新暦76年1月末。



 まだちょっと雪の残る山道を、僕らはテクテクと歩いていた。



「平和だねー」

「平和ですねー」

「平和だなー」

「平和だー」



 上からジュンイチさん、僕、マスターコンボイ、そしてジンの順……えぇ、毎度おなじみな男友達カルテットです。











「………………蒼凪、オレはのけ者か?」











 あ、いたんですか、イクトさん。



「いたの? イクト」

「いたんだな、貴様」

「いたんスね、イクトさん」

「なんかさっきから四人そろって冷たくないかっ!?」



 いや、そりゃしょーがないでしょ、イクトさん。







 だって……







「冷たくされる心当たりがないとは言わせねぇぞ。
 そもそも、てめぇが駅からバス停までのたかだか十数メートルで道を間違えやがるから、2時間に1本しかないバスを乗り逃したんだろうが」

「そっ、そのことはすでに謝ったじゃないかっ!」

「それだけでは飽き足らず、『のんびり行くのも悪くない』と歩きで行くことを提案しておいて、その貴様が再度道に迷ったおかげでこんな舗装もされていない山道を歩くハメになってるんだろうが」

「そっ、遭難しなかったんだからいいじゃないか!」

『してたら今頃タコ殴りだっ!』



 ジュンイチさんとマスターコンボイ、二人のナイスコンビネーションで叱られて、さすがイクトさんも押され気味……まぁ、自業自得なんだけど。



「………………あ、道祖神があるぞ。
 大丈夫だ。道祖神があるということは、今はちゃんと人の通る道を歩いているはずだ」

「目的地へ通じる道かどうかは別問題ですけどね」



 ごまかそうとしてもムダな抵抗。ジンにジト目で返されて、イクトさんはあさっての方向へと視線をそらす――











 ……なお、僕らがこんな山道をテクテク歩いているのは理由がある。



 ………………いや、今の状況はイクトさんのせいなんだけど。



 それよりももっと根本……つまり、そもそもこんなところに来ることになった、その理由の方ね。







 まぁ、なんてことはない。ただの休暇だ。



 あの“柾木ジュンイチ大暴走事件”を乗り越え、事後処理関係も一通り片づいたところで、六課のみんなから、今までアレコレがんばってきたことに対するちょっとしたご褒美がプレゼントされたのだ。



 すなわち……休暇と、地球での温泉旅行が。







 なお、今回フェイト達は来ません……というか女性陣は最初から参加しないのが前提だ。「たまには男の子だけでゆっくり羽を伸ばしてくるといいよ」とはフェイトの言。







 ………………いきなりコレじゃ、羽を伸ばす余裕があるかどうかは疑問だけど。











「………………ん?」











 ジュンイチさん……?



 いきなり辺りを見回したりして……どうしたんですか?







「いや……今、かすかに“力”を感じたんだけど……」



「………………オレは何も感じないが」



 電波なことを言い出したジュンイチさんに、同じく電波なスキルを持つマスターコンボイも周囲を見回す。



『いや、電波じゃないからっ!』

《傍から見たら立派に電波なんですよ、あなた達》



 声をそろえて反論してくる二人にアルトがツッコむ……まぁ、電波かどうかはさておき、ジュンイチさんでも「かすかに」ってくらいにしか感じない程度の“力”なんでしょ? 小動物か何かなんじゃないの?



「いや……今のはたぶん、人間のものだと思うんだけど……」



 答えて、ジュンイチさんは意識を集中させて……











 ………………ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……











 ……って、誰さ? この状況でお腹鳴らすKYはっ!?



「お、オレじゃないぞ!?」

「オレもだ」

「オレだって!」

「同じく」



 マスターコンボイが、イクトさんが、ジンが、ジュンイチさんが否定する……もちろん、僕も違う。



 ………………って、だったら誰なのさっ!? 怒らないから素直に名乗り出なさいっ!



「オレ達以外の第三者……って可能性は考えないのかね、お前は?」



 そうは言いますけどね、ジュンイチさん。ここには僕らしかいないんだし……







「さっき感じた“力”の主、カウントに入れとけ」







 さっきの……?



 今のお腹の音が、さっきジュンイチさんが感じた電波の主で……その“力”はすっごく弱々しいらしくって……



《単純に連想すると、「誰かがお腹をすかせて倒れてる」ってことになりますね》



「だろうね」



 アルトに答えて、ジュンイチさんは横手の茂みの中に消えていく。



 まさか……音と“力”の主を特定した?



 あわてて僕らもその後を追いかけて……追いついた。







「ジュンイチさん」

「ビンゴだったよ」







 僕に答えて、ジュンイチさんが茂みに隠れた足元に手を伸ばす。



 そして、僕らの前に引っぱり上げたのは――











「………………お腹すいた……」











 巫女さんだった。

 

 


 

第1話

退魔 巫女 拾いました

 


 

 

 …………あー……ウチ、どないしたんやったっけ……



 確か、バスに乗り遅れて、ちょうどえぇから、目的地までピクニック気分で歩いてこうとして……







 ……あぁ、そうや。お腹すいて、動かれへんようになってもうたんや。







 こんな山道、都合よく誰か通りかかってくれるとも思えへん。なんとか人のおるところまで……とは思ったけど、どうしようもなくて、意識もとおなって……







 …………それから、どうなったんやっけ?



 なんか、ゆらゆらしとるんやけど……まさか、ウチ死んだ!?







 うぅっ、仕事で来といて、現着前に行き倒れって、シャレにならん……



 それに、仕事とはいえ温泉に行けるってちょっとは楽しみにしとったのに……



 山の幸……キノコ……シシ肉……白いご飯……全部おじゃんなんか……?







 …………いや、まだあきらめたらあかんっ!



 ウチが死んだってまだ決まってへんやんかっ!



 死んだと思っとったらほんまにご臨終やっ! あきらめたらそこでご飯しあい終了やっ!








 こんなところで……終われんっ!







 ウチは負けんっ! 生きて……生きて、山の幸をいただくんやっ!





















「ごぉぉぉぉぉはぁぁぁぁぁん〜〜〜〜〜っ!」







「ぅおぉっ!?」





















 ………………って、アレ?







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 とりあえず……見つけてしまった以上放っておくのも寝覚めが悪いので、行き倒れの巫女さんはこれから向かう温泉郷まで連れて行くことにした。

 というか、この辺で人里っていったら、僕らが電車を下りた町とこれから行く温泉郷だけだから、たぶんこの巫女さんも僕らと目的地は同じなんだと思う。温泉郷から町の方に行くつもりだったとしたら連れ戻すことになっちゃうんだけど。



 で、壮絶なじゃんけん合戦おしつけあいの結果、負け残ったマスターコンボイが巫女さんをおぶって運んでいくことに。

 なお、ロボットモードやビークルモードで運ぼうという意見は真っ先に、当事者によって却下された。何しろ今いるのはロクに整備もされていない山道。路面はともかく道幅の問題で大型トレーラー(戦闘指揮車)であるマスターコンボイのビークルモードでは移動なんかできやしない。

 ロボットモードはロボットモードで、中途半端な体格差でむしろ運びづらいと文句を言い出した。結果、ヒューマンフォームで背負っていくのが一番運びやすい、ってことになって……小一時間ほど歩いたところで、いきなり巫女さんが食いしん坊万歳な叫び声を上げた、というのが現在の状況。







「え? あ、あれ?」







 我に返ったのか、巫女さんはしきりにあたりを見回してる。周りにいる僕らに気づいて……







「………………ご飯?」

「どこに用意してあるのさ?」







 とりあえずツッコんでおく。



「なんや、ご飯やないのか……」

「行き倒れている貴様を拾ってやったと言うのに、ずいぶんな言い草だな」

「え? そうなん?
 ……あー、そういえば、途中でお腹すかせて……」



 イクトさんにも怒られて、ようやく状況を把握したらしい。巫女さんはポンと手を叩いて納得して、



「これはこれは、助けていただいてありがとうございます」

「いや、それはいいんだけど……」



 頭を下げる巫女さんに答えると、ジンが巫女さんの足元を指さし、



「下」

「下…………?
 ……わわっ、キミ、大丈夫!? ゴメンな!」



 自分の下敷きになっているマスターコンボイに気づいてあわててその場から飛びのく――うん、さっき巫女さんが吼えた時にビックリしてバランス崩しちゃったんだよね。



「ホンマに大丈夫か!?
 ケガとかしてへんか?」

「心配するな。
 この程度でケガをするようなヤワな身体はしていない」

「ま、そうだろうけどさ。
 ほら、立てる?」

「あぁ……すまない、恭文」



 答えて、手を差し伸べてあげる。マスターコンボイも素直にその手を取って立ち上がって――



「うんうん、泣かへんなんて偉いなー♪
 そっちのキミもナイスお兄ちゃんや」







 …………巫女さんに頭をなでられた……いきなり子供扱いされてる!?







「って、子供扱いするなっ!」

「やめなって、マスターコンボイ」

「えぇい、止めるな恭文っ!」

「えー? だって子供やん。
 キミも、そっちのお兄ちゃんもとってもちっこくて」

「誰がツバメの巣の中でピヨピヨ鳴いてるのがお似合いのミニマム体形だって!?」

「落ち着け恭文ぃーっ!」

「えぇい、止めるなマスターコンボイっ!」

「いや、そこまで言ってへんし……」



 チッ、マスターコンボイが止めるからブッ飛ばしそこなった。



 くそっ、どいつもこいつも人を見るなり豆だのナノマシンだの……



「いや、そこまでいかなくてもお前らが子供に見えてもおかしくない体形なのは確か……すまん。オレが悪かった」



 僕が視線を向けると、ジュンイチさんは素直に謝ってくる……そんな怯えられるとちょっと傷つくんですけど。



「そんな今にもかみつきそうな顔しとったら当たり前やと思うけど……」



 そしてあなたは自分が騒ぎの大元だってわかってる!? 人のことをミジンコサイズとか言っておいて!



「いや、せやからそこまで言ってへんって。
 あー、すみません。この子いつもこんな感じなんですか?」

「あぁ……まぁな。だから言葉選びには気をつけてやってくれ。
 ちなみに再三お前にかみついてきてる方は18歳」

「ウソ、ウチより年上!?」



 ジュンイチさんの言葉に心底驚いてる……そうですよー。18歳ですよー。

 もうエロ本だって合法的に買えちゃう年齢なんですよー。タヌキとリイン対策でガチなの買えないけどさ。



「で、そっちのさらにちっこいのが……」

「柾木ジュンイチ! 貴様まで言うかっ!
 ……まぁいい。オレは今でこそこんなナリだが……」



 そして、今度はマスターコンボイの番。ジュンイチさんに言い返しながらヒューマンフォームへの変身を解除。身長6m級のロボットモードへと姿を変える。

 巫女さんは……うん、目を丸くしてる。そりゃ小さな男の子と思っていたらトランスフォーマーとわかればね。



「………………とらんすふぉーまー?」

「いや、カタコトになるほど驚くことか……?
 とにかく、この姿は人間に変身した姿にすぎん。これでも、貴様などよりはるかに年上

「けどその姿に新生してからは一年未満の0歳児♪」

「柾木ジュンイチっ! さっきから貴様はどっちの味方だ!?」

「味方したらおもしろくなりそうな方の味方だっ!」

「つくづく最低だな貴様っ!」

「なんや、生まれたてなんか。
 せやったらじゅーぶん子供やん」

「そして貴様も乗るなっ! 新生前の年齢も計算に入れろぉっ!」



 さんざんいじられて、マスターコンボイが頭を抱えて叫ぶ――うん、気持ちはわかる。すごくわかる。



「まぁ、それはそれとして……助けていただいて、ありがとうございます」



 ようやく話が本筋に戻ってきた気がする……改めて、巫女さんは僕らに対して頭を下げる。



「えっと……自己紹介しといた方がえぇかな?
 嵐山いぶきいいます。よろしく」

「……マスターコンボイだ」

「炎皇寺往人」

「オレはジン・フレイホーク。よろしくな」

「柾木ジュンイチ。
 で、最後に控えしちっこいのが……」

「ジュンイチさん、まだ言うかっ!
 ……蒼凪恭文。よろしく……とりあえずそこの黒ずくめはブッ飛ばしていいから」

「アハハ……覚えとくわ、やっちゃん」







 ………………



 …………



 ……







『………………「やっちゃん」!?』

「え? 『“や”すふみ』やから……やっちゃん。
 ジュースの『なっちゃん』みたいに語尾を下げるのがポイントや♪」



 声を上げる僕らに対して巫女さん改めいぶきが答える……つか、『やっちゃん』って、『やっちゃん』って……っ!



「あー、まぁ、確かにヒロ姉ちゃんやサリ兄は恭文のこと『やっさん』って呼んでるけど……『ちゃん』付けできたかー」

「だって……年上やって聞いても『さん』付けが似合う見た目してへんし。
 『やっくん』でもえぇけど……なんか芸人さんみたいやし」



 あー、いたねー。そんな名前の芸人さん……じゃなくてっ!



「とりあえず『ちゃん』付けはやめて! この際芸人っぽくてもいいから『ちゃん』付けはやめて!」

「えー?」

「『えー?』じゃないからっ!
 だいたい、僕が『やっちゃん』なら他のみんなは――」



 言いかけて――気づいた。







 辺りの空気が変わってる。







 なんていうか……重苦しくて、身体にべっとりとまとわりついてくるような……







「……マスターコンボイ」

「あぁ……気づいてる」







 声をかけた相方はちゃんと気づいている。警戒を強めて、ヒューマンフォームに戻る……ロボットモードで立ち回るには、少しばかり周りの木が茂りすぎててジャマになるからだ。



 ジュンイチさんもイクトさんも、ジンもそれぞれ周りに注意を向けていて――







「………………」







 いぶきもだ。表情を引きしめて、周囲に視線を走らせている……まぁ、“そんな格好”をしてるから、“そういう業界”の人だろうとは思ってたけどさ。



「あ、やっちゃん、ひょっとして同業者さんと会ったことあるん?」

「ん。一応」



 呼び方への追求も後回し。とりあえずは簡潔にそれだけ答えておく。詳しい情報交換は後ですればいいしね。



「それでも、話について来れていないヤツらのフォローは欲しいところだな。
 貴様ら……この気配の正体に気づいてるんだな?」

「せや」



 マスターコンボイに答えたのはいぶきだった。



「あー、今んトコ知識が伴ってないみなさんに質問やけど……」











「妖怪って……信じる?」











「………………ようかい?」



 いぶきの言葉は予想の斜め上だったらしい。思わずカタコトで繰り返しながら首をかしげるジンに、いぶきは無言でうなずいて見せる。



「妖怪……というとアレか?
 化け蟹だの泥田坊だの、怪異によって生まれる異形の生命体……」

「そう。
 “怪物”、“魔化魍”、“モンスター”……呼び方はいろいろあるけどね。
 ポルダーガイストとかみたいな、そいつらの起こす心霊現象まで含めた『霊障』って呼び方に対して、今マスターコンボイが言ったように実体を持って、生き物として現れる、もっと即物的な存在と思ってくれればいいかな?」

「地球デストロンの……モンスタートランスフォーマーどものスキャン元というワケか……」



 僕の答えにマスターコンボイが納得して――











「いないから」











 そんな僕らのやりとりを唐突に否定する一言が放たれた。







 発言者は――







「いないから。妖怪なんか存在しないから。
 あーそうさ存在しないものが出てくるはずがないんだよ山の動物か何かだよそうだそうだそうに決まってる」







 って、ジュンイチさん……?







 なんかえらく“らしくない”その様子に、思わずジュンイチさんの方へと振り向いて――







「いるワケないいるワケない妖怪なんかいるワケないそういないんだ……」







 “らしくない”どころの騒ぎじゃなく、明らかに様子のおかしいジュンイチさんがそこにいた。



 脂汗ダラダラ流して、なんか自分に必死に言い聞かせているような……あの、もしかして。







「何だよ?」



「ジュンイチさん……ひょっとして、怖い?」



「な………………っ!?
 な、ななな、何言い出すかなっ!?
 妖怪なんかいないからっ! いないものをどうやって恐れろっていうのさっ! いないんだから何の問題もないに決まってるじゃんかっ!」







 ………………間違いない。



 この人……めっさ怖がってる。







 そーいや、ジュンイチさんって怪談とか肝試しとかお化け屋敷とか、その辺オールアウトなんだっけ。



 チートで最強な『俺Tueeeeeeっ!』キャラなジュンイチさんの唯一の、そして絶対的な弱点……







「あー、そうだよね。いないよね。うん、いない」

「おぅ。いないに決まってる」

「うん。妖怪なんかいないよね。
 だから、ジュンイチさんの後ろにいるのも――」

「ぅだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 予想通り、お約束のネタにもバッチリ引っかかってくれた。僕の口からでまかせにまんまと引っかかり、ジュンイチさんは自分の背後に向けて思い切り愛用の霊木刀“紅夜叉丸”を振るい――











 茂みの奥から飛び出してきたはやてをブッ飛ばしていた。











 ………………って、いやいや、違う違う。











 茂みの奥から飛び出してきたでっかいタヌキをブッ飛ばしていた。











「……ヤスフミ……今、はやて姉に対してすごく失礼なボケをかまさなかったか?」



「いや別に」



 つや消しの瞳でこちらを見返してくるジンには迷わずそう答えておく。



「つか……」



 むしろもっと気になることがある。地面に転がり、“それでも起き上がり、こちらをにらみつけてくる”はや……大ダヌキへと視線を向ける。







 そう……まだ動けるのだ。“力”を込めていない、力任せの一撃だったとはいえ、恐怖心によって「手加減」の三文字をかなぐり捨てたジュンイチさんの一撃をまともにカウンターでくらったっていうのに。



 それに……ガタイもそうとうだ。普通の人の身の丈ほどもあって……ここまで来るとほとんど熊だよ、クマ。







「……あかん……古狸や!」







 それを見たいぶきが声を上げる……あの、マヂで出たってこと?







 しかも、一匹だけじゃない。同じようなのがさらに数匹出てくると僕らの前で群れをなす。







“さすがはマスター。
 ウソから出た真とはまさにこのこと。見事なカードの引きっぷりです”

“ほっといて”







 ちなみにジュンイチさん、後続が出てきたのも気づかないで最初の一匹ブッ飛ばした時点で頭抱えて震えてます。つか、ダメージ確認してなかったから、そもそも一匹目をブッ飛ばしたことすら気づいてるかどうか……ダメだこの人。







「うはぁ、けっこう出てきたな……」







 そんな僕らを守るように、ボヤきながら前に出てきたのはいぶきだ。



 その手には一振りの日本刀――この子の荷物の中にあったものだ。







「みんな、危ないから下がっとってな。コイツらの相手はウチの仕事や」

「イヤ」

「はいっ!?」



 かまわずいぶきよりも前に出る。むしろ僕がいぶきを守るような感じで。



「悪いけど、売られたケンカは買う主義なの。
 あーゆーのを退治するのはそっちの仕事かもしれないけど、それと僕が戦うのを止める理由はイコールじゃつながらないよ」

「せ、せやけど、アイツ普通のタヌキちゃうんよ! ただの人間のやっちゃんじゃ……」

「残念ながら、どうにかなるんだな、これが」



 そういぶきに答えてくれたのはマスターコンボイだ。



「トランスフォーマーであるオレだけでなく、ここにいる全員、それなりに修羅場はくぐっていてな。あんなザコなんかよりもはるかに厄介なバケモノをイヤになるほど知っている」

「そうそう。
 それに」



 マスターコンボイに同意する形で、僕はいぶきの額を人さし指でチョンと一押し――それだけでいぶきはよろめき、反対側にいたマスターコンボイの腕の中にストンと収まった。



「お腹すかせて倒れてたんでしょうが。そんなフラフラの状態で何ができるってのさ?
 マスターコンボイ、ちょっとそのバカ押さえといて」



 さて……アルト。



“いいんですか?
 確かに魔力を込めた攻撃なら妖怪や霊体にも攻撃は通りますけど……一応彼女、魔法関係は部外者ですよ?”

“いーの。
 なんか、今の内に信用を得ておいた方がいいと思うんだよね”



 根拠? いぶきの今の服装だ。



 巫女服で妖怪退治ってことは退魔師関係なんだろうけど……退魔師だって人の子だ。オフの時まで巫女服でいるワケじゃない。



 そう考えると、巫女服のいぶきはたぶん現在仕事中かそれに準じた状態。







 つまり……“退魔師の力を必要とするような事態”が現在この近辺で起きている、ということだ。







 今までのパターンを考えると巻き込まれる可能性はひじょーに高い。ここでその対処を任されていると思われるいぶきとパイプを作っておくのは、決して悪いことじゃないと思う。



“巻き込まれなかったら?”

“それはそれで、友達がひとり増えるってことで”

“はぁ……わかりました。
 どうせ巻き込まれる方向で話が進んでいくんでしょうし”



《そういうことでしたら、せっかくですから思い切りいくとしましょうか。
 もっとも――あの程度の相手、それほど盛り上がる間もなく終わってしまうと思いますけど》

「え? 何や? 今の声、どっから!?」



 声に出して答えたアルトの言葉にいぶきが驚いてるけど……まぁ見てなよ。すぐにわかるからさ。

 とにかく、胸元のアルトを手に取り、宣言する。







「《変身っ!》」







 僕とアルトの叫びを合図に、僕が身にまとっている私服が魔力によって分解され、その上からバリアジャケット……ううん、騎士甲冑が装着されていく。



 まず、下半身は黒のロングパンツ。その上からブーツが構築される。



 上半身には、黒の半袖インナー、白のインナーシャツときて、青いジャンパーをまとう。



 そして左手にジガンスクード、右手に同じデザインのガントレットを装着。



 そんな僕の頭上にどこからともなく白いマントが現れる。そして……首元には空色の留め金。それを手に取り、すべての上から羽織る。



 最後に、上から鞘に納められる形で回転しながら現れたアルトを手に取り、腰に差す。これで変身完了。







「《新シリーズに》」







 右手の親指で自分を指す。そして……







「《オレ達、参上っ!》」







 左手を前に、右手を後ろにして、ちょうど歌舞伎役者が見得を切るようなポーズ……やっぱりいいねぇ、この決めポーズっ!







「ウソ!? 姿変わった!?
 つか、そのポーズって!?」







 そんな僕らを前に、いぶきが驚いてる――その一方で古狸達も何事かと言わんばかりにたじろいでたけど、最初に出てきた一匹が吼えると、それを合図に一斉に襲いかかってくる。

 先頭に立っていた数匹が僕を狙う――けど、そこにはもう僕の姿はない。



 とっくの昔に移動済み。連中の輪の外から、手ごろな位置にいた一匹にアルトを叩き込む!



 ブッ飛ばされた古狸はきれいな放物線を描いて地面に落下。別の一匹が僕へと右手を振り上げて――







「させん」







 その一撃は、僕ではなく別の人物によって止められた。



「貴様らの相手は、蒼凪だけではないぞ」



 イクトさんだ。一撃を止めた古狸の腹に拳を叩き込み――ぅわ、炎の零距離砲撃で腹ブチ抜きやがった!?

 腹に大穴を開けられて、古狸がその場に崩れ落ちる。と、その身体が無数の光の粒に分解されて消えていく……これ、前に薫さん達の仕事に立ち会った時に見た、幽霊が消えていく時の感じに似てる?



「どうやら、肉体まで完全に霊子化しているようだな。
 だから倒せばその形状を維持できなくなり、消滅する……ありがたい。死体処理の手間が省ける」

「そういう問題じゃないと思うんですけど……ねっ!」



 言いながら、別の一匹をアルトで叩き斬る……さっきの一撃よりも込める魔力多めで。



 そしたら、今度はあっさり消えていく……なるほど、このくらいの魔力加減でいいのか。



 そうこうしている間に、最初にブッ飛した一匹が起き上がった。僕に向けてうなりを上げて――







「させるかぁっ!」







 って、ジン!?



 そう。飛び込んできたのはジンだ――距離を詰め、古狸の横っ面にボレーキック。同時に足に装着したレオーのアンカージャッキも叩き込んで、改めてブッ飛んだ古狸は今度こそ消滅する。



 ……つか、今の一撃、ずいぶんと気合入ってたねー。







「いや、なんつーか……アイツら見てたらなんかムカついて」



 あー、そういえば惑星ガイア組のハインラッドに対してもやたらと攻撃的だっけね。



 まぁ、姉貴分がタヌキなのを否定したい、って気持ちが変な風に働いてるんだろうけど……相変わらず程よくシスコンだよね。もっとぶっちぎらないとキャラ立たないよ?



「………………ヤスフミ?」



 にらまれた。素知らぬフリで流すけど。



 次々に仲間をブッ飛ばされて、古狸達は警戒を強める。それでも、数に任せればなんとかなると思ったのか、残った数匹がまた一斉に襲いかかってきて――







「エナジー……ヴォルテクス!」







 放たれた砲撃が古狸達をまとめて薙ぎ払う――ご存知マスターコンボイの十八番、エナジーヴォルテクスだ。



「いぶきは?」

「ん」



 尋ねる僕に、インフィナイトフォームじゃなく、おなじみのオメガだけを起動した状態で参戦してきたマスターコンボイは視線でそちらを示す――僕らの大暴れを見て、ポカンと口を開けて呆然としているいぶきを。



「何を呆けている?
 言ったはずだぞ。『それなりに修羅場をくぐってきている』とな」

「いや、それにしたってこれは……」



 マスターコンボイに呆れられて、いぶきは我に返って言い返してくる――まぁ、僕やジンはともかく、イクトさんやマスターコンボイの攻撃は退魔師の戦闘スタイルとはかけ離れてるしね……火力的な意味で。

 まぁ、魔法とか瘴魔とか知らなきゃそんなもんか。



 一方、一点集中の攻撃じゃなかったからか、エナジーヴォルテクスをくらった古狸達はみんな健在で……あ、一斉に逃げ出した。



「逃がすか!」



 そんな古狸達に対して、マスターコンボイが後を追おうと駆け出して――



「あかーんっ!」

「どわぁっ!?」



 そんなマスターコンボイにいぶきがタックル。勢い余ってよろめいたマスターコンボイはそのまま目の前に茂みにいぶきごと倒れ込んでしまう。



「い、いきなり何をする!?」

「せやかて、あの子達追いかけようとしたやんっ!」

「当たり前だ!
 アイツら、オレ達を襲ってきたんだぞ!」

「せやけど、もう戦う気はなくなってたんよ!?」



 反論するマスターコンボイだけど、そんなマスターコンボイを押し倒した姿勢のままいぶきも反論してる。



「襲いかかってくるなら戦わなあかんけど、逃げてく相手まで追いかけることあらへんやん!
 戦わずに済むなら、それでえぇやんか!」



 ふむ。いぶきのスタンスはそんな感じなのか。



 妖怪だからってむやみやたらとやっつけるのは気が進まない、と……性格的に積極的に攻撃に回るタイプじゃないとは思ってたけど、当たりだったか。



「……わかった。もう追いかけない。それでいいんだろう?
 それに、もう逃げられただろうしな」

「うん、えぇ子や」



 そんないぶきにマスターコンボイも折れた。ため息まじりに返ってきた答えにいぶきが満足そうにうなずい――って!?







「二人とも! 上!」



『――――――っ!?』







 気づいて、声を上げる――そう。二人の真上の木に、これまた人の身の丈くらいもありそうなサイズの大蜘蛛が隠れていた。

 それが二人を狙ってる――くそっ、古狸とは別口かっ!



 二人はまだ倒れたまま。フォロー、間に合うか――





















「させねぇよ」





















 淡々と告げられたその言葉と共に――真上からマスターコンボイ達に向けて跳び下りてきた大蜘蛛の身体が受け止められた。











 そう――ジュンイチさんによって。











「オレの仲間に何してくれてやがる、てめぇ」



 言いながら、ジュンイチさんは右手一本で大蜘蛛の巨体を支えている……あの、さっきまでビビり倒してましたよね?



「直接出てきたなら瘴魔獣と変わらんっ!」



 ………………納得した。いろんな意味で。

 まぁ、ソイツが大蜘蛛ってことも幸いしたと思うんだけどね。クモ型瘴魔とは再三に渡って殺り合ってる人だし。



「と、いうワケで……どうする?
 逃げるか……続けるしぬか」



 ジュンイチさんの言葉に、なんとか脱出しようとジタバタしていた大蜘蛛の動きがピタリと止まる――まぁ、ジュンイチさんがセリフと一緒に思いっきり殺気をぶつけたせいなんだけど。



「…………うん。いい子だ」



 そんな大蜘蛛を、ジュンイチさんが軽く地面に向けて放り投げる。難なく着地すると、大蜘蛛はそのまま振り向くこともなく、一目散に逃げていく――よっぽど怖かったんだろう。まぁ、相手が相手だからしょうがないとは思うけど。



「あれが瘴魔だったら、むしろ嬉々として向かってくるんだろうけどな」

「当然だ。殺意や敵意は憎しみと同義。瘴魔にしてみればこれ以上ないほどの食事だ。
 それより……」



 肩をすくめるジュンイチさんに答えると、イクトさんはクルリと振り向き、



「お前ら、いつまでそうしているつもりだ?」

「コイツに言え! コイツに!
 貴様、いい加減離れろっ!」



 イクトさんに答えて、マスターコンボイはいぶきを引きはがそうとして――



「…………ふにゃあ……」



「って、コイツ……」



 元々空腹で倒れていたんだ。それがこの騒ぎで動いたのがダメ押しになって――







 結果……いぶきは今度こそ、完全に目を回していた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ………………なんや、えぇ匂いがする……



 これ……味噌汁の匂い……?



 あぁ……つまり……





















「………………ご飯できたんっ!?」







「ぅわぁっ!?」





















 ………………って、あれ?



 なんか、似たよーな展開が前にもあったような……











 目の前には、ウチの声に驚いたっぽい、なんや可愛らしい男の子が……やっちゃんやない。別の子や。



 透き通るような銀髪で、神主さんの格好してて……とりあえず、







「………………ご飯?」

「そのネタ、さっきもやったからね」







 あ、やっちゃん。







 周りを見回すと、やっちゃん以外にもさっきウチを拾ってくれたみなさん、全員そろってて……銀髪の子が初対面やね。



 つか……ここ、建物の中……和室……?







「ここは大賀温泉郷にあるあずま旅館という宿です――あちらの、蒼凪さん達があなたをここまで運んできてくれたんです。
 ボクは、龍宮たつみやみなせ。龍杜たつもり神社から派遣されてきた神主見習いです。よろしく、嵐山いぶきさん」







 ウチが周りを見回してんのを見て気を回してくれたのか、ここがどこなのかを教えてくれたんは銀髪の子。ついでに名前も教えてくれて……あれ?







「……なんで、ウチの名前知っとるん?
 あ、もしかしてやっちゃん達から聞いたん?」

「それもありましたけど……失礼ながら、荷物の方を改めさせてもらいました。それで確認を」

「あー、身分証明書か」



 ウチの仕事は、いつ妖怪にやられてもおかしない。万一やられて、妖怪に連れ去られても大丈夫なように、そういうモノは常に携帯してる……まぁ、軍人さんのドッグタグみたいなもんや。

 で……今回はそれが役立ったみたいやね。



「はい。
 それに、今回の仕事は、三つの神社の合同任務になると先日聞かされてます」

「……三つ?」



 ウチ、そんな話聞いてへんけど……あれ? ひょっとしてどっかで聞いたの忘れたん?



「聞いていなくてもムリはないと思います。ボクも、その話を知らされたのはここに来てからでしたから」

「むぅ……」

「それともうひとりの退魔巫女、雷道らいどうなずなさんとはすでに接触が済んでいますから、消去法であなたが嵐山いぶきさんになりますよね」



 ……なるほど。

 この子、頭はけっこう回る方みたいやね。



「なるほど……この格好で巫女ちゃうかったら、山で遭難したコスプレ姉ちゃんやもんね……」

「……すごいシュールですよね、それ」



 ………………うん。ウチも言っててそう思った。



「ボクの担当は後方支援バックアップ、情報収集や状況分析など、探索の手助けを行ないます」



 探索……あぁ、つまりこの子も……



「……“神隠し事件”やろ?」



 そう。ウチはその事件への対処のためにここに来た……行き倒れてやっちゃん達に担ぎ込まれる、なんて格好つかん形にはなったけど、まぁ、無事着いたワケやし、そこはえぇ。



 つか、ウチとしてはそもそもひとりの任務って聞いてたから、この子が言うとる情報収集や状況分析も全部自分がこなすつもりやった。

 初任務やし、それほど難しくなさそうな事件を回した……出発前には神社の方ではそう聞いとったしね。



 せやけど、さっきこの子は“三社合同”って言っとった。実際、この子とウチの他、もうひとりも到着済みらしい。



 つまり……複数人数の派遣、さらに役割分担の必要が生じるような、少々厄介な事件やとわかってきた……そんなところやね?



「ちょっとちょっと、『神隠し』……?
 退魔師がお仕事モードでいたからには、何かあるとは思ってたけど、またややこしい事件が起きてるね、おい」



 と、ウチらのやり取りを聞いてたやっちゃんが口をはさんでくる……って、あれ?



「そういえば……なんでやっちゃん達もここにいるん?」

「簡単だよ。
 僕らは温泉旅行でここに来た。で、この温泉郷に宿屋はここ一軒だけ」

「あぁ、やっちゃん達もここに泊まるんやね……って、いやいや、そうやなくて」



 ウチら、一応“仕事”の話してるんやけど……部外者がおってえぇの?



「一応、ボクもそう言って止めたんですけど……」

「何言ってんのさ、みなせ?
 僕ら、くつろぎに来てるんだよ? 日頃のお仕事で疲れた身体をリフレッシュしに来てんのよ?
 それが、何か事件が起きてるって聞いて、安心してリフレッシュなんかできるワケないでしょ?
 少なくとも事情だけは絶対に聞く……OK?」



 言って、やっちゃんは足元の座布団に腰を下ろす……うん。聞くまで出ていかんっちゅう意思表示と見た。



「……だそうです」

「そっか。
 じゃあ、詳しく聞かせてもらおか」

「えぇ。
 ですけど、それについては後でお話します。
 まずは……あぁ、来たみたいですね」



 と、廊下の向こうからこっちに向かってくる足音。それにこの匂い……



「ご飯やっ!」

「きゃっ!?」



 思わず飛び起きたんがかえってあかんかったみたいや。お膳を持ってきてくれた女の子が怯えとる。



「す、すごい嗅覚ですね」

「お腹すいとるからね。がるるる……」



 肉食獣や。今のウチは肉食獣や。食うでぇぇぇぇぇっ!



「う、うならないでください。奥田さんがおびえています」

「奥さん? 若いな」



 何と、妻帯者やったんか。



「『奥さん』じゃなくて、奥田さん。
 奥田あんずさんです。近くにある茶店で働いている方ですよ」

「は、初めまして。奥田です……あの、ご飯どうぞ」



 奥さん……いや、奥田さんが気を取り直してそう言うけど、お膳を置く様子も、ちょっと腰が退けとる。

 いや、ウチが脅かしたせいなんやけど……それを抜きにしても少し内気な性格みたいやね。



 ま、それはともかく……



「おおきに。いただきます。そしてお話はちょっと後で」



 今はご飯や! 食う! 食う! とにかく食うっ!



「う、ぅわぁ……」

「……す、すごい」



 なんか奥田さん達が驚いとる……ウチにしてみれば普通やねんけど。

 まぁ、いつもよりはがっついとるかもしれんけど、ペース的には……たぶんいつもとそう変わらんと思う。



「そうか?
 あの程度、ぜんぜん普通だって。オレはともかくスバルなんかもあんな感じだし」

「まったくだ。
 あの程度で驚くなど、胆の小さいヤツらだな」

「ジュンイチさん……マスターコンボイ……アンタらはいい加減自分達が特殊例だって自覚しよう、うん」



 そしてやっちゃんがツッコミ入れてる……スバルって誰やろ?



「おかわり!」



 みんなが話してる間に一膳目完食! 次ぷりーずっ!



「は、はい、どうぞ!」



 奥田さんがすぐにご飯をよそってくれる。しかも山盛り! わかってくれてるわー♪



「……奥田さん」

「な、何でしょう」

「……この速度から察するに、あと三膳は必要です。準備の方、お願いできますか?」

「わ、わかりました」



 そうしてくれると助かるわー。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ふぅ……ごちそうさまでした」



 みなせの予想通りあれからきっかり三膳。満腹になって人心地ついたのか、いぶきはようやく箸を置いて手を合わせた。



「お話に戻ってもいいですか?」

「うん、えぇよ」



 尋ねるみなせにそう答えて――と、そこでいぶきは突然眉をひそめた。



「あぁ、せやけどその前にいくつか」

「まだ食べるんですか!?
 ボクが読み違えるなんて……」



 なんか驚いてるけど……あのさ、みなせ。



「何ですか?」

「ゴメン、もっと食う人知ってる」



 言って、僕が見るのはその“もっと食う人”二人。



「失礼な。
 あの程度量で満腹だなんて、お前の読みの方がよっぽど甘いって」

「そうだぞ。
 あんなもの、多少腹を満たす程度のものでしかない」



 うん、ジュンイチさんもマスターコンボイも、一度一般家庭で食べる食事の量をちゃんと知るべきだと思う。



 二人とも、六課とかナカジマ家とかで柾木家とかで食べるのがデフォだから、その辺の感覚がマヒしてると思うんだ。



「いや、せやのうて……」



 ……って、あれ? 食べるんじゃないの?



「やっちゃんまでそれ言うんか?」

「あぁ、ごめん。
 で……おかわりじゃないなら何なのさ?」

「いや、三社合同ちゅー話やけど、今回の仕事に上下関係はあるん?」

「い、いえ、特にはないはずです。それが何か?」

「ほんなら、その口調を何とかせんとね」



 ……あぁ、そういうことか。



 対等な立場で仕事をする上で、いちいち敬語を使ってかしこまることもない、と……そういぶきは言いたいワケか。



「せや。
 タメなんやし、敬語はやめよか。ウチもあだ名で呼ばせてもらうし。よろしくな、みっちゃん」

「み、みっちゃん!?」

「うん、『“み”なせ』やからみっちゃん。
 やっちゃんも『“や”すふみ』やからやっちゃん、やし……あかん?」



 あー、みなせ、あきらめようか。

 僕も一応抗議したのに、この通り続いてるから。こやつ、まったくこたえてないから。



「つかさ、さっきは聞き忘れたけど、僕が『やっちゃん』なら、他のみんなはどうなの?」

「んー……ジンくんとイクトさんはいじりようないかなー? 本名からして語呂えぇし」



 ……僕が二人をにらんでも、決してそれは罪じゃないと思う。目をそらされたけど。



「で、ジュンイチさんが……『じゅんさん』」

「ま、オレは別にいいけどさ」



 そこで認めないでジュンイチさん! なし崩しで僕らの呼び方が定着するでしょうがっ!



 けど――そんな僕らのやり取りに、顔色を変えたのが未だ呼び方を明かされていない最後のひとり――



「………………待て、嵐山いぶき。
 その流れだと、オレにもあだ名をつけてるんじゃないだろうな!?」

「ん? せやね。
 トランスフォーマーやから仕方ないかもしれんけど、マスターコンボイ、なんて長いやん」

「えぇっ!?
 トランスフォーマーなんですか!?」

「人間に見えるのに……」



 マスターコンボイに答えるいぶきの言葉に今度はみなせや奥田さんが驚いてる……あー、確かにその辺教えてなかったけどさ、名前で想像つかなかった? だって『マスターコンボイ』だよ?



「そこはいいっ!
 貴様……まさかおかしなあだ名をつけてるんじゃないだろうな!?」

「まさか。ちゃんとしたの考えてるって。
 『マスターコンボイ』やから……」





















「まーくん」





















「………………アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「えぇっ!? あかんの!?
 けっこう自信作なんやけど!」

「どこがだっ!? イメージぜんぜん変わってるだろうがっ!
 というかなんで『くん』付けだ!? 貴様などよりはるかに年上だと言ったはずだぞ!」

「えー? だって、やっちゃんもそうやけどその姿、『さん』付けが似合うような見た目してへんやん」

「仮の姿だということを思い出せっ!」



 詰め寄るマスターコンボイだけど、いぶきはそれをスルリとかわして、



「そんなワケやから、みっちゃん、な?」

「はぁ、わかりました……じゃなくて、わかったよ、いぶき」

「『いっちゃん』でえぇよ?」

「い、いやぁ、それはちょっと……」

「えー?」



 ………………そこで『えー?』と来るか。

 ただでさえ僕らへの呼び方が非難ごうごうなのに、呼んでもらえるとでも思ってる?



「まぁ、えぇわ。それが一点。
 もう一点は……そっちの子」



 とはいえ、そこはいぶき的にもさほど重要じゃなかったらしい。続けていぶきが見たのは……奥田さん。

 なんかおびえてるけど……まぁ、何が気になってるのか、だいたいわかった。



「奥田さんがどうかしたんで……どうしたの?」

「いや、ここ宿やんね。
 そしたら普通、仲居さんか誰かが、ご飯運んでくるんちゃうかなーとおもて。なんで、茶屋の娘さん?」



 ……とまぁ、そういうこと。

 この旅館にだって仲居さんがいるだろうに、茶店の娘さんである奥田さんがどうして出てきたのか、いぶきはそこが気になってる、と。

 食事に夢中になってたと思ったら、ちゃんと見てるところは見てるじゃないのさ。聞いたところによると新人さんみたいだけど、それでも退魔師は退魔師ってことか。



「そ、それはその……」



 さっきのがっつきっぷりがよほど怖かったのか、奥田さんはちょっと怯えながらも話しだそうとするけど、そこでみなせが割って入った。



「いいですよ、ボクが話そう。要点を抑えて、蒼凪さん達にもわかるように話さないと」



 あ、奥田さんがロコツにホッとしてる。



 まぁ……僕らとしても、あんなおどおどした様子で話されるよりは、状況を正しく把握している人から説明された方がわかるから、みなせが話してくれるのは正直ありがたい。



「いぶき、今回この村で起こっている事件は?」



 そんな、みなせの問いに、いぶきは答えた。



「神隠し事件」



 そう……そこまでは今までの話の中で出てきた。

 というか、そこからの脱線が長かったんだけど。あー、ようやく話が本筋に戻ってきた。



「事件は誰かが行方不明になって初めて事件になる――ここの女将さんもそのひとりでね」

「うん」

「つまり……その神隠しとやらに、ここの女将さんが巻き込まれた、と。
 だから、お客に料理を出す役どころの人間がいなくなった」

「そうです、ジンさん。
 ……そうだ、旦那さんの話もちょっと聞いてもらおうか。奥田さん」

「は、はい」

 みなせの言葉に、奥田さんはすぐに部屋を出ていった。

 そして、戻ってきた奥田さんが連れてきたのは……







「……当旅館の主人、あずま邦充くにみつです」

「ぅおっ!? 死人アンデッドっ!?」







 自己紹介から間髪入れずに暴言吐いたジュンイチさんだけど……まぁ、そう思いたくなるほど暗い表情してるのは確かだ。正直言って、これはひどい。



「……な、なんかお通夜みたいやね」

「……そりゃ、奥さんが行方不明なんだもの。しょうがないよ」



 さすがにこの様子にはいぶきもツッコみづらいらしい……とはいえ、一応客商売なんだし、こんなテンションじゃ仕事にも差し障りが出るんじゃないの?



「本当に困っているんです……
 この旅館は、妻の真知子がいてなんとかもっていたようなモノで……私ひとりでは帳簿ひとつまともにできず……」



 ……テンションだけの問題じゃなかったらしい。



「旦那さんは、何ができるん?」

「一応、料理の方は私の方で作っておりますが……」



 あー、つまり、今いぶきの胃袋で消化中の食べ物は、目の前の旦那さんが作ったということになる。



 ちなみに僕らもいぶきが起きる前にいただいた。おいしかったです。こういう状況じゃなかったらコツとか教えてもらいたいくらい。



「あ、めっちゃおいしかったです。ありがとうございました」



 そしてそんな評価はいぶきも同じだったらしい。いぶきが頭を下げると、少しだけ東さんの表情は和らいだ。



「いえ……どうか、うちの真知子を取り戻してください。よろしくお願いします」

「いなくなった経緯とか、わからないんですか?」

「それは……その、龍宮様にはもうすでにお話しましたが……本当に突然の失踪で……」



 聞き返すジンに答える形で、東さんは話し始めた。



「もう二週間ほど前になりましょうか……
 当旅館では弁当の出前なども行なっているのですが、工務店の方にそれを届けに向かった帰りに、消えてしまい……」



 その時のことを思い出したのか、ただでさえ暗い顔が死にそうな顔になってきた。



「それ以来、ふっつりと……」



 どのくらいかっつーと……このまま富士の樹海に消えてもおかしくなさそう。そのくらいに暗い。



「………………えらいことやな」

「……はい。ですから、どうか……どうか、妻を……真知子を見つけ出してください。お願いします……」



 東さんは、ペコペコと何度も僕らに頭を下げた……あの、僕ら、今のところはただ話聞いてるだけなんですけど。どっちかって言うと、あなた達と同じいぶき達に解決を任せる側に近いんですけど。



「あ、ありがとうございました。
 後は、ボク達に任せて、お仕事に戻ってください」

「……どうせ、夕飯の準備の時間まで仕事なんてほとんどないんですけどね……」



 ……やっぱり死にそうな顔で言いながら、東さんは客間を出ていった。

 あー、あの、奥田さん。



「はい?」

「いや……あの人、いつも、あんななの?」



 奥さんがいなくなったから凹んでるのはわかるけど……いくら何でも凹みすぎだ。

 そこまで奥さんを愛していた、と思いたいけど……なんか、元からテンションが低かった、という方がありえそうだ。



「い、いえ、真知子さんがいなくなる前は、もう少し明るい方だったんですけど……」



 ………………『もう少し』なんだね……



 けど……とりあえず事情はわかってきた。

 茶店の娘である奥田さんがなぜ、ここで働いているかということ……落ち込んでる東さんやこの宿のピンチを見てられなかった、ってところかな? こういう村だと、ご近所さんのつながりとかもそうとうなものだろうし。



「えぇ。まぁ……
 帳簿とかは私、学校で習ってましたから、多少のお手伝いはできるんですけど……やっぱり真知子さんには戻ってほしいです」

「あー……なるほどね。
 まぁ、気になったのはそれだけやね。話の腰折ってごめんな。続けてくれる?」



 奥田さんの言葉に納得して、みなせに続きを促すいぶきだけど……



「あのさ、いぶき。
 なんかまぶた重そうだけど……眠い?」

「ご飯食べたからなぁ……」



 まさに満腹、って感じだったしね。そりゃ眠くもなるか。



「……歩きながら話そう。
 その方が頭に入りそうな気もする」

「……そうしてもらえると、助かるなぁ」



 そんないぶきにみなせが提案。うなずいて、いぶきが寝床から出てきて……どしたの? みなせ。なんかこっちをじーっと見てるけど。



「いえ……あの、まだ話、聞きます?」

「つまりみなせはこう言いたいのか。
 『部外者が何いつまでも関係者面してこの場に顔出してるのか』と」

「いえいえ、そうじゃなくて!
 あの、これ以上聞いたらそれこそ巻き込まれちゃいますよ? いいんですか?」



 ジュンイチさんにツッコまれて、あわてて弁明するみなせ……うん。みなせとしては純粋に僕らを心配してのことなんだろう。



 けど……さ。



「とりあえず、全部聞くよ。
 で、首を突っ込むかどうか判断する」

「蒼凪……?」

「忘れた? イクトさん。
 この事件が解決するかどうか……割と僕らにとっても他人事じゃないよ?」







 そう……他人事じゃない。



 だって、ここに来るのは僕らだけじゃないから。







 実は、今回の僕らの旅行は単なる休暇、というワケではない。

 いや、休暇は休暇。リフレッシュして来いって話なのは確かなんだけど、そこに付随してちょっと頼まれごとを引き受けているのだ。



 ジンが最近主に活動している第97管理外世界、惑星ガイア……そこから来たお客さんが今六課に滞在してるんだけど、彼らのもてなし先の候補にこの大賀温泉郷が穴場の温泉として挙がってる。

 その関係で、はやてからぜひこの旅行の感想を聞かせてほしいと言われてるのだ。



 「危険だから」とアウト判定を下すのは簡単だけど……この神隠し事件だって無事解決してしまえば何の問題もないんだ。それだけで判断を下すことはできない。

 かと言って、解決するのをあてにしてそれ以外の部分だけで「大丈夫だ」って判定して、いざはやて達が来た時にもまだ未解決で巻き込まれた……なんてことになったら目も当てられない。



「だが、ここが選ばれるとは限らないんじゃないのか? あくまで“候補”なんだろう?」

「甘いよ、マスターコンボイ。
 もうここで本決まりの勢いだって。でなきゃ僕らの休みにかこつけて下見なんか頼まないって」



 と、いうワケでこの事件が解決する、しないは割と僕らにとっても無関係じゃない。少なくともハッキリした結論がほしいのだ。



「だから、事情を把握して、事件の流れを見て……いぶきやみなせ、あとまだ顔を合わせていないひとり……なずなさん、だっけ。その3人でなんとかできるようなら、僕らは後を任せてのん気に温泉を楽しむとして……」

「手に負えないようなら、この郷を見捨てるか、オレ達が介入して解決する……か。
 ここについては、どちらを選ぶかについては、議論の余地はないがな」

「そ。
 だから僕らの選択肢としては“大丈夫そうだから後は任せる”か“大丈夫そうじゃないので手を貸す”か、そのどっちかになる」



 口をはさんでくるイクトさんにそう答える……まぁ、少なくとも目の前で解決はしてほしい。見捨てるのはなんか寝覚めが悪いしね。



「と、いうワケだから、話はちゃんと聞くし、しばらくは首も突っ込む。
 みなせ、そういうワケだけど……かまわないかな?」

「手を貸してくれるんですか?」

「そこは状況次第かな。
 せっかく身体を休めに来たっていうのに、わざわざ手を貸さなくてもなんとかなるような仕事に首突っ込むほど酔狂な性格してないから、僕ら」



 まぁ、何にしても話の続きを聞いてからだね。







 と、いうワケで……マスターコンボイ。



「おぅ」



 さすが友達。僕の言いたいことを正しく理解してくれた。ため息まじりに振り向いて――







「起きんか、このバカっ!」

「ふぎゃんっ!」







 完全に舟をこいでいたいぶきの頭にゲンコツを落としてくれた。







「うー、まーくん、ひどいっ!」

「貴様が眠そうにしているから外で話そうという話になったんだろうがっ! 自ら手遅れにするなっ!
 それから『まーくん』はやめろっ!」



 涙目で訴えるいぶきとお説教するマスターコンボイ、二人を見て……思った。











 これ……まず間違いなく介入する流れになりそうだなー、と。



《マスターの場合いつものことじゃないですか》



 うん、アルト……言わないで。お願いだから。







(第2話に続く)


次回予告っ!

恭文 「祝! 新シリィィィィィズっ!
 いやー、無事『とまコン』も第二期突入だねっ!」
マスターコンボイ 「今度の相手は妖怪か……
 柾木ジュンイチが怖がって役立たずに成り下がった時にはどうしようかと思ったが、なんとかヤツも戦力に数えられそうだな」
ジュンイチ 「たりめーだ。
 目の前に出てきてるのに、いちいちビビってられるかっつーの」
いぶき 「よし、まずは事件についての聞き込みや。
 妖怪について知ってる人がいてへんか聞いて回ろか」
ジュンイチ 「いやぁぁぁぁぁっ!
 妖怪の話を聞きになんか行きたくないぃぃぃぃぃっ!」
マスターコンボイ 「目の前に出てこないとダメダメだーっ!?」

第2話「迷いの 森を 突破せよ」


あとがき

マスターコンボイ 「さて、『とまコン』も2年目、第2期に突入。その1話目をお送りした」
オメガ 《新シリーズは“でぼの巣製作所”さんから発売のパソコンゲーム、『神楽道中記』とのクロス編です》
マスターコンボイ 「また趣味に走ったな、あの作者め……」
オメガ 《今までだってずっとそうじゃないですか》
マスターコンボイ 「………………まぁ、な」
オメガ 《とりあえず、今回『神楽』側のメインキャラからは二人ほど登場。
 まだ名前だけ参戦がひとりいますが……》
マスターコンボイ 「むしろ『とまコン』側の女性陣の出番が壊滅的とはな……フェイト・T・高町くらいは出ると思ったが」
オメガ 《一応、導入編にして『神楽』キャラの紹介編ですから。
 彼女達にスポットを当てるため、思い切ってミス・フェイト達の出番はカットしたそうです》
マスターコンボイ 「意図的に出番を作らなかった……ということか?」
オメガ 《そういうことですね。
 もっとも、今回のシリーズのメインヒロインは『神楽』側のヒロイン達になるので、彼女達は登場しても蚊帳の外、という感じになりそうですけど》
マスターコンボイ 「いずれにせよメインにはからめない、か……」
オメガ 《 『神楽』シリーズ原作を知っている方はわかると思いますが、ミス・フェイト達の身を案じるならむしろからんできてもらわない方がミスタ・恭文達にはありがたいでしょうしね》
マスターコンボイ 「どういうことだ?」
オメガ 《まぁ、原作をプレイしてみればわかりますよ。
 作者からPC奪ってやってみますか?》
マスターコンボイ 「そうさせてもらうとしようか
 ……と、そんなことを話しているうちに、今回もお開きの時間だ。
 では、また次回の話で会うとしようか」
オメガ 《『とまコン』第2期、応援よろしくお願いいたします》

(おわり)


 

(初版:2011/07/02)