「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 他ならぬルイズが、この国の王女と幼馴染――たった今知らされた衝撃の事実に、才人は思わず声を上げ――
「バカァァァァァッ!」
 そんな才人の顔面に、ルイズのムチがまるで剣道の面打ちのように叩きつけられた。
 そこから立て続けに打ち込まれるのはムチのようにしなる左拳の嵐――身長差、リーチ差をものともしない切れ味を見せるフリッカージャブが才人の顔面を襲う。
「あのねぇ! 姫様がこんなところに顔隠して来た時点で、お忍びだって気づきなさいよ!
 それなのにそんな大声出して! バレたらどうする気!?」

「あ、あの……
 ルイズ・フランソワーズ……?」
 まるで切り刻むかのような鋭い拳で才人を打ち据えながら叫ぶルイズの姿に、アンリエッタは思わず困惑の声を上げ――
「…………娘っ子の声の方がよっぽどでけーわな」
 その背後で、壁に立てかけられたデルフリンガーが実に的確すぎるツッコミを入れていた。

 

 


 

第6話
「姫様からの依頼」

 


 

 

「ゲルマニアですって!?」
 アンリエッタからその国名を聞き、ルイズは思わず声を上げた。
 結局、ルイズが才人を痛めつける手を止めたのは、“打ち下ろしの右チョッピング・ライト”が才人の切ないところを粉砕する直前のことだった――才人がルイズの使い魔であることを知り、最初は当惑したアンリエッタだったが『使い魔はメイジにとって一心同体』と納得。二人にこれから話すことを口外しないように、と念を押した上で用件を語り始めた。
 だが――その内容はルイズにとって衝撃的なものだった。
 アンリエッタの政略結婚が決まったというのだ。
 しかもその相手が――ということで、先程のルイズの驚きの声につながる。
「どうして!? あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
「ぅわ、すげぇ言いよう」
《明らかに個人的敵意が見えるな》
「ゲルマニア嫌いだからなー、ルイズは」
 さりげにキツい物言いでアンリエッタに詰め寄るルイズの言葉を聞き、つぶやくデルフリンガーと頭の上のカブトゼクターに才人は苦笑まじりにそう答える。
 しかし、アンリエッタの表情は暗い。やはり政略結婚が気が進まないのか――そう考えた才人だったが、ルイズをなだめるために語ったアンリエッタの話は、そんな才人の予想を悪い意味で裏切るものだった。

 それは、このハルケギニアの現在の状況――アルビオンという王国において、王家に仕える貴族達が反乱を起こし、内戦が起きているのだという。
 戦況は王家側が劣勢――もはや政権の交代は避けられないところまできているらしい。
 だが、むしろ問題はその後――反乱軍の狙いはアルビオン一国にとどまらず、大陸の統一をその目標に掲げているらしい。そんな反乱軍の次なる標的となり得るのが、トリステインとゲルマニアなのだ。
 アルビオンの王家が倒れれば、反乱軍はさらにその戦力を取り込んで力を増すだろう。元々が国軍を蹴散らすほどの力を持った反乱軍の更なる増強――そうなれば、もはやトリステインもゲルマニアも、自国の戦力だけでは太刀打ちできない。今回の政略結婚には、反乱軍に対抗するための同盟締結、という狙いも含まれていたのだ。

 なるほど、ただでさえ望まぬ結婚な上に、そんな厄介な案件まで絡んでいればアンリエッタの気分が落ち込むのもわかる。
 だが――
「けど……それで結婚、っていうのは、少しおかしくないですか?
 ゲルマニアだって、トリステインと手を組むのは望むところなんでしょう? 何も政略結婚してまで……」
「そういう簡単な問題じゃないのよ、外交、っていうのは」
 それでも納得がいかず、反対の声を上げた才人をいさめるのはルイズだ。
「アンタのせか……故郷じゃどうだったのかは知らないけど、このハルケギニアでは同盟、っていうのは、ただ調印すればそれで成立、ってワケじゃないの。もっと確かな証が必要なの。
 同盟を結び、それを破らぬための誓いの証、それが……」
「同盟国同士の、王族の結婚……」
 つぶやく才人に、アンリエッタは静かにうなずく。
「個人の問題であるなら、私だってすぐにでも拒否するでしょう。
 でも、そうはいきません――これはトリステイン王家の総意なのです。
 この結婚をもって両国の民に安心をもたらすのが、枢機卿を始め、我が王室の考えのようです。
 自分達の国は将来が明るい――国民がそう思えたなら、明日を生きる活力になる。そして、来たる戦いの士気につながる……」
《国のためにお互いの皇子、王女が己を犠牲に望まぬ婚姻を結び、同盟を結ぶ――私達の世界でも、かつてはあったことだぞ》
「だけど……」
 やはり納得がいかない。アンリエッタとカブトゼクターの言葉に、才人は思わず視線を落とす。
 そんな才人にしばし気遣わしげな視線を向けた後、アンリエッタは改めてルイズへと向き直った。
「当然、アルビオンの貴族達は、この同盟を良く思ってはいません――二本の矢も、束ねず、一本ずつなら容易く折れますからね。
 したがって、彼らは、私の婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」
 その言葉に、ルイズは思わず才人と顔を見合わせた。
 今の会話とアンリエッタの不安げな顔。もしや――
「まさか……あるのですか? 姫様の婚姻を妨げるようなものが!?」
 ルイズが顔を青くして尋ねると、アンリエッタは悲しそうに頷き、両手で顔を覆い、床に崩れ落ちた。
 そんな彼女に、ルイズはあわてて駆け寄り、
「言って、姫さま!
 いったい、姫さまのご婚姻を妨げるものって、なんなのですか?」
「……私が以前したためた……一通の手紙です」
「手紙……?」
 その言葉に、才人が思わず眉をひそめるが、アンリエッタは続ける。
「もしそれがアルビオンの貴族達の手に渡ったら……すぐさまゲルマニアの王室に届けられ、今回の婚姻は取り消しとなってしまうでしょう」
「いったい、その手紙は何処にあるのですか?
 トリステインに危機をもたらす、その手紙とやらは!」
 ルイズが尋ねると――アンリエッタはとんでもない答えを返してくれた。
 

「…………アルビオンです」
 

 待て。激しく待て。
 全力でツッコミを入れたい気持ちを懸命にこらえ、才人はアンリエッタに尋ねた。
「あ、アルビオンって……今まさに反乱の真っ最中の?
 じゃあ、もう反乱軍の手に渡ってるってことですか?」
 だが、その問いにアンリエッタは首を左右に振った。
「いえ……その手紙を持っているのはアルビオンの反乱勢ではありません。
 反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が……」
「プリンス・オブ・ウェールズ! あの凛々しき皇子様が!」
 まだ敵の手には渡っていない――安堵の声を上げるルイズだが、状況が良いものと言えないことに変わりはない。
 何しろ反乱軍の構成で国軍は瓦解寸前なのだ。このままでは遅かれ早かれ、その『ウェールズ皇太子』とやらは敵に捕らわれ、手紙の存在が明るみに出てしまうことになるだろう。
 早急に手を打たなければならない状況にある――そこまで考えた時、才人の脳裏にある可能性がよぎった。
「まさか……ルイズのところに来た用件って……」
「はい…………
 幼馴染を戦地へと送り出す――王族として以前に人として恥ずべき行為だということは承知しています。
 ですが……他に頼れる人もいないのです」
 才人に答えると、アンリエッタはルイズへと向き直り、
「ルイズ・フランソワーズ。
 これは、トリステイン王家として、ではなく、私個人の頼みです――どうか、その手紙を取り戻してほしいのです。
 “土くれ”のフーケを捕らえたという、あなたと――」
 そして、視線を才人へと移し、
「あなたの使い魔の力を、頼らせてください」
 そう言って――アンリエッタはルイズと才人に向けて深々と頭を下げた。
「ひっ、姫様!?」
「いいのよ、ルイズ。
 言ったでしょう? 『王家としてではなく、個人として頼みたい』と。
 今の私はトリステインの王女である以前に――貴女達二人への依頼人です」
「何とおっしゃいますか!
 たとえ王女としてであろうと個人としてであろうと、姫様の願いを断ることなどできません!」
 告げるアンリエッタに答え、ルイズはヒザをついてうやうやしく頭を下げる。
「姫様とトリステインのためなら何処なりと向かいますわ!
 姫様と国の危機、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすワケには参りません!」
「この私の力になってくれるというの? ルイズ・フランソワーズ! 懐かしい私のお友達!」
「もちろんですわ!」
「ああ、忠誠。これが誠の友情と忠誠です!
 感激しました。私、あなたの友情と忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」
《…………えっと……》
「あぁ………………」
 目の前のやり取りに、自分の頭の上で困惑するカブトゼクターの声に、才人は肩をすくめる。
「雰囲気に酔ってやがる。二人して……」
 つぶやき、ため息をつく才人の目の前で、二人はひしっ! と抱き合っていた。
 

「えっと……それで姫様。アルビオンの現状は?」
 ようやく二人が落ち着きを取り戻したところで、才人はため息まじりに尋ねた。
 となりでルイズから叱責の声が上がるが――かまわない。ルイズはアルビオン行きをあきらめはすまい。となれば、彼女の安全を守るために自分は今手に入れられるすべての情報を握っておく必要がある。
 だが、アンリエッタの答えはあまり芳しいものではなかった。
「アルビオンの貴族達は、王党派を国のすみにまで追い詰めていると聞き及んでいます――敗北も時間の問題でしょう」
 その言葉に、ルイズは真顔になるとアンリエッタにうなずき返した。
「では早速、明日の朝にでもここを出発いたします!」
 その言葉に、アンリエッタは静かにうなずく――その表情は依頼を受けてもらえてうれしそうな反面、彼女を心配するかのように不安そうだ。
 事情が事情だ。状況がそれしか許さなかったとはいえ、親友が自分のために危険な地域に行くことになったのだ。むしろ当然の反応と言えるだろう。
 そんなことを考えていると、不意にアンリエッタの視線が才人へと向いた――ドキリとする才人に、笑顔で告げる。
「頼もしい使い魔さん」
「はい? オレ――?」
「はい。
 私のお友達を、これからもよろしくお願いしますね」
 そう言うと、才人に向けてすっ、と左手を差し出した。
 握手かと思ったが――手の甲を上に向けている。
 思わず首をかしげる才人だが――それを見たルイズが驚きの声を上げた。
「いけません、姫様!
 そんな、使い魔にお手を許されるなんて!」
「いいのですよ。この方はあなたと共に私のために働いてくださるのです。忠誠には、報いるところがなければなりません」
「はぁ……」
 アンリエッタの言葉に納得したのかしないのか、複雑な表情を見せるルイズだが、やがて才人へと向き直り、告げる。
「ねえ……あんた、わかってんの?
 たいへん名誉なことなんだからね、コレ!」
「え? え?」
 これのどこが名誉なのか――ワケがわからず混乱する才人の姿に、ルイズはようやく才人がその意味を理解していないことに思い至った。
「あのねぇ……
 『お手を許す』ってことは、砕けた言い方をするなら――キスしてもいいってことよ」
「そ、そんな、豪儀な……」
 才人はあんぐりと口を開けた。
(そんなにあっけなくキスを許すなんて――いやいや、そんなの、地球でもアメリカとかじゃ家族同士で普通にするだろう。それと同じなんだろう。うん)
 脳内で情報を整理し、そう納得すると、アンリエッタの手を取ると、そのままぐっと自分に引き寄せた。
「え――――――?」
 突然のことにアンリエッタの口がぽかんと開く――だが、才人は間髪入れず、アンリエッタの唇に自分のそれを重ねた。
「むぐ……」
 柔らかく、小さな唇だった――アンリエッタの目が、驚きで見開かれる。
 唐突にその目が白目に変わり――アンリエッタの身体から力が抜けた。才人の手をすり抜け、ぐったりとベッドに崩れ落ちた。
「え?
 気絶? なんで?」
 家族同士のあいさつのようなものではなかったのか――困惑し、才人が目を丸くしていると、
「こっ、この犬ぅぅぅぅぅっ!」
 咆哮と同時、ルイズの鋭い右拳が才人の顔面を打ち抜いた。
 そのまま仰向けにのけぞった才人の腹にさらに一撃――レバーブローから左のガゼルパンチにつなぎ、さらに右フックが才人の頭を真横に弾く。
 ラッシュはまだ止まらない。拳を振り抜き、ルイズは大きくひねった身を止め――それを引き戻す勢いで反対側から左フックでさらに一撃。
 同じ要領で右からもう一撃。また左から。
 ルイズの動きはさらに加速し、その身の動きは次第に“∞”を描いていく――
 

 ルイズのデンプシーロールは、実にそれから1分以上も才人を痛めつけた。
 

「『お手を許す』ってのは、手の甲にキスするのよ! 思いっきり唇にキスしてどーすんのよ!」
 正座はしているがその命は風前の灯か――ルイズに徹底的に痛めつけらた才人に、ルイズは火がついたかのように怒り狂う。
 その両の拳が真っ赤に染まっているのが目に入るが、デルフリンガーもカブトゼクターもツッコみはしない――というかツッコむのが恐い。
「も、申し訳ありません! 使い魔の不始末は私の不始末です!
 っていか、アンタも謝りなさい!」
 言うと同時、半ば意識を手放している才人の頭を押さえ、土下座させるかのように床に叩きつける――床に赤い染みが広がっていくが、やはり誰もツッコまない。
「い、いいのです。忠誠には報いるところがなければなりませんから」
 そううなずくアンリエッタだが――その笑顔は引きつっている。突然キスしたサイトに対してだろうか。それとも目の前で惨劇を繰り広げたルイズに対してだろうか。
 と、その時――扉が音を立てて開かれた。
 血みどろの惨劇の場に臆することなく飛び込んできた人物、それは――
「貴様ぁーっ! 姫殿下に何をしているかぁーっ!」
「ギーシュ!? あんた、立ち聞きしてたの、今の話を!?」
 意外な乱入者の登場に驚くルイズだが、当のギーシュはかまわない。土下座したまま――というか倒れたままの才人に対して夢中になってまくし立てる。
「バラのように見目麗しい姫様の後をつけてきてみればこんなところへ……それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……!」
 まるで先程のルイズとアンリエッタの二人のように芝居がかった態度で――いや、彼の場合はこれが素か。大げさにギーシュは拳を握り締め、
「いかに親友といえど、こればかりは許しがたい!」
「ならなんで今頃飛び込んできたんだ?」
「え………………?」
 告げたのは壁に立てかけられたデルフリンガーだった。意外なところからの質問に、ギーシュは思わず動きを止めた。
「見てたんだろ? ほぼ最初から」
「い、いや……それは……
 彼への鉄槌は、ルイズが下してくれたし、別にそれが終わってからでもいいかなー、って……」
「…………ま、気持ちはわかるがな」
 あの惨劇を目にすれば、誰だって飛び込むのをためらうか――視線を泳がせるギーシュに、デルフリンガーはため息をつくかのように答える。
 と、そんな中、ようやく復活した才人が身を起こした。キョロキョロと周囲を見回し――
「あれ、ギーシュ?」
「気づいてなかったの!?」
 どうやら気づいていなかったらしい。ギーシュを見て声を上げた才人の言葉にルイズがツッコみ――だが、そのおかげで一同の間にズシリと重くのしかかっていた空気があっという間に霧散してしまった。
「けど……どうするんでぇ、姫サンよ」
 何分失礼な物言いだが、それは彼のスタイルそのもの――空気が弛緩した瞬間を狙い、アンリエッタに尋ねるのはデルフリンガーだ。
「どうする……って?」
《御殿はまだ寝ぼけているのか?
 極秘の依頼を受けたばかりだろう? それをギーシュ殿に聞かれてしまったのだぞ》
 首をかしげる才人に、頭の上に舞い降りたカブトゼクターが答えると、
「姫殿下!」
 そんな彼らの前で、ギーシュは突然アンリエッタに向けてひざまずいた。
「その危険な任務、ぜひともこのギーシュ・ド・グラモンにも仰せつけください!」
「ギーシュ!?」
「何言い出してるのよ、アンタ!?」
 意外な一言に、才人とルイズが動いた。すぐさまギーシュを床から引き剥がすと部屋のすみへと引っ張り、告げる。
 

「バカかお前!? いきなり何を!?」
「何自分から危険の中に首突っ込んでんのよ!」
「キミ達だって危険なことには変わらないじゃないか!」
「オレだって好きで引き受けたワケじゃないって!」
「何よ、私が勝手に引き受けたっての!?」
「その通りだろ!
 ――って、それより! 何であんなこと言い出したんだよ?」
「そりゃもちろん、姫殿下のお役に立ちたいからさ!」
「ホントか?」
「………………」
「何でそこで目を逸らすのよ!?」

 

 そんなやり取りをかわしていると、唐突にアンリエッタが声を上げた。
「グラモン? あのグラモン元帥の?」
「はい、息子でございます!」
 すぐさま才人とルイズを振り払い、ギーシュはアンリエッタに応える。
「では、ルイズ・フランソワーズの使い魔さんと同じ、ゼクターの資格者とは……」
「その通りでございます!
 グラモン元帥の息子にして仮面ライダーサソード、このギーシュ・ド・グラモンを、ぜひとも任務の一員に加えてくださいませ!」
 その言葉に、アンリエッタは顔を輝かせる――交渉の流れは完全にギーシュにかたむいているのを感じ、才人とルイズは顔を見合わせ、互いに肩をすくめる。
 こうなったら、もうギーシュを巻き込んでさっさと話を終わらせるのが、明日に備える最短の道だと判断。ルイズは息をついてアンリエッタに告げた。
「では……明日の早朝、アルビオンに向けて出発するといたします」
「わかりました。
 ウェールズ皇太子は、アルビオンのニューカッスル付近に陣をかまえていると聞き及びます。
 旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達は、あなた方の目的を知ったら、ありとあらゆる手段を使って妨害しようとするでしょう」
 アンリエッタはそう答えると、ルイズの机、羽ペンと羊皮紙を借り受け、サラサラと手紙をしたためた。
 内容を尋ねるルイズに答えたところによると、ウェールズ皇太子への密書らしい――だが、最後に一瞬だけためらい、一筆付け加えた。そして杖を振るい、魔法で封蝋ふうろうを施し、さらに花押まで押すとその手紙を胸に抱きしめた。

「始祖ブリミルよ……この自分勝手な姫をお許しください。
 国を憂いても、私はやはり……この一文を書かざるを得ないのです……自分の気持ちにウソをつくことはできないのです……」

 静かにつぶやくその姿はとても哀しそうで――才人はアンリエッタがルイズにその手紙を預けるのを見ていることしかできなかった。
「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください――すぐに件の手紙を渡してくださることでしょう」
 それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜くとルイズに手渡した。
「母君からいただいた、“水のルビー”です。
 せめてものお守りです――お金が心配なら、売り払って旅の資金に当ててください」
 その言葉に、ルイズは深々と頭を下げる――そんな彼女にアンリエッタは告げた。
「この任務には、トリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように……」
 

 アンリエッタが去り、ギーシュも「準備をする」と部屋に戻り――寝静まった部屋の中、才人は寝床を抜け出した。ルイズを起こさないように気をつけつつ、部屋を後にして中庭に出る。
 と――
《眠れぬのか?》
「まぁね」
 飛来し、差し出してあげた右手に舞い降りたカブトゼクターの言葉に、才人は苦笑まじりに答えた。
 そして――声をかける。
「………………なぁ」
《どうした?》
 聞き返すカブトゼクターに、才人はずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「婚約がご破算になるような手紙――って、もしかして……」
《うむ………………》
 脳裏のイメージの中で、例の猫耳巫女の姿をしたカブトゼクターがうなずく。
《……恋文…………であろうな……》
「だよな……
 政略結婚をするために、想い人に宛てた恋文を取り戻しに行かなくちゃならない、か……」
 カブトゼクターの言葉に、才人はため息をついてつぶやく。
《それに、だ……
 そのウェールズ皇太子が今もその恋文を持っている、ということは……》
「あぁ…………」
 うなずき、才人は夜空に浮かぶ二つの月を見上げた。
 しばし、無言のまま時が過ぎ――カブトゼクターは告げた。
《………………御殿の好きにすればいい》
「え………………?」
《どうしたいか……もはや御殿の中では結論が出ているのだろう?》
 手元の本体に視線を向ける才人に、イメージの中のカブトゼクターは優しく微笑み、そう告げる。
《貴族として、ほめられた行動ではなかろう――
 だが、だからこそ……それができるのは、御殿しかいないはずだ》
「…………そう……だな」
 カブトゼクターの言葉に、才人は改めて夜空を見上げた。
「できるかどうか……そんなことはわからないけど……」
 静かに――決意を口にした。
 

「オレは……ウェールズ皇子を助けたい」
 

 言葉にしたとたん――改めてその想いと向き合ったとたん、全身にプレッシャーがのしかかる。
 それがどれだけ困難な選択なのかを思い知らされた気がした――拳を握り締め、才人は静かにルイズの部屋へと戻っていった。

 

 

 同時刻、トリステインの城下町では――

「まったく、か弱い女ひとり閉じ込めるのに、この物々しさはどうなのかしらね?」
 先日才人に敗れ、監獄に幽閉されていた仮面ライダーザビーこと“土くれ”のフーケは、自分を閉じ込めている岩壁を憎々しげににらみつけながらひとりつぶやいていた。
 お得意の“錬金”の魔法で脱出しようにも、この壁はメイジの脱走に備え、強固な障壁が施されている――そもそも杖を取り上げられてしまってはどうすることもできないのだが。
「やってくれるじゃないのさ、あのガキども……!」
 つぶやき――自分を討ち負かした二人の仮面ライダー、カブトとサソードのことを思い出す。
 彼らやカブトを使い魔として従えた小娘のおかげで、自分はこんなところに放り込まれることになってしまった――明らかに八つ当たりでしかない怒りが胸中でこみ上げ――
「………………あら?」
 ふと、上の階から誰かが降りてくる足音がする。
 衛兵の見回りの時間ではないはずだが――そんなことを考えていると、気配は自分のいる階層の入り口、そのドアの前で動きを止め――

《Clock Up!》

「――――――っ!?」
 突然の声に目を見張り――次の瞬間、目の前の鉄格子が衝撃と共に吹き飛んだ。
 そして――

《Clock Over!》

 その言葉と共に、フーケの前にその人影が降り立った。
 カブトでもサソードでも、自分の変身していたザビーでもない――自分達の知らないタイプのライダーである。
 意匠はカブトに似ていないこともないが、角のデザインが異なり、さらには右肩に鋭利なショルダーガードがあしらわれている。
 やがて――ライダーが口を開いた。
「ここから出してやる――マチルダ・オブ・サウスゴータ」
「――――――っ!」
 驚きに目を見開く――それはかつて自分が捨てた名、捨てざるを得なかった名だからだ。
「あんた……一体……!?」
 うめくフーケに、ライダーは静かに自らの名を名乗った。

 

「仮面ライダー……ケタロスだ」


次回予告

「姫様からの依頼でアルビオンに行くことになった私達!
 モンモランシーまで加わって、まったく、にぎやかになりそうね……」

「なぁ……他にも一緒に行くヤツがいるらしいぞ。誰なんだ?」
「え? 誰よ?」
「そんなのオレだって知らないよ。だから聞いてんだろ」
「まったく、どこの誰が……って、えぇっ!?
 まさか……ついて来る人って!?」

次回、ゼロのカブト
『ザビー再び』

「読まないと許さないんだから!」


 

(初版:2007/03/13)
(第2版:2007/10/06)
(次回予告追加)