第3話
「天秤とオーバーキル」
「え、えっと……?」
「別の世界、から……?」
美森が戦列に加わった三体同時襲撃から一夜明けて――放課後。
「まさかさらに一夜持ち越しになるとは思わんかった」と前置きしたジュンイチから(と言っても、ジュンイチが転送酔いでダウンして説明どころではなくなってしまったのが、翌日持ち越しの最大原因なのだが)彼らの身の上についての話を聞かされた友奈と美森のリアクションがこれである。
「つまりジュンイチさんとブイリュウは、その、別の世界?から、私達の世界に来た、ってことですか?」
「『来た』って表現は正確じゃねぇな――少なくともオレはそう思ってる」
確認しようとする友奈に対し、ジュンイチは肩をすくめてそう答える。A4用紙を一枚手に取ると、左右に大きな円を、間にそこそこのすき間を残して描き、
「どっかの誰かの絵みたく手抜き全開の図ですまんが、とりあえず左をオレ達の元々いた世界、右をお前らの世界、つまりこの世界だと思ってくれ」
「それはいいけどジュンイチ、『どっかの誰か』って誰のことかなー?」
ジュンイチの話に少なからずこめかみを引きつらせるのは風だ。
ちなみにジュンイチ達は昨夜も犬吠埼家に厄介になった――というか、大赦の方から続行の指示が下ってしまったらしく、当分世話になるハメになりそうだ。
おかげで犬吠埼姉妹は今日も眠そう――かと思いきや意外と元気だ。さすがに二日連続ともなれば緊張を睡魔が上回ったようだ。戦闘の疲れも重なり、昨夜はぐっすりどころか大爆睡だったとは一部始終を見届けたジュンイチの証言である。
閑話休題。風からのツッコミをスッパリと無視し、ジュンイチは説明を続ける。
「まず、オレとブイリュウは元の世界でのちょっとした事故で、この世界と世界の間に落ち込んでしまった。
少なくとも、最初の転移はここまでだったと思っていい――何しろあの“狭間”に落ちた後、それっきりどこにも流されなかったんでな」
言いながら、自分とブイリュウに見立てた消しゴムを二つ、左の円に置き、そこから円と円のすき間へと動かす。
「で、どうしたものかと思ってたら、バカみたいにデカイ空間の揺らぎが発生。飲み込まれた先が……」
「私達の出逢った、あの樹海だった……
風先輩、もしその話が本当なら、ジュンイチさん達を“狭間”から樹海に引き込んだのは……」
「えぇ……あの最初の樹海化でしょうね……
あれだけの広さの樹海を現実世界に上書きするほどの現象だもの。空間にどんな影響が出てもおかしくないわ」
二つの消しゴムを右側の円に移しながら語るジュンイチの話に、美森と風がそれぞれの意見を交わす。
「で、仮説ついでに付け加えるなら、二度目の樹海化の時にオレやブイリュウもお前らと同じように樹海に送られたのも、この時の流れに原因があるとオレは見てる」
「そういえば、その辺の説明がほったらかしになってたわね。どういうことなの?」
「あの時、オレ達はこの世界が樹海化している時にこの世界に来た」
風に答える形で、ジュンイチはA4用紙の、消しゴムの置かれた右側の円に『樹海』と書き加えた。
「ここからは完全に確証のない話になるんだけど……そのことが原因で、オレ達の存在というか概念というか……うまい表現が思いつかないんだが、世界という“システム”におけるオレ達の位置づけのようなものが、あの状態こそがこの世界の標準だと誤認してしまった可能性はないだろうか?」
「???」
「えっと……つまり……?」
「少なくともオレやブイリュウにとっては、この世界が樹海化している状態の方が普通の状態。そういう扱いになっているのかもしれない」
周囲に疑問符を撒き散らしている友奈と樹にそう説明し直す。
「要するに、お前らにとっては今のこの世界の方が通常空間で、樹海の方が異空間なワケだけど……オレ達の場合はその逆。樹海の方が通常空間のような扱いになってる――ってことだ。
あくまで限定的な空間でしかないから、樹海化が終われば“こっち”に送られるけど、いざ樹海化が起きれば、オレとブイリュウは向こうの空間との結びつきの方が強いから、樹海に引きずり込まれてしまう……と、そうオレは推理してる」
「じゃあ、これからも樹海化が起きれば、ジュンイチさん達は……」
「お前ら同様樹海に放り込まれることになる。
たとえお前らにその気がなかろうと、オレ達もバーテックスとの戦いに巻き込まれることになったワケだ……まぁ、あくまで今語った仮説が当たっていれば、の話だけどな」
美森に答え、ジュンイチは軽く肩をすくめてみせる。
「ま、そんな事情のあるなしに関わらず、事情を知った時点で可能な限り首を突っ込むことは、オレの中で確定してたけどな。
仮に樹海化してもこっちに置き去り、なんて状況だったとしても、お前らを後方から支える手段ならいくらでもあるんだしな」
「そんな……いいんですか?」
ジュンイチの言葉に、どこか申し訳なさそうに尋ねるのは友奈だ。
「今の話じゃ、私達の世界に迷い込んでしまったのってただの事故じゃないですか。
だったら、元の世界に帰る方法とか、考えた方がいいんじゃ……」
「理由は三つ」
友奈に対し、ジュンイチは右手でカウントの『3』を示した。すぐに立てる指を人さし指一本のみに変え、続ける。
「ひとつめ。元の世界に帰るっつっても、現状打てる手がない。
転移……つまりワープなりテレポートなりの術式は一応手持ちにあるけれど、転移元と転移先の位置関係の情報が必要だから、今回のケースでは使えないんだよ」
「それ以前にジュンイチ、他人や物を飛ばすのはともかく自分が飛ぶのは超ヘタクソじゃあだっ!?」
余計な口をはさんだブイリュウの額に、弾丸の如き速さで飛んできた消しゴムが直撃する――あまりの衝撃に座っていたイスから転げ落ちて後頭部から伸びる角を強打。付け根にダイレクトに叩き込まれた衝撃とダメージでのた打ち回るブイリュウにかまわず、左手で指弾(消しゴム)をおみまいした張本人はそ知らぬ顔で右手のカウントを『1』から『2』へ。
「二つめ。
バーテックスはともかく樹海化の方が、戻る上で意外とジャマになりそうなんだよ。
その規模と空間に与える影響のデカさはお前らがさっき論じていた通り――あんなモンがいつ起きるかわからんような状況じゃ、世界を飛び越えるレベルの転移術なんて危なっかしくて使えない。どんな影響が出るかわかったもんじゃねぇからな。
結局、仮に戻る手段が見つかったとしても、戻るためには障害となる樹海化を何とかしなくちゃならない――つまり、その元凶たるバーテックスの排除はオレとしても絶対条件なワケだ」
そして、右手のカウントは薬指が加わり『3』に戻る。
「でもって三つめ。
知り合って、名前も教え合って、こうして事情も知った。
トドメが実戦で命を預け合うこと二回――お前らがどう思ってるかは知らねぇが、オレにとっちゃお前らはもう『他人』と呼ぶには近すぎる。
そんなヤツらが、自分どころか住んでる世界が滅ぶかどうかの瀬戸際に立たされてるってのに、『自分はさっさと帰りたいんで後ヨロシク』なんて放っておけるほど、オレは薄情な人間になった覚えはないし、なりたくもねぇんだよ」
三つの“理由”を挙げ終えて、ジュンイチは腕組みして息をつき、
「以上三つの理由から、オレにもバーテックスと戦う理由がある。
相手が何体いようが、どれだけ強かろうが関係ねぇ――オレの“身内”に手ェ出すヤツは、どこの誰だろうが叩きつぶす。誰にケンカ売ったか教えてやるぜ」
「け、ケンカって、人類存亡の一大事を、そんなあっさり……」
「はぁ? こんなのケンカ以外の何モノでもないだろうが」
あまりの表現の乱暴さに思わず苦笑する風だったが、ジュンイチは「それこそ何を言ってるんだ」とばかりにそう返してきた。
「『人類存亡の危機だ』なんてスケール大きくして考えるからややこしくなるんだって。もっとシンプルにいこうぜ、シンプルにさ。
『てめぇが売った。オレが買った。だからボコる。徹底的にだ』――オレの世界のとある物語から抜粋のセリフだが、まさにそれだけの問題だと思うけどね」
「はわぁ……なんかカッコイイですね、それ!」
「お、友奈ちゃんはわかってくれるか!
そうそう! 前衛系はそのくらいアグレッシブでないと!」
「なんか意気投合してるんだけど……」
「んー、ジュンイチの何かが友奈の琴線にジャストミートしちゃったみたいね……」
ジュンイチの宣言には友奈が目を輝かせた。ジュンイチと二人で「イエ〜イ♪」とハイタッチを交わすその姿にブイリュウと風が呆れ半分がつぶやく――それを見た樹や美森が内心「こっちも割と気が合ってるような……」と風&ブイリュウ組も“似た者同士”認定していたりするがそれはさておき。
「ま、大船に乗ったつもりでドーンとかまえてろって。
オレにはバーテックスを封印することはできない……けど、お前らが安全にバーテックスを封印できるようにその相手を一手に引き受けてやることはできるし、御魂さえ出ちまえばその破壊にも参加できるんだからさ」
「その割にはもう四体も倒してるのに個別撃墜数ゼロだよね」
「さっきから性懲りもなく余計な一言をはさむのはこの口かーっ!」
ツッコミを入れてきたブイリュウの頬が思い切りつねられ、左右に引っ張られる――ジュンイチが“オシオキ”していると、友奈が「そういえば……」と話に加わってきた。
「ジュンイチさんって、元の世界の……その、“勇者”なんですよね?」
「どっちかっつーと自称に近いけどな」
友奈に答えると、ジュンイチはブイリュウを解放して彼女へと向き直り、
「オレの……つか、オレや同種の能力者達を総じての正式な名称は“ブレイカー”。
“人の限界を超える者”、“魔を打ち砕く者”……そんないくつもの由来から名づけられたものらしいけど、詳しいことは失伝になっててよくわからん」
「魔を、打ち砕く……」
ジュンイチの言葉に、今度は美森が反応した。
「つまり、ジュンイチさん達の世界にも、バーテックスのような存在はいる……?」
「おぅ、いるぞー。
ま、バーテックスほどやり辛い相手じゃないけどな。力場さえなんとかできれば通常兵器でだって倒せるし……オレ達には“これ”がある」
言って、ジュンイチは右手に“力”を集中。友奈達の前に差し出したその手がうっすらと赤い輝きに包まれる。
「精霊力……オレ達はそう呼んでる。
生体・物体を問わず、あらゆるものに宿っている、その存在や命を司る力……
もちろん、人間にだって宿ってる。オレ達ブレイカーは、その精霊力をコントロールする感覚が先天的に備わってるのさ」
「精霊の、力……?」
その説明に樹が見るのは、昨日に引き続いてフリーダムに部室内を飛び回っている友奈の精霊、牛鬼である。
そして、ジュンイチもそんな樹の視線に気づいていた。苦笑まじりに肩をすくめ、続ける。
「予想通りの反応をありがと、樹ちゃん。
確かに牛鬼達も精霊と呼ばれちゃいるけど、その在り方は根本から違うと言っていい。
牛鬼達は、神樹……様?がお前らの“お役目”を助けるために遣わした、言わば眷族に近い。
それに対して、オレ達の言うところの精霊ってのは、本当に言葉通りの“精霊”……森羅万象、自然や生命、無機物に至るまで、あらゆるものに宿っているとされる、超自然的な存在を指す。
精霊力、なんて名前がついてるのもそこに由来してる――『あらゆるものに宿る力、それはまるであらゆるものに宿る精霊の様だ』ってね」
「つまり、八百万の神様のようなもの……と?」
「んー、神様っつーと少し表現が大げさな気もするけど……美森ちゃんのその解釈でだいたい正解かな。
とはいえ、大昔には牛鬼達よろしく、れっきとした自我を持つ一個体として実在していたらしいんだけどな――オレ達ブレイカーの力は、そうした精霊達が自然の中に還っていく際、人類を守る守護者たれと一部の人間達に分け与えてくれたものなんだとさ。
だから、オレ達の精霊力は普通の人達のそれに比べていくぶん特殊なものになってる。
さっき話した通り、本来相応の修行をしないと発現どころか知覚すらできないそれを生来の感覚だけで扱うことができるし、出力だって普通の人達よりもはるかに高い。
そして何より――本来人の持つ精霊力は無属性。自然の力を操るには属性付与が必要なんだが、オレ達ブレイカーの場合は初代に力を与えてくれた精霊の属性がデフォルトで備わっている」
「それが、昨日や一昨日の戦いでジュンイチがブッ放してた炎……なるほど、ジュンイチは“炎”属性ってワケね?」
「正解」
風に答えて、ジュンイチは再び右手に精霊力を集束。今度は指先に炎を灯す。
「オレの属性は“炎”。攻撃やその他能力の運用にまつわる能動特性は“万能温度”――要するに熱エネルギーの制御能力だな。
炎そのものじゃなくて、そこに宿る熱の方を操る力だから炎の温度は自由自在。それどころか熱するだけじゃなくて、対象から熱を奪うことで逆に冷やしたりもできる。
いやー、我ながら自由度の高い能力に恵まれてラッキーだわ」
「それ、熱くないんですか……?」
「“直接触れば”熱いぞ」
指先の炎を指さして尋ねる樹にそう答える。
「こいつは指先に直接炎を出してるワケじゃないからな。
炎に接する部分を精霊力の膜でコーティング。その外側を燃やしてるんだ――お前らが熱さを感じないのは、それとは別にオレがお前らの方に放射されている熱をカットしてるからだ」
「わぁ、ホントに熱くない……
こんな器用なこともできるんですね」
ジュンイチの説明に、友奈は彼の右手の炎に手をかざし、温度らしい温度を感じないのを確かめていて――
「どれどれ?」
「あ」
そんな友奈の横から手を伸ばしてきたのは風だ。手をかざすだけだった友奈と違い、直接炎の燃える人さし指を握ったりしたものだから――
「あっつ――っ!?」
「いだぁ――っ!?」
こうなった。熱の遮断フィールドを越えて炎に触れてしまった風と、たまらず風が振り払った拍子に指をおかしな方向にひねられてしまったジュンイチの悲鳴が重なる。
「ちょっ、何よ!? 熱くないんじゃなかったの!?」
「当たり前じゃボケ! お前らに熱が届かないように途中でカットしてただけで、炎そのものは普通に燃やしてたんだ! 直接触れば熱いに決まってんだろ! つかそう言ったろっ!
あぁ、もう、診せてみろ」
ふーふーと息を吹き、右手を冷やそうとしている風に、ジュンイチも指をひねられた痛みで涙目になりながらそう答える――それでも、風の手をとり、火傷がないか確認してみる。
「あ…………」
「んー……すぐ放したおかげかな。とりあえず火傷はないみたいだけど……
まぁ、一応冷やしておくか」
いきなり手を握られて戸惑う風だが、ジュンイチはかまうことなく彼女の手を診て――と、ジュンイチに握られている風の手にひんやりと冷たさが感じられた。
冷たさの発生源は自分の手を握るジュンイチの手――なるほど、さっき言っていた『熱を奪うことで冷ますこともできる』というヤツかと納得する。
「……こんなもんだろ。
どうだ? まだ痛みはあるか?」
「あ、ううん、大丈夫……」
と、唐突にジュンイチが手を放す――かけられた問いに答え、握られていた自分の右手に視線を落とす風を横目にコホンと咳払いし、
「まぁ、他にもオレ自身が鍛えて身につけた戦闘技能なんかもいろいろそろってるし、オレの装備についてもまだ説明してないけど……うん、今日はこのくらいで。
追々少しずつ説明していくよ。全部一気に話してたら、冗談でも何でもなくマジでそれだけで日が暮れる」
その言葉に言い知れないリアリティを感じたか、説明を切り上げるジュンイチに反対する声は上がらなくて――
「じゃあ、ハイこれ」
そんなジュンイチに、風が一枚のプリントを差し出してきた。
何だろうと受け取り、表題を確認する――“部活動校外協力者登録届”。とりあえず、タイトルそのままの目的の書類と解釈してよさそうだ。
すでに必要事項の内本人以外が書き込んでもOKな欄はすべて埋まっており、後はジュンイチの自署があれば完成、という状態だ――犬吠埼家のそれが書き込まれた住所欄の最後にもちゃんと『犬吠埼家方』との付記が添えられており、細かいところへの配慮もムダに行き届いている。
「一応大赦にフォロー入れてもらってるけど、校外の人間がこうして出入りしてる状況に変わりはないからね。
事情を知らない子達に話を通すためにも、ひとまずの体裁は整えとかないといけないワケよ。
だから……」
「コレ、ね……」
風の説明に、ジュンイチは件の書類をピラピラともてあそびながら、
「…………本音は?」
「いやー、ちょうど力仕事要員が欲しかったのよねー。
勇者部の事情が事情だから、何も知らない一般の子を入部させるワケにもいかなくて困ってたんだけど、ジュンイチならその辺何の問題もないしねー♪」
「………………」
――――ボッ。
「ちょっ、ジュンイチさーんっ!?」
「落ち着いて、ジュンイチさん! 燃やしちゃダメですよーっ!」
「そうですよ、ジュンイチさん。
校内でものを燃やすならちゃんと焼却炉に持っていってからじゃないと」
「東郷ツッコむトコそこ違ぁーうっ!」
こめかみに血管マークを浮かべながら右手に炎を燃やすジュンイチを友奈と樹があわてて止めて、美森と風のボケツッコミが交錯する――「カオスだなー」と他人事ムード全開でつぶやくと、ブイリュウはお茶と一緒に出されていたお茶請けのお菓子に手を伸ばすのだった。
◇
……とまぁ、そんな感じで一悶着ありはしたものの、対外的に自分の立ち位置を説明するための“仮面”は必要だし、それを勝手知ったる先方が用意してくれるというのは手間が省けてありがたい。結局ジュンイチは難を逃れた書類に署名。正式に勇者部の校外部員となった。
最初こそ勇者部の“表の顔”を知らなかったことから「日頃から勇者っぽく悪者をこらしめる部」とカン違い。「今日はどこの不良をシメに行くんだ?」と真顔で尋ねて一同に苦笑されたものの、正しい“表の顔”――すなわち“人のためになることを勇んで実施する部”であることを知ってからはむしろ精力的に活動に参加していた。元々(多分にツンデレ的なものを含みながらも)世話好きなところのあるジュンイチだ。案外相性がよかったのかもしれない。
ブイリュウについても“そういうもの”という感じで早々に周囲に受け入れられ、特に問題はない――本人は「時々餌付けしようとする人がいるんだけど」と半ばペット扱いされている点だけは不満そうにしていたが。
犬吠埼家への居候もジュンイチが(ムダに)紳士なおかげで、食費が天文学的数字に跳ね上がったこと以外は(なお大赦の負担。『金額を見た担当者が青ざめていた』とは話を通した風の言である)トラブルらしいトラブルもなし。特に何事もなく、早半月が過ぎようとしていた。
そう。“特に何事もなく”“半月が”――
この半月の間、バーテックスは出現の気配すら見せず、不気味な沈黙を保っていた。
そのせいかどうかはわからないが――
「いきますよーっ、ジュンイチさんっ!」
「えっと……」
ジュンイチは、空手着を着てやる気マンマンの友奈と格技場で対峙していた。
はて、そもそもどういう経緯でこうなったんだっけか――と軽く記憶をさかのぼってみる。
最初のきっかけは……そう、空手部への助っ人に友奈が呼ばれたのに絡んで、自分がそのマネージャーに任命されたことだろう。
なぜ友奈にそんな依頼が? というブイリュウの疑問に樹が答えたところによると、友奈は父親から拳法を習っており、その腕前や身体能力を買われ、さまざまな運動系クラブから助っ人を頼まれるのだという。
なるほど、バーテックスとの戦いで見せたあの身のこなしはそういうことかと納得するジュンイチだったが、問題はその後だった。
いつもは美森がマネージャーとして同行するのだが、この日はあいにく美森の方にも和菓子同好会からオファーが入っており、同行することができなかった。
そこで、風が美森の代わりのマネージャーとして指名したのがジュンイチだったのだ――ジュンイチも格闘技をやっているから、というのがその理由だ。
ジュンイチとしても好みの仕事だし、美森が報酬として自分達の分もぼたもちを作ってきてくれるそうだし……といろいろあって依頼を快諾。友奈と二人で空手部の方へと顔を出すことにした。
助っ人ということで、てっきり対外試合でもあるのかと思いきや、出向いてみれば普通の練習日。ただの練習にどうして助っ人が必要なのかと聞いてみたところによると、友奈の前向きで一生懸命な人柄が練習の上でも部員達のいい刺激になるのだそうだ。
「そういう助っ人ってのもあるのか」と納得しながらも練習はスタート。あくまで「友奈のマネージャー代理」という立場に徹し、見学していたジュンイチだったが、ここで生来の世話焼き体質が顔を出したのがマズかった。
動きの拙かった部員についついアドバイス。しかもそれが一々的確であったことから、「何者だアイツわ」「ジュンイチさんも武道やってるから(by友奈)」「ただそれだけであのアドバイスは……」「私から見てもすごい人だっていうのは間違いないから(by友奈)」「結城さんがそこまで言うなんて……」とトントン拍子に話が進んでいって――しまいに出た一言が、
「で……結城さんとどっちが強いの?」
その一言から現状までの流れは、もはや説明するまでもあるまい。一通りの回想を終えると、ジュンイチは友奈へと視線を戻して――
「えへへ……一度、ジュンイチさんと試合してみたかったんだよねー」
楽しそうに準備運動に励む友奈の姿に確信する。妙にこちらを持ち上げる発言ばかりすると思ったらそういうことか。このガキゃあ、狙って煽りやがった――と。
幸いこれから拳を交えるワケだし、その中でキッチリオシオキしてやるとノータイムで決断するジュンイチだったが、
「合図はどうします?」
「いらねぇよ。さっさと来い」
「それじゃあ……」
友奈に軽く答えた直後、「オシオキしてやる」などという考えはみじんも残さず消し飛ぶことになる。
なぜなら――
「お言葉に甘え……てっ!」
「――――――っ!?」
セリフが終わった瞬間には、すでに友奈はジュンイチの懐に飛び込んでいたのだから。
先制を狙い至近距離から放たれたショートアッパーが、とっさにスウェーした鼻先をかすめる――それは、“戦士としてのジュンイチ”を本気にさせるにはまるで足りない一撃でしかなかった。
しかし――
「………………へぇ」
“武闘家としてのジュンイチ”を本気にさせるには、十分すぎる一撃であった。
「『さっさと来い』って誘ったのはオレだけど、リクエスト通りいきなり先制とはね。
積極的なのは嫌いじゃないぜ」
「まだまだ、行きますよーっ!」
ジュンイチに答え、友奈が再び距離を詰めてくる――鋭いワンツー。しかしジュンイチもそれがフェイクと見抜いていた。はたき落とすようにさばくと反撃に出ずスウェー。本命の上段回し蹴りをやりすごし、
「うりゃっ」
「ぅひゃあっ!?」
ローキック――ではない。ローキックと見まごうばかりの鋭さで繰り出された、足の裏ですくい払う足払いだ。スパンッ!と小気味良い音を立て、蹴りを空振りした友奈の軸足が払われる。
が、友奈も負けていない。受身を取りつつ素早く立ち上がり、ジュンイチに向けて反撃の拳を、蹴りを、矢継ぎ早に放ってくる。
(リカバリが早い――試合よりも実戦、いや、乱取り慣れしてやがる。
学生格技のルールに則った動きじゃ、あの状況での追撃は難しかったか……)
友奈の攻撃をさばきながら、ジュンイチは冷静にそう分析し、
(――ならっ!)
こちらが落ち着いていることで逆に焦れてきたか、友奈の拳が大振りになる――その一瞬のスキを逃さず、友奈に向けて最短距離、最速の一発を放つ。
放つのは右の、拳ではなく掌底。狙うのは友奈のアゴ――ではなく胸元。
その意図は――
(肺への衝撃で動きを止めるっ!)
奇しくも友奈の拳とクロスカウンターの形だ。先に届いた方がこの後の流れを制する――
――♪ ――♪
「――――――っ!?」
その瞬間、友奈のスマホから樹海化警報の発生を報せるアラームが鳴り響き、周囲の時間も停止した。反応し、ジュンイチは友奈への一撃を寸止めして――
「がはぁっ!?」
「あ」
逆に、アラームに気を取られて止め損なった友奈の拳が顔面に。
「ちょっ!? ひでぇっ!? オレ止めたのにっ!?」
「ご、ごめんなさぁ〜いっ!」
ジュンイチからの抗議に、友奈があわてて頭を下げる――が、ジュンイチもそれ以上は追求しない。今はそれよりも優先すべきことがある。
「友奈ちゃん、スマホ確保しとけ。
アレないと変身できないんだろう?」
「あ、はい」
ジュンイチに言われ、友奈はあわてて自分の荷物へと向かい、スマホを取り出す――ジュンイチもすでに、自分の荷物から取り出したブレイカーブレスを左手に着けている。
「よし、準備完了っ!
バーテックスめ、いつでも来いっ!」
「気負ってるところを悪いが、まずは風ちゃん達との合流を優先するぞ」
やる気は十分と意気込む友奈だったが、ジュンイチの方はずいぶんと冷めた反応だ。
「もう、ジュンイチさん。そこは『応っ!』って合わせてくれるところなんじゃないですか?」
「オレも個人的感情としてはノってやりたいところなんだけどな……」
口を尖らせる友奈に答えると、ジュンイチは彼女の頭をなでてやり、
「まずはお前らの安全確保だ。
オレはあくまで、お前らを守るためにここにいるんだからな――同じ『敵を倒す』にしても、お前らの生存率を1%でも多く上げてからにしたいんだよ」
「………………」
「…………友奈ちゃん?」
「ハッ!?
す、すいませんっ! 言われたこと、ちょっと考えててっ!」
ジュンイチに声をかけられ、友奈はあわててジュンイチの手から逃れてそう答える――心なしか、その頬が赤く染まっているのはジュンイチの気のせいだろうか。
「そうですよね、うんっ!
私達はひとりで戦ってるワケじゃないんですから! みんなで力を合わせないと!」
「わかってくれたならいいけど……何どもってるんだ、お前?」
「ど、どもってなんかいません! イマセンヨ!?」
どこか必死さすら感じられる勢いで弁明する友奈にジュンイチは首をかしげ――そんな二人を樹海化の光が包み込んでいった。
…………のだが。
「でぇぇぇぇぇっ!?」
「ひぇえぇぇぇぇぇっ!?」
樹海に入るなり、ジュンイチと友奈は変身する余裕もないまま全力疾走。
理由は簡単。
「なんで、何で樹海に入ったとたんに目の前にバーテックスがいるんですかぁっ!?」
「知るか! もしくは後で考えろ!
とにかく今は走れ走れ走れぇっ!」
……とまぁ、そういうことである。
いったいどういうことなのか、樹海に入ったジュンイチと友奈の目の前にはバーテックスが一体――細長い骨組みで相合傘のような三角形を形作ったタイプだ。
よく見れば、傘の株には分胴のようなパーツが付いている――向かって左に大きいのがひとつ、右には小さいのが三つ。
そのフォルムから「あ、コイツ天秤座だ」と看破するジュンイチだったが、それでこの状況がどうにかなるものでもない。友奈共々ノータイムで当初の予定“風達との合流”を優先することをアイコンタクトで確認。しかしバーテックスもそんな二人に気づいて――というワケで、現在の状況の出来上がりである。
「くそっ、フィールドに到着と同時に目の前にターゲットとか、どーゆー上位クエだよっ!?」
「ジョーイ!? 何ですかソレ!?」
「元の世界でやってたゲームのネタ!」
「ゲームって、こんな時でも余裕じゃないですか!?」
「ンなワケねぇだろ! 単なる現実逃避じゃ!」
口々に叫びながらも走る二人だが、バーテックスもそんな二人をずっと追いかけてくる。
「そ、そうだ、変身っ! 変身すればっ!」
このままではどうにもならない。変身して活路を見出そうとする友奈だったが、
「っわっ、とととぉっ!?」
「ちょっ!? 何やってんだ馬鹿!」
懐から取り出したスマホがすっぽ抜けて宙を舞う――幸いジュンイチの方へと飛んだおかげで、ジュンイチが受け取って最悪の事態は回避された。
「す、すいませ〜んっ!」
「あー、もうっ! 別にドジっ子ってワケでもねぇクセにお約束をかましおってからにっ!」
謝る友奈に対しジュンイチがツッコミの声を上げ――
――――ドクンッ。
「………………っ」
不意に鼓動が“跳ねた”。まったく予期していないタイミングで高まった動悸に呼吸が乱れかかるが、かろうじてこらえる。
(何だ、今の……)
うめいて、自らの右手に握る友奈のスマホへと視線を落とす。
鼓動の異変と同時に右手にも感じた違和感、それは――
(今……“力”の流れがつながった……?
友奈ちゃんの携帯と……じゃない。携帯を通じた、どこか……いや、“何か”と……!?)
「――って、危ねぇっ!」
「ひゃあっ!?」
だが、ジュンイチが自らの身に起きた異変について考えていられたのはそこまでだった――バーテックスの侵攻に巻き込まれた巨木がこちらに倒れてくる。
気づくと同時、とっさに友奈に飛びつき、二人で倒れてきた巨木を回避する。
そのまま土煙に紛れて物影に飛び込む――おかげでバーテックスもこちらを見失ったようで、その場で停止し、周囲を見回すようにその身を回転させている。
「さて……無事隠れられたみたいだけど……こう近くをうろつかれたままじゃ、移動どころか変身も難しいな……」
別に戦うだけならこの場で即変身してもいいくらいなのだが、封印のことを、そして相手もそれを簡単に許しはしないであろうことを考えると、やはり封印要員が友奈ひとりでは心もとない。
ここは予定通り風達との合流をやはり優先したい――相手に気取られやしないかと神経を張り詰めさせているジュンイチだったが、
(は、はうぅ〜……ま、またこの体勢〜っ!?)
一方の友奈はそれどころではない。ジュンイチの腕の中で、その思考はオーバーヒート寸前まで過熱している。
何しろ前回の戦いに続いてまたしてもジュンイチに抱きかかえられるハメになっているのだから――どちらかと言えばジュンイチとは友達付き合いに近い感覚で接している友奈だが、そこはやはり女の子、異性にこうも力強く抱きしめられれば意識もする。増してや前回も今回も自分のことを守るためにしてくれているのだからなおさらだ。
(うぅっ、バーテックスよりもこっちで緊張するよぉ……
……ジュンイチさん、細いようでけっこう筋肉ついてるんだなぁ……でも身体が硬いってワケでもなくて……って、いや、そういうことやってる場合じゃなくてぇっ!)
少しでも気を抜くとすぐさま脱線しそうになる思考を友奈が持て余していると、
「――くそっ、気づかれた!」
「――――――っ!?」
ジュンイチの言葉に我に返る――見上げると、リブラ・バーテックスがゆっくりとこちらに向き直るところだった。
いかにも「これから突撃します」と言いたげな感じで、リブラ・バーテックスが前(?)傾姿勢に。全身に力をためて――
「でやぁぁぁぁぁっ!」
飛び込んできた風にしばかれた。
巨大化させた大剣を、前かがみになったリブラ・バーテックスの後頭部(?)に叩きつける――倒れ伏すリブラ・バーテックスの上に風がヒラリと舞い降りて、
「ジュンイチ! 友奈! 大丈夫!?」
「は、はいっ! 大丈夫です!」
どうやらこちらの位置もスマホで把握済みだったようだ。風の声に、友奈がジュンイチから離れて応えて――
「――っ! 風先輩! 下です!」
友奈の声と同時、リブラ・バーテックスが起き上がる。とっさに風もその上から飛び降りて、やってきた樹や美森、ブイリュウと合流する。
「友奈、ジュンイチ! さっと変身よ!
幸い動きも速くない! 速攻で封印して決める! 東郷とジュンイチは援護をお願い!」
「はいっ!」
風の言葉に友奈が応え、ジュンイチから返してもらったスマホで変身して跳んでいく――当然ジュンイチも着装してその後に続くが、
(本当にそうか……?)
その脳裏には、ぬぐいきれない疑問がこびりついていた。
(本当に鈍いのか、アイツ……?
じゃあ、さっきのは……?)
樹海化警報の発令から自分達が樹海に入るまで、それほど時間は経っていなかった――にもかかわらず、自分達が樹海に入った時には、すでにリブラ・バーテックスは自分達の目の前まで侵攻してきていた。そのことが、どうにも頭に引っかかっていた。
しかし、そんなジュンイチの懸念をよそに、友奈達はすぐにリブラ・バーテックスの封印に取りかかった。美森の援護のもと、素早くリブラ・バーテックスの周囲に散り、包囲する。
一方、リブラ・バーテックスに特別な動きはない。友奈達の動きに翻弄されるかのようにキョロキョロしている感じだ。やはりジュンイチの懸念は気のせいだったのだろうか――
「位置についたよ、お姉ちゃん!」
「こっちもOKです、風先輩!」
「よぅし、封印開始!」
樹と友奈の合図に風が号令をかけ、封印開始。動きの止まったリブラ・バーテックスの頭部がゆっくりとほどけ始める。あそこに御魂があるようだが――
「――――ん?」
「――あれ?」
ジュンイチが、そして樹と行動を共にしていたブイリュウがそれぞれの場所で“それ”に気づいた。
風だ。“リブラ・バーテックスを中心に、渦を巻き始めている”。これは――
「――いけない!」
「みんな! 封印中止! すぐに離れろ!
そいつぁワナだ!」
「え――?」
ブイリュウの、そしてジュンイチの声に風が反応するのが聞こえた、その次の瞬間だった――突如、リブラ・バーテックスの周囲の風が急拡大。竜巻となって風を、友奈を、樹とブイリュウを吹き飛ばす!
近くにいたメンバーの中では唯一、いち早く気づいたジュンイチだけが難を逃れ――
「どわぁっ!?」
――られたワケではなかった。突風に耐えて踏んばっていたところに、飛ばされてきた樹が突っ込んできた。なんとか受け止めるが、続けて飛んできたブイリュウの直撃を顔面にもらってひっくり返る。
「……いてて……って!?
おい、樹ちゃん、大丈夫か!?」
「……きゅ〜……」
どうやらケガはないようだが、完全に目を回している――ジュンイチの呼びかけにも、定番のリアクションが返ってくるだけだ。
と、そこに通信が入る――狙撃のために離れていた美森からだ。
〈友奈ちゃん!? 風先輩!? 樹ちゃん、ジュンイチさん!?
誰か応答してください!〉
「あー、美森ちゃんは無事か」
〈ジュンイチさん!?
他のみんなは無事なんですか!? 友奈ちゃんは!? 風先輩と樹ちゃんは!?〉
「樹ちゃんは無事だ。気絶してるだけで大したケガはない。
風ちゃんと友奈ちゃんはここから見える範囲にはいないから断言はできないけど……“力”がぜんぜん弱ってないから無事のはずだ。
ただ、動きがねぇな……樹ちゃんと同じように目ェ回してるのかも」
〈そうですか……よかった……〉
ジュンイチの答えに、美森が安堵の息をつき――
「……オイラの心配は……?」
………………
…………
……
〈……でも、いったい何が……?〉
「あんにゃろ、何も考えていないようでいて、きっちりこっちをワナにハメてくれたんだよ」
「ねぇ!? オイラの心配は!?
今明らかにオイラの声に反応したよね!?」
何事もなかったかのように話を進めようとする二人に、ブイリュウがガバッ!と身を起こして抗議する。
「っせぇな。明らかにケガしてねぇんだから問題ねぇだろうが」
「……現実世界に戻ったらオー人事に電話してやる……」
〈それでジュンイチさん、ワナというのは……?〉
「あっさり封印に持ち込めたのは、アイツの“誘い”だったんだよ」
崩れ落ちるブイリュウにはもはやかまうことはなく、ジュンイチは美森にそう答えた。
「みんなが封印の儀の際には動きを止めることを、意図的に狙ってきやがったんだ。
確かに、考えてみれば至近距離で包囲するからなぁ、そこに放射型の範囲攻撃ぶちかませば、一掃もたやすいけど……」
〈でも、タイミングを一歩間違えばそのまま封印されてしまう……
封印されるリスクを承知の上で、賭けに出た……? バーテックスはそこまで考えて動けるってことですか……?〉
「オレもそこが引っかかって、カウンターの可能性は考えてなかったんだけど……結果は見ての通り。
前回の戦いで薄々気になってはいたのに……アイツらの知能レベル、もっと高く見積もっておくべきだった……っ!」
友奈達を守ると公言していながら、見通しの甘さから逆に彼女達を危険にさらしてしまった――自分のミスだと歯がみするジュンイチだったが、そんな彼らへとリブラ・バーテックスがゆっくりと向き直る。
「っと、後悔と反省は一時中断。今は現状の戦力でどうにかするしかねぇか……
美森ちゃん、動け――ねぇよな。オレがコイツをそっち連れてくから、封印を頼む!」
〈私が、ですか?〉
「しょうがないだろ。他のみんながダウンしちまった今、封印できるのは美森ちゃんしか――って!?」
こちらから見て右側――バーテックスの左の分胴状のパーツが触手のように伸びて、襲いかかってくる。とっさに樹をかばいながらそれをかわすジュンイチだったが、
「って、いな――いっ!?」
視線を戻せば、そこにはすでにリブラ・バーテックスの姿はない――ほぼ同時、ジュンイチの背後に気配が生まれると同時、その頭上に影が落ちる。
(後ろ――!?)
考えるまでもない。リブラ・バーテックスだ。瞬間移動でもしたのかと一瞬考えるジュンイチだったが、すぐにそのカラクリに気づいた。
(足元に風――風の力で高速移動!?
さっきの攻撃といい、コイツ、風を操るのか!?)
だとすれば、最初樹海に入った直後に一気に進軍してきていたのにも納得がいく――この風を使った高速移動で一気に切り込んできていたのだろう。
敵の能力に気づいたジュンイチに、触手が襲いかかる――前回友奈を守った時と同じだ。樹を抱えたままでは大きく身動きがとれない。当然防御もままならず、やむなく樹をかばってその背に一撃を受けたジュンイチが吹っ飛ばされる。
「ジュンイチ!」
「ブイリュウ、樹ちゃんを頼む!」
合流してきたブイリュウに樹を預け、ジュンイチは改めてリブラ・バーテックスへと向き直り、
「さて、と……
そんじゃ、ウチの家主とその身内に痛い目を見せてくれたこと……存分に後悔してもらおうか!」
叫ぶと同時、炎をぶちまける。勢いよく空間を駆け抜ける炎がリブラ・バーテックスを直撃する――はずであった。
「――何っ!?」
異変は炎がリブラ・バーテックスの眼前、数メートルのところまで迫ったその瞬間に――まっすぐ一直線に駆けていた炎が、突然キレのいいフォークボールのようにカクンッ、と“落ちた”のだ。
炎はそのまま落下し、こちらから見て左側、リブラ・バーテックスの右側の大きな方の分胴に命中する――直後にジュンイチの周囲を駆け抜けた美森の援護射撃もだ。同じように目の前で急降下し、やはり右側の大きな分胴に命中する。
これは――
「あの分胴……敵の飛び道具を引き寄せる効果があるのか……!?
――だったらっ!」
飛び道具が効かないなら、距離を詰めて直接ぶん殴る――地を蹴り、リブラ・バーテックスへと突撃するジュンイチだったが、
「――――っ!?」
直前で気づき、停止――直後、リブラ・バーテックスの周囲で竜巻が発生。触れるものすべてを吹き飛ばさんと荒れ狂う。
先に風達を蹴散らしたものと同じだ。もしあのまま突っ込んでいたら、ジュンイチも彼女達と同じ目にあわされていたところだ。
「なるほど……近接攻撃に対してはあぁなるってことか……
遠近それぞれに違った防御手段……防御重視のバーテックスか……」
一旦距離を取り、竜巻を観察しながらつぶやくジュンイチだったが、そんなジュンイチに向け、リブラ・バーテックスが竜巻をまとったまま襲いかかり――
◇
「く…………っ!」
抑えきれない焦りを懸命に押し留め、狙いをつけてトリガーを引く――が、ダメだ。美森の射撃は竜巻に阻まれ、あるいは分胴に引き寄せられ、ただの一発もリブラ・バーテックスには届かない。
「ダメだ……これじゃ援護にもならない……っ!」
そうしている間にも、リブラ・バーテックスはやりたい放題。分胴型の触手や竜巻をまとっての体当たりでジュンイチを攻め立てている。
(友奈ちゃん達が戦えない今、私がしっかりしないといけないのに……っ!)
なのに現実はどうだ。何の役にも立っていないではないか――前回の大暴れはマグレだったのかと自分自身を叱り飛ばしたくなる。
と――
「――ジュンイチさん!?」
ジュンイチが新たな動きを見せた。翼を広げて急上昇していく。
リブラ・バーテックスの攻撃をかわして上空に逃れた――というワケではなさそうだ。回避したと見るには、明らかに必要以上に上昇している。
「どうしたんですか、ジュンイチさん!?」
〈このままじゃラチがあかねぇ!
イチかバチか、竜巻の上から攻めてみる!〉
「え――――?」
そのジュンイチの言葉に、美森の胸中を言い知れない不安がよぎった。
「そんな――危険です!」
〈ワナの可能性なら、オレだって考えてるさ。
けど……周りの防御を抜く手段がない以上、その防御の及んでいない上側から攻めるしかない。
たとえワナがあろうが、そのワナを突破して……一撃入れるしか、ないだろっ!〉
美森に答え、ジュンイチは一転、急降下。真上からバーテックスへと襲いかかり――
――ぴっかーん、閃いた!
(――――え?)
――この……不気味なんだよ、お前は!
(何……?)
突如脳裏をよぎった何かに戸惑い、思わず額を押さえる。
自分の記憶にない声、それだけは確かだ――しかし、なのに、『聞き覚えがない』と断じることを心が強く拒絶する。
そして――
――ごめんね……みんな、ごめんね……っ!
(私の……声……!?)
それは間違いなく自分の声――なのに、涙ながらに謝っているのだろうこの声に光景が伴わない。自分の過去の記憶を紐解いても、言葉と場面が合致することがない。
覚えがない、しかし覚えがないとは思えない。そんな不可解な感覚に美森が戸惑い――
〈――美森ちゃんっ!〉
「――――っ!?」
ジュンイチの声に我に返り、顔を上げた美森が見たものは――
視界いっぱいに迫る、岩だった。
◇
とりあえず一撃は入れられたものの、当然ながら撃破には届かず――そのまま竜巻の中で殴り合うのはリスクが大きいと判断。一旦離脱して様子を見ようとしたジュンイチの前で、リブラ・バーテックスが突如周囲の竜巻を拡大した。
何かの攻撃かと身がまえてみれば案の定、周囲の岩や自分達の戦闘で砕けた巨木の破片などを巻き込み、砲弾のように飛ばしてくる――とはいえこの程度なら対応はたやすい。あっさりと回避して――
「――――っ!?
美森ちゃん!?」
リブラ・バーテックスが狙っているのはジュンイチだけではなかった。美森のもとにも、岩の砲弾が向かっている。
「美森ちゃん、避けろ!」
とはいえ、今すぐ動けば機動性に難のある美森でも十分に逃げられるタイミングだ。とっさに警告を放つが、肝心の美森に動きはない。
「美森ちゃん!」
「――――っ!?」
もう一度呼びかけ、ようやく彼女が反応――が、その時にはもう遅かった。直前まで呆然としていた美森は目の前まで迫ってきていた大岩に反応できず、直撃を受けて撥ね飛ばされる!
「美森ちゃん!? おい、美森ちゃん!?」
あわてて呼びかけるが、美森からの反応はない。まさか風達に続いて美森まで――
「………………」
そこまで思考が至り――止まった。
リブラ・バーテックスに狙いを絞らせまいと飛び回っていたジュンイチが、唐突に動きを止めたのだ。
「ジュンイチ!?
何してるのさ!? 動いて! 狙われるよ!?」
そんなジュンイチの姿に、樹を運んで物影に避難していたブイリュウがあわてて呼びかける――が、やはりジュンイチに動きはない。これでは先の美森の二の舞だ。
そして――獲物が動きを止めたのを見て黙って見逃してくれるほどバーテックスも甘くない。ジュンイチに向けて、岩の砲弾を飛ばして――
「――調子に乗りやがって」
止められた。
一直線にジュンイチめがけて飛んでいった岩が――無造作に向けられたジュンイチの右手によって。
「ずいぶんとまぁ、オレの目の前で好き勝手……」
そう告げるジュンイチの右手でミシミシと音がして――受け止められ、そのまま表面を鷲づかみにされる形で宙に留まっていた岩が音を立てて砕け散る。
つかんでいた岩が砕け、握りしめる形になっていた右拳を開くと、その中に握り込まれていた岩の破片がパラパラと落ちる――若干うつむき、前髪で視線が隠れたまま、ジュンイチは静かにリブラ・バーテックスへと向き直った。
「風ちゃん、友奈ちゃん、樹ちゃんだけじゃなく、美森ちゃんまで……
どこまで……人様の決意を踏みにじってくれるかな、てめぇはっ! おかげでなけなしのプライドが傷つきまくりだこのヤロー!」
落ち着いているかに見えたのはほんの一瞬だけ。守ると決めていたはずの勇者部の面々を傷つけられたジュンイチの怒りと共に、その身からあふれ出した炎が荒れ狂う。
「ブイリュウ!」
「え、ちょっ、ちょっと!?」
そして呼ぶのは相棒の名――対し、このタイミング、この戦況で呼ばれた意味を的確に理解したブイリュウの頬が引きつった。
「ジュンイチ、まさか……使うつもり!?」
「ここまでやられて、もう出し惜しみなんぞできるかっ!」
思わず聞き返すブイリュウに対し、ジュンイチは強く言い返してくる。
「これ以上、風ちゃん達を狙う余裕は一切与えねぇ!
オーバーキルだろうが何だろうが、もう知るか! もー知らんっ! 最大戦力で、一気に叩きつぶしてやる!」
そんなジュンイチの剣幕に、ブイリュウは反論をあきらめた――ダメだ。これはもう誰が止めても止まらない、と。
「わかったよ。
でも、やるからには一気に決めてよ! 樹海に被害は出せないんだからね!」
そう、せめてもの釘を刺しておくと、ブイリュウは一旦呼吸を落ち着かせるかのように深呼吸。
そして――叫ぶ。
「オープン、ザ、ゲート!」
その言葉に伴い、ブイリュウの頭上の空間が歪む――そして口を開けるのは、目の前のバーテックスですらあっさりくぐり抜けられそうな空間の“穴”。
“穴”――ブレイカーゲートの展開を確認し、ジュンイチは叫ぶ――自らの持つ、最“大”の切り札の名を、
すなわち――
「ゴッド、ドラゴォォォォォンッ!」
その叫びに伴い、ブレイカーゲートが活性化。“穴”を構築している精霊力が炎となって燃え上がる中、その向こうから姿を現すのは青き鋼の龍神。
二足歩行の西洋風ドラゴン、それも格闘戦を想定した非常にマッシブな体格のそれをモチーフにした、自我を持つドラゴン型機動兵器――ブレイカービースト、ゴッドドラゴン。
「…………ん……」
と、そんな中、戦場の一角で動きが――意識を取り戻し、風がぶつけた頭を押さえながら身を起こす。
「いたた……いったい、何が……?」
ほとんど不意討ち同然に薙ぎ払われたため、自分がどうして吹っ飛ばされたのか、そこからして理解が追いついていなかった。状況を確かめようと顔を上げ――
「――って、何アレ!?」
そこにはバーテックスともうひとつ、対峙する巨大な存在――ゴッドドラゴンの威容を見て、風が思わず声を上げる。
両者の体格はほぼ互角に見えるが、首が長い分ゴッドドラゴンの方が実際の体格よりも大きく見えているだけだ。実際にはリブラ・バーテックスの方が大きいぐらいだろう――と、そんなふうに半ば現実逃避気味に分析していた風だったが、それゆえに気づかなかった。
バーテックスと対峙するゴッドドラゴンの頭の上に立つ、ジュンイチの姿に。
「さぁ……いくぜっ!」
◇
「エヴォリューション、ブレイク!
ゴッド、ブレイカー!」
高らかに叫んだジュンイチの宣言を受け、ゴッドドラゴンが翼を広げて急上昇。上空で変形を開始する。
まず、両足がまっすぐに正され、つま先の二本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状の飾りが展開されて新たな姿の肩アーマーとなる。
両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
分離した尾が腰の後ろにマウントされ、ボディ内からロボットの頭部がせり出してくると、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで覆われる。
最後に額のアンテナホーンが展開、その中央のくぼみにはまるように奥からせり出してくるのは、力の源、精霊力増幅・制御サーキット“Bブレイン”。
「ゴッド、ユナイト!」
変形が完了し、叫ぶジュンイチの声に伴い、彼の身体が粒子へと変わり、機体と融合。ジュンイチ自身が機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが点灯。ジュンイチが改めて名乗りを上げる。
ゴッドドラゴンとひとつになった、新しいジュンイチの姿。すなわち――
「龍神、合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
◇
――ズンッ!と地響きと共に大地が揺れる――合身を完了し、ゴッドブレイカーがゆっくりと樹海に着地する。
「あ、あれって……!?」
「ロボッ、ト……!?」
「あれは……いったい……!?」
一方、風が気がついたように、友奈や樹、美森もまた目を覚ましていた。それぞれの場所で、ゴッドブレイカーの雄姿を目の当たりにして声を上げる。
そんな中、ゴッドブレイカーに宿るジュンイチはいつものように戦いの前口上を決めようと口を開k――こうとしたところで動きを止めた。
「……いや、止めだ」
「ジュンイチ……?」
「何、当面、風ちゃん達にはゴッドブレイカーがオレだっつーのは隠しとこうかと思ってな」
ゴッドブレイカーの胸部、今は主が不在のゴッドドラゴンのコックピットでブイリュウが声を上げるが、そんなブイリュウにジュンイチは周りに聞こえないようコックピットの中にだけ声を流す形でそう答える。
「どういうこと?
ジュンイチがオイラ達に隠し事するのはいつものことだけど、今回のはそーゆー案件じゃないよね?」
「説明は後だ。
どうやら、あちらさんがそろそろ待ちきれないみたいだしな」
問いを重ねるブイリュウだったが、話していられるのはここまでのようだ。合身を遂げたジュンイチ――ゴッドブレイカーに向け、リブラ・バーテックスが岩の砲弾を放つ――が、
「させるかよ!」
ジュンイチが吼える――もちろん、宣言した通り風達に正体を悟られないよう、ボイスチェンジゃーで声は加工している――と同時、ゴッドブレイカーの両肩前面の装甲が開いた。露出したエネルギー発生装置が作動し、エネルギーを放出する。
これ自体が敵の攻撃から身を守るバリアとなる。しかもそれだけではなくて――
「ゴッドォッ!、プロテクト!」
ゴッドブレイカーの左手に仕込まれた制御装置を用いることで、単一方向に集束、より強力な防壁となる――ジュンイチの放ったゴッドプロテクトによって、リブラ・バーテックスの岩の砲弾はあっさりと受け止められ、あさっての方向へと弾き飛ばされる。
「今度は、こっちの番だ!」
そして、ジュンイチの反撃――頭上高く掲げた右腕、その前腕部からあふれ出た攻性エネルギーが、右腕の周りで渦を巻く。
それはまるで、右腕を軸とした光のドリル。そんな右腕を、ジュンイチは大きく引いて――
「クラッシャー、ナックル!」
撃ち出した。右腕前腕部がロケットパンチの如く撃ち出され、光の螺旋をまとったままリブラ・バーテックスへと飛翔する。
が――リブラ・バーテックスには飛び道具対策の右の分胴(大)があり、ジュンイチの放ったクラッシャーナックルもまたその影響からは逃れられなかった。途中で軌道を変え、リブラ・バーテックス本体ではなく、分胴(大)へと命中する。
「ダメ……! やっぱりあの分胴に吸い寄せられる……っ!」
やはりあのバーテックスに遠距離攻撃は通じないのか――歯噛みしてうめく美森だったが、
「いや……“それでいい”」
ジュンイチはあっさりとそう答える――美森らは知る由もないが、フェイスガードに守られたゴッドブレイカーの顔、人間のそれを模した口元は、ジュンイチの表情を反映して明らかな笑みが浮かんでいる。
「飛び道具を引き寄せる――そいつぁ確かに厄介だ。
けどな……」
その言葉に、美森が、そして友奈達も気づいた。
「いくら飛び道具を引き寄せようが……っ!」
分胴(大)に引き寄せられたクラッシャーナックルがまだ生きていることに――その光のドリルが、分胴(大)をギャリギャリとえぐっていることに。
そして――
「引き寄せた飛び道具の威力に耐えられなきゃ、何の意味もねぇだろうがっ!」
ジュンイチのその言葉と同時――リブラ・バーテックスの分胴(大)が、クラッシャーナックルによって打ち砕かれる!
「とゆーか、こちとらてめぇに対してオーバーキルにも程がある戦力ぶちかましてんだ――」
しかも、それで終わりではない。分胴(大)を打ち貫いたクラッシャーナックルは大きく弧を描いて戻ってきて――
「耐えられる可能性なんて、最初っからあり得ねぇんだよ!」
背後からリブラ・バーテックスを直撃。頭部と思われる部位を、その光のドリルで豪快に打ち貫く!
戻ってきた右腕をドッキング、回収しつつ、相手のダメージの程を確かめる。リブラ・バーテックスの頭部に開いた大穴からその姿をのぞかせるのは――
「御魂!?」
「打ち抜いてる!?」
それぞれの場所で風が、友奈が声を上げる――そう。ジュンイチのクラッシャーナックルの追撃は、先に風達が封印し損なった際、御魂が現れそうになったところを狙っていたのだ。
その狙い通り、クラッシャーナックルはリブラ・バーテックスの御魂をその身体ごとえぐり抜いている――が、
「…………っ、ダメか……っ!」
気づき、ジュンイチがうめく――そんな彼らの目の前で、リブラ・バーテックスの身体が元通りに修復されてしまう。
しかも、傷ついた御魂が先に修復され、それを覆うように肉体が修復、という流れでだ――明らかに、バーテックスの再生能力が御魂にまで及んでいる。
「そんな……御魂も治っちゃった!?」
思わず樹が声を上げると、
〈やっぱりな……〉
彼女の持つスマホから聞こえてきたのはジュンイチの声だ。
「ジュンイチ! 無事だったのね!?
けど……『やっぱり』ってどういうこと?」
〈前回の蠍の尻尾を思い出せよ。
あの時、尻尾を千切られた本体の方は再生してたけど、斬り落とされた尻尾の方は攻撃端末として再利用しただけで、再生はされなかった……改めてぶった斬った時に再生しなかったところから見ても、あれは『再生しなかった』んじゃなく、『再生できなかった』から端末として再利用したと見るべきだ。
つまり、御魂だろうが身体だろうが、本体から切り離さない限り無限に再生し、切り離すことで再生できなくなる、ということだ――なるほど、“封印の儀”は御魂を露出させるだけじゃない、本体と切り離して、再生能力が及ばないようにするためのものでもあったんだな〉
「つまり、やっぱり私達が封印しなきゃダメってことね……っ!」
ジュンイチの説明は通信越しに各自のスマホにも届いていた。言って、風がリブラ・バーテックスへと向き直り――
「それなら!」
対し、ゴッドブレイカー自身から発せられる、加工されたジュンイチの声が言い放つ――リブラ・バーテックスへと突撃。繰り出した蹴りは竜巻の防壁を突き破り、リブラ・バーテックスを蹴り倒す。
「悪いが、もーちっと相手してもらうぜ、バーテックスさんよ。
あと一手、試してみたいことがあるんでな!」
言って、ジュンイチはリブラ・バーテックスと正面から相対し――ゴッドブレイカーのセンサー越しに風の、そして友奈達の様子を確認する。
(……全員、さっきの攻撃のダメージがまだ残ってる……
あまりムチャはさせたくない……とにかくオレが決めないと……っ!)
そのための、バーテックスを封印できない自分がバーテックスを倒すことのできる方法――ジュンイチは今までの戦いで得た情報の中に、その答えとなり得る手がかりを見出していた。
たとえ御魂であっても、バーテックスの体内に収まっている内はいくら傷つけても再生してしまう。とにかく御魂をバーテックスの本体から切り離すのが肝心だ。
その問題を解決する方法――今のところ、考えついたのは二つ。
ひとつ。相手の再生能力を上回る規模で攻撃を叩き込み、身体と御魂を諸共に、一気に殲滅してしまうこと――彼我の戦力差を考えれば決して不可能ではないだろうが、その際に生じるであろう樹海への被害を考えるとできることなら避けたいところだ。
となるともうひとつの手。すなわち――
(他の部位と同じと仮定するなら、身体から切り離して再生能力を失わせる……
御魂の位置はわかってる――御魂を力ずくで抉り出して、その上で破壊する。
物理的な切り離しでも有効なのかはわからねぇけど……試してみる価値はある!
そして、それが可能な技――それは!)
「我らが勇者の大先輩――偉大なる勇者王よ!
後輩どもを守るため、アンタの技、借りるぜ!」
宣言と共に両手を広げる――その手に集めるのは、右手には攻撃の、左手には防御のエネルギー。
(ゴッドブレイカーが同じく左右で攻防を分担しているのをいいことに、密かに再現を目指して試行錯誤を繰り返してきた、ゴッドブレイカー版ヘル・アンド・ヘブン!
サルマネ技だし、まだ完璧とは言えない出来だけど……この状況をひっくり返せるのはこの技しかねぇ!)
「いくぜ!
名づけて――」
「デッドォッ! アンドォッ! バース!」
“天国と地獄”を意味する本家に倣う形で名づけた、“死と誕生”を意味するその名を叫ぶ――同時、両手に集めたエネルギーが一際強く活性化する。
そして、両手を重ね、エネルギーをひとつに――近づけるにつれ互いに反発。バチバチと火花すら散らし始めたそれを重ねた瞬間、強烈な衝撃がゴッドブレイカーを、ジュンイチの身体を突き抜けた。
「このっ……! おとなしくしろ……っ!」
歪み、ねじれ、荒れ狂う――今にも暴発しそうなエネルギーを、ジュンイチは必死に制御する――所詮サルマネ。本家に及ぶべくもない出来であるとはいえ、エネルギー制御に長けた自分が使ってもなおこの有様。本家がどれだけトンデモナイ技だったのかと考え、思わずゾッとする。
だが――極端な話その辺りのことはどうでもいい。今重要なのは――
(コイツで御魂を抉り出して、破壊すること……っ!
みんなに負担は回さねぇ! 確実に決める!)
「DaBホールド!」
“Dead and Birth”の頭文字を冠した拘束エネルギーを発射――それは狙い違わずリブラ・バーテックスを直撃。内側へと収縮するエネルギーの流れが、その巨体を拘束する。
「いっ、けぇぇぇぇぇっ!」
広げた背中の翼、ゴッドウィングにスリットが生まれ、推進ガスを噴射し始める――地を蹴った勢いも加えて一気に加速。リブラ・バーテックスへと突っ込んでいき、
「ハァァァァァッ! セイヤァァァァァッ!」
御魂のある頭部に、重ねたままの両拳を、諸手突きの要領で叩き込む!
瞬間、両手のエネルギーを解放。攻性エネルギーが周囲の肉体をバラバラに裂き、引き剥がし、同時に防性エネルギーで御魂をしっかりと包み込み、手の中に捕まえる。
「オォォォォォッ! でぇりゃあぁぁぁぁぁっ!」
まだ御魂とつながっているバーテックスの筋繊維を、力任せに引きちぎる――勢い余って御魂を頭上に掲げるように振り上げるジュンイチの背後で、リブラ・バーテックスの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「す、すごい……っ!」
封印できないというハンデをものともせず、実質単独でバーテックスを撃破――まさに別格の強さを見せつけたゴッドブレイカーの威容に圧倒される風の目の前で、ジュンイチは両腕でしっかりと捕まえているリブラ・バーテックスの御魂へと視線を落とした。
「さて、後はコイツを壊すだけ、と……っ!」
言って、御魂を握りつぶそうと両腕に力を込めて――と、不意に美森が“それ”に気づいた。
ジュンイチの、ゴッドブレイカーの背後で、崩れ落ちたままのリブラ・バーテックスの身体がブルブルと震えていることに。
と、突然その身体がボコッ、とふくらんで――その意味を悟った美森が叫んだ。
「みんな! 危ない!
バーテックスの身体が――」
しかし、美森の警告は間に合わなかった。ふくらんだバーテックスの身体が弾け、あふれ出た光と熱と衝撃が周囲のすべてを飲み込んで――
(to be continued……)
次回予告
「樹海が……っ!」
「その信頼が逆にプレッシャーだわチクショー」
「セクハラで訴えますよ?」
「向こうをみんなに任せて大丈夫なの?」
第4話「導きと落とし前」
「背負わせろよ、オレにも」
(初版:2018/02/12)