第1話
「勇者と勇者」

 


 

 

「…………ふむ」
 気づけば、ジュンイチは上も下もわからない無重力の空間の中にいた。
 周囲の景色は歪み、渦巻き、一ヶ所たりとも、一瞬たりとも安定していない――見ていると酔いそうなので、目を閉じて黙考する。
 まず、自分の置かれているこの状況への理解から――しかし、その予測を立てるのは思いのほか簡単なことであった。
 なぜなら、ジュンイチは“この空間に見覚えがあったから”。これは――
「ジュンイチぃ――っ!」
「……って、ブイリュウ……?」
 と、突然聞こえてきた声に目を開き、そちらを見やると、ブイリュウがこちらに向けてフヨフヨと飛んでくるところだった。今まで気配を捉えられなかったことから、やはり“ここ”が通常の物理法則から外れた場所なのだと実感するが、そこは割とどうでもいい。何しろ“すでにわかりきっていることなのだから”
「よかったー。オイラ以外にも誰かいた……
 オイラひとりだけだったらどうしようかと思ってたよ……」
 そんなジュンイチのところまで飛んでくると、ブイリュウは自分にとっての定位置、ジュンイチの後頭部に肩車してもらうようにしがみつく。
「でも、ジュンイチ、ここって……」
「あぁ……」
 ともあれ、パートナーと合流できたのは大きかった。“特にこの二人にとっては”――ブイリュウからの“確認”に、ジュンイチは神妙な顔でうなずいた。
「オレもこの空間には覚えがあるぜ。
 シャドープリンス……影山のヤツに異世界に“飛ばされた”時に、オレ達は確かにこの空間を通ってる」
「だよね……?
 オイラ、ジュンイチが送り返してくれた時にもコレ見てるんだよ」
「ますます間違いないな……」
 ブイリュウの答えは、ジュンイチの中の仮説を確かなものにしていた。
 もう間違いない。ここは……
「次元の狭間……
 世界と世界の間の、どこの世界でもない空間……」
「じゃあ、オイラ達、またどこかの世界に飛ばされ中ってこと?」
「いや……前の時と違って、今現在どっかに流されてるような感じがない。
 単にこの空間にはまり込んじまっただけ……そんな感じだな」
 ブイリュウに答えるジュンイチだが、冷静な口調とは裏腹にその口元は明らかに引きつっている。
 なぜなら――
「じゃあ、オイラ達は……」
「この空間からは出られない……少なくとも、自力では」
 そういうことである。
「移動したところで、この空間の中をウロウロするだけ。
 転移の術式にしたって、オレが使うのは現在地と移動先の座標を指定して“つなげる”タイプのものだから、そもそも座標という概念自体が意味を成さないこの空間じゃ使えない。
 つまり、まったくの手詰まりだ――“何か”が起きない限り、オレ達はここで野垂れ死にだ」
「のっ…………!?
 な、何のん気なこと言ってるのさ!? このまま何もしないで死んじゃうなんてヤだよ、オイラ!」
「手詰まりだっつったろ。何かしなくちゃ、って言われても何もできないんだよ、そもそもな」
「でも……」
「『“何か”が起きない限り』とも言ったぜ、オレは。
 今は何もできないけれど、“何か”が起きれば何かができる――なら、その“何か”が起きるその時に備えて力を温存するのがこの場での正解だよ」
「むー……」
 ジュンイチの言っていることは丸投げ同然にも聞こえるが、事この状況においては決して間違ってはいない。少なくとも、今こちらから何とかしようと動いても、何とかする手段がない限りそれは虚しい徒労にしかならない。無意味に消耗するだけなのは確かなのだ。
 だから、いざ動けるようになったその時に備えて今は待機、というジュンイチの判断もわからないではないが、もしその“動くべき時”がこの先ずっと来なかったら――納得しかねるものはあったが、有効な反論も思いつかず、ブイリュウはぷぅと頬を膨らませる。
 一方、ジュンイチは落ち着いたものだ。そんなブイリュウに対しカラカラと笑いながら、
「ま、そう心配するこたぁねぇって。
 空間なんて安定しているように見えてその実けっこうそうでもないんだ。案外すぐに裂け目が……お、ウワサをすれば」
 そのジュンイチの言葉が合図になったワケではないだろうが、近くの空間が“揺れた”。波紋を広げながらゆっくりと穴を広げていく。
「ジュンイチ! あれアレ! 出られるよっ!」
「いや、待て。
 もっと口を広げてくれなきゃ通れねぇよ、あんなの」
 しかし、その穴は人が通るには少々小さすぎるもので――チャンスとばかりに声を上げるブイリュウをジュンイチがたしなめている間に、“穴”はそれ以上広がることなく、自然に消滅してしまう。
「あぁ……」
「ま、今のは仕方ないさ。次のチャンスを待とうぜ」
 落胆し、肩を落とすブイリュウをジュンイチがなぐさめ、二人は次の“穴”が開くのを待つ。
 しかし、“穴”自体は頻繁に発生するものの、どれも小規模で自分達が通れるほどのものではなかった。
「ジュンイチ……」
「わかってるよ。
 こうも肩透かしが続くと、待つと決めたオレとしても精神衛生上非常によろしくないからな――次空いた“穴”で一度、空間湾曲で広げられないか試してみよう」
 ブイリュウの言いたいことはジュンイチも考えていた――「こうしょっちゅう“穴”が開くなら、しくじってもすぐに“次”があるだろ」と楽観視しながら、“力”を高めながらその時を待つ。
 そんな彼らの読み通り、すぐに“次”はやってきた。やってきたが――
『………………え゛?』
 その“次の穴”を前に、ジュンイチとブイリュウは思わずそろって頬を引きつらせた。
 結論から言えば、ジュンイチが自ら“穴”を広げる必要はなかった。というか――
「ちょっ、今度はデカすぎない!?
 オイラ達のニーズに応えるにしても限度ってものがあるでしょ!」
 大きかった――それもすさまじく。その直径がメートルではなく、キロメートル単位で測れてしまいそうなほどに。
「さすがにこれはパスした方がいいと思うな、オイラはっ!」
「異議なしっ!」
 これだけ大規模な空間の揺らぎだ。“向こう側”で何が起きているかわかったものではない。ブイリュウの提案にジュンイチが即答する――が、
 ――グンッ。
 二人のその身が引っ張られた。
「ちょっ、オイ!? マジかよ!?」
「引き寄せられてる!?」
 そう。発生した“穴”に引き寄せられているのだ。ジュンイチが抗えないほどに強烈な力で。
「くそっ、せっかくのチャンスがコレってアリかよ!?」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ!
 って、わぁぁぁぁぁっ!」
 もがく二人だったがどうすることもできず、そのまま“穴”に飲み込まれて――



    ◇



 ――“オリジナル”からのリンク反応を確認――

 ――データリンク、同期再開――



    ◇



 その日、讃州さんしゅう中学校二年生、結城ゆうき友奈ゆうなの日常はひとまずの終わりを迎えた。
 授業中、突如として時間が止まったかのようにすべてが静止した校内。
 自分と同じく静止を免れた親友、東郷とうごう美森みもりと共に何が起こったのかと思案していると、今度は目も開けていられないほどの光に包まれ、気がつけばこの世のものとは思えない“樹海”の中に放り出されていた。
 そんな二人と合流したのは、部活仲間の後輩、一年の犬吠埼いぬぼうざきいつきとその姉にして先輩、三年の犬吠埼ふう
 そして、風の口から語られる、今起きている事態。
 この世界を守護する神、神樹しんじゅを滅ぼすために迫る怪物、バーテックスの存在。
 この樹海は、そのバーテックスによる被害から現実世界を守るため、神樹の張った結界の中であること。
 そして――



 自分達、讃州中学勇者部――みんなのためになることを勇んで実施する部――が、正真正銘、この世界を守る“勇者”の候補を集め、結成された部活であったということ。



 風は言う――選ばれなかったら黙っているつもりだったと。
 ムリして戦わなくてもいい。私が助けるから――と。

 だが、そんな彼女に対して友奈は答える。
 風は「みんなのために」と思って黙っていた。それは「みんなのためになることをする」勇者部の活動目的そのままだと。
 だから、風は決して悪くないと。

 バーテックスとの戦いを決意し、友奈は風や、彼女について行った樹に続いて勇者へと変身。神樹の加護によって高められた力でバーテックスへと一撃を見舞い、宣言する。
「私は、讃州中学勇者部、結城友奈!
 私は――」
 その瞬間――







「勇者になrむぎゅっ!?」

 はるか上空から落下してきた“何か”が、友奈を直撃した。







「友奈――――っ!?」
「友奈さん!?」
 まったく予想だにしなかったタイミングで友奈を襲った災難に、彼女と共にバーテックスと対峙していた風と樹が悲鳴を上げる。
 まさかバーテックスの攻撃かと相手をにらみつける風だったが、バーテックスが何かをしたような様子は見られない。ゆうに30メートルはありそうな本体から不規則に飛翔するミサイルのような攻撃端末を飛ばしてくるタイプだったが、本体はもちろん、端末も友奈に攻撃を仕掛けた様子はない。
 では何が降ってきたのか。バーテックスを警戒しながら、樹と共に友奈の元へと向かう。
「友奈、大丈夫!?」
「いたた……何とか平気でーす……」
 バーテックスと対峙し、友奈に背を向けたまま呼びかける風の言葉には少し寝ぼけた様子の声が土煙の中から返ってくる。今の衝撃で目まいでも起こしたのだろうか。
「でも、いったい何が……えぇっ!?」
「友奈!?」
 だが、その友奈がいきなり驚きの声を上げる。思わず振り向いた風の見ている前で、友奈の周りの土煙が晴れていき――



 頭から地面に突っ込み、『犬神家の一族』のワンシーンよろしく倒立するように上半身を地面にうずめた人間と獣の姿がそこにあった。



「ひ、人……?」
「この人達が、空から降ってきたの……?」
 まさか降ってきたのが人(+α)だったとは、(地面への突き刺さり方も含めて)予想外にも程がある。樹のつぶやきに友奈も続いて――人の足の方がピクリと反応した。
 再び二、三秒沈黙――と、今度は一転、となりの獣と共にジタバタと暴れ始める。
「え? な、何……?」
「ひょっとして……出られない?」
「た、大変っ!」
 余りにもシリアスをかなぐり捨てた光景に、思わず状況も忘れて首をかしげる風には樹が返す――二人の会話に、あわてて友奈は人の方を助け出しにかかる。
「大丈夫です! 今引き抜きますから!」
 その友奈の声が聞こえたのか、人の方が足をピタリと止める――その足をつかんで引き抜きにかかる友奈に犬吠埼姉妹も倣う。風が友奈を手伝い、樹も獣の方を引き抜きにかかる。
『せー、のっ!』
 掛け声と共に、それぞれが力を込め――勇者として、神樹の加護によって高められた身体能力のおかげで、人も獣も、思いの外簡単に引き抜くことができた。
 むしろ、友奈達の方が勢い余って尻もちをついてしまったくらいだ――ポンッ、と、どこまでもシリアスを無視した音と共に人と獣が引き抜かれ、友奈達と同様尻もちをつくように地面に落ちると、声をそろえて一言。

『あー、ひどい目にあった』

 それが――











 人と獣――ジュンイチとブイリュウの、新たな世界での第一声であった。











「お、男の人……?」
「誰……?」
 面識のない相手であるのは引き抜く前からわかっていたが、それでもいざ対面となるとそうつぶやかずにはいられなかった――と、そんな友奈と樹の声に、ジュンイチは彼女達に気づき、
「あー……ひょっとして、助けてくれたのってお前ら?」
「え? あ、はい……」
「いやー、助かったぜ。
 力ずくで出ようと思ったけど、思った以上に周りが硬くてさぁ」
 思わず友奈がうなずくと、ジュンイチは彼女の手をとって礼を言う。不意を突かれる形で異性に手を握られ、友奈は思わず顔を赤くして――







 飛来したバーテックスの攻撃端末が、自ら砲弾となって彼らの元へと着弾した。







 反応は間に合っていた。防ぐのはたやすかった――が、
「――って、へ?」
 かまえた大剣に衝撃が叩きつけられることはなかった――呆ける風のその目の前では、
「やれやれ……どこのドイツ人か知らねぇが、助けてくれた礼を言う時間ぐらいくれよな」
 ため息まじりにつぶやくと、ジュンイチは目の前で巻き起こった爆発、その向こうにいるバーテックスをにらみつけた。
「え、何……? 今、何が……?」
 思考が状況に追いつかず、思わずうめく風だったが、
「風先輩、来ます!」
 友奈の上げた声に我に返る――こちらを仕留められなかったと気づいたのだろう、バーテックスがこちらに向けてゆっくりと前進を開始する。
「く……っ、今はアイツを倒さないと……っ!
 今何したかしらないけど、キミ達は下がってて!」
 思考を切り替え、大剣をかまえる――ジュンイチに下がっているよう忠告する風だったが、
「は? 何で?」
 この男が鉄火場で「下がっていろ」なんて指示を素直に聞き入れるワケがない。あっさりと返すと、スタスタと風のさらに前へと進み出る。
「な、何で、って……見ればわかるでしょ!
 危ないの! アレ敵なの!」
「いや、それはわかってる。わかってるけどさ……」
 あわててジュンイチを止めようとする風にジュンイチが答え――そんな二人に向けて、バーテックスが発砲。その巨体の下部、尾と思われる部分の先端から撃ち出した、太ったラグビーボールのような砲弾は弧を描くように多方向からジュンイチと風に襲いかかり――
「話の邪魔」
 あっさりと放たれた一言と同時、ジュンイチの振るった右手から炎が荒れ狂う――その炎に巻き込まれ、バーテックスの放った砲弾は次々に爆発、撃墜される。
「……話の続き、いいかな?」
 いともたやすくバーテックスの攻撃を防ぐと、ジュンイチは改めて風へと向き直り、
「アレが敵だってのも、物騒な事態だってのもわかった。
 その上で言わせてもらうぜ――」



「だからどうした」



「オレのこと知らないお前らにそこまで察しろとか酷なこと言わないけどさ……こちとら、あのテの超常の相手は慣れっこなんだわ。
 ぶっちゃけ、あの程度のゲテモノ相手にいちいちビビってたら身が持たないくらいに、ね」
「あ、『あの程度』って……」
 ジュンイチの言葉に風がうめき――バーテックスが再び砲弾を放ってきた。
 先ほどと同じように撃墜しようと右手に炎を生み出すジュンイチだったが、そこからが先ほどと違った。砲弾はこちらに突っ込んでは来ず、ジュンイチと風の周囲を飛び回るとその先端に光を集め始める。
「……なるほど。ビーム攻撃か。
 オレが砲弾あっさり撃墜したのを見て、炎じゃ撃墜できない攻撃に切り替えてきたか……」
「あんな芸当もできるの……!?」
 相手の攻撃の正体を看破するジュンイチと相手の隠し玉にうめく風、二人を包囲するように、バーテックスの攻撃端末はさらにその数を増やしていく。
「お姉ちゃん、危ない!」
「あー、大丈夫だと思うよ」
 あわてる樹に対し、引き抜かれた時からの流れで彼女に抱きかかえられたままのブイリュウが答える。直後、攻撃端末が発砲して――
「エネルギー弾に限って言うなら……あの程度の火力じゃ、ジュンイチの力場を抜くには少しも足りてないから」
 再び防がれた。ジュンイチの目の前で、不可視の壁によって受け止められ、目標を捉えることなく爆散する。
 ジュンイチの身体から放出されている“力”の流れ――周囲に留まり、力場を形成するそれが防壁の役割を果たして攻撃端末のビームを防いだのだ。
「…………ウソ……」
 バーテックスの一撃をものともしないジュンイチの力を目の当たりにして、風が呆然とつぶやいて――
「あー、一撃防いどいて、大いに『今さら』な話なんだけどさ……」
 そんな彼女に、ジュンイチが声をかけてきた。
「一応確認しとくけど、アレ、害獣ってことでいいんだよな?」
「え?」
「お前らがいらんちょっかい出した結果怒らせた、この辺原生の野生生物……とかじゃないんだよな?
 もしそうならお前らの自業自得として今すぐ見捨てるけど」
「あ、あー、えっと……うん、そこは大丈夫」
 あまりにも平然と尋ねられ、思わず呆けてしまうが、おかげで風自身も落ち着きを取り戻すことができた。
「アイツはバーテックス。
 この世界を“殺す”ことを目的とした、人類の敵よ」
「人類の敵、ねぇ……
 まぁ、そう言われても納得の見た目ではあるけど……なんだって迷い込んだ先でまでこのテのヤツらの相手をせにゃならんのか……」
 風の説明に、ジュンイチはこめかみを押さえてうめく――その『人類の敵』を前にしているというのに悠長極まるこの態度、明らかにバーテックスを歯牙にもかけていない。
「ち、ちょっと!?
 何のん気なこと言ってるの!? アレをなんとかしなきゃ、この世界が!」
「あー、大丈夫。その辺はちゃんとわかってるから。
 感じる“力”の異質さでわかるわ。ありゃ確かに、普通の人間にゃどーにもならんわ」
「だったら――」
「けど、どうにかできる相手だ」
 なおも言葉を重ねようとする風に対し、ジュンイチはさらにかぶせるようにそう付け加えた。
「“普通の人間”にゃどうにもなんねぇ――なら、“普通じゃない人間”がどうにかすりゃあいい。
 オレ自身十分“そっち側”の人間だし、お前らも……いや、お前らのそれは“後付け”か」
 風達の“力”を感じ取り、ジュンイチはそれが彼女達の装備によるものだと分析する――“力”が、風の身にまとう勇者装束や大剣から彼女の中に流れ込んでいるのを確認したからだ。
「ま、その辺詳しく情報交換するのは後にしようや」
 だが、ジュンイチはそこで話を打ち切った――すぐに、風もその理由を理解する。
「敵さん、いよいよ本気モードみたいだからさ」
 先の一撃を難なく防がれたことで警戒を強めたのだろうか。バーテックスが尾の先端から砲弾や攻撃端末を次々に射出し始めたのだ。
 だが、ジュンイチは明らかに余裕だ。そんな彼や、となりの風に向け光弾型端末の群れから一斉に光弾が放たれて――
「ムダだよ」
 ジュンイチがそれらの攻撃に向けて左手をかざし――光弾の一切ことごとくが、その先に展開されたジュンイチの力場に受け止められ、爆発を巻き起こす。
「たとえどれだけ強力でも、何発撃とうが関係ねぇ。
 それが質量を持たないエネルギー体である限り、巨大化した瘴魔獣の砲撃すら防ぐんだぜ。その程度の光弾で抜けるワケねぇだろうが――抜きたいなら実弾持ってこい、実弾」
 言って、ジュンイチは防壁を形成していた“力”を解放し、
「そんじゃ、今度はこっちが試し撃ちさせてもらおうか。
 こっちの攻撃がどれだけ通るか――なっ、と!」
 そのセリフが終わる頃には、ジュンイチはバーテックスに向けて駆け出していた。全速力で懐に飛び込みながら、腰の霊木刀“紅夜叉丸”を抜き放つ。
 と、その“紅夜叉丸”が突如無数の光の粒子となって四散する――ジュンイチの“力”によって分解され、組成を変えて再集束、両刃の片手剣“爆天剣”へと“再構成リメイク”される。
 さらにそこに“力”を注ぎ込み、燃焼させる――爆天剣の刀身に燃やした炎を解放、バーテックスに叩きつけ――その表面を爆砕する!
 そのままひるんだバーテックスに飛びかかると、よろめいた相手の身体を足場に駆け上がり、顔面(?)に回し蹴りを一発――踏ん張ることもできず、倒れるバーテックスだったが、ジュンイチのさらなる追撃は割り込んできた攻撃端末によって阻まれる。
「……す、すごい……」
 バーテックスの巨体をものともしていないジュンイチの実力を目の当たりにして、友奈が思わず感嘆の声をもらして――
「ハイそこ、サボらないっ!」
「は、ハイっ!」
 ジュンイチはそんな友奈の様子も把握していた。不意を突かれ、友奈は思わず居住まいを正す。
「せっかく敵さんの目がオレに向いてフリーなんだ!
 今の内に大技の一発も叩き込め!」
「りょーかいっ!」
 ジュンイチに言われ、友奈が拳を握り締め、かまえる。
 武具から流し込まれ、彼女の身体の中に満ちる“力”がその右拳に集中していくのを、ジュンイチの異能者としての感覚が捉えて――
「たぁあぁぁぁぁぁっ!」
 友奈が地を蹴った。身を起こしたバーテックスの眼前に一足飛びに飛び込むと、渾身の右拳でバーテックスの頭部(?)を打ち砕く!
(オレのさっきの一撃よりも与えたダメージは上、か……
 間接攻撃と近接攻撃の違いを考慮した上でも、明らかにあの子の攻撃の方が効いてる……打撃はともかく、“力”の有効性はあの子達の方が上。精霊力よりもあの子達の“力”方が、あのゲテモノには有効に働いてる、と見るべきか……)
 その友奈の一撃からいろいろと情報を拾い、ジュンイチは自分の手の爆天剣へと視線を落とした。
(オレの攻撃も効いてないワケじゃねぇが、決定打を狙うには火力不足……生身・単独で仕留めようとするなら長期戦は確定か。
 オーグリッシュフォームなら……あかん、周りが木だらけなところであんな火力バカ形態になろうものならあっという間に大火事だ。
 となると、ゴッドブレイカーを出すのもひとつの選択肢になってくるか。幸いブイリュウも一緒だし相手と体格も近いしな……ただ、状況も見えない内から安易に切り札さらしたくないよなぁ……)
 着地した友奈へと砲弾が迫る――が、それでもジュンイチが悠長にそう分析していられるのには理由があった。
「友奈さん、危ないっ!」
 樹がすでにカバーに入っていたからだ。花輪状の腕輪、それを飾るスズラン――否、色や形状の微妙な違いからして遠縁種のアマドコロか。そこから放たれたワイヤーが攻撃端末にからみつき、バラバラに締め千切る!
「……キミ、けっこうエグい戦い方するんだね……」
「えぐっ!?」
 端末とはいえ容赦なく細切れにしてしまったその戦いぶりに思わず素直な感想が――ブイリュウの言葉に樹がショックを受けていると、
「み、見て!」
 バーテックスを指さし、友奈が声を上げる――言われた通り見てみれば、ジュンイチや友奈の攻撃で大きくえぐられたはずのバーテックスの身体が、元通りに再生しようとしている。
「傷が治ってる……!?」
「再生能力持ちかよ……っ!
 それに、あの再生速度……っ!」
 つぶやく友奈と同様につぶやき、ジュンイチは脳内で自分の“力”の有効性を『生身では長期戦確定』から『生身では撃破不可能』へと引き下げた。あの再生能力を前にしては、自分の生身での火力では攻めきれない。吹き飛ばすそばから再生されてジリ貧になるだけだ。
 こうなったら手札の温存がどうのと贅沢は言っていられない。大火事覚悟でオーグリッシュフォームへ変身するか、オーバーキルを承知でゴッドブレイカーを持ち出しての巨大戦に持ち込むしかないかと考えるジュンイチだったが、
「どうすればこの怪物を倒せるんですか、風先輩!?」
「バーテックスはダメージを負っても回復するの!」
 ジュンイチの眼下で声を上げる友奈の問いに、樹やブイリュウと合流した風が答える。
「“封印の儀”っていう、特別な手順を踏まないと、絶対に倒せない!」
「ふ、封印……?
 どうやるの?」
「それは――」
 尋ねる樹に風が答えようとした、その時、バーテックスの本体がまた新たに砲弾を飛ばしてきて――
「確かに、『実弾持ってこい』とは言ったけどさぁ……」
 間に割って入ってきたジュンイチが、手にした爆天剣で砲弾を片っ端から斬り捨てた。二枚、三枚に下ろされた砲弾があさっての方向に散り、その先で次々に爆散する。
「その実弾も、全部対応しちゃえば何の問題もないのよな」
 そうバーテックスに言い放つと、ジュンイチは風達へと向き直り、
「じゃ、お前らはその“封印の儀”とやらのレクチャーと実践を夜露死苦ヨロシク
 その間の足止めはオレがやっとくから」
「ひとりで大丈夫なの?」
「さっきオレが叩き込んだ一発、見たでしょ?」
 聞き返す風に、ジュンイチはあっさりと答えた。
「回復される。倒せない――けど、攻撃そのものはちゃんと通ってた。
 つまり、明確な対抗手段はなくても物理的干渉自体は可能ってことだ――となれば、足止めだってできないワケじゃない」
「いや、私はキミの身の安全を心配してるんだけど」
「ハッハッハッ、それこそ無用の心配ってモンだぜ、風ちゃんとやら」
 風の言葉に、ジュンイチはカラカラと笑いながらそう答える――初対面、正体不明の上に(彼女達にとって)得体の知れない“力”まで振り回して見せた自分の身を案じてくれる、掛け値なしの“いい子”達だと確信しながら。
「再三言ってるだろ――あの程度の相手、どうってことないよ。
 “地元”で勇者を名乗ってるのが、伊達や酔狂じゃないってところを見せてやる」
「え…………?」
「勇者……?」
 ジュンイチの言葉――その中の『勇者』の一言に風や友奈が反応する――そんな二人にかまわず、ジュンイチはブレイカーブレスをかまえ、
「――いくぜっ!」



    ◇



「ブレイク、アァップ!」
 ジュンイチが叫び、眼前にかまえたブレイカーブレスが光を放つ。
 その光は紅蓮の炎となり、ジュンイチの身体を包み込むと人型の龍の姿を形作る。
 ジュンイチが腕の炎を振り払うと、その腕には炎に映える蒼いプロテクターが装着されている。
 同様に、足の炎も振り払い、プロテクターを装着した足がその姿を現す。
 そして、背中の龍の翼が自らにまとわりつく炎を吹き飛ばし、さらに羽ばたきによって身体の炎を払い、翼を持ったボディアーマーが現れる。
 最後に頭の炎が立ち消え、ヘッドギアを装着したジュンイチが叫ぶ。
「紅蓮の炎は勇気の証! 神の翼が魔を払う!
 蒼き龍神、ウィング・オブ・ゴッド!」




    ◇



 目の前で変身を遂げたジュンイチの姿に警戒したか、バーテックスがその侵攻を止め、ゆっくりとジュンイチへと向き直る。
 その尾から砲弾を次々に放つが、ジュンイチは余裕でそれらを斬り落としていき――しかし、ジュンイチは気づいていた。
 バーテックスの左右に垂れ下がっていた、羽衣のような“何か”が伸び、地面にまで達していることに。
 だから――
「不意討ちヘタすぎっ!」
 樹海の木々の間をかいくぐり、背後から飛び出してきた“何か”――バーテックスの羽衣状の触手に向けて爆天剣を一閃。放たれた炎が触手を二本まとめて爆砕し、
「次はてめぇだっ!
 星座カースト上位常連の“乙女座”だからって、チョーシこいてんじゃねぇっ!」
 今度はバーテックス本体への炎撃――ただし先の一撃のような一点集中の一撃ではなく、身体の表面をまんべんなく叩く広域型の攻撃だ。身体の前面全体で巻き起こった爆発の衝撃に、バーテックスはバランスを崩して墜落する。
 そんなバーテックスの左右に回り込むように走るのは、風から“封印の儀”の手順を教わった友奈と樹である。
(封印の手順、その一……まずは敵を囲む!)
「風先輩、位置につきました!」
「こっちもいいよ、お姉ちゃん!」
「よし、じゃあ“封印の儀”、いくわよ!」
 頭の中で復唱しながら位置についた友奈が報告し、樹もそれに続く。風のGOサインを受け、手元のスマホへと視線を落とす。
 というのも――
「手順その二は、敵を抑え込むための祝詞のりとを唱えるんだよね……」
 というワケだ。スマホの画面に表示された祝詞の“例文”を確認して――
「って、コレ全部唱えるの!?」
 そこには何行にも渡り、よく神社での神事などで耳にする、まさに“祝詞”そのままの文面が表示されていた。
 言い回しも古臭いし、間違えずに唱えられるだろうかと不安になる友奈だったが――
「――っ、らぁっ!」
 ジュンイチの咆哮、そして響き渡る爆音に我に返る――見れば、仰向け(だと思う、たぶん)に倒れたバーテックスに向け、ジュンイチが思い切り炎を叩き込むところだった。
 やはり一点を撃ち砕くのではなく、全体をまんべくなく叩く広域型の攻撃。それが意味するものは――
(バーテックスを抑えるのを、優先してるんだ……
 私達が封印を成功させられるように……)
 ジュンイチは信じているのだ。自分達が封印を成功させてくれると――ならば、自分のすることはひとつしかない。
(やらなくちゃ……
 私達を信じてくれる、あの人のためにも!)
 決意を新たに、友奈は樹と視線を交わす――大きく深呼吸し、いよいよ祝詞を唱え始める。

 ―― 幽世大神かくりよのおおかみ
憐給あわれみたまい

 まず、緑の毛玉のような“精霊”を呼び出した樹が――

 ―― 恵給めぐみたまい
幸魂さきみたま
奇魂くしみたま

 続けてディフォルメされた牛のような姿の精霊を呼び出した友奈が祝詞を唱えて――

 ――おとなしくしろぉーっ!

『えぇぇぇぇぇっ!? それでいいのぉっ!?』
 風がいろいろとぶち壊してくれた。
「要は魂込めれば、言葉は何でもいいのよ!」
「早く言ってよぉっ!」
 樹が風にツッコむが、ともかく封印は無事発動。友奈達や、巻き添えにならないよう後退したジュンイチの前で、発生した円形の術式陣から渦を巻くように放たれた“力”がバーテックスを捉える。
 封印の効果か、バーテックスが身体を丸めるようにして動きを止め――頭部に変化が。顔面がはがれるように垂れ下がったかと思うと、その内側から漆黒の、逆四角錐状の“何か”が現れる。
「な、何かベロンと出たーっ!?」
「封印すれば、“御魂みたま”がむき出しになる。
 あれは言わば心臓――破壊すればこっちの勝ち!」
「それなら、私が!」
 風の説明に友奈が動いた。精霊を引っ込めて跳躍、御魂に襲いかかると渾身の拳で打ち砕k――
「――って、いったぁいっ!
 これ、硬すぎるよぉっ!」
 ――けなかった。あまりの硬さに拳の方がしびれ、御魂の上で泣き言をもらす。
 一方、地上でも樹があることに気づいていた。
「お姉ちゃん、何か数字が減ってるんだけど……これ何?」
 そう、地面に描かれた封印の術式陣、そこに記された数字がどんどんその数を減らしているのだ。
 それはまるで、何かのカウントダウンのようで――
「あぁ、それ私達のパワー残量!
 それがゼロになると、コイツを抑えきれなくなって、倒すことができなくなる!」
 本当にカウントダウンだった。
「それじゃあ……」
「コイツが神樹様にたどりついて、すべてが終わる……っ!」
「その“シンジュサマ”ってのはよくわからねぇが、要はこのカウントがゼロになる前に決めなきゃ負け確定ってワケか……」
 樹や彼女に答える風の言葉に、ジュンイチは上空でしばし考え、
「……おい、アレには物理攻撃は有効だったりするのか?」
「あそこまでいったら問題なし!
 壊せるっていうなら、遠慮はいらないから思いっきりやっちゃって!」
「りょーかいっ!
 そんじゃ、思いっきり殺っちゃえるかどうか、試してみっか!」
 風の言葉に、ジュンイチは全力で炎を燃焼。炎は大きく勢いを増し、ジュンイチの目の前で炎の竜を形作る。
「友奈ちゃん、だっけか!
 危ないから、そこどけ!」
「は、はいっ!」
 こちらの警告に友奈が御魂の上から離れたのを確認し、ジュンイチは炎の竜の後頭部へと飛び込み、
「これで……どうだっ!?
 ブレイジング、スマッシュ!」
 炎の竜を擬似的なカタパルトとして自らを撃ち出した。竜を形作っていた炎を身にまとい、御魂に向けてとびきりの飛び蹴り――否、“翔び”蹴りを叩き込む。
 蹴りと共に身にまとっていた炎も叩き込まれ、大爆発。爆風に乗って上空へと離れたジュンイチの前で爆煙が晴れていき――
「――――って!?」
 多少焦げ目がついた程度、実質無傷でその場に浮かび続ける御魂の姿に、さすがのジュンイチも思わず自らの目を疑った。
「ジュンイチのブレイジングスマッシュが、効いてない……!?」
「なら、今度は私が!」
 今まで幾多の敵を屠ってきたジュンイチの十八番のひとつをもってしてもヒビひとつ入らないとは、いったいどういう強度なのか。地上で驚くブイリュウをよそに、今度は風が跳躍、御魂の上に飛び乗る。
 手にした大剣で何度も斬りつける――が、ダメだ。やはり御魂には傷ひとつつかない。
「こいつはいきなりマズイかな……
 ……ならば!」
 うめいて、風は後ろで動きを止めているバーテックス本体の頭の上へと跳び移り、
「この私の、女子力の限りを込めた渾身の一撃でぇっ!」
「いや、女子力でどうにかなる問題じゃないよなソレ! 女子力(物理)ってか!?」
 そこからさらに跳躍、全体重も加えた一撃を放つ。ジュンイチがツッコむ中、ガギンッ!と音を立てて大剣が叩きつけられて――

 ――ピシッ。

「やった!」
「女子力すごっ!?」
 ようやく御魂に亀裂が。樹が、ブイリュウが思わず声を上げ、
「……へ、へっ、どーせオレや友奈ちゃんの攻撃でダメージが蓄積されてたんだろ」
 ジュンイチがちょっとだけ負け惜しみ――と、気づいた。
「枯れてる……!?」
 そう。封印の術式陣を中心に、だんだんと樹海の木々が枯れ始めているのだ。
「始まった……っ! 急がないと!」
 と、同じ事に気づいた風が焦りの声を上げた。
「長いこと封印してると樹海が枯れて、現実世界に悪い影響が出るの!」
「ちょっ!? なんでそんな大事なコトをその時になるまで言わないのさ!?」
 風にツッコミを入れつつ、地上に降り立ったジュンイチがゴッドウィングを変形、反応エネルギー砲“ウィングディバイダー”を作り出し、
「これでどうだ!
 ゼロブラック、Fire!」
 必殺の砲撃“ゼロブラック”を叩き込む――が、それでも御魂を破壊するには至らない。風のつけた亀裂を広げるので精一杯だ。
(どうする……!?
 ヒビの入った今ならブレイジングスマッシュも少しは通るだろうけど、ゼロブラックでアレじゃ改めて叩き込んだところで……
 悔しいけど、オレひとり分の攻撃力じゃ足りねぇ。けど――)
 胸中でつぶやき、ジュンイチは“そちら”へと視線を向け――決断した。
「友奈ちゃん、オレ達で決めるぞ!」
「は、はいっ!」
 告げると同時に友奈に向けて飛翔。いきなり声をかけられて驚きつつもうなずいた友奈の手を取り、上空へと舞い上がる。
「オレが思い切りアイツに向けてブン投げるから、その勢いもプラスして全力叩き込め! できるな!?」
「はいっ! やってください!」
 友奈がうなずいたのを確認し、ジュンイチは空中で回転を開始。ジャイアントスイングの要領で勢いをつけ、
「そうら――飛んでけぇっ!」
 思い切り、バーテックスの御魂めがけてブン投げた。強烈なGの中で多分に動きづらくはあったが、友奈はなんとか御魂の方へと向き直る。
(痛い、辛い、苦しい、怖い……でも……っ!)
 いきなり戦わされることになって、戸惑いや恐怖がないワケではない。
 しかし、それでも友奈を突き動かすのは、大切な人達の存在があるから。
 共に戦ってくれる風や樹、足が不自由であるが故に安全な場所に残してきた、この戦いを見守ってくれているはずの親友、美森。
 そして、突然この“樹海”に迷い込み、自分達以上に状況をわかっていないであろう、しかしそれでも力を貸してくれたジュンイチやブイリュウ。
 自分はひとりではない。みんながいてくれる。だから――
「大丈夫!」
 想いを口にした瞬間、右拳のプロテクターに桜の花を描いた紋様が浮かび、“力”を放つ――その“力”を合わせ、友奈は思い切り拳を振りかぶり、
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
 御魂の、風が刻み、ジュンイチが深めた亀裂へと叩きつけた。強烈な衝撃が御魂を突き抜けて――打ち砕く!
「やったぁっ!」
 御魂が砕け、中からあふれた“力”が無数の光のチリとなって天へと昇っていく。無事着地した友奈がその光景に声を上げると、遺されたバーテックスの身体が砂となって崩れ落ちていく。
「砂になってく……?」
「まるで、風化していくみたいだな……」
 その光景に友奈がつぶやき、傍らに舞い降りてきたジュンイチも同意して――
「友奈! やった、やったよ!」
 敵の撃破を喜びながら、風が合流してきた。
「友奈のおかげだよ! ありがとう!」
 言って、風は喜び勇んで友奈の手を取って――
「いたたたたっ!?」
「あ、ゴメン……」
「まぁ、あんなクソ硬いシロモノを再三ぶん殴った後だしなぁ……」
 実はけっこう痛みの走っていた右手を握られた友奈が悲鳴を上げた。あわてて手を離し、謝る風のとなりでジュンイチが納得すると、風は改めてジュンイチへと向き直り、
「迷子クンもありがと。
 手伝ってくれて助かったわ」
「ま、迷子クン……?」
「だって私、キミの名前聞いてないもの」
「あ、そうだったっけか」
 風の言葉にようやくそのことに思い至り、ジュンイチはコホンと咳払いし、
「ジュンイチ。
 オレは――柾木ジュンイチだ」
「私は犬吠埼風。
 じゃあ、改めて……ありがとう、ジュンイチ」
 言って、右手を差し出してくる風にジュンイチも応え、二人が握手を交わし――
「友奈さん、やりましたよ!」
「いたたたたーっ! だから右手はヤメテーっ!?」
 合流してきた樹によって、再び友奈が泣かされていた。
 と、突然周囲に突風が巻き起こった。足元の木の葉を巻き上げて渦を巻き始め、ジュンイチは思わず顔を守り目をつむり――



    ◇



 気づいた時には、友奈達は見覚えのある建物の屋上に立っていた。
 自分達の通う、讃州中学の屋上だ。見れば、安全な場所に避難させていた美森もそばにいて――
「………………っ」
「ジュンイチ!?」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
 ジュンイチやブイリュウも一緒だ――が、ジュンイチの身に異変が。額を押さえてヒザをついたその姿に、風や樹が思わず声をかける。
「あぁ……大丈夫。ただの転送酔い。
 瞬間移動関係の現象の後はだいたいこうだから、気にしなくてもいいよ」
 こちらを気遣い、駆け寄ってきた二人に答えると、ジュンイチはクラクラする頭を押さえたまま立ち上がった。
「それより、ここは……?」
「あぁ、私達の学校の、屋上です。
 ……戻ってこれたんだ……」
「神樹様が戻してくださったのよ」
 答える友奈に風が補足、視線を上げる――友奈達がその視線の先を追うと、そこにはのどかな郊外の町の風景が広がっていた。
 先ほどまで巨大な怪物と戦っていたというのに、町はのどかなもので、混乱した様子はまるでない。
 ということは――
「みんな、何も気づいてないの……?」
「えぇ。
 みんなにとっては、今日は普通の水曜日――私達が守ったんだよ。みんなの日常を」
 一同の心の中を代弁してくれた樹に答えるのは風で――
「ちなみに。
 世界の時間は止まったままだったから、今はモロ授業中だと思う」
『って、えぇっ!?』
 最後に、ちょっと聞き捨てならない一言が付け加えられた。
「ま、後で“大赦”の方からフォロー入れてもらうわ」
 驚く友奈達にそう補足すると風は樹へと向き直り、
「ケガはない、樹?」
「うん。
 お姉ちゃんは……?」
「私も大丈b
 しかし、風は最後まで答えることができなかった――それよりも早く、涙で顔をグシャグシャにした樹が風の胸へと飛び込んできたからだ。
「ふぇ〜んっ! 怖かったよぉっ!」
「……よしよし。よく頑張ったわね」
 泣きじゃくる樹の頭を風がなでてやる。それは微笑ましい姉妹愛あふれる光景で――
「ごほうびに冷蔵庫のプリン、半分食べていいから」
「アレ元々私のだよぉ……」
 何かいろいろと台無しであった。
「うっわー、妹のプリン強奪とかサイテーだなお前」
「って、ジュンイチがそれ言う?
 こないだオイラが買ってきたシュークリーム全部ひとりで食べちゃったクセに」
「オレが買いだめしてた特盛りUFO、カートン単位で食い尽しやがったお前にそれ言う資格ねぇよ!」
 そしてこちらの主従もいろいろと駄目駄目であった。
「えっと、まぁ……気を取り直して。
 ジュンイチ」
「ん?」
 ともあれ、進めなければならない話があるのも事実だ。仕切り直した風に声をかけられ、ジュンイチが彼女へと振り向く――チョークスリーパーでブイリュウをしめ落としにかかったそのままの体勢で。
「私の認識違いでなかったら……私達、いろいろ情報を共有する必要があると思うんだけど」
「だろうね。
 オレとしても今の状況を把握するためにはいろいろと話を聞きたいし……そっちから情報交換を申し出てくれるなら大歓迎さ」
 風の申し出に対し、ジュンイチは笑顔で快諾して――
「あ、あの……」
 そんな彼らの会話に割って入ってきたのは――
「ん? お前は?」
「東郷美森といいます。
 友奈ちゃん達を助けてくれて、ありがとうございます」
 友奈に車イスを押してもらってやってきた美森だ。反応したジュンイチに対し、自己紹介と併せて礼を言う。
「で、どうしたの、東郷?」
「あの、その子……」
 改めて何の用かと尋ねる風に答え 美森はジュンイチの腕の中を指さして――



 ちーんっ。(←比喩的表現)



 ブイリュウが、完全にしめ落とされていた。


次回予告

「げ、現代アートってヤツだよ!」

「説明足りなくてごっめんねぇ〜っ!」

「……また、何もできないの……!?」

「顔を洗って出直してこいっ!」

第2話「決意と銃口」


 

(初版:2018/01/08)
(第2版:2018/01/29)
(次回予告を加筆)