真剣な表情で、サイトはギーシュの作り出したゴーレムと対峙していた。
 ライダーベルトを腰に着け、天に向けて手をかざす。
「来い! カブトゼクター!」
 告げる才人の言葉に、カブトゼクターは彼に向けて飛翔し――
「ぶべっ!?」
 その角で“才人を”ブッ飛ばしていた。

 

 


 

第2話
「その少女、情熱的につき」

 


 

 

「ってぇ……!」
「大丈夫かい?」
「まったく、何やってるのよ」
 まだ痛むアゴを押さえてうめく才人に、ギーシュとルイズはそれぞれに告げる。
「ったく、どーして変身させてくれねぇんだよ!?」
 一撃を加えてくれた本人に対して抗議の声を上げる才人だったが、当のカブトゼクターは才人の頭上でプイと角を背ける。
「これじゃ、変身の練習にならないだろ……」
「嫌われたんじゃないか? サイト」
 うめく才人の言葉にギーシュが皮肉っぽく告げると、
「それならそれで、さっさとどっか行くんじゃないの?
 別に使い魔として契約してるワケでもないんだし」
 二人に対してそう告げるのはルイズだ。
「カブトゼクターのことだから、『そのくらいは自分で何とかしろ』って言いたいんじゃない?」
 その言葉に、カブトゼクターはルイズの頬にじゃれつく。どうやら正解らしい。
「あんたもわたしの使い魔なら、ギーシュのゴーレムくらい何とかできるようになりなさいよ」
「いや、なられても困るんだが……」
「それじゃいつまで経っても変身に慣れないままじゃないか」
 思わずうめくギーシュと才人だが、ルイズはかまわずカブトゼクターの相手をしてやり――
「………………ん?」
 ふと才人は気づいた。
 少し離れたところから、じっとこちらを見ている者がいる。
 と言ってもそれは人ではなく――
「フレイム……?」
 才人がつぶやくと、キュルケはクルリと反転、立ち去っていった。
「………………何だ?」

 フレイムはその後も何度か現れた。
 ルイズの部屋を掃除している時や、ルイズの洗濯物を洗っている時――厨房を訪れ、シエスタや料理長のマルトーに歓迎されている時にも現れた。
 しかし、才人が声をかけても寄ってくることはなかった。それどころか才人が気づくとすぐさまその場を立ち去ってしまうのだった。

「……何だってんだよ……?」
 その日も、夜の洗濯を終えた才人は洗濯カゴを抱えて部屋への帰路を歩いていた。
 最初にフレイムを確認してから、フレイムが姿を見せる回数が着実に増えている。ふと周りを見回すとたいていどこかで自分の姿を見ていたりする。そのクセこちらが気づくとそそくさと引き上げてしまうのだ。
 まるで憧れの先輩に声をかけられないでいる女子高生みたいだ――などと考えてしまい、才人は首をブンブンと振ってその考えを頭の中から追い出し――
「………………ん?」
 行く手にくだんの張本人がいた。きゅるきゅると人懐っこい鳴き声を上げ、じっと自分を見つめている。
 今度は立ち去るつもりはないようだった。才人は眉をひそめながらも声をかけた。
「フレイム、何か用か?」
 口に出したはいいが、トカゲに人の言葉が通じるとは思えない。かろうじて彼(?)の主であるキュルケくらいのものだろう。
 我ながら何をしているのか、と才人は思わず肩をすくめ――フレイムはそんな才人の袖を突然くわえ、ぐいぐいと引っ張り始めた。
「って、オイ!? 何だよ!?」
 あわてて声を上げる才人だが、フレイムはかまいはしない。そのままルイズ(と才人)の部屋の向かいにある自室――すなわちキュルケの部屋へと引きずり込もうとする。
「ち、ちょっと待て!」
 いきなり女性の部屋に連れ込まれかけ、思わず抵抗する才人だったが、フレイムの力は予想以上に強く、不意を突かれた才人では抵抗もままならない。
 結局、彼ができたことと言えば――

 ルイズの部屋の前に、洗濯物を残していくことぐらいだった。

 

 キュルケの部屋は真っ暗だった。明かりはひとつも灯っていない。フレイムの尻尾の炎でかろうじて自分の手元がわかる程度だ。
 と、奥からキュルケの声がした。
「ようこそ、いらっしゃい」
 言葉と同時、奥にいると思われるキュルケは指をパチンと鳴らし――部屋の中のローソクが次々に火を灯し始めた。
 ドアの前に立つ自分のところから、順番に奥へと灯りが灯っていく――その終点にキュルケはいた。
 ベビードール、とかいうのだろう――いわゆる“魅せるための下着”という姿で。
「って、え、えぇっ!?」
 あわてて顔を覆う才人だが――その手、その指が微妙に開いているのは、まぁ、男ならば当然の反応とでも言っておこうか。
「そんなところに突っ立ってないで、座ったらどう?」
 対して、落ち着いた口調で告げるキュルケだが――才人にしてみればそれどころではない。
「あ、いや、えっと……」
「……座って」
 その一言がトドメとなった。妖艶なキュルケの姿に自制心を粉砕された才人はまるで夢遊病者のようにフラフラとキュルケのとなりに腰を下ろす。
「な、何の用?」
 かろうじて残っている理性は状況の把握を求めている――尋ねる才人の問いに、キュルケは悩ましげにため息をつくとその首を左右に振った。
「わかる? あたしの二つ名は“微熱”なの」
「それは知ってる」
「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。
 だから、いきなりこんなふうにお呼びだてしたりしてしまうの。わかってる……いけないことなのよね」
「まぁ、普通はそうだね」
 答える才人だが――その心臓は先ほどからハイスピードでフル回転しており思考も停滞。実際のところは生返事だ。
「恋してるのよ、あなたに! 恋はまったく突然ね!
 あなたが、ギーシュを倒した時の姿、かっこよかったわ。
 あたしね、それを見て痺れたの。信じられる? 痺れたのよ!」
 対するキュルケはますますギアを上げていく。才人とは別の意味で思考が停滞しているに違いない。
「二つ名の“微熱”は、それすなわち情熱! その日からあたし、寝ても醒めてもあなたのことばかり……
 サイト、あなたのせいなのよ。あなたが毎晩あたしの夢に出てきたりするものだから、フレイムに様子を探らせたり、こうしてムリに連れてきてもらったり……」
 えーっと、それはいわゆるストーカーというヤツではないのでしょうか?
 そんなことを考える才人だが、「そーいやこの世界にストーカーって単語あるのかな?」などと考えツッコミは自重する。
 そうしている間にも、キュルケはゆっくりと目をつむり、唇を近づけてくる。
 確かにキュルケは魅力的だ。一瞬このままでもいいか――とも考えてしまう。
 スタイルも抜群だし、顔立ちも整っている。
 そして何より積極的だ。ルイズとはまた違った魅力が――
「………………」
 気がつくと、才人はキュルケの肩を押し戻していた。
「えっと……今までの話を統合すると……
 キミは惚れっぽい」
 それは図星だったのか、キュルケは頬を赤らめた。
「そうね……人より、ちょっと恋ッ気は多いのかも知れないわ。
 でも、しかたないじゃない。恋は突然だし――すぐにあたしを炎の様に燃え上がらせるんだもの!」
 告げると同時、キュルケは才人に抱きついてきた。
「き、ききき、キュルケ!?」
「好きなの! 愛してるわ!」
 とまどう才人に告げると、キュルケはまっすぐに唇を重ねた。
「む、むぐっ! むぐぐっ!?」
(ヤバい! 理性が飛ぶ! 誰か助けてヘールプ!)
 突然のキスで混乱し、才人はせめてもの抵抗として心の中で助けを求め――
 コンコンッ、とドアがノックされた。
 こちらの返事も待たずにドアが開き――
「キュルケ、わたしの使い魔知らな――」
 その向こうから現れたのはルイズだった。が、才人にキスしているキュルケの姿を目撃して動きを止めた。
「――ぷはっ!
 る、ルイズ! た――」
 すけて――そう続けようとした才人だったが、その声が発せられることはなかった。
「何やってんのよ、アンタわぁ〜〜〜〜〜〜っ!」
 まさに問答無用。ルイズは咆哮と同時に地を蹴り――その両足は反応すら許さない速度で才人の顔面に突き刺さっていた。

「何やってんのよ!」
 才人が意識を取り戻した時には、すでにルイズの部屋に連れ戻されていた――床に仰向けに寝かされた自分を見下ろし、ルイズは開口一番そう言い放った。
 そんなに怒鳴るな。聞こえてるよ。どうでもいいけど、そこに立ってるとパンツ見えるぞ……あ、白だ。
 ボンヤリとそんなことを考える才人だったが、ルイズの怒りは収まらない。
「あれじゃまるでサカリのついた犬じゃないの!」
「ち、ちょっと待て!」
 そろそろ弁解のひとつもしておかないと我が身が危なそうだ――殺気立つルイズの言葉に、才人はあわてて弁明の声を上げた。
「オレは“された”方だ! 被害者だ!」
「…………ふぇ?」
 その言葉に、ルイズの目がテンになった。
「……そのリアクションだと、オレが“した”側だと思ってただろ、お前」
「あう…………」
 ジト目で告げる才人の言葉に、ルイズは気まずそうに視線を泳がせるが、
「……ふ、ふんっ! アンタがまぎらわしいことしてるのが悪いんじゃない!
 そもそもキュルケに連れ込まれなければそんなことにもならなかったワケだし!」
「……ま、一理あるからいいけどね」
 どうせ素直に謝る相手だとは思ってない――プイとそっぽを向いて告げるルイズに、才人はため息をついて答える。
 まぁ、そっぽを向いたルイズというのもこれはこれでカワイイものだ。いいものを見せてもらった礼ということで、今回の事は水に流そうとも思えてくる。
「言っとくけど!」
 そんなことを考えていると、突然ルイズが才人の目の前に詰め寄ってきた。
「アンタが誰とどうなろうと私には関係ないわ。
 ただし! キュルケだけはダメ!」
「どうして?」
 尋ねる才人に、ルイズは溜息まじりに説明した。
 聞けば、キュルケは隣国ゲルマニアの人間らしいのだが――ルイズと二人して、実家の領地がとなり合わせらしいのだ。
 オマケに、ヴァリエール家はツェルプストー家に代々恋人を奪われ続けてきたらしい。
「と、ゆーワケでキュルケだけはダメ」
「ムチャクチャ私情入ってるじゃないか……」
 まぁ、国や領地の事情よりは納得できるけど――胸中でそう付け加え、才人は思わずため息をつく。
「けどさ、オレはお前の使い魔だけど、別にヴァリエール家の人間じゃないだろ」
「いーえ。アンタはわたしの使い魔なのよ。
 ヴァリエールの禄で暮らしてる以上、わたしの指示には従ってもらわないとこっちのメンツが立たないのよ」
「やれやれ、貴族も貴族で大変なんだ」
「何言ってんのよ。
 アンタも人事じゃないでしょうが」
 肩をすくめ、つぶやく才人にルイズはあきれてつぶやく。
「アンタねぇ、あのキュルケに迫られたのよ。
 あの女が声をかけた男なんてひとりや二人じゃないの――今回のことが知れ渡れば、アンタ、少なくとも10人以上の貴族に串刺しにつされるんじゃないかしら?」
「え………………?」
 ルイズの言葉に思わず間の抜けた声を上げ――才人はようやくその事実に気づいた。
 少なくとも自分は終始押されっぱなしだった。合意があったとは言いがたい。
 だが――少なくともあの時点でのキュルケは本気だった。彼女の惚れっぽさから考えればそれが長続きするとは考えづらいが、もし彼女が飽きる前にこのことが明るみになりでもしたら――
 ついと窓に視線を向ける。
 彼の思考でも読んでいたのか、カブトゼクターはそこにいた。
 そして――視線を逸らした。
「――ってコラ!
 見捨てるな、カブトゼクター!」
 思わず声を上げる才人だが、カブトゼクターは気にすることもなく飛び去ってしまった。
 切り札はあてにできない。となれば――
「…………ルイズ」
「何よ?」
「剣くれ。
 身を守るために必要だ」
 その言葉に、ルイズは思わず眉をひそめた。
「何よ、持ってないの?」
「持ってたら、こないだの決闘だってカブトゼクターに頼る前に使ってるっての」
 言われてみれば確かにそうだ。
「けど、変身するなり武器を自在に使いこなしてたじゃない」
「それだってワケがわからないんだよ。
 武器なんて生まれてこのかた触ることすらなかったんだから」
 肩をすくめてルイズに答え――才人は左手のルーンのことを思い出した。
「そういえば、カブトゼクターからライダーベルトを渡された時、このルーンが光ったんだ」
「ルーンが?」
「あぁ。
 そしたら、身体の痛みが消えて、カブトゼクターやライダーベルトはもちろん、カブトクナイガンとかの使い方も全部わかっちまったんだ。
 ひょっとしたら、このルーンと関係があるんじゃないのか?」
「ふーん……」
 その言葉に、ルイズはサイトの左手を取り、ルーンを見つめてしばし考え込む。
「……そういえば、聞いたことがあるわ。
 使い魔として契約する時に、まれに特殊能力を得ることがあるらしい、って……ひょっとしたら、それかもしれないわね」
「特殊能力、か……」
 つぶやき、才人は改めてルーンへと視線を落とした。
 あの時、使い方がわかったり、痛みが消えたりしただけではなかった――まるで身体が羽のように軽くなった。カブトクナイガンもあのサイズなら相当の重さだったはずなのに、そんなものもまったく気にならなかった。
 それに、あのベルトにはまだ――
「とにかく。カブトゼクターは無関係を決め込んじゃってるみたいだし、いずれにしても剣は必要ね」
 そう言うと、ルイズは腕組みしてひとりでうんうんとうなずき、
「そういうことなら、買ってあげるわ、剣」
「え………………?」
「……何よ?」
「いや……
 要求しといて何だけど、そんなにすんなりOK出すとは思ってなかったから……」
「あのねぇ……人をケチみたいに言わないでくれる?」
 才人の答えに、ルイズは呆れてため息をついた。
「わたしだってホントに必要なものなら買ってあげるわよ」
「そうなのか?
 なら、もうひとつ頼みたいんだけど」
「…………何よ?」
 尋ねるルイズに、才人は答えた。
「洗濯板を新調してくれ。もうボロボロなんだ」

 翌日。虚無の曜日とかで今日は休みらしい。
 やっぱりこっちも曜日で休みとか決めてるんだ――などと思わず納得しながら、準備を整えた才人はルイズと共に学園の中庭を門に向かって歩いていた。
「街って、やっぱり遠いのか?」
「馬で……そうね、3時間くらいかしら」
「………………」
 ウマですか。
 当然ながら自分は乗馬の経験などない――思わず才人が肩を落とすと、
「やぁ、サイトじゃないか」
「あれ、ギーシュ……?」
 突然声をかけてきたギーシュの姿に、ルイズは思わず眉をひそめた。
「どうしたのよ?」
「何、さっき廊下を歩いていたら、キミ達が外出の支度でバタバタしている物音が聞こえてね。
 用件は知らないが、もしサイトが関係しているのなら、友として一肌脱ごうと思った次第さ」
 尋ねるルイズに答え、ギーシュは大きく胸を張り、
「そういうワケだ。
 サイト、親友たるこのボクが協力しよう。ドーンと大船に乗ったつもり――でっ!?」
 だが、ギーシュは向上を述べきることができなかった――その後頭部をド突き倒すかのように一撃を見舞い、カブトゼクターが飛来したからだ。
「カブトゼクター……?
 そういえばお前、夕べ結局帰ってこなかっただろ。ドコ行ってたんだよ?」
 尋ねる才人だったが――カブトゼクターはかまわず才人の服の袖に角を引っ掛け、どこかに連れて行こうとする。
「お、おいおい、引っ張るなって!」
 角で服を破かれてはたまらない――カブトゼクターをなだめると、才人は角を袖から外し、カブトゼクターの後を追いかけていった。

 カブトゼクターが連れてきたのは、王宮の外壁のすぐ外側に面した茂みだった。
「ったく、ここに何があるんだよ?」
 つぶやき、才人はカブトゼクターに導かれるまま茂みをかき分けていく。
 と、茂みは唐突に途切れ――
「――って、えぇっ!?」
 そこにあったものを見て、才人は目を丸くした。
「ば、バイク……?」
 そう――そこにあったのは、紛れもなくバイクだった。
 ただし、見たことのないタイプだ。白と赤を基本カラーに、ハンドルの中央にはカブトムシの角をイメージしたような角飾りがついている。
「……何? それ」
「オレのせ――故郷の乗り物だよ」
 ギーシュもいる手前言葉を選びつつ、才人は尋ねるルイズにそう答え――ふと思いついた。試しに左手でバイクに触れてみる。
 とたん――ルーンが光を放った。同時に才人の脳裏にバイクについての情報が流れ込んでくる。
(……カブトエクステンダー。
 カブトゼクターに選ばれた有資格者に与えられる専用のマシン、か……)
 バイクだと認識した瞬間、真っ先に心配したのはガソリンの問題だったが――どうやらある種の永久動力のようなもので動いているらしい。説明的な情報も伝わってきたが、ハッキリ言って自分の頭ではチンプンカンプンだ。
 ともかく、使える事はわかった。ルーンが反応してくれたところを見ると、乗りこなすのも問題はないだろう――ふと免許はいいのか? などとも考えたが、そもそもこの世界に運転免許制度自体あるまい。気にしないことにする。
「こんなもの、どこから持ってきたんだ……?」
 しごくもっともな疑問を口にするギーシュだが、才人は気づいていた。
 左手のルーンが反応しているためか――すぐそばに空間が歪んだ後があるのがわかる。それに――
(カブトゼクターにはワープ機能みたいなものがあるらしいからな……たぶんその応用みたいなものなんだろうな)
 そう脳内で自己完結する才人のとなりで、ルイズがカブトゼクターに尋ねた。
「カブトゼクター。
 これ……才人に?」
 その問いに、カブトゼクターはルイズの頬に角をすり寄せる。肯定の意思表示だ。
 が――
「ダメ」
 それをルイズは一言で両断した。
「使い魔に何でもポンポン与えてちゃダメ。
 “権勢症候群”って知ってる? 犬っていうのはね、あまり甘やかすと飼い主の立場は自分より下なんだって誤解して、飼い主の言うことを聞かなくなるのよ」
「権勢症候群の名前がこの世界にもあること、オレが犬扱いなこと、そのたとえだとカブトゼクターが飼い主になること――どれからツッコめばいいんだろうな?」
 思わずつぶやく才人だが――当然の如くシカトされた。

 

 結論。
 カブトエクステンダーには才人が乗ることになった。
 理由は簡単。
 ルイズでは足がシフトペダルに届かなかったからだ。

 

 それでもルイズはカブトエクステンダーに乗りたがった。仕方がないので、才人が運転する後ろに乗ることとなり、二人は馬を用意してきたギーシュと共に街へと出発した。
 が――馬とバイク、しかもカブトエクステンダーとではスピードが違いすぎた。ギーシュはあっという間に遥か後方に置き去りにされ、現在二人は道端の木陰でギーシュを待っていた。
「速いわねー、コレ。
 馬なんかメじゃないじゃない」
「まぁ、ね……」
 馬とバイクとでは勝負以前に元々の土俵が違う――実体験として味わったカブトエクステンダーのスピードに感嘆の声を上げるルイズに、才人は思わず苦笑する。
「わたしも乗馬が趣味でよく馬に乗ったりするけど……段違いだわ。
 これは、ご主人様として負けてられないわね」
 勝つ気か? 勝つ気なのか?
 思わずツッコみかけたその言葉を飲み込み、才人はその『勝負』に動員されるであろう、今は魔法学園の厩舎でヒマを持て余しているはずのルイズの馬に心の中で合掌した。
 すまん。オレはお前に地獄を用意してしまったみたいだ――才人が慰めに人参でも贈ろうか、などとと考えていると、
「おーい! サイト、ルイズ!」
 聞こえてきた声に振り向くと、馬に乗ったギーシュがようやく追いついてくるのが見えた。
「や、やっと追いついた……」
「災難だったな、お前らも……」
 息を切らせてつぶやくギーシュ、そして彼の馬を労って才人が声をかけ――
「じゃ、ギーシュも追いついてきたことだし、先に進みましょうか」
((鬼!))
 間髪入れずに出発しようとしたルイズに、才人達二人の心の声が唱和した。

 そんなこんなで、結局ギーシュの馬に併せて走ること3時間――彼らは王都トリステインの城下町に着いた。
 町の入り口の門、そのすぐそばにあった駅にギーシュの馬やカブトエクステンダーを預け、門をくぐる。
「へぇ……城下町だって聞いてたけど、やっぱりにぎやかだな」
 物珍しそうに辺りを見回し、才人は思わず感嘆の声を上げた。
 白い石造りの街並みは、まるでどこかとテーマパークに迷い込んだかのような印象を受ける。日本で言うなら明治村といったところか。
 通りの両側には様々な露店が並び、客を得ようとする呼び声が盛んに飛び交っている。こういった空気に馴染みない才人にとっては、この上なく好奇心をそそられる光景だ。
「なぁ、あのびんの形をした看板って何なんだ?」
「酒場でしょ」
「あのバッテンの印は?」
「兵士の詰め所さ」
「兵士の振るう剣を模しているのよ」
「あそこの屋台は?」
「魔法薬の材料を売ってるみたいだな……
 ……おや、ルイズ、どうしたんだい? 後ずさったりして」
「か、カエルの干物があるじゃない!」
「あれ、ルイズってカエルはダメなのか?」
「そういえば……キミは使い魔召喚以来、モンモランシーに近寄ってないね。
 なんと言っても、彼女の使い魔のロビンはカエルだからね」
「うるさいわね!」
 興味を引かれる看板を見かけるたびに尋ねる才人とそれに答えるルイズとギーシュ、その頭上でカブトゼクターはまるで大通りを見回すようにしきりに飛び回る――質疑応答とそれに伴うやり取りを交わしながら、一行は剣をかたどった銅製の看板を下げた店の前で足を止めた。
 これはさすがに質問しなくてもわかった。
 そもそもの目的地である――武器屋である。

 店の中は昼間だというのに薄暗かった――窓をつぶして商品を飾る棚を置いているからである。
 棚の中にビッシリと剣や槍が並べられている中、五十がらみの親父がパイプをふかしながら店の奥のカウンターに身を納めていた。
「……おやおや、貴族ですかい。
 貴族が武器屋に何の御用ですか? うちはまっとうな商売をしてまさぁ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
 まるで時代劇の中のセリフだ――才人が思わず苦笑するとなりで、ルイズが答えた。
「客よ。
 こっちの使――従者の使う剣がほしくてね」
 『使い魔』と言いかけて訂正する。才人がただの使い魔でない事はギーシュとの決闘を見た者ならば疑う余地はないが、世間では人間の使い魔など、珍事以外の何物でもないからだ。
「ほら、選びなさいよ」
「あ、あぁ……」
 ルイズに促され、才人は手近なところにあった剣を手に取った。
 とたん、左手のルーンが光を放ち――才人の頭に手にした剣についての知識が浮かび上がってきた。
 “流れ込んできた”という感じではない。文字通りどこからともなく自分の知識の中に浮かび上がってきたのだ。まるで元から知っていたのを思い出したかのように。
 別の剣や槍、ナイフなどでも試してみるが同じ現象が次々に起きる。
 正確な大きさや強度のような基本的な情報はもちろん、有利な点、不利な点、どういった使い方が適切か――そう言った専門的な知識までもが手に取るようにわかる。
「やっぱ……お前の使い方がわかったのもこのルーンのせいなのかな?」
 頭上のカブトゼクターに尋ねるが――カブトゼクターはわからない、とばかりにその身をかしげてみせる。
「お前にもわからないのか?
 どうなってんだろうな、これ……」
 カブトゼクターの意図を汲み取り、才人がルーンへと視線を落とすと、
「貴族の旦那、これなどはどうですか?」
 言って、先ほどの武器屋の主人が店の奥から立派な剣を持ち出してきた。
 装飾の派手な、重量で叩き斬る類の両手剣だ。
「重さのせいで使い手は選びますが、店一番の業物でさぁ。
 装飾も申し分なし。貴族の従者なら、このくらいのものは下げてなきゃいけませんぜ」
「ぅわー、重そう……」
 主人の言葉に、その重量感タップリの威容を前にした才人は思わず正直な感想をもらした。
「変身でもしなきゃ使えそうにないんじゃないか?」
「だよなぁ……」
 ギーシュの言葉に同意する。
 となると、この剣は今回の用途からは外れることになる。カブトゼクターが不在でも身を守れるように、ということで剣を買いに来たのだから。
「ルイズ、その剣はやめとくから――」
「お幾ら?」
「って、聞けよ人の話」
 おそらく『店一番』という文句にやられたのだろう。あっさり主人と値段交渉を始めたルイズに、無視された才人は思わず抗議の声を上げる。
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。
 魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさぁ。ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう?
 そんなワケで、お安かぁありませんぜ?」
「わたしは貴族よ」
 主人の挑発にますますルイズは買う気になってしまっているようだ。
「ダメだ……訪問販売とか絶対ノセられるタイプだ……」
 頭を抱える才人の前で、主人はルイズに値段を告げた。
「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」
「立派な家と盛りつきの庭が買えるじゃないの!」
「…………そうなのか?」
 声を上げるルイズの後ろで、尋ねる才人にギーシュは肩をすくめてみせる――肯定と思っていいのだろうか。
「まいったわね……そんなにすると思ってなかったから、剣用のお金は新金貨で100しか持ってきてないわ」
 値段交渉は相手とのシビアな駆け引きだというのに、こっちの財布の中身をばらしてどうするのか――ルイズの言葉に、才人はますます頭を抱えた。
「まともな大剣なら、どんなに安くても相場は200でさぁ」
「そうなんだ……?」
「あー、ルイズ?
 別に大剣でなくてもいいよ――今回は100で買えるヤツで妥協しとこう」
 このままだと泥沼的に手持ち金額ギリギリの値段の剣を売りつけられかねない――眉をひそめるルイズに才人は後ろから耳打ちする。
「……そうするしかないわね……
 残念だわ、気に入ったのに……」
「何だったら、ボクが立て替えてあげようか?」
「後がややこしくなりそうだからヤ」
 提案するギーシュの言葉をルイズが一掃すると、
「『気に入った』だって?
 この小娘が、生意気言うんじゃねぇ!」
 突然、店内に低い男の声がした。
 才人達は視線を交わし、声のする方向を見たが、そこには剣が乱雑に積まれているだけで誰もいない。
「まったく、自分が振るワケじゃねぇんだぞ。ちょっとは考えやがれ。
 『気に入った』? そんな理由で選ばれたら使い手はもちろん、剣にとっても迷惑な話さ。
 そんな重い剣がその小僧に使えるもんか。どう見たってムリだっての。
 片手剣ならグラディウス級、両手剣でもクレイモア級がせいぜいだぜ」
「何よ、失礼ね!」
 言いたい放題に言われ、ルイズの額に青筋が浮かぶ。
 そんなルイズに少々気圧されながら、ギーシュは声の主に声をかけた。
「姿を見せたらどうだい?
 相手に意見したいのなら、まずは姿を見せて堂々と告げるべきだろう」
「お前らの目は節穴か!
 さっきから目の前にいるっつーの!」
 その声に、才人は気づいた。
 声は乱雑に積まれた剣の中――その内の一振りから聞こえてくる。
 ――いや、声がする、のではない。
「剣が……しゃべってる?」
 つぶやき、才人は思わずカブトゼクターと顔を見合わせた。その後ろから、店の主人が怒りの声を上げる。
「やい、デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねぇ!」
「デル公?」
 才人は、その剣を手にとってまじまじと見つめてみた。勝手に触るな! と抗議の声が上がるが気にしない。
 太刀に分類すればいいだろうか。細身で、薄手の両手剣だ。刀身にはサビが浮いているが、なぜかそれで斬れ味が損なわれているような気はしなかった。
 そして何より――何というか、ものすごく手に馴染んだ。先ほど試してみた剣とは大違いだ。
 そんなことを考えていると、いつの間にか黙り込んでいた剣が口(?)を開いた。
「……おでれーた。
 見損なってた。てめぇ――“使い手”か」
「“使い手”?」
「ふんっ、自分の実力も知らねぇのか。
 まぁいい。てめぇ、オレを買え」
「お前を……?」
 剣の言葉に、才人は思わずルイズへと視線を向けた。
 当のルイズはさんざんに言われたせいもあって、なんとなく嫌そうな空気を漂わせている。
 よく見るとチラチラと先ほどの剣に視線を向けている――どうやらまだあきらめきれていないようだ。
 だが――いくら粘ってもない袖は振れない。しぶしぶ値段を尋ねた。
「あれ、お幾ら?」
「あれなら、100でけっこうでさ」
「安いじゃない」
「サービスですよ。
 こっちにしてみれば、厄介払いできて万々歳ですからね」
 答える主人の言葉に、才人はルイズから預かっていた財布から金貨を取り出し、主人に金貨の枚数を数えてもらって支払いが完了。改めて剣を受け取った。
 ついでに鞘も渡され、主人は付け加えた。
「どうしてもうるさいと思ったら、鞘に入れればおとなしくなりまさぁ」
 うなずき、鞘を受け取った才人は剣に声をかけた。
「これからよろしく。えっと……デル公、だっけ?」
「インテリジェンスソードの、デルフリンガーだ」
「そっか。オレは平賀才人。才人でいいよ」
 改めて名乗るデルフリンガーに才人が答えると、
「………………ん?」
 何の気なしに店内を見回していたギーシュがそれに気づいた。
 才人がデルフリンガーを取り出した剣の山の中――その中にあった一振りの剣の存在に。
 手にとって見ると、ずいぶんと変わった意匠だとわかる――大型の、紫を基調とした色合いの鍔飾りに加え、片刃の峰にはまるで補強するかのように装甲が追加されている。
「主人、これは……?」
「あぁ、ずいぶん前に買い取ったものでさ。
 やたら頑丈でよく斬れるんだが、ご覧のとおりちょっとアレなデザインでちっとも売れやしねぇ。
 そいつも厄介払いしたかったところでさ――安くしときやすぜ」
「ふむ…………」
 主人の言葉にしばし考え――ギーシュは決めた。
「よし、いただこう。
 なぜかは知らないが、気に入った」
「毎度あり!
 今鞘をご用意いたしまさぁ!」
 主人が答え、ギーシュは支払いを済ませるが――そんなギーシュを、カブトゼクターは空中で動きを止めてじっと見つめていた。
 まるで警戒するかのように――

 ともあれ、無事に剣を手に入れた才人はとりあえず身の安全も保障されたこともあり(あくまでも『とりあえず』だが)、ルイズやギーシュと共に魔法学園に戻った。
 だが――これですんなりと終わってくれるほど、運命の女神は素直ではなかったらしい。
 要するに――

 もめ事は、まだ片づいてはいなかったのだ。

 

「どういう意味? ツェルプストー」
 腰に両手をあてて仁王立ち。鋭い視線で不倶戴天の敵をにらみつけているのはルイズである。
 が――当のキュルケは悠然と、恋の相手の主人の視線を受け流す。
「今日、街に行ってきたの。彼にプレゼントでも、と思って。
 実際のところは使い魔でも、周りから見たらサイトってあなたの従者じゃない? 剣のひとつも持ってないと格好がつかないと思って、買ってきてあげたのよ」
「おあいにくさま。サイトの使う剣ならもう間に合ってるの。
 それに、サイトにはカブトゼクターもついてるんだし」
「けど、そのカブトゼクターだっていつも一緒にいるワケじゃないでしょ?
 カブトゼクターが戦うためのものなら、剣は身を守るためのものだもの。どうせならいいモノの方がいいじゃないの」
「何よ、その程度。
 サイトにはデルフリンガーがあるもの――インテリジェンスソードよ。意思を持つ剣よ。アドバイザーも兼ねられて一石二鳥じゃない」
「けどボロボロじゃないの。
 肝心の剣として役に立たないんじゃどうしようもないんじゃなくて?」
「どうしてボロボロだって知ってんのよ!」
「お金が足りなくて買えなかったなんて、貧乏はイヤよねー♪」
 にらみ合う両雄を、才人はベッド代わりに床に敷き詰めたワラの束(ルイズ命名『ニワトリの巣』)の上で見守っていた。
 傍らではギーシュが、頭の上ではカブトゼクターが同様に二人のやりとりを見つめている。
 才人もギーシュも一言も発しない。カブトゼクターも動かない。
 二人の発するプレッシャーによって、まるで金縛りにあったかのように動きを封じられている。
 キュルケの手の中には、武器屋で『店一番』と紹介された、あの金ぴかの剣があった――考えるまでもなく、才人達の後をつけていたのは明白だ。
 だが、そんなことを考える才人達をよそに、ルイズとキュルケのやり取りはヒートアップの一途をたどっている。
「嫉妬は見苦しいわよ、ヴァリエール」
「嫉妬? 誰が嫉妬してるのよ!」
「そうじゃない。あなたが才人に用意できなかった剣をあたしが難なく手に入れてプレゼントしようとしてるのが気に入らないんでしょ?」
「何でそうなるのよ!
 わたしはツェルプストーの人間からは豆粒ひとつだって恵んでもらいたくないだけよ!」
「別にあなたにあげるワケじゃないんだからいいじゃないの」
「サイトはヴァリエールの禄をんでる、れっきとしたヴァリエールの人間よ!」
「それでも選ぶのは当事者のサイトよ」
 ルイズに答えると、キュルケは才人へと流し目を送る。
「ねぇ、サイト、知ってる? この剣、ゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛えたそうよ。
 剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ? トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばっかり高くって、どうしようもないんだから」
(いくつかキミにもあてはまると思うんだけどなー……)
「はんっ! あんたなんてただの色ボケじゃないの! なぁに? ゲルマニアで男をあさりすぎて問題を起こして、トリステインまで留学してきたんでしょ?」
(問題って意味じゃルイズも同じよーなモノなんじゃないのか?)
 キュルケとルイズ、それぞれの言葉に胸中でつぶやく才人だが――もちろん声には出さない。出したら必ず地獄が待っている。
 だが、そうやって穏便に済ませようとしている才人に対し、二人の間の緊張感はみるみる内に増していく。しばしにらみ合いを続けた末、ついに杖に手をかけ――それを見た才人はさすがに腰を上げた。
「ス、ストップ、ストップ!
 それはさすがにやりすぎだって!」
 ルイズに杖を振るわせたが最後、標的のキュルケどころか自分達まで巻き込まれる――半ば我が身かわいさからの行動ながら才人はルイズの手をつかんで動きを封じ、
「…………室内」
 キュルケに対してはそれまで沈黙を保っていた彼女の連れの少女が動いた。杖を振るい、巻き起こった風がキュルケの手から杖を吹き飛ばす。
「そろそろやめとけって。
 二人とも、それ以上はちょっとシャレに――」
『黙ってて!』
「…………息ピッタリじゃねーか」
 口をそろえて一喝してくるルイズとキュルケ、二人の反応にため息をつくと、才人は再び“ニワトリの巣”に戻る。
 と――キュルケの杖を吹き飛ばした少女もまた、才人のとなりに腰かけた。二人のとばっちりを避けてきたのだろう。
 ギーシュに彼女のことを聞いてみようかと思ったが、二人のプレッシャーに呑まれて硬直している。初対面の子にいきなり、というのも気が引けたが、才人は仕方なく本人に尋ねることにした。
「えっと……キュルケの友達?」
 読んでいた本から顔を上げるとコクンとうなずき、また本へと視線を戻す。かなり無口な子のようだ。
「オレは平賀才人。サイトでいいよ。
 キミは?」
「…………タバサ」
「いつもあんな感じなの? あの二人」
「…………そう」
「そっか」
 答えるタバサの言葉に、才人は言い争いを続けるルイズ達へと視線を戻した。
「だから息がピッタリなのか、あの二人」
「………………?」
 そうつぶやいた才人へと、タバサは読んでいた本から顔を上げ、こちらに視線を向けてきた。
 そんな彼女に、才人は肩をすくめて答える。
「極端に言っちゃうなら、ケンカってちょっと乱暴なコミュニケーション手段なんじゃないかな?
 どっちも遠慮なしに自分の本音をぶちまけちゃうから、どうしたって相手のホントの部分が見えてくる……だから、相手のことが普通に付き合うよりもわかってくる。
 ギーシュだって、オレと決闘したおかげでオレを友達として認めてくれたワケだし」
 納得したのか、タバサはほんの少し――注視していなければわからないほどほんの少し――だけ首肯して見せる。
 そして、才人はようやく気づいた。その瞳にはわずかに驚きの色が見て取れる。
 あまり表情を表に出さないだけで、その内面は自分達と同じように驚いたり考え込んだり、そしてたぶん笑ったり――そんな感情がちゃんと存在しているのだろう。
 そんな彼女がなんとなくかわいらしく思え、才人は手を伸ばし――
「…………ぁ……」
 気がつけば彼女の頭を優しくなでていた。小さくタバサが驚きの声を上げる。
「あ……ゴメン、つい……
 イヤだったか?」
 ほんのわずかなリアクションだったが、自分のしていることを自覚するには十分だった。手を放し、謝罪する才人だったが――
「………………」
 タバサは視線を落とし――これまたわずかに首を左右に振って見せた。そして、ポツリと一言。
「イヤじゃ……なかった」
 きっと顔は真っ赤なのだろう――いや、真っ赤であってほしいなー、という願望を才人が抱いていると、
「まったく……これじゃラチがあかないわね」
「そうね……」
 こちらはこう着した戦況がイヤになったのだろうか。息をついたキュルケにルイズが同意した。
「そろそろ、決着をつけませんこと?」
「そうね」
「あたしね、あんたのこと、だいっきらいなのよ」
「奇遇ね。わたしもよ」
「気が合うわね」
 キュルケは微笑みを浮かべ――しかしすぐに眉を吊り上げた。
 ルイズも、負けじと胸を張った。
 二人の叫びが交錯する。
『決闘よ!』
「だからそれをやめろって言ってんだろうが!」

 すかさず才人が怒鳴った。
「二人とも、なんでそう話を物騒な方へ物騒な方へ持って行きたがるんだよ!
 それ以上やるって言うならカブトゼクターに頼むぞ! 変身するぞ! 身を守りつつ全力で先生に言いつけに行くぞ!」
「勢いは勇ましくても3つ目で台無しね」
 ルイズにツッコまれた。
 だが、そんな才人の剣幕で気勢が削がれたのも事実なようだ。ルイズとキュルケは顔を見合わせ、
「そうね……決闘はやめようかしら」
「お互いケガしてもつまらないしね」
 キュルケが答え、二人はしばし視線を交わし――
「それじゃあ……」
「もっと平和的な勝負で決めましょうか」
 そういう二人の視線は、同時に才人へと向けられた。

 そして――
「……オレが原因なのはわかってる。
 決闘を思いとどまってくれたことにも感謝はしてる。
 穏便な方法で解決しようと努力してくれてることも認めよう。
 けどさ……」
 そう前置きし、才人は大きく息を吸い込み、怒鳴った。
「オレがこうされる意味がどこにあるってんだ!」
 そう告げる才人はロープで縛られ、塔の屋上から吊るされ、空中にぶら下がっている。
 しかもご丁寧に逆さ吊り。胴のあたりにはこちらの文字で「トロフィー」と書かれた紙が貼られている。
 ちなみに貼り紙はギーシュが書いた。後で殴ってやると固く心に誓う才人だった。
「いいこと? ヴァリエール。
 あのロープを切って、サイトを字面に落とした方が勝ち」
「勝った方の剣をサイトが使う――文句はないわね?」
「あるわいっ!」
 頭上から才人の声が振ってくる。
「それなら別に落とすのがオレである理由はないだろ!
 吊るすのが逆さ吊りな理由なんてもっとない!」
 その言葉にキュルケとルイズは顔を見合わせ――答えた。
「なんとなく」
「雰囲気作り」

「ざっ、けんっ、なぁぁぁぁぁっ!」

 わめき、もがく才人だが、がんじがらめに縛られた身体では芋虫がクネクネとうごめいているようにしか見えない。
「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。そのぐらいはハンデよ」
「いいわ」
 キュルケに答え、ルイズは杖を構えた。
 何を使うつもりなのだろうか――そんなことを考えていた才人はふと気づいた。
(ちょっと待て!
 ルイズに魔法を使わせる気か!?)
 あの錬金の授業でルイズの巻き起こした爆発が再び脳裏によみがえる。
「ち、ちょっと待て、ルイズ! タイム!」
「うるさいわね! 気が散るでしょ!」
 制止の声を上げるもののあえなく却下され――才人は気づいた。
 自分の位置から見渡せる広場の外れ――その一角で動くものがいる。
 人間でも、誰かの使い魔でもない。
 なぜなら――この魔法学院に住むようになって1週間。“建物並みの巨体を持つ使い魔”にお目にかかったコトなど皆無だから。
「待て! ルイズ! ストップ!」
「何よ、まだグダグダ言うの!?」
「違う! 後ろ後ろ!」
「後ろ……?」
 その言葉に、ルイズよりも先にキュルケが振り向いた。背後へと視線を向け――そこに現れた巨体を前に悲鳴を上げる。
 と、月にかかっていた雲が晴れ、巨体が月光にさらされた。
 全身が岩だの土だのでできている――ゴーレムとかいうヤツだろうか。ギーシュのワルキューレとは大違いだ。
 その巨体に驚き、あわててルイズ達はその場から逃げ出す。って――
「おい、オレは!?」
 吊るされたままの才人が声を上げるが、ゴーレムはそんな才人に――いや、彼の吊るされている塔に向けて歩を進める。
「サイト!」
「ちょっと、危ないわよ、ルイズ!」
 才人の声に我に返り、彼を助けに走ろうとしたルイズだが、そのすぐそばにはゴーレムがいる。危険だと判断したキュルケに止められてしまう。
「放してよ! サイトが!」
「落ち着きなさい、ルイズ!」
 その手を振り解こうとするルイズを、キュルケはぴしゃりと一喝した。
「サイトのためだけにあんなゴーレムが出てくると思う!?
 きっと目的は別――サイトは二の次のはずよ!」
「そんなのわからないじゃない!
 使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃない――わたしはサイトを助けに行く!」
 しかし、ルイズはキュルケにそう言い放つと塔へと向かうゴーレムの背中をにらみつけた。
「止まりなさい!」
 勇敢に告げるルイズだが、ゴーレムの足は止まらない。
「止まらないと――タダじゃすまないわよ!」
 言うと同時、呪文を詠唱したルイズは杖を振るい――
「どわぁっ!?」
 なぜか才人の背後の壁が爆発した。爆風で才人の身体が揺れる。
「殺す気か!?」
「ちょっと間違っただけじゃない!」
「『ちょっと』!? これが『ちょっと』か!?」
 背後の分厚い石壁はヒビが入っている――自分の抗議に反論するルイズに才人が言い返すと、改めてゴーレムが動いた。
 吊るされている才人を手に取り――そこで才人は気づいた。
(誰か……いる……!?)
 ゴーレムの肩の上に誰かいる。黒いローブをまとった人影である。
 だが――思考する余裕があったのもそこまでだった。ゴーレムはキュルケの言うとおり才人には興味がなかったのか、そのまま無造作に放り出す。
「わぁぁぁぁぁっ!?」
 空中に放り出され、才人の身体が地上に向けて急速に落下し――
 だが、間一髪で才人の身体は何かの上に落下した。
 翼を持つ、青色のドラゴンだ。自分のすぐ目の前にタバサが乗っていることから考えても、彼女の使い魔なのだろう。
「あ、ありがとう、タバサ……」
「…………いい」
 自分の謝辞にタバサが短く答えるのを聞き、才人は改めてゴーレムを見下ろした。
 ゴーレムは塔に向けて何度も拳を叩きつけている。あの塔に何かあるのだろうか――?
 やがて、ゴーレムの拳がルイズの魔法による破壊跡をとらえた。ルイズのつけたヒビがさらに大きくなり、壁が崩れ落ちる。
 それを確認し、人影はゴーレムの腕を伝って壁の向こうへと侵入。すぐにまた姿を見せた。
 その手の中には、何か――布に包まれた筒のようなもの、そして同様の装丁の小箱が見える。
「あれが狙いか……?」
 つぶやく才人の目の前でゴーレムは転進。学院の城壁を悠々とまたぐとそのまま草原を歩いていく。
「…………追いかけて」
 少なくとも泥棒――いやむしろ強盗か――には違いない。その後を追おうとタバサはドラゴンにその旨を命じ――
「いや、もうムダだよ」
 未だロープに縛られた情けない姿ではあったが、才人は真剣な表情でタバサに告げた。
「ゴーレムの肩にいたメイジが……いなくなってる」
 その言葉にタバサが見ると、確かにゴーレムの上には人影はなく――それを確認すると同時、ゴーレムは轟音と共に崩れ落ちた。
「……降りて」
 タバサの命にドラゴンが従い、ゴーレムの残骸の元に降り立つ。
 やはり、黒ローブのメイジの姿はどこにもない。
 自分達にできるのはここまでか――ため息をつき、才人はタバサに声をかけた。
「なぁ」
「…………何」
「これ、ほどいてくれないかな?」


次回予告

「さ、サイト!
 何ボケッとしてるのよ!? さぁ、出かけるわよ!」

「どこへだよ?」
「決まってるでしょ!
 盗賊のフーケを捕まえに行くの!
 タバサやギーシュ、ツェルプストーもね!」

「ギーシュも……?
 ゴーレム相手に役に立つのか? アイツ」

「さ、さぁ……」

次回、ゼロのカブト
『誇りと命とこぼれた涙』

「読まないと許さないんだから!」


 

(初版:2006/11/09)
(第2版:2006/11/16)
(次回予告追加)