚も、聴覚も、触覚も、そして“力”の知覚もついていける――反応さえ間に合えば、お前の攻撃なんぞヘでもねぇんだよ!





「ちぃっ!」





 おーおー、焦ってるねぇ。攻撃が大振りになってきてるよ。



 だから……





「だぁらぁっ!」

「ぐほぉっ!?」





 オレに腹への一撃を許したりするんだ。



 当然、思い切り、フルパワーで叩き込ませてもらった。衝撃に身体を折ったホーネットの顔の位置が下がり――





「たいがーぶろうっ!」





 そのすぐ目の前には、身体を縮こまらせ、力を溜め込んだオレが滑り込んでいたりする。

 直後、ちょっとだけネタに走りつつ、全身のバネを総動員して繰り出したオレのジャンピングアッパーが、ホーネットのアゴを打ち上げる……サガット師匠。『ストゼロ』シリーズでは作者共々お世話になりました。





 渾身の力で真上にブッ飛ばされ、ホーネットの身体が宙を舞う。

 で、その目の前でオレは身をひるがえして――思い切り炎をぶちかます!



 全身を焼かれつつ、ホーネットは今度は真横にブッ飛ばされる。けど――もちろんこれで終わりじゃない。





炎弾丸フレア・ブリッド――マシンガンシフト!
 だぁだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだぁっ!」





 吹っ飛ぶホーネットに向け、炎弾、しかも弾速と連射速度に重点をおいた仕様のものを、思い切り雨アラレと叩き込む!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あたた……ひどい目にあったぜ……
 おい、大丈夫か? アームバレット」

「だ、大丈夫なんだな……」



 どうやら、アームバレットもオレと同じでダメージは軽そうだ。オレの問いに答えながら、自分の上に降り積もったガレキをどかして身体を起こす。





 あー、くそっ、あのホーネットとかいうヤツ、思い切りブッ飛ばしやがって……



 このままやられっぱなしで終われるか! すぐに戻って……





「あー、ガスケット?」



 って、何だよ? アームバレット。



「アレ…………」



 言って、アームバレットが指さした先には、空一面に広がる、真っ赤に輝く光点の群れ……



 ……って、なんかアレもこっちに向かってきてないか?





 ………………つか、アレって、まさか……











「柾木の旦那の炎弾丸フレア・ブリッドじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………ん?



 マシンガンシフトでぶっ放した炎弾丸フレア・ブリッド……その流れ弾の着弾点で、直前に何か動いたような……



 スバル達は……いるよな?



 ヴィータ達もいて、イクトもフェイト達と一緒だし……恭文達も健在だ。











 ………………うん、気のせいだね。





 さて、ホーネットは……





「………………ぐ……っ!?」





 …………やっぱり墜ちてないか。



 ま、瘴魔獣クラスならともかく神将クラスが相手じゃ、いくら雨アラレと喰らったからって炎弾丸フレア・ブリッドごときじゃ決定打には遠いよね。





 ま、オレとしてもムカつくお前をぶちのめす以上、ハデな大技で決めたいところだ。今ので墜ちなかったのは、戦況的にはマイナスでもオレの心情的には大いにプラスだったりする。





 と、ゆーワケで……





「フィニッシュ……いかせていただきますっ!
 これでも喰らって、とっとと逝っとけっ!」





 ――全ての力を生み出すものよ
    命燃やせし紅き炎よ
    今こそ我らの盟約の元
    我が敵を断つ刃となれ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「オラァッ!」



 ちょこまか飛び回ってくれたけど、所詮はジャンプのみ。自由自在に空を飛べるあたしらからそういつまでも逃げられるもんじゃない。

 ビクトリーレオの蹴りをかわして上空に逃れようとしたバッドホップを追撃したあたしは、渾身の力を込めてグラーフアイゼンで一撃。真上に跳躍したバッドホップを正反対の方向に、つまり真下に叩き落とす。



「アイゼンっ!」

《Schwalben Fliegen》

「ビクトリー、キャノンっ!」



 さらに、落下したバッドホップに追撃――あたしのシュワルベフリューゲン、ビクトリーレオのビクトリーキャノンが瘴魔獣に降り注ぐ。



 巻き起こる爆煙の中、バッドホップが身を起こす――けど、悪いな、そいつぁ予想済みだっ!



 あたしだってバカじゃない。自分達のスキルが対瘴魔向きでない以上、倒しきれてない可能性は当然考えてる――なので、とっくにグラーフアイゼンをラケーテンフォルムに切り換えて突撃をかけているワケだ。





 で、繰り出すのはとーぜん――







「ラケーテン……ハンマァァァァァッ!」







 あたしの自慢の一撃だ。グラーフアイゼンのハンマーの先端に輝くスパイクが、バッドホップの腹部に突き刺さる!





「ブッ、飛べェェェェェッ!」




 そのまま、渾身の力でグラーフアイゼンを振り抜く。ぶち抜かれた腹から昆虫独特の緑がかった色合いの体液をまき散らしつつ、バッドホップが宙を舞い――



「どっ、せぇいっ!」



 ビクトリーレオが追撃。バッドホップに蹴りを叩き込み、そのまま地上に向けて急降下。地面と自分の蹴りとでサンドイッチにする要領で、バッドホップを地面に叩き込む!





 見たところ、アイツもすでにボロボロ。今なら大技叩き込んでもかわせそうにはないだろう。



 つまり――




「ビクトリーレオ!
 そろそろ決めるぜ!」

「おぅっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「でぇりゃあっ!」



 エリオの突進をかわしたのはすごいけど、そこから先は続かない――逃げた先にはあたしがいるからだ。あっけなくあたしの蹴りをくらって、シザーテイルは地面を数回バウンドして倒れる。



 えー、簡単に言うと、さっきからずっとこの調子で一方的な戦いが続いている。



 正直、こういうのは好きじゃないんだけど、シザーテイルの防御力は甲羅だけに頼っていたワケじゃなかったみたい。あれからけっこう攻撃を叩き込んでるのに、まだトドメには至ってない。



「けど、そろそろ限界みたいね……
 スバル、エリオ、下がって! フィニッシュいくわよ!」



 って、ティア……?



 見れば、ティアだけじゃない。キャロの竜魂召喚でおっきくなったフリードが、ティアのすぐ上に舞い降りる――同時攻撃でキメる、ってことかな?



「あずささん、お願いします!」

「はいはーい♪」



 って、あず姉も!? 三人+一匹で同時攻撃!?



「エリオ、下がるよ!」

「はい!」



 それだけの攻撃、間違いなくトンデモナイ威力になる――エリオを促してあたしは離脱。あず姉はティアのところに合流して、



「いくよ――イカヅチ!」

《All right.》



 起動させるのはあず姉の持つ、レッコウとは別のパートナー。竜を模したペンダントから姿を変え、あず姉の左腕に装着型のボウガンとして装着される。



「スバル! エリオくん! 離れるだけじゃなくて防御もしっかりね!
 これから撃つ一発はシャレんなんないからっ!」



 あたし達なら大丈夫!



 だから……やっちゃえっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ほらほら、こっちこっちっ!」



「狙いが甘いぞ!」



 相手の周りを飛び回り、次々に放たれる“力”の砲弾をかわしていく――現在、催眠状態の万蟲姫をいい感じに振り回してる真っ最中。



 いい加減ガス欠になってもいいくらいに“撃たせて”るのに、まだまだ元気っぽい。大した容量だね、ホント。



「そうだな。
 砲撃がうっとうしいから、疲弊させてから取り押さえてやろうかと思ったが……これではジリ貧か」



 となりのマスターコンボイもいい加減うんざりみたい。うん、気持ちはわかるけど。



 ま、他もそろそろフィニッシュに入ってるし……多少強引でも、僕らもキメにいこうか!





「そうだな。
 いくぞ、恭文!」



 マスターコンボイの合図に、僕らは同時に地を蹴る――当然“力”の砲弾が飛んでくるけど、もうそんなのは何度も見せられてパターンなんか簡単に読める。



 なので、あっさり回避して突撃――







「恭文っ!」







 って、マスターコンボイ!?



 いきなりえり首つかまないでほしいんだけど。首しまったらどうするのさ?





「気にするな!
 どうせすぐに、“それどころじゃなくなる”っ!」





 え!? ちょっ、なんで僕を捕まえたまま振りかぶるの!?



 まさか……まさかっ!?





「相手の意表を突くためだ、許せっ!
 必殺――やすふミサぁぁぁぁぁイルっ!」





 でぇぇぇぇぇっ!? やっぱり投げるのかぁぁぁぁぁっ!?



 マスターコンボイ、戦いが終わったら覚えてなよぉぉぉぉぉっ!






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「アイゼン!」

《Ggant form》



 あたしの指示に従って、アイゼンのハンマー部分が巨大化する――ギガントフォルムに変形したそれを、あたしは思い切り振りかぶって――







「ギガント、シュラァァァァァクッ!」







 思い切り振り下ろした。あたし自身よりも巨大なハンマーが、バッドホップを逃がさず捉えるっ!



 ――いや、捉えただけで、止められた。受け止めて、大地にしっかりと踏ん張って……なんとか耐えやがった。





 けど…………残念だったな! そうくることは予想済み!







「ビクトリーレオ!」



「おぅよっ!」







 あたしに答えて、上空から急降下していくのはビクトリーレオだ。あたしの一撃を耐えているバッドホップに――いや、“バッドホップに受け止められているグラーフアイゼンに向けて”突っ込んでいく。



 これが、あたしとビクトリーレオ、二人の連携によるギガントシュラークからの派生技――







「轟天――」

「圧砕っ!」











『ギガント、プレッシャァァァァァッ!』











 あたし達の咆哮が交錯し――ビクトリーレオの蹴りで新たに重圧を得たギガントシュラークは、バッドホップを今度こそ押しつぶした。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「クロスミラージュ!」

《Load cartridge.》



 あたしの指示に答えて、クロスミラージュがカートリッジをロード。スバル達の援護で魔力弾を撃ちまくったあたしの身体に、いい感じで魔力が満ちていく。



 けど――回復するためにカートリッジを使ったワケじゃない。回復した魔力を総動員して、あたしはクロスミラージュの銃口、そのすぐ目の前に魔力弾を生成していく。





「いくよ――イカヅチ!」

「フリード!」



 そして、あずささんとキャロも――二人の指示でその相棒が力を蓄えていくのを、魔力弾を生成しながらもフル稼働しているクロスミラージュのセンサー類が捉える。



 さて……こっちの準備完了。あずささんとキャロは!?





「こっちもオッケイっ!」

「フリードもいつでもいけます!」



 オーケイオーケイ。



 じゃ――いくわよっ!







 そして――











「カグツチッ!」

「フリード、ブラストレイ!」

「ファントム、ブレイザァァァァァッ!」











 あたし達の放った全力攻撃×3が、シザーテイルの身体を粉みじんに爆砕した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――全ての力を生み出すものよ
    命燃やせし紅き炎よ
    今こそ我らの盟約の元
    我が敵を断つ刃となれ!





 オレの呪文に伴い、オレの周囲で炎が荒れ狂う――そして、背中に留めてあったのを外した爆天剣のメインの刃、巨大な湾刀に宿り、膨大な熱量を発し始める。



 とっさに逃げようとするホーネットだけど――なっちゃいないな! ダメージのせいで速さガタ落ちっ!





 だから――逃がしゃしないっ!







「くらいさらせ――」











「竜皇、牙斬っ!」











 直後、大上段から振り下ろした爆天剣から巨大な炎の刃が撃ち出された。一直線に戦場を駆け抜け、ホーネットを直撃――いや、防御された!?







「この、程度で…………っ!」







 前面に力場を集中させて、ホーネットはオレの“竜皇牙斬”の炎刃を防御。受け止めている。





 けど……残念。







「………………っ!?」







 そんなもので止められるほど、オレの“竜皇牙斬”は甘くない。自分の防壁に亀裂が走ったのに気づき、ホーネットの顔が驚愕で歪み――

















 巨大な炎の刃は、防壁もろともホーネットを大爆発の中に包み込んだ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………あー、くそっ、一瞬意識飛んだ。



 マスターコンボイ、僕を投げ飛ばして武器にするなんて、やってくれるじゃないのさ。



 この件、後でキッチリオシオキさせてもらうから、覚悟しといてよ。





















 ………………オーケイ。現実逃避はこのくらいにしておこう。



 いい加減、僕も現実を見つめようじゃないか。











 マスターコンボイに投げ飛ばされた僕は、万蟲姫とまともに激突した。







 で、そのままゴロゴロと地面を転がって……止まった。











 で………………





















 ………………現在、万蟲姫の顔は僕の股の間にあったりします。









 しかも……催眠状態だった彼女の意識も今の衝撃で戻ってるっぽいです。





 だって……顔を真っ赤にしたまま僕の股間を凝視してるから。





















 …………………………ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?









 ちょっ、何この体勢っ! どーして手ェ出すと間違いなくアウトになりそうな年頃の女の子に股間を視姦されてるの僕っ!?



 そして万蟲姫もせっかく催眠状態解けたんだから戻ってきてっ! 僕がうかつに動こうとするといろいろヤバそうだからキミがどいてぇぇぇぇぇっ!







「………………ハッ!
 はわわわわわっ!? な、何が起きたのじゃぁぁぁぁぁっ!?」



 ようやく再起動してくれた万蟲姫はさっそくパニック。あわてて飛びのくけど、その顔は真っ赤なままだ。





 で、それは僕も同じ――うん。本命の相手じゃなくても女の子にじっくり股間を凝視されれば当然でしょ。











 ………………くっ、空気が痛いっ!



 万蟲姫は顔を真っ赤にしてうつむいたまま動かない……とりあえず、何が起きてもすぐに逃げられるよう身がまえる。







 ………………けど……





















「………………ヤスフミ」





















 決して逃げられそうもない相手が、マスターコンボイを捕まえたまま僕の背後に立っていたりするワケです、ハイ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………何やってんだ、アイツら。



 なんか、マスターコンボイが恭文をミサイル代わりにして、その結果なんやかんやあったらしい――主犯のマスターコンボイもろとも恭文に説教をかましているフェイトの姿に、オレは軽くため息をつく。

 まぁ……下級瘴魔はもうロードナックル達GLXナンバーが相手してる分しか残ってないっぽいし、いいんだけどさ。











 さて、それはともかくホーネットだ。どのくらいダメージを与えられたか……







「……ぐ…………っ!」







 ほほぉ、これはこれは。



 さすがは瘴魔神将。オレの“竜皇牙斬”で撃墜されなかったのは大したものだけど、それでもけっこうなダメージを与えることには成功したみたいだ。

 爆煙の向こうから姿を現したヤツの右手にはひどい裂傷と火傷……言うまでもなく、“竜皇牙斬”の炎刃とその熱によるものだ。



「どうする? まだ続ける?」

「………………いや、やめておこう。
 この場はひとまず退かせてもらう」

「やめるのはともかく、逃がすとでも思ってんのか?」

「やってみなければ――わかるまいっ!」



 告げると同時、ホーネットがオレに向けて地を蹴った。迎え撃つべくオレもかまえる――けど、突然ホーネットが軌道を変えた。



 オレに背を向ける形で向かうのは――くそ、あのバカ姫のところかっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「え………………っ!?」



 正直に言えば……油断していた。



 マスターコンボイのせいとはいえ、結果的に万蟲姫に対するセクハラをしてしまったヤスフミに対してお説教――そんな私の脇を何かが駆け抜けたと思った時には、すでにその場から万蟲姫の姿は消えていた。







 犯人は、右手に深い傷を負ったホーネット――左手で万蟲姫を抱えたまま、私達の様子を慎重にうかがっている。







「ホーネット!」



「悪いが、姫を貴様らに渡すワケにはいかんのでな」





 声を上げるマスターコンボイに答えて、ホーネットは集まってくる私達に対して警戒を強める――やっぱり、逃げるつもり!? そうはさせないよ!



 いくらあなたが速くても、この私達の包囲からそう簡単に抜けられると――







「姫」



「う、うむっ!」





 そんな私達の前で、万蟲姫が足元に魔法陣を――って、アレは!?







「転送魔法!?」

「しかも発動速っ!?」



 ティアナとスバルが驚いたのもムリはない。魔法陣が展開されきった時には、もうそれ用の魔力が陣全体に満ちていたんだから。

 こんなハイスピードの転送魔法、キャロやルーテシア、シャマル……ううん、きっとその道のプロでもあるユーノですらムリだ。



「さらばだ、機動六課。
 またいずれ、勝負の時は訪れよう」





 対応しようとする私達だけど――間に合わなかった。ホーネットのリベンジ宣言だけを残して、二人の姿は瞬く間にその場から消え去ってしまった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………我ながらダメダメだな。
 最後の最後で油断した……あのフェイント、アイツがシグナムやヴィータに対して攻めに転じた時に使用済みのヤツだったのに、使ってくることを考慮できてなかった……」

《いや、アレは逃げられてもしょーがないですよ。
 つか、前々から思ってましたけど、ジュンイチさん、自分に課してるノルマちょっと厳しいですよ?》

「自分にも他人にも厳しい、そういうことだ」

《何言ってるんですか。
 ヴィヴィオやスバル達には甘々やないですか》



 ホーネット達の離脱を確認した後、ジェットガンナー達が相手をしていた下級瘴魔をみんなで掃討。ジュンイチさんの報告にはやてが答えるけど……うん、二人とも自重しようか。脱線してきてるから。





《あぁ、ごめんごめん。
 とにかく、シグナムと付き添いのスターセイバーは先行して帰隊。残りのみんなはこの後の現場検証に立ち会った後で戻ってきてな》

「すみません、主はやて……」

《えぇって、そんなの。
 肩ブチ抜かれた上に魔力まで吸い取られとるんやから、きちんとシャマルに検査してもらわなあかんよ》

「わかりました。
 では、これからそちらに戻ります――スターセイバー」

「あぁ。
 スターセイバー、トランスフォーム!」



 はやてに答えて、スターセイバーがジェット機にトランスフォーム。シグナムを乗せて六課に向けて飛び去っていく――さて、私達も動こうか。



「そだな。
 ほら、みんな、いくぞー」

「はいっ!」



 ヴィータの言葉にスバルが元気に答えて、みんなはそれぞれに散って現場検証を始めているスタッフの手伝いに加わっていく――それを見送ると、私はあたり一帯に意識を向けた。



 元々“JS事件”の戦火にさらされたところではあったけど、今回の戦闘でその被害はさらにひどいものになっている。

 あちこちで廃ビルが倒壊し、地面は穴だらけ。この分だと多分地下階層にまで被害は及んでるだろう。復旧、再開発は容易ではないだろう。





 けど、問題はそこじゃない。



 問題なのは――その破壊のほとんどがたったひとりの人間の大暴れによって行なわれたということだ。







 向こうでスタッフに状況を説明している、ジュンイチさんの手によって。







 けど……いくら相手がこちらを怒らせたからって、ここまでする必要はなかったはずだ。







 本気になった余波、と言えば仕方ないと思えないこともないけど……だからってこんな破壊が正当化されていいはずがない。

 これほどの破壊力、むしろ日頃から意識してセーブしていかなければならないものなのに……あの人はセーブしようともしなかった。怒りに任せて抑えることなく力を振るい、この破壊をもたらした。







 こんな強大な力を、何の責任も背負わないまま振るっていいはずがない。







 ジュンイチさん……





















 ………………あなたは間違ってる。絶対に……





















(第25話へ続く)







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おまけ



 いろんな意味であいさつは大事。そう、いろんな意味でアレって思ってもね。大事なのよ。いや、マジメによ。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それは、僕らがあのネーミングセンスがアレな瘴魔の新勢力とやり合ったあの日から数日前の出来事。





 僕とフェイト……そしてジュンイチさんは、菓子折りなど持って、本局にいた。










「……あの、フェイトさん」

「何かな?」

「いや、何かなじゃなくて……なんで僕達ここにいるのでしょうか?」

「当然、ヒロさんとサリさんにあいさつするためだよ」





 そう、先日のアレコレによって決定したいろんなこと。そのうちのひとつを成すためである。



 とにかく、僕達は技術開発局へとまず足を進める。そう、同い年の友達と話すのを楽しみにしてうきうきしている古き鉄を届けるためにだ。



 で、別にヒロさん達とあいさつする必要のないジュンイチさんの目的地はそっち。なんでも、蜃気楼の運用データをマリーさんが欲しがってるとか。

 ま、他のデバイスをコピーするデバイス、なんて他にはないからね、そりゃ技術屋としては興味もわくでしょ。





「しつれーしまーす」

「ちーっす」

「あ、みんないらっしゃい〜」

「マリエルさん、ごぶさたし」

「やっさんっ! ジュンイチ! いやぁ、やっと来たねぇ」

「いや、高町さんもご苦労様」





 …………………………………………あれ?



 変だなぁ。この部署って、この方達はいらっしゃらないはずじゃあ。





「サリさんっ!」

「ヒロ姉ちゃんっ!?」

《あなた方、どうしてここにっ!?》

「やっさん達の行動はお見通しってこと。マリーちゃんのとこに来るのは見えてたしね。
 あ、お土産ありがとうね〜。おいしくいただいたよ」

「いえいえ。あの……」

「ヒロさんサリさん、初めまして。フェイト・T・高町です」





 話し始めた僕やジュンイチさんを差し置いて前へ出てきたのは、フェイト。



 ……何だろう、リンディさんの影が見えることに、なんか悲しいものを感じるのは。



 やっぱり、そういう立ち位置なのかなぁ……





「あ、こちらこそ……一応初めましてなんだよね? ヒロリス・クロスフォードだよ。で、こっちが……」

「サリエル・エグザです。いや、おウワサはかねがね……というか、やっさん」

「なんっすか?」

「……お前、がんばってるんだな。なんか逆ハーフラグが立ったらしいじゃないの」

「いきなり何ぬかしてんのアンタっ!?」





 つか、誰から聞いたのその話っ!?



 あー、相変わらずワケのわからない人だ。僕もたいがいだけど、この人もたいがいだよ。





「ヤスフミっ! そんな口の利き方しちゃだめだよっ!」

「あー、気にしなくていいよ。歳は離れてるけど、オレ達は普通にダチだからさ。な?」

「はい。これくらいは普通普通」

「……そうですか。あの、なんだかすみません」

「まー、ここで話しててもマリーちゃんの迷惑だからさ。場所移そうよ。
 ジュンイチも、さっさとマリーちゃんにデータ渡して来なさいよー」

「ほーい」





















 と、いうワケで、同い年なコンビはそのままお話突入。僕とフェイトとジュンイチさん、ヒロさんとサリさんは、喫茶店に直行。一緒にお茶である。





 そして、お茶をしながらいろいろ話す。僕が六課に来てからのこととかをね。










「……機動六課、楽しいみたいでよかったじゃないか。いや、正直オレは心配だったんだよ。やっさん、“JS事件”の最中も相当だったのに」

「まぁ、分隊長のフェイトちゃんの前でアレだけど、ぶっちゃけるとありえないと思ったね。
 だってやっさん、ケガしたワケじゃないけど、書類の量がアレだったし。理想どころかリアルに書類に溺れかねなかったのに」

「反論できないです……なんというか、申し訳ありません」





 まぁ、仕方ないけどさ。なんとか書類は片づいたし、みんなも何とかなってるし。



 でも……だよなぁ。本当にいきなりだったから、びっくりしたさ。僕は思いっきり勝利後ムードだったのに、第2期開幕だもの。





「ま、そこはいいさ。結果的には楽しそうだしね。昔からの友達や、新しい出会いもあるんだし、いいことだよ」

「あはは……なんとかやってます。いろいろ危険を感じる時もありますけど」

「メガーヌとか?」





 ……ヒロさんから飛び出した言葉に、僕は寒気がした。よし、帰る。



 フェイト、お願いだから手を離してよ。いや、それ以前にヒロさんの笑顔がここから僕を逃がしてくれないけどさ。





「やっさん、メガーヌと劇的な出会い方をしたそうだね?」

「……やっさん、やっぱお前おかしいわ」

「……ヤスフミ、何したの」

「僕は何もしてないっ! してないからっ!」

「………………まぁ、恭文の意志では、何もしてないわなー」



 つか、ジュンイチさんはともかく、どうしてヒロさんにその話がっ!? ……考えるまでもない。あの人、バラしやがったっ!

 みなさん、今日が最終回です。EDの内容? ……僕の死だよこんちくしょうっ!



「そんなことしないっつーのっ! ……つか、そうなったのって、あの子が調子乗ったからだそうだしね。逆にお礼言いたかったんだよ」

「……ヒロさん、お願いです。期待を持たせないでください。絶望を味わうのは一度でいいんです」

「アンタ、マジメに私をなんだと思ってる?」



 そこは気にしないでいただきたい。



「いや、オレ以上の暴君でぶしゃあっ!?」



 だって――今目の前であなたにブッ飛ばされたジュンイチさんのようにはなりたくないから。



 とにかく、生存は決定したようなので、席に戻る。フェイトの手は……このままでいいかな。



「でも、助けてくれてありがと。まったく、なんというか目が覚めても性格変わらないってどういうことさ」

「……あの人、昔からアレなんですね」

「……らしいぞ」

「アレだったなー」

「まぁ、だからこそ私とも馬が合うんだけどね」



 うん、納得した。だからこその友達関係だよ。



「……あの、ヒロさん。メガーヌさんというと」

「そうだよ、メガーヌ・アルピーノ。私の友達なんだよ」

「えぇぇぇぇっ!?」

「……あれ、知らなかったの?
 ちょっと、やっさん。どうして説明してないのさ」

「なんで僕がヒロさんの交友関係までフェイトに言わなきゃいけないんですかっ!?」



 あぁ、なんか、フェイトの瞳がまた怒って……



「……ヤスフミ、どういうことなの?
 というか、劇的な出会いって何っ!?」

「いや、どういうことと言われましても……」

「逆に聞きたいんだが、どーしてお前に教えなきゃならないのさ?
 恭文の交友関係、お前が一から十まで把握してなきゃいけない理由なんかねぇだろ」

「ジュンイチさんは関係ありません!」

「あるに決まってんだろ。
 恭文はオレの友達だ――その友達がプライベートほじくり返されてるのを見て、黙ってなんかいられるワケねぇだろ」

「………………っ!
 あなたがそんなだから、ヤスフミはっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 うむぅ、やっさんも不憫だなぁ。つか、このおねーちゃんはちょっとおかしいぞ。





 いや、話を振った私も私なんだけどさ。サリがさっきから白旗上げまくってるし、ジュンイチもフェイトに対して完全に挑発モードだ。







 何つうか……アレだよね。

 やっさんのこと、ちゃんと見てるかどうか疑問だよ。まさかとは思うけど、ずっと子供のままで見てるんじゃないだろうね。





 これの目を覚ますのは骨が折れるよ。少なくとも、私にはムリだ。メガーヌも話聞いて、呆れたって言ってたしなぁ。





 とは言え……力にならないワケにはいかないよね。





 やっさんにとって、この女性は、守りたい人なんだ。こいつのことだから、きっと一生このままでも付き合うよ。





 さて、どうするかな。とりあえず……目を覚ますか。





 このおねーちゃんの、やっさんに対する認識が間違ってるにも程があるって、思い知らせなきゃ。





 つか……どうもジュンイチも同意見みたいだ。今ツッコんでる内容だって、根本をたどればフェイトちゃんのそういう認識に行き着きそうだし。





 言っとくけど、別にそれでフェイトちゃんに付き合えと言うワケじゃない。恋愛って言うのは、進むのも終わるのも、けじめがいるのよ。





 今のやっさんを、男として、しっかり見た上での答えが、そのけじめ。それなら、やっさんだってノーだろうが、納得するでしょ。





 だとすると、一番いい方法は……アレだろうね。魔導師的な実力も、それに拍車をかけてるんだろうし。





 なら、必要なことは……だね。うん、準備はしてるし、OKも出してるから問題ない。あとは勢いだ。




















「それじゃあ……ヒロさん、サリさん、ありがとうございました」

「あの、私の分までおごっていただいて……」

「あぁ、いいっていいって。おみやげ買って来てくれたお礼だよ。あ、でも……」

「でも?」

「また来てくれるとうれしいな。二人が来ると、私達は仕事をサボる口実ができ上がる」

『あははは……』





 冗談抜きでサボれるのがすごいけどね。このおねーちゃんもだけど、やっさんも相当有名だし。

 つかこの子、うちの局長と飲み友達なんだよ。ザルなうえに、話おもしろいから、宴会で重宝するとか。



 ……おかしいよね、いろいろとさ。






「ちょっとちょっとー、それは、オレが来たんじゃ楽しくサボれないってことかなー?」





 うん。まさにその通り。

 だって、ジュンイチが遊びに来ても仕事のアイデア方面の話題で盛り上がって、楽しく仕事はできても楽しくサボれはしないから。





「とにかく、ありがとうございました。あ、また連絡しますんで」

「あぁ、待ってるからな。あ、フェイトさんも、こいつのことお願いします。なんだかんだで手は焼かされるでしょうけど。
 ……お願いするのはおかしいかもしれないんですけど、やっぱ心配なんですよ。ダチなんで」



 サリ……



「……はい。必ず。それでは、お二人ともまた」

《マリエルさん、またお話しましょう》

「うん、またね。アルトアイゼン」










 そうして、やっさん達は戻っていった。あるべきところへだ……さて、サリ。





 私は、横にいる相棒を見る。どうやら、言いたいことはわかってるようだ。










「タヌキ」

「気にするな……これ、とりあえず12月までのスケジュール。さっき送ってきた」



 ……ふむ、だったらこの日だね。ちょうどやっさんもいないから、私達が直にぶつかれる。開発局の方は?



「問題ない。うちの局長は、話せることで有名だよ? オレ達みたいな、問題ばかりの最悪極まりない不良スタッフを、10年に渡って雇用してるんだから。
 飛び立つ跡を濁さないことと、必ず戻ってくることで了承は取りつけてる。あと、やっさんとまた酒飲ませろってさ。まったく、ザル同士は性質が悪いよ」

「まぁ、やっさんなら大丈夫でしょ。二日酔いもしないし。それなら、あとは私らの準備だけだね。そっちは?」

「デバイス関係だけだろ? どっちにしても、向こうと相談していかなきゃいけないんだし。
 お前も知っての通り、あの部隊はムダに設備と人員がそろってる。向こうでそろえられないものはないよ」

「そりゃそうだ」





 なら、後は当日までのお楽しみだね。いやぁ、久々……というか、2ヶ月ぶりくらいにおもしろくなりそうだなぁ。





「……あの、ヒロさんもサリさんも、本気ですか?」

「本気だよ。今日の分隊長殿を見て実感したよ。話どおりなら……結構ヤバイね。
 杞憂であることを願うけど……ジュンイチがあぁも積極的になってるところを見ると、たぶん杞憂で終わっちゃくれないね」

「あと、オレらとしても、このままやっさん放置ってのもちょっとアレだし。なんか、話聞いてるとちょっと煮詰まってるそうだからな。
 一応、向こうさんの編成も聞かせてもらったけど、確かに難しい感じなんだよね」





 ん? 何考えてるかって。そんなの決まってるじゃないのさ。





「あー、マリーちゃんは六課隊長陣と付き合い長いって言ってたよね?」

「はい。あの子達のデバイスのことで、いろいろと相談を受けてましたから」

「バラさないでね? つまんなくなるから」

「頼むよ? 久々に楽しめそうなんだからさ」

「は、はい……」










 ま、ヒントだけ教えるとだ……




















 私らにとっての最高のクライマックスが、もう一度来るかもしれないってことかな?




















(本当におしまい)


次回予告っ!

ジュンイチ 「あー、くそっ、逃げられたぁーっ!
 ダメだなー、我ながら。あそこで油断しちまうなんてさ」
恭文 「ですよねー。
 やっぱり、戦えなくてもいいからなのはを連れてきておくべきでしたね」
ジュンイチ 「………………?
 どうしてだよ?」
恭文 「いや、よく言うじゃないですか。
 『魔王からは逃げられない』って」
なのは 「恭文くんがひどいよーっ!」
ジュンイチ 「あぁ、なるほどっ!」
なのは 「ジュンイチさんも納得しないでっ!」

第25話「たいらんと・かたすとろふ」


あとがき

マスターコンボイ 「……以上、第24話をお送りした。
 まぁ……“普段不真面目なヤツほど本気で怒らせると手に負えない”ということか」
オメガ 《見事なまでの“ジュンイチ無双”でしたね。
 いつもなら“本気=おふざけ全開”な人がシリアスに大暴れでしたし》
マスターコンボイ 「シグナム・高町が倒されたのがよほど頭にきたようだな。
 確かに、前回の話に始まり、今までも両者のつながりが深いことは再三に渡って描写されてはいたが……」
オメガ 《そういえば、その辺りの事情が明確に語られたことってないんですよね。それぞれの態度が“そういう関係”を示している、というくらいで》
マスターコンボイ 「作者的には、本編中でそのことを明かすつもりはあるのか?」
オメガ 《一応、その辺りの事件については『GM異聞』で描きたいと考えているようですが……連載止まってますしね》
マスターコンボイ 「まったく、あのものぐさが……」
オメガ 《まぁ、ものはやりようだとは思うんですけどね。
 結論だけこの『とまコン』でバラしてしまって、それが明らかになるまでの経緯を『GM異聞』でということも十分に可能ですし》
マスターコンボイ 「その辺りはモリビトの判断次第か……
 貴様がそういうセリフを吐いているということは、すでにモリビトはその選択肢も踏まえて考えているんだろう?」
オメガ 《えぇ。
 当初の予定で行くか、新しく思いついた、今挙げたプランに乗り換えるか、頭を悩ませているとか》
マスターコンボイ 「…………どうせ、悩んでいるだけで苦しんだりはしていないんだろうがな」
オメガ 《元々好きで書いてる物語ですし、そこは当然かと》
マスターコンボイ 「やれやれ。どれだけ辛い目にあっていようが、それを楽しんでいるのでは心配する気も失せるというものだな」
オメガ 《まぁ、そうやって辛い思いに快感を見出す辺り、ドMへの道を踏み出しているんじゃないかという意味では、心配ですが》
マスターコンボイ 「アヤシイ方向に心配の向きを向けるなっ!
 ……っと、そろそろこの場も締めの時間だな」
オメガ 《ですね。
 それではみなさん、次回のお話もどうかご期待ください。
 ………………あ、ボスの活躍については期待しなくてもいいですから》
マスターコンボイ 「どういう意味だそれはっ!?」

(おわり)


 

(初版:2010/12/11)