「うん、うん……わかった。
 じゃあ、休暇を一日延長ってことで処理しとくね」



 ピッ!



「なのはさん……恭文達、やっぱり帰ってこれないって?」

「うん……そうみたい」



 通信を終えたところを見計らって尋ねるスバルに、私は答えてため息ひとつ。



 今の連絡は恭文くんから……今窓の外で荒れ狂ってる大雨のせいで、今日中には帰ってこれなくなっちゃったんだって。

 仕方がないから、今日はイクトさんやフェイトちゃんと三人、向こうに泊まるつもりみたい。



 …………部屋、よく取れたね。同じ境遇の他のお客と取り合いになったと思うけど。



「とりあえず、三人とも、休暇を一日延長、ってことで……」

「あぁ、申請なら僕がやっておきますよ」



 言いかけた私に待ったをかけたのはグリフィスくん……いいの?



「えぇ。
 どうせ八神部隊長の分も申請しなければなりませんから、ついでということで」







 ………………え?







 はやてちゃんの分も、って……まさか、はやてちゃんもあそこにっ!?



 今日は休暇って聞いたから、どこに行ったのかと思ってたら……まさか、恭文くん達の監視!?







 ………………思い出した。



 そういえば、ジュンイチさんも今日はお休みだけど……まさかっ!?







「あー、はい。
 そのまさかです……」

「しかも、ちょうど今、その本人から帰れないって連絡来たわ」



 スバルやアリシアちゃんの言葉に、私が思わずその場に崩れ落ちても、きっとそれは仕方のないことだと思う。



 まったく……みんなそろって何やってるの!?







「……………………あれ?」

「どうしたの? スバル」



 そんな事を考えてたら、またスバルが何かを思い出したみたい……どうしたの?



「あ、えっと……
 ってことは、ギン姉も今日は帰ってこれないんだな、って……」



 え………………?



 どうして、そこでギンガの名前が?



「えっと……今朝、お兄ちゃんが恭文の様子を見に行ったって通信で話したら、『じゃあ自分も行かなくちゃ』って……」





















 ……………………………………………………ふーん。





















「あ、あの……なのは?」



 どうしたの? アリシアちゃん。

 それにスバル達まで……そんな、世にも恐ろしいものを見るような目で私を見ないでほしいんだけど。



「いや、そんなこと言われても……」



 何やら言いたそうにしてるアリシアちゃんはとりあえず放っておく。



 だって……今の私の頭は帰ってきたジュンイチさんからどうやって事情を聞き出そうか、そんなことでいっぱいだから。











「ジュンイチさん……
 ………………少し……頭、ぜようか?」







『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』

 

 


 

第31話

とある魔導師と神将と閃光の女神とその他数名の転換点

 


 

 

 さて、時間はちょっとだけさかのぼって……







 現在、イクトさんと二人で、フェイトを先導する形で必死に走っています。それはもうがんばって。



「や、ヤスフミっ!? イクトさんっ!?」

「テスタロッサ、急げっ!
 このままでは……っ!」

「え?」



 このままだと危ない。それが僕とイクトさんの共通見解。







 そしてそれは……正解だった。







 僕達がたどり着いた場所は、人でごった返していた……ここは、ラトゥーアに併設されているホテル・ラトゥーアのフロント。



 そう。この悪天候で帰れなくなった人達が、寝床の確保のためにここに集まってきているのだ。そりゃ当然だよ。

 だって、レールウェイだけじゃなくて、車やバスの類も、全部アウトなんだもん。だから、必要かと思って来たんだけど……







「…………遅かったか……完全に出遅れた」

「泊まれると……いいですよね……」











 イクトさんとフェイトのつぶやきは、聞こえないことにした。



 うん。聞こえると辛いから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「そこをなんとかっ!」

「そうしたいのは山々なんですが……ムリなんですよ」







 現在、フロントでヤスフミとフロントマンの人が交渉中。だけど、まったくうまくいかない。

 交渉内容は、二部屋取れないかという話。だけど……顔見知りなら、一部屋でお願いできないかと言われた。



 この状況だしね。私達以外にも、どんどん人が来ている。







 …………同じ部屋は、少しまずいしね。前にそれで大騒ぎだったし。







「多少割高でもいいんで、二部屋取れませんか?」

「取れないこともないですが」

「ホントですかっ!?」

「ですが、それだとこれになってしまうんです。
 …………最高級のロイヤル・スウィートです」



 提示された額を見て、私達三人とも、ビックリしたのは言うまでもないと思う。



「多少じゃねぇぇぇぇぇっ!
 ぶっちぎってるっ! ぶっちぎっちゃってるよね、これはっ!?」

「さすがにこの額は……な」



 うん。そうだね。ひどいよコレは……まぁ、もともとそのくらいの額をポンと出せる人のための部屋なんだから、私達の金銭感覚と食い違っても当然と言えば当然なんだけど。



 お金がないワケじゃない。だけど、これを二部屋は、もったいなさすぎる。







 ………………うん。それなら……







「わかりました。同じ部屋でお願いします」

「フェイトっ!?」

「テスタロッサ!?」



 こうなったら仕方がないよ。さすがにスウィートルームは高すぎるワケだし。



「あの、私なら大丈夫だから……ね?」

「………………わかった。
 貴様にその覚悟があるのなら、オレも貧血と戦う覚悟を決めようじゃないか」

「イクトさんが覚悟するポイントはそこなんですね……
 …………わかりました。じゃあ、この部屋……ベッドが三つある部屋でお願いします」











 フロントマンさんが、丁重に頭を下げながら「ありがとうございます」と言いながらカードキーを渡してくれた。そして、その部屋へと向かう。











 でも、どうしよう。

 いきなりこんなことになるなんて……











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……バリケードの材料、売ってなさそうだな。



「あの、そんなことしなくても……私は大丈夫だよ?」



 いや、僕らが大丈夫じゃないの。うん。いろんな意味でね。

 フェイトさんや……キミはイクトさんを失血死させるおつもりですかな?





 つか、いきなりこんなことになるとは……何なんだよ、この神展開っ! 前回に続いてワケがわからないしっ!







 とにかく、これからだよね。うん、極力意識しないようにしよう。











 ………………あ。











 そうだよ。こういう時に頼りになる人がいるじゃないのさっ!



「フェイト、ちょっとごめん。
 連絡するところがあるから」

「あぁ、なのは達に?」



 そっか、向こうにも連絡しなくちゃ。フェイトが帰れなくなったワケだし、やっぱり心配してるだろうし。



「そんなとこ。
 イクトさんも来る?」

「当然だ。
 この状況でテスタロッサと二人きりなど……テスタロッサを血みどろにするつもりか、貴様」

「いや、なんでそこが基準なんですか、イクトさんは……」



 それはともかく、僕はイクトさんと二人で自分達のいるフロアの談話室へ。まずは六課に連絡して、なのはに一通りの事情を伝えておく。



 ……せめてもの抵抗で、一緒の部屋っていうのは言わないでおいた。まぁ、想像はされただろうけど。







 そして……いざ本命の連絡である。





 ………………

 …………

 ……





 ………………って、ずっと話し中じゃないかっ! 何してんのあの人っ!



「誰に連絡をするつもりだったんだ?」

「クイントさん。
 この現状を相談できそうな人で、一番まともな人はあの人でしょ?」



 仕方がない。第二候補の方だ。



 あんまり、この人には相談したくないんだけど……だって、暴走するのは目に見えてるし。





 けど、背に腹は替えられない。意を決して連絡した相手は……







『はーい♪
 ……どうしたのかな? お姉さんにあんなことやこんなことを相談したくなっちゃったの?』







 そう。

 みなさまご存知、無敵のお母さん。ヒロさんの親友にしてクイントさんの同僚、僕のメル友であるメガーヌ・アルピーノさんだ。





















『……まずは避妊具ね』







 ぶつっ。

 つーっ、つーっ、つーっ。







 …………ぴっ。







『いけずーっ! 軽めのジョークじゃないっ!
 というか、こういうのは大事なのよっ!?』



「やかましいわっ! こっちの希望に180度背を向けたボケをかましおってっ!
 オレと恭文は、どうすればそれを使わずにこの状況を乗り切れるかを相談してるんだっ!」



 迷わず通信を切ったイクトさんと再接続してきたクイントさんが言い争ってる……うん、いいかげんマジメに答えてもらえませんか?



『仕方ないわね。
 まぁ、フェイトちゃんがキミかイクトさんを……っていうのはないでしょうね。どっちと先に行くかで迷ってパンクしたんでしょ?
 となると、やっぱり二人のガマン次第ってことになるわね。
 でもよ? むしろ、抑えない方が……いや、そういうのは……だし。
 うん。やっぱりガマンなさい?』

「いったい何を思い出したんですかあなたっ!」





 ビックリした。いきなりいろんな方程式が飛び出たんだから。





『まぁ、アレよ。
 場合によっては、時の流れに任せることも、必要よ?』

「いや、あの……」

『そうなる時は、そうなるべくしてなるんだから。
 どれだけガマンしても、ガマンできなくなっちゃって……手を出しちゃう。そういうものよ。
 実際、私の時がそうだったもの』



 あー、それで旦那さんに出されちゃったんだ、この人。



『ううん、私から』

「あんたが出した側かいっ!」



 今心から後悔してる……この人に相談したの、ミスジャッジだったかも。



『あら、そう?』

「今の言動思い返してみてくださいよ。誰だってそう思いますって」

『けど………………落ち着けたでしょう?』











 ………………あ。











「まさか貴様……今のアホな会話はオレ達を落ち着かせるために?」

『ネタのチョイスは私の好みだけどね。実体験込みで』





 ………………実体験ですか。





「まぁ……ありがとうございます。方法とネタの是非は別にして」

『うん、がんばってね。
 ただ……なるべき時はそうなるっていうのは本当よ? 今がその時じゃないなら、そうはならないだろうから……リラックスして、ね?』

「はい」

「肝に銘じよう」





 とにかく、僕らは再度お礼を言ってから、通信を終えた。

 ………………結果の報告を約束した上で。まぁ……相談に乗ってくれたワケだし、そのくらいなら……ね。

 うん、しっかり報告できるように、ハッピーエンドを目指そう。











 それから部屋に戻ると……うん。フェイト、何してるの?







「あ、うん。
 非常口とか、冷蔵庫の中身で非常食になりそうなものとかの確認。こういうの、大丈夫だから」







 ………………イクトさん。これ、どう受け取ればいいんですか?







「………………聞くな」





















「それでフェイト……夕飯どうする?」



 なんだかんだで、もうそんな時間ですよ。



 またバイキング? それも芸がないなぁ。







「あ、それなら、行ってみたいところがあるんだ」

「そうなの?」

「どこだ? テスタロッサ」

「うん。
 ここなんだけど……」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………まさか、フレンチレストランを持ってくるとは」

「ちょっと気になってたから。
 でも、残念だね……」

「まったくだな。
 こんな天気でなければ最高だったんだろうが……」



 ここは、ホテルの上層階にあるフレンチレストラン。本当なら、窓からきれいな夜景でも見えるんだろうけど、今は見えない。



 だって、どしゃ降りなんだもん。代わりに、窓全体にスクリーンが張られて、夜景の映像が映っている。晴れていたら、この夜景のオリジナルが見えた……ってことだね。



「…………フェイト」

「うん?」

「あの、ゴメン。
 早く帰してればよかった……」



 いきなりではあったけど、いろいろとやりようがあったのではないかと反省するワケですよ。



「いいよ。謝らなくても……
 それに……ね。一日、ずっと一緒なんてめったにできないから。
 きっと、私達三人にとっていい思い出になるよ」



 そう言って、にっこり笑うフェイトの笑顔が、すごくまぶしかった。

 とても明るくて、優しくて……ダメだな、やっぱり。

 フェイトには、デレデレなんだと思う。うん。



「…………うん、なら……いいや。
 楽しく過ごそうか、最後まで」

「うん」





 そして、僕らは出てきた料理に美味しく舌鼓を打った。というか……本当に美味しかった。



 うん、幸せ……あと、フェイトが笑顔だったのも、幸せだよ。



 今日は、やっぱりいい日だなぁ……





















 ………………そう思うからこそ、引っかかることもある。



 僕やフェイトと一緒にテーブルを囲んでいる、イクトさん。







 本人は無自覚だけど……きっと、フェイトのことが好き。つまり、僕にとっては恋敵。







 …………の、はずなんだけど……うん。なんか、変。



 なんというか、こう……ライバル心がわいてこないって言えばいいのかな?







 初めて会った時は、フェイトとつながりが深いって聞いて、ものすごく凹んだのに……今はそういう感じがない。



 というか……恋敵だっていうことすら、たまに忘れてる自分がいる。







 うーん……何なんだろ? コレ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………うん、なら……いいや。
 楽しく過ごそうか、最後まで」

「うん」



 蒼凪も納得し、オレ達は出てきた食事にありつくことにした。







 ………………うむ。美味い。



 蒼凪め、昼食やティータイムの時に見せたあの真剣な表情をまた見せているな。この味も盗むつもりか。











 …………「壊すことだけじゃ、戦うだけじゃなく、ささやかだけど幸せな時間を作れるのが好き」か……











 ふと、蒼凪が語った料理好きの理由を思い出した。



 戦い以外のこともできることが実感できる……か。

 戦い以外のことなど、神将となって以来久しく忘れていたな。







 ………………神将、か……







 オレ達瘴魔神将は、かつて様々な理由で瘴魔に与した者達が柾木達ブレイカーと同じように転生を繰り返している存在だ。

 その使命は、瘴魔を指揮し、その勢力を拡大させること……“力”はあれど生命としては脆弱に過ぎる瘴魔の守護者として、オレ達は存在している。







 その使命の元……オレ達はかつて、瘴魔軍の将として、世界に背を向ける側に立った。

 そして、柾木達の敵として、“瘴魔大戦”を戦い抜いた。







 だからこそ……たまに、ふと考えてしまう。







 自分は、ここにいてもいいのだろうかと。







 あの“瘴魔大戦”……もしも何かが違っていたら、オレはここにいなかっただろう。



 オレ達は世界の敵……たまたまオレ達以上の悪を相手に柾木達と手を結び、柾木達の側で勝利者となったに過ぎない。







 そう。本来ならばオレ達は世界の敵……そんなオレが、裁きを受けることもなくここにいる。

 その事実に、違和感を感じることがたまにある。

 だから……“JS事件”の時、黒幕として討たれようとしたのを阻止された柾木がたまに不平をもらす気持ちも、少しはわかったりする。





 いや……柾木のことはいい。今はオレの問題だ。



 もちろん、裁かれればそれでいいのかと問われれば答えはノーだ。

 世に言う「裁き」などというのは、罪を糾弾すれば、罰を与えれば、その罰が終われば、それで終わる。それまでだ。

 そんなものは、罪の意識から早く解放されたいがための“逃げ”でしかない。そんなもので責任が取れるはずもない。



 「責任を取る」ということは、自らの罪を背負い、その罪から学び、同じことが起きないよう、繰り返されないように生涯をかけて尽力すること……

 オレは瘴魔神将として世界の敵となった。その罪を、これからずっと背負い続けていかなければならない……







 そんなオレが、こうして蒼凪やテスタロッサと穏やかな時をすごしていて、本当にいいのだろうか……?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 フルコースの食事も、メインを終えて後はデザートを残すのみになった。

 途中で、ワインも頼んだりして、ちょっとだけ大人な雰囲気。



 ……なんだか、心地いいな。

 お酒が入ってるのもあるんだけど、今の時間が心地いい。







 料理をいただきつつ、ヤスフミやイクトさんと話した。

 今日のこととかを中心に、楽しく。

 なんだか、安心する。











 ……こういう形のデートに誘われたことが、ないワケではない……全部断っていたけど。

 どうしても、下心みたいなものを感じていたから。本能的な部分で、不安を感じていた。

 うん、不安に感じる部分が強かったんだ。いろいろな理由で。







 私の身体が特殊な生まれをしているのも、その理由のひとつ。普通の女性とはまったく変わりがないらしいけど。

 つまり、その……クローンだけど、出産とかもちゃんとできる。短命というワケでも、ない。

 高町家でお世話になるようになってから、クロノやリンディさんが提案してくれて、桃子母さんの勧めもあって、検査を受けた。



 クローン技術は、ミッドの技術でも不安定だから。たとえば……突然の遺伝子の変異による短命。

 出産などの、生命としての機能の不全。そういった心配がつきまとっていたから……だからその検査。



 数年にわたる、将来性も鑑みた上での、遺伝子レベルでの検査。そしてその結果は……オールグリーンだった。

 私は、普通の女性と変わらず、子供も産めるし、短命でもない。



 そう断言されたのが……今から4年前。



 これは、さっきも言ったけど数年にわたって遺伝子レベルで検査をした結果。

 医者の方が驚くぐらいに完璧で、覆りようもないらしい。

 これには私もビックリした……だって、覚悟、してたから。







 そんな背景が、デートを断る理由にあったのは、まぁ、否定はしない。

 けど……もっと単純に言えば、気が進まなかったから。



 身体のこと、生まれのこと……まったく気にしていないと言ったら、ウソになる。

 それに、エリオやキャロのこともあったから。今でも十分すぎるくらいに幸せ。

 だから……そういうのは、しばらくいい。







 そう……思ってたんだけどな。

 だけど、今は違う。なんだか、不思議。







 たった一日。それまで私達が過ごしてきた時間を考えれば、ほんのわずかな時間。

 その少しの時間で、私の中で何かが変わってきているのがわかる。







 一緒にいて、家族とか、そういうのを抜きにして、安心できる。

 二人とも、私のことを気遣ってくれているのがわかる。不安にさせないように、守ろうとしてくれているのが、わかる。



 ……それに、私はドキドキしてる。

 ヤスフミやイクトさんとこうしている時間が楽しくて、今の状況も、実は楽しんでいる。

 その、不安に思わないワケじゃない。やっぱり、男の子だから……なんて考える。

 でも、それよりも大丈夫だと思う部分が強い……勝手だよね、私。







 だけど、信じたいな。



 うん、信じたいんだ、私は。



 今まで知らなかった二人のことを、信じたいんだ。







 それで、もっと……







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………あれ?」



 蒼凪が何かに気づく……それを受けて、テスタロッサも、そしてオレも。

 さっきまで、BGMに流れていたピアノの音が、消えている……店内の音が消えたせいで、少しだけ、外の雨の音が聞こえる。



 そして……



「何か……もめてるね」



 それが気になったのか、蒼凪が近くのウェイターを呼びつけ、事情を問いただす。



「あの……」

「すみません、ご迷惑をおかけしております」

「いや、それはいいんだけど、これは……?」

「実は……」



 ウェイターの話によると、音響設備が壊れたらしい……まさか、夕方の雷か?







 ………………雷……







「いや、だから私じゃないですからっ!」



 わかってはいるんだがなぁ……雷となったらお前を連想してしまうのは仕方のないことだと思うのだが。



「それを言うなら、イクトさんこそ機械との相性最悪じゃないですか」

「そうでもないぞ、蒼凪。
 さすがのオレも、触れずに機械を破壊するのは不可能だぞ」

「触れれば壊せるんですか……?」



 聞き返すテスタロッサには沈黙をもって答えておく。



「………………あ。
 あの……」



 と、蒼凪が何かに気づいた。その視線を追うと、その先には一台のグランドピアノ。

 なるほど、あれが使えればあるいは……



「あれは催し用でして……
 常駐のスタッフの中では弾ける人間がいないんですよ」

「そうか……
 確かに、弾ける人間がいればすでに引きずり出されているか」



 となると、あのピアノも使えないか……



「………………あ、それなら」



 ………………?

 どうした? 蒼凪。











「僕が弾きますよ?」











 ………………え?







『えぇっ!?』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………結局、トントン拍子で話はまとまり、本当に弾くことになった。



 照明が、少しだけ暗いものに変わる。そして、ホールの中央にグランドピアノが用意される……つか、ド真ん中で弾けと言いますか。



「………………よし、いくか」



 とにかく、がんばろう。みんなのディナータイムのためにさ……







「いや……待て、蒼凪」



 …………って、イクトさん?



「あのピアノが催し用だと言うのなら、他の楽器もあるかもしれん。
 スタッフに聞いてくるから、少し待っていろ」



 そう言って、イクトさんはスタッフの方に向かう……って、イクトさんも弾くつもりですかい。



 でも、イクトさんが音楽って……うん、何弾くか、ちょっとイメージがわかない。



 和風趣味のイクトさんの弾きそうな楽器って……





















 ………………尺八?





















 ………………琵琶?





















 ダメだ。ロクなのが出てこない。和楽器の知識がないからってこれはないでしょ僕。



 もっとまともなのイメージしようよ。和太鼓とかさ。











「………………? どうした?」



 …………あ、戻ってきた。

 つか、何を持ってきて……?











「………………フルート?」











 マテ待て。何か予想外なものが飛び出してきましたよ?



 そりゃ、ジュンイチさんのバイオリンも意外性バツグンだけどさ、これもこれで……







「失礼な。
 オレがフルートを吹けたらそんなにおかしいか?」

「いや、そういうワケじゃないんですけど……」



 それでも、日頃のイクトさんの趣味を考えると意外なワケですよ、うん。



「………………まぁ、いい。
 さっさと始めるぞ。あまり客を待たせるワケにもいくまい」

「それはいいですけど……僕が何を弾くかわかってます?」

「好きに弾け。オレが合わせる。
 それができるくらいの技量は、叩き込まれているから安心しろ」







 ………………さいですか。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 なんだか、イクトさんも参加するみたい。フルートを借りてきて、ピアノの前に座ったヤスフミのとなりに並び立つ。



 でも……本当に大丈夫なのかな? 二人とも、音楽家ってワケじゃないんだし……







 そんな私の心配をよそに……始まった。







 少しだけアップテンポな曲。どこか激しくて、強くて。

 でも、それは印象。曲自体はスローで、場の雰囲気を壊すようなものじゃなかった。



 そして、イクトさんがそれに合わせる形で、フルートの透き通るような音色を重ねていく……











 というか、すごい。

 上手。とても……











 二人とも、こんなこともできたんだね。







 知らなかったこと、またあったね。きっと……まだある。



 知って……いけるかな……?







 ……ううん、知っていける。



 私が、向き合おうと望めば、絶対に。







 とにかく、私とお店のお客さんは、音響設備が復活するまで、二人の演奏に耳をかたむけていた。







 これだけじゃなくて、いろんな曲を弾いた。でも、本当にビックリした。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……レストラン、タダにしていただきました。いや、何でも覚えておくもんだね〜。







 なお、弾いた曲は……ダブアクとクラジャンのピアノフォーム。

 あれ好きなのよ……弾き語りすればよかった。いや、さすがにマズイだろうけど。







 ……なお、親子連れで来ていたお客さんのリクエストに、応えたりした。

 というか、子供の方だね。こっちは弾き語りしてしまったさ。クラジャンのファイナル。







 一応付け加えておくと、すべてお店の方に確認した上での演奏。弾き語りも同じくね。「これで大丈夫ですか〜」ってな具合に。







 けど……さすがにシンケンジャーにOK出るとは思わなかった。いや、周りの子供達が押し切ったんだけど。

 ………………つか、これに限っては僕よりもノリノリだった人が……と言うより、よくフルートで弾けましたね。絶対初演奏じゃないでしょ?



「当然だっ! 侍だぞ、侍っ!」



 ………………さいですか。











「でも、驚いた」



 レストランを出て、部屋に戻る最中のこと。そう話しかけてきたのは、フェイト。

 なんか、うれしそう……というか、楽しそうな顔してる。ワインのおかげで、顔も少し赤いし。



「なんで?」

「ヤスフミのピアノも、イクトさんのフルートも……弾けるなんて、知らなかったから」



 あー、確かに言ってなかった。見せる機会もなかったしね。



「サリさんとカリムさんに教えてもらったんだよ」







 修行のために聖王教会にご厄介になってた時……ここ1、2年の間にだ。

 理由は簡単。弾き語りとかが、モテ要素だから。「これで告白しろ」と叩き込まれたのだ。







 ………………まぁ、ヲタクの好奇心の元に、アニメ関係の曲しか引けないんだけど。







「オレの場合は……まぁ、親がな。
 何を思ったのか、子供の頃の習い事に選んだのがフルートだったんだ……今では趣味程度で、人前で弾くのは、ずいぶんと久しぶりだったんだがな」



 ………………その「趣味程度」でバリバリに吹きまくってたんですね、わかります。



「なぜわかるっ!?」



 そのくらいでなきゃ最近の曲なシンケンジャーをガチで弾けないからですよ。つか、あの曲に限ってはむしろ僕がリードされる側でしたよ?



「う、うむ……」

「そうだったんだ。
 他は何が弾けるの?」

「うーん、アニメ関係だけなんだけど、いろいろ。
 ……うん、子供受けはいいね。そんな曲ばかりだ」

「そうだね。
 さっきのあの子も、うれしそうだった」



 思い出すのは、リクエストをしてきたヴィヴィオくらいの子。うん、うれしそうだった。



 何というか、あぁいうのを見ると、僕もうれしい。

 ……そうだよね。僕の中にあるのは、壊すことだけじゃないんだ。それだけじゃ……ないんだ。



「イクトさんは何が弾けるんですか?」

「時代劇関係でいろいろ……だな。
 大河ドラマのメインテーマはだいたい弾けるぞ」



 ………………イクトさん。それは少なくともフルートで独奏するような曲ではないと思うんですけど。



「………………そうか?」



 うん。そうなの。時代劇好きにもほどがあるでしょ。







「そういえば、あの曲……」

「あの曲って……『Climax-Jump』?」

「あ、そういう題名なんだね。
 えっと、最近ヴィヴィオやなのはが口ずさんでるのをよく……
 というか、ヤスフミが弾いた曲にも聞き覚えがあるの」



 あぁ、あの二人は『電王』好きだしね。納得納得。



「実はアレ、僕がディスク貸してる特撮物の主題歌や、挿入歌なんだよ。
 実際に、ピアノバージョンも作られていて……僕が弾いたのがソレ」



 ……というか、それが弾きたくなって、練習が本格化したりした。それはもう、猛特訓でしたよ。



「だからなんだね。納得した」

「まぁ、そういうのを抜きにしても、あの曲達は好きなんだけどね」



 特に、今日歌ったファイナル、いいんだよね。

 歌詞が変わってて、元のクラジャンの続きみたいになってて。







 ………………『さらば電王』、見れてないしね。聞いて寂しさを埋めてるのさ。フッ。







「うん、わかる。
 すごくあの曲が好きっていうのが」

「わかるのっ!?」

「だって……弾いてる時、すごく楽しそうだったから」



 …………はい、楽しかったです。すごく。



「ね、音源とかある?」

「……うん。CDから取ったのを、端末に入れてるけど」

「なら……今日歌ってたの、欲しいな」



 ………………え?

 それはまたなぜに。だって、フェイトは『電王』見てないのに。



「聴いてて、いい曲だと思ったから。
 こう……元気になるの」

「…………そっか。
 うん、わかった。そういうことなら」







 そして、僕は快く音源ディスクを貸す約束をした。



 なんか、うれしい。フェイトと、こうやって共通の話題ができていくのが。







 ………………で、せっかくなので……







「イクトさん」

「何だ?」

「あの曲のバリエーションにアックスフォームっていうのがあるんですけど……演歌ですよ?」

「今度聞かせろ」



 やっぱり食いついたか。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………というか、フェイト、大丈夫?







「うん、大丈夫……
 というか……おかしいなぁ。一杯くらいなら、平気だと思ったのに」

「昼間のプールで体力を使っていたからかもしれんな。
 疲れた身体が栄養を欲しがった結果、食事の栄養と一緒にアルコールまで急いで取り込んだとしたら……」



 いや、イクトさん、そんな学術的説明はいいですから。







 そう。さっき……ワイン開けました。いや、その場の勢いで。というか、フェイトはお酒弱くなってない? 前はまだ大丈夫だったのに。



 とにかく、少しだけふらふらしているフェイトを部屋に連れ帰って、ベッドに座らせる。

 うん、酔っ払ってるってほどじゃない。多分、悪酔いしただけだ。問題はないと思う。

 続いて、僕は水を……持ってくる。洗面所に、コップがあったので、それに水を汲んでだ。それをフェイトに渡す。





「あ、ありがと……」



 それを飲むと……楽になったみたい。少し息を吐いた……でもさ、色っぽいよ。

 いつもは真っ白な肌が、ほんのり赤く染まって、すごく綺麗。見ているだけで、ドキドキする。



「……ヤスフミ?」



 そのトローンとした目は凶器だと思う……まぁ、いいや。ここは落ち着いていこう。慎重に、的確にだ。



「……ううん、なんでもない。でも、大丈夫?」

「うん。少し身体が熱いけど、大丈夫。やっぱり、飲み慣れてないとダメなんだね」

「あははは……そうだね」



 僕は慣れてるからなぁ。一本開けたけど、まったく平気。



「…………そういえば、イクトさんも平気だね?」

「……まぁ、オレはそれほど飲んでないからな。
 というか、一口飲んで、その後食事に手を着けていたら例の“演奏会”だったからな」



 あー、そうだったね。







「あー、じゃあ僕お風呂入ってくるよ。
 イクトさん、行こうか?」

「そうだな」







 ……あの、フェイトさん。なんでいきなりそんな警戒心出してくるのさ。



 あ、まさかっ!





「違うっ! そういうことじゃないからっ! 普通に汗かいてるから、さっぱりしたいだけでっ!」

「『違う』…………?
 …………あっ! そ、そそそ、そうだぞ、テスタロッサ! オレ達は別に、そんなっ!」



 今度は、顔が真っ赤になった。いや、僕やイクトさんもなんだけど。

 なんていうか、ネジが抜けてるよ。今日のフェイトは。



「……なら、公共浴場の方に行くよ。
 それなら、フェイトも安心でしょ?」

「あ、うん……なら、私も行こうかな」

『それはダメ(却下だ)』



 うん、今はやめた方がいいと思う。お酒が入っているから、ちと危ない。入るなら、酔いを醒ましてからだよ。



「そうだね……なら、ちょっとお話しようか」

「え?」

「その、酔いが醒めるまでの間、少しだけ……いいよね」





 断る理由? ないでしょ。とにかく僕らもベッドにちょこんと座って、フェイトと話すことになった。





















 そして、いろいろと話す。六課のことやエリキャロのこと。リインのこととか。あと、僕やイクトさんの進路のこと。










「イクトさんは、六課が解散したら“Bネット”に戻るつもりなんですか?」

「どうだろうな。
 とりあえず、一度戻ることにはなるだろうが……基本、オレ達は名前だけの所属に近いからな」

「そうなんですか?」

「だから今だって簡単に六課に出向できているんだ。
 元々“Bネット”自体が他の組織への人材提供に開放的だということもあるが……その中でも、オレ達独立機動部隊のメンバーは各個の判断で他の組織への協力が可能な権限が認められている。
 ………………半分以上、柾木が好き勝手するために作られた制度だがな」



 あ、あの人わ……っ! 提唱者の権限思いっきり悪用してやがるっ!?



「とにかく、そういうワケだから、今回の出向についての報告さえ済ませてしまえば、またお前らと行動を共にすることも可能、ということだ。
 そういう蒼凪は、またフリーの魔導師として活動するつもりなのか?」

「そのつもりかな。あー、まだ本決まりじゃないけど」



 けっこう、迷っていた。いろんなこと、考え始めているから。



 ただ、変わらないものが……道を少しだけ示し始めているとは思う。



「そっか……
 ヤスフミは、部隊に入るのは、選択肢にはならないのかな」

「やっぱり、そこにいくんだ」

「それはそうだよ。
 ギンガやナカジマ三佐みたいに、ちゃんと能力を認めて、受け入れてくれる人達だっているワケだから……それだって、立派な選択のひとつだと思うな」



 ……なんだろう、性にあわないのかもしれない。どうも、辛い。



 組織ってヤツの中に入って戦うのは、考えても違和感しか感じないから。







 うん、確かに誘ってはくれてる。うれしくも思う。

 でも、組織としての戦いってヤツは、なんか違う気がする。



「……難しそうだね」

「うん、難しい。リアルに考えられないもの」

「ね、まずはやってみてからでもいいんじゃないかな。
 その、命令とかで戦うのが、どうしてもイヤなの、わかるよ?
 でも、108なら問題はないと思うし……」

「そう……かな」



 今ひとつ自信が持てないけど。それに……だ。やっぱり、助けには行けなくなるだろうしなぁ。



「私はね、その……部隊に入ってほしいなって、思う」



 うん、その話……されてるしね。わかってた。



「ヤスフミが、重いのをちゃんと自分のものとして背負いたい気持ち、知ってる。
 だけど、それでも……預けてほしい。ううん、管理局という組織に、一緒に背負ってもらったって、いいんじゃないかな?
 もう、いいと思う。少しだけ、楽な道を歩いたって……」

「……完全無欠に正しければ、信用してもいいけどね」





 “JS事件”もそうだし。つくづく思ったさ。この組織、あんままともじゃない。



 志のしっかりしている人間も多数いるから、なんとかなっているだけで……あ、だからなのかな。うん、きっとそうだ。





「あー、ゴメン。別にフェイトやみんなのことをどうこう言ってるワケじゃないの。
 ただ……組織は、信用できないかな。
 それは、管理局も“Bネット”も変わらない……そこにいる“人”は信用できるけど」



 それでも、イヤなのだ。どっかでまともじゃないと思っている組織に背中を預ける。その命令で動く。



 …………ダメだね、うん、やっぱりイヤだ。



 命令のためとか、それを理由に自分の力を振るうのは、イヤだな。

 自分で選びたい。戦う場を。力を振るう理由を。なんか、そっちの方がらしい……







 ……あ、それでひとつあったんだ。







「えっとね、フェイト」

「何かな?」



 うぅ、もしかして機嫌悪い? そりゃそうか。自分がいる組織の批判もいいところなんだから。



「……あのね、例えばの話だよ。僕が騎士って言ったら……変かな?」

「え?」

「いや、だから……僕が騎士の称号を取ったりしたら、変かな?」










「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」










 ……なぜ叫ぶ。



 そうですか。そんなに似合いませんか。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 き、騎士っ!? ヤスフミが……騎士っ!



 あまりの衝撃に、身体を支配していたお酒からくる倦怠感が一気に吹き飛ぶ。ついでに、さっきの管理局批判への憤りも。







「……わかった、もういい」

「テスタロッサ、今のはさすがに蒼凪に悪いぞ?」

「あぁ、ゴメン。悪かったよっ!
 ……でも、どうしていきなりそんなことを?」



 うん、理由がわからない。

 だって、ヤスフミは……



「まぁ……テスタロッサが驚くのもわからないでもないんだがな。。
 蒼凪。確か以前、『ガラじゃないから騎士の称号は取らない』と公言していなかったか?」



 そう。イクトさんの言うとおり、ヤスフミはずっと『ガラじゃない』と騎士の称号を取るのを断り続けていたんだから。



 私もそうだし、シグナムやヴィータが勧めてもだ。なのに、どうして……



「うーん、取ってみたくなったの。
 こう、師匠達みたいにはなれないだろうけど、それでもいいかなと」

「……そっか。
 あの、ゴメン。ちょっとびっくりしちゃって」



 ヤスフミ、今までは騎士になりたいとは、思ってなかったみたいだから。

 だから、本当にビックリした。重ね重ねになるけど、本当に。



「でも、どうしていきなり?」

「うーん、うまく言えない。
 ただ……ね。『ガラじゃない』じゃあ、騎士にならない理由にならないって、気づいたの」



 ……よくはわからない。だけど、ヤスフミにとっては、それで充分だと思う。 決めるのは、ヤスフミなんだし。



 ……そうだよね。



 決めるのは、ヤスフミなんだ。私、また忘れかけていたのかも。







「ヤスフミ」

「やっぱ、変かな?」

「変じゃないよ。
 あの、少しだけ話を戻すけど、聞いて?」



 ヤスフミは、私の言葉にうなずいてくれた。だから……言おう。私の気持ちを。



「……局員になるの、どうしてもためらう?」

「そうだね。ためらう。
 僕は、組織のためや、命令のために戦いたくない」







 うん、そう言ってる。

 自分のために戦いたい。自分のワガママと勝手のためにと。

 ……それだけじゃない。今まで背負ってきたものを。これから背負うものを、自分のものとして……背負いたいと思っている。







「確かに、命令のために、組織のために戦う部分は否定できない。
 逆にそういうのがないと、戦えないところがある」





 私だって、同じだ。

 私の目指す執務官だって、自由気ままなように見えるけど、局員であることには変わりない。



 上からの命令がなければ、動けないし、理不尽でも、聞かなきゃいけない時もある。



 だけど、それでも……知ってもらいたい。それだけじゃないことを。

 ううん、もう知っているかも知れない。だけど、もう少しだけ……



「それでも、信じてほしいな。
 ……局の事じゃないよ? ヤスフミが今まで一緒にやってきた、局の仲間の事を」



 ちゃんと、見てほしい。ナカジマ三佐やクロノ、はやてみたいな信頼できる上司だっている。

 そういう人達を信じて戦うこともできる。悪い事ばかりじゃないから。



「信じてないワケじゃないよ。ただ……」

「それでも……ためらう?」







 うなずいてほしく……なかった。だけど、うなずいた。







「守りたいのは……今だしね。それに、忘れたくない」

「組織の中にいたら、それはムリかな?
 繰り返しになるけど、預けて戦うことだって……間違ってはないと思う」

「それ、僕じゃない。
 経過や結果を局や部隊のせいにしたら……僕がウソになる。何より……」



 ヤスフミが自分の右手を見る。どこか、さびしげで……悲しそうに。



「僕ね、弱いんだ……
 忘れちゃいけないって思ってるのに、何度も……何度も、忘れそうになる」

「それが、許せないの?」

「うん、許せない。忘れて……なかった事にする自分が、許せないの……ゴメン、フェイト」



 どうして謝るの? ヤスフミ、何にも悪いことしてないよ。きっと……私が悪い。

 事実を背負う重さも、そうしたいという気持ちも、ちゃんとわかってあげられない私が。



「僕、フェイトの言うように……自分を大事にしてないのかも。だから、心配かけて、困らせてる。
 ……ゴメン、それでも……ダメなんだ。人や組織に預けたりなんて、できない」





 やっぱり、ダメなんだね……わかってる。ううん、わかった。

 仕方ない。ヤスフミが守りたいものは、私達と同じようで違うから。背負いたいものも、私達とは違う。

 なら、どうする? 私に何ができるの?







 ……それしか、ないよね。迷惑? そんなワケない。



 それを言えば、私の方がたくさん迷惑をかけてきた。だから……大丈夫。







「……なら、私の所に来ない?」

「え?」

「私の……補佐官に、なってみないかな」

「えぇぇぇぇぇっ!?」





 驚くよね。うん、私、一回ヤスフミから提案されたの、断っているから。



 断ったのは、ヤスフミがダメとか……思ってた。今なら、わかる。

 子供扱いして、遠ざけていたんだ。でも、今は違う。

 ちゃんと、見える。今のヤスフミの姿。





「あのね、局員としてじゃなくていい……やっぱりね、そう言うのは、もう少しだけ局の事……ちょっと違うかな。
 今までとは違う物を知ってから、考えてほしい」

「だから、補佐官?」





 私はその言葉にうなずく。今よりも中に入って、実際に見て、それから考えてほしい。

 本当に、局の中で生きられないのかどうかを。何より……



「……僕は、そういうのはムリだよ」



 ……わかってる。だけど、今までと同じは、ダメなんだ。

 あぁもう、私、本当にうまく話せない。自分でイライラする。



「……わかってる。
 でも、悩むなら、迷うなら、今見ているものが全部じゃないことは、知っていかなきゃ、いけないと思う」



 私だって、そうだった。ちゃんと知っていると思っていた。でも、カン違いだった。



「繰り返しになるけど、局のこと、局員のこと、今までより知っていこうよ。
 それから、考えよう。一緒に」

「一緒に?」

「私も、考える。きっと、イクトさんも考えてくれる。
 側にいれば、それもできると思うから」

「いいの?
 僕、絶対に迷惑かける。きっと、暴走する……やっぱり、合わないよ。
 僕は、自由に戦ってる方が、性に合ってる」




 そうだね。きっと、ヤスフミは局の規律なんて、関係なしで進んでいく。



 自分の守りたいもののために。壊したいもののために。

 ヤスフミが守りたいのは、今だから。世界でもなければ、人でも、組織でもない。

 きっと、あの人と同じように、必要だと思ったらどこまででも進んでいく。だけど……







「でもね、暴走しなくても……そうできる道、あるかもしれないから。
 一緒に、探そう? 私、手伝う」

「……僕、フェイトの望む通りには、きっとなれないよ」







 『やっぱり、局に入ってほしいから、そう言う』。そう言いたげなヤスフミの表情が突き刺さる。

 ……当然だよね。私、何度も押しつけてきた。ここに来るまで、なんにもわかってなかった。

 だけど、違う。その、結局押しつけてる……と、思う。

 でも、そうじゃない。それだけじゃない。







 私は、そんな気持ちを込めて、言葉を紡ぐ。







「……ならなくていい。なる必要なんて、ない」



 戦うのは、守りたいものを守るため。壊したいものを壊すため。それがヤスフミであり、“古き鉄”。

 誰にもしばられない、理不尽を覆し、不可能を超え、今を守る砕けない鉄。それで、いいんだよね。



「あのね、知らなかったことを知っていくのって、やっぱり楽しいんだ」



 今日、それを改めて実感した。私の知らなかったヤスフミやイクトさんを知っていくのが、すごく。



「今までとは違う、新しい自分を始めるなら、まず、違うものを知っていくこと。絶対に必要だと思うから」

「新しい自分……うん、そうだね。
 きっと、始めたいんだ」



 ヤスフミが迷っているのは、そういうことだと思う。新しい自分の形、まだ見えないんだ。

 今見えているものだけでは、未来を決めるのには、足りないんだ。



「それを見つける事を、手伝わせてほしいの。
 …………ううん、手伝いたい。
 局に入るか……補佐官になるかどうかも、約束しなくていい」



 というか、ムリな感じがするしね。それでも、まずは……なんだ。



「ただひとつだけ、お願い。
 これから一緒に考えたい。変わる事を……違うものに触れる事を、怖がらないで?」



 本当に、それだけでいいから。



「私もそばにいる。だから、一緒に探していこうよ。
 ヤスフミの荷物は背負えないかも知れないけど、辛いなら、怖いなら、寄りかかって?
 それだけでいい。それだけ、させてほしいの……どうかな?」









 ……少しだけ、苦い顔で、うなずいてくれた。





 これから……だよね。うん、これから。一緒に考えていこう。

 ……局に入る必要ないんだよね。私は私で、ヤスフミはヤスフミだから。うん、考えていこう。一緒に。





 あ、ヤスフミだけじゃなくて、私もだね。





 私も知って、考えていかなきゃいけない。

 違うものに、知らないものに触れていくことを、恐れずに……新しい私達、始めていこう。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 新しい自分……か。なんだか、思考になかった。





 でも……本当にいいの? 僕はきっと、フェイトの望む姿になんて……





 とにかく、話している間にフェイトの酔いも冷めてきたので、イクトさんも含めた三人でお風呂タイムとなった。





 ……当然、別々にね?





 海鳴のスパラクーアみたいな所があったので、寝間着と肌着を用意した上で、一緒に向かった。





 一応外の風景も見れたけど、この天候である。結果は、推して知るべし。











「……ヤスフミ、イクトさん。
 ゴメン。待たせちゃった」



 お風呂を堪能した後、寝間着(というか、浴衣)を着て待ち合わせ場所に立つ。

 すると、フェイトが少しだけ小走りで来た。来ているのは、寝間着にも使える浴衣。



「ううん、今上がった所だから」

「……ウソ」



 いや、ウソじゃないから。つか、その疑いの眼差しはやめて。根拠を示してよ根拠を。



「根拠ならあるよ」



 そう言いながら、フェイトが、髪に触ってきた……しまった。



「やっぱり、完全に乾いてる」

「うぅ……」

「10分以上待ってたよね」



 だから、なんでそこまでわかるっ!?



「ヤスフミ、待たせるより、待つ方が楽だって考えてるから。
 ……というか、ゴメンね。寒かったよね」

「大丈夫だよ。
 この人がいるんだから」



 言って指さしたのはイクトさん……うん。“炎”属性なところを存分に活用していただきました。



「フェイトも、大丈夫?」



 お、即答でうなずいた。まぁ、そうだよね。頬や肌が、紅く染まっているし。



「なら、早く戻ろう?」

「うん」










 そうして、部屋に戻……あの、フェイト。










「何?」

「……僕ら、やっぱネットカフェ行くわ」

「そうだな。
 蒼凪、案内を頼めるか?」

「どうして?」





 ……すみません。いろんなものがレッドゾーンなんです。こう、フェイトから漂ってくる匂いとかで……



 その、身体が熱い。顔、きっと真っ赤だ。



 つか、イクトさんの鼻がまたヤバそうだし。





「……あのね」

「うん……」

「その、男の子だから……わかるよ? それだけじゃなくて、私の事も気遣ってくれている」



 ……本能は強いのさ。どうしようもないくらいに。

 この間みたいなことになったら、マジメにヤバいのですよ。



「でもね、大丈夫だから。だって、私……」



 ――家族だから――



「二人のこと、信じてるから」



 ……へ?



「二人とも……ムリヤリ、そんなことを迫ったりしない」



 えっ!?



「もしそうなっても……ちゃんと私の声を聞いてくれる。私の気持ち、見てくれる。
 自分の欲望を満たすために、そんなことは絶対にしない。そう信じてるから」



 あれ、いつもと違う。だって、何時もなら『家族だから』とかっ! 『弟だから』とかっ!



「……今日はデートだよ? そういうのはなしにしたんだ」

「そ、そうだったんだ……」



 いや、そんな裏テーマがあるなんて、知らなかったけど。



「あの、勝手なこと言ってるけど、一緒に寝たいな……ダメ?」

「あの……ダメじゃない。というか、がんばる」

「………………」

「イクトさん、無言でどこ行くのさ?」

「鼻に詰めるティッシュの買い足しだ」







 ………………うん、その覚悟の仕方はいろいろと台無しだと思うんだ。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そうして、がんばることになった。当然ベッドは別々で。

 それぞれ布団に入る。照明は、すぐ近くのライトだけ。



 ……フェイト。





「うん」

「僕らがいて、イヤじゃない? 本当に本当に……怖く、ない?」

「イヤじゃないよ……あ、でも」



 でも?



「少しだけ、ドキドキしてる。
 怖いとかじゃない。お泊まりデートなんて、初めてだから」



 ……うん、僕もドキドキしてる。おかしいくらいに。



 ………………イクトさんが布団の中で震えてるのは意識の中から外しておく。がんばって耐えてるんだろうから。



「とにかく、私……大丈夫だから」

「……わかった。あの、それじゃあ、おやすみ。フェイト」

「うん、おやすみ。ヤスフミ」










 フェイトがにっこりと笑ってくれたのがうれしかった。

 僕は電気を消して、目を閉じた。





 緊張……してる。だけど、大丈夫。





 やましい気持ちより、強い気持ち、ちゃんとあるから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………現在、消灯後二時間経過。







 眠れません。うぅ、ダメだよ私。なんでこんなにドキドキしてるの?







 恐怖……じゃない。ただ、その……うぅ、わからないよ。





 前は、こんなにならなかった。ヤスフミやイクトさんと手をつなぎながら寝ても……





 心臓の鼓動、速くなった。苦しいくらい。





 思い出したのは、あの時の言葉と温もり。胸が、切なくなる。

 ……私、何考えてる? そうかなんて、わからないし。

 でも……そうなのかな。もし、そうだとしたら……





 いろんな事が頭の中で、ジグソーパズルのように繋がっていく。そうだ、もしそうなら……





 私は、ちゃんと応えないといけない。

 だって私、うれしいから。そして、このままなんて、絶対に、イヤだから。





 うん、私も、がんばらないといけない。





















 でもその前に……このドキドキを何とかしたい。

 母さん、アリシア、アルフっ! 助けてー!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……目覚めはそうか……なんか、目が重い。





 昨日、泣いたりしたからかな? まぁ、それ以外は、OKだけど。

 お酒の入っていたせいか、結構すぐに眠れた。それに今回は、抱きしめられてもいないしね。





 僕は、ゆっくりとベッドから抜け出す。暖房は切っていたから、少し寒い。





 フェイトは、眠っている。うん、起こすのが忍びないほど……よだれ垂らしてるし。

 起こさないように、少しだけ口元から出ている唾液を拭う。しかし、何の夢をみればこうなるのさ。

 なお、ちらっと見えた胸元は、気にしない方針で。





 ……ガマンだ、僕。





 とにかく、窓の近くへ行く。カーテンは閉めきられてなお、何かを遮ることができずにいた。

 なので、フェイトを起こさないように、ちょこっと開けて……







「………………?
 蒼凪……?」







 昨日は天気が天気だったから出られなかったベランダには、イクトさんがいた。



 そういえば、さっき見たらベッドから毛布もろとも姿を消してたけど……まさか。







「………………弱いオレを笑うがいいさ」







 ……いや、笑いませんから。







「中に戻ってこなかったのは……僕らを起こさないように、ですか?」

「それもあったが……少し、考えたいことがあって、な」



 考えたい、こと……?



「あぁ……
 オレも、進路のことについて、少しな……
 正直、明確なところは一度“Bネット”に戻るところまでしか考えていなかった」



 いや、それはどうなのさ、三十路前のいい大人が。



「わかっている。
 だからこそ、考えていた」



 ………………あれ?

 けど、昨夜は僕らのところに戻ってくるのも……って……



「あくまで選択肢のひとつ……ということだ。
 だが……」

「そのまま“Bネット”に留まるのもアリ……ですか?」

「オレ達の世界の瘴魔を同僚に任せきりにもしているからな。心苦しい部分は、やはりある。
 それに……」







「僕らと距離をおきたいって気持ちもある……でしょ?」







 僕の言葉に、イクトさんが目を丸くする……うん。気づいてた。







「イクトさん……どっかで僕らに対して線を引いてる。
 ラインを引いて、溝を作って、そこからこっちに入ってこないように、僕らが入っていかないようにしてる」



 ちょっとだけ……僕もそういうところ、あるから。だから、わかった。



「イクトさん、自分のことが、僕らの重荷になってる……とか思ってるんじゃない?
 だから、僕らに対して踏み込めない」



「………………否定は、できんな」



 観念したらしい。イクトさんは軽く肩をすくめて降参のポーズ。



 けど……その表情は、なんつーか重い。



「やっぱ……自分も瘴魔だから?」

「………………そんなに思考がタダモレか? オレは」







 そんな売られた子羊みたいな悲しい顔をしないでください。ホントに三十路前ですかアナタ。







「けど、そんなのある意味『今さら』でしょ?
 その辺の気遣いが24時間365日フルナッシングなジュンイチさんと10年もつるんできたんだし」

「確かに、ヤツらはそんなことは気にしない……そしてそれはテスタロッサ達も同様だ。
 六課では本当によくしてもらっている。オレの過去など、誰も問題にしたりはしない……」







「……だが、それは“アイツらが問題にしない”というだけの話だ」







 静かに、だけど一言一言、イクトさんは僕にしっかりと伝わるように言葉を紡ぐ。



「貴様も知っているだろう。
 “JS事件”で六課が敵対した瘴魔のことは」

「記録だけだけど、一応」







 うん。知ってる。

 “JS事件”の中、最高評議会にくっついてフェイト達、すなわち六課と敵対した瘴魔のこと。

 10年前、ジュンイチさんやイクトさんが戦った“瘴魔大戦”で戦死し、最高評議会によって復活させられた“水”の瘴魔神将……ザイン。



 衛星軌道上に廃棄されていた軌道ステーションをミッドに落とそうとしたのを始め、なかなか好き勝手してくれたけど……結局ソイツも“ゆりかご”決戦の中で倒されたはず……

 けど、ソイツがどうかしたの?







「10年前、ヤツを瘴魔に害となる者として討ったのが……オレだ」

「え………………?」

「だが、最高評議会の手によってヤツはよみがえり、機動六課の敵となった。
 復活、それ自体に責はなくとも……ヤツの手口を知りながら、その後のヤツの好き勝手を許したのは、オレの落ち度と言ってもいい。
 防げなくても、被害は確実に減らせたはずなのに……っ!」



 本当に悔しいんだろう。イクトさんの握りしめた拳がなんかうっ血してる。



「それに……だ。
 ザインによって瘴魔の因子がこのミッドチルダに持ち込まれた……それはつまり、この世界にも瘴魔獣が生まれる土壌が成り立ち、ひいてはそれがこの世界に転生しているであろう、未覚醒の瘴魔神将の覚醒を促してしまうということ。
 しかし、その事実まで頭が回らなかった……その結果が万蟲姫とホーネット……“蝿蜘苑ようちえん”の台頭だ」



 あー、あのバカ姫達か。

 アレも、元を追っかけてくとザインにたどりつく……と、そういうことか。イクトさんはそれを自分のせいだって、自分に責任があるって……背負ってるんだ。



「瘴魔神将は瘴魔を束ね、守り、導く者……そのはずなのに、オレはその役目を何ひとつ果たせていない。
 その結果、このミッドチルダを危険にさらし、テスタロッサ達に負担を強いた……その罪は、これから生涯をかけて償っていかなければならない。
 そんなオレが、お前らの輪の中で笑っていることが、果たして許されるのか……」



 正直な話、「そんなことない」って否定することは簡単だった。

 だって、今の話を聞く限り、イクトさん自身は何もしてないんだもの。



 万蟲姫達が出てきたのだって、イクトさんの認識の外での話……うん、イクトさんには責任ないじゃないのさ。







 ………………けど。



「………………よく、わかった」



 僕は、そんなイクトさんの独白にうなずいていた。



 だって……



「うん。わかった。
 道理でイクトさんのことをどうにも突き放せないはずだよ……だって、僕と同じなんだもの」



 イクトさんの気持ちが、よくわかるから。



「蒼凪と、同じ……?
 どういうことだ? それは」

「だって……僕も……背負ってるものがある。
 イクトさんとは形も、中身も、きっと重さも違うけど……僕も、背負ってるから。
 だから、イクトさんの気持ち……完全じゃないだろうけど、少しはわかる」



 ………………うん。話そう。



 僕が……“古き鉄”である、その根源。



「僕……何度か言ってるよね?
 自分は、壊すために戦ってる……って」



 言いたいことは、きっとあったと思う……けど、イクトさんは口をはさまないでくれた。うなずいて、僕に先を促してくる。



「……正直ね、壊すためだけに戦ってるワケじゃないよ?
 守りたいものがある。それを守るためにも戦ってる。
 ……だけどね、それだけじゃダメなんだ。忘れたくないことがあるから」

「………………お前が、背負っているもののことか」

「うん。
 戦うことが、守るって言葉だけで片づけられない……それを、忘れたくない。
 間違えた事を、忘れたくないの。
 イクトさんと違って……僕は、そうしてないと忘れそうだから。
 まぁ、その……ハッキリ言っちゃうと……」



 そして……僕はイクトさんと真っ向から向き合って、言った。











「僕、魔法の力で……」





















「人を殺したことがあるんだ」





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……それから、蒼凪は話してくれた。どうして、そうなったのかを。



 8年前。リインフォースUと会った蒼凪は、ある事件に巻き込まれた。



 その事件の黒幕連中の差し金で、偶発的に、蒼凪の住む街に飛ばされてきた彼女を追って、暗殺者の類が小隊を組んで、襲撃をかけてきた。



 そして、その時、リインフォースUと友達になって、仲良くなっていた蒼凪は、どうしても彼女を守りたかった。







 だから……殺した。







 その時の蒼凪には、アルトアイゼンのような信頼の置けるデバイスも、魔法の知識も、戦闘の訓練の経験すらなかった。



 それでも、リインフォースUを引き渡して見捨てるなんていう選択肢は取れなかった。そんなこと、できなかった。

 だから……戦うと決めた。







 だが……







「……他にね、方法が思いつかなかった。他に……考えつかなかった」

「…………そうか」



 正直……簡単な相槌しか打てなかった。



 本当に……それしか選択肢はなかったのだろう。



 明確な意思の元に“殺す”のとは、偶発的な事故によって“殺してしまう”のとはワケが違う。

 “殺すしかなかった”というのは……苦悩の末の決断だから。



「だが……なぜそこまでして、リインフォースUを守ろうとした?
 仲良くなっていたとはいえ、知り合ったばかりでそこまで……命を賭けるほどの関係になれるものなのか?」



 柾木などはそれができるクチだが……いや、ヤツは例外か。ヤツのアレは、れっきとしたヤツのトラウマの産物だからな。

 だが……蒼凪は柾木ではない。アイツのように、出会ったばかりの相手を守るために命がけで戦うようなことが、当時はまだ戦う力を持たなかった蒼凪にできたというのか……?



 だとしたら、その決意を支えた根源は、何だ……?



「僕の親ね、最低だったんだ」

「何………………?」

「互いに別に相手がいてさ。お金は送ってくるけど、ずーっとその相手の所に入り浸ってるの。
 だからね、家族の記憶っていうのが、ないんだ。親のご飯を食べたりとか、そういうのもなかった」



 そんな時に、リインフォースUが現れた……か。



「うん。
 僕さ……リインと会う10歳くらいまでの記憶って、一色だけなんだ」

「一色?」

「うん……同じ景色と、同じ時間と、同じ生活。
 ひとりだけの、灰色の世界。
 意味の無い記憶と時間。
 同い年の友達作るのも、イヤだと思ってたから……」

「……もしかして、リインフォースUが、蒼凪にとって初めての友達だったのか?」



 なるほど、合点がいった。

 思えば、オレが出会ったばかりの頃のリインフォースUは、「仲間内以外で初めての友達ができたばかり」と浮かれていたな……あの時言っていた「友達」というのが、蒼凪だったワケだ。



「それでね、リインと会って、その一色だけの世界に、見ているだけで元気になれるような、青い空の色が刻まれたんだ。
 そこから僕の時間は、思い出して、意味のあるものに変わった。
 僕の記憶……過去は、存在する意味を得たの」

「だから、守りたかった……」

「……うん。
 出会ってから、襲撃されるまでね。たったの一週間だった。
 だけど、そのたった一週間が、それまでの10年よりずっと幸せで、大事な時間になったから」



 その時間をくれたのが、リインフォースU……だから、守りたかった。







 守って……その結果、殺した。







 その時の蒼凪では、そうする以外に、彼女を守りきる手段がなかったから……だが、オレにはわかる。



 そうすることで守れるのは、ただ表面的な……強引な表現をするなら、物理的な意味で「守る」ということ、それだけだということが。







 そのことに、その時の蒼凪も気づいたのだろう。だから……背負っている。



「うん。
 ……殺した後にね、気づいた。間違いだって。そんな結果でも、リインの事は、本当の意味で守れていないってことに。
 リインに重荷を背負わせただけで、守るって約束、破ったってことに、気づいたの。壊しちゃいけないものまで、壊したんだ」



 おそらく、だが……誰かに指摘されて気づいたものではないだろう。八神もリインフォースUもそういったことで相手をなじるタイプではないから。

 ビッグコンボイ達やシグナム達も対象外だ。ヤツらはむしろオレ達側……そういった殺し合いの世界で生きてきたクチだ。“殺す”ことの重さなど……すでに当たり前のものとして背負っているだろう。だからこそ、この手の感傷には気づきにくいはずだ。



「リインは、大丈夫だって言ってくれた。
 ちゃんと、守るという約束を護ってくれた。そう言ってくれた。
 だけど……なんだ」

「そうは……思えなかったか」



 蒼凪は静かにうなずいた。

 静かに、何かを思い出しているような表情で。



「だけど、そうだなって思った。それが、悔しくてさ。
 力がなくて、最悪手しか打てなかったこと……大事な友達との約束、本当の意味で守れなかったこと……全部が悔しかった」

「だからこそ……背負うか。
 その時の悔しさを、忘れないために」

「うん。
 殺すっていう手を使っても、守れないものがある……それを、忘れたくないの」



 殺しまでしても、守れないもの、か……



「……あのね、さっきも言ったけど、守りたいものが出来たんだ」

「記憶……か」

「うん。さっきはリインを挙げたけど、リインだけじゃない。フェイトやはやて、師匠達になのは、ジュンイチさん……もちろん、イクトさんも。
 みんなと出会って、僕の記憶と時間は、思い出して楽しいものに変わった。
 持っていて、よかったと思えるものになったんだ。だから、守りたい」



 静かに、しかし強い意志を言葉に込める……そんな蒼凪の姿が、オレにはどこか他人事とは思えなかった。



「みんなからもらった今を、守りたい。そう思うようになった……
 だけどね、その楽しい時間の中で、忘れそうになるんだ」

「……殺したことを、か?」

「うん。その選択肢を取って、すごく後悔したこと。それしか取れなくて悔しかったこと。楽しい時間の中で、少しずつ、忘れていくんだ。
 だけど、忘れたくない」





 ………………他人事と思えなくて当然だ。



 人を殺した“罪”を背負う蒼凪の姿は……神将としての“罪”を背負う、オレそのものじゃないか。





「殺すという手段……というより、守りたいものを守れない、壊したくないものまで壊すような最悪手を取らないために、あの時の悔しさ、絶対に忘れたくないんだ。
 忘れたら、同じことを繰り返しそうで、怖い。だから……戒めるの」

「戦いとは、すなわち破壊……そう言い続けることでか。
 他にも、戒めようはあるだろうに……」

「そうだね……うん、確かに下手くそだけどさ、そう戒めていたいの。
 ごめんだしね。大事な約束、本当の意味で守りきれないのは、絶対に」

「まったく、不器用なことだ」

「うん、不器用だね。イクトさんと同じ。
 だからさ……」











「イクトさんが六課を離れるなら、僕も六課を離れるしかないワケで」











 ………………はぁっ!?



「ちょっと待てっ! なんでそうなるっ!?
 貴様はテスタロッサから補佐官として誘われているだろうっ!?」

「だってそうでしょ?
 イクトさんが“背負って”るように、僕だって“背負って”る……条件が同じなのに、イクトさんは出ていって僕はお咎めなしなんてありえないでしょ?」



 むぅ、確かに……って、待て待て。納得してどうするオレっ!



「あぁ〜あ、せっかくフェイトが補佐官として誘ってくれたのに、これで全部パアかぁ」



 二の句がつなげないオレの目の前で、蒼凪はあきらさまな棒読みのセリフと共に大げさに肩をすくめてため息をつく……こいつ、もしかしなくても自分を人質にしているっ!?



「でも仕方ないよね。
 イクトさんが出ていくって言ってるのに、僕だけ六課に残るワケにもいかないしねー」

「あー、わかったわかったっ!
 もういいっ、やめろっ!」



 なおも続ける蒼凪をあわてて止める……くそっ、やられた。



「残ればいいんだろ、オレも……」

「最初からそうすればよかったんだよ」



 この男はやると言ったら本当にやる。蒼凪とテスタロッサ、双方を立てるにはもはやオレが折れるしかあるまい。



「まったく……オレを引き止めるためにそこまでやるか」

「僕は別に、イクトさんの自由にしてもいいと思うんだけどね」



 そうオレに答えて……蒼凪は続けた。



「うん、自由にしてくれていいと思う。
 …………正直に言うとね、僕……イクトさんに嫉妬してるから」







 ………………嫉妬?







「そう。嫉妬。
 イクトさんがフェイトと一緒にいると……話してると、ちょっとイラっとくる。
 僕はフェイトが好きだから……うん。イクトさんがフェイトに近づくのって、いい気分しなかったの」



 そうか……すまない。

 貴様がテスタロッサを好いているのは日頃から公言していたことだというのに……配慮が足りなかったか。



「いや、そこは配慮しなくていいところでしょ。
 僕が勝手にヤキモチ妬いてただけなんだからさ」

「……過去を明かしたかと思いきや、嫉妬していたことを告白したりオレへの責を否定したり、一体さっきから何が言いたいんだ?」



 そう。本気でワケがわからなくなってきた。

 蒼凪の真意が、正直オレにはよくわからない。



「簡単な話だよ。
 まず……僕の嫉妬はともかく、フェイトはイクトさんを必要としてる」



 オレの鼻先を指さし、蒼凪が告げる……ちょうどそれは、オレの前で人さし指を立てている形だ。



「二つ目。
 イクトさんがどう思ってるかどうかはわからないけど……少なくとも僕は、イクトさんを恋敵として認識してる」



 そこから中指を立て、右手はVサインを描く……いや、この会話の流れからしてカウントの「2」か。



「恋敵……つまりはライバルなワケだね。
 で、ライバルだからこそ……僕はちゃんとイクトさんとフェイトを取り合って、勝ちたい」

「取り合う、と言われてもなぁ……」



 オレは、テスタロッサを愛しているワケでは……





















 …………………………





















 …………おい、なぜオレは否定を止めた?



 テスタロッサを仲間としてしか見ていないのであれば、そこは迷うことなく否定できるところだろう……











 …………まさか、蒼凪の仮定が外れていないというのかっ!?



 オレは、テスタロッサのことを……えっ!? ちょっと待てっ!







「ていっ!」



 痛っ!







 後頭部に衝撃が走り、思考が再起動する……蒼凪の手刀か。



「少し落ち着け、このバカ神将。
 話が進まないじゃないのさ」







 …………すまん。







「ったく、『そんなんじゃない』とか言いながら、しっかり意識してるじゃないの……
 とにかく、僕がイクトさんに六課の解散後も戻ってきてほしい理由はそんなトコ。
 僕もそうだから、背負うことは別に悪いとは言わないけどさ……勝ちたいもん。競う前に勝手にドロップアウトされてもヤなのよ」

「むぅ…………」



 イマイチ納得できないが……このテの話は蒼凪の方が見る目がある。その蒼凪がそう言っている以上、そういうことなのだろう。



「そういうワケなので、イクトさんには六課が解散した後も、ちゃんと僕らのところに戻ってきてもらう。
 なお、答えは聞いてないので、そのつもりで」



 いや、聞けよそこは。







 ………………だが……







「…………いいだろう。
 ここは貴様の思惑に乗ってやる」



 そちらの方が、オレとしても都合が良さそうだ。



 蒼凪の指摘によって気づいたこの感情の正体を見極める意味でも……な。











 ……だがな、蒼凪。



「はい?」



「オレも男だ。人並みに異性に対する興味はある。
 もし、オレの抱いている感情が貴様の危惧の通りなら……容赦はしないぞ?」

「上等だよ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「う……ん……」







 声は後ろから。振り向いて、部屋の中をのぞくと、寝ぼけ眼な女神がいた。

 女神は目を眠たそうにこすりながら、僕とイクトさんの方を見る。



 というか、胸元が危険です。





「やすふみ……いくとさん……おはよう。はやおひはへ」

「おはよ……フェイト、呂律が回ってないから。というか、遅いくらいだよ?」



 時刻は午前7時。フェイトだって、いつもはもうちょい早起きなはずである。



「……そうだね。私達、お寝坊さんだね」

「まぁ、休みは取っているんだし、OKでしょ」

「だな」



 事態が事態なので、僕もフェイト、そしてイクトさんも、追加で休みを取っている。もんだ……ないといいなぁ。

 まぁ、グリフィスさんなら、なんとかしてくれるでしょ。うん。



「そうだね。あとはてんきだけど……」



 まだ半覚醒かい。ひらがなになってるし。

 とにかく僕は、返事の代わりに部屋に戻るとカーテンを開ける。



 その結果、さっきまで僕らが見ていた光景がフェイトの目の前に広がるワケで……



「……きれい」





 フェイトが思わずつぶやいたのもムリはない。眼前に広がる景色は、本当に素晴らしかったから。



 まさに、それは台風一過。



 太陽は昇り、海はその輝きを受け止めてなお、青く澄んでいた。

 そして空は、心まで晴れるような青。昨日の曇天が、まるでウソのように感じる。



 その景色に、フェイトは少しだけ言葉を失っていた。だって、本当に綺麗だから。僕もさっき、ちょっとだけ見とれた。







「……これなら、ちゃんと帰れるね」

「そうだね。でも、そう言うと……」

「何?」

「ちょっと雰囲気壊れるね」





 ………………フェイト、寝起きなのにツッコミ上手だね。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 三人でゆったりと朝食を食べた後、ホテルをチェックアウト。そのまま、ラトゥーアのある人工島を出た。





 レールウェイも、普通に再開されていて、よかったよかった。





 ……あ、そうだ。







「……フェイト」



 レールウェイの車内の中、となり同士に座ったフェイトの顔を見上げる。

 少しだけ、真剣モードで。



「補佐官の話なんだけど……」

「あの、返事なら今すぐじゃなくていいよ? ヤスフミが他にしたいことがあるなら、そっちでもいいから」

「……いいの?」



 昨日も言ったけど、絶対に迷惑かける。フェイトが望む通りの答えなんて、きっと出せない。



「そんなこと、言わないでほしい。
 ……あの、局員になってほしいとかじゃない。それはゼッタイっ!
 ヤスフミと一緒に、イクトさんとも一緒に、これからのことを考えていきたい。ただそれだけだから」

「……そうだよね。考えて、始めないといけないんだよね。新しい僕を」

「ヤスフミだけじゃないよ?」

「え?」



 フェイトが、真っ直ぐに僕を見る。そして、言葉にした。

 いろんな意味でターニングポイントになった言葉を。



「私も、始めたくなった。新しい私を。
 だから……一緒に、がんばりたい。誰でもない。二人と一緒に。私も、今までとは違う事に触れていきたいの。
 それで、その中には、二人のこと、弟や家族としてじゃない。つまり……その……」



 フェイトの言葉が詰まる。だけど、それは一瞬。すぐに、続きは音となって、僕に告げられた。











「男の子として、見ていくことも……入っているから」











 あれ……僕、なんで涙が……



 あれ、止まらない。どんどん、あふれ出してくる。





「……ごめん」



 フェイトは、そんな僕の事を、優しく抱きしめてくれた。

 なんで……謝るかな。



「私、ヤスフミのこと、ずっと傷つけていたから。でもね、もうそんなことない」



 力が強くなる。だけど、それによって生まれた息苦しさが、心地いい。



「あの、ごめん。今はこんな言い方しか出来ないけど……ちゃんと、応えていきたい。
 今のヤスフミのこと、もっと知りたい。そう思っているから」



 よくわからないよ。それ……!



「うん、そうだね。私も同じ。
 だから……変わっていこう? みんなで。ひとりじゃないから……きっと、できるよ」





 返事の代わりに、フェイトを強く抱きしめた。







 フェイトは、そのまま、受け入れてくれた。すごく、うれしかった。







「………………今のところは、譲ってやる」







 ………………うん、ありがと、イクトさん。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「それじゃあ……フェイト、イクトさん、また明日ね」

「あぁ」

「うん、また明日。
 あの……また、たくさん話そうね」

「うん」







 そうして、僕はフェイトやイクトさんと別れて、レールウェイを降りた。



 手を降って、見送った。フェイトも、手を振り返してくれたのがうれしかった。







 ……なんか、スッキリした。うん、いろいろと。







 ………………イクトさんとフェイトが最後まで一緒だったのは、とりあえず不問。



 だってあの人、きっとナビ役がいないと六課まで帰れないだろうし。



 さっきフェイトを譲ってくれた借りもあるし、このくらいはいいでしょ、うん。







 でも、フェイトどうしたんだろ。こう、またネジが外れてない?

 ま、いいか。あ、ただ……気になることがある。







 ホテルのロビーで、緑でロングヘアーな人を見た。あと、栗色ショートカットの女の子を見た。しかも……オーラが微妙だった。

 で、黒ずくめのツンツン頭と、紺色のロングヘアーの女の子も見た……こっちは、女の子の方だけオーラが微妙だった。







 ……よし、幻覚だ。あれは、見間違いだ。うんうん。











 ……とにかく、家に帰ってきた。







 そして、僕は中に入る。











 パパーンっ!





















 ………………………………………………………………え?





















『おめでとー!』











 ………………え?







 あー、何だろうな。また幻覚?

 何でいきなりクラッカー?(Notジオン) そして、なんでパーティーな装い?











「……え?」



 意味はないが声に出してみる。



「おかえりー!
 ……恭文くん、おめでとう っ!」

「あなたのために、腕によりをかけて……お赤飯、炊いたのよ。うぅ……長かったわね」

『パパ、おめでとー! ……なにが?』







 うん、ここまではいい。合鍵持ってるんだもの。襲来くらい、予測してはいた。で、問題は次っ!







「おう、邪魔してるぞ。まぁ……アレだ。よかったな」

「……よかったな。我は……我は……!」

「本当に、本当に……よかったわねっ!」

「リインは……リインはぁぁぁぁぁぁっ!」

「あぁ、ヴィータちゃんもザフィーラさんもシャマルさんもリインちゃんも泣かないで……
 今日は、めでたい……ごめん、オレも泣いていいかな? やっさん、お前、次元世界の恋の勝利者だよっ!」



 …………よし。



 なんで、兄弟子とか、主治医とか、守護獣とか、師匠とか、パートナーとかがいるのっ!?



 つか、また勝手に人の家に上がり込んでっ!







「問題ないよ。やっさんの家はオレ達みんなのセカンドハウスなんだから」

「んなワケあるかこのぼけぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「まぁまぁ。ほら、一緒にお赤飯、食べましょ?」



 なんで炊いてるっ!? ……だから、そのお祝いモードはやめてっ!



「リイン手伝ったですよ〜」

「カレルとリエラも手伝ってくれたんだよね」

『うんっ!』

「あ、オレは味見ねっ!」

「一番どうでもいい人でしゃばらないでっ! サムズアップしなくていいからっ!」



 つか、なんでここにっ!? まだ出向予定じゃ……あぁ、ムダだよね。わかってた。



「サリエルさん」

「あ、はい」

「いつもうちの恭文がお世話になっているそうで……ありがとうございます」

「あぁ、そんな頭下げないでください。
 オレもヒロも、やっさんとからむのは、楽しんでいますから」







 ……そう言って、楽しそうに談笑するのは、僕の保護責任者と兄弟子。



 ヤバイ、なんか頭痛が……







「なぎさん、おめでとうっ!」

「お祝い持ってきたよっ! というか……よかったね。本当に」







 ……………………………………………………………………



 お前らもかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!







「エリオお兄ちゃんに、キャロさんだー!」



 ……キャロはさん付けなんだね。



「お兄ちゃん達も、パパのお祝い?」

「そうだよ。シャープエッジやアイゼンアンカーも来たがってたけど……アイゼンアンカーはともかく、シャープエッジはここに入れないし。
 ……なぎさん、年貢の納め時ですね。ハーレムなんて、しょせん夢なんですよっ!」

「その言い方やめてっ!
 つーか何を勘違いしているかなっ! そんな夢見てないからねっ!?」

「恭文、その……お父さんになるのかな?」











 エリオ、涙目でそんなことを言うな。お、お願い。お願いだから……!











「みんな落ち着けぇぇぇぇぇぇぇっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………え?



「イクトさん……とうとう、なんですね……」

「いやー、その辺に何の免疫もなかったアンタがねー」



 ………………おい、ハイングラムに光凰院。

 何を目にハンカチなどあてて感涙している?



「イクトさん、本当にがんばったんだね……っ!
 これはあたしも負けてられないかなっ!?」



 そしてあずさ。何をそんなにやる気になっている?



「またまた。とぼけちゃって。
 フェイトと朝帰りなんてしておいて、何もなかったとは言わせないわよ?」



 ………………っ、ちょっと待てっ!

 まさか貴様ら……テスタロッサとオレが、その……ってことかっ!?



 待て待て、貴様ら。蒼凪のことを忘れてるだろうっ!?



「え? 何?
 ひょっとして、恭文に負けたワケ?」



 「負けた」とか言うな光凰院っ! 勝負はむしろこれからだっ!







 ………………勝負とか言ってるぞオレっ!







 まさか蒼凪の言ってるとおり、オレはテスタロッサのことを……そういうことなのかっ!?





「大丈夫よ、イクト!
 愛は奪うもので、勝ち取るものなんだからっ!」

「あなたとあずささんは私達独身組の希望の星なんですからっ! 目指せゴールインっ!」

「うんっ! がんばるね、あたしっ!」



 えぇい、光凰院にハイングラムっ! 自分達が絶望的だからってオレ達に期待を寄せるんじゃないっ! そしてあずさ、貴様もノるなっ!



「………………よくはわからんが、まぁ……がんばれ?」

《男として、責任取れよ?
 とりあえずその辺に詳しい弁護士はリストアップしておいたから……あ、それとも産婦人科医の方がいいか?》



 マスターコンボイっ! よくわからんのならしばらく黙ってろっ! 貴様までそっち側に回ったら誰がコイツらを止めるんだっ! オレしかいないじゃないかっ!

 最低限でもオメガは黙らせろっ! そいつの発言が一番アウトだろうがっ!



 お前ら、人で遊んでないで……







「オレの話を、聞けぇぇぇぇぇっ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 え、えぇぇぇぇぇぇぇっ!?







 なんでそんなことにっ!?











「……あのね、フェイトちゃん。
 うん、状況はわかるよ? でも、何があったのっ! いきなりこれはないよねっ!?
 というか、どっちとそういうことになっちゃったのっ!?」

「二股とか朝帰りとか……いきなりすぎませんか?」

「出かける前と状況が180度反転しているのではないか?」



 な、なのは、ティアっ!? ジェットガンナーまで、そんな微妙な目を私に向けないでっ!



「まぁまぁ……でも、どんな感じだったんですかっ!?」

「やっぱり……痛いんですか?」



 スバル、シャーリーも、お願いだからそんなに興味ありげに聞かないでっ!

 というか、そんなの私が聞きたいよっ! ……やっぱり、痛いのかな?



「え? 痛いって、何が?」

「えっと、それはね……」



 そしてシロくんはコメントに困る質問をぶつけないでっ! アリシアは答えないでっ!



「こらこら、そういうのは聞かないのが大人ってもんよ?
 ……何も言わなくていい。とりあえずこれ、使いな? というか、使わせな」



 ヒロさん、お願いですから目をそらしながら……その、『明るい家族計画』なんて差し出してこないでくださいっ!

 というか、なんでいるんですかっ!?



「フェイトママ……おめでとう♪ 恭文、ずーっとフェイトママのこと好きだったんだよ?
 だから、大事にしてあげてね」

「それとも……イクトさんとなの?
 うん、それでも、恭文のことは大事にしてあげよう? オイラはよく知らないけど……ずっと、がんばってきたんだからさ」



 ヴィヴィオ、ブイリュウも、お願いだからそんなこと言わないでっ! というか、ヒロさんとサムズアップで意志疎通しないでっ! 二人ともいつの間に仲良くなったのっ!?

 というか、やっぱりなんだ……って、そうじゃないからっ!







「あの……みんな、違うからっ! 私と二人は……その……」







 確かに、お泊まりデートをした。その、異性として……過ごした。

 たくさん気づいたことがあった。変えていきたいこと。変わりたいと思うことが、できた。



 だけど……そんなことはしてないからっ! 本当にしてないからっ!



 ヤスフミもイクトさんも、私が不安にならないように、すごく気を使ってくれて……

 私、それがうれしくて。自分の今までの視点が、本当にダメだって気づいて。だから、もっと……!







「……テスタロッサ」

「フェイト」

「あぁ、シグナム。ジャックプライム」



 よかった。二人ならまともに……



「よく決心したな」



 え? あの、どうして私の肩をつかむんですか。なんでジャックプライムまで涙目なのっ!?



「あのさ、ボク……心配だったんだよ?
 ボクがなのはと付き合おうとするのを片っ端からジャマするクセして、自分は生まれの事とかを理由に、こういうの、あきらめてるんじゃないかってさ。
 でも……そうじゃなかった。よかった。
 あの二人、やっぱりすごいよ。捨てられた方も選ばれた方もよくやったよ。
 アルフから連絡があって、フェイトのドキドキしてうれしい気持ち……伝わってきたって」



 ……精神リンクっ! 私あの時……リンク強化しちゃったんだっ! もしかして、それでみんなカン違いしてるのっ!?



「テスタロッサ、アイツらはああいう連中だが、どちらもお前への気持ちは本物だ。アイツらなら、お前に何があろうと、必ず力になり、越えていける。
 だから……見捨てて……やるなよ……!」










 ジャックプライムが泣いた。シグナムまで泣き出した。それに釣られて、みんなも涙目に……





 あの……お願い。お願いですから……!










「私の……話を、聞いてぇぇぇぇぇっ!」





















(第32話へ続く)


次回予告っ!

恭文 「やった……やったよっ!
 ついにフェイトが僕のことを見てくれるってっ!」
ヴィータ 「イクトも一緒に、だけどな」
ジュンイチ 「つか、三角関係でもホントもめないよな、お前ら。
 ヴィータとエイミィとクロノの時なんか、そりゃもう大モメしたのに」
ヴィータ 「あの時はホントにご迷惑をおかけしましたぁーっ!」
恭文 「迷わず土下座っ!?」
ヴィータ 「うちのはやてがっ!」
恭文 「しかも迷惑かけたのあのタヌキかいっ!」

第32話「とある魔導師達のそれぞれの答え探し」


あとがき

マスターコンボイ 「………………何やら、人間関係がものすごいことになりつつある第31話だ」
オメガ 《メインの3人組だけでもそうとうですからねぇ……
 なんですかアレ。恋愛フラグだけでなく友情フラグとの複合で3人体制ガッツリ固まってるじゃないですか》
マスターコンボイ 「まぁ、本編中で本人達が感じているように、似た者同士として共感できる部分はあったのだろうな」
オメガ 《それで意気投合して、ミスタ・恭文とミスタ・イクトが友達に……ですか》
マスターコンボイ 「とにかく、これでとりあえずは恭文と炎皇寺往人が対立する事態は避けられたワケだ。
 あとはフェイト・T・高町がどちらを選ぶか、だが……」
オメガ 《他にも問題は残っていそうですね。
 ほら、前回はおまけでしっかり目立っていながら今回その後がまったく描かれなかった二組ですよ》
マスターコンボイ 「柾木ジュンイチとギンガ・ナカジマ、八神はやてとヴェロッサ・アコース……だな。
 本編中でチラリと目撃した恭文によると、何やら微妙な様子だったようだが……」
オメガ 《何が起きたのかは……とりあえず一方のコンビは本家『とまと』で確認していただければよろしいかと。
 で……問題はもう一組ですよ。かたっぽがかたっぽだけに、すさまじくドタバタの予感がするんですけど》
マスターコンボイ 「奇遇だな。オレもだ……
 そして、どうせ恭文が巻き込まれ、芋づる式にオレや貴様も巻き込まれるんだろうな」
オメガ 《今後はミスタ・イクトも巻き込まれそうですけどね。
 まったく……私は騒ぎの当事者などはまっぴらなのに》
マスターコンボイ 「貴様はただあわてふためくオレ達を見物したいだけだろうがっ!」
オメガ 《気にしてはいけませんよ、ボス。
 それにほら、そろそろお開きの時間ですよ》
マスターコンボイ 「むぅ、もうそんな時間か……
 では、今回はここまでとしようか。また次回の話で会うとしよう」
オメガ 《みなさんに振り回されるボスの醜態をお楽しみにっ!》
マスターコンボイ 「そこは楽しみにしなくていいんだっ! そこはっ!」

(おわり)


 

(初版:2011/01/29)