21世紀に入り10年余りが過ぎた頃、それは天の彼方からやってきた。
人類の傲慢に怒った天の神により、人類を粛清するために送り込まれた生物の頂点・バーテックス。
懸命に抵抗する人類を嘲笑うかのようにバーテックスは世界を蹂躙。人類にはもはや絶滅の道しかないかと思われた。
しかし、人類にはまだ希望が残されていた。
人類に味方する地の神によって、彼らの力を授けられた無垢なる少女達の存在である。
ある者は勇者として、またある者は巫女として、それぞれが懸命に破滅に抗う少女達。
多大な犠牲を払いながらも、少女達は人類の命脈を辛うじてつなぎ、果てしない戦いを繰り広げていった。
しかし――神世紀300年。事態は急変することになる。
地の神がひとつに集い、人類最後の生存領域である日本・四国地方を守護し続けた神々の集合体“神樹”――それを形成していた神々の一部が、突如造反を起こしたのだ。
さらに悪いことに、造反神はかつて天の神の側にいた神であり、天の神と同じくその尖兵であるバーテックスを生み出すことができた。
生み出したバーテックスの軍勢を率い、神樹の中で暴れ回る造反神。その脅威に対抗するため、神樹は速やかに対策を講じた。
目には目を、歯には歯を。神の使徒には神の使徒を――勇者達を自らの中に作り出した仮初の四国の中へと召還。事態収拾のための助力を求めたのだ。
さらに、その他の時代からも戦力となり得る勇者達を多数召還。時代を超えて団結した勇者達は、造反神との新たな戦いに身を投じることとなった――
――――――が、そんなことはここで描かれる物語にはそれほど重要ではなかったりする。
造反神との真面目な戦いの物語なんてものは原作に任せておけばいいのだ(暴論)。
ここで描かれるのは、そんな戦いの合間の物語。
出逢うはずのなかった出逢いを果たした勇者達の日常。ドタバタしたりほっこりしたり、真面目に戦うなんてそれらに絡んでちょっとだけ、その程度。
そんな、勇者達の素顔を描く物語である。
雛祭り編
「ひな祭りと嫁き遅れ回避攻防戦」
春も近づき、暖かい日も増えてきた、二月の終わり。
讃州中学校の廊下を歩く、三つの人影があった。
「はぁ〜、今日も疲れたぁ」
現代の勇者、結城友奈。
「ずっと走り回りっぱなしでしたからねー」
二年前に活動していた先代の勇者、三ノ輪銀。
「はっはっはっ、タマはまだまだよゆーだぞっ!」
300年前の初代勇者、土居球子。
それぞれの時代から神樹によって召還された三人は、他の勇者達と共に、友奈達の通っていた讃州中である部活を拠点に活動していた。
「人のためになることを“勇”んで実施する“者”」の部活――すなわち勇者部。
校内外を問わず、様々な困りごとを抱えた人々から多種多様な依頼が持ち込まれ、その解決のために奔走する彼女達は讃州市のちょっとした名物だ。そして今回彼女達は、バスケ部からの助っ人依頼を受け、その実力を遺憾なく発揮。現在部室に戻る途上であった。
と――
「…………あ!」
先頭を行く友奈が、その行く手に見知った顔を見つけた。パタパタと駆け寄り、声をかける。
「ジュンイチさん!」
「よっ、友奈ちゃん。
銀に球子も……依頼の帰りか?」
声をかけられ、振り向いたのは柾木ジュンイチ。
勇者部唯一の男子であり……唯一の、異世界出身の勇者である。
元の世界での事故と偶然が重なって神世紀300年のこの世界に流れ着き、勇者部の面々と共にバーテックスとの戦いに身を投じていた彼もまた、神樹によってこの世界に勇者として召還され、ここでも神樹の勇者達と共に戦いながら、勇者部の活動にも参加していた。
ちなみに学年は高校一年。勇者達の中では最年長、唯一の高校生だが、こちらの世界に流れ着いてからはこちらで学校に入るでもなく、居候先の家事手伝い、兼勇者部の校外協力部員という立場に落ち着いている。
曰く、「仮にこの世界に骨をうずめることになっても、高卒資格ぐらい試験受ければ簡単に取れる」とのこと――その発言に若干名から嫉妬の視線で貫かれたりしたがそれはさておき。
「……そっか、バスケ部の部活が終わって、世間話しながらシャワー浴びてたらこのくらいの時間になるか」
「もう、ジュンイチさん、デリカシーないですよ」
ひとり勝手に納得するジュンイチを、友奈が軽く小突いてたしなめると、続いて声をかけてくるのは、まるで妹のように彼に懐いている銀だ。
「兄ちゃんは今日は家庭科部だっけ?」
「あぁ。
和食だったら美森ちゃん、洋食だったら風ちゃんの出番だったんだけどな」
「それ以外の、西暦時代の料理について教えてほしいって依頼だったもんなー。
万国津々浦々の料理となると、わーるどわいどでレパートリー最強のジュンイチの出番だよな」
銀や球子とジュンイチが話しながら、四人は勇者部の部室へと戻ってきた。
「たっだいまー。
友奈ちゃん達も戻ったぜー」
ジュンイチが先頭に立つ形で、部室への扉を開いて――
「あぁ、おかえりー」
四人を出迎えたのは勇者部部長、犬吠埼風だった。
ただし本人の姿はなく、声だけでの出迎えだ――部屋の真ん中を仕切る棚の向こう、窓側のスペースにいるようだ。
「無事依頼完了したzぅわ何じゃこりゃ!?」
そんな風の方に顔を出したジュンイチだったが、その報告の言葉は途中から驚きの声に変わった。何事かと友奈達がその後に続くと、
「あぁ、ジュンイチ。
友奈達も、お疲れさま」
「いやいや、風さん、『お疲れさま』よりも何よりも!」
「何なんだよ、このでっかいひな飾り!?」
労う風にツッコむのは銀と球子だ――そう。風と共にあったのは、窓際のスペースに大々的に飾られた大がかりなひな壇飾りだった。
「あぁ、これ?
大赦が持ってきて、飾ってくれたのよ――『ひな祭りを楽しんでくれ』って」
「そうなんですか?
こんなすごいひな人形を貸してくれるなんて!」
「日頃の労いってか!
大赦も粋なことしてくれるじゃないか!」
「ですね!」
風の説明を、友奈達はすっかり信じているようだが――
(……『労い』、ね……)
一方のジュンイチは、ひな壇を前に眉をひそめた。
球子や銀は知らない。
大赦が、四国を守る結界の外側の世界がすでに崩壊している事実を黙っていたことを。
大赦が、勇者システムに実装したパワーアップシステム“満開”の裏に、その代償として身体機能を強制的に供物とされてしまう裏機能“散華”が秘められていた事実を黙っていたことを。
その真実を知られた結果、大赦は当代勇者の暴発を招き、さらにその抑止力として保護下においていた先代勇者のひとり、乃木園子さえも離反。その果てに一度は人類終焉一歩手前という危機的状況に陥ったことを。
あの一件以来、少しは懲りたのか、大赦は勇者達に対し様々な情報を開示してくれたり、いろいろと便宜を図ってくれるようになった。
歩み寄りの姿勢を見せている、そう思うべきなのだろうが――
(『罪滅ぼし気取りの自己満足』か、『再懐柔』か……なんて思っちまうのは、オレがこいつらほど無垢じゃないからなんだろーな、きっと)
社会の裏側のアレコレと対峙し続けた経歴を持つジュンイチとしては、どうしてもいろいろと勘ぐってしまうワケで。
しかし、一方ではそれでもいいと思っていたりする――そういった裏側のドロドロしたアレコレは自分が引き受ければいい。友奈達は友奈達で、社会の表側で幸せになってくれればそれでいい。
「戻ったわよー、風……って何コレ!?」
「すごいな……ひな飾りか」
そんなことを考えていたジュンイチの背後で新たな声――三好夏凜と乃木若葉だ。
さらに他の、それぞれに依頼に出向いていた勇者達も続々と戻ってきた。誰もが学校の一室には不釣り合いなひな壇に驚き、風から説明されると大赦の計らいに感嘆の声を上げている。
「あー、そういえば、ひな祭りの歌ってあるじゃない?」
「あぁ、『明かりをつけましょぼんぼりに〜♪』ってヤツ?」
と、ふと思い出したかのように秋原雪花がつぶやいた。返す白鳥歌野にうなずいて、
「アレ、子供の頃にそーとーブッ飛んだ替え歌なかった?」
「あー、あったあった!
『明かりをつけましょ爆弾に〜♪』ってアレだよね!?」
「どこの世界でも、子供の考えることはそう変わらねぇな」
二人の話に加わるのは友奈にそっくりな西暦の勇者、高嶋友奈だ。そんな女子連中のやり取りに、『そーいやオレの世界でもあったなー』と思い出しながらジュンイチがコメントをもらして――
「え? アレって西暦の頃からあったんですか?」
「むしろ神世紀まで伝わってんのかい」
そんなやり取りに反応した鷲尾須美にもすかさずツッコむ。と――
「ところでさぁ……」
口を開いたのは、神樹の勇者達で言うところの精霊にあたるジュンイチの相棒、子ドラゴンの姿をしたブイリュウだった。
「こんな大きなの持ってきちゃって……ひな祭りの後の片づけとかどういう話になってるの?」
「あぁ。
入れ物は一通り置いていってもらってるから、片づけておいてくれれば後日取りに来てくれるって」
「……大丈夫? 片づけるヒマとかある?」
「大丈夫でしょ。当日は特に依頼とかも入ってないし」
「てっきり、当日は町内会とか行事が何かしらあると思ってたんだけどねぇ」
「よくよく考えてみれば、ひな祭りで行事って何をやったらいいかわかりませんよね……」
「お年寄りの皆さんはお孫さんと水入らずの方が嬉しいみたいですし……」
尋ねるブイリュウに風や夏凜が、そして東郷美森や風の妹、犬吠埼樹が口々に答える。
それを聞いた友奈が「そういえば去年もそういう依頼なかったような……」と一年前の自分を思い返すが、ブイリュウの不安はそれでも晴れていないようで、
「でもでも、バーテックスの襲来とかいろいろあるじゃないのさ。
いくら樹海化中は時間が止まるって言っても、戦いの疲れのある状態で片づけなんてできるの? それで片づけが遅れたらどうするのさ?」
「ブイブイ?
さっきからどうしちゃったのー?」
「なんだかずいぶんと心配そうね?」
「いや、そりゃそうでしょ」
首をかしげる乃木園子(小学生)や郡千景にも、ブイリュウは相変わらずの調子でそう返した。返して――告げる。
「だって、ひな飾りって、片づけるのが遅くなったら――」
「嫁き遅れるんでしょ?」
『………………』
瞬間、空気が静止した――ジュンイチが「ぴしりっ」と何かが凍りつくような幻聴を聞いたほどに瞬間的に。
「え、えっと……ブイリュウ?
それって……どういうこと?」
「え? 知らないの?
ひょっとして神世紀まで伝わってないの? ひな祭りの歌のあんなぶっ飛んだ替え歌はちゃんと伝わってたのに!?」
「そこはツッコまないで差し上げろ」
代表して尋ねる風に返したブイリュウの言葉に、ジュンイチが「たまたまコイツらが知らなかっただけって可能性もあるんだから」とツッコんだ――その拍子に一同から注目を浴びたので、ブイリュウに代わって説明することにした。
「元々、ひな祭りってのは、女の子の健やかな成長と幸せを願って行われるものだ。桃の節句と同一視されることも多いけど、本来は五節句のひとつ、上巳の節句にひな祭りの方が便乗してきた形で……っと、ここは別に関係ないか。
とにかく、女の子の幸せを願う行事である……ってところからすでに想像はついてるだろうけど、雛人形ってのは結婚式を模したものが発祥と言われる。
さて。その“結婚式を模したもの”を、“片づけるのが遅くなる”――この意味、もうわかるよな?」
「“結婚式”を“片づける”のが遅くなる……
……まさか……『結婚するのが遅くなる』……?」
恐る恐る尋ねる藤森水都に対し、ジュンイチは――
「Exactry! 正解でございますっ!」
いわゆる“ジョジョ立ち”と共に肯定した――無慈悲なまでに、ハッキリと。
「だ、ダメです、そんなの!
若葉ちゃんにはちゃんと結婚して幸せになってもらわないと!
旬が過ぎて瑞々しさのなくなった若葉ちゃんの花嫁姿の写真なんて撮り甲斐がないにもほどがあります!」
「……別にひなたの写真のために結婚するワケじゃないぞ。
あと『旬』とか『瑞々しさ』とか、人を野菜みたいに言うな。絶対反応する人がいるんだから」
判明した衝撃の事実にあわてる上里ひなたに若葉が冷静にツッコむ――時すでに遅く、農業が大好きな歌野がひなたの農業ワードにしっかり反応しているのを極力意識の外に締め出しながら。
「じゃあじゃあ、早めに片づけちゃえばいいんじゃないのかなー?」
「その場合は早婚を暗示して、それはそれで縁起が悪いとされてるな。
できちゃった婚とかしたいなら止めないが」
園子(中学生)の提案もまた、ジュンイチによって一刀両断。
「つまり……」
「あぁ。
こうしてひな飾りが飾られてしまった以上、(ゲン担ぎ的な意味で)自分達の安定した将来の結婚を守るためには、当日夜にがんばって片づけるしかない」
古波蔵棗に対してもうなずき、ジュンイチの話は結論へと至る。
「そんな時、ブイリュウが指摘した通りバーテックスが現れて、その対処によって片づけに使われるはずの体力をごっそり持っていかれでもしたら……」
そして、ジュンイチはこの後起きるであろうことを予測して耳を塞いで――
『……いやぁぁぁぁぁっ!』
“(女の子的な意味で)最悪の未来”を幻視した一同の悲鳴が、部室を震わせた。
◇
それから数日が過ぎ、ついに迎えた三月三日――
「オレも、実家が割と女所帯だから、毎年ひな祭りはやってたけどさ……」
そう口を開くと、ジュンイチは部室を軽く見回し、
「……こんなギスギスしたひな祭り当日は初めて見るわ」
「元凶のひとりがどの口でそのセリフを吐いてるんですか……」
先日の会話の衝撃から割と早めに復活していた雪花からツッコまれた。
「お前は気にしてないのか?
他の連中は未だにあの有様なのに」
雪花に尋ねながら、ソワソワしっぱなしの一同へと視線を戻す――いつ樹海化警報が鳴り響くかと戦々恐々で、もはや警報のアラームどころか普通の着信にすらビクリと反応する始末。当然ひな祭りだからと馬鹿騒ぎするような精神的余裕などあるはずもない。
他の面々がこんな有様なのに、気にはしているようだが他の面々ほどではない雪花の態度が気になっての問いかけであったが、対する雪花は肩をすくめて、
「まぁ、私はその辺、軽くあきらめ気味ですんで。
だってほら、私らは勇者なんてやってますからねー」
「…………っ」
雪花の発言の意味を察し、ジュンイチは眉をひそめた。
「バーテックスとの戦いで、いつ命を落としてもおかしくないような暮らししてますからねー、私達。
そんな身の上じゃ、結婚したところで戦死して未来の旦那を悲しませるだけだし、巻き込まれることを考えたらそうそう言い寄ってきてくれる相手もいないでしょうし。
そう考えたら、結婚の早い遅いどころか、そもそも結婚できるのかどうかの段階からアウトってことになりません?」
「んー…………」
雪花の言い分は概ね予想通りだった。ジュンイチは腕組みした状態でしばし考え、
「……オレは、そうは思わないな」
「…………へぇ?」
ジュンイチの言葉に、雪花の目が興味深げに細められた。
「つまり、にーさんはもっと“そーゆーこと”に積極的でもかまわないって?」
「まぁな」
雪花に答えて、ジュンイチは肩をすくめた。
「お前らは確かに勇者だ。
でも、勇者である前に人間だ。勇者の力を持ってるだけのただの人間なんだ。
だから、人間として当然の権利はあるし、放棄する必要もない。
勇者としての“御役目”は確かに大事だし、優先されるべきものだけど、その合間ぐらいは、人として幸せであってもいい――オレはそう思う」
「……ただの人間、か……」
ジュンイチの言葉に、雪花はつぶやき、目を伏せた。
「勇者になって以来、そう言ってくれたの、にーさんが初めてかも」
「だろうな。
今まで断片的に聞いただけでも、お前の時代の道産子さん達のお前さんへの頼りっぷりは相当だったみたいだし」
雪花の言葉に、ジュンイチは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さっきみたいな話をするぐらいだし、やっぱにーさんはそーゆーの不満なんだ」
「当時の北海道に怒鳴り込ませてくれないか、神樹様にお願いしたぐらいにはね」
「……いろんな意味でトンデモナイことになりそうだから、できたとしてもやらないでくだs……って、『した』? 『したい』じゃなくて?」
「大赦本部に乗り込んで、オレらの権限で入れる一番深いところの社にその件で参拝してきた」
「ぅわ、もうチャレンジ済みだったよこの人」
近所の神社にお参りどころか大赦本部にまで乗り込んだのかこの人――しれっとすごいことを言ってのけたジュンイチに、雪花は思わずドン引きである。
「とーぜんだ。
神樹様や土地神様達に選ばれた勇者でもないオレが、どーしてお前らと一緒になって戦ってると思ってんだ?」
だがジュンイチはそんなことは気にしない。そう続けると自身タップリに胸を張り、
「オレは、お前らを守りたいから戦ってんだ。
お前らのことは気に入ってるからな――だから傷ついてほしくないし、笑っていてほしい。当然幸せにもなってほしい。
それを阻む者がいるなら、バーテックスも神様も人間もない。一切の例外なく、全戦力をもって叩きつぶす」
「……そうでしたね。
にーさんはそーゆーのキッパリ言い切るどころか実際やっちゃう人でしたよね」
つい今さっき、大赦の、自身が入れるギリギリのところまで乗り込んでいったという話を聞いたばかりだ。
私用ですらこれなのだ。正真正銘敵に回したが最後、バーテックスや天の神ならまだしも、大赦程度であれば本部が灰燼に帰すことは想像に難くない。
「とりあえず、にーさんがいわゆる“絶対に怒らせちゃいけない人”だってのはよくわかりました」
「何を今さら」
自分でも割と失礼なことを言ったかもしれないと思ったが、相手はそんなことを気にする人間ではなかった。むしろ即答で同意してくるジュンイチに、雪花は軽く肩をすくめた。
「まぁ、その辺の話は(これ以上掘り下げるとヤバい気がするので)これで決着として……これ、どうしましょう?」
「どうしましょうって……」
「相方が変なこと言い出したのが発端なんですから、何とかしてくださいよ」
「連帯責任ってか? そういう考え方は好きじゃねぇな。要は体のいい人質の言い訳じゃん。
それに、実際問題、どうにかしようにも……」
雪花に返して、ジュンイチが見るのは真っ白に萌え尽きた……もとい、燃え尽きた相方・ブイリュウの姿だ。
スマホのアラームをしきりに気にしている一同を前に、うっかり口をすべらしたのだ。曰く――
『ひょっとして、バーテックスのせいで片づけ遅れて嫁き遅れないか心配してる?』
瞬間、その場のほぼ全員から殺意すらこもった視線でにらまれたのは言うまでもない――そのプレッシャーに憔悴しきった果てが、目の前のこの有様だ。下手につつけば自分達とて(精神的な)死につながる。
「もうこうなったら、バーテックスが出ることなく今日という日が終わってくれることを祈るしかないんじゃないのか?」
「そううまくいきますかね?
そういう時ほど出るっていうのはもう半ばお約束みたいなものでs
――♪〜〜♪♪〜〜
雪花の言葉が終わるよりも早く、鳴り響くアラームは――
「……これ、私達のせいですかね?」
「違うと思いたいけど……うん。絶対後で理不尽に怒られるねオレ達」
今一番鳴ってほしくない、樹海化警報のそれであった。
◇
「現状、敵影なし……」
「敵はまだ、解放地域に足を踏み入れたばかりということでしょうか……」
(振り向かない。絶対振り向かない……っ)
後ろで静かに話す美森と伊予島杏の会話に、ジュンイチは懸命に自らの心に言い聞かせる。
理由は簡単。会話するその声に、すさまじくドスが利いているからだ。
その原因が、まさに全員が心配していた通りに現れてくれたバーテックスに対する怒りにあることは明白で――
「ねーねー、みんな何怒ってるの?
バーテックス出てきちゃったけど、さっさと片づけちゃえばいいだけの話でしょ?」
『その後ひな飾り片づける体力残るか心配してたのは誰だぁぁぁぁぁっ!?』
そして、その地雷を容赦なく踏み抜くのは先程ひどい目にあったばかりだというのにまったくこりていないブイリュウだ。案の定キレた短気な面々から折檻されているが、とりあえずいつものことなので放っておく。
「いやー、しかしみんな、ガッツリとバーサークしちゃってますねー」
「普段なら、怒りに任せて突出した子達が各個撃破される流れを心配するところなんだけどなー……」
そんな中で冷静でいてくれる雪花の存在が今はありがたい。返しながらジュンイチが見つめる一同は、そんな心配など根こそぎ吹っ飛ぶ勢いでブチキレているワケで。
「今はむしろバーテックスに同情するよ。
アイツらもまたえらいタイミングでケンカ売ってきたもんだわな。今からどんな目にあわされるか……」
「心配いらないみたいですし……とりあえず、私らはみんなが怒り任せの大雑把な狙いで打ちもらした連中の掃除に徹しますか」
「了解」
雪花の提案に同意しつつ、ジュンイチは改めて一同を見回す。
正直、ここまでキレるとは予想外だった面々がいるのがちょっと気になったからだ。
「しっかし、友奈ちゃんとか高奈とか、正直キレるとは思わなかったなー。
あの二人のことだから、『みんなならかわいいから大丈夫だよ!』とか言って励ます側だと思ってたのにな」
「むしろみんなの輪の中でえいえいおーと気合を入れてますよね。完全に殺っちゃう側ですよアレ」
ジュンイチのつぶやきに同意する雪花――だったが、彼女の話には続きがあった。「でも……」と続けてジュンイチを見返した。
「それってつまり、彼女達にも結婚願望があったってことですよね?
それも、あぁなっちゃうぐらい強いのが」
「なるほど。
……好きな子でもいるのかね?」
「……にーさんがそれ言いますか」
「what's?」
「……いや、いいですけどね。
そろそろ敵も来ますし、行きましょうか」
心底不思議そうに首をかしげるジュンイチに、雪花はため息まじりに話を切り上げた。
◇
「女子力、全開ぃっ!」
咆哮と共に、大剣が渾身の力で振り抜かれる――風の一撃が、周囲に集まってきた星屑達をまとめて薙ぎ払い、
「すっごいのいくよーっ!」
「ピッカーンと閃いたっ!」
別の一角では園子の槍が荒れ狂う――過去から召還された小学生時代の自分とのコンビネーションが星屑を次々に細切れに変えていく。
「勇者パーンチ!」
「勇者キーック!」
ダブル友奈もだ。大技のラッシュで、星屑の集団を一気にブチ抜いていく。
「敵全体に仕掛けます!」
「タマに任せたまえ!」
杏と球子の仲良し遠距離コンビが星屑に一斉射撃を叩き込めば、
「国防奥義!」
「国を乱す反逆者め!」
生き残った個体群には須美と美森の第二射が降り注ぐ。遠距離組四人による、一分の生存の可能性も許さない極悪コンボである。
「肥料になるのが、あなた達のデスティニー!」
「絶対に抜かせんっ!」
スキルの似通った者同士で組んでいる面々もいれば、短所を補い合ってる組もいる。歌野のムチが荒れ狂えば、若葉がそれをかいくぐって歌野を狙う個体を叩き斬る――
「……予想しちゃいたが、またものすごい勢いだな……」
「もう殲滅通り越して虐殺の域じゃないですか、これ?」
そんな光景を、ジュンイチや雪花は一歩下がったところで眺めている――雪花達が勇者装束に身を包んでいるように、ジュンイチもアニメのヒーローを思わせるプロテクター、“装重甲”を装着済みだ。
冷静な自分達は熱くなった面々のフォローに回ろうと後ろに下がっていたのだが、今のところまったく出番がない。
むしろレーダーの赤い範囲がすさまじい勢いで削られていっている。まさかこれほどとは――
「こりゃ、私達は楽して終われそうですかね?」
自身の武器である槍で肩をトントンと叩きながら雪花が言うが、
「…………せっちゃんさんや」
そんな彼女に答えることなく、ジュンイチは逆に彼女に声をかけてきた。
「全体のフォロー任せた」
「え? あ、ちょっと!?」
いきなりの頼みに思考が追いつかない。しかしジュンイチはそんな雪花にかまわず、背中の翼、飛行ユニットを兼ねたマルチツール“ゴッドウィング”を広げて飛び立っていった――ここに至って、雪花も気づく。
「……にーさんの気配探知に、反応した……!?」
ジュンイチは、某七つの龍の球のバトル漫画のように相手の生命の力そのものを感知し、位置を探る技術を身につけている。
そのジュンイチだけが何かを捉えたということは、自分達の視界の外、水面下で何らかの動きがあるということで――
「――――まさか!?」
心当たりは――あった。
◇
敵の主だった集団は片づけた。大型の姿もなく、今回は敵も本腰ではなくただの小規模襲撃であろうと判断した勇者部の一同は、散開して残存の敵掃討に移っていた。
「――そこっ!」
美森もまた、組んでいた他の遠距離組と別れて各個撃破に動いていた。寝姿の狙撃姿勢で、射程に入った星屑を遠距離から狙撃する。
散華で失われた足の機能が回復し、他のみんなと遜色ない機動性を得たといっても、慣れ親しんだ戦い方はそう変わるものではない。武器が弓だったこともあってまだ動けた昔と違って、今の自分はやはりこちらの方が性に合っていると内心苦笑するが、
(……ううん、そんなことを考えるのは後。
今は少しでも早く敵を殲滅する……そして、ひな飾りを早急に片づける!)
そう。今は何よりもひな飾りの片づけが先決だ。無事にひな飾りを片づけ、みんなが嫁き遅れるようなことは何としても避けなければならない。
いや――正しくは、美森にとっては『みんな』ではない。
確かにみんなも大事だが、その中でも特に――
(友奈ちゃんを、嫁き遅れさせたりなんかしないっ!)
ここにツッコミ要員組がいたら『自分はいいんかい』などとツッコんでくれただろうが、残念ながらこの場にはいない。
そしてまた、美森の狙撃が星屑の一体を撃ち抜いて――
「みーつけた」
「――――――っ!?」
突然かけられたのは友奈の声――ではない。
そっくりだが、別人の声――その正体を悟って、美森の背筋が凍りついた。
横に視線を向ければ、こちらに飛び込んでくる赤い装束と桃色の髪が見えて――
「コッチモナー」
ノリの軽い一言と同時、その一言にはまるで似つかわしくない重く、鈍く、強烈な衝撃音が響いた。
同時、視界から“紅”が消える。相手が蹴り飛ばされたのだと美森が理解する前に、蹴りの主であるジュンイチが降り立った。
「……やれやれ。
やっぱり、不意討ちはうまくいかないねぇ」
「そりゃ、狙いが二番煎じとくればな。
あと、命そのものの気配を探知できるオレから、たかが身を隠した程度で隠れられると思わないこった」
地面に激突し、舞い上がる粉塵の中からの声に、ジュンイチが答える。吹き抜ける風が粉塵を流してくれる中、姿を現したのは――
「赤嶺、友奈……っ!」
その名が美森の口からもれる――そう。彼女だ。
戦いの舞台が香川から愛媛に広がった頃から現れ始めた、過去の勇者。
自分達の側ではなく、造反神の側について戦う勇者。
自分のよく知る結城友奈、過去からやってきた高嶋友奈に続く、三人目の“友奈”。
そんな彼女に対し、ジュンイチは――
「よっ、赤奈」
「……『赤奈』?」
しれっとあいさつしてくれた――が、赤嶺友奈はそれよりも彼が呼んだ名に反応した。眉をひそめ、首をかしげる。
「ん? お気に召さなかったか?
こっちで“友奈”が二人に増えた頃、少し呼び方がややこしくてな。それで高嶋さんの方を高嶋の“高”と友奈の“奈”で『高奈』ってあだ名を名づけたんだ。
それにあやかってつけたんだけど……」
「別にいいよ」
説明するジュンイチに対し、赤嶺友奈――彼に倣って呼ぶなら“赤奈”はあっさりとそう答えた。
「これから戦う間柄だもの。呼び方なんてキミの自由でかまわないでしょ?」
「うん、わかった、『赤ぴょん』」
「誰がそこまでのアクセルを許したのかな!?」
しかしジュンイチの方が(notシリアスな意味で)一枚上手であった。
「んー? どうしたのかなー?
名前の呼び方なんてオレの自由でいいんでしょー?」
「……落ち着けー。キレたら負けだよ私ー」
(あぁ、また始まった……)
いけしゃーしゃーと言ってのけるジュンイチに、赤奈が自らに言い聞かせているのを前に、美森は内心で彼女に同情した。
言うまでもなく、ジュンイチのあの言動は挑発だ。相手の心を乱し、ペースを崩し、自らのペースに巻き込むことで戦いを有利に持ち込む、彼の対人戦における常套手段。
その意図があからさまというのもその一環だ。意図を隠しもしないその態度が、『自分をなめているのかと』ますます相手を怒らせる。
挙句の果てにその手段がボケ倒しときた。本人が生粋のシリアスクラッシャーということも相まって、その相乗効果は計り知れない。
実際、赤奈はその意図がわかっていても一度はキレてしまったようだ。今まさに懸命に自らを落ち着かせようとしているのがその証拠だ。
「相変わらず、キミと話してると調子が狂うね」
「狂わせるためにやってんだ。むしろ狂ってくれなきゃ困る」
頭をかきながらの赤奈の言葉に、ジュンイチはあっさりとそう答えて――
「そっか。
それじゃあ、これ以上狂わされてもこっちが困るから……」
「黙ってくれる?」
「イヤじゃボケ」
会話から一転、一瞬の交錯。
一足飛びに飛び込んだ赤奈の拳は、とうに予測済みだったジュンイチによってあっさりと払われた。ぺしんっ、と勢いからは似つかわしくない気の抜けるような音と共に、受け流された勢いのままに赤奈が思わずたたらを踏む。
だが、赤奈もやられっぱなしではない。振り向きざまに繰り出した拳はガードされたものの、その勢いに耐えるために踏んばったジュンイチの動きが止まる――さらに身をひるがえし、叩き込んだ蹴りがジュンイチを吹っ飛ばす!
上方の木の根に叩き込まれたジュンイチ目がけて、追撃をかけるべく赤奈は力強く跳躍して――
手榴弾の群れの中に飛び込んでいた。
「っきゃあぁぁぁぁぁっ!?」
吹っ飛んだ過程でジュンイチが抜け目なくばらまいていたのだ。悲鳴と爆音が響き渡り、爆煙に包まれた赤奈が地上に落下する一方で、ジュンイチは叩き込まれた木の根から身を引き抜くと眼下の足場へと降り立った。
「ずいぶん可愛い悲鳴上げるじゃないのさ。そーゆーところは別人でもやっぱり“友奈”ちゃんだな」
パンパンと埃を払いながら、ジュンイチは不敵な笑みと共にそう告げて、
「けど……さっさと立ち上がったらどうだ?
今のはたかが普通の手榴弾だぜ。勇者システムの対物防御力ならヘのカッパだってのは知ってんだよ」
「そういう問題じゃ、ないと思うな」
ジュンイチに答え、案の定無傷の赤奈が姿を現す――なおちょっぴり涙目だが無理もあるまい。
「傷はつかなくも心はぜんぜん大丈夫じゃないよ!
目の前で雨アラレと爆発の嵐が巻き起こる光景の怖さがキミにわかるっていうの!?」
「当たり前だ。
わかるから精神攻撃としてぶちかましたんだからな」
「確信犯!?」
あっさりと言ってのけるジュンイチに、赤奈が思わず声を上げる――その一方で「あぁ、このリアクション、やっぱり彼女も“友奈”なのねー」……とどこか現実逃避気味なのは美森だ。
普段の物腰はどこか小悪魔的で、今までの二人の“友奈”の、天真爛漫で前向きな在り方とは大きく異なるが、こうしたジュンイチのいろいろとブッ飛んだアレコレにツッコむ、どこかオーバーリアクション気味なところなどはそっくりだ。
「たまには、少しぐらいマジメに戦ってくれてもいいと思うけど?」
「むしろ、いつも以上に『こんなんやってられるか』状態なんだよ、こっちわな」
美森にそんな感想を抱かれていることなど露知らず、ボヤく赤奈にジュンイチが答える。
「今日のところは見逃してやるからさっさと帰れよ、もう。
こちとらさっさと疲れず、体力残して終わりたいんだよ」
「へぇ、この後何か予定でもあるの?」
「ひな飾りの片づけがな」
「………………は?」
おそらく赤奈は軽口の叩き返し、ぐらいにしか考えていなかっただろう――それだけにジュンイチのその答えに思わず眉をひそめた。
「何かと思えば、急いでる理由ってそれ?
そんなの、別に明日でもいいじゃない……この場から無事に帰れれば、の話だけd
「え? 何? お前も知らないの?
ひな飾りの片づけが遅れるのって、嫁き遅れを暗示して縁起が悪いって言うだろ?」
――ぴたりっ。
停止した。
ジュンイチの言葉と同時、赤奈が、まるでビデオの一時停止ボタンでも押したかのように。
何事かとジュンイチが、美森が首をかしげる中、おもむろに息をつき、
「……し、しかたないなー。
今日は私も本調子じゃないしー、お互い戦いたくないってところで利害は一致してるよねー。
仕方がないから、今日のところは引き分けってことにしといてあげるよ……あぁ、呼び出しちゃったバーテックスはどうしようもないから、そっちで片づけちゃってね。
――じゃっ!」
棒読み、且つ語るほどに早口になっていく口調。最後の「じゃ」に至っては声を発し終わるのも待てずにきびすを返し、跳び去っていくあわてっぷり。
ジュンイチの話を聞いたとたんのあの態度の変わりよう。まさか――
「……アイツも、家にひな飾り飾ってたのかね?」
「さ、さぁ……
この世界に呼ばれた以上、彼女もどこかに生活拠点があるんだとは思いますけど……」
苦笑まじりに美森がジュンイチに答える――敵ながら「女の子だなー」とちょっとだけほっこりしたのは秘密だ。
「とにかく、赤嶺友奈は引き上げました。
後は残敵の掃討ですね」
「だな」
気を取り直して状況をおさらいする美森にジュンイチが答えて――その瞬間、地面が揺れた。
◇
「とんでもないのが最後に残っていやがった……っ!」
「レクイエム……しかもバッサか……っ!」
うめく球子や若葉の前には、文字通り天を突かんばかりの山の如き巨体。
レクイエムのさらに上位個体、レクイエム・バッサ。しかも通常よりもさらに巨大な特異個体である。
今まで幾多の戦いを経て実力をつけてきた今の勇者達であれば撃破できない相手ではないが――
「あれだけ巨大だと、短期決戦というワケにはいかないな……」
「オーマイガッ!?
ただでさえここまで全速力できて疲れてきてるのに、この上こんなめんどくさいヤツが!?」
そう。問題はその巨大故に撃破に手間取ること、すなわちその分体力の消耗を強いられるということ――つぶやく棗の言葉に、歌野は思わず頭を抱えた。
「こんなの相手してたら、ひな壇を片づける体力が残るかどうか、微妙なところね……っ!」
「いやーっ! 片づけが遅れるーっ! 嫁き遅れるーっ!
樹が嫁き遅れるなんてイヤーっ!」
「アンタはまず自分の心配しなさいよっ!」
うめく千景のとなりで風が絶叫する――美森の時と違い、こちらはちゃんと夏凜がツッコんでくれた。
「あららー、ここにきてレクイエムかよ」
そんな大混乱の一方、赤奈の相手をしていたジュンイチや美森もようやく状況が見える位置まで戻ってきた。降臨したレクイエム・バッサと頭を抱える仲間達の姿に、ジュンイチもまた「面倒なのが出てきた」とため息をもらす。
「大変!
友奈ちゃん、今行くから!」
強敵相手では友奈もさぞ苦戦しているに違いない、と、美森はあわててみんなのもとへと向かう――その一方で、ジュンイチは動かない。しばし頭をかきながら美森を見送ると、傍らに向けて声をかけた。
「ブイリュウ」
「ほいほーい」
返事はすぐに――近くの茂みの中から、ヒョコッとブイリュウが顔を出してくる。
「何ナニ? もう“出し”ちゃうの?
いつもならもっと出し惜しみするのに」
「ホントは今回もそーしたいところだけどさ」
実のところを言うと、ジュンイチにはこの状況ですらひっくり返せる切り札がある。
だが、思うところがあって安易には使わないようにしている上、今まで何度かその切り札を切ってきたのが自分であることを仲間達にも明かしていない。
すべては勇者として後輩にあたる勇者部の仲間達のため。彼女達だけでどうにかなるようならどうにかしてもらう、彼女達自身の経験のため。
そして、安易にその切り札を切ることで、彼女達がその力に頼りきりになってしまわないようにするために。
単純に年上というだけではない。勇者としても先輩にあたる身として、後進の育成にも心を砕くが故に、ジュンイチは本当に彼女達の力だけではどうしようもない状況にならない限りは切り札は切らない。切ってもその使い手が自分であることは明かさないというウルトラマン的な運用でいくと決めていた。
それを曲げて、まだレクイエム相手には開戦したばかりのこの段階で投入しようというのだ。ブイリュウが訝るのも無理はあるまい。
だが、ジュンイチとしてもその判断は彼なりの考えがあってのことで――
「でも、今回の一件、みんながバーサークしちまった原因はオレらにあるワケだし、ちょっとは面倒なところを引き受けてやらんと筋が通らんだろ」
「んー、まぁ、確かに」
「そーゆーワケだ。
じゃ、さっさとゲート開けた開けた」
「ほーい」
ジュンイチに言われ、ブイリュウは改めて茂みの中から出てくるとコホンと咳払いし、
「んじゃ、いくよーっ。
オープン、ザ、ゲート!」
その言葉に伴い、ブイリュウの頭上の空間が歪む――そして口を開けるのは、目の前のレクイエムですらあっさりくぐり抜けられそうな空間の“穴”。
“穴”――ブレイカーゲートの展開を確認し、ジュンイチは叫ぶ――自らの持つ、最“大”の切り札の名を。
すなわち――
「ゴッド、ドラゴォォォォォンッ!」
その叫びに伴い、ブレイカーゲートが活性化。“穴”を構築している精霊力が炎となって燃え上がる中、その向こうから姿を現すのは青き鋼の龍神。
二足歩行の西洋風ドラゴン、それも格闘戦を想定した非常にマッシブな体格のそれをモチーフにした、自我を持つドラゴン型機動兵器――ブレイカービースト、ゴッドドラゴン。
樹海の空に降臨した神の名を冠する鋼の竜は樹海の木々の真上スレスレを低空飛行、駆け抜けざまにジュンイチとブイリュウを拾うとレクイエムと対峙する。
「よっしゃ。
そんじゃ、みんなの嫁き遅れ回避のためにがんばりますかっ!」
◇
「エヴォリューション、ブレイク!
ゴッド、ブレイカー!」
高らかに叫んだジュンイチの宣言を受け、ゴッドドラゴンが翼を広げて急上昇。上空で変形を開始する。
まず、両足がまっすぐに正され、つま先の二本の爪が真ん中のアームに導かれる形で分離。アームはスネの中ほどを視点にヒザ側へと倒れ、自然と爪もヒザへと移動。そのままヒザに固定されてニーガードとなる。
続いて、上腕部をガードするように倒れていた肩のパーツが跳ね上がり水平よりも少し上で固定され、内部にたたまれていた爪状の飾りが展開されて新たな姿の肩アーマーとなる。
両手の爪がヒジの方へとたたまれると、続いて腕の中から拳が飛び出し、力強く握りしめる。
頭部が分離すると胸に合体し直し胸アーマーになり、首部分は背中側へと倒れ、姿勢制御用のスタビライザーとなる。
分離した尾が腰の後ろにマウントされ、ボディ内からロボットの頭部がせり出してくると、人のそれをかたどった口がフェイスカバーで覆われる。
最後に額のアンテナホーンが展開、その中央のくぼみにはまるように奥からせり出してくるのは、力の源、精霊力増幅・制御サーキット“Bブレイン”。
「ゴッド、ユナイト!」
変形が完了し、叫ぶジュンイチの声に伴い、彼の身体が粒子へと変わり、機体と融合。ジュンイチ自身が機体そのものとなる。
システムが起動し、カメラアイと額のBブレインが点灯。ジュンイチが改めて名乗りを上げる。
ゴッドドラゴンとひとつになった、新しいジュンイチの姿。すなわち――
「龍神、合身! ゴォォォッド! ブレイカァァァァァッ!」
◇
――ズンッ!と地響きと共に大地が揺れる――合身を完了し、ゴッドブレイカーがゆっくりと樹海に着地する。
「ゴッドブレイカー!」
「来てくれたのね!?
よぅし、これで百人力よ!」
その威容を見上げ、声を上げるのは美森と風で――
「これで友奈ちゃんの!」
「樹のっ!」
『嫁き遅れ回避に一歩前進っ!』
「だからアンタらは自分の心配もしなさいよっ!」
やっぱり夏凜からツッコまれた。
そんな彼女達をよそに、レクイエムはゆっくりとゴッドブレイカーへと向き直った。
その正面に、光が収束していく――レクイエムの大技、ヘヴィーレイのかまえだ。
だが――
「悪いが、ここでお前相手に時間をかけるつもりはないんだよっ!」
正体を隠すために発声機能にボイスチェンジャーをはさみ、保志総一朗ボイスから檜山修之ボイスへと変声したジュンイチか言い放つ――と同時、ゴッドブレイカーの両肩前面の装甲が開いた。露出したエネルギー発生装置が作動し、エネルギーを放出する。
これ自体が敵の攻撃から身を守るバリアとなる。しかもそれだけではなくて――
「ゴッドォッ! プロテクト!」
ゴッドブレイカーの左手に仕込まれた制御装置を用いることで、単一方向に集束、より強力な防壁となる――ジュンイチの放ったゴッドプロテクトによって、ヘヴィーレイはあっさりと受け止められ、一塊の光球へとまとめ上げられる。
そして――
「ピッチャー第一球、投げたぁーっ!」
そのままこちらの攻撃として転用。投げつけた光球がレクイエムを直撃。凝縮され、威力の高まった一撃がレクイエムを大爆発で包み込む。
もちろん、この程度で倒せるほどレクイエムは甘い相手ではない。なので――
「続けてくらえっ!」
頭上高く掲げた右腕、その前腕部からあふれ出た攻性エネルギーが、右腕の周りで渦を巻く。
それはまるで、右腕を軸とした光のドリル。そんな右腕を、ジュンイチは大きく引いて――
「クラッシャー、ナックル!」
撃ち出した。右腕前腕部がロケットパンチの如く撃ち出され、光の螺旋をまとったままレクイエムへと飛翔する。
対し、レクイエムはヘヴィーレイで対抗――しかし、いかにヘヴィーレイでも溜めなしの抜き打ちではひとたまりもない。光の螺旋によってあっさりとかき分けられ、吹き散らされてしまう。
そして――クラッシャーナックルがレクイエムを直撃。その脳天をまともに打ち貫く!
「決まった!」
その光景に勝利を確信する球子だったが、
「いえ――まだです!」
杏が上げた声の通り、まだ終わってはいなかった――レクイエムは崩壊することもなくその場に滞空、その頭部が見る見るうちに修復されていく。
「再生している……!?」
「まさか、御魂がある!?」
うめく棗のとなりで、樹が声を上げる――そう、あの再生能力に、最新世代の勇者達には心当たりがあった。
俗に「完成形」「完全体」と呼ばれる超大型のバーテックスは、御魂と呼ばれるコアを体内に宿すことで無限の再生能力を獲得することができる。
とはいえ、御魂を持つ個体はいかにバーテックス側でもそう簡単には作り出せない。素体となる星屑をより多く取り込まなければならない上、その都合上生み出すにも時間がかかるからだ。
だから、超大型が頻繁に撃破されまくっているこの神樹の中の世界での戦いでは造反神側もそうそう繰り出しては来るまいと踏んでいたが、ぜんぜんそんなことはなかったようだ。
「くっ、あれでは、いかにゴッドブレイカーでもそう簡単には――」
“御魂持ち”とゴッドブレイカーの対峙は初めて見る。若葉が苦戦を予感するのも無理はないが――
「大丈夫!」
それでも、友奈達には、最新世代組には勝利を確信できるだけの根拠があった。友奈が言い切り、他の面々もその後に続く。
「ゴッドブレイカーは、“御魂持ち”相手でも負けたりしません!」
「アイツには、御魂を直接狙って、抉り出せる技がある!」
「先のクラッシャーナックル、あれはおそらく、その技の使用も視野に入れた布石……
撃破できればそれでよし。もし“御魂持ち”でも再生の間は動きが止まるから、その間に本命を、じっくり狙いを定めた上で放つことができる!」
樹、夏凜、美森の順に告げ、最後に代表する形で風が声を張り上げる。
「そういうこと!
やっちゃえ、ゴッドブレイカー!」
『デッド・アンド・バースだ!』
「おぅっ!」
風達の声はジュンイチにも聞こえていた。答えて、両手を左右に広げた独特のかまえを取る。
「デッドォッ! アンドォッ! バース!」
そして、咆哮と共に両手に集めるのは右手には攻撃の、左手には防御のエネルギー。
某勇者王の必殺技にそっくりだが、当然だ――元々は、同じように攻防を左右に振り分けた機体のシステム構成をいいことに、趣味丸出しで再現を試みていたネタ技だったのだから。
だが、撃破のためには御魂を抉り出す必要のある“御魂持ち”には非常に有効な技なのも事実だ。より高められ、バチバチとスパークを放ち始めている二つの、相反するエネルギーを重ね合わせ、反発作用でさらに強大なエネルギーを発生させる。
「DaBホールド!」
そのエネルギーの一部を拝借、放った拘束エネルギーがレクイエムへと襲いかかった。レクイエムの全身にまとわりつき、その動きを封じ込める。
そして――
「いっ、けぇぇぇっ!」
咆哮と共に、ジュンイチがレクイエムに向けて地を蹴った。背中の翼の推進システムの力も借りて一気に加速。レクイエムとの距離が瞬く間にゼロとなり――
「はぁぁぁぁっ! せいやぁっ!」
合わせた両手を、レクイエムの胴体へと諸手突きの要領で叩き込む!
瞬間、拳に宿るエネルギーが解放された。攻性エネルギーが打ち込んだ拳を中心にレクイエムの身体を内側からズタズタに引き裂き、防御のエネルギーはレクイエムのコア――御魂をしっかりと捕獲、ジュンイチの、ゴッドブレイカーの手の中に収まる。
「ち、ぎ……れろぉぉぉぉぉっ!」
まだ残っていた、筋繊維や御魂と身体をつなぐ“力”のラインを力任せに引きちぎる。勢い余って振り向く形になったジュンイチの背後で、レクイエムの残骸が樹海の大地に墜落し――
「Finish――completed.」
御魂をゴッドブレイカーの腕力で容赦なく握りつぶし、レクイエムの巨体は砂となって崩れ落ちていった。
◇
「あー……結局疲れたぁ……」
樹海化が解け、一同は讃州中の屋上へ――が、戦いの緊張が解けたとたんに疲労感がどっと押し寄せてきた。そんな身体に鞭打って、風は一同の先頭に立って勇者部の部室の前まで戻ってきた。
「うー……もう動きたくないよぉ」
「タマは働きたくないでござるー」
「お姉ちゃん、私なら大丈夫だから、片づけは明日にしようよぉ」
「そうはいかないわよ。
樹の幸せがかかってるんだもの。もう一踏ん張りよっ」
前衛の友奈やよく動く球子、元々スタミナには難のある樹などはすでに疲労がピークのようだが、風はあくまでも今日中に片づけるつもりのようだ。
樹に答えながら、部室の扉に手を開けて――しかし、風が開けるよりも早く、扉が勝手に――内側から、何者かの手によって開かれた。
そこにいたのは――
「……あぁ、帰ってきたのね」
「め、芽吹!?」
かつての勇者候補達で構成された大赦の壁外調査隊“防人”の隊長、楠芽吹であった。
とはいえ、神樹の中の世界に召還されている現状では壁外調査もへったくれもないワケで、防人としては開店休業状態。
元の世界に戻った時に備えた訓練に明け暮れている一方、夏凜や別ルートからのコネで時折勇者部の手伝いとして芽吹以下主要メンバーが派遣されてくるので、風達とも面識があるのだが――今回は別に彼女達を呼んだ覚えはない。
「なんでアンタが……?」
「………………?
あなたが私達を呼んだんじゃないんですか……?」
「って、『達』……?」
そんな彼女がどうして勇者部部室から出てくるのかも気になったが、複数形というのも気になった。と――
「まったく、どうしてわたくしがこのようなことを……」
「はいはい。文句言うよりさっさとやっちゃった方が早いよ、絶対。
あ、メブー、人形の片づけ終わったよー」
「ん……」
「装飾品の方も終わりました。
後は台座だけですね」
中から聞こえてくる声は芽吹の同僚、弥勒夕海子、加賀城雀、山伏しずく、最後に防人付の巫女・国土亜耶……いつも芽吹と共に派遣されているメンバーが勢ぞろいしているようだ。
というか、今の会話、まさか……
「アンタ達……ひょっとして、ひな飾り片づけてくれてたの?」
「だから、そっちがそういう用件で呼び出したんじゃないの?
私達、晴信さんからそう言われて来たんだけど」
尋ねる風に芽吹が夏凜の兄、三好晴信の名前を挙げて――
「あぁ、なんだ、もう来てたのか……」
芽吹に気づいて声をかけてくるのは、一番最後に戻ってきたジュンイチだ――戦いの時は元気だったのが今ではすっかりゲッソリしている。樹海化が解け、讃州中の屋上に転送された際に転送酔いを起こしたためだ。
「ジュンイチ……まさか、アンタが!?」
「いつの間に……」
「『いつの間に』も何も、お前らがひな祭りの真実を知って絶叫してから何日経ってると思ってんだ?
根回しする時間ぐらい、いくらでもあったわい」
事情を察した風や知らない間に兄を動かされていた夏凜のうめきに、ジュンイチは転送酔いの吐き気をこらえながらそう答える。
「じゃあ、最初から大丈夫だったってことですか!?」
「それならそうと教えてくれれば……」
「お前らに、自分で気づいてほしかったんだけどなー……」
高奈や杏に答え、ジュンイチは大きく息を吸って呼吸を整え、
「確かに、『今日中に片づけなきゃ縁起が悪い』とは言ったけどさ……」
「『絶対に“オレらが”片づけなきゃならない』なんて、一言も言った覚えはないぜ?」
『………………あ』
「よーするに、片づきゃいーんだよ。片づきゃな。
別に片づけるのがオレ達でなきゃならない理由はない。そして、頼めば動いてくれる人達がいる――なら、その人達にお願いすればいいだけの話だろう?」
ようやく気づいたらしい一同に「こーゆーところだけ妙に馬鹿正直なんだよなー」とジュンイチはため息まじりに語って――
「……あのー……」
と、声をかけてきたのは亜耶だった。
「ひょっとして……ひな飾りの片づけについて何かあるんですか?」
「ん?……あぁ、この時代まで伝わってないとすればお前らも知らんか。
ひな飾りの片づけが遅れるのは、嫁き遅れを暗示していて縁起が悪いとされ……て……」
亜耶に説明するジュンイチの言葉は尻すぼみに消えていく。
なぜなら――ジュンイチのその説明に、防人組が顔を真っ青にして固まったからだ。
この流れは――
「………………おい、ちょっと待ったのしばし待てい。
まさか、お前らも……」
うめくように尋ねるジュンイチに対し、答えたのは芽吹で――
「………………ゴールドタワーにも、飾ってあります……」
「みんなで飾りを持ち寄って作った、大きなヤツが……」
結局。
全員が全員、疲れきった身体に鞭打ってゴールドタワーに急行。なんとか三月三日中に片づけが間に合ったそうな。
そして。
戦闘中に片づけのために早退した赤奈もなんとか無事片づけが間に合ったのだが、勇者部がその事実を知るのは、もっと先の話である――
(初版:2018/03/12)