ルイズとキュルケの激突、そしてゴーレムとそれを操るメイジの襲撃から一夜明け――学院は喧騒に包まれていた。
 何しろ、学院に秘蔵されていた秘宝が盗まれたのだ。
 しかも、ゴーレムが真っ向から襲撃、、壁を破壊して強奪するといった大胆な方法で。
 真っ向から学院に現れ、強引に壁を破壊して目的の物を奪うという大胆な犯人の手口に、教師達はもちろん、現場に居合わせ、証言のために呼び出された才人達も驚きを隠せない。
 そして、これまた大胆なことに、宝物庫の壁には犯人のものと思われる署名が残されていた。

 

 

『“破壊の杖”並びに“装身の蜂”、確かに領収致しました。“土くれ”のフーケ』

 

 


 

第3話
「誇りと命とこぼれた涙」

 


 

 

 “土くれ”のフーケ――宝物庫前の廊下で待たされている間に才人が尋ねたところかなり有名な盗賊らしく、今回のような大胆な手口から誰ひとり気づかれることなく侵入して盗み出すような手口までまさに変幻自在、神出鬼没、性別や年齢も不詳の大怪盗メイジということらしい。
 “土くれ”の二つ名は、土属性である“錬金”の魔法を主な手段として用いるからだそうだ。そういえばギーシュも土属性だったか――などと才人が考えている前で、教師達は互いにわめき散らしている。
 責任の所在を明らかにしようとしているらしいが――傍から見ていると責任のなすりつけ合いにしか見えない。
「どこの世界も大人はみんな一緒か……」
「生々しいコメント持ってこないでよ」
 つぶやく才人にルイズが答える一方で、追及の矛先は次第にある人物へと集中し始めた。
 ミセス・シュヴルーズ――この魔法学院で才人が始めて立ち会った授業で“錬金”の魔法を実演して見せた教師だ。どうやら昨夜の当直は彼女だったらしい。
 飛び交う怒号の中、シュヴルーズは見ていてもわかるほどに縮こまっている。それほど周囲の教師達の追及は厳しいものだった。彼らは何よりも誇りを重んじる貴族だ。コケにされた怒りも上乗せされ、その追及の声は容赦がない。
 半分以上八つ当たりの集中砲火。なんだか見ていて腹が立ってきた――口を尖らせ、才人は口を開き――
「これこれ、女性をそういじめるものではない」
 そこに新たな声が割って入った。
 オールド・オスマン――と、教師たちの口からその名がこぼれる。
「責任があるとするなら、私を含めた、我々全員にあると言わねばなるまいて。
 我々はこの魔法学院が賊に襲われるなど、夢にも思っていなかった――ここにいるのは、ほとんどがメイジじゃからな。
 しかし、それは間違いじゃった。我々全員が油断していたのじゃ」
 その言葉に、教師達は押し黙る――誰もが自身の油断をストレートに指摘され、反論を封じられていた。
 ミセス・シュヴルーズにいたっては、かばってもらえたのがよほどうれしかったのか、感激してオスマン氏に抱きついている。
 その光景を前に、才人はルイズに尋ねた。
「なぁ、あのじいちゃんは?」
 返ってきたのはヒジ鉄一発――ため息をつき、答える。
「あの人はこのトリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンよ。
 学生じゃなくても、自分の暮らすところの長くらいは覚えておきなさいよ」
「ムリ言うなよ。初めて見たのに。
 けど……学院長、なんだよな……」
 口を尖らせて答えると、才人はオスマン氏へと視線を戻し――
「………………あれで?」
「………………聞かないで」
 その後に『頼むから』とでも付きそうなくらい、ルイズの答えは自信に欠けていた。
 まぁ――抱きつかれたオスマン氏がちゃっかりシュヴルーズの尻をなでているのをまともに目撃してしまったのでは、無理もない話ではあるが。
 しばしその場を沈黙が支配し――誰にもツッコんでもらえなかったオスマン氏はコホンと咳払いしてその場をごまかした。
「それで……犯行の現場を見ていたのは誰だね?」
 気を取り直し、尋ねるオスマン氏に答えたのは、才人の召喚に立ち会った頭の少々さびしい教師、コルベールが答えた。
「この4人です」
 その視線の先にいたのは廊下で待機していたルイズ、キュルケ、タバサ、そしてギーシュの4人。才人はカウントに入っていない。使い魔だからだろうか。
「ふむ、キミ達か……」
 オスマン氏は、コルベールによって宝物庫内に招き入れられたルイズ達を順に見ていき――ルイズの後ろにいた才人のところで視線を止めた。
 そのままじっと才人を眺める――どうして自分がジロジロ見られているのかわからず、かしこまる才人だったが、相手は学院長だ。ギーシュとの決闘のことを知っていたとしても不思議ではない。
「詳しく説明したまえ」
 気を取り直し、説明を求めるオスマン氏に、ルイズが一歩進み出て答えた。
「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。
 肩に乗ってた黒いメイジがこの宝物庫の中から何かを――その“破壊の杖”だと思いますけど、それを盗み出した後、またゴーレムの肩に乗りました。
 ゴーレムは城壁を越えて歩き出して、最後には崩れて土になっちゃいました」
「それで?」
 先を促すオスマンには、その後をタバサと共に見届けた才人が答えた。
「後には、土しか残っていませんでした。
 肩に乗ってた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなってました」
「ふむ……
 後を追おうにも手掛かりなしというワケか……」
 自身のヒゲをなでつつオスマン氏がつぶやくと、そこに新たな人影が現れた。
 才人の問いにルイズが答えたところによればオスマン氏の秘書で、ミス・ロングビルというらしい。
「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか!? 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
 興奮した様子でコルベールがまくし立てるが、ミス・ロングビルは動じることなくオスマン氏に告げた。
「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。
 今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこのとおり。
 すぐに壁にフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査をいたしました」
「仕事が早いの、ミス・ロングビル」
 感心するオスマン氏のとなりで、コルベールがあわてた調子で促した。
「で、結果は?」
「はい。
 フーケの居所がわかりました」
 その言葉に、一同が沸き立つ。
 そしてミス・ロングビルが説明したところによると、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を仕事に出ていた農民が見たと言うが――
(………………?)
 その説明に、才人は思わず眉をひそめた。
 先ほどから、何かが引っかかる――ミス・ロングビルの話には、どこか矛盾を感じる。
 が――才人がそんなことを考えている間にも、一同の会話は進んでいく。
「そこは近いのかね?」
「はい。
 徒歩で半日。馬で4時間といったところでしょうか」
「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
 コルベールが叫んだが――オスマンは首を左右に振ってそれに応えた。
「王室なんぞに知らせている間に逃げてしまうわい。
 第一、身にかかる火の粉を己で払えぬようで、何が貴族メイジじゃ。
 魔法学院の宝が盗まれた――すなわちこれは魔法学院の問題じゃ。当然我らで解決する」
 その言葉には、先ほどシュヴルーズの尻を撫でていたスケベジジィと同一人物とは信じられないほどの威厳に満ちていた。皆が沈黙する中、オスマン氏が告げる。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは杖を掲げよ」
 有志を募るオスマン氏だが――誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わせるだけだ。
「おらんのか?
 どうした! フーケを捕まえて、名をあげようと思う貴族はおらんのか!」
 周囲を見回し、オスマンが告げ――杖が挙がった。
 ルイズである。
「お、おい、ルイズ――」
 何考えてるんだ――そう言いかけた才人だが、ルイズと目があった瞬間その言葉を呑み込んだ。
 本気だ。危険であることを知り、その上で志願している。
 止めるのは不可能と悟り、才人が頭を抱え――さらに杖が挙がった。
 今度は――
「ギーシュ!?」
「ルイズが行くとなれば、当然キミも行くだろ?
 友として、キミ達の危機に馳せ参じないワケにはいかないよ」
 驚く才人にギーシュが答え――
「フンッ、ヴァリエールには負けられませんわ」
「心配」
 さらにキュルケやタバサまでもが杖を掲げた。
「お、おい……お前らまで……」
 タバサはともかく、まさかルイズと犬猿の仲であるキュルケまでもが参戦してくるとは思っていなかった――才人の困惑が最高潮に達している一方で、オスマン氏は笑って告げた。
「そうか。では、頼むとしようか」
 オスマン氏とて、危険であることは承知しているはずだ。
 だが、同時に彼女達の覚悟もまた見抜いているはずだ。だからこそ彼女達の意思を尊重した。
 こうなるともはや止める事はできまい。ため息をつき――才人はそれでも決めていた。
 止められないのなら、危険なところに赴くのなら――

 自分が守るしかないじゃないか。
 

 そんな経緯で、ルイズ達は道案内に指名されたミス・ロングビルを加え、目的の廃屋に向かうことになった。
 ルイズ達はミス・ロングビルが手綱を握る馬車に乗り、その横をカブトエクステンダーに乗る才人が速度を併せて併走している。
 馬車といっても、それは貴族が普段乗る豪華なものではなく、屋根を撤去し荷車のような仕様に手が加えられている。襲われた時に、すぐに対処できるように、との配慮である。

 が――馬車の上では、すでにキュルケがヒマを持て余していた。
「それにしてもヒマねー……」
「だったら来なきゃよかったじゃない。
 忘れたの? あなた、自分で志願したのよ」
 ルイズがすかさず反応し、にらみ合う二人。止めようとでも言うのかギーシュが茶々を入れ、殴り倒される――そんなやり取りを才人ももはや止めない。というか、何度も繰り返されていい加減止めるのに疲れた。ただ小さくため息をつくばかりである。
「…………心配?」
 そのため息を別の意味にとったのか、本を読んでいたタバサが顔を上げて尋ねる。
「いや……そりゃ、確かに不安だけど……まぁ、なんとかなると思う。
 これだけのメンバーがそろってるんだ。オレだって変身すればそれなりに戦えるし、いざって時でも、命からがら逃げ出す、くらいはできるだろ。
 後でいろいろ言われるだろうけど――それでもケガしたり、死んだりするよりはマシさ。
 ルイズはもちろんだけど、ギーシュやキュルケ……それにタバサにだって、ケガしてほしくないからさ」
「…………そう」
 小さくうなずき、タバサは本へと視線を戻す――その頬がわずかに赤いように見えるのはうぬぼれだろうか。
「それに……」
 つぶやき、才人は再び前方へと視線を戻した。

 先ほどの宝物庫でのやり取りの中で感じた違和感――
 ミス・ロングビルの話の中に見えた矛盾――
 もし、その答えが自分の考えてる通りなら――

(フーケは、今は隠れ家にいない……)

 そう――“今は”
 

 思っていたよりも広い森の中、半ば朽ちかけた廃屋――そこがフーケの隠れ家と言われた場所だった。
 才人達は小屋から十分な距離を取り、茂みの中からその様子を伺っていた。
「私の聞いた情報だと、あの中にいるという話です」
 ミス・ロングビルが廃屋を指さして言った。
 今のところ動きはない。フーケはあの中にいるのだろうか。
 これからどうしたものかと才人は考え込んでいると、
「……聞いて」
 口を開いたのはタバサだった。一同が注目する中、落ちていた木の枝を手に取り、自分の考えた作戦を地面に図示していく。
「まず、偵察兼囮役が廃屋に侵入、中の様子を探る。
 フーケがいれば、外におびき出す――建物の中ではゴーレムを作るための土がないから、自分で出て行くかもしれないけど。
 出てきたところを待ち伏せして、一気に魔法を浴びせて仕留める」
 彼女がこんなに話しているところなど初めて見た――才人がポカンと口を開けている間に、反対意見は出なかったのか、作戦はタバサの案でいくことになった。
「それで、囮役は誰が……?」
「自身が直接攻撃を行わない者が望ましい」
 尋ねるルイズにタバサが答え――しばし考えた一同は一斉に視線を集めた。
 ギーシュへと。
「…………ボク?」
「事前に“ワルキューレ”を出しておけば、最終段階の戦闘にも参加は可能」
 聞き返すギーシュにタバサが答えると、
「では、こちらはお願いします」
 言って、ミス・ロングビルが腰を上げた。
「私は周囲を偵察してきます。
 これがフーケのワナだという可能性も捨て切れませんから」
「お願いします」
 ルイズが答え、ミス・ロングビルは一礼して茂みの向こうへと消えていった。
 一方こちらも行動開始だ。ワルキューレを作り出して後の戦闘に備えると、ギーシュは静かに小屋へと忍び寄る。
 そっと中をのぞくが――ひどい有様だ。
 間取りは一部屋。真ん中にはホコリの積もったテーブルがあり、イスはその傍らに転がっている。
 部屋の隅には積み上げられた薪の束――どうやら炭焼き小屋だったらしい。
 そして何より――部屋の中に人の気配はない。どこにも人が隠れられるような場所は見えない。
 フーケは不在のようだ。ギーシュは合図を送り、ルイズ達を呼び集める。
「誰もいないようだ」
「ワナ……って可能性はない?」
 キュルケの言葉に、ギーシュは試しにワルキューレの1体を部屋の中に入らせる。
 ………………何も起こらない。
「調べてみましょう」
 言って、ルイズが小屋の中に入ろうとするが、
「見張りをお願い」
 それを止め、告げたのはタバサだった。
「この中で、一番細かいところにも目の届くのはあなた」
 ルイズの反論を待たずに選出理由を告げ、タバサは小屋の中に入っていく。
 細かいところにも目の届く――普段の態度を見ていてくれたのだろうか。そんなことを考えて思わず照れるルイズだが――
「けど……それでも魔法が使えなきゃ意味ないのよね」
 サイトはどう思う?――問いかけようとして振り向き――ルイズは気づいた。
「サイト…………?」
 才人の姿はどこにもなかった。

「周りの様子はどうですか? ロングビルさん」
「あなたは……?」
 静かに声をかけた才人に、ミス・ロングビルは意外そうな顔で振り向いた。
「なぜここに?
 みなさんは?」
「ルイズ達なら小屋を調べてますよ。
 オレは……あなたに少し用事がありまして」
「私に……?」
 その言葉に、ミス・ロングビルは首をかしげて見せた。
「どういうことですか?」
「何、簡単な話ですよ」
 尋ねるミス・ロングビルの問いに、才人は肩をすくめて答える。
「あなたを――いえ……」

 

「“土くれ”のフーケ、あんたを捕まえるのが、オレ達の仕事だからな」
 

 一方、小屋に入ったキュルケ達は、フーケの手がかりや“破壊の杖”がないか、中を一通り探索していた。
「何もないわねぇ……」
「それどころか生活の形跡すらないじゃないか。
 本当にここがフーケの隠れ家なのかい?」
 つぶやくキュルケにギーシュが尋ねると、
「………………“破壊の杖”」
『えぇっ!?』
 突如口を開いたタバサの言葉に、二人は驚いて彼女の元に集まる。
 タバサが抱えているのは大きな長方形の箱。外には確かにこちらの文字で“破壊の杖”と書いてある。そして――
「オールド・オスマン直筆の署名だわ……
 間違いないわ。これが“破壊の杖”ね」
「となると、後は“装身の蜂”か……」
 キュルケの言葉にギーシュが尋ねた、その時――
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 外にいるルイズの悲鳴が上がった。

 驚愕の表情は一瞬――すぐに視線を落とし、改めてこちらへと向き直った時には、すでにミス・ロングビルの穏やかな笑顔は消えていた。
 代わりに現れたのは、盗賊としての鋭い視線――ミス・ロングビルがフーケとしての正体を現した瞬間だった。
「まいったわね……
 どうしてわかったのかしら?」
「説明してみれば、実に簡単な推理だよ」
 尋ねるミス・ロングビル――いや、フーケの問いに、才人はあっさりとそう答えた。
「気づけさえすれば、推理自体はどうってことなかったんだよ。
 朝、宝物庫に来た時、あんたは『壁のサインを見てフーケの仕業だと知った』って言ったよな?」
「えぇ」
「その時点でいきなり不自然なんだよ。
 確かに、事件の直後から教師が引っ切り無しに出入りしてた――けど、そこにあんたは現れてなかった。
 断言だってできるぜ――何しろ、オレ達は事件の目撃者として、証言のためにずっと入り口前の廊下で待たされてたんだからな。教師の出入りはほとんどムリヤリ見せられてたんだ。
 第一、二股がバレたからって逆切れして決闘までやらかすくらい女好きのギーシュが、あんたみたいな美人を見逃すワケがないしな。
 とにかくあんたは宝物庫には報告に来るまで現れてない――なのに、どうしてフーケのサインを見ることができたんだ?」
 言って、才人は肩をすくめて続ける。
「その後の証言だっておかしい。
 ルイズによれば、“土くれ”のフーケは神出鬼没の大怪盗だっていうじゃないか――それがご近所の農民にあっさりと目撃されるなんて、あまりにもお粗末すぎるんじゃないか?
 もうひとつ、あんたは目撃証言の説明の中で黒ローブのメイジを男だって断言した――これもおかしいよ。フーケは世間一般には性別だって知られてないんだから。いきなり『男だ』って断言するなんて不自然だろ。
 そんな不自然な供述をする理由なんて限られてる。
 あんたがフーケをかばっているか、フーケ自身か――フーケは原則単独犯だって言うからひとつめの仮説が消えて、残った仮説が――」
「私がフーケだ、というワケね」
 あっさりと才人に答え、フーケは肩をすくめて息をつく。
「私もやきが回ったかしら。
 まさかこんな坊やに気づかれるなんて」
「観念するんだな。
 もうあんたがフーケだってバレてんだ――後はルイズ達を呼んであんたを捕まえるだけさ」
 そう告げる才人だが――態度とは裏腹にそれほど余裕があるワケではない。
 相手はメイジだ。変身していない状態では少しの油断が命取りになるのはギーシュとの決闘で思い知っている。
 フーケの動きに意識を配り、才人は相手の出方を伺い――小屋の方から悲鳴が聞こえてきた。
 この声は――
「ルイズ!?」
 とっさに小屋の方へと駆け出す才人だったが――突如、その眼前で何かがぶつかり合った。
 才人に向けて高速で飛来した何かを、カブトゼクターが弾き飛ばしたのだ。
「何だ!?」
 驚き、足を止める才人の前で、カブトゼクターによって一撃を弾かれたそれはフーケの傍らへと舞い戻った。
 黄色を基本カラーとした、ハチ型の機械。つまりあれは――
「カブトゼクターと、同じ……!?」
 警戒を強める才人の目の前で、フーケは右手でハチをつかみ、
「――――変身!」
 叫ぶと同時、左手に着けたブレスレットにハチをセットする。
《HEN-SHIN!》
 とたん、システムメッセージがフーケに告げ――その姿が変わった。ブレスレットを中心に全身が六角形のパネルのようなもので覆われていき、それがはがれ落ちるように消滅するにつれ、中から白銀に輝き、イエローのアクセントが映える重厚な鎧が姿を現した。
「変身、した……!?
 やっぱり、“装身の蜂”って……」
「そう。あなたのカブトゼクターと同じもの――ザビーゼクターよ。
 私としてはあまり興味はなかったのだけど……あなたの変身を見て気が変わった、っていうワケ」
 うめく才人の目の前で、フーケは身体の感触を確かめるかのように拳を握りしめる。
「すごいわね……
 最初は使い方もわからなかったけど、ザビーに変身したとたん、身体の中から力がどんどん沸いてくるわ……」
「く――――――っ!
 カブトゼクター!」
 メイジの上に変身までする――告げる才人にカブトゼクターは素直に従った。掲げた才人の右手に舞い降り、
「変身!」
《HEN-SHIN!》

 すでに腰に着けていたライダーベルトにカブトゼクターを接続。変身した才人は剣を手に取りフーケと対峙する。
 対するフーケは余裕だ。警戒する才人の前で杖をかまえ、
「やる気なところを悪いけど、そう簡単にはいかないわ。
 言ったでしょう? 『力が沸いてくる』って――それは、“魔力も例外じゃない”のよ」
 言って、フーケは静かに杖を振るい――その背後に新たなゴーレムがその姿を現した。

「ぅわぁっ!」
 振り下ろされたゴーレムの拳をかわし、ギーシュは剣を手に地面に転がった。
 ワルキューレはすでに蹴散らされ、キュルケやタバサの魔法も巨大なゴーレムを破壊するには火力が足りない。ギーシュの剣も間合いが違いすぎて意味を成さない。
「こんなのムリよ!」
「退却」
 キュルケとタバサが声を上げ、ギーシュと共に逃げ出した。が――
「――ルイズ!?」
 ただひとり逃げようとしない者がいた。ゴーレムを正面からにらみつけるルイズの姿に、キュルケが思わず声を上げる。
「何やってんのよ! 逃げなさい!」
「イヤよ!」
 告げるキュルケにルイズが答えた、その時――
「ぅわぁっ!」
 変身した才人が森の奥から飛ばされてきた。
 ゴーレムの蹴りを防御したものの、パワー負けして弾き飛ばされたのだ。
「くそっ!」
 それでも、なんとか立ち上がって剣をかまえる才人だが、今度はフーケが襲いかかってきた。杖をまるでムチのように振るい、打ちかかってくるその攻撃を才人は地面を転がってかわす。
「才人!?」
「ルイズ!?」
 こちらに気づき、駆け寄ってくるルイズの姿に、才人は思わず声を上げた。
「バカ、なんでまだこんなところにいるんだよ! さっさと逃げろよ!」
「逃げない!」
 告げる才人に、ルイズはキッパリと答えた。
「あいつを捕まえれば、誰ももう、わたしを『ゼロのルイズ』だなんて呼ばないでしょ!」
 言って、ゴーレムをにらみ返すルイズだが、状況は芳しくない。才人と戦っていたものも含めてゴーレムは2体。さらに変身したフーケまで控えている。
「ンな次元でものを言える状況かよ!?」
「こんな状況だから言わなきゃいけないのよ!」
 そう言い返すと、ルイズは改めて才人へと向き直った。
「ゆうべ、キュルケにも言ったわ。
 『使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃない』って!
 魔法ができなくても、変身もできなくても――才人が戦うなら、わたしは主としてそれを見届けなくちゃいけないの! 逃げるなんてできない!」
 ルイズはゴーレムに向けて杖をかざした。
「魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃない――
 敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!」
 呪文を唱えるが――やはりダメだ。正面のゴーレムの表面で今までにない規模の爆発を起こすが、ゴーレムを倒すにはそれでも足りない。
 ゴーレムの拳が振り上げられる。ルイズに向けて勢いよく振り下ろされ――
「危ない!」
 とっさに才人がルイズをかばった。ルイズの身体を抱きかかえ、地面に転がって難を逃れる。
「バカか、お前は!」
 身を起こすなり、才人はルイズを怒鳴りつけた。
「貴族のプライドが何だよ! 死んだら終わりじゃねぇか!」
 そう言い放ち――才人は次の言葉を呑み込んだ。
「だって……だって…………!」
 ルイズの目から、ポロポロと涙がこぼれていた。
「だって、悔しくて……!
 わたし……いっつもバカにされてて……!」
 才人の腕の中で、ルイズが震えていた。
 ゼロゼロとバカにされて――ルイズは今まで、それにずっと耐えてきた。ずっと悔しかったはずだ。
 ギーシュとの決闘の時も、ルイズは自分のために泣いてくれたことを思い出した。
 気が強くても、生意気でも、貴族だ何だと言っていても――ルイズは歳相応の女の子なのだ。
 だが、状況は才人にそんなルイズをなぐさめる時間を与えなかった。2体のゴーレムが前後から挟み込むように立ちはだかり、拳を振り上げる。
「くそっ、少しはしんみりさせろよ!」
 うめき、才人はルイズを抱えて走り出した。ゴーレムも追ってくるが、巨体が災いしてスピードには欠ける。走るスピードは才人と変わらず、その距離は縮まらない。
 フーケは一方のゴーレムの肩の上だ。状況が有利と見て、高みの見物を決め込むつもりのようだ。
 と、才人達の頭上から近づく者がいた。
 タバサの風竜だ――背の上にはタバサだけでなく、キュルケやギーシュもいる。
「乗って!」
 告げるキュルケにルイズを預ける。
「あなたも早く」
 珍しくタバサも焦りを表情に浮かべている。
 が――才人は風竜に背を向けた。向かってくる2体のゴーレムをにらみつける。
「……早く行け」
「サイト!?」
 告げる才人の言葉に、ルイズは思わず顔を上げた。
 タバサも才人を静かに見つめる。ギリギリまで待っていてくれたが、ゴーレムが拳を振り上げるのを見て、やむなく風竜を飛び立たせた。
 変身したフーケ。増幅された彼女の魔力で今までは1体だったゴーレムが2体に増加――ハッキリ言って状況は悪化の一途をたどっている。
 だが――
「悔しいからって泣くなよ、バカ……
 なんとかしてやりたくなるじゃねぇかよ……!」
 1体目のゴーレムの振り上げた右足を、続いて襲い来る2体目の拳をかわし、
「ナメやがって。たかが土っくれじゃねぇか」
 キュルケにもらった剣とアックスモードのカブトクナイガンを二刀流でかまえる。
「こちとら、ゼロのルイズの使い魔――」

 

「仮面ライダーカブト、平賀才人だっつーの!」


次回予告

「たとえフーケが変身しても、サイトの方が先輩なのよ!
 さぁ、サイト、やっちゃいなさい!」

「ったく、無責任な!
 先輩ったって、オレだってライダーになりたてなんだぞ!」

「泣き言は許さないわよ!
 負けたらオシオキなんだから!」

「負けたら『オシオキ』どころじゃなくなると思うんだけど」
「………………
 ……死んでも勝ちなさぁぁぁいっ!」

次回、ゼロのカブト
『キャストオフ!』

「読まないと許さないんだから!」


 

(初版:2006/11/16)
(第2版:2006/11/23)
(次回予告追加)