「ルイズ ルイズ どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」
そういって騒ぐのは母だ。出来のいい姉達と魔法の成績を比べられ、物覚えが悪いと叱られていたのだ。
植え込みの中に身を潜め、追っ手の召使達をやり過ごす。
二つの月の片方。赤の月が満ちる夜――
「ルイズお嬢様は難儀だねぇ」
「まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がお出来になるっていうのに……」
頭上から聞こえる召使達の言葉に、悔しくて歯噛みする。
召使達は植え込みを探し始めた――見つかると判断し、その場を離れる。
向かうのは彼女自身の秘密の場所――中庭の池。
そこは唯一安心できる場所だった。あまり人の寄りつかない、、うらぶれた中庭――
池の周りには季節の花々が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがある。池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋がある。
池のほとりには、かつて舟遊びを楽しむために用意されていた小舟が未だ残されている。が――もうその舟遊びを楽しむ者はいない。利用する者のいなくなったその舟の中に身を潜ませる。そんな風にしていると――
周囲に立ち込める霧の中から、マントを羽織ったひとりの貴族が姿を現した。
「泣いているのかい? ルイズ」
つばの広い、羽付きの帽子に隠れて顔が見えない――だが、彼女には彼が誰だか直ぐにわかった。
子爵だ。最近、近所の領地を相続した、年上の貴族。
憧れの子爵――そして、父と彼との間で交わされた約束……
「子爵さま。 いらしていたの?」
幼い彼女はあわてて顔を隠した。みっともないところを憧れの人に見られたのだ。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
「今日はキミのお父上に呼ばれたのさ。 あのお話のことでね」
「まぁ!」
彼女はさらに頬を染めて、うつむいた。
「いけない人ですわ。子爵さまは……」
「ルイズ。ボクの小さなルイズ。キミはボクのことが嫌いかい?」
おどけた調子で、子爵が言った。彼女は首を左右に振る。
「いえ、そんなことありませんわ。
でも…………わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」
彼女ははにかんで言った。帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして、彼女に向けて手を差し伸べる。
「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。
ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」
「でも……」
「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」
差し出される手。大きな手。憧れの手……
小さな彼女はうなずき、立ち上がってその手を握ろうとする――
――――その時、風が吹いて彼の帽子が飛んだ。
「――――え?」
現れた顔を見て、思わず驚きの声が発せられる――いつの間にか、彼女の身体は16歳の今の姿になっていた。
だが――そんなことは今はどうでもいい。
帽子が飛んで現れた、その顔は―――
「さぁルイズ、おいで」
「お、おいでじゃないわよ!
なんであんたがここに――?」
「気にすんなよ。お前、オレに惚れてんだろう?」
憧れの子爵の格好をしたソイツは、なぜか自信たっぷりに勝ち誇ったかのような調子で告げる。
「ば、バカじゃないの!?
ちょっと踊ってあげたからって、いい気にならないでよ!」
「強がっちゃって。
あぁ、もう、カワイイな――マイ・レィディ」
「誰がアンタのものなのよ!?」
ソイツは気にせずに、彼女を抱きかかえようとした。
「ちょっ、待っ!? 何すんのよ、アンタ!
だ、ダメだってば、そんなの!」
混乱は一気に最高潮へ――顔を真っ赤にする彼女に対し、ソイツはゆっくりと顔を近づけてきて――
「ダメって、言ってんでしょうがぁぁぁぁぁっ!」
咆哮と同時――ルイズは夢の中で才人を殴り飛ばしていた。
才人は、自分の寝床であるワラ束と毛布のベッド、『ニワトリの巣Ver.2』の上でパチリと目を開けた。
窓の外には二つの満月が光り、室内を煌々と照らしている。
地球の満月の倍の光が室内を照らす部屋の中央――ベッドの中からメイズの唸り声が聞こえてくる。
「………………?」
うなされているのだろうか――やれやれと胸中でため息をつき、才人はむくりと起き上がると、ベッドへと近寄ってルイズの顔をのぞき込む。
やはりその寝顔は優れない。悪い夢でも見ているのだろう。
「おい、ルイズ――」
起こしてやった方がいいだろうと判断し、才人はルイズの肩に手をかけ――
「ダメって、言ってんでしょうがぁぁぁぁぁっ!」
「ぶべぇっ!?」
仰向けの状態にもかかわらず、絶妙に力の込められたルイズの拳が、才人を天井付近の高さまでブッ飛ばしていた。
第5話
「幼馴染はお姫様」
「それで……その顔なワケか?」
「あぁ」
朝食も終わり、1時限目が始まるまでのわずかなひと時――事情を聞いたギーシュの問いに少し頬をはれさせている才人は苦笑まじりにそう答えた。
「ルイズは悪い夢を見て思わず鉄拳、で、サイトはうなされてるルイズを心配してのぞき込んだとたんに一撃……
なんてグッドバットタイミングなのよ。つくづくオイシイ二人よねー」
「笑い事じゃないって……」
ギーシュのとなりで呆れるモンモランシーの言葉に苦笑し、才人はルイズへと視線を向けた。
当のルイズはと言えば、よほど恥ずかしいのか才人が事情を説明する間中ずっと顔を真っ赤にしてうつむいている。
「まったく、寝てた状態でサイトを天井までブッ飛ばすなんて、どういうパンチ力してるのよ……
それ以前に、そもそも一体どんな夢を見たのよ、あなた?」
「なっ、何でもない! 何でもないから!」
モンモランシーの言葉に、ルイズはあわてて両手をパタパタと振りながら答え――
「どうせ、夢の中でお化けにでも襲われたんじゃないの?」
そんな茶々を入れてくるのはタバサを連れたキュルケだ。
「な、何よ、お化けって!
そんなの怖いワケないじゃない!」
「ふん、強がっちゃって!」
「おいおい、二人とも、それくらいにしとけよ」
ムキになるルイズと悠々と対するキュルケ、二人の間に割って入り――才人は気づいた。
(タバサ…………?)
ほんのわずかな表情の変化――タバサの中に感情の揺らぎが見えた。
「どうした?」
ケンカを止めない二人はとりあえず置いておくとして――代わりにギーシュが止めに入ってブッ飛ばされた――尋ねる才人の問いに、タバサは答えない。
だが――その肩がわずかに震えたのを才人は見逃さなかった。
ひょっとしたら――
「もしかして……お化けとか、苦手なのか?」
チラリとキュルケやルイズに視線を向け――皆が彼女達のケンカに気を取られているのを確認した上で、タバサはわずかにうなずく。
「ま、まぁ、キュルケもルイズも本気でそういうこと言い合ってるワケじゃないし、気にする事はないよ」
告げる才人に、タバサは注視しなければわからないほどにわずかな動きでうなずき――教室に教師が姿を現した。
ミスタ・ギトー。フーケの一件の際は当直でありながら対処の遅れたミセス・シュヴルーズを真っ先に責め立てた人物だ。
長い黒髪に漆黒のマントをまとったその姿は、何だか不気味な空気をかもし出しており、当然ながら生徒達からの人気は皆無に等しい。
さすがに彼の登場にはルイズとキュルケもケンカを中断して席に着く――が、あくまで表立って張り合うのをやめただけだった。ルイズのとなりに座った才人のさらにとなりにキュルケが座り、才人をはさんでルイズと激しく火花を散らす。
「では授業を始める。
知っての通り、私の二つ名は“疾風”――疾風のギトーだ」
しんと静まり返った教室に声が響く。それを満足げに見つめ、ギトーは続ける。
「では本題に入ろう。
最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
指名されたキュルケはしばし考え――答えた。
「“虚無”じゃないんですか?」
「実在すれば、そうだろうな」
そう前置きし、ミスタ・ギトーは続けた。
「だが、現実として“虚無”の使い手は存在しない。
伝説の話をしているワケではない。現実的な答えを聞いているんだ」
いちいち引っかかる言い方をするギトーの態度に、キュルケはカチンときたのか、まるで自信をもって彼に対抗するかのように言い放つ。
「“火”に決まってますわ」
「ほぉ……どうしてそう思うね?」
「すべてを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
自信タップリに答えるキュルケだったが――
「――残念ながらそうではない」
そんなキュルケの言葉を、ギトーはそう否定した。おもむろに杖を引き抜くとキュルケに向ける。
「試しに、この私にキミの得意な“火”の魔法をぶつけてみたまえ」
キュルケは思わずギョッとした。同時に他の生徒達も騒ぎ出す。
「どうしたね? キミはたしか、“火”の系統が得意なのではなかったかな?」
「…………火傷じゃ、済みませんわよ」
キュルケの目が細くなる――笑顔の裏に隠れた彼女の“本気”を感じ取り、才人はルイズと顔を見合わせる。
が――ギトーはあくまでも余裕だった。
「かまわん。本気で来たまえ。
その有名なツェルプストー家の赤毛が飾りではないのならね」
キュルケの顔から笑顔が消えた。胸の谷間から杖を引き抜くと、炎のような赤毛が熱されたようにざわめき、逆立った。
呪文を唱え、杖を振るう――同時、目の前に差し出した右手の上に小さな炎の玉が現れた。それは呪文の詠唱に従って膨れ上がり、直径1メイルほどの大きさにもなった。
「っの、バカタレ!」
そんなものをここで撃つつもりか――あわててルイズの頭を押さえ、机の下に退避する才人をよそに、キュルケは両手で押し出すように炎を解き放った。
ギトーに向け、うなりを上げて迫り来る炎。しかし、当のギトーは炎を避ける素振りすら見せず、手にした杖を、まるで剣でも振るようにして杖を振るい――
炎が薙ぎ払われた。
ギトーの杖から巻き起こった烈風によって。
一瞬にして巻き起こった風に空気を根こそぎ奪い取られ、炎の玉はすぐさまかき消えた。さらに、その向こう――才人のとなりにいるキュルケを吹き飛ばす。
「――――――っ!」
吹っ飛ぶキュルケを前に、ルイズは思わず息を呑み――とっさに才人は動いた。左手を頭上へと伸ばし、飛来したカブトゼクターがその手の中に納まる。
瞬間、輝く“ガンダールヴ”のルーン――伝説の使い魔の力を発揮した才人は一気に跳躍。吹っ飛ぶキュルケを抱きとめて着地する――かに見えたが、机の上に降り立った際、思い切りマリコルヌのノートを踏みつけてしまった。足を滑らせて転倒し、キュルケの下敷きになってしまう。
「だ、ダーリン!?
……生きてる?」
「な、なんのこれしき……」
キュルケの言葉に、なんとかそう答える才人――正直に言うとそれなりにダメージはあったりするが、苦悶は鉄の自制心で笑顔の裏にしまいこむ。
身を起こすと、転倒した才人の足の直撃を受けたのか、マリコルヌが思い切りのけぞったまま気絶しているのに気づく――が、そんな彼らにかまうことなく、ギトーは一同に対して告げる。
「諸君、“風”が最強たる所以を教えよう。
簡単だ――“風”は全てを薙ぎ払う。“火”も、“水”も、“土”も、“風”の前では立つことすらできない。残念ながら試したことはないが、“虚無”さえ吹き飛ばすだろう。それが“風”だ。
目に見えぬ“風”は、見えずとも諸君らを守る盾となり、必要とあらば敵を吹き飛ばす矛となるだろう。
そしてもうひとつ、“風”が最強たる所以は……」
言って、ギトーは杖をかまえて呪文の詠唱を始め――
「待てよ」
突然の一言と共に、ギトーの手から杖が取り上げられた。
「その前に、キュルケに言うことがあるだろ」
そう告げると、才人は眉をひそめるギトーに杖を返してやる。
「吹っ飛ばしておいて、謝罪の一言もなしかよ?
ケガでもしたらどうするんだ?」
キュルケを吹っ飛ばしたこと、そしてそれを気にも留めていないことに対して怒りをあらわにする才人だったが、ギトーはそんな才人を前にしても余裕だった。
「フンッ、戦場に立つ前に身の程を教えてやったまでだ。
我ら貴族は事が起これば剣となって国のために戦わねばならない――そのための力もないクセにいきがるヒヨッコに現実を教えてあげたのだ。むしろ感謝されるべきではないかな?」
「な――――――っ!?」
その高慢な態度に、才人は思わず声を上げ――そんな才人にもギトーは告げた。
「聞けば、貴様はフーケを捕らえた英雄としてもてはやされて、少し調子に乗っているようだな。
ちょうどいい。貴様にも身の程を――平民としての立場を自覚させておくべきだろうな」
言って、ギトーが杖をかまえ――同時、才人につかまれたままのカブトゼクターが精神リンクをつなぎ、才人に告げた。
《…………やるぞ》
「………………
…………はい?」
なぜかやる気マンマンだ――いつになく好戦的な様子を見せるカブトゼクターに、才人は思わず声を上げた。
手にしているカブトゼクターから発せられる気配。それは――
《女性に手を上げて、しかも『感謝しろ』だと?
いい度胸だ――あ奴こそ、自分の身の程というものを思い知るがいい!》
(こ、こえぇぇぇぇぇっ!)
『やる気』なんてものじゃない――むしろ『殺る気』だ。憤慨し、ドスの効いた声色でまくし立てるカブトゼクターに、才人は心の中で恐怖の叫びを上げる。
「お、落ち着け、カブトゼクター。
天道さんも言ってただろ――『男はクールであるべき。沸騰したお湯は蒸発するだけだ』って……」
《神代剣は言っていたぞ――『男は燃えるもの。火薬に火を点けなければ花火は上がらない』と》
「先代サソードから引用かよ!?」
思わずツッコむ才人の前で、ギトーは静かに杖をかまえ呪文の詠唱を開始する。
「あー、もうっ! もうどうにでもなれ!」
なんだか毒気を抜かれてしまったが、残る二人は依然としてやる気だ。才人はカブトゼクターを右手に持ち替えるとパーカーをはだけてライダーベルトをあらわにし、
「変身!」
告げて、カブトゼクターをライダーベルトにセットアップしようとした、その時――
ガラッ、と音を立て、教室の扉が開いた。
現れたのは緊張した面持ちのミスタ・コルベールだった――だが、服装がおかしい。頭にバカみたいに大きいロールした金髪のカツラを乗せているし、ローブの胸にはレースの飾りやら、刺繍やらが躍っている。
「授業中です。何事か?」
「あややや、失礼しますぞ! 緊急の用事です」
眉をひそめるギトーに答えると、コルベールは教室全体に聞こえるように声を張り上げた。
「えー、今日の授業はすべて中止であります!」
とたん、教室に湧き上がる歓声――どこの世界も、授業が休みになって喜ばない学生はいない、ということか。
だが、コルベールの話はそれで終わりではなかった。騒ぐ生徒達を抑えるように両手を振りながら続ける。
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
もったいぶった調子でコルベールはのけぞり――その拍子に、頭にのせてたバカみたいに大きいカツラがとれて、床に落ちた。ミスタ・ギトーのおかげで重苦しかった空気が一気にほぐれる。
教室中がくすくす笑いに包まれる。
と、一番前に座ったタバサがコルベールの頭を指さし――ぽつりと一言。
「ランプ点灯」
瞬間、教室内が爆笑に包まれた。キュルケが笑いながらタバサの肩をポンポンと叩く。
「あ、あなた、たまに口を開くと、言うわね」
見ると、ギーシュも腹を抱えて机に突っ伏している――肩を震わせている辺り、笑いを必死になってこらえているのだろう。
コルベールは顔を真っ赤にすると、大きな声で怒鳴った。
「黙りなさい! ええい、黙りなさいこわっぱどもがぁ!
大口を開けて下品に笑うとは貴族にあるまじき行い! 貴族は可笑しいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!
まったくこのような有様では恥ずかしくて姫殿下に見ていただくのもはばかれる!」
「え――――?」
その言葉に、最初に疑問の声を上げたのはルイズだった――同時、コルベールの剣幕に、教室中がおとなしくなる。
沈黙した教室を見渡し、コルベールは落ち着きを取り戻すと話を続ける。
「えー、オホン。
みなさん、本日はトリステイン魔法学院にとって、よき日であります――始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」
コルベールは横を向くと、後ろ手に手を組んだ。
「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」
誰もが驚きを隠せない――にわかに教室がざわめいた。
「したがって、粗相があってはいけません。急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備をします。
そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」
生徒達は緊張した面持ちになると一斉に頷く。ミスタ・コルベールは、うんうんと重々しげにうなずくと、目を見張って告げた。
「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ!
御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」
魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると、整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。しゃんっ! と小気味よく杖の音が重なった。
正門をくぐった先に、本塔の玄関があった。そこに立ち、皇女の一行を迎えるのは、学院長のエロジジイ――もとい、オールド・オスマンその人であった。
馬車が止まると、召使たちが駆け寄り、馬車の扉まで緋毛氈のじゅうたんをしきつめた。呼び出しの衛士が、緊張した声で、王女の登場を告げる。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな――――り――――――――ッ!」
最初に開かれた馬車の扉から姿を見せた大臣と思しき人物が馬車の中へと手を伸ばす――その手を取って、その人は降りてきた。
生徒の間から上がる歓声――王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、優雅に手を振った。
「あれがトリステインの王女? フンッ、あたしの方が美人じゃないの」
キュルケがつまらなそうにつぶやく。
「ねぇ、ダーリンはどっちがキレイだと思う?」
「ノーコメント」
尋ねるキュルケに、才人はすかさずそう答えた。
「魅力も好みも人それぞれなんだ――比較なんかできないよ」
当たり障りのない、それでいてあいまいな言葉で納得させておく――が、もちろん本音は違う。
(どうコメントしたって後でややこしくなるに決まってるんだ! ランク付けなんかできるか!)
さすがにここ最近の体験でその辺りは学習していた。ため息まじりに才人はとなりのルイズへと意識を向ける。
先ほど、教室でコルベールの話を聞いてから、ずっと考え込んでいるようだが――
ふと視線を向けると、ルイズは真剣な表情で王女を見つめていて――ふと、その表情に驚きが走った。はっとしたかと思うと、いきなり顔を赤らめる。
ルイズの視線を追ってみると――そこにはひとりの貴族がいた。
見事な羽帽子を被った、凛々しい貴族だった。
ワシの頭と、獅子の胴体を持った見事な幻獣――さしずめグリフォンだろうか――にまたがっている。ルイズはぼんやりとその貴族のことを見つめ続けていた。
「知り合いか? あの貴族」
ルイズはトリステインの貴族だ。他所に知り合いがいてもおかしくない――そう考え、尋ねる才人だが、
「………………」
ルイズからの反応はない。ずっとその貴族へと視線を向けている。
試しに目の前で手を振ってみるが、やはり反応はない。
「どうしたってんだよ……
キュルケ、ルイズが変なんだけど……」
ここはキュルケに挑発のひとつでもしてもらおうかと思い立ち、キュルケに告げる才人だが――
「キュルケよ、お前もか……」
そのキュルケもまた、ルイズと同様にぽーっと顔を赤らめて、ルイズと同じ羽帽子の貴族を見つめていた。ルイズにしたように手を振ってみるが、やはり反応0。
「おいおい……二人してどうしたんだよ……?」
思わずつぶやき――ふとタバサが視界に入った。
まさかお前もじゃないよな――タバサの前で手を振ってみる。
「………………何?」
「…………何でもない。ただの妄動だから。
それより……」
ちゃんと反応してくれたタバサに答え、才人はルイズとキュルケを交互に眺めた。
「…………オレが世話するのか? この二人」
たぶんそうなるであろう、ほぼ確定された未来を思い、才人は思わずため息をついていた。
その日の夜――
「おーい、ルイズー……」
昼間と同じように目の前で手を振ってみるが、やはりルイズはボーッとしたまま動かない。
才人に手を引かれ、帰ってきてから着替えもしないでずっとこの調子である。
「やれやれ、こりゃ相当重症だよなー……」
「どうしちまったってんだい? 貴族の娘っ子は」
「知らないよ。
昼間っからずっとこんな調子でさ……」
尋ねるデルフリンガーに答え、才人は事情を説明した。
「となると……やっぱその貴族が原因だな」
「あ、やっぱそう思うか?」
デルフリンガーの言葉に、才人は思わず身を乗り出して尋ね――
《他に何があるというのだ?》
そう告げるのは才人の左手に座っているカブトゼクターだ。
《彼の者の様子がおかしくなったのは、あの貴族を目にしてからなのだ。
以前からの知り合いなのか……》
そこで一旦言葉を切り――カブトゼクターは告げた。
《一目惚れした、か……》
「ひっ、一目惚れ!?」
その言葉に、才人はロコツにうろたえた。が――
《冗談だ。
彼の者がそれほど尻の軽い者でないことは、御殿も知っていよう》
「そ、そうだよな……」
あっさりと告げるカブトゼクターに、才人は安堵のため息をつき――
突然、扉がノックされた。
規則正しく、長く2回、短く3回――
だが、意味ありげなそのノックに反応したのは、才人ではなかった。
はっとして顔を上げたルイズが扉に駆け寄り、すぐさま開け放ったからだ。
そこには、真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女がいた。
辺りをうかがうように首を回すと、そそくさと部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。
「…………あなたは?」
ルイズは驚いたような声を上げた。
だが、それは相手の正体に対する疑問のような『疑惑』とは少しばかりニュアンスが違った。
強いて言うなら、そこに浮かぶのは『困惑』――まるで『ここに現れるとは思っていなかった』というような――
だが、彼女はそんなルイズや才人に、しーっと言わんばかりに口元に指をあてた。
それから、頭巾と同じ漆黒のマントのすき間から、魔法の杖を取り出すと軽く振った。同時に短く呪文を唱える。
光りの粉が部屋の中に舞う。これは――
「……探知?」
思わずつぶやくルイズに、頭巾の少女はうなずいた。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
言って、少女は頭巾を取り――才人は目を丸くした。
なぜなら、彼女こそ昼間この魔法学院にやってきたトリステイン王国の王女――アンリエッタその人だったのだから。
「姫殿下!」
あわててひざをつくルイズ――どうしていいかわからずにオロオロする才人も、カブトゼクターに頭を小突かれてあわててルイズにならう。
だが、そんな彼らにかまわず、アンリエッタは口を開き――才人はまたもや度肝を抜かれることになる。
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
「………………はい?」
久しぶり――確かに彼女はそう言った。
と、いうことは――
説明を求めるように視線を向ける才人とその頭上のカブトゼクターに、ルイズは告げた。
「姫様がご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたのよ」
「えぇ……
わかりやすく言ってしまえば――」
ルイズの言葉に同意するように付け加え、アンリエッタは目を白黒させている才人に告げた。
「私達は――幼馴染、ということになりますね」
「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
才人の驚きの声が響き渡ったのは、それからジャスト3秒後のことだった。
次回予告
「姫様から相談された、この国の一大危機!
こんなの黙って見ていることなんかできないじゃない!」
「って、引き受けるつもりか!?」
「当然じゃない!」
「で、どーせがんばるのはオレなんだろ?」
「当たり前よ。
……って、アンタ何やってんのよぉぉぉぉぉっ!」
次回、ゼロのカブト
『姫様からの依頼』
「読まないと許さないんだから!」
(初版:2006/12/06)
(第2版:2007/03/13)(次回予告追加)