#S05
「アスラの秘密」
「うーん……」
廊下を歩きながら、ヒビキは独り考え込んでいた。
『私と共に来い。ヒビキ。
私達なら、最高のパートナーになれる』
あのアスラの誘いを受けた日から、すでに2日が経っている。
しかし、ヒビキは未だ答えを出せずにいた。
確かにこれからは刈り取りとの戦いも激しさを増していくはずだ。そういう意味ではアスラの言う通り、広く世界を見て視野を広げるのも悪くないだろう。
だが、だからといってこの艦を出ていく気には、どうしてもなれないでいた。
「オレぁ……どうすればいいんだ……?」
「単刀直入に聞こう」
「……ふぁ(訳:あん)?」
食事中、いきなり正面の席に座ってそう切り出したメイアに、悠はそう返事をしてから口の中のスパゲッティを飲み込んだ。
「水上、貴様はどう考えている?」
「どう……って?」
「とぼけるな。アスラのことだ。
お前だって……気になっていないワケではあるまい?」
メイアの言葉に答えるでもなく、悠は皿に残っていた最後のスパゲッティを手早く口の中に運ぶ。
が――メイアの言う通り、悠だってアスラのことが気になっていないワケではなかった。
アスラと出会ったあの戦闘の時――アスラはドラゴンフライの群れを一撃で消し飛ばした。
拡散モードではなく、通常のビームで――
あのドラゴンフライの機動性を考えれば、普通はありえない話である。
「……まぁ、言いたいことはわかるよ。
けど……ちょっと引っかかるんだよね……」
「引っかかる……?」
メイアの問いに、悠は食べ終わったスパゲッティのトレイを脇に寄せ、
「確かにあの時の戦闘はできすぎていた。それはわかるよ。
けど……あのアスラとの出会いが、仮に仕組まれたものだったとしよう。
仕組まれていたとして……肝心のアスラの目的は何なんだ?」
「ふーん……やっぱり一口にヴァンドレッドって言っても、機体によっていろいろ違ったシステムが使われてるみたいね……」
格納庫でヴァンドーラの整備をしながら、パルフェはひとり納得してつぶやく。
と、そこへ、
「ねぇ、パルフェお姉ちゃん」
「ん?」
いきなり声をかけられ、パルフェが振り向くと、そこには璃緒が立っていた。
「どうしたの? 璃緒ちゃん」
「うん……実はね……」
パルフェの問いに、璃緒はヴァンドーラの顔を見上げ、
「このヴァンドーラのシステムに、変わったところってなかった?」
「変わったところ?」
「うん……」
うなずく璃緒に、パルフェは彼女と同様にヴァンドーラを見上げ、
「うーん……外部からの音声入力による、自律行動が可能なシステムがついてるみたいだね。
後は……特に目を引くものはないね。ヴァンドレッド・ディータと似たり寄ったり」
「……そう……なんだ……」
「けどどうしたの? そんなこと聞いてくるなんて」
「あ、うん、なんでもないの。
お仕事のジャマしてゴメンね」
尋ねるパルフェに答え、璃緒はそのままキャットウォークから下りて駆けていった。
「……どうしたんだろ……?」
首をかしげるパルフェだが――彼女は気づいていなかった。
ヴァンドーラの瞳が、一瞬だけ赤く輝いたことに――
一方、アスラは特にすることもなく、ニル・ヴァーナの艦内を適当にぶらついていた。
と――
――バチッ。
一瞬、彼女の額の紋様から火花が散り――
「ぐぁ……っ!」
彼女の身体を激痛が襲った。
「な……これは……!?」
激痛に耐え切れずひざまずき、うめく彼女の脳裏に突然声が響いた。
――我が意に従え。我が人形よ――
「だ……誰だ……!?」
――貴様は考えなくていい。ただ、私に従えばいい――
声が一言放つごとに、アスラの意識が遠のいていく。
「助けて……ヒビキ……!」
そして――アスラの意識はそこで途絶えた。
「やっぱり……あのヴァンドレッドには何かあるよ……
お兄ちゃんに相談しなくちゃ……!」
ひとりつぶやき、璃緒は廊下をぱたぱたと駆けていく。
と――
――スタッ。
その目の前に着地した人影があった。
「アスラの目的か……
確かに言われてみれば、彼女の正体にばかり気がいっていたな……」
悠と共に廊下を歩きながら、メイアは考え込みながらつぶやく。
「水上、貴様はどう考える?」
「オレか?
まぁ……オレの考えだって、仮説の域を出ないからどうとも言えないんだけどな……」
メイアにそう答えると、悠は医務室の前で足を止めた。
「ドクター、入るぞ」
言って、悠が医務室に入り――
「――あ」
体調でも崩して診察してもらっていたのだろう、半裸の状態から服を着ようとしていたバーネットの姿がそこにはあった。
「……絶対不公平だ」
顔の左半分に出来上がった真っ赤な手形をさすりつつ、悠は実に不満げに言い切った。
「その程度当然よ!
あんたにはデリカシーってもんがないワケ!?」
「隠れもせずに医務室のド真ん中で堂々と着替えてたヤツにだけは言われたくないな」
未だムスッととしているバーネットが言うが、悠も負けじと言い返す。
「だいたい、ドゥエロに診察してもらってたんだろ?
服脱いでたってことはバッチリ見られてんじゃん」
「残念でした。診察したのはパイウェイだケロ♪」
さらに不満をもらす悠だが、こちらはパイウェイにカウンターをもらって撃沈される。
「しかしバーネット、どこか具合が悪かったのか?」
「ううん、ただの寝不足からくる貧血だって。
夕べ遅くまで銃の手入れしてたから……」
そんな悠のとなりで尋ねるメイアに、バーネットが気を取り直して答えると、
「ところで水上」
話が一段落したところでドゥエロが声をかけてきた。
「用件をまだ聞いてないんだが……“例の件”のことか?」
「あぁ。急患でも来てない限り、分析結果も出てる頃だろ?」
悠がドゥエロの問いに答えるが、となりで聞いているメイアやバーネットは何のことだかわからない。
「例の件って何よ、悠?」
「いやな、アスラの身の上について、ちょっとばかりドゥエロに調べてもらってたんだ。
配管いじって、シャワールームからあいつの毛髪を拝借してね」
バーネットの問いに答え、悠はドゥエロへと向き直り、
「で……どうだった?」
「とりあえず分析結果は出た。
ただ……」
悠の問いに、ドゥエロは珍しく言葉をにごし、
「とにかく、これを見てくれ」
言ってドゥエロが差し出したカルテを悠が受け取り、バーネットとメイアがその両どなりからのぞき込み――
「ちょっと、これって……!」
声を震わせて尋ねるバーネットに、悠は答えた。
「思った通りだ。
アスラ・ミューティー、あいつは――」
悠がその先を告げようとした、ちょうどその時、
「お、お医者さん! 大変!」
息を切らせて、ディータが医務室に駆け込んできた。
「ディータ……?」
メイアが顔を上げると、ディータは言った。
「あ、リーダー。
璃緒ちゃんが大変なんです!」
「これはひどいな……」
ミスティに背負われて医務室に運ばれてきた璃緒を診察し、ドゥエロは思わずそうもらしていた。
それほどまでに、璃緒のケガはひどいものだった。
致命的な傷はないものの、身体中のあちこちに痣や切り傷がつけられ、右足や左手は骨も折れているようだ。
「最初に発見したのはキミ達か?」
「あ、はい……」
「ヒビキを探して二人で廊下を歩いてたら……
もう現場はものすごいありさまでしたよ。あちこち壁や床がへこんでたり壊されてたり。
あんなの人間業じゃないですよ」
ディータと共にドゥエロの問いに答えるミスティに、悠とメイアは思わず顔を見合わせていた。
「ちょっと待てディータ。
それほどまでに璃緒がやられていたというのに、誰も気づかなかったというのか?」
「それが……ここに運ぶ途中エレベータから問い合わせたんですけど、数分前に、少しの間だけ艦内のセキュリティが停止して、制御不能の状態になってたみたいなの」
ミスティがメイアにそう答えると、
「……ん……」
璃緒が意識を取り戻し、小さく身をよじる。
「あ、璃緒ちゃん!」
ディータが声を上げると、璃緒は彼女達に気づき、
「あ……ディータお姉ちゃん、それにみんなも……」
「璃緒、このケガは誰にやられた?」
つぶやく璃緒にドゥエロが尋ねると、
「アスラだな?」
そうキッパリと断言したのは悠だった。
「あ、アスラがやったって言うの?
そりゃ、あの結果を見ちゃったからには、ここまでできても不思議とは思えないけど……
けど、あの結果があるからって、アスラがやる理由は……」
「璃緒の“力”だよ。原因……っていうか動機はな」
バーネットに答え、悠は医務室のドアへと向き直り、
「とにかくこれで全部の仮説がつながった。
後は行動あるのみだ」
言って、悠が出ていこうとすると、
「お、お兄ちゃん……」
璃緒がそれを呼び止めた。
「お兄ちゃん……アスラお姉ちゃんを、助けて……!」
「……保障はできないが……了解だ」
璃緒の言葉に答え、悠はそのまま医務室を出ていった。
「……どういうこと?」
ミスティが尋ねるのを受け、メイアとバーネットは顔を見合わせ――答えをためらっている二人に代わってドゥエロが答えた。
「アスラは……人間ではなかったのだ」
一方、その頃ヒビキは行くあてもなく、格納庫のすぐ脇の艦内通路を歩き回っていた。
アスラの提案についてじっくり考えてみたいのだが、どこに行ってもディータやミスティが自分を探しているため、ゆっくり考えてもいられないのだ。
が――ヒビキは知らない。
現在その二人は重傷の璃緒を医務室に運び込んでいることを――
と、そこへ、
「――ヒビキ」
言って、アスラが現れた。
その瞳に、真紅の輝きをたたえて――
「水上に頼まれ、彼女の毛髪から彼女の遺伝子パターンを調べた結果、驚くべきことがわかった」
一同を前にそう切り出し、ドゥエロは説明を続ける。
「それによると、アスラは複数の遺伝子パターンを組み合わせ、人工的に生み出された存在だったということだ」
「人造人間……ってこと?」
「いや、それだけじゃない」
尋ねるミスティに答え、ドゥエロはカルテに示したデータの一角を指さし、
「さらに彼女の遺伝子パターンには意図的な細工が施されていた。
そう……ペークシスの組織パターンが遺伝子パターンに混ぜ込まれていたんだ。
実に巧妙に混ぜてあるから、命に別状はないが、これは彼女が人間でありペークシスでもある、ということを示している」
「人間であり……ペークシスでもある……」
「それって……地球に『造られた』ってことよね……」
ドゥエロの言葉にディータとバーネットがつぶやき――
「だけど……アスラお姉ちゃんは悪くないよ」
そう答えたのは璃緒だった。
「あの時……アスラお姉ちゃんに襲われた時、わかっちゃった……
アスラお姉ちゃん、操られてるんだって……」
「操られてる……?」
聞き返すメイアにうなずき、璃緒は続ける。
「あの時……お姉ちゃん、泣いてた……
きっとお姉ちゃんもヤなんだよ。自分の手であんなことしちゃうのが……
だから、誰かが助けてあげないと……」
言って、璃緒は突然身を起こし、ベッドから降りる。
「あ、まだ動いちゃダメよ! ケガが――」
言いかけ――バーネットは気づいた。
「璃緒……あんた、骨折は大丈夫なの?」
そう。先ほどドゥエロが診察した時、璃緒は確か右足と左手を骨折していたはずだ。
だが――今彼女は平然と両の足で立ち、異様な曲がり方を見せていたはずの左手もまっすぐに正されている。
「うん。これがあたしの“力”だから……」
そう答え、璃緒は驚いている一同に言った。
「アスラお姉ちゃんは……人工的に造られた“あたし達”なの」
ドガァッ!
「ぐはぁっ!」
アスラに胸倉をつかまれ、ヒビキはすさまじい勢いで壁に叩きつけられた。
その衝撃で壁は大きくへこみ、彼の全身の骨が悲鳴を上げる。
「ど、どうしちまったんだよ、おめぇ……!」
平然と自分を持ち上げるアスラをなんとか見下ろしヒビキが言い――
「――――――!?」
見てしまった。
アスラの瞳からあふれる涙を――
「てめぇ……アスラじゃねぇな……!」
その言葉に、一瞬アスラの動きが止まる。
そしてその姿を前に、ヒビキの中で仮説は確信へと変わった。
「やっぱり、そうか……!
どこのどいつか知らねぇが、アスラの身体で、何やってやがる!」
言って、ヒビキはアスラの腹に足をあて、一気に自分の胸倉をつかむ腕を引き剥がす。
尻餅をつきながらもなんとか開放されたヒビキに向き直り――ようやくアスラは、いや、アスラを支配する“何か”が言葉を発した。
《気づいたか……
だが、貴様に何ができる? わかったところで、貴様が攻撃するのはこの娘の身体だ。
果たして貴様に、それができるかな?》
「くっ……!」
“何か”の言葉にヒビキがうめき――
「確かにヒビキじゃムリだろうな」
『――――――!?』
いきなりかけられた声に驚く二人に、さらに声は続ける。
「けど……オレはできる」
そう言って、声の主は――悠は曲がり角の向こうから姿を現した。
「ねぇ、璃緒ちゃん……」
「ん?」
アスラを追っていった悠を探して艦内を走りつつ、尋ねるディータに璃緒が振り向く。
「悠さん……アスラと戦うつもりなのかな?」
「たぶんね」
不安げに尋ねるディータだが、璃緒はそんな彼女にキッパリと答える。
「アスラお姉ちゃん、心はともかくとしても身体は完全に敵に操られちゃってるみたいだからね。
そのパワーはあたしが倒れてた廊下を見たディータお姉ちゃんならわかるでしょ?
それを止めようと思ったら……お兄ちゃんが全力でいかないとムリだと思う」
「だけど……アスラだって被害者だったのよ。
それなのに、悠は戦えるの?」
「戦えるよ」
ディータのとなりで不安をもらすバーネットに、璃緒はまたしてもハッキリした答えを返す。
「確かにお兄ちゃん、ものすごく保護欲が強いところがあって、身内にはとことん甘い。バーネットお姉ちゃんが心配するのもムリないくらい、戦いには向かない性格だよ。
もちろん、人の命を奪ったことだってない。けど……」
そこまで言うと、璃緒は息をつき、
「……けど、“その時”が来たらためらわずにやれるよ、お兄ちゃんって。
もちろん、その前に徹底的にあがいて、それでも他の手段がなくなった場合、って前提がつくけどね」
すらすらとまるで他人事のように告げる璃緒に、ディータとバーネット、そして後に続くミスティと先頭を走るメイアは何も言えないでいる。
いつもマイペースでのん気な悠に、そんな一面があることをすぐには信じられなかったのだ。
それに、人間というものは普通、経験なしでためらいなく人を殺すことはできない。多かれ少なかれ、必ずためらいが出るものだ。
だが、璃緒はそんな一同の『信じられない』という想いは予測していたようだ。さらに付け加えるように続ける。
「あの歳で、お兄ちゃんはそれだけの修羅場を今まで潜ってきてるの。
たとえ実際に殺したことがなくても、それほどに冷徹になれるぐらいの修羅場を――
もちろん、死にかけたことだってあった。一緒にいた人を助けられなかったこともあった。負けたことなんて数えるだけでばかばかしくなってきちゃう。
だけどお兄ちゃんは止まらなかった……ううん、止まれなかった。
だって、お兄ちゃんバカだから……みんなの死を割り切れるほど、お兄ちゃんは賢くなかったから……これ以上死なせないために、戦い続けるしかなかったの……」
璃緒がそこまで言った瞬間、ついに彼女達はたどりついた。
アスラと悠、そしてヒビキが対峙する現場に――
彼女達から見て、アスラは左側に、そしてヒビキと彼をかばうように立つ悠は右側に、静かに佇んでいた。
と、悠は駆けつけてきたディータ達に気づき、アスラに対する警戒を崩さぬまま告げた。
「……ヒビキ、それにみんなも下がってろ。
相手が相手だ。悪いが巻き込まれても見捨てるからな」
静かに言う悠に、ヒビキが、そしてディータ達がコクコクとうなずき――
「ガァッ!」
「ふ――っ!」
まるで獣のように突っ込んでくるアスラに対し、悠は腹の底から息を吐き出し、
――ドガァッ!
両者の繰り出したヒジが激突し、それが周囲に衝撃を放つ。
そこへ、さらにアスラは身をひるがえして裏拳を放つが、悠はそれを身を沈めてかわし、
ドンッ!
轟音が響いた。
悠が零距離から掌底をアスラの横腹に打ち込み、彼女を廊下の壁面に叩きつけたのだ。
(決まった――!)
両者の闘いを見つめる、誰もがそう思った。
だが――
――ムクリ。
まるで何事もなかったかのように立ち上がると、アスラは再び悠へと向き直る。
「おいおい……なんであんなのくらって平気なんだよ……」
ヒビキがつぶやくが、ディータ達はその理由を知っていた。
先ほど、璃緒による『実例』を見たばかりなのだから。
そして、再びアスラが床を蹴り――
――ブワッ!
アスラの拳は空を薙いでいた。
悠はとっさに天井に向けて跳び上がり、横薙ぎに繰り出したアスラの拳をやり過ごしたのだ。
そして、
ドゴォッ!
悠が両手でアスラを床に叩きつけ、
バギィッ!
バウンドしたアスラの身体を蹴り飛ばす。
「す……すげぇ……」
「あのスピードの攻撃をすべてかわす水上も水上だが、アスラもそれを受けてなお立つ、か……」
二人の闘いに圧倒され、ヒビキとメイアは頬を伝う冷や汗をぬぐうことも忘れてそうつぶやく。
「あれが本当に……人間の繰り広げる闘いなの……?」
同様に呆然としてジュラがつぶやくと、
「普通の人間にあんな闘いできるワケないでしょ」
あっさり言ったのは璃緒である。
「お兄ちゃんもアスラお姉ちゃんも、『ペークシアン』だからあそこまで闘えるんだよ」
「ペークシアン?」
ミスティが聞き返すと、
「オレ達の星で生まれる突然変異児のことさ」
アスラから視線を外すことなく、悠が答える。
「オレの生まれた惑星エレメニアじゃ、年に数回のサイクルで、衛星との重力バランスの関係で大気中のペークシスの濃度が不定期に変化する。
そして――そのペークシス濃度が高い時期に生まれた子供は、母体を介して空気に含まれた大量のペークシスを体内に取り込むこととなり、体内にペークシスの結晶が作られる。
その結果、ペークシスに感応したり、ペークシスに関するいろんな能力を得る事になる」
「それが……ペークシアン?」
聞き返すディータに、悠はうなずき、
「お前らだって見たんだろう? ボコボコにされてた璃緒がすぐに回復するのを、さ。あれはあずさの持ってるペークシアン能力――強力な治癒能力だ。
そしてアスラは、そんなペークシアンを再現する形で強化措置が施されてる。それも強力にね」
悠のその言葉に、ディータ達は璃緒の言った「悠が全力で戦う」ことの意味を改めて理解していた。
璃緒はアスラを「人工的に造られた自分達」だと言っていた。つまり、アスラも同様に何かしらの特殊能力――おそらくは攻撃・防御力を飛躍的に高める身体強化能力――を持っていることになる。全力で戦わなければ、彼とて危ないのだ。
「格闘経験のなさのおかげでこの通りあしらえてるけど……アイツがまともに戦闘訓練受けてたら、オレでも勝ち目はなかったよ」
悠が言うと、アスラはゆっくりと立ち上がり、こちらへと向き直る。
それを見て――悠は静かに言った。
「けど、これでわかったはずだ。てめぇが依代にしてる身体じゃ――アスラじゃオレには勝てねぇってことがさ。
いいかげん、正体を現したらどうだ?」
それは、アスラではなく、彼女の中に巣くう“何か”に向けられたものだった。
「てめぇがアスラを操ってるってのは、もうわかってんだ。
いいかげん出て来い!」
悠がさらに言い放ち――
「――ぐっ……!」
アスラの表情が変わった。
「ぐっ……ぁ……っ!」
「アスラ……?」
突然苦しみ始めたアスラを前に、ヒビキが声を上げ――
「……ひ、ヒビキ……助けて……!」
「アスラ……正気に戻ったのか?」
ヒビキに助けを求めるアスラの言葉に、悠は思わずかまえを解き――
「お兄ちゃん、ダメぇっ!」
「――――――!?」
璃緒の言葉に、悠はとっさに身をよじり――
――ジャッ!
その額を、横薙ぎに放たれたアスラの手刀がかすめる。
なんとか回避はしたが、その一撃は悠の体勢を崩すには十分すぎた。アスラは素早く悠との間合いを詰め、
ドガァッ!
「がはぁっ!」
渾身の一撃で、悠を廊下の壁面に叩きつける。
そして、アスラはそのまま一足飛びにヒビキへと向かい――
「待ちなさい!」
突然のその声に、アスラはとっさに動きを止めた。
「そこまでです。
ヒビキにも、この場にいる誰にも……ヴァンドレッドにも指一本触れさせません」
そう言って、廊下の奥から現れたのは――テンホウだった。
「悠、大丈夫!?」
アスラが突然現れたテンホウに戸惑っているスキに、バーネットは壁に叩きつけられた悠に駆け寄り、助け起こす。
「正直、大丈夫とは言えないな……
今の一発で、アバラを3、4本持ってかれたみたいだ……しかも、オレは璃緒と違って治癒能力は低いときた……骨折の回復にゃあと2、3分はかかる……!」
悠が答え、アスラと対峙するテンホウへと視線を向けた。
「何が起きたかは知らねぇけど……今はあのテンホウの変化だけが頼りだ……!」
「テンちゃん……テンちゃんなの?」
突然現れ、毅然とアスラとにらみ合うテンホウに、璃緒は両者を刺激しないようおずおずと尋ねる。
そんな彼女に、テンホウは答えた。
「テンホウという少女は、今はこの肉体の中で眠っています。
そして……」
言って、テンホウは自分の胸に手を当て、
「私の名は『ヒカリ』……
ペークシスの輝きを導く者です」
「……ペークシスの……輝きを……?」
ミスティが尋ねると、アスラが――アスラの中にいる者が口を開いた。
《そうか……貴様が“オリジナル”か……
まさかこんなところで出会えるとはな……》
「私も、貴方達がこんな手に出るとは思いませんでしたよ。
まさか、何の罪もない少女を『造って』、刺客として送り込んでくるとは……」
《確かに、我々もここまでしなければならないとは思わなかったぞ。
おかげで、プロトタイプのオレまで引っ張り出されたんだからな!》
“何か”が言うなり――アスラは一瞬にしてテンホウとの距離を詰める!
「テンホウ!」
メイアが声を上げ――アスラの動きが止められた。
突如出現した、青のペークシスでできた網がアスラを捕らえたのだ。
そして、その網を放った主は――
「どうだ? 網にかかった魚の気分ってのは」
そう言って、バーネットに支えられた悠は笑みを浮かべる。
その指からはペークシスの結晶が縄となって伸びており、それがアスラを捕らえた網を編み上げているのだ。
璃緒が治癒能力を持つように、悠の持つペークシアンとしての特殊能力、それがこれである。
すなわち――大気中のペークシス粒子による物質形成。
「もちろん、アスラのパワーをもってすればあっさり破れるシロモノなんだろうが――あいにく、そいつぁ青いペークシスの網だ。逃れようにも、赤いペークシスに操られたその身体じゃ力は出ねぇだろ!」
悠が言うが――“何か”は笑みを浮かべた。
《確かにな。二つのペークシスの対消滅で、まったく力が出ん。
だが……それはこの身体の話だ!》
次の瞬間、
ドガァッ!
突然、壁を打ち破って飛び込んできた巨大な腕が、悠の手から伸びるペークシスの網を断ち切る!
“何か”の指示で――いや、自ら起動したヴァンドーラが、壁越しにアスラを救ったのだ。
そして、ヴァンドーラはアスラを手に乗せ――“何か”が言った。
《こうなれば手段は選ばん。
貴様らまとめて……このヴァンドーラが始末してやるぜ!》
「何事だい!?」
「Bハンガーで、ヴァンドーラが起動しています!」
突然艦を襲った衝撃に、あわてるマグノにベルヴェデールが答える。
「一体、何が起きてるんだい……!?」
マグノがつぶやくと、さらにベルヴェデールは声を上げた。
「待ってください!
……さらに、ナイトドラゴンも起動!」
《死ぬがいい! 小童ども!》
叫ぶと同時、アスラを胸部コックピットに収納したヴァンドーラはヒビキ達に向けて拳を放つ!
「いかん! 避けろ!」
「ってどこへだよ!?」
とっさに叫ぶメイアにヒビキが言い返し――
ドガァッ!
ヴァンドーラの拳は、突然眼前に現れたペークシスの壁に防がれていた。
悠の作り出した、支え付きのペークシスの盾である。
「――悠!?」
「ったく、とうとう逆ギレしやがったな、あいつ!」
驚くジュラに答えるでもなく、悠はそう毒づいて必死に盾とそれを支えるペークシスの柱を維持する。
ヴァンドーラが拳を引こうとせず、そのまま防御を押し切ろうとしているのだ。
「おいヒビキ! すまんがこの防壁はそう持たない!
だから、今のうちに蛮型に乗り込め!」
「の、乗り込めったって、この状況じゃ……」
悠のムチャな注文にヒビキがうめき――
「心配すんな」
そんな彼に、悠はアバラの痛みにこらえつつもなんとか笑みを浮かべ、
「足止めするのは……オレだけじゃない」
次の瞬間、
「グオォォォォォッ!」
咆哮と共に、起動したナイトドラゴンがヴァンドーラに襲いかかる!
「ナイスだ、ナイトドラゴン!
そのままそいつを押さえてろ!」
悠が言って、ヒビキを誘導して蛮型の格納庫へと向かおうとするが、
「お兄ちゃん!」
それを璃緒が呼び止めた。
「お願い……お兄ちゃん。
アスラお姉ちゃんを助けて……」
「わかってるよ」
「ち、ちょっと、この状態でまだアスラを助けるつもり!?」
ごく当然のように会話する二人に、待ったをかけたのはジュラである。
「わかってるの!? アスラは完全に操られちゃってるのよ!
それに、今はあのヴァンドーラの中に捕まってる! なのに、助けられると思ってるの!?」
そのジュラの言葉に、璃緒はしばし黙り込み――それでもジュラに答えた。
「あたしは……アスラお姉ちゃんを信じたい……
あの涙が……ウソじゃないって信じたい!」
「璃緒……」
その言葉と彼女の真剣な眼差しを前にしては、さすがのジュラも引き下がるしかなかった。
そして、悠はそれを見届け、
「……そういうことだ。
ヒビキ、急げ!」
「おぅっ!」
to be continued……
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《オレは今、アスラとつながってるんだ。
つまり、小娘と体内のペークシスを通じてリンクしている状態だ》
「お前は、オレ達が必ず助けてやる!
死ぬほど痛いが、勘弁しろよ!」
「――そこにいやがるな!
さっきからオレ達を眺めて、ほくそえんでるヤツ!」
「残念ですが、貴方がたの攻撃は通じませんよ」
「アスラを助けたいのは、宇宙人さん達だけじゃない……
ディータだって、アスラを助けたい!」
「これが……ヴァンブラスターの、本当の力……」
Next Episode It's――
#S06「雷の巨竜」
(初版:2003/11/09)