………………なんだろう。



 顔のすぐ脇に、暖かいものを感じる。



 頭の後ろの、ヒンヤリした何かが気持ちいい。





 全身を包み込む気だるさに少しばかりの未練を感じながら、私は目を開けた……











「………………ん……」



 うちの末っ子なら、ここで「知らない天井だ」とか言うところなんだと思う。



 けれど……私はそのセリフを使えなかった。

 だって、視界に入ってきたのは“知らない天井”じゃなくて……







 知らない“壁”だったから。



 どうして壁なのか……一瞬だけ考えて、気づいた。



 あぁ、私は今、横向きに寝かされてるんだ。



 でも、何がどうなってこういう状況に……というか、そもそもここはどこ?



 それに、頭の下の暖かいこの枕は……?







「あ、起きた?」







 え………………?



 声をかけられて気づいた……ジュンイチくん?

 じゃあ、ひょっとしてここはナカジマ三佐の家……? それにしては内装に見覚えがないんだけど……



「んにゃ。
 クラナガン市街のオレのアジトのひとつだよ……六課参加中の下宿にしてる、ね」

「なるほど……
 道理で、部屋に見覚えがないはずよ」



 ジュンイチくんの答えに息をつき……疑問点が浮かんだ。



 なぜ、ジュンイチくんの声がこうも近いのだろう。

 なぜ、ジュンイチくんの声が頭のすぐ上から聞こえるのだろう。



 ………………これ、ひょっとして……











 ジュンイチくんに、ヒザ枕されてるっ!?



「ぅひゃあっ!?」



 我ながら、ずいぶんとマヌケな声だとは思ったけど……正直それどころじゃなかった。勢いよく飛び起き、ジュンイチくんから距離を取る。

 ………………年甲斐もなく、胸がドキドキしているのがわかる。だって、ヒザ枕よ? ヒザ枕。

 あの人が生きてた頃にだって、してあげたことはあったけど、されたことなんて……



「………………
 …………? どしたの?」



 ………………なんだか、一瞬にして気が抜けた。



 私をこうもあわてさせておいて、当の本人がそのことをまったくわかっていないのでは、完全にこっちの空回りじゃないn



「とにかく、だ」



 って、なんでまたそうやって無防備に抱き寄せるのキミはっ! というかいつの間に――っ!?



「あぁ、もう、動くな。
 頭打ってんだぞ。うまく冷やせないだろ」



 ………………え?



 その言葉に……私は思い出した。

 意識を失う前、何があったのか。



 そうだ……確か、恭文くんの家で、帰ってきた恭文くんやなのはさん達と食事をしながら、家出してきた経緯を説明していたんだ。

 なかなか家に置いてくれない恭文くんに泣きつこうとした瞬間、頭に衝撃が走って……



「………………殴ったわね?」



 私の指摘に、ジュンイチくんはしばらく沈黙して……顔を背けた。



「殴ったのね!? そうなのね!?」

「っさいなっ!
 さすがにやりすぎたみたいな感じだと思ったから、こーして殴ったところ冷やしてんでしょうがっ!」



 そうね……私を抱き寄せるように回された手は、私の後頭部にあてられ、殴られたであろう部分をひんやりと冷やしてくれている。

 きっと、自分の熱エネルギー制御能力を利用しているんだろう。というか、さっき感じていた冷たい感覚はコレだったのね。



 それにしても、この体勢は……その、恥ずかしいのだけど……







「ジュンイチー、リンディさん起きたー?」







 って、ブイリュウくんっ!?



 いや、その、これはその、抱きしめられてるように見えるけど……







「………………またジュンイチがやらかしたの?」







 ………………理解が早くて助かるわ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あ、ライラ、メイル。おはよー」

「おはようございます」

「おはよーっ♪」



 ティアを起こして、廊下に出たところで同じく起きてきたキャロやあずささんとバッタリ。みんなで洗面所まで来て、先に顔を洗っていたライラとメイルにごあいさつ。



「二人とも、隊舎の住み心地はどう? 不自由とかしてない?」

「いえ、お気遣いなく。
 とても気持ちよく寝られました」

「ベッドもフカフカで暖房もバッチリ!
 いい隊舎に住んでるよねー」



 ティアの問いに、二人はとてもうれしそうに答える……うん。あたしも最初この隊舎に来た時は同じように思ったんだよね。前の部隊よりもずっといい隊舎だったから。



 ………………ここまでいい隊舎に住んじゃうと、この先異動した先の隊舎とかが物足りなくなったりしないかな?



 まぁ、そうなったらそうなった時で考えればいいだけの話なんだけど。







「みんな、おはよう」







「あぁ、なのはさん、おは…………」



 聞こえてきたのは尊敬する上官の声。振り向いて、あいさつしようとして……あたしはそのままの状態で静止した。



 何て言うか…………怖かったから。

 こう、声をかけるのもはばかられる、っていう感じで。



 となりにはヴィータ副隊長もいるんだけど……うん。いつもに比べて明らかに距離をとってる。具体的には副隊長ひとり分。



「あの…………なのはさん?」

「ん? どうしたの? スバル」

「いや、その……
 ぶしつけなこと聞きますけど……機嫌が悪いみたいですけど、何かあったんですか?」

「あぁ、スバルは気にすることないよ。
 悪いのはスバルじゃないから。怖がらせちゃったらごめんね?」

「いえ、そんなことは……」



 そう答える間も、なのはさんの放つプレッシャーは変わらない……うん、なのはさんにはあぁ言ったけど正直怖い。

 どのくらい怖いかって言うと、以前ティアがなのはさんに撃墜されかけた、あの時のなのはさんがまだかわいく見えてくるくらい。



 あの……ヴィータ副隊長。本気で何があったんですか?



「…………さ、さぁな……」



 ヴィータ副隊長ですら今のなのはさんには圧倒されてるみたいだ。プイと視線をそらしてそう答えるしかない感じ。



 うーん……ホントに何があったんだろ?

 

 


 

第29話

世の中は平和に見えてもどこかで争いは起きている

 


 

 

「ぅおぉらぁっ!」



 咆哮と共に、刃が光を照り返しながら走る――ボーンクラッシャーの放ったクローアームは、目標を捉えることなく虚空を貫く。

 相手は……くそっ、また消えたっ!?



「どこ行きやがった!?」

「ダメだ……センサーには何の反応もねぇ!」



 周囲を見回すブロウルやバリケードだが、相手の姿を捕捉できない……なお、このオレ、レッケージも同様だ。



 突然オレ達のアジトに潜入、襲撃を仕掛けてきた2体のトランスフォーマー……オレ達フォワードチームで迎撃にあたったが、相手は特殊なステルスシステムを備えていたらしい。開けた場所である中央通路で交戦しているにもかかわらず、その姿を捉えることができない。

 その上でヒット・アンド・アウェイ……オレですらかろうじて防げている、といった状態で、他の3人は先ほどから……



「どわぁっ!?」

「いてっ!?」

「何しやがるっ!」



 これだ。アイツらはクリーンヒットをもらいまくりだ。





 しかし……何者だ? コイツら……

 機動六課どころか局所属でもなさそうだ。かといってミッドチルダ・サイバトロンのヤツらでもない……











「何をしている?」











 ……って、マスターギガトロン様っ!?



「一体何の騒ぎだ?
 たかだか侵入者二人を相手に、貴様らがそろいもそろって……」

「き、危険です!
 お下がりください、マスターギガトロン様!」



 現れたマスターギガトロン様に下がっているよう進言するオレだったが……



「我々を前に『たかだか』ときたか……」

「大した自信だな、“元”破壊大帝殿?」



 そう告げると同時、センサーに反応――身がまえるオレ達の目の前に、侵入者である二人のトランスフォーマーが降り立った。

 バカな……今の今まで、何の反応もなかったのに……!?



「バカは貴様だ、レッケージ」



 マスターギガトロン様……?



「索敵の際、センサーにばかり頼っているからそういうことになる。
 もう少し、索敵の分野を広げるんだな……そうすれば、あの程度ステルス、見破るなど造作もない」



 そう言いながら、マスターギガトロン様は侵入者と対峙し、



「さて……うちの部下達をずいぶん振り回してくれたようだな。
 我らが根城に乗り込んできてのその態度……覚悟の上だろうな?」

「そう目くじらを立てないでもらいたいものだな」

「我々の実力を知ってもらうには、十分なデモンストレーションだったと思うがな」

「何………………?」



 マスターギガトロン様に答える侵入者の言葉は、オレ達にとって予想外のものだった。

 「デモンストレーション」だと……? だとしたら、コイツら……



「あぁ、そういうことさ。
 オレはブルーバッカス」

「オレはブラックシャドーだ。
 我らクロスフォーマー、打倒機動六課のため、お前達ディセプティコンに雇われてやりに来た」







 何……だと…………っ!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ぅわぁ…………」



 そこは、まるで近未来SFのワンシーンのような世界だった。



 だって……ボクらより頭ひとつ分くらい背の低い、円筒形のロボットが多数、隊舎の廊下をチョコマカと走り回っているんだから。

 どうも、接地面がモップや掃除機になっていて、これで床の汚れを取ってるらしいんだけど……



「…………なんだか、ちょっとカワイイね、エリオくん」

「う、うん……」



 キャロの言うとおりだ。反転の度に頭がふらついて、バランサーが働いて立て直す姿は、まるであわてているみたいでちょっとカワイイかも。



「確かに、カワイイっつーのは同意だけどさぁ……
 …………学園都市にワラワラいそうだよな」



 ………………?

 うん。ジュンイチさんの言うことって、たまにわからない。



「サリちゃん、他にもいるんでしょ?」

「えぇ。
 ほら、あっち」



 一方で、彼らを連れてきたサリに尋ねるのはあずささん。そしてサリが指さしたのは、隊舎の外で洗濯物を干している家事ロボット。

 多目的な仕様なのか、こちらは人型のロボットだ。細身のボディなんだけど、その分大きめの頭部がさらに強調されている。

 サリの説明だとセンサーを満載してるらしいけど、四角くて前面が透明なカバーで覆われたその頭部はまるでテレビみたいで……



「………………モニタモン?」



 ………………?

 うん。アリシアさんの言うことも、たまにわからない。



「まぁ、サムダックさんのヲタク疑惑はさておくとして……問題はこのロボット達が使えるかどうかでしょ」



 そんなジュンイチさんやアリシアさんを抑えたのは恭文。そして尋ねるのは、僕らの隊舎の寮母さんのアイナさん。



「で……アイナさん。
 あの家事ロボット……使ってみた最初の感想はどんな感じですか?」

「そうね……
 とにかく、便利であることは確かね。
 掃除ロボットの掃除もアレで意外に行き届いてるし、多目的ロボットの仕事もていねいなのよ」

「そんなの当たり前よ!
 だって、パパが作った家事ロボットなんだから!」



 恭文に答えるアイナさんの言葉に、サリが胸を張ってそう宣言する。



 ……お父さんのこと、本当に大好きなんだね。だって、お父さんの作ったロボットがほめられて、本当にうれしそうだから。







 ………………ボクのお父さん“だった人”のこと、ちょっと思い出しちゃったかも。







 ボクを、本当の息子のコピーとして生み出して……それが明るみに出ると、自分達の世間体のために僕を見捨てた人……







 その後、人造魔導師についての情報が広まることを恐れた最高評議会に口封じのために殺されてしまったらしくて、もう会うこともできない両親。



 けど、あの出来事がなかったら……もしかしたら、サリみたいに胸を張って自慢していたのかな? ボクも……











「………………けど」

「けど……何?」



 ボクの思考を現実に引き戻したのは、突然付け加えられたアイナさんの一言。サリが聞き返す中、アイナさんは続ける。



「だからと言って、頼りっぱなしというのは、私達自身のためにもよくないと思うの。
 何でもできるからと言って何でもさせるんじゃなくて……やっぱり、人の手が入る余地は残しておいた方がいいと思うの」

「なんで?
 全部ロボットがしてくれるならそれでいいじゃない。楽できるんだから」

「そんなことはないわ。
 人間っていうのは弱い生き物だから、がんばらなくてもよくなると本当にがんばらなくなってしまう。
 人が努力することをやめないためにも、がんばらなきゃいけないところは残しておくべきだと思うの」

「楽な方がぜんぜんいいのに……」



 うーん、サリ、口を尖らせてむくれちゃった。



 けど……ボクもどっちかって言うとアイナさんに賛成。

 魔導師として、訓練して、“JS事件”を乗り越えて……ずっとがんばってきたから、がんばることの大切さがわかるから……そういうのもなきゃ、って、ちょっとだけ思う。



 …………サリが言うような「楽な方」にも、ちょっとだけぐらついたりもするんだけど。







 そんなことを考えていたら、唐突に僕の頭に手が置かれた。

 誰の手……って、ジュンイチさん?



「まぁ……お前さんが言いたいことも少しはわかるよ。
 楽な方を選んで、それで済むならそれでいいんだし……な? エリオ」

「あ、えっと……」



 あっさりとボクに話が振られる……さっき考えてたこと、お見通しだったのかな?



「けどさ……その『楽な方』に慣れて、任せっきりにしてたら、いざその環境から放り出された時に泣きを見るんだよ。
 たとえば……あの家事ロボットがみんな壊れて、仕方なく修理に出した……とかいう状況を考えてみろ。
 家事ロボットに任せきりですっかり家事から遠ざかっていた状態で、いきなり家事ができると思うか?」

「それは……」

「楽をすることを悪いこととは思わないよ。けど、楽をしすぎっていうのもまたいただけない。
 その中間のどこで線を引くか……大事なのはそのさじ加減だよ」



 まだちょっとだけ不満そうな、でも反論できないでいるサリの頭を、ジュンイチさんはさっきまでボクにしてたみたいに笑いながらなでてあげて――



 …………あれ? なんだか顔をしかめてる?



「どうかしたの? ジュンイチさん」

「ん? いや、何でもねぇよ」



 気づいたのはボクだけじゃなかった。恭文がジュンイチさんに聞いてるけど、ジュンイチさんはあっさりと答えてサリから離れる。







 …………けど……やっぱり、さっきのジュンイチさんの様子、どこかおかしかったような……?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ぷっくりころころ、ホットケーキ〜♪」



 ふふふ、今日もいつものファミレスでホットケーキをたんのーじゃっ!



 オーダーも済ませて、後は来るのを待つばかり〜♪

 いつかは、この楽しい時間を恭文と共有できるようになりたいものじゃな。



 のう、ホーネット?



「姫ならば、いずれその夢も叶いましょう。
 …………しかし、姫」

「何じゃ?」

「たとえ敵であろうと、姫が心から好いたと言うのであれば、姫が蒼凪恭文を伴侶に迎えることに反対はいたしません。
 しかし、敵であるからこそ、あの男は姫をたやすくは受け入れますまい。
 姫があの男を迎えるためには、あの男を打ち倒す必要がある……そのことをお忘れなきよう」

「わかっているのじゃ!
 “蝿蜘苑ようちえん”の頭首として、堂々と恭文に求婚するのじゃ!」

「その通りです」



 ふっふっふっ、待っておれ、恭文!

 わらわのようなぷりちーな夫を持てることを光栄に思うがよいっ!



 決意も新たに、わらわは高笑いを上げて――



「それから姫。
 店内ではお静かにと何度も言っているではありませんか」

「…………ごめんなさい」



 ホーネットにしかられて、わらわは素直に席につき





















 店内が爆発に飲み込まれた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………じゃ、頼むな」



 僕が見つけた時、ジュンイチさんはどこかに連絡してた。



 えっと……おジャマだった?



「恭文……?
 いや、問題ないよ。今終わったトコ。
 …………で、そんなことを聞くってことは、何か用事?」

「まぁ、ね……」



 軽く肩をすくめた僕のその態度で、ジュンイチさんは察してくれたらしい。



「…………“あの人”のことか」



 そう。

 昨夜僕の家に出現して、ジュンイチさんに引き取られていったうちの家長、リンディさんのその後についてだ。



 結果としてジュンイチさんに押し付ける形になっちゃったワケだし、やっぱり気になるのだ。



「気にしなくていいのに……
 あんなの、オレの勝手でやったことなんだからさ」

「それでも、だよ。
 最初に巻き込まれたのは僕なんだから、ジュンイチさんが預かってくれたからって『はい、じゃあ後はよろしくね』じゃ筋が通らないでしょうが」

「そういうもんかねぇ?」

「そういうもんなの」



 おまけに、なのはもなのはでジュンイチさんところにリンディさんが泊まることになってあからさまに機嫌が悪いし。

 魔王降臨を防ぐためにも、それなりに気を配っておく必要はあるのだ。



「それで……あれから、どうなった?」

「あぁ、おとなしくしてくれてる……と思うよ?
 オレの言ったとおり、本人がそれに納得したとおり、アジトに引きこもっていてくれれば、の話だけどね」



 ………………約束破って普通に買い物とか行ってる気がするのは僕の気のせい?



「その心配はないだろ。
 ブイリュウを監視に残してあるし……約束を破った時は“強制体重測定+結果公表の刑”を言い渡すって脅しておいた」

「また女性限定でキッツイものを……」



 けど……それなら安心かな? さすがのリンディさんも、そこまでやられてなお動くってことはないでしょ。



「そゆこと。
 たださ……」



 …………ただ?



「リンディさんの体調は気にかけてやらんとなー、って。
 なんか、顔赤くして体温も高めだったからさ……季節が季節だし、風邪ひいてるかも」











 ………………ジュンイチさん。



 ナニ人の義母ははおや相手にフラグ立ててやがりますか、あなたはっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………姫、ご無事で?」

「す、すまぬのじゃ……」



 ホーネットが守ってくれたおかげでわらわは傷ひとつついてはおらぬ――わらわを抱きかかえ、店外に飛び出したホーネットに礼を言い、わらわはその場に下ろしてもらう。



 しかし、今のは一体……?











「瘴魔軍の、万蟲姫とホーネットだな?」











 って、何者……じゃ……



 言いながら現れたその者が、きっと今の爆発の犯人じゃろう……とっさに振り向いたわらわであったが、その姿を見た瞬間、素性を尋ねるのも忘れてしまった。







 なぜなら……その者は、全身がまるで泥のような何かに覆われていたから。



 となりにもうひとり、まるでダイバーのような全身タイツっぽい格好をした者もいるが、そんなヤツのことなどどうでもよくなってくるぐらい、その者の姿はインパクトの強いものじゃった。





「何者だ……貴様。
 我らのことを知った上で仕掛けてきたようだが」

「おっと、これは名乗らず失礼した。
 オレの名は溶解人間メルトダウン。こんなナリでも元々は人間でな」

「そしてオレの名前はスピードキ



 あー、となりの全身タイツはどーでもいいから黙ってていいのじゃ。



「ひどっ!」

「それで? そのメルトダウンが我らに何の用だ?
 戦いを挑むと言うのなら……」



 言って、ホーネットが指をパチンと鳴らす――同時、わらわ達の前に、1体の瘴魔獣が姿を現した。

 ダンゴムシ種のデモンズハッグ……わらわ達の護衛のため、隠れて控えさせておったのじゃな。



 ………………うん。わらわはまったく気づかなかったが、何か?





 とにかく、護衛がいるとわかればあやつも……











「………………フンッ」











 ………………はや? なんか、メルトダウンとやらは驚いておらぬが……?



「当然だ。
 何しろ……」





















「オレの狙いは、瘴魔獣そいつだからな」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ほぉ、貴様らも、柾木ジュンイチや蒼凪恭文にしてやられたクチか」

「そういうことだ」



 突然我らがディセプティコンのアジトに乗り込んできた侵入者――クロスフォーマーと名乗った二人組、ブルーバッカスにブラックシャドーの話を聞いてみれば何のことはなかった。

 要するに、コイツらも柾木ジュンイチを始め蒼凪恭文やフェイト・T・高町に煮え湯を飲まされたことがあると。そして、そのリベンジのために動いていると。



 そして……そのために我らディセプティコンとの共闘を持ちかけてきた、と。



「お前達ディセプティコンだって、アイツらには負けっぱなしだろう?
 共通の目的を持つ者としては、共闘は決して悪い話ではないと思うがね」

「…………いかがなさいますか、マスターギガトロン様。
 悪い提案ではないと思われますが」

「確かに、戦力が増強されるのは歓迎だな」

「はっ、何言ってやがる。
 こんなヤツら信用しろってのかよ?」

「さっさと叩き出してしまえばいいだろうが」



 ふむ……ショックフリートとブラックアウトが賛成で、ジェノスクリームとジェノスラッシャーが反対、か……



「答えを聞かせてもらおうか、マスターギガトロン」

「そうだな……」



 そんなこと、考えるまでもない。

 結論はすでに出ている。すなわち……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さて……みんなそろったね」



 私達の前には、それぞれに整列したスバル達やガイア・サイバトロンのみなさん。

 それじゃあ、今日の訓練、始めようか。



「ガイア・サイバトロンのみなさんにも、さっそく今日から訓練に参加してもらいます。
 とりあえず、今日は昨日のライオコンボイだけじゃなくて、他のみんなの実力も見せてもらいたいので、模擬戦をやりたいと思うんだけど……」

「それはいいけどさぁ……なのは」



 …………って、ジュンイチさん?



「なんでオレは模擬戦に参加しちゃダメなんだよ?
 オレだって、ライオコンボイ以外の連中ともやり合ってみたかったのに」



 だって、ジュンイチさんが模擬戦に首突っ込んでくるとジュンイチさんの独壇場になっちゃうじゃないですか。

 だから、今回はコメント役に徹していてください。いいですね?



「けどさぁ、なのは……」

「いいですね?」

「オレって口で言うより実体験、の人なんだしさぁ……」

「いいですね?」

「だから、修行つけてやるのに見てるだけってのは……」

「いいですね?」

「………………ギャラリーに徹させていただきます」

「はい♪」



 わかっていただけて何よりです。



「じゃあ、みんな、模擬戦やるから準備して。
 対戦カードは、私達隊長格とライオコンボイの組と、六課とガイア・サイバトロンのフォワード連合チーム」

「なるほど。
 昨日柾木の言っていた“両チームの連携”を意識してのカードか」



 シグナムさん正解です。



 昨日ジュンイチさんの言っていた通り、少なくともガイア・サイバトロンのみんながいる間は両陣営の連携が大事になってくる。

 当然、模擬戦をするにしても六課VSガイア・サイバトロンじゃ意味がない。それじゃお互いの連携の訓練にならないから。



 だったらどうすればいいか? 答えは簡単。





 混成チーム同士でぶつかればいいんだ。





 一応、他にも私達がガイア・サイバトロンのフォワードチームを、ライオコンボイがスバル達を指揮して……という案もあるけど、それはまた今度。今回は“指揮官混成チーム”VS“フォワード混成チーム”だ。



「いや、だったら“オレVS他全員”でやろうぜ? な? な?」



 ジュンイチさん……まだあきらめてなかったんですか?

 というか、それで勝てるんですか? …………勝つつもりですよね、やっぱり。



 けど、ガマンしてくださいよ。最初は今言った通りの組み合わせで……







「へぇ……なめたこと言ってくれるじゃん」







 ………………あれ?



「オレ達相手にひとりだけで勝てるとか、ずいぶんな自信じゃねぇか」



「上等だよ! だったらやってみせてもらおうじゃないのさっ!」



 え? チータスだけじゃなくて、ブレイクやラットルまで?



「ち、ちょっと、みんなっ!
 ジュンイチさん、ホントに強いんだよ! 昨日だって、あたし達や恭文達に勝ってるんだよ!?」

「だからどうした!
 今回はオレ達全員だぜ! そう簡単にやられるもんかよっ!」



 スバルも止めようとしてくれてるけど、コラーダもエキサイトして止まらない……毛布にくるまってミノムシ状態じゃなきゃもっと格好もついたと思うけどね。



「ライラ、止めないんですか?」

「どうしてですか?
 あのセリフが身の程知らずのたわ言だとしたら、未来の義姉あねとしてぜひとも正さなければならないじゃないですか。
 しかし、実際にそれだけの実力があるのだとしたなら、未来の義姉としてこれほど誇らしいことはない……でしょう?」



「メイル……」

「どしたの? スタンピー。
 昨日の模擬戦見たでしょ? ライオコンボイとこっちのコンボイさんを二人同時に相手して勝っちゃうような人なんだよ? すっごくワクワクすると思わない?」



「どっちでもいいから早くしてほしいんだなー」



 エアラザーやスタンピー止められない感じだし、メイルとライラはテンションこそ違うけどどっちもやる気っぽい。ハインラッドは……我関せずですか。



 ………………というか、ライラがジュンイチさんに対して『未来の義姉あね』って言ってるのが非常に気になるんですけど。



 ひょっとして、ジュンイチさんのお兄さん……鷲悟さんとそういう仲だったりする? え? いつの間に?







 ………………いけない、思考が脱線した。



 とにかくみんな、ジュンイチさんは勝手に提案してるだけだから。あんまりこっちの話を聞かないと……頭、冷やs







「いいじゃない。やらせてあげたら?」



 …………って、ヒロリスさん?



「実際ぶつかって、ぶちのめされれば、あの子達のジュンイチに対する認識も改まるでしょ。
 つか、やり合ってもいないうちからジュンイチに対して好き勝手言ってるんだもの。相手の実力も見抜けないんじゃ、この先ちょっと心配だしね」

「ま、ジュンイチだってバカじゃない。
 フェイトちゃんの時みたいな“事情”でもない限り、ちゃんと後に引きずらないような墜とし方するだろ」



 サリエルさんまで……







「それだけじゃない」



 マスターコンボイさん?



「いつもながら、あの男との模擬戦は学べるものが非常に多い。
 あの男の磨き上げてきた技や知略を盗んでやる意味でも、戦える機会は少しでも多く、早い方がいい」



 つまり、マスターコンボイさんも早く戦いたいクチですか……

 というか、そんな向上心から提案されたら、教官としてはあまり強く止められないじゃないですか。



「恭文くん……」

「言いたいことはわかるけどさ……もう始めちゃった方が早いと思うよ?
 ヒロさん達じゃないけど、ジュンイチさんの実力も知らずにあんなこと言ってるんなら、さっさと撃墜されて終わるでしょ」







 ………………あぁ、もうっ、わかりました。





 それなら、さっさと……





「………………始めっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「断る」



「何………………?」





 放つ答えは明確な拒絶――オレの回答に、ブルーバッカスは意外そうに眉をひそめた。



「どういうつもりだ?
 貴様ら……あの機動六課に復讐したいのだろう?」

「あぁ、そうだな。
 だが……それが貴様らを受け入れる理由になる、というワケでもあるまい?」



 そう。オレの復讐と貴様らの復讐はイコールではない。同じ対象に復讐しようとしているからと言って、それが手を組む理由になるのか?

 答えはノーだ。理由は簡単。



「『同じ相手に復讐しようとしている者同士』……そう言ったな?
 貴様らがオレ達と同じだとするなら……機動六課への復讐、そのフィニッシュは自分達の手で決めたいと考えているはずだ……違うか?」



 そうだ……アイツらとの決着はこの手でつける。

 オレが……オレ達ディセプティコンが、ヤツら機動六課を討ち果たす。

 もし、ヤツらという獲物を横から掠め取る者が現れるとしたら……



「オレ達と貴様らは、同じ獲物を奪い合う者同士……決して相容れる間柄ではないのだ。
 もし、オレ達の獲物を横取りするというのであれば……」



 言いながら、玉座から立ち上がり――右手を一閃。放たれたエネルギー弾は、クロスフォーマーどもの間の空間を貫き、床を撃ち抜いた。



「そうなることを覚えておくがいい。
 忘れるな。機動六課という獲物を横取りするのなら……貴様らもまた、我らディセプティコンの敵だということを」





















「……行かせてもよろしかったのですか?
 彼らはここの……我らのアジトの位置を知っているのですよ?」

「かまうものか。
 ヤツらが機動六課にこの場所をリークしたとしても、対応する時間は十分にある」



 オレの宣告を前に、ブラックシャドー達はおとなしく退散……ヤツらが去っていった後、尋ねるジェノスクリームに対し、オレはあっさりとそう答えた。



「仮にヤツらがこの場所をリークしたとしても、連中と六課の関係が関係だ。
 正体を隠して匿名でリークしたなら匿名であるが故に、正体を明かした状態でリークしたとしてもその敵対関係が故に、六課側はワナの可能性を捨てきれず、情報の裏づけに時間を取られることになる」



 そう。仮にヤツらの口からこの場所のことが機動六課にもれたとしても、ヤツらはすぐには動けない。

 その間にこちらはするべき対応の準備をすませることができる。



 アジトを移すにしろ……返り討ちにするにしろ、な。



「しかし……アイツらもやけにあっさり引き下がりましたよね。
 ここには共闘を持ちかけに来たんだよな? アイツら。なのに断られても食い下がりもしねぇで」

「その理由なら簡単だ」



 一方で首をひねっているのはジェノスラッシャーだ。答えて、オレはヤツにもわかるように説明してやる。



「あの二人の目的は、言葉通りオレ達の協力を取りつけることではなかった。
 ヤツらの真の目的は、オレ達にヤツらへの宣戦布告を“させる”ことにあったんだ」

「宣戦布告を……させる……?」

「そうだ。
 宣戦布告の意味を考えてみろ……要は、『これから貴様らを攻撃する。覚悟しろ』という宣言だ。
 それはつまり、相手を戦うべき相手と認めたことに他ならない」

「なるほど……
 宣戦布告した、すなわち、戦うべき相手と認めた以上、我々はもはやあのクロスフォーマーを意識しないワケにはいかなくなる……」



 オレの言いたいことを察したらしく、ブラックアウトが納得の声を上げる。



「そういう形に仕向けることで、ヤツらは我々をけん制したのだ。
 聞けば、瘴魔の残党もまた、打倒機動六課に動き出したと聞く。多数の組織が同一の獲物を狙うこの構図……自分達の存在を、そしてオレ達ディセプティコンとの敵対関係を誇示することで、ヤツらはオレ達が容易に機動六課と戦えない状況を作り出した。
 要は『自分達の獲物を横取りするなら、オレ達だってお前らの脇腹を抉ってやるぞ』ということだ。
 おそらく……遠からず瘴魔もまた、このけん制の構図の中に組み込まれることになるだろう」

「しかし……それでは連中もまた、こちらや瘴魔を意識して動けなくなるのでは……?」

「おそらく、そんなことは最初から織り込み済みのはずだ」



 ショックフリートに答え、オレの目の前に展開したウィンドウにその図面を表示した。



 機動六課、クロスフォーマー、瘴魔、オレ達ディセプティコン……さらに不確定要素として、オレ達と同様に六課の人間に恨みを持つ連中がいる可能性、すなわち“X”。それぞれを示すエンブレムをオレの遠隔操作で配置し、図面をまとめていく。

 結果でき上がるのは、機動六課を中心に各勢力がけん制し合う三すくみ+αの勢力図だ。



 瘴魔はどうだか知らないが、少なくともオレ達とクロスフォーマーはお互いに“機動六課を倒すこと”、それ自体が目的のひとつとなっている。

 お互い相手に譲るワケにはいかない理由がある以上、ヤツらと六課の戦いの中に漁夫の利を見出すことはできない。

 機動六課とて“最強”であったとしても“無敗”ではないのだ。「どうせ機動六課が勝つ。連中を倒せるのはオレ達だけだ」などという少年マンガにありがちな安易な思い込みは、獲物を横取りされる結果を招きかねないことは肝に銘じておくべきだ。



「機動六課の連中にはいい迷惑だろうが……ここから先、オレ達は連中だけを相手にしていればいいというワケにはいかない。
 クロスフォーマーによって築かれたこの拮抗状態……同じように機動六課を狙う他の勢力との、しのぎの削り合いになる。
 この構図から抜け出し得るのは、智略走り、他人出し抜ける者……っ!」

「連中には、それができる公算がある、と……?」

「わずか二人、勢力規模で劣る自分達の不利を、各勢力がけん制し合う状況に持ち込むことで補ったんだぞ。
 連中にはすでにそれだけの智略がある……油断していると、それこそ出し抜かれることになる」



 ジェノスクリームに答え、オレは今しがたオレの作り上げた勢力相関図……その一角、クロスフォーマーの勢力図をにらみつけた。



「全員、“たかが二人”という考えは今この時を持って捨てろ。
 クロスフォーマー、ブラックシャドーにブルーバッカス……ヤツらは間違いなく、機動六課に勝るとも劣らぬ強敵だぞ」



 オレの言葉に、部下達が気合を入れる……その意気だ。オレ達は相手が誰であろうが負けるワケにはいかない。

 ディセプティコンの誇りにかけ、機動六課はオレ達が叩きつぶす。その他もろもろの勢力も、ジャマをするなら同様につぶす。







 最後に勝つのは……オレ達だ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「むぅんっ!」



 メルトダウンの振るった右手から放たれた溶解液をかわすが……先の攻撃で溶かされていた地面に足を取られた。バランスを崩し、デモンズハッグが仰向けに転倒する。



 なんとか身を起こそうとするが……ダメだ。

 なぜなら、すでにメルトダウンの攻撃でデモンズハッグの両腕は溶かされ、消滅した後だからだ。



 やはり、肉弾戦しかできないデモンズハッグではヤツの相手は荷が重いか……



「これで……終わりだ!」



 その判断はまさに正しく……そして遅かった。メルトダウンが一際広く溶解液をばらまき、それを全身に浴びたデモンズハッグは完全に溶け崩れ、消滅してしまった。



 形を失ったデモンズハッグの亡骸から、ヤツの身体を構成していた瘴魔力が漏れ出して……っと、いかんっ!

 あわててオレの“力”を放出。デモンズハッグの瘴魔力をからめ取り、抑え込み、オレの中に取り込んでいく。



「ホーネット、どうしてデモンズハッグの瘴魔力を取り込むのじゃ?
 あのまま放っておけば……」

「今ここでそれをやるワケにはいきませんよ、姫」



 姫の言っているのは、瘴魔獣の持つ最後の切り札。

 倒された瘴魔獣は、その“力”を完全に浄化されなかった場合、残された“力”は復活しようとする瘴魔獣の残留思念によって周囲の“力”を無制限に取り込んでいき……結果、巨大瘴魔獣として再生、復活する。

 確かに、巨大瘴魔獣ともなればメルトダウンも溶かしきれまい。勝機は十分にあると言えるだろう。



 だが……それをここでやるのはマズイ。

 すでにヤツとの戦闘でかなりの騒ぎになっている。これ以上長引けば管理局の部隊……最悪機動六課が出てくるだろう。不意討ち同然のこの戦いの中、ヤツらとやり合うことになるのは絶対にマズイ。



「ならホーネットが戦うのじゃ! あんなヤツ、やっつけてしまうのじゃ!」

「残念ながら、オレの能力もヤツには通用しませんよ。
 ヤツを倒そうと思うなら、少なくとも距離をとっても十分に戦える瘴魔獣を連れてこなければ……」



 そう。オレの能力もメルトダウンには通じない。

 オレの能力は攻撃した相手の“力”を吸収して分身を作り出すもの……逆に言えば、相手が能力者でなければオレの能力がその真価を発揮することはできないのだ。



 つまり……



「ヤツに勝利するには、条件が悪すぎます。
 ここは撤退が最善の策です」

「けど、あんなヤツを相手に逃げるのはなんかヤなのじゃっ!」

「ここで負けたら蒼凪恭文を伴侶に迎えることができなくなりますが」

「全力で撤退するのじゃっ! 恭文とのらぶらぶな毎日のためにっ!」



 ………………うん。実に扱いやすいお方だ。



 とにかく、姫の許しを得たからにはためらう理由はない。転送魔法を発動した姫の手を取り――次の瞬間、オレと姫は少し離れたビルの屋上に転移していた。



「…………しかし……ヤツはわらわ達を狙ってきたのであろう?
 このまま逃げても追ってきたりはせぬのか?」

「それはないでしょう。
 連中は、自分達の目的のために我々を襲っただけのようですし」



 姫の問いにそう答える――そう。メルトダウンの言動から察すると、その狙いはオレでも姫でもない。



 デモンズハッグが姿を現した時、ヤツはむしろデモンズハッグの方が狙いであるかのようなことを言っていた。



 だとすると……



「おそらく……ヤツの狙いはデモンズハッグ、もっと言うならば瘴魔獣でしょう。
 可能性として考えられるのは、瘴魔獣のデータが狙いだった、ということ……我らの護衛として瘴魔獣が潜んでいる可能性を考え、護衛を引きずり出し、そのデータを収集するのが目的だったと思われます」

「ふむふむ……
 なら、もうわらわ達が襲われる心配はない、と?」

「少なくともこの場は」



 そう……「この場は」。



 データが足りなければ、ヤツはまた同じように襲ってくるだろう……まったく、面倒な話だ。



「ですが……ご心配なく。
 このまま、あのような者の好きにはさせません」

「とーぜんなのじゃっ!
 わらわ達“蝿蜘苑”の誇りにかけて、あのような者に二度と負けることは許さぬのじゃっ!」



 そう……オレとしても戦士としての維持がある。

 こうしてオレ達を逃がしたこと……いずれ必ず航海させてくれる!



「…………ホーネット。それを言うなら“後悔”なのじゃ」

「これはしたり」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………おい、ジュンイチ」

「ん? ヴィータ……?」



 えー、模擬戦ですが……うん。なんとか勝った。

 戦力的には負ける気しなかったしね。確かに一斉に襲いかかられたら勝ち目なんかなかっただろうけど、1対1に持ち込んじゃえばやりようなんていくらでもある。



 けど……うん。さすがにあの人数を相手にするのは疲れた。



 最後、残った恭文と斬り合った時なんかもうガス欠寸前だったもんなぁ……



 …………そんなこんなで、すきっ腹を抱えて帰ろうかという時に、声をかけてきたのは六課が誇る永遠のアダルトロリータ……



「…………その呼び方、これ以上広めたらブッつぶす」



 わかったわかった。

 もう言わないからそう据わった目つきでグラーフアイゼンかまえるのヤメロ。



「で? 何の用だよ?
 オレは早く帰って晩ご飯食べたいんだけど」

「それにからんでの話だよ。
 どーすんだよ? “かーさん”のこと」

「かーさんって……シグナム?」

「わかっててボケてるだろ、お前」



 そりゃもちろん。

 お前の“義母かーさん”……リンディさんのことだろ?



「そーだよ。
 どうすんだよ? このままお前んちに置いとくつもりか?」

「うーん、オレ的には別に不自由しないけどさ……それでお前んちがギクシャクするのもなー……」

「つまり、ジュンイチさんのところにいるリンディさんを、どうやってクロノと和解させるかが問題、と……」

「そーなんだよな……」







 ………………

 …………

 ……







 ………………って!?



「二人とも……今の話、詳しく聞かせてもらっていいかな?」



「オレ達もクロノからそうとう問い詰められたんだ。知る権利くらいは、あると思うんだがな」



 フェイト、イクト……まさか今の話、聞かれた!?



 しくったっ! どうしようか考えてたのとすきっ腹で、二人の接近に気づけなかった……!?



 ……つか、二人の後ろで「あちゃー」ってやってる恭文。お前もごまかすとかしてくれよっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………恨むぞコノヤロウ」

「通路のド真ん中で話してたジュンイチさんの自業自得でしょうが」

「……なるほど。
 お前が一番悪いそうだぞ。人を呼び止めといて場所を移すでもなくいきなり本題に入ったうかつすぎるヴィータくん」

「考えれば考えるほどその通りだからほじくり返すのやめてくんねぇかなっ!?」





 さて、フェイトに対してごまかしてくれなかった恭文とバレるきっかけを作ったヴィータに若干恨みの念を抱きつつ、改めて帰宅途中。



 なお、なのはも知っていた、ということだけは全力でごまかしておいた。だってアイツは完全にとばっちりだし。



 で、今は恭文達も加えて、恭文のトゥデイでオレのアジトに移動。ちょうど車から降りたトコ。

 というのも、ヴィータだけでなく恭文も、リンディさんときちんと話すべきだって言い出したからだ。



 昼間話した時もそうだったけど、結果的にオレが引き受けることになったことに対してどうも悪いと思ってるらしい。気にしなくてもいいのに。



「そういうワケにもいかないよ。
 いくら僕の家が平穏を保てても、保護者が家出してる、なんて状況で試験がどうのって言ってられないでしょうが」



 ………………まぁ、その通りではあるんだけど。



「そうですよ。
 いくらジュンイチさんがかまわなくても、だからってリンディさんとクロノがケンカしてる今の状態がいいワケないじゃないですか」

「とにかく、早く帰ってもらい、クロノと仲直りしてもらうのが第一だ」





 ………………うん。フェイトやイクトもついて来てるんだ。なお、ジャックプライムのビークルモードでついて来た。

 恭文がリンディさんと話すと聞いて名乗り出たんだ。自分達も説得するって。







 まぁ、オレもこのままでいいとは思ってないので、そうしてくれるのはありがたい。







 なので……











「何? フェイトもあがってくの?
 だったら菓子折り持ってきな」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ジュンイチさんっ!」

「ここまでおいで〜♪ ひゃっほうっ♪」



 あー、もう、また始まったよ……

 説教しようと追うフェイトにからかいながら逃げるジュンイチさん……前みたいな険悪さこそなくなったけど、この関係は相変わらずか……



 ……とか思ってたら、いきなり鍵が投げ渡された……ジュンイチさん?



「先に入って待ってろ!
 オレも逃げ切ったら行くからさ♪」

「どうしてそこで『逃げる』っていう選択肢が出るんですかっ!
 ちゃんと話を聞いてくださいっ!」

「オレを捕まえられたらなー♪」



 ………………先行ってましょうか、師匠、イクトさん、ジャックプライム。



「あぁ」

「そうだな」

「異議なーし」



 とにかく、今はリンディさんと緊急家族会議だ。絶対に帰ってもらおう。

 これ以上ジュンイチさんに迷惑はかけられない。そしてそのためには、クロノさんと仲直りしてもらわないと、どうしようもない。



 そんな戦闘意欲も満タンで、僕らは地下駐車場から地上へ。先頭に立つ僕が玄関のドアを開けた。そして、家族からの『おかえり』というコール。





 素晴らしいのは、わざわざ玄関まで来て、出迎えてきてくれたことだ。いや、幸せだよね。こういうの。



 なので……





















 僕は、その場で崩れ落ちた。





















『パパっ! おかえり〜♪』

「恭文っ!?
 ジュンイチはどうしたの!? ジュンイチ、助けて〜っ!」





















 …………………………………………………………なんか増えてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!





















 さて、もう説明するまでもないだろう。僕をパパと呼ぶ人間は、今のところ二人しかいない。

 そう、カレルとリエラである。海鳴に住んでいるはずの二人だ。

 その二人にブイリュウが捕まっているのは。まぁいいとしても……





「いや、よくないっ!」





 などとやっていたら、追いかけっこも終わったのか、ジュンイチさんとフェイトもやってきた。



 で……当然のように、玄関の光景に目を丸くするワケですよ。



「カレル!? それにリエラもっ!」

「フェイトおねえちゃん、お久しぶりー!」

「おねえちゃんも、パパのお友達のお家にお泊りに来たの?」



 ……は?



 まぁ、待とうよ。待ってくださいよお二人さん。待ってくださいお願いですからっ! なんか会話がおかしくないかなっ!?



 つか、二人がここにいるってことは……



「カレル、リエラ、ジュンイチくんが帰ってきたの……って、恭文くん! ヴィータ! フェイトちゃん達まで!?」

「エイミィさんっ!?」

「エイミィ!?」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 えー、現在海鳴のハラオウン宅では、嵐が吹き荒れている。原因は……この二人だよ。










「だから、どうしてそうなのっ!?
 クロノくん、なんでもっと真剣にお母さんのこと、解決しようとしないワケっ!」

『いや、だから探してはいる。もう少し待ってくれ。すぐに居場所を……』

「そういうことじゃないよっ!
 クロノくんが態度を改めないと、見つけても帰ってきてくれないよっ!? お母さん、絶対に傷ついてるんだからっ!」



 原因は、ここの家主さんだよ。つか、見事に休みを消化して雲隠れするって、どんだけ用意周到なのさ。

 で、それ関連で、下の若夫婦も言い争っているワケだ。

 ……ほら、チビ達は向こう行こうな。パパの大好きな電王のディスクでも見ようか。キンタロスかっこいいしさ。



『とにかく、もうしばらく待ってくれ。
 ……それじゃあ、また後で連絡する』



 うわ、一方的に通信切っちゃったよ。エイミィ、頭かきむしってるし。



 うむぅ、やっぱりエイミィはリンディさん寄りか。そりゃそうだよな。あたしもちょっとひどいと思ったもん。



「……アルフ、桃子さん達にはうまく言っておいて」

「……は?」

「カレル、リエラ。少しだけ旅行行こうか?」





 ……あの、すさまじくイヤな予感がするんですけど。





「どこいくの?」

「楽しいところだよ〜」

「どこ〜?」

「二人の大好きなパパやお義母かあさんにすぐ会える……パパのお友達のところだよ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『………………と、いうワケ』



 とりあえず、客観的に説明できる人を求めた結果、海鳴在住のフェイトの使い魔さんに連絡。いや、カレルとリエラの世話を手伝いにハラオウン家に入り浸ってるし、事情知ってても不思議じゃないなー、ということで。



「…………エイミィ、またそんな勢いで飛び出してきて……」



 一通り話を聞いて、師匠もさすがに呆れ気味だ。まぁ、師匠の言うとおり勢いだけでやらかしてくれたんだからそれも当然か。



 当然、となりのジュンイチさんも……





「………………アホかお前」





 うちの若嫁を一刀両断してくださいました。





「アホって、ジュンイチくん、それはちょっとひどいんじゃないかなっ!?」

「どっこもひどくないわ、このアホタレはっ!
 ヴィータにお前にだけリンディさんの居場所知らさせたのは、後を追ってきてもらうためじゃねぇぞっ!
 クロノとリンディさんがお互い話し合える状態になった時に、仲介してもらうためだったってのに……なのにそのお前が率先して姿くらませてどーすんじゃっ!
 悪いがクロノにここを見つけるのはまずムリだぞっ! 仕事柄官憲様対策バッチリなんだからっ!」

「いや……だってクロノくんがあんまりひどいから」

「話し合いの芽が摘まれたって意味じゃ立派に同罪じゃボケぇっ!」











 ……そして、結局クロノさんを除いたハラオウン家は、無事にジュンイチさんの家で暮らすことになった。







 正直、ジュンイチさんには悪いと思うので、早急になんとかしないとね、うん。





















(第30話へ続く)







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おまけ



「………………あれ?」



 その日の業務も終わって、さぁ帰ろうかという時間帯……ふと思い立って、あたしは情報部に顔を出してみることにした。

 かつての戦友でもある親友を食事にでも誘おうかと、あの子が課長を務める高度情報管理課のオフィスにやってきたあたしだけど……うん。どうして書類とかまとめてるのかな?



 具体的には、こう……出張にでも行くみたいな感じで。



「どうかしたの? ジーナ」

「あぁ、ライカさん」



 …………自己紹介が遅れました。

 あたしはライカ・グラン・光凰院。“Bネット”機動部、実働教導隊の総隊長、並びに主任教官と壱番隊の隊長を兼務してます。



 で、この子はジーナ・ハイングラム。さっきもちょこっと触れた通り、情報部で高度情報管理課の課長をしてる。



 そして……あたしとは10年来の腐れ縁。







 ……で、話を戻して、と。



「まるで出張に行くみたいな感じだけと……何かあったの?」

「あぁ、はい。
 実は、ジュンイチさんから依頼があって」

「………………またあのバカか」



 ったく、アイツは……自分で提唱した“Bネット”だってのに、いざ組織運営が形になったとたん、「後は任せた」で放り出したクセして、何かあるとすぐこうやって当てにしてくるんだから……



「で? 依頼の内容は?」

「“向こう”で、ある人物についての調査をしてほしいって……」



 ふーん……ジーナに依頼してくるってことは、情報関係で追ってほしいってことか。

 この子、こう見えて裏の社会じゃ名の知れた“善玉ハッカーホワイトハット”だし。



「けど……アイツが特定個人をそういう風に気にするって……何か事件がらみ?」

「そこまでは言ってませんでしたけど……何でも、その子に触れた時、ジュンイチさんの“情報体侵入能力データ・インベイション”が暴発したとか」



 またまた補足で失礼。

 “情報体侵入能力データ・インベイション”っていうのは、ジュンイチの持ってる特殊能力のひとつ。

 右手でデータ、左手で生体情報……触れたものの持つ情報に自分の意識体の一部を使ってアクセス、干渉することのできる能力だ。



 けど……その能力が人に触れて暴発したってことは生体情報がらみ……左手が暴発したってことよね?

 どうしてそれでジーナに話が来るの? それだったら鈴香の領分でしょうに。



 その点を指摘するあたしだけど……ジーナは首を左右に振って、答えた。



「………………右手、なんです」

「え…………?」

「その時触れたのは右手……人間であるその子に触れたはずなのに、データへのアクセスが暴発したそうなんです」



 どういうことよ、それ……?

 人間相手に、データアクセスが……?



 …………どうも、イヤな予感がする。

 アイツ、また厄介事に首突っ込んだり巻き込まれたりしてるんじゃないでしょうね……?



 けど、そうなったらまた“JS事件”みたいな大事になったりとか……







 ………………よし。



「わかったわ、ジーナ。
 あたしも行く……なんか厄介そうな匂いがするからね」

「いいんですか?」

「いーいー。しばらく教導の予定も入ってなかったし、動くにはちょうどいいタイミングよ」

「ありがとうございます……」



 あー、ほら、そういうのはナシでいいから。



 で? その調査対象って誰なのよ? 向こうで話してもらえる、とか、そういう話?



「あ、いえ。一応名前だけは。
 えっと……」











「………………サリ・サムダック、だそうです」





















(本当におしまい)


次回予告っ!

万蟲姫 「うぅっ、あのメルトダウンのせいで、わらわのファミレスが……」
ジュンイチ 「いや、お前のじゃないだろ」
ホーネット 「ムリもない。
 姫にとってはお気に入りの店だったのだからな……」
万蟲姫 「わらわはどうすればいいのじゃ……
 わらわは……わらわは……
 …………生きていく術を失ったぁぁぁぁぁっ!」
ジュンイチ 「よその店行けよ」

第30話「とある魔導師と閃光の女神……とその他数名のきっかけ」


あとがき

マスターコンボイ 「…………と、いうワケで、あちこちで対立の構図が描かれた第29話だ」
オメガ 《えっと……
 ディセプティコンとクロスフォーマー、“蝿蜘苑”とメルトダウン一派、ミスタ・恭文とモンスターペアレンツ
マスターコンボイ 「表現を選べ最後のひとつっ!」
オメガ 《何言ってるんですか。
 ちゃんと選んだ結果コレなんですけど?》
マスターコンボイ 「思いっきりド直球だろうがっ!」
オメガ 《当然ですよ、ド直球な表現を選んだんですから。
 えぇ、むしろ死球になってもいいくらいの勢いで》
マスターコンボイ 「それは要するにアウトということだよなっ!?」
オメガ 《まったく、あぁ言えばこういう》
マスターコンボイ 「それはオレが言いたいセリフなんだがな……っ!
 ……まぁ、いい。これ以上続けてもラチがあかん」
オメガ 《そうですね。
 とりあえず、今回の話のコンセプトとしては、“敵組織同士の対立を描く”という点ですね》
マスターコンボイ 「劇中でマスターギガトロンも触れているが、不本意ながら現在の状況がオレ達六課を中心に形成されていると言ってもいいからな。
 しかも、オレ達を討つこと、それ自体が目的となれば、他者に出し抜かれまいと競い合う形になるのは必然か」
オメガ 《そういうことですね。
 まったく、迷惑な話ですよ。私達はゲームか何かの賞品ですか?》
マスターコンボイ 「そういう言い方は不快だが……否定できないのがさらに気に入らんな。
 この状況、早々に打開したいところだが……」
オメガ 《落とし所があるとするなら、まずは“蝿蜘苑”ですかね。
 首領たる万蟲姫がミスタ・恭文にベタ惚れですからね。彼に改めて落としてもらえば……》
マスターコンボイ 「………………なぜだろう。
 それが一番現実的な方策に思えてしまうのは」
オメガ 《まぁ、ホントにそれをやってしまうとまた彼が泣くんでしょうけどね。
 ………………それでなくてもそれが冗談でなくなるような事態が待ってるワケですし
マスターコンボイ 「おい、ボソッと何を付け加えた?」
オメガ 《いえいえ、ちょっとした極秘情報というヤツですから、お気になさらず》
マスターコンボイ 「いや、極秘情報をそんな無防備且つ意味深につぶやかれても……
 ……っと、そろそろ時間か。では、今回はここまでだな」
オメガ 《次回も応援、よろしくお願いいたしますね》

(おわり)


 

(初版:2011/01/15)