咆哮と同時に跳躍。キュルケからもらった黄金の剣を振りかざし、正面のゴーレムに向けて渾身の力で振るう。
 対し、ゴーレムはウェイトに物を言わせた拳で応戦。両者の一撃が激突し――

 ――バギィンッ!

「折れたぁ!?」
 あっさりと剣は粉砕された。そのままゴーレムの拳は才人へと襲いかかる。
 すぐさまアックスモードのカブトクナイガンを振るうが、ゴーレムの拳にめり込んだところで刃が止まった。そのまま振り抜かれた拳に引っ張られ、力任せに吹っ飛ばされる!
「くそ………………っ!」
 とっさにカブトクナイガンから手を放し、才人は地面に転がった。
「何が『ゲルマニアの錬金術師シュペー卿が鍛えし業物』だよ!」
「アホか!
 変身した相棒とあのゴーレムのパワーがぶつかったんだぞ! 業物だろうがナマクラだろうが関係あるか!」
 折れた剣を放り出し、うめく才人の言葉に答えるのは、背中の鞘から顔(?)を出したデルフリンガーだ。
「オレを抜け、相棒!」
「お前まで折られちまうぞ!」
「かまうな! 抜け!」
「く………………っ!」
 告げるデルフリンガーの言葉に、才人は彼を抜き放ち――そんな才人にゴーレムが襲いかかる!
 振り下ろされた拳をかわす才人だが、続く2体目が足を振り上げる。
 だが――その一撃が才人を襲う事はなかった。
 突然飛び込んできた多数の人影が、手にした槍をつっかえ棒にしてゴーレムの足を受け止める。
 青銅のゴーレム――“ワルキューレ”だ。
 そして――最後に飛び込んできた影が剣を振るい、ワルキューレの槍で傷ついていたゴーレムの足へとトドメの一撃。粉々に粉砕する。
 大地に倒れ伏し、砕かれた足を再生させるゴーレムに対し、その人影は剣の切っ先を向け――
「ギーシュ…………!?」
「友の危機に、黙って退いてなどいられるものか。
 『敵に背中を向けない者こそが貴族』――キミの主の言葉だろう?」
 呆然とつぶやく才人に、ギーシュは笑みを浮かべてそう答えた。

 

 


 

第4話
「キャストオフ!」

 


 

 

 新たな援軍を前にしても、ゴーレムは一向に構いはしなかった。ギーシュに足を破壊された1体に代わり、傍らのもう1体が才人達へと一歩を踏み出す。
「来るぞ!」
「わかっている!
 行け! ワルキューレ!」
 声を上げる才人に答え、ギーシュはワルキューレに指示を下す。
 だが、すでにワルキューレ達は一度ゴーレムに蹴散らされている。普通ならばそんなものが通用するとは思えない。
 当然ながらゴーレムは再びワルキューレ達を蹴散らすべく突き進む。が――
「まともに攻めてもダメなことくらい、わかっているさ!」
 対して、ギーシュはワルキューレ達の立ち位置を一ヶ所に集中させた。振り上げられたゴーレムの足、その中心の一点に狙いを集め、集中攻撃で大きく穴を穿つ。
「サイト、あそこを狙うんだ!」
「あぁ!」
 あとはトドメの一撃のみ――ギーシュの合図で才人は地を蹴り、ゴーレムを狙うが――
「相手は、ゴーレムだけじゃないのよ!」
 そんな才人をザビーに変身したフーケが阻んだ。才人の前に立ちふさがり、放った拳で才人を殴り飛ばす。
「なんてパワーだ……!
 これが、ザビーの能力……!」
「そうみたいね。
 大したものだわ。殴り合いなんかまるで無縁だった私が、ここまでできるようになるなんてね」
 身を起こし、うめく才人にそう答えると、フーケは自分の拳の感触を確かめるようにその手を握り締める。
「サイト!」
「ギーシュ、お前はゴーレムを頼む!」
 声を上げるギーシュに答え、才人はフーケに向けてデルフリンガーを振るう。
 だが、フーケもまた右腕の装甲で受け止め、才人を弾き飛ばす!

「サイト!」
 才人はフーケに足止めされ、ギーシュの操るワルキューレもゴーレムによって1体、また1体と蹴散らされていく――苦戦する地上の様子に、ルイズは上空を旋回する風竜の上で声を上げた。
(こんな大事な時に、何もできないなんて……!)
 魔法が使えれば援護のひとつもできただろうが――自分にはそれすらできない。
 無力感が胸を締めつけるが――

『“今”できる必要なんかない。“これから”できるようになればいいんだ』

 そんな自分を、才人ははげましてくれた。

『とりあえず、シエスタと、二股かけてた子達と……ルイズに謝っとけ!』

 自分達のために戦ってくれた。

 才人がそれほどまでにがんばってくれているのだ。だから自分も――

(『何もできない』じゃダメだ……!
 できることの中で、『何かをやらないとダメ』なんだ……!)
 何か――なんとか、自分にできる事はないかとルイズは周囲を見回し――
 その時、タバサの抱えた“破壊の杖”に気づいた。
「タバサ――それ!」
 一瞬意図がわからず動きが止まる――が、すぐにタバサはルイズに“破壊の杖”を託した。
 深呼吸し、静かに目を見開く。
「タバサ、私に“レビテーション”を」
 告げると同時、風竜から飛び降りる――すぐにタバサが“レビテーション”の呪文を唱え、ルイズはフワリと大地に降り立った。
 まずはフーケの主力であるゴーレムだ。にらみつけ、“破壊の杖”を振るう。
 だが――何も起きない。
「ホントに魔法の杖なの、これ!?」

「アイツは……!」
 ルイズが地上に降下するのを、才人はフーケの打撃をさばきながら視界にとらえていた。
 あのはねっ返りは……なんでおとなしくしててくれないんだ!
 思わず内心で舌打ちし、フーケの蹴りを受け止め――才人は気づいた。
 ルイズが持っている、おそらくは“破壊の杖”であろうそれ。それは――
(なんでアレが、この世界にあるんだよ!?)
 思わず驚愕するが――もしあれが自分の考えている通りなら、間違いなく事態を打開する切り札になる。
 だが、そのためには――
「くそっ、少しは離れろよ!」
 舌打ちするが、フーケの攻撃は止まない。杖が、手刀が、蹴りが次々に才人に襲いかかる。
「どうすれば……!」
 フーケを引き離すことができず、才人は思わずうめき――
「相棒!」
 そんな才人に、デルフリンガーが告げた。
「貴族の娘っ子に、あの杖の使い方を教えてやりな!」
「どうやってだよ!?」
 使い方を教えるためには、さまざまなパーツの操作から順に教えなければならない。そんな余裕など――
 そんなことを考えながら聞き返す才人に、デルフリンガーは答えた。
「お前さんも使い魔なら、マスターとのテレパシーのひとつも使ってみやがれ!」
「ンなムチャクチャな!?」
 うめいて、才人はフーケの杖をかわして大地に転がり――

 彼は気づいていなかった。

 

 左手のルーンが、弱々しいながらも確かに光を放っていたことに。
 

 その頃、ルイズもようやくこれが魔法の杖でないことに思い至っていた。
(これ……たぶん杖じゃない……!
 もっと別の……何かの道具……!?)
 だが、肝心の使い方がわからない。使えなければ“破壊の杖”もただの鉄の筒だ。
(サイト……どうすればいいのよ……!)
 彼なら、才人ならきっと何かを知っている――半ばワラをもつかむ思いで、ルイズは胸中で才人の名を呼び――
(――――あれ?)
 わかった。
 ひとつひとつの部品、その名称から使用手順までもが正確に。
 まるで――
(カブトゼクターを手にした時の、サイトみたいに……!?)
 だとしたら――
(使い魔のサイトとマスターのわたしが――リンクしてる?)
 これも使い魔としての能力なのだろうか。
 『あらゆる武器を使いこなす』という才人の能力から考えれば、その主な使命は『戦闘時の主の護衛』だと思われる。
 ならば――自分が前線に出ている間に主が襲われる、という事態も当然ながらありえないワケではない。
 そういった時に、主の身を守るために自分の能力を分け与える――ありえない話ではない。
 つながりは弱々しく、すぐにリンクは切れてしまった。だが――扱い方は十分に教わった。ルイズはためらわずに“破壊の杖”に手をかけた。
 安全ピンを引き抜き、リアカバーを引き出す。
 インナーチュ−ブをスライドさせ、チューブに立てられた照尺を立てる。
 肩にかけ、フロントサイトをゴーレムに――ほぼ直接照準だ。
 距離が近い。安全装置が働くかもしれないが――その時はその時と覚悟を決めた。
 反動はかなりのものだろう。吹っ飛ばされないようにしっかりと踏ん張る。
 安全装置を外し、トリガーを押し――瞬間、しゅぽんっ、と音を立て、白煙を引きながら羽をつけたロケット状のものが放たれる。
 狙いは正確。一直線に飛翔し、ゴーレムに命中した。
 直撃した弾頭がゴーレムの身体に深々と突き刺さり、そこで信管を作動させ、爆発する。
 耳を劈くような轟音が轟き、ゴーレムの上半身は粉みじんに四散した。周辺にゴーレムの身体を構成していた土くれがまるで雨のように降り注ぐ。
「…………ウソぉ」
 それが正直な感想――予想外の反動でひっくり返ったルイズの前で、残されたゴーレムの下半身が音を立てて崩れ落ちた。

「な………………!?」
 ゴーレムを一撃で粉砕した“破壊の杖”の威力を前に、フーケは思わず動きを止めた。
 だが――
「その威力――何としても私が!」
 すぐにその動きを再開した。ルイズの手から“破壊の杖”を奪い取るべく地を蹴り――
「させるかよ!」
 その目の前に飛び出したのは才人だった。
「やっぱり――本当の目的は“破壊の杖”だったのか」
「えぇ、そうよ」
 才人の言葉に、フーケはあっさりとそう答える。
「手に入れたのはいいけれど、使い方がわからなくてね……
 魔法学院の教師でもおびき出して、使い方を教えてもらおうと思ったのよ。
 けど、生徒が来るとは――しかもまさかあの子が使ってしまうとは、さすがに思ってなかったわ」
 そう告げると、フーケは悠々と才人から距離を取る。
 ザビーに変身している彼女の素顔は見えない――だが、妖艶な笑みを浮かべているであろう事は容易に想像がついた。
「けど、あなた達の用はもう終わり。
 さっさと片付けて、“破壊の杖”は返してもらうわよ」
 そう告げるフーケだが――才人は答えた。
「残念だけど、もうアレには何の価値もないよ」
「………………何ですって?」
「使い捨てなんだよ、アレ」
 眉をひそめたであろう、疑問の声を上げるフーケに、才人は肩をすくめて見せる。
「何しろ、アレは魔法の杖なんかじゃない。
 人が知恵を絞って作り出した――武器なんだ。
 たしか、M78――もとい、M72ロケットランチャーだっけか」
「何ですって!?」
「つまり、ルイズが使っちまった時点で、それはもうただの鉄の筒ってワケだ。
 魔法も使えなければ、ロケット弾を撃つこともできない」
 そして、才人は背中越しにルイズへと呼びかける。
「ルイズ――聞いての通りだ!
 それはもう使えない! 安全なところへ下がってろ!」
「う、うん!」
 うなずき、ルイズが森の中へと駆け込んでいくのを確認し――才人は改めてフーケと対峙した。
「新しいゴーレムを作り出す時間なんか与えない――これで2対2、条件は互角だぜ、フーケ!」
 告げる才人だが――フーケは告げた。
「互角……?
 あなた――私達の戦いがまだこれからだということを知らないの?」
「何………………!?」
 眉をひそめる才人の前で、フーケは左手のザビーゼクターに手をかけた。

「いけ、ワルキューレ達よ!」
 ギーシュの号令で一斉に跳躍し、ワルキューレ達は残る1体のゴーレムの周りを駆け回り、一撃離脱の攻撃を繰り返す。
 まともに戦っても蹴散らされるだけだ――だが、何度も蹴散らされれば、対策のひとつも思いつくというものだ。
 何の事はない。ただの時間稼ぎだ。
 ゴーレムはフーケが操っている。すなわち――フーケさえ止めればゴーレムもまた止まるということだ。
 そのフーケの相手をしているのは、変身によって自分達の中で最も高い戦闘力を得ている才人だ。彼に賭けるしかない。
「まったく、まさかこのボクが引き立て役に回る日が来ようとはね……」
 いや、先日の才人との決闘でなったばかりか、と内心で苦笑し――ギーシュは表情を引き締めた。

 両側の羽に挟み込まれたリングに指をかけ、フーケはザビーゼクターの背中を乗り越えるかのようにその羽を前方へと展開した。
 と、それを合図にしたのかのように、突然ザビーの外装が継ぎ目に沿ってわずかに隙間を開けていく。
 意図が読めず、警戒を強める才人の前で、静かに告げる。
「……キャストオフ」
 そして、リングを引いてザビーゼクターを反転させ――
《Cast Off!》
 システムメッセージの言葉と同時――ザビーのアーマーが弾け飛んだ。飛ばされたアーマー数々が、目の前の才人に次々に叩きつけられる!
「なっ、何だ!?」
 とっさに飛来した破片をガードし、才人がうめくと、
《Change Wasp!》
 システムメッセージと共に、それは才人の目の前で静かに立ち上がった。
 アーマーが弾け飛び、身軽な姿となったザビーである。
 それは――
「ライダー、フォーム……!?」
「そう。このザビーのライダーフォーム。
 もっとも、私もここまでしか使い方は“教わって”いないのだけれどね」
 うめく才人に答え、フーケは静かに構えを取る。
「ライダーフォームのスピードは、今までのマスクドフォームの比ではないわ。
 貴方も、キャストオフしてみせたら?」
「く………………っ!」
 告げるフーケに対し、才人は舌打ちしながらデルフリンガーをかまえる。
 そんな才人の姿に――確信したフーケは余裕の態度と共に告げた。
「あら、残念ね。
 キミは、まだそのカブトゼクターからキャストオフの手順を“教わって”いなかったのね」
「教わる……!?」
 その言葉の意味を尋ねようとした才人だったが――会話はそこで終わった。
 素早く間合いを詰めたフーケが、才人の顔面を思い切り殴りつけたからだ。
「けど、ごめんなさい。
 わざわざそっちの戦力が増強されるのを、待っててあげるつもりはないのよ!」
 そう告げると、フーケは眼前にかまえたザビーゼクターに右手をかけた。
 ザビーゼクターに備えられたフルスロットルボタンを押し込み――その先端のゼクターニードルに雷光が宿る。
 そして――
「ライダースティング!」
《Rider Sting!》
 咆哮と同時に跳躍、フーケの叩きつけた左拳の――ゼクターニードルの一撃が、才人を吹っ飛ばす!

「サイト!?」
 突然フーケが自らの鎧を弾き飛ばし、軽装となって才人を吹き飛ばすのを見て、ルイズは思わず声を上げた。
 倒れたまま才人は動かない――茂みの中から飛び出し、才人の元へと向かおうとするが、
「危ない!
 下がっているんだ、ルイズ!」
 ギーシュの言葉と共に、ワルキューレの1体がルイズを抱えて茂みの中へと連れ戻す。
「ギーシュ!
 アンタだって、ゴーレム相手に歯が立たないじゃないの!」
「それでもだ!」
 反論するルイズに、ギーシュは言い放つ。
「キミに何かあったら――サイトに申し訳が立たないんだよ!」
 告げるギーシュだったが――現実は非情だった。ゴーレムの振るった右腕が、近くのワルキューレもろともギーシュを薙ぎ払う!

(くそ…………身体が動かねぇ……!)
 もうろうとする意識の中を、才人はボンヤリと漂っていた。
 何があったのかは覚えている。キャストオフしたフーケの――ザビーのスピードについていけず、一撃を受けたのだ。
 自分もキャストオフすれば対抗できるのだろう。だが――
(オレは……その方法を知らない……)
 自分が左手のルーンから得た情報の中には、キャストオフについての情報はなかった。
 他にもいくつかの情報に欠落がある――どういうことだろうか。
(オレのルーンは――武器の情報を引き出すんじゃなかったのか……!?)
 自分自身に問いかけ――
《それは御殿のせいではない》
(え――――――?)
 突然の声に、才人は声を上げ――
(――――ぶっ!?)
 そこにいた存在を前にして、思わず吹き出していた。
 ショートカットの少女だ。ただし――
(なんでネコ耳? なんで巫女服!?)
《この姿は、御殿と対話するための便宜上の姿だ。
 御殿の願望を元にこの姿を描き出したのだが……何か問題があったのか?》
(お、オレの願望!?
 いや、えっと、オレにそんな趣味は………………あります。ゴメンナサイ)
《………………?
 何を平謝りしている?》
 混乱する才人の言葉に、少女は首をかしげて尋ねる。
 その仕草がまた才人の理性に大ダメージを与えているのだが、残念なことに少女はそのことに気づいていない。
《第一、御殿には他に尋ねるべきことがあるのではないか?》
(あ…………)
 その言葉に、才人はようやく本題に戻ってきた。
(そうだよ! 『オレのせいじゃない』って言ってたからには、何か知ってるんだろ!? なんでキャストオフの仕方がわからないんだよ!?
 そして何より――お前は誰なんだよ!?)
《尋ねる順番がバラバラな気もするが……まぁよかろう。
 まず、私の正体だが――》
 そう前置きし――少女は告げた。
《御殿が操りしモノ――と言えばわかるか?》
(え………………?)
 その言葉に、サイトは思わず眉を潜めた。
 自分が操っているものと言えば、デルフリンガーと――
(まさかお前……
 カブトゼクターか!?)
《然り》
 驚愕する才人に、カブトゼクターが描き出したその少女は笑顔と共にうなずいてみせる。
(ぜんぜん『カブト』と関係ない見た目じゃんか!)
《言ったであろう? 『御殿の願望を元にこの姿を描いた』と》
 そう答えると、少女は話を続けた。
《さて、残りの二つの質問についてはまとめて答えよう。
 キャストオフができない理由、それは、私に関する情報が御殿に伝わるのを、私自身が遮断したからだ》
(お前が…………?)
《然り。
 我らゼクターは、闇雲に主を選ぶワケではない――我らを身に着けるに相応しい者を自ら選び出すのだ》
(自分で主を選ぶ、って……
 その割には、ザビーゼクターはフーケなんかを選んじまってるぞ?)
《選び方は各々違うからな。
 ザビーについては、実地で主を選ぶ故、あのような者にでも力を与えてしまうのだ。
 サソードなどはもっと節操がない。いくら自身が資格者を選ぶ条件を持たぬからと言って、あのような軟派な若造がサソードヤイバーを持ち続けていることを許すなど……》
 尋ねる才人に、少女は答えてため息をつく。
《本題に戻ろう。
 確かに我らは主を選び、力を与える――だがそれは、認めた者に無条件に力を与えるワケではない。
 主が扱い切れぬと判断した力は、その情報を与えない。主に壊れられてしまうのは困るのでな。
 それはザビーやサソードも変わらない。だが――》
 答え、少女は才人の左手のルーンへと視線を落とした。
《御殿のその紋様は、不要な情報までも引き出してしまう。
 我らの扱い方だけではない。私自身の、そして私が見てきた以前の資格者の記憶――本来ならば知る必要のない、我らのすべてを知ることになる。
 故に、私は御殿にすべてが伝わる前に、情報の流れを遮断した》
(不要な、情報……
 たしかに、自分の記憶をのぞき見されるのはいい気分じゃないな)
《そういった問題ではないのだが……》
 才人の答えに苦笑し――少女は尋ねた。
《これ以上御殿に情報を許せば、そういった情報をも知ることになる。
 以前の資格者の歩んだ道は修羅の道。御殿がその記憶に耐え切れるかどうかは――ひとつの賭けとなる。
 それでも……私のすべてを望むか?》
(………………)
 少女のその言葉に、才人は静かに沈黙し、
(………………やってくれ)
《本気か!?》
(マスクドフォームは防御力は高いけどスピードに欠ける。マスクドフォームのままじゃ、ザビーには――フーケには勝てないんだ。
 勝つには、キャストオフの方法を知るしかないんだ……だったら、やるしかない)
 少女に答え――才人は改めて告げた。
(そのために、必要なことなら――どんな辛い記憶にだって、耐えてやる)
《…………御殿は、変わっているな》
 だからこそ、私も御殿を選んだのだが――そう付け加えると、少女は光を放ち――カブトゼクターへと姿を変えた。
(最後に、ひとつだけ教えてくれ。
 前の、お前のご主人様だけど……なんて名前なんだ?)
《すぐにわかることだが……答えよう。
 彼の名は――》

「ライダー、スティング!」
《Rider Sting!》
「ぐぁあっ!」
 フーケとザビーゼクターの一撃をかろうじてその刃で受け止めたが、衝撃に抗い切れなかったギーシュは弾き飛ばされ、大地に転がる。
 ワルキューレはゴーレムの相手をしているが――時間の問題だろう。
「ここまでね。
 さぁ、観念しなさい」
「…………断る」
 告げるフーケに答え、ギーシュは剣を支えに立ち上がる。
「才人は、このくらいであきらめはしなかったからね……
 親友のボクとしても、まだまだ倒れてなどいられないのさ」
 そうだ――才人は自分のワルキューレに何度倒されようとも立ち上がってきた。
 自分のためではなく、自分以外の誰かのために――
 どれだけ傷つこうと、決闘の後数日の間意識不明に陥るほどのケガを負ってでも、それでも自分に挑み、その過ちを正した。
 だから――
「その友の心に報いるためにも、ボクは決して退くワケにはいかない。
 それがボクの――“高貴な振る舞いノブレス・オブルージュ”だ!」
 言うと同時、ギーシュは剣をかまえ――
《Stand-by!》
 システムメッセージが響いた。
 だがそれは、ザビーゼクターからのものではなく――
「剣、から……!?」
 つぶやき、ギーシュはかまえた自分の剣に視線を落とし――それは地中から姿を現した。
 紫色の、サソリ型のメカである。
 だが――その配色パターンに、ギーシュは見覚えがあった。
 刃を返し、ギーシュはそこでようやく、自分の剣の鍔飾りの意匠がサソリを模しているのに気づく。
 ということは――
「――やるしかない!」
「させるものですか!」
 決意を固めたギーシュにフーケが殴りかかるが、ギーシュはそれをかわして地面に転がる。
 身を起こした時には、すでにギーシュはメカサソリを手にしていた。そして――
「変身!」
 叫ぶと同時、手にした剣――サソードヤイバーの鍔飾りにサソリをセットする。
《HEN-SHIN!》
 とたん、システムメッセージがギーシュに告げ――その姿が変わった。剣を中心に全身が六角形のパネルのようなもので覆われていき、それがはがれ落ちるように消滅するにつれ、中から紫色の下地にオレンジ色のラインが引かれた重厚な鎧が姿を現した。
 だが、カブトやザビーと違い、その左胸には心臓を思わせるパーツが備えられ、そこからチューブが血管のように鎧全体に張り巡らされている。
「ウソ……
 ギーシュも、変身した……!?」
 驚くルイズの目の前で、ギーシュはバラの造花を振るい――舞い散った花びらが新たなワルキューレを作り出す。
 数は10――現在残っている4体を含めれば総勢14体になる。
 ワルキューレ達をゴーレムへと差し向け、ギーシュは改めてフーケと対峙する。
「さて、続きを始めようか」
「そうね。
 貴方は、彼と違って“教わって”いそうだし――キャストオフする前に、ケリをつけさせてもらうわ」
 ギーシュに答え、フーケは左半身を引いてかまえを取り――

「…………ぅ……く…………っ!」

 そのうめき声に振り向くと、大地に倒れていたカブトが――才人がゆっくりと身を起こした。
「…………マスクドフォームの重装甲に救われたようね。
 けど――次はないわよ」
 そんな才人に対し、フーケはザビーゼクターをかまえる。
 再びライダースティングを放つべく、ザビーゼクターのフルスロットルボタンに指をかけ――才人はつぶやくように告げた。
「……仮面ライダーカブト、先代の資格者、天道総司……!」
「………………?」
「その人は、言っていた……!
 『人のものを盗むヤツは、もっと大事なものをなくす』ってな……!」
 眉をひそめるフーケに答え、才人は腰のライダーベルト――そこにはめ込まれたカブトゼクターの角“ゼクターホーン”に手をかける。
 わずかな遊びに従って角を起こし――才人のまとう鎧が継ぎ目に沿って隙間を開けていく。
 そして――
「キャストオフ!」
《Cast Off!》
 一気に角を反対側へと倒し――カブトの上半身を覆うマスクドアーマーが弾け飛ぶ!
 そして、マスクドアーマーに隠されていた角がアゴを基点に起き上がり、顔面部をまたぐようにマスクに装着される。
《Change Beetle!》
 システムメッセージがキャストオフの完了を告げ、ライダーフォームとなった才人は改めてフーケと対峙した。
「サイト…………!?」
「ギーシュ、お前はサソードか……」
 驚くギーシュの言葉に、才人は彼の変身に気づいて声を上げる。
「なら、お前はゴーレムを頼む。変身したなら、あのくらいは軽いだろう?」
「任せたまえ!
 このサソードの力をもってすれば、あんなゴーレムなど敵ではない!」
 答えて、ギーシュがゴーレムに向けて駆けていくのを見送り、才人は改めてフーケへと向き直った。
「せっかく増えた増援を、手放してしまうなんてね」
「いらないよ」
 フーケの言葉に、才人はあっさりと答えた。
「もう……お前には負けない」

「行け!」
 ギーシュの指示でワルキューレが動いた。一斉にゴーレムに襲いかかり、かまえた槍をその左足に突き立てる。
 集中攻撃を受け、さすがのゴーレムも思わずひるみ――そこにギーシュが襲いかかった。振り下ろした剣がゴーレムの右足を粉砕する。
 右足を失い、ゴーレムの重量が左足1本に集中し――ワルキューレ達の攻撃で傷ついた左足はあっけなく崩壊。その巨体が大地に沈む。
 だが、それでもゴーレムは再生を始める。これが戦いを長引かせる要因になっているのだが――瞬時に再生するワケではない。
 そして、ギーシュにとってその再生のタイムラグこそが狙っていた瞬間そのものだった。手にしたサソードヤイバーの刃を返し、そこにつながったサソードゼクターの尾“サソードニードル”に手をかける。
 それに応じ、ギーシュの上半身のマスクドアーマーが隙間を開け――
「キャストオフ!」
《Cast Off!》
 ギーシュがサソードニードルをサソードヤイバーに押し込んだ瞬間、ギーシュのマスクドアーマーが弾け飛ぶ!
《Change Scorpion!》
 システムメッセージがキャストオフの完了を告げ、紫を基本カラーとしたライダーフォームになったギーシュは、再生を終えたゴーレムと対峙した。
 対し、ゴーレムは拳を振るうが――遅い。ギーシュは逆にサソードヤイバーを叩きつけ、ゴーレムの拳を深々と斬り裂き、粉砕する。
 次いで振るわれた左拳も同様の運命をたどり、両腕を失ったゴーレムは思わず後ずさる。
 再生する時間を稼ぐつもりだろうが――そうはいかない。再生が追いつかないほどに粉砕してやれば倒せるのは、先ほどロケットランチャーでゴーレムを撃破したルイズが照明済みだ。
「ワルキューレ! ボクをヤツの上に!」
 ギーシュの指示で、ワルキューレの内数体が手を重ね、簡易的なトランポリンを形成――地を蹴ったギーシュがその上に飛び乗り、そのまま上方に投げ飛ばされる!
 そして、ギーシュはゴーレムの頭上まで飛び上がると、サソードヤイバーに押し込まれていたサソードニードルを一度起こし、再びサソードヤイバーへと押し込む。
 と、サソードヤイバーの刀身が光の粒子で包まれ、ギーシュはそのままゴーレムめがけて落下し――
「ライダー、スラッシュ!」
《Rider Slash!》
 咆哮と共に振り下ろされた斬撃が、ゴーレムを一刀のもとに両断する!
 さらに、斬撃と同時に刀身に宿っていたエネルギーが叩き込まれ――次の瞬間、ゴーレムは大爆発を起こし、四散した。

 その光景は、すぐそばで戦うザビーとカブト――フーケと才人も目の当たりにしていた。
「ゴーレムが!?」
「これで護衛がなくなったな――丸裸もいいところだぜ、フーケ!」
「ちっ………………!」
 才人の言葉に舌打ちし、フーケは杖を振るうが、才人はそれをあっさりとくぐり抜け、逆に脇腹に拳を叩き込む。
「どうした、フーケ!
 余裕がなくなったな!」
「うるさい!」
 才人に言い返すフーケだが、戦いに余裕がなくなったのは事実だった。何度も才人に対して打ちかかるものの、才人はいともたやすくそれをかいくぐってカウンターを放ってくる。
 変身、そしてキャストオフ――両者の条件が同じになったことで元々の身体能力、さらに近接戦闘における技術の差が如実に現れたのだ。
「――――――なら!」
 形勢不利になったフーケに、すでに手段は残されていなかった。ザビーゼクターをかまえ、フルスロットルボタンを押し込む。
「ライダー、スティング!」
《Rider Sting!》
 咆哮と共に拳を振るうが――才人は告げた。
「クロックアップ!」
《Clock Up!》
 叫ぶと同時にベルトの脇にあるスラップスイッチを軽く叩く。システムメッセージが才人に答え――

 すべてが静止した。

 いや――静止してはいない。
 ギーシュも、ギーシュに敗れ、爆散するゴーレムの破片も、上空でキュルケとタバサを乗せて旋回している風竜も、そして目の前のフーケも――すべてがわずかずつ動いている。
 その、動きの遅くなった世界の中を、才人は悠々とフーケに向けて進み――
「これはさっきの――お返しだ!」
 今まさにライダースティングを放たんとしているフーケの左腕に、つま先で蹴りをお見舞いする。
 そして、才人が蹴り足を納め――
《Clock Over!》
 システムメッセージと同時、時間の流れが元に戻った。才人の蹴りの勢いで、フーケが弾き飛ばされる!
「きゃあっ!?
 な、何!? 今の」
「ライダーの時間に干渉し、流れを速めることで周囲の時間よりも高速で知覚、行動できる高速移動術――“クロックアップ”だ」
 驚くフーケに答えると、才人はマスクの下で笑みを浮かべ、
「どうやら、まだザビーゼクターからは教わってなかったみたいだな」
「なっ、何よ、そんなもの!」
 先ほどの自分のセリフを真似る才人に激昂し、フーケは再び才人に向けて地を蹴る。
 チャージしたままのザビーゼクターをかまえ、再びライダースティングを放ち――
「クロックアップ!」
《Clock Up!》
 才人は再びクロックアップを発動。フーケの動きがまたしてもスローになる。
 そして、才人はカブトゼクターの右足に備えられた3つのフルスロットルボタンを右側から順に押していき――
《One,Two,Three!》
 システムメッセージと共に才人はゼクターホーンを元の位置に戻し――カブトゼクターが音を立ててエネルギーをチャージし始める。
《Clock Over!》
 そして、再びクロックアップが終了し――
「ライダー、キック!」
《Rider Kick!》
 咆哮と共に、才人はゼクターホーンを再び反対側に倒した。カブトゼクターのチャージしたエネルギーがまずマスクの角に、そしてそこから右足へと流れ込んでいき――
「だぁりゃあっ!」
 強烈なエネルギーを伴った渾身の蹴りが、フーケの――ザビーの胸へと叩き込まれる!
「きゃあっ!」
 まともに入った――フーケは大きく弾き飛ばされ、大地に叩きつけられる。
 マスクドフォーム時の才人ですら、ライダースティングの一発で意識を持っていかれた。マスクドフォームよりも防御力で劣るライダーフォームでまともにくらったフーケのダメージは大きかった。ザビーゼクターがたまらずライダーブレスから離れ、フーケの変身が解除される。
 それっきりフーケに動きはない。ただし意識はあるようで、痛みに顔をしかめている。
 おそらく、痛みに転げ回りたいところだが、そうしようとする度により強い痛みが身体を襲っている、といったところだろうか。
 これでフーケは戦闘不能――だが、まだやる事は残っていた。フーケの手からライダーブレスを外し、
「…………クロックアップ」
《Clock Up!》
 才人は再びクロックアップを発動。他よりは影響を受けていないが、それでも明らかに動きの鈍ったザビーゼクターをその手に捕まえる。
《Clock Over!》
 クロックアップが解除され、才人はジタバタするザビーゼクターを捕まえたままルイズへと向き直った。
 ルイズはまだワケがわからないようだ。まぁ、クロックアップ中の自分の動きはルイズの目には追い切れていないはずだからムリもない話だが。
 カブトゼクターが離れ、変身が解除され――尋ねる。
「フーケは捕獲。
 “装身の蜂”は回収。
 “破壊の杖”は……使っちまったけど、一応取り返した。
 これで、仕事は終わりだよな?」
 その言葉に、ルイズはようやく現状を認識した。その顔に満面の笑みが浮かび――
「才人!」
 声を上げると同時に駆け出し、才人に飛びついた。

 学院長室で、オスマン氏は戻ったルイズ達の報告を聞いていた。
「ふむ……ミス・ロングビルが“土くれ”のフーケじゃったとはな……美人だったもので、つい何の疑いもなく秘書に採用してしまった」
「まったく……なんと軽率な。
 魔法学院の学院長として、あるまじき失敗ですぞ!」
「しかしのぉ……
 『さすが魔法学院の学院長、男前でしびれます』などとほめてくれおったし、尻を撫でても怒らない……美人じゃったし、惚れた? とか思うじゃろ?」
 糾弾の声を上げるコルベールだったが、オスマン氏の言葉に思わず言葉を失う。
 思い当たるフシでもあったのか、しばし黙考し――
「そ、そうですな! 美人はただそれだけで、いけない魔法ですなぁーっ!」
 …………少し黙れ、エロオヤジども。
 心の中で糾弾し、才人は傍らの仲間達に視線を向けた。
 キュルケは呆れ、ルイズは眉間に手を当て、タバサはすでに興味を失っている。
 ギーシュは肩の上に乗せたサソードゼクターに『あんな大人になっちゃダメだぞ』などと言っているが、言えた義理ではないと思うのは自分だけだろうか。
「なぁ、ルイズ……殴っていいか? あの人達」
「アンタだって言えた義理じゃないでしょ。
 前にキュルケに迫られて、鼻の下伸ばしてたじゃない」
「だ、だから、あれはやられた側だったんだって、前にも言ったろ!」
「フンッ、どうだか」
「えーっと、話がぜんぜん進んでないように思えるのは私だけ?」
 全力でごまかしに走っているオスマン氏とコルベール、痴話ゲンカの真っ最中のルイズと才人――遅々として話の進まない状況に、キュルケは少しばかりため息をついて一同に尋ねる。
 そのキュルケの言葉で(とりあえず)こっち側に戻ってきた一同は一様に咳払い――今までの流れをなかったことにしたいかのように報告を再開した。
「さて、と……キミ達は本当によくやってくれた。
 フーケは城の衛士に引き渡した。“破壊の杖”は無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」
「あの……オールド・オスマン。
 “装身の蜂”――ザビーゼクターは?」
「あれについては、フーケと共に衛士達が回収していった。
 アカデミーの方で調査を行うそうじゃ」
 聞き返すルイズに答えると、オスマン氏は一同を見渡し、
「今回の功績を称え、キミ達の“シュヴァリエ”の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。
 ――と言っても、ミス・タバサはすでに“シュヴァリエ”の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
 一同の顔が、ぱあっ、と輝いた。
「本当ですか?」
「ホントじゃ。
 キミ達はそれだけのことをした、ということじゃ」
 キュルケの問いにオスマン氏が答えると、
「あの……」
 突然、ルイズが口を挟んだ。
「サイトには、何もないんですか?」
「残念ながら……彼は貴族ではない」
 オスマン氏はため息まじりにそう答えた。
「相応の褒美の沙汰は出してあるが……おそらく握りつぶされるじゃろうて。
 世間を騒がせたフーケを捕らえたのが平民――そんな話が広まれば、貴族のプライドに関わる……そう考える中央の貴族達によって、な」
 その言葉に、場の全員の視線が才人に集まった。
 ルイズは“破壊の杖”でゴーレムを粉砕した。ギーシュもサソードゼクターを得てゴーレムを撃退した。
 だが、フーケ自身と戦い、倒したのはキャストオフを果たしたカブト――才人なのだ。
 一番の功労者が、何の褒美もない――それどころかその功績を抹消されるかもしれないなど――
「そんな、それじゃあ――」
「それはあんまりなのではないですか、オールド・オスマン!」
 口を開きかけたルイズを遮ったのは、自称『才人の親友』であるギーシュだった。
「彼は確かに平民ですが、、その心根は我ら貴族よりも気高きものです!
 貴族とはただ魔法が使えれば貴族なのですか!? 違うでしょう!?
 フーケを捕らえただけではありません。最初にその正体を見抜いたのもまた、サイトだったんです――そのサイトが『貴族でないから』というだけでその功績を認められないのは、納得できません!」
 正直、この怒りは誰も予想していなかった。
 浮気性はそれなりに鳴りを潜めていたが、プライドが高く気障なところのあるギーシュの性格は、それほど変わったようには見えていなかった。
 だが――彼もまた変わっていたのだ。
 他ならぬ、才人との出会いによって。
 そんなギーシュに、才人は苦笑して告げた。
「…………いいよ、ギーシュ。
 それにルイズも」
「え? わたし?」
「さっき、抗議しようとしてくれたろ?」
 ルイズに答え、才人はオスマン氏へと向き直った。
「オレは……何もいりませんよ。
 ただルイズに同行して……結果として一番動き回っていた、それだけですから」
「すまぬの、無力な学院長で……」
 告げて、才人に対して頭を下げると、オスマン氏は改めて才人に告げた。
「しかし、ワシを始め、多くの者が知っておる――お主がフーケを捕らえた、真の英雄であることを。
 たとえすべてに認められずとも、認めてくれる者はおる――そのことは、忘れないでやってくれ」
「はい」
 才人の答えに笑顔でうなずくと、オスマン氏はポンポンと手を叩いた。
「さてさて、今宵は“フリッグの舞踏会”じゃ。
 キミ達のおかげで一件は落ち着いたのじゃから、予定通り執り行うからのう」
「舞踏会ですか!?」
 その言葉に真っ先に反応したのは、やはりキュルケだった。
「今夜の主役は当然ながらキミ達じゃ。
 遅れるわけにはいかんぞ。急いで準備をしなさい――せいぜい着飾るのじゃぞ」
 その言葉に礼をすると、ルイズ達はドアに向かった。
 だが――才人は動かない。
「………………?」
「先に行ってていいよ」
 気づき、こちらに振り向くタバサに、サイトは答える。
「舞踏会なんだろ?
 タバサも、ルイズも、、キュルケも――みんなのドレス、楽しみにしてるから」
「………………そう」
 それだけ答えると、タバサは学院長室を後にした。
「…………何か、私に聞きたいことがおありのようじゃな」
 才人はうなずいた。
 そんな才人の様子に、オスマン氏はコルベールに退室を促した。ワクワクしながら才人の話を待っていたコルベールが名残惜しそうに出て行くのを見送り、オスマン氏は才人に向き直った。
「……それで、聞きたいことというのは?」
「教えてほしいんです。
 あの“破壊の杖”が、どうしてこの学院にあったのか」
「どういうことかの?」
「あれは……オレが元いた世界の武器です」
 オスマン氏の目が光った。
「それだけじゃありません。
 “装身の蜂”――ザビーゼクターやギーシュの手に入れたサソードゼクター。そしてオレのカブトゼクターも、オレの世界で作られたものです」
「ふむ……『元いた世界』とは?」
「オレは……こっちの世界の人間じゃない」
「本当かね?」
「本当です。
 オレは、あのルイズの“召喚”でこっちの世界に呼ばれたんです」
「なるほど、そうじゃったか……」
 オスマン氏は目を細めた。
「あの“破壊の杖”は、オレ達の世界の武器だ――あれをここに持ってきたのは、誰なんですか?」
「…………ワシの、命の恩人じゃ」
 そう言うと、オスマン氏は遠い目をしながら語り始めた。
「あれは30年以上も前のこと――森を散策していたワシはワイバーンに襲われた。それを救ってくれた者が、あの“破壊の杖”の持ち主じゃ。
 彼はもう1本の“破壊の杖”でワイバーンを吹き飛ばすと、その場に倒れてしまった。
 怪我をしておったのじゃ――私は恩人を学院に運び、手厚く看病したのじゃが……」
「……亡くなった、んですか……?」
 オスマン氏はうなずいた。
「ワシは、彼が使った1本を彼の墓に埋め、もう1本を“破壊の杖”と名づけて管理していたのじゃ。形見としてのう」
 オスマン氏の視線は遠く、痛々しいものだった。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな……
 今にして思えば、きっと彼はお主と同じ世界から来たんじゃろうな」
「そう、ですか……」
 “破壊の杖”の出所がわかれば、大きな手がかりになるはずだったのに――だが、すでにない人間のことをどうこう言うのもはばかられ、才人はそれだけ言って息をつく。
 オスマン氏は、そんな才人の左手をつかんだ。
「しかし、お主のこのルーンは……」
「えぇ。こいつも聞きたかったんです。
 この文字が光ると、なぜか武器を自在に使えるようになるんです。
 剣だけじゃなく、オレ達の世界の武器まで……
 オレがカブトゼクターの使い方を知ることができたのも、この文字のおかげなんです。
 アイツ、言ってました。『この紋様は不要な情報まで引き出してしまう』って……」
 オスマン氏は、しばし言うべきかどうか迷っているようだったが、やがて静かに口を開いた。
「これなら知っておるよ。“ガンダールヴ”の証じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説の……使い魔……?」
「そうじゃ。
 その伝説の使い魔はあらゆる武器を使いこなしたそうじゃ」
 才人は首をかしげた。
「……どうして……オレがそんな伝説の使い魔に?」
「それはわからんが……もしかしたら、お主がこの世界にやってきたことと、何か関係があるのかも知れぬな」
 才人に答え、オスマン氏は息をついた。
「すまんの。褒美の件といい、役に立てなくて。
 ただ……それでもワシは、キミの味方じゃし、理解者でありたいと思っておるよ、“ガンダールヴ”よ」
 オスマン氏は、そう言うと才人を抱きしめた。
 まるで祖父が孫にするように。
「よくぞ、恩人の杖を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」
「いえ……」
「お主がどういう理屈でこっちの世界にやってきたのか、ワシもワシなりに調べてみるつもりじゃ。
 だが……」
「だが、何です?」
「何もわからくても、恨まんでくれよ?
 なぁに、こっちも悪くはないじゃろ――何なら、嫁さんだって探してやるぞ」
 オスマン氏なりに励ましてくれている――礼を言うと、才人は学院長室を後にした。

「…………すっげぇ場違いな気がするんだけど」
「何を言っているんだ。
 オスマン氏も言っていたじゃないか――キミがフーケを捕らえた真の英雄であることは、もうすでに皆が知っているんだ」
 ため息をつく才人の肩を叩き、ギーシュは笑いながらそう答える。
 食堂の上の会は大きなホールになっていた。そして――そこは今、舞踏会の会場として華やかな空気に包まれていた。
 中では着飾った生徒や教師達が、豪華な料理の並べられたテーブルの周りで歓談している。給仕に励んでいるメイド達も、この空気の中でどこか楽しそうだ。
 ギーシュの手引きによって着飾り(というか着飾らされて)、同席した才人だったが――ハッキリ言って馴染めないでいた。
 とりあえず、生徒達の輪に入ってみる――真っ先にこちらに気づいて、キュルケが寄ってきた。
「あら、素敵な格好ね、ダーリン♪ 似合ってるわよ」
「そうか?
 ギーシュに言われるままに着せられたんだけど……」
 キュルケの言葉に、改めて自分の服装を見てみる才人。こちらの貴族の正装だそうだが、どうにも窮屈だ。タキシードだってまだゆとりがあるだろう。
 そのまましばし歓談していると、キュルケが生徒のひとりに呼ばれた。会話の流れからして、ダンスの約束をしていたようだ。
「じゃあ、私は行くわね。
 後で一緒に踊りましょうね、ダーリン♪」
「時間内に順番が回ってきたらね」
 苦笑まじりに答える才人に手を振り、キュルケは自分を呼んだ生徒と共にダンスの輪の中に入っていった。
 と――そんな才人にギーシュが声をかけた。
「…………サイト」
「何だよ?」
「踊れるのか?」
「あ………………」

 食事にしようとテーブルに向かうと、そこにも見知った先客がいた。
 タバサだ――黒いパーティードレスに身を包み、黙々と料理と格闘している。
「やぁ、タバサ。キミもパーティーを満喫しているようだね」
「………………」
 ギーシュが告げるが――タバサは黙々と料理を食べ続けている。
 思わず苦笑するギーシュだったが、タバサからわずかな反応があったのをサイトは見逃してはいなかった。気にすることなくタバサに尋ねる。
「タバサ、どれが美味しい?」
「…………そこの肉。あと、そっちのサンドイッチ」
 尋ねる才人に、タバサはしばしの沈黙の末に答えた。
 その瞬間、わずかにそちらに視線が向いたのを、才人は見逃さなかった。取り皿を手に、それを盛り付けるとタバサに渡す。
「はい、タバサ。
 このサラダサンド見てたろ? 欲しかったんじゃない?」
「………………うん。
 ………はしばみ草、入ってるから」
 答えるタバサに笑顔でうなずくと、才人はこちらがあっさりとコミュニケーションを成立させたことに驚いているギーシュへと向き直った。
「タバサと付き合うには、それなりのコツがあるってことさ♪」

 パーティーの始まって時間が経っている。先ほどのキュルケがそうだったように、もう多くの参加者がダンスに興じ始めている。
「サイトは誰かと踊らないのかい?」
「誰と踊れっつーんだよ。
 こっちの知り合いなんて、お前らぐらいなんだぜ」
 踊る参加者達を見ながら尋ねるギーシュに才人が答えると、
「あら、別に知り合いじゃなくてもいいのよ」
 そう答えたのは、この場に現れた新たな顔――
 ルイズのクラスメートにしてギーシュの想い人、モンモランシーだ。
「こういう場は、社交も兼ねてるからね――見知らぬ人と踊って、親交を深める目的もあるのよ」
「なるほど……」
「そうそう、聞いたわよ。
 フーケを捕まえたのは、ホントはあなたなんですってね。やるじゃないの」
「モンモランシー! 遅かったじゃないか!
 何かあったのかと心配――むぐっ!?」
 乱入したギーシュは最後まで告げることができなかった。モンモランシーがギーシュの口を抑えてその言葉を封じたからだ。
「別にあなたに心配されるような覚えはないわ。
 二股をかけてたあなたなんか、もう知らないんだから。
 私は彼と話してるの。ジャマしないでよね」
「そ、そんな……」
「ねぇ……サイトだっけ?
 一曲踊る? フーケを捕まえた英雄さんと踊れるなんて光栄だわ」
「も、モンモランシー!」
 モンモランシーの言葉に思わず声を上げるギーシュだったが――余裕のない彼と違い、才人は気づいていた。
 ギーシュの様子をうかがっている――自分を当て馬にしているのに気づき、才人は一瞬憤慨するが――
(…………面白そうなことを考えるじゃないか!)
 ギーシュのオーバーリアクションが気に入った。モンモランシーの策に乗ることにする。
「いいかもしれないね。
 けど、知っての通りオレは平民だから……」
「あぁ、ステップがわからないのね。
 いいわよ、私が教えてあげるから」
「モンモランシー!?」
 こちらの意図はアイコンタクトで十分に通じた――すぐに合わせてくるモンモランシーの言葉に、ギーシュはますますあわて始める。
「そ、そんなことを言わないでくれ、モンモランシー!
 ボクだって、フーケのゴーレムを倒したんだよ!」
「自分の手柄をひけらかすような人って器が小さいわよねー」
「あああああ!」
 だんだん壊れてきた。もう少し楽しみたかったが、さすがにこれ以上はギーシュがかわいそうだと、才人はアイコンタクトで打ち切りをモンモランシーに告げる。
「まぁ、教えてもらうにしても、その前にキミの足を踏んだら悪いし……
 そうだ、ギーシュ、手本を見せてくれないか?」
「え…………?
 い、いいとも! ボクの華麗なステップを手本にするがいい!」
「そう……まぁ、そういうことなら仕方ないわね。
 ギーシュでガマンしてあげるわ」
 そう答えるモンモランシーだが、その頬はすでに赤い。
 二人で手を取り、ホール中央に向かっていく――こちらに向けて一瞬だけ視線を向けたモンモランシーに視線で告げる。
(Good luck)
(ソチラモ健闘ヲ祈ル)
 わずかな間で戦友としての絆が芽生えた二人だった。

 とはいえ、ギーシュと別れるとパーティーのいろはを知らない才人はどうすることもできなかった。先ほどから壁際と料理のテーブルを往復してばかりである。
 と――
「あら――サイトさん?」
「シエスタ……?」
 声をかけてきたシエスタに驚くが――よく考えてみればシエスタはこの学院のメイドだ。こういう場で仕事をしているのはむしろ当然ではないか。
「踊らないんですか?
 さっきからずっとひとりですけど……」
「いろいろ教えてくれるはずだったギーシュがモンモランシーと行っちまったからなー……正直な話、右も左もわからないんだ」
「フフフ、大変ですね」
「そういうシエスタこそ、こういう場だと仕事が多くて大変なんじゃないか?
 手伝おうか?」
「い、いけませんよ、そんなの!」
 告げる才人に、シエスタはあわてて手を振った。
「サイトさんはあのフーケを捕まえた、今回の舞踏会の主役じゃないですか!
 そんな人に、お手伝いなんて頼めませんよ。
 それに――」
 才人に告げると、シエスタはクスリと笑い、
「才人さんのことですから……その服、ミスタ・グラモンの借り物なんじゃないですか?」
「あ、そっか……
 汚したりしたら、アイツに怒られるな……」
 シエスタの言葉にその事実に思い至り――才人はふと気づいた。
「……って、ちょっと待った。
 さっき……『さっきからずっと』って言ってなかった?」
「あ………………」
 その言葉に、シエスタは思わず赤面した。
「もしかして、ずっと見てた?」
「あ、その、えっと……」
 気づいた才人が面白がって追求すると、シエスタは恥ずかしがって返答に困っていたが、
「も、もう、才人さんなんか知りません!」
 真っ赤になった顔をほてらせながら、シエスタはプイとそっぽを向いてしまった。
「それじゃ、私は仕事がありますから――」
 これ以上からかわれてはたまらない、と立ち去ろうとしたシエスタだったが、
「あ、ちょっと待って」
 そんなシエスタを才人は呼び止めた。
「ちょっと、伝言頼めるかな?」
「伝言……?
 誰にですか?」
「マルトーの親父さんに。
 『料理、本当においしかった』ってさ」
「フフフ、そういうことですか。
 けど……ダメです。そのくらい、自分で伝えに来てくださいね」
 言って、イタズラっぽく笑って見せたシエスタの笑顔は、本当に楽しそうだった。

「けど……本当に踊らねぇのかい? 相棒」
 退屈しのぎに抜刀してみたら、デルフリンガーは開口一番そんなことを言い出した。
「その前の『踊れるか否か』の段階だからなー、オレ」
「やれやれ……確かに貴族の礼儀作法はからっきしだもんな、相棒は」
 答え、ため息をつく才人にデルフリンガーが言うと、カブトゼクターが才人の目の前に下りてきた。
 話したいのだろうか――才人の出した左手にカブトゼクターが舞い降りると、ルーンが輝いてカブトゼクターとの精神リンクがつながった。
《まったく、情けない。
 先代はこのようなダンスも軽くこなしていたぞ》
「うっせ。
 オレは天道さんみたいに万能超人じゃないんだよ」
 カブトゼクターの言葉に、才人はあの時精神世界の中で見たカブトゼクターの記憶を思い返しながら答える。
 彼は――先代の資格者、天道総司は本当になんでもできる人だった。カブトゼクターの視点から見た記憶だけだったが、彼が見せた技能は数え上げたらキリがない。
「……オレなんかでいいのかなー。
 オレは、天道さんなんかと違って何もできないし……」
《何でもできる必要はない。
 大切なのは全力を尽くすこと――御殿は御殿のできることをすればいい》
「サンキュ」
 そこでしばし会話が止まり――才人は尋ねた。
「そういえばさ」
《………………?》
「あの時……なんでオレに天道さんの記憶を見せたんだ?
 キャストオフの仕方なら、口頭で伝えても良かったんじゃないか? あの時は今みたいに対話できたんだし」
《そ、それは……
 キャストオフしてからの戦い方も教えなければならなかった。時間のないあの現状では、あれが最善の方法だった》
 答えるカブトゼクターだったが――その声に隠された動揺を才人は聞き逃さなかった。
「本当にそれだけか……?
 お前……本当は知っておいて欲しかったんじゃないか? 天道さんのこと」
《………………》
「見ててわかった……お前、天道さんのこと、すごく好きだったみたいじゃないか」
《…………御殿には関係のないことだ》
 しばしの沈黙の末に、カブトゼクターはそう答えた。
《天道殿は……もういないのだから……》
「…………悪い」
《言ったであろう?
 御殿には関係ない――気に病むことなどありはしない》
 答えるカブトゼクターだが、その声には寂しさが垣間見えた。
 だから――
「あぁ〜あ、それにしてももったいないな」
《………………?
 何がだ?》
「お前が人間の身体を持っていたら、一緒に踊ってあげてもよかったんだけど」
《な………………っ!?》
 思わずカブトゼクターは言葉を失う――精神世界で会った時のあの少女の姿なら、きっと赤面していたに違いない。
《な、何を言い出すのだ!
 私などと踊っても、御殿は楽しくないぞ!》
「どうして?」
《わ、私は、その……ダンスなど映像知識でしか知らない。本体はあくまでゼクターだ。ダンスなどできようはずもない》
「そんなの、オレだって踊れないさ」
《むー…………》
 あっさりと反論をつぶされ、カブトゼクターはしばし沈黙し――
《……私はもう行く。
 御殿はもう少しここにいてやるがいい》
 そう告げるなり、カブトゼクターは才人の手から飛び立ち、リンクを切ると飛び去っていった。
「………………やれやれ。
 生粋の狩人だねぇ、相棒」
「どういう意味だよ?」
 デルフリンガーとそんなやり取りをかわしていながら、才人はある確信を持っていた。
 カブトゼクターに確認するつもりはないが――間違いない。
 自分に見せたカブトゼクターの記憶には、まだいくつかの欠落がある。
 そして、それはおそらく――
(意図的に、カブトゼクターアイツが隠しやがったな……)
 もし、それがデータの欠落などでないのなら、そうとしか思えない。
 なぜなら――その欠落している部分こそ、カブトゼクター達がこの世界にやってくることになった、一連の流れなのだから。
 カブトゼクターが資格者想いなのはわかる。こちらの精神が壊れることを怖れて、自分の記憶が流れ込むのをシャットアウトしていてくれたのだから。
 そのカブトゼクターが何も言わないのだ。きっと何か理由があるのだろう――だからカブトゼクターには問いたださない。

(学院長は調べてくれると約束してくれた。
 ルイズも、きっと元の世界に戻すためにがんばってくれる。優しいところもあるからな、アイツ……
 けど……)

 視線を、二つの月が浮かぶハルケギニアの夜空に向ける。
 胸中で告げるのは、小さな相棒への宣戦布告――

(オレだって、何もしないワケにはいかない。
 たとえ、お前が何も言わなくても――たどり着いてやるさ。いつかな……)
 

 デルフリンガーと軽口を叩き合っていると、ホールの門に控えた呼び出しの衛士が声を張り上げた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなぁ〜〜りぃ〜〜〜」
 才人は息を呑んだ。ルイズは桃色がかったブロンドの髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティードレスに身を包んでいる。
 肘まである白い手袋が彼女の持つ高貴さをいやになるくらいに演出し、胸元の開いたドレスが、作りのちいさい顔を宝石のように輝かせていた。
 ルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男達が群がり、しきりに自分とのダンスを申し込んでいる。今まで、ゼロのルイズと呼んでからかっていたルイズの美貌に気づき、彼女が手柄を立てたことを機にいち早くつばをつけておこうというのだろう。
 だが、ルイズは誰の誘いを受けず、壁際でヒマを持て余していたサイトを見つけ、近寄ってきた。
「楽しんでる?」
「ついさっきまで、カブトゼクターと話してた」
「どうせからかってたんでしょ?
 ほどほどにしなさいよ。怒らせたら変身させてもらえなくなるわよ」
「ハハハ、肝に銘じておくよ」
 才人が笑いながら答えると、横からデルフリンガーが告げる。
「大したもんだ。見違えたぜ。
 さっきから引っ切りなしに声かけられてたじゃねぇか」
「別に。
 うれしくないわよ、そんなの」
 憮然としながら答えると、ルイズは手を差し伸べた。
 その先は――
「…………ルイズ?」
「踊ってあげても、よくってよ」
 疑問の声を上げる才人に、ルイズは顔を真っ赤にしてそう告げた。
「…………悪い。
 みんなにもさんざん言ってるけど……踊れないんだ、オレ」
「そんなの、わたしがリードしてあげるわよ」
 答える才人の手を取り、ルイズは彼を半ば強引にホールの中央へと連れて行く。
「がんばれよ、ご両人!」
 デルフリンガーの無責任な声援を背に受けて。

「やればできるじゃない」
「できるようになるまで、ご迷惑をおかけしました……」
 ルイズに答える才人の顔は恥ずかしさで真っ赤だ。
 なんども足運びを間違えて転びかけた――ダンスのステップは作法や芸術ではなく、実用面から発達したものなのだと実感する。
 だが――才人が無事ダンスを覚えたというのに、相手を務めるルイズの表情は優れない。
 ふと、口を衝いて心情がもれてきた。
「……ホント、あんたはがんばればできるようになるもの。うらやましいわ」
「…………魔法のことか?」
「あの“破壊の杖”も、アンタの世界の武器だったんでしょう?
 それに、使えたのもアンタとリンクしたおかげ――わたしの力じゃないもの。
 結局、わたしはまだ魔法が使えないまま……」
 つぶやくように答えるルイズだが――
「……気にするなよ」
 才人はあっさりとそう答えた。
「オレに自覚はないけど、お前がそう言うからには、オレはどっかでお前とリンクしてたんだと思う……
 けど、それだって使い方がわかっただけだろ? 実行したのはあくまでお前だし……そもそも当てられなきゃ意味がなかったんだ。それができたのは、おまえ自身の力だよ」
「そう……かしら……?」
「そうだよ。
 魔法を使えなくても……お前はがんばってる。それはオレが保障するよ」
「あんたに保障されてもねぇ……」
 才人の言葉に苦笑し――ルイズは尋ねた。
「アンタは……帰りたい?」
「帰る?」
「元の世界に」
「………………」
 ルイズの問いに、才人はしばし考える。
 もちろん、帰りたいに決まっている。
 だが――
「……帰りたいけど……その方法がわからないんだよなぁ……カブトゼクターも何も話してくれないし。
 ま、しばらくはがまんするよ。こっちの世界も、悪くないしね」
「そう……」
 才人の言葉に、ルイズは視線を落とし――才人へと顔を上げた時、その瞳には決意の色が浮かんでいた。
「任せなさい! わたしが必ず、アンタを元の世界に帰してあげる!
 その代わり――それまでは、使い魔としてしっかり働いてもらうんだから!」
「あぁ。それくらいなら喜んで♪」
 

 二つの月は、静かに、優しく魔法学院を照らし続けていた。


次回予告

「大変よ、サイト!
 姫殿下がこの学院に来るんだって!」

「姫様って……この国の?
 ふーん…………」

「ちょっと待ちなさい。
 アンタ今何考えた?」

「姫様ともなれば、胸もやっぱゴージャスなんだろうなぁ……」
「こっ、このエロ犬ぅ〜〜〜〜〜〜っ!」

次回、ゼロのカブト
『幼馴染はお姫様』

「読まないと許さないんだから!」


 

(初版:2006/11/23)
(第2版:2006/12/06)
(次回予告追加)