「ぷっくりころころ、ホットケーキ〜♪」



 ふふふ、楽しみじゃのぉ、エイミィ殿の作ってくれるホットケーキは♪



「ありがと、万蟲姫まむしひめちゃん。
 じゃあ、早く帰ってさっそく作ろうか」

「おーっ! なのじゃっ!」



 エイミィ殿に答えて、わらわはその後についていく。



 現在、わらわとエイミィ殿は近所の商店街でのお買い物の帰り道。

 エイミィ殿が買い物に出ると言うから、久々に外に出たくなってついていくことにしたのじゃ。



 まぁ……リンディ殿は渋い顔をしておったがのぉ。世界に仇なす“蝿蜘苑ようちえん”の長であるわらわが自由にしておるのが気に食わんらしいが……同じく柾木ジュンイチの元に身を寄せている立場上強くは言えんようじゃな。



「んー、義母かあさんが最近ジュンイチくんに逆らわないのは、それだけじゃないと思うけどねー」



 どういうことじゃ? エイミィ殿。



「まだ万蟲姫ちゃんが知るには早いかな?
 もうちょっと大人になってからね?」



 むー、エイミィ殿、またそうやってわらわを子供扱いする。

 わらわは子供じゃないのじゃっ! ゆくゆくは恭文の婿となる、立派な“れでぃー”なのじゃっ!



「……万蟲姫ちゃん、何歳だっけ?」

「10歳じゃっ!」

「………………恭文くんに嫁いでもらうの、あと6年待とうか。うん」



 なんとっ!?

 エイミィ殿、わらわが恭文と添い遂げるのに、6年も待てと!?



 それはごむたいなのじゃーっ! わらわは今すぐだって恭文にすべてをささげてもらう覚悟はできておるというのにっ!



「………………『ささげる』じゃないんだね……」



 とーぜんじゃ。わらわは婿じゃからな。











 ………………ん? 人通りが増えて来たのぉ?



「んー、もう夕飯時だからね。
 みんな、夕飯の材料を買いに来てるんだよ……万蟲姫ちゃん、はぐれないように注意してね?」



 だから、子供扱いするなというのにっ!



 わらわは大人じゃから、迷子になんてならぬっ! 心配せずとも、ちゃんとついて行けるから安心するのじゃっ!





















 ………………あれ? エイミィ殿? おーい?





















 ………………まったく、「迷子になるな」と言っていた本人が迷子になっていたら世話はないのじゃ。







 仕方ないのじゃ。交番を探して、局の人にエイミィ殿を保護してもらわなければのぉ。

 

 


 

第37話

少数派はいつだって肩身が狭い思いをしていたりする

 


 

 

「……さて、オレの仲間がつかんでくれた情報は以上だ」

「………………」



 ウィンドウに表示されたデータに追従する形で話していたジュンイチさんがしめくくるけど、サムダックさんからの返事はない……まぁ、当然だけど。

 それにしても、まさかサリの正体が……











 今僕らはサムダック・システムズの本社ビル、その社長室にいる。



 ついさっきまでやってた捕り物の最中、こっそりついてきていたサリが逃走する犯人グループと鉢合わせ。

 連中はジュンイチさんがブッ飛ばしてくれたんだけど、その際にサリがケガをして……サリの身体がトランスフォーマーと同じ金属生命体のボディであることが発覚。



 ただ……ジュンイチさんは薄々その可能性は感じていたみたい。ライカさんとジーナさんが六課にきたのも、その調査のためだったらしいし。



 ともあれ、そんなこんなで、サリのアレコレがバレたことで事態は急転。捕り物帰りのその足でサムダックさんに話を聞きに来た……というワケだ。







 なお、ここにいるのは僕、サリ、ジュンイチさん、フェイト、ジャックプライム、そしてマスターコンボイ。

 スバルやこなた達フォワード陣には先に帰ってもらった……つか、今頃サリを現場に連れてったガスケットとアームバレットにオシオキしてる頃だろうね。











「………………パパ、説明して」

「あ、あぁ……」



 で……当事者であるサリは、自分の正体を知ったショックからは復帰できたみたいだけど、今度はずいぶんとご立腹。まぁ、こっちもサムダックさん同様、当然の反応ではあるんだけど。おかげでサムダックさんがすっかり及び腰だ。



「ねぇ、早く」

「…………確かに、もっと早く話すべきだった……
 だが、私にも、お前がどこから来たのか、わからないんだ」



 さらにサリに急かされて、サムダックさんはようやく話し始めた……けど、『わからない』……?



「『わからない』……?
 どういうことですか?」

「あれは……10年以上も前の話だった……
 ある日、私のラボの前を通りかかった際、不思議な光が中からもれていることに気づいた。
 中に入ってみると、そこにはどこから来たのか、カプセルがあって……その中には、銀色に輝く子供が眠っていた。
 小さな身体だった。液体金属のね……」



 ジャックプライムの問いに答える形で、サムダックさんが答える……その話の通りだとすると、その“カプセルに入っていた銀色の子供”っていうのが、サリってことか……



「おそらく……
 ただ、私はそのカプセルに触れようとした瞬間、カプセルから何かの衝撃を受けて気絶してしまってね……
 気がついたら、サリがそこにいたんだ……」



 なるほど……



 マスターコンボイ、どういうことかわかる?



「そうだな……
 柾木ジュンイチ。サリ・サムダックの身体の金属部分は、オレ達トランスフォーマーと同じ、生体金属細胞でできていたんだな?」

「素材自体は、ね……
 ただ、身体の仕組みはほぼ完全に人間のそれだ。人間の臓器が、トランスフォーマーの素材でできている……って言えば、わかるか?」

「ふむ……」



 ジュンイチさんの答えに、マスターコンボイはさらにしばらく考えて、



「そこまで経緯はわからんが……何らかの形でサムダック・システムズにプロトフォームの納められたポッドが持ち込まれていた可能性はないだろうか?
 10年以上前となると、“GBH戦役”の前……人間社会にトランスフォーマーの存在が知られる前の話だ。発見されたプロトフォームの正体に気づかなかったとすれば、ありえない話じゃない。
 そして、アイザック・サムダックがそのカプセルに触れた際にシステムが作動し、その身体をスキャニングした……そう考えると、少なくとも何が起きたかの説明はつく」

「それで、人間の姿に……?
 ヒューマンフォームってこと?」

「ヒューマンフォームとは事情が違う。
 オレ達のヒューマンフォームはトランスフォーム形態とは別に後付けされるものだ。
 プロトフォームから人間の身体を直接スキャニングした話など、少なくともオレは聞いたことがない。
 ひょっとしたら、自分がトランスフォーマーだと知らなかった、それ関係の記憶がなかったのも、そのことが原因なのかもしれないが……」

「お前らにとっても、未知の事態ってことか……
 ヒューマンフォームみたいな擬態じゃなくて、本当に人間でもあり、トランスフォーマーでもある……あえて言うなら、トランスフォーマーと人間のハーフ、みたいなものか……」



 フェイトの言葉に答えるマスターコンボイのとなりで、ジュンイチさんも深刻そうな顔をしてるけど……











「そんなことはいいの」











 静かにつぶやくのはサリ。うつむいてその表情はよくわからないけど……なんか、ますます機嫌悪くなってる感じ。



「パパ……どうして話してくれなかったの?」

「私も、何度も話そうと思ったんだ。
 だが……何と話したらいいか……私も、すべてを知っていたワケではなかったし……」







「本当にそうなの?」







 答えようとしたサムダックさんだけど……サリ……?







「本当に……あたしはそのプロトフォームから生まれたの?」

「サリ……?」

「だって……今話したことを知っていたのは、パパだけなんでしょ?
 パパ以外誰も本当のことを知らない……それなら、“いくらでも話をでっち上げられる”」



 ちょっ、サリ!?



「本当だって言うなら、あたしが入ってたっていうポッドはどこにあるの?
 あたし、パパの研究室は何度も入ってるし、どこに何があるのかも全部把握してる……でも、そんなの見たことないよ?
 ウソついてないって言うなら、そのポッドを見せてよ」

「そ、それは……」

「パパの言ってること……信じられないよ……っ!
 あたし、バカみたいじゃない。自分がどういう存在なのかも知らないで、自分のこと人間だと思って、ずっとだまされてて……!」

「だ、だますなんて、そんな……っ!」

「だったら、教えてくれてもよかったじゃないっ!」



 弁解しようとしたサムダックさんだけど、サリには通じない。ますます語気が荒くなるばっかりだ。



「あたしこと、笑ってたんじゃないの!?
 自分が人間じゃないってことも知らないで、必死に人間のマネごとをしてたあたしのこと、バカなヤツだって笑ってたんじゃないの!?」

「それは違うっ!
 私はお前のことを娘だと……」

「『自分が作った』が抜けてるんじゃない!?」



 この流れ……マズイっ!



「あたしは人間じゃない……人間なパパとは違う。
 そうよ……あたしとパパはぜんぜん違うっ! パパなんかあたしのおy











「サリっ!」











 ………………サリの言葉をさえぎったのは……サムダックさんじゃなかった。



「それ以上……その先を言うな」



 ジュンイチさんだ。けど……すごく、シリアスモードに入ってる。



 いつもは「ちゃん」付けで呼んでるサリを呼び捨てにしていて、向けてる視線もすごく鋭い。



「ジュンイチさん……
 でも、だって……」

「もう一度言う。
 それ以上……何も言うな」

「………………っ」



 ジュンイチさんに強く言われて……サリは唇をかんで、社長室を飛び出していってしまった。



「サリさんっ!」

「追わなくていい」



 あわてて追いかけようとしたフェイトだけど、それもジュンイチさんに止められてしまう。



「ジュンイチさんっ!」

「あー、フェイト。ボクもやめた方がいいと思う」

「ジャックプライムまで……」

「ボクも……今のサリの気持ち、わかるから……
 家族だと思ってた人と、実は本当の親子じゃなかった……フェイトだって、覚えあるでしょ?」

「…………そ、それは……」



 そっか……フェイトだけじゃなくて、ジャックプライムも、昔家族のことでいろいろあったって言ってたっけ……



「それに……ジュンイチさんも、僕らとは別の意味で、サリに近い立ち位置だしね」

「ったく、どこでオレの身体のこと聞いたのやら……だいたい想像つくけど」



 ジャックプライムの言葉に不機嫌そうにつぶやくと、ジュンイチさんはサムダックさんへと向き直って、



「それはともかく、だ……
 別に、サリちゃんの味方するつもりはないんだけどさ……マジであの子が入ってたポッドはないのか?」

「ない、というか……
 私なりに、あの子の正体を突き止めようと、あのポッドをさんざん調べたんだが……」



 あー、なるほど。

 そうやって「さんざん調べた」結果、原型を留めないくらいバラバラにしちゃったワケか。



「バラバラになったパーツを見せたところで……今のあの子は納得しないだろうね」

「言いづらいんですけど……たぶん、その通りです……
 今のあの子は、サムダックさんとのつながりのことでだいぶ不安定になってますから……」



 フェイトの言葉に、サムダックさんはさらに凹んでしまう……んだけど。







 なんだろう。

 このシチュエーション、どっかで覚えがある。



 ただ……僕が体験した、って感じじゃなくて……誰かから、こういう状況の体験談を聞かされたような、そんな記憶……







 何だろ、この感じ……







「………………ギンガの時と……同じだな」



「………………あ」







 つぶやいたジュンイチさんの言葉で……思い出した。



 そうだ……前にギンガさんから、あの人の体験談として聞いたんだ。







 ギンガさんも、最初自分が戦闘機人だって知らなくて……ジュンイチさんがギガトロンとモメた時、ギガトロンからそのことを知らされてすごく不安になった、って……



 そっか。今のサリは、その時のギンガさんと同じなんだ。



 自分がみんなと同じじゃないってわかって、不安になって……知っていたのに教えてくれなかった周りの人達のことが、信じられなくなってるんだ。







 となると……







「………………おい、恭文。
 なんでこっちをガン見してるのか……聞いてもいいかな?」



 いえいえ、他意はありませんとも。



 ただ、似たような事態を解決してきた身として、その経験を今の状況に活かしてもらえたらなー、と……







「残念ながら、その気はねぇよ」







 って、ジュンイチさん、いきなり立ち上がって……まさか帰る気!? この状況放置するつもり!?







「人が変われば、同じ状況でも抱く感情は微妙に変わってくる――オレとギンガの経験のマネをして解決させたって、そんなの一時しのぎにしかならねぇよ。
 サムダックさんが、サリちゃんが、両方がちゃんと向き合わない限り、周りが何言ったってムダってもんだ。どっちか一方だけが話す気になっただけじゃ意味ねーんだよ」



 言って、ジュンイチさんはそのまま部屋を出ていった。



 まぁ……言いたいことはわかる。今の頭に血が上ったサリじゃ、僕らが何を言っても聞きやしないだろう。頭を冷やす時間が、ひとりでゆっくり考えてみる時間が必要だってことだ。







 そう。わかる……んだけど。







 …………うん。ひとつ言ってもいいかな?











 ……向き合おうとしてもカン違いでギンガさんをスルーしたアンタが言うな。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ふむ……わらわとしたことがうかつじゃったな」



 よく考えたら、わらわは交番がどこにあるか、ちっとも知らなかったわ。



 とりあえず人ごみの中を交番を探して歩き回ったが、見つけられないまま商店街を出てきてしまった。



「……仕方あるまい。帰ってブイリュウに事情を話して探してもらうかの」



 あの家の情報端末を使えば一発じゃ。柾木ジュンイチもいいものを持っておる。お金持ちはいいものじゃのぉ。







 さて、そうと決まればさっそく帰るかの。

 ここからだと、大通りに出て、それから……











 ………………おや?











 今……何かおかしな“力”を感じたような……?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………どうしよう……



 勢い余って飛び出してきちゃったけど……行くあてなんかどこにもないよ……







 機動六課に戻ったってパパのところに連れ戻そうとするに決まってるし……











 ぐぅぅぅぅぅぅ……











 ………………こんな身体でも、お腹はすくのよね……まったく、よくできた身体だわ。











「とりあえず……何か食べながら考えよう」







 つぶやいて、この近くのハンバーガー屋に向かおうと振り向いた、その時――







「ひゃあっ!?」

「ぅわっ!?」







 突然誰かとぶつかった。



 いたた……足踏まれちゃった。けど……







「あぅ……痛いのじゃ……」







 相手の子は完全にしりもちをついちゃった。えっと……大丈夫?



「ゴメンね。よく見てなかったから……」

「いやいや、わらわこそ……」



 ………………なんか、偉そうな話し方ね。どこかいいところのお嬢さんかな?



「…………む?
 むむむむむ……?」







 ………………って、何? いきなりあたしのことジロジロ見て……







「………………なんじゃ。
 不思議な感じの“力”を追ってきてみたが……お主じゃったか」











 ………………え?











 この子……あたしが人間じゃないって気づいてる……?



 っていうか……今の口ぶりだと、あたしがそうだって、遠くから感じ取って追いかけてきたってこと……? それじゃまるでジュンイチさんじゃ……







 ………………あれ?



 そういえば、この子どこかで見たことが……











 ………………あぁっ!











「思い出した!
 恭文の机の書類に、写真が載ってた子!」

「恭文……?
 ひょっとして、蒼凪恭文かえ?」



 やっぱり……この子、恭文と知り合い!?



「なんじゃ、そういうことかえ。
 お主、わらわの嫁の知り合いだったんじゃな」







 ………………はい? 『嫁』?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「………………んじゃ、後はよろしくー♪」



 市街地を見下ろすビルの屋上で、オレはそう言って通信を切る――さて、とりあえず打つべき手は打った、と……



「んじゃ、オレもサリちゃん探すかね、と……」



 現在、サリちゃんの気配は町中のパンピーの気配に紛れてイマイチつかめない。特殊ってだけで、あの子の“力”は人並み外れて強いワケじゃないからなー。



 とにかく、“力”を周りに渦巻かせ、オレは生身のまま空中に飛び立つ。飛行許可?……アーアーキコエナ〜イ







 いずれにせよ、今はサリちゃんを見つけるのがまず第一だ。







 もっとも……“見つける”以上のことはするつもりないけど。



 恭文達にも言ったことだ。サムダックさんが話す気になっただけじゃ、サムダックさんの言葉はサリちゃんには届かない。サリちゃんが拒んでいる限り、耳には入っても心には届かない。



 今サリちゃんに必要なのは、気持ちと思考を落ち着けるための時間だ。オレ達にできるのは、サリちゃんがいつでもサムダックさんと向き合えるように準備を整えておくこと。

 そして……彼女がアドバイスを必要としていた時にすぐにでも対応してあげられるように身がまえていることだ。







 と、いうワケで……サリちゃんの気配を求めて、いざ捜索開始っ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「へぇ、恭文のことをお嫁さんにねぇ……」

「うむっ!」



 とりあえず、お気に入りのハンバーガー屋さんでハンバーガーを食べながら話すことに。

 ちなみに、この子の分はあたしが出した。後でジュンイチさんにせびってやる。



 というか……恭文、何やってるんだろ。

 この子に惚れられるのはいいとしても、『旦那さん』じゃなくて『嫁』って……



 それにしても、この子が瘴魔の“蝿蜘苑”のリーダー、万蟲姫……

 恭文に惚れて、部下とケンカして飛び出してきて、ジュンイチさんちに居候……うーん、行動力の塊みたいな子だなぁ。



「まぁ、なんて言うか……がんばってね」

「うむっ! がんばるのじゃーっ!
 見ていてくれ、サリ殿っ! 必ずや恭文と幸せな家庭を築いて見せるのじゃっ!」











 ………………っ。











「………………家族、か……」



「ほぇ……?
 どうしたのじゃ? サリ殿」







 一気にテンションの下がったあたしを見て、万蟲姫ちゃんが不思議そうに首をかしげた。うつむいたあたしの顔をのぞきこんでくる。







「家族って……何なんだろうね……」

「サリ殿……?」

「本当の家族だと思ってたのに……あたしは、違った……
 それどころか……あたしは人間ですらなかった……」

「『人間ではない』?」







 ………………あ。







 つい口をすべらせちゃった。「しまった」と思うけどもう遅い――万蟲姫ちゃんは興味津々といった様子で、こちらに向けて身を乗り出してくる。



 これ……話さなくちゃダメ?







 ………………話さなきゃ、ダメだよねー……







 ……結局、全部話した。内容が内容だから、小声でだけど。



 正直、自分で自分のことを「人間じゃない」って言うのはずいぶんと痛い話だとは思ったけど……うん。もうヤケだ。



 それに、この話でこの子が引いてもそれはそれ……会ったばっかりだし、友達でも何でもない今のうちなら……











「………………すごいのじゃっ!」











 ………………え?



「人間でもあって、トランスフォーマーでもあって……
 しかも、同じような子はいないんじゃろ!? すっごいのじゃっ! ナンバーワンよりオンリーワンじゃっ!」



 え、えっと……?



「………………おかしいと、思わないの……?」

「ん? 何がじゃ?」

「だって、あたし、人間じゃないし……」

「それを言ったら、わらわも瘴魔の姫じゃしのぉ。
 少数派はお互い様というヤツじゃ」



 ……そっか……この子も、普通の子とは違うんだ……



「そうじゃな。
 おかげでいろいろ大変じゃ。瘴魔の姫じゃと言っても、瘴魔をどう率いればいいかもわからぬし、保護者もなしにはロクに外出もされてもらえぬし、恭文との結婚はしばらく待てとエイミィ殿に言われてしまうし、恭文はウェディングドレスが似合うと思うのにホーネットは白無垢に限ると言って譲らぬし……」



 …………いや、最後の二つ、少数派とかそういう問題じゃないと思うんだけど……?



「何っ!?
 ではお主も、恭文は白無垢の方が似合うというのかえ!?」

「いや、あたしもその二つの二択ならウェディングドレスだと思うけど……いやいや、そういう問題でもなくてっ!」



 そう、問題は、もっと……別のところ。



「パパは、あたしが人間じゃないって黙ってた……
 あたしが人間だと思い込んで、人間のマネゴトをしている間、ずっと……今さら、バレてからようやく教えられるくらいなら、最初から教えてくれた方がよっぽどマシだったわよ」

「単に言い出しづらかっただけだと思うがのぉ。
 こういうのは、時間が経てば経つほど言い出しづらくなってしまうものじゃ……わらわも、ホーネットの好物のシュークリームをつまみ食いした時、謝ろうとしても怖くて言い出せなくての。結局バレてゲンコツ落とされたのじゃ」

「いや、あたしの身体の話をシュークリームと同列にしないでほしいんだけど……」

「そうかのう?」



 そこで心底不思議そうに首をかしげられても困るんだけど。



「結局、パパはあたしのことなんか娘だなんて思ってないのよ。
 あたしはパパが作った、自分のことを人間だと思い込んでたバカな機械人形……」

「でも……優しいパパだったんじゃろう?」



 万蟲姫ちゃん……?



「サリ殿のこと、今までずっと大事にしてくれていたんじゃろう?
 だったら、心配ないと思うがのぉ。
 本当に大切に思ってないのなら、本当に容赦はせぬぞ? 親というものはの」



 えっと……なんか急に重い話を始めたんだけど、この子。

 ホントに、さっきまでバカ言ってた子と同一人物なの?



「失礼な。
 わらわはただ、自分のことを思い出してしゃべってるだけなのじゃ」







 ………………え?



 『自分のこと』って……







「そうじゃ。
 だって、わらわは……」





















「わらわの持ってた“力”のせいで、親に殺されかけたんじゃからな」





















 ………………ウソ……



 こんな小さい子が……親に、殺されかけた……?







 今のご時世、そんな話がまったくないワケじゃない。児童虐待で子供が死んだ、なんてニュースは、ミッドでも数が増えてきて、ちょっとした社会問題になってるってこの間テレビで言ってた。

 けど……そんな事件を起こした親達だって、たいていはしつけが行き過ぎて殺してしまった、っていう感じらしい。最初から殺意を持って殺そうとした、なんて話は聞いたことがない……少なくとも、あたしは。



 でも、あたしの目の前のこの子――万蟲姫は違う。

 この子はハッキリ言った。『殺されかけた』って。

 それはつまり……相手の殺意を、ハッキリ感じたってことだ。



 こんな小さな子供に、いくら“力”があったからって……







 正直……言葉が出なかった。

 本気で子供を殺そうとする親がいるってことに。

 そして……そのことを何でもないかのように話せるこの子に。







「………………ほぇ?
 どうしたのじゃ? サリ殿」

「………………ねぇ。
 辛くないの? そんな、親に殺されかけるくらい嫌われて……」

「んー、最初は辛かったのじゃ。
 でも、今はぜんぜん平気なのじゃっ!」



 満面の笑顔で万蟲姫ちゃんが答える――本当に楽しそうな、本当に平気だとわかるような、そんなまぶしい笑顔で。



「わらわを殺そうとした親から逃げ出して、しばらくして……食べるものもなくて死にそうだったわらわを、ホーネットが助けてくれたのじゃ。
 そして、わらわは“蝿蜘苑”の姫となった……それからは本当に楽しかったのじゃ。
 人には怖い瘴魔獣も、姫であるわらわには優しいものじゃし、ホーネットもファミレスにホットケーキを食べに連れて行ってくれたし。
 それに、今お世話になっている柾木ジュンイチの家でもじゃ。エイミィ殿にブイリュウ、カレルにリエラ……リンディ殿は少々微妙じゃが」



 微妙なんだ……



「何というか……わらわと話す時、困ってるみたいなのじゃ。
 わらわ、何かしたのかのぉ……?」



 いや、してるでしょ。瘴魔のお姫様なんだから。



 確かリンディさんって、六課の後見人で、本局の提督さんなんだよね? そりゃ立場上万蟲姫ちゃんの扱いには困るでしょうよ。







「とにかく、わらわは、わらわを殺そうとした本当の親よりも優しい“家族”がいるのじゃ!
 血がつながってなきゃ家族じゃないなんて、そんなのウソだと思うのじゃっ!」







 そう……なのかな……?







「血がつながってなくても……親子になれるのかな……?
 パパとあたしは……親子、なのかな……?」

「違うのかえ?」



 聞き返す万蟲姫ちゃんに答えられなくて、あたしは思わずうつむいた。







 パパと、あたし……







 人間のパパと、トランスフォーマーとのハーフであるあたし……











 本当に……本当の、“家族”になれるのかな……?











 ………………あれ?



 なんか、手元がぬれて……







「ど、どうしたのじゃっ!?
 サリ殿、どうしていきなり泣き出すんじゃ!?」







 え………………?



 あたし……泣いて……?







 でも……イヤな感じじゃない。



 なんていうか……安心して……胸の奥が、暖かくて……











 あぁ、そうか……



 あたし……











「………………それで、いいんだよね……?」











 パパの“娘”に、戻りたいんだ。







「ありがと、万蟲姫ちゃん。
 なんか……スッキリした」

「ほぇ……?
 泣いて、スッキリできたってことかの?」



 けど、あたしにそのことを気づかせてくれた万蟲姫ちゃんは首をかしげてばっかり……うん。自分がどれだけすごいことをあたしに教えてくれたのか、自分ではわかってないみたい。



「まぁ……元気が出て何よりなのじゃ。
 では、さっそく父上と仲直りするのじゃっ! サリ殿の実家に向けて、出ぱt





















「それは困るな」





















 その言葉と同時――突然、ハンバーガーショップの外壁がジュウジュウと煙を立てて溶け始めた。

 突然の異変に驚いた他のお客があわてふためいてその壁から逃げ出す間に、壁には人がひとり通り抜けられそうな大きさの穴が開いていた。



 そして、その向こう側に人影。きっとアイツが壁を溶かしたんだ……っ!











「アイザック・サムダックの娘、サリ・サムダックだな?」











 人影の正体は……全身がドロドロの液体みたいな変なヤツ。



 っていうか、こいつ……六課で見せてもらった最近の戦闘の映像に映ってた。







 何でも、元科学者で、自分の溜め込んでいた危険なクスリをたくさん身体に浴びてしまったことで、こんな身体になっちゃったんだとか……

 確か、名前は……







「………………溶けた人っ!」

「わからないなら素直に名前を聞こうか、うんっ!」







 怒られた。







「お主……メルトダウン!」



 え………………?



 万蟲姫ちゃん、コイツのこと知ってるの……?



「よーく知ってるのじゃ。
 こいつのおかげで、わらわの魂の安らぎの場であったファミレスが……っ!」



 ………………ずいぶんと、安上がりな魂の安らぎの場だね……







「ふんっ、瘴魔の小娘か……
 あいにくと、瘴魔獣も連れていない小娘に用はない。
 オレが用があるのは……そっちのサリ・サムダックだ」







 こいつ……狙いはあたし!?







「そうだ。
 人間でもあり、トランスフォーマーでもある……貴様のその身体がどうなっているのか、ぜひとも調べさせてもらうぞ」







 あたしが、ハーフ・トランスフォーマーだってことも知ってる……!?







 どっちにしても……このままここにいるのはマズイっ!







「こっち!」



「サリ殿!?」







 驚く万蟲姫ちゃんの手を取って、メルトダウンとは反対方向――お店の出口に向けて走り出す。







 恭文達ならともかく、戦う力のないあたし達が相手をできるワケがない。

 ここは逃げて、恭文達の助けを呼んで――







 ――――――って!?







「ダメ、止まって!」

「ぶっ!?」



 なんだか危ない感じがして、あわてて立ち止まる。背中に万蟲姫ちゃんがぶつかって、思わず少しつんのめるけど――その瞬間、あたしの前髪の先端が消えた。



 違う……消えたんじゃない。

 斬られたんだ――あたしの目の前を駆け抜けた、“危ない感じ”の主に。







 でも……あたし、どうして今のが飛び込んでくるのがわかったんだろう……?







「へぇ、いいカンしてるじゃないのさ」







 言って、あたし達の前に立ちふさがったのは、全身タイツの……えっと、誰?







「えっと……誰じゃったかぉ……?」



「ちょっと! オレの印象ってその程度!?」







 万蟲姫ちゃんもアイツのことはよく覚えてないらしい。向こうから抗議の声が上がる中、しばらく考え込んで……







「………………そうじゃ、もじもじくんっ!」

「またずいぶん懐かしいネタだなオイっ!
 でもって違うからなっ! スピードキングだよっ! スピードキングっ!」







 万蟲姫ちゃんの言葉に、スピードキングと名乗った全身タイツ男が地団駄を踏んで……今のうちにっ!







「だから、ムダだっての」







 ウソ!? 一瞬で回り込まれた!?



 この全身タイツ男……速いっ!?







「だぁかぁらぁっ! 全身タイツから離れろぉっ!」







 そう思うならそんな格好しなきゃいいのに。







「そのくらいにしておけ、スピードキング。
 さっさとサリ・サムダックを捕まえないか」

「はいはいっと。
 ったく、自分で捕まえると溶かしちゃうからって、なんでオレが……」



 そんなあたし達の間に口をはさんできたのはメルトダウンだ。ため息まじりにスピードキングが答えて――痛っ!?







 いきなりの激痛はあたしの右肩から――気づけば、あたしのとなりに回り込んでいたスピードキングがあたしの右手を背中側にひねり、押さえ込んでいた。



 っていうか……痛いってばっ!

 これ、テレビの刑事モノとかでよく犯人取り押さえるのにやってるけど……実際やられると痛いなんてものじゃないんだけどっ!



「ちょっと、放しなさいよっ!」

「おっと、そうはいかないぜ。
 何しろ、お前さんが今回の獲物なんだからなっ!」



 そんなの知らないのよっ! はーなーせーっ!











「サリ殿を放すのじゃーっ!」











 って、万蟲姫ちゃん!?



 驚く間もなく、思いっきり体当たり――あたしを捕まえていたせいか、スピードキングもかわせずにまともに喰らって、あたしを放してその場にひっくり返る。







「ってぇ……っ!
 このガキ! 何しやがるっ!」

「うるさいのじゃっ!
 わらわの友達に何をするのじゃーっ!」



 え………………?

 「友達」って……あたしが……?



「そうなのじゃっ!」

「でも、会って、少し話しただけなのに……」

「そんなの関係ないのじゃっ!
 サリ殿は、もうわらわの友達なのじゃっ!」



 力いっぱいうなずいてくれた……ヤバ。なんか、目頭が熱く……











「ハンバーガーおごってくれたから、友達なのじゃっ!」











 ………………あたし達の友情はハンバーガーでできてるらしい。



 いや、まぁ、それでも本気で友達だと思ってくれてるみたいだけど……ねぇ?







「だから、サリ殿をいぢめるヤツはわらわが許さないのじゃっ!
 お前なんかやっつけてやるのじゃっ! たぁぁぁぁぁっ!」







 元気に宣言して、万蟲姫ちゃんは両手をグルグルと振り回しながらスピードキングに突撃していって――











「ていっ」



 げしっ。



「このっ」



 ぽかっ。



「うらうら」



 げしげしっ。







「びえぇぇぇぇぇんっ!」



 泣かされて帰ってきたぁーっ!?



「ちょっ、元気に突撃していってソレ!?
 何あっさりやられて帰ってきてんのっ!?」

「そんなことを言われてもーっ!」



 あぁ、もう……ゲンコツ落とされた頭なんかコブできてるじゃないの。おー、よしよし。



「うぅっ、ありがとうなのじゃ、サリ殿……」



 なんとか泣き止んでくれたけど……状況はちっとも改善されてない。



 逃げられないのは証明済み。どうにかしてコイツらに対抗しないと……!



 でも、恭文達みたいにデバイスも持ってないし、トランスフォーマーのパートナーだって……











 ………………あれ?











 よく考えたら……トランスフォーマー、いるじゃない。







 そう……“ここに”。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 くそっ、メルトダウンのヤツよりにもよって、こんな時に……っ!



 サリちゃんを探して街の上空を飛び回っているうちに、メルトダウンとスピードキングの“力”を感じた。

 ヤツらの出現によって、周りの人達が逃げ出したんだろう。ヤツらを中心に気配の空白地帯ができていて――その空白地帯の中に、サリちゃんと、なぜかうちに居候中のバカ姫の気配があった。







 で、現在“装重甲メタル・ブレスト”の着装を済ませて、最大速力で飛行。現場に急いでるんだけど……場所が悪い。



 よりによって、サムダック・システムズの本社ビルをはさんだ反対側だったとは……まぁ、そういう意味では万蟲姫がいるのは納得なんだけど。オレんち御用達の商店街が近くだから。







 とにかく、今言えるのは、到着まではまだかかるってこと……くそっ、巡航速度がダメダメな自分の能力値配分が憎いっ!



 こうなったら、“アイツら”に期待するしかないけど……アイツらとメルトダウンとじゃ、どう考えても分が悪い。







 とにかく……











「無事でいてくれよ! サリちゃんっ! 万蟲姫っ!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ぅうっ、ゲンコツ、痛かったのじゃ……



 でも、今のこの状況、とってもピンチなのではなかろうか……?







 戦闘向きの能力者じゃない自分が恨めしいのじゃ……



 わらわは自分の意思では攻撃に“力”を使えぬからのぉ……キレたりして意識が途切れるとすごいらしいのじゃが。







 しかし、それでもなんとかしなければ、サリ殿が……











「………………万蟲姫ちゃんは下がってて」







 ……って、サリ殿!?







「大丈夫。
 アイツらの狙いは……あたしだから」



 言って、サリ殿は歩き出す……いや、待つのじゃっ!



「まさか……わらわのために、アイツらに捕まるつもりかえ!?」

「それこそ『まさか』よ。
 あんなヤツらに、捕まってたまるもんですかっ!」



 いや、しかし……サリ殿は戦えぬではないかっ! それでどうするつもりなのじゃっ!?



「そっちのチビの言うとおりだぜ、お嬢ちゃん。
 ただ人間じゃないだけのチビっ子に何ができるってんだ? 何かできるってぇなら、やってもらおうじゃないのさっ!」



 あぁ、ほら……スピードキングとか申す全身タイツ男だってそう言っておるというのに……





















「じゃあ……そうさせてもらうねっ!」





















 ………………って!?



 一瞬……わらわは夢を見ているのかと思った。



 だって……











 皮膚が割れるように広がったサリ殿の手の平に現れたレンズから、ビームが発射されたのじゃから。











 ビームは油断していたスピードキングに命中。吹っ飛ばした……えっと……サリ殿……?







「んー、なんかね、できそうな気がしたの。
 自分のトランスフォーマーの身体で、どうすれば戦えるのか……って思ってたら」







 それで……これかえ?







 まともにくらったスピードキングは、店の外までブッ飛ばされていた。放置してあった車に激突して、飛び込んだ車内で目を回しておるわ。







「とにかく、わかったでしょ?
 あたしに手を出すと、痛い目を見るって!」



 じゃが……そんなスピードキングも、わらわ達にとってはいい脅しの材料じゃな。サリ殿もそれがわかっておるのか、もう一度手のひらを広げて、そこにあるレンズを見せびらかしながらメルトダウンにそう言っておるが……











「フンッ、だからどうした」











 えっと……あまり、脅しになっておらぬかえ?







「そんな攻撃が、このオレに通用するとでも思っているのか?」



「だったら……試してみる!?」



 メルトダウンに言い返して、サリ殿がビームを、今度は光弾の形で放つ――えぇっ!?







 結論から言えば、光弾は確かにメルトダウンに命中した。







 しかし……効かない。





 メルトダウンの身体を撃ち抜いて……それだけ。痛がるどころか、苦しむそぶりすら見せぬ。



 撃ち抜かれた部分には穴が開いておるが……それもすぐにふさがってしまう。







 液体ボディ……そんなのアリかえ!?







「これが現実だ。
 貴様らが何をしようと、オレには通じない」







 じゃが、それはすなわち大ピンチじゃということ……言って、メルトダウンはサリ殿に向けて歩き出す。







「抵抗はムダだ。
 オレは貴様の身体が調べられればそれでいい……必要なら、手足を溶かしてやってもいいんだぞ」



 伸ばした腕から、溶解液が滴り落ちる……いかんっ!







「待つのじゃ!」

「貴様か……」







 とっさに飛び出し、メルトダウンの前に立ちふさがる――なんか興味なさそうにため息をつかれた。失礼なヤツじゃ。







「貴様に興味などない。
 死にたくないなら下がってろ――貴様を溶かすのに、ためらう理由などないんだからな」

「そうはいかんのじゃっ!
 サリ殿はわらわの友達なのじゃ……お前なんかに渡すワケにはいかぬのじゃっ!」







 メルトダウンに言い返し、わらわは両手をメルトダウンに向けて突き出す。











 大丈夫……できる……っ!



 “力”を使うあのイメージ……アレを、ちょっとだけ変える。







 サリ殿もできたんじゃ。わらわだって……!







 攻撃向きのスキルを持ってるワケではないがの……キレればできるんじゃ。できないワケではないわっ!











「点でダメなら……面で吹っ飛ばすまでじゃあっ!」











 叫んで――思い切り“力”をぶちまけた。狙いも絞らず、解放された“力”がメルトダウンを飲み込み、押し流すっ!







「ふんっ! どんなもんじゃっ!」



「でかした、万蟲姫ちゃんっ!」







 吹っ飛んだメルトダウンはさっきのスピードキングと同じように店の外に飛び出して、地面の真ん中に墜落……ぅわ、身体を作ってた溶解液が飛び散ってしもうた。



 あー、道路が溶けて大穴が……うん、すまぬのじゃ。







「よぅし、今のうちに逃げちゃおう!」

「おーっ! なのじゃっ!」







 とにかく、連中を二人ともブッ飛ばした今がチャンスじゃ。サリ殿と共にさっさと逃げ出そうと店から出て――











「………………そっちの小娘も、なかなかの力を持っていたようだな」











 メルトダウン……今のも効かなかったのかえ!?



 驚いて足を止めるわらわ達の前で、飛び散った溶解液が集まってメルトダウンが復活する。







 ………………しかし……







「のぉ……サリ殿。
 何というか……地球のSF映画にこんなキャラクターがおらんかったかえ?」

「あ、『ターミネーター2』のT-1000?」

「ををっ! それじゃっ!」



 『T2』は実に名作じゃったのぉ……『3』以降はムリヤリ続けた感じがしてあまり好きではないのじゃが。



「誰が液体金属サイボーグだ」



 おや、気に入らなかったようじゃの。メルトダウンめ、見るからに機嫌悪そうにしておるわ。







「このままではらちが明かないな……
 やはり、さっさと手足を溶かして連れていくか」







 ぎゃーっ! なんか怖いこと言い出したのじゃーっ!



 わらわ達の抵抗もあやつを怒らせただけだというのか……やはり戦闘向きではないわらわ達ではこれが限界か……っ!







「さぁ……覚悟してもらおうか」







 言って、ゆっくりとメルトダウンはこちらに向けて踏み出して――





















 つぶれた。





















 突然飛んできた車が、メルトダウンを押しつぶしたのじゃ。







 もっとも……身体が溶解液でできておるメルトダウンには何のダメージにもなっておらぬが。また先ほどみたいに、飛び散った溶解液が地面を熔かしながら一ヶ所に集まり、メルトダウンの姿を形作る。







 しかし……今の車、一体誰が……?











「大丈夫かよ、サリ!?」

「やっと見つけたんだな!」











 言いながらやってきたのは……お主ら、六課の……











「バカコンビ!」

「暴走コンビだ! 暴走コンビ!」

「っていうか、万蟲姫に言われたくないんだなっ!」







 失礼な。







「ガスケット! アームバレット!
 どうしてここに!?」

「柾木の旦那から連絡をもらってな!」

「サリちゃんが飛び出していっちゃったから、探してほしいって言われたんだなっ!」







 なんと、柾木ジュンイチが……







「と、ゆーワケだ!
 やいやい、メルトダウン! こっから先はオレ達が相手だぜっ!」

「ブッ飛ばしてやるから、覚悟するんだな!」



「………………ほぉ……」







 またあの笑いじゃ。



 相手のことをまったく恐いと思っておらぬ、あの笑い……







「おもしろい」







 わらわ達に向けて、メルトダウンは一歩を踏み出して……言った。





















「やれるものなら、やってみろ」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………あら?



「んー?
 どうしたの? リンディさん」



 ふと夕飯の支度の手を止めた私に気づいて、ブイリュウくんが声をかけてくる。



 けど……うん、なんでもないわよ。



「気にしないでいいわよ。
 ちょっと、食器が欠けてるのに気づいただけだから」

「食器が……?
 あ、ひょっとしてオイラ、片付けた時にやっちゃったかな?」



 そういえば、お昼ご飯の後、洗った食器を棚に戻したのはブイリュウくんだったわね……



「それで……誰の食器が欠けてるの?」



 パタパタと飛んでくるブイリュウくんに、私は欠けた食器を見せた。







 その食器は本来ジュンイチくんが来客用としていた予備のもの。



 そして、この柄の食器を使っていたのは……







「………………万蟲姫の、だね」







 そう。それは、私達と同じように家出してきてこの家に転がり込んでいる、万蟲姫が使っていた食器だった。



 これって……







「これ……ドラマとかだと『食器の持ち主が大ピンチ』っていう展開だよね」



「まぁ……間違ってはいないわね。
 今現在、迷子みたいだし」







 一緒に買い物に出かけていたエイミィから連絡は受けている――万蟲姫とはぐれてしまったから、少し探してから戻ると。







「まぁ……そんなドラマ通りのことはそうそう起こらないわよ。
 きっと、エイミィが見つけてきてくれるわ」

「だよねー」







 そう。この時は私もブイリュウくんもそう思っていた。











 けど……私達は忘れていた。





















 地球には、『事実は小説よりも奇なり』ということわざがあることを。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………ジュンイチさんっ!



「来たか、恭文……」



 フェイトと一緒にビークルモードのジャックプライムに乗車。報せを受けて飛んできた僕らを、ジュンイチさんは渋い顔で出迎えた。

 別行動でサリを探しに出ていたマスターコンボイはすでに到着。隊舎に戻っていたスバル達の到着には、まだかかりそうだね。







 それで……二人は?







「ん」



 ジュンイチさんが視線で示した先で、二人は助け出されてその場に横たえられていた。











 全身あちこち溶かされて、身動きもままならない状態のガスケットとアームバレットが。











「すまねぇ、旦那……」

「サリちゃんも万蟲姫も、守りきれなかったんだな……」

「こんだけやられるまで踏ん張った……その上で守りきれなかったんだ。お前らに罪はないさ。
 つか、守りきれてもお前らがくたばってたら意味がない……そんなことになったら、三途の川まで行って渡し舟撃沈してでも連れ戻すところだぞ」

「いや、ジュンイチさん。渡し舟は見逃してあげましょうよ。渡し守さんに罪はないよ?」







 そう――ここにいたはずのサリとバカ姫の姿はない。



 そしてメルトダウン達もいなくなってるとなれば……何があったのか、想像するのは難しい話じゃない。







「けど……メルトダウンがサリさん達を狙ってくるなんて……」

「サリちゃんと万蟲姫が出会ったのは……たぶん偶然だと思う。
 問題は、メルトダウンの狙いがサリちゃんと万蟲姫、どっちだったか……ってことだ」

「サリちゃんが狙いだったとしたら……サリちゃんの身体のことを知ってた、ってことだよね?
 だとすると、どこで知ったのか……って問題もあるよね」

「だよなー……
 それに……そもそもあの二人をさらって何をするつもりなのか……アイツ、元の身体に戻りたいんじゃなかったのか?」



 深刻な顔でつぶやくフェイトに答えて、ジャックプライムのつぶやきにもうなずいて、ジュンイチさんは足元を……メルトダウンの溶解液で溶かされて、アスファルトの下の土が露出した地面を軽く蹴る。



 確かに……前に出くわした時、メルトダウンは元の身体に戻ろうとしていた。

 けど、その目的と今回の行動が結びつかない。



 ハーフ・トランスフォーマーのサリや瘴魔の万蟲姫をさらって、メルトダウンに何の得がある……?











「そんなことは関係ないだろう」











 って、マスターコンボイ……?







「ここでヤツの目的をアレコレ推察していても状況は変わらんし、意味もない。
 オレ達がするべきことは……ひとつだけだ」







 ………………ま、そうなんだけどね。







 マスターコンボイの言う通りだ。今考えなくちゃいけないのはアイツの目的じゃない。



 さらわれたと思われるサリ達二人を、どうやって助け出すか……







 でもって……





















 事態をややこしくしてくれたあのドロドロサイエンティストを、今度こそブッ飛ばすっ!





















(第38話へ続く)


次回予告っ!

サリ 「あぁ〜あ、結局捕まっちゃった……」
万蟲姫 「大丈夫じゃっ!
 きっとわらわの嫁が助けに来てくれるのじゃっ!」
サリ 「……そうだね!
 きっとみんなが助けに来てくれるよねっ!?」
万蟲姫 「その意気じゃっ!







 …………あ、ホットケーキおかわりなのじゃーっ!」
サリ 「シロップたっぷりでお願いねー」
スピードキング 「捕まってるクセして図々しいな、お前らっ!」
ジュンイチ 「なんか……すんげぇデジャビュが……」

第38話「とある魔導師の人間になりたくないヨウカイ人間退治」


あとがき

マスターコンボイ 「前回正体が明らかになったサリ・サムダックの事情説明と共に事件が急展開を見せた第37話をお送りした」
オメガ 《案の定こじれましたねー。
 まぁ、この手の話では定番ではあるんですけど。むしろそれでヤケになりかけたミス・サリをフォローした万蟲姫のファインプレーが光るお話でしたね》
マスターコンボイ 「アイツの過去にもまた驚いたがな……
 しかし、結果として彼女にもメルトダウンの魔の手が伸びてしまったワケだが」
オメガ 《完全にとばっちりですよね、彼女にしてみれば。
 ともあれ、次回はいよいよ反撃開始なお話なんですけど……反撃開始にして反撃終わりなお話です》
マスターコンボイ 「何? 次回1話で片づけてしまうのか?
 まだ現クールは2話残っているから、てっきりその2話をフルに使って戦うと思っていたんだが……」
オメガ 《なんでも、次回1話でケリをつけて、ラスト1話は締めくくり……という感じだそうで。
 とりあえず、メルトダウン一味を次回どうやってしばき倒すのか。そこが話のポイントですね……スピードキングは瞬殺コースでしょうけど》
マスターコンボイ 「またキツイ話題を投げかけるなぁ……否定できんが」
オメガ 《でしょう? 初登場以来ずっとかませ犬なんですから》
マスターコンボイ 「まぁ……ひっそりと空気化して舞台から消えてしまうよりはマシか」
オメガ 《実際その危険にさらされている方が山のようにいらっしゃいますからね》
マスターコンボイ 「それは言うな。言ってやるな。
 ……と、そんなことを話しているうちに、今回もお開きの時間だ。
 では、また次回の話で会うとしようか」
オメガ 《また次回も見てくださいねー》

(おわり)


 

(初版:2011/03/12)