……なのは。





「何かな」

「いや、『何かな』じゃなくて……なぜにそんなににらんでる?」





 現在、僕となのはは車……というか、トゥデイで移動中です。運転は僕。で、同乗者は他に3人。





「いやさ、まぁ……リインは仕方ないよ。本家『とまと』から一貫しての元祖ヒロインだから」

「ですです〜♪」



 はい、同乗者その1のリインさん。ちょっと黙ってようか? そして、何の話ですかそれは。



「だけど……他はワケがわからないよっ!」

「何がっ!?」



 それはこっちのセリフである。いきなりそんなこと言われて、状況が理解できるワケがない。



「なんでお姉ちゃんフラグとかメガーヌさんフラグとか立ててるのっ!? しかもこないだは瘴魔の万蟲姫まむしひめちゃんにまでっ!
 どうしておかしいって思わないのかなっ! アレだよねっ! もうなんでもしていいと思ってるんでしょっ!?」

「やかましいっ! 僕だってワケがわからないんだよっ! つか、後二つは覚えがないぞっ!?」





 そうだよっ! 美由希さんは昔からで、メガーヌさんは向こうからの一方的として……でも、万蟲姫って何っ!?

 僕、まじめにあの子のフラグ立てた覚えないからっ! マスターコンボイのせいでセクハラ事故に見舞われた覚えならあるけどっ!





「いや、マジメにおかしいから……」



 横からツッコんできたのは、同乗者その2のシャーリー。どっか呆れてるのは気のせいじゃない。

 だけど、そんなのはこちらの教導官には関係ないらしい。



「覚えがないって言えばなんでもすむと思ってるよねっ!?
 そしてっ! もう忘れないようにもう一度って言えば、女の子に何してもいいと思ってるんだよねっ!」

「違うわボケぇぇぇぇぇぇっ!」



 アホかぁぁぁぁぁっ! こっちは最終回で『Nice なんとか』とか言われたくないんだよっ! んなん絶対やるかっ!



《そうなんですか? 私はてっきり某伊○さんを超えるつもりなのかと》

「お願い、アルトはちょっと黙っててくれるかなっ!?」

「蒼凪、楽しそうだな」





 いえ、そんな涼しい顔で言わないでください。同乗者その3のシグナムさん。



 ……さて、こんなカオスな会話をしながら僕達がどこに向かっているかというと、聖王教会である。



 そこで、みなさまご存知シャッハ・ヌエラさんに会いに行くのだ。



 そう、皆様ご想像の通り、今回は出張研修。ようするに出稽古なのだ。なお、前回の出動でホーネットにひどい目にあわされたシグナムさんのリハビリも兼ねてます。



 なんだけど……ねぇ。





「……とにかく、最近おかしすぎるから。いろいろ着くまでにお話、しようね?」










 とりあえず、魔王の怒りがとっとと収まるのを祈ろう。










「魔王じゃないもんっ!」

《高町教導官、ウソっていけないんですよ?》

「ウソじゃないもんっ!」

 

 


 

第25話

たいらんと・かたすとろふ

 


 

 

 それは、突然の来訪。

 恭文やなのはさん達が、聖王教会に出稽古に行って、あたし達やお兄ちゃん、フェイトさんにイクトさんにヴィータ副隊長が、午前の訓練を終えた時の事。










「……いやぁ、なんか悪いね。突然押しかけたのにご飯までごちそうになっちゃって」

「つか、やっさんいるかどうか確認しとけばよかったな。どーも、アイツに対してはその辺りを気にしなくていい感じがしてさ」





 そう、恭文の友達という、技術開発局のお友達が、突然やってきたっ!



 なんでも、恭文が乗っている車……例のミニパトのメンテに来たとか。というか、無用心過ぎるよ。だって、恭文は歩きの時もあるのに……





「いや、私のカンだと、今日は車って感じがしたんだよね」

「……いや、確かにそのカンは正解ですよ?」



 現に、乗ってきてたもんね。トゥデイ。



「だけどアイツ、誰に対してもそういう認識持たれてるんですね」

「だからこそのなぎさんなんですね」





 ……まぁ、私とティアも同じだけどさ。休みの最終日とか。





「というか、すみません。ヤスフミ、今日は朝から出かけてて……」

「いや、なんつーかすみませんでした」

「あぁ、いーよいーよ。連絡しなかったうちらもあれなんだし……で、おたくがヴィータちゃん」



 そう言って、お友達のひとり……ヒロリスさんが見るのは、ヴィータ副隊長。あ、なんか照れてるのかな? じっと見られて、もじもじしてる。



「……はい」

「……いやぁ、ウワサでは聞いてたし、やっさんからも話は聞いてたけど……会いたかった。うん、けっこうマジでね」





 ヒロリスさんが、すごくまじまじとヴィータ副隊長を見る。かなり真剣に。え、えっと……これは……





「いや、悪いねヴィータちゃん。コイツ、あのやっさんが師匠って呼んでる子がどんな感じか、気になってたのよ」

「あぁ、納得です。まぁ、アタシはこんな感じなんですが……」

「いや、納得したよ。まさにやっさんの師匠だ。うん、わかった」





 なんかわからないけど、ヒロリスさんは納得したらしい。





「つかヒロリスさん」

「何?」

「いや、バカ弟子のデンバードやらトゥデイやら見て思ってはいたんですけど、アイツの趣味関連で知り合ったって……ことですよね」

「あぁ、そうだね。簡単に言っちゃうと……」





 その話に、あたしとヴィータ副隊長は驚くほかなかった。というか……あれ? みんな普通っ!? どうしてっ!





「あぁ、あたしはアイツから聞いてたから」

「わたしとエリオくん、フェイトさんも休み中にですね」

「私も、ヒロさんとは二回ほどお話したから」



 ウソ、あたしは知らなかったのにっ! というか、恭文は本当に聞き出さないと話さないなぁ……



「そっか、なら納得だ」



 ヴィータ副隊長、納得しちゃうんですかっ!? おかしいじゃないですかこれっ!



「いや、普通ならな。だけど、アイツはまたそんな引きを……」

「……あの、ヴィータ副隊長。またってことは、よくあるんですか? こういうの」

「かなりな」





 ……恭文、なんなんだろう。すごいというか、ちょっと呆れる。





「やっさんはそういうヤツだよ。いろんな意味でふざけたヤツなの。ま、そのおかげで死にかけたりしても、生き残れてるけどね」

「ヒロ、お前にやっさんを『ふざけた』とか言う資格はない。つか、似たもの同士だろうがっ!」

「うっさいねぇ、私はアイツくらいの年はもうちょい落ち着いてたよっ! でも、話聞いてるとあいつは昔からあんな感じだったそうじゃないのさっ!」



 昔からあぁだったんだ……



「そうだよね、フェイトちゃん、ヴィータちゃん」

「……まぁ、そうですね」

「基本ラインは、変わらないですね。あの感じです」



 そっか……



 なんか、お兄ちゃんと恭文が友達になれたワケが、わかったような気がする。



「おーい、スバルー。
 それは一体どういう意味か、『お兄ちゃん』は小一時間ほど問いただしたいんだがなー?」

「小一時間もいらないよ。
 ただ、お兄ちゃんもそういうとこあるなー、って」

「失礼な」

「スバルちゃんの言う通りだぞー。
 ジュンイチだって、やっさんのことどうこう言えないじゃないの」



 そうだよ。

 お兄ちゃん、あたし、さっきお兄ちゃんもヒロリスさん達と知り合いだって聞いて、ホントにビックリしたんだから。



「なんだってオレの交友関係お前に逐一説明しなきゃならなかったんだよ。
 つか、アイツにだけは知られたくない、って付き合いだってあるだろうが」

「ほほぉ?
 それは、私らとの付き合いは人には知られたくなかった、と?」

「サリ兄はセーフだけどさ、ヒロ姉ちゃんは完璧アウトでしょぅが。
 もしスバルに紹介して、スバルがヒロ姉ちゃんみたいになったらどーすんのさ。コイツ、タダでさえ人の影響受けやすいんだから」

「ちょっと待てぇっ! それはどーゆー意味だぁっ!」

「常時“オレより強いヤツに会いに行く”状態のバーサーカーをこれ以上増やしてたまるかって意味だよっ!
 そーゆーのはブレードとヒロ姉ちゃんだけでじゅーぶんなんだよっ!」

「言ってくれるじゃないの、同じ穴のムジナがっ!」

「残念でしたっ! オレは相手に対してはちゃんとセーブするわいっ!
 オレがセーブしないのは周辺被害に対してだけだっ!」







「ジュンイチさんはまず周辺被害に対してセーブしてくださいっ!」







 ……………………え?



 いきなりの乱入に口論が止まる――その後で、みんなの視線がそちらに向いた。











 厳しい顔でお兄ちゃんをにらみつける、フェイトさんに。











「いつもいつも、好き勝手に戦うばかりで、周りのことなんか見もしないで……
 なんでいつも、そんなに自分勝手なんですか!?」

「自分の判断で戦ってるから」

「そもそもそれが問題なんだってわかってるんですか!?
 指揮を執るのははやてなんですから、ジュンイチさんもそれに従ってくれないと!」

「そのはやてから『好きにしていい』ってお墨付きもらってんだけど?」

「はやて……どうしてそんな許可を……」



 お兄ちゃんにあっさりやり返されて、フェイトさんがその場に崩れ落ちる……うん。指揮系統っていう半ば最後の切り札に近い大義名分をあっさり覆されたんだし、それも仕方ないかな?



「まー、アイツもたいがいオレにボコボコにされてるクチだからなー。止めたくても止められないってわかってんじゃねぇの?」

「だから好き勝手してもいいんですか!?
 人のことも考えず、ただ気の向くままに力を振るって……そんなことが許されるんですか!?」

「他人を戦う理由にしたくねぇだけだよ。
 この力で何をするにせよ、決めるのはあくまでオレ――それを貫くためなら、自分勝手にもワガママにもなるってもんたぜ」

「それじゃダメだから言ってるんです!」





 ………………あれ?



 なんか……雲行きおかしい?





 というか……フェイトさんの食いつき具合がなんだかおかしい。



 いつもだったら、このくらいにはもうお兄ちゃんにペースに巻き込まれていそうなものなのに……今日はなおもお兄ちゃんに喰らいついていってる。



「今のままじゃ、ダメなんです……!
 今のジュンイチさんのままじゃ、どれだけ強い力を持っていても、結局は目の前のものしか守れない……っ!
 ジュンイチさんなら、もっとたくさんの人を助けられるはずなのに……っ!」

「ンなの知ったことじゃねぇよ。
 オレはオレの守りたいものしか守るつもりはねぇな」

「………………っ!
 それだけの力がありながらっ!」

「力があるからなんだってのさ。
 それが絶対に誰かを助けなきゃならない理由になるとでも? 違うだろうが。
 力があるって言っても、結局はできることの幅が広がるだけの話だ。誰かを助けられる権利はあっても、助ける義務なんかねぇよ」

「〜〜〜〜〜〜っ!」

「あー、もうっ! やめやめっ!」





 フェイトさんのあまりの剣幕に、あたし達は口をはさめなくて――見かねて声を上げたのはサリエルさんだった。



「二人とも、オレらの目の前だってこと忘れてない?」

「あ………………
 すみません……お見苦しいところを」

「そーだそーだ。反省しろー」

「ジュンイチさんっ!」

「だから、やめろって!
 ジュンイチ、お前にも言えることなんだぞ」

「別に。オレは二人のこと忘れてなかったし。
 二人の前だってわかった上で、つっかかってくるフェイトをてきとーにあしらってただけで」

「ジュンイチさんっ!」

「だぁかぁらぁっ!」



「あー、もういいよ、サリ」



 お兄ちゃんが茶化して、フェイトさんがエキサイトして、サリエルさんが止める――その繰り返しでなんだか泥沼になりそうな感じだったやり取りを、今度はヒロリスさんが止める。



「ちょっと状況を整理しようか。
 フェイトちゃんは、ジュンイチにはもっとしっかりしてほしい、と……もっと言うと、勝手気ままなところをなんとかしてほしい」

「はい……」

「で、ジュンイチはそこを譲るつもりはない、と」

「むしろ何で譲らなきゃなんないのさ?
 オレは局員でも嘱託でもないんだ。スタイルを強制される覚えなんぞカケラもねぇよ」



 あっさり答えるお兄ちゃんに、フェイトちゃんの視線がまた厳しくなる――ヒロリスさん達の手前自重してるけど、そうじゃなかったらまたさっきの続きが始まってたんじゃないかって感じで。



「ふーん…………」



 で、ヒロリスさんはそんな二人の間で少しの間考え込んで……











「………………うん。
 だったら、とことんやり合ったら?」











 ………………え?







『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』







 ヒロリスさんの言葉に、全員が驚く。いや、だって、二人を止めなくちゃ、って流れだったのにっ!



「あ、あの……ヒロっ!?」

「しょうがないじゃないの。
 なんか見る限りそうとう根が深そうだし、中途半端に止めない方がいいよ、コレ。
 ヘタに止めても、後々鬱憤うっぷん溜め込まれて爆発されるよ? それよりは、一度とことんやらせて、お互いスッキリさせた方がいいでしょ」

「ヒロ、お前まさか……」




 サリエルさんが何かうめいてるけど、ヒロリスさんはかまわずフェイトさんに向き直り、



「何より、ジュンイチは言葉じゃ止まらないよ。
 きっちり真っ向からぶつかって、思ってることをきっちり伝えなくちゃ。
 ジュンイチだってモノがわからないワケじゃない。ちゃんと自分で考えた上で、納得ずくで今のやり方を通してる。それを覆したいなら、それなりのものを見せなくちゃ」



「………………はい」



 えっと……つまり……どういうこと?



「簡単よ。
 要するに……」





















「模擬戦で、ガッチリ白黒つけなさいってこと」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……準備はした。二人はすでに演習場。フェイトもやる気十分。



 だけど……だけどこれは何っ!? いきなりすぎてワケがわからないんですけどっ!







「あー、大丈夫大丈夫。フェイトちゃんにはケガさせないから」

「……いや、ヒロ。アリシアちゃんはたぶんそういうことを言ってるんじゃないから。
 つか、オレもワケわかんないよっ! なんだよこれっ!? 頭おかしいだろお前っ!」

「失礼な。やっさんよりマシだよっ!」



 …………あー……ゴメン。あたしには、どっちもどっちに見えるんですが。



 つか、ジュンイチさんも何だかんだできっちり参加する気みたいだし……えっと、なんか周りを置き去りにして、当事者だけでガンガン話が進んでないっ!?



「心配いらねーよ、アリシア。
 オレだって、フェイトにケガさせるつもりなんかないからさ」

「……それは、ケガなんかさせることなく私を取り押さえられるから、ですか?」



 って、そんなゴチャゴチャした中でジュンイチさんもフェイトを挑発ないでっ! フェイトがますます引っ込みつかなくなるじゃないっ!



 あぁ、またフェイトの顔が険しくなって……そんなフェイトに対して、ジュンイチさんは無造作に右手を差し出すと、人さし指をピッ、と立てた。





「………………何のつもりですか?」





 あー、前にジュンイチさんに見せられたマンガにこーゆーのあった。



 確か……「1ラウンドじゃねぇ、1分だ」だっけ?

 もしくは、それをパロったネタの、「1ラウンドじゃねぇ、1分……でもねぇ、一撃だ」の方かな?





「どっちでもねぇよ」





 ……あれ? 外れ?





「んにゃ。
 そこからさらにパロらせてもらう」





 そう答えると、ジュンイチさんはフェイトをにらみつけて……言い切った。





「1ラウンドじゃねぇ。
 1分でもねぇ。
 一撃でもねぇ……」





















「一撃すら、お前にはいらねぇよ」





















『………………え?』







 多分、状況も忘れて間の抜けた声を上げちゃったあたし達は悪くない。



 だって、一撃もいらないって……それでどうやって勝つっての?





「…………勝ちを捨てるつもりですか?」

「まさか。ガッツリ勝ちにいきますよー。
 ただ……“お前に勝つのに、一発の攻撃も必要ない”って言ってんの。
 …………いや、ちょっと違うな」



 まぁ、当然フェイトもツッコむワケだけど……ジュンイチさんは不敵な態度を崩さないまま答えた。





















「オレが一発も撃たなくたって、お前はオレにゃ勝てねぇよ」





















「――――――っ!」





 それが開戦の合図になった。地を蹴ったフェイトが一瞬でセットアップ。ジュンイチさんに向けて魔力弾を生み出す。



 フェイトの得意魔法フォトンランサーの強化版、ファルコンランサー。そのすべてがジュンイチさんに向けて飛翔して――











 全弾、ジュンイチさんを直撃した。











 ――――――って、えぇっ!?



 ちょっと待って! なんで全弾直撃してんの!?

 ジュンイチさんの力場って、エネルギー系攻撃に強いんでしょ!? なんであっさり抜かれてんの!?





「………………え?」





 ジュンイチさんの力場のことはあたしだけじゃない、みんなも周知の事実……当然、同じようにそのことを知ってるフェイトも、この展開には唖然。



 一方で、直撃を受けたジュンイチさんは、ブッ飛ばされて仰向けに倒れたまま……ちょっとちょっと、まさかこれで終わ





















「………………よっ、と」





















 あっさりと。



 本当にあっさりと、ジュンイチさんはその場に立ち上がった。





 えっと、直撃にも驚いたけど……フェイトの魔法の直撃をもらって、ダメージなしってどういうことっ!?





 さっきまでとは、まったく違った意味で場が沈黙する……そんな中、首をコキコキと鳴らしながら、ジュンイチさんはただ一言。







「………………終わり?」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 まーさか向こうさまがそんな後が怖い状況になっているとは露知らず、僕はある人とガチにやり合っていました。





 そう、その人とは……





















「……それでは、この辺りにしましょうか」

「はい……おつかれ……さま……でした。ありがとうございました」

《シャッハさん、ありがとうございました》

「いえいえ。こちらこそ、いい経験をさせていただきました」











 そう、紫色のショートカットの髪に、手に持つのは2本のトンファー。

 みなさまご存知、聖王教会の戦うシスター。シャッハ・ヌエラさんその人だ。





 午前中いっぱい、必死こいて斬り合ってたワケだけど……いや、楽しかったー!

 やっぱり、僕の中でのガチにやり合って楽しい人ランキングベスト5に入っているだけのことはあるわ。










「それは私もです。
 やはり、あなたと剣を交えるのは……心が躍ります。シスターとしては、少しだけ不謹慎ですけどね」

「にゃははは……」

「恭文さん、おつかれさまです〜」





 互いに息を整えつつ話していると、後ろからリインが飛んできた。手にはタオルを持って。というか、二つ。



 必死に持ってきたそれを、僕とシャッハさんに手渡す。

 それで、僕達は身体を止めたことで噴き出した汗をふき取る。いや、あぢー。楽しいけどあぢー。





「ありがとうございます。リインさん」

「はいです。というか、二人ともがんばってたですね〜」

「まぁ、聖王教会なんて滅多に来れないしね」

《……いや、そういう意味じゃないですから》



 ほえ?



「お昼、もう過ぎてるですよ?」



 この瞬間、シャッハさんと顔を見合わせて、すぐさま時間を確認する……あ、もう午後1時だ。

 えっと、ここに来たのが9時で、組み手始めたのが……10時。



「すみません、ついつい楽しくなってしまって……」

「……シャッハさん、それ……というか、僕達、どうなんでしょ」



 あ、なんかお昼なのに、カラスの声が聞こえる。あれだよ、『アホー!』って言ってる声が。



《すさまじく楽しそうでしたね。二人して》

「リインだけじゃなくて、なのはさん達も止めるのが忍びないって言ってたです……」



 ……まぢめに思う。お昼ぶっちぎりで楽しく3時間斬り合いって、人生の楽しみ方間違えてる気がする。

 もっと、平和的な楽しみを見つけてもいいんじゃなかろうか?



「あぁ、それならもちろんありますよ」

「そうなんですか……例えば?」

「そうですね。魔法学院の子供達と戯れる時や、信者の方々とたわいもない会話をしている時。
 あとは、騎士カリムとの紅茶の時間……などでしょうか。こう言った時には、心が落ち着きます」

『なるほど……』





 確かに、武闘派シスターっていうのは、シャッハさんの一面だしなぁ。



 心を落ち着けて、静かに過ごす時間だって、当然ある。いや、なきゃいけない。それがないと、戦えないもの。いろんな意味でね。





「あなたにもあるでしょう? そういう時間が」



 シャッハさんが、僕を見てそう聞いてきた……うん、ある。

 今という時間そのものそうだし、みんなとバカをやったり、騒いだり。そんな守りたい時間、ある。



「私もです……それが守れるなら、どんな戦いであろうと身を投じ、剣を振るう。そんな覚悟ができる時間が、あります」

「……そうですね。僕も、同じです」

「まぁ、あなたは誰よりも、フェイト執務官との時間を守りたいんでしょうけど」





 そう言われた瞬間、思考が固まった。だって……シャッハさんにその話はしてないから。



 待てマテ、情報源は誰だっ!? シグナムさん? いや、あの人はそんなペラペラしゃべる人じゃない。

 なら、はやてかっ! それともジュンイチさんっ!? あの二人ならあり得る。





「違います。というより、あなたとフェイト執務官の二人でいるところを見れば、誰であろうとわかりますよ」

《……そうですよね。わかりますよね、普通は》



 うん、そうだよね。普通はわかるんだよね。



「……でも、それが当の本人には伝わらないんですよ。あの、アレはマジメにどうすればいいんですか?
 最近、もう押し倒すしかないのかなって、本気で考え始めてるんですけど……」

「や、恭文さんっ!? お願いですからうずくまらないでくださいですー! 泣くのもだめですよー!」

「あの、それはやめなさいっ! そんなマネをしてあの方の心を射止められるワケが……
 あぁ、本当にそうなのですね。騎士カリムから聞いた通りですよ」





 ……カリムさん、意外とおしゃべりだな。まぁ、いいや。とりあえず……そこはいい。





「あとは、いろいろとシグナムやジュンイチさん、八神部隊長からも聞いていますよ。あなたが、フェイト執務官を守る騎士として、戦い続けていると」



 結局話してるんじゃないのさっ! なんなのさ一体っ!?



「……僕は騎士なんてガラじゃありませんよ」



 そう、僕は自分の勝手で戦ってる。局とか世界とか、そういうもんのためじゃない。

 ぶっちゃけ、戦って命賭けるのも、嫌いじゃないしね。



「ガラなどは関係ありませんよ」

「え?」



 シャッハさんが、微笑む。僕を見て、柔らかい表情で。だけど、瞳には、とても強い力がこもっていた。

 それが、僕の心を射抜く。そして……続ける。



「守りたいものがある。そのために剣を振るい、業を背負う覚悟があるなら……ガラなどは関係ありません。
 それができるものは、皆、等しく“騎士”です。
 そういった意味では……あのジュンイチさんですら、“騎士”と言えるでしょう」





 守りたいものがある。業を背負う覚悟……か。





「……なら、恭文さんは“騎士”……ですね。全部に当てはまりますから」

「……そうかな?」

「そうですよ。愛する女性を守りたいと、力になりたいと願い、進み続ける。それは、紛れもなく“騎士”の所業ですよ。
 私としては、なぜあなたが騎士の称号を取らないのか、非常に疑問です」





 ……そういうガラじゃない。というのが理由だった。だけど……違う。そうじゃない。

 僕の性格どうこうじゃなくて、僕がしてきたこと。それが……“騎士”の行動なんだ。それは、盲点だったな。





《……シャッハさん。シグナムさんやはやてさんから、何か聞いてるんじゃないですか?》

「さぁ、どうでしょう。まぁ、あなたはロッサと同じく自由過ぎる傾向が……」

「恭文くんっ!」





 僕が少し考え込んでると、その思考はある声によって中断された。そこを見ると……なのはとシグナムさんとシャーリーが走ってきていた。

 というか、なんかあわててる?



 そう、3人が3人とも、慌てた様子だった。そして……開口一句、とんでもない言葉が出てきた。





「恭文くんの友達の仕切りで、フェイトちゃんとジュンイチさんが模擬戦してるって……どういうことっ!?」

『……はぁっ!?』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ヒロさんとサリさんが六課に来て……」

《その場でジュンイチさんとフェイトさんがケンカを始めて、話の流れで二人が模擬戦……》

「ヒロリス……またそんなマネを」

「え? シスターシャッハ、恭文くんの友達を知ってるんですかっ!?」



 そりゃそうだよ。だって、ヒロさん……ヒロリス・クロスフォードは……



「昔から、騎士カリムを妹のようにかわいがってくださっていたんです。私もその関係で」

「えぇっ!?」





 ……あー、細かい説明が必要だよね。うん。



 ヒロさんの実家のクロスフォード家……クロスフォード財団は、以前も話したけどミッドでは有名な資産家。ヒロさんはそこの分家筋の出身。

 で、その分家は、聖王教会の活動を支持し、そのスポンサーも務めてる。二人はその関係で、子供時代に知り合ったそうだ。



 なお、以前少しだけ話したカリムさんと縁を持つことになった護衛の仕事も、実はヒロさんからの推薦で、クロノさん経由で回ってきた話。

 で、ジュンイチさんとヒロさんが知り合ったきっかけも聖王教会。ジュンイチさんが聖王教会の依頼で動いていた時、ヒロさんが来て……って感じだったそうだ。





《まぁ、そこはいいでしょう……しかし、どうします?》





 みんなで遅いお昼を頂きながら、アルトが横でぷかぷか浮きながらなんか言ってるけど、正直どうしようもない。

 だって、僕達六課にいないんだもん。



 とりあえず、サリさんから送ってきたメールを見るに……ワケわからないよっ!

 どうしてそれで模擬戦っ!? いや、言ってることはわかるんだけど、行動がおかしいからっ!





「……とりあえず、ヒロさんとサリさんには戻ってから話そう。まぁ、師匠がいるんだし、いつもみたいなことには……ならな……い……よね?」

「誰に対して聞いてるのっ!?
 というか、どういうことっ! いろんな要素が詰め込まれすぎててワケがわからないよっ!」

「あぁ、お願いだから落ち着けっ! ……ひとつずつ説明するから」





 とにかく、説明だよね。うんうん。





「えっと、出会い方は……かくかくしかじか……というワケだったの」

「……なぎくん」

「そんな呆れた目で僕を見るなっ! つか、僕だって驚いたんだからっ!」











 そう、あの時の衝撃は、多分一生忘れられそうにない。だって……思いっきり関係者だったんだもん。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………………………帰っていいかな?」

《どんだけ引きこもり思考ですかあなた。まったく、オフ会くらいマトモにこなしましょうよ。せっかくエイミィさんやアルフさんが後押ししてくれたというのに》



 そうだったね。子育ての最中で、閉じこもりがちだし、外に出て新しい出会いに触れるのは、いい刺激になるって言って……

 なんか、申し訳ないな。手伝うためにいるのに、逆に気を使わせちゃって。



「でもさ、いきなり知らない人と会うのって、やっぱり緊張するよ?」

《……そうですね。あなたはそういう人でしたね》





 とにかく、僕はミッドのフェレット広場で待ち合わせをしていた。まぁ、体型なんかの特徴は話してるけどね。



 なぜだか『(泣)』とか、慰める顔文字とかいっぱい使われたけど……ムカつく。





《仕方ないでしょう。年齢も言ったのなら、当然の反応です……それで、相手方の特徴はわかっているのですか?》

「うん。身長は女性が170以上。男性の方が180以上だっけな。で、女性が白髪のセミロングで、それを二つのおさげにしてるの。
 男の人の方が、黒髪のざんばら髪って言ってたな」



 年齢は……20代後半……というか、三十路突入したって言ってたな。どんな人達だろ? 興味はあるよね。



《……え?》

「いや、そういう人達なんだって。なんか、長い付き合いのある友達同士とか」



 なんか、20年とか付き合いがあるって言ってたな。年齢を考えると、幼馴染でいいよね。

 というか、そこまで付き合いが続くとは……すごいねぇ……それまでには、フェイトとくっつけるといいなぁ。



「……あの、やっさんですか?」



 僕がちょっとだけ鬱な思考に入りかけていると、声がした。そちらを見ると……そのものズバリな方々がいた。



「あ、はい……ヒロさんとサリさんですか?」

「そうだよ。ども、初めまして。いや、まさかまさかとは思ってたけど……」

「またちっちゃいねー! キミ、ちゃんと食べてる?」



 グサっ!



「……ヒロ、そこは触れちゃだめだって」

「……ごめん。あの、お願いだからうずくまって泣くのはやめてくれないかな。お姉さん、意外とそういうの気にするんだ」

《あなた、そんなタマでしたか?》

「うっさいねっ! アンタに言われ……」





 その瞬間、場が固まった。というか……え、何これっ!?





「……なぁ、オレはすさまじく聞き覚えのある声が聞こえたんだが」

「奇遇だね。私らにとってはいろんな意味で思い出深いヤツの声が聞こえたよ」



 すみません、意味がわからないですその会話。

 だけど、そんな僕の思いはどこへやら。話はどんどん進んでいく。



《ずいぶんな言い草ですね。というか……何してるんですかっ!?》

「え、アルト知り合いなのっ!?」

『アルトっ!?』



 二人が同時にハモって驚いた。

 というか、僕の肩をつかんで、ムリやり立ち上がらせる。そして……表情が驚きに満ち溢れたものに変わる。



「あぁぁぁっ! あ、アルトアイゼンっ! アンタ、なんでこんなとこにっ!?」

「つか、まてまて。なんでお前、この子に『アルト』って呼ばれて平気にしてるんだよっ!
 お前、マスター以外には呼ばれたくな……ま、まさかっ!」

《そうですよ。この人は、私の現マスターです》

『えぇぇぇぇぇぇぇっ!?』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……というワケで、いろんな意味で置いてけぼりな僕はその場から、近くのご飯の美味しいカラオケ屋さんに連行されたの。で……」

「お二人があのお方の弟子だったという話と、その時にアルトアイゼンと知り合っていたという話を聞いたワケか」

「そうですね。それで、僕の現状とかを話したら、いろいろ戦闘技能やらなんやらを見てくれるという話になって……」





 そのまま、付き合いは今に至るというワケである。

 そう、僕が何回か話に出した教導隊出身の友達とは、あの二人のことでもあったのだ。先生と会う少し前に、席を置いていたらしい。



 なお、二人は先生から受けついた技能をさび付かせるのもイヤだと、訓練は仕事の合間を縫うようにして継続中。

 実力的には一線級。ぶっちゃけ、なのはやシグナムさん達より強いと思う。だって、僕はまだ一回も勝ったことないし。ジュンイチさんですら、かろうじて勝利5割を上回ってる程度って話だし。



 “JS事件”の時も、協力してもらって、一緒に暴れたりしたしねぇ……

 あはは、バレたら絶対怒られるな。対外的には引退してる人達引っ張りだしてるんだから。





「……ねぇ、恭文くん」

「何?」

「なんでそうなのっ!? ワケわからないよそれっ!」

「やかましいっ! 僕だって同じだよっ! つか、なんで六課隊舎に来ているのかもイミフだしっ!」





 とにかく、二人のことは次回だ。もう僕達にはどうしようもない。





「で、なんやかんやとまた修練場に来ましたけど、午後は何するんですか?」

「……お前。まぁいいだろう。いずれにせよ、あちらのことは私達にはもうどうすることもできないしな」





 ……うん、そうだね。どうすることもできないよね。



 つか、フェイト、ついに爆発したか……来るべき時がついに来た、って感じか。



 こうなった以上、ジュンイチさんも“それなり”の対応に出るだろうし……うん、ヤな予感しかしないや。



 まぁ、しゃあないか。帰って、話せる状態なら、ちゃんと話そう。



 ……話せる状態じゃ、ない可能性の方が高いけど。





「午後の修練は……私とシスターシャッハと、全力全開でやってもらう」

「…………………………マテ」



 まぁ待ちましょうよ。落ち着いていきましょうよお二人さん。なんか楽しそうにしてますけど、僕は意外と必死ですよ?

 アンタら二人を相手取れって……あれですか? 死ねと言っているのか貴様らっ!

 つかシグナムさん、アンタ今日はリハビリで来てるってことわかってるんですかっ!?



「問題はない」

「いや、大有りですからっ! ひとりならともかく二人っ!? 間違いなく死亡コースでしょっ!」

「問題はない。それに言ったはずだ。『全力全開だ』とな。それには、リインの存在も含まれる」



 ……あ、そういうことか。なら大丈夫だ。



《それでリインさんを連れてきたのですね》

「そういうことだ。六課でもいいとは思ったが、せっかくだしな」



 だ、そうだけどリイン、どうするさ?



「問題ありません。かるーく捻ってみせましょうっ!」



 僕のとなりに来て胸を張ってそう宣言するのは、祝福の風兼古き鉄。ま、そうだよね。

 僕達二人……いや、“3人”がそろって、「はいそうですか」で負けるワケにはいかないでしょ。



「リイン曹長、ずいぶんと強気ですね」

「蒼凪とからむとこうです。お気になさらず。とにかく……始めるぞ」

「はい」





 そうして、二人は互いの相棒を出し、かまえる。



 ……さて、ちょこっと久しぶりだね。だけど、そんなのおかまいなしで敵は強大だ。



 楽しいねぇ。楽しすぎて笑いが出そうだ。





「ですね。でも……やれます」

《そうですね。それではマスター、見せるとしましょうか》

「りょーかい」



 ま、毎度おなじみ電○ネタだけど、ノリよくいくとしようじゃないのさ。



「……行くよ、本邦初公開っ!」

「リイン達の本当の変身とっ!」

《本当のクライマックスというものを……》

「見せてっ! あげるよっ!」





 僕は、右手を目の前に伸ばす。手のひらは上に、誰かの手を取るようにして。



 そして、リインは僕の右手の中指に、自分の右手を重ねて……叫ぶ。





『ユニゾン・インっ!』











 その瞬間、僕とリインの身体を青い魔力の光が包み込む。





 そして、リインは僕の中へと入る……そう、入るのだ。





 それから、バリアジャケットが変化する。

 青いジャンバーは消え去り、黒いインナーが、リインの甲冑と同型になる。ただし、白だった部分は青に変わる。





 ジーンズ生地のパンツは、少しだけ色を明るいものへと変える。

 腰元に、これまたリインと同型のフード、ブーツも、同じく同型を装着。フードの色は、青。ブーツは、黒色。

 左手のジガンスクードも、それまでの鈍い銀色から白銀へと色を変える。鮮やかな、雪を思わせるような輝きを放つ。





 そして、僕の髪と瞳は、色調を変えた空色へと変化する。

 ……力が溢れる。理屈じゃない。理論じゃない。ましてや、データ的なものでもない。

 身体と心の奥から、力が溢れてくる。なんでもできそうな気持ちになる。





 そう、この力は……未来を掴む、僕達3人の想いの力だ。





 光が散る。そしてそれらは、冷たい雪となって、僕達の周りを散る。これで、完了だ。

 これが……本当の古き鉄の姿。僕とリインのユニゾン形態っ!











【……やっぱり、暖かいです】

「そうだね。僕も、心が暖かい」

【恭文さんとのユニゾンは、安心するです】





 うん、そうだ。リインとのユニゾンは、安心する。



 どんな状況でも、どんな理不尽でも、覆せる。未来を、この手につかめると、信じられる。



 本当に不思議だ。うん、不思議。





【はい……】

《まったく、相変わらずラブラブですね》

【ヒロインですから♪】

「まだ言うのね、それ……」





 ……本来であれば、リインとのユニゾンは想定外。できるワケがないもの。



 だけど、僕達はできる。こうしてひとつになって、理不尽を覆せる。



 そうだ、僕達は……かーなーりっ! 強いっ!





「……準備はいいですか?」



 シャッハさんが、トンファー……ヴィンデルシャフトをかまえる。



「遠慮なくやらせてもらう。全力で来い」





 シグナムさんが、レヴァンティンをかまえる。



 ……変だね。相手はオーバーSクラス二人。なのに、まったく負ける気がしないよ。



 あ、言っておくけど、能力どうこうじゃないよ?



 リインとひとつになって、アルトがいる。3人で戦える。これだけで……誰が相手だろうが、負ける気がしないっ!





「いくよ。リインっ! アルトっ!」

【はいですっ!】

《さぁ、ここからが私達のクライマックスですよっ!》

「覆すよっ! 今をっ!」







 そして、僕達は飛び出した。さぁ、一気に行くよっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 戦いは一方的だった。



 ただし……あたし達の予想とは正反対の方向に。そして、あたし達の予想とはまったく異なる流れで。







「はぁぁぁぁぁっ!」







 フェイトが咆哮、突撃――光刃を生み出したバルディッシュがジュンイチのヤツを打ち据え、吹っ飛ばされたアイツにファルコンランサーの追撃。



 そして――





「プラズマ……スマッシャーッ!」





 大技でトドメ。落下していたところにたて続けに追撃をもらい、ジュンイチの身体はまるで弾丸のように地面に豪快に突っ込んだ。





 けど……











「………………ふぅっ」











 これだ。いくらフェイトがブッ飛ばしても、その都度平然と……とまではいかねぇが、それでも立ち上がってくる。



 度重なる直撃で全身ボロボロ。あちこちから流血もしてる。ダメージはそうとうなはず……それでも、立ち上がってくる。





「ウソ……でしょ……!?」

「フェイトさんの攻撃、全部まともにもらってるのに……!」



 ティアナやエリオのもらしたつぶやきが、あたし達全員の気持ちを代弁していると言ってもいい。フェイトの攻撃をあれだけくらって、それでも立てるヤツなんてそうはいない。

 いや、むしろ「いない」っつってもいいだろう。普通じゃなくてもアレは効く。





 なのに……アイツはそれでも立ち上がりやがる。





「…………あ、もしかして……ジュンイチさんは、フェイトさんの攻撃を全部急所を外して受けてるとか……」



「残念ながらそれはない」



 納得がいかない――そんな全員の気持ちを吹き飛ばそうとでも言うのか、キャロが仮説を挙げるけど……イクトがあっさりとその希望を打ち砕いてくれた。



「柾木は、テスタロッサの攻撃を一切かわそうとしていない。
 結果、すべて急所で、真芯で受けている――それどころか、急所から、真芯から外れた攻撃が飛んできたら、むしろ自分から受けに行っているくらいだ」



 おいおい……ちょっと待て。



 それってつまり……あの野郎、フェイトの攻撃をわざと全弾クリーンヒットさせてるってことかよ!?



「お兄ちゃん、どうしてそんなこと……!?」



 スバルがワケがわからない、といった感じでつぶやく……同感だ。あたしだってワケわからねぇ。



 …………いや、それを言うなら、そもそもアイツの勝利宣言自体がワケわからねぇんだけど。



 「一発も撃たずに勝つ」って何だよ? 攻撃もしないで、どうやってフェイトのヤツを叩くってんだよ? そんなの不可能だろ。





「いや……ところがそうでもない」





 そんなあたしの疑問に答えてくれたのはやっぱりイクト……お前、なんか今回すっかり解説員の役どころに納まってねぇか?



「うるさい。そこには触れるな。
 とにかくだ。自分から攻撃しなくても相手に勝つ方法。それがまったくないかと言われればそうでもない。
 たとえば……ひたすら攻撃を撃たせてガス欠に持ち込む。
 たとえば……廃ビルのような強度の弱い閉鎖空間に誘い出し、そこで攻撃させて周囲を崩壊させる……その他その場の状況にもよるが、攻撃しなくても相手にダメージを与える方法など、考えればいくらでも出てくるものだ」



 うーん……言いたいことはわかるんだけどさ……あのジュンイチが、そんな悠長な手に出るとは思えねぇんだけど。



「そうだな……ヴィータの言う通りだ。
 確かに、あの男の性格を考えた場合、悠長に長期戦など選ぶとも思えん。
 と、いうワケで……」









「すでに仕掛けているぞ、あの男」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………まただ……



 私の攻撃はすべて直撃してる。ダメージだって通ってる……





 それなのに、ジュンイチさんは立ち上がってくる。





 そして――模擬戦の開始から今この瞬間に至るまで、ジュンイチさんはただの一発も攻撃を撃っていない。



 今そうしているように、腕組みをするなり自然体なり、とにかく、力場の展開すらも抑えた、まったく無防備な状態で、じっと私が攻撃してくるのを待っている。





 「私を撃墜するのに、ただの一発の攻撃も必要ない」……そう宣言した通り、一切の攻撃行動を彼はとっていない。けん制の攻撃すらも。





「ふざけてるんですか?
 ただの一発の攻撃も撃たず、こちらの攻撃を回避もしないでただ受けるだけ……それで、どうやって私に勝てるっていうんですか!?」

「勝てますよー。
 言ったはずだぜ。『お前に勝つには、一撃だって必要ない』ってさ」



 真意を問いただすこちらからの質問に、ジュンイチさんはあっさりとそう答える。



「つーか、そっちはどうなんだよ?
 これだけ攻撃叩き込んでおいて、未だにオレに立ち上がる余力を残してる……手ェ抜いてんのか?」

「………………っ!
 私は、手なんか抜いてない!」



 ジュンイチさんの言葉に、私は再び飛翔する――サイズフォームの上位、アックスフォームでジュンイチさんを打ち上げ、そのまま身をひるがえして、もう一撃入れて弾き飛ばす。



 けど……この程度じゃ、ジュンイチさんはきっとまた立ち上がってくる。だから……バルディッシュ!





《Zamber Form.》





 私の意志に、バルディッシュが応えてくれる――魔力の大剣へと姿を変えたバルディッシュを手に、私は吹っ飛ぶジュンイチさんの後を追う。



 大地に落下、バウンドしたジュンイチさんの吹っ飛ぶ勢いが減速する――追いついた私は、迷うことなくバルディッシュを一閃。改めてジュンイチさんを吹っ飛ばす。







 何のリカバリもなく、吹っ飛んだジュンイチさんは大地を転がっていく――その光景に、私の胸の内に苦いものがよぎる。







 まただ……また、ジュンイチさんは無抵抗なまま私の攻撃を受けた。



 何の防御も、何の回避行動もなく……そんなジュンイチさんに、私は攻撃を叩き込んだんだ……







 いくら模擬戦の相手とはいえ、いくら効いていないとはいえ、無抵抗の相手に……!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………なるほどな。



「炎皇寺往人。
 あぁして、一切の抵抗をしないこと……それこそが、柾木ジュンイチがフェイト・T・高町に対する攻撃なんだな?」

「………………?
 どういうこと? マスターコンボイさん」



 オレの言葉に、となりのスバルが首をかしげる――待て、今説明してやる。



「いかに対立する相手であろうと、無抵抗な相手に攻撃を叩き込むというのは、あの小娘の性格上いい気分ではなかろう。
 しかも、打ち倒すつもりで攻撃を放っているはずなのに、柾木ジュンイチはそれでも立ち上がる……
 無抵抗な相手に攻撃を叩きこむということ、そしてそれが通用していないということ……そして、通用していないがために、その二つを繰り返さなければならないこと。それらはフェイト・T・高町の心に多大な負担となるはずだ」





 そう。つまり……





「あの展開は……柾木ジュンイチがフェイト・T・高町に仕掛けた精神攻撃、ということだ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………悔しい。



 何度攻撃を叩き込んでも、何度打ち倒しても、ジュンイチさんはそれでも立ち上がる。



 リミッターなんて、相手がジュンイチさんだという時点ではやてに頼んで外してもらった。その上で全力でやった。ザンバーまで使った……非殺傷設定こそ外してないけど、それ以外は私のありったけをぶつけた。





 それなのに、ジュンイチさんを墜とせない。





 確かに、ジュンイチさんは一度私達と戦い、完勝してる……けど、それは技術的な部分での差によるものだった。能力値的には私達の方が上回ってることは数値が証明しているし、他ならぬジュンイチさん自身が認めてる。



 なのに……その“技術”を抜きにしても、私はジュンイチさんを墜とせない。



 いったい、どうして……!?











「………………どうしてオレが墜とせないのか、わからない、って顔だな」











 思考が顔に出ていたみたいだ。ジュンイチさんがそう尋ねるけど……ロコツにため息をつかないでもらいたい。けっこう……イラっとくる。





「簡単な話さ。
 要するに……軽いんだよ。お前の攻撃が。
 言ってみれば、バルーンバットでポコポコ殴られて、豆鉄砲でパシパシ撃たれてるようなもんだ。ンなもんに墜とされてやるワケにはいかねぇよ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 フェイトさんの攻撃が……軽い……!?



 そんなことない。模擬戦の中で何度も受けたあの人の攻撃は、その度に僕らを撃墜してきた。



 そんなフェイトさんの攻撃が、軽いなんてことないはずなのに……







「………………そういうことか」







 え………………?

 マスターコンボイさん、何かわかったの?





「あぁ。
 エリオ・モンディアル……貴様のことだ。今の柾木ジュンイチの発言で、『そんなことはない』とか思ったろう?」



 マスターコンボイさんの言葉に、僕はうなずく……だって、その通りだから。



「その認識は間違ってはいない……しかし、間違ってもいる。
 なぜなら……軽いのは威力ではない。その一撃に込めた、フェイト・T・高町の“意思”だ」



 フェイトさんの……意思……?

 それって……











「私の攻撃が……軽いって言うんですか!?」











 僕が尋ねるよりも早く、フェイトさんが、僕と同じ疑問をジュンイチさんにぶつけていた。







「あぁ、軽いね」







 そして、それに対するジュンイチさんの答えはシンプルなものだった。





「何度でも言ってやる……お前の攻撃は軽い。
 そう……たとえお前が何十発カートリッジ使ってその攻撃力を高めたとしても……それでも、軽いんだよ」



 そう言うと、ジュンイチさんは軽く息をついた。



 それはさっきまでの、フェイトさんを挑発する、バカにしたような感じじゃなく、落ち着いた感じでのため息――そうして一呼吸間をおいた上で、フェイトさんに向けて続ける。



「あのさ……フェイト。
 お前は今、どこにいる?」



「え………………?
 どこ、って……私は機動六課の分隊長のひとりとして……」



「違うな」



 答えるフェイトさんだけど……ジュンイチさんは、その答えを一言で切り捨てた。



「ここにお前はいやしない。
 いや……この世界のどこにだって、お前なんか存在しねぇよ」



 言って、ジュンイチさんは一歩を踏み出す。それを受けて、フェイトさんは――下がった。



「“PT事件”の時は、なのはやアルフ……」



 また一歩。



「“GBH戦役”中、アリシアのことで悩んだ時はジャックプライム……」



 また一歩。



「なのはが墜ちて、お前が落ち込んだ時は墜ちたご本人……」



 ジュンイチさんが踏み出すたびに、フェイトさんが下がる。



 フェイトさん……完全に、ジュンイチさんに気圧されてる。



「お前、落ち込むたびに誰かに立ち上がらせてもらってばっかりじゃねぇか。
 一度たりとも、自分の足で立ち上がったことなんてありゃしねぇ……お前はな、他人がいなきゃ自分で立ち上がることもできねぇんだよ。
 他人がいなきゃ、見ていてもらえなきゃ自分という存在も確立できねぇ……そんなヤツが、そこに“存在している”なんて言えるのかよ?」

「そんなこと……」

「『ない』って言えるのかよ?」



 黙らされた。



 反論しかけたフェイトさんが……ジュンイチさんの重ねた一言で、それ以上何も言えなくなってしまった。



「言えねぇよな……言えるワケねぇよな。
 他人の意見に身を任せてばかりで……エリオやキャロの想いにすらすがってるお前に、何も言うことなんかできねぇよな」





 え………………?



 フェイトさんが、僕らの想いに……って、それ、いったいどういう……!?





「エリオや、キャロの……!?」

「実際そうだろ。
 アイツらの『お前のために』って想いにかこつけて、お前はアイツらをいいように使ってる。
 管理局の、しかも機動部隊の最前線に放り込んでおいて、平気な顔して笑ってる」

「そんなことない!
 私はあの子達に、できればこんな世界に入ってきてほしくはなかった!
 管理局に入るにしても、もっといろいろなものを見て、じっくり自分の道を選んでほしかった!」

「じゃあなんで止めなかった?」



 反論するフェイトさんだけど……ジュンイチさんは容赦なく返してくる。



「お前、自分が今何をしてるかわかってるか?
 『オレのやってることが間違ってるから』って、周りが止めるのも聞かずにオレを止めようとしてるじゃねぇか。しかも力ずくで。
 その強情さで、あの二人の局入りを止めてりゃよかっただけの話じゃねぇか。
 なのにお前は止めなかった……その気になれば簡単なのにやらなかった。結局その辺話し合ったの、部隊が始動してそうとう経ってからだそうじゃねぇか。
 それってつまり……本気で止める気がなかったってことだろ」

「違う!」

「違わないよ。
 お前がどういうつもりだったとしても、少なくとも止めるつもりは確実になかった。根拠は今言った通り。
 お前はな、『自分のために』と寄ってきた二人に対して、『二人が決めたことだから』なんて言い訳をつけて……さっき語った自分の想いをあっけなく押し込めて、結局二人の意志に結果を丸投げしたんだよ」





 そんなことない――そう反論しようと思えばできたはずだ。





 けど……僕はジュンイチさんのその言葉に何も言えなかった。





 だって……気づいてしまったから。







 僕らは『フェイトさんの力になりたい』って、自分達の意志で六課に来た。



 けど……フェイトさんはそんなことを望んでいなかった。僕らにもっと自由に、自分のしたいこと、進みたい道を選んでほしいと思ってたって……





 そして……その二つの意志のどちらが通ったかは、今の僕らの現状が何よりの答え。





 それはつまり……フェイトさんの意志が通らなかった、ってことで……







 けど、僕らはそのことを六課に来るまで知らなかった。フェイトさんと話し合いの場を持つまで、フェイトさんがそんな風に僕らのことを想ってくれていたなんて、知りもしなかった。





 そうだ……知らなかった。知らされなかった。





 だって……







 フェイトさんが、僕らには何も言わずに自分の気持ちを押し込めてしまっていたから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………ジュンイチもきっついこと言いやがる。



 けど……アイツの言うことも、あながち的を外しちゃいねぇ。



 アイツは一度決めたらなのはよろしくあたしらの言うことなんか聞きゃしない。今の模擬戦だってそもそもアイツのそういう部分から来てる。



 でも……逆に、それ以外の場所では自分の意見を通すってことがほとんどねぇ。一歩退いたところであたしらのやり取りを見守ってるだけ、ってことが多々ある。

 特になのはだ。アイツがからむと、フェイトのヤツ、自分の意見を徹底的に押し殺して、完全にイエスマンに成り下がっちまう。



 ジュンイチの「存在してない」ってのは、確かに言い方はキツイかもしれねぇけど……自分の意見を抑えて相手の意見に任せちまうフェイトの本質を、ある意味で鋭く抉ってやがる。





 あたしがそんなことを考えてる間にも、ジュンイチのフェイトへの“口”撃は続く。







「お前はいつもそうだ。
 仲間の選んだことにいつも迎合して、そのクセ『相手の決めたことだから』と相手のせいにして、その結果に対する責任のひとつも取りゃしねぇ。
 そういうところは、お前の実のお袋さん――プレシア・テスタロッサの方がまだマシだぞ」



「プレシア、母さんの……!?」



 おいおい、ジュンイチ、ちょっと待て。

 あたしは詳しくは知らねぇけど……その辺のことはフェイトにとって一番の地雷だって聞いてるぞ。そこまで使ってなお抉るかよ。



「オレだって伝え聞いた範囲でしか知らない。その範囲の外ではどうかは知らない。
 けどな……それでも、見えてくるモンはある」



 実際、プレシア・テスタロッサの名前を出されたフェイトは明らかに動揺してる……けど、ジュンイチは止まらない。止まるワケがねぇ。



「お前がアリシアとして生まれなくて……そのことで、アイツはお前をなじったか? “PT事件”の時の大暴露大会の通信記録聞いてても、『失敗作』だの『お前が嫌い』だの言ってはいたけど……『お前のせい』だなんて一言だって言ってねぇだろ。
 アイツが道を踏み外す原因になった試作魔力炉“ヒュードラ”の暴走事故についての裁判では会社側に責任を追及してるけど……アレは正真正銘会社側に非があったことが後の調査でわかってる。本当に、あの人に責任はなかった。
 オレの知るプレシア・テスタロッサはな……相手の責任を押し付けられたことに対する抵抗はしても、“自分の行動によって起きた結果”に対してだけは、一度たりとも他人のせいにしたことはねぇぞ」



 そう言うと、ジュンイチは右手でフェイトを真っ向から指さした。そして……言い切った。



「ハッキリ言ってやる。
 お前はプレシア・テスタロッサとは違う……」











「はるかに、プレシア・テスタロッサ以下だ」











「………………っ!」



 ジュンイチの言葉に、フェイトが息を呑むのがここからでもわかった――コンプレックスを徹底的に突かれて、完全に凍りついた。



「そんなだから、相手の気持ちにも鈍くなる――自分の意思ってモンがないから、『自分ならこう思う』って自分と比較して見ることができねぇからだ。
 だから、いつまで経っても恭文のヤツを傷つけ続ける」

「恭文を……私が……!?」





 って、まだ続くのかよっ!?



 おいおい、もうやめてやれって。なんかもう、聞いてるあたしらの方が胃が痛くなってきてんだよっ!





「お前さぁ……恭文の何を見てきたんだよ?
 『兄弟みたいなもの』だとか、『大切』だとか言いながら、恭文が何を考えて、どんなふうに生きてきたかなんて、ちっとも考えてねぇだろ。
 どうせ、昔の恭文の記憶をそのまま引きずって、『自分は恭文のことを一番よくわかってる』なんて勝手な自己満足にひたって、今のアイツを知ろうともしなかったんじゃねぇのかよ?
 自分の理想と思い込みだけで突っ走って……だからお前は、いつまで経っても恭文を傷つけてばっかりなんだよ。
 ただ大切に想うだけじゃ足りねぇんだよ。本当に大切な人だって想っていたなら、ちゃんと見えていたはずだぜ。今の恭文の姿が」

「そんなこと――」

「断言したっていい!」



 もう、フェイトには反論すら許されなかった。フェイトの言葉にかぶせる形で――ジュンイチが、このやり取りに入ってから初めて声を荒らげた。



「今お前の頭の中にいる恭文は、全部お前が勝手に妄想した、お前だけの恭文だ!
 そんな薄汚い偶像と……」





















「オレの友達を一緒にするんじゃねぇっ!」





















 ………………あー、すまん。



 ホント悪かった。「もうやめてやれ」とか言っちまって。



 そう頭を下げたくなるだけのものが、そのジュンイチの叫びにはあった。











 だって……それは、ほとんど悲鳴に近かったから。











 声を荒らげてからはほんの二言、三言。だけど……いや、だからこそ、その言葉にはアイツの心からの叫びが込められているような気がした。





 そして……同時に、わかっちまった。







 ジュンイチの叫びは、恭文を守るためのもの……けど、その言葉の裏で、本当に守ろうとしているのが誰なのか。







 さすがに、ここまで感情をぶちまけられればフェイトだって……





















「………………違う」





















 ………………へ?











「違う…………違う……っ!
 ……違う…………違う…………っ!」





















「………………違ぁぁぁぁぁうっ!」





















 その瞬間――フェイトの中で“何か”が弾けた。魔力を全開に解放して、フェイトはバルディッシュをかまえた。







 つか……マズイ。







 肌にピリピリ伝わってくる、フェイトの魔力の流れが教えてくれている。



 この、リミッターとはまた違う感じで、魔力が枷から解き放たれたみたいな感覚……







 あのバカ、ジュンイチにいろいろツッコまれて、パニクって……











「非殺傷設定、解除しやがった!?」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「違う…………っ!
 私は、エリオやキャロの気持ちを利用なんかしてない……っ!
 恭文のことだって、ちゃんとわかってる……っ!」



 おーおー、パニクって完全に手加減忘れてるわ。フルパワーで荒れ狂い、雷光を走らせる魔力の渦の中、フェイトのヤツはオレに向けてザンバー形態のバルディッシュを向ける。



 オマケに非殺傷設定まで解除か……完全に思考がパンクしとるな。





「……違う……
 …………違う………………っ!
 ……………………違ぁぁぁぁぁうっ!」





 そして――フェイトの中で、ついに理性の最後の一本がブチキレた。オレなんかとは比べ物にならないスピードでオレとの距離を詰めて――





















 ザンバーの光刃が、オレの胸を深々と斬り裂いた。





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 …………………………え?





 鳴り響いた轟音に、私はふと我に返った。







 一体、何が……?



 確か、ジュンイチさんにエリオ達とのこととか、プレシア母さんのこととか、恭文とのこととかを持ち出されて……それで、頭の中、ワケがわからなくなって……





 状況をつかもうと、私は顔を上げて――そこには、信じられない光景が広がっていた。





 すさまじい魔力の本流によって、真っ黒に焼け焦げた廃ビルが並ぶ訓練場――



 そして――





















 バカげたスプラッタ映画のように、激しく流血したまま仰向けに倒れたジュンイチさん。





















 …………何、コレ……?



 まさか……私がやったの……?



 と、そこまで考えて……気づいた。











 バルディッシュの非殺傷設定が、解除されていることに。











 間違いない……私がやったんだ。



 怒りに任せて、非殺傷設定を解除して……おそらくまったくの無抵抗だったジュンイチさんに、その力のすべてをザンバーに乗せて叩き込んだんだ。











 それは……つまり…………





















 私は……“殺すために”この力を振るった……!?





















 守るために振るわなきゃならないこの力で、ジュンイチさんを……この手で…………ころs











「…………おっと、そこまで」











 ………………え?











 突然の声に、思わず顔を上げた私の目の前で――ジュンイチさんはゆっくりと身を起こした。







「悪いけど……ショックで壊れるにはまだ早いぜ、お嬢さん?」







 言いながら、ジュンイチさんは立ち上がって首をコキコキと鳴らす。

 傷が浅かったのかと一瞬思ったけど……違う。胸を大きく斬り裂いたその傷口からは、今現在も大量の出血が続いている。





 どうひいき目に見ても動ける傷じゃない。なのに……







「言ったろ?
 『そんな風船みたいな剣じゃ、オレは斬れねぇ』ってさ」







 そんなことを考えている私にそう言うと、ジュンイチさんはニヤリと笑って――







「どうだい?
 管理局最大の禁忌……殺傷設定で、全力で致死レベルの攻撃叩き込んだ気分は、さ」







 ………………っ!







 ジュンイチさんの言葉が、再び私の胸を鋭く抉る。







「結局、お前も一皮向けばオレと同じさ。
 どれだけキレイな理想を掲げようが、自分を制御できなくなればその力は簡単に誰かを、何かを傷つける。
 お前はそのことを、ちゃんとわかっていたのか?
 自分の頭で、自分の力の恐ろしさをちゃんと理解してたのかよ?」







 ………………わかっていた、はずだった。





 ……違う。わかっていた……そのつもりになってただけだった。







 自分の力は、みんなを守るための、助けるためのもの……その一面しか、見てなかった。







 自分の力が、こうも簡単に誰かを、何かを壊せる……その事実を、私はわかってなかった。











 ………………ううん、そうじゃない。











 何かを守る。誰かを助ける……そんな“キレイな使い方”で覆い隠して、目をそらしていただけだったんだ……











「もう一度言ってやるよ。
 お前の剣には“お前”がいない。
 ただ他人に依存して、自分というものを持たない――ンなヘタレた剣じゃ、オレは絶対に墜とせねぇ。墜とされてやるワケにはいかねぇよ」







 その言葉と同時――ジュンイチさんの姿が消えた。







 一瞬私の視界から消えうせて――次の瞬間には、ジュンイチさんは私のすぐ目の前に立っていた。











 その右手には、燃え盛る紅蓮の炎……そっか、これで終わりか。







 負けるのは悔しいけど……ジュンイチさんの「一撃も入れないで勝つ」って宣言は覆せたし、まぁ、上出来かな……?





















 ………………あれ?





















 いつまで待っても、来るべき衝撃が来ない――不思議に思って目を開けると、ジュンイチさんは、すでに私に背を向けてこの場から立ち去ろうとしていた。





「って、ジュンイチさんっ!?」



「………………オレ、お前に言ったよな?
 『一撃も入れなくたって、お前は勝てない』って」





 あわてて声を上げる私に対して、返ってきたのは会話のかみ合わない問い返し。





 えっと、それってどういう…………









 ………………って、え?









 私がそのことに気づいたのは、ジュンイチさんに問い返そうとした、まさにその瞬間だった。





 周りの空気が明らかに一変している。不思議に思って、振り向いて――





















 そこには、私のいる場所以外のすべてを焼き尽くした、一面の焼け野原が広がっていた。





















「………………何、これ……!?」



 でも……私はまったくの無傷。火の粉ひとつ受けていない……私の真正面から放たれた攻撃が、これだけの破壊がもたらされたにも関わらず。



 ………………考えるまでもない。

 ジュンイチさんは……正確に私だけを外して、それ以外を破壊し尽くした。

 しかも……私の攻撃を延々と喰らい続けた、その身体で。











「あのセリフ……撤回するわ」







 呆然とする私に、ジュンイチさんは淡々と告げる。





「『お前を倒すのに一撃もいらない』んじゃない……」





















「今のお前には、一撃を入れる価値すらねぇよ」





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ほ、本当に……一撃も入れずに勝っちゃった……」



 ジュンイチさんの最後の一言が事実上のトドメになった。フェイトはその場に崩れ落ちたまま、ピクリとも動かない。





 そして……それを見つめるあたし達も、また動けない。かろうじてもれたスバルのつぶやきが、あたし達の間で虚しく響く。





「…………秘儀、トラウマアタック」





 けど……ジュンイチさんはそんなフェイトに対する興味などすでに失せてしまったような感じ。フェイトを訓練場のど真ん中に置き去りにしたまま、多分にイヤな感じの技名をつぶやきながら、平然と私達のところまで戻ってきた。



 そんなジュンイチさんに、誰も声をかけられない――いつもだったら空気も読まずにジュンイチに飛びついていくはずのスバルすら、ジュンイチさんに向けて微妙な視線を向けている。





「おい、ジュンイチ……」



「叱ってくれていいよ。
 フェイトの中の触れちゃならない部分、まとめて引きずり出して踏みにじったのは事実なんだからさ」





 かろうじて声をかけたサリエルさんにも、そう答えるだけ――フェイトから受けた傷もそのままに、ジュンイチさんはそのまま立ち去ろうとして――足を止めた。



「…………アリシア、後のフォロー頼むわ。
 自分の拠り所を根こそぎぶち壊してやったから、自力で立ち直らない限りとーぶん使い物にならねぇと思うけど」











 ………………って、ちょっと待ってっ!











 あの状態のフェイトのフォロー、あたし達にやれって!?





 そりゃ、トラウマ抉った張本人のジュンイチさんがヘタに動いてもある意味追い討ちにしかならないのはわかるけどさっ! せめて知恵を貸してくれるくらいのことはしてよっ!







 あわてて呼び止めようと振り向いた時には、もうジュンイチさんの姿は影も形もなくて……逃げられたぁぁぁぁぁっ!?





 ………………ど、どうしろってのよ、コレ……





 とりあえず、差し当たって考えなきゃならないのは……





















 …………………………恭文にどう話せばいいか……だよね、やっぱり……





















(第26話へ続く)


次回予告っ!

アリシア 「あの状態のフェイトをフォローしろって、一体全体、どうすればいいの……?」
マスターコンボイ 「こうなったら奥の手だ」
アリシア 「何か方法があるの!?」
マスターコンボイ 「あぁ。
 ショック療法……というヤツだ。
 具体的にはなのはのスターライトブレイカーでフェイト・T・高町の記憶を吹き飛ばして……」
アリシア 「本人も一緒に吹き飛ぶでしょうがっ! このおバカぁぁぁぁぁっ!」

第26話「とある魔導師の頭痛と暴君の覚悟と
閃光の女神の新たなる目覚め」


あとがき

マスターコンボイ 「……柾木ジュンイチとフェイト・T・高町。
 対立していた二人がついに激突した第25話だ」
オメガ 《いやぁ、ハデにやらかしましたねぇ。
 ……戦いは一方的でしたが。いろいろな意味で》
マスターコンボイ 「攻防はフェイト・T・高町が一方的に押し、しかし精神的には柾木ジュンイチが一方的に押す、と……
 まぁ、その結果は見ての通りだが」
オメガ 《元々柾木ジュンイチはそういうところがありますからね。
 口先三寸で相手のペースを乱し、自分のペースに持ち込むところが。
 元々そういうところには弱いミス・フェイトにとっては相性が悪いどころの騒ぎではなかったワケですね》
マスターコンボイ 「まったく、見事なまでにつぶされたものだ。
 ……まぁ、自業自得と言えないこともないのだが」
オメガ 《最近の彼女は、読者の皆さまからもツッコみまくられるような有様でしたし、自業自得と言えないこともないんですが。
 さて、次回はそんな彼女の復活編ですが》
マスターコンボイ 「同時に、2クール目の締めでもある話だな。
 次の3クール目に向け、どう締めてくれるか見ものだな」
オメガ 《そうですね。
 まぁ、楽しみにさせていただきましょう……ボスの出番には期待せず》
マスターコンボイ 「やかましいわっ!」

(おわり)


 

(初版:2010/12/18)