吹き抜けるかぜが周囲の土煙を押し流してくれる――視界が徐々にクリアーになっていく中、ジュンイチはゆっくりと身を起こした。
 すでにゴッドブレイカーとのユナイトを解き、生身だ。そしてその周囲には、風や友奈以下勇者部の面々とブイリュウが気を失って倒れている。ユナイトを解く前にゴッドブレイカーのセンサーでスキャンし、全員大したケガもなく無事なことは確認済みである。
「みんな、大丈夫か?」
「え、えぇ……」
 ジュンイチのかけた声に真っ先に気がついたのは風だった。まだクラクラするのか、左手で頭を押さえながら身を起して――
「ふみ゛ゃあっ!?」
 身体を支える彼女の右手に尻尾を踏まれて、ブイリュウが悲鳴と共に飛び起きた――が、風も風で自分の記憶をたどるのに夢中でそれどころではない。
「私達、確か……
 ……そうだ! あの巨大ロボットは!?」
「……わからない」
 尋ねる風だが、ジュンイチは迷わず白を切る――思うところがあり、当面のところはゴッドブレイカーの正体が自分であると明かすつもりはないからだ。
「あの時、バーテックスの爆発で何もかもしっちゃかめっちゃかにされちまって……
 おかげで、あのロボットについてもどこに消えちまったのか……」
「……バーテックスが……――って、そうだ!」
 だから、迷わず“爆弾”を投下する。どの道放置できる話題ではないし――ジュンイチの言葉に、風はようやく気を失う前に起きたすべてのことを思い出した。
「バーテックスが、自爆して!
 樹海は!? 樹海はどうなったの!?」
 風の問いに、ジュンイチは無言で視線を上げる。それに倣い、風も彼の視線を追――うまでもなかった。
 なぜか――理解したからだ。
「そんな……こんな、ことって……!?」
 自分達が、樹海の木々を軒並み吹き飛ばしてできたクレーターの、爆心地にいることを。
「樹海が……っ!」
「あぁ……
 こりゃ、現実世界に戻った後の反動が怖いな……」
「バーテックスは? あのロボットがえぐり出した御魂はどうなったの?」
 尋ねる風だったが、ジュンイチは首を左右に振った。
 これはごまかしでも何でもなく、純然たる事実だ――あの爆発の瞬間、ジュンイチはとっさに風達を拾って離脱。美森のところまで下がり、彼女達を爆発から守るために盾となった。そちらに意識を持っていかれて、思わず放り出してしまっていたのだ。
「ただ……あの爆発の瞬間まで、あの御魂もほぼ爆心にいたのは間違いない。
 爆発に巻き込まれて消し飛んだ可能性も否定できないけど……」
「確認できない内は、安直な判断はできないってことね?」
 返す風にジュンイチは真剣な表情でうなずくが、風の方はさほど気にしていないようだ。
 というのも――
「ま、そこはすぐにわかるでしょ。
 御魂がなくなっていれば……バーテックスが倒されていれば、神樹様が現実世界に戻してくれるはずだから」
 風がそうジュンイチに告げる――と、周囲にかぜが渦巻き始めた。樹海化が解ける兆候だ。
「よかった、大丈夫みたいね……」
「んー……」
 安堵の息をつく風だったが、ジュンイチはまだ納得しかねるようで――しかし、彼らを樹海から現実世界へと運ぶかぜは、遠慮なく彼らを包みこんでいき――



 ジュンイチは、転送酔いでこのあと滅茶苦茶ダウンした。

 

 


 

第4話
「導きと落とし前」

 


 

 

〈本日午後2時30分ごろ、――にて乗用車、トラック、バス等10台以上が絡む大規模な玉突き事故が発生しました。
 その事故で20名以上が重軽傷を負って病院に運ばれましたが、幸い全員命に別状はないということです。
 警察は事故の原因を調べると共に――〉
「……えっと……これ?」
「大赦からの連絡で聞いた話だと、これが一番可能性が高いってことらしいよ」
「確かに、初回の戦闘の時の“反動”に比べりゃ大規模だけど……」
 放課後、まだ他の面々も来ていない勇者部部室――スマホのワンセグ放送で流れるニュースを顔を突き合わせてのぞき込み、風はブイリュウやジュンイチと意見を交わす。
 リブラ・バーテックスとの戦いから一夜明けた翌日。盛大に樹海を吹き飛ばして(吹き飛ばされて)しまった“反動”に戦々恐々としながら過ごすこと半日。
 授業の終わった風、そして教師からの頼まれごとにそれまでの時間を費やしていたジュンイチが部室に駆け込んできたところ、スマホ(大赦から連絡用にとジュンイチに支給されたもの。ジュンイチにはブレイカーブレスがあったため、ノータイムでブイリュウの手に渡った)をいじっていたブイリュウから見せられたのが件のニュースだったのだが――
「とりあえず……だ」
「えぇ……」
『死人が出なくてよかったー……』
 一番の懸念が払拭され、緊張の解けた二人がそろって机に突っ伏した。
「まぁ、重傷者が出てるみたいだから手放しには喜べないけどさ……」
「でも、最悪の事態にはなっていない……それだけでもよかったわ」
 とりあえず顔だけ起こしてつぶやくジュンイチに、風は頬杖をついてそう応え、
「樹海が傷ついたことで……バーテックスのせいで死人なんて出ても、何も知らない人はどう受け止めたらいいかわからないものね……」
「…………? 風ちゃん……?」
 付け加えられたその言葉にわずかな“かげ”を感じた――眉をひそめるジュンイチだったが、
「でも、逆に言えばこの程度で済ませることができた。
 あのロボットにはそれだけでも感謝したいところね」
 その違和感にツッコむよりも早く、風が身を起こしてそうつぶやく。
 が――やはりおかしい。何と言うか……“らしく”ない。
 いつになく風が殊勝だ。今回の件について、そうとう不安だったようだが、いつもの風を知る者としては、不安がりようが明らかに度を越しているように感じる。
 気にはなったが、モノが“不安”という点が引っかかった。平時のノリがノリなだけに傍若無人な印象のあるジュンイチだが、経歴上いろいろと“重い”ものを見ていることから、トラウマに関しては人一倍敏感、且つ理解の深い一面がある。
 そんな彼の直感が、風のこの態度の裏に“何か”があると知らせている。それだけに踏み込むのはためらわれて――
「失礼しまーすっ!
 結城友奈! 東郷さん、樹ちゃんと一緒に参りましたーっ!」
 下級生ズの登場によって追求の機会を完全に逃してしまった。友奈の元気なあいさつに思考を中断され、ジュンイチはため息をつきつつも三人のために茶を淹れようと席を立った。



    ◇



「ジュンイチさん、いきますよーっ」
「落とすんじゃないわよーっ」
「『絶対落とさないでしょ?』とか言って真下から逃げようともしないクセによく言うぜ。その信頼が逆にプレッシャーだわチクショー。
 いいからさっさと投げやがれ」
 友奈と風――正確には風単体――にツッコむと、眼下の二人が『せーのっ!』と二人で抱えていた木材を真上に放り投げる。対し、屋根の上のジュンイチが間髪入れず、解いた道着の帯を投げつけ、巻きつける。
 木材が落下を始めるよりも早く、クンッ、と手首のスナップだけで帯を引く――特別製のゴムを仕込んである帯はそれだけの力でも木材をジュンイチの方へと勢いよく引き寄せてくれる。
 その木材を難なくキャッチ。帯を解いて目的の場所にあてがうと手際よくハンマーで釘を打ちつけ、固定する――現在、勇者部は教師からの依頼で飼育小屋の屋根の補修中。
 ジュンイチが屋根の上で作業を行い、風と友奈がそんな彼に木材をパスするという分担である――腕力を考えればジュンイチが木材を運ぶ役の方が適任な気もするのだが、それには最初の分担の時のやり取りが関係していた。
 最初、ジュンイチは「高いところの作業も重い荷物運びも女の子にやらせられるか」と実作業の部分を軒並み引き受けようとしたのだが、そこに「正規の勇者部部員が外部部員に任せきりになんてできるか」と風が、「(主にバーテックス戦で)世話になりっぱなしなんだから、こういう時にこそ手伝わせてほしい」と友奈が反発。美森や樹もそれに賛同し、結局押し問答の末、危険の伴う高所作業をジュンイチが引き受ける形で決着したのだ。
「うし、こんなところかな……
 樹ちゃん、水ー」
「はーいっ!」
 と、ジュンイチが板を打ちつけ終えたようだ。修理個所から離れたジュンイチの合図で、ホースを手に待機していた樹が放水開始。打ちつけた板の周囲に水をかけ始める。
「東郷さん、どうー?」
「……大丈夫そうね。
 雨漏りの修理、ちゃんとできてます」
 尋ねる友奈に答えるのは、確認役として先立って飼育小屋の中に入っていた美森。そして――
「じゃあさ! もうこの子達小屋に戻していいかな!?
 もうオイラが抑えておくのも限界なんdあだだだだっ! つっつかないでーっ! 尻尾かじらないでーっ!」
 作業のために外に避難させていた動物達の相手はブイリュウの役目だ――が、「抑えられとらんがな」という風のツッコミの通り、ニワトリやウサギ、ウリ坊やら牛鬼やらにもみくちゃにされて散々な有様である。
 そんなブイリュウを樹が救出、友奈と風が動物達を小屋の中に誘導して美森が点呼――勇者部の面々が最後の仕上げを行う中、ジュンイチは帯を締め直すと工具箱を手に「よっ」と地面へと跳び下りる。
「後は職員室に報告して終わりか……」
「お疲れ様、ジュンイチ」
 ブイリュウの尻尾にかじりついたままの牛鬼を友奈が引きはがしにかかるのを眺めながらつぶやくジュンイチを労うのは風だ。
「でも、ジュンイチならもっと楽にできたんじゃないの?
 前に教えてくれた、物を作り変える能力の……」
「“再構成リメイク”か?」
「そう、それ。
 それを使えば、さっさと修理できちゃったんじゃないの?」
「かもな」
 あっさりとジュンイチは肩をすくめてみせるが、
「けど、楽だからってそれに頼ってばかりもいられないだろ?
 使わずに済むなら、それに越したことはねぇさ」
「そういうものかしら?」
「そういうものだよ。
 お前にわかるように例を挙げるとすると……そうだな……」
 風に答え、ジュンイチはしばし考え、
「自動めん打ち機に頼っていたうどん屋が、いきなりそのめん打ち機が壊れたりしたら、大変だろう?」
「それは一大事だわっ!
 つまり日頃からその“楽な方法”が使えなくなったときに備えておかなくちゃいけないってことね!?」
「わかってくれて何よりだ」
「今のでわかるってどうなのさ……」
 動物達(と牛鬼)にもみくちゃにされ、全身ズタボロのブイリュウがツッコむが、当の風はそんなものはどこ吹くかぜである。
 一方のジュンイチも別に気にしている様子はない――と思われたが、
「………………」
「……ジュンイチ?」
「どうしたの? なんかあさっての方向見て黙り込んじゃって」
 彼の場合は別に気になることを見つけていたようだ。学校の敷地の外に視線を向けて沈黙しているその様子に、ブイリュウと風はそろって首をかしげてみせる。
「……えっと、あの、ジュンイチさん?」
「ん」
 しかも先のブイリュウや風の声にも応えない。さすがに気になってきた友奈が改めて声をかけると、ジュンイチはおもむろに見つめている先を指さす。
 指さされた先には校門を囲う木々――その木々の向こうで何やら赤い光がチカチカしている。
 それに加えて唸るようなサイレン。これは――
「……パトカー?」



    ◇



 パトカーがサイレンを鳴らして現場へ急行などただ事ではない。何となく気になって、ジュンイチは作業終了の報告を風達に任せて見に行ってみることにした。
 後を追ってみれば、たどり着いたのはスーパーの駐車場。とりあえず、人ごみに紛れ、状況を確認してみることにする。
「車が……?」
「停めてあったのが軒並み……」
「集団での犯行……」
 断片的に聞こえた話からすると、どうやらこの駐車場に止めてあった車が大量に盗難にあったらしい。
「立体駐車場……」
「建物の陰……」
 さらに聞いてみると、どうやら人目に付かないところのものばかりがやられたらしい。セオリーと言えばセオリーだが……
「……ふむ……」
 ジュンイチは何か引っかかることがあるのか、耳に入ってくる様々な情報に対し不機嫌そうに眉をひそめるのだった。



    ◇



「じゃあ、結局盗まれた車の手がかりはなし?」
「あぁ」
 その晩、犬吠埼家のリビング――夕食も終わり、一息ついたところで風が盗難事件について聞きたがったので軽く説明。聞き返してくる風にジュンイチはあっさりとうなずいた。
「当然車の持ち主だってドアに鍵は掛けていたはず。それをこじ開けて中に入ったんだとすれば、現場にはこじ開けた際にこすれてはがれ落ちた塗料片なんかが落ちているのが自然だ。
 なのに、そういった痕跡も一切なかったらしい」
「下にシートを敷いて、そういうのがこぼれないようにしてた……とか?」
「それはそれで目立つだろ。
 別の意味で痕跡が残るさ――“目撃者”という痕跡がな」
「あ、そっか……」
 軽く手を挙げ、自身の仮説を述べる樹だったが、ジュンイチによって否定され、
「それに、その程度の話ならジュンイチもこんな渋い顔してないよ」
 そう口をはさんでくるのはブイリュウだ。
「ジュンイチって基本、自分や周りの子達が絡まないことについてはとことんものぐさだからねー。
 本当に単なる車ドロボーなら、そうとわかった時点で興味なくしてるはずだよ。
 けど、そうなってないってことは……」
「まさか……私達に絡んでくる可能性があるってこと?」
「うん」
 聞き返す風にうなずくと、ブイリュウはジュンイチへと向き直り、
「この自動車泥棒に関係してる……そう思ってるんでしょ?――」



「昨日の天秤バーテックスが生きていたとしたら」



「正解」
「ち、ちょっと待ってよ!」
 あっさりとうなずくジュンイチの回答はとても許容できるものではなかった。バンッ!と叩くようにテーブルに手をついて立ち上がり、風は思わず声を荒らげた。
「あのバーテックスが、まだ生きてるっての!?」
「確証はないけど……何しろ御魂の破壊を確認していないんだ。
 昨日の今日……警戒を解くには早すぎないか?」
「でも、それならなんで神樹様は樹海化を解いたの?
 御魂が……バーテックスが生きてるなら、神樹様は樹海化を解かないはずなのに……」
「そう、そこだ、問題は」
 反論する風だったが、ジュンイチもその意見は予想の内だったか、あっさりと応じてきた。
「オレも最初はそう思ったんだけどさ……今回の件で、そう単純に安心できるような話じゃないって気づいた」
「どういうことですか?」
「リブラよりも前に倒した四体……もっと言うとその御魂を思い出してみろよ」
 聞き返す樹に、ジュンイチはそう答えた。
「ヴァルゴのヤツはオレ達の攻撃にやたらと耐える防御力。
 他の奴らも小回りのキャンサーに分身のスコーピオン、高速移動で狙いをしぼらせなかったサジタリウス……バーテックスの御魂には総じて、何かしら自らの身を守るための一芸を持っていた。
 同じように、リブラにも何かあったと考えるべきだろう」
「何か、ねぇ……」
 ジュンイチの話に、風は軽く考え込み――何かに思い至ったのか、その目が大きく見開かれた。
「あの時、リブラの身体が爆発して……そのせいで、御魂がどうなったのか、わからなくなっちゃった……
 あの爆発、リブラの最後の攻撃か何かだと思っていたけど……もし、最初からあの展開に持ち込むのが、あのロボットの手から逃れるのが目的だったとしたら……」
「そういうことだ。
 もしこの考えが当たっているなら、リブラの御魂の防御特性は……」
「神樹様の目からすら逃れられるくらいの、ステルス能力……」
「少なくとも、その可能性は考えておくべきだろう。
 今までの例を考えれば、あり得ない話じゃない」
「はーい、しつもーん」
 風に答えるジュンイチに向けて手を挙げたのはブイリュウだ。
「仮にその仮説が正解で、あの天秤がまだ生きていたとして……それと今回の自動車泥棒とが結びついたのはどうして?
 少なくともオイラにはまったく関係ないように見えるんだけど」
 そう尋ねるブイリュウと、同意見なのかとなりでコクコクとうなずく樹に対し、ジュンイチは軽く息をつき、
「今回の自動車泥棒の事件、人間がやったとしたらひとつだけ、だけど致命的な矛盾があるんだよ」
 言って、その『ひとつ』を示すのか人さし指をピッ、と立てる。
「というワケでツッコミ入れさせてもらうけど……お前らがその泥棒どもだとして、盗んだ車をどうするつもりだ?」
「え……?
 そ、そりゃあ、えっと……売る、とか?」
 ジュンイチの問いに、いきなり話を振られたブイリュウが答えて――



「どこに?」



『………………あ』
 間髪入れず投げかけられた第二の問いに、ブイリュウと樹はジュンイチの言う『矛盾』に気づいた。
「そういえば……この世界って四国しかないんだっけ……
 元の世界みたいに海外に売り飛ばす感覚でいたよ……」
「こんなにたくさん車がなくなった後にいっぱい古い車が出回れば……うん、怪しいよね」
「そういうことだ。
 足がつかないよう分散して売るにしても、範囲が四国の中だけじゃどうしたって限界は生じる。
 売り払う時期もずらしてさらに分散を図る、パーツ単位にバラして売る――とか、他にも手はあるがこの辺も考えづらい。そんなことをすれば、それだけ長く盗品を手元に抱え込むことになるからな。見つかる危険性を考えれば、盗っ人側の心理としてそれはなるべく避けたいはずだ。
 よって、盗品売買が目的という可能性はこの時点で消える」
 二人に説明し、ジュンイチは茶をすすって口内を潤し、
「となれば、盗っ人の目的は“車そのものを大量に必要としていた”と考えるべきだ。
 その仮説と、今のリブラ・バーテックスの“状態”……この二つを重ねてみれば、この一件の裏に“ある可能性”が浮上してくる」
「リブラ・バーテックスの状態……?」
「状態も何も、アイツは身体を自爆させて、今御魂だけの状態じゃない……って!?」
 樹と顔を見合わせてつぶやき――風は気づいたようだ。その顔から一気に血の気が引いた。
「アイツは、あのロボットに御魂をえぐり出されて……身体の方は木っ端みじん。
 つまり今アイツは、御魂のまま動き回ってるってことで……」
「………………?
 それが何か問題? だって御魂のまま動き回ってるんなら、さっさと見つけてブッ飛ばしちゃえばそれで終わりでしょ?」
 つぶやくように確認する風にブイリュウが聞き返すと、
「それってさ……オレ達以上にリブラご本人の方がわかってるはずだよな?」
 風に代わってブイリュウに指摘するのはジュンイチだ。
「そして……今までの戦いから、連中、中々に知恵が回ることもわかってる。
 さて、ここで質問だ。
 今までも度々オレ達を出し抜く知恵を見せてきたアイツらが、そんな後がない状態をいつまでも放置しておくと思うか?」
「それって……」
「まさか……」
 ここに至ってようやく気づいたらしい。深刻な顔を見せるブイリュウと樹にうなずくと、ジュンイチは告げた。
「もし、この自動車泥棒の犯人がリブラで、ヤツがその“後がない状況”を何とかするために自動車を狙ったとするなら、その目的は……」







「御魂を守るための鎧――新たな身体の材料にするためだと考えられる」



    ◇



「じゃあ、この間のバーテックスがまだ生きてるっていうんですか?」
「あくまで『可能性がある』って程度の話だけどな」
 翌日、勇者部部室――話を聞かされ、声を上げる友奈にジュンイチは肩をすくめてそううなずいてみせた。
「でも、『新しい身体を作るために車を盗んだ』って……バーテックスには再生能力があるんじゃ……?」
「たぶん御魂そのものには再生能力はないよ」
 首をかしげる友奈だったが、ジュンイチはあっさりとそう答えた。
「御魂にも再生能力があるなら、封印で御魂だけにされても、そこから新しい身体を作ればいいだけの話じゃないか」
「あ、そっか……」
「おそらく、バーテックスの再生能力は肉体の方に備わってるんだ。
 そして、御魂はある種の起動キー……あの身体に御霊が収まることで、初めて再生能力が発動するんだと思う」
 友奈に答えると、ジュンイチは軽く咳払いして話を仕切り直し、
「とにかく、今はあの天秤だ。
 風ちゃん経由で大赦に報告して、今調査に動いてもらってる――とりあえず、その報告待ちだな」
「調査、って……でも、ジュンイチさんの見た盗難事件の現場からは、何も手がかりは見つからなかったんですよね?」
「警察の現場検証では……ね」
 聞き返す友奈には風が答える。
「だから今度は大赦が動く。
 警察が見つけられるような科学的な証拠はなくても、アイツら特有の、霊的な痕跡は残ってるかもしれない」
「なるほど……」
 風の話に友奈が納得すると、
「じゃあ……今のところは、いつものように新しいバーテックスによる樹海化にだけ備えていればいいってことですね?」
 そう口をはさんできたのは美森だ。
「なら風先輩、今日のところは私は早退してかまわないでしょうか?
 さっき本屋からメールが来て、頼んでいたプログラムの本が入荷したということなので……」
「んー、東郷には勇者部ホームページの管理を任せてるワケだし、そういうことなら勇者部の活動と言えないこともない、か……
 OK、わかったわ。勇者部部長として、東郷の早退を許可します。
 何なら荷物持ゲフンゲフンッ、付き添いとしてジュンイチ貸そうか?」
「おぅコラ、ナニ人の人事権勝手に握ってやがりますか」
「家主権限」
「ぅおぅ、反論できねぇトコ持ってきやがった」
「いえ、そこまでしてもらうほどではありませんから。ありがとうございます」
 目の前で即興コントを始めたジュンイチと風だが、美森はかまうことなく本題に結論を下した。
「では、お先に失礼します」
「う、うん……」
 コントをスルーされ、気まずそうにしている風に改めて一礼、美森は部室を出ていって――
「なら、オレもちょっと席外すわ」
 美森を見送ったジュンイチもそんなことを言い出した。
「何か用事?」
「ちょいと大赦の詰め所まで」
 聞き返す風に、ジュンイチはあっさりと答える。
「お前らが不安がってるからな――さっさと調査済ませて結論出せってケツ蹴っ飛ばしてくる」
「お、お手柔らかにしてあげてくださいねー……」
 苦笑する樹に背を向けたまま手をヒラヒラと振って応えると、ジュンイチは風達を残して部室を後にした。



    ◇



「………………」
 勇者部部室を後にして、美森はさっそく本屋へ行――かなかった。
 そもそも本の話はあの場を辞するための方便。入荷した本などないのだから――まっすぐ家へと帰宅するとパソコンを起動。目的のためのソフトを立ち上げると、すぐさま開かれたウィンドウに大量のデータの羅列が表示されていく。
 その中で必要なデータに検索をかけ、読める形に直し、傍らの地図に書き込んでいく。
 それらの情報を頭の中で整理、組み立てて、結論を導き出す――パソコンの電源を落とし、美森は家を出た。
(思った通りだった……
 仮に元通りの大きさまで身体を修復するつもりだと仮定した場合、ジュンイチさんから聞いた被害台数じゃとても足りないと思っていたけど……
 案の定、同じような事件が市内各地で起きていた……)
 家で調べていたのは、ジュンイチが見た自動車盗難事件――“の類似事件”の情報だった。
 自作のソフトを使い警察のデータベースにアクセス、関係する情報を洗い出したのだ――その手段がハッキングという点には大いにツッコむべきだろうが。そもそもなんでハッキングソフトなんて作っていたのか……
 だが、それよりも今重要なのはそれによって得られた情報の方で――
(そして、事件の起きた一帯の中心には市のスクラップ置き場……
 間違いない。バーテックスかどうかを抜きにしても、犯人はそこを拠点にしてる……“木を隠すには森の中”というワケね……)
 そこまでわかったのなら、勇者部の仲間達に報せればいいのだろうが、美森はそれをあえてしなかった。
(私のせいだ……
 友奈ちゃん達がやられた後、私がぼんやりしていて敵にスキを見せたから……それでやられてしまったから……
 それがなければ、もっと早くに終わっていたかもしれないのに……)
 自分がヘマをしなければ、こうして事件が後に引くこともなかったのに……そんな責任感が、美森を単独行動に走らせていた。
 ――否、それだけではない。
(それに、あの時聞こえた“声”……)
 リブラ・バーテックスの起こした竜巻の中へとジュンイチが突撃した瞬間、脳裏をよぎったあの“声”――そして、それに伴って感じた、強烈な不安。
 どう考えてもこの二つは関係している。しかし、後者の不安はともかく、その引き金となった“声”にはまるで覚えがない。
 だが、美森はその矛盾を矛盾でなくす、ひとつの心当たりに思い至っていた。
(事故で両足の機能と共に失った、私の記憶……
 もしその記憶が失われた期間の中で、あの声の主と出会っていたのだとしたら……)
 しかし、それでも疑問は残る。
 声の主については今の推測通りだったとしても、なぜあの声を思い出したことで、あれほどの不安を覚えたのか。
 そして何より――“なぜあの状況で思い出したのか”
 自分は……少なくとも自覚している限りでは油断していなかった。突撃するジュンイチへの心配はもちろんあったが、それでもリブラ・バーテックスとの戦いへの集中は切らしていなかったはずだ。
 しかし、あの声はそんな美森の“集中”すらも押しのけて頭の中を支配した。それほどまでに、あの状況とあの声は失われた記憶の中で密接につながり合っていたということなのか。
 そして――
(……私の記憶が失われたのは二年前。
 そして……“バーテックスが前に現れたのも二年前”
 もし、自分の考えていることが“当たり”だとすれば――
(私は……)



(あのバーテックスを、知っていた……?)



    ◇



 友奈達に知られるのを避けるため、いつも利用しているデイサービスの車は使えなかった。タクシーを使って、美森は件のスクラップ置き場の近くまでやってきた。
 バリアフリー対応の、ノンステップ機能を備えたワンボックスタイプのタクシーだ。現場近くの農道で停めてもらい、リフトダウンする床で降ろしてもらう。
 「釣りはいりませんから」と2592円ピッタリ払い、去っていくタクシーを見送ると、改めて目的地へと向かう。
 これまた足取りを辿られるのを避けるため、念には念を入れてタクシーの運転手に対しても目的地は伏せることにした。おかげで離れたところに降ろしてもらうしかなく、少し時間がかかってしまったが、それでもなんとか目的地のスクラップ置き場に到着できた。
 敷地を囲っているフェンス、その通用門の扉に手をかける――あっさりと開いた。鍵はかかっていない。
 美森の中でイヤな予感が頭をもたげる――スマホの勇者アプリを立ち上げ、勇者へと変身する。
 ライフルを手に奥を目指す。慎重に周囲をうかがいながら、積み上げられたスクラップの山の間を進んでいく。
 どのくらい進んだだろうか――
「……これ、かな……?」
 他と比べ、明らかに新しいスクラップばかりが積み上げられた山を見つけた。
 自分の推理の通りなら、これがバーテックスによって盗まれた品々だということになる。より一層警戒しながら、山に近づき、確認する。
 実はひとつだけ、自分の推理には疑問点が残されていた――なぜ、バーテックスはわざわざ騒ぎになるリスクを犯してまでスクラップ“でない”品ばかりを狙ったのか。
 単に新しい身体の材料が欲しいだけなら、この場にあるようなスクラップで事足りたはず。なのにあえて新品や稼働品ばかりを狙った理由――それは、山に近づき、盗品を確認したことで明らかになった。
 一見他のスクラップと見分けがつかないよう破壊されてはいるが、車ではエンジン、家電では電源、特にバッテリー部分がまったくの無傷で残されているのだ。
 これは――
「動力部……
 そうか……身体だけじゃなく、動力も必要としていたから……」
 なるほど、これは確かにスクラップ置き場では手に入らない。納得して美森がうなずいた、その時――
「おい! そこで何をしている!?」
「――――っ!?」
 いきなりの声に振り向くと、そこにはひとりの男性がいた。そのスクラップ置き場の管理人だろうか。
「何だ、お前……その格好は!?
 ……って、それ、銃か!?」
「あ、その、これは……!」
 バーテックスを警戒してライフルを現出させていたのが裏目に出た。うろたえる男性を前に、さすがの美森もとっさに上手い回答が出てこない。
(どうする……? 大赦の名前を出す……?
 ……ダメだ、それでもし、私のこの独断専行が問題視された場合、風先輩に迷惑が……!)
 これが風やジュンイチだったら、口先三寸で男性を丸めこんだのだろうが――自分のボキャブラリのなさを美森が呪った、その時――
「――――っ!
 危ないっ!」
 “それ”に気づいた。動かない両足の代わりの触腕で勢いよく跳躍。男性に飛びついてその場から逃がし――直前まで男性のいた場所に、何かが地響きと共に落下、いや、“着地”した。
 明らかに男性を踏みつぶすことを視野に含んだ登場の仕方をしてくれたのは――
「やはり、バーテックス……!」
 リブラ・バーテックス――その御魂だ。御魂から生やした、獣のそれのような四本の足をワサワサと動かし、こちらへと向き直る。
「なっ、何だぁっ!?」
「早くここから逃げてください!」
 驚く男性に告げ、ライフルをかまえ、撃つ――しかし、御魂はそんな美森の銃撃をかわし、こちらに向けて突っ込んでくる。
 なおも射撃する美森だが、やはり当てられない。ついに間合いに捉えられ、襲いかかってくる御魂を前に美森は思わず目を閉じてしまい――



 衝撃音が“美森の目の前で”響いた。



 そして、静寂――自分を襲うはずだった一撃が未だに来ないことに疑問を感じ、美森が目を開くと――
「ギリギリセーフ――かな?」
 言いながら、ジュンイチは繰り出したまま伸ばされていた蹴り足を収めた。
「じ、ジュンイチさん……!?」
「ったく、もしかしたらと思って動いてみたら、案の定先走ってくれやがって」
 言って、ジュンイチは不満もあらわに口を尖らせてみせた。
「オレが間に合わなかったら、かなり危なかったぞ、今」
「でも、私があの時ちゃんと戦えていれば、あのバーテックスを逃がすこともなかったのに――痛っ」
「そこからしてまず間違ってるって気づけ阿呆」
 美森の言葉は脳天に走った痛みによって止められる――彼女の頭にツッコミチョップを打ち下ろし、ジュンイチが告げる。
「うぬぼれんな。
 『自分がしっかりしていれば逃がさなかった』か? ンなもんただの『IF』の話だろうが。どうしてそう断言できる?
 ヤツの能力を考えてみろよ。完全に“御魂だけにされたら即トンズラ”が大前提じゃねぇか。
 誰がどう動いたって逃げられていた可能性はゼロにゃならねぇよ――増して、スナイパーなんて待ち伏せ特化のポジションにいるお前じゃなおさらだ」
 そんなことを話している間にも、御魂は動くタイミングを慎重に計っている――が、ほんのわずかでも身を揺らすたび、ジュンイチにギロリとにらまれて出鼻をくじかれている。
「それにもうひとつ。
 先の戦いでの失態を言うなら、オレだって見通しが甘かった。オレにだって責任はある。
 なのに、お前ひとりで後始末されたら、オレのポカの落とし前はどこでつけりゃいいのさ?」
 言って、ジュンイチは改めて御魂へと向き直り、
「背負わせろよ、オレにも。
 ミスった者同士、きっちり落とし前つけようぜ」
「とか言いながら、ひとり占めしないでくださいよ」
「善処するけど、あてにして手ェ抜いたりすんじゃねぇぞ」
「言われるまでも――ありません!」
 答えると同時、御魂に向けて発砲――美森の銃撃をかわし、御魂は大きく跳躍、美森へと襲いかかり――
「甘いんだよ!」
 そこにジュンイチが割って入った。美森を狙っていた御魂にカウンターの蹴りを一発。近くのスクラップの山に蹴り込み、轟音と共にスクラップの山が崩れ落ちる。
「美森ちゃん!」
「大丈夫です!
 見えていました――あぶり出します!」
 立ち込める土煙が視界を覆い尽くす――が、御魂の位置は精霊達の加護を受けた美森の目にはハッキリと捉えられていた。ライフルのスコープ越しに位置を捕捉。その周辺に狙撃を次々に撃ち込み、御魂はたまらず土煙の中から飛び出してくる。
 そこに待ちかまえているのはもちろんジュンイチだ――急降下の勢いをプラスした拳が御魂を地上に叩き落とし、追撃の炎弾を雨アラレと降り注がせる。
 再び土煙で御魂の姿が見えなくなる中、気配を探る――と、捉えたはずの御魂の気配が薄れ始めた。
 これは――
(ステルス能力!?
 気配にまで適用とか、自由すぎんだろ!)
 なるほど、先の戦いで自分の気配探知からも逃れられたワケだと思わず納得する――が、
「悪いな――対策済みだよ!」
 わざわざ土煙を巻き上げたのはこのため――ジュンイチと美森は、土煙をかき分けて進む見えない存在をしっかりと捉えていた。
 どれほど優秀なステルスを施そうと、そこに物理的に存在している事実は変わらない。ならば視覚や気配察知以外の、物体が移動する際の物理的な影響を捉えることができれば――そう思ってあらかじめ施しておいた仕掛けだったが、どうやらその読みは図に当たったようだ。
 ともあれ、標的の位置さえわかればこちらのものだ。ジュンイチの炎が、美森の狙撃が、御魂に向けて雨アラレと降り注ぐ。
 こちらの攻撃でステルス能力が解けたのだろうか、御魂の“力”の気配がジュンイチにはハッキリと感じられる――今の攻撃でかなり削られたようだが、まだまだ余力を残しているようだ。
「いける、押し切れる……っ!」
 この調子なら御魂を撃破するのは時間の問題だ。勝利を確信する美森だが、それに反してジュンイチの表情は硬い。
(この感じ……弱ってるんじゃない……!?)
 当初はジュンイチもこの“力”の縮小は相手が弱ってきているのだと思った。しかし、すぐにそれは誤りだとわかった。
 これは“力”が小さくなっているんじゃない。内へ内へと集められている――縮小ではない。凝縮しているのだ。
 つまり――
「気をつけろ、美森ちゃん!」
「え――――?」
「アイツ――仕掛けてくるぞ!」
 ジュンイチの言葉と同時、御魂から“力”が帯状に解き放たれた。四方八方に伸ばされたそれは触手のように周囲のスクラップの山に絡みついていく。
 そのまま、スクラップの山を力任せに引き寄せていく――巻き込まれないように距離をとったジュンイチやそんな彼に合流した美森の前で、まるで粘土をこねくり回すかのようにスクラップを自らの身に練り込んでいく。
 そして作り上げられるのは、先の戦いで見せた姿の再現――スクラップによって身体を作り直し、再生したリブラ・バーテックス、名付けるならば“リブラ・バーテックス・リボーン”が、ジュンイチと美森の前にその姿を現した。
「くっ、再生された……っ!」
「再生するための“材料”のすぐそばでドンパチやってたワケだしな。むしろ出し抜かれる可能性の方が高かったさ。
 だからあまり気にすんな――ちょっとでも不本意な結果になるとすぐ自分のことを責めるのは、お前さんの悪い癖だぞ」
 単に勝負を振り出しに戻された、というだけの話に留まらない。樹海化していない、現実の世界にバーテックスの出現を許したということだ。悔しさに唇をかむ美森だが、ジュンイチがそんな彼女をたしなめる。
 と、その時――突如美森の胸からアラームが鳴り響いた。
 その正体は考えるまでもなく、勇者スマホの樹海化警報だが――
「……男のオレがツッコミに困るから、そーゆートコにしまうのやめない?」
「ツッコまなければいいんですよ。セクハラで訴えますよ?」
「いや、ツッコまないのはオレの芸人魂が許さないというか……」
「ジュンイチさん、勇者でしょう。いつから芸人になったんですか……」
 実体化させたまましまっていたのか、美森は何ら迷うことなく装束をのどの部分から引っ張って広げ、そのたわわに実った双丘の谷間からスマホを取り出した。ツッコむジュンイチとそんなやり取りをしながら、情報を確認する。
(やっぱり、樹海化警報……神樹様が対応してくださっ……――っ!?)
「これって……!?」
 目の前の再生バーテックスに対応してくれたのか――そう思って確認した美森だったが、そこに書かれていた状況説明文に己の目を疑った。

 ――バーテックスが壁を越えて侵入しました――

 『壁を越えて侵入した』、つまり――
「新手――!? このタイミングで!?」
 つまり、神樹は自分達の目の前のリブラではなく、新たに現れたバーテックスに対応するために樹海化を行おうとしているということか。
 そして、おそらくリブラ・バーテックスの復活を知らないであろう友奈達は新たなバーテックスの方へと向かうだろう――そうなると、自分はどうするべきなのか。
 友奈達を助けに行こうと自分がこの場を離れては、ジュンイチがリブラ・バーテックス・リボーンに単騎で立ち向かうことになる。普通に考えれば、残ってジュンイチを援護するべきだろう。
 だが、後方支援向きの要員がいないのは向こうも同じ。もしそれであちらの戦いに苦戦を強いるようなことがあれば――
「――行けよ」
「ジュンイチさん!?」
 迷った美森に対し、ジュンイチはあっさりと言ってのけた。
「こっちはオレに任せて、みんなのところに」
「でも、ジュンイチさん、ひとりじゃ……」
「かと言って、お前さんがここにいたってどうしようもないだろ。
 忘れた? コイツの能力」
「う゛……っ」
 ジュンイチの言葉に、思い出した――そうだ、一度撃破される前のリブラには相手の飛び道具を引き寄せる特殊な器官を備えていた。
 スクラップで身体を作り直した今のリブラに同じことができるかは未知数だが、もしあの能力も一緒に復活していたら――
「だから行けって言ってんだ。
 向こうを早々に片づけて、近接組引っ張ってきてくれ――それが現状の最善策だよ」
「……わかりました。
 それじゃあ、この場はお任せしますけど……無茶だけは、しないでくださいね」
 ジュンイチに言われ、ようやく美森は折れた。触腕を巧みに使い、その場を離脱。世界が樹海に塗り替えられていく中、もうひとつの戦場、友奈達の元へと向かう。
 と――
「言われちゃったね、『無茶するな』って」
「言われちまったねー」
 言って、スクラップの山から変化した巨大な木の根の陰から姿を現したのはブイリュウだ。答えて、ジュンイチは苦笑まじりにリブラ・バーテックス・リボーンへと向き直った。
「無茶も無謀も、やってナンボのオレだろうがよ。
 持ち味奪うようなオーダー残していきやがって。終わったら覚えてろよあんにゃろう」
「具体的には?」
「わさび入りを仕込んだロシアンぼたもちの刑で」
「運任せとはいえ助かる道を残す辺りに優しさ隠せてないよね」
「やかましい。
 それよりゲートだゲート」
「はーい」
 ジュンイチに答え、ブイリュウは彼の前に進み出て、
「オープン、ザ、ゲート!」
 ブレイカーゲートを開いた。



    ◇



「エヴォリューション、ブレイク!
 ゴッド、ブレイカー!」

 高らかに叫んだジュンイチの宣言を受け、ゴッドドラゴンが翼を広げて急上昇。上空で変形を開始する。
 まず、両足がまっすぐに正され、つま先の二本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
 続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状の飾りが展開されて新たな姿の肩アーマーとなる。
 両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
 頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
 分離した尾が腰の後ろにマウントされ、ボディ内からロボットの頭部がせり出してくると、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで覆われる。
 最後に額のアンテナホーンが展開、その中央のくぼみにはまるように奥からせり出してくるのは、力の源、精霊力増幅・制御サーキット“Bブレイン”。
「ゴッド、ユナイト!」
 変形が完了し、叫ぶジュンイチの声に伴い、彼の身体が粒子へと変わり、機体と融合。ジュンイチ自身が機体そのものとなる。
 システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが点灯。ジュンイチが改めて名乗りを上げる。
「龍神、合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」



    ◇



 その頃、一足先にバーテックスと接敵した友奈達は――
『待てぇぇぇぇぇっ!』
 全力で追いかけっこの最中であった。
 今回現れたバーテックスは双子座。だからレーダーに反応が二つ現れた際にも「あぁ、双子座だから二体か」と納得できたが、問題はそこではない。
 小さいのだ。そして速いのだ。
 大きさは人間と同程度。紐人形とでも形容したらいいだろうか、細いにも程がある体躯にのっぺりとしたのっぺらぼうな頭部を持ち、中世ヨーロッパで使われていたような首と両手をまとめて拘束するタイプの木枷を着けている――それが二体。
 そしてその二体が、脇目も振らずに神樹目がけて全力疾走――そう、“脇目も振らずに”。
 このバーテックス、友奈や風、樹に一切かまわず、ただ神樹だけを目指してひた走っているのだ。しかもそうとうなスピードで。
 立ちふさがろうとした友奈や風もあっさりとすり抜けられ、樹のワイヤーも気づいた時には射程外――結果、現在の追いかけっこ状態の出来上がりである。
「私達に勝てないからスルーする方向でってワケ!?
 まったく、女子力が高いのも困りものよね!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ、お姉ちゃん!」
「このままじゃ、神樹様が!」
 苦し紛れの風の軽口も、仲間達の焦りを和らげることはできなかったようだ。そんな彼女達をさらに引き離そうと、二体の双子座のバーテックス、ジェミニ・バーテックスはさらにスピードを上げて――



 二体の顔面を衝撃が叩いた。



 美森の狙撃だ。全身全霊をもって爆走していたところへまったく正反対のベクトルを叩きつけられ、二体のジェミニ・バーテックスが両足を前方に投げ出すようにひっくり返る。
「お待たせしました!
 友奈ちゃん! 風先輩達も、今です!」
「東郷さん!」
「ナイスアシスト、東郷!
 そんじゃ、さっそく封印いくわよ!」
 合流してきた美森に友奈と風が応じ、二人は樹と共にジェミニ・バーテックスを二体まとめて包囲しようとする。
 が――間に合わなかった。封印の術式を展開したところでジェミニ・バーテックスが復活。拘束されるよりも早く再び走り出し、術式陣から逃げ出してしまう。
「あぁっ! 逃げちゃった!」
「あー、もうっ! またやり直しじゃない!
 つかジュンイチとブイリュウはどこで何やってるのよ!?」
 声を上げる樹と風――特にジュンイチ達の所在について言及した風の言葉に美森が答えようとした、その時であった。



〈――本当に、向こうをみんなに任せて大丈夫なの?〉



 勇者スマホの通話モードが立ち上がり、ブイリュウの声がした。



    ◇



「オォォォォォッ!」
 雄叫びと共に、ジュンイチのゴッドブレイカーのかざした右腕が光の螺旋に包まれる。
「クラッシャー、ナックル!」
 その右腕を勢いよく射出、飛び道具を引き寄せるリブラ・バーテックスの分銅へと叩き込み、粉々に打ち砕く。
 そのまま返す刀でもう一撃。車のスクラップでできたリブラ・バーテックスの身体を打ち砕く――が、そこまでだ。スクラップにもバーテックスの再生能力が及んでいるらしく、ジュンイチの与えたダメージは見る見るうちに回復してしまった。
「やっぱ、あの身体も再生能力付きか……」
 前回同様コア狙いで行く必要があるか――ジュンイチが次の一手に思考を振り向けていると、
「……ねぇ、ジュンイチ」
 そんなジュンイチにブイリュウが声をかけてきた。
「ンだよ?」
「いや、本当に東郷さんひとりだけ行かせて大丈夫だったのかな、って」
「何を今さら。
 それに、状況的にそうするしかなかったろうが。あそこで美森ちゃん行かせなかったら、風ちゃん達が援護なしでバーテックスとぶつかるハメになってたところだぞ」
「でも、だからって勝てるとは限らないじゃないか」
 そのブイリュウの反論に、ジュンイチは彼の言いたいことに気づいた。
「実際、こないだのリブラとの戦いだってみんなやられちゃってた。ヘタしたら、今回だってバーテックスの能力次第じゃ……
 ねぇ、ジュンイチ……本当に、向こうをみんなに任せて大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、何とかしてもらうしかないだろうが」
 迷うことなく、ジュンイチはブイリュウにそう答えた。
「お前だって、忘れたワケじぇねぇだろ。
 本当にこの世界を守らなきゃいけないのが誰なのか」
 そう続けるジュンイチだったが――ゴッドブレイカーにユナイトしたままのジュンイチは気づけなかった。
 ブイリュウの手の中で、勇者スマホが通話状態になっていることに――



    ◇



〈忘れちゃいけない。本来この世界を守らなきゃならないのはオレ達じゃない。
 この世界の勇者である、風ちゃん達勇者部のみんなであって、オレ達は偶然この世界に流れ着いて、偶然勇者部のみんなと出逢って、偶然一緒に戦う力と理由があっただけの話でしかないんだ〉
 ジュンイチの言葉は、ブイリュウが通話をつなげた勇者スマホを介して勇者部の面々のもとにも届いていた。ジェミニ・バーテックスの追跡の一方で、全員がその言葉に耳を傾ける。
〈だからみんなに譲るっての?
 でも、それこそ“らしく”なくない? いつものジュンイチなら、相手の事情も都合もガン無視して、相手を守ることだけを考えて突っ走るのがパターンなのに〉
〈本当にこの状況が『いつものパターン』ならな〉
 ジュンイチの言葉と同時、スマホが轟音を拾う――爆発音とはどこか違う。どうやらジュンイチがぶっ放した側のようだ。
〈言ったろうが。オレ達は偶然この世界に流れ着いただけだって。
 転移でも召喚でもない、単なる事故――この世界における存在が安定してるって保証はどこにもないんだ。
 またいつ、どんな弾みでこの世界から弾き出されるかわかったもんじゃない。増してや、樹海化なんて世界の上書きが頻繁に起きてる状況じゃなおさらだ〉
『――――っ!?』
 瞬間、友奈達の間に衝撃が走る――ジュンイチの指摘した可能性に、今初めて思い至ったからだ。
 まだ出逢ってからたった半月――のはずだった。しかし、その半月の間にジュンイチ達はすっかり自分達の輪に解け込んでしまっていた。
 彼らがいなかった、半月前の自分達の姿がもう簡単には思い出せなくなってしまったほどに――もうすっかり「いるのが当たり前」の状態になってしまっていたから、「彼がいなくなってしまう」ということが想像できなくなっていた。
〈で、その懸念が的中した時、オレ達がいなくなった後で敵の攻撃の矢面に立たされるのは誰だ?
 その時、勇者部のみんながオレにおんぶに抱っこの状態だったりしたらどうなるよ?〉
 その言葉に、友奈達は答えを出すことができなかった。
 否――答えを出すのが怖かった。

『つかジュンイチとブイリュウはどこで何やってるのよ!?』

 こんなセリフがあっさり出る、そしてそのことに誰もツッコまない。そのくらいジュンイチの力が借りられて当然のように考えていた自分達に、気づいてしまったから――
〈本当にアイツらのことを想うなら、オレ達がしなきゃならないのは、アイツらの前に出て、アイツらを守ることじゃない。
 同じ勇者として、先輩勇者として、アイツらと並び立つこと。みんなを認めて、信じて、任せるべきを任せて、折れそうになったら支えてやることだ。
 だから今、ここにいる――こんな死に損いのために、みんなの負担を増やしてられるか!
 みんなが向こうに集中できるように、コイツはここで片づける! それが、アイツらを支える上で今やるべきだことだと判断した! いくぞぉーっ!〉
 本格的に戦闘を再開したらしい。ブツッ、という音と共に通話は途切れた。
 だが、問題はなかった。不足もなかった。
 伝わるべき想いは、十分に伝わったから――
「……いくわよ、友奈!」
「はい、風先輩!」
 風の言葉に友奈がうなずき、奮起した前衛二人が一気に加速、ジェミニ・バーテックスとの距離を詰めていく。
「樹! アイツら“の左右”を狙って!
 東郷はアイツらの目の前! とにかくアイツらのルート限定と速度低下を狙って援護に徹して!」
「うん!」
「了解しました!」
 さらに、風の指示で樹と美森が動く。バーテックスの周囲に樹海の木々を薙ぎ倒“さない”程度に攻撃を連射。ジェミニ・バーテックスの進路を絞り込み、足を止める。
 そして――
「はぁぁぁぁぁっ! たぁっ!」
「どっ、せぇぇぇぇぇいっ!」
 追いついた友奈と風が、二体のジェミニ・バーテックスをブッ飛ばした。



    ◇



 轟音と共に巨体が迫る――“かぜ”をまとい、加速したリブラ・バーテックス・リボーンが体当たりを仕掛けてくる。
 が――
「そんなもんでっ!」
 今の、ゴッドブレイカーにユナイトしたジュンイチには通じない。ブレイカーロボの中でも最上位の分類、マスター・ランクに座するゴッドブレイカーのパワーはその体当たりを容易く受け止め、
「ゴッドブレイカーが倒せるかぁっ!」
 持ち上げ、頭部にあたる部位から投げ落とす――プロレスで言うところのパワーボムで、リブラ・バーテックスを地面に叩きつける。
「ゴッドキャノン!
 ゴッドセイバー!」

 続けては専用武装の両手持ち。ゴッドキャノンの牽制攻撃で動きを止めつつ、リブラ・バーテックスが分銅に射撃を引き寄せている間に接近して斬りつける。
 先の戦いで勇者部の面々を苦しめたかぜの防御壁は使ってこなかった。というより――
「思った通りだ!
 コイツ、飛び道具の引き寄せと竜巻の防御を同時には使えないんだ!」
「どういうこと?」
「竜巻が強力すぎるんだよ。
 おかげで分銅に引き寄せようとした攻撃まで竜巻の影響で軌道を流されちまう。
 それであさっての方向に飛んでってくれればいいけど、それで自分に飛んできちまったら目も当てられない。
 そうなるのを防ぐためには、二つの防御手段を同時に使わないようにするしかないんだ――よっ!」
 言いながら、合掌した手を手刀の如くリブラ・バーテックスの、今しがた斬りつけた切り口へと突き込んだ。切り口に手をかけ――リブラ・バーテックスのスクラップでできた身体を力任せに引き裂いてしまう。
 下半身を放り出し、上半身も大地に叩きつけてやろうと振り上げて――と、そこでリブラ・バーテックスが竜巻を起こした。ジュンイチの手から弾くように逃れ、空中でピタリと停止。ゆっくりとジュンイチへと向き直る。
 と、放り出されていた下半身が動いた。フワリと浮き上がると上半身の元へと飛翔。引きちぎった断面をつなげ合い、再生してしまう。
「ダメだ……やっぱり再生される……っ!」
「いや、それよりも……」
 うめくブイリュウだったが、ジュンイチは別のことに気づいたようだ。それは――
「アイツ今……引きちぎった身体をつなげて再生した……」
「え? それがどう……ん? あれ?」
 ジュンイチに聞き返そうとしたブイリュウも、ジュンイチが指摘したことに絡む違和感に気がついたようだ。
「今までのバーテックスって、切り離された身体をつなげるような再生の仕方ってしなかったよね……?」
「あぁ。
 アイツらは今まで、切り離された身体は遠隔操作で武器として使って、身体の方はナメック星人と同じように新たに肉を盛って再生してた……」
「そこでトカゲの尻尾を挙げずにナメック星人を挙げるんだよねー、ジュンイチって」
「いつものことだ。この際ほっとけその辺わ。
 とにかくアイツは今までのヤツらとは違う再生の仕方をした……違いがあるとしたら……」
 ジュンイチのそのつぶやきに、ブイリュウもピンと来た。二人で声をそろえて告げる。
『身体の材料!』
「アイツの身体は本来のバーテックスとしての身体じゃない。
 スクラップをかき集めて作った間に合わせの身体……借り物の身体だから、本来の身体みたいに無尽蔵には再生できない。
 だからアイツは、端末としての再利用って形じゃなくて、元通りの身体として再生して本体の戦闘能力を維持する方向でしかあの身体を使えないんだ」
「ってことは、アイツに関しては今までさんざんやられてきたオールレンジ攻撃を気にする必要がない!
 思う存分攻められるってことだね! やっちゃえ、ジュンイチ!」
「言われなくても!」
 ブイリュウに答えるジュンイチに向け、リブラ・バーテックス・リボーンが先の戦いのように岩を次々に飛ばしてくる――が、そんなものがゴッドブレイカーに通じるはずもない。そのすべてがあっさりと迎撃、粉砕されてしまう。
「悪いが後輩どもにあんまり心配かけたくないんでね!
 一気に御魂をえぐり出してやるぜ!」
 宣告しながら、ジュンイチがゴッドブレイカーの両手に集めるのは、右は攻撃、左は防御のエネルギー。
 そう。ジュンイチが放とうとしているのは、先日の戦いでも目の前のリブラ・バーテックスに対して使用した――



「デッドォッ! アンドォッ! バース!」



 この技だ。より高められ、バチバチとスパークを放ち始めている二つの、相反するエネルギーを重ね合わせ、反発作用でさらに強大なエネルギーを発生させる。
「DaBホールド!」
 そのエネルギーの一部を拝借、放った拘束エネルギーがリブラ・バーテックスへと襲いかかった。飛び道具を引き寄せるリブラ・バーテックスの分銅に引き寄せられてしまうが関係ない。分銅を捉えた拘束エネルギーはそのままリブラ・バーテックスの全身にまとわりつき、その動きを封じ込める。
「いっ、けぇぇぇっ!」
 咆哮と共に、ジュンイチがリブラ・バーテックスに向けて地を蹴った。背中のゴッドウィングに生み出した推進システムの力も借りて一気に加速。リブラ・バーテックスとの距離が瞬く間にゼロとなり――
「はぁぁぁぁっ! せいやぁっ!」
 合わせた両手を、リブラ・バーテックスの頭部へと諸手突きの要領で叩き込む!
 瞬間、拳に宿るエネルギーが解放された。攻性エネルギーが打ち込んだ拳を中心にスクラップでできた身体を内側からズタズタに引き裂き、防御のエネルギーはリブラ・バーテックスのコア――御魂をしっかりと捕獲、ジュンイチの、ゴッドブレイカーの手の中に収まる。
「ち、ぎ……れろぉぉぉぉぉっ!」
 まだ残っていた、御魂と身体をつなぐ“力”のラインを力任せに引きちぎる。勢い余って振り向く形になったジュンイチの背後で、リブラ・バーテックスの残骸が崩れ落ち――
「――っと、まだっ!」
 さらに反転、改めて向き合ったジュンイチによって、その残骸が上空高く蹴り上げられた。
 前回と同じだとすれば、あの残骸はこの後――そう判断してのことだったが、結果としてその判断は正しかった。蹴り上げられた残骸は上空でふくれ上がり、大爆発を起こして焼滅した。
「やっぱり、また爆発をカモフラージュにして逃げるつもりだったか……」
 あのまま、また地上で爆発を許していたらどうなっていたことか――そんなことを思いながら、ジュンイチは手の中の御魂へと視線を落とした。
 最後の切り札である本体の自爆も失敗に終わり、それでも往生際悪く脱出しようともがいているが――
「悪いな――終わりだよ」
 すでに一度逃げられた相手だ。二度目を許すつもりは毛頭ない――ゴッドブレイカーの腕力で容赦なく握りつぶし、今度こそリブラ・バーテックスにトドメを刺すのだった。



    ◇



「よっし、封印開始!」
 敵はすでに傷の再生を始めているが、それを見越して念入りにダメージを積み重ねておいたから動き出すにはまだかかるはず――風の合図で、友奈や樹は傷の再生のために動きを止めている二体のジェミニ・バーテックスを包囲、封印に取りかかる。
「気をつけて!
 リブラの御魂みたいに、何か仕掛けてくることもあるんだからね!」
「うん!」
「わかってます、風先輩!」
 風の警告に樹と友奈が答える中、ジェミニ・バーテックスの頭上に一個の御魂が形成され――崩れた。
 否、正しくは『分かれた』か――無数の細かい御魂に分裂、直下の地上にこぼれ落ち始めたのだ。
 しかも、小型の御魂は後から後からあふれ出てきている。すでに最初に形成されようとしていた御魂の体積を確実に上回る量に分裂しているのに、未だにやむ気配がない。
 それどころか、地上にあふれ出し、広がっていく無数の御魂は風達の元まで到達しようとしている。リブラ・バーテックスの前例もあるだけに、御魂の状態だから害はあるまいと安心できるはずもない。
「風先輩、これ……っ!」
「く……っ!」
 焦った友奈が声を上げるが、風にもどうすることもできない。せめてもの抵抗、と考えたワケではなく、ほとんど嫌悪感からの条件反射に近い勢いで迫る御魂の山に向けて無造作な蹴りを放ち――
「――って、え……?」
 風が眉をひそめたのも無理はない。蹴り足は何も捉えることなく空振りしたのだから――確かに御魂の山を捉えたはずなのに、である。
 いったいどういうことなのか。考えられるのは――
(この御魂の山は幻……!?
 じゃあ、本体はどこに……!?)
 これが幻なら、目的は当然御魂の破壊の阻止のはず。なら、この幻は自分達を御魂から遠ざけようとしていると見るべきだろう。
 そして思い出す。先ほどわらわらとわいて出た、幻の御魂に対する生理的嫌悪感――
(――そうか!
 あの幻を素直に信じていたら取っていただろう私達の退避方向――その逆方向に御魂があるとするなら、そこは――)
「東郷!」
 敵の目論見を看破し、風はそれを打破しうる手札を持つ仲間の名を叫んだ。
「あんたの狙撃の出番よ!
 あたしから見て、御魂がワラワラわいて出てきてる発生源――“そこをはさんだ反対側”を重点的に狙って!」
「はい!」
 風に答え、美森が指示された通りに風と幻の御魂の発生源を結ぶライン、その延長線上に次々に狙撃を撃ち込んでいく。
 小刻みに、何発も、発生源から徐々に離れていく方向に照準をずらしながら撃ち続け――何発撃った後だろうか、ついに手応えがあった。
 巻き起こる爆発と共に、巻き起こった爆煙の中から飛び出して……否、吹っ飛ばされてきたのは、分裂する前の、ジェミニ・バーテックスの頭部とほぼ同じ大きさの御魂だ。
 同時、周囲にあふれていた小さな御魂の群れが消失する――やはり、あの小さな御魂は本体の作り出していた幻覚だったのだ。
「よし! あとは私が!」
 これで相手の手の内は割れた。後は撃破するのみ――自分で決めるとばかりに友奈が突撃、御魂に一撃を叩き込む。
 が、相手の重量が思ったより軽かったのか吹っ飛ばしてしまった。拳の威力が十分には伝わらず、破壊には至らない。
「普通にしばきにいくのはムリか……
 なら……樹!」
「うん!」
 さすがは姉妹と言うべきか、名前を呼ばれただけで樹は姉からのオーダーをくみ取った。放ったワイヤーで御魂を捕まえ、
「お姉ちゃん!」
「よっしゃあっ!」
 姉に向けてブン投げた。正確にストライクゾーン、そのド真ん中に飛んできた御魂を、風が手にした大剣でジャストミート。真っ二つとなって風の後方に飛んで行った御魂は完全に砕け散り、破片も天に舞い散っていくように消滅していった。



    ◇



「ジュンイチさん!」
 戦いが終わり、神樹によって一同は讃州中学の屋上へ。と、同じようにこの場に転送されてきたジュンイチの姿を見つけ、友奈が声をかけながら駆け寄って――
「……あ、も、ムリ」
「っとぉっ!?」
 そのジュンイチが崩れ落ちた。
 言うまでもなく、転送酔いによるダウンである。あわてて友奈が支えてくれなかったら、顔面から屋上の床とキスしていたところだ。
「ったく、相変わらずね、アンタも」
 と、そんなジュンイチに呆れまじりに声をかけてきたのは風だ。ジュンイチを支える役を友奈と代わると、ジュンイチをその場に横たわらせて――
「……ホラ」
 おもむろに、ジュンイチにヒザ枕してやった。
「――って、風ちゃん!?」
「はい、ムリしなーい」
 一瞬の空白の後、自分の“状況”を理解する――顔を真っ赤にして飛び起きかけたジュンイチの額を押さえつけ、風は再びヒザ枕の状態に持ち込んだ。
「東郷から聞いたわよ。
 復活したリブラ・バーテックス、ひとりで片づけてくれたんでしょ?――がんばった部員に、部長サマからのごほうびよ」
「い、いや、ごほうび、って……」
 声だけ聞けば平然と答えているようにも聞こえるが、風のその顔はジュンイチに負けず劣らず真っ赤だ。そんなに照れるぐらいならやらなきゃいいだろと、ジュンイチが説得を試みるべく口を開k
「兼、私達の成長を見守ってくれてる先輩勇者様への、後輩勇者からのお礼、かな?」
「………………はい?」
 付け加えられたその言葉に、ジュンイチの動きが止まった。かぁぁぁぁぁっ……と、その顔が直前までとは別の意味で赤くなる。
「すみません、ジュンイチさん……
 私達、ジュンイチさんに頼りすぎちゃってましたね……」
「でも、大丈夫です!
 これからは、私達も一人前の勇者を目指して頑張りますから!」
「なっ、なっ、な……!?」
 美森や樹も、風にヒザ枕してもらって横になって(ならされて)いるジュンイチに告げる――対し、伝えるつもりの一切なかった本音を知られていたと知ったジュンイチは現在大絶賛混乱中。「なんで知ってる!?」の一言すら出てこないほどに頭の中はゴチャゴチャだ。
「ったく、水臭いのよね、ジュンイチは。
 あの時、偶然スマホが通話状態にならなかったら……」
 が、ヒントがあれば話は別だ。その風の言葉にピンときた。
 勇者スマホ越しに聞いたということは、自分達の戦ったあの場から通話をつなげた者がいるということだ。
 そして――あの場にはいたのだ。ジュンイチへ連絡用にと至急された勇者スマホを完全に私物化している“誰かさん”が。
「さて、それじゃあ戦いのお疲れ様会ってことで、みんなでかめやに――」
「ブイリュウ」
 “誰かさん”も慣れたもので、危険を察してそそくさと退散――と、そうは問屋が卸さない。風にヒザ枕されたまま腰の帯をヒュッと飛ばし、ジュンイチはブイリュウを捕獲した。
「……そーだよな。考えてみればそうだよな。
 あの場で話してたのはオレの他にもうひとりだけだったんだから、そいつの仕業と考えるのが一番自然だよな。
 そうは思わないか、ブイリュウ?」
「あ、あー、そうだね。アハハ……」
「……何か言うことは?」
「…………風のフトモモの感想をドウゾ」
「答えられるかぁぁぁぁぁっ!」
 横になったまま、ヒザ枕されたまま放たれた炎は――狙い違わず、ブイリュウの顔面で炸裂した。


 

(初版:2018/02/26)