朝もやの中、才人達は早速出発の準備に取り掛かった。駐輪場としている厩舎から出してきたカブトエクステンダーの左右に才人は荷物をくくりつける。
ついでに、シートの後ろ側――ルイズの座る辺りにはクッションを増設する。遠出になりそうだからこのくらいは必要だろう。
「ギーシュは?」
「そういえば見ないけど……」
だが、同行するはずのギーシュの姿がそこにはない。尋ねるルイズの問いに答え、才人は改めて周囲を見回して――
「やぁ、ルイズ、サイト……」
「ギーシュ!?
まったく、何やってんのえぇぇぇぇぇっ!?」
振り向いたルイズの声は途中から悲鳴に化けた。
まるでタコ殴りにあった後の才人の如き、悲惨な顔を見せたギーシュの姿を前にして。
「ど、どうしたんだ、ギーシュ!?」
「い、いや……」
尋ねる才人にギーシュが答えかけ――突然の衝撃が背後からギーシュをブッ飛ばした。
そして――
「話は聞かせてもらったわ」
自ら蹴倒したギーシュの後ろから姿を現し、そう告げるモンモランシーは――
なんだかとても怖かった。
第7話
「ザビー再び」
「まったく、いつの間にギーシュまで巻き込んでくれたのよ?」
「言っとくけど、盗み聞きまでして参戦表明をしてくれたのはギーシュだからな」
「そうよ。私達はちゃんと止めたんだからね」
怒りの多分に込められた視線を向けるモンモランシーの言葉に、才人とルイズはため息まじりにそう答える。
が――モンモランシーの視線は冷たいままだ。自分の彼氏を勝手に危険な任務に引き込んだのだから当然といえば当然だが。
だから――ルイズは告げた。
「そんなワケだから、事情を知ったんならギーシュを引き止めてくれると助かるんだけど」
自ら首を突っ込んできたとはいえ、元々ギーシュは作戦のあてにはされていなかった、言わば“巻き込まれ組”だ。できれば引っ込んでいて欲しい――そんな願いを込めてモンモランシーに提案するルイズだったが、
「は? 何で?」
意外なことに、モンモランシーは怒りを引っ込め、きょとんとして聞き返してきた。
そんなモンモランシーの態度に眉をひそめ――ルイズは彼女の足元に転がるギーシュの姿に不自然な点があるのに気づいた。
明らかに彼の抱えている荷物が多い。自分や才人の用意した旅支度に比べてゆうに倍はある。
まるで“二人分抱えている”かのような――
「……あー、えっと…………
まさか……モンモランシーも?」
「えぇ。
行くわよ、私も」
ルイズの問いにあっさりとうなずいてくれた。
「ギーシュってば、いくら説得しても『行く』って言って聞かないんだもの」
「一応聞きたいんだけど……その“説得”は言葉? それとも蹴り?」
思わず尋ねる才人の言葉はあっさりと黙殺される。
「だったら方法はひとつしかないわよ。
危険なアルビオンに行くって言うのなら……治癒魔法の使える私がついて行って、ギーシュの危険を減らすしかないじゃない」
「あー、そういえばあなたって“水”系統だから、治癒魔法って得意なのよね……」
確かに戦地に赴く以上、医療担当がいてくれればこちらとしても助かるが――だからと言って彼女まで連れて行くのも気が引ける。どうしたものかとルイズはため息をつき――ふと思いついた。才人を引き寄せ、耳打ちする。
「ねぇ……もうこの際だから連れて行かない?」
「ルイズ?」
思わず目を丸くする才人だが――ルイズはニヤリと笑って続けた。
「どうせ、馬じゃサイトのカブトエクステンダーには追いつけないんだし」
「置き去りにするつもりかよ。えげつないなー……」
思わずつぶやく才人だったが――
「エクステンダーが何だって?」
そんな二人の会話をおぼろげながら聞きつけたのは復活したギーシュだ。
「もしや、馬ではカブトエクステンダーに追いつけないことを心配してくれているのかい?」
「え? あ、いや……」
「その、なんつーか……」
誤解が生じているようだが、話の要点はそのものズバリ――意識せずしてこちらの策を指摘するギーシュの問いに、ルイズと才人は思わず言葉をにごし――
「それなら心配はいらない!」
「え――――――?」
思わず目をテンにするルイズのとなりで――才人はある可能性に思い至った。
「ちょっと待った!
ギーシュ、ソレって、まさか……」
「フッ、さすがは同じライダー、気がついたようだね」
ニヤリと(ムカつくぐらいに似合う)笑みを浮かべて答えるギーシュの肩の上では――サソードゼクターがまるで自己アピールでもするように尻尾を振っていた。
「…………えっと……」
目の前のソレを見て、才人はコメントに困っていた。
《むぅ……》
カブトゼクターも同じ思いのようだ。“対話”のために右手に舞い降りたそのままの状態でうなっている。脳裏に伝達されているイメージでも、ネコ耳巫女さんが腕組みし、しきりに首をひねっている。
とりあえず、予想通りのものが出てきたことは間違いない。
ただし――脇に予想外のものがくっついている。
すなわち――
「……お前のエクステンダー、サイドカーなのな」
「さいどかー、という種類なのか? これは」
尋ねる才人に、ギーシュは首をかしげてそう聞き返す。
そう。ギーシュの案内で才人とルイズが見せられたのは、横に二人乗りの座席を追加したバイク――いわゆるサイドカーだ。才人のカブトエクステンダーにならうなら“サソードエクステンダー”といったところか。
「これで、いつか一緒に街に出かけた時のように置いてきぼりを食らうこともない!
さらに! 横の座席のおかげでモンモランシーはもちろん、ボクの使い魔も連れて行けるのさ!」
『使い魔……?』
そのギーシュの言葉に、才人とルイズは思わず顔を見合わせた。
「使い魔? どこにいるのよ?」
「そーいや、フーケ退治の時にも連れてきてなかったよな?」
その問いに、ギーシュはニヤリと笑うと、足でコツン地面を蹴った。と――彼のかたわらの地面が突然モコモコと盛り上がり、茶色の大きな生き物が現れた。
とたん――ギーシュの相好が崩れた。満面の笑みでそれを抱きしめる。
「ヴェルダンデ! ああ、ボクの可愛いヴェルダンデ!」
「『ボクの』……って、まさか、そいつが!?」
ギーシュの言葉に、ルイズは思わず声を上げた。
「アンタの使い魔って、ジャイアントモールだったの?」
そう。ルイズが指摘したとおり、ギーシュが抱きしめているその生き物はまさしくモグラだった。ただし『ジャイアント』の名が示すとおり通常のモグラよりもはるかに大きく、ちょっとした大型犬ほどの大きさがある。
そんな巨大なモグラを抱きしめ、ギーシュはほお擦りまでしている。まさに「猫可愛がり」という言葉がよく似合う。モグラだが。
まぁ、趣味は人それぞれだよな――などと才人が納得していると、そんな彼のとなりでルイズが尋ねた。
「ねぇ、その使い魔、当然地中がメインフィールドよね?」
「そうだ。
なにせ、モグラだからね」
「あのねぇ……」
自信満々に応えるギーシュの言葉に、ルイズは思わずため息をつき、
「わかってるの?
私達、これから“あの”アルビオンに行くのよ? 出番なんてあるワケないじゃない」
「い、いや、しかしだな……」
ルイズの言葉になんとか説得を試みようとギーシュが口を開いた、ちょうどその時――突然ヴェルダンデが顔を上げた。何事かと注目する一同の前で鼻をひくつかせながら周囲を見回す。
そして、その視線が止まったのは――
「………………え? 私?」
ルイズだった。彼女が間の抜けた声を上げると同時、ノッシノッシとルイズに駆け寄るとそのままの勢いで飛びつき、まるで押し倒すかのようにのしかかる。
「ち、ちょっと!?」
あわてるルイズだが、ヴェルダンデはかまわない。ルイズの身体の各所を鼻で探り――目的のものを見つけたのか動きを止めた。
ルイズの右手の薬指に光る、青いルビーである。
それがアンリエッタから預かった“水のルビー”だと才人が気づくそのとなりで、ギーシュは満足げにうなずいて、
「なるほど……指輪か。
ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」
「そうなのか?」
「そうだとも。
“土”属性のメイジにとって不可欠な、貴重な鉱石や宝石をボクのために見つけてきてくれるのさ」
「………………一番活躍してるのは?」
「そんなもの、モンモランシーへの贈り物を作る時に決まってるじゃないか!
何と言っても、手作りで宝石をあしらったアクセサリーを用意できるのだからね!」
「…………ンなこったろうと思ったよ」
「――ちょっと! そんなのいいから助けなさいよ〜!」
ルイズから抗議の声が飛んできた。見れば、一足先に助けようとしているモンモランシーをものともせず、ヴェルダンデはルイズの上にのしかかったままだ。
やれやれ、と肩をすくめ、才人はルイズとヴェルダンデへと歩を進め――
《――――――っ!?
待て!》
「え…………?」
カブトゼクターの声に思わず足を止めた才人の眼前を疾風が駆け抜け――モンモランシーの前でヴェルダンデが吹き飛ばされた。
自然の風ではない。明らかに魔法によって起こされた風である。
「誰だ!?」
いきなり使い魔を吹き飛ばされ、ギーシュが杖であるバラの造花を引き抜く。が――続けて放たれた突風がギーシュの手からバラの造花を吹き飛ばした。
そして、赤い花びらが舞う中姿を現したのは――
「……あ、あいつは確か…………!?」
つぶやき、才人がにらみつけるのは、アンリエッタの来訪に同行していたあの羽帽子の貴族だ。
思えば、彼を目にしてからルイズの様子がおかしくなった。ルイズの知り合いなのだろが、一体どんな関係なのだろうか――?
しかし、そんな才人の視線を気にすることもなく、貴族は杖を腰に差し、
「すまないね――」
「婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬ振りは出来なくてね」
その言葉に、その場の空気が制止した。
「婚、約者……?」
「誰が……?」
「誰の……?」
才人、ギーシュ、モンモランシーが呆然とつぶやく中、ヴェルダンデから解放されたルイズはあわてて立ち上がった。
「ワルド様……」
そんなルイズの震える声に、ワルドと呼ばれた貴族の相好が崩れた。ルイズに駆け寄ると、彼女の小さな身体を軽々と抱き上げる。
「久しぶりだな! ルイズ! ボクのルイズ!
相変わらずキミは軽いな! まるで羽のようだね!」
「お、お久しぶりでございます……」
一方、ルイズはそんなワルドの行為に対しても特に不満を見せていない。顔を赤くしてされるがままになっている。
「え、えっと……ルイズ?
その方は、一体……?」
完全に蚊帳の外に放り出される一同の中、最初に再起動したのはモンモランシーだった。尋ねるその問いに、ワルドはルイズを地面に下ろすと才人達へと向き直り、改めて名乗る。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」
名乗って、帽子を取って一礼する。思わず応えて礼を返す才人達を見渡し、ワルドはルイズに尋ねた。
「それで……ルイズ、彼らは?」
「あ、あの……
クラスメイトのギーシュ・ド・グラモンとモンモランシー・モンモラシ、そして……使い魔のサイトです」
「ほぉ……」
ルイズの言葉に、ワルドは興味深そうにこちらを見返してきた。もう一度頭を下げる才人達に歩み寄り、ワルドは才人の顔をのぞき込んだ。
「キミがルイズの使い魔かい?
まさか人とは思わなかったよ」
「まぁ……いろいろありまして」
応える才人に対し、ワルドは気さくそうな身を浮かべ、
「ボクの婚約者がお世話になっているようだね」
「は、はい……」
思わずかしこまって才人が応えると、そんな彼の姿にワルドは笑いながらその肩を叩き、
「なんだなんだ。ずいぶんと硬いな――もしかして、アルビオンに行くのが怖いのかい?
なに、心配することはない。キミはあの“土くれ”のフーケを捕らえた仮面ライダーだろう? その勇気と力があれば、何だって出来るさ!」
そう言って、あっはっはっ! と豪傑笑いをするワルド――今まで出会ったメイジ達とは明らかに一線を画す、どちらかといえば“優雅さ”の中に“豪快さ”を併せ持つように感じるワルドのそんな態度に、才人はただ戸惑うしかない。
と――そんなワルドに対し、ルイズが尋ねた。
「あの……それで、ワルド様はどうしてここに……?」
「簡単な話さ」
本当に簡単そうにそう答えると、ワルドはルイズへと向き直り、告げた。
「ボクも、キミ達と共にアルビオンに向かうからだよ」
「ワルド様も?」
「あぁ。
姫殿下から、キミ達に同行するように命じられてね。
仮面ライダーが二人もいるんだ。実力的には問題はないのだろうが――やはり幼馴染とその友人達が戦地に赴くことが心配らしい。
しかし、お忍びの任務である以上、仰々しく舞台をつけることも出来ない――そこでボクが指名された、というワケだ」
そう答え、ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが姿を現した。ワルドはそのグリフォンにひらりと跨ると、ルイズに手招きした。
「おいで、ルイズ」
その言葉に、ルイズは思わずためらった。
乗馬が好きなルイズのことだ。空を飛ぶグリフォンと比べると、どちらかと言えば馬よりも早く大地を駆け抜けるカブトエクステンダーの方が好みなのだろうが――“婚約者に誘われる”と言うシチュエーションで迷うその姿は恋する乙女のためらいにしか見えない。
そんなルイズの態度がなんとなく面白くなくて、才人は思わずムッとなる――が、そんな彼にルイズが気づくことはなかった。結局は婚約者を選び、ワルドの手を借りてグリフォンに乗る。さすがにワルドのようにヒラリと飛び乗ることはできず、彼の手につかまったままがんばってよじ登るのはご愛嬌というヤツか。
「では諸君、出発だ!」
ワルドが手綱を握り、杖を掲げて叫ぶ――応えてグリフォンが舞い上がるのを、才人達は展開に置いていかれた形で見送るしかない。
「…………行きましょうか」
「そうだね」
「あぁ……」
モンモランシーの言葉にギーシュが、才人が答え、彼らもまたそれぞれのエクステンダーに乗り込み、エンジンをかける。
サソードエクステンダーのサイドカーにモンモランシーが、がんばってよじ登ったヴェルダンデが納まり、目的地への道を把握しているギーシュが先行してサソードクステンダーを走らせる――その後に続いてカブトエクステンダーを発進させる才人だったが、
(それにしても……)
胸中に渦巻く疑問に、改めて意識を向けた。
(なんであいつ――)
(仮面ライダーのことを知ってるんだ……?)
アンリエッタは、出発する一行を学院長室の窓から見つめていた。
目を閉じて、手を組んで祈る。
「彼女達に加護をお与え下さい。始祖ブリミルよ……」
そのとなりでは、オスマン氏が鼻毛を抜いている。
アンリエッタは振り向き、オスマン氏に向き直った。
「見送らないのですか? オールド・オスマン」
「ほほ、姫。見ての通り、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」
返ってきた答えに思わずアンリエッタが首を振り――その時、扉がどんどんと叩かれた。オスマン氏が入室を許可すると、あわてた様子でコルベールが駆け込んできた。
「いいいいい、一大事ですぞ、オールド・オスマン!」
「キミはいつでも一大事ではないか。どうもキミはあわてんぼでいかん」
「あわてますよ! 私だってたまにはあわてます!」
オスマン氏に言い返し、コルベールは告げた。
「城からの報せです!
なんと! チェルノボーグの牢獄から、フーケが脱獄したそうです!」
「ふむ……」
オスマン氏は、口ひげをひねりながらうなった。
「門番の話では、何やら人ならざる声を聞いた瞬間、すさまじい衝撃で吹き飛ばされたそうです!
魔法による攻撃ではなく――まるで“超高速で殴られたかのように”!」
その言葉に――オスマン氏は動きを止めた。
が――それも一瞬のことで、すぐに元の調子に戻るとコルベールに向けて手を振り、
「わかったわかった。
その件については、後で聞こうではないか」
そう言ってコルベールの退室を促し――オスマンは息をついた。
となりでは、アンリエッタが机に手をつき、震える声でつぶやく。
「脱獄を手引きした者がいるのですか……?
まさか、アルビオンの貴族の暗躍では!?」
「そうかもしれませんな……あだっ!?」
言いながら鼻毛抜きを再開するオスマンの姿に、アンリエッタは呆れ顔で見つめた。
「トリステインの未来がかかっているのですよ。何故、その様な余裕の態度を」
「すでに杖は振られたのですぞ。
我々にできる事は、待つ事だけ。違いますかな?」
「そうですが……」
「なあに、彼ならば、道中どんな困難があろうとも、やってくれますでな」
「彼とは? あのギーシュが? それとも、ワルド子爵が?」
オスマン氏は首を振った。
「ならば、あのルイズの使い魔の方が? まさか! 彼はただの平民ではありませんか!」
「姫はフーケ捕縛にまつわるウワサをご存知かな?」
「フーケの手にした“装身の蜂”の力を、同様の力を持つ者達が打ち倒したとか……」
「ほほほ、その様な力を最初に手にした者が、事に当たってくれれば頼もしいですなぁ」
「まさか!?」
「まぁ、そのことを抜きにしても――彼は使えると信用しております。
まるで、伝説の“ガンダールヴ”のように」
まだ、王室にも才人の“ガンダールヴ”のルーンについて報告するつもりはない。オスマン氏は少し冗談めかしてそう告げ――目くらましとばかりに別の情報を口にした。
「何しろ……彼は異世界より訪れた者でしてな」
「異世界?」
「そうですじゃ。
ハルケギニアではない、どこか……“ここ”ではない、どこか……
そこからやって来た彼ならば……我々の思いもよらぬ事をやってくれる。この老いぼれはそう信じておりますでな。
余裕の態度もその所為なのですじゃ」
「その様な世界があるのですか……」
アンリエッタは、遠くを見るような目になった。その少年の唇の感触が、自分のそれに残っている。アンリエッタは、唇を指でなぞって目をつむると微笑んだ。
「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」
最初の目的地となるのは港町ラ・ロシェール。
トリステインから離れること早馬で二日かかる、アルビオンへの玄関口である。
魔法学院を出発して以来、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしであった。手加減も何もない、全力での飛翔だ。
理由は簡単――眼下の面々だ。
「なぜ追いつけないんだ!?」
ワルドのグリフォンは隊の中でも屈指の体力を持つ、非常なタフなものを与えられている。しかし、そのワルドのグリフォンをもってしても、眼下の地上を走る2台のエクステンダーに追いつくことが出来ない。
エクステンダーは元々仮面ライダーのサポートを目的に開発されたバイクだ。馬など問題にもならない速度で延々と走り続けていられる。
しかも前方をスキャンし随時マッピングされていく地図が最適なコースをナビゲートしてくれる。途中で川や崖が待ちかまえていようと、容易に橋を見つけ、最短ルートを駆け抜けることが出来る。
対し、グリフォンのアドバンテージはといえば空を飛べるという、ただそれだけ。生物である以上疲れもする。さすがのグリフォンも、エクステンダーの優れた走破力の前には屈せざるを得ないらしい。
思わず焦りの声を上げるワルドだが――そんな彼に、ルイズはさりげなく爆弾を投下した。
「たぶん……あれでもこっちに合わせてスピードを落としてると思うわよ」
実際全開走行に付き合ったことのある経験からの発言だった。
「たいしたものだ……これでは今日中にはラ・ロシェールに着いてしまうのではないか?」
「エクステンダーのスピードなら軽いものよ」
そうワルドに答えるルイズの言葉は本当に誇らしげで――
「ずいぶんとあの使い魔が誇りのようだね」
そんなルイズの姿に、ワルドは思わず苦笑した。
「まるで恋人を自慢するみたいじゃないか」
「こ――――――っ!?」
ワルドの言葉に、ルイズは思わず顔を赤くした。
「こ、恋人なんかじゃないわ!」
「そうか。それは何よりだ。
婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうよ」
そう告げるワルドは楽しそうで――ようやくルイズはからかわれたのだと悟った。
「お、親が決めたことじゃない……」
真っ赤な顔のまま、ルイズはゴニョゴニョとそう告げるが――
「おや? ルイズ! ボクの小さなルイズ!
キミはボクのことが嫌いになったのかい?」
昔と同じ、おどけた口調でワルドが告げる。
「もう、小さくないもの。失礼ね」
「ボクにとっては、未だに小さな女の子だよ」
ワルドの言葉に、ルイズは先日見た夢を思い出した。
ラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。忘れ去られた池に浮かぶ、小さな小船……
幼い頃、そこですねていると、いつもワルドが迎えにきてくれた。
親同士が決めた結婚……幼い自分には意味が良くわからなかった。
だが――今ならわかる。結婚するのだ。
「…………嫌いなワケ……ないじゃない」
ルイズは、少し照れたように答えた。
「よかった。
じゃあ、好きなんだね?」
ワルドは、手綱を握った手でルイズの肩を抱いた。
ルイズは抵抗しない。
だが――受け入れる様子もない。
ただ難しい顔をして、黙り込むばかりだった。
その視線は――前方の地上を走る、カブトエクステンダーに向いたまま動かない。
ルイズは――自分の心がわからなかった。
いくらエクステンダーが地球の最新科学技術の結晶だと言っても結局はバイクだ。乗り続けていれば当然乗り手に疲労を与える。
だが――その疲労の甲斐あって、才人達はその日のうちにラ・ロシェールの入り口にたどり着いた。
日が沈んでまだそれほど時間も経っていない。この分なら船に乗る前に一晩ゆっくり休めそうだが――才人にはひとつ、気にかかることがあった。
ラ・ロシェールは港町だと聞いている――なのに海が何処にも見当たらない。それどころか、ここはどう見たって山の中だ。
「なんで……港町なのに山?」
その言葉に、サソードエクステンダーに同乗するモンモランシーが呆れたように言った。
「何?
ひょっとして、アルビオンを知らないの?」
「あぁ」
「まさか!」
ギーシュは笑ったが、才人はそんな彼にため息をつき、
「ここの常識を、オレの故郷の常識と同じだと思ってもらっちゃ困るんだけど」
「どんな田舎なのよ? サイトの故郷って」
「故郷の中じゃ、都会な方なんだけどさ……」
モンモランシーの言葉に才人が答えかけた、その時――不意に、才人達の進む山道の前方に、崖の上からたいまつが何本も投げ込まれた。
たいまつは赤々と燃え、才人達のいる峡谷を照らす。
「な、何だ!?」
思わずギーシュが声を上げ――そんな彼の肩の上にサソードゼクターが飛び出してきた。それに気づき、ギーシュも状況を理解する。
サソードゼクターが自らを使えと言っている――すなわち、敵襲だ。
「サイト!」
「わかってる!」
ギーシュに答え、才人はカブトエクステンダーから飛び降り、ライダーベルトを腰に巻く。
同時、ギーシュもサソードヤイバーを抜き放ち――そんな彼らに、崖の上から無数の矢が飛来する!
変身は間に合わない。思わず才人達が目をつむった、その時――突如一陣の風が舞い起こり、飛来する矢を吹き飛ばす。
そして彼らの前に舞い降りるのは、グリフォンにまたがり、杖を掲げたワルドだ。
「サイト、今のうちに!」
「あ、あぁ!」
ワルドに抱えられたまま告げるルイズの声にうなずくと、才人は飛来したカブトゼクターを捕まえ、
『変身!』
《HEN-SHIN!》
ライダーベルトに、サソードヤイバーに――それぞれのゼクターが装着され、才人とギーシュがマスクドフォームに変身する。
そして、才人はカブトエクステンダーに駆け寄り、そこにくくりつけられたサヤからデルフリンガーを抜き放つ。
「相棒、さびしかったぜ!
サヤに入れっぱなしはひでぇや!」
「はいはい、悪かったな。
それより敵だ! いくぜ、デルフ!」
とたんにしゃべり出すデルフリンガーに答え、才人は注意深く次の攻撃を警戒する。
「アルビオンの貴族か……?」
《貴族となればメイジだろう?
となれば魔法で来るだろう》
つぶやく才人にカブトゼクターが答えた、その時――ばっさばっさと、羽音が聞こえた。
その音に、才人達は思わず顔を見合わせる。聞き覚えのある羽音だったからだ。
だが――結論に至るよりも先に事態が動いた。崖の上で小型の竜巻が巻き起こり、襲撃者達が吹き飛ばされる!
「おや、“風”の呪文じゃないか」
グリフォンの上でワルドがつぶやくその目の前に、襲撃者達が転がり落ちてきた。全身をしたたかに打ちつけ、苦悶の声を上げている。
そんな彼らの頭上で――見慣れた幻獣が姿を現した。その姿を見とめ、ルイズが声を上げる。
「シルフィード!?」
確かにそれはタバサの風竜であった。地面に降りてくると、赤い髪の少女がその上から飛び降りてきて、髪をかき上げた。
「お待たせ♪」
あまりにも平然と告げるその姿に、グリフォンから飛び降りたルイズが怒鳴った。
「『お待たせ』じゃないわよ――キュルケ!
一体何しに来たのよ!」
「助けに来てあげたんじゃないの」
ものすごくあっさりと答えてくれる。
「朝方、窓から見てたらあんた達が馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」
「巻き込まれたタバサも災難だな……」
キュルケの言葉に才人がつぶやき――ふと、当のタバサが(本当に寝起きを叩き起こされたのか、最低限の荷物を持っているだけでパジャマ姿のままだ)こちらに視線を向けているのに気づいた。
「どうしたの?」
「………………何でも、ない」
尋ねる才人にタバサが視線をそらした、その時――
《HEN-SHIN!》
『――――――っ!?』
突然聞こえたシステムボイスに、一同は思わず才人とギーシュを見返した。
二人ともすでに変身済み。では誰が――
《Change Beetle!》
緊張する一同にかまわずシステムボイスが響き――
「――――危ない!」
最初に動いたのはギーシュだった。飛び込んできた影からモンモランシー達の乗るサソードエクステンダーをかばい、一撃を受ける!
「ギーシュ!?」
吹っ飛ばされたギーシュの姿に思わず才人が声を上げると、一撃の主が彼の前に降り立った。
カブトと良く似た――しかし、明らかに異質の、赤銅色の仮面ライダーだ。
「4人目の、ライダー……!?」
思わずうめく才人にかまわず、現れたライダーは静かにかまえ――
《Clock Up!》
ベルトの脇にあるスラップスイッチを軽く叩き――次の瞬間、超加速を遂げた仮面ライダーの一撃が才人をも弾き飛ばす!
「才人!」
「ダーリン!」
「………………っ!」
ルイズとキュルケが声を上げ、タバサが息を呑む――そんな3人へと仮面ライダーが向き直り、にらみつける。
クロックアップを駆使することのできる仮面ライダーに対抗するには、メイジでは相性が悪すぎる。ルイズ達に打つ手はない――かに見えたが、
「………………」
ルイズとキュルケをかばうように、タバサが仮面ライダーの前に進み出た。
「タバサ……?」
キュルケが声を上げるが、タバサはかまわず肩から提げた荷物の中に右手を突っ込む。
そして取り出したのは――手のひらに収まるか収まらないか、といった大きさの金属の棒だった。
「何よ、それ……?」
ルイズが声を上げると、金属の棒から何らかの音が発せられ――その音が効果を発揮するまで待つつもりはなかった。仮面ライダーが地を蹴り、タバサへと襲いかかる!
が――
「――――――っ!」
仮面ライダーの一撃は止められた。
タバサの――ルイズ達3人の前に飛び出したワルドの杖によって。
「ワルド、逃げて!
メイジにとって、ライダーは天敵よ!」
思わず声を上げるルイズだったが、
「心配はいらないよ、ボクのルイズ」
そう答えると、ワルドは自らの左袖をまくり――
『――――――っ!?』
それを見たルイズ達は目を見張った。
ワルドの左手首に巻かれているのは――
「ライダー……ブレス……!?」
倒れたまま思わず声を上げ――才人は気づいた。
どうしてワルドが仮面ライダーのことを知っていたのか――
困惑する才人にかまわず、ワルドは頭上高く手をかざす。
そして――飛来したものをその手につかんだ。
金色に輝く、機械仕掛けのハチ――ザビーゼクターを。
「…………変身」
静かに告げ、ワルドはライダーブレスにザビーゼクターをセットし、
《HEN-SHIN!》
告げられると共に――ワルドの全身を装甲が覆った。
驚愕する才人達へと向き直り、ワルドは告げた。
「改めて名乗ろうか。
魔法衛士隊、グリフォン隊隊長――」
「仮面ライダーザビー、“閃光”のワルドだ」
(初版:2007/10/06)