第1話
「その名はカブト」
「えっと……確認するわよ」
“使い魔召喚”を終えたその晩、ルイズは自室で才人の話を再確認していた。
「あんたは、地球って世界の、日本って国の、東京って街にいたのね?」
「あぁ、そうだよ」
ルイズの言葉に才人はうなずき――
「信じられない!」
「それはこっちのセリフだ!」
声を上げたルイズに、才人は全力で言い返す。
が――ここで声を上げてどうにかなるなら、とうの昔にどうにかなっている。まだ言いたいことはあるものの、才人は確認を続けることにした。
「で、ここは、ハルケギニアって大陸のトリステイン王国、トリステイン魔法学院……
お前がオレの話を信じられないみたいに、オレも信じられないね」
「けど、現実よ」
「それはさっきの一撃で思い知った」
ルイズに答え、才人は先のやりとりを思い出した。
契約の際、その手段として自分にキスしたことに対し、抗議した才人を、ルイズは顔を真っ赤にして殴り倒したのだ。
一撃で意識を刈り取る、申し分のない拳だった。世が世なら世界を狙えそうだ。
「で……話を戻すけど、本当にオレを元の世界に戻す方法はわからないのか?」
「残念ながらね。
そもそも“サモン・サーヴァント”は、この世界にいる、術者に最もふさわしい存在を呼び出すための魔法なのよ。
けど、あんたの話が本当だと仮定すると、わたしの“サモン・サーヴァント”は別の世界に影響を及ぼしちゃったことになる――
つまりは完全な失敗。どう魔法が作用したのかわからない以上、また“つなげる”のは事実上不可能よ。
そもそも“サモン・サーヴァント”自体、呼び寄せるだけの魔法だもの。送り返す魔法なんて、今のところ存在しないわね。
まぁ、もっとも――それ以前に、わたしの使い魔として契約した以上、『はい、そうですか』って帰すワケにもいかないんだけど」
「なんで?」
「使い魔は、メイジひとりにつき1体だけ。一度契約しちゃうと、その使い魔が死ぬまで“サモン・サーヴァント”は使えないわ。
つまりわたしの場合、アンタが死なない限り改めて“サモン・サーヴァント”を行うことはできないってコトよ」
「そんなものをひとりの人間相手にホイホイ使ったのかよ!?」
「仕方ないでしょ!?」
声を上げる才人に、ルイズは答えた。
「“春の使い魔召喚”はメイジの属性を見極めて、進路を決定する大切な儀式なの。
だから、あらゆる事情に対して優先されちゃう――あの場じゃあんたはもちろん、わたしにも選択権なんてなかったの」
「また厄介な……」
ルイズの言葉に、才人は自分の左手の甲へと視線を落とした。
そこには、契約の際に刻まれた文字の羅列――ファンタジー漫画で見たことがある。ルーン文字というヤツだ。
「あ、それ?
わたしの使い魔です、っていう証明みたいなものね」
ため息をつき、ルイズはそう言って立ち上がり、
「さて……もう遅いし、たくさんしゃべったら眠くなっちゃった」
「まー、確かにオレもどっと疲れた……」
もう眠ろうとでもいうのか、ベッドに向かうルイズの言葉に相槌を打つと、サイトは周りをキョロキョロと見回した。
「……どうしたのよ?」
「どこで寝ようか考えてんだよ。
ベッド、ひとつしかないだろ」
「一人部屋だものね」
なんだ、そんなことか――などと言いたげな顔でうなずくと、ルイズは才人に毛布を1枚投げ渡した。
「後は何とかしなさい。予備は今のところそれしかないから」
そう言うと、ルイズはブラウスのボタンを外し始め――
「――って、ちょっと待ったぁっ!」
気づけば、才人はルイズの両手をつかんでその動きを止めていた。
「……何よ?」
「それはこっちのセリフだ! 何してんだよ!?」
「寝るから着替えるのよ」
「そーじゃなくて!
使い魔でも召使いでも、オレ男だから! マズいだろ、やっぱ!」
「マズくないわよ。
使い魔に見られたってなんとも思わないし」
「……さいですか」
ルイズの言葉にサイトは思わず肩を落とした。
異性として、どころか人としてすら認識されていない――何だか泣きたくなってきたが、とりあえず今は自分の理性を保つことの方が先決だ。ルイズに背を向け、部屋の出口へ歩き出す。
「どこ行くのよ?」
「お前にとってはなんともなくても、オレにとっては大問題だ――お前の着替えが終わるまで外にいる」
言って、才人が出て行くのを見送り――ルイズは一言。
「……何なのかしら? あの使い魔」
本気で才人を人間として見ていないルイズだった。
翌朝もさんざんだった。
朝一でルイズを起こしたはいいものの、着替えさせろだの洗濯しておけだの命令のオンパレード。さすがに才人も抗議したのだが、彼のライフラインは主人にあたるルイズに握られている。衣食住を盾に脅されては、才人もさすがに折れるしかなかった。
朝の支度を終え、部屋を出た才人とルイズは、廊下で新たな顔と出くわした。
燃えるような真紅の髪、才人と同じかそれ以上かもしれない身長。抜群のスタイル――おだやかな桃色の髪、低めの背丈、つつましい体形のルイズとは何もかもが正反対だ。
そして――その視線は多分に小馬鹿にしたものを含み、ルイズと才人に向いていた。
「おはよう、ルイズ」
「……おはよう、キュルケ」
視線に込められたニュアンスを感じ取り、ルイズはやや不機嫌そうに応じる。
「あなたの使い魔って、それ?」
『それ』とはもちろん才人のことである。
「……そうよ」
ルイズが答えたとたん、キュルケは声を上げて笑い始めた。
「あははっ! ホントに人間なの!? すごいじゃないの!
“サモン・サーヴァント”で平民を喚んじゃうなんて、さすがは“ゼロのルイズ”ね!」
「うるさいわね」
ムッとした様子でルイズが答える。
「私も昨日、使い魔を召喚したのよ。
誰かさんと違って、呪文も一発で成功!
おいで、フレイム」
キュルケの呼びかけに応じ、彼女の使い魔が彼女の部屋から姿を現した。
それは――
「ぅわっ!? 真っ赤な何か!?」
「あら、サラマンダーを見るのは初めて?」
思わず驚きの声を上げた才人に、キュルケは余裕の表情で応える。
「そんなにおびえなくても大丈夫よ。契約した使い魔は、主の命令に忠実なんだから」
「……そうなのか?」
キュルケの言葉に、才人はフレイムと名づけられた彼女の使い魔を観察した。
大きさはトラやライオンほどもあるだろうか。尻尾の先に炎が宿り、口からも呼吸に合わせて炎がチロチロともれている。
「……ちゃんと面倒見とけよ。
油断してるといろんなものを燃やしそうだ」
このフレイムも自分達と同じ寮で暮らすことになるのだ。火事など起こされたらたまらない。
「わかってるわよ。
じゃ、お先に」
そう言うと、キュルケはさっそうと去っていった。その後ろをちょこちょことフレイムが追っていく。
キュルケがいなくなり――それまで沈黙を保っていたルイズが口を開いた。
「くやしーっ!
何なのよ、あの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって!」
「別にいいじゃんか、召喚くらい」
「よくないわよ!」
なだめる才人に、ルイズは全力で言い返す。
「メイジの実力を見るには使い魔を見ろって言われてるくらいなのよ!
何でキュルケがサラマンダーでわたしがアンタなのよ!?」
「それなら、昨日お前が説明してくれたじゃないか」
「え………………?」
あっさりと答える才人に、ルイズは思わず声を上げた。
「ほら、お前夕べ言っただろ。
『“サモン・サーヴァント”は使ったヤツにもっとも相応しい対象を呼び出す魔法だ』って……
それが、お前の場合はオレで、アイツはフレイムだったってことだろ――オレにとってはいい迷惑だけど」
「そ、それは……」
才人の言葉に、ルイズは言葉に詰まった。
「そりゃ、オレを召喚したのは失敗だったのかもしれないけど……お前だっていつも失敗するワケじゃないだろ?」
「う゛……っ」
その才人の言葉に、ルイズの表情が引きつった。
「………………? どうした?」
「な、何でもないわよ!
さぁ、授業に行くわよ!」
才人に答え、ルイズは彼の先に立って歩き出す――
この時のルイズの焦り――その意味を、才人はすぐに知ることになった。
魔法学院の教室は、まるで大学の行動のような造りだった。
最初才人は「平民だから」「使い魔だから」と床に座らされかけたが、才人の体格で机の間に座ると通路をいっぱいにふさいでしまうことが判明。結局他の生徒に迷惑をかけないよう、イスに座ることで決着した。
やがて、教室の前部のドアが開き、先生が入ってきた。
ふくよかでおだやかな雰囲気を持った中年の女性だ。
「あの人も魔法使いなのか?」
「当然でしょ」
尋ねる才人にルイズが答えると、先制は一同を見回し、名乗った。
「みなさん、おはようございます。
私はミセス・シュヴルーズ。二つ名は“赤土”のシュヴルーズ。
これから1年間、みなさんに“土”系統の魔法を講義します。
ミスタ・グラモン。魔法の4大系統はご存知ですね?」
「はい」
シュヴルーズの言葉にひとりの生徒が立ち上がった。芝居がかった仕草でバラを振り、答える。
「“水”、“火”、“風”、“土”の4系統です、ミセス・シュヴルーズ。
そして、この私、ギーシュ・ド・グラモンの属性はあなたと同じ“土”!
あぁ、なんという偶然でしょう――」
「えー、今は失われてしまった“虚無”の系統を合わせ、全部で5つの系統があるのはみなさんもご存知のはずです」
さすがは教師――あっさりとギーシュの語りをスルーし、シュヴルーズは講義を続ける。
「今から皆さんには“土”系統の魔法の基本である、“錬金”の魔法を覚えてもらいます。
1年生の時にできるようになった人もいるでしょうが、もう一度おさらいしておきましょう」
そう言うと、シュヴルーズは教卓の上にいくつかの石ころを転がした。
杖を向け、小さく呪文を唱えると、石ころが光り始め――光沢を放つ金属に変わっていた。
「ご、ご、ゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!」
思わず身を乗り出すキュルケだったが、
「いえ、ただの真鍮です」
「なんだ」
シュヴルーズの答えに、とたんに興味をなくして席に戻る。
「ゴールドを錬金できるのは“スクェア”クラスのメイジです。
私はただの“トライアングル”クラスですから」
「………………?」
シュヴルーズの言葉の中にあった、用語と思われる単語の意味がわからず、サイトはとなりのルイズに尋ねた。
「なぁ、『四角』とか『三角』とかって何なんだ?」
「メイジのクラスよ。
系統を足せる数が基準になってるの」
シュヴルーズから視線を外さず、それでもルイズは才人に答える。
「たとえば、“土”の系統にさらに系統を足すことで、その魔法はさらに強力になるの――同じ系統でもかまわないしね。
1系統しか使えないのが“ドット”、2系統まで足せるのが“ライン”、同じように“トライアングル”、“スクェア”……ってワケ」
「じゃあ、5系統は“ペンタグラム”とか?」
「そこまで足せる人なんて今のところ現れてないけど……実際現れればそうでしょうね」
そう答えながらも、ルイズの視線は片時もシュヴルーズから外れていない――シュヴルーズの講義を一字一句も逃すまいとするその真剣な表情には威厳すら感じられる。
「では、実際にみなさんにもやってもらいましょう。
それじゃあ……」
言って、シュヴルーズは教室を見回し、
「ミス・ヴァリエール、あなたにやってもらいましょうか」
ルイズを指名した、そのとたん――にわかに教室がざわめいた。
「わ、わたしですか!?」
「そうです。
この石ころを望む金属に錬金してみなさい」
聞き返すルイズに答えるシュヴルーズだったが――そんな彼女にキュルケが声をかけた。
「あの……先生?」
「何です?」
「やめておいた方が……」
「どうしてですか?」
「危険です」
キッパリとキュルケが答える。
「危険……?」
「眉をひそめる才人だが、キュルケはさらにシュヴルーズに呼びかける。
「先生はルイズを教えるのは初めてですよね?」
「えぇ。
けど、彼女が努力家だということは聞いてます」
シュヴルーズの言葉に、才人は思わずうなずいた――彼女が授業を受ける姿は先ほど初めて見たばかりだが、実に真剣に授業に打ち込んでいた。きっと今までの授業もそうだったに違いない。
「さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。
失敗を恐れていては何もできませんよ」
その言葉に、ルイズはついに立ち上がった。
「ルイズ、やめて!」
あのキュルケが蒼白な顔で言うが、かまわず教室の前へと進み出る。
真剣な表情で杖を取るルイズを見守り――才人は気づいた。
前列に座っていた生徒達の姿がない。見ると、みんな机の下にもぐり込んでいる。まるで“何かを避けようとしている”かのように――
その姿に、才人がなんとなくイヤな予感を覚えた、その時――
爆発が巻き起こった。
ルイズが呪文を唱え、杖を振り下ろした瞬間、突如石ころが大爆発を起こしたのだ。
爆風はルイズとシュヴルーズを黒板に叩きつけ、机の残骸を才人の顔面に直撃させる。
クリーンヒットを受け、薄れゆく意識の中――才人はようやく理解していた。
キュルケがルイズを“ゼロのルイズ”と呼んだ――その“ゼロ”の意味を。
結局、ルイズと息を吹き返した才人が教室の片づけをすることになった。張本人とその使い魔なのだから当然と言えば当然の措置だ。
しかし、ルイズは肩を落としたまま動かない。仕方なく才人は彼女には荷が重そうな机などの後始末から始めることにした。
ルイズの目の前には絞った雑巾を置いておいた。マジメなところのあるルイズのことだ。言われた以上は掃除はやるだろう。あぁしておけば、ふき掃除あたりから始めてくれるだろう。
そんな才人の思惑通り、ルイズは雑巾に気づくとフラフラと立ち上がり、ゆっくりと机をふき始めた。
その後ろ姿には見るからに力がない――生意気なヤツだと出会った当初は思っていたが、今の姿を見ていたら何だかいたたまれなくなってきた。
「……あー、なんだ、気にすんなよ。
人間、誰だって調子の悪いことってあるさ」
「調子の問題じゃないわよ……いつもあぁだもの」
どうやら逆効果だったらしい。話題を間違ったか。
「みんなも言ってたでしょ、“ゼロのルイズ”って……
魔法の成功率0。おかげで得意系統もわからず、未だに二つ名ももらえない――
あんたが来て、下の立場の人間ができて、ナメられたくないって思って……けど、結局、やっぱり、いつも通りで――」
その言葉に、才人は思わずルイズの背中を見返した。
それが動機、というのはいささかツッコみたい気持ちもあったものの――目の前のこのナマイキなご主人様は、自分にイイところを見せようとしたのだ。使い魔である才人が尊敬できる主でいようと、一生懸命背伸びしてあの実演に臨んだのだ。
(なんだ……カワイイところもあるんじゃねぇか……)
だが――だからこそ、今の元気をなくしたルイズを見ていられなかった。
「……いいんじゃねぇか? できなくても」
自然と、口が動いていた。
「ここはどこだよ? 学校だろ? 勉強するところだろ?
できないから勉強しに来てるんだろうが――できない方が当たり前なんだって」
ルイズから反応はない――才人はさらに続けた。
「“今”できる必要なんかない。“これから”できるようになればいいんだ。
少なくとも、さっきの授業じゃお前が一番真剣だった――ちょっとコツをつかめば、他のヤツらなんかすぐに追い抜けるさ」
その言葉に――ようやくルイズが口を開いた。
「……本当に、そう思う?」
「んー、魔法を知らないオレにはハッキリとは言えないけど……魔法も結局は料理とか工作とか、他のいろんな技術と一緒だろ?
才能も大事だけど、一番大事なのは本人の努力だろ。勉強して、練習して、身に着けて……
だったらできるようになるさ、きっと」
才人の答えに、ルイズは背を向けたまましばし沈黙し――ただ一言、告げた。
「………………やってみる」
少なくとも礼は言わないつもりらしい――だが、その一言には明確な謝意が込められているのがわかった。
そんな意地っ張りなご主人様に苦笑し、才人は掃除を再開した。
「なぁ、ルイズ」
掃除が終わったのは、昼休みに入ってすぐのことだった――食堂に向かう途中、才人はルイズに声をかけた。
「何よ?」
「オレ、キッチンで食わせてもらうよ。
また床に座らされて『狭い』だの『ジャマだ』だの言われたくねーし。
お前だって、それで他の連中に迷惑かけんのはヤだろ」
「……そうね。
じゃ、終わったら食堂の入り口ね。ご主人様を待たせるんじゃないわよ」
「OK」
ルイズの言葉にうなずき、才人は彼女と別れて厨房を探し始めた。
が――
「……困った……」
才人は思いっきり道に迷っていた。
厨房の位置は食堂の間取りからだいたい想像がつくが――肝心の入り口の位置がわからない。外から回ればすぐだと思ったのだが、正直甘かったようだ。
「腹へったな……」
すでにルイズは食事を始めているだろうか――腹を抱えて才人がつぶやくと、
「どうかなさいましたか?」
その声に振り向くと、メイド服に身を包んだ少女がひとり、心配そうに才人をのぞき込んでいた。
「こちらが厨房です」
少女の名はシエスタといった――彼女の案内で、才人はようやく厨房へとたどり着いた。
「ちょっと待っててくださいね」
すでに才人から事情は聞いている。シエスタはサイトを手近なテーブルに座らせると厨房の奥へと消えていった。
そして、戻ってきた時にはトレイの上にシチューの入ったお皿を乗せていた。
「賄いもので申し訳ありませんけど……」
「いや、いいよ、そのくらいで」
謝るシエスタに、才人は手をパタパタと振りながら答える。
朝はルイズによって床に座らされ、粗末なパンを与えられた。その際食べながらチラリと見たが、ルイズ達貴族の食事はあまりにも高級すぎて逆に口に合いそうになかった。慣れているルイズ達にはなんでもないのかもしれないが、自分のような庶民(現使い魔)には何事も程々な方がいいようだ。
ともかく、今は食事のほうが先決だ。才人はスプーンでシチューをすくい、口に運ぶ。
「……うまい」
素直に感想が口をついて出た。
それほどまでに美味しいシチューだった。気づけば、皿の中はすでにカラッポになっていた。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「よかった……
それ、私が作ったものだったから、お口に合うかどうか心配だったんですけど……」
「いや、大丈夫。マヂうまかった。ありがと。
それじゃあ……」
言って立ち上がりかけ――才人はふと思いとどまった。
「……って、食わせてもらってばっかり、ってのも悪いよな……
なぁ、オレこれから食堂に戻るけど、何か手伝えることってあるかな?」
「いいんですか?」
「食事のお礼さ」
笑顔で答える才人の言葉に、シエスタはしばし考え、
「なら……デザートを運ぶのを手伝ってくださいますか?」
「お安いご用さ!」
「で……手伝ってるワケ?」
「だってさ、食わせてもらってばっかり、ってのも悪いだろ?」
食後のデザートを待っていたら、なぜか才人が持ってきた――話を聞き、つぶやくルイズに才人は肩をすくめてそう答えた。
「……ま、わたしもデザート食べたいから別にいいけどね。
けど、わたしが食べ終わるまでに済ませなさいよ」
「えらくハードル高くねぇか!?」
まだトレイの上には半分以上ケーキが残っている――ルイズの言葉に才人が声を上げると、
「………………ん?」
そんな才人にかまわず、ふとそれに気づいたルイズが顔を上げた。
「ねぇ」
「何だよ?」
「あれ……」
ルイズの指さした方を見て――才人は眉をひそめた。
シエスタがなにやらギーシュに咎められている。何かあったのだろうか?
「どうしたの?」
才人がシエスタに声をかけ、事情を聞いたところによると、どうやらギーシュの落とした香水の小瓶をシエスタが拾ったのをキッカケに、ギーシュのかけていた二股がバレてしまったらしいのだ。
「呆れた。そんなの自業自得じゃない」
「そうだそうだ! 二股かけてるお前が悪い」
ため息をついたルイズの言葉に才人も同意。二人の言葉にギーシュは思わず反論に詰まる。
が――彼にもプライドがある。すぐに言い返してきた。
「し、しかし、ボクは瓶を渡された時、知らないフリをしたんだ。合わせるだけの機転があってもいいじゃないか」
「どっちみち二股なんてすぐバレるって。天罰だよ」
あっさりと才人からカウンターが炸裂する。
だが――そんな才人の言葉に、ギーシュは眉を吊り上げ、彼をにらみつけた。
「キミは“ゼロのルイズ”の喚び出した平民か。
キミごとき平民が口を出していい問題じゃない。下がりたまえ」
「ヤなこった。
あいにく、オレは貴族も平民もないところから来たんでね――オレからすれば、お前もただの人間さ」
才人もまた退かない――ギーシュを真っ向からにらみ返す。
「よかろう。
知らないというのなら、キミに貴族の礼儀を教えてやるまでだ」
「上等だ」
ギーシュをにらみ返し、才人が答える。
迷っていた自分を厨房まで案内してくれた。おいしいシチューをご馳走してくれた――シェスタはそこらの貴族よりもよほど優しい女の子だ。ギーシュの落とした香水を拾ったのだって、そんな彼女の優しさから来た行動だったのだろう。
だが――ギーシュはそんな彼女の想いを踏みにじった。
しかも、そのせいで自分の二股がバレたからといって、その腹いせに。
情けをかける理由など――どこにもなかった。
「ち、ちょっと!?」
きな臭くなってきた話の流れに、さすがにルイズが声を上げる――が、サイトはかまわずギーシュに尋ねた。
「ここでやるのか?」
「バカな。貴族の食卓を平民の血で汚せるものか。
ヴェストリの広場で待っている!」
そう告げると、ギーシュはマントをひるがえして食堂を出ていった。
「あのねぇ! 何勝手に決闘の約束なんかしてんのよ!」
「仕方ねぇだろ! ほっとけなかったんだから!」
ギーシュが去り、詰め寄ってくるルイズに才人は口を尖らせて答える。
しかし、ルイズはかまわずサイトの手を取り、歩き出す。
「お、おい。どこ行くんだよ!?」
「謝るのよ!
今なら許してくれるかも……」
「な、何だよ!? 悪いのはアイツだろ!?」
ルイズの言葉に、才人は思わず彼女の手を振り払う。
「お前だって言ってたじゃんか――『自業自得だ』って!」
「それとこれとは話は別よ!
いい!? メイジと平民とじゃレベルが違いすぎる――絶対に勝てっこないわ!」
「ンなの、やってみなくちゃわかんねぇよ」
ルイズに答え――才人は肝心の“ヴェストリの広場”の場所を知らないことに気づいた。適当に尋ねるとルイズのクラスメートであるマリコルヌが教えてくれた。
「あー、もうっ! 勝手なことばっかりするんだから!」
そのまま歩いていく才人の後を追い、ルイズは思わず声を張り上げた。
ヴェストリの広場は、すでにウワサを聞きつけた生徒達でごった返していた。
「諸君、決闘だ!」
バラの造花を掲げ、ギーシュが告げる――同時、周りの野次馬から歓声が上がる。
才人はその正面――ちょうどギーシュとにらみ合う形だ。
「とりあえず、逃げずに来たことはほめてやろうじゃないか」
「誰が逃げるか」
もはや売り言葉に買い言葉。告げるギーシュに才人はすぐさまそう答える。
「では……さっそく始めようか」
「おぅっ!」
答えるが早いか、才人は駆け出した。
ケンカは先手必勝――まずは一撃を入れて機先を制する!
しかし、ギーシュは才人が自分を間合いに捉えるよりも早くバラの造花を振るった。
花びらが一枚、宙に舞い――次の瞬間には、女戦士の姿をした、金属製の人形になった。
「なっ、何だコリゃ!?」
「言い忘れたが――ボクはメイジだ。だから魔法で戦う。
ボクの二つ名は“青銅”のギーシュ――青銅のゴーレム“ワルキューレ”がお相手しよう」
驚く才人にギーシュが告げると同時、ゴーレムが動いた。その右の拳が、才人の腹に打ち込まれる。
「ぐぁ……っ!?」
青銅製の拳による強烈な一撃――まともにくらった才人はうめき、地面に転がる。
「何だい、もう終わりかい?」
余裕の表情でギーシュが告げると、新たな声が上がった。
「ギーシュ、いい加減にしなさいよ!」
ルイズである。
「決闘は禁止されているはずよ!」
「禁止されているのは貴族同士の決闘だ。平民との決闘は禁止されていない」
「そ、それは……!」
ギーシュに返され、ルイズは思わず反論に詰まった。
「それは、今までそんな前例がなかったから……!」
「何だ、ヤケに突っかかるね」
ルイズの言葉に、ギーシュは余裕の笑みと共に告げた。
「まさかとは思うけど……ルイズ、キミは使い魔となった平民のその少年に、心を動かしているとか?」
「バッ……バカ言わないでよ!」
照れか怒りか、ルイズの顔が真っ赤に染まる。
「誰がよ! やめてよね! 自分の使い魔がボロボロにされるのを、黙って見ていられるワケないじゃないの!」
「……誰が、ボロボロにされるって……!?」
ルイズに答え、才人はその場でゆっくりと身を起こした。
「サイト!」
悲鳴のような声を上げてルイズが駆け寄ると、サイトは痛みに耐えながらも笑みを浮かべた。
「ようやく……名前で呼んでくれたな……!」
「そんなのどうでもいいわよ!」
ルイズは今にも泣きそうだった。
「わかったでしょう!? 平民はメイジには絶対に勝てない――それはたとえ話でもなんでもない!
魔法の使えない平民は、メイジの魔法には絶対に勝てないのよ!」
今ならまだ間に合う――謝るように才人に促すルイズだったが、
「いいから、どいてろ……!」
言って、才人はルイズを押しのけた。
「寝てなさいよ、バカ! どうして立つのよ!?」
あわててその肩をつかみ、制止の声を上げるルイズだったが、才人はその手を振り払い、
「ムカつくから」
「む、ムカつくって……!」
「いい加減、ムカつくんだよね……メイジだの貴族だのって、お前らムダに威張りやがって」
言って、才人は再びギーシュと対峙する。
「おやおや、手加減してはいたが、立ち上がるとは思っていなかったよ」
「全然効いてねぇよ。
手加減してたっつーなら、し過ぎだバーカ」
才人の放った皮肉に、ギーシュの顔から笑みが消え――ゴーレムが動いた。繰り出された右の拳が才人の顔面を襲う――
一方的な展開は、すでに5分以上にわたって続いていた。
才人の左目ははれ上がって完全に視界を覆い、右腕は――折れてはいないようだが、筋をやられたのか動かない。
しかし、才人はそれでも立ち上がる――立ち上がっては殴られ、大地に倒れ伏す。
「お願い、もうやめて!」
もう何度目になるだろう――大地に叩きつけられた才人をついに見かねて、ルイズは彼に駆け寄った。
見ると、自分を見下ろすその目は潤んでいて――才人はなんとか声を絞り出し、尋ねた。
「……泣い……てるのか……?」
「泣いてない!」
説得力ねぇよ――思うが、殴られた衝撃の届いた肺が痛くて声を出せない。
「もういいじゃない。よくやったわ――こんな平民、見たことないわ」
「へへ……そうかよ……」
ルイズの言葉に、才人は倒れたまま苦笑し――
「ようやく終わりかい?」
そんな二人にギーシュが告げた。
「所詮は平民。所詮は“ゼロのルイズの使い魔”だ。
そんなキミが、ボクに勝とうと思うのが間違いなんだよ」
「――――――」
そのギーシュの一言に、才人が浮かべていた笑みが消えた。
「……今……何て言った?」
「おや、聞こえなかったのかい?
使い魔の実力は主の実力。逆もまたしかり――魔法もろくに使えないゼロのルイズの使い魔であるキミが、ボクに勝てるはずがないんだよ」
ギーシュが答え――才人はルイズに声をかけた。
「ルイズ」
「何よ?」
「ギブアップは……お預けだ」
「サイト!?」
ルイズの声にかまわず、才人は何とか立ち上がり、再びゴーレムと対峙する。
ギーシュを許すワケにはいかなかった。
こいつはシエスタの優しさを踏みにじった。それだけでもムカつくのに、今度はルイズのがんばりをバカにした。
確かに魔法は使えないかもしれない――けど、ルイズはそれでも、何とかしようと真剣に授業を受けていた。
魔法が使えなくても、ルイズはその差を懸命に埋めようとしていたのだ。
それなのに、こいつは――
許せない。
絶対に。
勝って、シエスタに、ルイズに謝らせないと気が済まない。
右半分しか効かない視界でギーシュをにらみつけ――彼のゴーレムが自分に向けて突っ込んで来るのが見えた。
“それ”は、上空から才人を見ていた。
久方振りに見た、かつての主と同郷の者――興味を抱いて、その様子を伺っていた。
しかし、彼は今、対峙する相手の生み出した金属の人形に殴り殺されようとしている。
“それ”は気づいていた。
彼が戦っているのは、自分以外の誰かのためだということを。
気に入った。
だから――助けることにした。
急降下し、加速をつけ――
全身で、金属人形に体当たりした。
轟音と共に、それは吹き飛んだ。
才人が――ではなく、彼に殴りかかろうとしていたゴーレムが。
「え………………?」
何が起きたのか――戸惑いの声を上げるルイズの目の前に、“それ”は舞い降りた。
ヴィィィィィン……と羽音を立てている、機械仕掛けのカブトムシが。
「な………………っ!?」
この世界に召喚されて、初めて見る機械――才人が驚きの声を上げるが、カブトムシはかまわずその場を離れて茂みの中に消える。
そして、再び茂みの中から現れた時には、ベルトのようなものを角に引っ掛けていた。サイトの元へと飛び、彼の手にそのベルトを落とす。
「着けろ、ってのか……?」
つぶやき、才人はベルトを見下ろし――ベルトを握る左手に刻まれたルーンが光り出した。
とたん――痛みが消えた。身体が軽くなり、なぜかベルトやカブトムシの名前やその使い方までもが理解できる。
いきなり脳の中に情報を叩き込まれて目まいがする――が、すぐにそれもおさまった。
ベルトを着け、痛みの消えた右手を頭上にかざし、叫ぶ。
「来い! カブトゼクター!」
その言葉に、カブトムシこと“カブトゼクター”はすぐに従った。才人の元へと飛翔し、その右手に収まる。
そして、動揺のおさまっていないギーシュを見据え――叫ぶ。
「変身!」
言葉と同時、手にしたカブトゼクターを横から差し込むようにベルトに装着。ベルトとカブトゼクターのシステムが接続され、起動する。
《HEN-SHIN!》
システムメッセージが才人に告げ――その姿が変わった。ベルトを中心に全身が六角形のパネルのようなもので覆われていき、それがはがれ落ちるように消滅するにつれ、中から白銀に輝く重厚な鎧が姿を現した。
「な、何だね、その姿は!?」
驚くギーシュの問いに、才人はしばし小首をかしげ――
「……マスクドフォーム」
「名前を聞いてるんじゃない!」
サイトの言葉に、ギーシュはムキになって言い返す。
一転して余裕のなくなったギーシュの姿に、才人は先ほどの自分もあぁだったのかとマスクの下で思わず苦笑する。
「まぁ、コイツが何なのか、ってのは、オレも知らないんだけど……」
言って、才人は腰に取り付けられた銃“カブトクナイガン”を取り外し、
「少なくとも……コイツのおかげで、お前には勝てそうだ」
「な――――――っ!?
ふざけるな! たかが鎧と銃を手に入れたくらいで!」
才人の言葉に、ギーシュはムキになってゴーレムを手元に呼び戻す。
こちらの世界にも銃はある。魔法が使えることで社会的にも実力的にも圧倒的優位に立つメイジ達にせめて一矢報いんと平民の間で考え出されたものだが――それでも魔法に比べると豆鉄砲も同然のシロモノだ。
そんなものを得た程度で、自分に勝てるはずがない――自らの優位をギーシュは一分も疑ってはいなかった。
次の瞬間、カブトクナイガンから放たれた一撃――“アバランチシュート”によって、ゴーレムの上半身が吹き飛ぶまでは。
まるで、最初から火薬でも仕込んであったかのような爆発だった。目の前で自分のゴーレムが上半身を失うのを、ギーシュは呆然として見つめていた。
ガシャンッ、と音を立てて残る下半身が倒れ、その音でようやく我に返ったギーシュは再びバラを振り、新たなゴーレムを作り出す。
数は7――自分の操りうる最大数を作り出し、一斉に才人へと突撃させる。
だが、そのうちの3体は才人のもとまでたどり着くことすらできなかった。カブトクナイガンから放たれたアバランチシュートが、先の1体と同様上半身を爆砕する。
そして、難を逃れた4体もその使命を全うすることはできなかった。持ち手の位置を変え、アックスモードとなったカブトクナイガンによって3体が斬り裂かれ、
「アバランチ、ブレイク!」
仕上げの一撃が残る1体に炸裂。斬り裂く、どころか粉々に打ち砕く。
そして――
「続けるか?」
ギーシュの顔面にガンモードのカブトクナイガンを突きつけ、才人が告げた。
もはや、勝負がついたのは誰の目にも明らかだった。
「ま、参った……」
ギーシュの宣言が、正式に決闘に幕を下ろした。
カブトゼクターがベルトから離れると同時、鎧は崩れ落ちた。元の姿に戻り、才人はギーシュを見下ろした。
同時、左手のルーンも輝きを失い――突然、才人の全身を強烈な疲労感が襲った。
平衡感覚がおかしい。意識も飛びそうになる。
だが――まだ倒れるワケにはいかない。途切れそうになる意識を何とか保ち、才人はギーシュに告げた。
「いいか、このボンクラ貴族……!
魔法が使えるから、何だってんだ……その前に、その性格を、何とかしやがれ……!
とりあえず、シエスタと、二股かけてた子達と……ルイズに謝っとけ!」
「え………………?」
「当たり前、だろうが……!
シエスタには気遣いを突っぱねたこと……!
二股かけてた子達には浮気してたこと……!
ルイズにはアイツの努力をバカにしたこと……!
いいか――全部謝っとけよ……! でないと……!」
だが、言い終わるよりも先に限界が訪れた。いきなり足の力が抜け、その場に倒れ込みながら、才人は自分の意識が急速に遠くなっていくのを感じていた。
ルイズは最初、自分の目が信じられなかった。
突然現れた虫を才人がベルトにはめ込んだとたん、その全身が甲冑に覆われ、瞬く間にギーシュのゴーレムを蹴散らした。
誰もが予想していなかった、突然の逆転劇――しかし、甲冑が消えると、才人は再びその場に倒れ込んでしまった。
「サイト!」
我に返り、ルイズは倒れた才人に駆け寄った。頭を揺らさないよう、慎重に才人の様子を見て――
「……ぐー……」
聞こえてきたのは安らかないびき。
「寝てるし……」
とにかく無事――ではないが命はあるようだ。少なくともそれについては安堵した。
だが、決して軽いケガではない。手当てするためにも部屋に運ばなくては。
なんとか才人を助け起こそうとするルイズだったが、小柄な彼女の体格で運ぶには才人の身体は重かった。支えきれず、しりもちをついてしまう。
それでも再度挑戦していると、誰かが才人に“レビテーション”をかけてくれた。その身体が不意に軽くなり、宙に浮かぶ。
浮かび上がった才人の身体を押して、ルイズは才人を運んでいく。才人が『カブトゼクター』と呼んだカブトムシも、角で器用に押して手伝ってくれる。
協力して才人を部屋に運び込むと、ルイズは“治癒”の魔法の使える先生を探しに再び部屋を飛び出していった。
窓から差し込む朝日の光を顔に受け、才人は目を開けた。
すぐに記憶がよみがえる――自分はギーシュと決闘して、叩きのめされて、カブトゼクターに助けられて、変身して、逆転して――気絶したのだ。
同時に気づいた。ここはルイズの部屋だ。自分はルイズのベッドに寝かされているらしい。
傍らを見ると、ルイズが机に突っ伏して眠っていた。
机の上にはライダーベルトが置かれている。それを見て、サイトは左手のルーンのことを思い出した。
ライダーベルトを手にしたとたん、このルーンが光りだした。そして、ライダーベルトとカブトゼクターの使い方が手に取るように理解できたのだ。
あの時のことを思い返していると、不意にドアがノックされた。しばしの沈黙の後、ドアが開く。
「あ…………
サイトさん、気がついたんですか?」
シエスタである。
「あれ、シエスタ?」
「よかった……もう三日三晩眠っていたんですよ」
つぶやく才人に告げ、シエスタは手にしたトレイ――その上に置かれたシチューを机に置いた。
「シエスタが、手当てを?」
「私も、ですけど……」
答えて、シエスタは穏やかに寝息を立てているルイズに視線を向けた。
「ルイズが?」
「えぇ。
サイトさんの包帯を取り替えたり、身体をふいたり……私と交代で看病してましたけど、時間的にはほとんどミス・ヴァリエールが……」
「そうなんだ……」
納得し、サイトはルイズの寝顔をのぞき込んだ。
「……もう少し、寝かせてあげましょうか」
「だね」
シエスタの言葉に才人がうなずくと、開け放たれた窓からカブトゼクターが飛び込んできた。ベッドの上に身を起こした才人に気づくと、まるでじゃれつくかのように角をすり寄せてくる。
「その子も、ずっと心配してたみたいで、何度もサイトさんの様子を見に来てたんですよ」
「そっか……ありがとな、カブトゼクター」
言って、ベッドから出ようとした才人だったが――今度は角ではたかれた。
「な、何!?」
「『起きるな、おとなしくしていろ』……って言いたいんじゃないでしょうか?
起きようとしたケガ人を叩く理由なんて、そのくらいだと思いますけど」
思わず声を上げる才人だったが、そんな彼にシエスタはカブトゼクターの気持ちを推察してそう答える。
「実際、まだ起きない方がいいです。
一時は命も危ないくらいの大ケガで……ミス・ヴァリエールが“治癒”の魔法を使える先生に手当てをお願いしてくださいましたけど、あれだけの大ケガでは完全には……
みんな、本当に心配してたんですよ」
「みんなって?」
「厨房のみんなと……」
聞き返す才人にシエスタが答えると、
「彼が目覚めたのか!?」
勢いよくドアが開け放たれるのと同時、声を上げて入ってきたのは――
「ギーシュ!?」
驚く才人だったが、ギーシュはかまわず才人の寝ているベッドに歩み寄り、
「身体の具合はどうだい? ボクとしたことがついついムキになって痛めつけてしまって、本当に申し訳ない!
後で聞いたよ。キミが決闘したその理由! 自分のためでなく、そこのメイドやルイズ、さらには面識のないモンモランシーやケティのためだったそうじゃないか! 平民でありながらなんて高貴な魂! あぁ、安心したまえ! ちゃんとそれぞれに謝ったよ!」
「……えっと……」
まくし立てるギーシュに対し、困惑する才人にシエスタは思わず苦笑してみせる。どうやら『厨房のみんなと……』の後に続けようとしていたのは彼の名前だったようだ。
「……で、謝ったって?」
「はい。サイトさんの手当てが終わってすぐに……
なんでも、話を聞いてすぐに来てくださったようで……」
「そ、そっか……」
シエスタの言葉に苦笑し、才人はギーシュへと向き直った。
「なんか……決闘前と態度が180度違わないか?」
「当然さ!
キミは平民でありながら、ボクら貴族にも負けない高貴な魂を宿している!
その“高貴な振る舞い”にボクの心は震えたよ! ぜひとも『親友』と呼ばせてくれたまえ!」
「あ、いや、えっと……」
ハイテンションぶっちぎりフルスロットルで突っ走るギーシュに、サイトはリアクションに困って頬をかき――
「…………ん……?」
身じろぎし、ルイズが目を覚ました。さすがにこの騒ぎでは寝てはいられなかったようだ。
身を起こし、眠そうに周囲を見回し――
「………………ほえ?」
かわいらしい仕草で小首をかしげてみせた。
(か、かわいい……!)
(なんて愛らしいんだ――ハッ! いかんいかん、ボクにはモンモランシーが!
他の女性に心を動かしたばかりに才人と決闘になったことをもう忘れたのか、ボクは!)
(あー、もう、なんて可愛らしいんでしょう!
思わずそのまま持ち帰ってしまいたいくらいですよ、ミス・ヴァリエール!)
才人、ギーシュ、そしてシエスタまで――3人が3人そろってそのかわいらしさにあてられていると、ルイズは才人に気づき――我に返った。
「サイト!
もう起きて大丈夫なの!?」
「カブトゼクターにドクターストップをかけられたよ」
才人がルイズにそう答えると、当のカブトゼクターはルイズの頭上に舞い降り、胸を張るかのように角を掲げる。
「もう、使い魔のクセにムチャばっかりするからよ。
カブトゼクターが助けてくれなかったら、どうなってたと思っているの!?」
「う゛っ……」
ルイズの言葉に才人がうめくと、ルイズの背後でギーシュはうんうんとうなずき、
「まったくだ。あんなにボロボロになって……
今回は助かったが、次もそうだとは限らないんだぞ」
「って、ボロボロにした張本人が言うなぁぁぁぁぁっ!」
ルイズが言い返し、飛翔したカブトゼクターは――ゴーレムを弾き飛ばしたその角の一撃で、ギーシュを窓の外へとブッ飛ばしていった。
次回予告
「こっ、このバカ犬!
なにデレッと鼻の下伸ばしてんのよ!
それも相手はあの淫乱乳だけ女キュルケだなんて!
ぜ、ぜぜ絶対許せない!」
「お、怒るなって。
お前にだっていいところはあるだろ」
「どこよ?」
「ちみっこくてかわいげがあるトコとか……」
「やっぱコロース!」
「何!? ほめたのに!?」
次回、ゼロのカブト
『その少女、情熱的につき』
「読まないと許さないんだから!」
(初版:2006/10/04)
(第3版:2006/11/16)(次回予告追加)