「久しぶりだな」

「まったくね。
 ビッグコンボイも元気そうで何よりだわ」

「そうでもない。
 近頃めっきり前線に出る機会が減ってな……身体がなまってしょうがない」



 やって来たのは、共に“JS事件”を戦い抜いた戦友達――ライカ・グラン・光凰院の応えに、オレも苦笑まじりにそう返す。

 しかし、たかだか数ヶ月ではお互い変わらないはムリもない話か……



「『前線に出る機会がない』?
 そんなの“JS事件”中からずっとじゃない。今さら何言ってんのよ?」



 ………………ホントに変わらないな、その柾木譲りの容赦のなさも含めて。







「それで……今回二人が来たのはジュンイチさんに頼まれてのことなんですよね?
 私らも少しは聞いてますけど……」



 そんなオレのとなりで口を開いたのははやてだ。

 そう。彼女や、そのとなりのジーナ・ハイングラムの来訪について、オレ達は昨日の内に柾木から説明を受けている。

 なんでも、サリ・サムダックの素性について気になることがあるというのだが……



「いきなり最初から裏ルートで調べなくても……
 最初にサムダック社長に聞いてみてからの方がいいんじゃないですか?」

「それで話してくれなかったら?」



 同席しているなのはの言い分ももっともだが……それには問題がある。案の定、光凰院はあっさりとその辺りを突く形で返してきた。



「もっと言うなら……その“話してくれない”事情に、法的に非常にマズイ事情がからんでたら?
 そんな状態で、何の確証もないまま突撃してみなさいよ。シラを切られた上に証拠を隠滅されるだけよ。
 その……サムダックだっけ? 社長さんのトコに行くのは、シラも切れないくらいの証拠をそろえてからよ……その“事情”の善悪に関わらず、ね」



 光凰院の言うとおりだ。うかつに話を聞きに行っても、向こうに話す気がなければどうしようもない。

 多少汚い手になるが、話を聞きに行くならば話をせざるを得ない状況に持ち込める、それだけの準備が必要になってくるのだ。



「せやけど……そんな簡単に素性の調査なんてできるんですか?
 ジーナさんが来たっちゅうことはネットワークから追うつもりなんやろうけど……」

「問題ないですよ」



 続けてはやてが指摘するのは第2の問題……すなわち、実際にそれが可能かどうかだ。

 だが……それも杞憂のようだ。はやての問いに、ハイングラムはあっさりとうなずいてみせる。



「どの世界のシステムだって、技術レベルの高低はあっても基本的な考え方は変わりませんからね。
 私にかかれば、ミッドチルダのセキュリティだって紙切れ同然ですよ。戸籍から銀行口座の残高から、何でもお望みの情報を仕入れてあげますよ」



 それはまた頼もしいというか恐ろしいというか……銀行と戸籍は、一番セキュリティの固いところだぞ?



 まったく、テスタロッサが席を外しているのは幸いだな。彼女はこういう話題には真っ先にかみついてくるからな……なのはですら渋い顔をしているし。



「……そういえば、そのフェイトがいないわね。
 何かの事件の捜査とか?」

「いや、そうじゃない。
 彼女は今……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……ということで、本局に来ました。



 仕事? 訓練? そんなもんより家の都合だよこんちくしょうがっ!










「……フェイト、覚悟はいい?」

「うん」





 そして、僕と、ここまで同行してきてくれたフェイトは乗り込む。そう、某提督さんのお部屋へ。



 すると、そこにいたのは……のん気にケーキ食べてるいい年した男が二人だった。



 ……って、ヴぇロッサさんっ!?





「アコース査察官、いらっしゃったんですか」

「やぁ、フェイトちゃん。あ、恭文も久しぶり」



 ……あぁ、事態が読めたよ。



「クロノさん、すみませんがその話に僕とフェイトも混ぜてもらってもいいですか?
 あなたの対応のおかげで、ジュンイチさんちが魔窟になっている件と、すばらしく結びつくと思うんですよね」

「……まさかジュンイチさんのところだったとは」





 えぇ、そうですよ。つか、なんですかアレっ!? ありえないでしょうがっ!

 

 


 

第30話

とある魔導師と閃光の女神……とその他数名のきっかけ

 


 

 

「……それはまた、えらいことになってるね」

「なってるなってないの話じゃありませんよ。ありえませんよアレ」





 いや、六課メンバーのセカンドハウスになるとかならあるよ? でも、実の家族が蹂躙しに来るってのはないでしょ。



 新しすぎて涙が出るよ。いや、斬新過ぎて殺意がわくね。



 それに、現状でその被害を一番被ってるのは僕じゃない、ジュンイチさんだ。リンディさんを引き取ってくれたおかげで、後を追ってきたエイミィさん達まであっちに行っちゃったワケだし。

 本来ならアレは家族である僕が引き受けるべきところだったのに……さっさと帰ってもらうのが理想だけど。



「それでクロノ、お願いだから迎えに来てくれないかな?」

「……すまないが、今すぐはムリだ」



 うん、予想はしてた。ただ、それで『はい、そうですか』じゃ、僕は納得できない。当然である。



「理由を聞かせてくださいよ。つか、こっちはAAA試験の準備やらもあるし、この状態は正直ジュンイチさんに申し訳ないんですけど」

《予想はつきますけどね》



 うん、つく。クロノさんは提督職だ。しかも、リンディさんやレティさんと違って、あちこちの世界を回る次元航行艦の艦長さん。

 「明日休みを取ります」とか言って、「はい、そうですか」で取れる役職じゃない。つまり……



「お前の想像のついている通り、仕事が立て込んでいる。1、2週間は動けない」

「クロノ、話はわかるけど、今のままでいいワケが……」

「次に二つ目っ!」



 わかるけど、納得はできないという顔のフェイトを、少し語気を強めることで止める。そして、クロノさんは言葉を続ける。



「……どちらにしてもだ、僕がちゃんと母さんやエイミィと向き合って話さないと、意味がない。
 通信やメールではダメだろう。恭文、フェイト、お前達やジュンイチさんに迷惑をかけることは、申し訳なく思っている。だが……そのための時間を、僕にくれ」



 そう言って、クロノさんは頭を下げた……安くない頭なのに。しかし……まぁ、しゃあないか。



「……わかりました」

「ヤスフミっ!?」

「まぁ、すぐにどうこうしろって言いませんよ。解決していこうとはしてくれているワケですし」

《そうじゃなければ、ここで強制的にジュンイチさんの家に連行する予定でしたけどね》





 うん、そのつもりだった。ま、結局は夫婦間だったり、母と息子間の問題だ。当人同士で決着つけさせればいいでしょ。



 それまで、ジュンイチさんへの申し訳なさに存分に苦しむことにしようじゃないのさ。うん、がんばろう。





「ヤスフミ、いいの?」

「いいよ。ま……家族と、友達のことだしね。たまにはこういうこともあるよ」

「……すまないな。この埋め合わせは、必ずさせてもらう」










 ……とにかく、話がまとまった所で、ヴェロッサさんがケーキを追加で出してきた。





 四人でそれを食べつつ、世間話をすることになったのだった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……ヤスフミが、本局の人事の人に呼ばれて、少しだけ席を外した。





 そこを狙って……頼りになる先輩と、その友達に相談をもちかけた。





 そう、ここ最近のことだ。




















「……それはジュンイチさんの言う通りだね」

「やっぱり……ですか?」

「あぁ。しかし、またキツイ言い方をされたようだな。
 僕も何回か共同で事件にあたったことはあったが、そうとうの身内びいきでな。身内のために犯人を容赦なく叩きつぶすことはあっても、よほどのことがない限り身内を相手にそこまでするような男には見えなかったんだが……」



 ………………ゴメン。今だからこそわかる。



 自分が……その“よほど”の状態だったってことが。



「いや、クロノ。それは違うよ。
 ジュンイチさんは普段こそアレだけど、引くべき線はきっちり引く人だよ」

「そう言われてみると……そういうフシはあるな」





 少しだけ、暗い気持ちを持ちつつ、ケーキをぱくり。程よい甘さが、そんな気持ちを吹き飛ばす。だけど、また雲がかかる。



 見て……いないか。でも、どうすればいいんだろう。ちょっとだけ、悩んでる。



 ううん、かなり。





「……根から崩れたのか?」

「そうだね。今まで、ちゃんと知っていた。全部じゃないけど、知っていた。
 そう思っていたことが……実は、全部私の思い込みで、なんにも知らなかった。そう考えたら、少し……」

「なるほど……
 それで、それがわかったフェイトちゃんは、この先どうしたいのかな」

「どうしたい……か。ですよね」





 ……なんとかしたい。ジュンイチさんに言われただけじゃない。当人のヤスフミにも言われた。

 私の、今までの接し方に、不満があると。今のヤスフミを、ちゃんと見ていないと。だったら、やることはひとつしかない。



 私は、そんな感情をヤスフミに抱かせているのはイヤだ。だから……ちゃんと……





「知らなくちゃ、いけないんだよね」

「そうだな。今のあいつの姿を、お前はしっかりと見なくてはいけない。すべては、そこからだろう」

「でも、どうすれば……」

「そうだな……」





 やっぱり、話すことだよね。でも、それだけでいいのかな? なんだか、今までと同じことになりそうで、少し……不安。





「いっそ、デートでもしてみればいいんじゃないの?」

「で、デートっ!?」

「あ、恭文だけじゃなくて、イクトさんともいいかもね」

「イクトさんとも!?」

「……なるほど、それがいいな」





 え、クロノ。それで納得するのっ!? 私、けっこう戸惑っているのに。



 デート、っていうだけでもそうとうなのに、恭文だけじゃなくてイクトさんとも、なんて……





「要するに、重要なのは恭文に対する見方を変えなければならない、ということだろう?」



 ……うん。そうだね。一番するべきところはきっとそこ。



「なら、手始めに恭文を家族や弟としてではなく、異性として見てみろ」

「異性として……」

「キミが今までその状態だったのは、恭文に対して、家族として接する部分が強すぎたからだと思う」

「そうだね。だから、本当に少しだけ、その部分を外してみたらいいんじゃないのかな。
 そうすれば、きっと今まで知らなかった恭文の一面が、見えてくると思うな。
 ……ううん、恭文のことだけじゃない。きっと、イクトさんのことも」



 家族としてじゃなくて、男の子として。今まで、私が知らなかったヤスフミやイクトさん……



「そうすれば、わかるのかな?」

「それはフェイトちゃん次第だね。
 けど、少なくとも現状は確実に変わってくるはずだよ」

「別に特別な意味は必要ない。ただ、対等の立場の男性として見ていけばいい。
 だからこそ、イクトさんともデートしてみるべきだと勧めるんだ……恭文とだけだと、今度は今の恭文を基準にイメージが固まってしまいかねないからな、キミは」

「……うん、そうだね。やってみるよ。
 クロノ、ありがとう。アコース査察官も、ありがとうございました」

「いえいえ。
 あ、それと追加アドバイスだよ?」










 アコース査察官からの追加アドバイスは、まずは、普段からそういう目で見ることを心がけた方がいいということだった。





 ……そうだよね。いきなりなんて上手くいくワケないんだから。これから、少しずつだよね。うん、がんばろう。





 今のヤスフミ達のこと、知っていこう。このままは、きっとダメだから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そうして、戻ってきた恭文と一緒に、フェイトちゃんは帰っていった。どこか吹っ切れたような顔をしていたのが、微笑ましかった。





 だけど……さぁ。










「……なんていうかさ、クロノ」

「なんだ?」

「キミの妹分は……こう、なんていうかアレだよね」

「言うな」





 あのツッコみ所満載な理論でなんとかなるとは思わなかったよ。ビックリしたさ。



 でも、これで……いいのかな?





「そうだな。これで、少しは状況も改善されるだろう。
 いや、されていってほしい。さすがに……不憫だ」

「そうだよね。そうとうヒドイ状況だし」





 ありえないよね、アレは。いや、そこまでされてもがんばろうとする恭文はマジメにすごいよ。



 やっぱり、報われてほしいね。うん、絶対に報われてほしい。



 だからこそ、ジュンイチさんだって彼女に対してキレたんだろうし。





 それに……イクトさんについても同様のことが言える。



 彼とフェイトちゃんとの関係だって、お互いに特別な位置に相手を置いている。いくら恭文に報われてほしいからって、それで彼をないがしろにしていいはずもない。その辺りの決着も、きっちりつけておかなければならないだろうね。



「……で、キミの方はどうするんだい?」

「とりあえず、反省するさ。無神経な自分を罵りつつ、業務を行っていくことにする」

「そうだね。それが正解だ」



 まぁ……家出なんて短絡的なマネに出てくれた側にも改善すべきところはあるんだろうけど……そこは心配ないだろう。ジュンイチさんがきっとうまくやってくれるはずだ。











 ………………ついでにフラグが立ちそうな気がしないでもないけど。

 リンディ提督は未亡人=独り身だし、エイミィさんも旦那であるクロノくんと微妙な状態となればその辺の余地は十分にある。







 …………というか、彼なら絶対やらかす。少なくとも二人のうちどちらかには確実に。











 頼むから、これ以上人間関係がややこしくなるような事態は起こさないでほしいんだけどなぁ……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 とりあえず、クロノさんの方はこれでいいだろう。すぐに、とはいかなかったけど、自分の手でケリをつけてくれることは約束してくれたし。



 そんな感じで、まずまずの成果と共に六課に戻ってきたワケだけど……ちょうど終業時間だったからいざ帰ろうかと思ってたところでフェイトに捕まった。

 で……現在、中庭でフェイトを待ってるところ。



 空に浮かぶのは二つの月。実は、この夜空が好きだったりする。

 だって、地球はこんな光景見られないもの。うん、異世界だって認識できるのが、楽しいのだ。





 けど……フェイト、何の話だろ?



 今だって、一緒に来ればいいのに僕だけ先にここまで来させて……







「ヤスフミ」







 ……っと、ウワサをすれば何とやら。ちょうど来たみたいだ。



「…………すまんな、蒼凪。同席させてもらうぞ」







 ………………って、イクトさん?

 ひょっとして、イクトさんも……フェイトに呼ばれたとか?



「まぁ、な……」



 とりあえず、これで納得できた。

 フェイトが僕だけ先に行かせて姿を消してたのは、イクトさんを探しに行ってたからか。



 ついでに、ちょっと時間がかかってた理由も納得。

 この人、隊舎の中でも未だに遭難するくらい方向音痴だからなぁ……



「………………面目ない」



 まぁいいや。

 で……フェイト、話っていうのは何さ?



「うん……
 ヤスフミには、前にちょこっと話したよね?
 ジュンイチさんに言われたこと、ちょっとずつ考えてるって……」

「うん。言ってたね」

「それで……ちょっと、考えてみた。
 ジュンイチさんに、『今の恭文のことをちゃんと見てない』って言われたこととか……
 そう……だったんだよね? ヤスフミ」



 ちょっと言葉にし辛かったので、うなずいて肯定する。



「そのことで……昼間本局に行った時に、クロノやアコース査察官にちょっと相談してみたの」



 いつの間に……あ、僕が人事に呼ばれてた時か。



「それでね……その時、イクトさんのことも言われたの」

「オレのことも?」

「うん。
 それで……気づいた。ちゃんと見れてなかったの……ヤスフミだけじゃなかったってこと」



 そうだね。

 ただ、イクトさんについてはお互い様な気もするけど。二人して「エリキャロの保護者つながり」って公言してたワケだし。



「つまり……今後は、立ち位置とかそういうのを抜きに、オレ達自身のことを見ていきたい……ということか?」

「はい……
 私……二人のこと、ちゃんと見れてなかった。家族だとか、エリオ達の保護者仲間だとか……そういう“立場”でしか、二人のことを見てなかった」



 そっか……フェイト、けっこういろいろ考えてくれてたんだ。



 ………………イクトさんのことと一緒に、ってことにちょっとだけヤキモチを妬いちゃうのは、仕方のないことだと思う。うん。



「もっと、話したい。いろんなこと、一緒に背負えるように、分け合えるように、わかり合えるように。ヤスフミと、イクトさんと、もっと話したい。
 ……その、直訳すると、こういう感じかな」

「……僕らでいいの?」

「二人じゃなきゃ意味がないよっ! あの……えっと……だから……ね」

「うん……」

「何だ?」





















「デートしない?」





















『……………………………………………………………………はい?』



 あー、まてまて。いきなりすぎて意味がわからないよこれ。

 なんでここからデートっ!? いや、うれしくないワケじゃない。ただ、ワケがわからないっ! イクトさんと二人そろって呆けちゃったじゃないのさっ!



「あの、私達はコミュニケーションが決定的に不足していると思うの。だから、そういうのを埋めるために、デートが必要なの」

「……そうなの?」



 いや、誰に聞いてるワケじゃないんだけどさ。だけど、フェイト的には必要らしい。力いっぱいうなずいた。

 ……やっぱりこのおねーさんは天然だよ。ひどい。ひどすぎる。

 でもまぁ、断る理由……ないよね。うん。



「じゃあ、あの……うん、デートしようか。久しぶりだし、張り切ってさ」

「オレも……まぁ、そういう理由なら、異存はないな」

「……うん。あの、私がんばるからっ!」

『いや、何をっ!?』









 ごめん、やっぱりキャラ変わってるから。というか、ひどい。ひどすぎるよこれ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………………………とにかく、それから一週間が経った。それはもう、あっという間に。





 ということで……やってきたのは、ラトゥーアっ!

 最近、海上の人工島の上にできた娯楽施設である。



 えっと、室内プールにアミューズメントパーク。シネコンにとなりには併設している豪華ホテル……すごいねオイ。

 これ、一日で遊び切れないんじゃないの?







「本当だね。すごい……」

「CMとかではやってたから知ってはいたけど、すごいね……」

「というか……もはや他の表現が思いつかん……」



 はい、フェイトとイクトさんも一緒です。一緒に施設を見上げてポカーンとしています。というか、すごいです。







 ………………うん。イクトさんもいる。三人一緒にデートなのだ。







 というのも……あの一週間前のフェイトの宣言の時、さてどちらと先にデートしようか、って話になった。

 まぁ当然だけど。デートってのは基本1対1なものだし。







 けど……そしたらフェイトがパンクした。僕とイクトさん、どっちの顔も立てようとして、どうしようかとうんうん知恵を絞った末に。

 で、そんなフェイトを見るに見かねたんだと思う。気がついたら……僕が「じゃあ三人一緒で」って提案してた。







 えぇ、提案してから思いっきり後悔しましたとも。せっかくのチャンスに何やってるんだと。ナニ敵に塩を送るようなマネをしてるんだと。

 話がまとまって、家に戻った後、アルトに延々とヘタレ呼ばわりされたのは言うまでもない。







 まー、こうしていてもダメか。うん。今からは……楽しくですよ。





「じゃあフェイト、入ろうか」

「そうだね。ここでぼーっとしてても仕方ないし」



 しかし……今回はいきなり過ぎてワケわからないよ。なんでこんな状況にっ!?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 だ、だってその……鉄は熱い内に打てって言うから。とにかく、勢いがほしかった。うん、凄く。





 とにかく、私とヤスフミ、そしてイクトさんは一緒にラトゥーアへと入っていく。当然、お休みはとってる。というか、人事部の人がひどかった。

 私が有給を取りたいと聞いて、パニック起こしたっていうし。なんというか……そこまでだと思われているのかな?











 ………………なのはならともかく。











 それはそれとして、最初に私達が向かったのは……







「……水着ショップ?」

「うん」

「でも、この間の旅行の時に、新しいの買ったんじゃ」



 うん、買った。確かに買った。だけど……シャーリーに言われた。「枯れてる」と。系統が似通っていて、枯れていると。



 さすがに、私だって女の子。そういうことを言われると傷つく。だから、がんばることにした。



「なるほど、納得した」

「そういうことだったのか」

「ゴメンね。いきなり私の都合につき合わせちゃって」



 正直、申し訳ない。仕事があったとは言え、こういうのは事前が定石だと思うから。



「いーよそんなの……というかさ、あの」

「なに?」



 そんな話をしつつも、私達は水着ショップへと入る。ラトゥーア中にある、スポンサーの系列店。

 きっと、室内施設との相乗効果を狙っているんだよね。うん、納得。



「いや、何なら僕らは外で時間つぶしてくるけど。
 いいよね? イクトさん」

「当然だ」

「……ヤスフミ? イクトさん?」



 そんなのダメだよ。デートなのに、勝手な行動なん……あ、もしかして。



「あの、二人とも……いるのが辛いのかな」

「まぁ、確かに居心地の悪さは感じているが……それだけではないな」

「うん。そうじゃなくてさ、その……」

「うん?」

「僕らがいたら、選びにくくない? ほら、僕ら男だし」



 ……そういうことだったんだ。



 まぁ、確かに……その、サイズとかを知られるのは少しだけためらう。

 でも、うん……いいかな。それに、きっとこういうことが必要なんだ。



 お互いに、一緒に話しながら、いろんなことをしていく。そういう事から始めないとダメなんだ。





「あの、大丈夫だよ? というか……一緒に選んでほしい」

「いいの?」

「うん。今日は思いっきりイメチェンしたいから、アドバイザーがほしいんだ。お願いね」

「……わかった。
 そういうことなら、微力ながら力になろう」







 そして、三人で水着を選ぶことにした。ヤスフミもイクトさんも、さっきから顔が赤い……ムリないよね。こういうの、初めてだし。







 というか、私も少し……ドキドキしてる。あの、なんかおかしいな。うん、いつもみたいにできない。あ、でもいいのかな?





 だって、いつも……今までとは違う形にしていくんだから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そうして、水着を無事に選び、ショップを出た。そうすると……もうお昼だよ〜。



「そうだね。けっこう時間、使っちゃった」

「でも、その分いいものが選べたしね。うん、十分イメチェンできてるよ」

「なら、うれしいな」



 ……やっぱり、フェイトおかしい。こう、なんかいつもと違う。まぁ、保護者モードが入らないってのは、いいことなのかな?







 ……そしてイクトさんはいつも通りだったね。さっそく鼻に詰められたティッシュがいろいろ台無しだよ。



「………………すまん」





 とにかく、お昼だよね……僕は、パンフレットを開く。確か……あった。





















 そして、僕達はラトゥーアの中にあるバイキング店に来た。



 つか、規模がすごい。各世界の名物料理が食べ放題ですよ。結構珍しいのもあるし。ま、デート中だから、臭いのキツくなるのはアウトだけど。











「……美味しいね」

「うん。レベル高いわ」



 僕も、フェイトも、そしていつもはポーカーフェイスなイクトさんも恵比寿顔。というか、幸せ感じております。



「というか、ヤスフミ」

「なに?」

「なんか、ちょっとだけ真剣」



 ……バレてたか。そう、僕は食べながら、真剣なオーラを出しまくっていた。理由は簡単だ。



「うちで再現するために、しっかり味わいたくて……」

「……納得した。というか、料理好きだよね」

「まぁね。作るの楽しいし」



 ……自分の作ったものを、フェイト……だけじゃないな。みんなが食べてくれて、美味しいと言ってくれる。それがうれしい。



 壊すことだけじゃない。戦うだけじゃない。ささやかだけど、そんな幸せを紡ぐことができる。そういう料理の時間が、僕は、好きだったりする。

 ちょっと照れくさいから、フェイトには言えないけどね。



「……なんか、隠し事してる?」



 ……なんでこうカンが鋭いのさ。恐ろしさすら感じても、それは罪じゃない。



「ダメだよ。ちゃんと話して? 今日は、たくさん話して、コミュニケーションしていく日なんだから」

「うー、わかったよ。えっと……」



 今思っていたことを、正直に話した。すると……あれ、なんでそんなに微笑む?



「だって、今までそんな話してくれなかったから、うれしいの」

「なんか、照れくさいの」

「照れることないよ。もっと、そういう話聞きたいな。あの、聞くだけじゃない。私も……話していきたいから」

「……うん、そうだね」

「というか……そういうものなのか?
 その……自分の作ってもらった料理をうまいと言ってもらうのがうれしい……というのは」

「そうハッキリ言葉にされるとまた恥ずかしいけど……うん。そんなもんなの。
 そういえば、イクトさんが料理するって話、聞かないね?」

「ひょっとして、料理できないんですか?」

「できることはできるが……何分、子供の頃から男所帯で育ったせいか、豪快な男料理しかできないんだ。それも自分達だけが食べることを前提にした、な。
 “Bネット”に入って以来食堂の食事に頼りっきりだしな……六課に来てからも同様だ」



 フェイトやイクトさんと、美味しいご飯を食べながら、話した。普段は話せないことを、少しだけ。うん、幸せかも。こういうの。





















 ……うん、不幸せかも。こういうの。











「というか、フェイト。ゴメン……」

「オレ達の配慮が足りなかった……」

「あの、ヤスフミっ!? イクトさんっ!?
 大丈夫だから、落ち込まないでっ!」







 さて、僕ら男衆がなぜダウナー入ったかと言うと……原因があります。そう、お腹がふくれたのです。



 こんな状態で、僕らはともかくフェイトはプールに入れないよっ! 見事に大食いしたから、ぷくってなってるしっ!

 あぁ、失敗した。もうちょっと気遣うべきだった。うぅ……



「あの、それならどこかで時間をつぶそうよ。そうすれば……」

「大丈夫……?」

「うん、だと思う」

「そうか」



 確かに、それが正解か。なら、どこがいいかな?



 僕とイクトさんだけなら、男同士気兼ねなくゲーセンとかに遊びに行くところだけど、せっかくだから、フェイトと一緒に楽しくできるところがいい。そうすると……あ、それなら。



「フェイト、映画見ない?」

「映画?」



 そう、映画だ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ラトゥーアという施設は、本当にいろいろなものがある。例えば、プール。例えば、バイキング。そして……映画館。シネマコンプレックスだ。



 パンフレットに目を通しててよかったよ。すぐに思いついた。映画だったら、2時間くらいは楽勝だし、さすがにお腹もへっこむでしょ。







 そうして、僕達はシネコンへ来た。行き当たりばったりなのを、イクトさんと二人してフェイトに謝りつつ。フェイトは、それでもいいって言ってくれたけど。







 でもね、男としては、ちょっと考えるの。うん、いろいろとね。そして、それはきっとイクトさんも同じ。











 さて、どの映画を見るかだよね。これによって、今後のいろいろなものが変わってくる。。



 ……あ、『さらば電王』やってるんだ。



 うん、却下。だって、イクトさんはもちろん、フェイトが知らないから。なのはやヴィヴィオ曰く、見てないそうだし。

 そういや……僕も映画見られてないんだよな。結局。うぅ、悲しい。



 なら、別だ。恋愛映画……R18的なシーンがあったらアウトだよね。一発で雰囲気がまずくなる。

 特に僕らは三人で来てる。険悪じゃないってだけで、関係だけ見れば思いっきり三角関係な構図なワケで、ぶっちゃけギャンブルにも程がある。







 ホラー……食べた直後でこれ? イヤですよ私は。肉とか魚とか散々食べたのに。







 SE○ AND……大却下だよ。おもしろいけど、気まずくなる。ギャンブルにもならないよ。





 そうすると……うーん。











「あの、二人とも」

「テスタロッサ……?」

「どうしたの?」



 僕やイクトさんがあれこれ考えていると、声がかかった。当然、フェイト。僕らが視線を向ける中、フェイトはある一点を指さした。



「私、アレ見てみたいな」



 そうしてフェイトが指さしたのは……おいおい。恋愛映画じゃないのさっ!? またギャンブルに出たねっ!



「あの、シャーリーがお勧めだって言ってたから」



 ……納得した。自分の情報じゃないところかがいろいろ。そしてシャーリー、いい仕事……だろうね? ちょっと怪しく感じるんだけど。



「うし、ならアレ見てみようか」



 恋愛映画なんて、ほとんど見ないしね。新ジャンル開拓と考えれば、きっと楽しめるさ。

 R18? まぁ、なんとかなるでしょ。



「あの、本当に大丈夫? ムリしてないかな」

「してないよ?」

「でも、さっきあれこれ悩んでたみたいだし……」



 うん、いろいろと。まぁ、そこはいいさ。



「ムリとかしてないから大丈夫だよ。それに、シャーリーのお勧めなら、さぞかしおもしろいだろうし」

「あの、本当に大丈夫? ヤスフミ、アニメとか特撮好きなんだし、イクトさんも時代劇大好きだよね?
 それでもいいんだから。見たいのあるなら、ムリしな……痛っ!」



 そりゃそうだ。僕とイクトさんのWデコピンが炸裂したんだから。痛そうに、フェイトがおでこをさする。

 うん、少なくとも僕は加減しなかった。だって、また保護者モード入りかけてたし。



「あのね、フェイト」

「うん……」

「まぁ、見たいものがないって言ったらウソになる。
 僕も……きっとイクトさんも」



 『さらば電王』とかね。



「でも、それじゃあフェイトと一緒には楽しめないの……これは、デートだよ?
 二人……いや、今回は三人か。とにかくみんな一緒で楽しめなくちゃ、意味ないじゃないのさ。僕らは、フェイトだけ楽しいのもイヤだし、自分達だけ楽しいのもイヤ」

「そんなことで譲られても、オレ達はきっと楽しめはしないさ。
 お前に譲られたことが気になって……な」



 デートの基本は、二人で楽しく……である。三人だからって、その原則、忘れちゃいけないのよ。



「僕らは“フェイトと”楽しく過ごしたいの。だから、あの映画を見る。みんなで楽しくね……OK?」

「……うん、わかった。じゃあ……みんなで楽しく……だよね?」

「うん」

「わかってくれればいい」











 やっと納得してくれたよ。まったく……でも、いいか。



 フェイト、なんか笑顔だし。うん、ちょっとうれしい。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 うぅ、おでこひりひりする。ヤスフミもイクトさんも、ちょっと乱暴。





 でも……そうなんだよね。





 これは、デート。私達三人が一緒じゃなきゃ、一緒に楽しくなくちゃ、意味ないんだ。ちょっとだけ、忘れてた。





 それに、そう言った時の二人の顔、いつもと違った。





 いつもの、とぼけた事を言うヤスフミの表情じゃなくて。





 真剣な時のイクトさんの顔じゃなくて。





 戦ってる時の……その、あんまりなってほしくないけど、戦ってて楽しそうにしてる時の二人の顔でもなかった。





 私の知らない顔、していた。なんて言えばいいんだろう……





 もしかしてアレが、“男の子をしている時”の二人の顔なのかな?





 うん、きっとそうだ。あんな顔、できるんだね。知らなかった。





 ……違う。そうじゃないよね。





 私が、知ろうとしなかっただけ。二人のことを、見ようとしなかっただけ。





 きっと、何回もあんな顔をしていた。私が、見過ごしていただけなんだ。





 なんだか、私……本当にダメだね。ジュンイチさんの言う通り、ちゃんと見ていなかった。





 危なっかしくて、放って置けない。弟としての顔……とっても頼りになる、一緒にエリオ達を見守ってくれる先輩としての顔しか見ていなかった。見ようとしていなかった。





 だから、今まで気づかなかった。こうやって、一緒に過ごして、異性として見るように心がけて、ようやく気づけた。





 ……なんだろう、私。少しおかしい。いつも二人といる時の感覚じゃない。





 これは……楽しいってことなのかな?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……映画の内容は、思いっきりベタだった。





 片想いをしている男の子がいた。すごく不器用で、内気で。





 その相手の女の子に、一生懸命アプローチするんだけど、ことごとくが失敗。





 それでも、あきらめない。がんばり続ける。





 周りからムダと言われても、がんばる。失敗しても、がんばる。





 一歩間違えたらストーカーだよね。でもさ、ムリないよ。





 「仕方ない」の一言で、片づけられないんだから。振り向いてほしい。それがムリなら、気づいてほしい。





 願うのは、たったひとつだけ。知ってほしい。ただそれだけだった。





 だけど、その願いは急展開を迎えた。





 彼女には、他に片想いの相手がいた。





 で、結局……主人公の男の子は、その子と、片想いの相手の橋渡しをした。





 これは、上手くいった。今まではさっぱりだったのに、今回はちゃんと伝わった。





 彼女は、幸せそうにその相手と歩いていく。だけど……男の子は違った。





 泣いた。ただひたすらに泣いた。悲しくて、辛くて、悔しくて。ただ、泣いた。





 そこで、映画はエンドロールだった。





 陳腐といえば陳腐。王道と言えば王道。そんな映画だった。





 そして僕は……泣いていた。




















「……ヤスフミ」





 ごめん。大丈夫……だから。



 フェイトに連れられて、劇場は出た。シネコンのロビーのベンチに座らせてもらっている。だけど、止まらない。



 想像できたから。リアルに。そのおかげで、涙が……止まらない。

 いけない、しゃんとしなきゃ。フェイトがいるんだから。うん、しゃんとしよう。





「……ダメだよ」





 ぬくもりが包む。暖かくて、優しいぬくもり。

 それが抱きしめてくれたフェイトの腕によるものだと認識するまで、少し時間がかかった。





「え……あれ?」

「ガマン、しなくていいよ。泣きたいんだよね?」



 うん、泣きたい。まだ足りない。ちゃんと吐き出していない。だけど……ダメ。フェイトがいるのに、こんなの……



「ダメじゃないよ。というか、私はヤスフミがガマンしてるのなんて、楽しくない。
 大丈夫だよ。ちゃんと受け止めるから。ガマンなんてしないで、吐き出して。私、こうしてるから」










 ……ダメだよ。





 そんなこと言われたら、アウトだよ。泣く。というか、泣いた。





 涙が止まるまで、フェイトの肩を借りて……ずっと、泣いてた。




















「……あの、フェイト」

「ダメだよ」

「また何も言ってない……」

「謝ろうとしてた。そんなこと、言わなくていいよ」





 少しだけ時間が経って、ようやく持ち直した。



 目が、重たい。けっこう、時間かかった。うぅ、本当にダメだぁ……





「……ヤスフミ、私といても楽しくない?」

「え?」



 フェイトの顔を見る。すると、ちょっと怒ってるような顔をしていた。え、なんでっ!?



「ヤスフミが、遠慮ばかりしてるからだよ……あのね、私は今日一日、すごく楽しいよ?
 一緒に映画を見るのも、本当に久しぶりだったから、すごく楽しめた」

「でも……」

「泣いたのだって、別にいいと思ってる。というか、感動したりするのは、悪いことなんかじゃないんだから」



 それはわかってる。うん、わかってる……つもり。



「とにかく、私は楽しいよ。
 ヤスフミやイクトさんと一緒にいるの、すごく……ヤスフミは、違うのかな?」

「違わない。うん、すごく楽しい」

「なら、それでいいから。もうちょっとだけ、楽にしててほしいな」

「……うん」





 いい、のかな? ……うん、いいってことにしておこう。その、いつもと違うから、少しだけ気張ってるのかも。





「でも、すごく感動したんだね」

「……うん、感動っていうか、キた」





 まさか、自分に重ねましたとは言えない。







「私も、少し……切ないよね。ああいうの」



 うん、わかってくれてうれしいよ。いろいろと辛いのよ?



「……ヤスフミ、ああいう人がいるの?」

「人って?」

「その、片想いしてて、ぜんぜん通じない人」



 ……内緒。



「ダメ。ちゃんと話して」

「だーめ。話しません」

「なんで?」

「言うべきシュチュエーションってヤツがあるのよ。今はすこーしだけ違うもん」

「そんなこと言わないで、教えてほしいな。あの、ちゃんと聞くよ?」










 ……教えません。うん、少しだけ、今は勇気が出ないから。まぁ、なんていうかさ、アレだよね。










 勇気が出たら、もう一回、がんばろうかな?





















 ………………あれ?



「フェイト」

「ん?」

「………………イクトさんは?」

「………………………………あれ?」







 そう。いつの間にかイクトさんの姿がない。



 思えば、シネコンを出る辺りから見てないような……まさかっ!?





「イクトさん……はぐれたっ!?」

「きっとそうだよっ!
 あー、もうっ! 何やってるのさ、あのキング・オブ・ザ・方向音痴はっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………すまん。
 ほんっ、とーに、すまん」



 うん。本当にごめんなさいだよ。僕らがどれだけ肝を冷やしたと?

 ヘタしたら今日の残り時間、全部イクトさんの捜索に使っちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしたよ?



「わかっている。
 だが、今のオレには謝ることしかできん。
 だから……すまん」

「あぁ、もういいですから。
 ある意味、イクトさんらしいイベントが発生したってことで」











 とにかく、無事イクトさんを発見した僕らは改めて室内プールへ来た。



 なお……イクトさんがどこにいたのかは彼の名誉のために伏せておきます、うん。







 というか……ちょっとドキドキ。



 イメチェンフェイトのお出迎えだしね。少しだけ、ドキドキ。どんな水着を着るかはわかってても、それは変わらないのだ。










「二人とも、お待たせ」







 後ろからかかってきた声は、少しだけ緊張の色を含んだ声。僕とイクトさん、同時にそちらを向くと……フェイトがいた。でも、いつもとはちょっと違う。



 少しだけ明るめの、青色のワンピースタイプの水着を着ているのだ。普段は紺とか黒が多いのに。







 ……あ、脇というか、サイドのところが編み上げになっている。うーん、露出多いよね。ちょっとえっちぃ。



 で、髪型も……ロングではなく、青いリボン(水もOKなヤツ)を結んで、ポニーテールにしております。







 うん、思いっきりイメチェンだよね。というか、別人だよ。







「……あの、どうかな?」

「うん、似合ってるよ。すごく綺麗……というかさ、フェイト」

「うん?」



 ……僕、試着した時も同じ事を言ったはずなんだけど。



「あの、それでも少しだけ緊張するんだよ。やっぱり、初めてだから」



 ……ゴメン、いやらしいこと想像した。だけど、罪じゃないよねっ!? これくらいは許されるよねっ!



「ヤスフミ?」

「なんでもない。とにかく、泳ごうか。三人で、楽しくね」

「うんっ!
 ………………ただ、ね……」

「うん………………」



 二人でうなずいて……視線を落とす。







 イクトさん……毎回毎回鼻血出して倒れてないで、いい加減慣れてくださいよ。

 つか、「似合ってる」って人工ビーチに書き残すのやめてくださいよ。アナタの状況が状況なだけにダイイングメッセージみたいじゃないですか。





















 …………とりあえず、イクトさんが復活した後は、それはもう遊び倒しましたさ。



 ウォータースライダーに乗ったり、流れるプールに流されてみたり、水のかけっこしたり。



 ビーチボールを持ってきて、バレーを。でもさ……身体能力でこの二人には勝てないんだよっ! あんなスパイク受け止められるかっ!



 つか、遊んでてスパイクをするなっ! ……ま、そこはいい。







 とにかく、今は……三人で星を見ております。





















「……綺麗」

「うん、本当に」

「あぁ……」







 実は、このプールのある室内ドーム。現在の時間、プラネタリウムのお時間が来たのだ。



 なので、僕もフェイトもイクトさんも、ちょこっと遊ぶのを休憩して、空を……天井を見上げている。

 目に映るのは、ぶっちゃけちゃえばニセモノ。だけど、輝きは本物。



 見ているだけで、気持ちが広くなっていくのがわかる。前にもあったな。管理世界の出張で、野営した時に。あの時の星と、同じだ。







「フェイトってさ」

「うん」

「ミッドの星座って、わかる?」

「一応はミッド出身だから……あ、わからないの?」



 その言葉にイクトさんと二人でうなずく。

 うん、わからない。まぁ、ちょこちょこって感じだけどさ。解説も入るし。



「なら、教えてあげるよ」

「あー、いいよ。なんとなくわかるし」

「ダメ。
 というか、私が教えたいの。共通の話題、増やしたいしね」



 ……なるほど。なら、ここは高町先生にご教授願おうかな。



「んじゃ、お願いします。先生」

「ぜひともご教授願おう」

「はい、任せてください……なんてね」







 ミッドの星空。今まではなんとなく見ていた。だけど、これからは少しだけ……違うかな。







 フェイトから教わった意味とか逸話。思い出しながら見るから。きっと、この時間も思い出す。うん、また大事な記憶、増えた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして、僕達はプールを出た。いや、いろいろ堪能したしね。そして……お茶の時間です。





 いいのよ。お茶の時間にしたいのさこっちは。というワケで、僕は友達(ヒロさん)から教えてもらった、美味しいケーキショップに、フェイトとイクトさんを連れてきていた。





 というか、すごいよね。ラトゥーア内にも出店してるんだ。クロスフォード財団って。どんだけ幅広くやってるのさ。





 ……あー、思い出したくない話を思い出してしまった。出向、本決まりだそうです。おそらく、今週中に。





 どんなことになるんだろう。いや、とんでもないことになるのは明白だけどさ。覚悟だけは、しておきますか。





















「……綺麗だね」

「なんというか、食べちゃうのがもったいないよ」



 僕達が注文して、出てきたのはすばらしいほどに綺麗なチョコレートケーキ。



 ケーキの上のチョコクリームは、まるで宝石か何かのように輝いている。そして、上にちょこんと乗っているアーモンドが、アクセントとなってかわいい。



 とはいえですよ。食べないワケにはいかないので……



「そうだね。それじゃあ」

「いただいちゃいますか」

「………………もう少し鑑賞していたいのだが」

『ダメ』



 珍しくグズるイクトさんの提案を二人で一蹴。三人で笑いながら、にこにこ顔でケーキをぱくり……ふわぁ、おいひい。



 チョコのほろ苦さ。クリームの甘さ。スポンジのふわふわとした食感。すべてがパーフェクト。

 すげーよクロスフォード財団。ただの金持ちの家系じゃないよ。ちゃんと商売できる人達だよ。



「……美味しいね。というか、すごい」

「うん……」

「蒼凪、また真剣な顔をしているぞ……」



 ……あ。



「にゃはは……ついつい」

「まぁ、そういう所がヤスフミらしいのかな? 興味のあるところに、すごく貪欲なところ」

「まぁ、そのおかげで現状だもので……」



 でもさ、すごいよねこれ。翠屋のケーキとタメ張れるんじゃないの?



「確かにな。
 高町桃子のケーキといい勝負ができるぞ」



 でしょ? イクトさんもそう思いますよね?





「そういえば」

「うん?」

「ヒロさんとサリさんとの訓練。
 記録映像見たけど……本当にあんな感じなの?」

「……そうだね」



 まだ信じられませんか。いや、わかるけどね。



「そこまでがんばってたんだね。私、なんにも知らなかった」

「話してなかったしね。というか……余裕なかった」



 いや、マジメにきつかったのアレ。何回か、命の危険を感じたもの。なんとか越えられたけど。



 でも、そのおかげでね。いろいろと上手になった。みんなの力に、少しはなれたかな?







「あとは……ヒロさん達来てくれるなら、武術関係をちょっと見てほしいんだよね」



 ケーキまた一口。あぁ、幸せが身体を駆け巡るー!



「不安なの?」



 フェイトも一口……表情、変わるね。それも幸せそうに。



「うん。どーもね、まだまだな感じがする。というか、魔法戦闘に頼りすぎかなと」



 そして、僕は紅茶の入ったカップを手に取る。



「正直、ジュンイチさんだけだよ? 今の六課でその辺の訓練の相手をガチでしてくれてるの。
 それ以外でできるとしたらマスターコンボイやエリオとの組み手くらい。師匠とかはスバル達を主に見てるからあんまり頼れないしね」

「……そっか。ゴメンね、私やシグナムがもうちょっと参加できればいいんだけど」

「オレも、能力ありきの戦闘スタイルだしな……」



 フェイトやイクトさんも、カップを手に取る。



「あぁ、いいよいいよ。仕事やらスキルやら編成上の都合なんだし」





 そして、三人同時に紅茶に口をつける……で、同時に、こんな声が出る。





『ふわぁぁぁ……』





 気が抜けてるね。うん、すさまじくだ。





「……あの、二人とも」

「なに?」

「この後なんだけど……」





 フェイトの言葉が止まった。原因はひとつだ。そう……窓の外。



 ちょうど窓側の席にいた僕達は、外を見る。空は鉛色。そこから何かが降る……雨だ。



 あー、さっきまで天気よかったのにー! というか、天気予報のウソツキ。





「そうだね。本日はずっと快晴……って言ってたのに」

「こりゃ、早めにかえら……な……い……と……」





 早めに帰らないと、雨に濡れて風邪をひく。そう言おうとした。だけど、言えなかった。だって、窓の外の光景がおかしいんだもん。





「あー、フェイト、イクトさん。
 気のせいかな? なんか、すごく激しく降ってない?」



 雨が、激しい。



「いや……多分、気のせいではないはずだ」



 そうだよね。だって、海もなんか大荒れだもん。あ、雷鳴った……フェイト。



「わ、私は何もしてないよっ! というか、これって……」

「なーんか、ひしひしとイヤな予感が……」







 ……そして、その予感は現実となった。











『ラトゥーアにご来場のお客様に、お知らせいたします。現在、天候悪化のため、レールウェイの運転を見送らせていただいております。
 繰り返します。レールウェイの運転を……』











「蒼凪、テスタロッサ……!」





 イクトさんの表情が引きつる。そりゃそうだ。僕やフェイトだって同じだもの。







 さて、最初にも言ったけど、ラトゥーアは海上にある施設です。



 なので、陸続きではありません。今回、僕らも車とかじゃなくて、レールウェイで来ました。



 で、そのレールウェイが止まったってことは……







『帰れないってことっ!?』







 ……こうして、始まったのだ。











 季節は12月の上旬。僕ら三人の、いろんな意味でターニングポイントになった一夜が、始まったのだ。





















(第31話へ続く)







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おまけ:お待たせしました。サブタイトルにある「その他数名」の出番です







 ……なぁ、ギンガ。



「何ですか?」

「なぜにお前がここにいる?」

「わかりませんか?」











 ………………うん。まったく。



 何でお前がオレについて来たのかさっぱりだ……オレはただ、“恭文達を尾行してる”だけなのに……







「それが理由だってなんで思えないんですか?」

「え? そうなの?」

「心底不思議そうに聞き返さないでくださいよ。
 なんでなぎくん達のデートを尾行するんですか? 悪趣味にも程がありますよ。
 ジュンイチさんがそんなこと言い出したら、何かしでかすつもりなんじゃないかって不安になってもしょうがないじゃないですか」



 失礼な。

 オレはただ恭文が心配で、何かあってもフォローできるようにって……



「それはそれで無粋だとは思わないんですか?
 悪趣味でなくても過保護ですよソレ」



 そうは言うけどな、ギンガ……







「お前……恭文がデートなんてイベントに顔出して、平穏無事に事が進むとでも本気で思ってる?」

「………………」







 ………………うん。無言で視線をそらしたお前のリアクションはきっと正解。







「それに……だ。
 警戒せにゃならんのはトラブルの発生だけじゃねぇぞ」

「え………………?」







 そう。警戒しなきゃならない問題は他にもある。



 “力”を探れないお前が気づいてないのは仕方のない話なんだけど……







「はやてとアルトアイゼンが来てるぞ。
 しかもご丁寧にヴェロッサまで巻き込んで」

「えぇっ!?」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆











 …………………………………………………………………………さて、はやて。










「なんや。今えぇとこなんやからジャマせんといてな」

「いや、そういうことじゃなくてさ。どうして僕はこんなところにいるんだい?」

《尾行するために決まっているではありませんか》



 うん、そうだね。そうらしいね。でも、そういうことを聞いているんじゃないんだよ。アルトアイゼン。



 なんで僕が、“恭文達のデートを尾行”するためにここにいるのかを聞きたいんだよねっ!



 ……はやてに突然呼び出されて、やって来たのは最近できた海上の娯楽施設。ラトゥーア。

 別会社が建てようとしているマリンガーデンに先駆けてできた、一大レジャー施設だ。



 まぁ、そこはいいさ。先日僕とクロノがアドバイスした通り、デートをすることになったのはいい。だけど、なんで尾行する必要がっ!?



「いや、アイツが何かやらかしたら不安やろ?」

《私の出番が欲しかったんですよ》

「うん、アルトアイゼン。いろいろと自重していこうか。
 それでなくても今回の話、レギュラー陣が(出番的な意味で)壊滅状態なんだからさ」







 ……恭文。まぁ、トウゴウ先生もなんだけど、すごいよね。この調子にずっと付き合っているんだから。







 とにかく、僕達は恭文達の後をこっそりとつける。当然、バレないようにだ。



《……お、入っていきましたよ》



 ……水着ショップか。

 色とりどりの水着を一緒に選んでいるね。アレだけ見ると、いい雰囲気だ。



「まぁ、これくらいはな。というか……なんでそろいもそろって顔赤いんや?」

「やっぱり、照れるんだよ。サイズを知られたり、知ったりとかはね」

「経験談か?」

「ノーコメントで」











 そして、選び終わって試着……また大胆なのを着るね。察するに、イメチェンって感じかな?



 しかし、恭文も中々だ。ちゃんと男の子として、がんばっていこうとしている。まぁ、ちょっと気を張りすぎではあるけどね。



 むしろイクトさんの方ができてないくらいだ。というか……相変わらず免疫なさすぎでしょ、あの人。







 そして、水着……購入か。うん、あれならイメチェンにはいいと思う。











 そして、三人はバイキング。僕達もバレないように、こっそりと……ダメだ。僕、完全に状況に流されてるよ。



 とにかく、遠目から三人をウォッチングだ……いい雰囲気だね。うーん、ただよくわからない。ここは参考意見を取り入れよう。



「そやなぁ。フェイトちゃん、やっぱネジ外れたんやないか? いつものチビスケ相手に対しての態度ちゃうで」

《マスターもですね。それに感化されているようです。おそらく、近年まれに見るいい雰囲気でしょう》

「なるほど……」



 長年の付き合いのある二人がそう言うんだ。今回はそうとうだね。



 これは、期待できるんじゃないの?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………食事が終わった後、野郎二人が凹んでる。どうやらお腹がアウトなことになったらしい。



 恭文達はその辺をフォローできなかったことに対して凹んでるみたいだけど……







「………………オレは一応止めたからな」

「うぅっ、だっておいしかったんだもの……」







 うちの義妹は明らかな自爆ということで。





 まぁ、そんなワケなのでオレ達はもちろん恭文達もプールはちょっとお預け。移動を始めた恭文達を追いかける……はやて達も別方向から尾行しているのを“力”の動きで把握しながら。



 で、恭文達がやってきたのは映画館。うん、時間をつぶすにはもってこいのチョイスだな。



 ただ、選ぶ映画次第でそれは簡単にベストチョイスからバッドチョイスに化ける。慎重に選ばないと……はぁっ!?



「なぎくん達、二人してデコピンっ!?」

「うっわー……いたそ……」



 ここからでも聞こえるような、バチンッ、ってすごい音がした。



 ………………ん? 何か言ってる?



「何て言ってるんですか?」

「そっか……お前の耳じゃこの距離は厳しいか。
 ……っと……」







 ………………ふむふむ。



「……なかなかいいコト言うじゃないのさ」

「いや、だからなぎくん達は何て……?」



 ……確かに正論だ。こういうのはみんなで楽しめなくちゃ意味がない。

 うん、株は上げてるな。やるじゃないのさ、恭文もイクトも。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆











 ……………………………………………………………………………………………………あのさ、はやて。










「……言わんといて」

《上げた株、下げましたね》

「見事にね……」





 まぁ、ムリもないか。思いっきりどんぴしゃな状況だし。自分にそうとう重ねたんだろうね。見たことのないくらいにボロボロ泣いている。





《ああいうのは、本当に久しぶりですね。滅多にないですよ》

「せやな……あ、フェイトちゃんがハグしとる」

「うーん、いいのかなぁ……周りの視線集めてるよ?」

《いいんじゃないですか? らしいと言えばらしいですよ》





 確かにね。少しずつ……か。なんというか、あの二人らしいよ。











 ………………あれ?





「………………イクトさんは?」



「《………………え?》」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 少しだけ時間を置いて、恭文はどうにか復活した。



 ただ……気になるのはフェイトの態度。保護者モードが発動って感じじゃない。



 ちゃんと、恭文のことを、恭文自身を見てる……?







 オレの言ったことが効いたのか、それとも他に何かあったのか……とにかく、少しはマシになったみたいだ。







 この調子で、恭文の気持ちにも気づいてくれればいいんだけどな……うん、イクトはどうでもいいけど。











 ………………ん? “イクト”





「………………そーいや……イクトは?」



「………………え?」







 まさか……あのバカ、こんな大事なイベントの真っ只中で迷いやがった!?



“ど、どうするんですか!?
 イクトさんを探さないとっ!”

“バカ! ンなマネできるかっ! オレ達が来てるのが恭文達にバレるだろうがっ!”



 あーっ、くそっ、油断した。まさかこういうシチュですら容赦なくボケ倒しやがるとは。



 オレ達にできないことをやってのけやがった……そこに痺れたりもしなければ憧れたりもしないけど。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 なんとかイクトさんを発見して、恭文達は改めてプールだ。



 当然僕達も………………なんだけど、はやて。





「なんや?」

「いや、いつの間に用意したのさ。その水着」





 水色のビキニタイプの水着。なんというか、いつの間に用意してたのさそれは。



 僕は、受付にあったレンタル物だっていうのにさ。





「気にしたらあかんよ。備えあれば憂いなしや」

《タヌキらしい思考ですね》

「タヌキ言うか自分っ!?」

「二人とも、静かにっ! 気づかれちゃうよっ!?」





 だけど、そんなのはあの三人には無意味だった。だって、固有結界作っているんだから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………あのバカどもが。
 あんなに騒いで、尾行する気があるのか?」

「別口で同じことしてる私達が言っても説得力ないってわかってます?」



 失礼な。オレ達はバレないように騒いでないじゃないか。



 とりあえず、はやてとヴェロッサ、あとはやてが首から提げてる待機状態のアルトアイゼンを目視で確認。何やってんだアイツら。











 …………………………つか、ギンガ。お前も水着持参だったのな。



「あ、あはは……せっかく非番で来てるんだし、少しは遊んでいきたいって気持ちもあったワケで……
 えっと…………似合って……ますか?」

「ん」



 似合ってる。そりゃもう文句なしに。



 ギンガの水着は紺のビキニ。あくまでオレの主観だけど、元々スタイルのいいギンガにはこの上なく似合ってると思う。

 実際、さっきからギンガに周りの男どもの視線が集まってる……さりげなくその間に回り込んでことごとくガードしてるけど。ウチの義妹をンな目で見んじゃねぇ。



「そんなあっさり返されても……
 もっと具体的な感想とかないんですか?」

「ぜーたく言うな。オレじゃこのくらいが限界だ」



 ぷぅと頬をふくらませるギンガだけど……うん。ホントに限界だからそのくらいで勘弁してほしい。ファッション関係じゃボキャブラリ少ないのよ。











 ………………ここ、プラネタリウムにもなるんだな。



「ですね。
 パンフに書いてありましたけど……知らなかったんですか? 珍しい……」

「見たけど忘れてた」







 苦笑するオレの頭上に広がるのは、ミッドの星空…………あ、そーいえば。



「どうかしたんですか?」

「いや……
 昔、ミッドに来たばかりの頃……お前やスバルが得意満面でミッドの星座について教えてくれたの、思い出した」

「覚えててくれたんですか?」

「忘れてたけど思い出した」



 そうそう、ちょっと思い出せない星座があったりすると、すぐにクイントさんとかゲンヤさんとかがピンチヒッターで引っ張り出されてきてたっけな。



「うぅっ、そんな忘れていてほしい場面まで一緒に思い出さなくても……」

「何がだよ?
 大事な義妹との楽しい思い出じゃねぇか」



 オレがそう返して……あれ? ギンガの表情が少しだけくもった? どーしたよ?




「義妹……なんですよね」

「………………?
 それがどうかしたか?」

「何でもないです」



 言って、ギンガはぷいとそっぽを向いちまった……うん、ワケがわからん。







「………………この水着だって、がんばったのに……」







 小声でつぶやいてるの、しっかり聞こえてるけど……うん、何をがんばったのかさっぱりだ。



「…………もういいです。
 あ〜ぁ、なぎくんがうらやましいな」

「恭文が?」



 ギンガが何を言いたいのかはわからないけど……恭文がうらやましいってのは、ちょっとだけ同意。







 だって……すごく幸せそうだから。







 このまま、ちょっとずつでもいいから進んでいってほしい。



 何しろ、アイツはオレの友達なんだから……友達の幸せを祈るのは、当然だろ?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 とにかく、時刻は夕方になろうとしている。何事もなく、一日はおわろ……うと……











「……はやて」

《……あー、報告聞きたいですか?》

「ゴメン、もう必要ないわそれ」



 そうだよね。だって……もう、結果が出ているもの。



 窓……というか、建物の外の天気は、非常にひどいことになっていた。まさに悪天候。その見本市だよ。



 ……あ、恭文達の表情が引きつっている。それもそうか。この場合導き出されるのは……











『ラトゥーアにご来場のお客様に、お知らせいたします。現在、天候悪化のため、レールウェイの運転を見送らせていただいております。
 繰り返します。レールウェイの運転を……』











 ……………………………………………………………………そうだよね。そうくるよね。











「……ロッサ」

《つまり、これは……アレですよね》

「うん、そうだね」







 そう、つまり僕達は……というか、僕達も……







『帰れないってことっ!?』

《正解です》











 そして、始まった。







 季節は12月の上旬。長い一日が始まった。











 そう、いろいろな意味で、僕達にとってもターニングポイントとなった一夜が。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『ラトゥーアにご来場のお客様に、お知らせいたします。現在、天候悪化のため、レールウェイの運転を見送らせていただいております。
 繰り返します。レールウェイの運転を……』











 ………………あー、えっと……



 繰り返される放送を聞きながら、窓の外で荒れ狂う悪天候を見ながら、さすがのオレも正直コメントに困ってる。



 だって……つまり、帰れなくなった、ってことだから。



 恭文達も、はやて達も顔が引きつってる。まぁ、当然だろうな。











「………………ジュンイチさん」











 ん? どうしたよ、ギンガ?



「ずっと警戒してたトラブルですよ。
 さぁ、どうぞなぎくん達のフォローを」

「できるかボケぇっ!」











 ………………そんなオレの叫びと共に、始まった。







 恭文達だけじゃない。はやて達だけじゃない。











 オレ達にとっても、オレの今後にとってもターニングポイントとなった一夜は……きっと、この瞬間から始まったんだ。




















(本当に続く)


次回予告っ!

ジュンイチ 「油断した……
 まさかここで大雨が来るとは……」
ギンガ 「これは一大事ですよ、ジュンイチさん」
ジュンイチ 「あぁ……」
恭文 「だよねー。
 だって帰れなくなっちゃったワケだし」
ギンガ 「私、洗濯物干しっぱなしで出てきちゃったんですけど!」
ジュンイチ 「オレもだよっ!
 リンディさん達、取り込んでくれてればいいけど……っ!」
恭文 「なんか所帯じみた問題が出たっ!?」

第31話「とある魔導師と神将と閃光の女神とその他数名の転換点」


あとがき

マスターコンボイ 「………………なんだか、ものすごいことになりつつある気がしまくっている第30話だ」
オメガ 《えぇ、そうですね。
 ミス・フェイトが着実に逆ハーレムへの道を突き進んでいるワケですから》
マスターコンボイ 「いつものことだが、また何ひとつ否定できないな……」
オメガ 《むしろする必要ないんじゃないですか?
 彼らの場合、一番丸く収まる形だと思うんですけど》
マスターコンボイ 「確かに、今回の話を見た限り恭文と炎皇寺往人の関係もそれほど悪くないしな……」
オメガ 《作者的にも、この三人の今の関係を崩すことは考えていないようですし》
マスターコンボイ 「ということは……このままの形で、もっと言うなら一妻多夫の形でゴールインさせる、と?」
オメガ 《そこまでは……
 ただ、どちらかが選ばれる形になるとしても、あぶれた方がそのままミス・フェイトと相手の前から姿を消す、という形にはしないつもりのようですね。
 つまり……どちらかが選ばれるにせよ、ミス・フェイトの総取りになるにせよ、この三人のトリオはデフォでいく……と》
マスターコンボイ 「……なんだか、フラグを立てまくっている恭文よりもフェイト・T・高町の方が罪作りな気がするのは気のせいか?」
オメガ 《いいんじゃないですか?
 どんな形になるにしても、不幸な結末にはならない、ということなワケですし》
マスターコンボイ 「確かにそうだが……むしろ貴様にしては殊勝な物言いなのが気になる」
オメガ 《そうですか?
 私的にはそういう形に落ち着くことで周囲から冷やかされるミス・フェイトを酒の肴にするつもりなだけですけど》
マスターコンボイ 「見世物かっ!
 そして酒を飲むのかっ、貴様っ!?」
オメガ 《飲めるボディが欲しいところなんですけどね。
 以前いただいたオメガモンX抗体のボディはぬいぐるみですから、飲んでも染み込むだけですし……
 …………というワケで読者の皆さん、私にお酒も飲める外部ボディを》
マスターコンボイ 「微妙な条件で読者にリクエストをかますな、このバカ者がっ!
 まったく……このまま続けても貴様の図々しさが増すばかりだからな、もうお開きにするぞ」
オメガ 《私の図々しさは今更な気もしますけどねー。
 まぁ、いいでしょう。みなさん、また来週お会いしましょう》
マスターコンボイ 「………………そういえば、オレのこのヒューマンフォームは酒が飲めるのか?」
オメガ 《身体年齢的にアウトでしょうね》

(おわり)


 

(初版:2011/01/22)