「……次元世界」

「魔法を使う者……魔導師……」

「時空、管理局……」



 上から、なずな、みなせ、いぶきの順――えぇ。僕らのことについての話がだいたい終わったところです。



 場所は湯杜神社の拝殿。魔法とかのことを話すワケだし、旅館ではちょっと……ね。



「ということは、恭文さん達は、この世界の人間じゃない……?」

「あー、いや、僕とマスターコンボイはこの世界の出身だよ。異世界組はジュンイチさん、イクトさん、ジンの3人。
 とりあえず僕の場合は、この世界で起きた魔法がらみの事件に巻き込まれて、その縁で魔導師に……って感じ」



 みなせに答えて、お茶をすする――とりあえず僕が中心になって話してたから、かわいたノドに冷えた麦茶が心地いい。







「で、あっちゃん達がその、魔法を使うためのデバイス……魔法の杖みたいなもんなんやね。
 なんや、“そういう”前提で見ると違和感が……メカニカル的な意味で」

「『高度に発達した科学は魔法と変わらない』……確か、貴様ら人間の言葉だったと思うんだがな。
 1世紀前の時代の人間が、電話をコードレスで持ち歩ける時代が来ると思っていたと思うか?」

「あー、なるほど。
 ゲームウォッチで遊んでた人達がPS3の登場を予想できなかった、みたいなもんやね」

「………………すまん。前者の方がわからん」

「えー? ゲーマーやったら押さえとくとこやで? ゲームウォッチ」

「むぅ……『ゲーム&ウォッチ』なら知っているのだが」

「それそれ! それのことやって!
 表記やと『ゲーム&ウォッチ』なんやけど、当時のCMとかやと『&』は発音せぇへんかったんよ」

「……いったい何時いつ人だ、貴様」







 なんか脱線しているいぶきと引きずられていってるマスターコンボイは置いといて。



「でも……デバイスを持ってるってことは、マスターコンボイも使えるのよね、魔法……
 トランスフォーマーなのに……魔法?」

「あぁ、トランスフォーマーか人間か、っていうのは、ぶっちゃけあまり関係ないんだよ。
 退魔師だって、霊力を使えない人間はなれないだろ? それと同じように、魔導師にもなれる、なれないの適正っぽいものがあるんだ。
 で……その“適正”に、人間とトランスフォーマーの区別はない」



 マスターコンボイを見ながらつぶやくなずなにジュンイチさんがそう答える。で、僕が続く。



「というか……少なくとも、僕らの使う魔法、ミッドチルダ式とベルカ式っていう、まぁ、流派みたいなものだけど、その辺がトランスフォーマーとすごく密接に関わってるの。
 具体的には……創始者のみなさんの中にしっかりいたりするの、ミッドチルダに移住したトランスフォーマーがね」



 ジャックプライムのお父さん達とかがね。



「ということは……最初から、みなさんの魔法はトランスフォーマーも使えるように、ということが前提になっていた……?」

「管理局の施設に無限書庫という場所があるが……そこの資料でも確認されているし、何より当事者からの証言もある。
 一時期、トランスフォーマー達が人間から隠れ住んでいたせいで両者は疎遠となっていたようだが、その間もトランスフォーマー達の間で魔法が失伝となることもなく、隠遁に協力するため接触を図っていた行政部を介して技術交流もひそかに行われていたそうだ」



 みなせに答えると、イクトさんはジュンイチさんと自分を指さして、



「そうやって魔法を使うのが蒼凪、フレイホーク、マスターコンボイの3人。
 オレと柾木も一応使えることは使えるが……オレ達二人は本来、魔導師とは別口の能力者だ」

「適正があるから魔法を使うことはできるけど、専門はあくまで別……ってことだな。
 管理局とは、まぁ……いろいろあってオレが接触したことがきっかけで関わるようになった感じかな」







 ………………まぁ、確かに『いろいろ』だよね。







 何しろこの人、管理局とのファーストコンタクトからしてケンカ売ってるし。







「………………そうなんですか?」



 思わずこっちに確認をとるみなせにうなずく。



 偶然の転送事故とはいえ、管理局の部隊が使用してる演習場のド真ん中に飛び出しちゃったジュンイチさんは、不法侵入を疑われて拘束されそうになった。



 で……抵抗したあげく相手の部隊を完膚なきまでにぶっ飛ばしちゃったワケだ。







 ………………なお、その『ブッ飛ばしちゃった部隊』っていうのが、他ならぬゲンヤさんとこの108部隊だったりするんだけど。







 そんな、ゲンヤさんが酒の肴に話してくれた、ジュンイチさんのミッドチルダ初来訪のくだりを思い出していると、なずながジト目でにらんできて……えっと、何? ジュンイチさんの話が眉唾モノとか?







「別に、そんなこと疑ってないわよ。
 というか……信じるしかないって感じ? 実際あの攻撃力を見ちゃうとね。
 ただ、ね……」







 不機嫌そうに答えると、なずなは一度息をついて、







「アンタ達……ホントにここには“偶然”来たワケ?
 言っちゃ悪いけど、こんなへんぴなところの温泉郷に、事件が起きてるちょうどそのタイミングで、魔導師やらトランスフォーマーやら能力者やらの一団がやって来るなんて、ちょっと話できすぎだと思わない?」







 …………ざわっ…………







 とっても福本伸行ちっくな感じに場がざわついた。



 ジンとジュンイチさんは苦笑いを浮かべて、イクトさんは申し訳なさそうに視線をそらし、いぶきのボケに付き合っていたマスターコンボイまでもが動きを止めた。



「え? な、何? そのリアクション。
 あたし、何か変なこと言った? いや、確かにアンタ達が最初から事件に関わってここに来たんじゃないかって疑ったけど」



 もっと別の反応を想像してたんだろう。なずなが僕らを前に戸惑ってるけど……







《あー、申し訳ありませんが、本気で偶然なんですよ、私達がここに来たのは。
 ちょっと今居座っている部隊の方でのゴタゴタが片づいて、息抜きとしてもらった長めの休暇を利用してここへ……という流れでして》

「…………マジ?」

《本気と書いてマジと読みます》







 そうなんだよねー。

 ここには休みに来たはずなのに、なんでこんなことに首突っ込んでんだろ、僕ら。



《まぁ、私達としては嘆きたい気持ちはあれどさほど驚くような展開でもないんですけど。
 マスターの場合、とにかく行く先々でトラブルに巻き込まれますからね……ジュンイチさんもその辺はたいがいですけど、マスターの場合百発百中。まず確実に騒動が起きるか、すでに起きている騒動に巻き込まれるか……》



 で、今回は後者だったワケですよ、うん。



《で、一緒に巻き込まれた現地の方々にこうして自分達のことを話さなきゃならない事態に陥る、と……
 関わった人達に対する義理として私達自身は納得してますけど、これ、ホントはすごくまずいんですよ。魔法文化はともかく、次元世界間を移動する技術のない世界においては、魔法や管理局のことは明かさないのが基本ルールですから》

「そうなん?」

《えぇ。魔法や次元移動技術は、そうした世界ではガチでオーバーテクノロジーですからね。過ぎた技術というワケです。
 一応、この世界はトランスフォーマーつながりでミッドチルダとつながりがありますけど、この世界そのものが次元世界の存在を知り、そこに乗り出してきたワケではありません》



 そう――この世界と次元世界とのつながりは、他の、管理世界に仲間入りしている次元世界とはちょっと事情が異なる。







 そもそも根本的な前提として、この世界は次元世界に進出してきたワケじゃない。ミッドに渡ったトランスフォーマー達のことが忘れ去られて、この世界は事実上次元世界との関わりがなかった。

 それが10年前、グランドブラックホールという次元規模の災害が起きたことで管理局が介入を余儀なくされただけの話。アルトのセリフの繰り返しになるけど、この世界が次元世界の存在を知り、進出してきたワケじゃないんだ。



 次元世界と関わりがあり、だけど次元世界に進出したワケじゃない……ハッキリ言えば、この世界の立ち位置はかなり微妙な特殊例なのだ。







《原則、管理局が公に介入するのは、自ら次元世界に進出してくるだけの技術水準と文化を持つ世界に対してです。そこに至っていない世界は、管理外世界として見守る立場を貫くのが管理局の基本姿勢です》

「なるほど。その基準でいくと、確かにボクらのこの世界は管理局が介入していい世界とは言えませんね」

《そういうことです、みなせさん。
 ですから、この次元世界では管理局のことは地球のみならず、スペースブリッジ計画によって進出しつつあるこの宇宙全体、宇宙連合上層部で完全にトップシークレットとして扱われています。
 ミッドチルダへのスペースブリッジの航路も完全極秘扱いですし……まぁ、これについては魔法文化側の転送技術でどうとでもなりますからいいんですけど。
 とにかく、そんなワケで魔法のことは本来明かすべきではないんですけど、先ほども言った通りの理由で……》

「あー、やっちゃんが事件に巻き込まれて、魔法使わざるを得ん状況になってまうから……」



 いぶきがつぶやいて、全員の……そう、“全員”。マスターコンボイ達も含めた全員の同情のまなざしが僕に向く。



「アンタ……毎回こんなんやってるワケ……?
 どれだけ運がないのよ……」

「お祓い受けた方がえぇんとちゃう?
 今やったら、新米とはいえ本職の巫女さんが二人もおるで?」



 なずなといぶきがそう言ってくれるけど……いや、「けど」じゃない。「だからこそ」、僕はその場に崩れ落ちた。



「は、ははは……」

「ど、どないしたんや、やっちゃん!?
 なんでいきなり人生に疲れたサラリーマンのおっちゃんみたいな渇いた笑いを!?」

《ムリもないですよ。
 何しろ、もうすでにお祓いを受けてコレなんですから》

「……マヂ?」

《マヂです。
 ついでに言うなら、みなせさん曰くみなさんの業界のトップブランド、神咲の家で、現当主とその従妹さんの二人がかりで》

「そ、そこまでなん……?」







 いぶき達の視線の同情の割合が五割増しくらいになったのは……うん、きっと気のせいじゃないはずだ。

 

 


 

第4話

カワイイ 妖怪は 好きですか?

 


 

 

「………………うーん……」



 とりあえずお昼時になったので、昼食を食べに一旦旅館に。



 で、改めて拝殿に戻ってきてみると、先に戻ってきていたみなせが、真剣な表情をしながら地図の上でペンデュラムをかざしていた。



「ふむ……」

「な、何してるん、みっちゃん?」



 いぶきも何をやってるのかわからないみたいだ。ってことは、退魔巫女云々じゃない……



「ダウジングね、みなせ」

「はい。
 これで、妖気の高い場所がわかったりするんだよ、いぶき」

「へー」



 ……と思ったら、一方のなずながあっさりと答えてくれた。単にいぶきが知らなかっただけらしい。



「アンタんトコでは、こういう探索方法はなかったの、いぶき?」

「んんー、灘杜ウチの巫女は、みんな感覚で動いてたからなぁ」

「か、感覚?」

「うん。
 『こっちの方が霊力強そうやー』とか、『あっちに妖怪がおりそうやー』とか、そんな感覚」

「……野生児じゃあるまいし、大雑把すぎるわよ」



 いぶきの答えになずながため息をつくけど……



「あのさ、なずな」

「何よ、恭文」

「………………こっちの3人、同じことができたりする」



 言って指さしたのは、マスターコンボイ、イクトさん、ジュンイチさんの御三方。



「ほらほら、やろうと思えばできるんやって、なっちゃん」

「一緒にすんな。
 オレ達ゃちゃんと、明確にそれを感じ取って動いてるんだ」

「貴様らのような『なんとなく』といった感覚的なものではなく、れっきとした技法だ」

「同類扱いは心外極まる」

「総ツッコミでダメ出し!?」

「ま、まぁ、こっちのみなさんはボクらとは技法も違うワケだし。
 それに、いぶき達のところは探索は他に任せて、自分達は実働部隊になるって感じだったんじゃないの?」

「そう! まさしくそんな感じや!」



 マスターコンボイ達にダメ出しされて凹んだものの、みなせのフォローでいぶきはあっさり復活。相変わらず単純な……



《あなたがそれを言いますか?》

「だって僕あんな単純じゃないし」

「フェイトのスクリーンショットに釣られてはやてにアレコレやらされてるヤツが言うセリフじゃないよなー……」



 なんかジュンイチさんにため息をつかれた。失礼な。



「……霞ノ杜ウチじゃ、そんな適当なの考えられないわ」

「なずなも使えたりするのか?」

「まぁ、みなせほどじゃないけど、探索のレクチャーだって受けてるわ。基本的に霞ノ杜ウチの退魔巫女はオールインワンを目指すから。
 そう言うジンはどうなのよ? 恭文の話の通りなら、アンタも“感覚で探れない側”なんでしょ?」

「あー、オレ達の場合は探索用の魔法があるからなー。
 サーチャー作って飛ばしてサーチをかけて……ま、これもやっぱり向き不向きはあるけどな」



 薫さんとかもそうだったけど、退魔師って単独で仕事をすることが多いしね。ひとりで全部をやらなきゃならない状況がある以上、なんでもできるようになっておかないと仕事にならない……ってことか。

 それに引きかえ、いぶきは……



「……いぶきは明らかに、一芸特化タイプだよね」

「あっはっはー。やっちゃん、そないほめんといてよー」



 いや、ほめてないから。



「雑談はこのくらいにして、みなせ、それで何かわかったの?」

「あ、はい。
 このあたりの森に……」



 気を取り直し、みなせはなずなに答えながら地図を指さした。自然と、僕らの視線もそこに集中する。



「ふむ」

「龍脈の反応があってですね、陰の気を感じられます」

「妖怪が乗っ取ってると」

「うん、その可能性が高い」



 ってことは……昨日、ジン達が探索したっていう沼みたいに?



「はい。
 霊脈の力は妖怪にとっても力の源になり得ます。そこが妖怪によって汚染されると、妖怪がより自然発生しやすくなるんです」

「つまり……またあの数を相手しなきゃいけないってことか?」



 みなせの言葉に、ジンが渋い顔をしてる――昨日の戦いを思い出したんだろう。昨日話を聞いた限りでも、砲撃を撃てるマスターコンボイやジュンイチさんがいなかったら数で押し切られてたかもって話だったし。



 で……みなせの話が本当なら、そんな状態が見つかった霊脈で起きているかもしれない。まだ起きていなくても、いずれ起きるかもしれない、と……



「そういうことなら、確かめなきゃね。
 また妖怪てきが増えても面倒だわ」

「ん、ほんならいっちょ行って確かめてくるわ、みっちゃん」



 そんなワケで、当然この二人は動く。なずなと二人で立ち上がってそう言うと、いぶきは僕らの方を見て、



「やっちゃん達はどないする?
 今回は神隠し事件の被害者探しやないけど……ウチらとは別に探索に出る?」

「何言ってんのさ。僕らも行った方がいいに決まってるでしょ。
 昨日、なずな達が物量差で押し切られかかったんでしょ? 同じことが起こってるかもしれないのに、人手を分ける理由がないでしょ」



 それに、問題の霊脈が妖怪を大量に生み出しているようなら、生み出そうとしているなら、そいつらが巡り巡って探索の時に僕らの敵になる可能性だってある。



 となれば……その霊脈が危険なのかどうか、確かめておくのは探索の行方にも大きく関わってくる。こう考えると行かない方がむしろマズイでしょ。



「確かにね。
 後々の憂いは今の内に断つ。もう厄介なことになってるかもしれないから頭数をそろえて……って形で行きましょ」



 僕の意見になずなの賛成してくれる。と、いうワケで……



「マスターコンボイ、イクトさん」

「おぅ」

「わかっている」

「はぅっ!?」



 僕の合図で、マスターコンボイとイクトさんが逃亡を図っていたジュンイチさんを捕獲した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 森に入って進むことしばし。あたりの風景が変わり始めた。



 普通の木々が生い茂っていた森から、竹がチラホラ目立ち始めて、やがて完全に周りは竹林にシフトする。



「みなせが言ってたのは、この辺だよね」

「そうね……ところで恭文」

「何? なずな」

「“アレ”……なんとかならないの?」

「なんない」



 なずな答えて、一緒に振り向いた先には――


「うぅっ、怖いよぉ、ヤだよぉ、帰りたいよぉ……」



 はい。絶賛ビビりモード中のジュンイチさんです。運がいいのか悪いのか、ここまで妖怪に出くわさなかったおかげでビビりモード継続中。



「こんなんで、よく昨日あれだけの大暴れができたもんよね……」

「あー、実際出てこられると平気なんだよ、この人。
 出てきさえすれば、元々相手してる怪物連中と同じ調子でブッ飛ばせるから」

「あー、『出そう』っていう雰囲気がダメなワケだ」

「そうそう。そんな感じ」



 なずなの的確な指摘に返して――で、そこでさっきから鼻をクンクンさせているいぶきは何か気づいたの?



「うん。臭い感じるわ」

「……本気で動物か、アンタは」

「んー……?」



 ツッコむなずなだけど、なんかいぶきは不思議そうに首をかしげて……



「何か気になることでもあるのか?」

「あぁ、まーくん。
 いやな、確かに妖気は感じられるんやけど、邪悪な気はせぇへんのよ」

「何……?」

「つまり、無害な妖怪ちゃうかなー、これは」



 えっと……どういうこと?



「ちょっとちょっと、何言ってるのよ、アンタは。
 妖怪なら、よくない気に決まってるでしょ?」

「ん? ちゃうよ。陰の気そのものには善悪あれへん。悪い気なら、悪意や殺気が混じるはずやからね。
 けど、ここの気にはそれがあれへんのよ」



 口をはさんでくるなずなにも、いぶきはごく当たり前のようにそう答える……イクトさん、なずなに説明してあげて。



「なぜオレに振る?」

「いや、元人類の敵だし、実感として説明できるかなー、と」

「まぁ……その通りではあるんだがな。
 で、質問の方だが……ミもフタもなく言ってしまえば、妖気も所詮はただのエネルギーにすぎない、ということだ。
 嵐山の言う通り、それそのものに善悪はない。それを使う者の悪意や殺気が混じった時、初めて邪悪なものとして成り立つことになる」

「……ごめん、サッパリわからないわ」

「要するに、お前達が“よくない気”として感じているのは、妖気そのものではなく、そこに宿る悪意……ということだ」

灘杜ウチやと基本やねんけどなー……と、なっちゃん、イクトさん、ちょっとストップ」

「え?」



 イクトさんと話しながら先頭を進んでいたなずなを、いぶきが呼び止めた。



 …………うん。僕もわかった。妖気とやらはわからないけど、視線を、気配を感じる。



 視線が飛んできてるのは……



「……そっち!」

「そこかっ!」



 僕といぶきの声が重なって、茂みの中から出てきたのは――











「ぴぃ」











 小さな獣型妖怪だった。



 見た感じはイタチ。サイズも特に異常というワケじゃなくてごく平均的なイタチと同じくらい。本当にごく普通のイタチと変わらない……なんか頭のどっかに某司書長がよぎった気がするけど……今回の話とは関係ないから放置







 で、目の前のイタチが妖怪だと思った理由は実にシンプル。



 持ってるんだ。両の前足と尻尾に、爪とは見間違えようもないくらいに大きな刃を。



 弧を描いた刃はバルディッシュみたいな鎌を連想させる――“鎌”を持った“イタチ”。コイツが何なのか、もうみんなもわかったよね?







「お、カマイタチ。可愛かわえぇなー♪」



 そう。カマイタチ――なんだけど、正直『妖怪』って感じがしない。いぶきが評した通り、むしろ小動物的な可愛らしさが……







 小動物的な、可愛らしさが……







「………………えっと……」



 なんとなく確信して、振り向いた先で――











「ぅわぁ……♪」











 ………………えぇ。さっきまでビビりモード全開だった方が、ものっそ瞳を輝かせておられました。








「え!? ちょっ!? 何アレ!?
 なんかすんげぇ可愛いんだけど!?」

「な、何よ、いきなり!?
 ちょっと、ジン! この人どうしちゃったのよ!?」

「あー、えっと……
 この人、実はちっちゃ可愛い生き物が大好きなんだよ」



 そう。ジュンイチさんは小動物系の“可愛い生き物”が大好き。毎朝『今日のわんこ』をチェックしているのは伊達じゃないのだ。



「悪いかよっ!?
 可愛いんだぞ! 和むんだぞっ! 心のオアシスじゃんか!
 お前らはアレを見て、可愛いとは思わんのかぁっ!」

「そ、それは……」



 ちょっとアレなテンションのジュンイチさんの言葉に、なずなは促されるままカマイタチを見て……







「ぴぃ?」

「……うぅっ……」







 不思議そうに首をかしげるカマイタチの姿は確かに可愛らしい。なずなもなんか和んでるっぽい……けど、



「……って、敵じゃない! 何ボサッとしてるのよ!?」

「ぴぃっ!?」



 さすがは妖怪殲滅せんめつ派の霞ノ杜神社所属。我に返って槍をかまえるなずなの怒声に、カマイタチはあわてて草むらの中に引っ込んでしまった。



「待ちなさい!」



 そのまま、なずなはカマイタチを追いかけようと駆け出して――







「あかーんっ!」

「ふにゃあっ!?」







 その腰に飛びつくようにいぶきがタックル。なんか可愛らしい悲鳴と共になずなは正面につんのめった。



「す、ストップ! ストップやなっちゃん!
 アレは無害! 無害な妖怪!」

「妖怪に無害も有害もないわよ!
 アタシ達の仕事は、妖怪を倒すことでしょ!?」

「それは悪い妖怪の話やて! 無害な妖怪まで倒したらあかんやん!」



 止めるいぶきの腕を振り払って立ち上がると、なずながいぶきに反論する……んだけど、いぶきもいぶきで引き下がらない。



 …………イクトさん。これって……



「あぁ……
 二人の所属神社の方針の違いが、さっそく食い違ってきたようだな」



 いぶきは妖怪共存派の灘杜神社、なずなは妖怪殲滅派。その方向性の違いが、ここで二人を対立させている。



 カマイタチは根っから悪い妖怪じゃないから倒すべきじゃないと主張するいぶきに対して、なずなも妖怪なんだから悪いことをする前に退治するべきだって譲らない。



「カマイタチといえば風を操り、物質を切断する能力を有する妖怪よ!? どこが無害なのよ!?」

「それは一部のカマイタチやて!
 そら人を襲う例もあるけど、たいてい『棲んでた森を荒らされた』とか、『仲間を狩られた』とか理由あるんよ!」



 なずなに押し切られるかと思ったらいぶきも意外に食い下がる。こりゃ長引きそうだなー、とか思っていたら、







「はい、そこまで」







 そんな二人の間に割って入ったのは、意外なことにジュンイチさんだった。



「なずな。悪いけどオレはいぶきに賛成だ」

「はぁっ!?
 何言ってんのよ!? アンタだって妖怪嫌いなんでしょ!? 何かばってんのよ!?
 まさか、アイツは可愛いから無害だなんて言うつもりなんじゃないでしょうね!?」

「それだけじゃねぇよ」



 ………………否定しないんかい。



「けどな……お前が言ってるのは、『警察のお世話になったヤツがいるから全国のヤのつく職業のみなさんを皆殺しにしよう』って主張してんのと同じだぞ?」

「な…………っ!?
 なんでそんな話になるのよ!? 話が飛躍するにもほどってものが――」

「根っこにあるものは一緒だ。
 人を襲う個体がいるから、妖怪全部を悪として皆殺しにしよう……要するにそういうことだろ?」



 極端な物言いに思わず言い返すなずな……確かにジュンイチさんのたとえ話は極端だけど、言いたいことはわかる。



 確かに、妖怪は人を襲う。実際僕らも再三戦ってる。

 けど……全部がそうだとは思いたくない。全部の妖怪が悪だとしたら、僕らは妖狐である久遠や瘴魔であるイクトさんまで殺さなきゃいけないことになる。そんなのはまっぴらゴメンだ。



 人間だろうが妖怪だろうが、瘴魔だろうが関係ない。友達になれる可能性があるなら、ケンカするよりは仲良くした方がいいじゃないのさ。



「カマイタチとか座敷童の類は、基本的には最初から人襲うことはあれへんし、場合によっては味方なるケースもあるんよ」

「……じゃあさっきのアレが大きくなって、人を襲ったらアンタ、責任取れんの?」



 説得を続けるいぶきに対して、なずなは不機嫌な表情のままそう返すけど――











「お、えぇよ?」











 あっさりと……本当にあっさりといぶきは答えた。



「え?
 い、いぶき……?」

「あの子が悪さした時に、責任取ればえぇんやろ?
 そういうことなら話早いわ」

「どうする気よ?」

「あの子ともう一回会って話す」

「はぁ?」

「んで、灘杜ウチの子にする」

『はぁあっ!?』



 このいぶきの提案には、さすがに僕らも声を上げる。



 あのカマイタチを守る、くらいは言い出すとは思ってたけど……まさか一足飛びに保護するところまで話をすっ飛ばすとは。



灘杜ウチやと割と当たり前の発想やで?
 いくら悪いことせぇへん妖怪とは共存する、ゆぅても、住んでる環境からそれが許されへん、なんてこともあるし、親を亡くして、ひとりで生きてくにはまだ厳しい妖怪の子供なんかもおる」

「妖怪の子供……何度か話に挙がっている、妖怪が人間の女に産ませる、というヤツか?」

「そういう子もおるけど、妖怪もピンキリや。人間の女の子使わんと自分達の間で繁殖する子や、霊脈から自然発生してくる子もおる。
 そういう子達の中で、保護せぇへんと生きてくのが厳しいような子は、基本的に引き取ることにしとるんよ、灘杜ウチは。
 悪妖と言われる種の子供かて、ちゃんと育てて悪いことせぇへん子に育ってくれればそれが一番やしね」



 マスターコンボイに答えて、いぶきは改めてなずなへと向き直って、



「というワケで、次にあの子が現れた時は、手出し無用やで、なっちゃん」

「あ、アンタ……アタシがそれを守る保証があると思うの!?」



 なずなの問いに、いぶきは困った顔をしながら頭をかく。



「うーん、弱ったなぁ」

「アタシは弱らないわよ」

「なっちゃんはえぇ子やから、約束を守らへん子やないと思います」

「……約束をした覚えはないし、そんな保母さんみたいな言われ方されるとムカつくんだけど」



 まぁ、確かに約束はしてないね。なずなはただ『あのカマイタチが悪さをしたら責任を取れ』って言っただけだし。



「ま、一回触ってみればわかるて。
 カマイタチは人懐っこい妖怪やし」

「だいたい、今さっき脅かしたばかりなのに、懐くはずないでしょ」



 いぶきの楽観的な物言いに、思わず反論したなずなだけど……



食べ物たべもんあげたら、たいがい懐くで」

「あぁ、アンタと一緒なワケね」

「あ、言われてみればそうやねー」

「あー、もうっ! イヤミのひとつも通じやしないんだから、この子わっ!」



 えっと……ドンマイ、なずな。



「まぁ、巣を見つけたら試してみ?」

「襲ってきたら、即ぶった斬るからね」







 ともあれ、カマイタチの処遇についてはいぶきに任せることにして、僕らはひとまずその後を追いかけることにした。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 カマイタチの後を追いかけるのは簡単だった。柾木ジュンイチがあのカマイタチの妖気をトレースし、その位置を正確に追尾していたからだ。



 で……現在、あのカマイタチの巣のすぐそばの茂みにそろって身を潜めているところだ。



「お、おったおった」



 そのまま待つことしばし、気づいた嵐山いぶきが声を上げて――周囲を警戒しながら、カマイタチが姿を現した。



 データと照合……特徴が一致。さっきのカマイタチで間違いないようだ。



「ぴぃ……」



 明らかにこちらに気づき……そして、警戒している。やはり、先ほど雷道なずなが脅かしたのが尾を引いているようだ。



「やっぱり怯えてるわね」

「どっかの誰かが、思いっきり脅かしてくれたからな」

「う、うっさいわねっ!」

「ま、そらしゃあないわな。過ぎたことや。
 それよりほら、食べ物たべもんや」



 小声で話す雷道なずなとジン・フレイホークをよそに、嵐山いぶきがカマイタチに向かって、軽く食料を放り投げる。



「ぴ!」

「……反応した!」

「しーっ! なっちゃんは大人しゅうしといてや」

「……っ!」



 槍を手に飛び出そうとした雷道なずなを嵐山いぶきが制する――先ほど「手出し無用」と話がまとまっていることもあり、雷道なずなも今回はおとなしく引き下がった。



 一方のカマイタチはというと……しばらく食べ物の周りをぐるぐる回っていたかと思うと、やがてそれを抱えて草むらの中に戻ってしまった。



「……どうするのよ。引っ込んじゃったじゃない」

「もう少しの辛抱や。
 ここは妖怪テイマーのいっちゃんにお任せのターンやで」

「……アンタ、いつの間にそんな職業に就いたのよ」

灘杜ウチの見習いはみんな、妖怪の仔の飼育係やらされるからなー。こういうのは得意中の得意なんよー」



 なるほど。さっきも妖怪の子供を保護していると言っていたしな。そういった飼育の技術も、灘杜神社では必要とされるワケか。



 ともあれ、オレ達は茂みに身を潜ませて様子をうかがう……







「…………はわぁ……」



 ………………とりあえず、そこで和んでいるバカは放置の方向で。今回コイツは本気で役に立ちそうにない。ヤツと戦闘になるとも思えんし。







 とにかく、さらにしばらく様子をうかがっていると、再びカマイタチが姿を現した。



 先ほど嵐山いぶきが食べ物を与えたのが効いているのだろう。また食べ物がもらえると思っているのか、先ほどよりは、少なからず警戒が和らいできている様子だ。



「うぅ……」



 その小動物然とした振る舞いは確かに『妖怪』という名の持つ“悪”のイメージは感じられない。実際、雷道なずなも目の前のカマイタチの仕草のひとつひとつに和みそうになっている。



可愛かわええやろ?」

「そ、それでも、妖怪は妖怪じゃない」

「意地っ張りやなぁ……」



 で……嵐山いぶきにいじられるワケだ。初登場時の自信家ぶりはどこへやら、だな。



「ほら、まだ食べ物たべもんあるでー。美味しいでー」



 再び、嵐山いぶきが手に食料を持って、カマイタチを呼ぶ。



「ぴぃっ!?」



 だが――さっきまでと違い、怯えた様子でカマイタチは草むらに隠れてしまった。



「……また、引っ込んだわよ?」

「待って……これは」



 今回は、オレにも何が起きているかわかった。



 けっこうな“力”が、こちらに向かってくるのがわかる。



 あのカマイタチと似て非なるこの気配は……







「ギシャアァァァァァッ!」







 大蜘蛛だった。



 それも、この郷に来て以来何度も戦ってきた大蜘蛛どもとはワケが違う。一回りも二回りも巨大な、ちょうどロボットモードのオレと同じくらいの大きさの身体を揺らしながら、血走った複眼で周りを見回している。こいつは……



「………………柾木ジュンイチ。炎皇寺往人」



「言いたい事はわかるよ。
 そっくりだもんなー。ミールになりそこなったクモ型下級瘴魔に」

「確かに似ているが、こいつからは瘴魔力を感じない。
 安心しろ。ただ大きく育っただけの、妖怪の大蜘蛛だ」

「いや、あんなデカイの相手に安心せぇ言われてもっ!」



 オレに答えた二人の言葉に嵐山いぶきが声を上げる……まぁ、まだ新人の貴様にとっては、あの程度の相手でも十分に脅威か。



「あんなデカブツ相手に『あの程度』って……
 アンタ達、いったいどんなヤツらを相手にしてるのよ!?」

「恭文以外は全員が対ユニクロン戦を経験してきてますが何か?」

『ユニ……っ!?』



 柾木ジュンイチにあっさりと返された巫女組が絶句している――あぁ、そうか。こいつらの年代だと、10年前の“GBH戦役”でグランドブラックホールによって被災しているんだったな。







 ………………さて、コイツらは、オレがあの一件でグランドブラックホールを暴走させた張本人だと知ったらどう出るだろうな?







 ……っ、と、それよりも今は目の前の大蜘蛛だ。



「やばっ、巣が壊される……!」

「……そんな悠長なこと言ってる場合?
 アイツ、こっちに興味が移ったみたいよ?」



 雷道なずなの言う通り、カマイタチの巣の近くをうろついていた大蜘蛛は、先ほどはチラチラとこちらを見ている程度だったのが、今では完全にこちらへと向き直っている。



「ちなみにみなさん」

「何よ」

「アレはどう見ても悪い妖怪です」

「あれだけ悪意を放出していたら、どれだけ鈍くてもわかるわっ!」

「アタシ達を捕食する気満々じゃない!」



 嵐山いぶきの言葉にジン・フレイホークと雷道なずながツッコんで――散開したオレ達のいた辺りの地面を、大蜘蛛の振り下ろした前足が粉砕した。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 襲ってくる以上手加減しない。この大蜘蛛は敵認定でブッ飛ばす!



 そんなワケで――



「マスターコンボイ!」

「わかっている!」

《Human Form,Mode release.》



 僕の呼びかけに応じて、マスターコンボイがヒューマンフォームへの変身を解除。本来の姿であるロボットモードへと変身する。



 あのサイズの敵を相手にするなら、やっぱりコレでしょ。と、いうワケで、いきますっ!



「やっちゃん!?」

「あー、とりあえず見てろ。けっこうスゴイものが見られるからさ」



 声を上げるいぶきにジュンイチさんが答える。別に、いぶき達への見世物っていうワケじゃないんだけど……



「とにかくいくよ、マスターコンボイ!」

「おぅっ!」











『ゴッドオンッ!』











 その瞬間――僕の身体が光に包まれた。強く輝くその光は、やがて僕の姿を形作り、そのままマスターコンボイと同等の大きさまで巨大化すると、彼の身体に重なり、溶け込んでいく。

 同時、マスターコンボイの意識がその身体の奥にもぐり込んだのがわかる――代わりに全身へ意思を伝えるのは、マスターコンボイの身体に溶け込み、一体化した僕の意識だ。



《Saber form》



 トランステクターのメインシステムが告げ、マスターコンボイのボディカラーが変化する――グレーだった部分が、まるで染め上げられていくかのように青色に変化していく。

 それに伴い、オメガが分離――巨大な両刃の剣が真ん中から別れ、二振りの刀となって両腰に留められる。

 そして、ひとつとなった僕ら二人が高らかに名乗りを上げる。







《双つの絆をひとつに重ね!》

「ふざけた今を覆す!」



「《マスターコンボイ・セイバーフォーム――僕(オレ)達、参上!》」











「ウソッ!? やっちゃんとまーくんが!?」

「一体化した……!?」



 ゴッドオンした僕とマスターコンボイの姿に、いぶきとなずなが驚いてる……あれ、そういえばゴッドマスターについての説明ってしたっけ?



《………………していないな》



 あー、そっか。してなかったか。



「まぁ、とりあえず……こういうことができるって思っておいてよっ!」



 とにかく今は大蜘蛛をブッ飛ばすこと方が先決だ。思い切り地を蹴って、距離を詰めると双剣となったオメガで大蜘蛛に斬りつける。



 対して、大蜘蛛も前足をうまく使って僕の斬撃を受け止めると、こちらに向けて口を開けて――って!?



《させんっ!」



 とっさにマスターコンボイが動いてくれた。僕と主導権を交代すると、展開したラウンドシールドで大蜘蛛の吐き放った糸を阻む。



「クモそのものの生態まで無視するかっ!
 クモの糸は尻から出すものだろうがっ!」

クモ瘴魔ミールもそうじゃなかったっけ!?》

「そういえばそうだったなっ!」



 軽口を叩きながら、マスターコンボイは大蜘蛛を思い切り蹴り飛ばし、




「オメガ!」

《Hound Shooter》



 放った魔力弾の雨が大蜘蛛へと襲いかかり、



《今度は……僕だっ!」

《Stinger Snipe》



 続けて僕と交代。アルトの制御下にある方のオメガでスティンガーを叩き込む。



「ギシャアァァァァァッ!」



 魔力弾をたて続けに撃ち込まれて怒ったのか、大蜘蛛が糸を吐いてくる――けど、



「焼き払わせてもらう!」



 イクトさんが割って入った。巻き起こした青色の炎が大蜘蛛の糸を焼き払って、



「カマイタチたんを……いぢめるなぁっ!」



 ジュンイチさんの蹴りが、大蜘蛛の顔面を蹴り飛ばす!



「決めろ、恭文! マスターコンボイ!」



 ジュンイチさんに、言われるまでもないっ!



《恭文!》

「うん!」



「《フォースチップ、イグニッション!》」




 僕とマスターコンボイの咆哮が交錯し――僕ら二人のもとにセイバートロン星のフォースチップが飛来した。そのまま、背中のチップスロットに飛び込んでいく。

 それに伴って、僕が宿るマスターコンボイの両足、両肩の装甲が継ぎ目にそって展開。内部から放熱システムが露出する。



《Full drive mode, set up》



 僕らに告げるのはトランステクターのメイン制御OS――同時、イグニッションしたフォースチップのエネルギーが全身を駆け巡ったのがわかった。四肢に展開された放熱システムが勢いよく熱風を噴出し始める。



《Charge up.
 Final break Stand by Ready》




 強烈なエネルギーが周囲で渦巻く中、制御OSが告げる――僕らのかまえた二振りのオメガに、フォースチップのエネルギーが集中していく。

 そして、僕らは地を蹴った。

 ヨロヨロと身を起こす大蜘蛛との距離を一気に詰めて――





《鉄煌――》



「双閃っ!」





 双剣による渾身の二連撃が、大蜘蛛の胸に思い切り叩き込まれる!



 間髪入れず、僕らが後退――同時、大蜘蛛に叩き込まれたフォースチップのエネルギーが炸裂した。

 余波で周囲に飛び散っていた余分なエネルギーにも引火。大爆発となって、大蜘蛛は大きく放物線を描いて吹っ飛んで大地に叩きつけられる。



 それでも、なんとか立ち上がる大蜘蛛だったけど、それが限界だった。力尽きた大蜘蛛がその場に崩れ落ちて――自分の身体を構築していた“力”をまき散らしながら消滅していった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「あー、えっと……」

「あたし達……出る幕なかったわね……」

「ま、いいんじゃないの? 楽できたと思えばさ」



 相手がデカブツということもあって、迷わずマスターコンボイとゴッドオンして対応したけど……おかげで本職であるはずのこの二人が動く前に片づいた。呆然とつぶやくいぶきとなずなに答えて、僕はマスターコンボイとのゴッドオンを解除する。



「ちょっと、何よ今の!?
 なんで恭文がマスターコンボイと一体化してるの!?」

「あー、まぁ、そういうことができる特別な機体があるんだよ。
 で、いろいろあった結果、元のボディからその機体のひとつにスパークが移植された、ちょっと特殊なトランスフォーマーなんだよ、マスターコンボイはね」



 詰め寄ってくるなずなに答えて……あの、なずな?



「何よ?」

「足元」

「え……?」







「ぴぃ……」

「……っ!?」







 そう。あのカマイタチが足元にいた。驚いて飛びのくなずなだけど、







「なっちゃん、武器引っ込めて!」

「え?」

「妖怪は鉄の臭いあかんのよ。
 まーくんも人間の姿に戻って!」

「『戻れ』って……あのなぁ、オレはもともとこっちの姿の方が本来の姿で――」

「えぇからはよう!」

「お、おぅっ!」



 いつになく強気のいぶきに一喝されて、マスターコンボイはあわててヒューマンフォームへと変身する。



「おー、よしよし、こっちおいで」



 一方いぶきはその場にしゃがみ込み、にこやかにカマイタチを手招きしていた――なずなといぶきを交互に見ていたカマイタチだけど、自分を受け入れてくれているのがわかったんだろう。いぶきのヒザにピョンと跳び乗った。



「ほーか。お礼言いに来てくれたんかー。ほんならあっちのお姉さんにもごあいさつしよか」

「ぴ、ぴぃ……?」



 いぶきがなずなを指さすと、カマイタチは少し怯えた様子でなずなを見た――まぁ、最初に脅かしてるしね。



「大丈夫やで。怖い顔してるけど、ホンマは優しい人やから安心しぃ」

「……誰が怖い顔よ」



 そうやって額に血管浮かしてる姿がだよ。



「まぁまぁ。そんな怖い顔しとったら、逃げてまうよ。はい」



 笑いながら、いぶきは両手でカマイタチを抱き上げて、なずなのヒザに乗せた。



「っ!?」

「ぴぃ」



 激しく動揺するなずなを、不思議そうに首をかしげて見上げるカマイタチ。



「あ……う……」



 どうしていいかわからず、なずながこっちを見る……いや、僕らに助けを求められても困るんだけど。



「なでたると、喜ぶで」

「そ、そうなの……?」



 いぶきの忠告に従い、なずなはおっかなびっくり、っていう感じでカマイタチの頭から首筋をなでた。



「ぴぃ♪」



 そしたら、カマイタチの方もうれしそうになずなの手に肌をすりつける。



「ほ、本当だ……」



 なでられるのがうれしいのか、カマイタチはなずなの手の中でしきりに鳴き声を上げていた。



「ぴぃぴぃぴぃ」

「あ、あはは……可愛い」



 最初はぎこちなかったなずなの手も、少しずつカマイタチをなでるのに慣れていく。



 だから……



『………………』

「って、なんでみんなしてそんな生暖かい目でこっち見てるのよ!?」



 僕らから微笑ましい視線を向けられたりするワケで。



 自分の緩みきった視線に気づいて、真っ赤になってこっちをにらんでくるなずなだけど……



「そない大きい声出したら、その子、驚いて逃げてまうでー?」

「うっ……」



 もはやなずなのターンは回ってこない。いぶきにそう言われると、カマイタチを抱きかかえているなずなはもう黙るしかない。



「お、憶えてなさいよ……!」



 恨めしそうに僕らをにらみつけて……





















 結局、なずなはそれから実に1時間近くもカマイタチを愛でたのでした。まる。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「ぴぃ」

「んー? 何や、人里が珍しいんか?」



 最初の「灘杜ウチの子にする」って宣言通り、いぶきはカマイタチを連れて郷まで戻ってきた。今はいぶきによって突っ込まれた彼女の胸の谷間……うん、谷間なの。そこから顔を出して、しきりに郷の様子を見回している。



 もちろん、みなせが見つけたっていう霊脈も調べてきた。どうも僕らが倒したあの特大の大蜘蛛がパワーアップした原因も問題の霊脈だったみたいで、いぶきとなずながしっかり妖怪除けの結界を張ってくれた。こればっかりは僕らにはできない仕事。今回活躍できなかった二人の面目躍如である。



「それで、実際どうするのよ。
 戦いには連れてってあげられないわよ、その子?」

「まぁ、留守の間は、みっちゃんにお世話頼むかなぁ」

「確かに、龍宮神社も共存派だ。受け入れるのもやぶさかではないだろうけど……アイツ、妖怪の世話とかできるのか?」

「共存派の神社がみんな、灘杜みたいに妖怪の保護をしてるワケじゃないしね……」



 いぶきの神社に保護するとは言ったけど、今起きてる神隠し事件が片づかない限り、連れて帰ることはできないワケで。それまでの間の世話をどうしようかっていうのが今の話題。いぶきの答えにジンやなずなが新たな疑問をぶつけていると、



「あ、みなさん。こんにちは」



 現れたのは茶屋の娘、奥田杏さん……見れば、その手には何やら大きな袋を下げていた。



 …………ん? この袋から漂ってくる甘い香りは……



「や、杏ちゃん、こんにちはー。
 えぇもん持ってるやん」



 いぶきも気づいたらしい。そんな彼女に苦笑して、奥田さんが見せてくれた袋の中身は袋いっぱいに詰められた桃。しかもかなり新鮮。



「どこかに届け物だったのか?」

「あ、はい。
 ちょうどみなさんにおすそ分けしようと思ってたんです」



 尋ねるイクトさんに奥田さんが答える。どうやら僕らが詰め所にしている湯杜神社に向かう途中だったらしい。



「わ、えぇなー。
 桃大好物やねん」

「アタシも嫌いじゃないわね」

「オレもオレもーっ!」

「喜んでいただこう」

「はいはい。そこの大食い二人は黙ってようねー」

「よかったです。冷やして食べてくださいね」

「ぴぃ」



 と、奥田さんの手の桃の匂いに反応したのか、いぶきの胸元からカマイタチが顔を出した。



「わっ」

「か、可愛いですね。
 見たことない生き物ですけど……イタチ、ですか?」

「うん、まぁ……そのイトコみたいなもんかなぁ」



 うん、いぶきナイス。奥田さんは妖怪にさらわれたばっかりだし、そこで言葉をにごしたのはいい判断だ。



「あの……触ってみても、いいですか?」

「うん、えぇよー。
 はい、どうぞ」



 いぶきは、警戒していないせいか鎌を引っ込めているカマイタチを両手で抱え上げると、奥田さんに差し出した。



「は、はい」

「ぴぃっ」



 そろそろと近づいた奥田さんの手に飛び乗ると、カマイタチはそのまま彼女の肩まで駆け上がってその頬に自分の頭をすりつける。



「あ、こら、じゃれないの」



 ……なんか、仲よさそうだね。



「そうだな。
 妖怪相手と心配ではあったが、印象は悪くなさそうだ……だから柾木ジュンイチは嫉妬の炎を燃やすな。お前のことだから絶対カマイタチではなく奥田杏の方に殺意向けてるだろ」

「当たり前だ。カマイタチたんが、カマイタチたんが……っ!」



 ……あー、マスターコンボイのセリフじゃないけどさ、血涙流してまで嫉妬するのはやめようか、うん。





「あ、せや」







 とにかく、奥田さんとカマイタチの仲がよさそうなのは確かで……と、その様子を見ていたいぶきがいきなりポンと手を打った。



 で、何を言い出したかというと……



「杏ちゃん、その子、飼わへん?」



 ………………え?











『…………えぇぇぇぇぇっ!?』









 驚く僕らをよそに、いぶきがカマイタチを手に入れた経緯を奥田さんに説明した。







「……ちゅーワケなんよ」

「はぁ……それで」







 話を聞いて、奥田さんがこっちを見る……僕らが驚いた理由、察してくれたみたいだ。



 妖怪相手にさらわれたワケだし、とりあえず奥田さん相手にはごまかそうとしてたはずなのに、いきなり手のひら返してカマイタチを預けようと言い出したんだから、そりゃ僕らも驚くってもんだよ、うん。



「ムリならいいのよ?
 その子、妖怪なんだし……」



 同じく奥田さんを心配したなずながそう言うけど、当の奥田さんはカマイタチを手に抱いたまま、首を振った……縦に、じゃない。左右に。



「い、いえ。この子なら、大丈夫そうです。
 飲食店ですから、お店の中だとダメですけど、家の方でしたら……」

「ボディガードとしても使えるし、頼りになるよ」

「はい」



 ……ホッ。よかった。受け入れてくれそうだね。



「そうだな。
 保護権持っていかれたのは残念……本っ当っ! にっ! 残念だけど、これはこれでいい結果かもな。
 杏ちゃんにとっても……なずなにとっても、な」



 …………え?

 『なずなにとっても』って……ジュンイチさん、どういうことですか?



「忘れた? 最初殺る気マンマンだったアイツが、結局矛を収めたんだぜ。
 妖怪殲滅派っていうから、共存派のいぶきやその辺ケースバイケースなオレ達とはソリが合わないだろうと思ってたけど、なかなかどうして。話のわかるヤツじゃんか」

「対抗馬候補としてケンカ売った価値はあった……ですか?」

「さて、何のことやら」



 あっさりとシラを切って、ジュンイチさんはいぶき達へと視線を戻す。



「お前もよかったなぁ。
 杏ちゃんトコやったら、甘いモン食べ放題やで?」

「ぴぃ♪」

「……食べ過ぎて、デブイタチにならないでね」

「ぴぃ!」



 冷ややかに言うなずなに、カマイタチは飛び上がって反論する……確かに、殺る気マンマンだった彼女はどこへやら、だね。



「まだまだやることは山積みだけど、この急造チームもそれなりに機能しそうだし、なんとかなりそうだな」

「だからって探索怖がって後方組に回ったりしないでくださいよ。
 対魔系能力者なジュンイチさんの能力はかなりあてにしてるんですから」



 釘を刺す僕の言葉にすぐさま視線をそらす――ちょっとはごまかす努力とかしましょ…………ん?



「………………?
 どうした? 恭文」

《マスター?》

「あぁ、うん。なんでもない」



 一瞬しか見えなかったし、たぶん見間違いだろう。不思議そうに声をかけてくるジュンイチさんやアルトに答えて、いぶき達の雑談の輪に加わらせてもらう。







 まぁ……見間違いだよね。



 いぶき達の話の通りなら――





















 この郷には、いぶき達以外には退魔巫女は来ていないはずなんだから。







(第5話に続く)


次回予告っ!

ジュンイチ 「あ〜ぁ、結局カマイタチは杏ちゃんトコか……」
いぶき 「じゅんさん、ひょっとして飼いたかったんですか?」
なずな 「アンタ……妖怪嫌いはどこ行っちゃったのよ……?」
ジュンイチ 「オレの妖怪嫌いをぶっちぎるほど可愛いってことだろうがっ!
 あー、杏ちゃんがお店に連れてきてくれるなら、毎日だって通い詰めてやるのにっ!」
なずな 「………………あのさ、ジン」
ジン 「わかってる。
 ジュンイチさんが奥田さんちに押しかけないように、ちゃんと監視しとくから」
ジュンイチ 「カマイタチぃっ! かむばぁ〜っくっ!」

第5話「沼の 主 現る」


あとがき

マスターコンボイ 「前回雷道なずなが加わって形ができた対神隠しチーム。その初出動となった第4話だ」
オメガ 《初出動が神隠し被害者後回しなのはご愛敬ということで》
マスターコンボイ 「ツッコむなよ! スルーしようとしていたんだから!」
オメガ 《いや、事前に言っておかないと聡明な読者の誰かがツッコんでくるかもしれないなー、と》
マスターコンボイ 「……お前のそのバラシに対してツッコんでくる、という発想はないのか?」
オメガ 《喧嘩上等!》
マスターコンボイ 「売るな、バカっ!」
オメガ 《……まぁ、それはともかく、今回の話で、一応このシリーズでのテンプレートは仕上がった感じですかね?》
マスターコンボイ 「あぁ……メンバー的にも、役回り的にもな。
 基本的に、柾木ジュンイチが怖がり、雷道なずなが妖怪にケンカを売り、嵐山いぶきが間に立つ、と。
 オレ達については、まぁ、実働要員だな」
オメガ 《兼フラグ要員》
マスターコンボイ 「そこに触れるなっ! 恭文が泣くからっ!」
オメガ 《泣く人間がミスタ・恭文だけで済めばいいんですけどね……》
マスターコンボイ 「………………あぁ、ジン・フレイホークか」
オメガ 《……徹底的に自分がからむ可能性を否定するつもりですね……》
マスターコンボイ 「当たり前だ。
 オレがラブコメなんぞやるキャラに見えるか?」
オメガ 《見えないキャラほど壊したがるのがウチの作者の悪いクセだと思いますけど》
マスターコンボイ 「………………言うな。心の底から不安だから。
 ……と、そんなことを話しているうちに、今回もお開きの時間だ。
 では、また次回の話で会うとしようか」
オメガ 《次回もぜひ読んでくださいね》

(おわり)


 

(初版:2011/07/23)