#S02
「蘇る少女」
「ミスティ……コーンウェル……?」
「それが、あの娘の名前なの?」
パルフェのプリントアウトした救命ポッドのデータに目を通し、ディータと璃緒がつぶやく。
「年齢は14歳。
もちろん、63年の冷凍睡眠時間は計算に入っていない」
「そりゃそーだろ。
それまでカウントに入れたら77だぜ」
ドゥエロにツッコミを入れながら、悠はポッドからダウンロードしたデータを医療室のコンピュータで解析している。
他に彼女の素性を示すデータがないか確認しているのだ。
その場には彼らだけでなく、彼女のことを聞きに来たマグノやブザムの姿もあった。
本当は興味を示したニル・ヴァーナ中のクルーが押しかけてきていたのだが、ドゥエロの指示によって外にしめ出されていた。
「で? どこから来たのかはわかるかい?」
「あぁ、それならさっき見つけたデータにそれらしいのが……」
マグノの問いに、悠はファイルを開き、
「あぁ、これだこれだ。
……ん?」
「どうした?」
ファイルに目を通して眉をひそめた悠に、ブザムが尋ねる。
「こいつぁまた、とんでもないトコからのお客さんだぜ。
……冥王星だよ。この娘の実家」
「冥王星?」
「地球のある太陽系の、一番外側を回っている星だ」
悠に聞き返すヒビキに、メイアが説明する。
「じゃあ、刈り取りの親玉のすぐそばじゃんか!
そんなトコのヤツが、どうして?」
「さぁな。そいつぁ当人に聞くしかねぇよ。
ポッドの中のデータが山のようにある以上、検索するよりそっちの方が早いからな」
悠がヒビキに言うと、
「……う……ん……」
タイミングよく、ベッドに寝かされていたミスティが目を覚ました。
「……ここは……?」
「わかった! ココアが飲みたいんだね!」
「ンなワケないでしょ」
思いっきり聞き間違えて医療室を飛び出していこうとするディータをジュラが止めると、
「ほら、煎れたてのコーヒーだ。
熱いからな、こぼすなよ」
言って、悠がミスティにコーヒーの注がれたマグカップを差し出す。
「あ、ありがとう……
それで、ここは……?」
マグカップを受け取ってミスティが尋ねると、メイアがキッパリと答える。
「海賊船だ」
その瞬間、ミスティは思わず硬直、その拍子にマグカップを落とし――
――パシャッ。
「あちちちちっ!」
「……人の話聞いてたか? お前……」
コーヒーをヒザの上にこぼして絶叫するミスティに、悠はあきれてうめく。
が――ミスティはそんな悠の言葉にも過剰に反応し、素早く医務室のスミへと逃げ出してしまう。
「ちぢまるなちぢまるな。
少なくとも、この船はお前のイメージしたような海賊船とは違うから」
「……本当……ですか?」
聞き返すミスティに、悠は笑顔でうなずき返し――ミスティはようやく落ち着きを取り戻した。
「この船の名はニル・ヴァーナ。今いるのは医療室だ。
地球の刈り取りメカに狙われていた君を偶然見つけて、この船に収容したんだ」
ドゥエロがそうミスティに説明すると、彼女は驚いたような表情で彼へと振り向いた。
「刈り取りに……?
じゃあ、みんなは、刈り取りと戦ってるっていうんですか?」
「あぁ。
そして、あちらにいるのが、お頭の……」
「マグノ・ビバン。よろしくね、お嬢ちゃん」
メイアの答えとマグノの自己紹介に、ミスティはきちんと座り直すと、
「私、ミスティっていいます。
あの……私の入っていたポッド、まだ捨ててませんか?」
「あぁ。格納庫にあるぜ」
となりでヒビキが答えると、ミスティは彼に言った。
「じゃあ、私をそこへ連れてってください。
みなさんに、受け取ってほしいものがあります」
「渡すものって何だろ……?」
「さぁな」
ディータのつぶやきにヒビキが答え、一同は格納庫へとやってきた。
「で? このポッドにまだ何かあるっていうのか?」
「うん。ちょっと待ってね」
悠に答え、ミスティがポッドのパスワードキーに何やら打ち込むと、
――プシュゥ……
音を立て、ポッドの内壁の一角が開き、中からひとつの小箱が現れた。
「それのこと? 受け取ってほしいものって」
「うん」
璃緒に答え、ミスティは小箱を手にとってマグノへと向き直り、
「これには、私が預かってきた、冥王星からのメッセージカプセルが入っています。
刈り取りと戦う者に渡すよう、言われたんです」
「言われた? 誰にだい?」
マグノが聞き返すと、ミスティはいきなり寂しそうに目を伏せる。
「………………」
そんなミスティの様子に、意味するものを察したマグノは悠へと向き直り、言った。
「じゃあ悠、解析は頼んだよ」
「え!? オレがやるのかよ!?
部屋が割り当てられたって言うから、ピットキャリーから引っ越そうと思ってたのに……」
マグノの言葉に、悠はボヤきながら頭をかいていたが、やがてため息をついて言った。
「……はいはい。わかったよ。わかりました。
よく考えたら、60年前のパスワードシステムを使えるのはオレだけなんだし、拒否権なんか最初からないんだよな」
「そういうことだよ。
ピョロ、あんたも手伝っておやり」
「合点! 任せておくピョロ!」
マグノに指名され、ピョロは「大役光栄!」とでも言いたげに答えた。
「やっぱり、あたしも手伝った方がよかったんじゃないかな?
あのカプセル、あたしのなんだし」
「かもしれないが、今のキミは冷凍睡眠から覚めたばかりで体力が完全に戻っていない。
今は休養するのが最優先だ」
つぶやくミスティに言って、ドゥエロは彼女を医療室のベッドに寝かす。
と――
「おい、ドゥエロ」
ヒビキが言い、エズラを支えたディータと共に入ってきた。
「ここに来るのしんどそうだったから、UFO女と一緒に連れてきたぜ」
「ありがとうね、ディータちゃん、ヒビキちゃん」
ヒビキが言う後ろで、エズラが礼を言って席に座る。
「そうか。今日は検診の日だったな」
ドゥエロが言うと、ベッドの上で興味を示したのはミスティである。
「え? その人、妊娠してるの?」
「うむ。もういつ産まれてもおかしくないそうだ。
私も、何分経験がないので、学びながらの診察となっているのだが……」
ドゥエロの答えに、ミスティはますます興味をそそられたようだ。ベッドの上から落ちそうなほど身を乗り出して、
「じゃあ、結婚してるの?
ねぇねぇ、お父さんってどんな人なの?」
その言葉に、ヒビキ達は意味をはかりかねてキョトンとするしかない。
無理もない。男女が別れて暮らしていたヒビキ達にとって、結婚という考え自体がわからないものなのだ。
「……? どうしたの? みんな固まっちゃって」
ミスティの問いに、いち早く我に返ったドゥエロが説明した。
「実は、我々は長いこと男女が別れて暮らしていたのだ。
この船は、ひょんなことからその男女が一緒になってしまった稀なケースと言っていいだろう。
つまり――」
「結婚とかお父さんとか、わかんないの?」
ミスティの問いに、ヒビキ達はコクコクとうなずいてみせる。
「そうだ。
そして、この船にいる人間の中で男女の共存を知っているのはキミと水上兄妹だけというのが、現在の状況だ」
「……話が合いそうね、その人達とは……」
ドゥエロの結論に、ミスティはため息まじりにそうつぶやいたのだった。
「ぶえっくしょんっ!」
「うわわわわっ! 汚いピョロ!」
いきなりくしゃみした悠に、彼の正面でコードをつながれていたピョロがあわてて逃げる。
「悠! いきなり何するピョロ!」
「わ、ワリぃ、いきなり鼻がむずがゆくなってな……」
顔をぬぐいながら文句を言うピョロに、悠は素直に謝る。
「誰かウワサでもしてるんじゃないピョロか?」
「いいウワサなら、大歓迎なんだけどな。
ンなことより、今はこいつだ」
ピョロに言って、悠はモニターに向き直る。
「……ったく、どーなってんだよ、これ……」
そこにはモニターに文字の羅列が一面に表示されていた。
メッセージカプセルに仕込まれていた暗号コードである。
「ったく、ポッドだけでも手間だったっつーのに、なんだってカプセルにまでこんな難解な謎解きパスワードを仕込むかねぇ……?」
「大丈夫ピョロか?」
つぶやいて考え込む悠に、ピョロが心配そうに尋ねる。
「ま、なんとかなっだろ。
昔の推理小説の探偵がこんなこと言ってたぜ。『人間の考え出したものが、人間に解けないはずがありません』ってな♪」
悠が言って解析を続け――
「――――――!?」
突如、“何か”を感じて立ち上がった。
「ど、どうしたピョロ?」
「この感じは……
……間違いない! 近くにキューブタイプがいる!」
「敵がいるって!?」
〈あぁ。間違いない!
この感じだと……ピロシキ級が少なくとも2隻、周りの暗礁宙域に隠れてやがる!〉
聞き返すマグノに、レーダー室から通信してきている悠が答える。
「レーダーに反応は?」
「今のところは……
しかし、悠さんの言う通り、この周囲には暗礁が多くて、レーダーに映らない部分もあります。可能性は否定できないと思います」
ブザムの問いに、レーダーで周囲の様子を確認しながらアマローネが答える。
「……安全より、危険の可能性を考慮すべきだな。
お頭、偵察にドレッドを何機か――」
ブザムがマグノに言いかけた、ちょうどその時、
ドォンッ!
いきなりの衝撃が、ニル・ヴァーナに叩きつけられた。
「くっ、どうやら遅かったようだね……
BC!」
マグノが言い、その言葉を受けたブザムは力強くうなずいた。
「了解しました。
ドレッドチーム発進! 全艦戦闘態勢!」
その衝撃は、レーダー室にいる悠達の元へも届いた。
「くそっ、気づくのが遅れたか!
ピョロ、作業は中止! オレも出撃するぜ!」
言って、悠はあわててレーダー室を飛び出していこうとするが、
――ボンッ!
突然、こんな状況じゃなきゃ「盛大だ」とでも感想がつきそうな音と共にピョロがショートし、それと同時に部屋の中の電源が落ちてしまった。
「なんだ!?」
悠が驚いて振り向くと、ピョロは完全に機能を停止している。
「こいつぁ……カウンターウィルス!?
くそっ、プロテクトだけだと思って、完全に裏をかかれた!」
現象の正体に気づいて声を上げ――悠は事態の深刻さに気づいた。
「――ってことは!」
あわてて悠はレーダー室のドアへと駆け寄るが、完全に電源の落ちてしまったドアはビクともしない。
「おいおい……かんべんしてくれよ……」
一方、カウンターウィルスの影響はブリッジにも、そして艦全体にも及んでいた。
「状況は!?」
「現在、艦内のメインシステムの80%がダウンしています。
サブシステムでなんとかフォローできている状態ですが、いつまでもつか……」
尋ねるブザムに、艦内のコンディションをチェックしたベルヴェデールで険しい表情で答える。
「くっ……悠と連絡が取れれば、まだ打つ手はあるが……!
ミドリ、ドレッドチームに連絡はとれるか?」
「え? えぇ、通信回線のダウンは、艦内のみでとどまっていますから……」
「なら、すぐに伝えてくれ。
現在ニル・ヴァーナは正常に機能していない。
各機、ニル・ヴァーナの防衛を最優先に行動しろと!」
「なんだって!? ニル・ヴァーナが!?」
〈はい。だから、なんとかみなさんでもちこたえてください!〉
通信を受けて思わず声を上げるメイアに、ミドリが答える。
「で!? 悠は大丈夫なの!?」
〈連絡が取れないので断定はできないんですけど……たぶん、レーダー室に閉じ込められていると思います〉
「ったく、あいつは肝心な時に!」
バーネットに答えるミドリの言葉に、ジュラが憤慨して言う。
「どうしよう! 悠さん、助けに行かないと!」
言って、ディータが自機を反転させようとするが、
「おい、待て! 行くな!」
それを、ヒビキの一言が呼び止める。
「宇宙人さん……?
けど、悠さんが……」
「戦うことはオレ達だけでもできる! けど、あのパスワード解析は、あいつにしかできねぇ!
おめぇはもちろん、オレ達の誰が行ったって、今のあいつの役には立たねぇんだよ!
だからオレ達は……意地でもあいつらを守るんだ!
あいつらががんばってる、ニル・ヴァーナをな!」
そのヒビキの強気な姿勢は、あわてていたディータに落ちつきを思い出させたようだ。ディータはヒビキにしたがって真剣な表情でうなずく。
「わかった! ディータがんばる!」
「へっ、その意気だ!
おい、合体は誰とすりゃいい!?」
ディータに答え、メイアに尋ねるヒビキの言葉に、メイアは即答した。
「敵は何を出してくるかはわからない。
ある程度対処できるよう、万能型のヴァンドレッド・ディータでいく!」
「よっしゃ!」
「ラジャー!」
「こうなったら……!」
うめいて、悠は再びコンソールの前に座り、パスワードの解析をはじめる。
(このパスワードが、刈り取りに情報を渡さないためのものだとしたら、このパスワードを解けた者にウィルス攻撃はしないはず……
だったら、このパスワードさえ解いちまえば……!)
胸中で自分のその仮説が当たっていることを切実に願いつつ、悠はキーボードに指を走らせる。
(ヒビキ……そっちは頼むぞ……!)
「くらえぇぇぇぇぇっ!」
咆哮し、ヒビキは眼前に迫ったピロシキ型に向けてペークシスキャノンを撃ち込む。
「よっしゃ! 次いくぜ!」
「うん!」
ヒビキの言葉にディータがうなずくと、
「ちょっと待って! 敵の様子がおかしいわよ!」
キューブ達の動きの異変に気づき、バーネットが声を上げる。
見ると、キューブ達はまるでスクラムを組むかのように固まって盾となり、別のキューブの一団を守っているのだ。
そして、そのキューブの行く先には、システムダウンで動けないニル・ヴァーナがいた。
「――しまった! ヤツらの狙いは、ニル・ヴァーナか!」
キューブ達の目的に気づき、メイアがニル・ヴァーナに迫るキューブ達の後を追おうとするが、
「メイア、後ろ!」
「――!?」
バーネットの声に振り向くと、そこへドラゴンフライが突っ込んでくる!
「くっ、ジャマはさせないというワケか……!」
メイアがつぶやくと、
「おい! ヤツら相手に、このままじゃ不利だろ!」
そのとなりに追いつき、ヴァンドレッド・ディータのコックピットでヒビキが言う。
「今度はおめぇとの合体だ!
分離すっから、うまく拾ってくれよ!」
「わかった!」
メイアがヒビキに答え――次の瞬間、二度の閃光の中でヴァンドレッド・ディータとメイアのドレッドは分離・合体、ヴァンドレッド・メイアとディータのドレッドへと姿を変えていた。
「あー、くそっ、どーなってんだよ、これぇっ!」
表示されているデータの羅列を前に、悠は頭を抱えて叫ぶ。
「法則性なし、共通項なし、このデータの羅列に、どんなパスワードが隠れてるってんだよ!?」
悠が言うと、
ドンドンドンッ!
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
ドアを叩く音とともに、ドアの向こうから璃緒の声がした。
「璃緒か!?」
「助かった、来てくれたのか!?」
「うん! ブザムさん達もすぐ来るって!」
レーダー室の中から聞こえる悠の言葉に璃緒が答えると、
「待たせたな!」
ブザムが言い、ミドリ、テンホウと共にやってきた。
「今、このドアのシステムだけ独立させて開けますから、少し待っててください」
「すまねぇ!
けど、このパスワードを解明しないことには、カウンターウィルスはどうにもならないはずだぜ!」
悠がテンホウに答えると、ミドリが悠に尋ねる。
「そんなに難しいんですか?」
「あぁ。
データや文字の羅列に法則も共通項も見つからねぇ。なんなんだよ、これ……?」
悠が答えると、ミドリはつぶやいた。
「そんなの、パスワードにするには変じゃないですか?
まるで、そのパスワードに意味がないみたいじゃないですか」
「――――――っ!?」
ミドリの言葉に、悠の思考は停止していた。
「……悠さん?」
いきなり静かになったレーダー室の中の様子が気になり、ミドリが声をかけると、悠の声がそれに答えた。
「…………ミドリちゃん……」
「はい?」
「……天才だ」
そして、レーダー室の中から再び声が途絶える。
その様子に首をかしげつつ、ミドリはブザムに尋ねた。
「……天才って……私が?」
「いっけぇっ!」
ヒビキの叫びと共に、ヴァンドレッド・メイアがファイナル・ブレークでキューブ部隊の壁を粉砕する。
「よっしゃ! これで壁は片付いた!」
「全機、ニル・ヴァーナの防衛を最優先!
敵を一機も近づけるな!」
『ラジャー!』
ヒビキとメイアに答え、ドレッドチームはニル・ヴァーナに向かったキューブ達を追撃にかかった。
……ォォォォォン……
戦闘による衝撃が、ニル・ヴァーナを揺らす。
だが、その中で悠は動じることなく思考を巡らせていた。
(そうだ……オレはまんまとだまされてた!
こいつぁパスワードに見せかけたフェイクだ。パスワードとはまったく関係ない!)
胸中でつぶやき、悠の思考は原点へと立ち返っていた。
つまり――刈り取りに解読させず、殖民惑星の者だけが解析する方法、自分達と刈り取りとの違いを――
(オレ達にあって刈り取りにないもの……それって一体……?)
操りうるすべての精神力をすべて思考に回し、悠は必死に答えを探し――
「――――――!」
悠はそのキーワードに気づいた。
「そうか……オレ達と刈り取りとの違い、そいつぁ……これだ!」
言って、悠はキーボードにその文字を打ち込んだ。
ドゴォンッ!
爆発を起こし、キューブが次々に大破していく脇を、ヴァンドレッド・メイアを中心としたドレッドチームが駆け抜けていく。
「しかし、なぜヤツらはニル・ヴァーナを……?」
「知るか! とにかく今は……」
言いかけ――ヒビキは気づいた。
先日の戦闘でも感じた、あのイヤな感覚が迫ってきている。
つまり――
「おい、気をつけろ!
こないだの新型が来る!」
「何!?」
ヒビキの言葉にメイアが声を上げ――
――ズビュブァアッ!
戦場に突っ込んで来た赤い閃光が、ヴァンドレッド・メイアの翼をかすめる!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁっ!」
そのとたん、コックピットの二人を予想もしなかった衝撃が襲った。
「くそっ、かすっただけでこれかよ……!」
「左後方スラスター異常、アポジモーターも半分以上が動作不能……
これが、水上が警戒した赤い光の力か……!」
スパークの走るコックピット内でヒビキとメイアがうめくと、
「宇宙人さん、アレ!」
ディータが指さした先から例のエイ型が現れ、ゆっくりとニル・ヴァーナへと向かう。
「あいつも、ニル・ヴァーナ狙いかよ……!」
ヒビキが言うと、
〈いや、違う!〉
いきなりの通信がそれに答え、
ドドドドドォンッ!
ニル・ヴァーナの方から放たれたミサイルが、エイ型に降り注ぐ!
「ヤツらの狙いは、オレ達の回収したメッセージカプセルだ!
オレ達に解析させて、完了したところを掠め取るつもりだったんだよ!」
言って、発進したピットキャリーの上でゆっくりと立ち上がるのは、全身にミサイルポッドユニットを装備した悠のナイトブラスターである。
「悠!」
「ウィルス、撃退したの!?」
「まぁな!
それより気を抜くな! まだ終わっちゃいないぞ!」
ヒビキとバーネットに悠が答えると、ミサイルの直撃でバランスこそ崩したものの、すぐに体勢を立て直したエイ型が再び進撃を開始する!
「くそっ、まだやるってのか!
おい、悠! いくぜ!」
ヒビキが言うが、悠はサラリと言った。
「すまん、オレ動けん」
「おいおい!?」
「このオプション、全身にミサイル弾倉装備してっから……ブースターもツブしてて飛べねぇんだよ」
声を上げるヒビキに、悠は自嘲気味に答える。
「しかも、仮に飛べたとしても火力“だけに”特化してっからエネルギーはくうわモーメントはメチャクチャだわでまともな飛行は絶望的だしな。
だから、こいつを装備している限り、ここでこうして砲台になってるしかないワケだ」
「役立たずじゃないのよ!」
悠の言葉にジュラが叫ぶが、
「ま、そう言うなって。
おかげで、こういうもんもジックリ使えるんだからさ♪」
言って、悠が取り出したのは実弾専用のスナイパーライフルである。
「こいつでヤツの動きを止めてやる!
だからヒビキ! 後はお前らで決めろ!」
「お、おぅ!」
自分の言葉にヒビキがうなずいたのを確認し、悠はスナイパーライフルをかまえ、
「いっ、けぇっ!」
バスッ!
悠の放った銃弾は、狙いたがわずエイ型の口の中へと飛び込み――何も起こらない。
「ちょっと! 何も起きないじゃないの!」
バーネットが言うが、悠はサラリと答えた。
「うん。だって……何も起きなくするためのものだから♪」
『……は?』
一様に通信モニターの向こうで疑問符を浮かべる一同に、悠はため息をつき、
「おいおい、あのエイ型、よく見てみろよ」
その言葉にヒビキ達がエイ型を見ると、エイ型は突如行動を停止し、それに呼応してキューブ達も次々と停止し始めている。
「どうなってるの……?」
「さっきの弾丸は、ペークシスの神経組織を破断して行動を停止させる“ペークシス神経破砕弾”だったんだよ。
それでエイ型が停止したおかげで、その統括下にあったキューブ達も停止したってワケさ。
とはいえ、ペークシスの再生能力の前にゃそんなに長くは止めていられねぇ! 今のうちにさっさと決めちまえ!」
「へっ、わかったよ!」
「了解だ!」
悠の言葉に答え――ヒビキとメイアは、ファイナルブレークでエイ型を粉砕した。
「……あのパズルは何の意味もないただのフェイク、一種のトラップだったんだよ」
戦いも終わり、艦内の主だったクルー達にブリーフィングルームへと集まってもらい、悠が説明する。
「オレ達みたいに、あのパズルがメッセージを解析するパスワードだと思って解析しようとした場合、その対象をウィルスで完全な機能停止状態に陥れることができる、そういう仕組みだったんだ」
「確かに、刈り取りの無人メカなら、バカ正直にパズルを解こうとするだろうね。
刈り取り対策にはもってこいってワケかい」
悠の説明にガスコーニュが納得すると、マグノが尋ねた。
「……で? 肝心のキーワードはなんだったんだい?」
その問いに、悠は笑って聞き返した。
「それじゃ聞くけど、オレ達にできて地球のヤツらにできないこと、何かわかるかい?」
「我々にできて、地球の人間達にできないこと……?」
ブザムがつぶやき、一同は思わず考え込む。
そんな一同に、悠は笑っていった。
「生まれ、受け継ぐこと……『継承』だよ。
オレ達殖民達の臓器で生き長らえているあいつらには、新たな命を生み出し、血をつないでいくことはできない。
それこそが、メッセージカプセルのパスワードだったんだ」
「つまり……地球では、もう命が生まれることはないと?」
「あー、問題はそこなんだ……」
言って、悠はポケットに入れていたメッセージカプセルを取り出し、
「その辺は、このメッセージを見てもらえばわかるんだけどな」
そして、悠がカプセルをディスプレイにセットし、
――ザーッ……
モニターにはしばしのノイズの後、ひとりの40歳前後の男の姿が映し出された。
〈まずはメッセージにカウンターウィルスなどという厄介なものを仕込んだことをお詫びしたい。このメッセージが地球の手に渡ることだけは、何としても避ける必要があったのだ。
願わくば、このメッセージが心ある人物の手に渡ることを切に願う〉
画面の中の男はそう前置きすると、真摯な表情を崩さぬまま語り続けた。
〈諸君が故郷を離れた後、地球は狂気に走ってしまった。
その勢いはすさまじく、我々にも止めることはできない……〉
「……少なくとも、あたしらを送り出した時は、切に人類の未来を憂えていたようだね……」
「それが……どうしてこんな事態に……?」
つぶやくマグノのとなりでブザムがつぶやき、メッセージは続く。
〈諸君も知っている通り、我々人類は地球上における進化の限界を迎えた。地球人類の遺伝子は、地球のあらゆる環境に適応してしまい、これ以上の進化ができなくなってしまったのだ。
そんな人類が更なる進化を遂げる方法はひとつ。宇宙に出て、さらなる環境に適応していくことだった。
そのために、諸君ら移民船団を送り出した。
……そう、そのはずだった……〉
そこまで言うと、画面の中にひとりの女性が入ってきて、男のとなりでメッセージを引き継いだ。
〈これを見てください……〉
そう言うと同時、画面はかつてマグノ達が入手した敵母星――おそらくは地球――の姿を映し出していた。
〈これが何かわかりますか?
……これこそが……あの美しかった地球の現在の姿です。
かつて人類はこの星で暮らす代償に、地球に多大なダメージを与え続けてきました。
そこで地球に残った人々は、地球を傷つけるだけの旧文明と決別すべく、地球に大規模な改造をほどこしました。
星全体を巨大な檻のように覆い、その一部に強引に衛星であった月をはめ込んだのです。
そうすることで、引力の影響で慢性的な満潮を引き起こし、内部で発生し続ける大嵐が旧文明を完全に洗い流すのです。
そして人々は、檻の内側に都市を建設し、地球の再生を見守ることにしたのです。
地上の一掃が済み次第、月を元の位置に戻し、地上への帰還を果たす……そのはずでした。
しかし、衛星軌道都市での厳しい生活が人々の心を蝕んでしまった……〉
〈彼らは孤立感に耐え抜くことができず、自分達を「唯一純然たる人類」として、自己保存という前時代的な考えを抱くようになった。しかし、遺伝子の進化の可能性を失った彼らだけでは、さらなる進化は望めないしクローニングの連鎖も細胞を狂わせる。
そこで彼らはあろうことか、苛酷な環境を生き抜いた君達の臓器を自分達に移植することで、より高次元の存在へと進化することを思いついてしまったのだ〉
「……それが……刈り取り……」
女性の言葉を引き継いだ男性の言葉に、ディータが呆然とつぶやく。
〈地球がなぜこのような狂気に走ったのか、それはわかりません。しかし、ただひとつだけ言える事があります。
それは……彼らの考えは、絶対に間違っているということです。
ですが彼らはオリジナルの“赤いペークシス”を用い、無人の収穫艦隊を建造した。
もう我々にもどうすることもできない。我々に、地球を止める力も術も、もう残されてはいないのです。
だから私達はみなさんに向けてメッセンジャーを――私達の娘を送ります。そしてこのメッセージを受け取ったみなさん。どうか立ち上がってください。刈り取りなどという一方的な運命に、どうか負けないでください。
たとえどんなに辛くても、これだけは言えます。
……命は紡ぐ〉
そして映像はそこまでで終わっていた。
ブリーフィングルームは重苦しい沈黙に包まれた。事はすでにタラークとメジェールだけの問題ではない。
殖民惑星に住まう者、すべての命に関わる大問題にまで発展しているのだ。
増してや彼らはミスティを――自分達の娘をメッセンジャーにしたのだ。彼女と心ある人達が出会い、自分達の意志を継いでくれる、そのわずかな可能性に賭けて――重責を感じないワケにはいかなかった。
「……あの二人が……ミスティの親だったのかい……」
マグノがつぶやくと、悠は無言できびすを返し、ブリーフィングルームの出口へと向かう。
「……どこへ行く?」
ブザムの問いに、悠は振り向きもせず答えた。
「……オレは……オレには、人類そのものの未来を守るなんてご大層なことはできねぇ。
それはオレだけじゃない。ここにいる全員に言えることだ。
だってそうだろ? オレ達はみんなちっぽけな人間だ。できることなんてたかが知れてる。
だから――」
そして、悠は自分の話にじっと聞き入っている一同へと振り向き――満面の笑顔になって告げた。
「――だから、自分のできることを全力でやるんだ。みんながそうすりゃ、足りない力も埋まるだろ♪」
言って、悠は笑顔でサムズアップしてみせる。
「……確かに、お前さんの言う通りだね」
悠のその言葉に口を開いたのはマグノである。
「自分達にできることなんてどうせちっぽけなことさ。だからムリする必要はない。
あたしらはあたしらにできることを精一杯やろうじゃないか!
あたしら全員で、冥王星の人達の意志を継ぐんだよ!」
マグノの言葉に、一同の顔から不安が消えた。みんな、一様に力強くうなずいてみせる。
「……で、まずはどうするつもりだ?」
メイアの問いに、悠はサラリと答えた。
「荷物の引っ越し♪ いつまでも居場所が宙ぶらりんってワケにもいかないからな。
お前らも手伝うか? 引っ越しソバぐらいはご馳走するぞ」
「ソバ? それってうまいのか?」
食い物がらみの話と聞き、ヒビキがさっそく悠に駆け寄って尋ねる。
「オレの料理の腕を信用してくれれば。それが大前提だな」
「よっしゃ! やるやる!
ほら、さっさと行こうぜ!」
「あぁ、待って、宇宙人さん! ディータも行く!」
ディータが言い、悠の背を押してブリーフィングルームを出ていくヒビキの後を追っていった。
「……不思議な男ですね、彼は……」
つぶやくブザムに、マグノはうなずき、
「正直、あたしもあのメッセージを重荷に受け止めちまってた……
けど、あの子はそんなプレッシャーから、いとも簡単にあたしらを解放しちまった。
あの子がこの船の本当の一員になれるのは、案外すぐかもしれないね……」
「あ、いたいた!」
悠のピットキャリーへと向かうヒビキ達を見つけて駆け寄ってきたのは、すっかり体調の回復したミスティである。
「あれ、もう大丈夫なのか?」
「うん! もう元気いっぱい!
それより――」
悠に答え、ミスティはヒビキへと向き直り、
「ねぇ、さっきの戦闘で白い鳥型ロボに乗ってたのって、あなたでしょ?」
「え? あ、あぁ……」
いきなり自分に話をふられ、ヒビキが戸惑いがちに答えると、
「すっごくカッコよかった! もうサイコー!
きっと……ううん、絶対そうよ!
あなたこそ、あたしの王子様よ!」
『……へ?』
ミスティの最後の一言に、ヒビキ、ディータ、そして悠の目がテンになり――次の瞬間、
『王子様ぁ!?』
3人の絶叫が、ニル・ヴァーナに響き渡ったのだった。
to be continued……
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「あの子ってば、宇宙人さんにずっとベッタリ。
なんだか、すごくずうずうしいよ……」
「我が名はヴァンルシファー。
貴様らに滅びをもたらす者だ」
「くそっ、こんなトコで、負けられるか……!」
「力がほしい……!
この手で、みんなを守れる力が……みんなの笑顔を救える力が……!」
《強すぎる力は、使い方を誤れば自分や周りをも傷つける……》
「まさか……ナイトブラスターとヴァンガードが合体したのか!?」
Next Episode It's――
#S03「“力”と“資格”」
(初版:2002/02/28)
(第2版:2003/07/03)