……日付は1月10日。AAAランク試験当日。



 試験会場は廃棄都市部。見事なゴーストタウンである。



 そして、僕とアルト、そしてヒューマンフォームのマスターコンボイとオメガは……その一角、廃ビルの屋上で頭を抱えていた。いや、アルトとオメガは頭ないけど、気持ちとしてはそんな感じ。



 そんなのはおかまいなしで、いい感じで風が吹きすさび、これからの時間がタダで済まないことを感じさせる。



 というか……済まないだろうね。そこは絶対だ。







 今、僕達がそう思い、頭を抱えている原因はある……試験内容だ。



 試験内容はいたって簡単。二人がかりツーマンセルで魔導師ひとりを撃墜せよ。これだけである。







 なお、これはめったに出ない課題だそうだ。内容だけなら、あんまりにも簡単すぎるから。







 ただし、落とし穴がある。それもデカイのが。







 それは、相手の魔導師……仮想敵を務めるのが、教導隊所属のエース……オーバーSランクの魔導師だということ。



 ここまで言えば、賢明な方々は気づくだろう。この試験がどういう形で行われるのかを。



 つまり、実際に戦いながら、総合技能を見るのだ。それも、教導……戦闘のプロが、本気を出した上で。







 そういうワケなので、場合によっては勝っても厳しく採点された結果落とされることも多いとか。逆に負けてもそれ相応に優秀なのが戦いぶりから証明できれば合格になることもある……らしいけど、そっちはむしろレアケース。







 まー、結論を言うと、この課題はその内容と反比例して、非常に難易度が高いということだ。だからこそ、めったには出ないらしい。







 ……試験内容を聞いた時、昨日エリオとお風呂で話していた『“JS事件”による、局内の綱紀粛正』が原因じゃないかとちょっと思ったのは、内緒である。







 ま、ここは別にいい。正直、僕の運のなさを考えると、来るかなと予想と覚悟はしてた。







 うん、覚悟を決めてはいたよ? いたん……だけどさ。











 なんでよりにもよっておのれがいるっ!? 予想飛び越え過ぎて固まったわっ!











「……端末でランダムに選定したら、出てきたんだって」



 いや、そういうことじゃない。普通顔見知りと知ってたら、こういう場に持ってこないでしょうが。

 それ以前に、後遺症後遺症っ! どうなってんのよ、教導隊っ!



「私も断ったんだけどね、先輩方に怒られちゃった。
 『今ここでやらないのは、知り合いに手心を加える教導官と認めるのと同じだ』……ってね。
 あと、身体も……ムチャクチャしなければ問題ないよ」

「……そう、そりゃいい先輩方だね。良すぎて良すぎて、本気で感謝したいわ。今度ぶぶ漬けでもご馳走するって伝えといて」

「今度ぜひとも手合わせを願いたいな……ランクの差が戦力の決定的差でないことを教えてやると伝えておけ」

《しかし、見事にジョーカーですね》

《まったくだぜ》







 そうだね。でも……だ。負けるワケにはいかない。ううん、コイツだけには、絶対に負けたくない。



 場合によっては……出さないとダメか。







「恭文くん。
 マスターコンボイさん」

「なに?」

「予想はつくが一応聞いてやる……どうした?」

「私……加減しない。
 教導官として……ううん」



 そう言って、空中で……かまえた。手にした不屈の心を。



「そんなの、私達の間ではジャマだよね。
 恭文くんとも、マスターコンボイさんとも……私として、全力でぶつかるから。もちろん、採点はキッチリした上でね」

「とーぜんでしょうが。そうじゃなきゃ、つぶし甲斐がない。
 ……あと」

「うん」

「楽しむよ。勝ち負けはともかく、せっかくの最高のシチュだ。そうしなきゃ……損でしょ」

「確かに、な」



 アルトをかまえながら……笑って言う。



 うん、笑うのよ。だって、楽しいから。



「そうだね、楽しもう? それじゃあ……!」

「始めようかっ!」

「最初から……クライマックスでねっ!」











 ……こうして、試験は開始された。







 僕らが合格する最低条件はただひとつ。





















 高町なのはを……倒すこと。ただそれだけ。

 

 


 

第47話

ハリキリ、とびきり、ぶっちぎりな、
明日をつかむダブル・クライマックス

 


 

 

 ……さて、どうする? ま、行くしかないんだけどさっ!










《Flier Fin》





 久々登場の飛行魔法……ま、いいでしょ。使えるもんは何でも使ってくのよ。



 というワケで、先陣切って突撃っ! だけど、簡単にいくワケがない。





《Divine Shooter》





 かまえたレイジングハートから生まれたのは、十数発の桜色の誘導弾。迫ってくるそれらを、アルトを振るい、切り払いながら直進する。



 当然、狙いは僕だけじゃない。地上に残ったマスターコンボイも狙われてる――けど、







「なめるな!」







 叫んで、マスターコンボイが“飛ぶ”――“跳ぶ”じゃなくて、“飛ぶ”。

 そう。大きく跳躍してなのはの魔力弾をかわすと、そのまま大きく上昇。次いで追いかけてくる魔力弾に向けて反転、急降下してオメガの一振りで薙ぎ払う。



 さすが。もう完全に“気”で飛ぶのをマスターしてる。元々飛べたんだし、浮けるようになれば後は楽勝だったみたいだ。







 そんなマスターコンボイに後ろを任せて、僕は一直線になのはに向けて突っ込む。



 だけど……なのはは距離を取る。取りつつまた撃ってくる。



 やっぱ、接近を許しちゃくれないか。そうだよね。僕の得意レンジだし。

 追いかけてくる誘導弾を、動きを止めず、斬り払う。足を止めるのは、絶対になしだ。止めた瞬間に、砲撃がくる。



 でも、それは……!







《Stinger Snipe》

《Hound Shooter》







 向こうも同じっ!



 シューターを斬り払いながら、詠唱して撃つのは、僕の得意魔法。マスターコンボイが後ろから撃ってきた紫の光と共に、青い光がなのはを追いかけていく。

 そのまま、僕は最後のシューターを斬り払う。で、フライヤーフィンを羽ばたかせ……突撃っ!



 なのはは、スティンガーに追われつつ、こちらへも警戒を向けてくる。現在僕のスティンガーもマスターコンボイのハウンドも、僕らの制御は受けてない。

 熱量で自動追尾するプログラムを仕込んでいるアレンジ版だ。だから……



 なのはが魔力弾に対処している間に、僕らで前後からはさみ込むなんていう攻撃も、できるワケですよっ!







「鉄輝――」



 魔力を込め、いつものように鋭い刃を打ち上げる。



「一閃っ!」



 僕は、アルトを上段から打ち込むっ!



「オォォォォォッ!」



 当然、反対側からもマスターコンボイがしかける。ただ力任せに魔力を込めてるだけの――だけど、僕の“鉄輝一閃”にも匹敵する魔力斬撃。なお、今のところネーミング考案中。







《Round Shield》







 だけど、簡単にはいかない。なのはは、右手を前……マスターコンボイへと向け、左手を後ろ……僕へと向け、シールドを二つ展開。

 僕らの放った、カートリッジを使った上での斬撃を、難なく受け止めた。



 つか、固いっ! あーもうこのバカ装甲がっ!



 斬るのはムリ。そう判断して、アルトを引く。で、すぐに術式をえい……



 視界の端に桜色が見えた。なので、下がるっ!



 僕が数メートル下がると、それまで僕がいた位置を、二つの弾丸が通りすぎる。くそ、誘導弾を隠してたか。いや、それだけじゃない。



 レイジングハートが変化した。音叉を思わせる形に。その先を僕に向ける。







《Short Buster》







 次の瞬間、僕へと砲撃が飛んだ。左へ回避。うわ、ギリだったし。僕のすぐ脇を、桜色の砲撃が通り過ぎた。

 威力を殺したスピード重視の砲撃か。まず当てることから考えた?





 マスターコンボイは――ダメだ、押し返されてる。さっきの僕と同じようになのはのシューターにけん制されて、後退させられている。



 当然、こっちもそんなことをいつまでも考えてる余裕はない。なのはの手の中のレイジングハートから、カートリッジが消費される。







《Accel Shooter》








 一気に30発もの魔力弾が生まれた。それが、僕へと集中的に放たれる。



 とりあえず、これっ!







《Stinger Snipe》







 またアレンジ版を放つ。だけど……スティンガーに数発のアクセルが殺到。それでつぶされた。くそ、読まれてるっ!?



 マスターコンボイはなのはの魔力弾に未だ手こずって……いや、違う。つぶすそばからまた撃たれてるんだ、アレ。



 それも、マスターコンボイを墜とすには明らかに足りない、本当に足止め程度の数を維持してる。先にこっちをつぶす魂胆ってことか。







 さすが、腐っても教導官。簡単にはいかないか。なら……ここはっ!



 僕はそのまま動かず、殺到するアクセルを……受け入れる。



 次の瞬間、アクセルが着弾。爆発が空間を支配した。





















《Accel Dash!
 Double》












 ……その頃には、僕はなのはの後ろに移動してるんだけど。











 ご自慢の加速魔法、アクセルダッシュで足止めを一瞬にして突破したマスターコンボイに抱えられて。











 悔しいけど、なのはの魔力弾制御は一級品。そのなのはが意識を集中させている僕がその攻撃をかいくぐることは難しい。







 けど……決して無視しているワケではないけれど、足止めできればいい、くらいにしか意識を向けられていないマスターコンボイはその限りじゃない。



 だから……最高速度よりも加速力において優れるアクセルダッシュを使えば、マスターコンボイが一瞬のスキをついて包囲網をかいくぐることは十分に可能、というワケだ――僕のところまで飛び込んで、なのはの視界からかっさらうことも含めて、ね。







 多少乱暴に、マスターコンボイが僕をなのはに向けて解放――要するに投げ飛ばす。同時、背後からなのはに向けてすっ飛びながら、カートリッジを3発消費。



《Elment-Install.
 “ICE”》




 刀身を包むのは、凍れる魔力――ついでに“氷”属性のエレメントカートリッジも使って強化する。



 背後はがら空きスキだらけ。上段から、アルトを打ち込むっ!







《Flash Move》







 ……え? からぶったっ!? つか、なのははどこっ!







「恭文! 下だ!」



「………………っ!」







《Divine Buster》

「ディバイン……!」







 マスターコンボイの警告と、下からの気配――確認するより速く、僕は……その声の発生源へと、突っ込むっ!



 あちらさんの発射体制はバッチリ。もう撃てる。というか。







「バスタァァァァァッ!」







 撃ってきたしっ!







 僕は、右へとわずかに移動。バスターをスレスレに避けつつ、全速力で突撃っ! バスターがジャケットとフィールドを掠めるけど、気にしないっ!



 現在、なのはは撃ち終わった直後でノーガード状態。これならっ!







《Protection Powered》







 ……ムダだよ。何がこようと。







《Elment-Install.
 “SLASH”》








「氷花っ!」







 そんなの関係ないっ! ただ……ぶった斬るだけだっ!







「一閃っ!」







 上段から、真一文字に打ち込んだ凍れる刃(斬撃強化付き)は、バリアを真っ二つにした。そして、その刃はそのままなのはへと……



 次の瞬間、爆発した。



 その元は、僕が斬ったバリア。はさまれる形で爆発を受け、攻撃がストップした……バリアバーストっ!?

 そのスキを見逃すなのはじゃない。当然、レイハ姐さんをかまえて、零距離……いや、少し下がりつつ。







《Short Bust







「させるかっ!」







 抜き打ちでぶっ放そうとしたなのはの魔力、その塊が撃ち抜かれ、爆発した。



 マスターコンボイのハウンドシューターが撃ち抜いた――うん、ナイスアシスト!







 ……今度は僕の番だ。一気になのはの懐へと踏み込む。

 飛び込みながら……カートリッジを3発消費。左手に生まれた青い魔力のスフィアを、撃つっ!











「クレイモアっ!」











 カートリッジにより、巨大になった青い魔力スフィアが、すべて散弾となり、なのはを襲った。







 そして、爆発。それになのはは、飲み込まれた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「や、恭文……なのはさんにためらいなくクレイモア撃ちましたよっ!?」

《そりゃ撃つだろ。そうでもしねぇと、ボーイ達は勝てないしな》

「相手はあのエース・オブ・エースだ。ためらったら、そこで終わるよ」

「それに、相手が高町であるということはこの際関係ない。
 今の彼女は“仮想・次元犯罪者”として蒼凪達の前に立っているんだ。手加減をする理由などない」



「ドクター、どう見ますか?」

「戦闘職じゃない私に聞かないでくれ、ウーノ。
 こういうことはトーレの方が専門なのはわかっているだろう?
 で……どうだい? トーレ」

「はい。
 今のところうまくさばいてはいますが……高町なのはの火力が一撃必殺の脅威であることは変わりません。一度でもクリーンヒットを許せば、そこから一気に崩されるでしょう。
 おそらく、マスターコンボイがロボットモードにならずヒューマンフォームのまま戦っている理由もそこです。技術はともかく、パラメータ的にはゴッドオンなしの彼の戦闘能力は六課フォワードの生身での戦闘能力とほぼ同等ですから。より小柄なヒューマンフォームで狙いを絞らせないのが狙いかと」



「えっと、クレアちゃん……だっけ。
 どう? 訓練とは違う、ガチの模擬戦を見た感想は」

「あ、こなたさん……
 なんていうか……すごいですね。“霊子生命体ソウル・ファクター”もなしにここまで戦えるんですか?」

「まぁね……っていうか、惑星ガイアで見なかったの? ジンの魔法戦」

「一応は……ただ、やっぱり訓練ばっかりだったし……その……」

「ジン、模擬戦は毎回ブッ飛ばされてばっかりだったじゃん」

「うるさいよ、チータス!
 あぁ、そうだよっ! どーせアリス姉やヴェルヌスに負け続けだったさっ!」







 ここは、六課隊舎のロビー。六課メンバーだけじゃない。こなた達カイザーズはもちろん、ガイア・サイバトロンのみなさんや外出許可をもらったマックスフリゲートのみんなも集まって、そこでみんなで、ヤスフミの試験を見ていた。

 でも……







「まさかなのはさんが来るとは」

「うん。つか、アイツはまた……」

「はやて姉も知らなかったのか?
 じゃあ……ビッグコンボイも?」

「あぁ……」



 はやては部隊長なのに……



「私もビッグコンボイも、教導隊の方の要請で高ランククラス試験の相手務めるとしか聞いてへんのよ。
 で、リミッターも限定的に解除するから、それも許可してほしい言われて……」

「いや、それで……って、ムリか。今日試験受けるのは、恭文だけじゃないしな」

「何より、試験内容が漏れたら大変ですよ……なぎくんとなのはさんは身内ですし」

「……いや、それでも八神部隊長にも知られないように話を進めるって、どんな手使ったんだよ」

《主にもできる範疇かと。
 しかし……蒼凪氏の運のなさもここに極まりですね。これはあり得ませんよ》



 そこを言われると辛い。なのはは、絶対に加減しないだろうし。



「つか、ジュンイチのヤツはどうしたんだよ?
 八神部隊長はともかく、アイツの目をごまかすなんざ絶対ムリだと思うんだが」

「あぁ、ジュンイチくんなら仕事よ」



 そうサリエルさんに答えたのは、万蟲姫を連れて見学に来ているリンディさん……うん。もうツッコまない。万蟲姫、完全に敵対意識ゼロなんだもの。



 というか……ジュンイチさん、仕事……ですか? 今日が恭文の試験っていうのは知ってたはずなのに……



「アイツにしては珍しいわね。
 恭文にとって大事な日に仕事入れるなんて」

「たぶん、だけど……試験がらみの仕事なんじゃないかしら。
 だって、『試験自体は見てられそうだから大丈夫』って言ってたから。受けた依頼には真摯な子だもの。そんなジュンイチくんが仕事しながらでも試験を見守れるっていうことは……たぶん、そういうことだと思うの」



 私と同じことを思ったらしいライカさんに、リンディさんが答える……ということは、試験の後方支援みたいな仕事かな?

 ジュンイチさん、私達で作った“アレ”に関われなかったのをちょっと気にしてたから……何かしらの形でヤスフミの試験を手伝えれば、とか思ったのかも。







《ま、何にせよボーイ達とねーちゃんは楽しそうだけどな》

「なぎさん……ちょっと笑ってたしね」

「この状況でも、変わらないんだね……」

《変わるはずがありません。だからこそ、蒼凪氏とアルトアイゼンは強いのです。
 そしてそれは、となりのマスターコンボイ氏とオメガにも伝わりつつあります》



 サリさんの胸元の金剛の言葉には同意。うん、それがヤスフミらしいというかなんというか……







「ほんとにあのバトルマニアは……」

「ヴィータちゃん、心中察するに余りあるよ」

「いや、だからそう言いながら、私とシグナムさんを見るのはやめてくんないかなっ!?」

「私もヒロリス殿も普通だっ! それを言ったら、テスタロッサはどうなるっ!?」

「私はちゃんと状況を見てますっ! 一緒にしないでくださいっ!」



 ……まぁ、ここはいいよね。うん、気にしなきゃいけないのは……



「なぁ……」

「乱入しに行っちゃダメですからね、ブレードさん」

「チッ」



 ………………いや、ブレードさんじゃない。シャマルさんがうまく抑えてくれてるから、きっと大丈夫。





 それよりも……







「ヴィヴィオ」

「フェイトママ……」



 やっぱり、不安そう。いきなりだもんね、ヤスフミとなのはが、こんな形で戦うなんて。



 それに、ジュンイチさんもいないし……



「……ヴィヴィオ」

「大丈夫だよ。ヴィヴィオ、最後まで見てる。恭文達の応援するって、約束してるから」

「そっか。うん、なら……フェイトママと一緒に、最後まで見ようね」

「うんっ!」











 ……画面の中の状況は、まだ動かない。



 でも、緊迫感だけは加速度的に上がり続ける。







 ヤスフミ。ヤスフミは、私の騎士になりたいんだよね?







 なら、お願いだから……勝って。勝ち負けで答えを決めるつもりなんてない。でも、負けてほしくない。







 うん、このままアッサリ負けたりするのは……なしだよ?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……これで、終わるかな」



 すぐに距離を充分に取り、警戒しながらもカートリッジをリロード。次に懐からカードを取り出しつつ、自然と出た言葉はそれだった。



《終わると思います?》



 カードに念じると、青い光が身体を包む。消費した体力と魔力が、それで回復する。

 ……そう、回復魔法のカード。新型のおかげで、今までよりも効果が高い。



「いや、ムリだろ」

《だよなぁ……》



 マスターコンボイとオメガの言葉には全面的に同意。



 まだ、向こうは札を切ってない。だから……まだだ。警戒は緩めちゃ







「……正解だよ」







 その声が聞こえた瞬間、二人して身体を桜色のリングにしばられた。



「でも、ちょっと甘い」



 ……バインドっ!?



「エクセリオン……!」



 カートリッジの排出音。それも、1発じゃない。そして、バカデカイ魔力反応。あぁ、やっぱりかっ!



「バスタァァァァァァァァァァッ!」











 爆煙を突き破り、撃ち込まれたのは先ほどよりも大きな砲撃。バインド解除……くそ、間に合わないっ! ならっ!

 左の手のひらに、カードを3枚出現させる。1枚……発動っ!







 僕の目の前に生まれたのは、ベルカ式のラウンドシールド。カードに入力していた術式。それが、僕らとエクセリオンを隔てる。







 でも……それだけだった。



 やっぱり、エクセリオンには耐えきれない。シールドがどんどんひび割れる。そして、壊れた。







 でも、時間は稼げた。



 アルト達のサポートもあって、僕らのバインド解除は完了。即座に左右に移動して、ギリギリだったけど回避できた。







 ……あんま高位のバインドじゃなくてよかった。くそ、僕らの魔力量を見越して、やっぱ一撃当てること重視で動いてるか。

 確かに、僕はエクセリオンなんて一発食らったら、一気に沈むしなぁ。

 それだけじゃない。大量の誘導弾も、バインドも、僕ら二人の苦手領域だ。射撃戦闘とロングレンジの火力なら、僕らはなのはには勝てないし。







 あー、知り合いってやっぱやり辛いっ! こっちの弱点丸見えじゃないのさっ!







 そして、僕は2枚目、3枚目のカードを投げる。それはなのはへと飛んでいき……発動。



 一定空間の水分を材料に、でかい氷が生まれた。



 リインの“フリーレン・フェッセルン”と原理は同じ魔法。でも、意味がなかった。だって、回避されたし。







 つか、手札切りやがった。さっきまでのミニスカニーソックスジャケットじゃない。なのはのバリアジャケットが、変わってる。



 つか、ロングスカートになってる。



 しかも、それだけじゃない。なのはの上半身を覆うように、竜を思わせる装飾が施され、背中に実体の翼を備えた鎧が装着されている。



 レイジングハートとセットじゃないと登場できないっていう弊害のせいでちっともセリフに恵まれないなのはの相棒、パワードデバイスのプリムラ、そのアーマーモードだ。



《出番の話しないでーっ! すっごく気にしてるのーっ!》



 本人の抗議は無視。同じ悩みを抱えてるヤツがおのれの他に何人いると思ってやがるか。







 とにかく、これが……なのはの本気。エクシードモード+フルアーマーっ!







 なのはがこちらへ突っ込んでくる。ショートバスターを撃ちながら、真っ直ぐに。







 それを回避しつつ……突っ込むっ!



 斬りかかろうとした瞬間、なのはの姿が眼前から消える。そして、後ろに気配。







《Icicle Cannon》







 振り返りつつも、僕の左手をその気配へとかざす。

 その行動中に聞こえるのは、カートリッジの排出音が1発。うん、向こうのだ。こっちはヒマがない。



 そして、近距離で互いの砲撃が衝突。その衝撃と爆風で、僕もなのはも吹き飛ばされた。



 でも、すぐに体勢を立て直す。そしてまた……突っ込むっ!

 爆風を突き破るようにして、アクセルが十数発飛んでくる。それを斬り払いながら……詠唱。



 そして、左手をかざして発動っ!







《Stinger Ray》







 1発じゃない、連続発射。手応え……あり。というか、お返しにまた砲撃が飛んできた。それを回避。







 そんな僕とは別に、マスターコンボイが上空からなのはを狙う――けど、そちらにはなのはの背中の翼から分離した小型のビット、スケイルフェザーが迎撃に向かう。







 マスターコンボイがスケイルフェザーを薙ぎ払う間に、カードを3枚、なのはにぶん投げる。そしてそれは真っ直ぐになのはへと飛んでいき……



 ちゅどーんっ!



 ……ウソ、アクセルとショートバスターで撃ち落としやがったっ!







「おのれは……! 人の個人資材になにしてくれてるっ!」







 怒りの余り、アクセル最大出力で加速。



 そうして、一瞬でなのはに肉迫。



 横薙ぎにアルトを振るい、斬りつける。







「だって、敵の攻撃に対処するのは当然でしょっ!?」



 なのはは、それをレイジングハートで受け止める。



「やかましいっ! ムダに魔力多くてムダに装甲厚くてムダに正月太りしてるんだから、全部受けとけっ!」

「何それっ! というか、正月太りなんてしてないよっ!」







 こんな会話をしつつも、攻防は続く。なのはがレイジングハートで僕の斬撃を何度も受け止めながら、後退する。

 でも……僕の方が踏み込みの速度は速い。簡単には逃がさない。







「太ってるでしょうがっ! 今だってお腹の辺りがプックリっ!
 ジュンイチさんお手製のおせち食べ過ぎて後で凹んでたってヴィヴィオから聞いたぞっ!
 それに、聞いたところによると体重計に乗るのが……」

「それを……」







 高速移動で一気に下がった。瞬間――真上からの斬撃が空を斬る。



 くそっ、マスターコンボイの奇襲、読まれてたっ! しかも……砲撃体勢っ!?







「言わないでよっ!」







 何かが撃ち込まれた……見えないけど。だから、それぞれの刃に魔力を込めて……それを、斬るっ!

 手応え、あり。斬られたものは、僕らの目の前で爆発する。そして……目の前に大量の魔力弾。それらが一気に襲ってきた。



 クレイモア……ムリっ! カートリッジを使って、しっかりと防ぐっ!







《Round Shield》







 現れたベルカ式魔法陣の盾が、マスターコンボイも一緒に守ってアクセル達の猛攻を防ぐ。



 だけど……



 それすらも飲み込んで、桜色の魔力がぶつかってきた。







「ブレイク……!」







 魔力の奔流の勢いが、さらに強くなる。そう、完全に向こうの策にハマった。



 動きを止めちゃいけないって、固まったらアウトって、わかっていたはずなのに……結局止められた。一ヶ所に固められた。



 そして渾身の砲撃――確実に一撃入れての各個撃破を狙ってると思ったらっ!



 てか、ヤバい。マジメにヤバい。



 ヤバい……シールド、もたないっ!







「シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥットっ!」











 ……そして、シールドが破れ……爆発に 飲み込まれた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ちょっ、恭文!?」

「マスターコンボイさん!?」

「……届かへんかったか」

『……試験、終了』



 その声は万蟲姫、スバル、そしてはやて――映像の中で、なのはがどこか無機質な声でそう告げた。そう、終わったと。



『受験者は撃墜。これで』



 言葉がそこで止まった。それに、全員の目が画面に集まる。







『……驚いた。どうやって防いだの?』

『知ってる? 斬ろうと思って斬れないもんなんて……ないのよ。まぁ……』







 爆煙が晴れると……そこには、マスターコンボイとヤスフミがいた。でも……





「アイツら……ボロボロじゃない」

「あんななぎさん、初めて見た」



 そう、ヤスフミのジャケットはボロボロだった。上半身の青いジャンパーは吹き飛び、インナーも肩口が破けて、胸元が見える。

 ジーンズも煤汚れて、穴が空いてて……



 マスターコンボイも似たような感じだ。ヤスフミが守ってくれたおかげでダメージは少なそうだけど、やっぱり全身ボロボロだ。



『余波でボロボロだけどね。魔力の大半持ってかれたし』

『まったく……やってくれるな、貴様』

『……ギブアップするのも、選択だよ?』



 多分、それは教導官としての意見。負けを認めるのも、大事だと言いたいんだ。



 けど……なのはとして意見は、きっと違う。



『すると思う?』

『しないよね。うん、するワケがない。恭文くんもマスターコンボイも、あきらめ悪いもん』

『当然だ。
 10年前、貴様と命のやり取りまでしておいて、この程度で引くワケがないだろうが』



 だから、なのははかまえる。



『だから、徹底的にいくね……』





















『ブラスター1』





















 ……え?











『リミット、リリースっ!』











 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?







「ブラスターシステムっ!?」

「あのバカっ! ナニ考えてやがるっ!」

「……やりおった」

「すみません、使用できないように処理をしておくべきでした。というか……どうしよー!?」







 そのなのはの行動で、ヤスフミやマスターコンボイもそうだし見ている私達もあ然となった。







「えっと……なのはちゃんバカ? つか、リミッターとかどうなってるのっ!? いや、今さらだけどっ!」

「バカっ! 解除されてるんだよっ! おいおい、これは……」

「……なのはちゃん、何してるのかしら」



 あ、シャマルさんの視線が……



『……バカでしょっ! 本気でバカでしょっ!? つーか何やってるっ!』

『貴様、今のコンディションの原因が何か、実はわかってないだろ!?』

『うん、そうだね。
 でも……これが私の全力全開だから。二人が相手だもの、ちゃんとぶつかりたい。私達、ライバルで……命を取り合った仲、でしょ?』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……あぁ、そうだったね。僕達は結局」

「こういうのが、ピッタリなんだよ。こっちの方が楽しいし、わかり合える」

「前例があるだけに……否定できんな」

「でしょう?
 それに……恭文くん。私達……約束、してるよね」

「そーだね」






 ……どんな時でも、ありったけで、全力でぶつかり合って、それを受け止め合って、心を通わせていこう。そう、約束してる。







「……なのは」

「うん、馬鹿げてるよ。でも、ここで私のありったけをぶつけないのは、もっと馬鹿げてる。
 10年前の私達が、そうだったみたいにね」







 ……8年前、僕と初めて模擬戦した時に言ったセリフとまったく同じことを、なのははマスターコンボイに対して口にした。

 そういや、僕の時も復帰直後なのに、エクシード使ったんだっけ。







 そして……マスターコンボイとの戦いでも、二人はお互いのありったけをぶつけ合ってる。



 グランドブラックホールのド真ん中で、お互いの想いを、力を、そのすべてを尽くしてぶつかり合った。







 そう。なのはは言ってる。僕らの関係は、出会った時から変わらない。だから、出会った時と同じように……いや、それ以上に、全力全開で、ぶつかり合いたいと。







「私は、大事な友達との約束を、違えたくなんてない。だから……」

「仕方あるまい。
 恭文……」

「うん。わかってる。
 いいさ……受け止めてあげるよ」







 なのはの身体のことを考えるなら、止めるのが正解なんでしょ。でもね……それは世界や常識の正解であって、僕らの正解じゃない。

 僕達の……僕の正解は、目の前のバカに付き合うことだ。僕達、そういう付き合い方してんのよ。友達になった時から、ずっとね。







 そしてきっと……マスターコンボイもそれは同じ。命がけの大ゲンカの末につながった絆なんて、そんなものなのよ。







「それじゃあ、マスターコンボイ。
 そろそろ本当のクライマックス、見せてあげようか」

「もっと盛り上げてからでもいいと思うが、まぁ、かまわんか」

「恭文くん達だけじゃないよ。
 私だって……これからなんだから!」



 僕とマスターコンボイの言葉に、なのはも答えてレイジングハートをかまえる。







 そして、僕らはなのはに向けて突撃して――





















 僕らの間を、真紅の砲撃が貫いた。






















「ぅわっとぉっ!?」

「きゃあっ!?」

「何だ!?」







 危うく砲撃の中に突っ込みそうになりながら、なんとかそれだけは免れる――けど、何事っ!?







 何が起きたのかと砲撃の飛来した方へと視線を向けて――そんな僕らの前を影が駆け抜ける。







 そして――







「おのれは……っ!」







 なのはの手からレイジングハートが弾かれ、







「ブラスターを使うなと……」







 次いで、なのはの目に帯のような何かが巻きつけられて視界がさえぎられ、







「耳にタコができるほど……」







 そして、背後から両腕ごと抱きしめるようにガッチリとホールドされて、











「言われてんだろうがぁぁぁぁぁっ!」











「ふにゃあぁぁぁぁぁっ!?」











 高々度からの豪快なイズナドロップが、なのはを脳天から地面に叩き落とした。











「………………あー、えっと……」











 ………………うん。とりあえず、何が起きたのかは理解できた。







 だって……攻撃の過程で思いっきり説明してくれたから。







 要するに……ドクターストップがかかってる身でありながらブラスター使ったことに腹を立てて撃墜した……ってことでいいんですかね?





















 ジュンイチさん。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『……………………………………………………はい?』







 突然のことに戸惑っているのはヤスフミ達だけじゃない。







 だって……正直、その一言しか出てこないから。



 目の前で起きたことに、私達みんな思考が停止していたから。







 えっと……つまり、これは……











『………………試験に乱入した上試験官ブッ飛ばしたぁぁぁぁぁっ!?』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「きゅぅ〜〜……」



 足元には、完全に目を回したなのはが倒れている――改めて立ち上がって、ジュンイチさんは身体についたほこりをパンパンとはたく。

 ふぅ、と息をついて……一言。







「………………みっしょんこんぷりーと」







「どこがだぁぁぁぁぁっ!」







 えぇ、アルトで思い切りぶった斬りましたとも。



 まぁ、もちろん非殺傷設定だけど……だからってあっさり起き上がらないでほしい。ちょっと自信なくすから。







「………………何すんだよ?」

「『何すんだよ?』じゃないわボケっ!
 何いきなりなのは撃墜してるっ!? こっちは思いっきり試験中だし、話もガッツリ盛り上がってきたところだったっていうのにっ!
 最近スバルのKYが感染してきたなー、とは思ってたけど、これはいくら何でもないでしょうがっ!?」

「ンなこと言われてもなぁ……」



 僕の苦情申し立てに対して、ジュンイチさんは困ったように頭をかきながら答えた。







「これが今回の仕事なんだからしょうがないだろ」







 ………………はい?



 それって、つまり……なのはをしばき倒すのが、ジュンイチさんの仕事ってこと? なんでそんなアホな仕事受けてんの、この人?



「えっと……どういうことでしょうか……?」

「だから……これが今回の仕事なんだって。
 なのはの後遺症、本来の職場である教導隊が考慮しないワケないでしょうが」

「あ………………」



 なるほど……なんとなく話が見えてきた。



「要するに……これは教導隊からの依頼。つまり試験を仕切ってるみなさんは了承済み。
 依頼内容はなのはがブラスターを使わないよう監視して……」

《万一使用した場合、撃墜してでも退場させろ……と?》

「そういうこと」



 後遺症の残るなのはを試験に駆り出すわ身内が相手でも容赦なくやらせるわ、教導隊ってムチャクチャやるなぁ、とは思ってたけど……それでも一応、何も考えてないワケじゃなかったのか。







 まぁ……考えてみれば、今回のなのはの起用だって仕方のない一面はある。



 なんと言っても管理局……というかミッド地上は現在“JS事件”のアレコレから組織内浄化の真っ只中。



 当然その結果叩けばほこりの出るような連中は放逐される。逆に言えば、その分人員に穴が開くワケで、その穴を埋める人材が必要となる。







 そうなると、その人材を用意する上で一番しわ寄せが行くのはどこか?



 考えるまでもない。人材を育成する職種、特に現場で人材育成を行う……つまり、なのは達教導隊だ。







 要するに、療養が必要ななのはを試験に引っ張り出さなければならないほど、「身内が相手だから試験官を交代させてください」なんてワガママを聞いていられないほど、今の教導隊は業務に追われてる。

 できることといえば……なのはがまたバカをやらかさないように祈ること……なんだけど、祈った程度でこの魔王が止まるワケがない。



 ならどうする? 答えは簡単。







 なのはがバカをやらかした際のストッパーを用意すること……これだ。







 ただ、それも問題がないワケがない。



 だって……この場合のストッパーというコトは、バカをやらかした、つまりブラスターを使ったなのはを止めなければならないのだから。



 だからジュンイチさんに依頼が来た……ブラスターを使ったなのはを止められるだけの実力があるから。“JS事件”でユニクロンをブッ飛ばした後の二人の戦いは、ある意味伝説になってるしね。







 OK。ジュンイチさんがどうしてこんな暴挙に出たのか、そこは理解できた。







 ただ……状況は何ひとつ解決していないけど。



「け、けど、これって試験どうなるのさ?
 ジュンイチさん、何か聞いてる?」

「まぁ、一応ね」



 ……ホッ。よかった。



 これで試験中止なんて言われたら、どうしようかと思っ



「オレとしては、なのはにブラスターが必要だと判断させたって時点で、じゅーぶんAAA+の資質はあると思うんだけどさ……それでもやっぱりちゃんと採点したいってことで……」











「一応、オレが補欠試験官リザーバーとして最後まで面倒見ろ、って」











 ………………ちっともよくなかったぁぁぁぁぁっ!











「ふざけんなボケっ!
 要するにそれ、ジュンイチさんをブッ飛ばせってことでしょうがっ!
 一気に難易度跳ね上がったわっ! なのはの相手をした方がはるかにマシだわっ!」

「なぁに、安心しろ」



 僕の抗議に、ジュンイチさんは笑いながら答えた……えっと、どういう意味かな?



 まさかなのはのレベルに合わせてリミッターかけてもらってる……とか? 試験官の強さが途中で変わっちゃう、なんてイレギュラーもいいトコだろうし……



「戦い方を見て合否を判定するんだから……」











「負けたって問題なければ合格だろう?」











 ……そんなことだろうと思ったよ、ちくしょうっ!







「そういえば、貴様には“JS事件”中に一捻りにされた借りをまだ返していなかったな……」

「ご希望とあらば二捻り目、いっとくか?」

「ふざけていられるのも今の内だぞ。
 オレがどれだけ強くなったか、思い知らせてやる」







 しかも相方はやる気マンマンだし……これじゃやるしかないじゃないか。







「恭文!」



「はいはい、わかりました。わかりましたよ。
 そんじゃ……いきますかっ!」







 やると決まった以上、まずは速攻。この人相手に先手なんか許したらその一手で一気に主導権を持っていかれる。



 と、いうワケで先手必勝。唐突に、一気に間合いを詰めて、思い切りアルトで斬りつける。



 対して、しっかり読んでいたジュンイチさんも爆天剣で受け止める――けど、あっさり流される。刃をかたむけて僕の一撃を受け流して、背後に回り込んでいたマスターコンボイの斬撃を力任せに弾き返す。



 さらにそのまま身体を一回転させて、再び僕に向き直って一撃。素早く燃焼させた左手の炎を、至近距離からぶちかましてくる――とりあえず、イヤな予感がして下がってたおかげで回避成功……だけどっ!



 瞬間、腹部に衝撃を受けてブッ飛ばされる――追いかけられて蹴り飛ばされたんだと、体勢を立て直したところでようやく気づく。



 さらに僕に追撃をかけようとするジュンイチさんに、マスターコンボイが襲いかかる。背後からの斬撃を冷静にかわすジュンイチさんだけど――







「それでかわしたと思ったか?」







 マスターコンボイがニヤリと笑うのが見えた。その手のオメガはこれでもかというくらいに刀身に魔力を込めていて――











「エナジー!」



《Vortex》











 マスターコンボイが返す刀で、零距離で放った砲撃が、ジュンイチさんを直撃する!



 普通の相手ならこれで終わる――んだけど、今回の相手はジュンイチさん。ぶっちゃけ言って普通じゃないんだ。これで終わるはずがない。



 と、いうワケでマスターコンボイが素早く後退して――後退するそのすぐ鼻先を、ジュンイチさんの斬撃がわずかにかすめた。







「マスターコンボイ!」



「問題ない! 魔力障壁をかすめただけだ!」







 僕に答えて、マスターコンボイは追撃してきたジュンイチさんの斬撃を受け止める。







《Elment-Install.
 “CYCLONE”》








 そのまま、オメガでエレメントカートリッジをロード。魔力の風を目前で無造作に炸裂させて、強引にジュンイチさんとの距離を取る。



 その間に僕が突っ込む。放つのは当然――これっ!







「鉄輝――」







 ジュンイチさん相手に余計な小細工なんか通じない。そういうのはむしろあの人の領分。さらに上を行かれてつぶされるのがオチだ。



 だから――真っ向勝負。一撃一撃を、必殺の勢いで叩き込むだけっ!







「一閃っ!」







 最大速力、そして全力で叩き込んだ一撃は――ジュンイチさんのすぐ脇の空間を斬り裂く。かわされた!



 後退もそのまま駆け抜けることも許されない。次の動きに移ろうとする僕よりも早く、ジュンイチさんの炎が解放されて――







「恭文っ!」







 瞬間、衝撃音と共にジュンイチさんの姿が僕の眼前から消える。



 マスターコンボイだ――僕を援護しようと飛び蹴り一発。ジュンイチさんをブッ飛ばしたのだ。







「ごめん、助かった」

「礼は後にしておけ。
 今のところ、完全に向こうのペースだ」







 答えて、マスターコンボイはオメガをかまえる――当然僕も。



 そして、マスターコンボイの蹴りで廃ビルのひとつに叩き込まれたジュンイチさんは――







「いてぇな、オイ」







 平然と姿を現してくれたりする……くそっ、相変わらず強さの面でもKYだよね、この人っ!







「でもないさ。
 少なくとも攻撃は当てられる……やりようならいくらでもある」

「まぁ、それはそうだけどね」



 マスターコンボイに答えて、ジュンイチさんに視線を戻す――けど、長期戦になりそうだなー。今の一発も大して効いてないっぽいし。



 とはいえ……マスターコンボイの言う通り攻めどころがないワケでもないのもまた事実。たとえば……



「あの男は、オレ達“身内”が相手では本気で戦えない。
 手抜きをされているようでいい気分はしないが……全開のヤツを相手にしないだけマシというものだ」



 そう……ジュンイチさんは、僕ら身内が相手だと本気で戦えない。

 “戦わない”じゃない、“戦えない”。身内を“守る”ことに固執するジュンイチさんは、身内が相手だと無意識下でブレーキがかかるらしい。

 つまり、今戦っているジュンイチさんは本当に本気のジュンイチさんじゃない。“ブレーキがかかった状態で”本気のジュンイチさん、ということだ。



「敵に対してフルパワーで戦うヤツの姿がイメージの中にあるから気後れするんだ。
 ヤツがフルパワーではない、その事実を忘れるな」

「わかってるよ」



 マスターコンボイの言葉にそう答えるけど――



「………………残念だったな」



 何やらニヤリと笑って、ジュンイチさんはそれを取り出した。



 ちょっと分厚い折りたたみ式携帯、といった感じの端末ツールだ。







 ………………あー、ちょっと待ってください、旦那。







 それが何なのか、よぉ〜く知ってるんですけど……まさか、使うつもり!?







「大正解」







 言って、ジュンイチさんは問題のツール“ブレインストーラー”を開いて、上下に並んだボタン、その上側のボタンを押し込む。



《Mode-Install.
 Standing by.》




 ブレインストーラーのモードが切り替わり――その中に込められた“力”が解放された。ジュンイチさんの周囲に集まり、渦を巻く。



 それに伴い、ジュンイチさんが身にまとっている“装重甲メタル・ブレスト”が少しだけ変化する――腰のベルトのバックル部分が形状変化を起こし、ブレインストーラーをセットするための接続部が作り出される。







「確かに身内相手じゃ、オレはフルパワーで戦えない。
 その不利を跳ね返すにはどうすればいいか……答えは簡単だ」







 言って――







「パワーをセーブしていても圧倒できるくらい、地力を引き上げればいい」





















「“精霊獣融合インストール”!」



《Install of OGRE!》





















 ベルトのくぼみにブレインストーラーをセットし、咆哮――その瞬間、ジュンイチさんの周囲で渦巻いていた“力”が燃焼。炎となってジュンイチさんの姿を覆い隠す。



 それは言ってみれば“炎の繭”――しばらく燃え盛った後、内側から一刀両断された。



 そして現れたジュンイチさんの“装重甲メタル・ブレスト”は……完全にその形を変えていた。



 白地に青を基調としていたカラーリングは赤中心に。装甲部分もより大型化して身体を守る面積が増えていて、デザインもより生物的な曲線を描いている。



 爆天剣も変化している。柄尻側にもまっすぐな刃が生まれて、メインの刃が直刀から湾刀へと変化。ジュンイチさんの身の丈ほどもあるツインソードへと姿を変える。











 そして――ジュンイチさんが名乗る。











「真紅の鬼龍“ウィング・オブ・ゴッド”オーグリッシュフォーム。
 with――」





















皇牙オーガ爆天剣・“鬼刃きば”!」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「こっ、ここでオーガを出すか、アイツ!?」

「本気でアイツらをつぶすつもり!?」







 ジュンイチさんとの距離が開いて、ひとまず戦いは一区切り――とりあえず切り抜けたヤスフミ達の様子にホッとしたのもつかの間、ジュンイチさんがいきなり切り札を切った。



 ジュンイチさんの使役する精霊獣“フレイム・オブ・オーガ”の力を借りた“オーグリッシュフォーム”……シグナムやティアが戦慄するのも当然と言い切れるほどの、ジュンイチさんの事実上の最強フォームだ。



 私の知る限り、だけど……身内を相手には決して使ったことのないこの形態を持ち出してきた……それだけで、ジュンイチさんが本気で勝ちに来ていることがわかる。







 通常のフォームですら、ジュンイチさんはブラスターを使ったなのはと互角に渡り合える。そのジュンイチさんが最強フォームで向かってくる……正直、AAAランク試験で相手をするには過剰戦力もいいところだ。







 けど――ジュンイチさんだってバカじゃない。これがヤスフミやマスターコンボイの試験だってことはわかってるはず。



 つまり……試されてるんだ、ヤスフミ達は。



 対身内補正でパワーを抑えられている分をフォームチェンジで補って、全力で向かってくる自分を相手にどこまで戦えるか。







 なのはがブラスターを使わなきゃ出て来れなかったリザーバー参戦とはいえ、わざわざそこまでしてくれるんだから……ヤスフミ、ジュンイチさんにもかっこ悪いところは見せられないよ?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「い、く、ぜぇぇぇぇぇっ!」







 僕らのたて続けの斬撃をさばいて、かわして――すり抜けられた。上空に飛び上がり、僕らの頭上を押さえたジュンイチさんが背中に背負うように爆天剣を留めて、両手に“力”を集めていく。



 そして――







「だぁだだだだだだだだだだぁっ!」







 よく舌回るなーとか息継ぎ大変そうだなーとか、いろいろツッコみたい掛け声と共に、大量の火炎弾がその手から放たれる――無詠唱の“炎弾丸フレア・ブリッド”乱れ撃ちかいっ!







「マスターコンボイ!」



「かわせばいいんだろうがっ!」







 さっきなのはにやられた教訓がある。ここは受けずにかわすが吉――最大速力で飛び回り、なんとかジュンイチさんの魔力弾の連射から逃げていく。



 ………………流れ弾が地上に降り注いで、廃ビルが次々になぎ倒されているのは気にしない。気にしてる余裕もないし。



 手数で圧倒するつもりなのか狙いが荒いのが幸いだ。おかげでかいくぐりながらも砲撃の詠唱ができる――と、いうワケで!







《Icicle Cannon》

《Energy Vortex》







 僕とマスターコンボイの同時砲撃が、弾幕を一気に撃ち抜いてジュンイチさんを狙う。



 けど――届かない。ジュンイチさんの周囲に常時展開されている力場に防がれてしまう。くそっ、相変わらずエネルギー攻撃完全防御って反則すぎるでしょうが!







 もっとも――







「ムダな抵抗ってわかってる!?
 オレにエネルギー系の砲撃が通用するとでも――」







「思ってないさっ!」

「――――――っ!?」







 こっちもその程度のことは想定済みなワケだけど。







 僕らのW砲撃の本当の狙いはこれ。“弾幕を撃ち抜いてジュンイチさんを狙う”んじゃなくて、“弾幕を撃ち抜くのに紛れてマスターコンボイを突っ込ませる”ためのもの。



 これなら、弾幕の爆発に紛れてマスターコンボイの気配をごまかせる。気配探知に優れたジュンイチさんの索敵をごまかして懐に飛び込める!



 狙いは図に当たり、マスターコンボイは一気にジュンイチさんの目前に飛び出した。驚くジュンイチさんを、オメガで何度も斬りかかりながら追い回す。







 もちろん、僕もその間に距離を詰める。爆天剣を背中にしまっていたのが災いして、反撃のままならないジュンイチさんに向けてアルトを一閃っ!



 かわせるタイミングじゃない。僕の一撃はジュンイチさんを捉えて――











 すり抜けた。











「え――――――?」



 僕の一撃をくらったはずのジュンイチさんの姿がかき消える――まさか、幻術!?



《そのようですね。
 精霊力反応なし。完全に隠れられてます》

「……マズくない?」

《マズイでしょうね》



 ジュンイチさんのことだ。いつから幻術と入れ替わっていたのかはわからないけど……攻撃から逃れるため、なんて消極的な理由で離脱するとは思えない。

 なら、何のためか……簡単だ。







 勝つために決まってる。











「………………オプティックハイド、解除」











 告げられた言葉と同時――上っ!?



 見上げた僕らの視線の先で空間が歪んで、ジュンイチさんが姿を現す。











 とってもバカでっかい火球を、頭の上に生み出した状態で。











 ……って、ちょっと待てっ! あんなの作った状態で、しかも幻術のコントロールまでしながらアルトやオメガのサーチから逃れてたっての!? どういうステルス使ってるのさ!?







「後で教えてやるよ!
 とりあえず……お前らがこいつをくらってからな!」







 もう、撃たれる前に止めるとかそういう段階じゃない。言って、ジュンイチさんがかざした右手を振り下ろして――当然、火球も僕らめがけて突っ込んでくる!







「恭文!」

「決まってる――ぶった斬るよっ!」



 マスターコンボイに答えて、すかさずアルトに魔力を込める。当然だ。防御してどうこうできるレベルの攻撃じゃないし、逃げたってあの規模だ。爆発からはたぶん逃げられない。



 となると――迎撃するしかない。



「タイミングは任せる!」

「任された!」



 マスターコンボイも同様にオメガに魔力を込めて――二人で火球に向けて飛ぶ!



 この一撃でなんとかできることを祈りつつ、アルトを、オメガを叩きつけて――











 ぽんっ!と音を立てて、あっさりと破裂した。











 ………………って、あれ?







「残念、フェイクだったんだよ」







 その言葉に反応できなかった――それよりも早く、僕らの懐に飛び込んだジュンイチさんが、僕らを至近距離から放った炎でブッ飛ばしたからだ。







「今のはでっかくふくらませてそれっぽく見せた、ただの“炎弾丸フレア・ブリッド”さ。
 大きさはあんなでも使ってる精霊力は“炎弾丸フレア・ブリッド”一発分――アルトアイゼンやオメガの目をごまかすのはそれほど難しい話じゃない」







 あっさり言ってくれるね……こっちは痛いは熱いはで大変なのに。



 ジュンイチさんの次の手を警戒しながら、取り出した2枚のマジックカードを使う。

 効果はどちらも回復。1枚を自分に、もう1枚をマスターコンボイに使う。







 つか……ムカつく。



 完全に遊ばれてる……ジュンイチさんお得意の、虚実入り混じったフェイントの嵐に完全に振り回されてる。







「恭文」







 と、マスターコンボイが声をかけてくる……何?







「もう……いい加減、使ってもいいとオレは思うんだが」

「……だね」







 ちょうどいい。僕もいい加減使ってやろうかと思っていたところだ。以心伝心っていいね、やっぱり。







「何の話だ?
 そろそろ本気でやろうって相談か?」

「まぁ……そんなところだね」







 ジュンイチさんに答えて、僕は立ち上がる……当然、マスターコンボイも。







「けどさ……その前に、ひとつルール変更ね」

「ルール変更?」







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『4分41秒だよ』

『………………?』

『ちょっと準備がいるけどね。でも、それだけもらえりゃ……僕らが勝つ。すぐに終わらせてあげるよ。
 それを過ぎたら僕らの負けでいい。つか、勝手にギブアップする』

『……本気か?』

『もちろん。
 というか……ギブアップするしかないんだわ。それで仕留められなきゃそれこそ打つ手がないから』



 その言葉に、また場が騒然となる。だって、今ヤスフミが口にしたのは……



「オーグリッシュフォームのジュンイチさん相手に……勝利宣言っ!?」

「それも、5分弱でなんて……」

「む、ムチャだよっ! 恭文もうボロボロなのにっ! 魔力だって、空に近いよねアレっ!?」

「アイツ、本気で何考えてるのっ!? バカだバカだとは思ってたけど、今回のは極めつけよっ! これはないでしょこれはっ!」

「……いえ、やれます」



 あわてふためくスバル達を抑えるように、静かにリインが口を開いた。強い確信を持って。



「恭文さんもアルトアイゼンも、やれます。マスターコンボイさんもオメガだって……同じです。
 “古き鉄”は……この状況で負けたりなんてしません。いつものノリで、ぶっ飛ばすだけですっ!」



 いつも通りに……『最初から最後までクライマックス』……でいけば、大丈夫。うん、きっと大丈夫だよね。



 そして……それは、きっとマスターコンボイとオメガも変わらない。



 だって、二人もれっきとしたヤスフミの“友達”なんだから。



『また言ってくれるねぇ。
 でも、そうしてくれると助かるかな。このフォーム、けっこう維持するの疲れるんだよ』

『上等。今から見せてあげるよ。
 ついでにその余裕の態度も引っぺがしてやる』



 そう言ってヤスフミは……



「恭文、笑ってる……」

「フェイトママ……」

「大丈夫……きっと大丈夫だから」











『僕らの新しい変身と……新しいクライマックスってヤツをね』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「了解だ。
 なら待っててやるから、早くやりなよ」

《おや、意外ですね。
 ここのところKY全開でしたから、空気も読まずに妨害してくるかと思いましたが》

「いや、純粋に勝ち負けにこだわるなら、むしろそれが正解なんだけどね」



 アルトの言葉に答えて、ジュンイチさんは軽く肩をすくめる。



「これでも、一応補欠試験官ですから。
 お前らの力を測らずにぶちのめすのは、ちょっとマズイと思っちゃったりするんだよ」

「一応、仕事はしてるんですね」

「当然」



 そんな話をしながら、こっちも準備に入る。せっかく待ってくれるって言ってるんだ。ご厚意に甘えることにしよう。



「それじゃ……そこで見てなよっ! 僕達の変身をっ!」



 言って、アルトを鞘に納めて右手を上げると、宙から回転しながらカードが出てきた。ただし、マジックカードじゃない。

 二回りほど大きく、色は全て銀色。表面には、剣を持った巨人のレリーフが刻まれている。



 同様に、マスターコンボイも空いている左手を頭上にかざしてカードを手にする――こちらは『∞』の記号を背景に騎士の絵が描かれている。



「いくよ、アルトっ!」

《はいっ!》

「オメガ!」

《やってやろうぜ、ボス!》



 そして僕らは、そのカードを自分の前へと放り投げる。



《Standby Ready》



 せっと……いや、ここはやっぱこれでしょっ!



『変身っ!』

《Riese Form》

《Infinite Form》







 そして、カードが回転しながら青く、眩い光を放つ。

 ボロボロだったバリアジャケットが、アルトも含めた装備が、一瞬でそのすべてを解除。再構築されていく。







 まず、下半身は、ジーンズではなく、黒のロングパンツへと変わる。ブーツは……黒色でリインと同型。



 上半身には、黒の半袖インナー。その上に、白のインナーシャツ……というか、リインやはやて、シグナムさんと同じものを着る。

 その上からまた、青いジャンパーだ。こちらも、デザインが変わって、多少制服然とした装飾が付いている。



 そしてジガンスクード。ただし、右手にも同じものを装着する。こちらは、カートリッジなしのただのガントレットだけど。



 でも、まだ終わらない。どこからともなく白いマントが現れる。そして……首元には空色の留め金。それを、すべての上から羽織る。



 最後に、上から鞘に納められる形で回転しながら現れたアルトを手に取り、腰に差すっ!







 これでようやく完成である。これが……僕とアルトの新しい力だ。











 そして、マスターコンボイもまた姿を変える。



 今まではオメガを起動させてもそのままであることが多かったヒューマンフォームの際の私服、ジーンズにTシャツ、ジャケットといういでたちから、上下共に白のインナーに変わる。



 そこに新たに造り出されたプロテクターが装着されていく。カラーリングは黒がベースで縁取りは赤。デザイン的には、どちらかといえばジュンイチさん達の“装重甲メタル・ブレスト”に近い感じ。



 特徴的なのが、背中から伸びるフレームに支えられる形で両肩に装備されたシールド。とりあえず、このシールドには別の役割もあるんだけど、それについてはまた後で。



 さらに、起動させたら抜き身のままだったオメガにも鞘が用意されている。左肩アーマーの先端、左側の盾に守られるように、切っ先を上に向ける形で設置されているそれにオメガを収め、誤って抜けないよう鍔のところでロックされる。











《「……オレ達っ!」》



 僕とマスターコンボイ、それぞれが右手の親指で自分を指す。そして……



《「ようやく参上っ!」》



 左手を前に、右手を後ろにして、ちょうど歌舞伎役者が見得を切るようなポーズを取るっ! というか……モモだよモモっ!



 ちなみにマスターコンボイは右手を頭上に、天を指し示すような感じにかざす決めポーズ……はい。天の道を往き総てを司るあの人です。なお、僕が教えた。



《……マスター、私これ……やりたかったんです。しかも、ポーズ付きですし》

「ま、せっかくだしね〜」



 いやぁ……やっぱいいないいなこれっ! あぁ、ここまで溜めておいてよかったー!







「……それがお前らの隠し玉か」



 そんな僕らの前に、ジュンイチさんが舞い降りてくる。



「この状況で出してくるからフルドライブかと思ったけど……違うみたいだな」

《さすが、あなたの目はごまかせませんか》

「……そうだね。
 僕のも、マスターコンボイのも、フルドライブなんかじゃない」





 一応、読者のために説明ね。

 これはエクセリオンみたいなフルドライブや、真・ソニックみたいなスーパーモードじゃない。ましてや、ブラスターみたいなリミットブレイクでもない。



 あくまでも、通常時で使っていけるジャケット……いや、違う。





「騎士甲冑だよ」





 あの時……フェイトに騎士になりたいと話した時、イクトさんから提案されたこと。



 そして、途中からマスターコンボイも加わって進めていたこと……騎士甲冑の作成。



 騎士になるなら甲冑は必要じゃないかと、言われたのだ。



 マスターコンボイも、これまでバリアジャケットらしいバリアジャケットはなし。その時々で適当に用意すればいい、っていう感じで通してきたけど、僕らの輪に加わってきた時に、これを機にちゃんとしたのを作ってみようという話になった。







 そして、みんなのおかげで出来上がったのがこれだ。



 そう、これが巨人と無限、二つの騎士甲冑。新しい僕の……僕達の姿だ。





《マスターの騎士としての姿。それが……新しい私達であり、古き鉄の巨人です》

《ボスも、ヒューマンフォームの時だって“コンボイ”の名に恥ずかしくないカッコをしてもらわないとな》



 うん、だから……ね。一応今までよりは性能上がってるけど、ブラスターやらオーグリッシュやらには勝てない。でも、いいのよ。これで。



《“精霊獣融合インストール”? オーグリッシュ? 足りませんね。そんなのじゃ、聖王や“ゆりかご”や神様は止められても、私達は絶対に止められませんよ》

「理由を教えてやろうか」



 左手から出てきたのは、銀色のベルト。バックル部分には、赤い携帯が付いている。そう、皆様ご存知、あのベルトとケータイっ!

 僕はそれを腰に巻きつける。ただし、これで変身できるワケじゃない。



《Accel Fin》



 もう一度、ジガンからカートリッジを1発使った上で唱えるのは、青き翼を喚ぶ呪文。そうしながらも、左の親指でケータイのエンターボタンを押す。

 それから、右手に持った黒いパスを……ベルトのバックラーに通す。



《The music today is “Climax Jump the Final”》





 次の瞬間、ベルトから、電子音声が発せられた。いや、それだけじゃない。

 マント……背中の肩胛骨辺りから、青い翼が生まれ、瞬いた。辺りに、羽根が舞い散る。大きく、空を速く舞うための翼が。



 これはリーゼフォーム版のアクセル・フィン。某灼眼な作品を見て、良い機会なので、こっちもデザイン変更してみた。

 なお、フライヤー・フィンだと、一回り小さくなります。



 そして、マスターコンボイの甲冑の方にも動きが。両サイドを守るように配されていた盾が背中側に向けられて、“力”を放出し始める。

 同時、二枚の盾がまるでターンテーブルのように回転し始める。左右それぞれ逆の方向に回転するその盾に放出されたエネルギーが滞留していき、次第に遠心力によって縁の方に寄っていく。

 その軌跡は、二枚の盾の間で“力”の流れが重なっていることもあって、『8』の字が横倒しになったように――『∞』の記号を描き出しているように見える。

 さらに、盾の回転が加速、それによって“力”の流れも加速していき――マスターコンボイの身体が宙に浮き上がった。そのままゆっくりとジュンイチさんの方へと向き直る。



 これが、マスターコンボイのインフィナイトフォームに追加された盾のもうひとつの役割。盾であると同時、まだ飛行を覚え直したばかりのマスターコンボイをサポートする補助飛行ユニットであり、さらに回転と循環によってマスターコンボイの魔力粒子を加速、増幅する粒子加速器型のブースターでもあるのだ。







「……アルト、カウントお願い」

《はい。スタートします》



 僕らの準備が完了して――ベルトから大音量で音楽が流れ始めたっ!



 ……僕が腰に装着しているのは、最近ヒロさん経由で知り合った地上本部・第十三技術部という部署に所属しているイルド・シーという人が作ってくれたアイテム。



 その名も、サウンドベルトっ! なお、細かいツッコミは一切受けつけないっ!



 これは、今みたいに大音量で音楽を流すだけのアイテム。でも、そこに効用が二つある。

 ひとつは、装着者……僕のテンション、ノリを高めて、戦闘力を上げること。

 もうひとつは、大音量で流すことで、敵に一時的でも動揺を誘うこと。



 なんでも、実験でもこの二つの効能は科学的に証明されているとか。バサラな曲が流れると、本当にバサラになれるそうだ。



 ……すげーよイルドさん。どんな実験したのか、是非とも聞きたい。



 ま、相手はジュンイチさんだ。さすがに動揺はしないだろうけど……







「……いい? 戦いってのは、どっちが強いかじゃない」

《何時だって勝つのは、ノリのいい方です》

「どんな強者もノることができなければ勝てないし、どんな弱者もノることができれば勝利を手にできる」

《そして、相手のノリを自分のノリで塗りつぶした時もまた然り!》

「そーいうワケだから僕もマスターコンボイも、そしてアルトにオメガも」

《「始まる前からっ! 徹底的にクライマックスなんだよっ!(なんですよっ!)」》










 そして、そのまま僕達は飛び出した。



 ……もう、ジュンイチさんもわかってるはず。



 4分41秒。それはこの曲が終わるまでの時間。







 どんな手を使おうと、この曲が終わるまでに勝負をつける。というか、つけなきゃ勝てない。







 それで勝てなきゃ、次の曲にノる前につぶされるだけ――きっちりケリをつけてやるっ!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「時間の波を捕まえてー♪」

「たどり着いたねー♪」

『約束の場所ー♪』

「ヒロ、ヴィヴィオちゃんっ! それ危ないからストップっ!」

「以心伝心♪ もーう」

「リイン、アンタもやめてーなっ! つか、アイツ何しとるんやっ!?」



 あのベルトから流れだした曲。私は、それが何かを知っている。



「この曲……ヤスフミ、ホントに好きなんだ」

「そりゃ、電王だしね。
 ……でも、ファイナルでカウントダウンとは、やっさんわかってるじゃないのさ。私は、熱くなってきたよ」

「オレもだ。あんな感じに韻を踏むなら、『ハリキリ、とびきり、ぶっちぎり』……ってか?」



 そう、でも……なんだ。張り切って、とびっきりの勢いでぶっちぎる。どんな相手だって、自分のノリを通せるなら……勝つ。

 だって戦いは、ノリのいい方が勝つから。



《その通りです。新しき古き鉄と無限の勇者は、誰にも止められません》

《ボーイ達もねーちゃん達も……いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!》

「ノリノリで、ぶっ飛ばすですよー!」



 ヤスフミが生まれ変わったアクセルを羽ばたかせると、一瞬でジュンイチさんの正面に。そして、斬撃がジュンイチさんを襲う……しっかりとガードしたけど。

 さらにマスターコンボイが飛び込んだ。繰り出した蹴りをガードする――けど、こちらは勢いに負けて押し返される。

 ジュンイチさんが距離を取る形で間合いを取って、そこからまた攻防が始まった。でも……



「……ウソ、速いっ!」







 あの曲が流れ始めてから、ヤスフミの動きが変わった。格段にキレが増して、ジュンイチさんと互角に打ち合ってる。

 変わったといえばマスターコンボイもだ。こちらはスピードこそ今までのままだけど、しっかりと安定した動きで、より力の乗った一撃をジュンイチさんにお見舞いしている。



 さっきまで一方的だった戦いは……完全に五分の状態まで押し返されていた。







「……あの、あれホントにエクセリオンとかじゃないんですよねっ!?」

「そうだよ、ティア。
 マスターコンボイのは……まぁ、本人の希望でいろいろ付けてるけど、ヤスフミのは正真正銘、通常状態の騎士甲冑。私とフェイトさん、リイン曹長にみんなで作ったの」

「つまり、あれは本当に曲とか聞いてるノリだけで……」

「なぎさんとアルトアイゼンのノリ補正、チート過ぎるよ……」

「というか……マスターコンボイさんだよ。
 いつの間に恭文に染められちゃったんだろ……」



 スバルの言う通り……ホント、マスターコンボイまでヤスフミのノリについて来れるとは思わなかった。



 今までのアレコレが、本当に恭文とマスターコンボイのつながりを強くしたんだ。これだけでも……恭文が六課に来てからの時間がムダじゃなかったことの証明のような気がして、ちょっとうれしい。



「でも、これはこれでおかしくない?
 ノリでパワーアップできるなら、先生も立派に同類だよ? なのに、恭文達の方だけが強くなる度合いが上だなんて……」

「確かに、ノリで戦う、という意味では、ジュンイチも恭文の同類よ。サウンドベルトでパワーアップする余地は十分にあるわ」



 首をかしげるこなたにそう答えたのはライカさんだ。



 確かに、ジュンイチさんも曲が流れ出してからさっきまでより動きが良くなってる。ただ、それ以上にヤスフミ達の動きが良くなってるから、結果的に差が埋まって互角になってるんだ。



 でも……確かにこなたの言う通りだ。ジュンイチさんもヤスフミと同じ趣味をしてるのに、どうしてこんな差が……?



「今のアイツのマイブームは……ライダーよりもスパロボが上位だから。
 あの曲がJAM-Proだったらまた話は違ったんでしょうけど」

『単なる好みの問題っ!?』



 ………………意外に単純な理由でした。



「でも、それでも速すぎないか? 今までのアイツとは、まったく別物じゃないですか」

「そりゃそうだ。高速型のフェイトちゃんのジャケットがベースだしね」

《そうやって今までのボーイのジャケットに更なる“速さ”をプラスしたんだ。いや、苦労したぜ》



 そうジンくんに答えるのはヒロさんとアメイジア。そしてイクトさんに金剛と続く。



「蒼凪の今までのジャケットの魔力消費量を維持した上で、それプラス全体性能の若干の底上げだったからな」

《いっそのことフルドライブにしようという話も出ていたんですが……》



 でも、それだと魔力量が並みのヤスフミはすぐにガス欠を起こす。それで、みんなで苦労して……



「あの形に仕上げたと……」

「そういうこと。でも私さ、やっさんに追加報酬請求しようかどうか、悩んでるのよ」

「あ、オレも。あの働きはお中元じゃあ足りないし」

「な、なんというか……すみません」

「でも、それだと……」



 私のとなりにいたヴィヴィオが、モニターの中のヤスフミと私を見比べる。すごく疑問顔で。



「ヴィヴィオ、何か気になるですか?」

「恭文とフェイトママ、おそろいのジャケットってこと?」

『……………………………………………………え?』
 
「だって、リーゼフォームはフェイトママのジャケットがベースで、マントも付いてるし。というか、あれフェイトママのマントと同じだよね?」









 瞬間、場が凍りついた。



 ……ヤスフミ、お願い。早く終わらせて。みんなのニヤニヤした視線が辛いのー!







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「しゃらくせぇっ!」



 空中で何度も交錯し、刃を交える――咆哮と共に、ジュンイチさんが大剣と化した爆天剣を繰り出してくる。

 あの大きさと重量だっていうのに速力は前の形態と変わらない――まったく、厄介だよ。



「あらよっと!」



 もっとも――それでもリーゼフォームのスピードには届かないけど。あっさりかいくぐって腹に蹴りを一発――痛いのはむしろこっちの足だった。

 くそっ、防御力は向こうが上か。力場で物理攻撃止められない分、アーマー硬いからなー、ジュンイチさんの“装重甲メタル・ブレスト”って。



 まぁ、それならそれで――



「任せろ!」

「お願いっ!」



 マスターコンボイにお願いするだけだから。



書庫バンク――接続アクセス!」



 その言葉に、マスターコンボイの騎士甲冑――その胸の中央部分に配置された、五角形に切り出された緑色のクリスタルが光を放つ。

 それに伴って、マスターコンボイの右手に変化が――チラチラと紫色に光る魔力が右手に収束して、さらに甲高い音を立ててその光がぶれ始めた。

 要するに――高速で振動しているワケですよ。



「ちょっと待て! それ、まさかっ!?」

「その――まさかだっ!」



 マスターコンボイの伸ばした腕を、ジュンイチさんはとっさに肩のプロテクターで受ける。瞬間――



「名づけて……ビート、ブレイク!」



 マスターコンボイの宣言と同時、プロテクターの触れられた部分が粉々に粉砕される!



「スバルの――振動破砕かよ!?」

「それだけじゃないっ!」



 これにはさすがのジュンイチさんもビックリ。さらにマスターコンボイが答えて――距離を取ろうとしたジュンイチさんの足に鎖がからみつく。



 それは、ジュンイチさんの直下に生み出された魔法陣から伸びていて――



「今度はキャロのアルケミックチェーンっ!?」

「そして――仕上げはこれだ!」



 そのまま、マスターコンボイがジュンイチさんに突っ込む――その手のオメガは、刀身が真っ赤に燃える炎に包まれていて――



「紫電、一閃!」

「ぐ――――――っ!」



 繰り出した炎熱変換付きの斬撃が、ジュンイチさんのかまえた爆天剣をその手もろともカチ上げる。



 そんでもって、ジュンイチさんがマスターコンボイにガードブレイクかまされたところを――



「っ、らぁっ!」



 思い切り――斬りつけるっ!



 それでもクリーンヒットを避けるのは大したものだけど――衝撃までは殺せなかったみたいだね。けっこうハデに押し返されて、なんとか体勢を立て直す。



「おいおい、何だよ、今のは……
 ただのサルマネにしちゃ、完成度高すぎだろうが……」

「当然だ。
 手がけた人間が優秀だからな」



 うめくジュンイチさんに対して、マスターコンボイはオメガを手にそう答える。



 そう。騎士甲冑を作るにあたって、マスターコンボイはさらなる戦闘能力の強化を望んだ。



 まぁ……ゴッドオンしてからがマスターコンボイの真骨頂だしね。それが発揮されないヒューマンフォームでの力不足を前々から感じていたんだと思う。



 で、その強化のネタとしてマスターコンボイの頭の中にあったのは、“相手や仲間の技を学習し、自分の技として取り入れるシステム”。



 なんでも、“JS事件”で戦った相手にそれを可能としていた相手がいたんだとか……だから、それをシステム化して、自分の騎士甲冑に組み込めないかと考えたワケだ。



 そのためにほうぼう飛び回って関係者から話を聞いて、シャーリーやヒロさんサリさんとあぁでもないこうでもないと意見を出し合って……しまいにはスカリエッティまで引っ張り出した末になんとかシステム化に成功。見事騎士甲冑のシステムに組み込んでみせた。



 元々僕やスバル達とゴッドオンして、みんなの技を一緒に使ってきたマスターコンボイだ。周りの仲間の技を学習して“無限”に強くなる、というのは非常に“らしい”スタイルだ……マスターコンボイの騎士甲冑の名前“インフィナイト”フォームはそれが由来というワケだね。







「く………………っ!
 フェザーファンネル!」

「ムダっ!」



 こっちの追撃よりも早く繰り出してくるビットを、マスターコンボイがオメガの一振りで薙ぎ払う。

 そして、僕はまたアクセルを羽ばたかせ、突っ込むっ!







 ……負けるワケがない。







「それならっ!」



 そんな僕へのカウンターを狙って、ジュンイチさんが炎を放つけど――



《High Blade Mode》



 アルトを大太刀に変化させて、一閃。それだけで、ジュンイチさんの炎を吹き飛ばす。そして、また動き出す。







 ……僕は、ひとりじゃないから。









「これにはねっ! リインにヒロさんサリさん、アメイジアに金剛っ! シャーリーにシグナムさんに師匠とレヴァンティンとグラーフアイゼンっ!
 それにバルディッシュとイクトさんと…………」







 ジュンイチさんの制御を受け、四方からくる“炎弾丸フレア・ブリッド”を、砲撃を、すべて足を止めない形で防御・回避していく。

 普通ならちょい難しい。でも、カードを使えば楽勝。魔力も消費しないしね。



 もう、出し惜しみする必要はない。全部切っていくだけっ!







「フェイトの想いがこもってんだっ!
 みんなが力を貸してくれて、初めて生み出せたっ! 始められたっ!」







 そう、僕ひとりの力じゃない。だから……!



「絶対に負けらんないんだよっ!」

《コーヒーがなくても、心はてんこ盛りです。もう、私達は誰にも止められませんよ》

「悪いな!」



 僕らに答えて、ジュンイチさんが動く――爆天剣の前後の刃それぞれに炎を宿して、一気に突っ込んでくる。



「そう言われると、ますます止めたくなる性分でなっ!」

「止められないって――」

「言ってるだろうがっ!」



 対し、僕らは二人同時にジュンイチさんにしかける。



『ダブル! 鉄輝一閃!』



 繰り出すのは二人同時の“鉄輝一閃”。とっさにガードしたジュンイチさんを、ガードの上からブッ飛ばす!







「こなくそっ!」







 それでも、さすがジュンイチさんというか、すぐにリカバリしてくる――けど、もう遅い。







 集中する。世界が少しだけ静かになり、世界がゆっくりと動いていく。別に御神の奥義じゃないだろうけど、それでもそうなる。







 斬る。炎も、ジュンイチさんも、すべてだ。



 そうしようと思って斬れないものなんてなんにもない。そうだ、ここは今までと変わらない。僕はそうやって……



 今をっ! 覆すっ!







「決めろ、恭文!」

「……いくよ、密かに温めていた新必殺技」







 マスターコンボイにフィニッシュを託され、僕は、踏み込む。



「氷花……」







 背中のアクセルも羽ばたかせ、一気に零距離に近づく。







「一閃っ!」







 そして……アルトを抜き放つ。



 真下から真上に勢いよく振り抜かれたそれは、迎撃しようとジュンイチさんが放った炎を真っ二つにした。



 ……ひとつ。



 それだけじゃない。踏み込み、手首……刃を返し、やや袈裟斬り気味に打ち込む。

 それは……爆天剣に打ち込まれ、その刃を強制的に下にした。本当は叩き落としたかったけど、少なくともこれですぐには反応できないはず。



 ……二つ。



 まだ終わらない。最後に、がら空きになったジュンイチさんの上半身に向かって……左斜め下から斬り抜けながらの一閃。



 ……三つっ!



 時間にすれば1秒にも満たない一瞬の間に僕が生み出したのは、三つの斬撃。



 それが……魔力を、武器を、相手を……その三つを、一瞬で斬り裂いた。





「……またたききわみ

《いわゆるひとつの……パートVです》





 示現流の剣術にも、居合いがある。滴り落ちる水滴を、一瞬で三度の斬撃を放ち、斬り裂くほどのスピードの居合いが。

 もちろん、そのすべてが一撃必殺。一太刀防げても、意味がない。

 ……自身の防御と回避を捨て去り、相手より速く一太刀浴びせる事だけを、その一撃で相手を確実に倒すことを追及した剣術。それが、示現流だ。



 そう、これはどんな攻撃も防御も回避も意味をなさない神速の三連撃。『一撃必殺』と『先手必勝』。その二つを同時に具現化した一つの形。

 ……先生が、僕達の剣術の奥義というかひとつの到達点と言っていたものだ。



 今までは二連が限度だった。でも、今は違う。今は、撃てる。偶然とかじゃなくて、自分の意思で。







 きれいにクリーンヒットをもらい、ジュンイチさんがブッ飛ぶ――地面に突っ込んで、一度バウンドした後にひび割れたアスファルトの上に転がる。







 乾いた音を立てて、ジュンイチさんの手から離れた爆天剣が地面に転がる――倒れたまま起き上がる様子のないジュンイチさんの前に、僕は静かに降り立って――







「チェストォッ!」

「でぇっ!?」







 迷わず振り下ろしたアルトの切っ先から、ジュンイチさんがあわてて飛びのく――やっぱりタヌキ寝入りだったか。







「ご名答。
 まぁ、お前のことだからそのくらいは気づいてると思ってたけど……また迷わず斬りに来たな」

《当然です。
 あなたに戦闘能力を残しておいたら、何を仕掛けてくるかわかりませんから》







 そう。この人の場合本当に何をするかわからない。

 だから……念のため完全に意識が落ちるまでブッ飛ばす。







「いや、そこまでしなくてもいいよ。
 今日はもうやめだ」







 言って、ジュンイチさんが“精霊獣融合インストール”を解除する――けど、油断できない。やっぱり意識が落ちるまで……







「だから、もうやめだって言ってんだろうがっ!
 そんなに信用ならないか、オレがっ!」

《「うん」》



 迷うことなく即答する。日頃の行いを思い返してみなよ。どこに信用する要素があると?



「まぁ……そりゃそうなんだけどな。
 とにかく、今回のオレの役目はお前の試験の相手。この後の採点に支障が出るようなボコられ方は、できればしたくないのよ」



 その言葉に、僕はようやくアルトの切っ先を引っ込めた。



 だって……ジュンイチさんは「ボコ“られ”方」って言ったから。負けを前提にしたその物言いは、事実上の白旗と受け取っていいでしょ。



 つまり……







「じゃあ……正真正銘、僕らの勝ちってことで」

「あぁ」







 確認する僕の言葉に、ジュンイチさんはハッキリとうなずいて――







「“試合に負けても勝負で勝つ”。
 試験を不合格にしちまえば結局オレの勝ちってことで……」

「やっぱりブッ飛べぇぇぇぇぇっ!」







 渾身の力でフルスイングした僕らの一撃がジュンイチさんを空高くブッ飛ばして――そこでちょうど、曲は終わりを迎えたのだった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……とにもかくにも、やっさんのAAA試験はこうして終わりを告げた。





 で、みんなが気になる試験の結果だけど……




















 見事、合格っ!




















 いや、なのはちゃんもジュンイチも、けっこう辛めに採点したらしいんだけどね。それでもこれですよ。やってることはともかく、成果は出してるしね。

 うん、私らもしっかりと鍛えた甲斐があるってもんだよ。よかったよかった。





 で、蛇足だけど、この試験の後、元々高かった古き鉄のあくひょ……もとい、評判は、さらに上昇することになった。





 理由は簡単。あの“ジョーカー・オブ・ジョーカー”にして“管理局の黒き暴君”、“漆黒の破壊神”、“隠し技の百貨店”、“反則技の伏魔殿”、“超広域型疫病神”、“生きた理不尽”、“歩くご都合主義”、えとせとらえとせとら……そんな数多くの異名をほしいままにしてきたジュンイチを、勝利宣言した上で、宣言通りにものの5分弱で倒したから。

 ……いや、やっさんの勝利宣言だけが広まっちゃって、その前段階すっ飛ばしてるのがアレだけどさ。





 これによって、局内外を問わず、誰であろうと決して敵に回してはいけない……魔王すらも一蹴出来る存在として、その名は更に広まっていくことになった。

 というか、悪化した……我が弟弟子がどこまでいくのか、楽しみでもあるけど、怖くもある。





 なお、試験の後、なのはちゃんがやけにゲッソリしていたのは、きっと気のせいだ。ブラスター使用の件でいろんな人から怒られたんだとは思うけど、きっと気のせいだ。





 そして……やっさんは、後日フェイトちゃんと局のセンターに向かい、IDカードを更新。





 新しいカードには、当然のようにしっかりと『空戦AAA+』の文字が記載されていた。





 フェイトちゃん曰く、やっさんとアルトアイゼンはそれを見て……とてもうれしそうだったらしい。





 そして、こう言ったらしい。





 『これを返却なんてしたら、バチが当たるね。一生持ってないと』……と。





 その時のことを、まるで自分の事のように喜びながら話すフェイトちゃんを見ながら私は……素直によかったなと、思ったよ。





 うん、本当によかったよ。いろいろとさ。





















(第48話へ続く)







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おまけ:次の嵐はもう迫っていた。というか、今回は多分ぶっちぎりでアウト。







 ……合格祝いと称した宴会もあったりしたけど、いい感じで日常に戻った。そして、ここから始まった。





 もしかしたら、六課最大の危機だったかもしれないと、後に関係者が口をそろえて言うことになる大事件が。




















「……戦技披露会?」

「うん。3月の末くらいにやるらしくてね。で、今出場者を探してる最中なんだって」



 今日は、イクトさんを隊舎に残してフェイトの外回りに付き合っております。その道中、車内でそんな話をされた。



《また突然ですね……あぁ、アレとかコレのせいですか》

「そ、そこを言われると辛いけど……そうだね、それが大きいと思う」











 ……戦技披露会とは、局が定期的に行っている公開模擬戦のひとつだ。



 局内でもエースとされている人間が選出され、大衆の面前でその技術をぶつけ合う。これには目的がある。







 ぶっちゃけると、犯罪者やアウトゾーンな方々に対する威圧だ。局には、これだけの人材がいるというアピールのため。

 ま、そういうのは抜きで、これに選出されることは局員にとっては名誉とされているけどね。

 だって、対外的にも『アンタは強いっ!』って、局からお墨付きもらうのと同じだもの。







 ただ……ねぇ、やるにしてもメンバーはきっちりした方がいい。







「うん、上もそのつもりみたい……なのはとシグナムは酷かったから」

《まさしく血戦でしたしね。というか、出してまたこの間のようにブラスター使われても困りますよ》



 そう、なのはとシグナムさんは、以前これに出ている。ただ……すごい暴れっぷりで、観客を全員引かせた。そのおかげで、教材ビデオにも使えないとか。

 まぁ、あの時はみんなに説教されまくったから、大丈夫だとは思うけど……いや、油断はできない。相手はあの二人なんだから。



「それに、今ヘタに六課でこの話をしたら……聞かれたらマズイ人がいるでしょ?」

「あー、ブレードさんか」



 常駐ってワケじゃなくて、しょっちゅうケンカ相手を探してフラフラ出歩いてるけど、明らかに六課に滞在している時間が増えている我らがバトルジャンキー、ブレードさん。あの人がこの話を聞いたら……うん、シャレにならない事態になるのは目に見えてる。



「だからはやても、もし要請が来ても断るつもりみたい」

「正解だよ。つか、ブレードさんもそうだけど、なのはVSシグナムさんの再現は一般ピーポーにはキツいって」

《マスターはあの時楽しそうでしたけどね》



 気にしないで。『みんながモノクロの中、ただひとりカラーだった』とか言われるけど、気にしないで。



「……そうだ、ヤスフミ」

「なに?」

「はやて……様子が変なの。というか、どんどん酷くなってる」



 フェイトの顔から、心配の色がうかがえる。



 ……そう、あのタヌキの問題は未だに片づいていない。こりゃ……いよいよ放置できなくなったな。

 つか、こんがらがるなら、話を聞くって言ってたのに……



「ヤスフミ、私にも話してくれないかな」

「……えっと」

「悪いけど、もう知らんぷりはできないよ。はやてもそうだけど、八神家のみんなも相当気にしてる」



 だよ……ね。うし、こうなったら巻き込んじゃおう。僕の許容量を越えてるのは、間違いないんだから。

 何より……フェイトははやての友達だしね。



「……じゃあさ、今日ははやても入れて、3人で外で夕飯にしようか。ちょうどはやても中央本部に行ってるし」

「そこで……だね」

「うん。たださ、フェイト」



 ……ただひとつだけ、念押ししておこう。うん、絶対にだ。



「お願いだから、冷静にね? 絶対にザンバーとか真・ソニックとかはダメだから」

《本当にお願いします。血の雨が降るのは避けたいんですよ》











 ………………一応、万一の時のフェイトの抑え要員にイクトさんにも来てもらおう。道に迷いそうなら迎えに行ってでも。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ……どうして、ヤスフミやアルトアイゼンが真剣な声でそう言ったのか、その時はわからなかった。



 でも、ヤスフミが呼んできたイクトさんも交えて、はやてからご飯を食べながら話を聞いて……意味がわかったよ。うん、許せない。





















 絶対に……許せない。





















「……フェイト、そう言いながら箸を握りしめるのはやめて。
 というか、折れちゃうからっ! 少なくとも箸に罪はないよっ!?」

「そうだね、罪があるのは……ヴェロッサ・アコースだよね」

「あ、あの……フェイトちゃん? マジで目が怖いんやけど」



 気にしないで。というか、ヤスフミっ!



「なんでこんな大事な事を黙ってたのっ!? そうと知ってたら……」

「そうやって怒りに駆られるからに決まってるでしょうがっ! みんながみんなそうなったら、本気でどうなるかわかんないでしょっ!?」

「……そうだね、ごめん」

《いきなり冷静になりましたね……》

「ちょっと、想像しちゃって」



 ……うん、とんでもないことになる。間違いなく。その光景を想像して、身体が震えた。



 なお、イクトさんははやてから話を聞いた時点で真っ赤になってフリーズしてます。



「とにかくはやて。アコース査察官とちゃんと話そう?
 その……気にしないでと言ったから、どうしても連絡し辛いのは、わかるけど」

「つか、はやてはどうしたいのよ。まずはそこだよ」



 私達がそう言うと、はやての表情が一気に重くなった。



 ……やっぱり辛いよね。うん、辛くないはずがない。



「……あのな」

『うん』

「そういう問題やなくなったかも知れんのよ」

『……はい?』



 え、どういうこと?



「……来ないんよ」

「来ない?」

「フェイトちゃん、知っとるやろ? うち……そんな遅れたりとかしないで」



 あ、そ……うだ……よね……うん、ちゃんと毎月決まった日に来るって……



《……はやてさん、まさか来ないというのは……》

「正解や」

「……はやて、一応確認。避妊しなかったの?」



 ヤスフミの言葉に、はやては……うなずいた。重く、辛そうな表情で。



 これにはさすがのイクトさんも真っ赤になっていられなかった。むしろ真っ青になってる。



「つ、つまりはやては……」

「妊娠……してるかも知れないってことっ!?」











 ……こうして始まった。機動六課最大の危機と騒動が。







 というか……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?




















(本当に続く)


次回予告っ!

なのは 「うぅ……久しぶりの私の見せ場だと思ったのに、撃墜されて途中退場なんて……」
ジュンイチ 「事前の警告無視してブラスターなんぞ使うからだ、バカタレが」
なのは 「そ、それはわかってますけど……
 ……けど、ジュンイチさんに思いっきり抱きつかれたのはラッキーだったかなー♪
プリムラ 《あー、なの姉、わかってるー? アレ抱きついたんじゃなくて投げ技ー》
レイジングハート 《いいんじゃないでしょうか? マスターが幸せなら》
ジュンイチ 「………………何の話?」

第48話「天国と地獄は実は思った以上に紙一重」


あとがき

マスターコンボイ 「ファーストシーズン編も終盤にきて恭文とオレのパワーアップ回。
 しかし、その一方でどうしてオレ達は試験ひとつ平穏無事に進められないんだろうかとちょっとだけ真剣に悩ませてもらった第47話だ」
オメガ 《いつも通り読者がそれを望んだからですけど何か?》
マスターコンボイ 「今や『いつも通り』で通ってしまうほどに当たり前!?」
オメガ 《当然ですよ。
 ミスタ・恭文がみんなの巻き起こすカオス展開に振り回されるのは本家『とまと』のウリのひとつですよ? 当然、ミスタ・恭文と並び立つ位置にいるボスもそれに巻き込まれることになるワケで。
 実際、今回の話だって、無事に試験が終わったらミスタ・恭文達が……ですよ?》
マスターコンボイ 「あー、アレか。
 ……正直、オレには何が大変なのか今ひとつピンとこないんだが」
オメガ 《まぁ、ボスは今のところ恋愛感情の自覚皆無ですからね。そこはしょうがないかと。
 ともあれ、本家『とまと』にてファーストシーズン編最大の衝撃をもたらしたラストの事態急変。
 さーて、これを知った時の八神家のみなさんのリアクションが今から楽しみですね》
マスターコンボイ 「見物組に回ることができれば……な」
オメガ 《もしそうでも私は傍観を決め込ませていただきますがね》
マスターコンボイ 「見捨てる気マンマンか貴様っ!」
オメガ 《それが私のキャラですから》
マスターコンボイ 「あぁ、そうだな。おまえはそういうヤツだったな。
 ……と、そんなことを話しているうちに、今回もお開きの時間だ。
 では、また次回の話で会うとしようか」
オメガ 《また次回も見てくださいねー》

(おわり)


 

(初版:2011/05/21)