あぁ〜あ、やってらんねぇよなぁ……



 せっかくすんげぇスーツもらって、いろいろ好き勝手できると思ったのに、あっという間にブタ箱行きだもんなぁ……





 くそっ、いきなり追っかけてきたあのヤローが、あの悪名高い“管理局の黒き暴君”だったなんてなぁ……あんなヤツに目ェつけられるなんて、ついてねぇや……











 ………………ん?







 なんか……騒がしくねぇか?



 どっかで、他の囚人でも暴れてんのかねぇ……







 ……つか……“これ”、だんだんこっちに近づいてきてないか……?





 なぁんか、イヤな予感が……







「むぅんっ!」



「って、どわぁっ!?」





 な、なんだぁ!?



 いきなり、壁が溶けて崩れて……何か出たぁぁぁぁぁっ!?



「なっ、何だ、てめぇはっ!?」



「ん? オレか?
 オレの名はメルトダウンだ」



 メルトダウン……?



 あぁ、捕まる少し前に聞いたぜ。

 違法研究してたヤツが、自分のクスリを頭から被って化け物になっちまったって……



 そうか、お前さんがそのマヌケかよ。お前もここに捕まってたのか?



「よく知ってるじゃないか」

「これでも、職業柄情報はいろいろ仕入れてるんでね」

「なるほどな……
 ……なら、お前も来い。ここから出るのに文句はあるまい?」



 なんだ、脱獄かよ。
 でも、なんでオレまで?



「貴様のその“いろいろ仕入れている情報”に用がある。
 その情報網で、探してもらいたい人間がいる」

「ギブ・アンド・テイクってワケね……」



 ……いいぜ。そういうことなら引き受けてやるよ。



「ならばついて来い。
 ……あぁ、押収されたもので必要なものがあるなら言え。ついでに取り返してやる」



 そいつぁありがたい。



「貴様の言葉を借りるならギブ・アンド・テイクというヤツだ。
 …………っと、そうだ、貴様の名前は?」



 あぁ、オレはニ……いや、違うな。



「オレは……」











「スピードキングだ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………いきなりですが告白します。





 僕は……今現在、本気で後悔してる。





 どーして、第一報を聞いた時にすぐにでも帰ろうとしなかったのか。



 どーして、いつもみたいに規則も何もかも振り切って飛んで帰らなかったのか。









 海に浮かぶ人工島、そこに広がる廃棄都市があるラインを境に完全に崩壊しているのを遠目に見ながら……心の底から後悔していた。

 

 


 

第26話

とある魔導師の頭痛と暴君の覚悟と
閃光の女神の新たなる目覚め

 


 

 

 ……とにかく、連絡しよう。うん。まずはそこからだ。



 隊舎のロビーで全員腰を落ち着けてから、僕は通信を繋ぐ。

 そう、おそらくこの状況で一番マトモな人にだ。







『……おう』

「なんでそんなに疲れ果ててるんですか?」



 そう、サリさんである。すさまじく疲れ果てた顔してるけど。



「あの……大丈夫ですか?」

『あぁ、だいじょ……って、リインフォースUちゃんっ!?』

「あ、はいですっ! あの……前に地上本部でお会いしましたよね?」





 そう言われた瞬間、疲れ果てていたサリさんの表情が明るくなった。そう、それはもう素晴らしいほどに。





『オレのこと覚えててくれたんだっ!
 いやぁ、正直うれしいよ。あの場だと、オレはモブその1とかだったのに……いや、なんか……泣いていい?』

「なんでっ!?」

『ジュンイチのバカが散々ムチャクチャやらかしたからだよっ!
 やっさん、今すぐこっち来てみろ。すさまじいことになってるから。
 正直さ、オレはヴィータちゃんに何回謝ったかわからないよ』



 やっぱりかっ! あぁ、予想はしてたけど。



 ……さて、どうするかな。まぁ、答えはひとつだけなんだけど。





「じゃあ、そのまま帰ってもらえます?
 ぶっちゃけ、僕は不干渉を決め込みたいんですが」

『やっぱりかい。
 ……残念ながらそれはやめた方がいい。フェイトちゃんが、あのバカのせいでえらいことになってるから』

「………………被害状況、聞いてもいいですか?」



 サリさんの様子でなんとなくわかった。





 被害は……たぶん、僕の予想よりもずっとひどい。





 覚悟を決めて聞いてみる僕に対するサリさんの答えは……







『二人そろって、医務室送りだ』







 ………………え? 二人とも?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………ん?」





 とりあえず、フェイトに会ってみようということで僕となのは、それからリインは医務室へ。シグナムさんとシャーリーは他のみんなの様子を見に行った。



 そして――やってきた僕らに最初に気づいたのは、ベッドの脇に控えていたイクトさんだった。





「戻ったか、蒼凪」

「あの、イクトさん……フェイトちゃんは?」





 尋ねるなのはに応える形で、イクトさんはフェイトを視線で示す――ベッドの上で上半身を起こしてはいるものの、まるで魂が抜け落ちたみたいにピクリともしないフェイトを。





「さっき、ようやく落ち着いたところだ。
 とりあえず……具体的な事情説明は必要か? なら場所を移した方が……」

「あぁ、それはいいです」



 うん。説明なんていらない。今のフェイトを見ればだいたいわかる。







 間違いない……精神攻撃関係でつぶされた。それも徹底的に。







「で……犯人は?」

「すでに手当てを終えて出ていった。今はどこをほっつき歩いているのやら」





 なお、今日シャマルさんは不在です。相棒のフォートレスやザフィーラさんとそのパートナー、アトラスと一緒に、本局の医療施設のお手伝いなのです。はやてとビッグコンボイも、同じく本局で会議です。

 まったく、せっかく隊舎が舞台の話なのに不在なんて、ただでさえ影が薄いのに何やってるんだろ、あの人達。





 …………まぁ、そこはいい。今ははやて達の影の薄い濃いよりも目の前の惨状だ。





「まったく……テスタロッサの全力の雨アラレに加えてザンバーまで殺傷設定で受けたんだ。あの男も本来なら絶対安静のはずなのだが……」





 ………………マテ。





「イクトさん」

「ん? どうした? 蒼凪」

「フェイト……非殺傷設定外したんですか?」

「………………あぁ」





 ………………本気で何をした、ジュンイチさん。



 あのフェイトが非殺傷設定外すなんて、どれだけ追い詰めたんですか。原作でスカリエッティから緊縛プレイやられた時ですら、そこまでキレることはなかったのに。











「………………ん……」











 そんなことを考えてる僕らに、ようやくフェイトが気づいたみたいだ。顔を上げ、弱りきった視線を僕に向ける。





「…………ヤスフミ……?」

「うん……ただいま」





 答える僕の視界のすみで、なのはが何やらサインを出してる。自分を、そして医務室の出口を指さす……席を外してくれる、ってことかな?

 軽くうなずくと、なのはは「後はお願い」って感じに手を合わせてから、イクトさんと二人して医務室を出ていく……うん、どこかの誰かと違って空気を読んでくれるのはありがたい。



 …………さて、フェイト。





「うん…………」

「辛いならいいけど……できることなら何があったか知りたい。でないと……正直、どう対処したらいいか判断つかないから。
 話……できる?」

「………………うん」



 そして……ところどころつまりながら、フェイトは話してくれた。



 それを聞いて、僕は……頭を抱えたくなった。





 ジュンイチさん……ホントに容赦なくやってくれたわ。



 フェイトの気にしてる部分、トラウマ的なもの総動員で叩きつぶしにきやがった。





「……でもね……」



 ん? まだ何かあるの?



「一番辛いのは、そこを責められたことじゃなかったんだ……
 何も……言い返せなかったこと。
 違うって否定しても、それ以上のことが言えなくて……何も、覆せなかった……」





 それで精神的に追い詰められて、限界超えて……非殺傷設定の解除か。





「うん……
 結局……私は、自分の力でジュンイチさんを傷つけた……
 同じだったんだ……ジュンイチさんの悪いところをなんとかしなくちゃならなかったのに……その私が、ジュンイチさんと同じだったんだ……っ!」





 言って、フェイトはまたうつむいてしまう……うーん、こりゃそうとう重症だな。



 けど、それは精神的なダメージに限った話じゃない。



 今、フェイトはジュンイチさんのアレコレを『悪いところ』って断言した……完全に、フェイトの中ではジュンイチさんが悪人ってことでイメージが固まってる。

 そして……そんな“悪いところ”を抱えたジュンイチさんと自分が同じだったと知って、ますます凹み具合に拍車がかかってるんだ。





 ただ……これはマズイ。





 だって、自分がジュンイチさんと同じだとわかったことで凹んでる、ってことは……要するに、フェイトの中でジュンイチさんの印象は“悪人”のまま。結局は何ひとつ改善していないってことだ。むしろ、印象はますます悪くなってると思っていい。

 今でこそ、支えにしてきたアレコレをジュンイチさんにへし折られて抵抗の意志を挫かれているけど……このまま放置してたら、フェイトは立ち直った後でまたジュンイチさんとぶつかる……何よりもそれが一番マズイ。



 確かにやり口はエグイし言い方もキツイけど……根本的なところだけを見れば、ジュンイチさんがしたのはフェイトの“弱点”の指摘だ。にも関わらず、これだけ叩かれてなお何もわかってないようだと……今度こそ、ジュンイチさんは本気でキレる。





 そうなったら、精神的につぶされるどころの騒ぎじゃない。間違いなく、物理的にも叩きつぶされる。



 そうなる前になんとかする必要があるワケだけど、肝心のフェイトがコレじゃね……憔悴しきった状態ですら『悪い』と断言する辺り、フェイトの中のジュンイチさんの悪印象の根はそうとう深そうだし。





 さて、どうしたものかな……







「………………失礼しまーす」







 って、誰だよ?、人が考え事してる時に……







「ジュンイチ、ここだって聞いたんですけど……」







 って、ブイリュウ……?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………やっちゃいましたね」

「やっちゃったねー」



 声をかける私に、ジュンイチさんはあっさりと答えて、手にしたホットココアをフーフーと冷ます作業に戻る……猫舌なんだからアイスココアにすればいいのに。



「るせぇ。
 で、なのは……お前はこっちに来て、何が言いたいワケ?
 突き放すようで悪いけど、後はフェイト自身の問題だぜ。オレ達外野にできるのは、せいぜい問題点の指摘ぐらいだ」

「その“指摘”が過激すぎるのが、ジュンイチさんの場合問題なんですけど……」

「相手を傷つけまいと指摘すべき点を指摘しないで放置……その結果がどうなるかは、お前が以前身をもって示したと思うんだけど?」

「……返す言葉もございません……」





 うん……ないね。



 そのおかげで……私は一度、ティアナをつぶしかけてるから。





「とはいえ、確かにフェイトの場合はちと事情が特殊と見るべきか……
 あれだけ意固地になってるとすると、オレのした指摘も素直に受け止めるかどうか……
 こいつぁ、もうちょっとアクションを起こす必要があるかもな……」



 言って、ジュンイチさんはようやくココアをすすり始めて――











「だったら、さっさとアクション起こしてくれないかな?」











 って、恭文くん?



 ブイリュウくんを連れてどうしたの? フェイトちゃんはいいの?



「あんまくっついてても逆にプレッシャーになるかなー、って。
 あと、ブイリュウがジュンイチさん探してたから」

「オレを……?
 ってことは……ブイリュウ、見つかったのか?」

「うん」



 えっと……ジュンイチさん、何の話ですか?



「実は、プライベートで仕事をひとつ受けててね。
 その関係で、とある人物をブイリュウに探してもらってたんだよ。ネットワーク使ってね」

「ブイリュウくんが……?」

「あー、ちょっとなのは、何さ、その疑いの目は。
 オイラはね、戦闘ではジュンイチのバートナーで、仕事じゃジュンイチのマネージャーなんだからっ!」

「まー、そこはいいや。後で二人でじっくり論じてくれ。
 で……ブイリュウ、問題の情報は?」



「こっち」



 ジュンイチさんに答えて、取り出したメモリを軽く振ってみせたのは恭文くん……って、なんで恭文くんが?



「いやね、ここに連れてくる途中、ブイリュウから仕事の内容を吐かせて」

「…………くぉら、ブイリュウ。
 お前、守秘義務ぶっちぎって何やってんだよ?」

「だ、だって、しょうがないじゃないかっ!
 恭文、アルトアイゼンをセットアップして、刃の部分でほっぺたピタピタ叩いて来るんだよっ!?」



 そ、それはまた……



「古風な脅し方するなー、お前」

「って、ジュンイチさん、ツッコむところはそこですかっ!?」

「そこですが何か?
 まぁいいや……データ持ってきてくれてサンキュな」



 言って、ジュンイチさんは恭文くんからメモリを受け取……ろうとしたけど、恭文くんがメモリを持つ手をそらしてジュンイチさんの手をかわす。

 もう一度、ジュンイチさんの伸ばした手を避ける。さらにもう一度……



「………………どういうつもりだよ?」

「いやいや。
 渡す前に、ちょっとお願い事がね」



 お願い事……?



「うん。
 条件……と言ってもいいかな?」

「………………内容にもよるぞ」

「ま、そこは当然だよね」



 苦笑しながらそう答えて、恭文くんは“条件”を言って……私は苦笑するしかなかった。





 恭文くん……そういうところは、あまりジュンイチさんのことをとやかく言えないと思うよ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「私が……ジュンイチさん仕事に!?」

「そ。ついてくの……僕も一緒に行くからさ。
 そういう形で話を取り付けた。名目上は“ジュンイチさんの護衛”ってことになる――護衛が必要な人じゃないのは重々承知だけどさ」



 話をつけて医務室に戻ってくると、フェイトはさっきよりも落ち着いてきていた。なので、さっそく説明。



「あの人、今私的に受けた仕事にからんで、とある次元犯罪者を追いかけてる。
 どうして追いかけてるかはわからないけど……あの人が追いかけてるなら、それなりの理由があるんだろうね」

「でも、どうしてそれに私が……?」

「ジュンイチさんのアレコレ、納得できないんでしょ?」



 尋ねる僕の問いに、フェイトは無言でうなずく……とりあえず予想通りなので流して、続ける。



「けどね、フェイト……
 フェイトは、ジュンイチさんがどうして“あぁ”なのか、考えたことある?」

「え………………?」

「ジュンイチさんがどうして、組織にも属さないで好き勝手してるか知ってる?
 あの人、アレでも“Bネット”の創設者なんだよ。なのに、わざわざ自分の作った組織放り出して、その上でフリーを通してる……その理由、知ってる?」



 フェイトは、今度は首を左右に振った……やっぱり知らなかったか。



「なのに、止められるはずないよ。あの人のこと、何にも知らないんだからさ。
 だから……教えてあげる。
 ジュンイチさんがどうしてあんななのか……どうして、今のやり方を通してるのか……その辺をね」

「………………うん」



 よかった。少しは持ち直してくれたみたいだ。

 これで、なんとかなってくれればいいんだけど……





 そもそも、二人の不仲、というか、フェイトがジュンイチさんに突っかかっていっているのは、フェイトがジュンイチさんの方針に納得してないから。



 けど……フェイトはジュンイチさんがどうして今のやり方を通しているのか、その辺りを知らない。

 元々ウワサを聞くだけで渋い顔してたし、そうやって事前に持っていた悪いイメージが“JS事件”の中で振り回されたことでさらに悪化……うん、知ろうとするとも思えない。



 でも……そんな状態でジュンイチさんのやり口を否定していいワケがない。そんなの、相手の都合も無視して自分の考え方を押し付けてるだけだもの。



 ジュンイチさんがどうしてそうなったのか……というか、どうしてそういうやり方を通してるのか、フェイトはまず、そこから知るべきなんだと思う。



「………………あ、でも……
 ヤスフミ。ジュンイチさんの仕事についていくのはいいけど……どこに行くの?」



 あー、それを伝えてなかったか。



「とりあえず、僕も詳しいことは聞いてないんだけど……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そんなワケで、やってきました。











 時間は明けて翌日。現在地………………密林のど真ん中。











 …………うん。あの後、もう出発するばっかりの状態だったジュンイチさんは、ムリヤリ同行を取り付けられた仕返しとばかりに即刻出発。

 おかげで僕らは準備すらロクにできないままついていくハメになった。事前にこの流れを予想していたブイリュウのおかげでとりあえず最低限のサバイバルキットは持ってこれたけど……それだけ。後はアルトとか飛針とか、いつもの装備だ。



 なお、ジャックプライムはトントン拍子に進んでいく話についてこれずに置き去り喰らいました。フェイトのパートナーなのに扱い軽いよね、ホント。







 つか……次元犯罪者の追跡で、ココですか。



 犯罪者時代のスカリエッティといい、なんでこのテの相手はこんな密林の奥深くにアジトを作るんだか……





「まぁ、現実的な話をすると、だ……
 昔のスカリエッティにも言えることだけど、生命工学系統の技術者型、ってのが一番の理由だろうな」

《薬草、毒虫や毒蛇、そして彼らが持つ抗体……その他、使い方次第で十分に有効利用できる、しかし利用されていない資源はこういった土地には無限にあふれていますので》

《そういった資源を効率よく活用するには、いつでも調達できる現地にアジトをかまえるのは、ごく当然のことと言える》



 あっさりと答えるのはジュンイチさんと蜃気楼、フレイム・オブ・オーガの暴君トリオ。爆天剣を振るうジュンイチさんによって、どんどん僕らの進む道が切り拓かれていく。



《実際、真っ当なバイオ企業でもこういった土地に研究所をかまえるケースは非常に多い。
 恭文よ、貴様も『バイオハザード』に登場するアンブレラ社は知っていよう? 『1』に登場した森の奥の研究所……ちょうどあんな感じだ》



 いや、オーガ……アレって真っ当な会社だったっけ? つか知ってんのかい、『バイオハザード』。しかも具体的だなオイ。



 ちなみに、オーガは現在ミニサイズでプチ顕現中。通常サイズのリインよりもさらに小さい、まさに“手のひらサイズ”といった表現がピッタリな感じの2頭身ボディで、ジュンイチの頭の上にちょこんと腰かけている。



「まぁ、それはともかく、だ……
 連中にとっては、“お仕事”の都合上こういう土地に住んだ方が何かと都合がいいワケだ。局みたいな追跡者側もこんな土地じゃ捜索は簡単じゃないし、そういう意味でも一石二鳥だしな」

「なるほど……」



 説明を締めくくるジュンイチさんの言葉にうなずくと、僕はクルリと振り向いて、



「ほら、フェイト」



 黙り込んだままついてきているフェイトに手を差し伸べてあげるワケですよ。



「ヤスフミ……?」

「いや、足元とか気をつけた方がいいでしょ」



 いくらジュンイチさんが切り拓いてくれるからって、木の根とかにつまずかないとは限らないからね。



「それでなくても、今のフェイトは注意散漫なんだから」

「そんなこと……きゃっ!?」



 とか言ってるそばからつまずいてバランスを崩す……あ、なんとか持ち直した。







 ………………えぇ。別に受け止めてあげるチャンスだったのに惜しいなー、とか思ってないですから。思ってませんとも。



「………………ホントに思ってない?」



 うん、しつこいよ、ブイリュウ。



「ったく、ムリ言ってついてきたんだから、ちゃんと後について来いよなー」

「………………っ」



 って、ジュンイチさんも余計なこと言わないっ! フェイト、ますます縮こまっちゃったじゃないのっ!



 つか……あなたがそれを言いますか。

 今進路を切り拓いてるのも、フェイトが少しでも歩きやすいように……だよね? バレないように自然な感じを装ってるおかげでフェイトは気づいてないけど。

 ったく、ジュンイチさんも、フェイトに自分でいろいろ気づいてほしいのはわかるけど……だからってノーヒントはどうかと思うよ、うん。



「はて、何の話やら」



 …………はいはい、そういうことにしときましょうかね。











 ………………つか……











 フェイトの手を引いて……その手の感触にちょっとだけドキドキしながらジュンイチさんの後を追いかけつつ、思い出すのは事前に見せてもらった今回の仕事の“ターゲット”についての情報。





 なお、僕らは未だに依頼の全容を知らされていない……というのも、今回は局の仕事ではなくジュンイチさんが私的に受けた仕事。なので、依頼を受けた張本人であるジュンイチさんはともかく、ムリヤリ同行した形の僕らには依頼人の保護の目的から守秘義務が発生するためだ。



 ……とはいえ、仕事に人探しが含まれている手前、“ターゲット”についてのデータだけは見せてもらっていた。




 ……そう。見せてもらってたんだけど……











 はてさて、ジュンイチさんはどういうつもりで追いかけているのやら。





 だって、情報の通りなら、ソイツはジュンイチさんにとって……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「スパイク・プラグ?
 その人が……」

「せや。
 ジュンイチさんが今回追っかけてる次元犯罪者……」



 毎度おなじみ、六課の部隊長室――なのはちゃんに答えて、私はジュンイチさんの“ターゲット”のデータを表示した。

 そこに映し出されたのは、いかにも「私、悪人です」と言いたげな感じのいかつい兄ちゃん……うん。少なくとも技術屋って感じは受けへんな。

 まぁ、研究素材は自分で“狩って”きてるみたいやし、腕っぷしの方もけっこうなものっちゅうことか……



「そうだね。
 データにある魔力量の情報がブーストなしの素の値だとすると……ランクはAAAからSくらいはあるね。
 …………あ、だからジュンイチさんに話が来たのかな? 勝てる人に、ってことで」

「あー、そういうワケではなさそうだ」



 首をかしげるなのはちゃんに答えるのは我がパートナーのビッグコンボイ。



「今回の話……ジュンイチの方から名乗りを上げたらしい。
 フリーランス御用達の仲介屋を通じて……な」

「どういうことですか?」

「ソイツにかけられた容疑の欄……見てみ?」



 私に促されて、なのはちゃんはデータに目を通して……私達の言いたいことに気づいたらしい。その表情が見るからに険しくなった。




「はやてちゃん、これ……っ!」

「見ての通りや」





 スパイク・プラグ。



 技術者型の広域次元犯罪者で、専門は生命工学。



 スカリエッティの“プロジェクトF”とは別系統で独自のクローニング技術を確立。さらに人体全体のみならず、特定の器官、臓器だけをピンポイントでクローニングする技術まで考え出した。そんな背景から、スカリエッティも一目置いているとか(本人談)。



 主な罪状は、そうした技術で作り出したクローン臓器の違法売買。







 そして――





















 8年前の戦闘機人事件で、クイントさんの死を擬装しようとした最高評議会の命令で、クローンを使ってクイントさんのニセ死体を作ったのも、そのスパイク・プラグなんよ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………あそこだ」



 ジュンイチさんが足を止めて、つぶやく――見ると、行く手の森の中にログハウス風の小屋が一件。



「あの小屋……?」

「そゆコト」

「じゃあ、すぐにでも突入して逮捕しなくちゃ……」



 確認する僕とうなずくジュンイチさん、二人の会話に割って入ったのはフェイトだ。



 あー、フェイト。そんな状態でも、こういう状況になればお仕事モードなのね。どんだけ仕事熱心なのさ?



「だって、相手は次元犯罪者なんだよ。
 自分が落ち込んでるからって、見逃す理由にはならないよ。一刻も早く逮捕して……」



 いや、そうじゃなくて、相手のアジトに乗り込むんだよ? 侵入者対策のワナとかあるかも……







「そいつぁ困るな」







 一方で、あっさりとフェイトに答えたのはジュンイチさん――次の瞬間、その姿は僕らの目の前からかき消えていた。



 理由は簡単。小屋に向けて一気にダッシュをかけたから。



 あっという間にドアの前に飛び出して――蹴破るっ!







 ………………つか、こっちもワナの危険性ガン無視かいっ!





「――――――っ!」

「はいっ、動くなっ!」



 出遅れた僕らの耳に、声だけが届く……あれ? なんか奇襲一発で終わりっぽい?







「おい、恭文、ブイリュウ……それからフェイト。
 もう入ってきても大丈夫だよ」







 小屋の中から聞こえてきたジュンイチさんの言葉に、僕らは十分に警戒しながら小屋の中へと足を踏み入れる。



 中はといえば、ごく普通のログハウスだ。その一角で、ジュンイチさんがひとりの男を組み伏せている。





 ………………間違いない。見せてもらったデータにあった顔だ。コイツが今回のターゲット、スパイク・プラグに違いない。





 つか……ずいぶんとあっけないですね。

 自分から受けたにせよ、誰かから依頼があったにせよ、ジュンイチさんがする仕事だから、もっとこう、ハデな立ち回りとかがある気がしてたんだけど。





「はっはっはっ、それはお前の思い込みってもんだよ。
 オレだって、いつもいつも物騒な依頼ばっかり受けてるワケじゃないんだからさ」

「いや、物騒じゃない依頼受けても途中から物騒になってくじゃないの、ジュンイチさんの場合」

「お前にだけは言われたくねーよ」



 失礼な。



「お、お前ら……管理局か!?」

「残念、微妙に違う。
 オレは非所属のフリーランス。後ろの二人は嘱託。正規の局員なんかひとりもいやしねぇよ」



 そんな僕らに対して声を上げるのは、ジュンイチさんに組み伏せられたスパイク。あっさりと答えると、ジュンイチさんは軽く息をついて――





















「それに……今日来たのは、別にお前さんを局に突き出すためじゃない」





















 ………………はい?





 あの……ジュンイチさん?





「何?」

「逮捕……しないの?」

「しないよ」





 ごく普通な感じであっさり答えてくれやがりましたよ、この人。

 つか、しっかり取り押さえておいて、それでいて逮捕する気がないって……











 ………………ハッ! まさかクイントさんのニセ死体がらみの復讐っ!? このまま逮捕すらせずに亡き者にっ!?











 …………とはボケられないよね。元復讐鬼、且つそれがらみのトラウマ持ちのジュンイチさんに、その方面のネタはあまりにも地雷すぎる。





 ……いや、待てマテ。だとするとマジで何しに来たの、この人っ!?



 依頼内容を知らされていないからその目的がイマイチ読めない。どんな依頼内容にせよ、コイツを捕まえるのは大前提だと思ってたんだけど……





「だったら、何のマネだ、てめぇっ!」

「ゴメンねー、いきなり奇襲かましてさ。
 けど、こっちが局の関係者って知ったとたんに攻撃されてもかなわないからね。取り急ぎお前さんの抵抗能力だけは封じさせてもらったんだよ。
 もちろん、抵抗せずに話を聞いてくれるっつーなら、すぐにでも放してやるけど」

「話、だと……?」

「そ。話」





 話………………そうかっ! 横馬みたく砲撃で“OHANASHI”するワケかっ!





「…………恭文、お前口チャックな?」





 ………………はい。





「とりあえず、お前にとっても悪い話じゃねぇ。
 話を聞くくらいの価値は……保証するぜ」

「局の人間の言うことなんざ信用できるかっ!」

「やれやれ……まぁ、当然の反応ではあるんだけどね」



 スパイクの言葉に、ジュンイチさんはため息をついて――



「………………仕方ない。
 単刀直入に言おうか。オレはさ……」





















「アンタの力を、借りに来たんだ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………フェイトさん、大丈夫かなぁ……?」



 昨日の、「悲惨」とすら言えるようなあの模擬戦の後、お兄ちゃんとブイリュウは恭文とフェイトさんを連れてどこかに行っちゃった。



 なんでも、お兄ちゃん達の“仕事”に恭文がフェイトさんを引っ張ってついて行ったみたいなんだけど……





 ………………うん、正直、不安でしょうがない。





 だって、お兄ちゃんとフェイトさん、ぶつかったばっかりなんだよ? それもそうとうにひどい形で。



 それなのに、一緒に仕事って……



「まぁ……確かに、ハッキリ言ってバクチもいいところだな。
 今の彼女にとっては、ジュンイチの一挙手一投足、そのどれが地雷になってもおかしくないし」



 そうあたしに答えるのは、結局昨日のゴタゴタで泊まりが決定。外来宿舎で一泊したサリエルさん……って、それがわかってて行かせたんですか!? お兄ちゃん達を!



「じゃあ何? スバルちゃんはあのまま、フェイトちゃんを放置しておいた方が良かったと?」

「そうは言いませんけど……」



 同じく隊舎に泊まったヒロリスさんもサリエルさんと同意見みたいだけど……でも、相手がお兄ちゃんだからなぁ。



「まぁ、アレよ。
 鉄は熱いうちに打て、ってヤツよ。
 少し話した中で感じたけど、あの子、度が過ぎるくらい責任感強いでしょう? ヘタに落ち着くのを待ってたら、その辺りからまた暴走しかねないもの」



 そうなる前に、さっさとお兄ちゃんの“本音”を教えて、仲直りさせよう、ってことですか?



「そういうこと。
 ま、心配ないわよ。アイツならうまくやる。
 何しろ……アイツはスバルちゃん達のために、世界を手玉に取ったほどの男なんだからさ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「力を、借りに……って……!?」



 いざターゲットを前にして、ジュンイチさんの口から飛び出したのは意外な言葉――うん。フェイトが思わず聞き返す気持ちはよくわかる。



「どういうことですか、ジュンイチさん。
 その男を逮捕しに来たんじゃ……!?」

「どういうも何も……そもそも『スパイク・プラグをとっ捕まえる』なんて、オレは一言も言った覚えはないんだけど?」



 あー……そういえばそうだね。確かに言ってないわ。



「オレがコイツを探してた理由は実にシンプル。
 コイツに仕事を持ってきた。ただそれだけ……おわかり?」

「おわかり、って……っ!」



 ジュンイチさんの言葉に、フェイトは反論しようとする……けど、悔しげに目を伏せて黙り込んでしまう。

 まぁ……昨日アレだけ精神的に叩かれて、そのダメージが落ち着きもしない内からこんなことになっていれば、反論もできないか。むしろそれでも反意を見せられたのは「よくがんばった」とほめてあげてもいいくらいだ。



「まぁ、聞いての通りだよ、スパイク・プラグ。
 オレはアンタを局に突き出すつもりはない。ただオレの依頼を引き受けてほしい……それだけだ」



 言って、ジュンイチさんがスパイクを放す――逃亡するんじゃないかと身がまえるフェイトだけど、スパイクはじっとジュンイチさんを見返している。



「そこまで言うからには、当然見返りはあるんだろうな?」

「レジアスのおっちゃんと話はついてる。
 この依頼をこなしてくれるなら、今までのお前さんの罪状は不問に伏すそうだ」



 …………さすがジュンイチさん。その辺りの根回しはぬかりなしですか。

 つか、レジアス中将まで動かしたんかい。相変わらず目的のために巻き込む相手のチョイスに遠慮ってものがないなぁ。



「つか、コイツに“仕事”してもらう上で、局の施設を使う必要があるからさ……そこはどうしてもクリアしておく必要があったんだよ」





 しかも、局の設備まで使う気マンマンですか。



 さて、肝心のスパイクはどう出る……?





「はっ、今までの罪状なんかどーでもいいんだよ。
 オレは犯罪者だぜ。犯罪者が要求するものなんか決まってる……金だよ」

「ふむ、そう来たか。
 安心しな。その辺りの用意もちゃんとしてある」





 ……罪を許されるくらいじゃ、スパイクを動かすには足りなかったみたいだ。金銭を要求してくるけど、ジュンイチさんもあっさりとそう答える。

 まぁ……考えてみれば当然か。スパイク本人も言ってる通り、犯罪者の動機なんてたいていの場合金だ。金をせびられる可能性なんて、最初からジュンイチさんは想定してるに決まってる……







 ……んだけど……







「へぇ……いくらまで出せるんだよ?」

「さてね。
 そこはお前さん次第さ」





 スパイクにあっさりと答えて、ジュンイチさんは軽く肩をすくめてみせる……いや、あの、会話がかみ合ってないことに気づいてる?

 お金、用意してあるんでしょ? なのになんで払える限界を聞いてきてる質問に対する答えが「お前次第」になるのさ?



 …………ハッ! まさか、「言い値でかまわない」と!? どれだけふっかけられても痛くも痒くもないと!?

 くそっ、株長者はこれだからっ! 金銭感覚マヒしてんじゃないの!?



「…………お前もフェイト同様話を聞かないなぁ。
 さっきと同じさ。オレは別に『金を用意してる』なんて言った覚えはないぜ?」

「はぁっ!?
 まさか、用意してないの!?」



 いや、確かに言ってないけど……だったらどうやって、金をせびりに来てるスパイクを納得させるってのさ?



「簡単だよ。
 要するに、オレが金を出す必要はない……そういうことだから」



 あっさりと僕に答えると、ジュンイチさんは改めてスパイクへと向き直った。



「おい、スパイクさんよ。
 特許はどうしてる?」

「はぁ?」

「特許だよ、トッキョ。
 お前さんのクローン技術……特許とか取ってるのか?」

「バカか、てめぇ。
 ンなもん、取ってるワケねぇだろうが。こちとら犯罪者だぜ。ンなもんとは一生無……縁……」



 いきなりの提案に声を上げて――スパイクの動きが止まった。どうやら、ジュンイチさんが何を言いたいか、わかったらしい。



 ちなみに、僕らはジュンイチさんが特許の話を持ち出した時点ですでに気づいていたりします。



「…………おい、てめぇ……まさか……」

「そう。そのまさか。
 お前さんへの依頼……その最大の報酬は……」





















「アンタの技術の“特許”だ」





















「クラナガンの特許の審査委員会に頼んで、審査の枠をひとつキープしてもらってる。
 もし、お前さんがオレの依頼を受けてくれるなら、その枠にお前さんのクローン技術をねじ込んでやる。
 申請が通って、特許が認められればこっちのもの――お日様の下でまっとうに働いてる人達が、お前さんの技術を使いたくて片っ端から金を積み上げてくれる、って寸法さ」

「確かに、それがホントなら十分すぎるほどの稼ぎになるな……ただ臓器作って売っ払うよりもはるかにデカイ稼ぎになる」

「だろう?
 だったら話は早いだろ。依頼を受けてくれると助かr





「だがな」





 ジュンイチさんの話に一瞬だけ納得したようなそぶりを見せたスパイクだけど……それは本当に一瞬だけだった。次の瞬間には、ジュンイチさんに鋭い視線を向けている。



「だからこそ、納得がいかねぇ。
 オレに働いてもらうためにそこまでするかよ。どう考えても待遇が破格過ぎるだろ。
 どうしてそこまでして、オレに依頼を受けさせようとする? オレにそんな大もうけの話を持ってきてまで、てめぇは何をしようとしてる?」

「そ、そうですよ……
 犯罪者相手に特許なんて……しかもそれをエサに犯罪をさせようなんて、どういうつもりなんですか?」











「別に」











 スパイクの言葉も、フェイトの反論も、まとめてあっさりと切り捨ててくれやがりましたよ、ジュンイチさん。



「オレはオレの仕事のために、スパイク・プラグに動いてもらう必要があると判断した。
 なら、後はそのために有効と考えられるあらゆる手を用意するだけだ。
 罪の免除も、特許の枠も、すべてそのための“交換条件”にすぎないよ」

「でも、犯罪者なんですよ……っ!
 その犯罪者と取引なんて、そんな……っ!」

「相手が犯罪者かどうか、なんて関係ねぇよ。
 問題なのは、ソイツがオレの仕事の上で必要な相手かどうか……それだけだ」



 あっさりとフェイトに答えると、ジュンイチさんはもう一度スパイクへと向き直った。



「さて、どうする?
 ここで特許を取れれば、間違いなくお前は大金持ちだ。一生遊んで暮らすもよし、また新たな研究を始めるもよし、好きにすればいい。
 それとも……この話を蹴って、また犯罪者として逃亡を続けながら研究してくつもりか?
 まぁ、どっちにせよ選ぶのはお前だ。好きにすればいい」



「………………ひとつ、聞かせろ」





 ジュンイチさんに答える形で、スパイクは人さし指をピッ、と立てた。ジュンイチさんを真っ向からにらみ返しながら、





「アンタの“仕事”ってのは……何だ?
 今の話からすると、オレはアンタの仕事に必要な人材として選ばれた……ってことだろう?
 だがな、その肝心の仕事の内容がわからないんじゃな……何をやらされるかもわからないのに、うかつに『はい、わかりました』なんて言えねぇよ」

「何、そう難しい話じゃないよ」



 対するジュンイチさんもあっさりとした対応。まぁ、ここでビビってるようじゃ、交渉を有利に進めることもできないしね。



「ただ……」











 ………………ん?



 ジュンイチさん……いきなり口をつぐんで、どうし……





 …………いや、待て。





 何、この酸味あふれる臭い…………って!?





 異変の正体はすぐにわかった――ジュウジュウと音を立てて、ログハウスの天井が溶け始めたから。



 つか――ジュンイチさん!



「わかってる!」



 さすが、真っ先に気づいただけあって反応も速い。僕に答えるのと同時、解き放った炎が天井を豪快に吹き飛ばす。





 つか、今の……





「あぁ……
 あの溶解液……オレもすんげぇ覚えがあるんだよねぇ……」



 だよねー。



 と、いうか……





「ずいぶんと探したぞ」





 張本人が、改めて壁を溶かして姿を現したからだ。



 つか、アイツは……



「メルトダウン!」

「……おや、お前達は……
 ちょうどいい。先日の恨みつらみ、返してやるいい機会だ」



 ほほぉ……言ってくれるじゃないの。



 上等だよ。返り討ちにしてy







「あぁぁぁぁぁっ!」





 ………………あれ、そちらさんも付き添い有り? つか……誰?





「てめぇ……“黒き暴君”っ!」

「スピードキング!?
 つか……なんで強化スーツ復活してんの!?」





 …………だいたいわかった。

 つまり、メルトダウンの連れはジュンイチさん関係か。



「ってゆーか……そもそもなんでメルトダウンがここに現れるんだよ?
 さっきの口ぶりからして、オレ達へのリベンジ……ってワケじゃなさそうだけど」

「あぁ。お前達など二の次だ。
 オレが用があったのは、そっちのスパイク・プラグだ」



 ジュンイチさんに答えて、メルトダウンは溶解液で形作られた指でスパイクを指さす。



「そいつには、以前オレの遺伝子データを提供したことがある。
 オレが元の身体に戻るためには、そのデータが必要なんだよ」

「なるほどね。
 元の身体戻りたさに、わざわざ脱獄してここまで来たってワケか……しかもスピードキングまで引き連れて」



 答えるジュンイチさんの口元に獰猛な笑みが浮かぶ……あー、もう完全に戦闘モードだ。

 ただでさえ僕らの同行で予定が狂ってる上に、交渉までジャマされちゃったからなー。明らかにいつもより機嫌が悪いや。



「わかったよ。
 そういうことなら安心しろ……もう一度てめぇをブタ箱に放り込んで、その後で元に戻してやるからさぁ!」



 宣言と同時、ジュンイチさんが拳を振り上げて――足元の床に叩き込んだ。

 床板を打ち抜いたその穴に手をかけて――





「必殺“畳返し”……もとい、“床板返し”っ!」





 思い切り床板を引っぺがした。そのままひっくり返し、その上に立っていたメルトダウンとスピードキングを、ログハウスの外まで放り出す。





「スパイク・プラグ。
 お前さんは引越しの準備でもしてろ」



 そして、ジュンイチさんも一歩を踏み出す――スパイクにそう言いながら、右手に炎を燃やして――



「こうなっちまったら、このログハウスは使えねぇだろ。どうせ地下に隠しラボがあるんだろうけど、生活空間はこっちみたいだしな。
 とりあえず、局の宿舎くらいは……世話してやるよっ!」



 思い切り、メルトダウンとスピードキングに向けてぶちかますっ!



「恭文っ!」



 そんな中で、僕に向けて飛ぶジュンイチさんの声――言われなくてもわかってるっ!





 だから……







 炎に紛れて、ログハウスの中――地下の隠しラボの入り口へと走る、ジュンイチさんがスピードキングと呼んだメルトダウンの連れの前には、もうすでに僕が回り込んでいるワケですよ。



「気をつけろ!
 ソイツ、戦いはまったくダメだけど、スピードにかけてはオレ達よりもはるかに速いっ!」

「それだけ聞ければ十分っ!」



 そう……それだけ聞ければ十分だ。やりようなんていくらでもある。



 ただ、気になるのが……



「ジュンイチさんは下がってください!」



 そう。今名乗りを上げたフェイトだ。



「あなたが出ると、被害が大きくなりすぎる!
 あなたを出すくらいなら、私が行きます!」





 言って、フェイトはバルディッシュを取り出して――











「ンなの、却下に決まってんだろうが」











 そんなフェイトの手が、突然蹴り上げられた。





 その衝撃で弾かれて、バルディッシュは待機状態のまま宙を舞う――キレイな放物線を描いた金色の宝石を、蹴りを放った張本人であるジュンイチさんはあっさりとキャッチした。





「悪いが、今のお前が前線に出ても役に立てるとは思えない。
 むしろ足手まといだ、下がってろ」

「いいえ、下がりません。
 バルディッシュを返してください」



 告げるジュンイチさんだけど、フェイトも退かない……なんか、元の調子を取り戻してきたかな? ただし悪い方向に、だけど。



「ジュンイチさんが戦うくらいなら、私が戦った方が……」

「冗談じゃねぇ。さっきも言ったが、今のお前が出たってジャマだしアイツの相手なんか務まらねぇよ。
 それでお前にケガなんかされたら、恭文に怒られるのはオレなんだ。絶対にお前は前線に出さねぇ。
 わかったら下がって、ブイリュウのお守りでもしてろ」



 まぁ……そのくらいでジュンイチさんが撤回するはずもないんだけど。強い口調でフェイトに告げると、バルディッシュを懐にしまってメルトダウンの方へと進み出る。



 フェイトはといえば、ジュンイチさんの言葉に悔しそうな顔してるけど……バルディッシュがないんじゃどうしようもないのはわかってるみたいだ。素直にブイリュウのところまで下がってくれた。





 あの様子ならフェイトは大丈夫かな……? じゃ、こっちもやりますか。



「アルト」

《やれやれ、ようやく出番ですか》



 声をかけるのは首から提げた我が相棒。僕の言葉に、あからさまにため息をついてくれる。



《まぁいいでしょう。
 今までセリフがなかった分、ここからは私の独壇場といきましょうか》

「いやいや、独壇場は僕だからっ!
 とにかく、そんなワケで……」



 さぁ、ブッ飛ばしていくよっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ちょっと、どさくさに紛れて逃げないでよっ!」

「逃げるに決まってるだろ!
 こっちはバリバリの文系だぞっ! あんなバケモノ同士戦いに首突っ込めるかっ!」



 結局、私の参戦は阻まれて、ジュンイチさんとメルトダウン、ヤスフミとスピードキング、それぞれが戦いを始める。

 そんな中で、スパイク・プラグは迷わず逃げ出そうとしていた。ブイリュウが止めるのも聞かずにその場を離れようとするけど……



「逃がしません!」



 戦えなくたって、私にはできることがある……逃げ出そうとしたスパイク・プラグの前に立ちはだかり、その逃亡を阻む。



 …………ううん、阻むだけじゃない。



「ジュンイチさんがどういうつもりであなたの力を必要としているか……そんなことはどうでもいい。
 犯罪者は逮捕しなきゃいけない……管理局の一員として、捕まえて、法の裁きにかけなきゃならないんだ!」

「そんなの知るかよ!」



 けど、それでも逃げるつもりなのか、スパイクは私を押しのけようと手を伸ばしてくる。



 しょうがない。バルディッシュなしじゃ手加減がうまくできるかわからないけど、なんとか魔法で気絶させて……







「ダメぇぇぇぇぇっ!」







 けど……そんな私とスパイクの間に割って入ったのはブイリュウだった。





「スパイクさん、逃げないでっ!
 フェイトも、この人を捕まえたりしないでっ!」

「そういうワケにはいかないよ!
 この人は、クローン臓器を密売した犯罪者で――」

「犯罪者かどうかなんて関係ないっ!」



 説得しようとした私に対して、ブイリュウはなおも強い口調で止めようとする。



「この人しかいないんだよっ!
 この人が手伝ってくれなきゃならないんだよっ!
 ここでそれが正しいかどうかなんて話してられないんだ! だって……」





















「人ひとりの命がかかってるんだからっ!」





















 ………………え?

 ブイリュウ、それ、どういう……!?



「ホントなら、“部外者”のフェイトに話すことじゃないんだけど……
 …………フェイト、臓器移植にはある程度の条件があるのは知ってるよね?」



 そんなこと、今さら問われるまでもない。



 臓器移植というのは、ただ臓器を移せば済むだけの話じゃない。

 ただ臓器を移植したって、身体になじまなきゃ拒否反応で却って患者の命を危険にさらす……そうならないために、患者の身体の免疫を刺激しないよう、ある程度体質的に合ったドナーの選定が望まれる。

 人工臓器だって、患者の身体の免疫という問題からは逃げられない。何しろ、本来存在する臓器の代替物とはいえ、人間の身体の中にない素材でできた人工物を埋め込むのだから当然だ。





「そうだね。
 けど……今、それじゃ助けられない患者がいるんだよ」



 …………って、今!?



「そう、今。
 免疫機能が過敏すぎて、通常の移植であれば適合できるはずの臓器ですら受け入れられない……人工臓器なんか問題外だよ。
 それを避けて、その患者に移植してあげられるのは……もう、本人の臓器しかない。
 本人の細胞でできた、本人の健康な臓器じゃなきゃダメなんだ」



 だから……ジュンイチさんは、スパイクのクローン臓器の技術を必要とした……



 まさか、ジュンイチさんの本当の“仕事”って……



「そう。
 今回のジュンイチへの依頼は……その患者を救うこと。救える人を探すこと。
 そして……その結果、ジュンイチはスパイク・プラグに白羽の矢を立てたの」



 あの人は……どうしてそんな大事なことを私達に言ってくれなかったのっ!



「言えるワケないでしょ。守秘義務があるんだから……少なくとも、ここでフェイトやスパイクさんに勝手に話したオイラは確実に怒られる。
 それに、言ったところで……何かできた?」



 え………………?



「フェイト、言ったよね? 『犯罪者の力を借りるなんて……』って。
 もし、全部の事情を知っていたとして……フェイトはその考えを曲げて、スパイクさんに協力をお願いできたの?」

「そ、それは……」

「……だからジュンイチは教えなかった。だから自分で動いた。
 フェイトは頼めなくても……ジュンイチは、頼めるから」



 言って、ブイリュウはジュンイチさんを見る。



 メルトダウンの放つ溶解液をかいくぐり、何度も炎で反撃を試みるジュンイチさんを。



「結局……ジュンイチもできることをしてるだけなんだよ。
 ジュンイチが本当に何でもできるなら、フェイトの“できてない部分”を指摘するのに昨日みたいなシャレにならない方法に出る必要もないし、今回の仕事だってスパイクさんを引っ張り出すようなことになってない。
 ジュンイチにだって、できないことはあるんだよ……でも、そんなこと言ってたらそれこそ何もできない。できなくなっちゃう。
 でも、誰かがやらなくちゃいけない。だから、できることの中でなんとかする……それだけの話だよ」



 自分の、できることの中で……



「そういうの……理解できない? なんか納得できてそうでできてない、って顔してるけど。
 けど……そういうのは、フェイトにとって決して縁遠いことじゃないんだよ?
 実際、恭文がそういう感じだもん」

「え………………?」

「恭文、そういうところもジュンイチと似てる……知り合ってそんなに経ってないけど、見てるとそんな感じがする。
 自分の“できないこと”に苛立って、それでも“できること”の中でがんばってそれを補ってる。
 昨日ジュンイチに怒られたことを蒸し返しちゃうけど、それでももう一回聞くよ?
 フェイトは、恭文がそんな風にがんばってるのを、ちゃんと見てたの?」



 ……見て……いた、つもりだった。



 けど……今の私は、ブイリュウの問いに対してハッキリと『見ていた』なんて言えない。言えるワケがない。

 だって……ジュンイチさんに言われて、気づいてしまったから。



 いつもいつも、私はヤスフミが危なくなる度にいつも飛び出していたから。

 「ヤスフミじゃムリだ」「ヤスフミじゃ危ない」……そんなふうにいつも恭文のことを見ていた自分に、気づいてしまったから……











「でもさ……そのこと自体は、別にいいと思うんだよね」











「………………え?」

「だって、もうやらかしちゃった後なんだから。今さら文句言ったって、反省したってどうにもならないでしょ」



 えっと、それはそうなんだけど、だからってそんな放り出すような……

 あぁ、もうっ、マスターがマスターならパートナーもパートナーだよっ!



「そこはまぁ、否定したいのが本音なんだけど……まぁいいや。
 とにかく、変えようのない“今まで”よりも、変えていける“今から”にその悔しさを持っていこうよ。
 今まで見ることができずにいた恭文のがんばりとか、ジュンイチの、悪いことをしてでもみんなを守ろうとしてることとか、ちゃんと見てさ……賛成できなくてもいいから、今のみんなの姿を、ちゃんと理解してあげよう?
 そうやって……」









「自分をバカにしたうちのマスターに、見せてあげなよ。
 昨日までとは違う、新しいフェイトを……ニュー・フェイト・T・高町をさ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「オラオラオラぁっ!」



 咆哮し、オレはメルトダウン……ではなく、その周辺に向けて炎を連発。爆発で吹き飛んだ地面の破片がメルトダウンに襲いかかる。



 けど……ダメだ。身体が液状化しているメルトダウンには何のダメージにもならない。



 くそっ、やっぱりあの時みたいに身体を乾燥させなくちゃどうにもならないか……っ!



 つっても、あの“電子レンジ作戦”を実行するには条件が悪すぎる。



 材料はオレが作れるからいいとしても、電撃担当のフェイトがポンコツ状態だし……何より、メルトダウン自身が同じ手に何度も引っかかるとは思えない。



 で、他に手を思いつかない以上、少なくとも、真っ向からブッ飛ばすのが大前提になるワケだけど……











「ジュンイチさんっ!」











 って、フェイト!?





「私も戦いますっ!
 バルディッシュを返してください!」





 ………………うん。

 オレが目ェ離してる間に何があったのか知らないけど……復活したっぽい?



 だって……瞳の中で、やる気の炎がもう轟々と燃え盛ってるから。





 そして何より……恭文ではなく、こっち手伝いに来たから。



 下っ端のスピードキングを叩いたところで状況はさほど変わらない……“頭”であるメルトダウンを叩くのが、事態の収拾に一番の近道であることをちゃんと理解して、フェイトはここにやってきた。ちゃんと冷静な思考を取り戻した証拠だ。





 これなら……いけるかな?





“フェイト……ちょっち作戦提案”

“ジュンイチさん……?”



 バルディッシュを投げ渡し、念話でフェイトに話をつける……メルトダウンに聞かれるワケにはいかないから。



“……と、いうワケ。了承?”

“反対すべきなんでしょうけど……とりあえずは”

“それで十分”



 さて……反撃開始だ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「んー……とりあえず、吹っ切れたみたいだね」



 オイラの話を聞いて何か思うところがあったんだろう。フェイトはすっかり以前の調子を取り戻して……それでいてちょっとだけジュンイチへの態度を軟化させて、今は二人で共同戦線。



 とりあえず……後で恭文のフォローしとかないとだね。また「ジュンイチさんとフェイトでフラグ立ったーっ!」とか言って騒ぎ出すだろうから。





 ………………って、スパイクさん? フェイトとジュンイチをジッと見てどうしたの? 逃げるのやめてくれたのは楽できて助かるけど。



「…………いや。
 『自分のできることを』……お前の言葉を思い出してな」



 オイラの話……?



「あぁ。
 オレだって、最初からこうじゃなかった……医学を志して、その中で禁忌とされたクローン技術をなんとかして医療に役立つ形で転用できないかといろいろやってきた……
 オレが持ってるクローン臓器技術だってそうして完成したものだ……けど、順調にいったのはそこまでだった」

「なんで?」

「認可が下りなかったんだよ。
 どれだけマウスで実験して成功したって、人間相手に成功しなきゃ使えない……どれだけ医学が進歩しても、結局最後は人体実験なんだ。『治験』なんてきれいな言い方するけどな。
 ところがこれがまた時間がかかる。何度も何度も繰り返して、安全性の証明となるデータを積み重ねなくちゃならないから。
 その度に患者に説明して同意をもらって、倫理機関に申請して……それを繰り返すだけで何年もかかる。
 そんなことをしている間にスポンサーも手を引いた。『こんなに時間をかけてもお金になる成果がないのなら』ってな」

「ひょっとして……それで闇医療の方向に?」



 尋ねるオイラの問いに、スパイクさんはうなずく……ぅわ、ビンゴか。



「けど……そんなことをしている間に、いつの間にかオレ自身もあきらめていた……
 その内、いつの間にか最初の志まで忘れて……」



 そして……スパイクさんはオイラへと向き直った。そして……言ってくれた。



「お前さん達の依頼……受けることにするよ。
 新しい自分を、始めるために……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「揺らめけ――蜃気楼っ!」



 オレの咆哮に応えて、漆黒の宝石が――待機状態の蜃気楼が光を放つ。



 巻き起こる“力”の渦の中、オレの身にまとう道着が分解されていく……一瞬だけ衣服を失ったオレの身体を包むのは、上下一体となった、身体にピッタリとフィットした青いインナースーツ。

 続けて、両手にグローブが、両足にブーツが現れる――色はどちらも白で、腕の中ほどまでをカバー。ただし、左手のグローブだけが手首までの短いものになっている。

 次は、オレの上半身を無数の光が走る――そうして作り出されるのは、走った光のひとつひとつが物質化した金属繊維によって編み込まれた、強度としなやかさを併せ持った真っ黒なボディアーマー。



 そして、左手を無造作に前方に差し出す――そこに光が集まり、カードリーダー端末である蜃気楼本体が作りだされ、装着される。左手のグローブだけが短かったのは、コイツの装着スペースの確保のためだったワケだ 。

 さらに腰の右側にはカードホルダー。余った光は無数のナノマシンとなって、オレの周囲に散っていく。



 最後に、オレの頭上に作り出されるのは、肩アーマーと、それを包むようにはためく白いマント。

 ……えぇ、『ドラゴンボール』のピッコロが身につけているアレです。ちなみにメインのジャケットはベジータがナメック星以降身につけている袖なし型の戦闘服がモチーフ。どちらも好きなキャラなのであやかってみました。



 構築を終え、落ちてくるマントを頭上でキャッチ、自ら被るように身にまとい――ポーズ決めっ!



 これぞ、本邦初後悔……じゃない、初公開の、オレのバリアジャケットの現行版っ!





 …………うん。“現行版”なの。いろいろ設定いじれるのをいいことにアレコレ試行錯誤してるからねー。





「ジュンイチさん、それよりっ!」

「わかってますって!」



 フェイトにうながされて、オレはカードホルダーから1枚カードを取り出した。迷わず蜃気楼にセット、読み込ませて――



「昔見た某ジャンプ漫画に、こういうのがありましたっ!」

《シェルコート》



 作り出したのはチンクの固有武装、防御力にすぐれた“シェルコート”。

 それを使ってどうするかって言うと……



「防御力の高いジャケットを逆に利用して……相手を拘束するってのが!」



 メルトダウンに思い切りかぶせるワケですよ。

 元々強靭なシェルコートは、メルトダウンの強力な溶解液にもしっかり耐えている……その間に手持ち無沙汰になってる袖の部分を利用して、メルトダウンをコートの外側から縛り上げておく。



 さて……次っ!



「恭文!」

「りょーかいっ!
 ジュンイチさん――パースっ!」

「どわぁっ!?」



 オレが声をかけるのは、スピードで劣る分をフットワークでうまいこと補って、スピードキングの足止めに徹してくれていた恭文だ。オレの声にスピードキングが反応した、その一瞬のスキをついて相手の手を取り、こちらに向けて投げ飛ばしてくる。

 元々戦闘者じゃないスピードキングに、まともな受け身など取れるはずもない。まともにメルトダウンにぶつかって、二人はたまらずその場に転がって――



「フェイト!」

「お願いですから……加減して決めてくださいよっ!」



 フェイトが動く。電撃をぶちかまし、二人の動きを封じてくれる。



 これで準備は万端っ! 恭文……いくぜっ!



「はいっ!」



 うなずく恭文と共に、オレは次の一撃のために最適な位置にポジショニング――ちょうど、オレと恭文を結んだ直線の中間にメルトダウン達が来るように。



 で、その位置にたどり着く頃には、すでにオレも恭文もチャージは終えていて――



《Icicle Cannon》

「ゼロブラック――Fire!」



 オレ達の放った砲撃が、両側からメルトダウン達に襲いかかる!





 しかも――ただの同時砲撃じゃない。

 オレは“炎”、恭文が“氷”……まったく正反対の攻撃を叩き込んだのだ。



 その結果どうなるのか――それは、数々の“前例”が証明してくれている。

 “風雷波”しかり、“極大消滅呪文メドローア”しかり“スーパーノヴァ”しかり。



 つまり……









「僕達の合体技!」

「コンビネーション、ブレイク!」





















『ヴァニシング、ノヴァ!』





















 反作用で大爆発を巻き起こすワケだ、これが。



 とりあえず、直撃はさせず、連中の真上で炸裂。爆風だけが直撃するようにした。



 これなら、こんなオーバーキル全開の技でも命に別状はないでしょ。健康に別状はあるかもしれないけどさ……











 ………………うん。











「あのね……ジュンイチさん」



 言うな、恭文。わかってるんだ。





 いくら強力な攻撃を撃ったってさ……当たらなきゃ、何の意味もないのよね。



 つまり、何が言いたいかっつーと……











 爆発が過ぎ去った後には、連中の姿は影も形もなかったワケですよ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「たぶん、逃がしたのはスピードキングだろうな」

《まぁ、あの状況で逃げられる手段を考えれば当然の推理ですね》

「アルト……その通りなんだけどミもフタもないね……」



 あの後は、けっこうすんなり話は進んだ。



 僕達のやり取りで何か思うところのあったらしいスパイク・プラグはあっさりと依頼を受けてくれた。今頃は送り届けた地上本部の医療ラボに入って、患者の命を救うべくクローン臓器を作り出すべくいろいろ始めていることだろう。



 とはいえ……これからすることは山のようにあるんだけどね。その患者を救うためとはいえ、未認可の医療技術を治験、つまり人体実験の形で使うワケだから。

 まぁ、そのあたりはレジアス中将の指示でオーリスさんがすでに動いてくれていた。引渡しに行った地上本部で、「人の命がかかってるのになんでこんなに手続きが煩雑としてるのか」って愚痴られた。



 で……僕らは六課に戻る帰り道。車でもよかったけど、僕ら三人、のんびり歩きながら帰隊中です。



「けど結局、メルトダウンの再逮捕には失敗。スピードキング共々行方不明……
 他にもいろいろ問題は残ってるのに、面倒なことが増えちゃったね」

「ま、そこはしかたないよ。欲張ってどっちつかずになるよりはマシなんだしね。
 今回は本来の目的を達成できただけでもよしとしておこうよ。
 それに、逃げたなら逃げたで、また出てきた時にブッ飛ばすだけだから」



 フェイトに答えて、僕はうんうんとうなずいてみせる……そう。ブッ飛ばせばいい。いつも通り、僕ららしくね。



「ジュンイチさんもそれでいいでしょ?」

「ま、よくないワケがないわな。まったくの同意見だ」



 ジュンイチさんもとりあえずは納得。一応、アイツらに対する今後の方針はそんな感じでいいでしょ。



 つか、何があったか知らないけど、フェイトもフェイトで何か思うところがあったみたい。元気にはなってくれたみたいだし……一応、今回ジュンイチさんに同行した一番の目的は、達成できたかな?



「いずれにせよ、今回の仕事でオレ達ができるのはここまでだ……メルトダウン達のことだけじゃない。スパイクのこともね」

「まぁ、クローン関係は僕らは専門外だし……もう患者のことはスパイクに任せるしかないでしょ」

「…………その患者の人、助かるよね……?」



 ちょっとだけ不安そうに尋ねるフェイトだけど……



「知るか」



 …………最後の最後までバッサリ切りますか、ジュンイチさん。



「それだけいろいろあるってことだよ、このテの話は。
 今回の件だって、本人の細胞で作ってるから拒絶反応が抑えられる……って“だけ”。それ以外、移植がどうの、術後のケアがどうの、ってことも含めれば保証なんかできやしない。
 そもそもクローン培養が間に合わなかったらそこでジ・エンドだし、いざ使おうとしても利権がらみでのいさかいはまず起きるだろうね。
 そして何より金もかかる……今回のケースは治験だからまだいいけど、治験は終わっても認可の手続きが終わってない、なんて段階で止まってる技術はゴマンとある。その辺の技術で治療を受けようものなら、健康保険なんか利かないからべらぼうに高い金を取られることになる。
 ご希望とあらば、問題点まだまだ挙げられるけど?」

「…………まるで、『助けてもロクなことにはならない』って聞こえるんですけど」

「そりゃ、問題点だけ挙げればそう聞こえるだろうよ。
 けど、それこそ『まさか』だよ。そーゆーはオレの主義に反する」



 乱暴な物言いに、またまたフェイトの視線が鋭くなる――けど、ジュンイチさんもあっさりとそれを受け流してそう答える。



「どんな技術だって万能じゃない。ひとつの技術で全部の問題が解決するワケじゃないし、悪用するヤツらなんて数え上げたらキリがない。奇麗事なんかじゃやっていけない。
 けどさ……だからって何もしないのはそれこそアウトだろ。
 そもそも技術は技術。そこに善悪なんかありゃしない――どんな技術だろうが、それで助けられる人がいるなら、限界までやっていいと思う」

「だから……あのスパイクが相手でも力を借りることができた……ってこと?
 あのクイントさんのニセ死体を作った相手でも」

「そこでそれを持ち出すかよ、お前」



 口をはさむ僕に、ジュンイチさんは肩をすくめて苦笑する。



「ま、その通りなんだけどな。
 善悪なんか関係ねぇ。それで守りたいヤツが守れるなら、助けられるなら、使えるモノは全部使う……それがオレのやり方だ」

「いや、ジュンイチさんの場合善悪を考慮しなさすぎですから」

「やれやれ、めんどくさいことを言うねぇ」

「ちっともめんどくさくないですからっ!」



 あぁ、もうっ。やっぱりこうなるのか。



 ジュンイチさんのわざとらしい口ぶりに、フェイトもムキになって反論する――結局、今までと変わらない感じ。





 だけど……





「………………うん。
 なんか二人とも、楽しそう」

「だね」



 ブイリュウの言う通りだ。やり取りは今まで通りだけど、今までみたいな険悪な空気はない。





 うーん……これは警戒しておくべきかも。

 ジュンイチさんも何だかんだでフラグ立てるからなー。フェイト相手に立てないようにしてもらわないと……





















『恭文くんっ! フェイトちゃん、ジュンイチさんっ!』





















 ………………あー、ゴメン、なのは。

 この通信、今すぐカットしちゃダメかな?



『ダメに決まってるよっ!
 なんでいきなりそんな冷たい対応なのっ!?』

「やかましいっ! こっちは今、ようやく一仕事片づけて一息ついてんのよっ!
 頼むから心のゆとりを持たせてっ! たて続けに厄介ごとを持ってくるなっ!」



 このタイミングでそんな切羽詰った顔で通信されて、もうイヤな予感しかしないんだけど。

 なので通信は切ります。切って一息入れます。それではまた、ごきげんよー。



『だからダメだって!
 こっちも大変なことになってきてるんだからっ!』

「だから通信切りたいって言ってるのがわからないかな?」

『わからないからぁぁぁぁぁっ!
 とにかく、要点だけ伝えるから、恭文くん達もすぐに戻ってきて!』



 あー、もう、わかったよ。

 で? 一体誰が何をやらかしたのさ?



『いや、だからっ!』





















『惑星ガイアがモニターで六課に家電に研修って!』





















 ………………とりあえず落ち着け、このバカ。





















(第27話へ続く)







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おまけ



「…………ふむ……」

「……姫、いかがなさいましたか?」

「……むー…………」

「あー、姫……?」

「………………決めたのじゃ!」

「そうですか。
 ではオーダーをとりましょう。ホットケーキでよろしいですか?」

「当然なのじゃっ!
 ぷっくりころころ、ホットケーキ〜♪……って、違ぁぁぁぁぁうっ!」

「……違うのですか?
 あと、ファミレスの中なのですからお静かに」

「そうじゃないのじゃ!
 わらわは決めたのじゃ!」

「…………というと?」

「わらわはあの者を……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おまけ・その2



「あぁ、ここにいたのか」

「ん? どうしたの? パパ」

「クロスフォード財団を通じて話がついた。
 例のモニターの件、引き受けてもらえるそうだ」

「あ、そうなの?
 じゃあ、わたしもそっちに?」

「あぁ。しばらく向こうにお世話になることになる」

「そっか。
 じゃ、さっそく準備しなくちゃね」

「あー、わかってると思うけど」

「わかってるわよ。
 パパの仕事の代理で行くんだって、ちゃんとわかってるから」

「わかってるならいいんだよ。
 じゃあ、気をつけて行ってくるんだよ……」





















「サリ」





















(本当におしまい)


次回予告っ!

ジュンイチ 「なぁ、スピードキング。
 お前のあの強化スーツ、オレが細切れにしたはずなのに、なんで復活してたんだ?」
スピードキング 「あぁ、アレか?
 メルトダウンが夜なべして直してくれたんだよ」
ジュンイチ 「まぢでっ!?」
メルトダウン 「そんなワケがあるかっ!
 局が検証のために修復したものを奪ってきただけだっ!」
ジュンイチ 「…………誰もこの予告でンなマヂレス期待してねーっつーの」
スピードキング 「だよなー。空気読めこのやろー」
メルトダウン 「待て、なんでオレが責められるっ!?」

第27話「異文化交流は時として悲劇と喜劇をまき散らす」


あとがき

マスターコンボイ 「…………さて、フェイト・T・高町の復活編となった第26話だ」
オメガ 《……の割には、この手の話にありがちな決意表明とかその辺の描写がありませんね》
マスターコンボイ 「あぁ、それは作者が意図的にカットしたらしい。
 やはり、彼女の決意表明は恭文に最初に聞かせたい、ということと、彼女の性格上あの場は自分の決意を語るよりも事態の収拾を優先するだろうということで、あの場で彼女が決意表明をする展開は避けたワケだ」
オメガ 《なるほど……
 そうやって戦闘中に語る展開はなく、かと言って戦闘後はミスタ・ジュンイチの語り。
 結果として、ミス・フェイトの決意表明は以後の話に、ということですか……》
マスターコンボイ 「もっとも、次回は次回で新キャラが大量登場で、それどころではないがな」
オメガ 《ますます決意表明遠のくじゃないですか。
 タイミングが悪いですねぇ……》
マスターコンボイ 「恭文の不幸が移ったかもな」
オメガ 《あぁ、案外ありそうですね。
 彼女もミスタ・恭文みたく複数の異性にフラグを立てていますし……》
マスターコンボイ 「ずいぶん微妙なところが想い人と重なったものだな、恭文も……」
オメガ 《まぁ、いいじゃないですか。ネタ的にオイシイですし。
 きっと二人の恋愛相関図がこんがらがっていく度に読者のみなさんは大喜びですよ》
マスターコンボイ 「その分作者が悲鳴を上げそうだがな。『どうやって収拾つければいいんだ』とか言って」
オメガ 《別にいいんですよ、作者のことなんか》
マスターコンボイ 「キッパリ言い切った!?
 …………と、我が相方が神をも恐れぬ発言をしたところで、今週はお開きだ」
オメガ 《また次回、お楽しみにっ!》

(おわり)


 

(初版:2010/12/25)