#S04
「黒き雷鳴」

 


 

 

「いっけぇ!」
『プラズマ、ギガブレス!』
 ヒビキの合図で悠は彼と共に叫び、ヴァンブラスターの放ったプラズマ火球が前方の小惑星帯へと突っ込み、
 ドガオォォォォォンッ!
 プラズマ火球は大爆発を起こし、小惑星帯の一角に大穴を穿つ。
「まったく、なんて破壊力だい。
 威力だけなら他の形態の比じゃないね」
「えぇ。
 テンホウの分析では、あの形態――ヴァンブラスターは攻撃力に特化した形態のようです。
 その攻撃の反動に耐えうる機体強度、及び手足を用いたAMBAC機動による旋回性能にも目を見張るものがありますが、やはり他のヴァンドレッドの得意分野は苦手としているようです」
 ブリッジでそのヴァンブラスターの様子を見てつぶやくマグノに、分析データに目を通したブザムが言う。
「結局、あの形態も使いどころが肝心ってワケかい……」
 つぶやき、マグノはシートに身を沈める。
 現在、ニル・ヴァーナの擁するヴァンドレッドは五種。
 バランスに秀で、あらゆる局面で安定した運用が可能な人型、ヴァンドレッド・ディータとナイトブラスター。
 最速を誇り、高速ドッグファイトに長けた鳥型、ヴァンドレッド・メイア。
 偏向バリアを活かしたカウンター攻撃を得意とするカニ型、ヴァンドレッド・ジュラ。
 そして、遠近共に強力な攻撃力を持つ突撃戦用、ドラゴン型のヴァンブラスター。
 どれも使いこなせば強力な戦力となる機体ばかりだが、逆にクセの強さも目立つため、使うべき局面を誤ればその力を発揮することはできない。
 事実上、これらの形態を戦略的に使うことは未だ難しく、実際に現場でヒビキ達が臨機応変に使い分けるケースが多かった。
「やっぱり、当分はあの子達現場の判断に任せるしかないね」
 マグノがそう結論付けた、ちょうどその時、
「レーダーに反応! 十時方向より敵機です!」
 アマローネが声を上げ、ブリッジに緊張が走る。
「ドレッド隊、出撃準備!
 ヒビキ、悠! 敵が接近している。そのまま迎撃に向かってくれ!」

「へっ、おもしれぇ!
 ちょうど進路障害の隕石掃除にゃ飽き飽きしてたんだ!」
「はいはい。だからって油断しないようにな。
 いくぜ、ヒビキ!」
 張り切るヒビキを悠がたしなめ、ヴァンブラスターは迫り来るキューブやピロシキの一団に向けてかまえる。
「ドレッドが来てない以上、あの数は厄介だな……
 どうする? 分離して各個撃破でいくか?」
「そうだなぁ……」
 ヒビキの問いに、悠はしばし考え、
「まずは必殺技をドカンとお見舞いしてやろう。
 ドレッドチームが来たら乱戦は必至だ。大技が使える今のうちに数を減らしておくべきだろう」
「よっしゃ、なら決まりだ!
 いくぜ、悠!」
 結論を出した悠にヒビキが叫び、
『プラズマ、ギガブレス!』
 ドゴォッ!
 ヴァンブラスターの放った特大のプラズマ火球が、キューブや先行してきていたピロシキをまとめて消し飛ばす。
「よっしゃぁ!」
「安心するな! 前衛を叩いただけだ!」
 ガッツポーズで言うヒビキに悠が言うと、爆発の向こうからドラゴンフライの一団が飛び出してくる。
「くそっ、高速型かよ!」
「動きの鈍いヴァンブラスターじゃ不利だ! 分離するぜ!」
 悠がヒビキに言い、ヴァンブラスターが分離しようとするが、ドラゴンフライが一斉にヴァンブラスターに攻撃をかけ、分離するスキを与えない。
 幸い、厚い装甲とバリアのおかげで決定打にはならないが、分離できない以上こっちも対応できない。このままではジリ貧だ。
「くそっ、どーすんだよ、悠!」
「うーん……どーするって言われてもなぁ……」
 ヒビキに言われ、悠は対応に困ってつぶやき――
『――――――!?』
 “それ”を感じ取り、二人は思わず顔を上げた。
「この感じは……!?」
「ヒビキも感じたのか!?」
 つぶやくヒビキに驚きながらも、悠は気配を探る。
「何なんだ? この感覚……
 ヴァンルシファー……? ……いや、違う……?」

 一方その頃、ニル・ヴァーナのブリッジでも――
「――――――っ!」
 ヒビキ達が感じたものと同じ気配を感じ取り、璃緒は思わず頭を抱えた。
「璃緒ちゃん……?」
「だ、大丈夫……
 いきなり、ペークシスの感応が来ちゃったから、ビックリしちゃっただけ……」
 心配そうに振り向くエズラに璃緒が答えると、
「……何か……来る……」
 テンホウがポツリとつぶやき――
「――来た!」
 璃緒が声を上げると同時、
 ズドゴォッ!
 いきなり横手から放たれたペークシスエネルギーの閃光が、ヴァンブラスターにまとわりついていたドラゴンフライの一団を消し飛ばす!
「なんだ!?」
「ヴァンドレッド・ディータのペークシスキャノンと同等……いえ、それ以上の出力です!」
 ニル・ヴァーナのブリッジで驚きの声を上げるブザムに、データを計測したアマローネが言う。
 そして、戦場に飛び込んできたのは――
『黒いヴァンドレッド!?』
 そう。驚いた一同の言う通り、それは黒い人型ヴァンドレッドだった。
「ヴァンルシファーか!
 へっ、おもしれぇ! また返り討ちにしてやらぁっ!」
「お、おい、ヒビキ!?」
 すっかり勇み足でそう言うヒビキに悠があわてて待ったをかけようとするが、
「いくぜ、オラぁっ!」
「こっ、こらぁっ!」
 ヒビキはそんな彼にかまわず機体を急発進させる。
 そして、一気に黒いヴァンドレッドとの間合いを詰めると両腕の爪を繰り出し――
 ――ブンッ!
 黒いヴァンドレッドはその姿を消し、ヒビキの一撃は虚しく宙を空振る。
「なにっ!?」
 ヒビキが驚きの声を上げ――黒いヴァンドレッドはそんな彼らのヴァンブラスターの背後に回り込む!
「ちぃっ! やるじゃねぇか!」
 言って、ヒビキが振り向きざまに一撃を放ち――
「……いいかげんに……しろぉぉぉぉぉっ!」
 ――ドゥッ!
「ぅわぁっ!」
 まったく話を聞かないヒビキに、堪忍袋の緒が切れた悠が機体を急加速。黒いヴァンドレッドから離脱させ、
「いいかげんにしろ、ヒビキ!
 よく見ろ! ヤツはヴァンルシファーじゃねぇよ!」
「え……?」
 悠の言葉に、ヒビキはよく目をこらして見て――ようやく相手の姿を把握した。
 機体カラーは漆黒で背中に二門のペークシスキャノン。これだけ見れば確かにヴァンルシファーと見間違えても仕方がない。だが――頭部の形状は違った。
 偽ヴァンドレッド・ディータをベースに使ったため、頭部形状も同機に似ているヴァンルシファーと違い、このヴァンドレッドは頭部の左右後方に流す形の二本角である。
 それに、よく見ると身体の各部にエネルギー収束用の増幅クリスタルのようなものも見える。これもヴァンルシファーにはなかったものだ。
 と、問題のヴァンドレッドから通信が入り、
〈……やれやれ。助けてやったというのに、返事がいきなり攻撃か〉
「すまないな。こいつの早とちりのおかげで」
「なっ、何言って……!」
 通信に答える悠の言葉にヒビキが反論しかけるが、考えれば考えるほどその通りなので黙るしかない。
 と、音声だけだった通信に映像も加わり――展開された通信ウィンドウには、褐色の肌で髪を左側でまとめた少女の姿が映し出された。
「私はアスラ。アスラ・ミューティ
 そしてこいつは、ヴァンドーラだ。
 さて……こっちも名乗ったんだ。そちらも名前くらい教えてくれないか?」

「なるほど……この艦があの有名なニル・ヴァーナ、か……」
 とりあえずニル・ヴァーナに着艦し、出迎えたブザムから自己紹介を受けたアスラが確認するようにつぶやく。
 そしてその周囲には、先ほどカン違いで攻撃をかけたヒビキや悠、そして出撃しようとしていたディータ、メイア達の姿もある。
 もっとも、攻撃してしまったためバツが悪そうにしているヒビキ、新しい客に興味津々のディータ、冷静に彼女の挙動ひとつひとつを観察するメイア、自らの見せ場になるはずだった戦いをさっさと終わらされ不機嫌なジュラと、その反応は様々なものではあったが。
「有名?」
「知らないのか?
 いろいろ話が広まっているぞ。『二度に渡って敵の主力母艦を撃沈した奇跡の戦艦』『ヴァンドレッド誕生の原点』『最初に誕生した、オリジナルのヴァンドレッドを擁する艦』……
 同盟惑星の間ではかなり有名な存在になっているんだぞ、お前達は」
 聞き返すブザムに、アスラが意外だとでも言いたげに首をかしげてそう答える。
「それで……お前はどこの星の人間なんだよ?」
「私か?
 私はこの近くのドゥーザ星系の者だ」
 尋ねる悠に、アスラは隠すこともなくサラリと言う。
「私はこのヴァンドーラのテストのためにデータ計測班と共に近くの宙域に来ていた。
 しかし、それを刈り取りのメカに急襲され、私以外のクルーは全滅。仕方なく単独で帰還できないかと移動していたところをお前達に出会った……と、これが私がお前達を見つけた一連の流れだ」
「……なるほど。
 だが我々も急ぎの旅の途中だ。キミの星まで送っていく時間的な余裕はない」
「かまわない。
 通りかかった同盟傘下の惑星で下ろしてくれれば、あとは私が何とかする。
 ところで……シャワーを借りたいんだが」
「あ、ならディータが案内してあげるー♪」
 ブザムに言い、デッキを後にしようとしたアスラをあわててディータが追い、二人は連れ立ってデッキを出ていった。
「……どう思う?」
 それを見送っていたメイアに悠が声をかけると、
「そーねぇ。この私を艦内美貌ナンバー1の座から引きずり下ろすほどじゃないわね」
「いや、そーゆーことじゃなくて……そもそもアンタにゃ聞いてねぇし」
 二人の背後で言うジュラを、悠はあきれて制し――メイアがつぶやいた。
「……気のせいだろうか……?」
『………………?』
 ジュラと二人で不思議そうに注目する悠に対し、メイアは彼へと振り向き、
「あの少女から、お前と同じ雰囲気を感じたんだが……」
「オレと……?」
「どういうことだよ?」
「そこまではわからないが……」
 尋ねる悠とヒビキに答えると、ブザムと共に来ていたテンホウがつぶやいた。
「アスラ……あなたはどうして……」

「また新しいヤツが乗ってきたみたいだよ。それも女」
「らしいな」
 今やすっかり男四傑の溜まり場となった医務室で、バートの言葉にドゥエロが言う。
 その場には、格納庫でのアスラとの邂逅を終えた悠の姿もある。仕事も終わり、行くところもないのでヒマつぶしに来ていたのだ。
「で? どんな娘なんだ?」
「少ししか会話してないから、ハッキリ言うには少し心もとないんだけど……かなり堂々としてたこともあるのかな、けっこう自信家みたいな印象を受けた。
 ただ……」
 バートに答え、悠は腕組みして考え込む。
「……ただ……どうした?」
 ドゥエロの問いにも、悠は答えない。
 不思議に思って顔を見合わせるドゥエロとバートを尻目に、悠はさらに深く思考を巡らせる。
(あの時メイアはアスラのことを『オレと同じ雰囲気がする』って言ってた……
 自信家って意味じゃむしろヒビキに近いタイプなのに……ヒビキじゃなく、オレと同じ……?
 ひょっとして、アスラも……?
 ………………まさかな……)

「…………ふぅっ……」
 シャワーを浴びてスッキリし、アスラはトラペザで入浴後のアイスコーヒーを楽しんでいた。
 そして、チラリと正面へと視線を移し、
「……言いたいことがあるなら、いい加減言ったらどうだ?」
 そこで思考の坩堝るつぼにハマッているヒビキにため息まじりに告げる。
「私に話があるんだろう?
 なのにそこでそうやって黙られていては、こちらとしても席を立ちづらいんだが……」
「あー、いや、えっと……」
 アスラの言葉に、ヒビキは戸惑いを丸出しにして困っていたが、やがて意を決してアスラに告げた。
「えっと……あー……その……
 ……さ、さっきは、間違って攻撃したりして……悪かったな」
「………………はぁ?」
 さんざん焦らされた後にしてはあまりにも単純なヒビキの謝罪に、思わずアスラは間の抜けた声を上げた。
「言いたかったこととは……それだけか?」
「あぁ、そうだよ! 悪いか!」
 思わず聞き返すアスラに、ヒビキはすっかり開き直って言う。
 そんな彼の姿に、アスラはため息をついて肩をすくめる。
「……な、なんだよ?」
「まったく、あきれたヤツだ……
 ……だが……面白いヤツでもあるな」
「お、面白いだぁ!?」
 思わず声を上げるヒビキだったが、アスラはそんな彼にも動じる様子は見せず、
「あぁ、面白い男だ、お前は。
 私の周りにはいなかったタイプだ。かなり興味深いな」
「……あぁ、はいはい。
 そーかよ、面白いかよ……」
 あくまで笑顔で言ってのけるアスラに、ヒビキはすっかり反論する気勢をそがれてため息をついた。

「……うーん……やっぱ気になるなぁ……」
 一度は自己完結したものの、さっき医務室で考えた自らの仮説がどうしても気になり、悠はブリッジの先端――バートのナビゲーション席のさらに先に座り、バイオパークを見下ろしながら考え事にふけっていた。
 元々、彼は緑の豊かな惑星エレメニアの出身である。そんな彼にとって、バイオパークが見渡せるこの場所は落ち着いて考え事をする時の絶好の指定席となっていた。
 と――
「おやおや、どうした? お嬢ちゃん」
 その言葉に悠が振り向くと、ブリッジを訪れたミスティにマグノが声をかけるところだった。
 そのミスティの顔は、悠から見ても明らかにムスッとしている。どー考えても機嫌が悪い。
「……何だ?」
 首をかしげる悠だが、一方のマグノは彼女の不機嫌の理由にすでに気づいていた。
 面白くないのだ。謝罪のためとはいえ、ヒビキがアスラに会いにトラペザを訪れていることが。
「だってだって、ヒビキってば、ずっとあの娘のところに行ったっきりなんだもん!
 さっさと言いたいこと言って、さっさと帰ってくればいいのに!」
 そんな彼女の態度に、この間ディータに似たようなことで相談されたことを思い出し、悠は思わず苦笑して視線を眼下のバイオパークに――その一角のベンチに座って考え事にふけっているディータへと落とした。
 おそらく、ディータも今のミスティと同じことを考えているのだろう。
「……女心ってのはわからんもんだな……
 なぁ? 璃緒」
 言って、悠はいつもテンホウのとなりにいる璃緒へと振り向き――
「――あれ?」
「璃緒さんならいませんよ」
 ようやくそこに璃緒の姿がないのに気づいた悠に、テンホウはいつもの調子を崩すことなく答える。
「いないって……珍しいな。
 どこ行ったんだ?」
「さぁ……」

 出撃した機体、そしてヴァンドーラの整備も終わり、無人となった格納庫――
「………………」
 ――いや、ひとりだけ、静かに佇む少女の姿があった。
 今しがた悠とテンホウが話題にしていた璃緒である。
 普段はテンホウとおしゃべりするためにブリッジに出入りし、戦闘時以外は格納庫を訪れないはずの彼女だったが、確かに今、この格納庫に彼女の姿があった。
 そしてその視線は――まっすぐにヴァンドーラへと向けられている。
「……使われているのは、確かに青いペークシスだね……
 だけど……なんでだろ……」
 つぶやき、璃緒は静かに歩を進め、ヴァンドーラの足に触れると、ポツリとつぶやいた。
「この機体……なんだかイヤな感じがする……」

 ――プシュゥ……
 音を立て、璃緒の出ていった格納庫の扉が閉じ――
 ヴォン……
 ヴァンドーラの瞳に輝きが生まれた。
 しかし――それはアスラが乗っていた時に見せた青い輝きではなかった。
《あの小娘……“オレ”に気づいたというのか……?》
 ヴァンルシファーと同じ真紅の瞳を輝かせて――ヴァンドーラは再び沈黙した。

 一方、ニル・ヴァーナの現在位置からかなり離れた宇宙の一角――
 そこには、メジェール星系に向けて静かに進軍する、刈り取り軍団のピーマン級母艦の姿があった。
 ただし、ただのピーマン級母艦ではない。
 その艦は、あのヴァンルシファーの――彼の言うところの『ヴァンドレッド三巨頭』の母艦でもあったのである。

「………………」
 ヴァンドレッド級パワードスーツのサイズに合わせて作られた巨大なブリッジで、ヴァンルシファーは静かに外の宇宙空間を眺めていた。
 そのまま、しばらくは静かに時が流れていったが、
「……どういうつもりだ?」
 突然、ヴァンルシファーは背後の闇に向けて声をかけた。
 闇の中をうかがい知ることはできない。だが、その中からヴァンルシファーに答える声があった。
「どういうつもり――とは?」
「どういう腹づもりで、“ヤツ”をニル・ヴァーナに向かわせたのかを聞いているんだ」
「それはもちろん、あの艦のヴァンドレッドを倒すため、ですよ」
 振り向きもしないまま、さらに言い放つヴァンルシファーに、声は落ち着いた口調でそう答える。
「何も正面きって戦う必要はないんですよ。
 この私の知謀で、必ずやあの船を沈めて見せますよ」
 その言葉に、ヴァンルシファーはようやく振り向き、声の主に告げた。
「忠告だ。今までの敵のように『常識』の枠にヤツらを当てはめない方がいい。
 貴様のその『知謀』とやらが、通用するような相手とは思えないんだがな。私には」

「………………」
 廊下を歩きながら、ヒビキは困ったように頭をガジガジとかいていた。
 ふと立ち止まって、ため息をつくとクルリと振り向き、
「いつまでついて来るんだよ?」
 自分の後ろをずっとついて歩いているアスラに尋ねた。
 が、一方のアスラはそんなヒビキの問いにも動じることなく、
「言っただろう? 興味深いと。
 だからお前のことを知るために行動を共にさせてもらっているワケだ」
「……だからって四六時中一緒にいられてもなぁ……」
 ヒビキが困ってつぶやくと、アスラはふと遠い目をして、
「……反動……かもしれないな。
 このところ、ずっと独りだったからな」
「え……?」
 思わず振り向くヒビキに、アスラは苦笑し、
「私の星の軍には、同じ年頃の女性士官なんかいなかったからな。どうしても浮いていた。
 みんなはそのつもりはないんだろうが……どうしても気を遣ってしまうんだろうな。
 お前が初めてだ。そういうことをまるで気にかけず、対等の立場として接してくれたのは、な」
「…………そっか……」
 気にする素振りを見せないようにしながらも、それでも辛さを隠し切れずに言うアスラに、ヒビキはかける言葉を見つけられず、それだけ答えるしかない。
「あー、その、何だ……
 そ、そんなの気にすんなよ。この艦のヤツらは、ンなこと気遣うヤツぁいない。気軽にやっていけるさ」
 慎重に言葉を選んでそう励ますヒビキだが、
「……それだと『この艦の人間には他人を気遣うヤツはいない』とならないか?」
「うぐっ……」
 逆にアスラにやり返されて思わずうめく。
 そんなヒビキに、アスラは笑って、
「本当に面白いヤツだな。お前は。
 ますます気に入ったぞ」
 そう言うと、急にアスラは表情を引き締め、ヒビキに向けて言った。
「……だから……ヒビキ。
 私とコンビを組まないか?」
「……はぁ?」
「私と共に来い。ヒビキ。
 私達なら、最高のパートナーになれる」
 戸惑うヒビキに、アスラは間髪入れずに続ける。
「これから、刈り取りの攻撃はますます激しさを増していくだろう。
 その脅威に立ち向かうためにも、お前はこんなところでくすぶっていていい人間じゃない。
 もっと広い視野で世界を見ることのできる場に出るべきだ」
 その言葉は、さっきまで興味津々にヒビキについて回っていた少女のものではなかった。
 刈り取りと戦うヴァンドレッド級パワードスーツ・ヴァンドーラのパイロット、アスラ・ミューティとしての、相手の反論も許さないほどの強い意志の込められた言葉だった。
 しかし、いきなりそんなことを言われてすぐに返事ができるほど、ヒビキも器用な人間ではない。
「い、いきなりンなこと言われたって……」
 案の定、どう答えたものか考えあぐねて困ってしまった。
 だが、アスラは落ち着いた口調でヒビキに尋ねた。
「……ディータ・リーベライ、か?」
「な、なんであいつが出てくるんだよ!?」
「さっきシャワー室へと案内してもらうまでの間、彼女はずっとお前の話ばかりをしていた。
 だから二人は付き合っているんだと思ったんだが……」
「は? 付き合う? 何だよソレ?」
 アスラの言葉に、ヒビキは『付き合う』ことの意味をはかりかねて思わず聞き返す。
 この辺り、男女のつながりのないタラークに生まれたがゆえの無知、と言ったところだろうか。
 だが、アスラもそんな状況はこの船に乗り込んだ際に聞かされている。自分の説明不足をまずヒビキに詫びると、根気よく説明を始めた。
「付き合うというのは、好き合っている者同士が交際関係を持つことだ」
「こ、交際!?」
「ディータがあまりうれしそうにお前のことを話すから、てっきりそうだと思ったんだが……違うのか?」
「ち、ちげーよ、バカ!」
 アスラの問いに、ようやく『付き合う』意味を理解したヒビキは真っ赤になって否定する。
「そ、そりゃ、アイツとは仲が悪いってワケじゃねぇけど……」
 そこまで答え――ヒビキはふと思考の行き止まりに突き当たった。
 ディータと自分との関係。そのことについて考えたことのない自分に気づいたのだ。
 最初は自分にまとわりついてくるうっとうしい存在だった。それはいい。
 だが――今はどうだ? どう思っている? そんなことをヒビキは考えたこともなかったのだ。
 言い換えれば『それだけ二人でいることが自然になっている』ということなのだが、ヒビキがその事に気づくには、まだまだ時間がかかるようである。
「? ? ??」
 すっかり考え込んでしまったヒビキに、アスラは苦笑して、
「……すまない。私も答えを急ぎすぎたかもしれないな。
 焦ることはない。じっくり考えてくれ」
 そう言うと、アスラはヒビキを置いて去っていった。
 だが、ヒビキはそんなことにも気づかないほど深く考え込んでしまっていた。
「あいつぁ……オレの、何なんだ……?」
 その問いに――答えられる者はいなかった。

 to be continued……


Next Episode Digest

「助けて……ヒビキ……!」

「お兄ちゃん……アスラお姉ちゃんを、助けて……!」

「アスラは……人間ではなかったのだ」

「“その時”が来たらためらわずにやれるよ、お兄ちゃんって」

「私の名はヒカリ……
 ペークシスの輝きを導く者です」

「あたしは……アスラお姉ちゃんを信じたい……
 あの涙が……ウソじゃないって信じたい!」

 Next Episode It's――
#S05「アスラの秘密」


 

(初版:2003/09/10)